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姫乃「悪くない1日」
- 1 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:31:17.08 ID:fNVBAPcl.net
- 短編
- 2 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:32:55.86 ID:fNVBAPcl.net
- 「ねえ、姫乃ちゃん。奥多摩にマスを釣りにいかない?」
エマさんに、釣り誘われたのは、7月の猛暑の激しい中でした。川へ行くのです。奥多摩の川原へ。
奥多摩、東京の一番端...何度か家族旅行で訪れたことはありますが、学生2人で、となると...この歳の少女は誰だって無いと思います。
さて、頭の中で、奥多摩をもう一度反芻させると、今度は川のせせらぎや、新緑の木々などが、私の頭の中に、瞬時に駆け巡りました。
そもそもの始まりは、明日の予定を話し合っていた時です。2人とも暇だったので、じゃあ明日!なんて急に決められてしまい、少し困惑した顔を私はしたと思います。
ですがエマさんはなんのその。ニコニコ、ニコニコ笑顔でそのまま押し切られてしまいました。
次の日、待ち合わせの駅で、ソワソワしながらエマさんを待ちました。なにぶん急なものですから、本当に奥多摩へ行くのか、もしかして、これは全部嘘でドッキリなんじゃないかと、疑がってかかります。
大きなリュックサックに、大きな水筒一つ、おにぎり二つ、そして相棒のカメラが一つ。これでエマさんが来なかったらどうしよう....
- 3 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:35:51.47 ID:fNVBAPcl.net
- 「おーい、姫乃ちゃん!」
正面から声がしました。
見るとエマさんが、私の3倍もの大きなリュックを背負って、その姿はまるで熊の様に、のそ、のそ、のそと動いています。
「その荷物は?」
「釣りの道具とか、キャンプの道具とか色々。重そうに見えるけど、軽いんだよ」
「動きづらくないのですか?」
「ほら、私スイス人だから」
「は、はぁ...」
ここでも私は少し呆れた顔をしました。ですがエマさんはニコニコ笑顔でなんのその。早速電車に乗ろうと急かしてきます。
「お台場から2時間もかかるんだから早く早く」
背中を押されながら改札を抜けます。
この時間帯のりんかい線は人でひしめきあっていました。みんなどこに向かうんだろう。休日を過ごすのかな?お仕事かな?色々思いながら、新宿と青梅で乗り換えます。
エマさんは先ほどから車窓を眺めています。
奥多摩に誘っておいた癖に、自身が奥多摩に行くのは初めてな様で、時折景色を指差しては、あれは何?これは何?としきりに聞いてくるのでした。
- 4 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:37:28.18 ID:/Wof8M0U.net
- にほスイ期待
- 5 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:37:35.54 ID:Y6iGa/IX.net
- 支援
- 6 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:40:04.19 ID:fNVBAPcl.net
- 一駅、また一駅と停車する度、人が少なくなっていきます
エマさんは相変わらず、青い目をキラキラと輝かせ、外に流れる風景を楽しんでいました。
そんなエマさんの横顔を眺める私。
本当に彫りが深いなぁ...私と違って目が青い。日本語が流暢すぎるから、きっと埼玉辺りから出てきたんじゃないの?って思ってたけど、やっぱりスイス人なんだ。
「ん?なあに姫乃ちゃん?」
「...横顔が綺麗だなって」
「お世辞?」
「いえ、本心からです」
「そっかぁ。ありがとう」
こう言っている間にも、景色は流れていき、目的地まで、また一駅、また一駅と近づいて行きます。
景色はすっかり緑に囲まれ、臨海部のお台場とは全く違った装いを見せます。緑に囲まれて点在する家々に、どこか妙な懐かしさを感じていました。
「ここ、本当に東京だよね?」
「ええ。信じられないけど、東京ですよ」
「東京って不思議だなぁ」
「私はエマさんが日本語を流暢に操る事の方が不思議です」
「そうかなぁ?...そうかも」
ピンポン。まもなく、奥多摩、奥多摩。
「降りないといけませんね」
「そうだねぇ」
「Prendi il tuo zaino dallo scaffale. Ci siamo」
「...?」
- 7 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:47:18.54 ID:fNVBAPcl.net
- 奥多摩の改札を抜けると、同じ東京都は思えない、別世界が広がっていました。
「田舎だねぇ」
「田舎ですねぇ」
「セミがたくさん鳴いてるね。お台場じゃあまり聞かないから新鮮だね」
「奥多摩には、ミンミンゼミが多いみたいですよ」
「ミンミンゼミ?」
「緑のセミです。知っていますか?今、画像検索かけますね」
「...やっぱりいいや。セミって気持ち悪いし」
「そうですか」
木陰がある所為か、お台場よりは、涼しいです。
風は川を駆け巡り、木々を揺らし、そして私の顔を撫でました。
マス釣り場まで、そんなに距離はない為、徒歩で移動です。
エマさんが、スマホを確認しながら先を歩きます。
歩くたび、その大きなリュックが、カランカランと乾いた音を立てました。
- 8 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 15:58:29.90 ID:fNVBAPcl.net
- 「とーちゃく!」
「マス釣り場って、釣り堀的な何かだと思ってたんですが、川の流れそのものですね」
「こっちの方がやりがいがあるから、ね?」
「あっちで漁業権を買うんだって。2人分買ってくるね」
「ありがとうございます。私は釣り竿の準備をしておきますね」
エマさんは管理棟の方向へ走り去って行きました。
その間に、エマさんのリュックを探ります。
テント、折り畳み椅子、折り畳み机、はんごう、クッカー、ガスコンロ...釣り竿。
お目当てのものは一番奥にありました。
パーツをセットして、組み立てて、スプーンと呼ばれる擬似餌をセット。
ワクワクしてきたので、2、3度竿を振ってみました。
マスはどこにいるんだろう?
- 9 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:00:47.96 ID:h74A8aj+.net
- よっしゃ、例の人か
にほスイとかいうラ板以外の人が聞いたら訳の分からんネーミング、すき
- 10 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:06:28.98 ID:fNVBAPcl.net
- マスそのものの姿はまだ見えません。
ですが、川の淵の部分に、何匹かの小魚が見えました。
小魚は、四角を描くように回遊しています。あれがきっと彼のテリトリー。
また何度か竿を降りました。
今度は、スプーンをどこに飛ばすか、どうやってリールを巻くかなんて考えながら、大きなマスを想像します。
「いい感じだね」
「わっ!?」
「ふふっ、2人分の漁業権、買ってきたよ。竿の組み立ては終わった?」
「あっ、ありがとうございます。竿も準備できたのでいつでも大丈夫です」
「ありがとね。ついでなんだけど、テントとか組み立て手伝ってもらっていい?」
「ええ、全然大丈夫です」
「じゃあそこ持って」
テントを日陰の涼しい場所に建てます。
これで避暑地も準備オッケー。さて、マスを狙います。
- 11 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:17:35.65 ID:fNVBAPcl.net
- 「それっ!」
第一投目。
川の流れが停滞している、かつ木の影になっている所を目指して。
ヒュルルル。ぽちゃん。
「あら、距離が足りません」
「初心者だから仕方ないよ。そのままうまくリールを巻いてご覧。緩急をつけて、魚みたいに見せるんだ」
「こうですか?」
「そうそう。もうちょっと水面に近いといいかな」
ぐるぐる。ぐるぐる。
スプーンには何もついていません。
中々マスには会えませんね。
「今度は私がやってみるね」
エマさんが竿を持ち、岩に足をかけ、豪快に竿を投げました。
- 12 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:26:20.40 ID:fNVBAPcl.net
- ヒュルルル ぽちゃん
岩の影になり、流れが緩くなっている所にスプーンが落ちました。
カリカリ...カリ
「ゆっくりね、ゆっくり引いてあげるの」
「魚がいるんだっってわかったら、次は上下に動かして」
その瞬間、エマさんの竿の先がピクピクと動きました。
「よしっ!きたっ!」
「ここからも焦らないで。針を掛ける様に、何回か竿をシャクって」
ぐるぐるぐるぐる。カリカリカリ。
リールが緩急を付けながら巻かれていきます。
「姫乃ちゃん、網っ!」
「はっ、はい!」
「おっきいよ。おっきいのがかかった!」
「後もうちょっと!」
「それっ!」
- 13 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:30:50.01 ID:OnruJ/Uh.net
- 支援
- 14 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:32:56.37 ID:fNVBAPcl.net
- 見れば30cmを超える大きなマスが、銀色のお腹を見せながら水の中を引き摺られています。
「すごい...」
「網お願い!」
「あっ、はいっ!」
エマさんがマスを引きつけ、私がなんとか網でキャッチ。
マスは口をパクパクされながら、網の中でおとなしくしています。
「今日は初ヒットで大きなの釣れたから満足満足」
「私、こんな釣り初めてです」
「カメラで写真撮ってもいいですか?」
「いいよ。これだけ大きいんだから、何か大きさを測れるものがあればよかったんだけどなぁ。持ってくるの忘れちゃったよ」
「じゃあ、ほら、ブラックバス釣った時みたいに、自分の顔と比べる、とかはどうですか?」
「いいかも。姫乃ちゃん、お願いできる?」
「いいですよ。はいチーズ」
パシャリ
- 15 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:46:47.49 ID:TSW4+InK.net
- エマ姫脳が回復する
- 16 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:47:39.03 ID:fNVBAPcl.net
- エマさんは、先ほどから2匹、3匹と釣り上げ絶好調。
一方の私は、1匹も釣れずボウズです。
「ねえ、ちょっと休憩しない?」
「そうですね。お台場よりは涼しいですが、やっぱり疲れます」
「さっき釣ったマスなんだけどさ」
「調理してもいい?」
「調理?」
私が不思議がっていると、エマさんはマスを取り出し、マスの頭を石で殴りつけました。
「あっ!」
「頭は急所だからね。こうしてあげると大人しくなるから」
リュックから、まな板、ナイフを取り出し、あっという間にマスは捌かれて行きました。
「燻製セットを持ってきたの。内臓も、皮も、ヒレも、綺麗に洗ったら全部使うよ」
「その前に軽く塩を揉み込むの」
マスの身に塩をふりかけ、よく揉んでいきます。
あのリュックにこれ程の沢山のものが入っていたとは。あんなものからこんな物まで。燻製セットまで入っていたなんて。
「30分もしたら出来上がるでしょう。それまで休憩にしよっか」
「その間にお昼ご飯も食べちゃいましょう」
「じゃあもう1匹調理して食べよっか。丸焼きがいいかも」
「私も手伝いますね。何をしたらいいですか?」
「えーっとね...」
- 17 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 16:59:09.13 ID:fNVBAPcl.net
- ミーンミンミンミン。
セミが大合唱をする中、私はマスに齧り付いていました。
小さなマスの丸焼きを、二人で半分こ。
身がほくほくしていて美味しいですね。
もうちょっと食べたい、なんて思ったり。
「もう1匹食べちゃう?」
「いえ、持って帰る分がなくなってしまうので、遠慮しておきます」
「そっかぁ。じゃあもっとたくさん釣らないとだね」
「果林ちゃんに彼方ちゃん。沢山の人にお裾分け出来るほどにじゃんじゃん釣っちゃお」
「マスを釣るコツってありますか?」
「うーん、マスの気持ちになってとか?」
「....よくわからないです」
「まあそのうちコツとか掴んで、大きなのが釣れる様になるよ」
「そうだといいのですが...」
再び竿を手にしてマスを狙います。
マスの気持ちになって。もし目の前に餌が落ちてきたら?
川の流れの激しい所より、緩やかな方がマスとしては居心地がいいのかも。
「ここかなぁ....」
ヒュルルル。 ぽちゃん。
- 18 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:07:44.73 ID:OnruJ/Uh.net
- にほスイすき
雰囲気好き
- 19 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:10:26.94 ID:fNVBAPcl.net
- 新鮮な獲物が目の前にいる様に見せて...
竿を上下に、スプーンを目立たせて...
シャク...シャク....
その時、竿がピクピクと振動したのです。
「来たっ!」
咄嗟にリールを巻きます。
でも、慎重に、慎重に...
お願い、かかっていて!
カリカリカリ....
水面に沈む系を辿ると、その先には...
銀色のお腹が、水中で光っていました。
「やっった!」
「エマさーん!私釣れました!」
「姫乃ちゃんよかったね!今網を持ってくるよ!」
- 20 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:16:06.49 ID:fNVBAPcl.net
- 網の中でマスはパクパクと息をしています。
先程のエマさんが釣り上げたマスよりは、少し小柄ですが、それでも十分なサイズです。
「姫乃ちゃんよかったね」
「ええ、釣り上げる瞬間ってほんと楽しいですね」
「そうだ!姫乃ちゃん、カメラ貸してよ」
「写真撮ってあげる!」
「お願いします...ちょっと恥ずかしいですねこういうのは」
「顔の横にマスを持ってきて...そうそう」
「恥ずかしがっちゃダメだよ。はいチーズ」
パシャリ。
- 21 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:27:21.21 ID:fNVBAPcl.net
- 釣りをするって楽しいですね。
ちょっとだけコツを掴んだので、2匹目を狙います。
ヒュルルル。ぽちゃん。
リールをぐりぐりしてあげれば、そのうち...
ピクピク...ピクピク
よしっ!いまだ!
早すぎず、遅すぎず、冷静にリールを巻きます。
今度も銀のお腹が水面にゆらゆらと揺らめいていました。
「順調だね」
「ええ、マスの気持ちになるってよく分かりました」
「今日は誘ってよかったよ。こんなに釣れたから」
「もうちょっと釣っていたいですが、電車がないのが残念ですね」
「これぐらいで引き上げよっか。調理と下処理もしないといけないから」
「今日は誘っていただきありがとうございます」
「うん、私も楽しかった!また来ようね!」
「はい!」
- 22 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:33:35.70 ID:fNVBAPcl.net
- ガタンゴトン。ガタンゴトン。
あの後、私は2匹追加で釣り上げ、エマさんは7匹釣りました。
行きでは空っぽだった、私の大きなリュックは、マスで満たされ、エマさんのクマの様なリュックは更に膨らんでいます。
「景色綺麗だね」
「東京でも空がこんなに綺麗に染まるんだね」
行きと同じく、帰りでも、エマさんは景色を眺めています。
「綺麗な桃色ですね。お台場じゃ、空を見上げるって、意識した事なかったかも」
「おんなじ東京の空なんだ。不思議だねぇ」
「不思議ですね。世の中は不思議だらけです」
「ねえ、あれは何かな?」
「えーっと、あれはですね....」
- 23 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:41:05.79 ID:fNVBAPcl.net
- ピンポン。次は、虹ヶ咲学園前。虹ヶ咲学園前。
「私ここで降りるね」
「エマさんさようなら。今日は誘っていただきありがとうございました」
「また釣りに来ようね。奥多摩巡りでもいいかも」
「いいですね。次の予定空けておきますね」
「それじゃあね、さようなら」
「さようなら」
エマさんがクマの様な大きなリュックを揺らしながら下車します。プシュという音と共に、ドアが閉まり、エマさんの姿が小さくなっていきました。
その背中を見ながら、今日のマス釣りの感覚を、心の中で少しずつ、少しずつ言葉にしていきます。
お母さんには、なんて話そう。お父さんには、マスの燻製作りの様子を、どうやって伝えよう。
言葉をゆっくり、丁寧に紡いでいるうちに、私は思うのです。
今日は、悪くない1日だったと。
- 24 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:41:15.00 ID:fNVBAPcl.net
- おしまい
- 25 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:48:10.81 ID:OnruJ/Uh.net
- 乙
雰囲気が良かった
やっぱりにほスイなん日本なぁ…
- 26 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 17:50:45.27 ID:W8zHvura.net
- 奥多摩なら行ったことあるわ
浮き橋とか綺麗だった
- 27 :名無しで叶える物語:2021/07/23(金) 19:13:59.59 ID:MOD/ygj4.net
- まーたにほスイ良SSが生まれたのか
- 28 :名無しで叶える物語:2021/07/24(土) 01:03:02.15 ID:WtBAdw2D.net
- おつおつ
貴方の書くSSの雰囲気、ほんと好きだわ
にほスイ不足気味だったのでたすかった。ありがとう
- 29 :名無しで叶える物語:2021/07/24(土) 09:24:45.33 ID:1RcOI89U.net
- おつ
スイスに連れ回される日本って構図がすごく好き
にほスイ大好物だからもしよかったらまた書いてください
- 30 :名無しで叶える物語:2021/07/24(土) 11:37:16.13 ID:RGiBPi4q.net
- すこい
- 31 :名無しで叶える物語:2021/07/25(日) 10:59:25.17 ID:X2Fvebkw.net
- スバラシイSSノヒト
- 32 :名無しで叶える物語:2021/07/25(日) 21:47:56.57 ID:4RPgX0m9.net
- これは名作ヒメねぇ...
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