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【SS】一目貴女を見た日から

1 :名無しで叶える物語:2019/06/17(月) 06:10:05.26 ID:QvWCipcL.net
代行

240 :ぬし :2019/06/20(木) 08:58:07.23 ID:EofmyWOT.net
善子「ね、ルビィ。あなたケーキって作ったことある?」

ルビィ「あるよ。簡単なやつだけど」

善子「そう。ケーキ作りたいんだけど、手伝ってくれない?」

ルビィ「ケーキ作るの!?あ、よしこちゃんのお誕生日ケーキでしょ!一緒にやるー!」

善子「ダイヤってお菓子作りとかできるの?」

ルビィ「んー…ごはんは作ってくれるけど、お菓子作ってるのは見たことないかも」

善子「どヘタだったりして」

ルビィ「ぷっ。おこられるよー、よしこちゃんw」

善子「あんたも笑ってるじゃないw」

ダイヤ「オホン…」

よしルビ ビクゥッ!


それから、ルビィに手を引かれ、ダイヤに背を押され、すっかり乗り慣れてしまった黒い車内へ。

すでに運転席にスタンバイしてくださっている、これもどこか慣れ親しんだ気になってしまった運転手さん。

女三人寄れば姦しい…私は特に喋っていないけれど、運転手さんにあれやこれやとルートの注文をつける姉妹の声を聞きながら、私は少しだけ物思いに耽っていた。

思い出すのは、今日の、無事に誤解が解けて騒動も収まった最後の片付けタイムのこと――…

241 :ぬし :2019/06/20(木) 08:59:01.65 ID:EofmyWOT.net
――千歌『さー、片付け片付け!はいよーちゃん、こっちは燃えるゴミ!梨子ちゃんは燃えないゴミ!集めて集めて!』

――梨子『こういうのは意外とテキパキしてるのね…』

――曜『普段からお家のお手伝いで美渡ちゃんに厳しくやられてるからねー』

――花丸『次は来月の千歌ちゃんずらね〜』

――鞠莉『毎月 party で楽しいね!』

――果南『善子。ちょっといいかな』

――善子『ん?』

――果南『私と善子でゴミ捨ててくるよ。貸して』

――千歌『おっ、果南ちゃん気が利くぅ!』

242 :ぬし :2019/06/20(木) 09:00:00.05 ID:EofmyWOT.net
――善子『…それで、なに?誤解は解けたと思ってたけど、まだ私がむちゃくちゃ言ってダイヤのこと泣かしたと思われてるの?』

――果南『ううん、それは疑ってないよ』

――果南『…いや、疑ってることになるのかな』

――善子『この際だし、思ってることがあるならはっきり言ってよ』

――果南『善子がダイヤと知り合ったのって、去年の夏休みだったよね?』

――善子『は?なによ、急に。…そうよ、千歌さん達に連れられてルビィの家に行ったとき、初めて挨拶して知り合ったの。話したことあるでしょ』

――果南『ほんとにそれが最初?』

――善子『…なにが言いたいの?』

――果南『…………ダイヤがあんなに感情を剥き出しにしたことって、ないからさ』

――善子『ああ…』

243 :ぬし :2019/06/20(木) 09:01:00.09 ID:EofmyWOT.net
――果南『前に言ったようにダイヤにとっては初めての恋で、ダイヤが好きな人とどんな風に接するのかなんて知らないし、どんな恋愛観を持ってるかだってよく知らないから。そういうこともあるのかもしれないけど』

――善子『私もびっくりしたけど、まあ…それだけショックに思ったってことだった、んじゃ…ないかしら』

――果南『私は、たぶん鞠莉も、てっきり善子が先にダイヤのこと好きになって、アタックしてるうちにダイヤもその気になったんだってばっかり思ってたんだけど…』

――善子『…私もそう思ってるけど』

――果南『それにしてはさ、それにしては……』

――善子『……それにしては?』

――果南『…………善子との関係に対するダイヤの態度ってさ、最初からあんまりにも積極的だった…って、……思わない…?』

――善子『……………!』

――果南『…ごめん』

――果南『ダイヤのあんな様子見て、ちょっと戸惑ってたのかも。早く戻ろっか』

――善子『…うん…』

244 :ぬし :2019/06/20(木) 09:02:00.65 ID:EofmyWOT.net
果南さんが言ったことに、私は「そんなばかな」とは、返せなかった。

誰にも言ってないことで、ダイヤと初めて会ったのはあの日ではなくて、その二日前――内浦こども祭りの日だったけど。

あのとき、ダイヤは私を認識していないはず。

私が勝手に憧れただけなのだから。

だから、ダイヤと「知り合った」のは、あの日だと言ってしまっていいはずで――


――果南『…………善子との関係に対するダイヤの態度ってさ、最初からあんまりにも積極的だった…って、……思わない…?』


それは、私だって何度も感じたことだから。

どうしてダイヤは。

私に想いを向けてくれるようになってからのことならば疑問はないけど、思えば、そう、ダイヤはずっと前から――それこそ、入学した最初の最初から――


ダイヤ「ではまずはヨハネの家に行きましょう。その間に買い物のお店を調べておきますわ」


そんな声にはっとする。

気が付けば、車は発進していた。

慌てて運転手さんに声をかける。

245 :ぬし :2019/06/20(木) 09:03:01.02 ID:EofmyWOT.net
善子「ぁ、きょ…今日もよろしくお願いいたします」

ルビィ「じゃーお父さん、出してー!」

ダイヤ「ぁ」

善子「………………ぇ、お…とう……?」

ルビィ「ゅ?」

善子「ダイヤ…?」

ダイヤ ←向こう向いてる


――善子『なんか、毎日悪いわよね。黒澤家に仕えてるのに、私のために毎朝二時間くらい割いてもらっちゃってさ』

――ダイヤ『………まあ。でもね。運転手への配慮はともかく――』

――善子『運転手さん、買い物にも付き合ってくださるかな』


善子「だ、ダイヤ…私…あなた、わかってたのになにも…」

ダイヤ「なんのことでしょう。嘘を言ったことはないと思いますが」

善子「だ…っ、ダイヤーーーー!」

ルビィ「しゅっぱーつ!」


ふと私の心に拡がったもやもやした思いは、それから続く姉妹の騒がしく甘えた言葉の数々に掻き消されて、すうっと姿を消していって。

ダイヤとご家族に囲まれて、引き続き楽しい誕生日会になったのだった。

***

246 :ぬし :2019/06/20(木) 09:08:03.79 ID:EofmyWOT.net
もう少し投下したかったけど無理そうです
続きは今晩になるかと。

247 :名無しで叶える物語:2019/06/20(木) 09:16:38.30 ID:mzlqVgPr.net
見てるぞ

248 :名無しで叶える物語:2019/06/20(木) 10:25:03.39 ID:CsJRwpJ4.net
黒澤父w

249 :名無しで叶える物語:2019/06/20(木) 11:49:08.04 ID:Sm93XeEZ.net
プ レ ゼ ン トがngです

250 :名無しで叶える物語:2019/06/20(木) 15:55:06.64 ID:+h1Kx/F3.net
とても良い

251 :ぬし :2019/06/20(木) 23:19:26.28 ID:S3CeFQye.net
***

善子「――へ?生放送に?」

ダイヤ コクコク


ふとした会話。

ギラリと堕天した私の挙動に訝られたことはこれまで一度もなかったけど、まさか。


善子「え?ダイヤ、そういうの、興味あるの?」


共に過ごすうちに、とうとうダイヤにも前世の――天界で共有していた時間の記憶が甦ったとでも――


ダイヤ「そのようなユニークな記憶はないけれど」

善子「あ、はい」

252 :ぬし :2019/06/20(木) 23:20:25.85 ID:S3CeFQye.net
ダイヤ「これまで、ヨハネの傍にいながら、あまり貴女自身の趣味に触れてこなかったじゃない」

善子「そうね」

ダイヤ「わたくしにはヨハネの趣味に関する知識があまりないけれど、だからこそ知ってみたいと思うの」

善子「な、生放送とはどんなものなのかを?」

ダイヤ クスッ

善子「なんで笑うのよ!」

ダイヤ「わたくしが知りたいのは、貴女のことよ」


ダイヤ「堕天使ヨハネの姿を、もっともっと見てみたいのですわ」

………………

………

253 :ぬし :2019/06/20(木) 23:21:26.27 ID:S3CeFQye.net
in 善子の部屋


善子「…で、それを今日決行しちゃうあたりがあなたの強いところよね…」

ダイヤ「善は急げ、でしょう。夏季休暇などあっという間に過ぎ去ってしまうのですから」

善子「善かしらねえ」

ダイヤ「善よ」

ダイヤ「恋人のことをより知りたいと思う気持ちが、悪であるはずがないじゃないの」

善子「――…っ、じゅ…準備するから待ってて!」//

ダイヤ「なにか手伝えることは?」

善子「へーき!」


どうしてこの人、恥ずかしげもなくこういうこと言えるのかしら。

254 :ぬし :2019/06/20(木) 23:22:25.13 ID:S3CeFQye.net
『ヨハちゃんねる』

『ヨハちゃんねる の放送が開始しました』


ユラ… ボウッ


善子「――さて、我がリトルデーモン達。急な召集にも関わらずよく集まってくれたわね。呼びつけたのは他でもないわ」

善子「来なさい、デビアス」

ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。ヨハネ様の最上級リトルデーモン、デビアスと申します。以後、お見知りおきを」ペコ

善子 (おお…思ったより雰囲気合ってるわね…)

【コメント】デビアスちゃんキタ!

【コメント】やっぱりこの人かw

ダイヤ「…なぜこのような反応なの?まるでわたくしの存在をすでに知っていたかのような…」

善子「ふっ、愚問ねデビアス。最上級リトルデーモンたるあなたの存在を、私がリトルデーモン達に知らせていないと思ったの?」

ダイヤ「この場でわたくしのことを語っていたわけね」

善子「端的に言うとね」

255 :ぬし :2019/06/20(木) 23:23:24.31 ID:S3CeFQye.net
【コメント】デビアスちゃん学校は?

ダイヤ「太陽と生命の躍動を前に、学校になど通っていられませんわ」
(訳:夏休みですわ)

【コメント】デビアスの衣装も凝ってるなー

ダイヤ「ふふふ…よいでしょう。ヨハネ様より賜ったのよ」

【コメント】おねいちゃん今日帰ってくるの?

ダイヤ「夕飯までには帰るわ」

【コメント】――――――

ダイヤ「――――――」

善子 (よ、よし…ところどころ変ではあるけど、意外と噛み合ってる感じがするわね。さすがダイヤ、)


――ダイヤ『ルビィにいくつか見せてもらって、きちんと予習をしてきたわ!』ドヤッ


善子 (意味わかんないとこに熱心で助かったわね)

256 :ぬし :2019/06/20(木) 23:24:24.46 ID:S3CeFQye.net
善子 (余裕ありそうだし、定期放送でやろうと思ってた儀式でもやっちゃおうかしら――) ゴソゴソ…

ダイヤ「――なろうと思い成ったのではなく、ヨハネ様とわたくしの想いが通じ合った結果としての必然よ」

善子「…………ん!?」バッ

【コメント】ヨハネ様から告白したってこと?

【コメント】どこまで進んだー?

【コメント】出会いはどんな感じだったの?

【コメント】デビアスちゃんはいつからヨハネ様のこと好きだったの?

善子「ーーーーーっ!!?」ギョッ

ダイヤ「禁断の呪文はヨハネ様が唱えてくださったわ。最近は共に歩むとき手を繋ぐようになってきたわね。出会いは秘密です。わたくしがヨハネ様を慕うようになったのは、厳密には…  善子「ストップストップストーーーップ!!」ガバッ

257 :ぬし :2019/06/20(木) 23:25:23.78 ID:S3CeFQye.net
ダイヤ「もが…っ、なにをするのですか」プハ

善子「なにを誘導に乗せられて色々なこと話しちゃってるのよ!」

ダイヤ「いえ、ご安心なさい。雰囲気を壊さぬよう、きちんとデビアスとして対応していたから」

善子「そーゆーこと気にしてるんじゃないから!」

【コメント】ヨハネ様ヘタレそう

ダイヤ ムッ…

ダイヤ「そういう言い方は頂けないわね、ヨハネは関係に丁寧なだけです」

善子「だから答えなくていいから!素がァ!素が出てますよデビアスさァん!」

ダイヤ「だって今この方ヨハネのことをからかうみたいに…」

善子「いいのいいの!こういうキャラで売ってるだけだから大丈夫だから!だからとりあえずコメントに反応するのはやめなさい!」

ダイヤ「ヨハネがそう言うのなら…」

【コメント】ヨハネ様から滲み出る童貞感

ダイヤ「いい加減になさい!戯れにしても度が過ぎていますわよ!ヨハネが優しいからと甘えるのも大概に――ッ」

善子「はい終了終了ォーー!デビアスちゃんでしたありがとうございましたァーー!」カチー

258 :ぬし :2019/06/20(木) 23:26:27.08 ID:S3CeFQye.net
善子「まったくもう…」

ダイヤ「…なにかまずかったかしら」

善子「や、うーん…悪いことしたわけじゃないんだけど、うーん…」

善子 (ダイヤが私との関係を恥ずかしがって隠したがるよりは全然マシ…か)

善子「インターネットでは些細な情報から身元が特定されたりするから、気を付けなきゃいけないってことよ」

ダイヤ「ああ、なるほど。その点はうっかりしていたわね…」

善子 (スクールアイドルやってる以上、身元の特定もなにもないけどね…)

善子「でもま、初めてにしてはなかなかだったわね。デビアスもそれなりに様になってたし」

ダイヤ「ふふん、そうでしょう。この黒澤ダイヤにかかれば、やってできないことなどないのだから」

善子「はいはい、さすがさすが…」ハタ…

259 :ぬし :2019/06/20(木) 23:27:27.33 ID:S3CeFQye.net
善子「そういえば」

ダイヤ「はい?」

善子「ダイヤって私の堕天使をからかったことないわよね」

ダイヤ「はぃい?なんですか、今さら」

善子「や、ほら、初対面の人ってまず戸惑ったりするんだけど、ずら丸なんか未だにからかうし…でもダイヤはさ、最初からなんかすんなり受け入れてくれたな、って…」

ダイヤ「そうね。わたくしにとってはそう不思議なものではないというか、むしろ得心したというか――」

善子「??」

ダイヤ「…いえ。つまり、それも立派なヨハネの個性なのだから、『受け入れる』というほどたいしたことではないと、ただそれだけですわ」

善子「ぅ、えへへ…そっか」

ダイヤ「貴女が自分の振る舞いたいように振る舞えて、その上でわたくしと共に過ごす時間を心地よく感じてくれたら、それ以上は望むべくもないわね」ニコッ

260 :ぬし :2019/06/20(木) 23:28:27.26 ID:S3CeFQye.net
善子「……」モジモジ

ダイヤ「来ますか?」スッ

善子「うんっ!」ギューッ

ダイヤ「よしよし、善子さんは甘えん坊さんなのですから」ナデナデ

善子「ダイヤが優しいのが悪いのーっ」ギュウ

ダイヤ「ふふふ…よいのですか?堕天使ヨハネ様がリトルデーモンに甘える姿など、皆さんにお見せして」ナデナデ

善子「誰も見てないもん」スリスリ

ダイヤ「リトルデーモンの方々は人にあらず、ということね。難しい線引きですが」ナデナデ

善子「………………ん?」

ダイヤ「どうかしましたか?」

善子「え?」バッ

261 :ぬし :2019/06/20(木) 23:29:28.09 ID:S3CeFQye.net
『ミュートモード』

【コメント】ヨハネ様デレデレじゃん

【コメント】どう見てもデビアスちゃんの方が主だろ

【コメント】おれも最上級リトルデーモンになりたいお

【コメント】もしかしなくても切り忘れっぽいな

【コメント】よしこちゃんかわいい


善子「な、な、な…………っ!?」ワナワナ…

ダイヤ「あらあら。ほら、主従が反転して見えているようですわよ。声は聞こえていないようだけどね」手フリフリ


善子「んにゃーーーーーーっ!!!」///

***

262 :ぬし :2019/06/20(木) 23:30:32.97 ID:S3CeFQye.net
***

部活動に追われ、宿題に追われ、友達と遊び、家族と出かけ、沼津より内浦で過ごす日の方が圧倒的に多かった、今年の夏休み。

その終わりも近づいてきた日曜日のこと。

すっかり日常となってしまったバスの揺れに身体を預けて、流れる景色をぼーっと眺める。

そわそわ、どこか落ち着かなくて、寝付きがよくなかった昨夜をやり過ごし。

重い瞼をこすりながらリビングに出て、出勤直前のママとの会話。

263 :ぬし :2019/06/20(木) 23:31:32.10 ID:S3CeFQye.net
――善子『おはよう』

――津島母『おはよう、善子。今日行くの?』

――善子『うん、行く』

――津島母『そう、ありがとう。花丸ちゃんたちもいるんでしょ?』

――善子『まあね。…夏休みも日曜日もお仕事なのね』

――津島母『ねー、本当に。こんなに大会が多いって知ってたら顧問なんかやらなかったのに』

――津島母『そうそう、善子。出るのお昼前よね?』

――善子『そのつもり』

――津島母『だったら、あれ、目を通しといて。来週の金曜だって』

――善子『…わかった』

――津島母『よし、それじゃ行ってくるわね』

――善子『暑いみたいだから、気を付けて』

――津島母『善子もね』


――善子『…………』

『×××××× ××に関する説明会 詳細案内』

264 :ぬし :2019/06/20(木) 23:32:31.96 ID:S3CeFQye.net
こぼれそうになる溜め息を、ぐっと噛み殺す。

わかってたこと、なんだから。

それよりも、今は目の前の楽しいことを考えよう。


『オキシーテック前、オキシーテック前です…』


もう何百回と聞いたのに、降りるのはこれで二回目だ。

今年もやってきた。


『内浦こども祭り』


さて、今日も暑くなりそうね。

………………

………

265 :ぬし :2019/06/20(木) 23:33:32.21 ID:S3CeFQye.net
「おねーちゃんこっちこっちー!」

善子「待てえーーーい!」

ピューッ パシャッ

善子「冷たあっ!?」

「へへー、めいちゅう!」

善子「やったわね、こんのぉ…逃がすかぁーーー!」

「うわーっ、逃げろー!」

善子「ふふっ、甘い…ガーナチョコより甘いわよ」ギラン

「ここまでおいでーっ…」

曜「捕まえたでありますっ!」ガバッ

「うわー!よーねーちゃんだー!」ジタバタ

善子「ナイス曜さん!」

ピューッ パシャッ

曜「んぎゃあ冷たーっ!!」

千歌「今だ逃げろー!」

善子「あっ…こら待てーーー…って千歌さんかい!!逃がすな曜さん、追え追えーーー!」

………………

………

266 :ぬし :2019/06/20(木) 23:34:33.19 ID:S3CeFQye.net
曜「おっと、もうこんな時間だね」

千歌「体育館に行かなきゃだね!みんなー、体育館行くよー!」

「「「はーーーい」」」

曜「ほら善子ちゃん、一番前に行かなきゃ!」

善子「あ、私…先に行っててもらってもいい?」

曜「へ?いいけど…」

善子「ありがとう、すぐ追いかけるから!」タタタ…

千歌「よーちゃん、善子ちゃんの分までスペース確保しないと」

曜「う、うん…」

267 :ぬし :2019/06/20(木) 23:35:34.07 ID:S3CeFQye.net
善子「子どもってどこからあんなにスタミナ湧いてくるのかしらねー…」


私だって、毎日それなりに筋トレや体力作りをしているのに、なんて。

喧騒が遠い廊下を一人、ぶつくさと呟きながら早歩きで進む。

今年のこども祭りも、後はダイヤの挨拶から始まる閉会式をもって終了となる。

小学生が、お金をかけずに用意できるものなんて、そうたくさんあるわけじゃないから。

出し物の並びは去年とほとんど変わらなかったように思うけれど、今年は去年よりも楽しかった気がする。

勝手に慣れたから?自分から参加したから?友達と一緒だったから?

どれもそうと言えばそうなんだろうけど、きっと、それだけじゃなくて。

午前のうちに確認しておいた、特別教室を覗く。


「あら、もうダイヤちゃんの挨拶が始まる時間じゃない?」

善子「はい。これだけ、終わる前に買っておきたくて――」

………………

………

268 :ぬし :2019/06/20(木) 23:36:33.42 ID:S3CeFQye.net
in 体育館


曜「善子ちゃーん、こっちこっちー!」ノシシシ

善子「あ、の、人は…私の名前を大声でっ…」// ソソクサ


善子「――ちょっと!こんな人混みの中で恥ずかしいことしないでよ!」

曜「え?私なんか変なことした!?」

善子「んもー…っ」

曜「あれ?善子ちゃん、それ…」

千歌「二人とも。挨拶始まるよ!」

ようよし「「やばっ」」


ダイヤが出てくる、そのことが反射的に私と曜さんの背筋をぴんと伸ばす。

だけど、それはほんの一瞬のことで。


ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会長を務めます、黒澤ダイヤでございます」


その姿が私の心にもたらすのは、冷や汗をかくような緊張感でも、息を呑むような高揚感でもなくて。

ただひたすらに、胸が温かく、誇らしくなるような、安心感だけだった――

………………

………

269 :ぬし :2019/06/20(木) 23:37:40.40 ID:S3CeFQye.net
『――以上で、内浦こども祭りを終わります。内浦小の生徒は自分たちの持ち場に戻って、片付けを始めてください…』


曜「いやー、今年もたくさん遊んだねー!」ンーッ

千歌「そうだねー。今年も晴れてよかった〜」

曜「こども祭りの日って雨だったことないよね」

千歌「ね!内浦の子ども達がみんな良い子だからだね!」

曜「どーする?辻宗さんでアイスでも食べる?」

善子「あ、私は…」

千歌「善子ちゃんは行くとこがあるんだよね」

善子「!」

曜「ありゃ、そうなの?」

千歌「だからよーちゃん、チカと二人で行こ!」

曜「うん。じゃーまたね、善子ちゃん…って、あれ?結局それ…」


曜さんが指差すのは、私がぶら下げたモノ。

閉会式の前から携えているそのモノこそ、今年のこども祭りが楽しかった一番の理由。


善子「またね、千歌さん。曜さん。よい休日をね」


そう、私は、行くところがあるから。

………………

………

270 :ぬし :2019/06/20(木) 23:38:40.70 ID:S3CeFQye.net
ダイヤ トコ…

善子「ダイヤ!」

ダイヤ「あら、ヨハネ。てっきり千歌ちゃん達と帰ったのだと思っていたわ」

善子「あの人達は辻宗商店にアイス食べにいったわ」

ダイヤ「行かなくてよかったの?」

善子「うん。私はまだやることが残ってるから」

ダイヤ「やること?」


こくりと首を傾げるダイヤに、ラムネを突き出す。


善子「一日お疲れ様。私と一緒に、お祭りを楽しんでくれる余裕はある?」

ダイヤ「………!」


ダイヤ「ええ、もちろんですわ」ニコッ


夕焼けの中、校庭の隅。

すっかりぬるくなったラムネを二人で飲みながら、私は今日の武勇伝をたくさん語って聞かせたのだった。

***

271 :ぬし :2019/06/20(木) 23:39:49.57 ID:S3CeFQye.net
あと二回…の更新で、たぶん完結するのではないかと思います。
プレゼントってなにがだめなの…

272 :名無しで叶える物語:2019/06/21(金) 00:30:16.49 ID:KnkRk7Ep.net
青春しちゃって〜

273 :名無しで叶える物語:2019/06/21(金) 01:05:11.49 ID:ijImurhw.net
ええぞええぞ

274 :名無しで叶える物語:2019/06/21(金) 05:49:07.53 ID:e/lB9gZr.net
やっぱりあなたのだいよしは最高です

275 :名無しで叶える物語:2019/06/21(金) 10:01:53.16 ID:4FoV0LKE.net


276 :ぬし :2019/06/21(金) 11:02:19.58 ID:XrcE1R1V.net
***

<イチ ニッ サン シー ゴー ロク ナナ ハチッ パンパン

<まる少し遅れてるよー、ルビィ今のステップ忘れないで!

<よーしお疲れー。15分きゅーけー。

<つかれたぁぁあ…


『練習予定表』

『22日(金) 善子…お休み』


<この後どうしよっかー

<ユニット練習でいいんじゃない?

<ギルキスがよければそうしよ

<はーーーい

………………

………

277 :ぬし :2019/06/21(金) 11:03:16.62 ID:XrcE1R1V.net
『間もなく、小田原。小田原です。小田原の次は、鴨宮に停まります…』


制服に身を包んで、一人、東海道線に揺られる。

ここから先は滅多に行くことがない。

今頃みんなは部活動の真っ最中で、基礎ステップ練が終わったくらいかな。

お休みの人がいたらユニット練がしづらくなっちゃうのよね、今日はなにしてるのかな。

時間帯のせいなのか、エリアのせいなのか、車内にはお世辞にも多いと言えない人数の乗客しかいない。

ふと、自分だけが世界から切り離されるような疎外感に襲われる。

私が寄り道をしている間にもルビィやずら丸は新しいステップを覚えて、千歌さんや曜さんや梨子さんは苦手な音域を克服して、果南センパイやマリは難しい動きとシビアな歌声をみんなに浸透させて。

そして、ダイヤはもっともっと先へ――

278 :ぬし :2019/06/21(金) 11:04:13.89 ID:XrcE1R1V.net
善子「ッ!」ガタッ


こみ上げる感情が口から出そうになるのをなんとか抑える。

大丈夫、大丈夫…


――善子『私、たくさん頑張るから。だから、ちゃんと見ててね』

――ダイヤ『ええ、もちろんよ』


置いていかれたりなんかしない。

ダイヤが私を置いていったりするはずなんか、ないんだから。

どれだけダイヤの歩みが速くて、私の歩みが遅くて、二人の速度に差が生まれたって、きっと待っていてくれる。

だからこそ私は頑張ろうと思えるのよ。

少しでも追い付きたいと思うから。

だから、心配することなんかなにもない。

そうよね、ダイヤ。


善子「………たとえば私達の進む道が分かれたって、大丈夫…よね……」

………………

………

279 :ぬし :2019/06/21(金) 11:05:11.25 ID:XrcE1R1V.net
「遠いところ、よくお越しくださいました」

善子「こちらこそ、お時間を取っていただいてありがとうございます」ペコッ

「ほお…随分と礼儀正しいですね。うちの子達にも見習ってほしいものですよ」

善子「母がしっかりと育ててくれたので」

「お母様には何度かお会いしたことがありますよ。熱心でよい先生です」

善子「そう、なんですね。あんまりお仕事の話は聞かないので、新鮮です」

「そうですか。まあ、自分の娘に仕事の話はしたくないかもしれませんね。でも機会があればぜひそんな話をしてみてください、きっと今以上にお母様のことが好きになりますよ」

善子 …コクン

「年頃の子には恥ずかしい話でしたかね。それでは、本題に入りましょうか」

善子「はい。よろしくお願いします――」

………………

………

280 :ぬし :2019/06/21(金) 11:06:09.09 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ『もしもし、ダイヤです』

善子「あ、ダイヤ…今へーき?」

ダイヤ『ええ、先ほど練習が終わったところよ。見計らってかけてきたのでしょう?』

善子「うん」

ダイヤ『今はまだ東京ですか?』

善子「うん。さっき用事が終わってね、電車待ってるとこ」

ダイヤ『それで後ろが騒がしいのね。やっぱり東京は人が多い?』

善子「そうね、この数時間だけで内浦で一年間に会う以上の人数とすれ違ったんじゃないかしら」

ダイヤ『東京と比べられてしまっては、内浦が叶うはずはありませんわね。けれど、内浦の人達はみんな良い人よ。それは東京どころか日本のどこにも負けませんわ』

善子「………そうね」

ダイヤ『? ヨハネ…?』

善子「なんでもないわ。人が多過ぎて疲れちゃった。帰りの電車では爆睡しちゃいそう」

ダイヤ『貴女、もしかしてなにか悩み事でも――』

善子「あっそろそろ電車来るから、一旦切るわね。起きたらラインするから!」

ダイヤ『ヨハ  プッ


善子「……………っ」

………………

………

281 :ぬし :2019/06/21(金) 11:07:06.83 ID:XrcE1R1V.net
『10番線、沼津行電車、ドアが閉まります…』


ゆっくりと電車が走り出す。

窓の外には、溢れんばかりの人、人、人。

それぞれ背も服装も性別も、向いてる方も歩く速さも視線の先も全然違う。

その奥には、色とりどりの電車が交差する。

各駅停車、快速、特急。

当駅停まり、当駅始発、北行き、南行き、東行き、西行き。

始めは目で追える速度だったのに、気付けば視点を定めるのも難しいほどにびゅんびゅんと景色が流れていく。

今から私は沼津に帰る。

ほんの数時間いたばかりの東京から離れられるそんな事実が、ほっと胸を撫で下ろしたくなるほどで。


帰った先、沼津に、私の居場所はまだあるよね…?


また拡がりかけるイヤな感情を圧し殺すように、私はぎゅっと目を瞑った。

………………

………

282 :ぬし :2019/06/21(金) 11:08:03.38 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「お帰りなさい」


場所は沼津駅南口、時刻は18時半。

夕陽というには明る過ぎる陽射しが残る中、事もなげに微笑んで手を振るダイヤの姿。


善子「え、なん…」

ダイヤ「なんですか、幽霊でも見たような表情で。一万人の人とすれ違って、わたくしの顔を忘れてしまいましたか?」

善子「や、そんなことないけど…なんでここにいるの…?」

ダイヤ「そうねえ。『起きたらラインする』とおっしゃったのに、今の今まで放っておいたわたくしがお出迎えしたら、さぞ驚くわよねえ」

善子「うっ…」


じとりと責めるような目付きで、スマホを振って見せるダイヤ。

283 :ぬし :2019/06/21(金) 11:09:04.61 ID:XrcE1R1V.net
そう、いや、確かに、熱海くらいから目は覚めていたけど、なんとなく画面を眺めているばっかりで。

結局ダイヤに連絡することもなく沼津に着いちゃった、って、いうのに…


善子「まさか、ずっと待ってたの?」

ダイヤ「いいえ。善子さんが到着する時刻を推定して、それに合わせて来たのよ」

善子「推定って、どうやって…」


ふ、とキザったらしく口角を上げて。


ダイヤ「お電話を下さったとき、後ろからは喧騒と併せて駅のアナウンスが聞こえていたのよ。その内容から察するに、あのとき善子さんがいたのはJR東京駅のホーム。それだけ分かれば、そこから沼津へ行く電車を調べることなどルビィにだってできるわ」

善子「で、でも東京から沼津の電車なんか何本も走ってるし…それに私、あの後すぐ乗ったってわけでもないのに…」

ダイヤ「そうね。善子さんが乗ったのは東京駅を16時27分に出発する電車でしょう?」

善子「!?」

ダイヤ「簡単なことですわ。一人で遠出することなど滅多にない善子さんは、電車の乗換えを極力減らしたいと思うはず。貴女が電話を下さった16時以降の便の中で、最も乗換えが少なく最も出発が早いものこそが――16時27分東京駅発、18時39分沼津駅着の便、ということよ」ドヤッ

善子「……………か、」


推理が完璧過ぎて、もはや少し気持ち悪い…!


ダイヤ「さて。ここからはお説教の時間よ」

………………

………

284 :ぬし :2019/06/21(金) 11:10:02.14 ID:XrcE1R1V.net
産まれてから最も身近にあった景色。

ママと、パパと、多くはないながらもその時々の友達と、いつだって私の日常だった風景。

その中を、ダイヤと並んで歩く。

去年の私には想像もできなかったことね。

夢に見て、憧れて、それで終わりだったはずの、未来。

たとえどれほどの時間だったとしても、この未来を歩めていることが、言葉にならないくらい――嬉しくて。

それと同時に――切なくて。


ダイヤ「今日はなにをしていたのですか」

善子「…東京に行ってたわ」

ダイヤ「それは知っています。東京で、なにをしていたのですか」

善子「…ぁ  ダイヤ「遊びにいっただけ、などとすぐにばれるような嘘はおやめなさいね。部活動まで休んで」

善子「べ、別に部活動だって毎日毎日休みなく参加しなきゃいけないってわけじゃないでしょ。そもそもからして、入りたくて入ったってものでもないんだから――」

ダイヤ「夏休みに、制服を着て、一人で」

ダイヤ「東京へ遊びにいったとでも?」ジッ

善子「…っ」ビク…

285 :ぬし :2019/06/21(金) 11:10:59.91 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「勘違いをしないでちょうだいな。わたくしは部活動に来なかったことを責めているのでもないし、言いたくないことを聞き出そうとしているわけでもないの」

ダイヤ「ただ、貴女が迷い、悩んでいるのならば、話を聞かせてほしいし力になりたい。それだけなのですわ」

善子「……………」


その言葉に嘘がないことくらい、私にもわかる。

私がここで黙り続ければ、ダイヤはきっと追及してこないのだろう。

今日の練習がどんなだったか、千歌さんや曜さんがどんな風にふざけていたか、話してくれるのだろう。

言いたくないことならば、聞かないでいてくれる。

だったら――


ガサ…


善子「…これ」つ紙

ダイヤ「読んでも?」

善子 コクン…

ダイヤ「…………――――!」

286 :ぬし :2019/06/21(金) 11:12:02.30 ID:XrcE1R1V.net


 
『××高等学校 編入に関する説明会 詳細案内』

『日時:8月22日(金) 13時より』


 

287 :ぬし :2019/06/21(金) 11:13:00.09 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「三月、ですか?」

善子「…うん。今年度いっぱい」

ダイヤ「そう」


まるで感情を匂わせない声音で、ダイヤは短く呟いた。


ダイヤ「決まっていたことなのね」


善子「――ぅ……っ」ジワ…

善子「うわぁぁぁああん………っ」ポロポロ……

善子「私っ、わた… 内浦を出たくない…!ダイヤっ、ダイヤぁ……離れたくないよぉ…っ」ボロボロ…


優しい抱擁に包まれて、鼻に馴染んだシャンプーの香りとわずかな汗のにおいに、私は涙を流し続けた――

………………

………

288 :ぬし :2019/06/21(金) 11:14:18.55 ID:XrcE1R1V.net
善子「元々ね、浦女には一年生の間だけ通うって約束だったの。浦女にっていうか、こっちの高校に…ね。

善子「パパの会社が東京に本社を移転することになって、その引き抜きで東京に行くことに決まったの。ママも一旦教師を辞めて、パパの生活のサポートに専念するってことで。もちろん私もついていく。

善子「こっちの高校には進学しないで、中学卒業した時点で先にママと東京に移るっていう選択肢もあったわ。でも私は高校なんてどこでもよかったし、三年間同じ高校に通いたいとも思ってなかったから、パパと同じタイミングでいい、ってママに任せたの。

善子「そうする方が、ママも一年長くこっちで教師を続けられるし、パパとも離れずにいられるから。…まあ、立ち上げ準備?とかでパパは頻繁に東京に行っちゃうから、そんなにいつも家にいられるわけじゃないんだけど。

善子「その話が決まった頃は、周りに合わせて適当に沼高か沼商にでも行くんだろうなーって考えてたわ。特別に仲良しな友達もいなかったし、適当に一年過ごしたら東京の高校に編入して、そしたらまた違う人間関係も作れるかな、とか。

善子「でも、ね。

善子「私は、沼高にも沼商にも行かなかった。今そうしてるように、浦女を選んだの。浦女に行きたいって、パパとママにお願いして。片道一時間のバス通学なんて大変だって何度も言われたけど、どうしてもって。

善子「そしたら、一年間なんだからできるだけ私のしたいにようにさせたいってママが。来年からは自分のわがままに付き合ってもらうんだから私の希望はできるだけ聞こうってパパが。

善子「『善子がこんなに強く希望してきたことなんて、これが初めてだから』って、喜んで背中を押してくれたわ。

善子「だから、頑張ったわ。別に浦女はレベルが高い高校じゃないけど、万が一にだって落ちたくなかったからね。あなたも知ってる通り、毎週ってくらい内浦まで来て、ルビィやずら丸と一緒に勉強した。そして、ちゃんと合格できた……」

289 :ぬし :2019/06/21(金) 11:15:09.26 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「………」

善子「…ふふ、なによそのカオは」

ダイヤ「…いえ。善子さんがどれだけ本気で努力していたかは、それなりに近くで見ていたから知っているつもりだけれど。どうして、

善子「どうしてそんなにも浦女に固執したか、でしょ?」

善子「――あなたがいたからに、決まってるじゃない」

ダイヤ「! わたくしがいたから…?」

善子「私はね、ダイヤ――あなたと同じ、あなたが通う浦の星女学院に通いたかったのよ。少しでもあなたと同じ景色を見て、あなたの傍にいたいと思ったの。たとえ一年間だけだとしても、ね」

善子「実際、あなたとは二つ離れてるわけだから、一年間しか通えないってことはなんの不都合もないと思ったのよ。私が沼津を離れなきゃいけないとき、それはあなたが卒業するときなんだもん」

ダイヤ「…それは思考が錯綜しているのではありませんか?」

善子「どういうこと?」

290 :ぬし :2019/06/21(金) 11:16:02.92 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「貴女がわたくしと出逢ったのは、浦の星の受験対策を行うために我が家を訪れたときのことでしょう。つまり、浦の星への進学を志すに至る原因がわたくしにあるというのは時間的に矛盾が  善子「ないわよ、矛盾なんか」

ダイヤ「…っ、ですが…」

善子「だって、私があなたに初めて出逢ったのはそのときじゃないんだもの」

ダイヤ「え…!?」ドキッ

善子「その二日前。なにがあったか、覚えてる?」

ダイヤ「………二日前…?」

善子「…わけ、ないわよね」クス

善子「実はね、黒澤邸であなたと会った日の二日前って、  ダイヤ「内浦こども祭り…」  ……えっ」

善子「な、なんでそんなのパッと出てくるの…!?」ヒキ…

ダイヤ「貴女から言い出しておいてなにを引いているのですか!」

善子「や、だってえ…」

291 :ぬし :2019/06/21(金) 11:17:13.96 ID:XrcE1R1V.net
善子「でも、うん、そうなの。去年のこども祭りの日、なの。私がダイヤに初めて出逢ったのは」

ダイヤ「………」

善子「記憶になくて当然よ。閉会の挨拶をするあなたを、私が一方的に認識しただけなんだもの」

ダイヤ「…!」

善子「千歌さんと曜さんに連れられてね、あなたが挨拶する様子を眺めたの。…息を呑んだわ。カッコいいとか、美しいとか、そういう余計なことを考えるよりも前に、ただね」

善子「憧れたの」

善子「それでね、千歌さん達からあれは浦女のヒトだって聞いて、…私は進路を決めたのよ」

ダイヤ「そういうこと、だったの……」

善子「それからは驚きの連続よ。
浦女に入学して遠くから眺めていられればそれでいいって思ってたヒトと、二日後には再会しちゃって、勉強を教えてもらったりたまに遊んだりできるようになっちゃって、そうかと思えば入学してからも面倒を見てもらえて、同じ部活に入って、そんで――」

善子「こんな関係に、なれたんだもの」

善子「夢よ、夢。こんなの夢みたい。私はこの一年間、とてつもないほど幸せな夢の中にいるような気分でいっぱいなの。だからね、

ダイヤ「…わたくしの話も、させてください」

善子「え?」

292 :ぬし :2019/06/21(金) 11:18:03.14 ID:XrcE1R1V.net
胸の内にあった色々なものを吐き出してしまって、どこか一人ですっきりして。

自分に言い聞かせようとした言葉は、ダイヤの神妙な声によって遮られた。


善子「ダイヤ…?」


こちらをまっすぐ見つめる翠緑の瞳は、なぜか――ふるふると潤いを纏っていて。


ダイヤ「打ち明けたいことがあるのは、貴女だけではないわ」

ダイヤ「言わずにおこうと思っていたことを、こうなっては、わたくしだって話したい」


ダイヤ「貴女に知ってほしいことが、わたくしにだってあるのです――」

………………

…………

……

293 :ぬし :2019/06/21(金) 11:19:01.99 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「はー…もうイヤ…」


一歩一歩、ぼふりぼふりと聞こえそうなほどに重い足取り。

とうとう歩くのをやめて、私はその場にうずくまった。

しかしそれも、下手に腰を下げすぎるとお尻が濡れてしまうため、ぎりぎりの中腰を保たざるを得なくて。


ダイヤ「……もうっ!」


やり場のない気持ちを口から漏れるに任せて、すぐに再び立ち上がる。


ダイヤ「こんなことなら、出かけなければよかった」


大きな溜め息。

ここ数十分のうちに何度も頭を駆け巡った思いが、ついに言葉となってしまう。

294 :ぬし :2019/06/21(金) 11:20:00.22 ID:XrcE1R1V.net
つい今朝方のこと。


――ダイヤ『お、お母様…本気ですか!?』

――黒澤母『仕方がないでしょう。車も出せないし、バスも通らないのですから』

――ダイヤ『いえ、だったら無茶をせずに今日は行かないという決断が賢明なのでは…』

――黒澤母『平気です。これくらいのことで欠席するなど、黒澤の名折れですからね。大丈夫、道はわかりますから』

――ダイヤ『頑固な………わかりました、わかりました。ではわたくしも一緒に行きますわ』

――黒澤母『まあ。母一人では不安だとでも、』

――ダイヤ『いえいえ。わたくしも書店に行きたい用事があるのです。せっかくこうなったのですから、久し振りに一緒に歩きませんか』

――黒澤母『そうですか、そういうことなら…』

――ダイヤ『コートを取ってきますので、待っていてくださいな』

――ルビィ『おねいちゃん、出かけるなら気を付けてね』

――ダイヤ『ええ、ありがとう。…もし出せそうだったら、帰りは車を寄越してほしいとお父様に伝えておいてくれる?』ヒソ

――ルビィ『わかった』ヒソ

――黒澤母『ダイヤさん、出ますよ。早くなさい』

――ダイヤ『はいはい、すぐに参りますわ!』

295 :ぬし :2019/06/21(金) 11:20:59.77 ID:XrcE1R1V.net
やはりあのとき、無理にでもお母様を引き留めておくべきだった。

ただでさえ長い道のりを、しかもこんな状態の道をお一人で行かせるわけにはいかなかったとは言え…


――ダイヤ『なんとかお父様が来てくださることを祈りたいものね…』


旧知の方々との集まりに行くと言って聞かないお母様と連れ歩くこと二時間余り、どうにか目的地まで送り届け、ついでと書店に寄ったり様変わりした町の中を散策したりしていたのがよくなかった。

物珍しさに高揚していた気分も落ち着いた辺りで、脚から腰から慣れない長距離移動の疲労がどっと押し寄せた。

残った体力と気力を振り絞って帰路に着こうとしたところで、はたと気付く――


――ダイヤ『あれ…?』


大切に身に着けていたペンダントがなくなっていることに。

296 :ぬし :2019/06/21(金) 11:21:59.03 ID:XrcE1R1V.net
昨年、テレビドラマの影響で爆発的な人気を生んだペンダント。

それくらいなら世の時流によってはたびたび起こり得ること。

昔から流行り廃りに目敏く、また綺麗なものや可愛いものに目がなかったルビィとは対照的に、私はあまりそういう事柄へ関心を向ける方ではなかった。

けれど、そのペンダントにはなぜだか妙に惹かれてしまい、学校帰りの足で沼津まで買いにいってしまった。

それからというもの、初めて自ら「欲しい」と感じて購入した特別感も相まって、大切にしてきたというのに――


ダイヤ「確かに着けて出たのに…」

ダイヤ「なくし、ちゃった…」


慌てて来た道を辿る。

よく目立つ赤色で、決して小さいものでもない。

目を凝らして捜せば、きっとすぐに見付かる――と、思ったのに…

297 :ぬし :2019/06/21(金) 11:23:00.18 ID:XrcE1R1V.net
一時間も経っただろうか。

目的を定めることもないままふらふらと敷いた足取りを完璧に辿ることはできず、ただただ私の身体と心には疲労が溜まっていくばかりで。

毎日のように着脱を繰り返したせいで、チェーンは随分と弱くなっていた。

わかっていたのに、あまり知識がないことも手伝って放ったらかしにしてしまっていた。

これは、そんな怠惰な自分への罰なのか――

弱気な考えが脳裏をよぎるのと心が折れてしまうのは、ほとんど同時だった。


ダイヤ「こんなことなら、出かけなければよかった」

298 :ぬし :2019/06/21(金) 11:24:03.77 ID:XrcE1R1V.net
高価なものでもない。

人から貰ったものでもない。

諦めてしまおう、そう決意したときだった。


うわーーー、と、叫び声のようなものが聞こえた気がした。


ダイヤ「聞き間違い…かな…」


それくらい遠い声だった。

どうせこれ以上捜す当てもない身、足は自然と声の方へ向いていて。

もたもたと覚束ない足取りを数歩、人通りも車通りもない町に、その影を見付けた。

299 :ぬし :2019/06/21(金) 11:25:02.73 ID:XrcE1R1V.net
白銀ばかりを映す視界の中、その中央に黒い影。

遠目だから黒く映ったわけではない。

本当に黒い。

髪から、服から、靴まで、余すところなく真っ黒。

正直、人影なのかどうかも確信が持てなかった。

視線は釘付けにされ、吸い寄せられるように足は前に出続けた。

そして、

ウスァーーーー!という奇怪な声を放って、その人影の元から大きな鳥が飛び立っていった。

冷静になって思い返せば、あの鳥は恐らくトンビで、食べ物を狙って人に襲い掛かり、目的が達せられたのか否か飛び去ったのだとわかるけれど。

そのときの私には、その姿がとても神々しく映った。


黒装束に身を包み雄々しく両手を掲げて、遥か大空へと使いの鳥を放つ、まるで――そう、天使かなにかのように見えたのだ――


やがてその人影は去り、相当に後れ馳せながら辿り着いたその跡で、私はなくしたペンダントに巡り合った。

沼津市で「観測史上最大」と叫ばれた、豪雪の日のことです。

……

…………

………………

300 :ぬし :2019/06/21(金) 11:26:08.08 ID:XrcE1R1V.net
ダイヤ「それから半年ほどが経ち、内浦こども祭りの日、千歌ちゃん達と並んで座る貴女を壇上から見付けてはっとしたわ。なぜかしらね、貴女があのときの人影なのではないかって、確たる裏付けもないままに感じたの。

ダイヤ「そしてその二日後。

ダイヤ「次は我が家で再会して、堕天使として振る舞う貴女を前にして――確信に変わった」


言葉を失う私にダイヤは微笑んで、首からチャラリと取り出した。

大きなハートマークにクラブ、スペード、わずかに欠けたダイヤが連なる形のペンダント。


ダイヤ「ほんの些細なことだけれど、貴女はわたくしの恩人なのよ。ずっとお礼を言いたくて、言えなくて…でも、これでやっと言えますわ」

ダイヤ「わたくしの大切なものを見つけてくださって、本当にありがとうございました」ペコッ…

善子「…………っ!!」


ダイヤ「夢のようだとは、わたくしこそ言いたいくらいです。だって、わたくしの方が、きっと貴女のことを先に慕うようになったのだから。一目貴女を見た日から――ね」


──

────

──────

301 :ぬし :2019/06/21(金) 11:27:01.48 ID:XrcE1R1V.net


『伊豆長岡、伊豆長岡に到着です…』


最後に大きく揺れたかと思うと、電車は停止した。

ぱらぱらと降りる人達に続く。

家からここまで乗換え三回。


善子「今の私にとっては電車の乗換え回数なんて、ちょっと面倒くさいかどうかの基準でしかないのにね」


スマホで確認した時刻は、きっちり定刻。

ローカル線なのに偉いわ、誉めてつかわす。

これなら、懐かしい町並みを歩く時間は充分にありそうだ。

数週間前に届いた嬉しい案内。


――千歌『やっほー善子ちゃん、元気?』

――千歌『今年のお盆って、こっち来れないかな』

――千歌『みんなで集まりたいねって!』


ちょうどよく停車するみとしー行きのバスに向かい、私は少しだけ駆け足になった。

***

302 :ぬし :2019/06/21(金) 11:28:50.67 ID:XrcE1R1V.net
次で最後です
レス数は多いですが、頑張って最後にします

303 :名無しで叶える物語:2019/06/21(金) 12:36:13.60 ID:chmklWmw.net
そんな気はしてたけどスレタイはやっぱり善子じゃなくてダイヤだったか

304 :名無しで叶える物語:2019/06/21(金) 14:53:52.92 ID:k0r9EvWO.net
素晴らしい

305 :ぬし :2019/06/21(金) 19:46:37.17 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

じりじりと熱気を放つアスファルトに打ち水を終え、ついでと郵便受けを覗く。


ダイヤ「んー…あら?」


よく見る営業チラシに紛れて、一通の葉書。

どうにも公的なものに見えないそれは、なんと消印すら捺されていない。

それもそのはずで。


『ダイヤちゃんへ

今日は同窓会なので、忘れずに来てね!

千歌』


要約するとそんな旨のことが可愛らしい色と筆跡で綴られている。

昨晩か今朝のうちに、わざわざ投函しにきてくれたということなのだろうけれど…


ダイヤ「あの子はなにか、昔からわたくしのことを勘違いしているきらいがあるわね」


それでも嬉しくなってしまうのだから、やっぱり人を見抜く目があるのかも――なんてね。

306 :ぬし :2019/06/21(金) 19:47:39.05 ID:6j7dmJA2.net
ルビィ「うゅーー………」グテー

ダイヤ「ほらルビィ、しゃんとなさい。みんなに笑われるわよ」スッ

ルビィ「ゅ。なにこれ?」

ダイヤ「千歌ちゃんからのお手紙よ」

ルビィ「ぷぷ…おねいちゃん忘れてそうって思われたのかな」

ダイヤ「断じてそんなことはありません!千歌ちゃんなりの気遣いに決まっているでしょう」


この春から短大生となったルビィは、今は夏期休暇ということで帰省し、日がな一日こんな調子でだらだらしている。

以前は厳しかったお母様もルビィが家を出たことが思いの外寂しかったのか、すっかり甘くなってしまったし。

まったく、本当にきちんと勉強をしているのかしら…


ルビィ「六時からかー。おねいちゃん今日は?」

ダイヤ「特に予定はないわよ。午後には同窓会に持っていくお菓子なんかを買いにいこうと思ってるけれど」

ルビィ「そっかー。ルビィも行くから行くときゆってー」

ダイヤ「はいはい」

307 :ぬし :2019/06/21(金) 19:48:42.41 ID:6j7dmJA2.net
居間に転がるルビィを放置して自室へ引っ込む。

同窓会。

高校生活最後の濃厚な一年間を共に過ごした仲間達と。

とは言え遠方からの帰省を要する善子さんと梨子さんの予定を最優先としたことで、全員揃ってとはいかなかったけれど。


ダイヤ「善子さん…」


思わず口をついて出るその名に、ほうっと口元が綻ぶ。

彼女が沼津を出てから、そう何度と会えるわけではなくなってしまった。

前に会ったときから、髪は伸びたかな。身長は変わらないか。

まだ時間はたっぷりとある。

少しくらい、想い出に身を寄せても構わないだろうか。

こんなときは、決まってそうするのだ――

──────

────

──

308 :ぬし :2019/06/21(金) 19:49:47.49 ID:6j7dmJA2.net
子ども達のよく通るお喋りの声に、キュ、と音が響く。

これが我が校の生徒なら、そして私に立場があるならば、一言目は静かになさいと一喝するところだけれど。

生憎ここは浦の星女学院ではないし、私はただの挨拶者だ。

私が名乗っただけのことでお喋りをやめてくれればよいのだけど、さて、どうかな…

と、いうのはどうやら杞憂だったようで。

壇の中央へ辿り着く頃にはお喋りはすっかり止んでいて、集う視線を一身に請け負う。

うん、やはり内浦の子ども達はいい子ばかりね。


ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会副会長、黒澤ダイヤでございます」

309 :ぬし :2019/06/21(金) 19:50:50.71 ID:6j7dmJA2.net
八月も半ば、照り付ける夏の陽射しが最も強くなる頃、内浦小学校の子ども達が主体となって催される『内浦こども祭り』。

もうずっと昔から、浦の星の生徒会長が閉会の挨拶を行うこととなっている。

今年も例に漏れずその予定だったのだけれど、


――ダイヤ『わたくしが代わりに?』

――『ええ、ごめんなさい。どうしても外せない用事と被ってしまって、地域の大切な行事だとはわかってるんだけど…だめかな?』

――ダイヤ『いえ、そういうことならば引き受けるに吝かではありませんが、慣例に反して副会長が挨拶をするなどと、皆さんが受け入れてくださるかどうか…』

――『あはは、そんなことなら大丈夫に決まってるじゃない』

――ダイヤ『え?』

――『この内浦に住んでて、黒澤さん家のダイヤちゃんが前に立つことを受け入れられない人なんか一人もいないわよ』


…との見立て通り、長年続く家のおかげで、現生徒会長に代わり私が挨拶者を務めることに異論の声は聞こえてこなかった。

310 :ぬし :2019/06/21(金) 19:51:52.41 ID:6j7dmJA2.net
形式的な挨拶を終え、自分の言葉を紡ごうとしたとき。

最前列に座る千歌ちゃんと曜ちゃんを見付けた。

こういうときは決まって最前列に並んでくれるのよね。

それでいて安易に手を振ってきたりもしないのだから、いい子達ばかりの内浦で、中でも抜群にいい子なのはあの子達に違いない――


ダイヤ「……!」


子ども達に並んで膝を抱える千歌ちゃんと曜ちゃん。

その隣にもう一人、同年代の見知らぬ顔。

内浦に知らない顔などそうそうないし、ましてや同年代ともなれば有り得ない。

つまりあの方は内浦ではない、この地域の外から来た方で――――いや。

あの、方は………

◇◇◇

311 :ぬし :2019/06/21(金) 19:52:57.22 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

ダイヤ「改めて。わたくし、黒澤ダイヤと申します。すでにご存知かとは思いますが、ルビィの姉です」

善子「あ、は、初めましてっ。私は津島善子です、千歌さんと曜さんとはこの間知り合って、ずらららっ花丸とはさっき再会して、て、る、ルビィとは友達になったばっかりですっ」


微塵も予期していなかった不意の再会から二日。

事態はとうとう意味がわからなくなっていた。

あの日私をペンダントのもとへと導いてくださった天使――もとい、津島善子さんが、目の前にいる。

自己紹介を交わしている。

どうやら千歌ちゃん達から花丸さんを経由し、そのままルビィと知り合うに至ったらしい。

一昨日見た表情から察した通り、千歌ちゃん達とも知り合ったばかり、大方いつもの「千歌ちゃん節」に巻き込まれただけのようだ。


ダイヤ「あら、では皆さんとまだお付き合いは短いのですね。それならばわたくしも遜色なく善子さん達の交友の輪に加わることができるかしら」


今から築いていく関係ならば、そこに一人くらい加わったって、なにも悪いことはないはずね。

312 :ぬし :2019/06/21(金) 19:54:01.23 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「今日はどちらから?」

善子「ぬ、沼津から…バスで…!」

ダイヤ「まあ、沼津からいらしたのですか。暑い中よく来てくださいましたわ。ゆっくりしていってね」

善子「ひゃ、ひゃいぃ…っ!」


すでに他の子達とはある程度お話ししたようで、しばらく善子さんの関心を頂けるみたい。

それならばこの機会を活かさない手はないと、当たり障りのない話題から少しずつ距離を詰めていく。

…ところで、どうして善子さんはこんなにも緊張した様子なのかしら?

313 :ぬし :2019/06/21(金) 19:55:02.03 ID:6j7dmJA2.net
様々な話を交わしているうちに、やがて、善子さんに変化が見られた。


ダイヤ「さ、先ほどルビィが言ったことは気にしないでくださいな。わたくしだっていついつでも気を張っているわけではありませんから、ああいう失敗だってたまには…」

善子「……え、ルビィ?失敗?ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてて聞いてなくて…」

ダイヤ「ああいえ、それならばよいのです」

善子「うう…せっかくお話ししてるのに、私…」

ダイヤ「突然色々なことを話してしまったせいね。こちらこそ気が利かなくて、わたくしが呼ばれたのは確か――」ゴソ…

善子「…………かくなる上は…」ボソッ

ダイヤ「はい?なにか言いましたか?」


もう少し話していたかったけれど、そもそも私がこの場に呼びつけられたのには理由があって。

問題集を差し出そうとしたところで、


善子「ギランッ!」バッ

ダイヤ「!?」

314 :ぬし :2019/06/21(金) 19:55:59.54 ID:6j7dmJA2.net
善子「我が得た情報によれば、あなたはこの地を統べる者の末裔だとか。この堕天使ヨハネに取り入ることで神々の力を奪おうとしているのではあるまいな…?」フッ

ダイヤ「………だ、てん…し」

善子「…あの、コホン…人間というのは姿かたちに捕らわれるものだからな。人間界へ紛れるにあたっては、その、形から入る方がいいかと思いこうして人間と同じ風にゴニョゴニョ……」//

ダイヤ「…なるほど!」

善子「へ?」ビクッ

ダイヤ「なるほど、なるほど…堕天使…」

ダイヤ「そうですかそうですか、そういうことでしたか…!」

善子「え?はい?どーゆーこと…??」

ダイヤ「天使ならぬ堕天使であれば、黒装束に身を包んでいるのも納得できるものね」ウンウン

善子「えと、そりゃまあ……」


きょとんと呆ける善子さんに、うんうんと頷いて見せる。

自分から話題を振っておきながらこちらが同意したら困惑するとは意味がわからないけれど、とにかく、これで私は腑に落ちた。

あの方は、善子さんは――堕天使だったのね。

315 :ぬし :2019/06/21(金) 19:57:00.52 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「堕天使ヨハネ、ですか。ヨハネさんとお呼びしても?」

善子「も…もちろん!ふふ、さっそく我の真名を口にするとはよい心掛けね!」

ダイヤ「ヨハネさんはなぜ浦の星へ行こうと?」

善子「く…ククク、それは冥界からの囁きにより決したこと…!」

ダイヤ「冥界…うふふ、運命ということですか。素敵ですわね」

善子「運命、そう…これは運命よ。我とここに集うリトルデーモン達の数奇なる運命によって導かれたことなのです!」

ダイヤ「ええ、そうね。きっとそうですわ」


それから善子さんは熱心に勉強を続け、果てには花丸ちゃんをも凌駕するほどの理解度を有して浦の星の入試に挑み、無事――私達と学窓を共にすることとなったのよね。

◇◇◇

316 :ぬし :2019/06/21(金) 19:58:02.23 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

あれは善子さんが入学して、まだひと月も経たない頃だった。


「今日はここまで。来週は本文の読解に進むので予習をしておくように」

ダイヤ「英熟語の表現はイメージと結び合わせることで理解しやすくなるわね。帰ったら本文中の熟語表現を重点的に予習するとしましょうか………ん?」


復習と予習のポイントをまとめていると、ふと窓の外に違和感を覚える。

視線を移すと、…むむ。あれはどうやら遅刻生徒、しかも一年生のようね。

ふてぶてしくも一限目が終わると同時に登校してきたようだ。

貴重な休み時間を割かせないでほしいのだけど、気付いてしまったものは無視できない。


果南「あれ、ダイヤどっか行くの?」

ダイヤ「ええ、少し。二限目が始まるまでには戻りますか――ら……んん!?」バッ

果南「あ、ダイヤぁ!次、教室移動だからねー?」


そんな果南さんのお声掛けに返すことも忘れて教室を飛び出す。

ああ、なんてこと…まさかよりにもよって……

317 :ぬし :2019/06/21(金) 19:59:02.29 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「津島善子さん」

善子「ぃひぃぃっ!!?」ビクッ

善子「…ぁ、ダイヤ…驚かさないでよ。その…おはよう、偶然ねこんなところで会うなんて…」ススス…

ダイヤ「職員室はそちらではありませんよ?遅刻屋さん」

善子 ギクッ

善子「…な、なんのことかしら。私はちょっとコンビニに行ってきた帰りで…」

ダイヤ「それも校則違反です」

善子「ぅ」

ダイヤ「だいたい最寄りのコンビニまで往復どれだけ掛かると思っているの」

善子「うっ」

ダイヤ「加えて、コンビニへ往復するのになぜ通学鞄を持っていく必要があったの」

善子「うううっ」

ダイヤ「おとなしく白状なさい」

善子「ご………ごめんなさぁぁーーーいっ!」

………………

………

318 :ぬし :2019/06/21(金) 20:00:01.30 ID:6j7dmJA2.net
善子「失礼しまーす…」

ダイヤ「いらっしゃい」


同日、お昼休み。生徒会室。

本来ならば無用の生徒が立ち入って、ましてや昼食の場にしていい部屋ではないのだけれど。

生徒会指導の名目であれば、それを咎められることもない。


ダイヤ「お昼ご飯は持ってきましたか?」

善子「うん」

ダイヤ「よろしい。さて、昼食を取る前に、なぜ呼ばれたかわかっているわね?」

善子「…だ、ダイヤもお団子ヘアーにしたくなったけど自分じゃできないから私に」

ダイヤ「遅刻の件です」

善子「ハイ…」

ダイヤ「それと、お団子ヘアーくらいわたくしでもできます」

善子「あっハイ…」

319 :ぬし :2019/06/21(金) 20:01:01.38 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「わたくしが認知したのはこれが初めてだけれど、遅刻したのは何回目?」

善子「浦女に入ってからは初めてです…」

ダイヤ「浦女に入ってからは?中学時代にも経験がある、いえ…その物言いは常習犯だったのでは…」

善子「ぎく…」


応接用の椅子に座る善子さんと二人。

本当に話したいことはこんなことではないけれど、立場が、職務が、そうせよと囁く。

あるいは、自分から誰かをお昼に誘ったことなど初めてで、建前が与えられていることに胸を撫で下ろしているのかもしれなかった。

320 :ぬし :2019/06/21(金) 20:02:01.39 ID:6j7dmJA2.net
蓋を開けてみたら、善子さんの遅刻はやはりそこそこ常習的なもので、それから何度か同じ口実でお昼の時間を共にしては。

やがて、建前だけの会話など少しずつなくなっていき――


善子「それより、ほら。早くごはん食べましょうよ!せっかくのお昼休みがなくなっちゃうわ!」

ダイヤ「あなたが言うことですか!…でも、それもそうね。食事の場でお説教するのは頂けませんから。頂きましょうか」


たまに遅刻してほしいなんて願う生徒会長は、いけないコなのでしょうか。

◇◇◇

321 :ぬし :2019/06/21(金) 20:03:02.68 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

「ごめんなさいね、黒澤さん。帰り際に引き留めてしまって」

ダイヤ「いえ、構いません。お役に立ててよかったです。それでは、失礼いたします」

「はい。気を付けて」


丁寧に戸を閉め、一息ついてから。

下足室まで駆け足で向かう…ものの、すぐにスマートフォンを取り出して、その速度を落とす。


ダイヤ「さすがに間に合わないわね…」


となれば無用な駆け足は事故の原因となりかねないだけの危険な行為、気の焦りに任せて続けるのは愚行と言える。

いっそ、という気持ちでこれ見よがしの牛歩で行く。

…これはあまりに子どもっぽいかしら。

322 :ぬし :2019/06/21(金) 20:04:00.40 ID:6j7dmJA2.net
校門を出たところで、さて、どちらを歩こうか。

バス停を利用するのであれば整備された道を行くけれど、その必要もないし、やや足元に不安が残る山道でショートカットをするか。

しかし近道になるとは言え、整備が行き届いていない道を下るのはいかがなものか。

普段はバスの時間に合わせて学校を出るため、あまり悩むことのない二択に戸惑う。

うーん…せっかくだし冒険気分で山道を下りてみようかな…

と、踏み出した瞬間。


アガァーーー、と奇怪な声が響いて、視界の奥から黒い鳥が飛び立った。


ダイヤ「………」


以前にもこんな光景があったような、確かあのときは…

その思考がしっかりと結論へ辿り着くよりも早く、私の足はその方向へと歩み始めていた。

323 :ぬし :2019/06/21(金) 20:05:00.11 ID:6j7dmJA2.net
――結果的に、大正解。


ダイヤ「……!」


遥か坂の下に肩を落とす影は、紛れもない、善子さんだ。

大方ささやかな不運にでも見舞われ寸でのところでバスに乗り遅れた、といったところに違いない。

あの後ろ姿が雄弁に物語っている。

やがて善子さんはとぼとぼと歩き出す。

下のバス停から出るバスを逃した場合、沼津方面の方々は、確か重須まで歩くのだと聞いた記憶がある。

まさか沼津まで歩くはずはないので、きっと善子さんも例に漏れないはずだ。

それならば、それならば…

心なしか早足になり、私は善子さんの後ろ姿を追い掛けた。

324 :ぬし :2019/06/21(金) 20:05:59.62 ID:6j7dmJA2.net
一声。

名前を呼べば、きっと聞こえる距離。

付かず離れずを保ちながら、迷う、迷う、迷う。

呼んでもいい?

迷惑がられない?

善子さんは一人で過ごすのが好きだと言っていた。

そうでなくとも、とりわけ親しい間柄でもない上級生と二人で歩くなど、誘われれば断れるものでもないだろうし。

この歩調を少しずつ落としていけば、重須でバスを待つ彼女を追い越すときに何気ない挨拶をして通り過ぎることもできる。

彼女にとってはそっちの方がいいのでは?

気まずい思いをしてほしいわけではない。

名前を呼びたいのも、ほんの数分の帰り道を共にしたいと思うのも、どれも私一人の勝手な欲求で。

それに付き合わせるなんて――でも、こんな機会は滅多にない――声をかけて、怪訝な表情を返されたら――まずいと感じたらすぐにそのまま追い抜けばいいのでは――だって――私は――――


ダイヤ「………っ、」


ダイヤ「善子さーん」


勇気を振り絞る、こんな気持ちは――いつぶりのことかしら。

◇◇◇

325 :ぬし :2019/06/21(金) 20:07:05.45 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

千歌『ダイヤちゃん』

千歌『今いいですか?』


夜、自室で勉強をしていると、千歌ちゃんから連絡。

なぜこの子はラインを介して話すときだけ敬語になるのだろう。

と言いつつ、やはり慣れていない敬語はできるだけ使いたくないのか、こう切り出してきたときはだいたい電話で話したがる。


ダイヤ「もしもし、ダイヤです」

千歌『あ、ダイヤちゃんこんばんは!夜にごめんね』

ダイヤ「構わないわよ。どうしたの?」

千歌『あのね、うーん…』

ダイヤ「………」


千歌ちゃんは気持ちが先行して行動することが多く、話し始めたはいいものの言葉が続かないということがたびたびある。

昔からのことなので慣れっこだけれど。


千歌『スクールアイドルって知ってる?』

326 :ぬし :2019/06/21(金) 20:08:01.60 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「スクールアイドル…」

ダイヤ「それはまあ、知ってるけれど」


特に知識が深い分野でもないが、存在はもちろん知っている。

昨今どんどん流行り始めているし、かねてよりルビィが随分とご執心だったこともあるし、なかなか無知でもいられない。

加えて、それはつい先ほどルビィの口から嬉しそうに聞かされた言葉で。


ダイヤ「スクールアイドルがどうかしたの…」


と口にしつつ、その実、スマートフォン越しにもわかる興奮を押さえきれない様子に、次に千歌ちゃんが紡ぎそうな言葉の予想はついてしまう。

すすす、と受話部分を耳から離す。


千歌『チカと一緒に、スクールアイドルやりませんか!!』


…ほらね。

‐‐‐


327 :ぬし :2019/06/21(金) 20:09:00.01 ID:6j7dmJA2.net
あれから、返事は保留にしている。

アイドルの真似事をして歌って踊る高校生グループ。

いくつか動画を観てみたりルビィに話を聞いてみたりして、なるほど、千歌ちゃんが目を輝かせるのにも頷けるものだと思った。

曜ちゃんと果南さんは相当に早い時点から巻き込まれ済みで、とうとう先日はルビィと花丸ちゃんも誘われたという。

ちなみに多くの場合、千歌ちゃんから誘われることは同時に参加することを意味する。

そして、必然――

328 :ぬし :2019/06/21(金) 20:10:01.55 ID:6j7dmJA2.net
善子「………」カリカリカリ…


熱心に課題へ取り組む善子さん。

遅刻の回数が増えてきた頃にはもしかして不良なのではないかと疑ったこともあるけれど、根がまじめなのは昨年からよく知っている。

話を聞くに、どうやら朝に弱いことと、様々な不運に見舞われる体質が原因のようだ。

体質というのは認識の問題で、つまりは意識。

病は気から、ではないが、不運にばかり目を向けていては自らそちらへ近づくことになる。

よいことに目が向くよう、少しずつ意識を変えてあげれば、きっと『体質』を変えるのはそう難しくない。


ダイヤ (さて…)


本音を言えば、千歌ちゃんの誘いに乗ることは構わないと思っている。

最近はそこまでお稽古が多くもないし、生徒会長としての執務だって部活動に時間を割けないほどではない。

なによりも楽しそう。

ただ、返事を保留にしている唯一の理由は、

329 :ぬし :2019/06/21(金) 20:10:59.36 ID:6j7dmJA2.net
善子「ねえダイヤ、わかんない問題があるんだけど…」

ダイヤ「どれ?見せてご覧なさい」


先日三人揃って千歌ちゃんから勧誘を受けたというルビィと花丸ちゃん、そして善子さん。

ルビィが前のめりに参加の返事をしたのは予想通りながら、その勢いにつられて善子さん達も入部を決意したと聞く。

ただし、なんだかんだと言いながらも積極的な花丸ちゃんと比べて――


ダイヤ「この『the 形容詞』という表現は口語に近いけれど、覚えておいた方がよいですわね」

善子「はえ〜。ありがと、ダイヤ!残りは頑張ってみる!」

ダイヤ「ええ」

330 :ぬし :2019/06/21(金) 20:12:07.05 ID:6j7dmJA2.net
私がスクールアイドル部へ入部すると言ったら、善子さんはどうするだろうか。

本当は、本人がよほど嫌でないのならば部活動には参加してほしい。

そこには青春を謳歌してほしいという老婆心も多分にあるけれど、それだけではなくて。

体力不足、遅刻癖、人付き合いへの苦手意識。

短くない時間を共に過ごしてきて見えてきた善子さんのこれらの点を、部活動――特に運動部ならば解消に近付けることができると思うから。

みんなが練習に慣れてきたら朝練も始めたいと千歌ちゃんは言っていたし、やや私に依存気味の人付き合いも、あのメンバーの中でなら無理なく拡げていけるだろう。

これこそ余計な気回しと言われればそれまでだけれど、傍にいられる間に、できることがあるならしてあげたいと思っているのも紛れもない事実。

そうして一人悶々と考えているうちに――


ダイヤ「梨子さんが新たに加わり、部員は六人。アイドルグループとしては、それなりに見える人数になったわね」

千歌「そーだよ!ここから私達は、輝きを目指してもっともっと力強く走り出していくんだよ!だから、どうかな。ダイヤちゃん」

千歌「チカ達と一緒に、スクールアイドルを――やりませんか?」


刻限が目の前に突き付けられ、私は腹を割って話す覚悟を決めた。

………………

………

331 :ぬし :2019/06/21(金) 20:13:00.64 ID:6j7dmJA2.net
善子「なんで、返事しなかったの」カリカリカリ…

善子「やりたくなかったら、やるつもりがなかったら、返事を保留になんかしないでしょ」カリカリカリ…


再び二人になった生徒会室、プリントに目を落としてシャーペンを走らせるまま、善子さんの言葉。


ダイヤ「やりたくない、とは言いませんわ」


ここまで来れば心根を隠すつもりなどない。

胸の内を吐露する私と、自責する善子さん。


ダイヤ「彼女達が――大好きな幼馴染み達がいよいよみんなで一つ大きなことをやってみようというときに、そこに加わりたいという気持ちは確かにあるわ」

善子「だったら、その気持ちに素直に従えばいいだけじゃない」

善子「私が毎日ここに来るから、部活に入ってなお顔を出すことなくここに来るから、気を遣わせてるのよね」


やがて善子さんが導き出した結論は、


善子「ごめんなさい、ダイヤ。明日からは来ないようにするから、あなたは自分の気持ちに素直に――」


――そうじゃない。

332 :ぬし :2019/06/21(金) 20:14:00.49 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「明日からここに来ず、どうするつもりなの?」

善子「え、っと…それは、どこか…図書室で宿題するか、帰るか…」


欲しい言葉は、結論は、そうではない。

遅々として進まない問答に、あっさりと根負けして。


ダイヤ「部活動に行くという発想はないのですか、貴女に」


私は貴女に部活動へ参加してほしいし、


ダイヤ「善子さんが毎日ここに来るのは、わたくしと共に過ごしたいと思ってくれているからなのですよね。であれば、どうですか」


部活動へ参加したいし、


ダイヤ「わたくしがスクールアイドル部に参加して練習へ行くのだとすれば、貴女もそうすることで目的は達し得ると思うのだけど」


それになにより――


ダイヤ「それとも、わたくしを含むみんなで一緒に部活動に興じるのでは不満で、やはりここで二人きりの方がよいかしら」


――と、この問いかけは我ながら悪手だったと後々反省したけれど…


善子「やりましょう、スクールアイドル部。一緒に」


そう。

その答えが聞きたかったのよ。

………………

………

333 :ぬし :2019/06/21(金) 20:15:02.78 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「正式にスクールアイドル部へ入部させていただきます」

千歌「ほんと!?ほんとにほんと!?やったーーーっ!」


子どものようにぴょんぴょんと跳ねて純粋な喜びを伝えてくれる千歌ちゃん。

その後ろでじっと耳を傾けてくれる果南ちゃん以下皆さんにゆっくりと視線を送りながら、


ダイヤ「ただ、平日の放課後、週に二日は生徒会の公務や私事に割かせてほしいのです」

ダイヤ「それとね……」


好意に甘えて、ほんの少しのわがままを混ぜてみる。


ダイヤ「わたくしが練習に参加しない二日のうち片方は、ヨハネも参加できないわ」

ダイヤ「週に一度は勉強を見てあげることにしているの。その分、練習の後れが出ていたらわたくしがきちんとお稽古をつけておくから」


目を見張る善子さんのことはわざと気付かないふりをして。


ダイヤ「それだけ、受け入れてほしいのです」

千歌「ダイヤちゃんと善子ちゃんが仲間になってくれるっていうならなんでもおっけいだよ!」


せっかくの大切な時間を全て返上するような真似は――決してしないんだから。

◇◇◇

334 :ぬし :2019/06/21(金) 20:16:01.77 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

『スクールアイドル部!(9)』

千歌『明日から朝練やるからね!みんな遅れないよーに!』

果南『チカこそね』

梨子『寝坊しても待たないからね』

花丸『リーダーが遅れるなんて絶対に許さないからね』

千歌『みんなひどい!だいじょーぶだもん!』

千歌『ねーよーちゃん!』

千歌『よーちゃん??』

梨子『曜ちゃんは明日に備えて寝るって連絡がありました』

千歌『まだ八時だよ!?』


ダイヤ「…朝練」


かねてより告知されていた朝練の初日が、とうとう明日に迫る。

遅刻候補筆頭の千歌ちゃんはなんだかんだで家の近い曜ちゃんや梨子さんがなんとかするだろうけれど、問題は。

335 :ぬし :2019/06/21(金) 20:17:02.47 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「………」ムムム…


それから約一時間盛り上がったグループラインも落ち着き、誰の発言もなくなった。

しかし、結局既読は7のままで。


ダイヤ「ゲームに熱中するとスマートフォンを見なくなる癖は治させないといけないわね」


加えて、入部前の名残でグループラインの通知はオフにしたままのようだったし。

個人チャットでメッセージを入力し、いざ送信というところで――手を止める。

どうせなら、迎えにいってしまおうか。

朝は格段に早くなるけれど、起きるのは苦手ではないし、なによりそうすれば減ってしまった二人の時間をいくらか埋められる。

ふふ、我ながらなんとよいアイディア。


ダイヤ「善子さんの驚く顔が目に浮かぶわ♪」ウキウキ


――程なくして、始発バスでも到底間に合わないことを悟った私は、お父様に送迎をお願いしたのだった。

◇◇◇

336 :ぬし :2019/06/21(金) 20:18:00.55 ID:6j7dmJA2.net
◇◇◇

早朝に起きておむすびを用意しお父様と30分ほどのドライブ、善子さんを叩き起こして車に戻り、朝食を交えて三人でのドライブ(お父様はほぼ喋らなくなるけれど)。

学校に着けば一時間の朝練、授業、生徒会業務、お昼も善子さんと共にし、放課後には練習か生徒会かお稽古かお勉強。

週末は家事をしたりお稽古をしたり、部活をしたり友人と遊んだり。

そんな風に日々が慌ただしく過ぎていき、私はとても満たされていた。

これまで『黒澤家の長女』という立場を言い訳にして我慢してきた様々なことを――青春を、存分に満喫していた。

お母様は私が年相応に過ごすことを喜んで応援してくださったし、気心の知れた仲間達との時間は楽しかった。

なにより、いつでも傍に善子さんがいる。

それだけでこの日々はこれまで過ごしてきた十数年間にも匹敵するほどの幸せと言えた。


そんな日々に陰りが差したのは、間もなく梅雨も明け、七月に入ろうかという頃だった――

337 :ぬし :2019/06/21(金) 20:19:00.00 ID:6j7dmJA2.net
ダイヤ「明日の天気は晴れ、降水確率は10%ね。明後日からもほとんど晴れ模様」


止まない雨の中、果南さんと曜ちゃんを宥めるのに苦労した季節がやっと終わる。

あの二人はやはりアスリート体質だとでも言おうか、身体を思い切り動かせないことは常人の何倍も苦になるらしい。

雨の勢いが弱まるごとに二人で屋上へ飛び出してはほんの一、二分だけ跳び回ってすぐにまた屋内へ引っ込む、ということを繰り返していた日もあったっけ。

中途半端に濡れるのが問題なら最初から海で練習すればいいと果南さんが騒ぎ出したこともあった。

果南さんが屋上に屋根を作ると言い出して曜ちゃんがオーモスでありったけの段ボールを貰ってきたときは、さすがに慌てて全員で説得したわね。

雨で朝練が休みになりがちだったのは少し残念だったけれど、明日からはまた再開できそうだ。


ダイヤ「改めてお父様にお願いしておくとしましょうか」


ぼさぼさ髪の堕天使サマを思い浮かべて微笑ましくなりながら、お父様の部屋を訪ねた。

338 :ぬし :2019/06/21(金) 20:19:59.44 ID:6j7dmJA2.net
黒澤父「どうしても必要なことか?」

ダイヤ「――え、はい…?」

黒澤父「必要なことなのであれば、車を出すこと自体は構わない。善子さんは挨拶や気遣いがきちんとできるいい子だし、ダイヤの部活動を応援したい気持ちももちろんある」

ダイヤ「は、はい。いつも感謝していますが…」

ダイヤ「…その…?」

黒澤父「ダイヤ」

ダイヤ「はい」

黒澤父「毎朝迎えにいくことが、本当に善子さんの為になるのか?」

ダイヤ「…!」

黒澤父「朝が苦手だという話は聞いたが、毎朝の様子を見るに血圧が極めて低いようでもない。体質の問題ではないとしたら、朝が苦手なのは善子さん本人の努力しだいでなんとでもできるのではないか」

黒澤父「ダイヤが毎朝迎えにいくことそのものが、今、善子さんが朝に弱い原因となってしまっていないかな」

ダイヤ「そ、れは…」

339 :ぬし :2019/06/21(金) 20:20:58.97 ID:6j7dmJA2.net
黒澤父「………ダイヤ」

ダイヤ「は、はい」

黒澤父「これが善子さんじゃなくても、ダイヤは同じようにしたか?」

ダイヤ「え?それはどういう…」

黒澤父「例えば、一人だけ沼津方面に住んでいて朝がとても弱く放っておいたら朝の練習に遅刻しかねないのが千歌ちゃんだったとして、花丸ちゃんだったとして、ダイヤは同じように毎朝迎えにいっていたか?」

黒澤父「これまでのどんな日よりも早い時間に起きて、おむすびまで用意して、毎朝毎朝迎えにいっていたか?」

ダイヤ ドキッ…

黒澤父「ダイヤ。おまえは、」


黒澤父「善子さんと特別な仲なのではないだろうね――――?」

………………

………

340 :ぬし :2019/06/21(金) 20:22:01.22 ID:6j7dmJA2.net
電話帳から善子さんを呼び出し、発信する。

ねっとりと聞こえる呼出音が、このまま終わらなければいい。

お父様にあんな風に言われて、私は、


――ダイヤ『そ…れ、は…』

――ダイヤ『お父様のおっしゃる通り、お迎えが必要かどうか検討してみます。ですから、やはりしばらくは結構です…』


そう返すことしかできなかった。

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