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にこ「朝起きたら更に家計が苦しくなってたんだけど」

1 :名無しで叶える物語:2018/09/17(月) 02:49:16.08 ID:VtLTpcMw.net
ことり「…………行ってくるね」

理事長「向こうでも体に気をつけるのよ、ことり」

ことり「――――うん」

青く澄んだ空を見上げる事なく、ことりは俯きながら空港の入り口へと向かう。

ことり「――――――」

重い足取りに鞭を打つかのように、自らに言い聞かせるのは、己が下した留学という決断の正当性だ。

子供の頃から抱いていた夢はファッションデザイナーであり、決してアイドルではない。
描く将来のビジョンはファッションデザイナーとして活躍する自分の姿であって、アイドルとしてステージに立つ自分の姿ではない。

その描いていたビジョンの中に、自分のデザインした服を穂乃果達に着てもらうという理想図はあったけれど。

ことり「うっ、ぐ………………」

堪えるつもりの涙が、止めどなく溢れ、だらしなく頬を伝った。

ことり「流す資格なんて……ないのに」

最終的に別れの決断をしたのは紛れもなく自分で、留学の相談に切り出せなかったのも自分のせいだ。タイミング的に切り出せなかったのではなく、切り出しにくい状況下に甘んじて先延ばしにした末路がこれだ。

逃げて、逃げて、また逃げて、挙句親友のせいにして……仲違いした状況からも目を背けて。
そんな卑怯で臆病な自分に、流していい涙など一滴足りともありはしなかった。

「ごめん、ね。穂乃果ちゃん……みんな」

伝えるべきだった言葉を漏らして、ついに旅立つことりの背に声をかける者は――。
誰一人として現れたりはしてくれなかった。



***************

2 :名無しで叶える物語:2018/09/17(月) 02:52:04.19 ID:VtLTpcMw.net
夜 神社前

にこ「いつまで暗い顔してんのよ、アンタ達」

凛「…………………」

花陽「………………」

にこ「……気持ちはわかるけど、いつまでも落ち込んでたってしょうがないでしょ」

凛「そう、だけど……」

にこ「それにね、ことりは将来の夢の為に留学したのよ。辞めた理由が前向きなんだから、それはもう悲しむような別れじゃないわよ」

花陽「でも……そうだとしても、もう会えないのは悲しいよ」

にこ「それは――」

凛「凛も、凛も悲しいよ。だってこないだまでずっと一緒だったのに、こんな突然会えなくなるなんて」

にこ「……わかるけど。ただ、前進したことりの影に固執して、アタシ達が停滞するなんて馬鹿馬鹿しいでしょ。アタシはもう二度と、停滞するのは勘弁よ」

花陽「にこちゃん……」

にこ「アタシはね、もしかしたら最も醜い人間なのかもしれないわ。ことりがいなくなった事実よりも、アンタ達が付いてきてくれなくなるかもしれない事実の方が……よっぽと怖いのよ」

凛「り、凛はいなくなったりなんてしないにゃ! たとえμ'sがかよちんとにこちゃんと凛だけになったとしても――」

にこ「それは仮に花陽がいなくなったとしても、同じことが言えるわけ?」

凛「そ、それは…………」

花陽「大丈夫だよ、にこちゃん。私は、絶対にいなくなったりしないから」

にこ「…………ッ」

にこ「――――ほ」

にこ「…………本当に?」

花陽「うん。ほんとだよ?」

にこ「ほんとの、本当に……? 例えばにこがもっと自己中になっても? それで花陽の中で不満が……募っても?」

花陽「うん、本当の本当だよ? 神様に誓ってもいいくらい」

3 :名無しで叶える物語:2018/09/17(月) 02:54:51.28 ID:VtLTpcMw.net
にこ「………………ふん。ま、まぁ……それ、くらいの忠誠心が……なきゃ」

小さく肩を震わせて、にこは咄嗟に夜空を見上げた。
普段ならば美しいと感じる星々の光と、月光の輝きがやけに邪魔に思える。
照らされていては頬に涙は流せない。

花陽「隠さなくったっていいのに。本当は、にこちゃんだって悲しいんでしょ?」

にこ「うる、さい……わねぇ」

弱い自分を晒してしまうと、もっと弱くなるような気がして。
だから強気であろうと心掛けている。

けれど持ち合わせている強さは脆く、プレハブのように取り繕われた在り方でしか保てない。いつかそこに本物を建ててやろうとは思っているけれど。

凛「にこちゃん……。凛は、正直に言うとかよちんがいなくなったらどうなるかはわからない。けど、にこちゃんが好きって気持ちは本当で……その」

要領を得ずに訥々と語る凛が、ついに何かを言い切ろうと顔を上げたその時、ふと、にこの視点が夜空の方へと奪われている事に気がついた。
見れば、隣に立つ花陽の視線も夜空の方へと誘われていて、

凛「二人……とも?」

花陽「凄く……綺麗」

にこ「赤い、わね」

二人の漏らした言葉の意味が分からず、凛は答えを求めて空を見上げてみる。

すると、

凛「真っ赤な、流れ星」

夜空を切り裂くかのように、赤々とした一筋の流星が走っていた。
その星の光を目で捉えていると、不思議と吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。
まるでルビィのような透き通った赤に――包まれて。

世界は、赤一色に染まったような気がした。


***************

4 :名無しで叶える物語:2018/09/17(月) 02:58:33.41 ID:VtLTpcMw.net
矢澤にこの朝は早い。
母親の仕事の都合上、長女として下の子達に弁当を拵えなければならない日が多いからだ。

毎朝、部屋中に鳴り響くアラームの音は、携帯から鳴るにっこりソングとラブリーな形をした置き時計から鳴る耳をつん裂くような音のダブルパンチと決まっていて、例に漏れず、それはにこを目覚めへと――、


にこ「んん……。んー、うる、さい……」

まだ覚醒し切れていない思考に、ぼんやりとした視界。
よろよろと布団から体を起こし、にこはやや手探りで置き時計のアラームを止めた。
次いでおもむろに充電器に繋がれた携帯電話の方へと手を伸ばして、

にこ「んー? 鳴って、ない…………?」

無意識のうちに止めていたのだろうか、携帯電話のアラームは元から鳴ってなどいなかった。
まあ起きられたのだから問題ないと、にこは頭に浮かんだ小さな疑問を放棄し、寝ぼけたままに布団の上から立ち上がろうと試み、気付く。

にこ「ふぁわぁ、そろそろ起き――」

にこ「…………………ん? なんか、重い」

腹部の方にやたらと重みを感じる。昨日の夜に我慢出来ずに食べてしまったお菓子のせい……なんてレベルではない重量だ。例えるならば、漬物石がお腹の上に乗っかっているかのような。

にこは薄目のままに自らの腹部を確認。すると薄ぼんやりと、にこの腹の上で寝ている幼子と思しき影が視界に入った。

にこ「…………もしかして、虎太朗?」

虎太朗がのし掛かっているにしては随分と軽いような気もするが、この家で最も軽い人物は恐らく虎太朗である。
となればお腹に乗っていると思しき人物の選択肢は、実質的に一択なわけであって。

「ふうぁぁぁぁぁ……んんん。ふふふふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ふふふぁふふふふぁ」


にこ「まったく、いつの間に虎太朗はこんな軽くなって……しかも欠伸の仕方まで変になっちゃってもう……って」

にこ「んなわけあるかーーーい!!!」

「…………ふぉえ? うむむぅ……ふぁぁぁぁぁぁ」

5 :名無しで叶える物語:2018/09/17(月) 03:04:11.79 ID:VtLTpcMw.net
にこ「だ、誰よ、アンタ!?」

「ほぉぇ? むむぅ…………すぅー、すぅー」

にこ「ちょっ、とりあえずお腹の上で寝ないよね!?」

覚醒し切ったにこの思考に、今度は衝撃と困惑の波が一気に押し寄せてくる。
声を荒げてツッコミを入れた先にいるのは、玉のように可愛い幼女であった。

真っ白でふわふわな髪の毛と、透き通るような色白い肌に、純白のドレス――まるで白を基調として生まれたかのような印象すら受ける、真っ白な幼女。


「ふぁぁぁぁぁぁ……ん? ふぁぁ! あ、めるぽめねー! おはよぉ、ふふん」

にこ「おはよじゃないわよ! 本当にアンタ誰よ!?」

大きな目に宿る宝石のような赤眼を光らせて、幼女はにこの両脇に手を挟み、それから勢いよく抱きついてきた。
後に胸部に顔を埋めて、しばしの間じゃれついたかと思えば、

「……めるぽめねぇ、お腹すいたぁぁ」

にこ「はぁ? お腹空いたって……。ていうかそのめるぽめねー? ってアタシの事言ってんの!?」

「うん、めるぽめねー! めるぽめねーはめるぽめねぇ」

にこ「アタシの名前は矢澤にこよ! 誰よ、そのめるぽめねーって」

「うっ、ぐぅ……めるぽめねぇはちがう。そんな変な名前じゃない」

にこ「アンタいきなり失礼ねぇ!? めるぽめねーの方がよっぽど変な名前じゃない!」

「ちがう! めるぽめねーはかっこいい。にこはださい」

にこ「ぐぬぬぅ……このスーパーアイドル矢澤にこにーに対してなんたる……」

「それクソださ」

にこ「なっ、ぬぅぁあんですってぇ!!?」

母「ちょっとにこちゃん! 朝からうるさいわよ」

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