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怖い話について語り合わないか?

1 :名無し百物語:2018/07/21(土) 22:17:05.17 ID:L4gus1Qj.net
2chで名作って言われる話とかについて語らないか?

19 :名無し百物語:2019/07/07(日) 00:58:19.50 ID:Dst2z17D.net
『一冊の本』 1/2
それは真っ黒な表紙のかなり傷んだ古い本だった。
彼が八歳の時に、父親の書斎にある本棚の上段で見つけたものだった。
外は夜の闇に沈み、大人たちが眠りにつく頃を見計らって彼は布団を抜け出し、
父の書斎から本を持ち出しては、自室の布団に戻り懐中電灯の小さな明かりでその本を読むのだった。
それはいいつけに背く行為で、両親は別部屋で寝ているから、まず気づかれることもないのだが、
幼い彼には、そのことが小さな緊張を伴う冒険でもあった。
そのとき、彼の神経は研ぎ澄まされ、生き生きと目覚めるのだ。
階下の掛け時計のコチコチと時を刻む音。遠くを走る車のエンジン音。そして自分の心臓の鼓動。
森の獣たちが木の枝が触れる音にびくつくように、街灯にあつまる蛾の柔らかな羽音さえも、彼の耳に鋭くとらえられた。
もっとも、まだ幼い子供だった彼には、物語の筋のほとんどは理解できないでいた。
しかし、その本は彼を引き付ける不思議な魔力を秘めていた。
少し読み進めると一枚の挿絵があった。
彼はそれを直視することができなかった。おそろしかったのである。
想像力はあっても、臆病な子供ではなかった。
その絵がなぜ恐ろしいのかは、彼にもわからなかった。
いつも、その挿絵は見ないようにして飛ばして読んでしまうのだ。
実際、その絵は怖いものは何も描かれてはいなかった。
その絵は、ある駅のホームの先、薄明りの電灯の下に一人の黒っぽい男が立っている。
その男の視線は線路の先にあるトンネルのほうに向けられていて顔は見えない。
男が見つめるトンネルの中は黒く塗りつぶされて描かれているだけだった。
なぜか、そのトンネルの闇が、幼い彼には恐怖を感じさせていたのだ。
その挿絵の先に差し掛かると、階下の玄関の扉をドンドンと叩く音がしだした。
両親が起きだす気配もなく、仕方なく、彼は布団を抜け出して自室から出ると、
階段をゆっくり降りて行き玄関の前に立つが、ドンドンと叩かれるドアの向こうが怖くて鍵を開けられないでいた。

20 :名無し百物語:2019/07/07(日) 00:58:52.71 ID:Dst2z17D.net
2/2
やがて成人して彼は本のことも挿絵のことも、すっかり忘れ去ってしまっていた。
人生半ばを超えて彼は疲れ切っていた。人生は思うようにいかないもので、
坂を転がるごとく、彼もまた、やること成すことすべてが悪いほうに進むばかりで、もう何もかも終わらせたいと、ため息をつく辛い日々を送っていた。

そんなある日、彼はたまたま夜遅くに電車を乗り間違えて、乗換駅の寂れたホームで電車を待つことになった。
ふと見ると、おぼろに続くホームの先の電灯の下に、どこか見覚えのある一人の黒っぽい男が立っている。
彼の顔は線路の先に続く漆黒のトンネルの穴の先に向けられていた。
その光景を見て、長い夢から覚めた如く、思い出したのである。
まだ幼かった少年の頃の記憶がよみがえり、耳を澄ませ、緊張し、そして怯えた。
それは、あのときのあの本の挿絵と全く同じ光景だったからだ。
そして、おもわず声をあげてしまった彼に気付いたのか、ホームの先に立っていた男の顔が振り向いた。
その彼の顔を見て青ざめた。目はひどく落ち込んでいて、青白くやつれた顔、それは彼自身の顔だったのだ。
恐怖の波が押し寄せ体を駆け抜けた。彼は向きを変え、よろめきながら改札口を抜け、足音を響かせ、その場から逃げるように走った。
駅裏に続く一本道はなぜか街灯もなく人気も全くない。
孤独な世界を際立たせるかのように、月の明かりがスポットライトのように彼を照らし出す。
彼は足を止めてしばらく耳を澄ませた。
背後の改札口で木の床を鳴らしながら、よろめく足音が追いかけてくる。
彼は恐怖に怯え、また走り出した。
一本道の両脇の木々がゆらゆらとうなずき合って、逃げる彼に迫ってくる。
どこまでも背後の足音が彼を追ってきていた。
早くもなく、でも確実に、その足取りは後ろについてきていた。
今にも追いつかれそうに感じながら走り続ける彼は、数キロも走ったあたりで、白い小さな一軒の家を見つけた。
灯のともっていない二階の窓と戸口が人の顔に見え、どこか懐かしくさえ感じられた。
息を切らせ逃げ込むようにその玄関先のポーチに着いたとき、執念深い背後の足音はまだかなり後ろのほうにあった。
鍵のかかった玄関のノブをがたつかせ、ドンドンと扉を激しく叩く。
永遠の時が経ったかのように思われたその時、家の中から、ゆっくりとだが階段を下りてくる音がした。
しばらくの間が続いたが、やがて鍵は開けられ、ドアは開いた。
ドアの向こうには見覚えのある少年の顔があった。
互いに一言も交わさなかったが、彼はすべての記憶をよみがえらせ、確信し、そして悟った。
彼は、ゆっくりと目の前の少年の首に手をかけた。すべてを終わらせたくて。
この先の辛いすべてを幼い少年に経験させたくなくて。
こうするしかなかったんだと彼の手に力がこもる。おもわず彼の目に涙があふれる。
その間、少年はじっとしていて、彼の目を見つめていた。
涙で煙る先に少年の目があった。その目は、今の彼とは違い、希望に満ちあふれていた。
おもわず首にかけていた力が抜け、手を離した。
その瞬間、彼の意識は少年の中に移り、目の前にいた黒っぽい男は消えていた。
彼は何事もなかったかのように、二階に駆け上がると自室の布団に潜り込み、
いつものように懐中電灯の明かりで例の本を読みだす。
それは一人の男の物語。少年がある本を見つけた。
その本には恐ろしい挿絵があった。
大人になるにつれ、彼は本のことも挿絵のこともすっかり忘れるが、
ある夜、寂れた駅のホームに立ち、トンネルの闇を見つめ続ける自分をみつける。
それがあの挿絵そのものの場所だったことだと思い出す。
でも挿絵に目をやると、いつもと少し変わっていた。
線路のレールの先は二つに別れ、一つはトンネルの中へ、
そしてもう一つはトンネルとは違う方向に続いている。
その挿絵を見ても彼はもうおそろしいとは感じなかった。
そしてページをめくると、そこにはこう書かれていた。

ーそうして、レールは切り替えられた。(了)

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