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【大正冒険奇譚TRPGその7】

1 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/09/01(日) 22:13:34.16 P.net
ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:あり(4日)
版権・越境:なし
敵役参加:あり(事前に相談して下さったら嬉しいです)
避難所の有無:あり
備考:科学も魔法も、剣も銃も、東洋も西洋も、人も妖魔も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったりするのは勘弁よ

避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/9925/1376798577/

2 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/09/01(日) 22:15:49.73 P.net
なんかトリが違う……

3 :名無しになりきれ:2013/09/02(月) 03:57:50.42 0.net
気にすんな

4 : 忍法帖【Lv=7,xxxP】(1+0:8) :2013/09/06(金) 11:04:24.07 0.net
test

5 : 忍法帖【Lv=35,xxxPT】(2+0:8) :2013/09/06(金) 11:12:04.98 P.net
てst

6 : 忍法帖【Lv=37,xxxPT】(1+0:8) :2013/09/09(月) 22:01:46.95 P.net
てst

7 :名無しになりきれ:2013/09/14(土) 23:11:32.03 0.net


8 :!ninja:2013/09/20(金) 09:39:36.99 P.net
保守

9 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/09/24(火) 00:59:06.72 0.net
鳥居呪音が捲ったカーテンの隙間から、傾きかけた西日が馬車の中に差し込んだ。
うとうと、居眠りを決め込んでいた冬宇子は、黄色っぽい陽光を顔に浴びて、眩しさに眉を顰めた。
清王への謁見を済ませ、宴会と一晩の休息ののち、王都を出発したのが早朝。
もうかれこれ八時間も馬車に揺られ続けていることになる。

王室の貴賓用の馬車だ。
東洋風の、飾り屋根のある庵をそのまま牽引しているかのような、いわゆる軒車。
四頭立ての馬は呪力により強化されていて、目的地まで休息の必要は無い。
朱塗りの壁に金彫りの龍をあしらった精巧華美な内装、ビロウド張りの座席は柔らかく、乗り心地は悪くない。
けれど、長時間、狭い車内に身を縮こめて座りっぱなし、
何より、五千年前、不死王が生きながら封じられたという薄気味の悪い遺跡へと向かう道中――
しかもそこは、大陸を動死体だらけにした呪災の淵源なのだ――会話が弾む筈も無い。
気晴らしの無駄話も尽き果て、冬宇子は、窮屈で退屈な馬車の旅に辟易としていた。

あくびを噛み殺しつつ、背もたれに後頭部を押し付けて背中を逸らす。
立ち上がって思い切り身体を伸ばしたかったが、馬車の中では、それすらもままならない。

>「……あのぅ、倉橋さんと頼光は王様に気に入られちゃったみたいですね。
>でも倉橋さんは、あの人こと、どう思います?

向かい側の席に座を占めていた鳥居が、冬宇子の顔を伺いながら、おずおずと尋ねた。

「あの人……清王のことかい?どうって、どういう意味さ?」

眠気交じりの不機嫌な顔。乱れた黒髪を手櫛で整えつつ、ぶっきらぼうに問い返す。
少年は、陶器のような白い顔に戸惑いを滲ませて、言葉を繋いでいった。

>「…正直な方ですよね。普通ならあれほど正直にものは語らない。
>自国の国民に少しでも犠牲者がでたのなら、 少しは悲しい素振りくらいみせるはずだし
>嘘でも泣いてみせるのが一国の王の姿ではないでしょうか。
>あのような人と日本が仲良くできるとアナタは思いますか?」

冬宇子は座席に背中を凭せ掛けたまま、しばし、ぽかんと鳥居の顔を眺めていた。
ふっと息を吐くと、軽く肩を竦めて、

「お前、何言ってんだい?
 呪災を企図していたのは清王だ。他ならぬ王自身が、自分の口でそう言ったじゃないか。
 大陸全土に冷気の呪いが蔓延すれば、小競り合いを続けている国々は、戦どころじゃなくなる。
 ―――ただし、呪災の発生を見越して、備えをしていた清国だけは、例外って訳だ。
 対抗勢力の戦力を削ぐには、またと無い、上手い方法を考え付いたモンだよ。」

冒険者達は、清軍の詰め所から軍事機密たる王都の構造図を持ち出したことを罪に問わぬ代わりにと、
国内で見聞きした情報のうち機密性の高い幾つかを、口に出せぬ呪いを施されていた。
しかしそれも、遺跡探索を仰せつかった冒険者の間では例外が働くらしい。
霊気の呪いと不死の法は術理を共有している。
呪災に関することを一切口に出来ぬのでは、仕事に支障を来たすと、流石にその点は配慮したのだろう。

呪災により甚大な被害を蒙った国々は、もはや清の大陸統一に抗う戦力を残してはいまい。
清王は、間も無く、大陸の覇者になる。
吐き気がするほどゲスな方法であはるがね――と、フンと鼻を鳴らして、冬宇子は続けた。

「あの男……清王だって、自分のやり方が正攻法じゃないってことは弁えてるさ。
 私達は、裏ごとを成すために雇われたんだ。
 清王は、呪災の性質や規模を、前もって予測していた筈だよ。
 何が起こるか、承知の上で呪災を招いておきながら、裏仕事を請け負う私らの前で、
 哀れ犠牲になった国民よ。慙愧の念に耐えぬ――なんぞと、空々しく悲しんで見せるなんてこたァ、
 そんな二枚舌、そっちの方が、頭がどうかしてると心配にならァね。
 もっとも、あの王様も国民の前に出りゃ、『哀惜』だの『痛恨』だのと、大仰な言葉で嘆いて見せるだろうがね。」

10 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/09/24(火) 01:14:03.11 0.net
玉座の主の柔和な笑顔を思い返して、冬宇子は小さく舌打ちした。
それにしても清王の人柄。どうにも掴み所が無い。
異国からの客人である冬宇子達を前に、一国の王らしくもない砕けた態度で接しながら、決して胸襟を開くことがない。
おそらく、彼の言葉に嘘は無いだろう。しかし必ずしも、全てを語ってはいない。そんな気配があった。
本心は、角の無い笑顔の奥に覆い隠されて窺い知れない。


*       *       *

呪災の発生原因を把握しているのか――という、問いについても、
清王は、不死王の遺跡に先んじて封じられた少年術士の仕業であろう――と答えるに留まった。

「そんな不確実な情報だけで、私らに死地に赴けってのかい?!
 あんたの話にゃ、五千年もの長きに渡り、人知れず王と少年を幽閉してきた封印が何故解けたのか、
 その情報が欠けている。
 封印の仕組みが分からなきゃ、それだけ危険は増すってのにさ。
 五千年もの間、死ぬ事すら許されず、暗闇に封じられていた少年が、当時と同じ姿、同じ精神のままで、
 今も生きている保障は何処にも無いじゃないか。
 最早、まともに話の通じない化け物に成っちまってるかもしれない。
 そうなりゃ、いざ、手に負えない時は、再封印が必要な可能性だってあり得る。
 今更、出し惜しみはよしとくれよ!些細な情報が事の成否を分けることだってあるんだからね!」

謁見の広間――清王から思うように情報を引き出せぬ冬宇子は、苛立ちに任せて彼に詰め寄った。

「だいたい、あんたが封印の解除を指示してないのなら、どうして呪災発生の時期を予測出来たんだい?
 現に呪災の数日前、 あんたは、軍に結界の強化と対策拠点の設置を命じていたじゃないか!
 まさか、一年先か……二年先に起こるか……分からぬ呪災のために、
 今から非常線を張り続けるつもりだったとでも言うのかい?」

まくし立てる冬宇子に対し、清王は―――「多分、君達もじきに分かるよ」―――そう言って、屈託無く笑った。
「断ってもいいんだよ。君たちにはその権利がある。」―――とも。

日本政府は、呪災を利用して自国の大陸統一を磐石なものにしようという清王の計画の骨子を――
それが不老不死の獲得まで含まれるのか否か、定かではないが――承知の上で、冒険者を派遣している。
仕事の放棄は、日本政府という後ろ盾の喪失を意味し、そうなれば、清王にとっても冒険者を庇護する意味は無くなる。
混乱の大陸、清王の特別な計らいが無ければ、帰国すらも難しいであろう。
何より、玉座に収まり余裕の笑みを浮かべている男は、冬宇子がこの仕事を断るつもりがない事を、
とうに見抜いているようだった。
流石は大陸の新たな覇王となる男。役者が一枚も二枚も上手だった。

冬宇子は、ぐっと言葉に詰まり、やがて諦めたように首を竦めた。
深く溜息を吐いた後、玉座の清王を真っ直ぐに見据え、

「陛下、これから不死者になろうってぇ決意のあんたにとっちゃ、馬鹿げた質問かも知れないが、
 一つ、聞かせとくれ。
 あんたは不死を――無限の生を得た後も、今と同じように、永遠に、自分の心を御していけるとお思いかい?
 あんたの望む『不死』ってなァ、『不変』じゃあないんだ。
 不死を得たあんたの精神が、五千年前に封じられた王のように変質してしまうことが無いと、断言できるかい?」

*       *       *

11 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/09/24(火) 01:19:03.60 0.net
仏頂面で黙り込んだ女の顔を、鳥居少年は、まだじっと見上げていた。
我に返った冬宇子は、取り繕うように小さく咳払い。

「清王が日本と仲良くできるかって……?そりゃ出きるだろうさ――互いに利用価値があるうちはね。」

少年の顔を見返して、ふと、思いついたように付け加えた。

「つかぬ事を聞くが……あんたンとこのサーカス……アムリタサーカス団だったか……?
 ありゃ、パトロンが別にいて、あんたは形だけの雇われ団長なのかい?
 いやね……別に含みは無いんだ、悪く思わないどくれよ。
 サーカスっていやァ興行の世界。ショバ代を巡って地回り(ヤクザ)とだって渡り合わなきゃならない。
 生臭坊主の説教みたいな綺麗事を唱えても、到底やっていけない世界だろ?
 よく、あんたに興行主が勤まるもんだって、前から不思議に思ってたんだよ。
 というか、あんた……本当に何百年も生きてるのかい?」

ひざ掛けの皺を伸ばしつつ、傍らに座るフー・リュウに視線を移し、

「道士の兄さん。
 宮廷の道士たちの間で、呪災の解析はどの程度進んでるんだい?
 まさか、呪災を鎮める方法すら遺跡の中にいる小僧に聞かなきゃ判らない、なんて
 お粗末なこたァないだろうね?」

宮廷道士フー・リュウは、彼自身のたっての希望で、冒険者達に同行していた。
呪災を招くための駒としての役割は終えたが、清王にとって、彼は、不老不死の法を成す為に
まだまだ役に立って貰わねばならぬ優秀な呪医である。
王は、フーが王都を離れることに良い顔はしなかったが、さりとて強く反対するでもなかった。

「ところで、フー・リュウ。あんたは、巒頭(らんとう・地理風水)の達人だ。
 『氣』の流れで地形が読むのは得意だろ?
 件の遺跡の近くまで来りゃ、『氣』の乱脈を検知して、内部の構造を把握できるんじゃないのかい?
 この辺りからでもやれそうなら、ひとつ、遺跡内部の地図をこさえといておくれよ。」

12 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/09/24(火) 01:25:34.32 0.net
それから数時間後―――
夕映えも名残無く去って、あたりに灰色の薄闇が立ち込めた頃、馬車は、遺跡に程近い丘陵の頂上に辿り着いた。
見下ろす大地は北方戦線の最前線。
いたるところに塹壕が掘られ、軍服姿の無数の動死体が群れをなして、彼らが死の直前まで消耗戦を続けてきた
戦場を彷徨い歩いている。

広漠たる荒地の中に、朽ち果てて黄土色の岩肌を晒す小山が連なっていた。
目を凝らすと、積み上げられた石材、階段の如きものが伺えた。それらの痕跡が人工物であることを偲ばせる。
点在する小山は城壁か、砦の跡か。
してみると、中心部に位置するひときわ堅牢な石構が、王宮の城跡なのだろうか。

>「……なぁにが、後はその子を連れてくるだけ、だ。あのクソッタ レ……。
>どうすんだよ、コレ」

生還屋がぼやく。

>「あんなに広い遺跡じゃ、入り口をさがすのも骨がおれちゃいますね。
>倉橋さんは呪災の発生源とか感知できますか?
>闇雲に入り口を探して見つけるなんて奇跡の技ですよね。 何かよい案とかありますか?」

小利口そうな顔つきの鳥居が、口を挟んだ。

「そうさねえ……伝説じゃ不死王と少年は、王宮の地下に幽閉されてるんだっけね。
 ここから、王宮の城跡らしき遺跡までは、およそ一町半(150m)。
 遺跡の侵入口さえ判れば突っ切れない距離じゃあない……コイツも戻ってきたことだしねえ。」

冬宇子が外套のポケットを掌で叩くと、小さな鼬のような生き物が鼻面を出した。
眠りを覚まされて不服そうな顔。薄金色の毛並みが満月のような淡い光を放っている。

「まったく……呆れたよ。
 清王ご賞玩の御酒(オジュ)を餌に呼び出してみりゃ、たちどころに帰ってくるんだからねえ。
 妖獣といっても所詮は畜生……現金なモンだ。」

キキッ――と抗議の声を上げてポケットから飛び出す光獣。冬宇子は苦笑いを浮かべて、

「……ただの軽口を真に受けて、そんなに怒らないどくれよ。
 あの寺を出て以来、私らはずっと移動してたからね。位置の特定が難しかったってんだろ?
 まァ、機嫌を直して、これでもお飲みよ。
 今から暗い穴倉の中で、うんと働いて貰わなきゃならないんだからね。精を付けといておくれ。」 
 
外套の内側、腰に下げた瓢箪。蓋代わりに被せたぐい呑みを取り、栓を抜いてなみなみと注いでやった。
光獣は、杯を持つ女の手に降り立ち、済ました顔で御酒を啜っている。

「侵入口は、遺跡周辺の氣の乱れを読めば、突き止められるやもしれないがね。
 それに関しちゃ、餅は餅屋。私なんかより、専門の術士がここにいるじゃないか。」

冬宇子は、八卦衣の青年の顔の肩に、ポンと手を置いた。

「どうだい兄さん、入り口は見つけられそうかい?
 もし入り口らしいものが、何処にも見当たらないってんなら、そん時ゃ仕方が無い。
 『これ』を使って、強引に風穴を開けるしかないかねえ……?」

未だ後部座席に積んでいる荷物の中から、清王から支給された物資を入れた袋を漁り、
取り出したのは円筒状のもの―――ダイナマイトだ。
工事用に爆薬の量を抑えられているが、石壁に穴を空けるには十分の威力を持つ。


【フーが侵入口が特定できれば、燐狐の目くらましで動死体をまいて突っ切るつもり】
【侵入口が見つからなければ、目くらましで城跡付近まで行ってマイトでドカーン。無理やり入り口を作る案】 
【風穴から動死体が入ってきちゃいそうなら、魔除けのお札でも貼っておけばいいや…程度の考え】

13 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/07(月) 19:22:01.75 0.net
>「陛下、これから不死者になろうってぇ決意のあんたにとっちゃ、馬鹿げた質問かも知れないが、
  一つ、聞かせとくれ。
  あんたは不死を――無限の生を得た後も、今と同じように、永遠に、自分の心を御していけるとお思いかい?
  あんたの望む『不死』ってなァ、『不変』じゃあないんだ。
  不死を得たあんたの精神が、五千年前に封じられた王のように変質してしまうことが無いと、断言できるかい?」


「……不死じゃなければ、不変でいられるって訳でもないからねぇ。
 今のボクと十年前のボクは、殆ど別人だ。君だってそうだろう?
 変化を恐れていては、人は生きていけないよ。死なずにいる事は出来てもね」

「だけど……まぁ、きっとボクは変わらないよ。
 国の為に生きる……少なくとも、その一点だけは絶対にね。
 なにせ、それを曲げてしまったら……一体ボクは何で人間をやめたんだ?って話になっちゃうじゃない?」

「だから、ボクはこの信念を捨てられなくなる。
 不死の重みが、ボクをそこに押し留めてくれるよ。
 それに、彼らの様子から察するに恐らくは……」

「――いや、やっぱりなんでもないかな。まっ、君達もいい加減、疲れが限界でしょ。
 ひとまず小休止って事にしようよ!
 どうしても言いたい事聞きたい事があるなら、また後で聞いてあげるからさ」



揺れる馬車の中で、フー・リュウの居心地は最悪だった。
先ほどから冒険者達は王に対する感想を憚る事なく口にしている。
居心地が悪いのは、彼らがそう思う事が、自分にも理解出来てしまうからだ。

王の企てた大陸攻略は、多くの悲劇を礎としたものだった。
大勢の人が命を落とし、親しい人を失い、苦しむ事が分かっていて、それでも実行した。
他国ならまだしも、自国の民すら見殺しにして、その代償として勝利を掴んだ。

幾ら王に仕える身でも、自分の心は誤魔化せない。
王のした事は人の道を逸している。

――俺が不死王の伝説に縋る事も、王には分かっていた。
その事に対してどのような思いを抱けばいいのか――自分にも分からなかった。
利用されていたのは間違いない。
自分が既存の不死を探す手を思い付いたのも、それとなく、
不死王の情報が目に付くように仕向けられたからかもしれない。
だが――それを実行したのは自分の判断だ。
あのまま研究を続けていても、成果は上げられなかった。
王の判断は間違っていない。少なくとも、目的達成という観点においては。
だから、だから――その先が出て来ない。
ただ胸の内側に霧が立ち込めているかのように、自分がどう思っているのかが、分からなかった。
多分、これは――諦めだ。
恨んでも仕方ない。恨める筋合いもない。どの道、自分に良い未来はなかった。
だから――この事はもう、考えないようにしようと、自分は無意識の内にそう思っているのだろう。

『道士の兄さん。
 宮廷の道士たちの間で、呪災の解析はどの程度進んでるんだい?
 まさか、呪災を鎮める方法すら遺跡の中にいる小僧に聞かなきゃ判らない、なんて
 お粗末なこたァないだろうね?』

不意に、意識の外から声が飛んできた。
はっとして、フーは顔を上げる。
そうだ。いずれにしても、今考えるべき事は他にある。
自分は何としてでも遺跡を攻略し、不死の法を手に入れて――彼女を、元に戻さなくてはならない。

14 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/07(月) 19:23:08.61 0.net
懐に仕舞い込んだ絵巻を、服の上から握り締める。
生きて帰れる保証がない中、彼女を連れて来ようかどうかは、勿論悩んだ。
だが――もし自分が不死の法を得られなかったら、最早誰が彼女を救えるのか。
彼女の両親は既にいない。呪医はその性質上、解呪の際にその反動を受ける危険性が高い。
彼女の両親も、フーの両親も、それは同じだった。

自分しか救えない。だから、やるしかない。
決意を固め、己の術才――血脈に宿る、あらゆる流れを掌握する感覚を研ぎ澄ます。
風水とは錬金術に似ている。
霊的な技術であると同時に、科学――風水ならば地理学――の基礎となった学問とも言えるのだ。
フー・リュウは気の流れを読む事で、その地形、建物の構造を直感的に把握出来る。

『侵入口は、遺跡周辺の氣の乱れを読めば、突き止められるやもしれないがね。
 それに関しちゃ、餅は餅屋。私なんかより、専門の術士がここにいるじゃないか。』

出来るのだが――

>「どうだい兄さん、入り口は見つけられそうかい?
  もし入り口らしいものが、何処にも見当たらないってんなら、そん時ゃ仕方が無い。
  『これ』を使って、強引に風穴を開けるしかないかねえ……?」

遺跡周辺を険しい顔で眺めていたフーが、バツが悪そうに倉橋へ振り返った。

「……いや、その必要はないよ。……多分、風穴なら、もう開けられてる」

「俺はこの遺跡を探し当てるまでに、まず清周辺で氣の流れがおかしな土地を探したんだ。
 不死の王なんて大それたものを封じるんだ。厳重な秘匿措置が取られる。
 俺なら、それを氣脈の乱れとして感知出来ると思ったんだ」

「そしてここを見つけたんだけど……あの遺跡とその周りの土地には、氣の流れってものが殆ど無いんだよ。
 人為的にそうされてるんだ。恐らくは……不死の王と少年に僅かな刺激も与えないようにね」

「だから俺も、この場所を特定する事は出来ても、具体的な構造までは分かっていなかった。
 入り口をどう探すかは、軍と、同行した俺の弟子が現地で決める事にしたんだ。
 ……不死の少年が目を覚ましたのは多分……彼らが、強引に入り口を作ったからだ」

「……氣の流れが見えるよ。地下から地上へと、ある一点から陰の氣が漏れ続けてる。
 中の冷氣が濃密すぎて、構造は読めないけど……入り口は、分かる。
 俺が先行しよう……じゃあ、陽動を始めてくれ」

動死体共は眼球の表面が凍りついている為、視覚が非常に弱い。
だが幾ら弱いとは言え、漆黒の暗闇の中で、強い光を感じるくらいの事は出来る。
燐狐の放つ強烈な光を感じ取った動死体共は、ふらふらと、そちらへ集まっていく。

遺跡を目指し行動を開始する前に、フーが冒険者達を振り返り、手を翳す。
すると唐突に、遺跡から漏れ出す凍えるような冷氣が君達から遠のいた。

「君達自身から発散される氣を利用して、君達の周りに気流を生み出した。
 冷気を受け流してくれるし、足音や衣擦れも掻き消せる。さぁ、行こう」

動死体共の殆どは君達に気付きもせず、燐狐を追いかけている。
時折、視界に映った人型の影に気付き、君達へと寄ってくる動死体もいるが――
――それらは皆、双篠マリーの手によって音もなく、始末されていった。

そして特にこれと言った障害もなく、君達は冷氣の噴出口――遺跡への入り口に辿り着いた。
周囲に焦げ跡の見える穴の底には、松明のものと思しき薄い灯りが見えた。
その周囲には灯りの反射――恐らくは貴金属の類による煌きが見える。
どうやら地下には広い空間が広がっているようだった。

15 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/07(月) 19:24:41.48 0.net
「……結構深そうだな。ちょっと待ってくれよ。
 今、気流を作る。落ちる勢いを緩和しないとこりゃヤバそうだ」

フーはそう言いながら、人差し指の先を穴の底から地上へ向けて滑らせた。
生み出す風の流れをより鮮明に想像する為、指先の動きで補助しているようだ。

「よし、これなら行けるだろ。爆破はせずに済んだけど、一応、魔除けの札を貼っといてくれよ」

気流の緩衝材が配置出来た事を確認すると、フーは遺跡の地下へと飛び降りた。
君達冒険者も、彼に続く事になるだろう。
風に受け止められて緩やかに着地をして、まず君達がする事は、周囲を照らす事だろう。
そして初めに目にするものは――君達を取り囲む、数十体の動死体だ。
およそ半数は、荒野に紛れるような薄茶色の軽鎧姿――遺跡の確保を命じられた精鋭達だ。

残りの半数は――道士服を着ている。
フーが張り詰めた表情で、彼らを見つめていた。
その表情に浮かぶ色は、緊迫から、徐々に罪悪感に染まっていく。
こうなる可能性も予測はしていた。
それでも構わぬと、彼らを生贄にするつもりで送り出した。
だが、その結果を目の当たりにする勇気までは――固めていなかった。

「……コイツら、何か妙だな」

ふと、双篠マリーが呟いた。
それから静かに、観察するように動死体共を見回し――それから一歩、動いた。
大きく後退――自分を取り囲む数体の動死体全てを視界に捉えられるように。

「――やはりだ。どうやらコイツらは……連携が取れているぞ」

マリーを包囲していた動死体は、その内の一体が彼女の側面を回り込み、死角に入る動きを取った。
明らかに集団で個を叩く為の戦術に基いて動いている。

もし君達にまだ冷静さが残っているなら、彼らの足元に転がる、ただの死体にも気が付く筈だ。
動死体化しないよう、眼窩から脳が破壊されている。服装は北方軍のものだ。
混乱のあまり、或いは動死体化して、ただこの遺跡に迷い込んだ者を、彼らが始末したのだろう。

「なんか……花火のオッサンに似てねえか?コイツらよ」

サーベルを抜き、牽制として切っ先を突きつけながら、ブルーがそう言った。
一見すれば理性が残されているようにも見える動死体。
倉橋冬宇子は一度、目にしている筈だ。

もっとも――今、その詳細や真偽について考察する暇はない。
動死体共は徐々に君達への包囲を狭めつつある。
地上から降りてきたばかりと言う事もあり、双篠マリーやブルー・マーリンは君達からやや離れた所にいる。
彼らに守ってもらうと言う事は期待出来ないだろう。
動死体共が君達を必殺の間合い――その半歩外にまで捉えた。
あと一歩、あと一歩彼らが踏み込めば――戦闘が始まる。
しかし――

16 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/07(月) 19:26:03.41 0.net
「……待て。彼は……清の人間だ……」

二体の動死体が、不意に声を発した。
一人は兵士、もう一人は道士――フーの弟子だ。
フーの表情が俄かに明るんだ。

「っ、君は……まさか、まだ自我があるのか?」

フーが尋ね――けれども動死体は答えない。
冷静に考えれば、すぐに分かる事だ。
動死体の中には理性を持っているかのように、ある特定の行動のみに執着する固体がいる。
単に彼らもそうだったと言うだけの事だった。
とは言え――何故彼らがそうだったのか、には一考の価値があるかもしれない。

「……援軍か」「援軍が来たのか」
「間に合って良かった」「任務を引き継がなくては」
「我々にはもう、任務の続行は不可能だ」

動死体共は口々にそう言って――ある方向を指差した。
霊感のある人間ならば、そこに巧妙に隠匿された扉がある事に気づくだろう。
周囲に転がる宝物の類にも、意識を惹きつける金行の術が施されていた。
何も知らず、故にこの遺跡に迷い込んだ者を、これ以上先に進めない為の処置だろう。

「我々は冷氣の対策が出来ていなかった」
「任務の完遂は不可能だと判断した」
「だが、混乱の中に偶然迷い込んだ北方の兵……」
「始末した筈の彼らが蘇り……そして再び、何処かへ逃げようと彷徨い出した時」
「我々は思い付いた」「この呪いの性質を、利用出来ないかと」
「そして成功した。これで任務は続行される」

「それで……我々は、これからどうすればいい?」

動死体達は暫し沈黙。そして――

「……北方軍の兵が万が一この遺跡に迷い込んでしまっては大変だ。
 任務は達成出来なくとも、せめて援軍が来るまで我々がそれを食い止めなくては」

彼らはまた天井の穴を見上げ、そのまま微動だにしなくなった。

「……行こうか」

双篠マリーが静かに、意図的に感情の色を排した声で、皆にそう声をかけた。
フー・リュウは動死体となった弟子達を苦々しい表情で見ていたが――やがて彼らに背を向けて、君達の後に続いた。

17 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/14(月) 02:05:17.58 0.net
扉の先には広い階段があった。
壁には等間隔に数種類の符が貼り付けてある。

「……その符、間違って剥がしたりしないでくれよ。
 この遺跡が五千年経った今も崩れずにいるのはソイツのお陰のようだからね」

不死の王は、当然死なない。
だから百年後も千年後も、変わらずに封じたままでなければならない。
例えば遺跡が経年劣化によって崩落などして、
それで戒めが解かれぬまでも人目を引いてしまうような事は、避ける必要があった。

「しかし……妙だな。二人の不死者と、
 それを生み出す秘術を封じているって言うのに、罠の一つも無いだなんて……」

君達は途中、幾つかの部屋を通るだろう。
部屋の中にはそれぞれ灯りの消えた燭台や、割れた杯、大量の砂、
枯れた蔦、錆びた無数の刃などが転がっていたが――それらが君達に何かを齎す事はなかった。

それらを通過すると、階段の終わりが見えてくる。
階段を下りた先には広い空間があった。
先ほど見たものよりもずっと価値のある財宝や、
霊感が無くとも『それ』と分かる呪物が部屋の外周に整然と並べられていた。

と――部屋を強く照らしてみると、その中央に何かが浮いている事に気づくだろう。
時計だ。銀色の懐中時計が独りでに浮いている。
だが――感覚の目を凝らして見れば、その傍には人の輪郭があった。
白地の狩衣、浅葱色の差袴、黒い烏帽子――それらを纏った女性の霊体。

「……うーん、やっぱり時間通りかぁ。やっぱり彼じゃ未来は変えられなかったみたいだ」

倉橋冬宇子は、彼女の姿に見覚えがあるだろう。
伊佐谷男爵――日ノ神村で対峙した女。
あの時死んだ筈だった彼女の霊魂が、君達の前にいた。
類稀な術才によって、自分自身の魂を使役しているのだ。
それによって生者だった頃よりもずっと完璧に、己を律する事が可能になった道術使い。

「そしてあの王様も……未来を変えてはくれなかった。折角私が教えてあげたのにね。
 このまま不死の法を求め続ければ大勢の民が犠牲になるって。
 ……そう、予言してあげたんだ、私が。不死の法は見つかる。国民の死はその代償だと」

彼女には未来を見通す、清王の金眼をも超える心眼があった。
霊体と化した今もそれは健在のようだ。
彼女はこの惨劇も、清王の企みも、全てが見えていた。
それ故に清王に予言と警告を与えたが――結果として彼は民の命よりも己の不死を選んだ。

「彼は優れた為政者かも知れないが……王様には、相応しくない。ねえ、そう思わないかい?」

「彼にとって国民は、国の一部だ。まるで財産を管理するかのように、民の命を管理している。
 それで繁栄は得られるかも知れない。
 だけど……陽が陰を打ち消しても、陰があった事自体を無かった事には出来ない。
 百の幸福は、九十九の不幸の慰めにはならないんだよ」

「……だから何だ?それが仕事の依頼のつもりなら、悪いが今は受け付けていない」

双篠マリーが静かに、剣呑に答える。
彼女に霊体を攻撃する術はないが、他の冒険者達と連携を取ったならば話は別だ。

18 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/14(月) 02:06:07.08 P.net
「いや、そういう訳じゃないんだ。
 確かに彼には失望したけど……私はそれくらいの事で人を殺したりしない。
 ちょっとばかし自分と考えが違うからって、すぐ殺すだなんて……頭のおかしな奴のする事だよ?
 もっとも、既に私と君達では死という概念の捉え方すらも同じではないだろうけどね」

だが伊佐谷は笑顔でそう返し、ただ、と続けた。

「王と言う立場にはさ、もっと相応しい人間がいるんじゃないかなーって。
 私はただ、そう思うって事を言いたかっただけなんだよ」

「……それが、ここに閉じ込められた王様やって言うんか?」

「けどよ、ソイツ、馬鹿ばっかやってたから見切りをつけられたんだろ?」

あかねの問い、ブルーの疑問。

「あぁ……例の王様なら、とうの昔の正気を欠いてるよ。ほら、そこ」

伊佐谷が部屋の隅を顎で差す。
暗がりの中に、宝物を抱き寄せて座る男がいた。
不死である筈なのに、その顔色は酷く衰えて見える。
薄汚れて襤褸切れのようになった着衣がそう感じさせているのか――いや、違う。

「不死になった事で、自分の価値観を保てなくなったんだろうね。
 だから黄金とか宝石とか、そういう物を不死の仲間に求め出したんだ。
 だけどそのちっぽけな心も、時の重みに押し潰された」
 
「不死は自分だけのものでいいと、『彼』を閉じ込めたのは他ならぬ自分なのに。惨めだね」

と、不意に伊佐谷が君達に背を向けた。
背後にあった壁――無数の引っ掻き傷のある壁に歩み寄り、手を添え、何かを唱える。
最後の隠し扉が開かれる。
不死の王と、最上級の財宝と呪物を目眩ましにしてでも、隠すべきものの封じられた部屋が。

「私にはこんなもの、あっても無くても変わらないんだけどね。
 道中の罠もそうさ。君達の為にわざわざ解いておいてあげたんだ。
 君達も、私達と同じ、世界からはぐれてしまった者達だから」

「……予言してあげるよ。清王は、不死の法を手に入れられないよ。
 それはつまり、君達の冒険が失敗に終わるという事だ。
 ……未来、変えられるといいね」

伊佐谷はそう言うと、君達へと振り返る。
正確には君達の背後にある、地上に続く階段へ。

「なんだか分からんが……少なくとも、ここでお前を帰すのは、得策ではなさそうだ。
 あかね、奴に攻撃が通るようにしてくれ。出来るか?」

双篠マリーが仕込み短剣を展開、身構える。

「……困っちゃうなぁ。私、戦闘は得意じゃないんだよ。
 霊体になって疲れなくなった分、以前よりはやれると思うんだけど……」

伊佐谷は少し悩む素振りを見せて、それから指を弾いた。
瞬間、空気が震える。だが音は伴わず、代わりに風が生まれた。
フーの術と比べても遜色ない、『流れ』の操作。

「……今、地上に向けて音を放った。
 君達の貼ってきた符を軽く吹き飛ばせるくらいのものをね。
 あの番人達、随分頑張ってたみたいだけど……一体いつまで持つかな」

19 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/14(月) 02:06:40.12 0.net
動死体は音を頼りに標的を探す。
もう暫くすれば、夥しい数の動死体が地下に雪崩れ込んでくるだろう。
番人と化した清の兵士達も、その全てを堰き止める事は出来ない。
双篠マリーが小さく舌打ちをした。

「……倉橋、鳥居、あかね。君達は先に行け。
 相手が不死のバケモノなら、私はこっちに残った方が良さそうだ。
 あー……マーリンだったか?悪いが君も残ってくれ。私も女だ。一人は流石に心細い」

マリーの要求――ブルーの返事は、ない。
マリーが怪訝そうに彼を見つめる。

不死のバケモノ――心の奥底に救う戦闘狂の自分が囁く。
きっと今までにない戦いが出来る。
何をしても死なない相手を仕留める為に、全てを試し、全てを絞り出す。
心が踊る。そんなに楽しい事が他にあるだろうか――

――だが、ふと、一つの未来が脳裏をよぎった。
自分が不死の始祖たる少年に挑み、仮に勝利したとして。
部屋の外で待っているのは、何だろうか。
動死体を自分一人で全て片付け、不機嫌そうな双篠マリーだろうか。
違う。現実はそんなに甘くない。死者の彷徨う街で、その事はもう十分に学んだ。
待っているのは、動死体と化した彼女だ。

不死のバケモノとの戦い。そんなに楽しい事はきっと他にない。
だが、それよりもずっと楽しくない事なら、惨めで、悲しくて、辛い事なら、幾らでもある。
その事が、ようやくわかってきた。
ブルー・マーリンは一発、自分の頬を強く張った。

「……これが、人の前に立つって事なのか?分かんねえけど……やってみるさ」

やがて迫り来る動死体共は、彼らに任せるのが得策だろう。
君達は彼らを置いて、遺跡の最奥部へと進まなくてはならない。



短い通路を抜けると、君達は最後の部屋に着く。
何もない部屋だ。その真ん中に、『彼』は立っていた。
地面に届くほど伸びた髪、その隙間から覗く死人のように白い肌、細い手足。
幽閉される際に何らかの口実があったのか、身に纏っているのは上等な冕服だ。

「……話は聞いてるよ。また、不死を欲しがる王様が現れたんだってね」

少年はそこで一度言葉を区切ると、

「別にいいよ。その王様を、不死にしてあげる」

ひどく呆気無く、そう続けた。
未知の相手と対峙するなら自分もいた方がいいだろうと付いてきた生還屋が、怪訝な表情を浮かべた。

20 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/10/14(月) 02:07:30.26 P.net
「……はいそうですか、ありがとうございますとは言えねえぞ。マジで言ってんのか?」

「うん?嘘じゃないよ。だって……」

対する少年は、相変わらず静かな口調。

「今も配ってるじゃない、不老不死。だからその内、王様にも行き届くよ」

感情による揺れのない――凍り付いた水面のような声色。

「……昔ここに閉じ込められて、それから僕の頃の王様もここに来て。
 僕ね、思ったんだ。王様は可哀想だ。あの王様も、最初からこうじゃなかったのにって。
 昔は若くて誠実で、それから強く偉くなって、一度は大陸中の王様になったのに」

「でも最後はあんな事になってしまった。変わっちゃったんだ。
 どんなに強い人も、偉い人も、良い人も、どんな人でも、ずっとそのままではいられない。
 死んでも、死ななくても、どちらにしてもね」

「王様を不老不死にした時、王様は僕を撫でてくれたよ。あの時は、嬉しかったな。
 ずっとあの時の気持ちのままでいられたら、きっとすごく幸せなのに」

「……だから、僕が皆にそうさせてあげるんだよ」

「僕は昔から、何かを『凍らせる』事が得意だったんだ。
 水や、物だけじゃない。目には見えないものだって凍らせられる。
 そう……時の流れだって。それを凍らせる事で、僕は人を不老不死に出来る」

「だけど、それだけじゃ駄目だったんだ。
 王様は、自分だけが時の流れから取り残される事に怯えを抱いてしまった。
 だから今度は……その怯えを感じる心さえもを、凍らせるんだ」

――冷気が迸る。君達の背後で、出口が氷の壁によって防がれた。

「僕の『不死』は、死の間際の心を凍らせる。
 その瞬間にこそ、その人の本当の希望が、夢が心に浮かぶ。
 その心を凍らせれば……人はその思いをずっと抱いたまま生きていける」

「そして僕が、王様になるんだ。不死者の王に。皆がずっと前向きに生きていける為に。
 さぁ……君達もここで不死者になるんだよ。抵抗したければ、すればいい。
 そうやって強い思いを抱いていれば……君達はずっと、そのままでいられるよ」



【VS『歪んだ氷の王様』

 とりあえずこれまでとは比べ物にならないレベルの冷気が展開。フィールド効果的な。
 同行者はフー、あかね。生還屋です。
 彼らに関しては決定ロールもOKです】

21 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/10/17(木) 21:48:59.75 0.net
馬車の中で倉橋に質問されたことに
鳥居は答えることにした。
本当に数百年も生きてきたのかい?
そんな不思議な質問は生まれて初めてされたような気がする。

「はい。生きてきました。
今までに知り合いの人間が、年老いて何人も
死んでるところを見てきましたから」

そう言って無言。
倉橋がその前に言った「それでよく団長が務まるねぇ」
みたいなことはしばらく意味を考えてみる。
もしかして倉橋は鳥居のことを子供と思っているのだろうか。
じゃあ大人ってなんなんだろう。
もちろんここにいる皆は大人だ。
合間を見計らって、倉橋の振り袖を引っ張る。

「えっと、じまわりなんて僕の姿を見たら震えあがって
お酒を飲ませる代わりに警備をさせて欲しいって哀願してくるんですよ。
それに基本的には、みんな貧しいからお金をあげたら大人しくなります。
それでも言うことを聞かない人はちょっと小突いたら大人しくなります」
鳥居は目をぱちぱちさせながら倉橋に言う。
さも大人の対応をしている感じで。

※ ※ ※

しばらくして、一同は遺跡の奥へと入ってゆく。
鳥居は不老となった少年と王様が
どうやって寂しさを紛らわせているか
それが知りたかった。
でも、最初に見つけたのは変になった王様だった。

(これが不老の成れの果て?)
ゾッとする鳥居。
やるせない気持ちが溢れてくる。

そして対峙する伊佐谷とマリー。
いずれここにも訪れるであろう蠢く動死体を想定し、
ブルーも覚悟を決めている。
彼等の行動に何故と問いかけたら
それは彼等が彼等であるということなのかも知れない。
以前マリーは、弱いものが犠牲になるのは許せないとか言っていた。
それが強い気持ちを生み出すのだろう。
死ぬかも知れないのに、死んでも譲れない気持ち。

あと鳥居は、ブルーのことはよく知らないが
飛行機の中でお茶らけていた彼とは別人に見えた。
ブルーは倉橋たちとの行動の中で心境が大きく変化していったのかも知れない。
よくわからないが、これはきっと格好いいことなのだ。
そしてこれが、生きるということなのかも知れない。

22 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/10/17(木) 21:49:22.73 P.net
最後の部屋には少年がいた。
少年は希望や夢を抱いたまま皆を不死にして
丸ごと凍結させるのだと言う。
それを聞いた鳥居はその行為が間違っていると思う。

「凍結された心も体も、たぶん偽物みたいなものになります。
成長しなくって変われないことって駄目なことなんです。
変わりゆくものの中で変わらない気持ち。
それが本物になってゆくものだと僕は思います」

ふとマリーたちのことを思い、鳥居は涙が溢れそうになる。
彼女たちは親友でも何でもない、ただの同行者。
でもこの世に生まれて何かを感じ心を育てて生きてきた。
彼女たちはすでに本物を手に入れているのだ。

鳥居はふと倉橋を見る。
しかしすぐに視線を外し

「……誰か、彼の言う通りになりたい人っていますか?
なりたくない人は僕の近くに来て下さい!」
神気の炎を両手に展開。
冷気が強すぎるために、神気を最大にし続ける。
ここで力を抜いたら一気に氷ってしまいそうだった。
それに吸血鬼の力は同時には使えない。

「……くっ、情けないです。
これだから、いつも子供扱いされちゃうんですね」
苦笑するしかない鳥居だった。

23 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/10/30(水) 22:25:41.70 0.net
>>21-22
【時間軸:>>11で鳥居君に話し掛けてからフーに呪災解析の進捗を質問するまでの間の出来事です】

北方戦線へと向かう馬車の中、ふいに外套の袖を引かれて横を向くと、
隣の椅子にちょこんと腰を下す鳥居呪音が、冬宇子の顔を見上げて、訴えかけてきた。

>「えっと、じまわりなんて僕の姿を見たら震えあがって
>お酒を飲ませる代わりに警備をさせて欲しいって哀願してくるんですよ。
>それに基本的には、みんな貧しいからお金をあげたら大人しくなります。
>それでも言うことを聞かない人はちょっと小突いたら大人しくなります」

目をパチパチと瞬かせ、誇らしげな表情。
その口調は、精一杯大人びた趣を出そうと背伸びしてはいたが、
何処かに、『そんな玩具、お家に百個持ってるよ。ボク凄いでしょ』なんて大袈裟に嘯く、
幼児の虚勢にも似た響きが感じられて、冬宇子はつい、面白そうに口元を緩めた。

「へえ、そうなのかい。そりゃ、妙な事を聞いて悪かったねえ。
 地回りと"渡り合う"――てなァ、何も因縁をつけてくる無法者を追っ払うってばかりじゃァない、
 "上手く付き合う"ってえ意味もあってねえ。
 お前に、そんなふうな如才無い付き合いが出来るたァ思えなかったもんで、つい要らぬ口を利いちまったようだ。」

少年は、いかにも腑に落ちぬといった様子で、丸い目を開いて、此方を見上げている。
冬宇子は妙に可笑しくなって、これから待ち構えている陰惨な任務を一寸忘れて、口が滑らかになった。
この幼い少年に、得心が行くように話してやろうという気まぐれが湧いたのだ。

「夢だ、希望だ、サーカスだ――なんぞと澄ましてしても、木戸銭貰って客を入れる見世物。
 興行なんざ成り立ちからして、どれも一皮剥けば、いかがわしいもんと無縁じゃあない。
 地回りたァ、昔から切っても切れない関係だろ?
 おまけに相手は任侠を売り物にしている商売だ。
 野師の仁義を通さず興行を打って、浅草一辺を牛耳っている地回りの大親分にでも、睨まれてみな。
 恐れて客なんか入りゃしないよ。化け物のお前にゃ手を出せずとも、外から興行を潰す手なんていくらもあらァね。
 定めし、お前自身は気付いちゃいないが、アムリタサーカス団にゃ、
 お前を担ぎ上げて裏でキッチリと仕切ってる、腕っこきの興行師がいるんじゃないのかね?」

袖口を捲りながら冬宇子は言った。内側に獣毛を張った深緑色の外套は、清軍の将兵用の防寒着。
出発前に王宮で、食料、呪具、火器等と一緒に支給されたものだ。
暖かいには暖かいが、男物の外套は冬宇子には少々大きい。

「別にお前の力を認めていないとか、子供扱いしてるってえんじゃないんだ。
 ……いや、矢っ張り、子供は子供だとは思うがね……
 私は、どうにも不思議でねえ………」

手袋のボタンを掛ける手を止め、改めて鳥居の顔を見直した。
肌の白い小作りの整った面立ちは、文楽の娘人形のかしらにも似ている。

24 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/10/30(水) 22:27:07.14 0.net
「お前さん、言葉つきや行いに、ちっとも世慣れした所が無いだろう?
 "真綿で包まれて、大事に大事に、甘やかされて育てられた、世間知らずの坊ちゃん "といった風情で。
 何ていうか、お前の言葉って、まるで心学の教本でもそのまま読み上げているような、そんな感じがするんだよ。 
 世の中の、上澄みの部分しか見聞きしていない……ってえか、
 下町あたりの十歳小僧だって、まだ世間のことを判った風な、ませた口を利くってのにさ。」

カーテンの隙間から覗く窓の外へと目を遣った。
地平の果てまで続く渺々たる荒地。夕暮れの迫った大気は、やけに黄色っぽく枯れ色に染まっている。

「数百年――どうしてそうも清廉無垢に……世間擦れした所がこれっぽっちも無く、生きてこれたのか……
 お前が何処で、どんなふうに暮らしてきたのか、私にゃ不思議で堪らないんだよ。」

言って冬宇子は、外套の襟を掻き合わせた。
冷気渦巻く呪災の淵源に近づいているせいだろう。次第に気温が下がっているようだった。

世紀を跨ぐ長の歳月、この少年が自らの特殊な生に、絶望することもなく、また達観するでもなく、
幼児のような曖昧な精神を保っているのは、彼の肉体が子供のまま成長を止めているからなのか。
それとも、彼自身が望んで得たものではないからか。
或いは、それが常人とは異なる時間軸を生きてきた、彼なりの人生の遣り過ごし方――防衛策なのかもしれない
ふと、そんな思いが冬宇子の脳裏を掠めた。
感情の定まらぬ幼な子には、時の重みも、絶望という感情も、理解し得ないからである。

常人とは異なる時の流れ。
自ら望んで得ようとする者の心中は、如何なるものか。

まず、それは、孤独な者であるに違いない。
誰かと、共に老い、寄り添い合って生きることを選ぶ者ならば、望む筈も無い力なのだから。

永劫の生――果てなく続く生活。
飯ひとつ食うためにも、起きたくも無い寝床から起出し、あくせくと働き、言いたくも無い追従を言い、
付き合いたくも無い人間と付き合いわねばならぬ、世知辛い世の中。
そうでなくても、生きることに面倒は付き物だ。それらは「なやみ」と言い換えてもいい。
栄耀栄華を貪る権力者とて例外は無く、不安や懊悩と完全に決別して生きることは不可能だ。
生きて在る限り続く面倒が、未来永劫に続くのだと想像するだけでも、この上も無くうんざりとするというのに。
何ゆえ、万代の苦行に等しい不死を望むのか。
思いを馳せてみても、その心情は、冬宇子にはどうにも図り難い。

さりとて、いざ眼前に死が迫ったら、足掻いて抵抗せずにはいられないだろう。
その事だけは、冬宇子にも、生々しい感情を伴なって理解出来る。
それはどれ程長く生きようとも変わらない、生物に刷り込まれた本能的恐怖と云うべきものなのかもしれない。

死を前にして死を拒み、生に執着して、あくまで生き続けようと足掻くならば、
それは不死を望んでいるのと、さして変わり無いのではなかろうか―――?

生の孤独と倦怠を理解しながらも、死を畏れて拒絶する。
人とは、なんと因果なものであろうか。
自ら死を選ぶ者と不死を望む者――それは単に、ひとつの振り子の振幅の左端と右端であるのかもしれない。

*      *      *

25 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 21:10:02.57 0.net
>>13-20
荒野に風化した小山となって聳える"それ"は、砲弾を浴びた形跡もなく、流れ弾の僅かな痕跡にのみ、
火戦の気配を刻んでいた。
戦場にありながら弾除けの砦として使われることも無かったそれは、視界に映っていても意識しなければ見えない
路傍の石の如く、無窮の時を経て、長らく忘れられた遺構として、この地に存在し続けていたのだ。
己が宮殿の俘虜となった、忌まわしい不死王の伝説を秘匿して―――

時の侵食を防ぐ術式を施した遺跡の内部は、風化した地上の外観からは想像出来ぬほどに、整然としていた。
番人と化した清の兵士術士を残して、扉の先へ。
両側に石壁のそそり立つ階段は、凍室のような冷たい空気が張り詰めている。
吐く息が、地下深くから地上の破口へと、白く微かな流れを描いた。
延々と下へと続く石段。
通過する踊り場が其々一個の部屋となる構造。閉ざされた扉の内部では、多彩な罠が不埒な侵入者を
待ち構えていたようであるが―――というのも、冬宇子達が行き着いた時には、
それらは悉く機能を失って、床に散らばった痕跡のみを残していたのである。

やがて石組の段差が尽き、その先の広間に待ち構えていたのは、

>「……うーん、やっぱり時間通りかぁ。やっぱり彼じゃ未来は変えられなかったみたいだ」

飛行する光獣の発光に照らされて、半透明の淡い輪郭が浮かび上がる。
黒烏帽子に差袴、白拍子の出で立ち。日本人形のような肩までの振り分け髪。
掌に懐中時計を握った小柄な女が、かつて生者だった時よりも幾分冷徹な眼差しで、此方を見詰めている。

「矢っ張り、あんただったのかい……私の勘もまんざら捨てたもんじゃないね……」

女を見返して、冬宇子は呟いた。
道術使い・伊佐谷――日の神村で自刀して果てたのち、肉体を棄てて霊体と成った――
その気配を、冬宇子は帰りの道すがら、夜の山気の中に感じ取っていた。
亡国士団のレン・ジャンという男をマリー達に嗾けたという『日本人の女』――その話を耳にした時に、
図らずも閃いた直感は当っていた。件の女は、この魄霊――伊佐谷だったのだ。

>「そしてあの王様も……未来を変えてはくれなかった。折角私が教えてあげたのにね。
>このまま不死の法を求め続ければ大勢の民が犠牲になるって。
>……そう、予言してあげたんだ、私が。不死の法は見つかる。国民の死はその代償だと」

未来を見通す心眼を備えた己の術才を、"天才"と言って憚らぬ女だった。
清王が、不死王の遺跡探しが呪災を惹起すると確信していた事も、呪災の発生時期をほぼ正確に予測していた事も、
伊佐谷の存在を以ってすれば、容易く説明が付く。
謁見の間で、詰め寄る冬宇子へ、回答をはぐらかして清王が返した言葉――それは正しかった。
『君達にも、じきに分かるよ』―――清王は、この女予言者と冒険者の邂逅を見越していたのだ。

(清王め…のらくらと肚の見えない男だよ……日本人の女……『心当たりがない』なんざ、嘘っぱちじゃないか。)

金銀珠玉を鏤めた玉座に収まっている男の、悪びれぬ顔を思い起こして、冬宇子は心中で悪態を吐いた。

>「彼は優れた為政者かも知れないが……王様には、相応しくない。ねえ、そう思わないかい?」
>「彼にとって国民は、国の一部だ。まるで財産を管理するかのように、民の命を管理している。
>それで繁栄は得られるかも知れない。
>だけど……陽が陰を打ち消しても、陰があった事自体を無かった事には出来ない。
>百の幸福は、九十九の不幸の慰めにはならないんだよ」

伊佐谷は演説さながらに、語り続けている。

26 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 21:15:24.69 0.net
>「……だから何だ?それが仕事の依頼のつもりなら、悪いが今は受け付けていない」

双篠マリーが口を挟んだ。
響きは冷然としていたが、言葉尻に苛立ちが滲んでいる。
冷徹無比に見えて案外と直情家。目的の見えぬ長話に痺れを切らしているに違いない。

冬宇子は、そんなマリーを制するでもなく、黙って考え続けていた。
何故、伊佐谷がこの国に居るのか――何故、清王に接触したのか――その目的を。
――『冒険者が不死の法を見つけ出すのを阻止すれば、自分達が親父や兄貴を生き返らせてやる』――
伊佐谷は亡国士団のジャンに、そんな甘言を囁いたという。
日本と清の密約まで含めて、冒険者がこの国に差し向けられた事情を把握していなければ出来ない発言だ。
そして、『自分』ではなく、『自分"達"』と。
彼女…いや、彼女を含む一味も、不死の法を狙っているのか……?
『華涅神崇団(じぇねしすだん)』―――あのふざけた名の一団を率いる男の顔が、記憶に蘇る。

>「いや、そういう訳じゃないんだ。
>確かに彼には失望したけど……私はそれくらいの事で人を殺したりしない。
>ちょっとばかし自分と考えが違うからって、すぐ殺すだなんて……頭のおかしな奴のする事だよ?
>もっとも、既に私と君達では死という概念の捉え方すらも同じではないだろうけどね」
>「王と言う立場にはさ、もっと相応しい人間がいるんじゃないかなーって。
>私はただ、そう思うって事を言いたかっただけなんだよ」

マリーの殺気を受けても、伊佐谷は余裕綽々だった。
日の神村で相見えた時に見せた気弱な物腰は、すっかり影を潜めている。

>「……それが、ここに閉じ込められた王様やって言うんか?」
>「けどよ、ソイツ、馬鹿ばっかやってたから見切りをつけられたんだろ?」

あかねとブルーの問いに応えて、 隅の暗がりに蹲る狂人を指し示す。

>「あぁ……例の王様なら、とうの昔の正気を欠いてるよ。ほら、そこ」
>「不死は自分だけのものでいいと、『彼』を閉じ込めたのは他ならぬ自分なのに。惨めだね」

不死に呪われた王への嘲笑を収めて、彼女は背中を向けた。
霊体である彼女は、移動に手足を動かす必要もないのだろう。滑るように部屋の奥へ。
突き当りの壁に手を沿えると、亀裂が現れ、ゆっくりと扉が開いてゆく。地下迷宮の最奥へと続く、隠し扉が。

>「私にはこんなもの、あっても無くても変わらないんだけどね。
>道中の罠もそうさ。君達の為にわざわざ解いておいてあげたんだ。
>君達も、私達と同じ、世界からはぐれてしまった者達だから」

此方を振り返り、微かに笑みさえ浮かべて、

>「……予言してあげるよ。清王は、不死の法を手に入れられないよ。
>それはつまり、君達の冒険が失敗に終わるという事だ。
>……未来、変えられるといいね」

言い置いて、彼女は動き出した。件の扉とは逆方向に。
冒険者達の背後に聳える、地上に続く石段へと向かって。
仄かに光る霊体が、並ぶ冒険者達の脇をすり抜けようとした刹那、冬宇子は声を発した。

「お待ちよ……!
 手前だけ言いたい事を言って、言いっ放しでオサラバってなァ、ちょいと勝手が過ぎるんじゃないのかい?
 ちったァこっちの話にも耳を傾けるのが礼儀ってもんだろう?」

身体を傾けてズイと身を乗り出す。

27 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 21:21:13.99 0.net
「あの男が、国王に相応しいか否か――私の知ったこっちゃないね。
 そんなこたァ、清国の人間が決めるこった。」

腐っても術士、母譲りの霊能。
霊体の干渉を防ぐ身固めの氣を纏い、伊佐谷の行く手を阻んだ。

「呪災絡みで清王の関与を探る穴なんざいくらでもあらァね。ちょいと気の利いた人間なら直ぐに疑いを持つ。
 王の非道を暴いて玉座から引き摺り下ろし、国中に干戈の騒乱を招くもよし。
 騙されたまんま有能な名君を頂いて、寄らば大樹と大国の繁栄を享受するもよし。
 手前の国のことだ。どうとでも、好きにすりゃいいのさ。
 頼まれもしないのに、ああだこうだと、余所者がお節介を焼く筋合いは無いね。」

肩を竦めて皮肉に笑い、

「あんただって似たような肚だろう?
 本気でこの国の未来を憂いているようには、到底見えないがね。」

実体(かたち)を持たぬ女の顔へ、挑戦的な視線を投げ掛けた。

「ええ、どうなんだい?天才道士の伊佐谷"男爵"―――!
 あんた、この大陸に、何をしに来たのさ……?
 まさか、酔狂な夢に入れ込んでトチ狂った王の末路を見届けに――なんてえ程、物好きでもあるまい?」

"男爵"の語韻を、ことさら強調して冬宇子は言った。
日の神村で、伊佐谷の下で働いていた土耳古人、ジャフムードが彼女に用いた敬称を記憶していたのだ。
その響きを耳にすると、彼女は何とも言えない微妙な表情を作ったものだ。

「そういや、あんたンとこの大将……なんていったっけね……そう、狩尾―――!
 ……異才、異端、異能の持ち主が否定されない『理想の新世界』を創る、なんてぇ、嘯いてたっけね、あの男?
 なんのこたァない、自分の思い通りになる世界が欲しいってんだろ。
 世の中の中心でチヤホヤと崇め奉られるべき天才の己が、冷や飯を食わされてるのが我慢ならないってえ、
 まるで、足をバタつかせて喚く駄々っ子だね。
 頭の良すぎる男ってなァ、どっか餓鬼っぽい所があるもんだが、あいつ程、自惚れの強い奴ってのも珍しいねえ!」
 
往時の因縁が思い返されて、冬宇子は止め処もなく毒を吐いた。
狩尾――黒マントの下に白衣を着込んだ奇怪な風貌――"侯爵"を自称していた男。
独力で新鋭の機械を組み上げてしまう程の工学の天才、西洋魔術を嗜み、更には柔術の達人でもあった。
出遭いは、故あって冬宇子が冒険者免許の交付を受けた直後、初めての嘆願――
立て篭もる暴徒を制圧するために、名士の屋敷に突入した時の出来事だ。
騒動の首魁となった民権論者達に、怪しげなカラクリや科学兵器を供与していたのが、狩尾だった。
因みに、その政治犯の筆頭こそ、冬宇子が当時付き合っていた男だった訳だが。

「あんた、そんな身体になった今でも――身体が無くなったんだっけね……まァどっちでもいいが……、
 まだ、あの男とつるんでんのかい?
 ええと、何だったか、あのイモ臭い名の――死ね死ね団…じゃない……そうそう、華涅神崇団(じぇねしすだん)!
 あの、キテレツ人間の寄せ集め所帯――もとい、新世界創造を看板に掲げた秘密結社に、
 今でも、関わりを持っているのかと聞いてるんだよ!」

語気を強め、伊佐谷を睨め付ける。
虚空に浮かぶ魄霊の顔を、冬宇子は少し見上げる格好になった。

―――伊佐谷と狩尾は、同志の間柄だった。
『自分"達"』という言葉が、華涅神崇団を指すのなら、彼らは、この大陸で何を目的に策動しているのだろう。

伊佐谷は、不死の法を求める清王を唆し、呪災を誘発していながら、
一方では、不死の法を成就させる為に清王に雇われた冒険者を、ジャンに襲撃させている。
つまり―――彼らは、不死の法の完成を望んではいないということになる。少なくとも清王がそれを手にする事は。
清王にとっては、己が宿願を達するための副作用に過ぎなかった呪災。
しかし、憂惧の言葉とは裏腹に、彼らにとっては、それこそが狙いだったのではないか―――?

28 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 21:29:18.40 0.net
「大方、あの男……狩尾も、大陸に来てんだろ?
 無闇とだだっ広い上に、戦乱に加えてこの呪災、混乱に次ぐ混乱で、人心は乱れ社会は定まらぬ。
 取り入る隙を見せる国もあろうってもんだ。
 この大陸に、新世界とやらの足場を造るってのも悪かァないってかい?」

疑念を言中に織り込んで、冬宇子は、挑むような視線を投げ掛ける。
対峙したまま無言―――
微かに身じろいだ伊佐谷の前に、双篠マリーが立ち塞がった。

>「なんだか分からんが……少なくとも、ここでお前を帰すのは、得策ではなさそうだ。
>あかね、奴に攻撃が通るようにしてくれ。出来るか?」

篭手に仕込んだ短剣を突きつけられても、伊佐谷は一向に動じる様子もない。
苦笑を浮かべて指を弾く―――張り詰めた冷気が鳴動。
生臭い瘴気を伴なった突風が、地上の破口を目指して、長い石段を駆け上がった。
風音と瘴気で、荒地を彷徨う動死体を誘き寄せるつもりなのだ。
生者を襲う動死体は、もとより肉体を持たぬ魄霊には無害。労せずして大群の私兵を得ることになる。

隠し扉は開いてゆく。
岩間に広がりつつある闇色の裂け目から、腐沼の上を吹き抜ける風の如き、澱んだ凍気が漏れ出す最中、
マリーが、『先へ進め』とばかりに、目配せをした。

冬宇子の望みは、自身を巻き込み翻弄する呪災の背景を暴き出すことだ。
訳も知らされず駒のように利用されていた屈辱を、知らぬが故の漠たる不安を、払拭するための抵抗。
そこには、呪災を鎮めねばならぬという使命感も無ければ、己が民を裏切った清王に対する義憤もない。
ただ、真相を顕かにして納得したい――その欲望だけが、冬宇子を突き動かしている。
禍乱の背後で暗躍していたと思しき伊佐谷の動向も気に掛かるが、既に封は解かれてしまった。
呪災の淵源たる少年術士の方も、捨てては置けぬ。

冬宇子は、外套の内側に下げてきた用意の呪具を探り、一枚の白符と鋏を取り出した。
折り畳んだ符に刃を入れて開くと、剣矛の形を成す。
目を閉じ、符を握った手で"剣訣の印"を結び、

「常世より氣足りてかへる 直霊魂(なほひだま) 氣理の剣もて 切れぬ氣はなき―――」

唱えると、掌上の白紙(しらかみ)の矛に、ふっ――、と息を吹きかけた。
宙を舞う符がマリーの短剣の上に落ちて重なった。瞬間、黒金の刃が青白い毫光を放つ。

「魄(はく)は、この世のもので出来た肉体の氣―――魂(こん)は、肉体の器に宿った、あっち側…常世の氣だ。
 魂の氣で出来た刃でなら、亡霊でも切れぬでもない。
 ただし私の氣で練った剣だ。
 その女相手に何処まで通じるか判らぬが、そこはあんたの技量で埋め合わせておくれ。」

マリーの背後に浮かぶ伊佐谷の顔を仰いで、

「身体を棄てた程度のことで随分と高尚ぶってるが、尸解仙(しかいせん)気取りかい?
 伊佐谷"男爵"―――?
 死んで尚、霊能を振るう者なんざザラにいる。
 なんのこたァない……生前の知性を保っているってだけで、そこらの怨霊亡霊と大差ないように見えるがね。
 その知性も、"今の所"――って注釈付きだ。
 肉体は、この世に霊魂を留め置く、楔であり、器……器が砕けたら中の水がどうなるか……」

半分虚勢のせせら笑い。

「さて、何時まで、その形容(かたち)を保っていられるかねえ……?
 百年先……それとも、一年と持たぬか……
 易者の身の上知らずたァよく言ったもんだ。天才も自分の運命は予言できぬものと見える!」

29 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 21:36:25.22 0.net
階段を駆け下りる動死体どもの、不揃いな足音が反響する。
ブルー・マーリンも、双篠マリーの要請に応えて、伊佐谷の捕縛と動死体の足止め役を務めることを決意。
百騎の武装にも匹敵する、自慢の拳を固めて身構えていた。
「頼もしいねえ、痺れるよ!」と、軽口めいた賛辞を残し、冬宇子は隠し扉へと進んだ。
ふいに立ち止まって、振り返り、

「あんたの予言なんか、ちょいとばかり良く当る八卦見の占いと大して変わりゃしないのさ。
 予言なぞ知ったことかね……!結局は、好きなようにやるしかないんだ。」

そう伊佐谷に言い置いて、冬宇子は、漆黒の口を空ける岩戸へと身を潜らせた。


―――と、憎体に、悪態を吐き捨てては来たものの、
冬宇子は伊佐谷の才能を認めてもいた。

先見の力を持つ彼女は、高い的中率で、未来を予見することが出来る。
けれど、どれほど優れた予知能力者であろうと、完璧に未来を見通すのは不可能であることも、また真であった。

『常世』―――黄泉、天つ国、エリュシオン、インフェルノ―――
様々な別称を持つそこは、神と魔の住処であり、時の無い世界。
未来も過去も混然一体となった混沌の世界は、この世と平行に存在していると云われる。
生きとし生けるものの全ての霊魂は、この世の構成物質である肉体に宿った、常世の息吹。
術者とは、"あちら側"の超常の力を、修行、または所定の作法を習得することで、引き出すことに長けた者である。
が、術の心得の無い者でも、一心に思い詰めた精神によって、怪異を引き起こす事例は少なくない。
つまり、誰しもが、才能や技術による個体差はあれど、精神の奥深くに常世に通じる道筋を持っていることになる。
予知者は霊魂を通して、常世の混沌から、選択的に未来の断片を、覗き見ているのだ。

幻視、啓示、お筆先(自動筆記)……
予知がどのような方法で成されるにしろ、人が人で在る限り――それは"かつて人であった者"とて同様――
自我というフィルターを通して世界を知覚している限り、脳が生み出す閃きは感情とは不可分で、
無意識のうちに願望、欲望、恐怖が作用して、歪められた未来像を作り出してしまう事がある。

予言が正しいか否か。
それは、過ぎた後になってみなければ、誰にも判らない。
事実、仔細に運命を読み取るかの如き母の予知能力も、時には外れることがあった。

『予言は、確率の未来だ』―――亡き父、倉橋常晴(ときはる)は、先見の力を持っていた母に、そう語ったと云う。
体を悪くして旅歩きが出来なくなった母は、腰を落ち着けた深川の長屋で、
時折、冬宇子が生まれる前に早世した父親のことを話すことがあった。
陰陽道の名家の跡取りでありながら、民俗学や分類学といった道楽じみた学問に傾倒して、ついには家を出た、
変わり者と評判の人物であったらしい。

―――例え、予見したものが、その時点での"正確な未来像"であったとしても、
とある未来に至る道程には、必ず"分岐点"と呼ぶべき箇所が幾つかあって、その分岐に何らかの作用を及ぼせば、
さながら、転轍機(てんてつき)を操作された汽車の進路のように、未来は別の方向に逸れてゆく。
人たる身に、その分岐を知ることが出来ない以上、予言の正しさは確率でしか表せない。
未来を変えるつもりで成したことが、却って、望まぬ未来への道を加速させることだって有り得るのだから――
父は、若き母に、そんなことを訥々と話して聞かせたのだそうだ。

伊佐谷は、この呪災の顛末を見通した上で、行動している筈だ。
しかし、予言は確実ではない。
彼女自身も、それを知っているからこそ、未来を変えようと足掻いているのではなかったか。
伊佐谷が華涅神崇団の成員となったのは、予知した凄惨な未来を変えるためだった――
と、日の神村で彼女が吐露した身の上を、冬宇子はふと思い返した。

30 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 21:43:56.54 0.net
岩窟じみた殺風景な部屋の中央に、少年は佇んでいた。
室内を隈なく照らす光獣の光を浴びて、その姿が浮かび上がる。
外見は、鳥居と同じ十歳位か。まだ頑是無い年頃の子供だ。
おどろに乱れた蓬髪は地に届く程に伸びていたが、龍の刺繍を施した緋絹の衣装は、今尚鮮やかさを失っていない。
この部屋に最後に明かりが灯ったのは、何時だろう。
長らく暗闇に閉ざされていたであろう事は、白く透き通るような不健康な肌色から推察できたが、
特別、眩しそうにしている様子はない。髪の隙間から覗く眼は、虚ろで、無感動だった。

>「……話は聞いてるよ。また、不死を欲しがる王様が現れたんだってね」
>「別にいいよ。その王様を、不死にしてあげる」
>「今も配ってるじゃない、不老不死。だからその内、王様にも行き届くよ」

地下牢の虜囚には不似合いな、あどけない澄んだ声音。
けれど、抑揚というものがまるで無い。淡々と、少年は語り続ける。

>「僕は昔から、何かを『凍らせる』事が得意だったんだ。
>水や、物だけじゃない。目には見えないものだって凍らせられる。
>そう……時の流れだって。それを凍らせる事で、僕は人を不老不死に出来る」

>「だけど、それだけじゃ駄目だったんだ。
>王様は、自分だけが時の流れから取り残される事に怯えを抱いてしまった。
>だから今度は……その怯えを感じる心さえもを、凍らせるんだ」

にわかに、少年から湧出する凍気が先鋭化した。
通路を塞ぐ氷の壁。極地の嵐吹雪さながらの、凍てつく旋風が室内を吹き荒れる。
遺跡に侵入する前にフー・リュウが施してくれた術――身体に纏う気流の層が無かったならば、
白煙を帯びた凍風に晒された瞬間、肉もろとも骨の髄まで凍り付いてしまったことだろう。
その気流の層も、そう長くは持ちそうにない気配があった。時折皮膚に届く、身を切るような寒さがそれを証明している。

>>20
>「……誰か、彼の言う通りになりたい人っていますか?
>なりたくない人は僕の近くに来て下さい!」

鳥居が両手に火炎を展開。上昇気流によって凍気を逸らす熱気の円蓋を作り出す。

>「僕の『不死』は、死の間際の心を凍らせる。
>その瞬間にこそ、その人の本当の希望が、夢が心に浮かぶ。
>その心を凍らせれば……人はその思いをずっと抱いたまま生きていける」

>「そして僕が、王様になるんだ。不死者の王に。皆がずっと前向きに生きていける為に。
>さぁ……君達もここで不死者になるんだよ。抵抗したければ、すればいい。
>そうやって強い思いを抱いていれば……君達はずっと、そのままでいられるよ」

熱気と凍気が鬩ぎ合う風音の向こう側から、よく通る少年の声が聞こえていた。

「ただ動きを止めないってだけの、冷凍の屍人が『不老不死』―――?
 完全にイカレちまってる。
 まァ、こんな所に五千年も閉じ込められていたんだ。気が触れてたって仕方が無い。」

矢張り、話の通じる相手ではなかった――冬宇子は溜息交じりに呟いて、

「吹きっ曝しの広い場所じゃあ、相手に分がありすぎる。
 あかね!あんたの水の術で、部屋のあちこちに、壁を作っておくれ!
 風除けの壁があれば幾分はマシだろう?」

31 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/11/03(日) 22:02:40.89 0.net
風の直撃を防ぐ氷壁は、相手に気付かれずに接近する為の目隠しであり、突撃の為の防護擁壁ともなる。
凍気は、少年を中心に旋回して発散されている。
気流の感知に足けたフーが傍に居れば、少年の位置を見失うことは無い筈だ。

「ええと―――ああ、わかった!水を凍らせて壁にするんやな!!」

赤髪の少女は瞼を下ろし意識を集中する。
一定の間を置いて床から噴出する水幕が、瞬時に凍結。
雨後の筍さながらに次々と展開し、一分も経たぬ間に、少年を取り囲む幾重もの氷雪の塁壁が完成した。

「生成り小僧!もう熱気の出力を落としてもいいよ。」

言って、鳥居の顔に目を落とした。「ところで――」と繋いで、

「変わらない気持ちが何だとか……私は、お前が何を言おうとしているのか、さっぱり判りゃしないが、
 要するに、あの不死の小僧の言うことが、間違ってるってことかい?」

暫し間を空けて、続ける。

「……だったら自分はどうなのさ? 
 己が宿願のために呪災を利用した清王の手先になって、あの男に不死を奉るために此処に居る――
 そんな自分が、清く正しい者だってかい?
 子供扱いされたくなかったら、やむを得ずに巻き込まれて付いて来たような顔をするのは止めな。
 自分が何の為に、何をしに、ここに来たのか……いい加減見極めて、肚を据えるこったね。」

子供扱いに不平を唱える鳥居に、そう極め付けた。
視線を前方へ――重畳する氷壁の先にいる筈の少年へと向けて、冬宇子は呟く。

「さて、これからが厄介だねえ……
 あれを生きたまま捕らえて、清王の前に引っ立てていかなきゃならないってんだろ?」

次いで、隣に立つフー・リュウへと視線を移し、

「労せずして、あの小僧の不老不死術の要点が知れた訳だが、
 道士の兄さん……どう思うね?
 『時の凍結』―――世界に平行して、肉体と魂魄だけを今の状態のまま、凍らせて固定する―――
 原理としちゃあ、あんたの幼馴染の金行使いが試した方法と、同じように思えるがね。
 何故、あの小僧は、曲がりなりにも不死の法を完成させ、
 あんたの幼馴染の方は、天地の『理』に睨まれて、存在を消されちまったのか……?
 ……ああ、悪かったね……あんたの幼馴染は、まだ『そこ』に居るんだっけね。」

一寸決まり悪そうに、冬宇子は、絵巻を仕舞い込んでいる道士の懐の辺りに目を遣った。
フーと同じく宮廷呪医を務めていた釘・留(ディン・リウ)は、自ら編み出した不死の法を試術した際に、
世界の循環の輪から外れるものを糾そうとする引力から、存在を引き裂かれ、五行の流れの渦に溶かされてしまった。
今は、掻き集められた残滓が、掛け軸の中の閉じた世界に姿を留めるのみだ。
フーは、彼女を救おうと躍起になっている。
けれど、その焦りが呪災を招く行動に繋がったことを、彼は激しく後悔してもいた。

「ともかく……引き受けちまった仕事は果たすのが筋だ。
 無論、無傷で大人しくさせることだが理想だが、あの小僧の様子じゃ、そうも言っていられないかもしれないね。
 どっちにしてもだ……正直に言っちまうと、まるっきり無策でね。
 悠長な話だが、何処かに取っ掛かりになるようなものが無いか、探ってるとこさ。
 で、どう思う―――?あの小僧の不死の術は、『理』すら凍らせてるってのかね?」

【伊佐谷→何しに来たの?】
【少年術士→あかねに氷の防護壁を作ってもらって凍気の直撃を防ぐ】

32 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/11/08(金) 05:09:21.69 0.net
>「あんた、そんな身体になった今でも――身体が無くなったんだっけね……まァどっちでもいいが……、
 まだ、あの男とつるんでんのかい?
 ええと、何だったか、あのイモ臭い名の――死ね死ね団…じゃない……そうそう、華涅神崇団(じぇねしすだん)!
 あの、キテレツ人間の寄せ集め所帯――もとい、新世界創造を看板に掲げた秘密結社に、
 今でも、関わりを持っているのかと聞いてるんだよ!」

「そりゃそうさ。こうなったお陰で私は一層、世界から孤立してしまったからね。
 一緒にいてくれる人ってのは大事だよ。君には言うまでもなかったかな?」

"男爵"の意趣返しだろうか――最後の一言は、やや粘ついた声色で伊佐谷は答えた。

>「大方、あの男……狩尾も、大陸に来てんだろ?
 無闇とだだっ広い上に、戦乱に加えてこの呪災、混乱に次ぐ混乱で、人心は乱れ社会は定まらぬ。
 取り入る隙を見せる国もあろうってもんだ。
 この大陸に、新世界とやらの足場を造るってのも悪かァないってかい?」

「うーん……まぁ、結果的にはそういう形になったんだけどさ。
 元々はただ、『彼』を助けに来ただけなんだ。
 彼も私達と同じ、世界から隔離されてしまった者だからね」

呆気ない回答、そして静寂――対話の時間はどうやら終わりらしい。
暗殺者の刃に魂の刃が重ねられた。
伊佐谷が無言のまま、君達との間合いを開く。

>「さて、何時まで、その形容(かたち)を保っていられるかねえ……?
  百年先……それとも、一年と持たぬか……
  易者の身の上知らずたァよく言ったもんだ。天才も自分の運命は予言できぬものと見える!」

>「あんたの予言なんか、ちょいとばかり良く当る八卦見の占いと大して変わりゃしないのさ。
  予言なぞ知ったことかね……!結局は、好きなようにやるしかないんだ。」

冬宇子は吐き捨てるように、そう言うと、伊佐谷とすれ違い最奥の部屋へ続く通路へ進んでいった。

「……肉体が魂の器?まさか……神経の働きの匙加減一つ。
 月の障り一つで、望みもしない形に心を乱してくれるそれが?
 そんな訳がない。肉体は、魂の不純物だよ」

「そう、私は気付いたんだ。死が悲劇足りえるのは、それが全ての終わりだからだ。
 もし、死が新たな……本当の自己の始まりに過ぎなければ、幾千幾万の死も悲劇にはなり得ない。
 だったら、私は……」

視線は相対するマリーとブルーに合わせたまま、伊佐谷が呟いた。

「……君達が未来を変えてくれる事を祈るよ。
 いや……誰でもいいんだ。誰でもいいから、未来を変えてみせてくれ。
 そうすれば……まだ、私が未来を変えなくても、済むからね」

33 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/11/08(金) 05:09:40.28 P.net
 


>「凍結された心も体も、たぶん偽物みたいなものになります。
  成長しなくって変われないことって駄目なことなんです。
  変わりゆくものの中で変わらない気持ち。
  それが本物になってゆくものだと僕は思います」

不死の少年には分かっていた。
彼――鳥居呪音もまた、自分と同じ不死の存在なのだと。
術才とはまた離れた所で、何か共感めいたものがあった。

彼の答えには少なからず期待をしていた――ような気がする。
少年は長い間、失望と孤独の中にいた。
その中で自分の心が既に凍り付いてしまっている事は分かっていた。
だからこそ――誰かに認められる温かみを、彼に求めた。
その事にも自覚はあった。

だが――眼の前で渦を巻く神気の炎は、拒絶の証だ。
冷気と熱の衝突により生じる風が少年の髪を揺らす。
無感情だった表情に、少しだけ色が宿った。
自分と君達が相容れぬ者同士だと悟ったが故の冷たさが。

「……僕のいた国はね、あの王様のおかげですごく栄えたんだ。
 王様が戦争に勝ったおかげで、たくさんの人が生きられた。
 それも……偽物の気持ちで行われた事だって言いたいの?」

「そりゃ、最後はあんな風になっちゃったけどさ。それは違うよ。
 きっと王様は、本当に国を、皆を守りたいと思っていた筈だよ。
 ……僕を撫でてくれた時だって、そうさ」

「時が、本物の気持ちを駄目にしてしまうんだよ。だから僕が、そうなる前に凍らせてあげるんだ」

>「ただ動きを止めないってだけの、冷凍の屍人が『不老不死』―――?
  完全にイカレちまってる。
  まァ、こんな所に五千年も閉じ込められていたんだ。気が触れてたって仕方が無い。」

「……じゃあ、あの王様は?肉体は凍っていない。凍っているのは時だけだよ。
 でも、あれで不老不死と呼べる?僕はそうは思わない。
 王様の心は、とっくの昔に死んでしまっている。ここに閉じ込められるよりも前に、既にね」

「人は変わってしまうんだ。十年前の君は、今の君とは、きっと全くの別人だったでしょ?
 だったらさ。それって、十年前の君はもうこの世にいない……死んでしまったも同然なんじゃないかな。
 十年後には、今の君はもういないんだ。死んじゃってるんだよ」

俄かに、冷気が勢いを増した。
炎の神気を抑え込んで、徐々に君達の安全圏を奪っていく。

「ここで凍ってしまえば、今の君は、十年後も百年後も、今のままだよ。
 不老不死って言うのは……心が不変である事なんだ。
 『彼女』は、僕の話をよく分かってくれたのになぁ……」

氷の壁に塞がれた出口――その向こう側を見遣るように、少年の視線が動いた。

34 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/11/08(金) 05:10:17.29 0.net
>「吹きっ曝しの広い場所じゃあ、相手に分がありすぎる。
 あかね!あんたの水の術で、部屋のあちこちに、壁を作っておくれ!
 風除けの壁があれば幾分はマシだろう?」

と、不意に少年の視界内に、無数の氷の壁が現れた。
水を生み出す術――だけではない。
それを凍らせる為の冷気――自分の術を、不完全にだが模倣されている。
術者は――見慣れない服装をした少女だったか。

彼女も、自分を拒絶するのか。

「……君達なら、分かってくれると思ったんだけどな」



――氷壁に身を隠し、ひとまずの窮地は凌いだ。
冬宇子がフーに視線を向け、声をかける。

>「労せずして、あの小僧の不老不死術の要点が知れた訳だが、
  道士の兄さん……どう思うね?
  『時の凍結』―――世界に平行して、肉体と魂魄だけを今の状態のまま、凍らせて固定する―――
  原理としちゃあ、あんたの幼馴染の金行使いが試した方法と、同じように思えるがね。
  何故、あの小僧は、曲がりなりにも不死の法を完成させ、
  あんたの幼馴染の方は、天地の『理』に睨まれて、存在を消されちまったのか……?
  ……ああ、悪かったね……あんたの幼馴染は、まだ『そこ』に居るんだっけね。」

フーの表情が曇る――だが今はそんな事に気を揉んでいられる状況ではない。
すぐに冷静な――少なくとも、そうあろうと努める精神状態を作り直す。

>「ともかく……引き受けちまった仕事は果たすのが筋だ。
  無論、無傷で大人しくさせることだが理想だが、あの小僧の様子じゃ、そうも言っていられないかもしれないね。
  どっちにしてもだ……正直に言っちまうと、まるっきり無策でね。
  悠長な話だが、何処かに取っ掛かりになるようなものが無いか、探ってるとこさ。
  で、どう思う―――?あの小僧の不死の術は、『理』すら凍らせてるってのかね?」

「……いや、違う。もしそれほどの力があるのなら、俺達はもう氷漬けになっている筈だ。
 彼にそこまでの……理さえもを凍らせられるほどの力はない筈だ」

「……世界の循環を川の流れに例えるなら、リウは川の底に釘付けにする事で、それに逆らおうとしたんだ。
 そうする事で、存在を今に留めようとした。『釘』の術ではそうするしかなかったんだよ。でも彼は違う。
 自分を今のまま固定するのに、基準となる点が必要ないんだ。だから氷の中にはいるけど、流れに逆らってはいない」
 
術理はとにかく――フーの言葉は、冬宇子の言う『取っ掛かり』にはなりそうにない。
出力自体は規格外と言う程でもない。だが不老不死の法としての完成度は高い。
分かった事と言えば精々、それくらいだ。

「無傷で大人しくさせる……そんな心配はいらないかもしれないな。
 もし、彼の言っている事が本当なら、俺達は……」

冷や汗を額に滲ませながらフーが呟く。

「――ねえ、どうして分かってくれないのさ」

だが不意に、氷壁の迷宮に少年の声が響いた。

35 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/11/08(金) 05:10:39.85 P.net
「君達も、僕と同じ不死の存在でしょ?だったら、僕の言ってる事が分かる筈だよ。
 君達は悲しくないのかい?変わってしまう事が。
 大事なものも。大好きだった人も……皆僕らを置いていってしまうんだよ?」

「君達と一緒にいる、その人達だってそうだよ。
 ここで凍っておかなくちゃ、いつかは君達を置いて変わってしまう……死んでしまうんだ。
 君達は、それが嫌じゃないのかい?」

同じ不死者への問いかけ――だが、何かが妙だ。
言葉選びが――彼は『君達』と言っている。

「うるせえ!この糞ガキ!俺たちゃまだ生身の人間だっての!
 オメーやこのガキの同類みてーに呼ぶんじゃねえよ!」

生還屋の怒声が反響する。
それから暫しの静寂。

「……もしかして、気付いていないの?」

声が近い――頭上だ。
見上げれば、不死の少年は氷壁よりも更に上、空中に立って君達を見下ろしていた。
氷――より正確には凍結させた空気――を足場にしているのだ。
そして、少年の視線は――尾崎あかね、彼女に向けて注がれていた。

「な……なんや……アンタ、ウチがお仲間や言いたいんか……?
 そんな訳ないやろ……。ウチは、ちゃんとした人間やで!」

「……まるで僕や、その子は、ちゃんとした人間じゃないみたいな言い方だね」

「っ、ちが――」

言葉のあやを突かれ生じた一瞬の隙、気の緩み。
瞬間、あかねの胸を氷の槍が貫いていた。目にも留まらぬ速度だった。
空気を一度筒状に凍らせて、内部の空気を解凍する事で膨張させ、高速で射出したのだ。

「がっ……げほっ……」

血に溺れて漏れた湿った咳――あかねが膝を突いた。
身体が急激に冷えていく。死を前にした時の、二度目の感覚。
死にたくない――思考がそれのみに支配される。

薄らいでいく視界の中で、鳥居呪音に手を伸ばす。
そして――彼女は掴んだ。

「……おい、オメー。そりゃ一体、どういう事だよ」

緊迫した生還屋の声。
――あかねの胸の傷が、塞がっていた。
レン・ジャンの短刀を受けた時と同じだ。

「だから言ったでしょ。君もそうだって」

少年は声色も顔色も変えないまま、そう言った。

一方で――鳥居呪音、君は微かな虚脱感を覚えるだろう。
まるで生気を、吸血鬼の尺度からすれば僅かにだが、吸い取られたように。

36 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/11/08(金) 05:11:27.88 0.net
「君の不死は、他人の命を吸い取って維持されるものみたいだね。
 ねえ、怖くない?今なら、僕の言う事が分からない?
 君も僕らと同じ、置いて行かれる者達なんだ。
 君が、君の仲間達と、どんなに素晴らしい絆を結んでも、それはいつか失われてしまうんだよ」

少年の言葉は、しかし、あかねには殆ど届いていないようだった。
彼女は青ざめた表情で、まさに茫然自失の態にあった。

――尾崎あかねには、母親がいない。
まだ胎内にあかねがいた頃に毒を盛られ、まだ見ぬ娘を救う為に命を投げ打ったそうだ。
その時に用いられた薬が、茜の花――それがそのまま、あかねの名の由来となった。
と、彼女は聞かされている。

だが、それは嘘だ。母親が遺し、父親が守り通してきた偽りだ。
あかねの母が死んだのは、もっと単純に――直接的に、あかねに命を捧げたが故の事だった。

母体が毒を盛られれば、当然臍帯を通じてその毒は胎児にも及ぶ。
そして先に死に至るのは――言うまでもなく胎児の方だ。
解毒の薬効を待っている猶予など、本当はなかった。

あかねの父親は、人ではなかった。
尾裂狐――と言っても、そう大層な存在ではない。
己の格と歴史を知っていて、故に細やかな夜行を組んで妖怪の世界のみで生きていた、はぐれ者だ。
それが、ふとした事から人間の術師と知り合い、心を通わせて――夫婦となった。
母親が毒を盛られたのも、その経緯が関係しているのかもしれない。

ともあれ、あかねの母――菖蒲は、あかねが父から継いでいるだろう妖かしの性質、
それを呼び覚ます術を彼女に施した。
妖狐の持つ『豊穣』の性質――命を吸い上げ、実らせる力を目覚めさせる為に。

そうして、尾崎あかねは人外となり、不死の存在となった。
老化――成長も恐らく、二十歳頃を境に止まるだろう。

一度見た術を容易に見抜き、模倣出来たのも、
妖狐の持つ『化け』の力を彼女も宿していて、また彼女の存在自体が『人』よりもむしろ『式』に近いが故だ。

それらの記憶は父親が妖狐の持つ幻惑の力によって封じていたが――彼女は今、全てを思い出した。
思い出してしまった。

「……もし、自分が『まともな人間』じゃないと知る前に戻れたなら……そう思わない?
 その気持ちはね、これから先にも絶対にあるよ。『今』の方が良かったと思う時が。
 大事だった筈のものが、いつの間にか目を背けたいものに変わってしまう。そんなに悲しい事は……」

突然、空気が揺らいだ。少年の言葉を遮るように。
直後、彼の短躯が弾かれたように跳ね跳ぶ。
空気を凍らせた槍の射出、術の模倣――尾崎あかねが、息を荒げ、悲痛な面持ちで、先ほどまで少年のいた場所に手をかざしていた。

「あ……」

衝動的な攻撃――頭の何処かに、これくらいなら防がれるに違いないという思いもあった。
だが、その予想に反して――呆気無く、氷の槍は少年を捉えた。
激情を以って放たれた槍の勢いは凄まじく、少年の小さな身体を天井にまで運び、そして磔にしていた。

あかねの表情がいよいよ蒼白になった。
殺してしまったのではないか――脳裏に最悪の想像がよぎる。
相手は不老不死――とは言え同じく不死の吸血鬼である鳥居も、昨夜の戦いでは何度か死の淵にまで追い遣られていた。

周囲の氷壁が、前触れもなく砕け、溶け落ちる。
極度の精神的な負担で、術の維持が出来なくなったのだ。
天井に磔にされていた少年もまた落下を始め――彼は平然と、空中に足場を作り、そこに着地した。

37 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/11/08(金) 05:14:47.15 P.net
見てみれば、彼の衣服には穴は空いているものの、血の汚れは何処にもなかった。
衣服の裂け目からは傷一つ負っていない、白い肌が覗いている。

「……やっぱりか」

フーが小さく声を零す。

「肉体の時が止まっているのなら……そもそも傷なんて付けられる訳がない……。
 不死の法としてはこれ以上ないが……コイツは、厄介だぞ……」

「そうだよ。誰も僕の時を進める事は出来ない。
 ね?これも、知らなかった方が幸せだったでしょ?
 時間が経てば経つほど……もっと『今』が恋しくなるよ」

「まぁ……絶望が深くなればなるほど、その裏にある希望もまた大きくなる。
 だから……足掻きたければ、足掻けばいいよ。
 不死である僕には決して、勝つ事なんて出来ないけどね」

不意に響く凍結音――天井に無数の氷柱が生じていた。
続けて破裂音――全ての氷柱が一斉に、先ほどの槍と同じ要領で君達へ向けて降り注ぐ。


【何しに来たの?→同類を助けに来たの
 あかね→精神的ショックで術の使用に支障が
 不死の少年→天井に氷柱を作り出し、凍結→解凍による空気の膨張を利用して高速射出
 少年の肉体は時が止まっているので傷付く事がないようです】

38 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/11/13(水) 22:52:14.09 0.net
>「時が、本物の気持ちを駄目にしてしまうんだよ。
だから僕が、そうなる前に凍らせてあげるんだ」

うぷくっ…、と鳥居は唸った。
少年の言う通り、消えていった気持ちの中にも本物はあるのだろう。
でもだからといって、気持ちを凍らせてしまったら本物も嘘になってしまうのではないか。
人間というものは尊い思い出を、記憶の大切なところにしまっておくものだという。
確かに大切なものが消えてゆくことは悲しいことで、
鳥居もなんとかそれを克服できないものかと思い
ここまできたようなものだ。

「でも、君の心のなかにはまだ残ってるんでしょ。
王様になでなでしてもらって、嬉しかったきもち……」

「もしかしてそのきもちも凍らせて残しているの?
さみしさが君を壊してしまうから?」

鳥居は小さい子と話す時のように問いかける。
少年はある意味妥協しているのだと思う。
気持ちは変わってしまうから
術の力で凍らせるしかないと諦めているのだ。
そして、ぶつかり続ける冷気と神気の炎。
鳥居は少年に、諭すようなことが言えて、ちょっとした達成感もあったが、まだ彼の心には届いていないようだ。
勝手に命を凍らせることはダメなことと、もっと説得力のある教えかたはないものかと考えてみる。
すると倉橋が……

>「……だったら自分はどうなのさ?
>自分が何の為に、何をしに、ここに来たのか……
>いい加減見極めて、肚を据えるこったね。」

「……え?」
倉橋の言葉に、ぎょとして目を見開いてしまう鳥居。
鳥居は少年に対して、自分が正しいと思っていることを言った。
それは嘆願とは別のこととしてだ。
だが鳥居は、倉橋に本性を見透かされたような気もする。
まるでそれは、やわらかいお腹を冷たい指先でなでられた感じがして
思わず心をよじってしまうのだった。

「し、仕方なく嘆願を受けてて何が悪いんですか?
そもそも僕は、遺跡を守るために来たんです。それと遺跡に興味があったからです。
でも倉橋さんが嘆願をこなすわけはお金のためですよね?
汚いお金でも何でも、お金さえもらえたら幸せなんですよね。
会えば皮肉みたいなことばかり言っちゃって
馬車のなかで言ってたこともそうです。
自分が只の女給だからって
僕がサーカスの団長をやってるのをあなたは僻んでるんですよ」
そこまで言って、鳥居は慌てて手で口を押さえる。
支離滅裂というか、理路整然とは程遠いことを平気で言ってしまうこと。
こういうところが幼いと言われる所以なのかもしれない。

39 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/11/13(水) 22:53:10.04 0.net
そんななか、あかねが氷壁を作る。
鳥居は倉橋に促され脱兎の如く避難。
凍てつく空間に作られた、その小さな場所で暫しの安堵を覚えた。
ふう、と小さなため息が震える喉から溢れ出す。

そしてぶるぶると身を縮めながら、倉橋とフーの会話を聞く。
だがその心は、まだ倉橋の言葉に揺さぶられていた。

――肝を据える。
それは覚悟を決めるということなのだろうか。
マリーやブルーのように…。
鳥居は彼等のことを思うと、悲しくなる反面、羨ましくも思えた。
それは自身の命をかけられるほどの主義があるからだ。
だがしかし、不老不死の鳥居には命懸けという言葉はない。
そのかわりにあるものと言えば空漠とした寂しさ、孤独。
思い返せば嘆願の途中に聞いた少年の噂。
彼なら孤独を克服する何かを知っていると鳥居は思っていた。
しかし彼のそれは、受け入れるにはあまりにも常軌を逸していたのだ。

>「――ねえ、どうして分かってくれないのさ」

>「君達も、僕と同じ不死の存在でしょ?だったら、僕の言ってる事が分かる筈だよ。
君達は悲しくないのかい?変わってしまう事が。
大事なものも。大好きだった人も……皆僕らを置いていってしまうんだよ?」

>「君達と一緒にいる、その人達だってそうだよ。 ここで凍っておかなくちゃ、いつかは君達を置いて変わってしまう……死んでしまうんだ。
君達は、それが嫌じゃないのかい?」

(きみたち?)

40 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/11/13(水) 22:54:00.59 0.net
嫌な予感がした。緊迫した空気。
鳥居は一つ唾を飲み込む。
眉根を寄せて祈るようにたたずむ。

続いて生還屋の怒声。あかねの反論。
そして、咲く血の花。
微かに震えるあかねの手が鳥居に向かって差しのべられた。

「……あかねさん!」
掴み返して体を支える。
支えようとした。でも…力が抜けてゆく。
それはまるで嫌な夢のようだった。
空気の槍を少年に放つあかね。
少年は吹き飛び磔にされたが、ぽたりと抜け落ちるように虚空に停止する。

>「まぁ……絶望が深くなればなるほど、その裏にある希望もまた大きくなる。
だから……足掻きたければ、足掻けばいいよ。
不死である僕には決して、勝つ事なんて出来ないけどね」

「さっき君は本当の不老不死は
心も変わらないことって言ったよね。
……でも、僕は変わりたいよ。
僕が寂しかったり苦しいのは何もない空っぽな人形みたいなものだからだよ。
だから変わりたい。
今のあかねさんにだって、事実を受け入れる時間が必要なんだ。
君だって不死の国の王様になることを夢見てるんだよね?
ならなんでさ?
君のやってることは人の未来を勝手に奪ってることなんだよっ」

そう言って、鳥居は頭上の異音に気づいた。
張りつめた空気に響く硬質な音。
それは氷が固まって軋む音だった。

少年があれを使うとしたら理由はたった一つ。
生きてる者を殺す。
それだけは許せない。

脳裏に走る殺戮の予感に、鳥居は無意識で飛翔。
そして、その背には燃える朱雀の翼。
鳥居は倉橋たちの真上で氷槍を受け続けた。
その体に、その翼に。
翼の出力を失い落下するその時まで。

「……うくく。みなさん大丈夫ですか?ここで誰かに動死体になられちゃったら困りますからね。
僕が嘆願をこなして無事に日本に帰るためにはみなさんの力(知恵)が必要なのです」

ころりと仰向けになる鳥居。

「それと倉橋さんは僕を尊敬しました?
僕はあなたの大切な命を守りました。
文字通りの金の亡者になるのを防いであげたのです。
それって、お金よりも大切なことですよねぇ?
それじゃいつもカフェーで男の人にやってるみたいに僕をなでなでしてくれませんか?」

むっくりと起き上がると、頭を差し出す鳥居だった。

41 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/12/01(日) 00:58:27.37 0.net
>>32-38
虚構の現実が瓦解する―――少女の心の裡を素描するかのように氷壁が崩れ始めていた。
寥廓たる岩室の如き地下牢の中を、氷山の崩落さながらに、飛散する氷片、地を這う白煙。
次第に晴れてゆく煙霧の渦から、抱く思いも様々に、佇む冒険者達の姿が現れる。
冬宇子は緩衝結界を展開していた手印を解き、半ば倒壊した氷柱の影から、虚空に留まる少年の姿を見上げた。

宙に浮いているのではない。
空気中の水分を凍らせて造った氷の足場の上に、両足を揃え、末枝の先に止る小鳥のように――
尾崎あかねが射出した氷の槍に、確かに胸を貫かれた筈なのに、白蝋の皮膚には傷一つ無く、
気流の乱れに翻る衣の破れだけを痕跡に、いとも静かに、少年は佇んでいる。
垂り尾の如き長い黒髪を靡かせ、痩せた矮躯を、豪奢な緋衣に埋もれるようにしている姿は、
派手やかな羽毛で飾り立てた、儚げな小鳥のように見えなくもない。

>……やっぱりか」
>「肉体の時が止まっているのなら……そもそも傷なんて付けられる訳がない……。
>不死の法としてはこれ以上ないが……コイツは、厄介だぞ……」

冬宇子の傍らで、同じく、少年を見詰めていたフー・リュウが小さく呟いた。
絶望的と言ってよい程の前途の困難を語りながら、その声音には賞賛の色さえ混じっている。
長らく不老不死の研究に係ってきた彼のこと、理想に程近い完成形を目にしての感嘆は、無理からぬことなのだろう。

「だから、厄介だって、さっきから言ってンだろ?
 その厄介を片付ける方策が見つからなきゃ、いずれ私らも氷漬けって訳だ。
 しっかりしとくれよ!あんただけが頼りなんだからね。」

軽口めいた調子で混ぜっ返しながらも、冬宇子は空中の少年から、視線を外すことが出来なかった。

―――『時の凍結』――――すなわち、『状態の固定』。
時の移ろいを川の流れに例えるなら、
釘・留(ディン・リウ)の不死術が、金行の術を釘に見立てて川底に突き刺し、流れに浚われぬように対象を
固定するのに対し、少年のそれは、対象の上の『時』そのものを、凍結して固定している。
川底に沈む氷塊を置いて、水は滞りなく流れてゆく。
『凍結』という術式の性質――氷と氷の分子が同一であるように、異物を挟まぬゆえに、
五行の流動を律する世界の『理』を乱すことが無い。

時を固定する対象の選別も自由自在だ。
魂(こん)と魄(はく)――精神と肉体の其々を、それも部位ごとに異なる時間に留めることが可能であるらしい。
むろん、思考を司る精神や心、思考を生むエネルギーたる魂も同様だ。
『変化』とは、方向性を持つ時間の流れの中の、点と点――前と後を比較した、状態の差異を云う。
時間という連続体の、ただ一点の断面において、変化という概念は意味を成さない。
つまり、施術を境に状態を固定された少年の肉体は『不変』なのである。
瞬間を切り取った写真の中の人物に傷を負わせることが不可能であるように、
遠い日の記憶の中の人物に何らの変化も齎し得ぬように、少年の肉体に干渉することは出来ないのだ。

百本の剣槍の斬刺も、百屯の火薬の爆撃であろうと、
この世に具象するあらゆる現象は、時の一点に縫い止められた不変の身体に、傷一つ付けることは無い。
彼の肉体の上の、『時間という概念』が凍結されている限りは―――
少年の不死術に攻略の糸口は無いのか?

『清王は不死の法を得られない』―――先見の力を持つ伊佐谷はそう言った。
悲劇のカッサンドラ、高邁不遇の救世主を気取るが如き言動の、女の顔を思い起こす度に、
冬宇子は、ほの暗い苛立ちを覚える。呪われた女予言者カッサンドラの予言を信じる者はいない――なのに、
あの女は、共に目的に邁進する同志…理解者すら得ている。
伊佐谷の鼻を明かすためだけにでも、あの女の予見した未来を歪めてやりたい―――
そんな気持ちすら鬱勃と湧いてくるのだった。

42 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/12/01(日) 01:01:23.62 0.net
>「そうだよ。誰も僕の時を進める事は出来ない。
>ね?これも、知らなかった方が幸せだったでしょ?
>時間が経てば経つほど……もっと『今』が恋しくなるよ」

少年は、冒険者達を見下ろして言う。
高い岩窟の天井――室内を照らす光獣の発光よりも更に上空――逆光の向こう側で、大気が軋む音を立てた。
空気すら凍らせる超低温。見上げるよりも早く、無数の氷槍が射出される。

>「まぁ……絶望が深くなればなるほど、その裏にある希望もまた大きくなる。
>だから……足掻きたければ、足掻けばいいよ。
>不死である僕には決して、勝つ事なんて出来ないけどね」

かろうじて持ち上げた顔の、網膜に映る氷の切っ先。
防がなくては――思考は巡れど、結界の印を結ぶ身体の反応は間に合わない。
哄笑に乗せた少年の甲高い声ばかりが、耳に響く。
その瞬間、目の前が朱に染まって―――
ふと、我に返った冬宇子の目に映ったのは、朱雀の力を宿した鳥居呪音が、炎の翼を広げて氷槍を防ぐ姿だった。

>>40
>「……うくく。みなさん大丈夫ですか?ここで誰かに動死体になられちゃったら困りますからね。
>僕が嘆願をこなして無事に日本に帰るためにはみなさんの力(知恵)が必要なのです」

揚力が尽きて、地面に落ちた鳥居。
炎翼の耀きが失われて、数瞬。暗闇に包まれた室内に、再び薄明かりが灯る。
すばしこくも難を逃れていた燐狐が、冬宇子のふところから顔を出して周囲を照らしていた。
へたばっている鳥居に目を落とすと、氷槍に貫かれた身体の傷は、煙を上げて、はや再生を始め、塞がりかけている。

>「それと倉橋さんは僕を尊敬しました? 僕はあなたの大切な命を守りました。
>文字通りの金の亡者になるのを防いであげたのです。
>それって、お金よりも大切なことですよねぇ?
>それじゃいつもカフェーで男の人にやってるみたいに僕をなでなでしてくれませんか?」

むっくりと半身を起こして慢じる鳥居の、他人事じみた調子を耳にした途端、
積もり積もった苛立ち、冬宇子の怒りに火が点いた。

「金の為だろうが何だろうが、自分の浅ましさを割り切っている分、今のお前より、ずっとマシだね!
 清王の行いが過ちだと思うなら、何故、王宮であの男の依頼を断らなかったのさ?
 遺跡に興味があるんなら、あの奸寧邪知な清王の手先なんぞに成らず、別口で勝手に調べりゃ済むこったろ。」

フー・リュウが気流の術を使って結界を張ってくれているのにも気付かず、鳥居を罵り続ける。
危険を背にしていながら、口をついて出た悪罵は止らない。

「私ゃ何が嫌いって、信じるものの正体も知らぬ癖に、自分が正しいと信じて疑わない人間が、一番嫌いでね!
 正しさを己を律する規範にしてる奴はまだいい。
 だがね、したり顔で、身勝手な正しさを押し付けてくる輩にゃ、心底、虫唾が走るんだ!
 しかも、まァ、汚れ仕事を承知で引き受けていながら、それを棚に上げて、清らかな者のような顔で道を説くなんざ、
 臍で茶を沸かすようなお笑い草だね!
 まるで、押し入った家の中で、有り難いご高説を垂れて、家財を盗んでく説教強盗だ!
 だいたい、お前……この依頼を――清王の願いを叶えることの意味を、理解してんのかい?」

――――私らは、あの小僧を、いいように利用しようとしてるんだよ。
大陸の人間を何万人も殺した、呪災の大元の、不死の法もね――――!

畳み掛けるように言い掛けて、やにわに、冬宇子は口を噤んだ。
目の前で、飼い主から撫でて貰うのを待つ犬のように頭を突き出している鳥居の丸い目が、
何処か空白感を漂わせているその瞳が、虚空から自分達を見下ろす少年のそれと重なって見えたのである。

刹那、締め付けられるような感情が、冬宇子の胸に走った。
それが憐れみなのか、我が幼き日への追憶なのか、判然としなかったが。

43 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/12/01(日) 01:12:11.51 0.net
―――― 子供だ。
二人とも、どうしようもなく子供なのだ。
純粋で、世知が足りなくて、愛情に貪欲で、自らに愛情を得る資格が有ると信じ切っている、
幼い子供の表情がそこに在った。

子供は、絶望することが出来ない。
岩壁の外側に居る狂人のように、凡てを諦めて忘我に身を置くことが出来ないのが、子供という生き物なのだ。
どんな過酷な、一条の光明も望めない状況に置かれようとも、嘘の上に、或いは幻想の中に、
希望の種を築き上げてしまう。
そうした空中の楼閣の如き、正体のない希望に縋っても、前を向いて生きようとする。
少年が、悲運の淵源たる不死の法を否定することなく、魂の永遠なる保存に価値を見出したように。
鳥居が、自分だけを置いて年老いて死んでゆく者たちを、薄ぼんやりとした定まらぬ感情で見送りながら、
他者から与えられる無条件な好意を期待していたように。

不思議と、時の流れに取り残された、この二人の少年の、来し方が思えてならなかった。

冬宇子は腰を屈め、鳥居の頭にポンと手を置いた。
小癪な物言いが癇に障って、大人気なく怒鳴り散らしてしまったが、彼の捨て身の行動に救われたのは確かなのだ。
気まずそうに目を逸らし、随分と和らげた口調で、

「馬鹿だねえ……ひと様に尊敬されるような、いい男になりたかったら、恩を着せるような口を利くんじゃあないよ。
 褒めてやらなきゃ、満足に仕事も出来ないのかい、お前は?」

叩くと撫でるの中間くらいの力加減で、数度、丸い頭蓋の頂を揺すった。
そうして立ち上がり、身の盾としていた崩れ掛けの氷柱の外へ、足を向けて数歩。
擦れ違いざま、傍らに立つフー・リュウの耳へと囁き掛ける。

「……存思の法………!
 触媒があれば……あの小僧の術を破れると思うかい?」

存思とは、図像や想念を内的に映像化する、道術の技法である。
この世の摂理を越えた呪術を成すにおいて、術士は、常世の混沌から、己の精神を通じて超常の力を引き出す。
常世の力は混沌――その混沌から目的に叶った現象を顕現するために、精神の中に精緻な映像を練り上げるのだ。
道士や陰陽師が操る神将・式神が、使役する術士によって、姿容が変化するのも、その為だと云われる。
端的に言うならば、概念に形を与える……イメージを具現化する法――とでも云おうか。
フー・リュウが、操る気流の向きを指で示したのも、少年が、時間という概念に凍結という具象を適用したのも、
無論、存思の利用法の一つだ。
ならば逆に、存思を使って、少年の肉体の上の氷結した時間を、具象に転化することが出来るのではないか。
冬宇子はそう考えたのである。

存思の法自体は、道術を嗜むものなら必ず学ぶ、基礎中の基礎だが、
問題は、少年の方が、冬宇子はもとよりフー・リュウよりも、術士としての『格』が上であることだ。
通常、格下の者が格上の術士に術を掛けようとしても、通らないものだ。
しかし、少年と意識を共鳴させ、イメージを増幅しうる存在――触媒があれば、或いは………?
その触媒が、少年と同じ業を背負った子供であることは、言うまでもない。

冬宇子は、中空に佇む少年に向き直った。今や少年との間には、視界を遮るものは何も無い。

「燐狐!灯りを……構わないから、もっと上で照らしておくれ!」

冬宇子の周りを気遣わしげに浮遊していた光獣は、顎で上空を示されて、不服の声を上げながらも
仮初の主人の命に従って飛んでいく。炯炯たる灯明が、再び、岩壁の起伏まで隈なく照らし出した。
攻撃の的をはっきりと視認し得る光は、諸刃の剣だ。
しかし―――心証頼みの、一か八かの交渉術。
不審を起させる要素を極力取り除き、危険を承知で、正面から向き合う姿勢を示さねば、
この聡明で鋭敏な少年と言葉を交わす、交渉の土台にすら辿り着けないであろう。
冬宇子は覚悟を決めた。

44 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/12/01(日) 01:18:33.12 0.net
冬宇子は、静かに語り掛ける。

「坊や……あんた、名前は……?」

長髪と冕服の隙間から覗く青白い顔。
苛烈な宿業を身体に刻んではいたが、顔付きは未だあどけなさを留めている。
考えてみれば不憫な少年だ。
十に成るか成らずの、いとけない子供の身でありながら、何という数奇な運命に堕ち込んだことだろう。
彼に持って生まれた呪才はあったものの、不死の法を完成させたのは、殆ど、"もののはずみ"と言って良いほどの
偶然ではなかったか――冬宇子がそんな憶測をするほどに、彼の特技である凍結の術式は、
不老不死という状態を成すに適していた。

「忘れちまったのかい?五千年前の生まれったって、親は名前くらい付けてくれたんだろ?」

かの時代にも不死を望む王が居て、子供らしい好奇心と素朴な功名心から、その探求に手を染めて、
たまたま持ち合わせた才能で、術法を完成させてしまったことが、運の尽き。
地下の虜囚となって、小石が巌に育つほどの歳月を、ただ独り、日の差さぬ岩窟で過ごすこととなった。
その孤独と失望は、如何ばかりであったか。
哀しみ、怨嗟、恐怖、救済の祈り――暗闇の中で描くそれらの感情も擦り切れてしまう程の無窮の時間の果てに
辿り着いたのが、『不変の心』を持つ者を統べる王となる、夢想だった。

けれど、この賢しい少年術士は、己の希望が虚構の産物であることに気付いている筈だ。
何故なら―――

「『不変の心』が本物の不老不死ねぇ……
 それが五千年もの時間を掛けて、あんたが見付けた答えなら、是非も無いこった。私にゃ何も言えない。
 だがね、坊や……ひとつ、聞かせとくれ。
 不変の心が、そんなに幸福だってんなら、あんたが物分りが良いって褒めてたあの女――伊佐谷の魂を、
 何故、幸福な状態に留め置いてやらなかったのさ?
 思考を――いや、あんなモン、魂にこびり付いてる思考の残り滓、と言ったほうがいいか――ともかく、
 魂ごと"思い"を凍結してやりゃあ、あの女だって未来への苦悩から開放されるのに。」

少年は、本当は判っているのではないか。
幸福な不老不死を万人に与える夢想――その欺瞞の底に在るものの正体が、己の悲運への哀哭と復讐であることに。
暫し沈黙し、冬宇子は再び問う。

「………こんな岩牢の中に五千年も居て……
 あんたは、何故、自分自身の心を凍らせなかったんだい?
 一番幸せだった時代に心を固定すりゃあ、辛い感情は全部無くなって、幸福な気持ちのままで過ごせただろうに。
 第一、不死の国の王様に成ろうってえ者の心だけが、いずれ腐っちまう生身のままなんて、格好が付かないだろ。」

予測する答え――――彼は、それを畏れた。
地下牢の俘虜の身で、唯一、自由に働かせる事が出来る、思考を手放すことが出来なかったのだ。
彼は、多くを失い過ぎた。そして今も、失い続けている。
そうして、失ったものが、決して補完できぬものであることを悟っていて、
己を置き去りにして、当たり前の時間軸を過ごしてきた人々を、自分よりも更に惨めな状態に貶めることで、
せめてもの慰めを得ようとしているのではないか―――?
まさに彼は、呪詛と哀しみを囀る小鳥だった。

「何にせよ……あんたが、やりたい事をやるように、あんたの思いを拒む人間もいるってことさ。
 大抵の人間は、生きてりゃ、今よりも、もっと大きな幸福が待ってると信じてんのさ。それが幻想に過ぎなくてもね。
 正直に言やァ、私だってそうさ。
 この兄さんの見立てだが……あんた……世界の『理』を凍らせる力までは持ってないんだろ?
 だったら……五行律、絶対時間…全部ひっくるめて、世界を丸ごと凍結させることが出来ないんなら、
 不変の不老不死なんて、変わりゆく世界の中で、カタカタ音を立てて永遠に同じ場所を回り続けている、
 只の壊れたカラクリ人形だ。滑稽なモンさ。
 私は、あんたの箱庭のガラクタ玩具なんかにゃ成りたかァないね。」

45 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2013/12/01(日) 01:24:21.96 0.net
冬宇子は、身固めの手印を、気休めの守り袋のように握り締めて、身体の震えを堪えていた。
冷気の波動を、真正面から全身に受けて、深淵の底から這い上がって来るが如き、薄暗い何かに、
今にも精神を侵食されそうな気配がした。

「あんたと私の思いは噛み合わず……あんたは私を、凍らせて支配しようとしている。
 それだけのことさね。
 ここで、私らを氷漬けの人形にして……たかが、それだけで終わりさ―――
 あんたも判ってる筈だ。
 凍結を利用した不死の法は、精緻で完成度こそ高いものの、出力は並外れちゃいない。」

そこで言葉を区切り、一寸勿体を付けて、しんねりとした口調で、冬宇子は続ける。

「不死を望んでる清王も、どっちかと言やあ、私らの側の人間らしくてね。
 あんたとあの男の言う不老不死は、どうやら違うものらしい。
 清国の呪災対策は万全だ………あんたの呪いは、清王には届かない。必ず防がれる……!」
 
清王の宿願は永遠なる統治。
国政とは、時流と情勢の海上の、国の舵取りである。思考の凍りついた人間には務まらない。

「清王ってなァ、中々に有能な名君でね。
 武力で、動乱の大陸を統一に導いて……かといって、苛斂誅求に国民を苦しめることもない。
 あまりにも有能過ぎて、子も孫も、だァれも信用できなくなっちまった。
 とうとう、大陸を永遠に己の手で治めたい――なんてぇ欲望に憑り付かれちまってね。
 まるで、あの壁の外で蹲ってる狂人の再来だと思わないかい?」

氷壁に塞がれた回廊に、ちらと向けた視線を、少年へと戻し、

「話にゃ聞いてるんだろ?
 清王は、あんたに逢いたがってる。私らはあんたを招く為に此処に来たんだ。
 この呪災―――あんたの封が解けたのも、不老不死を望む清王の策謀が、そもそもの始め。
 私はね、清王は、どんな形にしろ、不死を手に入れるべきだと思うのさ。
 望む形であろうが、そうでなかろうが……あの男は、己が欲したものの正体を、知るべきなんだ。
 事の始まりの、あいつが逃げちまったら、大陸全土を……私らを……あんたを……巻き込んだこの禍乱は、
 本当に、只の狂騒で終わっちまう。」

不意に、その狂騒の背後で見えぬ糸を操っている、男女の姿が目交いに浮かんだ。
冬宇子は、噛んだ唇の痛みで彼らの嘲笑を振り払って、次の言葉を繋ぐ。

「あんたも、そうは思わないかい?
 昔――ここに閉じ込められる前のあんたは、不死を願う王の望みを半端な形でしか叶えてやれなかった。
 五千年前にやり残した仕事を、今度こそ、あんたの思う完璧な形で果たしてやればいい。
 それでこそ、因果の円環が完成するって訳だ。
 どうする………?私達なら、何の苦もなく、あんたを清王の御所に連れて行けるよ。
 それでも、此処で私らを、一つの思いだけで頭が一杯の、氷の木偶人形にしちまうってかい?
 坊や……さあ、どうするね?」

少年に言葉の真贋を見抜く能力があるのなら、これらの言葉が、口先だけの偽りで無いことに――
冬宇子の本心と違わないことに、気付くであろう。
この幼い少年は、どう出るだろうか―――?
白々と、冷たい岩壁を照らす光の下で、冬宇子は、彼の唇の動くのを待った。


【少年術士君に、清王の所に一緒に来てくれるように交渉中】

46 :倉橋 ◆FGI50rQnho :2013/12/04(水) 23:01:28.68 0.net
【訂正】

>>41の33行目
×氷と氷の分子が同一であるように
○水と氷の分子が同一であるように

47 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/12/13(金) 04:08:51.36 P.net
>「だから、厄介だって、さっきから言ってンだろ?
  その厄介を片付ける方策が見つからなきゃ、いずれ私らも氷漬けって訳だ。
  しっかりしとくれよ!あんただけが頼りなんだからね。」

「……既に、やってるよ。だが、俺の術が操る『流れ』は……『凍結』とは相性が最悪だ。
 少なくとも、今のところは……冷気を跳ね除ける事は出来ているが……。期待に添えるかは……分からないな」

フーは幾つもの気流の層を周囲に展開していた。
一層目を貫通してきた冷気を二層目に巻き込み、流れを変えて還元し、跳ね除ける力として流用。
それを何重にも繰り返す事で、自分だけでは実現不可能な出力の気流壁を作り出している。
彼の表情は険しい。少しでも気を抜き、流れの制御を誤れば層は乖離し、これまで利用していた冷気全てが流れ込んでくる。
故に、

「っ、駄目だ!それを止めるだけの余裕は俺にはないぞ!なんとかしてくれ!」

天井から降り注ぐ無数の氷柱に対して、フーは何の対応も出来なかった。
彼は一流の術士、気流の操作には一分の乱れもなく――だが額を伝う冷や汗までは隠せない。

>「……うくく。みなさん大丈夫ですか?ここで誰かに動死体になられちゃったら困りますからね。
>僕が嘆願をこなして無事に日本に帰るためにはみなさんの力(知恵)が必要なのです」

「……今のは、まさしく肝を冷やしたよ。だが……このまま防戦一方じゃ、やられるのは時間の問題だ。何か、手を打たないと――」



――降り注がせた無数の氷柱は、鳥居の広げた炎の翼によって溶かされ、蒸発してしまった。
同じ不死の化け物、なのに自分を否定する存在。
冒険者達を捉える少年の視線、そこに宿る冷たさが僅かに深まった。

>「それと倉橋さんは僕を尊敬しました? 僕はあなたの大切な命を守りました。
>文字通りの金の亡者になるのを防いであげたのです。
>それって、お金よりも大切なことですよねぇ?
>それじゃいつもカフェーで男の人にやってるみたいに僕をなでなでしてくれませんか?」

>「金の為だろうが何だろうが、自分の浅ましさを割り切っている分、今のお前より、ずっとマシだね!
  清王の行いが過ちだと思うなら、何故、王宮であの男の依頼を断らなかったのさ?
  遺跡に興味があるんなら、あの奸寧邪知な清王の手先なんぞに成らず、別口で勝手に調べりゃ済むこったろ。」

と、不意に冬宇子が怒鳴り声を上げた。
鳥居の恩着せがましい言動が彼女の逆鱗に触れたらしい。
悪罵を撒き散らす彼女の様子を、少年はその隙を突く事はせずに傍観していた。
不死の存在である彼にとって時間は無限であり、勝機もまた無限だ。少なくとも彼はそう思っている。
故に君達の言葉を遮るような無粋な真似はしなかった。

>「私ゃ何が嫌いって、信じるものの正体も知らぬ癖に、自分が正しいと信じて疑わない人間が、一番嫌いでね!
  正しさを己を律する規範にしてる奴はまだいい。
  だがね、したり顔で、身勝手な正しさを押し付けてくる輩にゃ、心底、虫唾が走るんだ!
  しかも、まァ、汚れ仕事を承知で引き受けていながら、それを棚に上げて、清らかな者のような顔で道を説くなんざ、
  臍で茶を沸かすようなお笑い草だね!
  まるで、押し入った家の中で、有り難いご高説を垂れて、家財を盗んでく説教強盗だ!
  だいたい、お前……この依頼を――清王の願いを叶えることの意味を、理解してんのかい?」

そして、察する。彼女――倉橋冬宇子はとても敏い、と。
だからこそ考えなくてもいい事、大抵の人が見て見ぬ振りをする己の後ろ暗い部分にまで目が行ってしまう。
自分の浅ましさを割り切っている――彼女はさっき、そう言っていた。
それは裏を返せば、割り切り続ける為に、常に心に負担を課していると言う事だ。
自分の暗部がふと意識の端に映り込む度に、それから目を逸らさなくてはならない。

生き辛いだろう、と少年は思った。
――彼女のような人の為にこそ、自分は王様にならねばならない、とも。

48 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/12/13(金) 04:10:18.40 P.net
>「馬鹿だねえ……ひと様に尊敬されるような、いい男になりたかったら、恩を着せるような口を利くんじゃあないよ。
  褒めてやらなきゃ、満足に仕事も出来ないのかい、お前は?」

そして、彼――鳥居呪音もだ。
彼は変わりたいと言っていた。立派な人物になりたいのだろうと推察出来る。
だが彼の有する吸血鬼故の不死性が、その望みの成就を許さない。
大人になれないが故に欲求を隠す事が出来ず、一と百の間を取って妥協する事も出来ない。
彼が持つ無限の時間の果てにあるのは、失意だけだろう。少年はそう感じた。

「……良かったね、褒めてもらえて。
 ……でもさ。君、これから先も、未来永劫、そんな事を繰り返すつもり?
 見返りを求める事すら許されない奉仕を、いつかその身が朽ちるまで、君は繰り返せるの?」

理解は得られないかもしれない。
だが、彼に救いをもたらす事が出来るのは自分だけだ。自分が助けてやらねばならない。
少年には確信と、強い義務感があった。

「無理だよ。君もいつか、僕にとっての王様に出会う。
 頭を撫でてもらう代わりに、酷い裏切りに遭うんだ。君も不死だから。いつか、絶対に、その時は来てしまう」

そう、いつか、だ。
彼はまだ、その時を迎えていない。
だからこそ今、凍らせてあげるべきなのだ。

「そうなってから、『今』を恋しく思っても遅いんだよ。
 今ならまだ、その人の手の温もりも、頭に残っているんじゃないかな。
 僕なら、その温もりごと、君を凍らせてあげられるんだ」

そう言って、少年は宙空から鳥居へ手を差し伸べた。
口調は相変わらず無感情なままだが、そこには確かに彼なりの善意があった。

と――不意に薄暗かった室内が強い光で照らされた。

「う……」

少年が一歩後ずさり、目を二、三度瞬かせる。
白んでいた視界が色を取り戻すと――倉橋冬宇子が氷壁から身を晒して、自分を見上げている事に気が付いた。
一体何のつもりだろうか――少年は彼女を見つめ返す。

>「坊や……あんた、名前は……?」

突然の問い――咄嗟に答えが出なかったのは、その問いかけが予想外のものだったからだろうか。

>「忘れちまったのかい?五千年前の生まれったって、親は名前くらい付けてくれたんだろ?」

少年は答えない――答えられない。
彼女の言う通り、思い出せなかった。
だが、そんな事を尋ねて、彼女は一体何がしたいのか――分からない。

>「『不変の心』が本物の不老不死ねぇ……
  それが五千年もの時間を掛けて、あんたが見付けた答えなら、是非も無いこった。私にゃ何も言えない。
  だがね、坊や……ひとつ、聞かせとくれ。
  不変の心が、そんなに幸福だってんなら、あんたが物分りが良いって褒めてたあの女――伊佐谷の魂を、
  何故、幸福な状態に留め置いてやらなかったのさ?
  思考を――いや、あんなモン、魂にこびり付いてる思考の残り滓、と言ったほうがいいか――ともかく、
  魂ごと"思い"を凍結してやりゃあ、あの女だって未来への苦悩から開放されるのに。」

時間は無限にある。少年は黙したまま、冬宇子の声に耳を傾けていた。

49 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/12/13(金) 04:11:27.52 P.net
>「清王ってなァ、中々に有能な名君でね。
  武力で、動乱の大陸を統一に導いて……かといって、苛斂誅求に国民を苦しめることもない。
  あまりにも有能過ぎて、子も孫も、だァれも信用できなくなっちまった。
  とうとう、大陸を永遠に己の手で治めたい――なんてぇ欲望に憑り付かれちまってね。
  まるで、あの壁の外で蹲ってる狂人の再来だと思わないかい?」

ふと、冷たい仮面のようだった少年の表情に、僅かにだが感情の色が浮かんだ。
目と眉の微かな動き――それがどんな感情から生じたものなのかまでは、分からないが。

>「話にゃ聞いてるんだろ?
  清王は、あんたに逢いたがってる。私らはあんたを招く為に此処に来たんだ。
  この呪災―――あんたの封が解けたのも、不老不死を望む清王の策謀が、そもそもの始め。
  私はね、清王は、どんな形にしろ、不死を手に入れるべきだと思うのさ。
  望む形であろうが、そうでなかろうが……あの男は、己が欲したものの正体を、知るべきなんだ。
  事の始まりの、あいつが逃げちまったら、大陸全土を……私らを……あんたを……巻き込んだこの禍乱は、
  本当に、只の狂騒で終わっちまう。」

>「あんたも、そうは思わないかい?
  昔――ここに閉じ込められる前のあんたは、不死を願う王の望みを半端な形でしか叶えてやれなかった。
  五千年前にやり残した仕事を、今度こそ、あんたの思う完璧な形で果たしてやればいい。
  それでこそ、因果の円環が完成するって訳だ。
  どうする………?私達なら、何の苦もなく、あんたを清王の御所に連れて行けるよ。
  それでも、此処で私らを、一つの思いだけで頭が一杯の、氷の木偶人形にしちまうってかい?
  坊や……さあ、どうするね?」

結論から言えば――倉橋冬宇子の少年に対する推測は、完全にではないが、当たっていた。
少年は己の悲運に深く失望し――慰めを求めていた。

「……僕が僕の心を凍らせなかったのは……僕が『王様』になるからだよ。
 僕が彼女を凍らせなかったのは、彼女も僕と同じだからさ。彼女は『王様』になろうとしてる。
 王様が辛い事から逃げていたら、国は駄目になっちゃうよね」

彼は言うなれば『代わり』を欲しているのだ。

「それに……今の王様が、不死になる事の意味を知るべきだ……僕はそうは思わない。
 君達が何を望むのかも、本物も、偽物も、完全も、不完全も、そんなものは大切な事じゃないんだ。
 大切なのは……皆が幸せになる事だよ。だって僕は、王様なんだから」

己が不死者の王になる事で、『かつての王』がなれなかった、国に永劫の幸せを齎す『王様』の代わりとなり、
皆を幸せなままに留める事で、王に裏切られる事なく幸せなままでいられた『もしもの自分』の代わりとする。

そうする事で、自分を慰めたいのだ。
幼い子供がなりたい自分、行きたい世界の事を夢想して、ごっこ遊びの中でそれを叶えるように。
冬宇子の言う『完璧な形』の作り方を、彼はもう自分なりに見つけていた。

「……あなたは、僕をただ否定して、打ちのめそうとしなかった。
 僕の心を……尊重しようとしてくれたよね。
 それは……なんて言えばいいのか……そう、きっと……とても、あたたかくて、嬉しかった」

前触れもなく、少年の発する冷気が一層厳しさを増した。
同時に凍結音――再び空気が凍っていく。
今度は薄く、細やかな切片状の氷が大量に生成された。

「だからこそ……『今』凍らせる。どんなに優れた結界を張ろうと、関係ないよ。僕は、天才なんだ」

氷片はフーの生み出す気流に引き寄せられ、巻き込まれて加速を得る。
そうしてやがては勢いが付き過ぎて気流から飛び出していくが――それは何も外側にだけとは限らない。
気流の内側――君達の元にも、氷片は飛来する。

50 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/12/13(金) 04:12:53.89 P.net
「お母さんがくれた名前は、もう思い出せない……けど、僕に名前なんていらないんだ。
 僕は『誰か』じゃない。『王様』なんだ。僕を呼びたければ……死者の王。そう、死王(スー・ワン)と呼べばいい」

薄く鋭い剃刀のような氷片が、無数に、あらゆる方向から、君達に襲いかかる。
切創は出血を招き、出血は体温低下の原因となる。
早急に対応しなければ、君達は瞬く間に動死体となってしまうだろう。



――倉橋冬宇子は一体何を思ったのか、突然連れの妖かしに室内を照らすよう命じ出した。
そして身を隠していた氷壁から体を晒して、少年の前に歩み出ようとしているのだ。
気流の制御に集中しているフーには、手を伸ばして止める事も出来ない。

「お、おい、一体何を……」

>「……存思の法………!
  触媒があれば……あの小僧の術を破れると思うかい?」

すれ違いざま、冬宇子は彼の耳元に声を置いていった。

「そうか……!それなら……いや、待て。やっぱり駄目だ。俺は賛同出来ない」

フーは一瞬好反応を見せて、しかしすぐに首を横に振った。
少年が冬宇子との会話に意識を向けている為か、冷気の勢いはやや弱まっている。
今なら――と、フーは声を風に乗せて冬宇子の元へと飛ばす。

「……もし術を解いた時に、あの子の身に何が起こるか予想出来ない。
 触媒となる、この子もだ。何かの反動でリウのような事になってしまったらどうする……?
 僕らの目的はあくまでも不死の法を確保する事なんだからな……」

彼の立場はあくまで王の僕。
加えて彼自身も幼馴染の為に是が非でも不死の法を得なくてはならない。
とにかくこの場を切り抜ければいい、と考える事は出来なかった。

「やるならせめて不死の法を得てからだ。それまではあの子の不死を破る訳にはいかないぞ。
 それに……俺はこの子が触媒になれるかも、怪しいと思ってる。
 彼とこの子は、似ているが、遠い。分かるだろう?」

少年と鳥居は同じ不死の存在で、愛情への姿勢と言う点でも互いに似通っている。
だが、決して近似しているとは言えない。
少年は失望と賢しさから完璧な形の『あり得た筈の自分に優しい世界』を求めた。
一方で鳥居は幼さ故の純粋――剥き出しとも言える望みに従って、他者からの承認や愛情を求めている。
二人は似ているが、同時に鏡写しのように正反対の気質を抱えている。
鏡の内と外が決して重なる事がないように、今のままでは鳥居を触媒に使う事は叶わないだろう。
と言うのが、フーの見立てだった。

「……だが、存思の法か。いい発想だぞ……それなら『不死の法』だって形に……そう、符に記すような明確な式に出来る筈だ。
 ソイツを記録して、持ち帰れば、後はその式を扱える人間を探し出せばいい。
 その子は術士として、とても優れてはいるが……単純な練度だけで言えば匹敵する術士がいないって程じゃない筈だ」

少年が不死の法を編み出すに至った決め手は、冬宇子の予想の通り、相性や適性と言ったものだ。
清王は既に大陸全土を手中に収めたも同然――亡国士団の時と同じやり方で、適性者を探し出せる。

51 : ◆RAXmA4ECriDY :2013/12/13(金) 04:14:13.80 P.net
もっとも――全てはこの場から生きて帰る事が出来ればの話だが。
冬宇子と少年の会話が終わり、再び冷気の放出が激しくなった。
加えて空気を凍らせた氷の飛刃が大量に、気流の防御壁の中に流れ込んできている。

徐々に加速を得ていく氷片を目にして、少年が何を狙っているのか、フーはすぐに理解した。
だが彼にはそれを風で防御する事も、気流の壁を解く事も出来ない。

「……っ、不味い!コイツは気流を突き抜けてくる!ズタズタにされるぞ!」

彼に出来たのは、氷片が気流を貫通する数秒前に、その結果を叫ぶ事。それだけだった。



【存思の法とかどう?→通用するかもしれない……けど立場上、賛同は出来ないよ。
              やるなら不死の法を確保してからを推奨するよ。
 でも、その不死の法そのものも存思の法の対象に出来るんじゃない?

 触媒について→二人は確かに似てるけど、それは鏡写しやコインの裏表のようで、似ているけど遠い場所にいる。
           今のままじゃまだ触媒に使える域にまで届いていない気がするよ。
 
 完璧な形でやり遂げたくない?→それを今やってるんだよ。
 
 攻撃→気流に剃刀状の氷を流し込み、加速させる。
     氷はやがて加速のし過ぎで気流から飛び出すけど、その飛び出す方向は外側だけでない。事前に警告あり】

52 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/12/23(月) 23:53:46.65 P.net
>「馬鹿だねえ……ひと様に尊敬されるような、いい男になりたかったら、恩を着せるような口を利くんじゃあないよ。
褒めてやらなきゃ、満足に仕事も出来ないのかい、お前は?」

倉橋冬宇子に怒られたあと、強く頭を撫でられた。
でもそれは鳥居にとって、思ったよりも心地のよいものではなかった。
あれれ、と思う自分がいて不思議だった。
まるで小骨が喉に刺さった感じ。
皆、報酬や見返りが欲しいから何かをする。
愛やお金など、何かを欲していることには何ら変わりはない。
だから亡者が他の亡者の貪り喰う姿をあさましいと笑えるはずもなく
倉橋が鳥居の言葉に虫酸が走ると言ったのはそういうことなのかも知れない。
きっと倉橋はそんなこともわからない鳥居の幼さを憐れんでいたのだろう。
だからそれに気づいた鳥居は面白くなかった。
それはまるで倉橋に置いてけぼりにされたような気持ちだった。
でも裏を返せば倉橋の言った言葉は、人は違いがあるというだけで、皆平らと言うことだ。

(……あるのは違いだけで皆同じ場所にいるのかな?)

鳥居は冬宇子のことが少しだけわかったような気がした。
そう考えれば、鳥居の少年に対する、こんなふうにも考えられるよ、
という提案は単なる押し付けでしかなかったのだろう。
自分たちを守ろうとする鳥居の言葉は少年への拒絶の証に過ぎなかったのだ。

53 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2013/12/23(月) 23:56:39.57 P.net
>「そうなってから、『今』を恋しく思っても遅いんだよ。 今ならまだ、その人の手の温もりも、頭に残っているんじゃないかな。
僕なら、その温もりごと、君を凍らせてあげられるんだ」

それでも少年は鳥居に手をさしのべる。
彼は彼なりに他人の幸せを考えてくれている。
その行為に他人からの見返りはない。
少年は鳥居と似ているようで、まるっきり違う。
少年には他者に影響されない意志がある。
少年と倉橋の会話が終わり、鳥居はこう呟いた。

「ごめんよ。
僕に、手のぬくもりは、まだ足りないし
君の言うそんなことでも僕は繰り返していたいんだ。
だって、このまま自由のほうが……楽しいから」

鳥居は人に好かれたい。
だから他人の顔色をうかがう。
サーカスでは客の反応に敏感だ。
ゆえに皆が喜ぶことを正しいことと考えていた。
世間一般の総意。そのなかに正しいことを見つけ、すがる。
マリーやブルーの行動に正統性を見つけて、
少年の理念と天秤にかけたりしたのも自己が脆弱だからだ。
それはきっと吸血鬼に人間の心がわかるわけがないというほの暗い自己暗示。

でも今、鳥居は少年の考えを拒絶した。
拒絶の行動をとった。
神気の炎を気流の結界へと放出し、
死王の攻撃に応射する。
それは少年とは違う今を守るための行動だった。
鳥居は少年の理念を認めたうえで拒絶し
自分の存在を承認した。
それは万人の総意でもなく、一般的な正義や大義でもない自分自身。

(皆の笑顔をみたい)

できることなら笑顔に変えたいと断言したかった。
でもそれは実現不可能な望みであり烏滸がましいこと。
それならこの場にいる者たちの命を守る。
生きて帰れば、いつか笑顔を見ることができる。
そう胸に秘めて鳥居は倉橋の前に立つのだった。

54 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/01/20(月) 01:40:41.60 0.net
>>47-51
>「だからこそ……『今』凍らせる。どんなに優れた結界を張ろうと、関係ないよ。僕は、天才なんだ」

広い岩窟に張り詰めた凍気を震わせて、抑揚に乏しい少年の声が、何処か白々しく、空虚に響いていた。
少年は幼すぎた。幼さゆえの万能感に酔い痴れている。
冬宇子は交渉の失敗を直感した。
賢しいようでもまだ子供。自分の力の限界を見定め、成果と天秤に架けて妥協できる程には、
成熟してはいなかったのだ。

>「お母さんがくれた名前は、もう思い出せない……けど、僕に名前なんていらないんだ。
>僕は『誰か』じゃない。『王様』なんだ。僕を呼びたければ……死者の王。そう、死王(スー・ワン)と呼べばいい」

冬宇子と対峙する少年の周囲に、雲母(きらら)を砕いたような粒子の煌きが渦巻いたかと思うと、

>「……っ、不味い!コイツは気流を突き抜けてくる!ズタズタにされるぞ!」

道士フー・リュウの警告。ほぼ同時に、剃刀の如く薄く研ぎ澄まされた氷片が、気流の層を突き破って侵入した。
少年との対話に意識を向けていた冬宇子、かじかんだ手で結ぶ結界の印にも遅れが生じる。
竜巻に巻き上げられた硝子片さながらの氷の乱舞の中で、皮膚を裂く鋭利な痛みに、身を硬くした瞬間。
橙色の炎幕が中空に散って、飛散する氷片を悉く蒸発させていた。
目の前に躍り出た小さな人影。

>>53
>「ごめんよ。
>僕に、手のぬくもりは、まだ足りないし、君の言うそんなことでも僕は繰り返していたいんだ。
>だって、このまま自由のほうが……楽しいから」

鳥居呪音が、冬宇子を庇うように、少年との間に立ち塞がっている。
炎と凍結の拮抗――鳥居と少年は、同じく不死の存在でありながら、まさに対照的な存在だ。

鳥居の佇まいには、何処か以前の彼とは違う気配が感じられた。
斜め後ろから見詰めるその横顔は、何かが吹っ切れたような表情が伺えて、
ふと、冬宇子は、彼の語る言葉が、『僕は――』という主語を冠していたことに気付いた。

これまでの鳥居は、他者から与えられる無条件な好意を、漠然と期待して生きていた。
誰からも好かれたい――否定されたくない―――
他者からの好意を期待するあまり、自らの価値を他者に預けてしまう。
己の中に価値基準を持たず、多くの人が『良い』という事柄や聞き齧った道徳を、ただ漠然と、鸚鵡の復唱のように
繰り返して主張していた鳥居少年。
それは己の信条ではなく、『多数の誰か』の尻馬に乗っているだけなのだから、
たとえ否定されても、自分が拒絶されたことにはならない。
それらの価値から外れた者を排除し、傷つける結果になったとしても、それは『多数の誰か』の総意なのだから、
自分の責任ではない。
そうやって、否定されることから、自分を守っていた鳥居が、初めて見せた『 我(が) 』。

―――君の言うそんなことでも 『 僕 は 』 繰り返していたいんだ――――

『そんなこと』をしていたいのは、『誰か』ではなく、『自分自身』であるという自覚。
誰かの期待に沿うことではなく、自分自身がそうしたいからするのだ、という自己主張。
それは、『己が成した行動の責務は、その評価まで含めて、己が負う』という覚悟の萌芽であったのかもしれない。
冬宇子は内心で頷いた。
この様子なら、彼に『触媒』の役割が果たせるやもしれない。
不死の少年に有って、鳥居に無いもの――それは己の欲望を自覚して完遂しようとする自我であった。

古代の緋絹を纏った少年は、組み上げた氷の足場の上から、変わらず冷徹な視線を投げ掛けている。
冬宇子は、鳥居の頭ごしに、中空に留まる少年を見上げて深く溜息を吐いた。

「残念だねぇ………交渉決裂って訳かい。
 言った筈だよ。私は、あんたの箱庭のガラクタ玩具になんざ、成りたかァないって……!」

55 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/01/20(月) 01:48:33.00 0.net
感情を抑えた静かな、しかし決然とした声音で、冬宇子は少年に語り掛ける。

「……あんたが成りたいのは、『王様』なんかじゃない。ガラクタ人形を集めた『おもちゃ箱の主』だよ。
 あんたが作りたいのは、幸福な人間じゃなくて、あんたを満足させる為の人形だろ?
 さしずめ、王様――あんたとあの女…伊佐谷は、お人形遊びをする側ってとこかね?
 あんたに選ばれた、お気に入りの人間だけが、箱庭の王様になって、
 ゼンマイ仕掛けのお人形を眺めていられるって訳だ。」

額のかすり傷から、生暖かい血が流れ出しているのが判った。

「……この岩牢に、幽閉されるような羽目に陥ったのは、何も、あんたが悪いせいじゃない。
 子供のあんたが、不死の法を成す天性の力を持っていたことの、不運な巡り合わせ。
 それも五千年もの間、こんな暗闇に……己の不運に、何かの意味があるとでも思わなけりゃ、やりきれないだろうさ。」

分厚い外套を着込んでいたのが幸いして深手を負う事は無かったが、
氷片が降り注ぐ直前、咄嗟に腕で顔面を覆いはしたものの、額と、術印を組むために手袋を外していた手の甲には、
幾筋か、切創が出来ていた。
額の血を指先で拭って、冬宇子は続ける。

「私は、どうにも、あんたが憎めなくてねえ。
 遂げさせてやれる願いがあるのなら、手助けしたしたいと、つい、そんなお節介を口に出しちまった。」

一寸悲しそうに眉を曇らせて、冬宇子は、氷雪のような少年の白い顔を見詰めて言った。
おそらく、未だ、彼の心までは凍りついてはいない。
此方の話に興味を示しているのか、小鳥が聞きなれぬ物音に耳を澄ますように、じっと聞いている。
時折、仮面のおもての下に、感情のさざ波が垣間見えるような気がした。

「だがね……あんたが、飽く迄も、私らを氷漬けの人形にするってんなら、私は、あんたを倒さなきゃならない。
 あんたが幸福の国の王様になる為に、思考を捨てられなかったように、
 私は私の為に、それを捨てる訳にはいかないのさ。
 凍った人形は溶かしても元には戻らない――
 自分の幸福すら自分で決められぬ、氷漬けの人形になるなんて、私は、真っ平御免だよ。
 そんなもの、妄執に囚われて、この世を彷徨う亡霊と、何も変わらない。」

人差し指を天井に向け、微かに折り曲げる。

「……死王(スー・ワン)……死者の王……違う……あんたは、そんな名じゃない。
 あんたは今も、五千年前のまま――玩具を欲しがってむずがる小さな子供だよ。」

光獣――燐狐を呼び戻す合図だった。
上空の光源が少しずつ降下を始める。

「坊や……きっと、あんたは、自分の名を思い出すことになるよ……!
 ……天才にだって、上には上がいるものさ。
 私達を従わせても、誰かが――箱庭の人形作りを止めない限り、同じ事の繰り返し……いつか、あんたは倒される。
 そうして、自分が王様じゃないと気付いた時、あんたはきっと、我が名を思い出すのさ……!」

暫し、少年の反応を見るように黙り込み―――
やにわに、丈の短い着物を着た少女の方へ振り返った。

「あかね!!!ボサっとしてないで、さっさと術を再動しな! 
 いつまでも、この世の不幸を一人で背負ってるような顔をしてるんじゃァないよ!
 まともな人間じゃないからって、それが何だってのさ?
 吸血鬼に獣憑き、勘の良過ぎる親父……ここにいるなァ、最初から、まともじゃない者ばかりだよ。
 第一、年を取らないなんて、お目出度いこっちゃないか!
 その、ちんちくりんの嫌らしい格好を、三十になっても四十になっても続けていけるんだろ?」

出生の秘密を覚醒して、意気阻喪した少女に掛ける言葉。
もしも己が彼女の立場なら、下手な慰めや同情より、憎まれ口を叩かれる方がずっとマシだ―――
少女の宿命を我が身に置き換えて、冬宇子はそう思った。

56 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/01/20(月) 01:57:01.44 0.net
蒼褪め強張っていた少女の頬に、さっと朱が昇る。茫乎と開かれてた瞳に生気が蘇った。

「嫌らし……!ちんちくりんで悪かったな!
 悔しかったら自分も着てみい!!年増のヒガミはみっともないで!!」

岩盤に覆われた、がらんどうな室内の至る所に、白煙を上げて分厚い氷壁が聳え立つ。
氷の塁壁に区切られた岩室は、氷の迷宮の様相を呈した。

「燐狐!明かりを落として!こっちにお戻り!!」

暗転する室内。
蝋燭ほどの薄明かりに光度を落とした光獣を頼りに、冬宇子たち冒険者一行は、氷の迷宮を駆けた。
あかねが作り上げた氷壁は天井まで届いている。
少年が氷の足場を積み上げようとも、俯瞰によって位置を把握するのは不可能な筈だ。

冬宇子は、傍らを走るフー・リュウに囁くような小声で伝える。

「兄さん……気流の操作で、ここの面子だけに声が伝わるように出来ないもんかね?」

足を止めて振り返り、

「みんな、揃ってるかい?」

膝に手をついて呼吸を整えたあと、ひとわたり、全員の顔を見回して、冬宇子は話し始めた。

「さてと、全員無事なのは良かったが、このまま逃げ回っても埒が明かないよ。
 長期戦になれば不利なのは此方……時間が経つほど、体力を奪われるばかりでね。
 そもそも、私らがこうして話をしていられるのも、あの小僧が、お遊びに付き合ってくれているお陰。
 抜き差しならない状況って訳だ。そろそろ反撃の手を練らないとねえ。」

その場に居るのは、冬宇子を含めて五人。
宮廷道士フー・リュウ、吸血鬼の鳥居呪音、女術士の尾崎あかね、そして中年冒険者の通称生還屋。

「あの小僧は、まさに不死身さね。
 あいつの不死術の要旨は『時の凍結』――なにしろ肉体の時間が、五千年もの昔に固定されてんだからね。
 過去は変えられないってことさ……今現在、どう頑張って刀や槍を振り回そうと、
 五千年前の人間に傷を付けることなんか出来ゃしない。」
 
「不死身ってよお……なんだぁ?反撃の材料になりそうな話は、何もねえのかよ?」

生還屋が、ぼやくように混ぜっ返す。

「まあ、話は最後までお聞きよ。
 厄介なのは、あの小僧の術が、目に見えないし触れもしない『時間という概念』の上に作用していることさ。
 じゃあ、そもそも、あいつはどうやって、触れることの出来ぬ『時間』の上に術を掛ける事が出来たのか――?」

「俺に分かる訳ねえだろ?呪術の講義を受けてんじゃねーんだぜ。勿体振らずに話を進めろよ。」

溜めの時間を作るように言葉を区切った冬宇子に、生還屋の野次が飛ぶ。

「……せっかちな男だねえ……こっちにも話の手順ってモンがあるんだよ。黙ってお聞き!
 ……道術には『在思』っていう方法論があってね。
 簡単に言やァ、実体の無いものを、内的に映像化する手法のことさ。
 術士は、この世の摂理を越えた常世の混沌の力を、己の精神を通り道にして引き寄せ、顕現する。
 存思は、謂わば、混沌の力を望む形に成型するための、『鋳型』の役割をするものさ。」

ちらりと、フー・リュウの顔を横目で伺って、話を続けた。
彼ならば、説明に誤りや不足があれば補ってくれるであろう。

57 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/01/20(月) 02:00:15.34 0.net
「あの小僧も、道術の使い手。
 不死の法を施術する時に、精神の中に『凍った時間』の想念を図像として練り上げている筈だよ。
 つまり……存思が、見えぬものを具象化する鋳型であるのなら……
 存思の法によって、あの子の精神の裡に描かれた『凍結した時間』も、実体に成型できる筈なんだよ。
 実体化した『術式の鋳型』を破壊すりゃあ、恐らく、不死の術は破れる。」

ひと呼吸置いて腕を組み、

「とはいえ……あの小僧の術士としての『格』は、私やそこの宮廷道士よりも、ずっと上。
 まともに渡り合ったって、私らの術があの子に通るとは思えない。
 だけど……あの小僧の精神に干渉して、私らの術との仲介をする――『触媒』があれば……
 ……水には水、油には油……性質が近いものほど親和性が高い。
 同じ年頃で、同じく不老不死の存在―――きっと、あの小僧の精神に接触出来る。ただ、気掛かりなのは……」

ゆっくりと、鳥居の顔に視線を注ぐ。
僅かな躊躇、すぐに懸念を振り払うように頭を振って、冬宇子は声を上げた。

「……まだるっこしい言い回しは無しにするよ。
 鳥居呪音―――『触媒』の役割が出来るのは、お前だよ。」

鳥居を見詰めたまま、冬宇子は黙り込んだ。
沈黙を破ったのは、あくまで現実的な、生還屋の言葉だった。

「要するによぉ、そのガキと不死の小僧に『存思』っての掛ければ、勝てるってことか?
 そりゃいいんだが、一体どーやんだよ?
 呪文ひとつでパパッとカタが付くような簡単なモンでもねえんだろ?」

彼は、存思の法を少年に仕掛けるに当っての、具体的な方法を尋ねているのだ。

「そういや、まだそれを考えて無かったよ。さて、どうしたもんかね?」

「おいおい、それが一番重要だろうが!マジ、大丈夫なのかよ?」

生還屋のもっともな指摘に、冬宇子は思案投げ首の体で、道士フー・リュウへと目を遣った。
彼は、優秀な宮廷道士、さらに不死の法の研究者でもある。最初から彼の知識を当てにしていたのだった。

「筋道立てて考えるんだ。道術……君のは陰陽道だったかな。
 とにかく、どんな術にだって理屈がある。科学的じゃあないだけでね」

陰のある端正な面を俯けたまま、彼は言った。
出会いの時の、朗らかで掴み所の無い印象は、本心と使命を秘匿するための演技であったのだと、
冬宇子は改めて思い至るのだった。

「俺が思うに、彼と死王は同一の性質を持っていて、精神を触れ合わせることは可能だが、
 決して交わる事はない――いわばコインの裏表のような関係なんだ。
 故に、死王の何かを映し出したいのなら、それは彼の背後に現れるようにするといい……
 表に働きかけて裏にあるものを見たいのなら、透かせばいい。
 つまり……『照らす』のが有効だと思う。」

思わず、冬宇子は頷いた。
コインの裏表のような関係――確かに、鳥居と不死の少年は対照的だ。
炎と凍結という生得の呪才。
幸福――目標に接近する手段も、『偽善的自己犠牲』と『独善的自己本位』と――まさに対照の属性を成している。

「照らす……成る程ねえ。
 触媒によって、あの子の精神の中から『不死の法の鋳型』を焙り出し、光に透過して、結像させる。
 この生成り小僧は、『触媒』であると同時に、像を結ぶ為の『レンズ』の役割を果たすって訳だ。
 こっちにはお誂え向きものが在る。光源にゃ不自由しないからね。」

58 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/01/20(月) 02:11:03.85 0.net
肩に乗る妖獣の顎に指を伸ばした冬宇子に、フーは剣呑な視線を向けて、

「……だが……さっき、君に伝えたように、術を解いた時、あの子の身に何が起こるか予想出来ない。
 触媒となる、この子もだ。何かの反動でリウのような事になってしまったらどうする……?
 やるならせめて不死の法を得てからだ。それまではあの子の不死を破る訳にはいかない。
 ……僕らの目的は、あくまでも不死の法を確保する事なんだからな。」

数秒の沈黙。男の顔を見返して冬宇子は口を開いた。

「………『僕らの』……?……それは『あんたの』目的だろ?
 私らの第一の目的は、生きてここから出ることだ……命あっての物種だからね。
 それに……あの子の不死の法を術式として記録するのは……私は反対だよ。
 もしも、何かの間違いで、不死の術式が流出でもしてみな。
 野卑で肉欲的な人間が、うじゃうじゃと、用も無いのにこの世にしがみ付き続ける――そうなりゃこの世は汚水溜めだ。
 生も死も、氣の流動の一部――あんたも道士なら、流れぬ水が澱んで腐るのは、よく承知してる筈だろ?」

それが正論を笠に着た詭弁であることは、自分でも分かっていた。
尾崎あかねの力があれば、実体として結像させた不死の法を『式』に記録するのは、さほど困難ではないだろう。
彼女は、一度目にした術法を瞬時に解析し、習得する天性の才能を持っている。
その才能が、不死の呪いと切り離せぬ宿命であることは、術士の端くれである冬宇子には察しがついていた。
冬宇子は、ほとんど本能的に畏れていた。
摂理に例外はないと理屈では分かっていても、自分の事だけは、この世に用の無い人間だと割り切れぬのが、
人間の弱さである。
先祖由来の短命の呪いを受けた己が、いつか、不死の法に魅入られてしまわぬとも限らない。
それが怖ろしい。

不老不死に運命を狂わされた、少年に対しての憐れみもあった。
不死の法を術式に移し、その上で彼を斃すのは、彼の肉体の一部を剥ぎ取るような、後味の悪さがある。
五千年の時を経て、何もかも失い続けている少年の手に遺されているものは、もはや自らが完成させた術法しかない。
不死の法は彼のものだ。
彼自身の意思で行使できぬなら、彼の身の内に閉じ込めたまま滅ぼす方がいい―――
それが感傷に過ぎぬことは分かっていたが、冬宇子は、そう思わずにはいられなかったのだ。

「……私は、記録には協力はしない。結像の破壊を優先するよ。
 不死の法を『式』を記録したければ、勝手にやるこった。」

何処か、歯切れ悪さの拭えぬ口調だった。
フー・リュウが不死の法の解析に拘るのは、研究の失敗によって世界の理に存在を溶かされてしまった
幼馴染の為でもある。
自分にとって掛け替えのない存在を救いたいと願う、彼の気持ちとて理解できぬではない。けれども―――

「ともかく……どちらにしろ、不死の法を実体に焙り出さなけりゃ、先へは進めないよ。
 そのための作戦だがね……
 『触媒』の役割を果たすには、まずは『接触』が必要だ。生成り小僧……お前さん、確か鞭の使い手だったね?
 居場所が分かれば、あの小僧を鞭で捕らえることが出来そうかい?」

フーへの後ろめたさから逸出するために、鳥居に視線を走らせて、早口で捲し立てた。
目に映った鳥居の人形のように整った白い顔は、矢張り何処か不死の少年に似ている。
冬宇子は、彼の頭にポンと手を置き、その瞳を覗き込んで問い掛けた。

「肝心の、お前の気持ちを、まだ聞いちゃいなかったね……。
 聞いただろ?『触媒』ってなァ危険な役目だ。 
 自我をしっかり持っていなけりゃ、あの小僧と精神を共鳴させた弾みに、お前の精神を取り込まれちまうかもしれない。
 そうなりゃ万事休すだ――私らは氷漬け、お前という存在は肉体の殻だけを遺して消滅する。
 どうだい?やれると思うかい?
 決めるのはお前だ。どのみち無理強いしたところで、上手くいくたァ思えないからね。」

 
【鳥居君を触媒兼レンズにして不死の法を実体に結像させる作戦。とりあえず鳥居君に意思確認】

59 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/01/25(土) 07:51:50.89 P.net
>「肝心の、お前の気持ちを、まだ聞いちゃいなかったね……。
聞いただろ?『触媒』ってなァ危険な役目だ。
自我をしっかり持っていなけりゃ、あの小僧と精神を共鳴させた弾みに、
お前の精神を取り込まれちまうかもしれない。
そうなりゃ万事休すだ――私らは氷漬け、
お前という存在は肉体の殻だけを遺して消滅する。
どうだい?やれると思うかい?
決めるのはお前だ。
どのみち無理強いしたところ で、上手くいくたァ思えないからね。」

鳥居の顔を覗きこむ倉橋の額からは血が流れていた。
その傷に鳥居は怖くなる。
艶やかなその血の色が死の接近を想起させたからだ。
鳥居はぎゅっと手を握ると…

「……ぼく、やってみます」
そう短く言って倉橋の瞳を見つめる。……ほんの一瞬か数秒か。
美しい睫毛に縁取られた女の瞳には
どこか迷いのようなものがあった。
その正体は鳥居にはわからなかったが、
きっと倉橋は何かを憂いているのだろう。
そんな倉橋の仕草に鳥居はふと思う。
彼女は何をみて笑うのだろうかと。
そしてこれから、あの少年の笑顔を永遠に奪ってしまうことになるのではなかろうか。
倉橋とフーの話を聞いていた鳥居は
自分の身にも少年の身にも
何が起きるかわからないと理解していた。
でも、たとえ何が起きようと生き残るためにはやらなければならない。
それが危険で自我を失うかもしれないということを、鳥居は免罪符とする。

(立場は同じ。恨みっこなし)

力めば緊張でがちがちになる体。
皆で生き残るという重圧が呼吸まで震わせる。
だが鳥居はこの氷の迷宮で死王を捕らえなくてはならないのだ。
生きていれば、あかねも自身の運命を受け入れることができるかもしれない。
それは先程の倉橋とのやりとりを見ていたら
そう困難な話でもないように思えた。

燐狐の仄かな明かりで照らされた氷の迷宮は静かな光をはなっている。
言ってみればこの迷宮は少年への拒絶の証。
次に彼と出会った時、彼は冒険者を容赦しないかもしれない。
今さら大人しく、少年が鳥居の鞭を受ける理由もない。

曲がり角で鳥居は小さな顔をひょっこりと覗かせ闇の奥を見た。
でも少年の気配は感じられなかった。
彼はこの迷宮の何処かでいくらでも待ち続けることができる。

【とりあえずは返答だけしてみましたー】

60 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/02/09(日) 03:14:18.91 P.net
>「残念だねぇ………交渉決裂って訳かい。
  言った筈だよ。私は、あんたの箱庭のガラクタ玩具になんざ、成りたかァないって……!」

拒絶の言葉――幾度となく重ねられたそれに、死王の表情が初めて、目に見えて変化した。
彼が浮かべた感情は怒りでも憎しみでもなく――寂しげ、という表現が最も相応しいように見えた。
それも子供が大人に冷たく扱われて浮かべるようなものではなく、むしろ逆。
大人が子供から大嫌いと言われた時に、思わず浮かべてしまうような――彼は今、そんな面持ちをしていた。
君達が彼を子供だと思っているように、彼もまた、君達を子供のように思っているのだ。
よくない事になるのだから、やめておきなさいと言っても聞かない、子供のように。

故に、あかねによって築かれていく氷の迷宮を前にしても、彼はただ優しげに微笑むだけだった。

一方で迷宮の内側では――冒険者達が完全なる不死を破るべく、顔を突き合わせていた。
そんな中、冬宇子の問いに答えると、フー・リュウは軽く安堵の息を吐いた。
決して盤石とは言えないが一応の打開策が立ち、更に不死の法を記録する術も目処が付いている。
尾崎あかね――彼女の持つ、尾裂狐の子孫であるが故の模倣能力。
血筋と才能に宿る術すら我が物にしてきた彼女ならきっと、不死の法でさえも模してくれる。
これで、『彼女』を元に戻す事が――

>「………『僕らの』……?……それは『あんたの』目的だろ?
  私らの第一の目的は、生きてここから出ることだ……命あっての物種だからね。
  それに……あの子の不死の法を術式として記録するのは……私は反対だよ。

「なっ……何を言い出すんだ!王の命に逆らえないのは君らだって……」

> もしも、何かの間違いで、不死の術式が流出でもしてみな。
  野卑で肉欲的な人間が、うじゃうじゃと、用も無いのにこの世にしがみ付き続ける――そうなりゃこの世は汚水溜めだ。
  生も死も、氣の流動の一部――あんたも道士なら、流れぬ水が澱んで腐るのは、よく承知してる筈だろ?」

畳み掛けるような否定――交渉の余地は見受けられない。
だが、だからと言って諦める訳にはいかない。
フーは歯噛みすると、思い詰めた視線をあかねの方へと向けた。

「……っ、頼む。君の助けが必要なんだ。どの道ここから手ぶらで帰ってどうする?
 外患罪を理由に拘束されるだけだ。そうさ……君や、この子だって、不死者なんだ。
 ここで不死の法を持ち帰れなければ……ロクな目に遭わないって事くらい分かるだろう?」

脅し紛いの、しかし必死な説得。
対してあかねは――彼女もまたフーと同じように思い詰めた面持ちで、けれども首を横に振った。

「……い、嫌や。う……ウチは……『アレ』を見たら、ホンマに……人間や無うなってしまう気がする……。
 せやから……堪忍や……ウチは……ほんの少しでも、人間の部分が欲しいんや……」

自分と同じ、切迫した表情――故にフーは、彼女と目を合わせた瞬間に理解した。
自分がどうしてもリウを、幼馴染を元に戻したいように、彼女もまた、絶対に完全なる不死を知りたくないのだ。
どんな脅しも、説得も、交渉も、彼女には通じないのだと。

「……お喋りの時間は、そろそろ終わりみたいだぜ」

生還屋が小さく呟く。
直後に、分厚い氷壁を揺るがす程の衝撃が迷宮全体に走った。
何故なのか――言うまでもなく死王によるものだ。
だが彼は完全な不死の体現者であるが、その肉体はただの子供。
そして得手とする術も『凍結』と、破壊力に長けたものではない。

ならばどうやって――彼はまず、自分の腕に氷を纏わせた。
より正確には前腕と並行、上腕と直角に、ちょうど肘の先に氷柱が生じるように。
それから術を解けば、氷が急速に空気に戻っていく事で強い推進力が発生する。
そして、彼の肉体は決して傷つかない。
剣で斬られようが、矢で射られようが――分厚い氷の壁に勢いよく激突しようが、決してだ。

61 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/02/09(日) 03:15:01.27 P.net
衝撃音が幾度となく響く――次第に迷宮の壁面に亀裂が走っていく。
死王は鳥居が危惧したような持久戦をするつもりは一切なかった。
何故なら彼は君達を絶望させようとしているからだ。
絶望が深まれば深まるほど、その裏にある希望は輝きを増す。
それを凍結によって永遠のものとする事が、彼にとっての救済――王としての使命だからだ。

そして、一際大きな衝撃音――氷の迷宮が完全に砕け散った。
崩れ落ちる氷片の奥には、無造作に拳を突き出した死王の姿が見えるだろう。

「……何か、希望を見つけたみたいだね」

鳥居と目が合うと、死王はそう声をかけた。
彼は絶対零度の体現者――だからこそ、他者との心の温度差に敏感だ。

「いいね。その希望が打ち砕かれれば、君達は更に大きな希望を心に思い描く。試してみなよ」

と――不意に彼の呼吸の質が変わった。
この場にいる術者にならば分かるだろう――術を扱う際の、独特の呼吸法だ。
彼は何か新たな術を使おうとしている。血と才から来る力をただ振るうだけではない、高度な術を。

「勿論、出来るものならだけど」

瞬間、呪力が高まり、収束し、迸り――しかし目に見えた変化は何も起こらなかった。
だが、確かに何かをされたのだ。それだけは確実に、君達も理解出来るだろう。
息を吸っているのに呼吸が出来ないという、これ以上無く分かりやすい実感によってだ。

唯一、フーだけは何が起こったのか理解しているようだった。咄嗟に剣印で空を切る。
直後に君達は正常な呼吸を取り戻すだろう。

「……やられた。彼は今、この部屋の空気の『流れ』を凍らせたんだ。
 呼吸が出来るように微弱な気流を作り出すので精一杯だ。もう、俺の気流で冷気を防ぐ事は出来ないぞ……」

それはつまり、鳥居の炎もまた封じられたという事だ。
厳密には、炎を生み出せなくなった訳ではない。
だが対流が発生しない為、燃え広がっていく事が出来ないのだ。
逆説、死王も寒波を作る事は出来なくなったが――既に室内には冷気で満たされている。
防ぐ術さえ奪ってしまえば、有限の時間しか持たない君達はただ、絶望へ向けて転がり落ちていくしかない。

「さぁ、もう呑気に話し合っている暇はないよ。逆転の一手を打つんだ」

無論、死王はそんな漫然とした終わりを君達に与えるつもりはない。
彼が『流れ』を凍らせたのは、ただ君達から万策を奪う為だ。
あらゆる希望が打ち砕かれた時、その絶望の裏には決して起こり得ない奇跡を願う希望が生まれる。
その、この世には存在しない夢想にして最上の希望を、『凍結』を以って魂と肉体に刻み付けるのだ。

62 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/02/09(日) 03:16:10.77 P.net
「それとも……まさかもう終わりじゃないよね?もし、そうだとしたら……」

言葉と同時、死王が両腕を左右に広げた。
続けて氷結音。氷結の起点は彼の前腕から――数秒もしない内に、妖獣の爪を思わせる氷の矛が彼の両腕を纏った。
更に再び氷による加速機構を展開――今度は肘だけでなく、踵や背中にも。

「最後はとびきりの絶望で終わらせてあげるよ。でも大丈夫。
 僕が凍らせるのは、君達に残るのは、その裏にある希望だけだから」

噴射音――死王が、十の矛先を持つ氷の爪が、猛然と君達へと迫る。
だが、もしもそれに突き刺されたとしても、君達がすぐに絶命する事はない。
むしろ逆だ。傷口は即座に凄まじい冷気によって凍結され、出血も痛みも発生しない為、死には至らない。
とは言え――その事は決して救いとは言えないだろう。
自分が体内から徐々に『凍結』されていく感覚に蝕まれながら、徐々に動死体へと成り果てていくという事なのだから。

鳥居呪音。
君の吸血鬼の膂力なら、この氷の爪を――無論触れただけでも凍結は避けられないが、受け止める事は可能だろう。

――君は迫り来る攻撃を防御してもいいし、しなくてもいい。

63 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/02/10(月) 04:05:12.51 P.net
死王はこの氷の迷宮の何処かにいる。
そんな緊迫感のなか、あかねはフーの脅しまがいの説得に、
人間の心を少しはもっていたいと切望している。
鳥居は二人の会話を聞いて、自分のやろうとしていることの
危険さに気がつき生唾を飲み込む。
なぜなら自分の不老の人生と少年のそれとは明らかにちがうのだ。
鳥居はそう感じていた。
他者がいないこの遺跡で彼はずっと独りでいた。
他人がいなければ自分の境界線というものは無に近くなる。
比較するものがないのだから永遠の広がりや深さをもつ。
その思考の底無し沼で、少年はたった一つの自身の思いを尊重し
しがみつき行動に起こしている。それは計り知れないことだろう。

その時だ。生還屋の叫び。
崩れゆく迷宮。闇の最奥に見える白い影。
鳥居は恐怖を感じると同時に、この時を待っていた。

>「……何か、希望を見つけたみたいだね」

「……うん」
頷き見据える。
少年は鳥居にとって最初で最後、最大の宿敵かもしれない。

>「いいね。その希望が打ち砕かれれば、君達は更に大きな希望を心に思い描く。試してみなよ」

少年の言葉を聞きながら、鳥居は炎の神気を練り上げている。
練り上げた神気を鞭として放出するのだ。
この危機から脱出するにはそれしかないと信じていた。

しかし――気流が凍結。フーの説明を聞き焦燥する鳥居。
慌てて手を振りかざし、神気の鞭を死王の体に巻き付ける。
が、フーの見立て通りそれに火炎が宿ることはなく
鳥居の脳裏には嫌な予感が過る。
そうだ。これでは防御ができないのだ。

>「最後はとびきりの絶望で終わらせてあげるよ。でも大丈夫。
僕が凍らせるのは、君達に残るのは、その裏にある希望だけだから」

微かに凍結音が聞こえる。
死王のすべての動きが鳥居に絶望を与えている。
――自分には誰も助けられない。
死王の言った通りに、不老不死のこの手からは何度も命が零れ落ちていった。
今までそれは当たり前のことだった。
でも今はちがう。それは鳥居が自分を肯定し始めたからだ。
自分を尊く思い始めた鳥居は他人にも気持ちがあって
尊重するべきものと考えはじめていた。
――自分は玩具の人形でなければ
他人も玩具の人形ではない。
気持ちがある。命がある。
ゆえに悲しくなる。二つの目から涙がこぼれる。

「わぁあああああっ!!」
――絶望。
鳥居は絶望した。

「みんな、みんな死んでゆくんだよ。僕をおいて、独りぼっちにして。
それなら好きになる気持ちなんていらないのに……何にもいらないのに」
鳥居は最期に消えることを望んだ。
独りで闇のなかで望むものなんてありはしなかった。
誰かと繋がっていたい……。あるのはそんな思いだけだった。

64 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/03/09(日) 19:44:28.18 0.net
>>60-63
不死王の遺跡の最奥――氷の塁壁に囲まれた一角では、冒険者達に不協和音が響きはじめていた。
存思の法によって焙り出す不死術を『式』として記録することに、冬宇子は異を唱え、
けれどフー・リュウは、あくまでも不死術を、それも解析可能な状態で手中に納めることを望んでいる。
それが王に仕える宮廷道士たる者の義務であり、それ以上に、大切な者を救う唯一の希望であると信じるが故だ。
フーは、傍らの少女に哀願するような視線を向け、かき口説く。

>「……っ、頼む。君の助けが必要なんだ。どの道ここから手ぶらで帰ってどうする?
>外患罪を理由に拘束されるだけだ。そうさ……君や、この子だって、不死者なんだ。
>ここで不死の法を持ち帰れなければ……ロクな目に遭わないって事くらい分かるだろう?」

不死の術式記録の鍵は、彼女――尾崎あかね。
半妖の彼女は、一度目にした術法を瞬時に記憶し再現する能力を持っている。

>「……い、嫌や。う……ウチは……『アレ』を見たら、ホンマに……人間や無うなってしまう気がする……。
>せやから……堪忍や……ウチは……ほんの少しでも、人間の部分が欲しいんや……」

切羽詰った表情、拒絶の言葉。
対立と焦燥――場に嫌な沈黙が落ちる。

「俺ァ、その兄ちゃんの言う通りだと思うぜ……」

張り詰めた空気を破って、中年男の胴間声が口を挟んだ。

「よう……姉ちゃん……
 アンタ、そこのチビに、『何の為に此処に来たのか、見極めて肝を据えろ』って言ったよな……?
 何の為に来たのか……忘れてるのは手前の方じゃねえのか?」

生還屋は、冬宇子に視線を留めて言う。

「あの、いけ好かねえ王様の話を突っ撥ねずに此処に来たってことはよ……依頼を引き受けたって事だろ?
 『汚れ仕事を承知で引き受けときながら、それをに上げて、清らかな者のような顔をするな』とも言ったな。
 俺は、アンタが、それだけの覚悟して来てるモンだと思ってたよ。」

人相の悪いいがぐり頭、傾けた三白眼が不審を語っている。

「………どうしたんだよ?
 あの不死のガキと話してから……アンタ、おかしいぜ……?
 何を、今さら怖気づいてんだよ……?あの小僧を憐れんでんのか?
 不死の魔性に中てられたのか?それとも、母性の目覚めってヤツかよ……?!」

口調に、何処か諭すような調子が加わった。

「要は、金と命……両方が手に入りゃいいんだろ?
 俺も、別に、こんな稼業に命を張るつもりはねえがよ……アンタの作戦を聞く限り、
 不死の術を破る途中に『記録』を入れたとしてもよ、それで急激に死ぬほど危険が増すとも思えねえんだ。
 今さら、綺麗事はナシにしようぜ……!
 死なずに仕事を成功させる目があるんなら、切り札をドブに捨てて、手ぶらで帰るなんて選択は馬鹿げてるぜ!!」

そう極めつける生還屋に、冬宇子はぐうの音も出なかった。確かに冬宇子の言動は矛盾に満ちている。
通称『生還屋』――危機を察する特異な力で、幾多の修羅場を掻い潜って生き延びてきた男だ。
言語化されぬ先見の力とでも呼ぶべき能力の持ち主は、流石に勘が鋭い。
不死の少年との邂逅は、冬宇子を少なからず動揺させていた。

「フン……!だったら何なのさ!!
 その娘(こ)も嫌だって言ってるんだよ!!
 どっちみち、その娘の力が無きゃ、術式の記録は出来ゃしないんだ!」

あかねを指差し、乱れそうな呼吸を抑えて、そう吐き捨てるのがやっとだった。

65 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/03/09(日) 19:52:24.37 0.net
五千年の時を経て、この岩窟で孤独な生を重ねてきた少年は、化石のような化け物でもなければ、
人語の通じぬ狂人でもない。
一人ぼっちで、寂しげな、蒼褪めた顔をした幼い少年だった。
その、いとけない顔と小さな肩に降り注ぐ、あまりにも酷烈な運命を思うと、憐れみの情が抑え難く湧き上がってしまう。
荒野で一人きり、泣いている子供を放って置くことに、罪の意識を抱かずにはいられないように。
冷たい雨の中、震える子犬を見捨てて行過ぎることに、後ろめたさを感じずにいられないように。
狂った運命に翻弄された少年に、何かひとつでも、『救い』と呼べるものを与えることが出来ないか――?
そんな想いが種火となって、心の奥で燻り初めていた。

とはいえ冬宇子には、如何な未来を描こうとも、少年の行く末に、
哀しみと破滅以外の道を見出すことが、出来なかった。
彼は殺し過ぎた。
たとえ、不死を失い、只の子供に戻ったとしても、数万の民を氷漬けにした者として、遺された者の悲嘆と憎悪、
敵意の渦の中で罪を背負って生きることに、どれ程の『救い』があろうか?
死ねない子供――彼に対し、自分が与えられるものがあるのなら……それは『終焉』だけではないか――?
そうして、終わりの一瞬に取り戻す、不死に狂わされる前の己の名が、せめてもの慰めになれば良いと。

それは、少年の意志の介在のない、冬宇子だけの"想い"であった。
少年が、『怒りや悲しみを生む思考の剥奪』こそを『救い』と考えて、氷の屍を作り出しているのと同じく、それは独善だ。
独善と独善の対峙ゆえに、互いの想いは、交差することがない。

冬宇子は、少年を憐れむと同時に、畏れた。
『死なない』ということが、どれ程に、哀しく悍ましいものであるか、目の前の証左が語っているのに、
矢張り、老病死苦から開放を意味する『不死』の魅力は、計り知れない。
『術式』という形で不死の法が確立され、手を伸ばせば届くところにそれが在るのなら、
短命の呪いを受けた己は、魔性の蜜の如きそれに魅入られてしまうのではないか――
少年と言葉を交わすたびに、そんな不安と焦りが募っていく。

「勝ちの目が弱いなら、降りるのが最善の道だろ?!
 どうせ私にゃ、不死の解析なんか出来ないんだ!
 切り札は私じゃない……文句があるなら、その娘にお言い!!」

理性と感情の板挟み。
矛盾は分かっている。怯えている尾崎あかねに、責任を擦り付けるような態度の浅ましさも自覚している。
それでも、口から迸る醜悪な言葉は止らない。
――――突然、声を上ずらせて叫ぶ冬宇子の唇を、生還屋の肉厚の掌が塞いた。

>「……お喋りの時間は、そろそろ終わりみたいだぜ」

男の目の色が変わっていた。
『生還屋』が、危機を察知したときの、独特の表情だ。
耳を澄ますと、幾重もの氷の壁の向こう側から、微かな振動が伝わってくる。
やがて、振動に加えて、断続的な衝突音が響き―― 一際大きな衝撃と共に、氷の囲繞は砕け散った。
崩れた氷壁の先には、あの少年が佇んでいる。

66 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/03/09(日) 20:04:35.48 0.net
>「……何か、希望を見つけたみたいだね」

少年は、冷たい視線を鳥居に留めて言う。まるで、鳥居が手に入れた自我を見透かすように。

>「いいね。その希望が打ち砕かれれば、君達は更に大きな希望を心に思い描く。試してみなよ」
>「勿論、出来るものならだけど」

術士であれば察知する感覚――少年の身体から呪力が迸る。
変化は直ぐに顕れた。呼吸が出来ないのだ。
身体は息を吸う動作をしているのに、肺に少しも空気が入っていかない。
少年は文字通り、"空気を凍らせた"のだ。
凍った水を飲む事が出来ぬように、室内に張り詰めたまま凍りついた空気が、気道を通って肺に辿り着く事は無い。

>「……やられた。彼は今、この部屋の空気の『流れ』を凍らせたんだ。
>呼吸が出来るように微弱な気流を作り出すので精一杯だ。もう、俺の気流で冷気を防ぐ事は出来ないぞ……」

フーの剣印によって呼吸は回復したが、変わりに、猛烈な凍気が体温を奪い始めた。
呼吸のための微弱な気流だけでは、鳥居の能力たる炎を顕現させるのは不可能だ。
存思の術を少年に仕掛けるにあたっての下準備――猛火の鞭で少年を捕らえる策は封じられた。

>「最後はとびきりの絶望で終わらせてあげるよ。でも大丈夫。
>僕が凍らせるのは、君達に残るのは、その裏にある希望だけだから」

少年が、優雅に広げた両腕に、巨大な猛禽の爪の如き氷塊が現れ―――
噴射音とともに、小さな少年の身体は、視界から消えた。

鈍く重たい追突音。ハッと我に返り傍らに目を遣ると、
不死の少年に抱き留められるような体勢で、鳥居呪音が氷の顎に身体を貫かれていた。
再生能力を持つ吸血鬼の肉体といえど、体内に直接超低温の呪力を注がれては、凍結は免れない。
このままでは、生きながら氷漬けの人形に化してしまう。
大きく見開かれた鳥居の瞳から、涙が溢れ出した。

>「わぁあああああっ!!」

その悲鳴は、痛みと恐怖からだけではない、絶望に突き落とされた人間の、搾り出すような慟哭だった。
希望を砕く――という言葉の通り、凍結という物理的な打撃だけではなく、
不死の少年は鳥居の精神にも干渉しているのだ。

尾崎あかねが、不死の術式の記録の鍵であるように、鳥居は、少年に存思の術を仕掛けるに当っての鍵だ。
少年の精神の中から不死の法を焙り出し、実体に成型するには、
術士と少年の精神とを仲介する『触媒』であり、且つ、不死の術を実体に結像させる『レンズ』の役割を果たす
鳥居の存在が無くては不可能だ。
絶望に苛まれ、錯乱した精神状態の彼に、触媒の役割が務まるだろうか――?

>「みんな、みんな死んでゆくんだよ。僕をおいて、独りぼっちにして。
>それなら好きになる気持ちなんていらないのに……何にもいらないのに」

声の限りに鳥居が叫ぶ。
永劫を生きる孤独な子供の、切実な願いを乗せて。
何故だろう、冬宇子は、カッと頭に血が上るのを感じた。
彼の叫びは、痛ましいと同時に、冬宇子にとっては腹立たしいものでもあったのだ。

67 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/03/09(日) 20:23:25.70 0.net
両腕に生やした氷牙で鳥居を貫く少年、その瞳が動いて、じっと此方を見た。
『とびきりの絶望で終わらせてあげる。直ぐに君も……』―――と復唱するかのように。
冷たくも慈悲深い瞳の色は、己を苛む迫害者を憐れむ、あの景教の絵画に描かれたメシヤの眼差しを思わせる。

もう時間が無い。
この機を逃せば反撃は不可能だ。少年の不死術を破る機会は今しかない。

「燐狐―――!此処へ!!」

鳥居を抱える少年の背後に躍り出て、冬宇子は叫んだ。
光の妖、燐狐が掌の上に降り立つ。
術士の手に光源――不死の少年――鳥居――位置取りは最良。
術士が、練り上げた存思の念を光源に乗せて送出すれば、少年の精神の裡から炙り出された『不死の法』が、
レンズとなる鳥居の背後に収束し、結像する筈である。

冬宇子は呼吸を整えた。深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
長く吸い長く吐く、より長く、長く――繰り返す。

「九天元父……九天玄母……三天真王……八景神……黄帝陰符經……想經存思……!!」

本来、存思は観念の法。
呪言は不要だが、切迫した状況のさなか、集中を昂めるために、観想を司る道教の神を名を唱えた。
懸念は、鳥居の状態だ。
絶望に凍り付いてしまう前、存思の法が効果を上げるまでに、彼の肉体と精神が持つだろうか?
呪術に精神を集中する一方で、頭の片隅に、鳥居に伝えたい言葉が燻っていた。
彼の叫びから迸るように伝わってきたのは、『誰かと繋がっていたい――絆が欲しい』という切なる願い。
冬宇子は心中で鳥居に呼び掛ける。

(「"好きになる気持ちなんかいらない"……確かにそうだろうさ……!
 お前は、誰かを好きになりたいんじゃない……本当は誰かに、好いて欲しい……愛されたいんだろ?
 与えられることばかり期待して、欲しい欲しいと嘆いてばかり。
 繋がりが欲しい……?
 だったら、お前の一番大事な、サーカスで働いてる芸人達…ありゃお前にとって何なのさ?只の使用人かい?」)

不死の法を探る道中に出会った、ツァイとジンのことを思い返した。
彼らの恋人や家族への絆は、相手を失っても、決して切れることは無かった。
今なら、ブルー・マーリンが語った言葉の意味が解るような気がする。

(「『切れない繋がりが、絆だ』なんて、宣った男が壁の外にいるがね……中々穿ったことを言うよ。
 多分……、本物の絆は、見返りの愛情なんか無くても成立するものなのさ……!」)

ツァイは三十余年、亡くした恋人を想い続け、ジンは仮死状態に陥った妻子を救うために、薄汚い人殺しに手を染めた。
彼らの姿を脳裏に描いて思う。
必ずしも、相思が絆を成立させる訳ではない。
此方が相手を大切に感じ、たとえ相手を失おうと、否定されようとも途切れない、強い想いが『絆』を生んでいたのだ。

(「絆を作れないのは、お前自身の方さ……でも、だからって、それが何なのさ?
 他人との絆なんか無くとも、自分で自分を愛してやることは出来る。
 誰かの愛情が無ければ、自分の存在すら認められない……そんな安っぽい塵みたいな存在なら、
 望みどおり、このまま消えちまうがいいさ!!
 それが嫌なら、しっかりおし!!気をしっかり持って己を保つんだ!
 自分の目であの子の心を見据えて、あの子を凍らせた不死の正体を照らすんだよ!!」)

何故、鳥居の言動が自分を苛立たせるのか――冬宇子は、漸く腑に落ちた。
冬宇子が、己には得られぬと、諦めて折り合いをつけようとしているものを、
鳥居少年は、手に入れたい玩具の前で泣き喚く子供のように、剥き出しの欲望を露わにして求めている。

鳥居も己と同じ――否定される事を怖れて、他人を愛することが出来ぬ、孤独な欠落者だ。
彼への叱咤は、皮肉にも、自分自身に向けた言葉でもあった。

68 :名無しになりきれ:2014/03/21(金) 04:29:42.79 0.net
>(「『切れない繋がりが、絆だ』なんて、宣った男が壁の外にいるがね……中々穿ったことを言うよ。
  多分……、本物の絆は、見返りの愛情なんか無くても成立するものなのさ……!」)

「違うよ。誰かがそう思うから、本物は本物になるんだ。
 君にとっての本物は、君の中にしかないんだよ。僕だけが、それを形に出来る」

>(「絆を作れないのは、お前自身の方さ……でも、だからって、それが何なのさ?
  他人との絆なんか無くとも、自分で自分を愛してやることは出来る。
  誰かの愛情が無ければ、自分の存在すら認められない……そんな安っぽい塵みたいな存在なら、
  望みどおり、このまま消えちまうがいいさ!!

「消えなくたっていい。君が弱い存在なら、僕が守るよ。
 氷の中で、決して傷つかなくてもいいように。絶対に、君を幸せにして……」

>それが嫌なら、しっかりおし!!気をしっかり持って己を保つんだ!
  自分の目であの子の心を見据えて、あの子を凍らせた不死の正体を照らすんだよ!!」)

不意に、死王の声が途切れた。
不死の正体を照らす――その言葉を受けて漸く、彼は冒険者達の意図を理解したのだ。
息を呑み、目を見開く――凍りついた湖面のような表情に浮かぶ、今までにない驚愕の色。
ただし――それはほんの一瞬の事に過ぎなかった。

「……無駄だよ。あなたが術を成す前に、この子は完全に凍りつく。ほら、もう今にも……」

と、彼の言葉を遮るように、不意に水音が一つ。
血の滴る音だ。一体何処からか――鳥居の貫かれた腹部からだ。
傷口が完全に凍結しきっていなかった。何故か――

「正直言って……俺には、君の苦悩は理解出来ない」

フー・リュウが、鳥居の背後に立っていた。彼は鳥居の背中から突き出た氷爪に左手を添えている。

「だけど今、君に凍ってもらっちゃ困るんだ。あぁ、ホント悪いと思ってるよ。優しい言葉の一つも掛けてやれなくて。
 だが忘れるなよ。君が負けちまったら、ここにいる皆が死ぬ。少なくとも、地上にはもう帰れないんだ」

彼の操る『流れ』とは何も、気流のみを指すものではない。
地脈、気脈も流れの一つと言えるし、流言のような観念的なものでさえ彼は操作出来る。
そして――温度の変化、伝達もまた、『流れ』には違いない。
鳥居の肉体から熱が流出してしまわぬよう、術を施しているのだ。

「自分のせいで誰かが死ぬなんて、置いてけぼりよりもずっと嫌だろ。
 なぁ、頼むよ。頑張ってくれ。俺はどうしても……彼女を助けなきゃならないんだ」

脅しつけ、情に訴える、打算的な言動――だが彼の行動は、例え計算の上にあるものだとしても、本気である事には間違いない。
氷爪に添えた彼の左手は青白く凍結しつつあった。
死王よりも術才で劣るが故に、熱の流出を完全に制御出来ないからだ。
こうなる事が分かっていて、それでもフーは氷爪に手を伸ばした。

そして――不意に鳥居の背後から、一筋の影が伸び始めた。
黒く細い線が徐々に枝分かれして、四方へと広がっていく。

「……っ、成功……したのか?」

フーが思わず、一?飛び退いた。
あかねの協力が得られないならば、自分が不死の法を記憶するしかない。
地脈を読むように影の構造を把握すれば覚えきれる筈だと、彼は影を注視する。

影は留まる事なく拡散していく。
分岐を幾度となく繰り返しながら、床だけでは収まらず壁へと伸び、更には天井にまで及んだ。
北京全域の詳細を記した地図ですら易しく思える複雑な式――即座に記憶する事など、出来る筈がなかった。

69 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/03/21(金) 04:31:31.02 0.net
「……ほうら、ただの希望なんてね、こんなに簡単に融けてなくなっちゃうんだよ。
 君達がした事は、まるで無意味だった。
 だって折角、僕の不死の形を照らし出しても……君達はこれを、ここから持ち出す事は出来ないんだ。どのみちね」

彼は気付いていなかった。倉橋冬宇子の目的はあくまでも、不死の法の破壊であるという事に。
そもそも、そんな事が出来るとすら考えてはいないのだろう。
死王と表裏一体の存在である鳥居を触媒に使うには、光による透かしを存思の法に当て嵌める必要があった。
だがそれ故に、結像した式はあくまでも影――剣で斬りつけても、炎で炙っても、破壊する事など叶わないのだから。

「さぁ、これでもう、君達に残された希望はない」

不意に、空中に透明な結晶が現れて、床に落ちた。
君達が先ほどから何度も目にしている、空気の凍結したものだ。
それが一つ、二つ、三つと、幾つも宙に生成されては床に転がっていく。

「この部屋に残っているのは、絶望だけだよ」

時に――今更な話ではあるが、この遺跡の内部には、フーの寺院の地下室と同じように空気循環の術が施されている。
もしかすると、まさしく彼の祖先が施したのかもしれないが、ともかく。
君達がこれまでずっと呼吸に難を感じずにいられたのも、炎を好きなだけ扱えたのも、その術のお陰だ。

だがここで重要なのは、君達のいる部屋の空気は例え消費されてもすぐに充填されるという事だ。
死王が空気の氷結体を次々に作り出したとしても、室内は常に十分な空気に満ちている。

「……ねえ。もし、これを全部一斉に融かしたら、この部屋の空気はどうなっちゃうと思う?」

もしもそうなれば、室内の空気は過密になり、行き場を失ってしまう。
そして、その行き場のない空気の逃げ道は一つしかない。
――君達の肺腑の中だ。君達は肺を、胸を、盛大に破裂させて絶命する事になるだろう。
その絶望的な死に様を君達に想像させる事は、死王にとってとても望ましい事だった。

死王の目論見が成功すれば、君達は死を免れないだろう。
決着はもう目前だ。それがどんな形であるにしても。



ところで――死王は気流を凍結させる事で、フーと鳥居の術を封じたつもりでいる。
だが厳密にはそうではない。
あくまで対流がないだけなのだから一瞬であれば炎は生み出せるし、呼吸の為の気流操作を割いてもらう事も出来る。

けれども、ただ炎を放つだけでは状況を打破する事は出来ないだろう。
死王には炎など通用しないし、そこらに転がる空気の氷結体を融かしてしまっては死期を早めるだけだ。
仮に炎を使うのなら、放つべきはただ一点だ。

70 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/03/24(月) 23:56:24.45 0.net
鳥居は、寂しい気持ちをどうしたら無くせるのかと、死王なら教えてくれると思って 遺跡にきた。
でもその答えは合理的ではあるけれど極論てきなものだった。
彼の思念を跳ね返すのは容易なことでもなさそうで、自我を強く持たなければ…、
それが無理なら言ってることがわからない阿呆みたいなものでもなければ
すぐに丸め込まれてしまうことだろう。

実際、今、鳥居は絶望の中におっこちている。
少し前に、鳥居が少年を否定するようなことを言えば
倉橋にそんな偉そうな立場でものをいうなみたいなことを言われた。
それもそうで誰かが誰かを頭ごなしに
あなたは間違っているからこの世界から消えなさいなんて言えない。
世界の果てに殺人鬼がいるから、どうか神様、そいつに天罰をお与えください
と願っても、それでも世界は回り続けるだけなのだ。
定義したり比べたり大きさを決めたりしてるのは人の心だけ。
好きなもの嫌いなもの。美しいもの醜いもの。
必要なもの不必要なもの。
自分の思考の及ぶ範囲で仕分けしようとする。
それらには主観を除けば正しいも誤りもない。
だから鳥居は、少年も自分の存在も肯定できた。
それは死王と倉橋冬宇子、二人の者に目の鱗を剥がされたような衝撃でもあった。

しかしだ。肯定できたまではよかった。肯定できれば自己を愛しく思う。
そして鳥居はこんなに愛しい自分が誰にも愛されないなんてと悲しく思い始めた。
それはまさに愛の光と影。
わけもわからず泣きわめく子どものもやもやの感情が、理の光によって絶望の影を深くしてゆく。

――その絶望のなかに聞こえるのは再び二人の声だった。

>(「"好きになる気持ちなんかいらない"……確かにそうだろうさ……!
お前は、誰かを好きになりたいんじゃない……本当は誰かに、好いて欲しい……愛されたいんだろ?
与えられることばかり期待して、欲しい欲しいと 嘆いてばかり。
繋がりが欲しい……?だったら、お前の一番大事な、サーカスで働いてる芸人達…
ありゃお前にとって何なのさ?只の使用人 かい?」)

(……あ、そうかぁ。好いても好きって言えないし結局好いてもらえないから、
こんな胸を焦がすような気持ちなんていらないって思ったんだ。
お母さんとかはもういないし、好きになってもみんな死んで別れてしまうのなら
絆なんて心の傷にしかならないもん。
もういない人のことを懐かしく思って絆に泣かされてばかりいるなんて苦しいだけだし…)

>「……それは何も、悪い事じゃないよ。誰だって、誰かに愛されたいに決まってる。認められて、必要とされたいよね。
僕が、君にとっての誰かになってあげるよ。だからもう、凍ってしまおう?
君が今まで取り零してきた、もう君の心の中にしかない幸せを、僕が本物にしてあげるから」

抱き寄せる死王の腕の力が強くなる。
そこで鳥居は身を任せ、安らぎを得ようとしていた。

71 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/03/24(月) 23:57:32.40 0.net
だが、胸に刺さりくる倉橋冬宇子の言葉がチクチクと痛んで、
それが安らぎへの抵抗を始める。

>(「『切れない繋がりが、絆だ』なんて、宣った男が壁の外にいるがね……中々穿ったことを言うよ。
多分……、本物の絆は、見返りの愛情なんか無くても成立するものなのさ……!」)

(……ほんもののきずな?)
涌き出してきた鳥居の小さな疑問。幽かな心の声。
閉じかけた瞼がゆっくりと開く。
その睫毛の先には氷の粒が美しく煌めいている。

> 「違うよ。誰かがそう思うから、本物は本物になるんだ。
君にとっての本物は、君の中にしかないんだよ。
僕だけが、それを形に出来る」

(そうだよ。見返りは必要さ。
だって太鼓を叩きたいから叩く人なんていないよ。
みんな音が聞きたいから太鼓を叩くんだよ。
みんな音が出て、はじめて太鼓を太鼓って思うんだ)

>(「絆を作れないのは、お前自身の方さ……でも、 だからって、それが何なのさ?
他人との絆なんか無くとも、自分で自分を愛してやることは出来る。
誰かの愛情が無ければ、自分の存在すら認められない……そんな安っぽい塵みたいな存在なら、 望みどおり、このまま消えちまうがいいさ!!

(……自分で自分を愛する?
じゃあ、とうこはそうやって生きてきたっていうの?
愛すべき自分が誰からも愛されないことに虚しさを感じないの?)
小さな小さな心の声。
いつも何か目的を果たすためにだけ一緒にいただけだから
倉橋に何かを問うてみる時間もなかった。
まして「目的と関係もないし愚問」そう思われるのも怖かった。
鳥居から見れば倉橋冬宇子は自己完結している人なのだ。
わかりすぎているから諦めてしまっているような…そんな気がする。

>「消えなくたっていい。君が弱い存在なら、僕が守るよ。 氷の中で、決して傷つかなくてもいいように。絶対に、君を幸せにして……」

(うん。消えないよ……)
強く抱かれたまま、鳥居は呟く。
その悲しい顔からは不器用な笑みがこぼれている。
嬉しいけど悲しい。そんな気持ちで溢れていた。
そう、鳥居は気づき、とあることを思い出してしまったのだった。

>それが嫌なら、しっかりおし!!気をしっかり持って己を保つんだ!
自分の目であの子の心を見据えて、あの子を凍らせた不死の正体を照らすんだよ!!」)

倉橋冬宇子の叱咤。死王の甘い言葉。
その二つに母のぬくもりを思い出していた鳥居。
失ってしまったものを悲しいと苦しむのもまた、絆、と言えるのだろうか。

72 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/03/25(火) 00:13:26.85 0.net
>「正直言って……俺には、君の苦悩は理解出来ない」
背後からフー・リュウの声が聞こえる。

>「だけど今、君に凍ってもらっちゃ困るんだ。あぁ、ホント悪いと思ってるよ。優しい言葉の一つも掛けてやれなくて。
だが忘れるなよ。君が負けちまったら、ここにいる皆が死ぬ。少なくとも、地上にはもう帰れないんだ」
>「自分のせいで誰かが死ぬなんて、置いてけぼりよりもずっと嫌だろ。
なぁ、頼むよ。頑張ってくれ。俺はどうしても……彼女を助けなきゃならないんだ」

フーの現実的な言葉の最後に噴出した感情。
彼女と聞いて、巻物に描かれていた女が頭に浮かんだ。

「……や、優しい言葉なんていりません。見たいのはあなたたちの笑顔なんです」
鳥居の弱々しい声。だが意識は戻ってきたようだ。
そしてそれに反比例するかのように力強い死王の声が響き、影による術式が展開する。
その影は死王の弱点と言えるべきものなのかも知れないが
鳥居にはどうすることもできなかった。
続いて畳み掛けるように死王の攻撃準備が繰り出される。

>「……ねえ。もし、これを全部一斉に融かしたら、この部屋の空気はどうなっちゃうと思う?」

(……ごめんよ。やっぱり君は、ぼくの求める本当にはなれないんだ。
君は頼光みたいに火の輪くぐりでドジもできないし、死んでしまった母さんだって同じさ。
癒してくれるどころか今でもぼくを悲しみで苦しめ続けている。
でもそれは全部ぼくの心に刻まれたことで忘れたくないことだったんだよ)
死王にどんなに強く抱かれても、鳥居の心のなかで彼は悲しく救われない少年のまま……。
倉橋の言う通りに自分だけを愛して生きれたら人は自由になれるのだろうか。
鳥居がサーカスのショーを行うのは、自分と観客が
一瞬でも孤独を忘れることができたら良いと思う希望だ。
かたや死んだ母親との絆、喪失感は決して癒されない孤独を生み出している。
だがその正と負の入り交じった感情は生きてきた証であり孤独や悲しみは自分の影。
それを捨ててしまったら自分はゼンマイ人形と同じだ、と鳥居は気づいた。

「倉橋さん。ここから脱出できたら一緒に三社祭を見に行きませんか?
お神輿は三つとも大震災の大火災でも無事だったそうですよ。
それってなんだか嬉しくなりません?」
その後、戦災で焼失したらしいが、鳥居はこんな場所で明日以降のことを話していた。
それはまるっきり意味のないこと。
でもそんなことはどうでもよかった。
天の邪鬼の倉橋冬宇子がぷっくりむくれようと怖がることもなにもないのだ。

73 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/04/17(木) 07:30:11.74 0.net
この場にふさわしくない祭りの話。
それは余裕なのだろうか。それとも諦念からくるものなのだろうか。
死王が空気の塊を一瞬にして溶解すれば
溢れた空気が皆の肺腑を破るのだ。

だから鳥居は諦めず目を薄く閉じて考える。
眉は八の字になって困った顔だ。

「あかねさんはフェイ老人の森羅万象風水陣を使えますか?
すごくちっちゃくってもいいですから」
鳥居は手で円を描く。彼のいう森羅万象風水陣とは
五行説の法則で支配された高速循環世界を生み出す術。
あの円陣の中では鳥居のような魔の存在は許されなかった。
だから鳥居は小さめのやつを作ってほしいと頼んだ。

とにかくあかねはそれくらいはおやすいごようやと円陣を作ってくれて
それに鳥居は炎を投げ込み土を生み、金を作って槍を抜き出す。
その槍はフェイ老人との戦いのとき地表から無数に飛び出してきたものより太く丈夫そうで、
鳥居はその槍で氷で塞がれた入り口を壊すつもりだ。

「んー……えいっ!」
金属の槍に熱を込めて投てき。氷の塊に刺さった槍は深く突き刺さって大量の水と水蒸気を吐き出した。

しかしどう前向きに想像しても感覚的にはその程度で氷壁を破壊できたとは思えない。

鳥居は「わああぁ!」と、また奇声あげ
水蒸気の霧に消えてしまう。
何処に消えたかというと穴の近くだ。

(やっぱり熱の棒みたいのでも炎よりは強いけれど水で冷やされてしまうみたいです)
しかし、ある程度、氷壁の中心くらいまで穴を開けられたら鳥居はそれでよかった。
密かにかっぱらってきた空気の凍結されたものを作った穴へと投げ入れる鳥居。
そして炎の神気を放出し、氷壁の内部で空気爆弾を融解させ爆裂させたのだ。

74 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/04/26(土) 13:57:04.69 0.net
>>68-70 
存思の念を乗せた光が、冷たい岩窟の空間に、煌々と降り注ぐ。
不死の少年を後背から照らし、その影は彼の腕に抱かれる鳥居呪音の上へ。
そうして、鳥居の影が地に落ちる―――
その場所こそ、少年の精神の裡から焙り出された不死の法の『結像点』であった。
影は地を這い、壁をつたい、天井へ。
絶え間なく分岐しては絡み合い、岩室の壁面に複雑精緻な文様を描き上げる。

ある部分は、縺れ合う瘤だらけの蛇を思わせる、グロテスク様式の怪奇な意匠さながらに膨れ上がり、
ある部分は、微細な幾何学模様が整然と連なり、
まるで、影の墨を使い、抽象的な文様で描いた曼荼羅か。
或いは、数万の影の切片を閉じ込めた万華鏡――――

>「……っ、成功……したのか?」

フー・リュウの問い掛けに答えることなく、冬宇子は溜息を漏らした。
その黒一色の巨大な細密画に圧倒されていた。
唇に自然と笑みが浮かぶ。それは嘲笑でもなく、未知なるものを目にした喜悦とも違う。
生命の危機に瀕するほどの緊張を味わう時、それを解そうと、無意識に欠伸が出る、瞬きが増えるといったふうに
肉体が防御反応を示す場合があるが、
かの微笑も、戦慄に呑み込まれそうな自我を保つための、本能的な抵抗であったのかもしれない。

「………さすが"天才"ってとこかね………!
 そりゃァ、そうさね……不死の法が、凡人に、おいそれと猿真似できるような構造である筈がないんだ……」

冬宇子は呟く。
複雑を極める術式の構造――生得の術式解析の才を持つ半妖の尾崎あかねとて、暗記は容易ではないだろう。
もとより、本人が習得を拒んでいるのだから尚更だ。
とはいえ、この難解な術式を、一瞬で記録できる手段がないとも言えない。それは――――

「そういやァ、あのカメラ小僧……今ごろ、どうしてるのかねぇ………?」

ふと、冬宇子の唇から、生死の瀬戸際ともいえる状況に、ひどく場違いな、知人を懐かしむような言葉が零れた。
カメラ小僧――鵺の洞窟で行動を共にした、桜雪生(さくらゆきお)のことだ。
彼は上野だか浅草だかで写真館をやっているとかで、いつも首にカメラをぶら提げて、
興味を惹くものを見つけては、しきりにパシャパシャとやっていたものだ。
彼が此処に居たならば、きっと、この驚嘆すべき光景を撮影せずにはいられないだろう―――

冬宇子は、尾崎あかねとはまた違う理由で――それは心の深奥で惹かれているが故の
反動だったのだが――不死の法を忌諱している。
当然、術式の記録も望んではいないが、『結像した術式構造を転写する方法』の直感的な閃き、
そこから派生した連想が、我知らず口をついて出たのだった。

『カメラ』――『写真』――物体から反射した光をレンズを通して結像させ、
感光素材を塗布した板に焼き付けて記録する技法。
存思で不死の法の構造を結像するにあたっては、思念を乗せた光で少年の精神を照らし、
鳥居が『レンズ』の役割を果たして像を収束している。
結像の仕組みはカメラとよく似ているのだ。
あとは、感光素材に成り得る物質――たとえば塩化銀など――を然るべく扱えば、理論上は撮影が可能なのである。

フー・リュウほどの慧敏な男であれば、『カメラ』という一つの言葉から、瞬時に『焼き付け』という記録方法に
思い到ったとしても不思議ではない。
しかし、そんなことさえ失念してしまうほどに、冬宇子は眼前に繰り広げられる影の細密画に心を奪われていた。

75 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/04/26(土) 13:59:36.50 0.net
不死の法の破壊を目論む冬宇子にとって、より切迫した問題は、顕現したそれが『影』の形で現れたことだ。
鳥居と不死の少年が、光と影のように対照的な性質である故か。
或いは、術士たる冬宇子の力不足で、焙り出した像を実体に成型するには到らなかったのだろうか。
ともかく、実体を持たぬ『影』が相手では、物理的な手段での破壊は不可能だ。

>「……ほうら、ただの希望なんてね、こんなに簡単に融けてなくなっちゃうんだよ。
>君達がした事は、まるで無意味だった。
>だって折角、僕の不死の形を照らし出しても……君達はこれを、ここから持ち出す事は出来ないんだ。どのみちね」

佇む冒険者たちを無策呆然の体と見做したか、少年は冷たい声音でそう言った。

>「この部屋に残っているのは、絶望だけだよ」

抱いていた鳥居の肩をゆっくりと離し、彼は腕を差し伸べた。
掌の周囲に、珪石の粒を振り撒いたような煌きが起こり、硬質な音を立てて何かが岩盤に落ちた。
一つ、また一つ―――蜜柑ほどの大きさの透明な結晶が、次々と虚空に現れては落下。
それはやがて冒険者たちの足元にも積み重なっていく。
少年が空気弾の燃料として使った、大気中の気体――窒素・酸素と水分の混合結晶体だ。

>「……ねえ。もし、これを全部一斉に融かしたら、この部屋の空気はどうなっちゃうと思う?」

小鳥のように小さく首を傾げて、少年は言った。
しんねりとした口調、口元がかすかに微笑んでいるようにも見える。

その表情に冬宇子はハッと気付いた。いつの間にか息苦しさが解消されている。
少年は、室内の『空気流動の凍結』を解除していたのだ。つまり、遺跡内の換気は回復している。
空気は圧力の高い方から低い方へと流れる。
気体の結晶化によって気圧の低下したした室内には、今しも、外部から空気が流れ込んでいる筈だった。
この上、結晶化した空気を、一斉に気体に戻すならば……!?
しかも、その状態で、"流れ"を固定されてしまったら……!!
室内に充満する超高圧の空気によって、鼓膜は破れ、眼球は潰れ、肺腑を破壊されてしまうだろう。

冬宇子の緩衝結界で、空気の過剰な侵入を防げるだろうか?
それよりもフー・リュウに気圧の層を作ってもらうほうが効果的だろうか?
刹那の間に、とめどなく巡る思考のさなか、

>「倉橋さん。ここから脱出できたら一緒に三社祭を見に行きませんか?
>お神輿は三つとも大震災の大火災でも無事だったそうですよ。
>それってなんだか嬉しくなりません?」

死に瀕した緊迫に、およそ似つかわしくない、穏やかな子供の声がした。
床に倒れていた鳥居が、顔を上げて此方を見詰めている。
氷爪に貫かれた裂傷は赤く口を開いたままだ。傷口が凍りついたせいで再生が遅れているのだろうか。
あまりにも状況にそぐわぬ台詞、彼の意図を測りかねているうちに、

>「あかねさんはフェイ老人の森羅万象風水陣を使えますか?
>すごくちっちゃくってもいいですから」

鳥居は冬宇子の答えを待たず、あかねに指示を出す。

尾崎あかねが岩盤の上に結んだ小さな円陣から、金行によって生み出された鉄槍が飛び出した。
鳥居はそれを両手で掴み、火炎の力を注ぎ込む。
そうして、赫と燃える灼熱の鋼と化したその尖先を、岩室の通路を塞ぐ巨大な氷塊に向け、狙いを定めて
力任せに投げつけた。
刺突の衝撃と共に、立ち込める水蒸気。
白濁する視界。霧の中を、弾丸のように駆け出していく子供の姿が、おぼろげに見えた。

76 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/04/26(土) 14:05:18.12 0.net
直後―――
息の詰まる感覚。耳の奥に鈍痛が走った。
次第に強くなる圧迫感と痛みに顔を歪めたその時、爆発音が轟き、張り詰めた岩窟の空気が鳴動した。
すさまじい風圧を伴なった突風が吹きつける。
圧縮された空気が、ただ一点、開いた出口を求めて荒れ狂い、岩室の内側を旋回していた。

風に浚われ、身体を壁に叩きつけられた冬宇子は、
床にへばりつくような体勢で、痛みと風圧に耐えながら、鳥居の行動の意味を悟った。
彼は我が身を犠牲にして、空気の逃げ道を作ったのだ。

鳥居は不老不死の吸血鬼。四肢の欠損すら数分で補えるほどの再生能力を持っている。
けれど、もしも、爆破の衝撃で肉体が粉微塵に吹き飛んでしまったら……
果たして、そんな状態から回復は可能だろうか?
――――「何が悲しくて、祭りの日に、お前みたいな小僧とデェトしなきゃならないんだい?」
もはや彼に、そんな憎まれ口をきくことも出来ないのだろうか。

しかし――鳥居の身を案じて駆け寄ることは出来ない。
冬宇子には今、果たさねばならぬ命題がある。
―――――『不死の法の破壊』。

荒れ狂う暴風のさなか、揺るぎもせずに聳え立つ影の巨像を見据えた。
存思で結像した術式は、レンズの役割を担う鳥居が座を外しても、消え去ることはなかった。
術士の冬宇子が力尽きるまでは、『念』によって固定され、形を保っている。
風に身体を持ち上げられぬよう、猫のように爪を立てて岩床の突起にしがみ付き、影絵の主たる少年を見上げた。

冬宇子は思う。
成る程、彼は、苦しみを凍らせる救世主かもしれない。
ならば、一体誰が、救世主を救うのだろう。
永劫の孤独を生きてきた、この、いとけない少年に、救いと安らぎを――静謐な死を迎えさせてやりたい。
狂った運命に終焉を与え、無窮の生から開放されたその時、彼はきっと己の名を取り戻す。

―――――否、卑怯な言い訳はすまい。
救うのは彼ではない。自分自身だ。
我が身を守るために、立ち塞がり障害となる者を殲滅する――それだけのことに理由をつけて
己を正当化するのは止めよう。そこには善も悪も、正しさも誤りもない。
生存の欲求に従って敵の喉元に喰らい付く、野生の獣と同じだ。

三社祭り―――言葉の響きに、祝いの花飾りを軒々にめぐらせた、浅草仲見世の賑わいが脳裏を過ぎった。
此処で死ぬ訳にはいかない。自分は、生きてこの岩窟を出なければならない。
美しく懐かしく、享楽と苦悩に満ちたあの場所へ―――帝都へ。帰らねばならないのだ。

不死の法によって、数千年の時を積もらせた少年の身体は、わが身を永らえしむる術が壊れた時、
どうなってしまうのだろう。
当たり前に年を重ねていく一人の子供に戻るのだろうか。
或いは、千年の時の重みに磨耗した肉体が灰燼と化すだろうか。

何が起ころうと、やるべきことは一つ。
言い訳はしない。彼への憐れみを、罪悪感を緩和する為の道具に使うのは、卑怯なことだ。
ただ、生き残るために、彼を斃す―――――!

77 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/04/26(土) 14:07:39.25 0.net
冬宇子は決然と顔を上げた。
烈風に晒されても離さず、胸の下に抱えている手荷物。感触を確かめるように更に強く握り締めた。
中には、母より引継いだ日から片時も手放したことがない――手放そうとしても必ず戻って来てしまうのだが――
先祖由来の憑きもの神の拠り代――外法箱が納まっている。

冬宇子の憑きもの――外法神は、三輪山の牝狼に宿った、国津神大物主命の分霊。
三輪大物主の荒御霊(アラミタマ)は、霊障と疫病を齎す瘴気の神、闇に権能を持つ影の神でもある。
その分霊たる外法神も、闇に潜み影を操る権能の一部を承継している。

影を司る外法の力を解放したならば、影形となって結像した不死の法を破れるかもしれない。
あくまでも目算だ。保障は無い。
もう一つの問題は、その力を冬宇子自身が制御出来ないことだ。
対象を殲滅するか冬宇子が意識を失うまで、暴走状態で攻撃を続ける。
けれど、他に方法は無い。やるしかないのだ。

「アハリヤ、アソバストマウセヌ――オゲドウサマ――ナンジガミクラニ、オリシマシマセ――」

唄うように節をつけて、降神の祝詞を唱えた。
岩窟内は未だ完全な暗闇ではない。
光源の燐狐は、風を避け、天井付近の岩壁の虚(うろ)に収まって、辺りを仄かに照らしていた。

蹲る冬宇子の足元から、獣の姿を模った形影が顕れ、聳え立つ不死の像へと疾る。

78 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/04/26(土) 20:25:15.45 0.net
.

【影属性の外法神で、結像した不死の法を攻撃】
【外法神の能力や習性はこちら参照→http://www43.atwiki.jp/nanaitatrp/pages/285.html

79 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:34:22.40 0.net
抱き締めた鳥居の体から力が、体温が、失われていく。
だが、それは決して喪失ではない。むしろ、これで彼は永遠の安息を得るのだ。
死王の表情が和らぐ――もう、この幼く哀れな吸血鬼が傷つく事はないのだ、と。

「――消えなくたっていい。君が弱い存在なら、僕が守るよ。 氷の中で、決して傷つかなくてもいいように。絶対に、君を幸せにして……」

まさに今、希望のみを胸に残した動死体へと成り果てんとしている鳥居に、死王はそう語りかけ――

>(うん。消えないよ……)

しかし思いがけず帰ってきた鳥居の言葉に、はっと息を呑んだ。
鳥居を抱き寄せた体勢からやや上体を反って、彼の顔を見る。
その表情は安堵ではなく、もっと複雑な笑みが浮かべられていた。
同時に、死王は気付いた。鳥居の体に僅かにだが、温もりが戻ってきている事に。
いつの間にか鳥居の背中に、フー・リュウの手が触れていた。
術理までは分からずとも、彼が鳥居に保護の術を施しているのは明白だった。

>「……や、優しい言葉なんていりません。見たいのはあなたたちの笑顔なんです」

死王には――鳥居の言葉が、その真意が、理解出来なかった。

「どうして……なのさ。凍ってしまえば、希望のみが残る氷の揺り籠の中でなら、そんなものは幾らでも見られるのに……」

勿論それはただの空想で、本物とは言えないものなのかもしれない。
だが動死体と化した者達は決してその事には気付かない。
夢だと悟ってしまう事も覚める事もない夢は、最早その者にとっては真実と何ら変わらない筈なのに。
まだ見ぬ明日を、今よりも美しい未来を、鳥居は今でも望んでいる。それを得られると信じている。
そんな事、あり得ないのに――周囲の空気を凍結させながら、死王は心中でそう呟いた。

「……ねえ。もし、これを全部一斉に融かしたら、この部屋の空気はどうなっちゃうと思う?」

室内に収まり切らない空気が行き場を求めてこの場にいる人間の体内へと流れ込み、凄惨な死を招くだろう。
だが、不死者である鳥居と尾崎あかねは、そうではない。
肺が破裂し悍ましい程の痛みの中で、仲間達の惨たらしい死に様を目の当たりにするのだ。

>「倉橋さん。ここから脱出できたら一緒に三社祭を見に行きませんか?
 お神輿は三つとも大震災の大火災でも無事だったそうですよ。
 それってなんだか嬉しくなりません?」

鳥居は死王の拘束から逃れて、後ろにゆっくりと下がる。
振りほどく、というほどの強引さは無かっただろうが、死王は肉体的にはただの子供だ。
人外の膂力を持つ吸血鬼に抗える筈もなかった。

「ううん、君はそのお祭りには行けないよ。華やかで楽しい明日なんて来やしない。
 人生で最も楽しい日は、いつだって昨日なんだ。その事を、教えてあげるよ――!」

既に空気の凍結物は床を埋め尽くすほどに作り出した。そして今、それら全てが一斉に、解凍される――

80 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:35:10.94 0.net
 


床に、壁に、天井に描き出された不死の法の式を見上げて、フー・リュウは立ち尽くしていた。
複雑かつ細密に構成されたそれは、ただ見回すだけでは到底覚えきれそうにないものだった――少なくとも、彼には、だが。

フーの視線が、あかねへと落ちる。
彼女は床に蹲っていた。部屋中に描き上げられた不死の法の像を、間違っても目にしてしまわぬように。

天性の術式模倣の才を持つ彼女なら、無論容易くはないだろうが、この式を直感的に理解する事が出来る筈だ。
フーの目はこれまでにない爛々とした眼光を湛えていた。
不意に――彼の手が、あかねの衣装の襟へと伸びる。そして彼は、力任せにそれを掴み上げた。

「立つんだ!君がこれを覚えなきゃ、どの道みんな国には……いや、違うな。今更こんな事を言っても仕方がないよな。
 君に覚えてもらわなきゃ困るんだよ、俺が。だから……立て!そして見るんだ!不死の法を!今すぐ――」

掛け替えのない幼馴染の為に、形振り構わずにフーは声を荒げる。
――だが、立ち上がったあかねと目が合うと、彼はすぐに彼女から手を離した。離さざるを得なかった。

彼女は、自分の首筋に氷の刃を添えていた。
言葉はない。だがフーに劣らず血走ったその眼が語っていた。
無理強いするのなら、この首を貫き、その生命を奪ってやると。

>「そういやァ、あのカメラ小僧……今ごろ、どうしてるのかねぇ………?」

ふと、倉橋冬宇子の呟きが、呆然としていたフーの耳に届いた。
カメラ――実物は見た事がないが、その名前には聞き覚えがあった。
絵よりも遥かに精密に対象を紙に写し取る機械――そんな物があるなら、この部屋一面に描かれた不死の術式さえ瞬く間に記録出来てしまうだろう。

だが――彼はカメラの名を知ってはいても、その仕組みまでは知らない。
塩化銀による化学反応や、焼き付けの知識など、持ちあわせてはいなかった。

ただ、それでも――彼は思いついた。不死の法を記録し、幼馴染を救う術を。
それはとても罪深い行為だった。だとしても、彼にはもう他の選択肢など、なかった。

81 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:35:59.71 0.net
 


尾崎あかねには知覚した術を感覚的に理解し、模倣する才能がある。
転じて彼女は、相手がその術を用いて何をしようとしているのかも、察する事が出来た。
急激な加圧による肺腑の破壊――その下準備として凍結された空気の塊が幾つも床に転がっていく。
もし死王の目論見がそのまま実行されれば、皆死んでしまう。止めなくては――だがどうやって。

>「あかねさんはフェイ老人の森羅万象風水陣を使えますか?
 すごくちっちゃくってもいいですから」

焦燥する彼女の視界に端に、鳥居のあどけない顔が映り込んだ。
一体何をするつもりなのか、尋ねている時間はない。しかし、何か策があるのだろう。

森羅万象風水陣は、不死の法ほどではないが、複雑な術だった。
昨夜フェイと対峙した際には目の前に見本があったが、今は――と、そこまで考えた所で、あかねは思い出した。
鳥居の生命力を子供達へ循環させる為に、彼の体には風水陣が刻まれていた。
あかねは鳥居の腹部を注視する――氷の爪に貫かれ、破けた衣服の隙間に、不完全だが風水陣が残っていた。

「でも、これさえあれば……うん、お安いご用や。思い出せるで」

そうして作り出した陣に、鳥居は炎を撃ち込んだ。
あかねは彼の術からその意図を読み取りつつ、火を土へ、土を金――強靭な槍へと作り変える。
鳥居はその槍に神気の熱を込めると、

>「んー……えいっ!」

気の抜けるような掛け声と共に、それを出入口を塞ぐ氷へと投擲した。
吸血鬼の膂力で放たれた槍は分厚い氷壁に深く突き刺さり、纏った熱によってそれを融かす。
が、足りない。氷壁はやや窪みが出来たものの、未だ頑として出口を塞いでいる。

82 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:36:32.51 0.net
 


――直後、凍らされた空気が一斉に、解凍された。
そして次に起こったのは――風だ。部屋の中を縦横無尽に渦巻く暴風が巻き起こった。
おかしい、と死王は僅かに目を見張る。彼が想定していた現象は、これではなかった。
一体何故――答えを求めて、彼の視線が動く。先ほど鳥居が駆けていった先へ。

立ち込めていた水蒸気が気流によって晴れる――出口を塞いでいた氷壁が砕け、大きな穴が開いていた。
何故――あの赤熱した槍によって穿たれたのか。いや、あの程度で貫けるような薄い壁ではなかった。
ならばどうやって――思い出す。自分が空気の塊を解凍する直前に響いた破裂音を。
あれだ。自分が作り出した空気の凍結物を発破代わりに利用して、鳥居はこの密室を破ったのだ。
彼自身も、決して無事では済まなかっただろうに。

「……無駄な事をしたね。僕は何度だって氷の壁を作れるんだ。
 もう一度ここを密室にしてから、改めて空気を凍らせればいいだけじゃないか。
 でも君はどう?もう一度、壁を壊すだけの元気が残ってる?僕がそれをさせると思う?」

吹き荒れる風に飛ばされぬよう足と床を氷で繋ぎ、死王は爆風に巻き込まれた鳥居を見下ろす。
そして再び出口を塞ぐ氷壁を生み出そうとして――

>「アハリヤ、アソバストマウセヌ――オゲドウサマ――ナンジガミクラニ、オリシマシマセ――」

不意に視界の外から、唄うような声が聞こえた。
だが、それは唄ではなく祝詞――何らかの術を行う為に唱えるものだと死王には分かった。

同時に感じる。今までにない、何か不穏な気配――しかし、彼は冬宇子の祝詞を妨げはしなかった。
『未来』は『今』よりも辛く苦しい。それが死王の思想だ。
だからこそ、限りある時、限りある生命しか持たぬ者がどんなに抗おうとも、無限の時間の体現者たる自分には決して敵わない。
その事を知らしめなくてはならない。故に死王は冬宇子の反逆をただ待ち受ける。

――『それ』は音もなく、彼女の足元から姿を現した。
光の加減に過ぎない影が隆起し、膨れ上がり、獣の形を得て顕現される。
まるで冷気のように滲み出る禍々しい気配に、死王の表情には僅かにだが、緊迫の色が浮かんでいた。

影――外法神が地を離れ、空を駆ける。
解き放たれた破滅の権化が獲物と定めたのは、部屋中に描き出された不死の術式。
正体を、実体を持たない鵺すらも切り裂いたその爪牙ならば、影でしかない不死の像を、切り裂けるかもしれない。

無論、死王がそんな事を知る由はない。
分かるのはただ、この獣は確かな勝算に基いて放たれたという事だ。
故に迎撃は即座に行う――空中を隈なく制圧する氷刃を張り巡らせ、氷槍を発射。
尖鋭な氷の武具は狙い過たず外法神の頭部へと迫り――しかしそれらを穿つ事なく、すり抜けた。
外法神の性質は影――故に透明な氷では防げなかった。

そして閃光の如く影の爪牙が迸り――だが、不死の式は依然変わりなく、壁面に記されたままだった。 

「……すまない」

張り詰めた、小さな声――フー・リュウの声だ。

83 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:37:21.11 0.net
「俺には……こうするしかなかったんだ」

彼は跪いて、床に手を添えているようだった。
彼自身の体に隠れて、何をしているのかまでは誰にも見えないだろう。

「まさか……邪魔、したんか?フーはん、アンタ……不死の法を持ち帰る為に……」

信じられないと言いたげな声音で、あかねがそう呟いた。
フーの答えはない。

「……っ、なんとか、なんとか言ったらどうなんや……!」

思わずあかねは彼へと一?、歩み寄り――彼の体によって隠れていた物を見た。
巻物だ。彼の幼馴染ディン・リウを――この世の断りによって際限なく引き裂かれ、何物でもない存在へと成り果ててしまった彼女を封じ込めた巻物が、床に広げられていた。
フー・リュウはカメラの仕組みや感光剤に関する知識など持ってはいなかったが――写真のように精密な絵を描く術は持ち合わせていた。そして、その絵を描く為の画材も。

「すまない、本当にすまない、ディン……。俺は……こんなやり方でしか……君を、助けられなかった……」

広げられた巻物から墨のように黒い流体が部屋中に、不死の術式をなぞるように伸びていた。
何物でもなくなってしまった、形も性質も失ってしまったディンが、新たな形を――完全に固定された不死という性質を得た。
世界の理すらも惑わせる至上の術が、巻物に描かれていた女性の姿を、確かな物としてこの世に顕現する。
それはつまり、彼女は時から置き去りにされた不死者になってしまったという事でもあった。

「……ぃ、よし!よく分かんねーがとりあえずあのガキも不死の法もとりあえずどうにかなったって事でいいんだな!?
 んじゃあ、そら!さっさとずらかるぞ!これ以上こんなクソ寒い所に長居したかねえぜ!」

状況はまるで理解出来ぬまま、しかし持ち前の勘によってそれだけは察した生還屋が声を張り上げる。
君達がどうしても死王をその手で仕留めねば気が済まないという訳でもなければ、彼の勧告に歯向かう理由はないだろう。
また、外法神を解放し意識のない冬宇子に関してだが――それも大した問題はない。

「おうコラ、アホ道士!まだ終わりじゃねえだろうが!ソイツと無事地上に帰りたきゃ、さっさと働きやがれ!
 お誂え向きの風が吹いてんのに、なぁにボケっとしてやがる!」

死王の術が不発に終わった事によって生じた風――フー・リュウならばそれを意のままに操れる。
君達は素早く、かつ安全に、死王の間合いから離脱する事が出来ただろう。



――不死の術式を切り裂いた外法神は、恐らくそのまま死王へと狙いを変えるだろう。
倉橋冬宇子は確かに、死王を殺す事を厭わず、しっかりと意識していた。
死王は――薄い氷を幾重にも重ね層を作り、光を屈折させる事で影の軌跡を逸らしていたが、それでも完全な防御にはなっていない。
彼は何度も獣の爪に切り裂かれ、牙に貫かれた。
五千年もの間忘れていた痛みに悶え、時の動き出した肉体からは血液が無慈悲に失われていく。
そしてとうとう彼は膝を突き、倒れ込み――そのまま起き上がれなくなった。

84 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:38:08.06 0.net
 


――伊佐谷のいた部屋にまで引き返すと君達は、視界の外から突然、二体の動死体に襲われる事になる。
だが直後に二条の閃きが奔り―― 一瞬遅れて、動死体達が崩れ落ちた。
一体は、硬化の完全でない関節――首の裏を短刀で突き刺され、その機能を停止していた。
もう一体は、硬化した皮膚と頭蓋に守られている頭部を、ただ力任せにかち割られ、完全に絶命している。
言うまでもなく、双篠マリーとブルー・マーリンによる芸当だった。

「無事だったのか……!それで、不死の少年はいたのか!不死の法は!それにその女は何者なんだ!」

流石に苦戦を強いられたようで、肩で息をしながら、双篠マリーは語気を荒らげて君達にそう尋ねる。

「うるせえ!話は後だ!とにかくケツ捲んぞ!あのガキがこれで終わりとはどうも思えねえ!」

対する生還屋は答えではなく怒声を返した。
つまり、プロである生還屋が答える必要性はないと判断したと、マリーは即座にそう理解する。
そして退路――遺跡の出口へと続く階段を振り返り、

「……驚いたな。私の見ていた未来では……君達はその部屋から出て来られなかった」

そこには伊佐谷がいた。
彼女は霊体である自分自身を霊力によって使役する事で、自分を完全に律する事が出来る。
それでも彼女の表情からは余裕が幾分消えて、代わりに困惑の色が浮かんでいた。

「いや……さっき見た時は、その女性はいなかったよね。確かに存在していなかった。それが何か関係してるのかな?
 試してみないと……君達は本当に、未来を変えられたのか?その力を持っているのか?」

言葉は最後まで声にされる事なく潰え、代わりに伊佐谷の霊力が高ぶっていく。
同時に彼女の背後に、君達の退路を阻むように業火の壁が現れた。
だが――彼女はそれ以上の動きを示さず、それどころか不意に炎を消すと、君達から距離を取るように上方へと浮かび上がった。

「……やめておこう。残念だけど、これ以上は私も危なそうだ。まさか君達が、あの子をここまで追い詰めるなんてね」

そう言うと伊佐谷は岩壁の中へと姿を消してしまった。
去り際に、彼女は君達の背後へと視線を向けていた。

85 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/05/08(木) 23:40:25.05 0.net
 


――死王は、死に瀕していた。
傷口を凍結させて出血を抑え、薄氷を何層にも重ねて光を屈折させて影の軌道を歪め、可能な限りの防御と延命をしてきた。
だがそれだけでは外法神を追い払えない。死は時間の問題だった。
けれども――彼はただ蒙昧に抗い、死から逃げ惑っていた訳ではない。

「……体中が、痛い……痛いよ……だから……明日なんて……未来なんて……ろくなものじゃないんだ……」

外法神の牙が横たわる死王の首元へと猛然と迫る。
もう防御する術もない。氷の層も防御としては不完全過ぎる。
しかし――影は、彼の直前で止まった。
氷では受け止める事の叶わぬ影が、まるで死王との間に見えない境目があるかのように、止まっていた。
いや、境目は本当にあるのだ。氷から生じる白い蒸気が、影の止められた箇所を境に停止していた。
つまり――時が止まっている。

死王はもう一度、時を凍らせたのだ。
死が時間の問題ならば――もう一度、時間を止めればいいのだ、と。
その為に、必死に時間を稼いだ。だが体の様々な機能を除いて精密に時を凍らせるほどの時間は到底なかった。

だから自分の思考のみを残して、他の全てを凍らせた。
自分の肉体に留まらず、周囲の空間も、時も、凍るという概念が通じるもの全てを。



――君達が死王のいる部屋を振り返れば、その手前に転がっている動死体の頭部から滴る血液が、不意に空中で制止する様を目撃するだろう。
時が凍っているのだ。まずは一番奥の一体。次にその手前の一体が。
その『凍結』の見えない境界は、徐々に君達へと近づいている。

「あー……こりゃ、俺が言うまでもねえ事だとは思うんだが、オメーらアホだからよ。一応言っといてやるぜ……」

そう言いながら、生還屋は既に後退りを始めていた。

「こいつはヤベエぞ!さっさと走れ!」

生還屋は手振りで君達に先に行けと促しつつ、自身も地上へ向けて走り出す。
そしてその途中、壁に貼られていた符を引っ剥がし、破り捨てた。
五千年間、遺跡が劣化による崩落しないように保ってきた符をだ。

「何してるんだ!ソイツを剥がしたらこの遺跡は――」

「崩れるんだろ!つまり未だに生きてるあのガキを少なくとも地上に解き放たずに済むってこった!
 それともなんだ!愛しの女を元に戻せたはいいが思ったより重くて幻滅してる真っ最中ってか!」

ともあれ、君達は迫り来る『凍結』よりも速く、遺跡を脱出しなくてはならない。
だがそれは決して容易ではない。
地上への道には未だ多くの動死体が残っているだろうし、遺跡は既に崩落が始まり、大小様々な瓦礫が降ってくる。
それでも君達は必死に未知を切り開き、走るしかないだろう。

86 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/05/24(土) 21:44:28.74 0.net
>>79-86
何度も経験して物慣れているようで、決して馴染む事の出来ぬ感覚だった。
身体の裡側で畏ろしい何かが頭をもたげ、漲っていくのを感じる。
ひたひたと押し寄せる力に抗うことが出来ず、深淵から湧き上がる漆黒の闇に染め上げられるようにして、
冬宇子はいつも、その畏怖すべき存在に身体と意識を委ねてしまうのだった。

けれども今日は、少し様子が違っていた。
己ならぬ荒々しいものに意識を譲り渡してはいたが、己のものであった肉体の二つの目を窓に
何処か遠くで起きている物事を傍観するように、其処に繰り広げられている光景を知覚していることに気付いた。
まるで水底から水面の風景を覗き見るような、くぐもった音、歪つな視界の向こうで、
黒一色の巨大な建造物を、鋭利な爪牙で切り裂いていく獣の姿が、
さながら幻灯機の箱から投影された影絵のように、地下遺跡の岩壁一面に踊っていた。

獣影は虚空を走り、微細な幾何学文様が螺旋を描いて聳え立つ、建造物の主柱へと向かう。
其処が、不死の法の最も枢要な箇所であることを知っているかのように。
牛ほどもある狼の姿影が、その爪で牙で、細やかな文様で編み上げられた楼閣を、縦横に噛み千切り、引き裂く。

基幹を破壊された不死の法は揺らぎ始める。
数瞬のうちに、支柱の折れたビルヂングのように雪崩を打って倒壊し、
――――しかし、確かに崩れ去った筈の影の構造物は、依然として黒々と、壁面に屹立していた。

微かな意識の中、己を支配する存在の背後から、その光景を覗き見ていた冬宇子は直感した。
『これは、彼のものではない』――――と。
あの少年の匂いがしないのだ。
冬宇子が存思の術によって結像させたのは、不死の術式そのものであると共に、
五千年もの歳月、少年の肉体の上で堰き止められてきた、積層する"凍結した時間"の象徴でもあった。
今、眼前に矗立する壁面の形影は、あの少年が創造したものであって、彼の手なるものではない。
あれはもはや、"彼の時間"ではないのだ。

>「すまない、本当にすまない、ディン……。俺は……こんなやり方でしか……君を、助けられなかった……」

視界の端に、跪くフー・リュウと、彼に詰め寄る尾崎あかねの姿が映った。
彼の掌の下には一枚の紙が。
壁面を彩る不死の法は、その紙の中から伸延する、触手のように枝分かれした塗料で
上書きされているように見える。
……巻物―――あれに描かれていたものは、確か、フーの………――――?

巻物から流出し、不死の術式をなぞっていた"黒い塗料"が、今度は逆流を始めた。
影は巻き取られる糸のように、紙の上に収束し―――次の瞬間、其処に女性の姿が顕れた。
巻物に描かれていた肖像の女が、立体の彫像となって佇立している。
モノクロームの立像は瞬く間に、柔肌と黒髪を――年若い女性の、生者の色を取り戻した。
フーは、世界の理に存在を引き裂かれ形を失った彼女を"画材"にして、不死の法を転写したのか―――?!

不死の法の転写―――混濁した意識では、その意味を悟る間も無く、
己ならぬものの意思に引き摺られるようにして、冬宇子は、あの少年を見た。

小さくて、憐れな、宿敵―――――倒さねばならぬ存在―――――!
獣影は彼に躍り掛かり、鋭利な爪が、纏っている古絹ごと幼い少年の皮膚を引き裂いた。
鮮血が迸る。
柔らかな手応えだった――まぎれもない、生身の体。
少年の肉体の上で時を堰き止めていた不死の法は決壊し、彼は今、経過する時の中で、変化を生きている。

87 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/05/24(土) 21:49:00.25 0.net
不変の肉体を失い生身となった少年は、影の魔物を相手に、氷の術で応戦していた。
獣影――外法神は、『影の性質』と『質量』を併せ持っている。
攻撃が当れば砕け散る。が、砕けたそれは付近の影の中に潜行し、再び、別処の影から湧出する。
依り代たる冬宇子の視界内であれば、何処の影からでも発現が可能なのだ。

血に猛る獣の昂奮が、乖離した意識体となった冬宇子の中に流れ込んで来る。
獣の暴虐と傍観者の冷徹―――二つの感覚の狭間で、
冬宇子は、血を流し、悲鳴を上げ、身悶える少年を見据えていた。

――――もう直ぐだ。
あの子を倒せば、自分も、あの子も、自由になれる。哀れなあの子に終焉を与えてやれる――――

光ある所に、影はあまねく存在する。
岩床の突起にも、服の襞の中にも、少年の足元にも。
荒々しい獣影は、何度氷槍に貫かれても、氷壁に衝突して砕けようとも、
いずこかの影から顕れては、彼に襲い掛かり蹂躙する。
皮膚を破られ肉を裂かれ、襤褸切れのようになった少年は、ついに、膝をついて地面に倒れ込んだ。

>「……体中が、痛い……痛いよ……だから……明日なんて……未来なんて……ろくなものじゃないんだ……」

呻き声を上げる少年に、冬宇子は声ならぬ声で答える。

「そうさ……どんなに足掻いても、なァんの希望もなく憂鬱なだけでも、容赦なく明日は来ちまう。
 だがね……こんな淀んだ空の下の、腐り落ちていくのを待つだけのような、クソッたれの未来にも……
 このロクでもない人生にゃ、終わりがある!!
 ……あんたの永遠の苦しみも、終わらせて上げるよ!!!」

不死なる永劫の終焉は、すぐ其処に―――――!
己を支配する者と、乖離した冬宇子の意識が同調する。
風籟の轟く岩室を、冬宇子は狼の仕種で跳躍。少年の眼前に躍り出て、右腕を振り抜いた。
冬宇子の足元、その影の中から、大きな顎と広い胸、枝垂れた尾を持つ獣の形が湧出した。

横たわる少年に、獣影が迫る。
黒い歯牙が、今しも、少年の細い首を突き立てられる―――その刹那、
何者かに袖を引かれたような気がして、冬宇子は振り返った。
幼い女の子が此方を見上げて立っている。

『その子は本当に、それを望んでいるの……?』

小さな鈴を鳴らしたような、か細い声は、冬宇子には確かに聞こえていた。しかし、他の誰にも届かない音であった。
それは、精神の虚に閉じ込められた冬宇子にのみ、認め得る姿だったのだから。
切れ長の黒い瞳に見詰められて、射竦められるように見知った面影から目が放せない。

幻の少女の出現とほぼ同時に、疾走する獣影が動きを止めた。
正確には、前に進めないのだ。
少年の喉を噛み砕かんと迫る獣影は、開いた顎に尖鋭な歯列を覗かせたまま、
見えない壁に堰かれたかのように、もはや一歩も、彼に近づくことが出来なかった。

88 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/05/24(土) 21:56:56.55 0.net
―――いけない―――――!

冬宇子と外法神は、共に危険を感知して、たじろいだ。
己に憑依し支配する者の感覚が、内側に包隠された冬宇子の意識にまで伝播していたのかもしれない。
しかし、二つの危機感覚の淵源は、その実、異なるところから生じていた。
外法神は、人知を超えた混沌たる存在ゆえに可能な予見。
冬宇子は、土壇場で生じた迷いから。

外法神は、己の化現を描く姿影の末端が、呪力を帯びた凍気に侵食されつつあることに気付いた。
少年は、五千年前から肉体の時間を堰き止めていた不死の術――"時の防波堤"とでも言うべきそれを
破壊されはしたものの、彼の生得の才能たる凍結の呪力までを失った訳ではない。
現在を起点に、再び、不死の術式を組み上げる事が出来る。

彼は、己を守るために、自身を囲む空間ごと、時を凍結したのである。
脆弱な人の子なれども、追い詰められた神童は、神の化現をも凍結させる力を発揮するやも知れない。

>「おうコラ、アホ道士!まだ終わりじゃねえだろうが!ソイツと無事地上に帰りたきゃ、さっさと働きやがれ!
>お誂え向きの風が吹いてんのに、なぁにボケっとしてやがる!」

銅鑼を割ったような生還屋の胴間声が、耳に届く。
直後、突風に体を持ち上げられて、冬宇子は宙を舞っていた。
そして――――落下。
気流操作による緩衝作用で岩床に叩き付けられることはなかったが、少なからぬ衝撃に、冬宇子は我に返った。
いつの間にか、外法神の憑依は解けており、意識と身体の自由を取り戻していた。
けれど、頭の中に靄が掛かったように、未だ思考は定まらない。

冒険者達は、鳥居が氷壁に開けた風穴を通って、不死者の牢獄を脱出していたのだった。
半ば呆然と通路を歩き、前室の広間へ。
死屍累々、頭部を破壊された無数の動死体が折り重なるその部屋で、
双篠マリーとブルー・マーリン、二人との再会を果たした。

>「無事だったのか……!それで、不死の少年はいたのか!不死の法は!それにその女は何者なんだ!」

詰め寄るマリーに生還屋は、

>「うるせえ!話は後だ!とにかくケツ捲んぞ!あのガキがこれで終わりとはどうも思えねえ!」

焦燥の滲む怒声。
彼は先見の能力者だ。危機を予知する彼の勘は、結果としていつも正しい。
経験によってそれを知る冒険者達は、即座に退避の体制を取る。
唯一の退路――地上の侵入口へと繋がる階段に視線を走らせると、其処には……

>「……驚いたな。私の見ていた未来では……君達はその部屋から出て来られなかった」

半透明の魄霊が段上に佇み、此方を見下ろしていた。
あの女――伊佐谷だ。

89 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/05/24(土) 22:04:06.18 0.net
>「いや……さっき見た時は、その女性はいなかったよね。確かに存在していなかった。それが何か関係してるのかな?

一方的に語る女を眺めているうちに、
朦朧した冬宇子の意識の中に、一つの感情が頭をもたげ始めた。
苛立ちが怒りに変わり、次第に募っていく。

>試してみないと……君達は本当に、未来を変えられたのか?その力を持っているのか?」

伊佐谷の背後に燃え盛る業火の壁が現れる。が、それも直ぐに掻き消え、

>「……やめておこう。残念だけど、これ以上は私も危なそうだ。まさか君達が、あの子をここまで追い詰めるなんてね」

彼女は、岩壁に吸い込まれるようにして、消えていく。
その瞬間、感情のさざ波は激情の奔流となって決壊、冬宇子はついに声を張り上げた。

「お待ちよ!!!
 あの子のことを理解するようなフリをして、さんざあの子を利用して!!
 責任も取らずに逃げんのかい!?この卑怯者!!!!お戻り!!戻れったら!!!!」

伊佐谷の所属する『華涅神崇団(じぇねしすだん)』の総領――狩尾は、かつて、因縁の出会いの場で、
異端者が否定されることのない『理想の新世界の創造』を目指していると語った。
そして、新世界を築くのは、異端である自分の役割だと。

伊佐谷の先見の力で呪災の発生を予知した彼らは、この遺跡に幽閉されていた不死の少年を救い、
自組織に引き入れるために、この大陸を訪れたのだと言う。
しかし、彼らは、少年の居所を突き止め接触を持ちながらも、身柄を保護することなく、呪災も広がるに任せた。
冬宇子には、彼らが、呪災による混乱を、理想社会を構築する侵攻の足掛かりにするために、
あの少年を利用したように思えてならなかったのだ。
少年が伊佐谷を慕うような言葉を零していただけに、一層、彼女の冷淡な態度が腹立たしい。

忍び寄る異変に気付かず、冬宇子は叫び続ける。
異変とは―――少年を中心に凍結された時空の展延。
新たに展開された不死の呪いは、周囲の空間を少しずつ侵食しつつ、拡がり続けていた。

>「あー……こりゃ、俺が言うまでもねえ事だとは思うんだが、オメーらアホだからよ。一応言っといてやるぜ……」
>「こいつはヤベエぞ!さっさと走れ!」

早くも駆け出した生還屋。
遺跡の壁に等間隔に貼られている保護符を剥がしながら、階段を目指す。

>「何してるんだ!ソイツを剥がしたらこの遺跡は――」

>「崩れるんだろ!つまり未だに生きてるあのガキを少なくとも地上に解き放たずに済むってこった!
>それともなんだ!愛しの女を元に戻せたはいいが思ったより重くて幻滅してる真っ最中ってか!」

凍結の呪いと遺跡の倒壊。
二つの追撃を逃れて、冒険者達は、金刀比羅宮の参道さながらの長い長い階段を駆け上がり、
地上へ脱出しなければならない。

錯乱した冬宇子は、聞くに堪えない悪罵を吐き出しながら伊佐谷の消えた壁を叩き続けている。
この女を連れて逃げようとするならば、相当の苦労を強いられることだろう。


【外法神モードは解除されたが、錯乱中。自力で遺跡を脱出するのは不可能なようです】

90 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/05/28(水) 05:38:42.03 0.net
>「……無駄な事をしたね。僕は何度だって氷の壁を作れるんだ。
もう一度ここを密室にしてから、改めて空気を凍らせればいいだけじゃないか。
でも君はどう?もう一度、壁を壊すだけの元気が残ってる?僕がそれをさせると思う?」

吹き荒れる風のなか、薄く目を開け死王を見上げる鳥居呪音。
彼のいう通り、その身に宿した魔の力はそのほとんどが肉体の再生へと使われ、
体力のように減少していた。
危機を乗り越えたのも束の間、
これでは再び出口を氷で塞がれてしまう。

このままでは死王の思うがまま。
自分達には明日さえない。
まだ、倉橋の返事も聞いていないというのに…。

>「アハリヤ、アソバストマウセヌ――オゲドウサマ――ナンジガミクラニ、オリシマシマセ――」

そんななか、突如耳朶をうつ祝詞。
声の方向に視線を移せば、倉橋の足元で揺らぐ影。
――外法神。生き残るために解放される破滅の力。
その破滅の権化は死王の影が生み出している不死の法を狙い、凄まじい勢いで虚空を疾走。
それに死王が氷槍で応射するものの通用せず
結果的に影の爪牙は巴蛇のようなうねりを見せ不死の法に接触した。

(……や、やったの?)

>「……すまない」
固唾を飲む鳥居に聞こえたのはフーの小さな声。
続くあかねの言葉に鳥居は不安にもなったが、彼が状況を不利にすることは決してなかった。
鳥居の目に飛び込んで来たのは巻物の女。

(あー、やっぱり大切な人だったんだぁ!)
フーは不死の法を利用し巻物の女を生き返らせたに違いない。
目的はどうあれ死王から不死の法を奪ったのだ。

>「……ぃ、よし!よく分かんねーがとりあえずあのガキも不死の法もとりあえずどうにかなったって事でいいんだな!?
んじゃあ、そら!さっさとずらかるぞ!これ以上こんなクソ寒い所に長居したかねえぜ!」

生還屋の言うことももっともで、ここは逃げることにする。
あの外法神を前に、不死の法を失った少年にたいして
後ろ髪を引かれる気持ちもあったが、鳥居にはどうすることもできなかったからだ。

91 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/05/28(水) 05:39:14.49 0.net
フーの操作する気流で冒険者たちの体が浮く。
と、振り仰ぐ闇の奥。網膜に浮かぶのは八つ裂きにされる死王の姿。
それは見えなかったが、見たような気持ちがして悲しい気持ちになった。

そして伊佐谷のいる部屋。
気流も弱まり着地しようと気をとられた瞬間、突然倒れこむ二体の動死体。
驚いて面をあげる鳥居の顔に喜色が浮かぶ。
なんとそこにいたのはマリーとブルー。それに伊佐谷。
彼女は未来が変わったとか言っていたが鳥居にはよくわからない。
未来も何も、今は自分が望んだ場所に向かうだけだった。

>「こいつはヤベエぞ!さっさと走れ!」
張り詰めた空気から緊張が走る。
再度凍結した動死体の血液に、鳥居は少年が動けない状態であることを悟る。
追いかけて来れないということは、十中八九、外法神にやられたのだろう。
気がつけば生還屋はそれにだめ押しをするかのように御札を剥がし遺跡の破壊を促していた。

――迫り来る凍結を凝視し、鳥居には胸が締め付けられるような思いが溢れてくる。
死王の折れない心。執念。
かつての少年は裏切られるかもしれない明日が怖かったのだろう。
王様に才能を認められ誉めてもらえた昨日の自分。
ふと、鳥居の頭に浮かんだのは誇らしげに胸を張る少年の笑顔。
きっと忘れられないほど嬉しかったのだ。
だからこそ、その輝ける才能にしがみつき自滅するしかなかった少年。

いつのまにか鳥居は泣いていた。
少年の笑顔を思い浮かべれば浮かべるほど泣けた。
少年はもう二度と笑わない。
遺跡に閉じ込められ永遠にたった独り…。
鳥居は自分の無力さにも悲しくなっていた。

92 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/05/28(水) 05:40:50.16 0.net
そして鳥居は、涙を拭いながらまだ半狂乱の倉橋冬宇子を押さえつけようとする。
例え噛みつかれようが引っ掛かれようが鳥居には屁でもなかったが
鳥居は目の色を変え、暴れる倉橋に飛び付くとその細腕を必要以上にギリギリと握り固定する。
それはまわりから見れば少し異常なことかもしれない。
どうして鳥居がそんなことをするのかというと、
倉橋を押さえつけている鳥居の心境が複雑だったからだ。
その心は、今しがた倉橋が伊佐谷にぶちまけた言葉を思い出して
毎度おなじみに倉橋にすべてを背負わせてしまった罪悪感と、
それほどに思われた死王に対しての嫉妬心で溢れ返っていたのだ。

倉橋は敵対する死王に対して同情はしたが、鳥居にはいつもしかりつけるようなことを言う。
死王との違いを見下すなと言いながらも倉橋のなかに違いは確実に存在する。
頼光に対しても彼の可愛いげは許せるようだが鳥居を見る目は
射抜くようにいつも鋭いのだ。

そんな倉橋が目の前でうねうねと駄々をこねるように逆らっていれば、
それは引き金となり鳥居の逆鱗を逆撫でするのも当たり前。
これ以上の拒絶は憐れな吸血鬼の胸を引き裂くのだ。
鳥居は大きく息を吸ったあとにこう叫ぶ。

「ごめんなさい倉橋さん。いつも辛い役目ばかりさせてしまって。
でも悲しいことに僕はあなたを慰めるような言葉を知らない。
正直、倉橋さんに同情されてるあの子に嫉妬さえ感じてしまいました」

「…だから僕は彼のできなかったことをやります。
それほど伊佐谷が憎いのならあとで一緒に追いましょう。
でも今は、生き残ることに全力を尽くします。
少しだけ乱暴することを許してください!」
鳥居は左手を倉橋の膝の後ろに、右手を背中に回して抱き上げる。
そのとたん、頬に朱がのぼる。
まるで嫉妬の炎が心のあらぬ部分へと飛び火したような感覚が全身を襲う。
鳥居は白い喉をひくつかせて唾を飲み込むと、倉橋を抱き抱えながら階段をかけのぼってゆく。
たぶん、一回でも転んだら、自分たちには永遠の凍結が待っている。
だが不謹慎だが、鳥居のその胸のうちにはこのまま永遠にこの逃走の状況が続けばよいと思う自分もいた。
日常の日本で、倉橋と時を重ねることなど、もう二度とないかも知れない。
でも倉橋のことをもっと知りたい覗きたいという好奇心。それに追従する恐怖。
死王との出逢いは知れば知るほど自他の違いを見つけ、
離れてゆく人の心の不思議も鳥居に教えてくれていた。
希望的観測があるとすれば、それは今後倉橋の命の恩人となった鳥居が恩着せがましくせず、
倉橋の理想の男を演じたあとの彼女の反応だけだろう。

(三社祭の返事、どうなるのかな…)

【鳥居:倉橋をお姫様抱っこして逃走】

93 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/06/06(金) 06:05:39.75 0.net
遺跡全体が激しく揺れている。
五千年の時を騙し通してきた術式が失われ、崩落という名の定めが目を覚まし、その顎を開いたのだ。
壁を、床を、天井を亀裂が駆け抜け、瓦礫や土砂が絶え間なく君達の頭上から降り注いでくる。
冒険者達は行きに下りてきた階段の絶望的な長さを思い出し、それでもやるしかないと腹を括る。

>「お待ちよ!!!
  あの子のことを理解するようなフリをして、さんざあの子を利用して!!
  責任も取らずに逃げんのかい!?この卑怯者!!!!お戻り!!戻れったら!!!!」

そんな中で倉橋冬宇子だけが脱出ではなく、まったく別の事に執着を見せていた。それも異常なまでに。
既に姿を眩ませた伊佐谷に対して、彼女が消えていった壁を何度も叩きながら喚く彼女は、完全に我を忘れているようだった。

「おい、何やってんだ!馬鹿みてえな事してねえでさっさと来い!でねえとマジで置いてくからな!」

生還屋は崩壊に負けないほどの大声で冬宇子に呼びかける。が、それ以上の事はしようとしなかった。
勘に頼るまでもなく、彼には自分が冬宇子を引きずりながら遺跡を脱出する事など出来やしないと分かっているからだ。
彼の仕事は『他の冒険者の生還』だ。しかし、それは決して全員の生還ではない。
もし一人を犠牲にする事でより多くの人材が助かるのならそうすべきだし、実際彼はそうしてきた。

「……行くぞ。ありゃ、仕方がねえ」

そして、今回も彼は決断をした。
このまま冬宇子に気をかけていては全員が脱出に間に合わなくなる。
その判断は間違いなく合理的だった。

「……行きたければ勝手に行け。彼女は私が連れてくいく。やり方を選ばなければ、不可能じゃない」

だが、皆がそれに納得するかどうかは、また別の話だ。
双篠マリーは階段に背を向けた。ブルー・マーリンも意志は彼女と同じようだった。
しかし、二人の行く手を生還屋は右腕で遮る。

「耳がおかしくなっちまったのか?俺は行こうぜじゃなくて行くぞって言ったんだぜ。違いは分かるよな?えぇ?」

「お前こそ私がなんて言ったか聞いていなかったようだな。私は勝手に行けと言ったんだ。」

刻一刻と増していく揺れの中で生還屋と双篠マリーは睨み合う。

「おい、仲間割れしてる場合じゃないだろ!勘弁してくれ!」

「急かすなよ。それに勘違いすんな。んでもってよく考えろ。もしオメーらにはもっとやらなきゃいけねえ事があんだろ」

焦るフーをあしらうと、生還屋はマリーの前から体をどける。
それは道を開ける為ではなく、彼女の視界を開ける為――冬宇子へ歩み寄る鳥居の姿を見せる為だ。

「力だけで言やあ、あのガキはこの中で一番だ。任せとけ。
 それよか、あの悪霊女が呼び寄せきれてなかった動死体共がこの揺れのせいでまた集まってきてやがる。
 女抱き上げて運ぶより、ノロマな半死人にトドメを刺してやる方が簡単だろ、オメーらにとっちゃ」

鳥居は吸血鬼だ。その人外の膂力を以ってすれば、冬宇子がいかに暴れようと強引に連れてくる事が出来るだろう。
鬼気迫る様子で彼女を抑え込む鳥居の素振りはどうにも危なっかしいように見えたが――生還屋の言う事ももっともだ。
マリーは一度目を閉じ深く息を吐くと、すぐに身を翻し階段へと足をかけた。

94 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/06/06(金) 06:06:06.73 0.net
 


鳥居が冬宇子を抱えて階段を駆け上るに当たって、障害となるものはそう多くないだろう。
足元には動死体が何体も転がっているが、殆どが絶命させられている。
天井から降ってくる瓦礫には気をつけなくてはいけないが、その程度だ。

やがて君達は遺跡の最上層――清の兵士達がいた空間にまで戻ってくるだろう。
彼らの姿は見えなかった。ただバラバラにされた手足がそこらに転がっている。
恐らくは押し寄せてきた動死体共を止めようとした結果だ。

冒険者達が降りてきた入り口の下では、土埃が渦を巻きながら舞い上がり続けている。
地上へ戻る為の気流をフーが残しておいたのだろう。

「……やぁ」

しかし、不意に声が聞こえた。伊佐谷の声だ。
それと同時に、君達の前に彼女が姿を現した。

「別に、あのまま帰っちゃっても良かったんだけどね。でも、君ってほら、なんだかしつこそうだし。
 君達は、もしかしたら私の見た未来を変えられる、初めての人間かもしれない。
 次に会った時も、またこの事で何か言われるのは面倒だなと思ってね」

伊佐谷は君達を見下ろしながら、言葉を続ける。

「そりゃ……私だってね。あの子を可哀想に思う気持ちくらいあるよ。
 けど、君だって結局は自分の身を守る為に、あの子を拒絶し、傷つけた。だろう?
 私も同じさ。違うのはただ、私は自分を操る事でその過程を無視出来るってだけだ」

「あの子は魂を氷に閉じ込める事で、それを最も良い状態で……幸せな時で固定しようとした。
 私は魂を使役する事で、それを最も望ましい状態に変化させられる。
 だから気が合ったんだ。あの子ならきっと分かってくれるよ。私はそう『信じてる』」

「とは言え……まぁ、私にも後ろめたい気持ちがない訳じゃない。
 忘れようと思えばそれも忘れられるけど……君にそう幾つも嫌味の口実を与えたくないしね」

言いながら、伊佐谷は右手を杯のように模って、その中に炎を灯す。

「……えーっと、鳥居君だっけ?確か君はさっき、あの子に自慢の炎を封じられていたね。空気の流れを凍らされて。
 そう、彼は君の炎を直に凍らせはしなかった。ま、そりゃそうだよね。炎は凍るものじゃない」

次に左手も同じように、そちらには小さな寒波を作り出した。
そうして両手を重ね合わせると、当然のように炎も寒波も消えてしまった。

「つまり、彼の術を以ってしても凍らせられないものはあるって事さ。
 もっとも、君達の背後から迫ってきている『それ』は時をも凍らせてしまうんだけど……あの子は何を凍らせるかを緻密に取捨選択出来る。
 きっと一つだけ、彼が凍らせずに、自分に届くようにしているものがある筈だよ」

「……ま、そういう事でさ。今度こそ私はお暇させてもらうよ。
 君があの子の救いになれればいいんだけど。言っとくけどこれは嫌味じゃないよ。私よりかは向いてる筈さ。ただ……」

「あんまり時間をかけ過ぎない方がいいだろうね。上の皆はきっと君達を待ってるよ。待ちくたびれてるって訳じゃなくてね」

95 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/06/06(金) 06:06:46.78 0.net
 


――地上へ帰還した君達が目にするのは、冒険の終わりに相応しい、胸のすくような月輪などではなかった。
何故なら君達の目は恐らく、周りを取り囲む夥しい数の動死体共から離す事が出来ないからだ。
君達のいる遺跡は呪災が起こる直前まで、付近で北方軍と清軍が衝突していた。
少しばかり遺跡の内部に流れ込んできたところで、外にはまだ恐ろしい程の動死体が残っていた。

「畜生!この分じゃ馬車はとっくに逃げちまってるか、それともコイツらの餌って所だろうよ!逃げ道はねえぞ!とにかくやるしかねえ!」

「それは……ご自慢の勘って奴か!?それなら私にも分かる事以外を口にしろ!活路は!無いのか!?」

生還屋も、双篠マリーも、皆必死に動死体共を退けていた。
幾ら敵を屠ったところで焼け石に水で、むしろその騒ぎを聞いて仕留めた数の数倍の動死体が更にこちらへ向かってくるというのに。
それでも、諦めれば全てが終わってしまう。だから皆が戦っていた。

君達が、押し寄せてくる数えきれないほどの動死体を全て仕留められる可能性は、皆無だ。
だとしても、君達に選択肢はない。永遠の今を与えてくれる死者の王は、この場にはいない。
一秒でも長く生き永らえるのだ。

96 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/07/13(日) 21:45:50.72 0.net
>>90-93 >>93-96
鳥居呪音の小さな腕の中に、手足を折り縮めるような格好で押し込められ、固定されて尚、
冬宇子は抵抗を止めなかった。

「放せ!放すんだよ!!この小僧!!私ゃまだ此処を出る訳にゃいかないんだ!!
 戻ってあの子の始末をつけなきゃならないんだよ!!!」

今しも狂乱の只中にある冬宇子は、声の限りに喚き立て、懸命に身藻掻いて、鳥居の細腕を脱しようと足掻いた。
血溜まりに倒れ伏した少年の顔が、目交いに焼き付いて離れない。
すべてを拒絶して凍結した空間の中に閉じ篭ってしまった、傷ついた子供の表情が。

五千年もの歳月、少年がその身に秘匿してきた不死を奪い、小さな体をズタズタに引き裂いたのは、自分の仕業だ。
あの子は未だ、この遺跡の最奥で生きている。
此処で終焉を結ばねば、彼は再び百年千年の星霜、呪災の元凶として大陸の民の厭忌を背負い、
地下の暗闇で孤独を抱えたまま、一抹の希望に縋って生き続けることになるだろう。
そして、その希望とは、叶う見込みの無い渇望をもって彼を無慈悲な運命に縛り付ける、残酷な楔でもあるのだ。

――――あの子を今、此処で、自分の手で、殺さなくてはならない。
手負いの獲物を、あくまでも己が手で仕留めようとする猟師の責務にも似た衝動が、冬宇子を突き動かしていた。

地下の広大な遺構は、間近に迫る崩落の足音に揺らいでいた。
頭上を駆け抜ける亀裂から砂礫が雨のように降り注ぎ、うなじを冷たく炙る禍々しい凍気が、
少年を中心に展延する呪いの接近を告げていた。
今さら、岩屋の牢獄で凍りついた少年の元へ辿り着くすべなど、あろう筈も無い。

それでも冬宇子は、己を階上に運ぶ少年の腕を振り解こうと藻掻き続けた。
けれど、いかに引っ掻き、噛み付き、手酷く暴れようとも、その幼き手の縛めは鉄鎖のように頑強で揺るがなかった。
そうして、空しい抵抗のうちに長い階段を上がっていくにつれて、
立ち込める靄が薄くなってゆくように、徐々に正気が戻り始めた。
物狂おしい激情は少しずつ静まり、思考が定まっていく。

冬宇子は口をつぐみ、暗然とした心持ちで、少年の来し方へ思いを馳せ、自問した。
自分はあの子を憐れんでいるのか。憐れむ資格があるのか?
あの子を憐れんだとして、果たして、何が出来ようか―――?

少年は、五千年前、肉体の時間のみを凍結させる不老不死の法を編み出したがゆえに、
術式の漏洩を恐れる王の詭計によって、王宮地下の牢獄に幽閉されてしまった。
朽ちることのない肉体、少年は永劫とも思える歳月を、ただ独り、冷たい暗闇の牢獄で過ごした。
それでも、同じく不死ゆえに封印された古代王のように、狂気に蝕まれた廃人にならなかったのは、
彼の精神が子供のままに成長を止めていたからであろうか。
子供とは絶望することの出来ぬ生き物なのだ。嘘の上にも幻の上にも希望の種を拵える力を持っている。

彼は絶望を知らなかった。
この暗闇の牢獄で、己の運命を狂わせた不死の法に、意義を求めた。
幸福を閉じ込める凍結の庭にこそ、人類の慰撫と救済があると信じた。
冬宇子は、彼と言葉を交わすうちに、その信念――妄執というにはあまりにも純粋な――の強固さを知った。
幸福な箱庭の幻想に、少年自身が囚われてしまったとしても、それが数千年もの間、
彼を支えた、たった一つの寄す処(よすが)であるのなら、どうしてそれを無碍に否定できようか。

少年が求めるものは、理解と肯定だ。
あの子を救えるものがあるとすれば、それは、数万の民を氷の屍に変えた罪深さも、
不死の体現たる者の呪わしいさも越えて、あくまでもあの子を慈しみ、庇おうとする、母のような愛―――
過去の業など振り捨てて、只の子供のように甘え守られて生きよと、手を引き、地上へと導く優しさ―――
けれども、そのような存在に、己は決して成れないと冬宇子には分かっていた。
我が身を捨てて注ぐ母の如き愛情は、持ち合わせるのも、与えられるのも、そら怖ろしい心地がする。

救う手を持たぬのなら、憐れみの感情に何の意味があろうか?
第一、憐れみを言い訳にせぬと、あの時、心に決めたではないか―――

97 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/07/13(日) 21:51:53.16 0.net
そうやって黙りこくって考え込んでいる間に、階段は尽きて、
冬宇子と鳥居は、遺跡に侵入した際に最初に落ち込んだ小部屋へと辿り着いた。
其処で番人と化していた清国の術士は、あわれ雪崩れ込む動死体に破られたか、無残な屍を晒している。
その空間の中央、月明かりの差し込む破口に向かって、一陣の風が渦を成して舞い上がっていた。
フー・リュウが、脱出のために残していった呪力の風であろうか。

>「……やぁ」

ふいに呼びかける声がして、振り仰ぐと、そこに浮遊する女の姿が。
三たび眼前に現れたのは、魄霊――伊佐谷。

>「別に、あのまま帰っちゃっても良かったんだけどね。でも、君ってほら、なんだかしつこそうだし。
>君達は、もしかしたら私の見た未来を変えられる、初めての人間かもしれない。
>次に会った時も、またこの事で何か言われるのは面倒だなと思ってね」

「よくもシャアシャアと面を見せられたもんだね……!」

冬宇子は込み上げて来る怒りを抑えながら言った。
自分を抱えている鳥居の耳元で「降ろして」と囁く。「大丈夫、私はもう正気だよ」と。

>「そりゃ……私だってね。あの子を可哀想に思う気持ちくらいあるよ。
>けど、君だって結局は自分の身を守る為に、あの子を拒絶し、傷つけた。だろう?
>私も同じさ。違うのはただ、私は自分を操る事でその過程を無視出来るってだけだ」

どこか弁解がましくもある伊佐谷の主張を、冬宇子は黙って聞いていた。
いま口を開けば、また支離滅裂な怒声を上げてしまいそうでもあったし、
何より、彼女の言葉は、反駁の余地のないほどに正しかった。
冬宇子が、地下の岩室でしたことといえば、あの子の心身を傷つけただけだ。

>「あの子は魂を氷に閉じ込める事で、それを最も良い状態で……幸せな時で固定しようとした。
>私は魂を使役する事で、それを最も望ましい状態に変化させられる。
>だから気が合ったんだ。あの子ならきっと分かってくれるよ。私はそう『信じてる』」

地面に降ろされ立ち上がった冬宇子は、軽い眩暈を堪えながら、語る女を睨めつけた。
彼女の言う少年への信頼は欺瞞だ―――と冬宇子は思った。
狩尾公爵率いる『華涅神崇団(じぇねしすだん)』の目指す、理想の新世界が如何なるものかは知らないが、
少なくとも、世界中の人間が呪わしい動死体に成り果てた姿ではない筈だ。
畢竟、目的を違える者同士。何処かで切り捨てる必要があるのなら、少年は使い捨ての駒と同じではないか。

>「とは言え……まぁ、私にも後ろめたい気持ちがない訳じゃない。
>忘れようと思えばそれも忘れられるけど……君にそう幾つも嫌味の口実を与えたくないしね」

「おや……
 肉体を棄てて高位の霊体にお成りあそばした方が、下衆な女の嫌味なんぞに気を揉むなんて、意外だわねえ!」

精一杯虚勢を張り、薄笑いを浮かべて、冬宇子は吐き棄てるように言った。
腹の底では複雑な想いが渦巻いていた。
つかの間、錯誤の上に築かれたものだとしても、あの子に救いと慰めを与えられたのは、この伊佐谷の方なのだ。

98 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/07/13(日) 21:55:32.11 0.net
彼女は皮肉など意に介さずに、鳥居呪音へと視線を送る。

>「……えーっと、鳥居君だっけ?確か君はさっき、あの子に自慢の炎を封じられていたね。空気の流れを凍らされて。
>そう、彼は君の炎を直に凍らせはしなかった。ま、そりゃそうだよね。炎は凍るものじゃない」

右手に炎、左手に寒波――手練の道術で二つを自在に作り上げて、重ねる。
手品のような勿体振った手つきで、広げて見せた掌の中には何も残っていない。

>「つまり、彼の術を以ってしても凍らせられないものはあるって事さ。
>もっとも、君達の背後から迫ってきている『それ』は時をも凍らせてしまうんだけど……
>あの子は何を凍らせるかを緻密に取捨選択出来る。
>きっと一つだけ、彼が凍らせずに、自分に届くようにしているものがある筈だよ」

訝しげな顔でその様子を見詰めていた冬宇子はハッと気付いた。
彼女は、時空の檻に閉じこもってしまった少年に干渉する方法を伝えているのだと。

>「……ま、そういう事でさ。今度こそ私はお暇させてもらうよ。
>君があの子の救いになれればいいんだけど。言っとくけどこれは嫌味じゃないよ。私よりかは向いてる筈さ。ただ……」

意味ありげに一寸言葉を切って、彼女は続けた。

>「あんまり時間をかけ過ぎない方がいいだろうね。上の皆はきっと君達を待ってるよ。
 待ちくたびれてるって訳じゃなくてね」

言い置いて、上方に浮かび上がる伊佐谷。その影は次第に薄くなっていく。

「待ちなよ!」

冬宇子は、半透明の女の背に呼び掛けた。

「……あんた、本当は分かっていた筈だよ……!
 氷の箱庭を作るあの子のお遊びが、『今』でなくたって何時か……あの子の身に破滅を招くってことを……!
 承知の上であの子を此処に放って置いたんなら、捨て駒に利用したのと同じ事じゃないか!」

努めて感情を抑えようとする低い声は、ともすれば掠れがちであった。

「………忘れようと思えば忘れられる……?気に入らないねえ!!
 手前がしたことをサッパリ忘れて、口を拭って平気な顔をしているなんざ、そんな卑怯な所業があるかい……!
 後ろめたさも後悔も、持ち合わせちまったら、それを抱えて生きるのが手前への責任ってもんじゃないのかい!?」

今さら、伊佐谷をなじったところで、何も変わりはしない。
それでも、言いたいことを吐き出してしまわずにはいられなかった。
生きて再び彼女にまみえる保障は何処にも無いのだ。

99 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/07/13(日) 22:01:17.51 0.net
「あんたの言う通りさ………!
 私は、忌まわしい獣の牙で、あの子の肌を裂き、肉を削いで、ズタズタに傷つけた……
 此処から生きて帰る為なら、もっと酷いことだってしてやるつもりさ。
 だが、それも自分が選んだ道だ……私は、その罪悪感からも後悔からも、逃げるつもりはないね!!」

皮肉にも彼女の助言は、冒険者たちの数少ない生還の可能性を示していた。
けれど、それは残酷な決断を要するものだった。

「あの子を忘れるなんて、許さない……!!
 もしそんなことをしたら、私の命のある限り、あんたを卑怯者と謗り続けてやる……!」

伊佐谷の目を見据え、握り締めた拳を震わせて冬宇子は言った。
残酷な決断―――答えはとうに出ていた。
あの岩窟で、少年への憐れみと自分の命を天秤にかけて、救済より保身を選んだのだから。

伊佐谷が去り、一条の月光が銀色の筋を落とす岩間に取り残された二人。
冬宇子は、おもむろに鳥居の肩に手を置いた。

「さっきは悪かったね……引っ掻いたりして……随分痛かっただろう……?」

視線を延々と下へ続く階段に移し、その向こうで底知れぬ怪物のように蟠る暗闇を見詰めた。
冷たく臓腑(はらわた)に染み込むような凍気。呪いの到達は程近い。
傷ついた少年が苦し紛れに組み上げた不死の呪い――
少年を中心に展延してゆく禍気に触れたなら、たちまち凍りついた時空の檻に閉じ込められてしまう。

呪いは、少年の呪力が及ぶ限りの空間を侵食し、拡がってゆくだろう。
津波のように押し寄せる呪いの追撃を逃れ、幾多の障害を乗り越えて、結界が張り巡らされた清国まで、
強化馬の馬車を使ってもたっぷり一日半。無事に辿り着けるとは考え難い。
――――生還の可能性を賭けられる選択は一つだけだ。
階下の闇に目を向けたまま、冬宇子は言った。

「あの女の言ったこと……分かったかい?
 一つだけ、あの子が凍らせずに、自分に届くようにしているものがある筈だって……
 答えはおそらく…………呪力だよ。」

呪いの膨張、展延には、基点となる少年から未侵食な空間までの呪力の伝播を要する。
反対に言えば、呪力を帯びたものを少年に向けて放出すれば、
此方からあの子の元へ、効力を及ぼし得る可能性があるのだ。

100 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/07/13(日) 22:12:12.76 0.net
「お前……私に、『辛い役目をさせた』って言ったね。
 ……本当に、それを背負うべきは、お前の方かもしれないよ………」

傍らに立つ鳥居に視線を戻す。

「……もう直ぐ私たちも、凍結の呪いに呑み込まれるよ。
 上手い事振り切って清国まで逃げ果せたとしても、恐らく、いずれは大陸全土が凍った時空に侵される。
 新たな呪災の発生を食い止め、私らが無事に生きて国に帰る手立てがあるとすれば、一つ………
 呪災の淵源を断つ――――あの子の息の根を止める事だけさ。」

数瞬、血に染んだ月の如き少年の紅い瞳をじっと見詰めた。
やおら、ほっと溜息を吐いて言葉を続ける。

「私の存思の術は、光を媒介にあの子の精神に干渉した。
 だが……今度は、光だけじゃあ駄目なんだ……光は直進する……折れた階段の先の地下までは届かない。
 連鎖的に伝播して拡大するもの――延焼する『炎』―――お前の力が要るんだよ……」

少年は箱庭の幻想を捨てられぬし、冬宇子は己の命を譲れない。
互いに譲れぬ、守るべきものを持つ者が対立する時、誇りと命を賭けて、どちらかが斃れるまで戦うしかない。
けれどこの簡明な原則も、無限の寿命と不滅の肉体を持つ幼い吸血鬼には、理解しがたいものであるかも知れない。
彼にとって己の命は、エゴを貫き通さねば守れぬほどの深刻な問題ではない。死はあまりにも遠く現実離れしている。
鳥居には鳥居の信条があり、良心があるだろう。
力を借りる以上、冬宇子は彼の意思を尊重するつもりでいた。

「私はもう腹を括ったよ。あの子を殺すか、さもなければ私が死ぬか……此処で決着をつけるつもりさ。
 協力の無理強いはしないよ。やるかやらぬか、お前自身が決めることさ。」

軽く片手を上げて、淡光を放つ妖獣を招いた。

「燐狐……!悪いがもうひと働きお願いするよ!此処へ来て照らしておくれ!」

目を閉じ呼吸を整え、精神を集中する。
此処で死ぬにしろ生き残るにしろ、あの少年に想いを伝えられる機会は、これが最後だ。
もし、鳥居が冬宇子に力を貸してくれるなら、紅蓮の炎に存思の念を込めた光を重ねて放出するつもりだった。
存思の呪力を帯びた炎は、保護符によって建造当時の状態で保存されていた躯体の木材に燃え移り、
やがて、最下層の岩屋へと到するだろう。
圧縮された空気――高い酸素濃度のまま空間を凍りつかせたあの牢獄へ。

――――坊や………あんたは哀しみを凍らせてくれる、優しい救世主だったよ。
だけど、メシヤってのは、いつの時代も、意固地な分からず屋に迫害されちまう運命だろう……?
その意固地な分からず屋が、私さ。
…………さよなら、坊や……あんたが救世主なら、最期に……
この分からず屋の迫害者を憐れんで、ひとつだけ、願いを叶えてくれないかい?
……名前を……あんたの、本当の名前を聞かせて―――――!

冬宇子には、少年に理解を示し、慰めになることは出来ない。
受け入れることが出来ぬなら、せめて否定する事だけはすまいと心に決めていた。

『死王』―――少年が自ら称した名を、冬宇子は決して口にはしなかった。
夢見る屍を統べる箱庭の王。確かにその名は彼の所業を体現していた。
けれどそれは、彼なりの、素朴な善意に基づいた救済でもあったのだ。
不死に運命を狂わされる前の、聡明で心優しい少年の中にこそ、彼の本質はあるのだと
冬宇子はそう思わずにいられなかった。

【鳥居君に火炎放射をお願いして、存思の術準備中】

101 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/08/05(火) 04:49:04.73 0.net
――地上は動死体で溢れかえっている。
だから皆、必死になって生き延びるための策を模索する。
そんななか、鳥居は体が動かなくなるまで戦おうと思っていた。
それは無策にして只の悪足掻き。
精一杯やって後悔しないようにして、
できたら死ぬのは一番はじめと決めた。
もう、誰かの死ぬところは見たくはなかった。
特に倉橋冬宇子の死は…。
なぜなら倉橋は、死王のことを忘れない特別な存在で
鳥居の心の一部とも言えるからだ。
言い方を変えれば今の鳥居の心は死王と倉橋に変化させてもらった。
それはどちらかと言ったら良かったこと…、と鳥居は思う。
その理由はこのうつろいゆく瞬間、
刹那をなんて尊い時間なのだろうと思えるようになったということ。
そしてマリーと同じように、戦う理由が鳥居にも芽生えたということだ。

だから鳥居は、彼らへの恩返しと贖罪を同時に行う。
迫り来る動死体の群れと戦い続ける。
たぶんそれは、仲間が助かるための時間稼ぎになるだろう。

――ドスン。
鳥居の腹部からぬらぬらと飛び出してくる鉄塊。
なんと動死体の一体が背後から大槍で鳥居を串刺しにしたのだ。
そのまま鳥居は持ち上げられ岩に叩きつけられと、
再生するまも与えられず次々に動死体に襲われ始める。
ゆえに鳥居は血の海で自身の終わりを覚悟した。

(……なんの因果か、冒険者になって皆と嘆願を解決してきたこの数ヵ月間は、本当に楽しかったです。
でもできたら……、紡ぎあげてきたこの思い出もずっと記憶のなかに閉じ込めておきたかった…)
それは祈り。現実になった瞬間に泡のように消えてしまう祈り。
それならいっそ叶わないまま、永遠にあり続けられたらよいと鳥居は思っていた。

(倉橋さんたち、うまく逃げられたかな…。
今回はべつに恩着せがましいことも言ってないし、
実際には言えなかっただけだったのですが……。
無事に助かっていてくれたら何よりです)

102 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:04:34.05 0.net
【遺跡内部】

>「待ちなよ!」

用を終え、立ち去ろうとする伊佐谷を、冬宇子が呼び止めた。
伊佐谷にはそれを無視する事も出来たが、彼女は素直に、再び冬宇子の方を振り返った。
死王に対する感傷を抱いていると言う点で、伊佐谷と冬宇子は似ている。
その冬宇子が自分に向けて何を言おうとするのか、気になったのだ。

>「……あんた、本当は分かっていた筈だよ……!
  氷の箱庭を作るあの子のお遊びが、『今』でなくたって何時か……あの子の身に破滅を招くってことを……!
  承知の上であの子を此処に放って置いたんなら、捨て駒に利用したのと同じ事じゃないか!」

伊佐谷は、何も答えない。
何を答えようと今更意味なんて無いからだ。
だが、それでも、あえて心の中だけで反駁するとしたら――それは違う、と彼女は答えるだろう。

伊佐谷は死王の夢想が実現すれば、それがどれだけ――優しい事だろうと、自分自身を御する事なく本心から思っていた。
お互いの理想の世界が完全に一致しなくとも、国同士がそうするように、共存出来る、とも。
本当に今更、何の意味もない言葉だが。

>「………忘れようと思えば忘れられる……?気に入らないねえ!!
 手前がしたことをサッパリ忘れて、口を拭って平気な顔をしているなんざ、そんな卑怯な所業があるかい……!
 後ろめたさも後悔も、持ち合わせちまったら、それを抱えて生きるのが手前への責任ってもんじゃないのかい!?」

「はは……そこはほら、私はもう生きてるとは言い難い存在だしね」

冗談めかして、伊佐谷は笑う。
そも、彼女が肉体を捨て霊体と化したのは、生に伴うあらゆる重荷から逃れんとしたが為だ。
なのに、未だ尚、自分がそれから逃れ切れていない事に気付くと、馬鹿らしさに思わず口元が緩んでしまったのだ。

>「あんたの言う通りさ………!
 私は、忌まわしい獣の牙で、あの子の肌を裂き、肉を削いで、ズタズタに傷つけた……
 此処から生きて帰る為なら、もっと酷いことだってしてやるつもりさ。
 だが、それも自分が選んだ道だ……私は、その罪悪感からも後悔からも、逃げるつもりはないね!!」

>「あの子を忘れるなんて、許さない……!!
 もしそんなことをしたら、私の命のある限り、あんたを卑怯者と謗り続けてやる……!」

「……一体何の事を言っているのか、私には分からないな」

空とぼけた口調で、伊佐谷はそう返した。
これが自分の姿勢だと、冬宇子へ、そして他ならぬ自分に突きつけたのだ。
そして今度こそ、彼女は冬宇子達の前から姿を消した。

辺り、しん、と静まり返り――しかしそれは平穏の訪れを意味しない。
崩れつつ筈の遺跡の崩落音がしない。
つまりそれだけ『凍結』が迫ってきているという事なのだから。

>「あの女の言ったこと……分かったかい?
 一つだけ、あの子が凍らせずに、自分に届くようにしているものがある筈だって……
 答えはおそらく…………呪力だよ。」

>「……もう直ぐ私たちも、凍結の呪いに呑み込まれるよ。
 上手い事振り切って清国まで逃げ果せたとしても、恐らく、いずれは大陸全土が凍った時空に侵される。
 新たな呪災の発生を食い止め、私らが無事に生きて国に帰る手立てがあるとすれば、一つ………
 呪災の淵源を断つ――――あの子の息の根を止める事だけさ。」

もう時間はない。
冒険者達が生き残るには冬宇子の言う通り、死王を殺すしか方法はなかった。

103 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:05:06.46 0.net
>「私はもう腹を括ったよ。あの子を殺すか、さもなければ私が死ぬか……此処で決着をつけるつもりさ。
  協力の無理強いはしないよ。やるかやらぬか、お前自身が決めることさ。」
>「燐狐……!悪いがもうひと働きお願いするよ!此処へ来て照らしておくれ!」

呪力を帯びた光が凍った時を越えて、遺跡の奥へと続く階段を照らす。
それに追随するかのように放たれた神気の炎が躯体に燃え移り、更に地下へと伸びていった。

そして――やがて無明の闇に満ちていた遺跡の最奥部に、炎が到達した。
直後、室内に満ちた酸素がその炎に爆発的なまでの勢いを与える。

「……なんだ。結局、逃げ切れちゃったのか」

瀕死の体で、微動だにしないままだった視界が不意に眩い光に満たされて、少年は小さく呟いた。

――――坊や………あんたは哀しみを凍らせてくれる、優しい救世主だったよ。

彼の体を包む炎――そこに宿った冬宇子の思念が、伝わっていく。

――だけど、メシヤってのは、いつの時代も、意固地な分からず屋に迫害されちまう運命だろう……?
その意固地な分からず屋が、私さ。
…………さよなら、坊や……あんたが救世主なら、最期に……
この分からず屋の迫害者を憐れんで、ひとつだけ、願いを叶えてくれないかい?
……名前を……あんたの、本当の名前を聞かせて―――――!

「僕の、名前……?」

ろくに呼吸も出来ず、掠れた声で少年は呼びかけに応える。
しかし、問いには答えない。
いや――答えられないのだ。

彼は自分の本当の名前など、とうの昔に忘れてしまっていた。
それは彼なりの防衛本能だった。
自分を自分のままにしておいたら、きっと彼は五千年の時の中で壊れてしまっていただろう。
己を死王――思想の体現者、王という機構に変える事で、彼は精神の均衡を保ってきたのだ。

だが――それも、もう終わる。
彼の命を繋ぎ止めている『凍結』は、陰の氣だ。
即ち陽の氣である神気の炎に――爆発的な火勢を得てしまったそれに、少しずつだが相殺され、侵食されていく。

104 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:06:35.42 0.net
頭では分かっている。
けれども五千年もの間生きてきた彼は、今更、死を実感する事など出来なかった。
ただぼんやりと、何度も繰り返される冬宇子の呼びかけに心を傾けていた。

「なんだろう……ずっと昔に……同じ事……言われた……気がする……」

あれは誰だっただろうか、いつだったろうか――死王は考える。
自分がこの遺跡に封印される前の事。

炎が体を包んでいく。だが痛みはない。
痛みを感じるという精神さえも、凍結させているからだ。
感じるのはただ、柔らかな温かさだけ――脳裏によぎるかつての記憶も、そんな温かいものだった。

眠るように瞼を閉じる。そして、

「……思い出した」

その裏側に浮かび上がってくる。自分の頭を包むように撫でる、温かな手。優しげな微笑み。

「母さんが……教えてくれたんだ……僕の……強すぎる……冷気が……それでも誰かを、守れるものであるようにって……。
 雪はどんなに降り積もっても……その下で草花の芽を……殺してしまったりはしないんだって……」

『凍結』が相殺されていき、死が近づいてくる。
徐々に少年の意識に霞がかかっていく。

「雪……優……それが僕の名前……ごめんね、母さん……僕は……僕の名前に相応しい生き方は……出来なかったよ……」

そして、崩落音が響いた。

【雪優(シュエ・ヨウ)死亡】

105 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:07:45.30 0.net
【→地上】

迫り来る動死体の軍勢を前に、冒険者達は必死に応戦していた。

双篠マリーの短剣が弧を描き、宵闇に閃く。
迫り来る動死体共の首を一纏めに切り裂き、身を翻し背後の一体の目を抉る。
その死体を盾にして他の動死体を牽制、直接触れる事による冷気の伝染を防ぐ。

と、戦場に転がっていた槌が視界に映った。その柄を踏みつけ跳ね上がらせ、右手で掴み取る。
盾にした死体を突き飛ばすように投げ、前方を牽制。
その反動を利用し、槌を背後に振り回し、動死体共の頭部二つまとめて砕く。
振り回した後に隙が生じぬよう、槌の重さには逆らわず、そのまま投擲。更に一体を仕留める。

前に向き直り、組み付こうと接近していた動死体を、体を半身にして躱す。
そしてすれ違いざまにその頚椎を突き刺し殺害。
崩れ落ちる死体を踏み台にして跳躍。包囲網から脱出し、仕切り直す。
あと何度これを繰り返せばいいのかは、考えないようにしていた。

ブルー・マーリンもまた、数え切れないほどの動死体を相手に決して怯まず戦い続けている。
サーベルを薙ぐ度に三つ、四つの首が飛ぶ。
地を蹴り、跳び上がり、着地するまでの数秒に幾度もの蹴りが放たれ、それら全てが動死体の頭を砕く。

息をつく暇もないほどの激闘。今までに体験した事がないほどの死闘だった。
なのに、心が踊らない。戦いは、楽しいものだった筈なのに。
相手が強敵ではなく、ただ数が多いだけの軍勢に過ぎないからだろうか――いや、違う。

この戦いが楽しくない理由は――仲間達の姿が見えないからだ。
恐ろしい数の動死体を捌き続ける内に、皆少しずつ逸れてしまった。
彼らがまだ無事なのか。そればかりが気がかりで、途方も無いほどの焦燥が生まれる。
こんな戦いがあったのか、と彼は顔を顰めた。

サーベルを持たない左手で拳銃を抜き、引き金を引く。
動死体相手にはさほど意味のない銃弾を、夜空に向けて立て続けに放った。
動死体達が少しでも自分の方へと集まってくるように、と。

生還屋は――ただひたすら逃げ回っていた。
彼にはこの状況下でも、生存の為の道が、生き残る為に向かうべき場所が見えていた。
秒刻みで変化していくその位置へ移動しながら、匕首ですれ違いざまに動死体の首を突き刺す。
非効率的な戦術だ。動死体共と自分の体力、どちらが先に尽きるかなど分かり切っている。
それでも、彼は足を止めるつもりだけはなかった。

何百何千の動死体を相手に互角以上の戦いが出来ていた。
だが、そんな事にはなんの意味もなかった。
この均衡は、いずれ崩れ落ちるものだと皆が理解していた。

「生還屋!本当に何もないのか!っ……はぁ……あかねの術は!鳥居も、冬宇子も、フー・リュウもいる!何かあるだろう!」

「そいつは……!俺に言っても仕方……ねえだろ!あぁあるさ!アイツらならなんとか出来るかも知れねえよ!
 けどその「なんとか」はアイツらにひり出してもらわなきゃどうしようもねえじゃねえか!」

生還屋の勘が及ぶのは、彼らの術なら活路が開けるかもしれない。そこまでだ。
具体的にどうすればいいのかまでは分からない。
そして、この状況が肉体のみで突破出来る訳がないという事は、勘に頼るまでもなく分かる事だった。

その一方で――尾崎あかねは、持てる力の全てを振るっているとは言えなかった。
使っているのは、いずなから借りられる水行の術のみ――人外としての力を、彼女は封じていた。

106 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:08:55.39 0.net
彼女はどうしても、受け入れ切れなかった。
自分が人ではなく、どちらかと言えば式に近い存在だと。
妖狐との間の子である故に他者から模倣出来た術を使えば、自分が人ではないと割り切ってしまう気がしたのだ。

ここで死ぬなら、それでいいとさえ彼女は思っていた。
この荒野のど真ん中でなら、誰の命も奪わずに人として死ねる。
皆には悪いが、どうせこの数だ。助かりる訳がないに決まってる、と。

ふと、視界の端に鳥居の姿が映った。
ちゃんと地底から帰ってこれたのだ――安堵の息が漏れる。

が、それはおかしな事だ。
どうせ皆ここで死ぬと思っているのなら、安堵する意味などない筈なのに。
あかね自身もその事を自覚し、疑問に思い――だから鳥居の背後に動死体が迫ってきている事に気付くのが、一瞬遅れた。

「鳥居はん!後ろ……」

鳥居の腹から、血に塗れた槍が生えた。
動きを封じられた彼に、更に何体もの動死体が殺到する。
鳥居の姿は、すぐに見えなくなってしまった。

「あ……」

あかねは、それ以上、声を発せなかった。
代わりに頭の中で、一つの言葉が後悔と共に、嵐のように渦巻いている。
ウチは大馬鹿や、と。

こんな状況だから、皆死んでしまっても仕方ない。それがどうしたと言うのだ。
それでも自分は、皆に死んで欲しくなんかない。死んで欲しい訳がない。
自棄になるあまり、そんな簡単で当たり前の事からも目を逸らしてしまっていた。

愚かな自分に対する情けなさと、激しい怒りが、あかねの心中で燃え上がった。
瞬間、彼女の背後に二本の金色の尾が現れた。
その眩さに釣られて、俄かに動死体達が彼女へと引き寄せられる。

「邪魔や。お前らと遊んどる暇はない。去ね」

あかねが尾と同じ金色の、獣のように変貌した双眸で動死体共を睨め付けた。
同時、二本の尾がゆらりと姿を変える。
根本から徐々に、色が抜け落ちるように透明に――いずなより学んだ水行の術だ。

液化した尾はほつれるように枝分かれし、やがて一本一本は蜘蛛の糸ほどにまで細くなった。
フーが得手とする『流れ』の術の応用だ。

呪力によって紡がれた水の糸は鋼よりも尚強靭で、それは言わば、刃にも等しい。
二本の尾がくるりと靭やかに弧を描く――ジャンの見せた『斬』の術が動死体共を纏めて輪切りにした。

襲い来る動死体を尽く細切れにして、あかねは鳥居の元へと歩み寄る。
彼に群がる動死体も同じように切り裂いて、その小さな体の傍にしゃがみ込んだ。

「鳥居はん、ごめんな……ウチが、どうしようもない事で、いじけとったせいで……」

でも、と、あかねの薄桜色の唇が、すまなそうな響きを紡いだ。

「ウチ、今からもっと、残酷な事するかもしれん」

あかねは自覚なき不死者だった。
彼女は自身の真実を知り、人の精神を持つ人外の身である事が、どれほど恐ろしいのかをも知った。
それこそ、死にたくなるほどに。

107 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:09:27.89 0.net
きっと鳥居にも、その片鱗はあったのだろうと、感じていた。
彼は結果が欲しいのだ。人のように振る舞って、人のように死んだという結果が。
その結果だけが、自分を本当の人間にしてくれると信じているのだ、と。
真実かは分からない。所詮はあかねの感傷だ。

だが、彼が人である事を欲していたのだとしたら――これから彼女がする事は、他のどんな所業よりも残酷だ。

「……鳥居はん。ウチは、アンタを、死なせへん」

呟き、あかねは指先に水の刃を作り出す。
そして――自分の手首を切り裂いた。
傷口から赤い鮮血が溢れ出て、鳥居の口へと流れ落ちていく。

鳥居呪音は神気と吸血鬼、相反する力を一つの身に宿す、とても不安定な存在だった。
けれどもそれは言葉を変えれば、変化の余地があったという事だ。
もしかしたら、いずれは神気が吸血鬼の因子を上回り、打ち消して――ただの人の身に戻れるなんて未来も、あり得たかもしれない。

あかねが今しているのは、その「かもしれない」を否定する行為だ。

吸血鬼は、言うまでもなく不死の存在だ。
日光や白木の杭、銀の弾丸などを用いなければ決して殺せず――或いはそれすらも通用しない事すらある。
本来なら、こんな動死体共がちゃちな武器を持って何匹群がろうと殺せる相手ではないのだ。

ただひたすら血を飲ませる事で、吸血鬼としての更なる目覚めを呼び起こせるかは、あかねにも分からない。
それでも、これ以外に鳥居を生かす術は思いつかなかった。

「ごめんな、こんな事して……でも、嫌なんや。ウチは、鳥居はんに、生きてて欲しい」

それが何故なのかは――あかね本人にも分からなかった。
同じ不死者である彼がここで哀れに死ぬ事が、自分の未来を暗示しているように思えてしまうからか。
それとも単純に、鳥居呪音という、誰もが持っている当たり前の何かを欲しがって堪らない少年への同情なのか。
答えは――ない。人の感情は、その全てを言葉に起こして明らかにするなど、出来るものではない。

それから暫くして、あかねは『流れ』の術で出血を止めた。
あまりに血を流せば命を失い、他の誰かから奪い取ってしまうからだ。

どうか命を繋いで欲しい――そう祈りながら、鳥居を抱き締める。
戦場の只中で座り込み、あかねは鳥居が動き出すまでそのままでいるつもりだった。それを邪魔出来る者はいない。
彼女に近寄ろうとした動死体は皆、一瞬の内に、音もなく、ばらばらの肉塊へと成り果てていた。

あかねの周りは戦場とは思えないほど静かだった。
その静謐の中で、彼女はただ、鳥居の声だけを待ち続けた。

108 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:11:44.54 0.net
 


――フー・リュウは、終わりを感じていた。

もうどうしようもない。
自分は戦闘を旨とする術士ではないし、それはつまり戦闘用に術を磨いていないという事だ。
相手は水行で清め祓えるような数ではないし、風で動死体を吹き飛ばせても、固い皮膚を裂く事も砕く事は出来ない。
必死に戦っている内に、他の冒険者達とも散り散りになってしまった。
リウを背負いながら慣れぬ戦いで動き回ったせいで呼吸も乱れ、体力ももう底を突こうとしている。
絶望的な事実が彼の頭の中を埋め尽くしていく――が、絶望そのものは、そこには存在しなかった。

「ここまで、か」

そう呟くフーの声が孕む響きは、一抹の名残惜しさだけだった。口元には小さく笑みすら浮かんでいる。
当然と言えば当然の事だ。彼はもう、目的を達成しているのだ。
幼い頃からずっと一緒だった、この世で最も大切な女性を、忌まわしいこの世の理から解き放てた。

彼女と共にこれから先の日々を生きられないのは酷く名残惜しく、悔しく、悲嘆の念を抑え切れない。
が、それはそれとして、彼女を救えた――それだけで、彼の心は十分に満たされていた。

残された呪力を振り絞って、フーは巨大な竜巻を生み出した。
一帯の動死体が一薙ぎに吹き飛ばされて、竜巻の中心にフーとリウだけが残された。

「……残念だよ、リウ。出来る事なら君の声をもう一度、聞きたかった」

未だ眠ったままのリウを一度背から下ろし、その場で屈み込んで、フーは語りかける。

「君はもう、不死の存在だ。だから俺達が死んでも動死体共の餌になる事はない。
 けど……こんな所に君を残していくのは憚られる。だから俺の風で、君を遠くまで飛ばす事にするよ。
 まぁ、それも女性の扱い方としてどうなのかって話だけど……ここに置き去りよりかはずっとマシだろ?」

もう二度と彼女に会えない――そう思うと、図らずも独り言が増えた。
それはそれで、感傷的で悪くない――だが、これ以上は虚しくなる。潮時だ。
後は周囲の竜巻を収束させて、彼女を吹き飛ばせばいい。

付いていく事は出来ない。
もしかしたら周りに誰か冒険者がいるかもしれないが、それを助ける事も同様だ。
この戦場から離脱出来るほどの風圧を生身の人間が受ければ、その瞬間か、そうでなくても着地の際に死んでしまうからだ。

名残惜しさを断ち切るように目を閉じる。
そして――

「――駄目だよリュウ君!」

突然、凄まじい衝撃と痛みがフーの顔面に走った。
跳ね起きたリウの頭が、彼の鼻に強かに命中したのだ。

「よく分かんないけど、リュウ君と離れ離れになるなんて、私そんなの!……って、あれ?」

不意打ちに倒れ、声も上げられず悶絶しているフーを見て、リウは小首を傾げる。
それから数秒の沈黙を経て、自分が何をしたのかに思い至った。

「わ、わ、ごめんリュウ君!痛かった?痛かったよね!血、出てない?」

「……目が、覚めたのか」

フーが確かめるように、慌てふためきながら自分の顔を覗き込むリウに問う。

109 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 03:13:33.59 0.net
「良かった……」

安堵の思いが胸の内から溢れ、言葉となって零れた。
しかしすぐに、そんな呑気な事を言っている場合ではないと思い出す。

「なぁ、自分が誰だか分かるかい?今までどうなっていたのかは?体に何か違和感があったりはしないか?」

まずは不死の法を転写した事による影響がないのかを確かめなくては――立て続けに問いを重ねる。

問いを受けたリウは、やや状況についていけないまま、自分の状態を確認する。

「えーと……辺りは暗くて、人もいなくて、リュウは汗だくで、私はなんとなく着衣が乱れているような。
 それでいて体に何か違和感って事は――まさか!?」

「違う!君が何かを言う前に言わせてもらうがそれはあらゆる意味で違う!そうじゃなくて……」

「大丈夫。分かってるよ」

焦り、懊悩するフーに、リウは微笑みかける。

「全部分かってる。助けてくれたんだよね。そんなになってまで」

「……違うんだ。俺は、君を」

不死の存在に、人にあらざる者にしてしまった。
そう続けようとしたフーの言葉を遮るように、リウは彼を抱き寄せる。

「いいの。またこうやってリュウとお喋りして、触れ合える。
 それに……あなたが助けようとしてくれた。もうそれだけで、私は満足なの」

母親が子供を宥めるように彼の背を二度優しく叩くと、リウは立ち上がった。

「あとほら、これっていわゆる永遠の美貌って奴じゃない?
 もう寝不足とか、お肌の健康とか気にしなくていいのもすっごく嬉しいかな!」

「……そりゃちょっとひどいよ。俺の命懸けがお肌の健康と等価ってのはなぁ。浮かばれないぜ」

冗談めかして笑うリウに、フーも苦笑を交えてそう返した。

「あはは、そこはほら」

笑いながら、しかし徐々に弱まりつつある竜巻の向こう側をリウは目を細めて睨んだ。

「結局助かっちゃうんだからさ。気にしない気にしない」

軽い口調――それとは裏腹に、強烈な呪力が迸る。
瞬間、大小様々な釘が彼女の周囲に渦を巻くように発生した。
ただの釘ではない。金行の持つ不変性と刃のような貫通性を顕現した、高度な道術によるものだ。

リウが右腕を横に振るう。
釘が無数の閃光と化して動死体の軍勢へと迫り、突き刺さる。
たちまち、動死体達の接近が止まった。
リウの放った釘が軍勢の前線部分をその場に完全に固定して、隔壁代わりにしてしまったのだ。

110 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 23:50:44.89 0.net
「よっし、いい感じ。じゃ、今の内に……ねえ、そこのお姉さん!あなたも術士だよね?土行か金行って得意?
 もし得意だったらさ、そこら辺に矢倉を立ててよ。
 アイツら動きは鈍そうだし、高いとこに上っちゃえば当分は安全だと思うんだよね」

視界に映った冬宇子に、リウが声をかける。

「あ、お仲間さんがいるんだっけ?だったらそっちもなんとかしないとね」

それから右足を空中に、まるでそこに見えない階段でもあるかのように、踏み出した。
続けて左足を同じように動かす――彼女の右足は、宙に浮いたままだった。
そのままリウは空中を一足ずつ登っていく。
釘の『留める』性質を応用して、自分の足を空中に適時固定、解除を繰り返しているのだ。

「んーと……一、二、三……五人でいいのかな?」

高所から戦場を見渡し、それらしき人影や戦闘の余波を見て取ると、リウは右手を頭上に掲げた。
呪力が滾り、生み出されるのは、やはり無数の釘。
不死の法そのものと化し、存在の時間を固定された彼女の呪力は、底なしだった。

金色の閃きが豪雨のごとく戦場に降り注いだ。
数え切れない程の動死体が、見る間に身動きを縫い止められていく。
戦場の一部が、まるで切り取られたかのように静止した。

「……これは、誰の術なんだ?」

異変を察知して咄嗟に盾にした動死体の陰から、双篠マリーが呟いた。

「誰でもいいぜ。今一息つけるなら、あのガキが地の底から追ってきたんだとしても歓迎してやらあ」

地面に倒れ込んだ生還屋が、息も絶え絶えな様子でそう返す。
数秒かけて呼吸を整えると、二人は周囲を見回し――空中に立っているリウの姿を発見する。

「ありゃ確か、あの腐れ道士の……なんてえおっかねえ女だよ」

「……とにかく、助かったんだ。まずは皆と合流しよう」

この時点で――冒険者達の生存はほぼ確約されたようなものだった。
倉橋冬宇子はまだ何枚か補助符を残している筈だし、リウだって釘以外の金行がまるで使えない訳ではない。
即席の矢倉や砦を築き、その上に退避すれば、釘による隔壁を乗り越えたとしても動死体共は冒険者達に触れられない。
矢倉の強度も、補完する術はいくらでもある。

当面の安全さえ確保出来れば、清王の事だ。
事がどう転んでもいいよう、後詰め兼、確認用の部隊を送るくらいはしてくれるだろう。それはまず間違いない。
なにせ――遺跡付近の交戦状況を知る事の出来た彼が、この事態を想定していなかったのは少々不自然だからだ。

111 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 23:51:30.19 0.net
 
 

それから暫しの時間が流れ、

「おい、そろそろ馬車が来るぜ。これでやっと、この忌々しい荒野からおさらば出来るぜ」

不意に、だらしなく寝転がっていた生還屋が体を起こした。

「けどその前に、一つハッキリさせとかなきゃならねえ事があるよな」

鋭い視線――矛先は、フーに向けられている。

「お前らよぉ、その女ぁどうするつもりなんだよ」

リウは、不死の法そのものだ。
清王の眼に隠し事は出来ない。
このまま北京へ帰れば彼女がまともな扱いを受けられるのか、保証がなかった。

「……このままじゃ清には帰れないとは、思っていたよ。
 王を裏切る訳じゃない……けど、不死の法をちゃんと解読して、リウを元に戻すまでは」

「だよなぁ。けど俺としちゃ、あの胡散臭え王様の機嫌を損ねていいこたぁねえからよ。
 お前をさっとふん縛って、有無を言わさず北京まで連行してやりたい所なんだが……」

生還屋が周りの同業者達を見回した。

「そうは思わねえ奴らもいるだろ?なぁ?短い付き合いだがよ、そんくらいは分かるぜ」

視線が双篠マリーへと向けられて、止まる。

「……私は反対だ。お前が今言った行為は、私の中では悪だ。
 それにあの王が不老不死と言うのも……なんだか座りが悪い」

「だろ?こういうお固え奴もいる訳だ。当然、コイツら当人も反対に決まってら。
 けどよ、ここまで生き延びてきて、最後の最後に仲間割れの同士討ちってのもアホ臭えじゃねえか。
 その女は死なねえが、腐れ道士はそうじゃねえしな」

この状況下で、生還屋の勘は絶対的な強みと言えた。
他の誰かがもしも事を起こそうとしても、彼の勘はそれを事前に察知出来る。
つまり確実に先手が取れる――不死の法確保の障害となるフー・リュウをいつでも殺せる状態にあるという事だ。
無論、その直後に別の誰か――マリーかリウに殺される事も間違いないだろうが。

「つー訳でよ、ここは平和的にどうするか決めようぜ。文句言いっこなしの多数決って奴よ。
 今んとこ、連れて帰るが一人。逃してやるが一人だ。
 あぁ、オメーら当事者にゃ投票権はねえからな。これは俺達がどうするかって話だ」

112 :◇u0B9N1GAnE:2014/08/15(金) 23:51:45.21 0.net
「よっし、いい感じ。じゃ、今の内に……ねえ、そこのお姉さん!あなたも術士だよね?土行か金行って得意?
 もし得意だったらさ、そこら辺に矢倉を立ててよ。
 アイツら動きは鈍そうだし、高いとこに上っちゃえば当分は安全だと思うんだよね」

視界に映った冬宇子に、リウが声をかける。

「あ、お仲間さんがいるんだっけ?だったらそっちもなんとかしないとね」

それから右足を空中に、まるでそこに見えない階段でもあるかのように、踏み出した。
続けて左足を同じように動かす――彼女の右足は、宙に浮いたままだった。
そのままリウは空中を一足ずつ登っていく。
釘の『留める』性質を応用して、自分の足を空中に適時固定、解除を繰り返しているのだ。

「んーと……一、二、三……五人でいいのかな?」

高所から戦場を見渡し、それらしき人影や戦闘の余波を見て取ると、リウは右手を頭上に掲げた。
呪力が滾り、生み出されるのは、やはり無数の釘。
不死の法そのものと化し、存在の時間を固定された彼女の呪力は、底なしだった。

金色の閃きが豪雨のごとく戦場に降り注いだ。
数え切れない程の動死体が、見る間に身動きを縫い止められていく。
戦場の一部が、まるで切り取られたかのように静止した。

「……これは、誰の術なんだ?」

異変を察知して咄嗟に盾にした動死体の陰から、双篠マリーが呟いた。

「誰でもいいぜ。今一息つけるなら、あのガキが地の底から追ってきたんだとしても歓迎してやらあ」

地面に倒れ込んだ生還屋が、息も絶え絶えな様子でそう返す。
数秒かけて呼吸を整えると、二人は周囲を見回し――空中に立っているリウの姿を発見する。

「ありゃ確か、あの腐れ道士の……なんてえおっかねえ女だよ」

「……とにかく、助かったんだ。まずは皆と合流しよう」

この時点で――冒険者達の生存はほぼ確約されたようなものだった。
倉橋冬宇子はまだ何枚か補助符を残している筈だし、リウだって釘以外の金行がまるで使えない訳ではない。
即席の矢倉や砦を築き、その上に退避すれば、釘による隔壁を乗り越えたとしても動死体共は冒険者達に触れられない。
矢倉の強度も、補完する術はいくらでもある。

当面の安全さえ確保出来れば、清王の事だ。
事がどう転んでもいいよう、後詰め兼、確認用の部隊を送るくらいはしてくれるだろう。それはまず間違いない。
なにせ――遺跡付近の交戦状況を知る事の出来た彼が、この事態を想定していなかったのは少々不自然だからだ。

113 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/08/15(金) 23:52:33.05 0.net
そして生還屋は、まずあかねを見た。

「……フーはん。アンタは、ウチらを騙してくれたなぁ。それに冬宇子はん達を殺そうともした」

あかねが静かに、そう切り出した。

「けど、ええわ。全部忘れたる。ウチはもう、人の罪をとやかく言えるような人間やあらへん。やりたいようにやったらええよ」

「けっ……甘え奴だ。金髪、オメーはどうすんだ」

生還屋は次に、ブルーに問いを向けた。

「……俺には、どっちが正しいのかとか、悪だとか、まだよく分かんねえわ。
 だから、好きにしてくれ。俺はどっちにも付かないし、手を出さない」

「……そういうのが一番困るんだが、まぁしかたねえ。これで一対二か。
 となると……後はオメーら次第だな。どうすんだ、え?」

フーとリウを連れ帰るか、見逃すか――君達はどちらを選んでもいい。



【どうする?】

114 :◇u0B9N1GAnE:2014/08/15(金) 23:54:57.81 0.net
>>112は代行ミス、省略してください。

115 :鳥居 呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/08/23(土) 22:40:59.79 0.net
>「ごめんな、こんな事して……でも、嫌なんや。ウチは、鳥居はんに、生きてて欲しい」

あかねの生き血が鳥居の口に流れ込み、白い喉がひくりとなる。
生きてて欲しいと鳥居が思われたのは、母親の他に二人目だった。
だから鳥居はあかねに抱き締められながら安らぎを感じていた。
死から逃れるのもこれで二度目だった。

鳥居は薄く目を開き、掠れた声であかねに囁く。

「……ありがとう」
そんな言葉が口から出たのも
鳥居が救われた気持ちがしたから…。
生きていて欲しいと思ってくれる人とまた出会えた。
生きてゆくことを許してくれる人に。
それはサーカスの拍手喝采とも違う特別な気持ち。
歌って踊る自分ではなく、そのままの自分を認められた。
戦う自分でもなく、鳥居の命そのものを…。

――そして物語は最後の選択をもって、終わりへと近づいてゆく。

>「……そういうのが一番困るんだが、まぁしかたねえ。これで一対二か。
となると……後はオメーら次第だな。どうすんだ、え?」

生還屋に、フーとリウを連れ帰るか見逃すか、という選択を迫られる二人。
思わず鳥居は倉橋の顔を見たが、見逃すに一票を入れるためすぐさま口を開く。

「ぼくは、フーさんとリウさんに幸せになってもらいたいから、見逃すに一票です。
そりゃああとから清王との問題が色々と起こるかも知れませんが、
そこは自己責任でなんとかしますので…」

今、鳥居の頭に浮かんでいたのは武者小路頼光のこと。
もしかしたら怒った清王に殺されるかも。
いや、それほどの価値もない?
頼光のことを思えば心配がつきない鳥居だった。
だがその瞳に陰りはなく、寧ろなんとかしてみせるという自信に満ちていた。
それも今までの冒険が…、人との出会いや別れが、
彼を成長させてくれたからかもしれない。

116 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/09/12(金) 03:19:03.20 0.net
>>102-113 >>115
地下遺跡を脱出した冬宇子たちを待ち構えていたのは、世にも凄惨な光景だった。
蒼白い月光が照らす広漠たる荒地の原を埋め尽くすように徘徊する、凍った屍の群集。
その多くは兵士の格好をしているが、胴体に風穴の開いたもの、腕を失ったものもいるそれらが、
虚ろな仮面の如き顔で、ぎこちなく歩行するさまは、身の毛のよだつような不気味さがあった。

それにしても、一体何処にこれほどの動死体が潜んでいたものか。
呪災の淵源たる少年が新たに展開した呪いの禍気に引き寄せられたのだろうか。
おびただしい数の動死体が、生者の気配を感ずると、その生気を奪おうと、
さながら羽虫に集る蟻のように次々と襲い掛かってくるのだった。

頤の前に掌を泳がせて近付いてくる屍を眼前に、冬宇子は放心して、抵抗らしい抵抗もせずに立ち尽くしていた。
この世に、こんな壮絶な戦場があろうとは。
フー・リュウ同様、冬宇子も戦闘に長けた術士ではない。
三流なら三流なりに持ち合わせた術才も、どちらかといえば退魔や調伏よりも、怪異の正体を見破る
見鬼(けんき)の能力に偏ったもので、狭い島国で市井の呪い(まじない)師として、日常に潜む怪異だけを
目にしてきた冬宇子にとって、及びもつかぬような圧倒的敵陣が其処にあった。
加えて、外法神の憑依による精神の混乱、そして命を奪った少年――雪優への感傷。
完全に、苛烈な現実に対応する力を逸していた。

冬宇子は、呆けたように屍の行軍のさなかを彷徨っていた。
いつしか人込みに揉まれて、自分を守ってくれていた鳥居ともはぐれてしまった。
やがて、一体の動死体の腕が冬宇子の首へと伸びる。
氷の掌の冷たさと、喉元を圧迫する感覚。
このまま悪夢が覚めるように凡てが終わってしまえば、きっと楽になれる……ふと、そんな思いが脳裏を掠めた。
己が生き残るという利己的な目的の為に、障壁となるあの子――雪優を殺したように、
動死体どもにとっては、自分は責め滅ぼさねばならぬ獲物、ここで命を取られるのも因果といえるのかもしれない――

―――と、食い込む爪の痛みとともに一閃、稲妻のように走った感覚。
意識の覚醒。
いや、まだだ……此処で死ぬわけにはいかない。
こんな所でくたばる為に、あの子を殺したんじゃあない―――!

あの子がどれ程の否定を受けても、最後まで己の存在価値たる不死の法に拘り続けたように、
最後に自分を肯定できるのは自分自身しかいない。
誰かに許されなければ己を認められないほど、自分は弱くない!
他人に己の存在を委ねたりしない。
どれ程、疎まれようとも厄介がられようとも、価値の無い者と蔑まれようとも、そんな事は知ったことではない。
己が僅かでも存在を望む限り、"生きていていい"……いや、"生きるべき"なのだ―――!

その刹那、水銀に沈んだような重苦しい月夜の、地を這う闇から、迸る黒い影。
対面する動死体の頭部を、巨大な犬歯が噛み砕く。
疾走する獣影は、直線上に並ぶ数十体の動死体を太い爪で抉り、打ち倒し、漆の闇に吸い込まれるように消えた。
冬宇子は己の掌を見詰めて眼を見張った。
自分は今、意識を失ってはいない。この力は母の―――?!

乾いた銃声が夜空に轟く。
信号のように等間隔に発せられる銃声は、先行した冒険者たちの居場所を伝えるものに違いない。

「燐狐―――閃光弾!!」

この状況においても仮初めの主を見捨てずに、肩の上で屍どもを威嚇していた忠義ものの妖獣に指示。
付近の動死体の網膜を焼くと、つい先刻の一撃で開いた道を辿って、冬宇子は同業者の姿を探して一散に駆けた。
半町(50m)ほど先、にわかに起こった竜巻。
徐々に弱まってゆく旋風の中心に男女の人影が見える。
と、閃光が煌き、数多の動死体が、まるで虚空に縫い留められでもしたように動きを止めた。
竜巻で一円の動死体を吹き飛ばし、さらに屍どもの身体を使って、侵入を妨げる防壁を作ったのか―――?
その大胆な戦法には舌を巻いたが、ともかく、屍の壁の内側は此処よりも安全な筈だ。
不可視の釘で虚空に打ち留められた動死体の合間をすり抜けて、冬宇子は走った。

117 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/09/12(金) 03:24:06.33 0.net
竜巻の中には、フー・リュウが若い女と並んで立っている。
目が合うと、女は冬宇子に呼び掛けた。

>「よっし、いい感じ。じゃ、今の内に……ねえ、そこのお姉さん!あなたも術士だよね?土行か金行って得意?
>もし得意だったらさ、そこら辺に矢倉を立ててよ。
>アイツら動きは鈍そうだし、高いとこに上っちゃえば当分は安全だと思うんだよね」

朗らかな笑顔には見覚えがある。
絵姿の女……遺跡の最奥で不死の法を取り込んで蘇ったフーの幼馴染――ディン・リウ。
つい一刻前、遺跡の中では死んだように眠っていた女の、生気に輝く表情と才覚溢れる戦術。
冬宇子は、呆気にとられて彼女の所作を眺めていた。

>「あ、お仲間さんがいるんだっけ?だったらそっちもなんとかしないとね」

女は空中に見えない階段でもあるかのように、虚空に足を踏み出して上っていく。

>「んーと……一、二、三……五人でいいのかな?」

宙の望楼から、ぐるり戦況を見渡して、彼女は右手を掲げた。
頭上に無数の釘を束ねた金属塊が現れ、金色の光を伴なって閃耀、一斉に放射状に撃ち出される。
釘の銃弾は味方を逸れて、あやまたずに敵の一群を貫き、金行――釘の持つ『固定』の概念を顕現。
屍どもの動きを停止させる。あたり一体は、不気味な人型の柱が林立する静寂の荒野と化した。
なんという精密な術さばき!無尽蔵の呪力!

此方に近付いて来る同業者達の姿を認め、冬宇子は、はたと我に返って、中空に佇む女に届くよう声を張り上げた。

「悪いが、術士といっても三流の拝み屋ふぜいの金行じゃ、刃物を梳くか小さな針山を創るので精一杯さ。
 あんたの釘は物質化出来るんだろ?
 あんたのこさえた矢倉に尻が刺さらぬよう、金板の床を敷くくらいなら、私にもやれるかもしれないがね!」

フーとリウ、そして冬宇子の三人。
双篠マリー、ブルー・マーリン、尾崎あかね、鳥居呪音、生還屋――五人を加えて、併せて八人は、
数分後には金属製の矢倉の上にいた。
呪災の元凶たる少年はもう居ない。
呪いは淵源を断ち切られ、動死体どもを引き寄せていた禍気は、夜が明ける頃には霧消するだろう。
こうして暫し待っていれば、おそらく状況は変わる筈だ。

東の空が明るみ始め、夜闇が茄子色に暈された頃、
矢倉の床に寝転んでいいた生還屋が、やにわにむっくりと起き上がって言った。

>「おい、そろそろ馬車が来るぜ。これでやっと、この忌々しい荒野からおさらば出来るぜ」

馬車――彼は迎えの到来を予測しているのか。
なるほど、天眼通の如き清王の慧眼を以ってすれば、禍気の発生と消失を感知していても不思議ではない。

>「けどその前に、一つハッキリさせとかなきゃならねえ事があるよな」
>「お前らよぉ、その女ぁどうするつもりなんだよ」

薮睨みの三白眼でディン・リウを見据えて、彼は言う。

>「……このままじゃ清には帰れないとは、思っていたよ。
>王を裏切る訳じゃない……けど、不死の法をちゃんと解読して、リウを元に戻すまでは」

フーは少々決まり悪そうに、だがはっきりと、そう返した。
彼の決断は分からないでもない。
旅路の果ては恋人たちの再会めでたし――と締め括られぬのが世知辛いところで。
このままリウを清王のもとへ連れ帰ったならば、不死の法の体現者となった彼女の扱いは目に見えている。
艱難苦労の末、せっかく蘇らせた恋人を、寄って集って実験体のように取り扱われたくないのは、至極当然であろう。

118 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/09/12(金) 03:32:26.77 0.net
>「だよなぁ。けど俺としちゃ、あの胡散臭え王様の機嫌を損ねていいこたぁねえからよ。
>お前をさっとふん縛って、有無を言わさず北京まで連行してやりたい所なんだが……」
>「そうは思わねえ奴らもいるだろ?なぁ?短い付き合いだがよ、そんくらいは分かるぜ」

>「……私は反対だ。お前が今言った行為は、私の中では悪だ。
>それにあの王が不老不死と言うのも……なんだか座りが悪い」

見も蓋も無い生還屋の言葉に、マリーは真っ向から反発した。
いかにもマリーらしい発言だ。
冷徹なように見えて彼女は、法や契約よりも、感覚的で素朴な善悪を重視する傾向にある。

同業者同志揉めても埒が明かぬと、生還屋が多数決を提案。
暫くして、尾崎あかねが口を開く。

>「……フーはん。アンタは、ウチらを騙してくれたなぁ。それに冬宇子はん達を殺そうともした」
>「けど、ええわ。全部忘れたる。ウチはもう、人の罪をとやかく言えるような人間やあらへん。
>やりたいようにやったらええよ」

続くブルー・マーリンの意見は、

>「……俺には、どっちが正しいのかとか、悪だとか、まだよく分かんねえわ。
>だから、好きにしてくれ。俺はどっちにも付かないし、手を出さない」

>「……そういうのが一番困るんだが、まぁしかたねえ。これで一対二か。
>となると……後はオメーら次第だな。どうすんだ、え?」

未投票は冬宇子と鳥居のみ。
二人の顔を順繰りに見回して言う生還屋に、鳥居は意外にもしっかりとした口調で、

>「ぼくは、フーさんとリウさんに幸せになってもらいたいから、見逃すに一票です。
>そりゃああとから清王との問題が色々と起こるかも知れませんが、
>そこは自己責任でなんとかしますので…」

最後に取り残された冬宇子は、小さく肩を竦めて首を振り振り、

「やれやれ……これで一対三……私の票を待たずに結果は決まったようじゃないか。
 今さら、依頼主に義理立てして女を連れてくなんて、意地悪な女衒婆みたいなことも言いたかァないし、
 馬に蹴られて死ぬのも馬鹿らしい。お二人さん、好きにすりゃァいいさね……」

とは言ったものの、票数の如何に問わず、冬宇子は二人の道行きを邪魔するつもりはなかった。
リウを清に連れ帰ったところで、得られるものは清王の歓心だけだ。
報酬の割り増しくらいは望めるかもしれないが、それに引き換えの後味の悪さが釣り合うとは思えない。
一組の男女を犠牲にして、不老不死を得るために呪災を惹起した真の黒幕たる清王に、
野望達成の鍵となる不死の法の標本を差し出すことなど、どう考えたって収まりが悪い。
最低限の報酬は嘆願所が保障してくれることではあるし……
何より、もうこれ以上、重苦しい呵責を抱えるのは御免だった。
かつての依頼で出会った蛇蜘蛛孝太という男は中々小気味いい奴で、自分の『気分』も損得の材料であることを
良く知っていた。そうだ、『気分』なのだ。
この事案、金と気分を天秤に架けるなら、矜持を通して不利益を蒙るほうが、まだ救いがある。

119 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/09/12(金) 03:33:05.30 0.net
気持ちを蹴りをつけるように、ひとつ深い溜息を吐いて、

「とはいえ……私らは、事の次第をありのまま清王に報告することになるよ。
 嘘を吐いても面倒が増えるだけだしねぇ。
 いくら私らが、『フー・リュウは不死の法を解読して清国に戻る』と伝えたところで
 黙って納得する清王じゃあるまい。何処までもあんたらを捕らえに来るだろうよ。」

冬宇子はフーとリウを見遣って言う。

「甘い駆け落ち生活たァいくまいよ。追っ手を撒きながらの逃亡……どっちにしろ辛いことにゃ変わりない。
 お二人さん……逃げ切って研究が続けられると思うかい?」

『好きにしろ』と言いながら、世話焼き婆の如きお節介な口を挟んでいる自分に少々呆れつつ、
睦まじい筒井筒の恋人――寄り添う二人の姿を眺めた。
みずみずしい乙女の美貌を保つ不死の体現者と、その恋人たる青年。
ゴミゴミした帝都の裏町で、日々あぶく銭を稼いで暮らす日陰者の自分と引き比べて、
まるで冒険絵巻の主人公のような二人の姿は、妙にまぶしく、面映く感じられて、冬宇子は思わず視線を逸らした。

「それにしても、不死ってなァどうも荷が勝ちすぎるが、永遠に若い姿でいられるのは抗えない魅力だよ。
 不老と不死を分けて、是非にも『不老専用の術』ってのを研究して貰いたいもんだね。」

決まりの悪さを隠すように、苦笑を交えて冬宇子は言うのだった。

【限定的だけども外法神の影を扱えるようになったかも】
【駆け落ち邪魔しないに一票】

120 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/14(日) 07:03:14.04 0.net
>「ぼくは、フーさんとリウさんに幸せになってもらいたいから、見逃すに一票です。
  そりゃああとから清王との問題が色々と起こるかも知れませんが、
  そこは自己責任でなんとかしますので…」

>「やれやれ……これで一対三……私の票を待たずに結果は決まったようじゃないか。
  今さら、依頼主に義理立てして女を連れてくなんて、意地悪な女衒婆みたいなことも言いたかァないし、
  馬に蹴られて死ぬのも馬鹿らしい。お二人さん、好きにすりゃァいいさね……」

「……けっ、なんでえ。それじゃまるで俺が意地の悪い奴みてえじゃねえか」

意にそぐわぬ結果に生還屋がぼやいた。

「何を不服そうにしている。事実だろうが」

「馬鹿野郎オメェ。これでおウチに帰れなくなっちまっても泣くんじゃねーぞ」

淡々と毒を吐く双篠マリーに、生還屋も皮肉を返す。
彼は額に右手を添えながら溜息を吐くと、フー・リュウへと視線を向けた。

「ま、つー訳だ。もうじき馬車が来るだろうが、それまで頭を下げとくんだな。
 俺たちゃ何も言わねえよ。馬車が見えなくなったら、何処にでも行っちまえ」

「……ありがとう。本当に……感謝してる。何も報いる事が出来なくて、すまない」

フーが深く、頭を下げた。

>「とはいえ……私らは、事の次第をありのまま清王に報告することになるよ。
  嘘を吐いても面倒が増えるだけだしねぇ。
  いくら私らが、『フー・リュウは不死の法を解読して清国に戻る』と伝えたところで
  黙って納得する清王じゃあるまい。何処までもあんたらを捕らえに来るだろうよ。」

一呼吸ほどの間を置いてから、倉橋冬宇子が言葉を発した。

>「甘い駆け落ち生活たァいくまいよ。追っ手を撒きながらの逃亡……どっちにしろ辛いことにゃ変わりない。
 お二人さん……逃げ切って研究が続けられると思うかい?」

「逃げ切ってやるさ。少なくとも、俺は王付きの風水師なんだぜ。
 もう暫くすれば、王も大陸統一の大詰めで忙しくなるだろうしね。
 いざとなったら……この呪災の真相を、あちこちに流布するまでさ。きっと俺達に構ってる暇なんて無くなるぜ」

冗談めかして小さく笑うフーの語調は、迷いのない、はっきりとしたものだった。
リウが彼の隣で、隠し切れないといった風に微笑んだ。

>「それにしても、不死ってなァどうも荷が勝ちすぎるが、永遠に若い姿でいられるのは抗えない魅力だよ。
  不老と不死を分けて、是非にも『不老専用の術』ってのを研究して貰いたいもんだね。」

「……なぁ、リウ。この場合、真面目に反応するのと冗談と捉えるのと、どっちの方が失礼に値すると思う?」

「うーん…………ごめん、分かんない」

流れの術を用いて耳打ちしたフーに、リウは暫く神妙な表情で首を傾げた後、小声でそう囁いた。

121 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/14(日) 07:03:46.09 0.net
 


さておき、冒険者達は清王の寄越した馬車によって、未だ死者が疎らに彷徨い歩く戦場から脱する事になる。
行きと同じように半日ほど馬車に揺られて北京の王宮へと帰還すると、すぐさま清王の待つ王の間へと導かれた。

そして今――生還屋は事の次第を、甚く気まずそうに述べている。
清王は笑顔を絶やさずに報告を聞いているが、不死の法は言うまでもなく彼の悲願だった。
フー・リュウが本当に帰ってくるのかも分からない。即ち彼以外の何者かの手に不死の法が渡る可能性は否めない。
仮に帰ってくるとの誓いが真実であっても、彼が年老いて、思考が曖昧になってしまってからでは遅いのだ。
いかに冒険者達が日本からの国使同然の存在とは言え、相応の罰を科されてもおかしくない。
だと言うのに、己の勘が何の警鐘も鳴らしていないのが、またかえって不気味だった。

「そっかぁ。フーちゃん、逃げちゃったかぁ。……んー、じゃあ仕方ないね。いいよ」

「だよなぁ、そりゃそう簡単に許せる訳……って、は?今なんつった?」

「だから、いいよって言ったんだよ。
 呪災の根源を断ってくれただけでも君達はよく働いたし、フーちゃんの気持ちもよく分かる。
 君達を責めるつもりはないし、フーちゃん達に野暮な追っ手を差し向けるなんて真似もしないよ」

清王は至極あっさりとした口調で、そう言った。

「……何を企んでる?」

双篠マリーが双眸を細め、懐疑的な声色で問いを返す。

「ひどいなぁ。君達はボクを誤解してるよ。……フーちゃんはとてもいい呪医だったんだ。
 彼の今までの働きに免じて、って奴だよ。もちろん君達に対しても同じさ。
 異国の陰謀の為に命を懸けてくれた君達に謀なんて、王たる者のする事じゃないよ」

マリーは暫し清王の顔を注視したが、彼の答えと微笑みの内側にあるものが、本心か偽りかは見抜けなかった。

「いや、ホントだって。嘘じゃないってば。そこの彼なら分かってる筈だよ。ボクがなんにも企んじゃいないって事」

「……マジ、みてえだな」

清王に指し示された生還屋が、未だに半信半疑と言った調子で呟いた。

ともあれ君達には安全な帰国手段と、望むだけの褒美が約束された。
もしどうしても信用出来ないなら、日本から迎えを呼んでもいいとの事だ。
機密保持の為の呪いは再度施させてもらうと言われたが、それさえ除けば格別の報いと言えるだろう。

そして君達は、日本へと帰る事になる。

122 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/14(日) 07:04:12.11 0.net
  
  





















【北京、王宮、清王の間】

「……え?フーちゃんへの追っ手?だからいらないってば。帰ってくるって言ってるんだし、信じてあげようよ。
 そうそう、分かればいいんだよ。話はそれだけかい?じゃ、下がっていいよ」

「ふう……なーんで皆、ボクの言う事を信じてくれないかなぁ。王様なのに。
 フーちゃんとリウちゃんは、今はほうっておいてあげればいいのさ」

「……だって、ねえ。リウちゃんを蘇らせたあの方法は……どう考えたって不完全なんだもん」

「あのちっちゃな吸血鬼君を通して不死の少年を照らす事で、存思の法を以って、両者の共通する要素である不死を浮かび上がらせる。
 異なる模様の描かれた紙を重ねて透かせば、模様の交わる部分にだけ濃い影が浮かぶ。
 うん、確かに不死の法はそれで結像するだろう」

「……だけどそれって、不死の法だけが結像してくれたとは、限らないんじゃないかなぁ」

「二人の共通項が不死だけでないのなら、当然それも像の一部としても浮かび上がる可能性が想定出来る。
 もし、浮かび上がった不死の法に何か『不純物』が混じっていたら?」

「リウちゃん、どうなっちゃうんだろうねぇ。ボクにも予想が付かないや」

「そんな危なっかしいもの、持ち帰ってこられても困っちゃうよね。彼らがフーちゃんを見逃してくれて、助かったよ」

「こっちはこっちで、転生術の検体を手に入れたからね。フーちゃん達が帰ってこれなくても何とかなるさ」

「ま……期待せずに待ってるよ。追っ手は出さないけどさ。帰ってこれるといいね、フーちゃん」

123 :名無しになりきれ:2014/09/16(火) 14:32:41.18 0.net
新たな冒険が始まる

124 :名無しになりきれ:2014/09/22(月) 04:40:58.93 0.net
ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:5日で定められていますが延期は可能です
版権・越境:なし
敵役参加:なし
避難所の有無:あり http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/9925/1376798577/
備考:科学も魔法も、剣も銃も東洋も西洋も、人も人外も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったり、強すぎたり、万能過ぎるのは勘弁よ



名前:
性別:
年齢:
性格:
外見:(容姿や服装など、どこまで書くかは個人の塩梅で)
装備:(戦闘に使う物品など)
戦術:(戦闘スタイルです)
職業:
目標:(大正時代を生きる上での夢)
うわさ1:
うわさ2:
うわさ3:

125 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/09/26(金) 05:25:35.13 0.net
宵宮。この日はサーカスも休み。
今宵だけは何もかも忘れたい。
それは忘れてはいけないこともあるのだけど。

鳥居は雑踏に紛れて御神輿を見ていた。
提灯の灯りと電灯の灯りのコントラスト。
神社の背景に屹立するビルヂング。
共存している和と洋が帝都の夜を装飾している。

見世物小屋では蛇を食べている女。
人だかりにはエレキテル人形。
何故かその瞳には憂いがあって何処かしら悲しげ。
それは不完全な人の認識をこえ
無意識の完全さをもつ人形の憐れみか。
神の視線か。
そのガラス細工の瞳に吸い込まれそうになった鳥居は
何故かそのエレキテル人形と死王の姿が重なってみえ背筋がぞくりとした。
それはまるで虚空に独り浮かぶような恐怖、神に対する恐怖にも似ていた。
所謂畏怖なのかもしれない。

「……君って、僕の心の中にも残っててくれてたんだ」
鳥居は高い所から突き放すような笑顔で
無表情の人形を見上げる。

すると

からん。ころん。からん。ころん。

暗がりから聞こえてくる下駄の音。
ひょっとして倉橋か、もしくはあかねか。
そう期待した鳥居は顔面を普通に戻し振り返った。
そうだ。何を隠そう鳥居は、あかねの血の味が忘れられないでいたのだ。
それは若い魔性の血の味だ。
あれを吸えば鳥居は無敵。力で敵うものなどこの世にいるものか。
そんな錯覚にさえ陥ってしまう。

だが下駄の音の主は知らない子連れの中年女。

「……愉快でおじゃるのぉ。おほほほ」

鳥居は、変なしゃべり方と思いながらショボくれた老猫のように親子連れを見送った。
世の中、そんなに都合よく出来ていないものだ。
会いたくもない人間とは鉢合わせしたり、
不倫デイトしている知り合いの真後ろを偶然歩いていたりすることもあるのにだ。

「まあ、冒険者の誰かとこの場所でバッタリ出会えたら、それはそれはとてつもなく幸運な出来事ってことで……」
鳥居は、てへっと笑って自分のオデコを手のひらで叩いた。
その後はしばらく親子連れの後ろ姿を見つめながらあの女たちの血の味を想像する。
そして結論としては年増女や未成年の血は吸いたくないことに気がついたのだ。
それよりも見ず知らずの者の血を吸うことには抵抗があった。
やはり吸うのなら若いあかねのような気心の知れている者だ。
勿論、倉橋やマリーの美貌も捨てがたい。
彼女たちの血はいったいどんな味がするのだろう。
そんなほの暗い気持ちを宿したまま、鳥居は帝都の闇に消えるのだった。

126 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/27(土) 04:50:40.81 0.net
双篠マリーは清から帰国した後、すぐに祖国イタリアへと帰っていった。
彼女が所属する組織、暗殺教団と接触する必要があったのだ。
山奥深くに秘匿された教団本部の講堂にて、教主と三人の司教を前に、彼女は立っていた。

「私の『禁』を解いて頂きたい」

開口一番、双篠マリーはそう言った。
彼女の前にいる三人の司教は、それぞれが暗殺者の力を司っている。

一人は白兵術。そもそも暗殺とは密かな殺人ではなく、目的のある殺人の事を指す。
つまり目の前にいる人間を殺す術は、暗殺術の基礎の基礎だ。

一人は隠密術。ただ強いだけでは、暗殺者は務まらない。
影のように静かに、素早く動けなくては、無意味な殺しを生み、殺すべき者を逃す事になる。

一人は道具術。殺しは剣のみで行うものではない。
飛び道具、爆薬、毒物、あらゆる道具を使いこなせなければ、あらゆる者を殺める事は出来ない。

「ならぬ。お前は暗殺教団の教えを理解しておらん。斯様な者が何故、教団の与えし力を振るえる道理がある?
 我ら暗殺者は、罪人に残酷な死をもたらす使徒ではない。お前にはそれが分かっていない」

双篠マリーは、破戒僧――無論、暗殺教団にとってのだが――の立場にあった。
それ故に暗殺者としての技術の大部分を封じられていた。
唯一、己の生命を守る為に限り、白兵術だけは限定的にだが使用を許可されている。

封じられたと言っても魔術的なものではなく、ただの口約束だ。
だが、それを破る事は自分を暗殺教団の一員ではないと認めるも同義だった。
彼女の端整な顔に、微かにだが不愉快の色が浮かんだ。

「……真実はなく、許されぬ事などない。神はいない。故に許されぬ事はない。でしょう?
 そして、それは私にも言える筈だ。私が教えをどう解釈しようと、クズ共に死にも勝る苦痛を与えようと、それは許されるべきだ。
 そもそも、私が間違っていると言うのなら、何故あなた達は答えを与えてくれない」

教主が深い溜息を吐き、首を左右に振った。

「そうではないのだ。教えは技術ではない。お前が、自分自身の力で理解せねば、意味が無い。
 禁はその為にある。お前がいつか、教えを真の意味で理解出来る時が来るようにだ」

双篠マリーは無言のまま、しかし引き下がらない。
暫しの沈黙の後に、ゆっくりと口を開く。

「……『エデンの果実』が世に出るところでした」

127 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/27(土) 04:51:16.82 0.net
瞬間、司教達が一様に驚愕した。

「それは、真実か」

「果実は地の底に失われました。が、中国大陸は未だに死人が彷徨い歩いているでしょう。
 教団の者が逃げ延びたのなら、暫くすれば報せが来る筈です」

一拍間を置いて、マリーは続ける。

「私は今後も日本で冒険者を続けます。あの仕事は、エデンの果実を見つけ出すには最適です。
 ですが、また今回のように果実を求める者達の争いに巻き込まれた時、またその力が解き放たれた時、
 教団より賜りし力なしでは果実を取り零してしまう。そして悪辣なる者の手に渡り、世は乱れる事になる」

今度は教主が、長い沈黙を生み出す番だった。

「……よかろう。エデンの果実に関わる場合に限り、お前の全ての禁を解く」

「感謝します」

マリーはコートの裾を翻し、講堂を立ち去った。
そして本部の中にある、長らく立ち寄っていない自室へと向かった。
扉を開けた途端に舞い上がる埃に目を細め、コートの袖で口元を押えつつ部屋に入る。
そのまま奥にある大きな棚へと歩み寄り、戸を開く。

そこには幾つもの武器が収納されていたが、マリーの目的はそれらではなかった。
棚の奥、マリーの真正面、そこに一着のローブが掛けられていた。
かつて中東にて殉教者に紛れる為に用いられ、今では暗殺者の象徴とされる白いローブ。

禁を受けて以来久しく袖を通していなかったそれを、マリーは再び身に纏った。

128 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/27(土) 04:51:58.17 0.net
尾崎あかねは、京都の実家に帰ってきた。
父の弟子達が慌てて出迎えに現れる。

「……あぁ、アンタらか。ホントはそんな姿やったんやなぁ」

あかねは彼らの姿を見て、小さく笑った。
父に施された惑わしが解けた彼女には、今まで隠されてきた妖怪達の真の姿が見えていた。
彼らもまた、あかねが自分の真実を知った事に、気付いたようだった。

「お嬢、その……親父さんはお嬢の為を思って……」

「分かってる。ウチも、その事で帰ってきた訳やないんや。ただちょっと、話がしとうなってな」

不安げにこちらを見つめる妖怪達に微笑みを返して、あかねは屋敷の門を潜った。
そのまままっすぐ、父の部屋を目指す。
障子張りの戸を前にして、一度立ち止まり、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

そして、戸を開いた。
父は尾裂狐の姿で待っていた。

「……帰ってきたか。まぁ、座れや」

父親の隣には、ここを出る前と同じように、妙齢の女性がいた。
だがあかねは父の言に従って、用意されていた座布団に腰を下ろす。

129 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/09/27(土) 04:52:27.59 0.net
「術、解けちまったか。なんだ、黙ってて悪かったな」

ばつが悪そうにそう言った父に、あかねは静かに首を横に振った。

「……ウチに重荷を背負わせとうなかったんやろ。そんな事も分からんほど、アホやないで」

「お、おぉ、そりゃそうか……」

気まずい沈黙が流れる。
あかねは暫し目を閉じ、それから意を決したように口を開いた。

「それと……多分、その人が誰なのかも……ウチ、知っとるで……いや、思い出した、の方が正しいかな……」

けれども紡げたのはそこまでで、再びあかねは口を閉ざす。
視線が落ち着きなくあちこちに彷徨って、表情には不安の色が浮かんでいる。
と、不意に父の隣にいた女性があかねの手を取り、微笑みかけた。

不安を湛えたあかねの目と、穏やかな女性の目が合った。
瞬間、あかねが目を潤ませた。

「……お母はん」

彼女自身すら気付かぬ内に、声が漏れていた。
頷きが返ってくる。零すまいと堪えていた涙が溢れた。

母に泣き縋るあかねを見て、父は深く、安堵の溜息を吐いた。

あかねの父は、尾裂狐だ。
己の分では人には敵わぬと隠遁し、人の世に紛れて生きてはいるが、その力は妖かしの中でも最高位と言っていい。
小さな国の盛衰を思うがままに操るくらいは、容易いだろう。
それほどの力を持つ彼が、愛する人の死を前に何もせずにいられる訳がなかった。

妻、菖蒲が死せし折、彼はその魂を喰らった。
長い時間をかけ、尾裂狐の持つ豊穣の力を以って、己自身の力を彼女に注ぎ続けた。
あかねに持てる全て生命を捧げ、衰弱し切った彼女の魂が、いつかまた自我を取り戻してくれると信じて。
そうならなければ、彼女を腹の内に抱いたまま、己も死のうと決意して。

果たして、彼の悲願は成就した。
尾裂狐の力の象徴である尾が一本また一本と減っていき、遂には二本にまで失われた所で、菖蒲の魂は声を発した。
そして今、家族三人が皆、ここにいる。

「なぁ、おとん……ウチな、最初自分が人間やないって分かった時は、死のうと思ってた。せめて人間らしくって」

母の胸に顔を埋めたまま、あかねがそう言った。
あの時は、鳥居を、皆を救う為に動死体達を片付けた。
結果的に自分を殺す者がいなくなってしまっただけで、生きたいと思える強い理由は、未だなかった。

「でも、死なんで良かった。おとんは妖怪で、お母はんは霊体で、ウチは不老不死やけど、それでも……ウチ、今幸せや」

130 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/02(木) 22:08:04.36 0.net
色町・花街――というのは元来、宿場街や芝居小屋、大きな寺社の参道など、繁華な通りの周囲に
自然発生的に形成されるもののようで、ここ日本橋人形町も、大廈高楼の百貨店が軒を連ねる
大通りから小道を隔てて直ぐのところにある。
江戸の旧吉原の所在地として有名なこの地であるが、意外にも色町としての本格的な発展は
吉原が浅草に移転した後の話で、中村座をはじめとする歌舞伎小屋の隆盛と、
それに付随する陰間茶屋の興起を嚆矢とするという。

先の震災で壊滅的な被害を受けたこの街であるが、被災した下町の漏れず、雑多な建物が無秩序な復興を遂げ、
色硝子を二階屋の窓に嵌め込んだ艶な小料亭やら、
モルタルの壁に半ば埋め込んだ円柱にタイルを貼り巡らせたアール・デコ風のモダンなカフェーやらが、
雨後の筍のように立ち並ぶ、今めかしくも猥雑な色町の風情が蘇っていた。

現在、冬宇子が女給に出ているカフェー『ラ・シャ・ノワール(黒猫亭)』は、
神楽坂近くの早稲田通りにあるけれど、震災前は日本橋で営業していたと聞くが………
そんな事を思いながら、冬宇子は、まだ開いていない店も多い夕刻の路地を、そぞろ歩いていた。

さて、そんな人形町の一角、いかにも訳ありの男女が人目を忍ぶ逢瀬にでも使いそうな、
奥まった路地にある喫茶店――といっても二階屋は"休憩用の"貸し部屋があって、
新手の連れ込み茶屋とでも呼ぶ方が似合うような店構えであったが――
その店の扉が荒々しく開き、一組の男女がもつれ合うように外に飛び出してきた。

女は、襟だけが白い桜色のワンピースの洋装で、垂らした長い髪の後頭部に服と同じ布のリボンをつけている。
年のころは二十歳前後か。頬のふっくらとした可愛らしい顔が涙に濡れていた。
仕立ての良いモダンな服と初々しい仕草からして、この街には相応しからざる良家の令嬢のように思われる。
追って来た男は「誤解だ」「話せば分かる」なぞと懸命に宥めていたが、
女はその頬を平手で叩き、一言、「人でなし――!」と叫ぶや、掴まれた腕を振りほどいて駆け出した。

居合わせた冬宇子は呆気に取られて、ハンケチで目鼻を押さえて自分の前を通り過ぎていく女の姿が、
路地の角に吸い込まれて見えなくなるまで、首を傾けて見送っていた。
ふと、視線を店の方に戻すと、件の男と目が合った。
苦笑いを浮かべたその顔に、ハッとした色が浮かぶ。

「やれやれ……トンだところを見られてちまったな……」

にやにや笑いで頭を掻くさまは、何処か軽薄で、先の騒動への悔恨は見えない。

131 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/02(木) 22:14:26.67 0.net
「あら、宇賀島商会の若社長……!
 しばらくお店にいらっしゃらないと思ったら、変なところで遇いますこと……」

かねてより馴染みの、店の客だった。
若社長――といっても大会社の社長の息子で、名ばかりの役職を与えられて、金には不自由しない。
女好きの遊び好きで、とかく身持ちが修まらない、いわゆる放蕩息子。
この男の軟派な手練に引っ掛かり、熱を上げた挙句に手酷く捨てられて、行方をくらました女もいると聞く。

冬宇子は、女の走り去った方に目を遣って言う。

「……あんなお嬢さんを泣かすなんて、罪が深いですよ。
 お千代ちゃんの方はどうするんです……?浮気もほどほどになさらないと、今に痛い目を見ますわよ」

この男が、千代という若い女給と深い仲であることは、店内で知らぬものは無かった。

「なんだい、日ごろつれない君が、今日はいやに世話な口を聞くじゃないか。
 君の方こそどうなんだい?こんな所で……男(いろ)と待ち合わせでもしてたんじゃないのかい?」

誤魔化すように、お道化た口調で問う宇多島に、

「まあ……艶な用事なら、こんな色気の無いもの持って来ませんわよ」

百貨店のマークが印字された買い物帰りの荷物を示して、冬宇子は言った。

「それもそうだが……それより、こうして出会ったのも何かの縁だ。
 今日も黒猫に出るんだろ?送って行くから、ここらで食事でもして、一緒にどうだい?」

「ほほほ……遠慮しときますよ。それこそ、お千代ちゃんに恨まれちまう」

「また肘鉄か。君ってのは、どうしてそう僕につれないんだ?
 こう素っ気無くされると、却って『うん』と言わせたくなるなァ……」

男はポマードで固めた前髪を弄りながら言った。
顔つきはどちらかといえば整った方で、いつも舶来ものの背広を着んでめかし込んでいるが、
しまりのない表情と妙に気取った仕草が、どうにも薄っぺらい印象を与える。

「まあ、嫌ですよ……若社長みたいな色男と付き合ったんじゃ、泣かされるのは目に見えてますもの……
 "高師の浜のあだ波は、かけじや袖の濡れもこそすれ"ってね」

冬宇子は含み笑いを浮かべて口をつぐみ、視線を男の顔から肩の辺りに移した。

「今だって……ホラ、其処に……
 死霊か生霊か……ざんばら髪のずぶ濡れの女が旦那の後ろからこっちを……!」

男の顔色がさっと変化した。恐怖の慄きが瞳の奥に走ったように見えた。

「ほほ……冗談、冗談……!思い当たるフシがあるからドキリとするんですわよ、若社長。
 それじゃあ、私はこれで……近いうちにお店にいらしてね……」

微笑んで手を振るや、くるり、きびすを返して冬宇子は歩き始めた。
角を曲がり男が見えなくなると一旦足を止め、今来た方を振り返って、

「くわばら、くわばら……死ぬ前に呪詛を残したか……あの男、とんでもない女を騙したもんだよ。
 近いうちに後悔することになるだろうがね。
 あいつ自身は自分の蒔いた種だが、念が強すぎて周りの女まで巻き込んじまうのが厄介だねぇ……」

132 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/02(木) 22:23:43.85 0.net
車でも拾おうかと江戸橋まで出てくると、あたりは、はや暮れなずんで、西の空が橙色に染まっている。
大通りに立ち並ぶビルヂングの向こうでは、夕日が鈍く赤い輝きを放っている筈だった。
冬宇子は埃っぽい空を見上げて、浩蕩たる大陸の夕焼けを思った。
見渡す限り続く荒地の、地平の果てに沈みゆく夕日。
ただ、空に浮かぶ雲だけが、片面を朱に染めて当てもない旅を続けている。
ひょんなことで預かった亡国士団のパオの遺品を故郷に届けるため、
北京で偶然再会したツァイ・ジンに半ば強引に案内を頼んだ。その道中で目にした光景だ。

「大陸にゃ気骨のあるイイ男が何人もいたってのに、まったくねえ……」

冬宇子は、ビルの壁に映る返照を仰いで独りごちる。
禁断の不死の法をめぐる戦い――こうして故国に戻って振り返ってみると、一夜の夢のにようにも思われる。
動乱の大陸と日本は、それほどに何もかも違っていた。

宮廷道士フー・リュウ、清軍元校官ジン、花火師のパオ、結界師のツァイ・ジン――
清国で出会った男達は、いずれも己が命を懸けた戦いの最中にいて、死の匂いを漂わせていた。
戦禍の大陸では、死は、すぐ眼前にあって、戦って跳ね除けなければ生きてはゆけぬ。
一方、この帝都の享楽の中においては、背中合わせにそっと隠れている。
頽廃的な遊びに興じて来るべきものを忘れているうちに、それは確実に、静かに、手を伸ばし、
気付いたときには、はや遅し。身動きできぬように絡め取られ、喉笛を掻き切られてしまうのだ。

何処にいても死神の手から逃げられはしない。
しかし、その避けられぬ定めから逃れようとする者が、大陸にいた。
道教の理想を一言であらわすなら『不老長命』――
道術発展の歴史は、死の追撃から逃れようとする者の欲望の堆積だ。

「フン……あのタヌキめ……不老不死を手に入れるだなんて、何処まで本気だったのか分かりゃしない。」

冬宇子は雑踏にまぎれて小さく呟く。
不死の法の化身となったディン・リウとその恋人フー・リュウを逃がし、
王都北京に戻っての報告。
清王は、意外なほどあっさりと事実を受け入れ、冒険者達の帰国を許すばかりか、報酬すら保障した。
北方遺跡に封じられていた少年を殺し、不死の法をリウが受け継ぐに至った仔細を聞く最中の
清王の淡白な様子からしても、不死の法の獲得はあくまで副次的な期待に過ぎず、
彼が呪災を惹起した主たる目的は、清国の大陸平定にあったと思わざるを得ないのだった。
だとしたら、不死の法を完成させ清王への忠義を果たすと決意したフー・リュウは、いい面の皮だ。
気の毒なようでもあるが、追っ手が来ないのが本当なら、それはそれで逃亡者の二人にとって幸せなことであろう。

「それにしても、あの馬鹿ときたら……
 なァにが『俺は王の右腕に相応しい大人物』だよ……!
 こっちがどれだけ口を酸っぱくして言い聞かしても耳に入りゃしないんだから。
 やっぱり、ブン殴ってふん縛ってでも連れて帰るべきだったかねぇ……」

"清王のたっての希望"を受け入れて、北京の王宮に残った武者小路頼光のことは、やはり気掛かりであった。
けれど、"ある筋"の情報によると、
大陸の上空を覆っていた陰の気流が晴れた今、彼の祖父――武者小路幽玄斎は、日本にいながら
孫の居所を感知できるのだと言う。
『蝶者というには頼りないが、あっちで泳がせておけば、感度の悪い盗聴機くらいの役には立つだろう』――
というのが彼の言だそうだ。

133 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/02(木) 22:34:59.76 0.net
「おや、そうそう……うっかりしてた。あんたも帰してやらないと……」

思いついたように、冬宇子は懐の紙入れを取り出し、中に仕舞っていた小さな紙包みを掌に載せた。
折った紙を開くと現れたのは、焼けた金属の欠片――
清に入国する間際、花火の直撃を受けて墜落した飛行機。操縦士は身を挺して乗客を守り、命を落とした。
異域の鬼となって彷徨うのも不憫。
爆破炎上した機体の破片を、せめて魂の道標にと持ち帰っていたのだった。

破片を握って霊気を送り、拳の上で、もう一方の手を使って、手早く印を組む。
ふたたび掌を開くと、破片は淡蒼に発光し、やがて小さな光の玉へと形を変え、フワリと舞い上がった。
欄干を通り過ぎ、季節外れの蛍さながらに水面の上を戯れるように高く低く飛んでいる。

「さあ、お行き。狭い日本だ。懐かしい故郷なら直ぐに飛んでいけるだろう?」

言うや、蛍は急に速度を増し、一条の光の帯となって視界から消えていく。
見送った冬宇子は、魂が抜けて空っぽになった欠片を、川面へと投げ捨てた。

「さてと……ああ、いい月が出ているねぇ。真っ直ぐ帰るのは勿体ない。もう少し歩くとするか」

するすると昇っていく月をお供に、神田のあたりまで足を伸ばすと、お囃子の金太鼓が聞こえてきた。
何やら近くのお宮で祭りをやっているらしい。
見世物小屋の呼び込みに、蝦蟇の油売りの口上、屋台のアセチレンガスの臭気と飴細工の甘い匂い――
喧騒が心地よく、参道の出店をぶらぶらと見て歩いていると、
ふと、暗い脇道に入っていこうとする小さな影が目に付いた。見覚えのある白い顔……

「おや、あんた……!ああやっぱり、生成り小僧かい!
 今日は、よっぽど、妙な場所で妙な人に出くわす日だよ。
 小僧、お前何してんだい……って、そりゃ祭り見物に決まってるだろうねえ……
 それとも、このあたりでサーカスの興行かい?」

なんとなくメランコリィな気分になっていた折、知った顔に出会った心強さから、つい声を掛けてしまった。

「ふうん……今晩は興行はお休みかい。
 なら丁度いい。
 浅草の三社祭りにゃまだ遠い。約束の前渡しって訳でもないが、ちょいとそこらをデェトしてみるかい?」

月夜と縁日の賑わいに気まぐれを起して、そう誘った。
生成り――不完全な魔性、鳥居呪音。
大陸の大冒険の折、不死身の彼には、何度命を救われたか分からない。
そんな彼のささやかな望みが、『一緒に三社祭を見に行きたい』ということであった。
命の礼にしては安いものだ。
ぼんぼり提灯と屋台の明かりが、参道に低く垂れ込めて、都会の闇に淡く黄色い道筋を示している。


【倉橋冬宇子  〜大陸編エピローグ〜    おつかれさまでした!】

134 :名無しになりきれ:2014/10/12(日) 20:47:19.65 0.net
★★★【参加者募集】★★★

新章開始につき新規参加者を募集します。


ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:5日で定められていますが延期は可能です
版権・越境:なし
敵役参加:なし
避難所の有無:あり http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/9925/1376798577/
備考:科学も魔法も、剣も銃も東洋も西洋も、人も人外も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったり、強すぎたり、万能過ぎるのは勘弁よ

名前:
性別:
年齢:
性格:
外見:(容姿や服装など、どこまで書くかは個人の塩梅で)
装備:(戦闘に使う物品など)
戦術:(戦闘スタイルです)
職業:
目標:(大正時代を生きる上での夢)
うわさ1:
うわさ2:
うわさ3:


参加希望の方は避難所でご相談を↓
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1376798577/

過去ログはこちら
http://www43.atwiki.jp/nanaitatrp/pages/97.html

135 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/10/15(水) 01:32:20.14 0.net
【→鳥居呪音、倉橋冬宇子】

清での冒険から一週間ほど過ぎたある日、君達の元に受願所からの使者が訪れた。
いつもの受付嬢だ。

「嘆願を持って参りました」

平淡な口調で、彼女は君達にそう告げる。

「ご安心下さい。今回は正真正銘、何の危険も伴わない嘆願でございます」

曰く今回の嘆願は、受願所の設立に際して多額の資金を投じてくれた華族からのもの。
どうもその華族は随分な変わり者で、投資の見返りは金や物品ではなく、冒険譚で支払って欲しいと条件を述べたそうだ。
受願所はその要望に応え、月に一度、彼の元に冒険者を送る事にした。

「とは言え、受願所に登録されている冒険者を節操なしに送ったところで、あのお方の満足に足る冒険譚が提供出来る訳もありません。
 そこで……あなた達の出番と言う訳です。
 言わばこの嘆願は優秀な冒険者への休暇であり、労いであり、また互いの交流を深める場を設ける為の催しなのですよ」

冒険者という人種は押し並べて、その実力や位が高くなればなるほど、人との交流に疎くなる傾向がある。
受願所、ひいては国からすれば、高位の冒険者は得難い人材だ。
出来る事なら彼らには互いに協力し合い、可能な限り安全に冒険を続けてもらいたい。
この嘆願には冒険者を華美な屋敷に集め、美味い飯を振る舞い、いい気分にした所で交流を深めさせようという意図もあった。

「まぁ、通常の冒険者からも、有望な者を抽選して何人か参加させるのですがね。そちらは言わば投資です。
 高位の冒険者になればどんな待遇が受けられるのかを……良いところだけ、お見せしようって事です」

受付嬢は唇に人差し指を添えて、悪戯っぽく笑った。

それと言うまでもない事だが、黒持ちの冒険者には、この嘆願に対する拒否権はない。
懇親会は三日後で、当日には受願所に登録された住所に迎えの車が来る。
住所不定の者は、勝手に探し出して迎えに行くとの事だ。
過去には面倒だからと逃げようとした者もいたようだが、今のところそれらの試みは成功していないらしい。

服装や装備は、普段冒険に出る時と同じものと指定されている。
変に着飾られるよりも、冒険の雰囲気を感じられる出で立ちの方が好ましいそうだ。



【→波留京香】

君がいつ冒険者になったのかは、まだはっきりしていない。
つい昨日の事かも知れないし、もしかしたらずっと前からそうだったかもしれない。
だが分からない事ばかりではない。

受願所の情報網はとても広い。
例えば君の家系が『気』を操る武術を継承している事も、かつてその武を以って鬼を屠ったとされる伝説がある事も調査済みだ。

「……要するに、受願所はあなたを将来有望な冒険者だと評価しています。
 この嘆願は、そういった方々への先行投資ですね。あなたはただ自分の冒険譚か、武勇伝を語るだけでいい。
 後は自由です。華族の屋敷や食事を楽しむもよし、他の冒険者と交流を深めるもよしです」

故に君は、今回の嘆願の対象者に選ばれた。
女性蔑視の世の中を変えるという目的の為にも、件の華族に気に入られて損はない。
君に断る理由はない筈だ。

136 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/10/15(水) 01:32:53.16 0.net
三日後、君達を乗せた送迎の車は東京の郊外へと向かった。
受願所は国営の組織だが、資金も人材も無限にある訳ではない。
冒険者一人につき車一台とはいかないようで、君達――
――つまり鳥居呪音、倉橋冬宇子、そして波留京香の三人は同じ車に相乗りする事となった。

波留京香には、同乗者は優秀で実績ある冒険者として紹介されている。
『黒免許』の存在を、受願所は公式に肯定していない。公然の秘密として扱われている。
その為、勘が良ければ察しがつく事もあるだろう。

鳥居呪音と倉橋冬宇子には、波留京香は有望な冒険者の一人と説明される筈だ。
今日集められる冒険者はどうにも奇人変人ばかりである為、その中でも比較的まともな二人と同行させる、という旨もだ。

華族の屋敷は、国有の迎賓館と見紛うような大豪邸だった。
君達の背丈の倍はある門扉、広大な庭、 西洋風の華美な外装。
色鮮やかな紅色の絨毯、来客を迎える使用人達、誰を招いても恥じる事のない大広間、重厚な調度品、そして何より豪勢な食事。
それらは冒険者達の夢の、一つの到達点と言えるだろう。
それらの光景は、冒険の末にある一握りの栄光を、確かな形として夢見させるには十分過ぎるほどに巨大だった。

「――おいおい、オメェらも来てたのか。大丈夫かよ。話のネタ、ちゃんと全員分あんのかぁ?」

ふと、君達の視界の外から、聞き覚えのある声がした。
振り向けばそこには生還屋がいた。
料理を乱雑に積み上げた大皿を片手に、君達へと歩み寄ってくる。

「清での話は、俺は使わねえ。言えねえ事だらけで面倒くせえしな。欲しけりゃ使いな。
 しかし参ったぜ。俺ぁ色んな奴と冒険に行かされるからよぉ、何を話したもんか毎回困んだよなぁ。
 毎度毎度、俺以外みーんな死んじまった時の話をすんのも座りが悪いしよぉ

生還屋はうんざりとした様子でそう言って、周りを見回した。
広間には既に多くの冒険者が集まっている。
鳥居と殆ど背丈の変わらない子供から、やつれた中年の男性まで、様々な人物が見える。
双篠マリーや鐘本さくらといった、鳥居や倉橋にとっては旧知の冒険者も中にはいるだろう。

それから暫くすると、広間の奥に一人の男が現れた。
彼らが今回の嘆願主である華族だ。
君達の記憶力が正常なら、彼の姓は富道であると受願所の人間から事前に聞かされている筈だ。
名の方は、分からないままだ。が、知る必要もないだろう。

背が低く、やや痩せ気味なその男は、まず初めに一つ咳払いをした。

「やぁ皆、よく来てくれたね。久しぶり、そして初めまして」

富道はまるで長年の友を出迎えるように、冒険者達に語りかけた。
それはまるで子供が、同じ子供に接するような振る舞いだった。
一癖も二癖もある冒険者達に対して、彼は気負いや偏見の類をまるで抱いていなかった。

「あぁ、そのままでいいよ。僕が勝手に話を聞いて回るから、それまでは好きにしてればいい。
 言われなくてもそうするって奴が殆どだと思うけど、初めて見る顔もちらほらあるしね」

富道はそれから暫し周囲を見回してから、傍にいた子供に声をかけた。

「じゃあ、まずは君からだ、赤帽君。今回はどんな冒険をしてきたんだい?」

赤帽と呼ばれた少年は、赤い野球帽に洋風のシャツにズボンと、甚く珍しい服装をしていた。
それに加えて背中には大きな剣鉈が、腰には切り詰め型の散弾銃が提げられている。
あらゆる面で、異様な風体だった。

137 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/10/15(水) 01:33:41.84 0.net
彼は暫し沈黙してから、右の袖を捲ってみせた。
そこには数え切れないほどの傷跡があった。
その中で最も真新しい、一列に並んだ大きな丸い傷をなぞる。

「ほぉ……新しい傷だね。それは……牙の痕かい?何か大きな……獣みたいなものを相手にしたのかな?」

富道の推察に、赤帽は頷きを一つ返した。
言葉は何一つ伴わない。聴唖という訳ではないが、彼はとにかく声を発する事を嫌っていた。

続けて背中の剣鉈を下ろして、シャツの裾をたくし上げる。
無数の傷跡が露わになる。その中で一際目立つ、肩口から腰にかけて走る三本の線があった。
爪か何かで切り裂かれたのだろうか――だが、その線と線の間隔は、異様な程に広い。
犬や猫の爪と比較して考えてみると、その爪跡を刻んだ生物は、人間の数倍の背丈があると推察出来てしまう。

次に、その場で身を翻す。
赤帽の背中には、やすりで削られたかのような荒い傷が一面に刻まれていた。

赤帽は富道に向き直ると、右手の人差し指を立てて見せた。
これらの傷は全て一度の冒険で刻まれたのだと伝えたいのだろう。

一体どんな化け物を相手取れば、これほどの傷を受ける事になるのか。
そして――彼はそれを相手に勝利したのか。
そう思うと、富道の口元に図らずも笑みが浮かんでいた。

「いや、素晴らしい冒険譚を見せてもらったよ。ありがとう」

富道は満足げに笑い赤帽の頭を軽く撫でると、次の冒険譚を求めて、また歩き出した。

「……おや、君は確か……これで二度目だね」

「はい、再びお招き頂けた事をとても光栄に思います」

次に目をつけたのは、居合道着を身に纏い、大小の刀を腰に差した少女だった。
齢は二十より二、三手前と言ったところだろう。
彼女の名は、八千種久礼(やちくさ くれい)といった。

久礼はその風体通り、剣術家を志していた。
実家は剣術道場を営んでいる。
八千死流と言えば、武術剣術を修めんとする者ならば一度は聞いた事がある名門だ。

久礼は京香とは違い女性の地位や、道場の剣名などには興味がなかった。
ただ、剣を振り、腕を高めたい。望みはそれだけだ。
冒険者はこのご時世、誰にも囚われずに剣を振るうにはお誂え向きの仕事だった。

「いやぁ、別に僕が招いた訳じゃない。君の実力と成果が評価されたのさ。で、今度は何をしてきたのかな?」

「はい、大倉土木からの嘆願を。道路舗装工事の最中に小さな石碑を倒してしまい、悪霊を解き放ってしまったとの事でした」

「ふぅん……君が引き受けたって時点で、なんとなく察しは付くけど、どんな悪霊だったの?」

「剣士です」

即答だった。

「どういった経緯で彼らがあの地に眠っていたのかは分かりませんでした。ですが、彼らは強かった」

138 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/10/15(水) 01:35:02.35 0.net
「彼ら?複数人いたのかい?」

「三人です。彼らの剣術はそれぞれ違って、ですが皆、特異でした。
 切っ先よりも遠くへ斬撃の及ぶ剣技。流麗で、かつ異様な程の重さを秘めた太刀筋。
 そして……目にも留まらぬ疾さの抜刀術。奴は、『不知火』と呼んでいましたが……私には見切れなかった」

「……でも、勝ったんだろう?」

今度は、久礼が答えるまでに少々の間があった。

「いえ……倒せたのは、二人だけです。あの男が構えた瞬間、私は死を予感しました。
 咄嗟に、本能的に飛び退いて、辛うじて奴の剣を躱したのです。
 それを見て、奴は笑いました。大したものだ、と。私はただ臆して、剣を交える事から逃げただけなのに」

言葉の最後は、震えていた。
恐れ故か、怒り故か、それは彼女自身にも分からない事だろう。

「奴はもう少し強くなってから来いと言い残して、消えました。嘆願はこなせましたが、私は……!」

久礼の右手の指の節は、強く拳を握り締めるあまりに白く染まっていた。

「奴らの剣術は、陰陽道の技術を取り入れたものだった!それは分かっているんです……。
 だけど、奴の抜刀術……あれの術理も、太刀筋も、私にはまるで見える気がしない……」

「……まぁ、なんだい。少なくとも君は命拾いしたんだ。気長にやりなよ。君にはまだまだ伸びしろがあるさ」

富道は慰めるようにそう言うと、久礼の肩を二度、軽く叩いた。

それから暫く話を聞いて回った彼は、ふと思い出したように上着の懐を弄る。
青い表紙の冊子を取り出すと、歩きながら、そこに何かを記し始めた。
恐らくは今聞いた冒険譚を記録しているのだろう。

「……旦那。アンタ、妙なモン持ってんな」

食事を貪る事にしか興味を示していなかった生還屋が、食事の手を止めて彼に声をかけた。

「その本、嫌な予感がするぜ。火遊びってなぁ、火傷してから火から離れても遅えんだぜ」

「ははは、相変わらず勘がいいね。で、君はどんな冒険譚を聞かせてくれるんだい?」

「……あー、悪い。もうちょい待ってくれ。今思い出してる最中だ」

「そっちの方も相変わらずか。いいけど、思い出すまでこれ以上の飲酒は厳禁だよ」

悲鳴を上げる生還屋を残して、富道はその場を立ち去った。
そして――とうとう君達の番が来た。

「おっと、また初めて見る顔だね。君達は、一体どんな冒険譚を聞かせてくれるのかな?」


【語る武勇伝は過去のクエストに限らず、オリジナルの物でも構いません
 それ以外に何か行動を起こすのも自由です】


【クエスト:お金持ちのお屋敷に行こう
   目的:お金持ちに自分達の冒険譚を聞かせて楽しませるだけの簡単なお仕事です
       決して閉じ込められたり心霊現象に巻き込まれたりはしません
コンセプト:日常回です。ホラー展開とかありません
    敵:退屈が最大の敵です。幽霊なんて出てきません

139 :波留 ◆fGsIM7KzZc :2014/10/20(月) 00:07:44.37 0.net
目がチカチカと眩むような華やかな装飾、しゃあんでりらと謂われる
ケッタイな南蛮の硝子行燈がチラつき、燕尾服の髷をも結わぬ次世代をも
匂わせへ、ラシャメンやら唐人お吉をも見渡せば目に映えゆる景観
 煌びやかな其の華族の、大正と云う激動の単一に咲くパアテエで
その初々しい、悪く言えば垢抜けずう芋臭い姿の子女。
 波留京香は可知ン故陳(カチンコチン)解りやすく其の雰囲気に
呑まれ息詰まる、見ていて可哀そうな程に緊張の坩堝に嵌っておった。
 生還屋やら久礼や赤帽と云う珍妙な風体や凛とした気を待とう男女に気を
向けるよりも、其の周囲の明白な優美な趣き
 悲しきがな日の本の端、帝都の風の流れのひとえに未だ慣れぬ波留にとって
富道の要求は酷と言えた。要はテンパって何を話せば良いのか考えが纏まらぬのだ。
 >「おっと、また初めて見る顔だね。君達は、一体どんな冒険譚を聞かせてくれるのかな?」
「あっ、へ!? わ  わ   わわ…っ!!」
 目を白黒させて、あわわと口を震わせ富道の顔と他の人の顔を見比べて言う。
 「わっ 『わだす』は! そげなけったいな話なんぞ持ってわないだすぅ!!」
 開口一番、訛りに訛った声で叫んだ。
「……はっ!? えっ、えっと失礼をばしまつたぁ! 帝都の言葉(*標準語)で
話ばしてぇんけど、慣れねぇもんでなめくたー言い方になりますけんども
勘弁しきよってからにぃ」
 短くざっくらばんに風に流したままの髪を掻きつつ方言満杯の言い方を
富道や他の者に詫びながら話を続ける。
 「話ば戻しまねんけども、最初の通りわだすはそげな人様を喜ばせるような
話ば持ってばなかどすぅ。生まれや数えて19、破落戸やら熊んにも投げ飛ばした
小話ば持っちょりまねんけど、そないなしょうもなぁ話、華族の方達に語るなんざ
とんでもなぁどすよって」
 大した面白い話はない、そう区切りと共に告げつつ『でけすともぉ…』と
波留は続ける。
 「一つだけ冒険譚でないですけんども、わだすにとって拳と同じにゃ価値ある
話があるだすぅ。わだすには一人兄ぃがおります、田舎育ちのわだすと違ってぇ
ハイカラな方よってからにぃ詩吟や漢詩に造詣深ぇ、いっつも頭上がらん自慢の
兄の話だすぅ。
 兄はん何時も言うとりまったぁ。『一期一会は一金一銀、それがどんなに
苦しいもんでも喜びなさいな、感謝しなさいな』
 わだすは加算減算もまともに出来ん阿呆やけども兄はんの言ってた事が
ほんまに今の生業において大事な言葉やった事は解るますぅ。せやさかい
わだすは兄はんにも皆はんにも胸張ってお天道はんの下を堂々と
『わだすは波留式流一の武術家、京香やさかい!』と、女の身でありますが
市井に認めはられるようしておるんですぅ。何にぃも面白味もねぇ話すだすが
それがわだすの話せるもんだすぅ」
 訛りが酷いが波留が話すのは兄の言葉の『一期一会』出会いに感謝して
生きなさいと言う思想を大事にしてると言う事と、そして己が世間に
認められるほどの武術家になると言う夢の語りだ。
 「あと、こないな大層な席に呼んで貰えて有難うごぜぇやす。今更んですけども」
 付け加え、富道にかしこまった様子で頭を軽く最後に下げる。
少しばかり他の残る冒険者の動向や富道の携帯する青い表紙の冊子に
気にかかるものの未だ華族の宴は始まったばかり。夢との踊りはまだ長く
急いた動きは足を躓きかねない。自己紹介と自分の目的語りだけで最初は良いだろう。

140 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/23(木) 04:42:02.70 0.net
>>135-138 >>139
ゆうに百畳を越える大広間は、弦楽四重奏の調べが漂い、選りすぐりの美酒の芳香で満たされていた。
厨房に繋がる扉を背にした部屋の一角、側に給仕が控える長台車の上には、どこぞの有名ホテルの料理人が
出張して調理したのであろう東西の美食、山海の珍味が、色鮮やかに大皿の上に盛り付けられている。
歓談を目的とした立食式の饗宴。
室内に点在するテーブルやソファの周りでは、美々しく着飾った正装の男女が―――

と、言いたいところであるが、実際のところ、この壮美で贅沢な洋室にたむろしているのは、
百鬼夜行か、はたまた仮装行列か、と疑いたくなるような面々だ。
金の仮面に赤マントの怪人がいるかと思えば、破れ袈裟を素肌に引っ掛けた破戒僧が大酒をかっ喰らい、
清楚な袴の女学生が佇んでいるその向こうでは、短銃を担いだ熊のような猟師が将校服の軍人と談笑している、
といった具合に、まこと不統一な人材が一室のうちに集められていた。
この珍妙な集団の唯一の共通項はと言えば―――

これは、金で諸々の問題を解決する山師――国営嘆願所所属の冒険者たちの、
慰労と褒賞の宴なのだ。

倉橋冬宇子は、葡萄酒のグラス片手に、あたりの様子を伺っていた。
それにしても広壮な屋敷だ。
迎えの自家用車に乗せられて帝都の郊外へ。守衛の開けてくれた門扉を超え、
英国式庭園の中道を突っ切って噴水の周りを巡り、車寄せのある玄関まで辿り着いたその場所は、
赤坂御殿か、綱町の三井迎賓館か、と見紛うような西洋建築の大邸宅であった。

この風変わりな晩餐の主催者の名は、『富道』―――爵位は男爵。
もともと有力な大名や公家の出ではなく、新華族であるらしい。
『新華族』というのは、本来華族たりえる家格でないものが、勲功によって爵位を与えられたもののことで、
金や権力に飽かせて身分を買った輩と陰口を叩かれることも多く、
公家士族のプライドや平民の僻みも手伝って、蔑視の対象となることさえあった。

さりげなく室内を見回して品定め。
建材は上質で、出窓に掛かるどっしりとした垂れ幕も、ペルシア柄の絨毯も、相当な上等品のようだ。
壁の絵画や美術品は豪華であるものの真新しく、歴史や由来を感じさせるようなものが見当たらないのは、
新興の特権階級たる彼の来歴を物語っているのだろうか。

ふと、冬宇子は、娘時代の五年を過ごした京都二条の邸宅を思い出した。
堂上家半家の技能公家の家格に相応しく、質素ながら堅牢な造りの屋敷だったが、
調度の一つ、縁廊下の板一枚にしても、そこかしこに因業な故事が染み付いているような気がしてならなかった。
何処もかしこも蒼然として、重苦しく感じたものだ。
倉橋の家業は陰陽道、そこはあながち"気のせい"とばかり言えぬものも多かったが。

それはともかく、この館の主……富道という男、かなりの資産家であることは間違いない。
しかし、何をしている男なのか、とんと、それ以上の情報が入って来ない。
どうやら冬宇子が関係を持ちうるような、にわか成金や金持ちの悪たれ息子とは付き合いが無いらしい。

>「――おいおい、オメェらも来てたのか。大丈夫かよ。話のネタ、ちゃんと全員分あんのかぁ?」

料理を山盛りにした大皿片手に近付いてきたのは、坊主頭の無頼漢――通称『生還屋』。
開宴早々、もう大分出来上がっているようで、茹で蛸のように顔を赤くしている。
そういえば、彼も『黒持ち』の冒険者だった。
冒険者の格は色で分けられていて、下から『銅』、『銀』、『金』――そのまた上は『黒』。
もっとも、『黒』の格は表向きは非公式で、免許を交付された当人以外には明かされないため、
新人の冒険者なぞにとっては、一種伝説めいた噂となって偶像視されているようなところもあった。

「まァ、嫌な縁だよ。大陸から帰ってまだ間もないのに、またあんたに会うことになるなんてね。
 生成り小僧……こんな行儀の悪い男の真似をするんじゃないよ!」

141 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/23(木) 04:48:30.52 0.net
冬宇子は、横にいた鳥居呪音の頭を小突きつつ、憎まれ口を叩いたが、口調は軽かった。
この百鬼夜行の晩餐、曲者ぞろいの集まりの中で、知った顔に出会うのは心強く嬉しいものだ。
とはいえ、知った顔が多すぎるのも問題で。

「マリーと、あの海賊の坊やも来てるみたいだねぇ。
 あれ……まァ懐かしい、あっちにいるのは化け猫のお嬢ちゃんだよ。」

鳥居呪音や双篠マリーは顔なじみの冒険者で、同じ依頼を受けて行動を共にしたことも、一度ならずある。
要するに生還屋の言う通り、知った顔が多いということは、話のネタが被るのだ。
変わり者の主催者は冒険者たちの武勇伝を御所望とのことだが、
そうは言われても、話せぬことも多いし、話したくもない面白くないことだって少なくない。

その時、"注目せよ――"とばかりにベルが鳴らされて、目を向けると、広間の奥に男が立っていた。
彼こそが主催者の、富道男爵か。

>「やぁ皆、よく来てくれたね。久しぶり、そして初めまして」

富道は、屈託の無い自然な笑顔でそう言った。
見たところ、まだ三十手前といった若さ。
やや痩せ気味で小柄ではあったが、容姿は整っていて、身なりは華美過ぎず、好感の持てる風貌だ。

>「あぁ、そのままでいいよ。僕が勝手に話を聞いて回るから、それまでは好きにしてればいい。
>言われなくてもそうするって奴が殆どだと思うけど、初めて見る顔もちらほらあるしね」

言って、彼は会場を歩き回り始めた。
早速、此方に近付いて来る。

まず富道は、『赤帽』と呼ぶ少年と、八千種久礼(やちくさ くれい)という少女の話を聞いた。
話――と言っても赤帽少年は、唖(おし)とも見えぬに終始無言で、身体の傷を誇って見せるだけだった。
己の身体が傷つくのが喜びであるかのような少年の仕草には驚かされたが、
剣士の亡霊と戦ったという、久礼という娘の話には、より興をそそられた。
禁欲的な刀剣使いの少女……陰陽寮の武官として化け物退治に明け暮れている従弟とは話が合いそうだ。
従弟の晴臣は、最近では、もっぱら、削咒霊処理を施した弾丸を込めた拳銃を好んで使っているようだが、
剣術や槍術も一通り嗜んでいる。

しばしボンヤリと宴の空気を味わっていた冬宇子は、不意に嫌な気配を感じて、男爵の手元に目を凝らした。
彼は気に入った冒険譚を書き留めているのか、青い表紙の冊子にペンを走らせている。
嫌な気配は、その冊子から発せられているようだった。
何やら、魔剣や妖刀と呼ばれる類のものが漂わせる鋭い妖気を、真綿で包んで隠したような……
鈍く、それでいて底深い、魔の息差し(いきざし)を纏っているかのような気配が感じられたのだ。
よく見れば、青表紙の裏表には、抜身の刀の如き文様が刻まれている。

異様に勘の良い生還屋も、その気配に気付いていたようで、

>「……旦那。アンタ、妙なモン持ってんな」
>「その本、嫌な予感がするぜ。火遊びってなぁ、火傷してから火から離れても遅えんだぜ」

数々の修羅場を生還してきた男は、相手の身分に臆することなく無遠慮に釘を刺す。

> 「ははは、相変わらず勘がいいね。で、君はどんな冒険譚を聞かせてくれるんだい?」
>「そっちの方も相変わらずか。いいけど、思い出すまでこれ以上の飲酒は厳禁だよ」

男爵も負けてはいない。無頼の中年を軽口でやり込めておいて、
冬宇子たちの方に向き直り、例の屈託の無い笑みを浮かべて言った。

142 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/23(木) 04:51:47.91 0.net
>「おっと、また初めて見る顔だね。君達は、一体どんな冒険譚を聞かせてくれるのかな?」

>「あっ、へ!? わ  わ   わわ…っ!!」
>「わっ 『わだす』は! そげなけったいな話なんぞ持ってわないだすぅ!!」

頓狂な声を上げて口を挟んだのは、近くにいた少女だった。
筒袖の道着の下に桜色の袴を履いて、日に焼けた顔は活発そうで初々しい。
訛りに訛った少女の語る"一期一会の心得"を聞きながら、ふと、近ごろ変死した女給仲間の顔が頭を過ぎった。
そういえば、彼女も、時折言葉に北国の訛りが見えたものだ―――
後ろ暗い気持ちを吹き飛ばすように、会心の笑顔を造り、

「"一期一会"……『一瞬一瞬に誠意を尽くせ』という禅茶道の言葉ですわね。素敵な話ですこと……」

富道の顔を真っ直ぐに見て、冬宇子は言った。

「初めまして富道男爵。わたくし、倉橋冬宇子と申します。」

軽く、しなを作ってお辞儀。
こうして動くと、袖に焚き染めた梅花香の匂いが微かに香る筈である。
冒険に出る時と同じ格好で、との指定であるが、華族のお屋敷でパァティと聞けば着飾りたいのが女の性。
冬宇子は、裾だけに萩の墨絵をあしらった白い絵羽の中振袖に、黒い袋帯、
赤い帯締めで一筋、色を差し、緑瑪瑙の帯留めを置いて仕上げた、初秋の装いとして申し分ないモダンな着こなし。
断髪のボブヘアーをそのまま垂らして、大正モガを気取っていた。
冒険に出る時だって、店でお客を接待する時と同じ、派手な着物を着ているのだもの。
これだって、何時も通りの格好と言えなくは無い。

「こうしてお目にかかれるんなて、本当に光栄ですわ。
 私なんか、か弱い女の身……たまたま同行した冒険者が手柄を立ててくれただけで、
 本来ならこんな結構な場所に招かれるような身の上ではないんですのよ。」

富道の表情を伺いながら、冬宇子は朗らかに笑った。
それにしても、不思議な男だ。
一代で財を築いた抜け目ない成金にはどう見ても見えないが、
かといって、引き継いだ親の資産を食い潰すだけの道楽息子にも見えない。
押し出しが良いというのとは少し違うが、落ち着いた物腰と率直さ、自然で屈託の無い表情には、
何処か人を惹きつける魅力がある。

「そんなわけで、私もそこのお嬢さんと同じ。
 人様に語って聞かせられるような冒険の武勇伝なんてものは、とてもとても……
 けれど、富道さまは変わった話もお好きなようですから、ひとつ、お慰みにこんな話はどうかしら……?」

小さく咳払いをして、冬宇子が語るのは――――

143 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/23(木) 04:56:45.42 0.net
*     *     *

わたくし神楽坂のお店に出ていまして、そこのお客の話なんですけども……
お客のことだからって何も秘密にしなきゃならないこともない。何せ新聞にも載った話なんですから。

お店に『K』――という客がありましてね、
どこぞの資産家の次男坊という話でしたけど、年は二十二か三か……
これが今時珍しいような、堅物で純情な青年でね。
悪友に連れられて店に来るようになったんですが、金持ちの上、ちょいと垢抜けた可愛い顔をしてたもんですから、
店の女が盛んにチョッカイをかけるんですが、てんで歯が立たない。
運命の相手と添い遂げるのが恋の道――そんなふうなことを信じているような、純な青年でしたよ。

そんな男に、わたくし、付け文を貰いましたの。
珍しく彼が一人でお店に来た後に、袂に文が入っていましてね。
『折り入って話があるから某所に来てくれ――K』と。これじゃ艶な用件だと思うじゃありませんか。
それが違った。

いえ、艶なことは艶な話だったんですが、相手が違った。
かいつまんで話しますとね、『好きな女が出来たから、その女と会ってくれ』と。
Kは思い詰めた顔で、私にそんな事を申しますのよ。
どうして、縁もゆかりもない私が、そんな女に会わなきゃならないのか。
縁結びを頼むにしたって、私とKは女給と店の客。客の恋の為に骨を折るなんて、馬鹿げた話じゃありませんか。

馬鹿馬鹿しくって直ぐに帰ろうかと思ったんですが、Kがあんまり真剣な顔をしているもんですから、
もう少し話を聞いてみると、どうやら何処かで嗅ぎ付けて来たんですわね。
わたくし少々、咒い(まじない)や霊視の心得がありましてね、その噂を耳にして、他に頼るあてもなし、
相談を持ちかけたらしいんですの。
となると、相手は、妖しか化け物か――……というと、それも少し違う。
Kが打ち明け話は、本当に奇妙なものでしたわ。

ある日の深夜、Kは不思議な夢を見て目を覚ましました。
その夢っていうのはね、Kは何処かの湖か池の岸辺に立って、じっと水面を見詰めているんですって。
すると小波が起こって、水面全体に蓮の花の花弁で縁取った女の顔が浮き出て来たんだそうです。
何処の誰とも知らぬ、会った事も無い女の顔だが、どうにも心惹かれてならない。
そうして見蕩れているうちに目が覚めたんだと。

目が覚めたあとも、どうにも物狂おしい心地がして落ち着かない。
そこで何か飲もうと、コップに水を注いだんですが、今度はコップの水面に女の顔が浮かんでいる。
Kは少し考えて水を飲み干しました。
思えばこの時に、水面の女を受け入れてしまったんですわね。

それ以来、池や水溜りといわず、たらいの水や金魚の水槽まで、水面のあるところには必ず、
女の面影が浮かんで消えない。
Kは水面の女に恋してしまったらしいんです。
魔性や妖しの類だって構わない、たとえ己が身を滅ぼされるとしても、この女に逢って触れたい―――
そんな思いで、道端に座り込んで堀の水面を見詰めていたところ、
ふいに後ろから声を掛けてきた者がいる。
『あの……何か堀の中に、変わったものでも見えるんですの?』なんて具合に。

振り返ると、蛇の目の日傘を、はすに構えた女が一人。
その顔を見て、Kは驚いたのなんの――!水面の女に瓜二つだったんですから。
Kは、邪魔した詫びを言って去り行く女に追い縋り、名を尋ねました。
それからのKは、これがあの奥手な男かと思うくらいに積極的になってね、
水面の女と瓜二つの女――S子としましょうか、しばらくして、そのS子と付き合うようになったんだそうです。

144 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/23(木) 05:00:51.00 0.net
S子は素性も確かで、二人が出会った堀の近くの旅館の娘だとか。
それでもやっぱり、恋の由来が由来ですもの。Kも心配が拭えなかったんですわね。
私に、是非にもその女に会って、印象を聞かせてくれなんてことを言うんです。

それで、あんまりしつっこく頼まれるものですから、とうとう、私、その女に会いましたのよ。
Kの親類という名目でね。
色が白くて、ちょいと下膨れの、男好きのしそうな顔の女でしたわ。
魔性らしいところなんて何処にもない。
少々身なりが派手で、男はKが初めてじゃなさそうな、そんな感じには見えましたけども。
そこはそれ、女の僻みからか、S子の顔が歌舞伎の蛇柳の女蛇に似てるような気もしましたがね。
ほら、あの役者が憑り殺されたと評判になった、蛇柳の女蛇にですよ。
でもね、そんなの所詮、女の僻目で、彼女はどこからどう見ても、生身の女に見えましたわよ。

Kにもそう伝えましたわ。
すると、それから、とんとん拍子に話が進んで、間もなく二人は婚約したんです。
けれどね、あれ以来、私にはずっと、引っ掛かるところがあったんです。
Kがお礼がてらに婚約の報告を入れに来たその日、ついに私は、その引っ掛かりを口に出してしまいました。

『水のある所にお気をつけなさいよ。
 水面の顔は、貴方が水の下から見上げている顔かも知れませんよ―――』と。

KとS子は結婚致しました。
噂を聞くに旅行に出たりして、幸福な新婚生活を送っていたようですわ。

それからしばらく――ひと月ほどして、Kが突然、私の前に現れました。
それがモノに憑かれたような妙な顔をしていたものですから、近くの茶店に入って話を聞いてみると、
出し抜けに、『妻を殺してきた』なんて事を口走るもんですから、私、驚きましたわ。

Kが語るところによると、二人は前の晩、とある湖畔のホテルに泊まっていたらしいんですが、
S子が朝早くにボート遊びをしたいと言い出したんだそうです。
ボートに乗る客は少なくないが、何しろ早朝、周囲は人影もなく、湖面は霧に包まれて景色を楽しむところではない。
そこでKは、『これはもしや』と思いついて、妻の入れてくれた珈琲、自分と妻の前のカップを
さりげなく摩り替えておいたんだそうです。

ミルク色の霧に包まれた静寂の湖面に、二人きりのボート。
妻は己の仕込んだ薬が効いたのか、ぐっすりと眠り込んでいる。
やにわにKは妻の身体を抱えると、小波の立つ湖面めがけてドブンと投げ込みました。
何も自分を殺そうとした女だからって、そんな仕打ちをする必要もない。
そのまま家に帰って離婚を言い渡せは済んだことなのに、
Kは何故だか、『そうしなければならない』気がしたんだそうです。

その頃、もう霧は晴れかけていて、沈んでいく妻の顔が澄んだ水面の下に、はっきりと見えたとKは言います。
『そっくりだ!これで夢とそっくり同じになった――!』
ボートの上に一人取り残されたKは、思わずそう叫んだそうです。

ともあれ、このまま逃げても直ぐに警察に捕まるだろうと諭してみたんですが、
なんのことはない、Kはもとより逃げるつもりもないらしく、出頭するから付き添って欲しいなんてことを申します。
交番所の近くまでは付いて行ってやりましたが、厄介ごとに巻き込まれるのは御免ですもの。そこで別れましたわ。

彼は取り調べ中、旅行中の出来事を正直に話したらしいんですが、
警察の調べによると、二人の珈琲カップからは、なんの薬物も検出されなかったとか。
新妻殺しの罪で彼は独房に。
それでもKは、『彼女は僕の運命の女だった――』って、満足そうな顔で語っていたそうですよ。

                          ――――夢幻紳士・外伝 『水妖』より―――――

*     *     *

145 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/10/23(木) 05:01:57.28 0.net
「まあ、場違いな話をして、お耳汚しでしたかしら……?」

冬宇子は、富道の顔を斜交い見て微笑んだ。
そうして鳥居呪音の肩を両手で掴み、ぐいと差し出すような格好で、

「今度はこの坊やが、正真正銘の冒険譚をお話しますから、堪忍してくださいまし。
 子供と侮るなかれ、この子は三百年も前から生きているんですのよ。きっと面白いお話が聞けますわ」

はたして次は、誰の話を青表紙の冊子に書き込むのだろうか?
冬宇子は、それとなく富道男爵の手元を伺っていた。


【青表紙に注目しつつ、鳥居君に無茶振り】

146 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/10/26(日) 02:45:59.41 0.net
倉橋冬宇子とデェトした次の日は何気に忙しかった。
用心棒のヤクザもんにお酒を持っていったり
団員の一人の卒業パーティーを開いたり、頼光の祖父に会いに行ったりと…。
彼の話では頼光は密偵として働いているらしい。
(鳥居にはそう説明された)
なのでそれを聞いた鳥居は少しだけ安心する。

「ああ、頼光とはまだつながってる……」
夜空の月をまなこに映して鳥居は呟いた。
彼とはまたどこかで会えるような気がする。
それが数年後、何十年後になるかはわからなかったが……。

そして清での冒険から一週間ほど経ったある日、受願所から使者が来た。
あの受付嬢だった。

「え〜!」
胸に手のひらを当ててのけぞる鳥居。
今回はなんだろう?
期待か、不安か、鼓動がはやくなる。
だが今度の嘆願は富道という華族の懇親会に参加して冒険譚を提供するということだった。

三日後、送迎車が来る。
だが流石に一人に一台というわけでもなく
三人で相乗りだ。
同乗者は倉橋冬宇子。それに波留京花。
初見の彼女は将来有望な冒険家なのだそうだ。
鳥居は波留に自己紹介をすると普通に大人しくしていた。
倉橋のいるこの場では普通でいようとしていたのだ。
それは照れ隠しのようなもの。
たぶん、倉橋冬宇子の指すデェトという言葉は「ごっこ」に近いもの。
鳥居もカフェーの客の一人のように御褒美デェトをしたのだと思う。
だから恋人気取りで調子に乗って膝枕でもしようものならオデコに握り拳固を一発おみまいされてしまうかも知れない。

(……でもあのデェトって変な感じでした。
現実感がなくって夢みたいな感じ。
ほんとにデェトしたのかなって思います。
そんなことを思うのもニセモノのデェトだったからでしょうかねぇ)

自分でもよくわからない。
それはそれで人形芝居のように優麗で、その一時だけ時を共有しあえた尊い経験だったのかも知れないし
形だけの意味のないこと。と、思ってしまえば思いに反比例するかのように虚しくも思える。
例えれば綺麗な着物の裏と表を着間違えてしまったようなこと。
とらえかた次第では何とも残念なことに変貌してしまうのだ。

(うん。でも贅沢はダメです。あの約束は前渡しとして少しだけ果たされたのです。それはそれとして尊いことと考えましょう)
勝手に自問自答しながら鳥居は二人の会話に耳を傾けていた。

147 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/10/26(日) 02:46:40.01 0.net
富道の御屋敷に着くと沢山の招待客のなかに生還屋を発見する。
彼は恐ろしいほどの量の料理を食べていた。
それにお酒の量も尋常ではなく倉橋も呆れ顔。

>「まァ、嫌な縁だよ。大陸から帰ってまだ間もないのに、またあんたに会うことになるなんてね。
 生成り小僧……こんな行儀の悪い男の真似をするんじゃないよ!」

鳥居も一緒に呆れ顔で、生還屋を見下すように自身は給仕からミルクココアをもらう。
それとテーブルからワツフルの小皿を1つ、
リンゴのジャミ(ジャム)のかかったものをいただいて皆と行動を一緒にすることにした。

話を聞くと、生還屋は清での出来事は話さないと言う。
やっぱり……と、鳥居もそんな気持ちだった。
もとより上手く話せる自信もなかった。
(む〜…。僕はいったい何を話したら……)
心のなかは不安でいっぱいだ。
話が長すぎても語り尽くせないだろうし生還屋の言うような後味の悪いのもダメかもだ。
なんせ富道は冒険者たちを援助してくれているのだから
彼が楽しめない話では申し訳が立たないのだ。

そして……

>「おっと、また初めて見る顔だね。君達は、一体どんな冒険譚を聞かせてくれるのかな?」

そう言われて最初に語り始めたのは波留京花。

>「あっ、へ!? わ  わ   わわ…っ!!」
京花は慌てながらも初々しい感じで見事に語り終わった。
訛りが酷かったが彼女が話したのは出会いに感謝して生きなさい
と言う兄の思想を大事にしていると言う事と、
己が世間に認められるほどの武術家になると言う夢の語りだった。

(わあぁ。すごい純朴な方です)
それに明確な目的を持っている。
鳥居のように本職も遊びのようなものなら、
嘆願も興味のあるものを選ぶとかとは明らかに違う。
そんな無い物ねだりからか鳥居は京花に好感が持てたのだった。

「素敵でしたよ波留さん」
彼女は混じりっけなしの純粋だ。と、鳥居は思う。
これからの冒険で彼女のたぎった血はいったいどんな味を醸し出すのだろう。
微笑する鳥居の白い顔はまるで仮面のようにその危うい本性を隠している。

と、次に冒険譚を披露したのは倉橋冬宇子。
こちらは波留とは違い、なんというかおんなおんなしてるというか、お金持ちの富道を確実に狙っているといった感じで
鳥居は何故か遥かな気持ちになって遠い目。
だが彼女の語った話はとても不思議な話で、それは対幻想ってやつだね。なんて生意気にも鳥居は思う。

「……」

>「今度はこの坊やが、正真正銘の冒険譚をお話しますから、堪忍してくださいまし。
 子供と侮るなかれ、この子は三百年も前から生きているんですのよ。きっと面白いお話が聞けますわ」

(え〜!)
カッと目を見開き焦燥する鳥居。

148 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/10/26(日) 02:48:42.79 0.net
(さっきの赤帽さんみたいに裸になっても傷一つない綺麗なつるりんとした体だし
頑張った感なんてそんな出ないし)
と、鳥居の頭のなかは真っ白になりかけていた。
が、とりあえず深呼吸をし……

「は、はじめまして。鳥居呪音というものです。
いちおう三百年以上、生きてます。
その理由は齢十歳で病で死んでしまいそうな僕を、
魔術師のお母さんが不老不死にしてくれたからです。
お母さんの望みは僕が死なないで面白おかしい人生を歩むことでした。
きっとそれは、何の楽しみも知らないまま死んでしまう僕を不憫と思ったのでしょう。
……でも、なかなかどうして、面白いを好きなまま続けてゆくのも難しいものです」

「あ、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
一礼をしたあと、鳥居は冒険譚を語り始める。

__それは、人探しの嘆願でした。
依頼人は三十路の女性。名前を白山月子。
まん丸く、横に大きな体をしている方で、彼女の依頼は
今から十年前に夜盗たちに襲われた自分を助けてくれた子供を見つけて欲しいというものでした。
僕はその依頼が、何故か頭から離れなくなって引き受けることにしました。

最初、僕を見た白山さんは驚いていました。
それは僕が探していた子供と瓜二つだったそうだからです。
もしかして、と思って僕は白山さんが夜盗に襲われた場所を聞いてみたのですが
それが徳島市のS地区。僕は一度も行ったことのない地区でした。
彼女は上京する前日に襲われそうになったそうですが
路地裏から手招きする子供に導かれ、何とか逃げきれたとのことでした。

そして、それって何かの記憶違いでもないのかな?
と、何とも腑に落ちない気持ちになった僕たちは、
その場所に向かうことにしたのです。

機関車に乗って僕たちは移動しました。
目的地に到着する途中、僕は夢を見ている気持ちになりました。
何故なら徳島市のS地区に向かう道中は僕のよくみる夢のなかにそっくりだったからです。
どうして、僕の夢のなかがここにあるのだろう?
こんなことってあり得るのだろうか?

するとお供をしていた者(頼光)が
人間の頭のなかじゃどんなことでもありえるんじゃねぇの?
と語るのです。

149 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/10/26(日) 02:50:15.69 0.net
お話はまだ続きます。

夜になってS地区に着いた僕は、さらに驚きます。
そこには僕の夢に出てくる街の景色と同じ場所があったからです。
そこで僕は思い出しました。
夢のなかで助けたうら若き乙女の姿を。
まさか、夢のなかで人助けをしていたなんて……。

すると、驚いている僕の背に白山さんの声が投げかけられました。

「なるほどねぇ。私はかぐや姫みたいなもんかぁ……ありがとね坊やたち」

振り向いたら白山さんは消えていました。
妖しい月光のなかで僕たちはたたずんでいました。

今思えばそれって、この世の法則から外れた僕の産み出した呪のようなもので
そこで死んでしまう運命の白山さんを、ずっと路地裏は待っていたのだと思います。
本来の運命に修正するためにです……。

話終え、鳥居はフーとその恋人のことを思い出す。
本来は、鳥居もこの世に存在しないはずの存在なのだ。
そんなものから命を助けられた者がいるとしたら、運命はその者を許すのだろうか。

150 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/11/04(火) 03:34:24.60 0.net
>「あっ、へ!? わ  わ   わわ…っ!!」

突然の事に慌てふためく京香の様子を、富道はにこやかに眺めていた。
程度に若干の差はあれど、ここに招かれた新人冒険者にはよくある反応だからだ。

> 「わっ 『わだす』は! そげなけったいな話なんぞ持ってわないだすぅ!!」

「……えーと、どこの言葉だったかな?あ、言っちゃダメだよ。確か……九州の方だっけ?」

>「……はっ!? えっ、えっと失礼をばしまつたぁ! 帝都の言葉(*標準語)で
 話ばしてぇんけど、慣れねぇもんでなめくたー言い方になりますけんども
 勘弁しきよってからにぃ」

「ん?あー……気にしなくていいよ。君に限った事じゃないからね、そういうの」

全国から集まる冒険者と交流していれば、京香のように酷い訛りのある者と出くわす事は珍しくない。
それどころか赤帽のようにまともな会話すら望めない者だっているのだ。
富道の対応は慣れたものだった。

> 「話ば戻しまねんけども、最初の通りわだすはそげな人様を喜ばせるような
   話ば持ってばなかどすぅ。生まれや数えて19、破落戸やら熊んにも投げ飛ばした
   小話ば持っちょりまねんけど、そないなしょうもなぁ話、華族の方達に語るなんざ
   とんでもなぁどすよって」

「そんな謙遜しなくたっていいのになぁ。誰にだって最初の一歩がある。
 次来た時に、君の冒険譚が少しだけ豪華になってるのを期待するのも楽しいものだよ。
 だから、さ、なんでもいいから話してごらんよ」

それから暫しの、迷いを示すような沈黙。

>「一つだけ冒険譚でないですけんども、わだすにとって拳と同じにゃ価値ある
 話があるだすぅ。わだすには一人兄ぃがおります、田舎育ちのわだすと違ってぇ
 ハイカラな方よってからにぃ詩吟や漢詩に造詣深ぇ、いっつも頭上がらん自慢の
 兄の話だすぅ。
 兄はん何時も言うとりまったぁ。『一期一会は一金一銀、それがどんなに
 苦しいもんでも喜びなさいな、感謝しなさいな』
  わだすは加算減算もまともに出来ん阿呆やけども兄はんの言ってた事が
 ほんまに今の生業において大事な言葉やった事は解るますぅ。せやさかい
 わだすは兄はんにも皆はんにも胸張ってお天道はんの下を堂々と
 『わだすは波留式流一の武術家、京香やさかい!』と、女の身でありますが
 市井に認めはられるようしておるんですぅ。何にぃも面白味もねぇ話すだすが
 それがわだすの話せるもんだすぅ」

京香は謙遜し、申し訳なさそうに話を締めくくる。
一方で富道はと言うと――目を見開いて口角を吊り上げ、いたく満足げな笑みを浮かべていた。

「いや、いや、いいね!面白かった!実に気に入ったよ!君はとてもまっさらな子なんだな。
 人として、冒険者として、君がこれからどう転がっていくのか凄く楽しみだよ。
 や、勿論、出来る事ならいい方向へ向かって欲しいと思うけどね」

富道はやや興奮した様子でそう言った。
これから冒険を続けていけば、京香は様々な体験をするだろう。
手にすれば一生遊んで暮らせるような宝や、悪用すれば多くの人を屈服させられる力と出会うかもしれない。
はたまた人が死んだり、殺されたりする瞬間を目の当たりにしたり、或いは――殺す可能性だってある

それらを経て、彼女がどう変わっていくのか想像すると、富道は楽しみで仕方がなかった。
より強固な清さを得るのか。それとも黒く歪にねじ曲がり、折れてしまうのか。
彼女には申し訳ないが、どちらに転んでも面白いと感じていた。

151 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/11/04(火) 03:35:16.49 0.net
>「あと、こないな大層な席に呼んで貰えて有難うごぜぇやす。今更んですけども」

「いいよいいよ、次来た時にとびきりの冒険譚を聞かせてくれれば、それでね。さて、次は……」

>「"一期一会"……『一瞬一瞬に誠意を尽くせ』という禅茶道の言葉ですわね。素敵な話ですこと……」

富道の視線が声の聞こえた方へと移る。
妙齢の女性――倉橋冬宇子と目が合った。

>「初めまして富道男爵。わたくし、倉橋冬宇子と申します。」

とても洗練された女性だと富道は感じた。
常よりも華美な出で立ちは勿論、所作の一つ一つ、声音や表情の機微に至るまで。
全てが精緻な計算の上に建っているような印象を受けた。

倉橋冬宇子――確か、彼女は『黒持ち』だった筈だと記憶を思い起こす。
冒険に出るにはいささか優美過ぎる装いだと思ったが、なるほど彼女も黒相応にどこかおかしいのだなと、静かに得心した。
もっとも、そういうおかしさを富道はとても好ましく思っているのだが。

>「こうしてお目にかかれるんなて、本当に光栄ですわ。
  私なんか、か弱い女の身……たまたま同行した冒険者が手柄を立ててくれただけで、
  本来ならこんな結構な場所に招かれるような身の上ではないんですのよ。」

冬宇子の言葉に、笑顔と頷きのみを返す。
そんな事で黒持ちになれる訳がないと分かってはいたが、女性の化粧を暴いてしまうのは無礼が過ぎる。

>「そんなわけで、私もそこのお嬢さんと同じ。
  人様に語って聞かせられるような冒険の武勇伝なんてものは、とてもとても……
  けれど、富道さまは変わった話もお好きなようですから、ひとつ、お慰みにこんな話はどうかしら……?」

冬宇子がそう前置きして語り出す。
冒険譚でないとの事で、富道はやや残念そうにしていた。
が、それでも黒持ちの、しかも斯様に雅やかな女性の噺だ。
気にならないかと言えば、そんな訳がなかった。
そして彼女の噺が終わり――

>「まあ、場違いな話をして、お耳汚しでしたかしら……?」

「……いや、そんな事はないさ。実に興味深い話だったよ。
 少なくとも、今日から水を飲む時は水面を確認してからにしないとな」

富道は京香の時ほど興奮した様子ではなかったが、深く考え込むような素振りを示した。
そして数秒の沈黙を置いて、再び冬宇子と顔を見合わせる。彼は何かを言いたげな表情をしていた。

>「今度はこの坊やが、正真正銘の冒険譚をお話しますから、堪忍してくださいまし。

だが、期せずして冬宇子に出鼻を挫かれてしまった。
とは言え、別に今聞かねばならぬ事でもなければ、三百年を生きた少年という呼び名にも興味は禁じ得ない。
紡ぎかけた言葉を一度飲み込んで、

>子供と侮るなかれ、この子は三百年も前から生きているんですのよ。きっと面白いお話が聞けますわ」

「三百年!」

続く冬宇子の紹介に、思わず声を張り上げた。
それから目を丸くして鳥居呪音に好奇の視線を注ぐ。

「えっと、ちょっと待って。三百年前って言うと……江戸時代の初期ぐらいだよね?すごいな!
 ちょっと失礼……うん、触った感じはただの生身だ。霊体とかそんなんじゃない。
 君、一体何者なんだい?どうして三百年も?」

152 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/11/04(火) 03:36:12.17 0.net
富道は鳥居の腕に触れてみたり、立て続けに問いを発したりと、甚く興奮しているようだった。
そのせいもあってか、鳥居はひどく緊張した様子で話し始めた。

>「は、はじめまして。鳥居呪音というものです。
 いちおう三百年以上、生きてます。
 その理由は齢十歳で病で死んでしまいそうな僕を、
 魔術師のお母さんが不老不死にしてくれたからです。
 お母さんの望みは僕が死なないで面白おかしい人生を歩むことでした。
 きっとそれは、何の楽しみも知らないまま死んでしまう僕を不憫と思ったのでしょう。
 ……でも、なかなかどうして、面白いを好きなまま続けてゆくのも難しいものです」

>「あ、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」

「……あー、なんだい、その。今日は楽しんでいっておくれよ」

少々ばつが悪そうに富道はそう言った。
ともあれ、鳥居の話が始まる。彼の語り口は三百年の時を感じさせない、歳相応のものに聞こえた。
正直な所、富道は内心こんなものか、と感じさえした。

>今思えばそれって、この世の法則から外れた僕の産み出した呪のようなもので
 そこで死んでしまう運命の白山さんを、ずっと路地裏は待っていたのだと思います。
 本来の運命に修正するためにです……。

鳥居がその、最後の一言を述べるまでは。
富道は一瞬、我が目を疑った。
先程までただの少年にしか見えなかった鳥居が、たった一言紡ぐ間に見違えるような雰囲気を纏っていた。
まるで棺が醸すような寂寥感だ。

親に置き去りにされた子供でも、生涯の伴侶を失った老人でも、これほどの虚無を得る事があるだろうか。
と、富道は思わず固唾を飲んだ。

「……流石は黒持ちと言うべきかな。二人とも、とても興味深い話だったよ。京香君も、これからが実に楽しみだ。
 あー……それで、もし良ければ、もう少しだけ詳しく聞かせてくれないかな。色々と気になる事があってね」

そう言ってまずは冬宇子と目を合わせる。

「君は……今でもその女性が、本当にただの人間だったと思うかい?
 君の霊感を疑う訳じゃないんだ。だけど……その話の中には、少なくとも何か一つ、魔性が潜んでいた筈だ。
 だってそうだろ?全部が全部まともだったなら、そんな事になる訳がないじゃないか。君は何がおかしかったんだと思う?」

次に、鳥居に視線を移した。

「仮に……君の言う運命ってものが本当に存在して、君に関わった人間の帳尻合わせをしているんだとしたら。
 何故君はまだ冒険者を……人の嘆願を叶えようとするんだい?
 君がどれだけ頑張って人を助けても、それは波打ち際の砂の城のようなものだとは思わないのかい?」

最後に京香へ向き直る。

「……僕は、今まで色んな冒険者から話を聞いてきたけどさ。やっぱり良い事ばかりじゃないんだよね、冒険者って。
 ちょっと一月ばかり見ない内に腕が無くなってたりとか、二人だったのが一人になってたりとか、そう珍しい事じゃない。
 あー……つまり、世の中にはどうしたって感謝しようのないものがあると思うんだよ。
 君がそれに出くわした時、どうするのか。僕はそれがすごく気になるんだ。君は、どうすると思う?」

富道の声色はほんの少しばかりの配慮と、後は純粋な好奇心によって彩られていた。
彼にとっては喜劇も悲劇も、まさしく同等に劇に過ぎないのだ。
君達の答えを聞くと富道は満足げに、また青表紙の冊子にペンを走らせた。

「……よし、面白い話をありがとう。後は自由にくつろいでいてくれ」

そう言い残すと、彼はまた新たな冒険譚を求めてその場を去っていった。

153 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/11/04(火) 03:36:44.35 0.net
それから暫くの時が過ぎて、富道は粗方の冒険者から話を聞き終えたようだ。
二度続けて手を叩き、皆の注目を集める。

「やぁ皆、ちょっといいかな?実はね、今回は一つ余興を用意してあるんだよ」

余興――殆どの者はそれが何か、既に察しが付いているようだった。
それでも富道は明らかに冒険者達が尋ねてくるのを待っているような笑顔を浮かべている。
少しばかりの間、沈黙が場を包んだ。

「……はぁ、それで?今度はどんなろくでもない物を見つけてきたんですか?」

久礼が気まずい静けさに耐えかねて、そう尋ねた。
富道の表情が目に見えて明るんだ。

「よく聞いてくれたね!今回は……まぁ、皆気付いてるだろうけど、この綴じ本なんだ。
 なんでもこれはね、『百物語』を式として精錬したものらしい」

いかにも曰く付きの代物と言った口調で前口上が始まる。
富道はこのように、自身が蒐集した呪物の類を冒険者の前で披露する趣味があった。
金に飽かして道楽的に集めている物故に外れも少なくないが、時には本物の魔具に出くわす事もある。
そうなったら冒険者達は――実にいい迷惑を被る羽目になるだろう。
実際この屋敷では過去にも幾度となく、彼の蒐集物による怪異が起こっている。
それを踏まえた上でもう一度周りを見てみると、確かに所々不自然に真新しくなっている箇所が見当たるだろう。

さてともあれ、百物語とは肝試しや涼を取る為の手段だ。
だが、怪談を百話語り終えると本物の怪が招かれる――
――特定の手順を踏む事で怪異を起こすその性質は、ある種の儀式とも言える。

「つまりこの綴じ本は怪談を書き込む事で、本当にその怪異を呼び起こしてくれる。そういう代物なのさ。
 ま、今回書き込んだのは冒険譚が主だけどね」

「へえ、それは……面白そうですね。実に。いつ起こるんですか、その怪異は」

久礼の右手がごく自然に腰の大刀へと伸びていた。
記された冒険譚が実現されるのであれば、自分を負かした『不知火』の使い手もまた現れるのが道理。
加えて他の冒険者達が体験してきた冒険と、その危機もまた再現されるのだ。
それらを片っ端から追体験して腕を上げ、そして不知火を破る。
完璧なる算段が久礼の中で築き上げられていた。

「まぁ待ちなって。物事には順序ってものがあるし……それにもう少し喋らせてよ。
 そう、百物語にもね、幾つかの決まりや手順があるんだ。
 例えば障子か行灯に青い紙を用い、部屋には鏡を置き、本当に怪異を呼んでしまわぬよう刀を飾る……ってな具合にね」

富道は青い冊子を掲げ、その裏表を冒険者達に見せつける。
表紙の刀はそれぞれ逆向きに描かれていた。
まるで鏡写しか、刃と刃で何かを挟んでいるかのように。

「青の行灯は部屋を異界に似せる為。鏡は怪異を招く窓がいるから。
 だけど本当に怪異が起こっては困るから、刀を置いて魔除けとする……だったら。
 この表紙から刀だけを取り除けば……」

富道はペンを取り出し、刃の部分のみをなぞって塗り潰す。
そして――

「……何も起こりませんね」

「あれえ?おっかしいな……コイツは大当たりだと思ったのになぁ」

154 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/11/04(火) 03:39:27.84 0.net
どうやら外れを掴まされたようだと、富道はつまらなさそうに冊子を放り捨てる。
と――富道の手を離れたそれが、宙空で静止した。

「……え?」

冊子の頁が独りでに開かれて、夜闇のような霧が溢れ出す。
霧はまるで空間に染み込むかのごとく、大広間を闇に包んでいく。

「やった!こりゃ久々に当たりを引いたぞ!さぁ、これからどうなる……」

瞬間、富道の後方から音がした。履物が床を擦る音だ。
振り返れば、腰に大小を差した浪人風の男が立っていた。
距離は遠い。一丈(およそ3メートル)はある。
刀を届かせるには大きく一歩飛び込まねばならぬ距離だ。

だが――男は刀を抜き、担ぎ、そして薙いだ。
闇に紛れ、富道の首筋に黒い刃が迫る。

続く金属音。久礼の右手は大きく前に伸び、柄巻きを保持。
富道の首のすぐ真横には白刃がぴたりと静止している。
抜き打ちの一閃が黒の斬撃を弾いたのだ。

男は初撃が防がれるとそれ以上の追撃はせず、闇の中へと消えていった。

「おぉ……助かったよ。よく見えたね、今の」

「……一度、見てますからね」

現れたのは剣士だけではなかった。
周りの冒険者達もまた怪異に襲われていた。

奇形の大鳥が金色の炎を吐き、
犬の仮面を被ったミイラが不穏な気配を放つ大布を手に冒険者達へと歩み寄り、
更には巨大な帆船が臼砲を打ち上げ砲弾をばら撒いている。
明らかに部屋の広さが変わっている。既にこの場には異界が招かれているのだ。

そして君達の元にもまた、怪異は襲い掛かる。
床を盛大に削るような音と共に何かが近づいてくる。
大蛇だ。鉄の如き光沢を帯びた大蛇が地獄の入口のごとき真っ赤な口を開けて迫ってくる。
その毒々しい黄色の瞳は、どうやら鳥居に狙いを定めているようだった。

だが、大蛇の体躯は鉄道と見紛うほどに巨大だ。
加えて床を易々と削り上げる鉄の身体を持っている。
掠めただけでも重傷は免れないだろう。


【鉄の輪が連なったかのような大蛇が突進してきます。
 狙いは鳥居君のようですが、周りにいたら普通に巻き込まれて死にます
 とは言ったものの他所は他所で炎だの臼砲だの危険でいっぱいです】

155 :波留 ◆PBGJytd9pw :2014/11/09(日) 16:18:11.26 0.net
 (ふぅ どうにかこぉにか、話ば受けたようだすぅ)

 ほとんどおっかな吃驚で、華族の当主に拙い語りをしたが
富道の反応を見て、心中で安堵の吐息を盛大に吐いた。

 やはりと言うか何と言うか、波留にとってこのような華美な雰囲気は慣れない
場所であり、畳と埃くさい道場や土の香り煮詰まった森林樹帯な野風溢れる場所が
落ち着くのが悲しきがな性分なのである。

 そぉんな、自分のことで頭一杯でしたが、倉橋はんと鳥居はんの口が開かれたんで
わだすは意識切り替えてその話にじっと耳傾けますた。

 二人の話はついつい聞こうとする気がせずとも惹きこまれるような不思議さ。
何やら夕闇で仄かに廊下を歩いた先に、気づけばほんのり僅かに開かれた障子の隙間
 そない覗き込みたくなるような不思議な魅力が溢れておました。

 コップの水に映えてた未来の妻   夢幻か未来で出会いし不思議な女人

 お二人の話は感嘆なくして語れぬ御話でごぜぇます。こん二人の御方の話を
聞いてると、わだすが昔ちょくちょくお家のもんの目ぇ盗んで外を出てた幼い頃
 兄はんが話してくれた寝伽の語りを思い出すんでありやす。あれも今思えば
東方に有ります千一夜の物語と同じように不思議がつまさったもんでありやした。

 その二人の話に小さく拍手を打っておりますと、当主の方からこんな言葉を
投げかけてもらんました。

>「……僕は、今まで色んな冒険者から話を聞いてきたけどさ。やっぱり良い事ばかりじゃないんだよね、冒険者って。
 ちょっと一月ばかり見ない内に腕が無くなってたりとか、二人だったのが一人になってたりとか、そう珍しい事じゃない。
 あー……つまり、世の中にはどうしたって感謝しようのないものがあると思うんだよ。
 君がそれに出くわした時、どうするのか。僕はそれがすごく気になるんだ。君は、どうすると思う?」

 ハラリ   ハラリ   チラチラ チラチラ   舞うや粉雪…

その言葉に、私は返答するより先に目は虚空の雪を見出しますた。
『……京香 済まないが 私はどうも先の春を今のままじゃ迎えそうにないんや』

『泣かんでおくれ……今生の別れと定まった訳では無い。……帰ってくるとも
この郷土の、あの庭の木に蕾が雪解けと共に付くように  私も……』


「別れは 辛かどすぅ」
 富道の言葉に波留は胸の前で両の掌を交差させ組みながら答えを告げる。
返答までに僅かな間があったものの、その間に波留が幾多の最愛の人との
別離の胸中を思い起こしたかは富道の知るところではないだろう。

「どないな富や、術があれど。人と人との別れは長短の違いあれ避ける事は
出来んこってぇす。四肢が損じるような災難に見舞う事もあるのは重々承知してますぅ。
 けども、わだすは別れや喪失は辛か思えますけども、こうも思うんどす。
『辛か中でこそ、出逢うべく導き光明有る』んだと……。
 わだすは阿呆です、それは変えられんこってす。けんども阿呆やからこそ
阿呆なりに夢想を求めで上京して、冒険者っつぅもんに成る事出来ますた。
倉橋はん、鳥居はん、このぱあてぇで富道はんや他の顔ぶれの方とも出逢えますた。
 わだすは未だこの先に出来ることをなぁんも知らんですけども、進んでいけば
その先に、富道はんの問いに返せる答えに出逢える思うてます」
 
畏まって、波留は下手に出ながらもきっぱりと告げた。
 この先に何か起きるかは知らぬ。辛い事も待ち構えてはいるだろう。
だが、それでも同時に得難いものは立ち止まってれば手に入る事ないのだ。
 強く 強く 前に足を踏みしめてみよう。天下一の武芸者の卵として。

156 :波留 ◆PBGJytd9pw :2014/11/09(日) 16:42:23.99 0.net
 そう言う風に小さな啖呵を切ってますと、なんやら富道はんは
なんやら妙な感じのする青冊子にすらすらと筆を走らせますた。
 何がどう妙なのかは知らへんけど、しいて言えば道に置いてた地藏はんの
団子を拾い食いしかけたら、それが土団子やった見たいな、何か異様な
気配をひっそり隠してるような。そんな感じが受けますたけど、けんども
今宵は客として招かれた身ですし『それ、何どすか?』など、礼儀知らずに
尋ねるには、わだすは少々身が育ってますぅ。

 −−んで、気づけば周囲が闇で包まれもうて、そこいら中に魑魅魍魎が溢れてますた。

いや、何を言うてるのかと可哀想な目で見られても可笑しかないですけんども
人間ってのは便利な脳をしてるもんで、こないに破天荒なことが生じると泡を食う
事もせんもんですねぇ。小生、わだすも周囲がどばぁーと闇で溢れて何がなんやら
けったいなモンが出てきても、心中で
 (ん? これは帝都で密かに流行ってるいりゅぅじょん言うもんでっしゃろうか?)
 と一番に思えたぐらいだすからね、えぇ。

まぁ、けんどもシャリシャリ! と何や嫌な音が耳に届いて鉄輪で組まさった
八岐大蛇見たいなばかでかいモンが迫ってきましたら、流石にちょい慌てます。
 けんども、これでも武芸家の端くれを名乗ってはおりへん。ですから周囲の御方には
発破かけて告げたいと思えますぅ。

 「せか(急いで)! かげぇ(走って)!!」

 もたもたしておりまっとぉ、あの鉄輪の蛇に轢かれるか噛みつかれまんす。
流石に力にゃ自慢あっても、あぁ言う人の形してへん、弱点も人とは異なる
奇天烈な風体の代物に拳で挑む気はありまへん。走り始めます
 そんで狙われてるような鳥居はんに、こうも告げます。
 
 「おまはん、おねげぇしまはす。あん浮かぶ青本の所まで囮なっちゅてくれまへんか!?
 こぅ、ぐるぐるぐるぐる青本の回りで走るような感じで!!」

 そんで、あの大蛇の視線がどうにも鳥居はんに爛々と向けられてんのも見て
こうフっと考えます。『あの蛇は鳥居はんを狙っていて、そんでこの怪異はあの
青冊子から生じてるんでおまえへんか?』 ……と。

 そう言うこってしたら、話は早いとおめぇやす。鳥居はんって方には結構
しんどい事頼みますぅが、狙われてんでしたら其れを今はこちらの有利にするしかおまへん。
兵法では敵の理もこちらに取り込む。これ武術家で合気通じてれば自ずと想じやす。

 宙浮かぶ巨大な帆船やらもありますぅ。狙いは滅茶苦茶だすが、自分らを
生み出した親玉たる青本が捕えたら何をしでかしてくるか解りまへん。
 
 鳥居はんには、わだすらの周囲を円状に走って貰い。その間に私は青冊子を捕まえて
こないなお上の風上にも置けない所業を、なんとか始末つけてぇと思えます。
 こうすれば、あの大蛇が壁んなってくれて、他の暴威から防いでくれると思えまっから。

157 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/11/18(火) 23:41:24.25 0.net
>「仮に……君の言う運命ってものが本当に存在して、君に関わった人間の帳尻合わせをしているんだとしたら。
 何故君はまだ冒険者を……人の嘆願を叶えようとするんだい?
 君がどれだけ頑張って人を助けても、それは波打ち際の砂の城のようなものだとは思わないのかい?」

「たとえ同じ結果になっちゃったとしても、僕は人に干渉していること自体が面白いのかもしれません」

それはある種、無人島に漂流した者が、完読した書物を繰り返し延々と読書し続けることに似ている。
結果がわかっていても、人のぬくもりを感じるためには読書を続けるしかないのだ。

と、しばらくして……
とんでもないことが会場に起こってしまう。
なんと富道が冒険譚を書き込んでいた書物が式の効果を宿していたのだ。
ゆえに書物からは闇が噴出し、鳥居に襲い来るのは鉄道を想起させるほど巨大な蛇。

>「おまはん、おねげぇしまはす。あん浮かぶ青本の所まで囮なっちゅてくれまへんか!?
 こぅ、ぐるぐるぐるぐる青本の回りで走るような感じで!!」

「わかりました!」
京香の言葉に鳥居は迷わず疾駆する。
何故なら鳥居の進む前方には旋回砲の洗礼が待っていたからだ。
でも鳥居はそれが四肢を貫通しようとお構い無しに前進できる。
あとは青冊子のまわりに巨大蛇による防壁を作り上げ後から続く二人を守るだけだ。
彼女たちが安全に青冊子と対峙できる空間を確保するのだ。

「僕を追いかけてくるもの……。それっていったい……。
……倉橋さん、これってなんなんですか!?波瑠さん、大丈夫ですか!?」
鳥居は駆けながら叫んでいた。

158 :名無しになりきれ:2014/11/25(火) 03:58:21.53 0.net


159 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/02(火) 01:30:07.28 0.net
>>150-154 >>155-156 >>157
富道男爵は、冬宇子たちの語る体験談を興味深そうに聞いていた。
まるで猫の目のように、表情を変える男だ。
冬宇子の話を聞く時の紳士然とした落ち着いた態度。
三百年の時を生きる半魔、鳥居への剥き出しの好奇心。
そうして、新人冒険者、波留京花の成長を期する、いささか率直すぎる激励――――
その振舞いは、お気に入りのコレクションに加える新たな逸品を探している、貪欲な子供のようでもあり、
無邪気さの何処かに、手に入れた品物の血塗られた来歴を含めて、じっくりと吟味し賞玩しようとする、
酔狂な老蒐集家の如き奇矯さと冷徹さが潜んでいるようにも思えるのだった。

富道は改めて三人に向き直り、順に問い掛ける。
一期一会の感謝を忘れず市井に名を轟かす武道家を目指す――と語る、少女への問い。

>「……僕は、今まで色んな冒険者から話を聞いてきたけどさ。やっぱり良い事ばかりじゃないんだよね、冒険者って。
>ちょっと一月ばかり見ない内に腕が無くなってたりとか、二人だったのが一人になってたりとか、そう珍しい事じゃない。
>あー……つまり、世の中にはどうしたって感謝しようのないものがあると思うんだよ。
>君がそれに出くわした時、どうするのか。僕はそれがすごく気になるんだ。君は、どうすると思う?」

>「別れは 辛かどすぅ」 ――波留京花は、感慨深げに、胸の前で手を組んで答えた。

>「どないな富や、術があれど。人と人との別れは長短の違いあれ避ける事は
>出来んこってぇす。四肢が損じるような災難に見舞う事もあるのは重々承知してますぅ。
>けども、わだすは別れや喪失は辛か思えますけども、こうも思うんどす。
>『辛か中でこそ、出逢うべく導き光明有る』んだと……。

年端の行かぬ山出しの田舎娘かと思いきや、なかなかどうして含蓄のある言葉、堂々とした返答ぶりだ。
彼女に一期一会の精神を説いたのは、たった一人の兄だという。
"辛い別れ"とは、敬慕する兄とのものなのだろうか。
彼女の掲げる信念は、上っ面の理想などではなく、腹の中に一本芯が通っているように思われる。
その一本気と一徹さに、冬宇子は好感を持った。

次の問いは、鳥居へ。
捻じ曲げられた因果を修正しようとする不思議な力を垣間見た体験を語る、彼への言葉は……

>「仮に……君の言う運命ってものが本当に存在して、君に関わった人間の帳尻合わせをしているんだとしたら。
>何故君はまだ冒険者を……人の嘆願を叶えようとするんだい?
>君がどれだけ頑張って人を助けても、それは波打ち際の砂の城のようなものだとは思わないのかい?」

>「たとえ同じ結果になっちゃったとしても、僕は人に干渉していること自体が面白いのかもしれません」

事も無げに、少年は返した。
その素っ気ない言葉の内には、喪失に慣れても受け入れることは出来ぬ、永劫を生きる子供の
悟りにも似た心情が内含されている。

京花と鳥居の話を聞く富道の顔を伺いながら、冬宇子は思った。
この男の問い掛け、遠慮のない言葉、表情を読み取ろうとする目付き―――
まるで、相手の心に小石を投じ、そこに生まれる漣(さざなみ)を愉しんでいるかのようだ。
おそらく、彼が真に求めているのは、胸踊る冒険譚などでは無い。
この男が収集しているものは、『人生』だ。
幸災禍福、苛烈な経験を通して流転する心、変容する人間性――そういったものを鑑賞するのに、
まったく冒険者ほど適任の職業はない。

160 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/02(火) 01:36:06.30 0.net
富道が此方に向き、目が合った。
そして、水面に映る女の面影に翻弄された男の奇怪な運命を語った、冬宇子への問い。

>「君は……今でもその女性が、本当にただの人間だったと思うかい?
>君の霊感を疑う訳じゃないんだ。だけど……その話の中には、少なくとも何か一つ、魔性が潜んでいた筈だ。
>だってそうだろ?全部が全部まともだったなら、そんな事になる訳がないじゃないか。君は何がおかしかったんだと思う?」

心の淵にうねり立つ波を覗き見ようとするかのような不思議な目つきで、彼は此方を見詰めて言った。
揺さぶり――――か?
新妻殺害事件の顛末、Kをして妻殺しの運命に陥らせたのは、実に、冬宇子の言葉が決め手であるとも言えるのだ。
冬宇子は富道を見返し、唇に薄く微笑を浮かべて静かに口を開いた。

「富道男爵……貴方様は博識だから、知っていらっしゃるかもしれないわ。
 "先見の力"というものをご存知かしら……?
 なんでも、これから起こる未来の出来事を知る力なんですって。
 その力はね、激しい修行の末に身に付けた者もいますし、生まれながらに備わっている者もいる。
 いえ、普通の人間でもね、何かの拍子に、覗き見ちまうことがあるそうですよ。その……未来をね。
 虫の知らせだの、夢のお告げなんてものも、まんざら気のせいで済ませられないこともあるでしょう?
 常世は、過去も現在も未来も、渾然一体の混沌の世界。この日の本……秋津島は常世への穴だらけですもの。
 それにね、心の中にも常世への抜け道がありますのよ。」

脳裏に、先見の力を備えていた二人の女の顔が過ぎった。
一人は歩き巫女だった母。そして天才道士を自称する伊佐谷。
冬宇子は、ちょっと昔を思い出すような目つきをした後、「話が逸れましたわね、ご免なさい」と言って続けた。 

「―――『水面の顔は、貴方が水の下から見上げている顔かも知れませんよ』――――
 私がどうして、Kにそんな事を伝えたのか――?その"引っ掛かり"をお話していませんでしたわね。
 Kの話を聞いたその夜ね……たぶん、妙な話に中てられただけなんでしょうけど、私まで変な夢を見ましてね。
 夢の中では私は男で、妻らしい女と並んで水辺に立っていました。
 すると、ふいにね、ドン――と背中を押されて、気が付くと、私は、揺れる水面の下から女を見上げていましたの。
 波紋に日光がキラキラ反射して、その白い煌きが水底を覗き込む女の顔を縁取って、
 まるで蓮の花のように見えましたわ。
 無論、只の夢かもしれない。でもやっぱり、こう平仄が合いすぎると、気になってしまうじゃありませんか。
 それで、つい………」

冬宇子は瞼を伏せ、ふうっと息を吐いて、横にいた鳥居の肩に手を下ろした。

「私とこの子の話は、実に、よく似ているような気がしますのよ。
 何も魔性を潜ませているものは、『人』だけとは限りますまい………?
 『運命』、『さだめ』―――そういった類のものが、魔性を持つことだってあるんじゃないかしら。
 運命が、己が因果を叶えるために、人を惑わすとしたら―――?」

そこで口を噤み、一、二秒、挑むような目で男の顔を見詰め、

「Kのあの話……あの場合……、
 未来は変わったのかしら―――それとも、変わらなかったのかしら―――?」

冬宇子の見た夢――Kが妻に殺される未来こそが本来の運命であるのなら、
運命という魔性にとって、冬宇子は結末を変えさせた異分子ということになるし、
Kが妻殺しに至る道筋こそ、運命の狙う因果であるのなら、あの夢ぐるみ、冬宇子はそれを果たすために
魔性に利用された、一つの駒に過ぎなかったことになる。

どちらにせよ仮定の話だ。
真実を得る手筈を持たぬ、人の身が論じても詮無いことだが、詮無いものを求めるのが物数寄というもの。
物数寄(ものずき)の極み――富道男爵は、どう答えるのか。冬宇子には興味があった。

少し言葉を交わした後、富道は青い冊子にペンを走らせると、新たな冒険譚を求めて離れていった。

161 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/02(火) 01:45:42.27 0.net
それから暫し、お喋りと食事に時間を費やしていると、小気味良い拍手(かしわで)の音に注目を促された。
招待客の視線を一身に集める富道男爵。

>「やぁ皆、ちょっといいかな?実はね、今回は一つ余興を用意してあるんだよ」

意味ありげな笑み。男爵の片手には件の青い冊子が握られていた。
酒宴の場に沈黙が落ちる。
それは期待ゆえの静寂というより緊張――ちらほらと、呆れたような溜め息さえ漏れ聞こえる。
富道邸に招かれたことのある冒険者たちは、これから繰り広げられる一幕について
大方予想が付いているようであった。
冒険者となって日の浅い冬宇子は、この会合に初参加だが、
場に満ちる警戒感と男爵の悪戯っぽい笑顔からしても、良からぬ事が起こりそうだ、とだけは察しが付く。

>「……はぁ、それで?今度はどんなろくでもない物を見つけてきたんですか?」

少女剣士、久礼の言葉を皮切りに、出し物の前口上が始まった。

>「よく聞いてくれたね!今回は……まぁ、皆気付いてるだろうけど、この綴じ本なんだ。
>なんでもこれはね、『百物語』を式として精錬したものらしい」

富道は青表紙の冊子を掲げ、客人全員に示した。
含み笑いの男爵、どうやら"この綴じ本"の呪力の真贋を、招待客の眼前で披露してみせようという趣向らしい。
富道をよく知る冒険者の反応を見るに、こうした余興は、毎度毎度のお約束なのだろう。
改めて室内を見回す。よくよく見ると壁板の古さが違っていたりと、あちこちに修繕の跡が認められる。
真新しく見えるのも道理、この屋敷、しょっちゅう修築やら改装を繰り返しているようだ。
その理由が『余興』の後始末であることは、想像に難くない。

「やれやれ……とんだ酔狂な坊ちゃんの家にお呼ばれしたもんだよ。
 ちょいと、あんた……!最初からあの旦那の悪い癖、知ってたんだろ?何で早く言わないんだよ?!」

冬宇子は生還屋の傍ににじり寄り、小声で詰りつつ、ぎゅっと太腿を抓ってやった。
しかも、今回の呪物は紛れも無く本物だ。
呪術の心得が無くとも、多少勘の鋭い者であれば察知できる程の呪力を備えている。

―――『百物語』―――
江戸中期より下は、粋人の肝試しとして知られる怪談噺の作法だが、
古くは、人為的に怪異を生み出す手法として、陰陽師や修験者の修練のために編み出されたとも伝えられる。
新月の夜、縄で結界を張った部屋に参加者が集い、青紙を巻いた行灯の前に鏡を用意し、怪談噺を語る。
一つ語り終える毎に、百本の灯明のうち一本を吹き消してゆく。
そうして、最後の一本が消えた時に―――……こんな風に言うと些か胡乱だが、これも立派な術式。
作法通りに事を運べば、人の世の常ならぬ怪異を目にすることが出来る筈だった。
『稲生物怪録』という文献には、稲生武太夫という武士が百物語を行ったのち、三十日に渡って続いた
怪異の様子が綴られている。

時代が江戸に入り太平の世が続くと、却ってこうしたものに興味を持つ物数寄が増えたようで、
作法が簡略化されて巷間に広まり、あと一編自分で噺を用意すれば百物語が完成するという
『九十九怪奇耳袋』なる本まで出版されるという流行ぶり。
百、怪談を書き込めば怪異が現実になるという、この青表紙の綴じ本も、そんな爛熟な時代の
酔狂人の手によって作られたものなのだろうか―――?

富道曰く、青表紙の表裏に描かれている刀は、魔除けの印章。
本当に怪異を呼び起こしてしまわぬ為の、いわば安全装置の役割を担っているのだという。
その魔除けの刃を、富道はペン先で塗りつぶしてゆく。

162 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/02(火) 01:53:36.23 0.net
放り投げられた冊子は宙に留まり、開いた頁から夜闇の如き黒い霧が溢れ出す。
気が付くと、宴の広間は異界に呑み込まれていた。
剣士の亡霊が斬撃を繰り出したのを筆頭に、怪鳥は火を吹き、犬頭の木乃伊が闊歩する。
あれは幽霊船だろうか、幻のような巨大帆船が異界の海を航行し近付いてくる。大砲の音が轟いた。

「まったく……書き込んだ怪異を再現する術式とはね……!下らないものを作りゃあがったもんだよ!!」

冬宇子は虚空の冊子へと視線を走らせた。
一つ、また一つ、怪異が呼び出される度に、ページが捲られていく。
いずれ間も無く、己が語った怪異も、実体を持って眼前に再現されることだろう。
人の口から話される言葉は、必ずしも現実そのものを写してはいない。
話者の願望、怖れ、期待、好悪……そうしたものが無意識に反映されたものとなる。
それは口述を文字として書き込んだものとて同じ。青表紙の式が、冬宇子の恐れを具現化しまったら―――?
運命が、法則から外れたものを抹消しようとする性質を持っているのなら―――……?

一刻も早く、この怪異を沈めなければ、我が身が危ない。
冬宇子は青表紙を見据え、瞼に指を当てた。その時―――

>「せか(急いで)! かげぇ(走って)!!」

少女の声が響く。
咄嗟に駆け出し振り返ると、汽車ほどもある巨大な大蛇が、鉄輪の胴体を軋ませて接近して来る。

「でっ……いっ……?!ちょっと……!!勘弁しとくれよ!!!」

背後に迫るカラクリ大蛇。急げば急ごうとするほどに足は縺れて……

>「おまはん、おねげぇしまはす。あん浮かぶ青本の所まで囮なっちゅてくれまへんか!?
>こぅ、ぐるぐるぐるぐる青本の回りで走るような感じで!!」

そんな声が聞こえた刹那、併走する鳥居が追っ手を引き付けるような動きで疾走、大蛇の軌道を逸らす。
ふと我に返ると、鉄輪の大蛇は、青表紙を中心にグルグルと旋回する鳥居を追って、巨大な身体を円に成し、
幽霊船から絶え間なく撃ち出される砲弾を防ぐ鉄の砦となっていた。
こうなると砦の内側にいる冬宇子と京花の安全は確保される。

「お嬢ちゃん、あの本を掴む気なら、ぎゅっと表紙を閉じしまうんだよ!!
 これ以上、頁(ページ)が捲れないように、気をつけて!!」

青表紙に狙いを定め、飛び掛ろうとしている京花に、冬宇子はそう伝えた。

>……倉橋さん、これってなんなんですか!?波瑠さん、大丈夫ですか!?」

大蛇と追い駆けっこを続ける鳥居が、声を張り上げて尋ねる。

「さァ……何なんだろうね……私も知りたいよ。それを此れから見てやろうってんだよ………!」

冬宇子は片手で印を組み、その指先で瞼を押さえた。

「我が目は、もの見る目、きを見る目、隠形、化形、あらわれわたる……オン・ビロハキシャ・ハタエイ・ソワカ!!」

『見鬼の力』を強化する呪言。
怪異に対処するには、怪異なす者の正体を正確に見極めなければならない。
常世においては混沌の一部であっても、この世に干渉する者は、この世に容(かたち)を持たねばならぬ。
確か、百物語の怪異の象徴……現世の彩と異界の青を繋ぐ存在――そんな名の妖(あやかし)がいた筈だ。


【京花ちゃんに青表紙の捕獲を頼んで、青表紙にライブラ】

163 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/07(日) 09:51:34.98 0.net
怪異の溢れ返る大広間。
禍乱に満ちた空間の中心に浮かぶ青冊子を目指し、三人の冒険者が駆ける。
富道はその内の一人、倉橋冬宇子に視線の焦点を合わせていた。
彼女の表情には張り詰めた緊迫が浮かんでいる――ように見えた。
襲い来る鉄輪の大蛇や、それ以外のどの怪異でもない、もっと大きなものへの『畏れ』が。

「運命が人を惑わす……ねえ」

富道は思わず、先の冬宇子の言葉を繰り返した。

「……どうかしたんですか?」

「いや……面白い話を聞いたもんだなぁと思ってね」

仮に運命に人格にも等しい意志があったとして、果たして彼女を駒とする必要などあっただろうか。
惑わすならば件のKとその妻を直接惑わせば早い話なのでは。
もしそうする事が出来なかったのなら、それは最早運命と呼べるのだろうか。
ただの、何者かの悪戯に過ぎないのではないか。

運命が問答無用に『誤差』を抹消する力を持っているのなら、彼女が惑わされた訳はない。
運命が彼女を惑わさねば『正史』を一貫出来ないのなら、彼女がああも怯える必要があるだろうか。
直前に聞いた鳥居呪音の話も相まって、冬宇子の話は複雑な妙味を帯びていた。

「彼女は……惑わされて、畏れていたいのかもなぁ」

「……何の事だか知りませんが、少しは己の行いを顧みてください」

さておき、君達は鉄輪の大蛇を見事に誘導し、幽霊船の砲撃を免れながら青冊子の傍にまで辿り着いた。

>「我が目は、もの見る目、きを見る目、隠形、化形、あらわれわたる……オン・ビロハキシャ・ハタエイ・ソワカ!!」

そして呪言を唱えた冬宇子の目には――影の如く曖昧な容貌の女が目に映る事だろう。
見鬼の力が不足しているのではない。
百物語の怪異の化身――『青行燈』には、それ以上の姿が存在しないのだ。
そもそも百物語とは実際に怪異が起こらぬよう九十九話目で終えるのが習わしだ。
青行燈は現れる事がなく、故に語られる事もなく、正体などない妖怪の筈なのだ。

青行燈と思しき女は倉橋冬宇子を見つめると、そちらへ向けて右手を差し出した。
その手中に周囲の闇が集まり、一枚の白紙へと姿を変える。

「……集めろ」

そして一言。

直後に、青冊子が新たな動きを見せた。綴紐が独りでに抜け始めたのだ。
波留京香の跳躍は、紙一重で間に合わない。
青冊子の頁は君達から逃れるように宙へと飛び去っていき、それと同時に、周囲の闇と怪異の数々も姿を消した。
後には表紙と綴紐、そして女が寄越した白紙の頁だけが残った。

「……おや、一段落したみたいだね」

だが未だ怪異の気配は完全には消え去っていない。
ただ遠ざかっただけだ。大広間から、その外へと。

「おうい、生還屋?生還屋はおらんだすか?」

広間の出口の方から声が上がった。
猟銃を背負った熊のような猟師が巨体を更に背伸びさせて、周囲を見回している。

164 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/07(日) 09:53:18.90 0.net
「……その扉なら開けても問題ねーよ」

「おぉ!流石だすな!へばな、失礼して……」

猟師が扉を開き、数人がエントランスホールへと出る。

「……なんだもんだ、こら」

そこには、来た時には無かった筈の扉が一目では数え切れないほど並んでいた。

「ははーん、なるほど。こりゃ要するに、もっかいやれって事だろ?いいね、いつになく面白そうじゃん!」

楽しげな声の主は、女だ。
白い旗袍の上に南アジアの民族衣装サリーを重ね、更に西洋風のマントを羽織っている。
頭にはアラビアの華やかなベールを被り、両手には東西を問わず様々な誂えの指輪が、
首元にはインド風の豪奢なネックレスと、その中心で纏まりを付けるように翡翠の勾玉が揺れていた。
無節操極まりない服装だが、不思議と無秩序には見えない着こなしだった。

「ま、つっても一人当たり一部屋かぁ。すぐ終わっちまいそうだなぁ」

「だぁってろ『欲しがり』。オメー今までの冒険全部一人でこなしてきたのかよ」

「あー?……あー、はいはい。じゃー、あんた達てきとーに組んで部屋決めてってよ。
 私行きたそうな部屋見つけたらそこに入るから、よろしくー」

口調は気に障るものの、『欲しがり』の言はそれなりにもっともで、冒険者達は暫し顔を突き合わせて相談を始めた。
入る前に中の様子を伺えないものか、そもそも出入りは自由に可能なのか、屋敷の出口はどうなっているのか、と。

窓の外には無明の闇のみが見える。
一人が発破を壁に仕掛けてみたが、芳しい結果は出なかった。

そうして一人の男が興味本位で、玄関の扉を押してみた。
扉は何の抵抗も、僅かな軋みすら伴わずに開いた。
外の風景が見える。

「なぁ、生還屋。これって……」

瞬間、扉が大型獣の顎の如く変形して、生還屋を振り返ろうとした男を飲み込んだ。
それから咀嚼音が響き――扉が再び開く。
精巧な騙し絵のように外の風景が描かれた壁に、血と肉片がびっしりとこびり付いていた。

「……コイツは、今までになくヤベェぞ……もう聞こえちゃいねえだろうがよ」

生還屋が冷や汗を額に浮かべて、そう答えた。
今まで富道の蒐集物で大騒動が起きた事はあっても、死人が出た事はなかった。
冒険者達の間に緊迫した空気が生じ始めた。

「とりあえず……じっとしてても仕方ねえ。
 俺が仕切った所でオメーら聞きやしねーだろうから、てきとーに組んで好きにおっ始めろや」

生還屋の言葉は相変わらず投げやりなようで、どこか焦りが滲んでもいた。
脱出の手段が分からない以上、動ける内に動いておかねば後々立ち行かなくなるかもしれないからだ。

「それがいいねえ。食料はそれなりに備蓄があるみたいだけど、この人数では数日も持たないだろうから」

広間から出てきた肥満体の男が子豚の丸焼きをナイフに突き刺して齧りながら、生還屋の焦りを代弁した。

「……分かってんなら食ってんじゃねえよ。こんな時くらい『美食家』ごっこはやめやがれ」

「大丈夫だって。こんなのすぐに終わるか、さもなきゃすぐに人が減るか……どっちかじゃん?」

165 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/07(日) 09:54:16.92 0.net
「……その扉なら開けても問題ねーよ」

「おぉ!流石だすな!へばな、失礼して……」

猟師が扉を開き、数人がエントランスホールへと出る。

「……なんだもんだ、こら」

そこには、来た時には無かった筈の扉が一目では数え切れないほど並んでいた。

「ははーん、なるほど。こりゃ要するに、もっかいやれって事だろ?いいね、いつになく面白そうじゃん!」

楽しげな声の主は、女だ。
白い旗袍の上に南アジアの民族衣装サリーを重ね、更に西洋風のマントを羽織っている。
頭にはアラビアの華やかなベールを被り、両手には東西を問わず様々な誂えの指輪が、
首元にはインド風の豪奢なネックレスと、その中心で纏まりを付けるように翡翠の勾玉が揺れていた。
無節操極まりない服装だが、不思議と無秩序には見えない着こなしだった。

「ま、つっても一人当たり一部屋かぁ。すぐ終わっちまいそうだなぁ」

「だぁってろ『欲しがり』。オメー今までの冒険全部一人でこなしてきたのかよ」

「あー?……あー、はいはい。じゃー、あんた達てきとーに組んで部屋決めてってよ。
 私行きたそうな部屋見つけたらそこに入るから、よろしくー」

口調は気に障るものの、『欲しがり』の言はそれなりにもっともで、冒険者達は暫し顔を突き合わせて相談を始めた。
入る前に中の様子を伺えないものか、そもそも出入りは自由に可能なのか、屋敷の出口はどうなっているのか、と。

窓の外には無明の闇のみが見える。
一人が発破を壁に仕掛けてみたが、芳しい結果は出なかった。

そうして一人の男が興味本位で、玄関の扉を押してみた。
扉は何の抵抗も、僅かな軋みすら伴わずに開いた。
外の風景が見える。

「なぁ、生還屋。これって……」

瞬間、扉が大型獣の顎の如く変形して、生還屋を振り返ろうとした男を飲み込んだ。
それから咀嚼音が響き――扉が再び開く。
精巧な騙し絵のように外の風景が描かれた壁に、血と肉片がびっしりとこびり付いていた。

「……コイツは、今までになくヤベェぞ……もう聞こえちゃいねえだろうがよ」

生還屋が冷や汗を額に浮かべて、そう答えた。
今まで富道の蒐集物で大騒動が起きた事はあっても、死人が出た事はなかった。
冒険者達の間に緊迫した空気が生じ始めた。

「とりあえず……じっとしてても仕方ねえ。
 俺が仕切った所でオメーら聞きやしねーだろうから、てきとーに組んで好きにおっ始めろや」

生還屋の言葉は相変わらず投げやりなようで、どこか焦りが滲んでもいた。
脱出の手段が分からない以上、動ける内に動いておかねば後々立ち行かなくなるかもしれないからだ。

「それがいいねえ。食料はそれなりに備蓄があるみたいだけど、この人数では数日も持たないだろうから」

広間から出てきた肥満体の男が子豚の丸焼きをナイフに突き刺して齧りながら、生還屋の焦りを代弁した。

「……分かってんなら食ってんじゃねえよ。こんな時くらい『美食家』ごっこはやめやがれ」

「大丈夫だって。こんなのすぐに終わるか、さもなきゃすぐに人が減るか……どっちかじゃん?」

166 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/07(日) 10:15:29.25 0.net
美食家と呼ばれた男はまるで麩菓子を食すかのように子豚の丸焼きを平らげていく。
終いにはそれを刺していたナイフの先端まで、難なく齧り、噛み砕き、飲み込んでしまった。

「ふう……よし。じゃ、行くかな。美味しそうな匂いは……どこにもしないなぁ。
 ま、そもそも異界の食べ物なんて口にするもんじゃないか。あ、僕ここにしたから。誰か一緒に行こうよ」

美食家の選択を皮切りに、他の冒険者達もちらほらと動き出した。
となれば、君達だけがじっとしている訳にもいかない。
君達は早速どこかの扉を選んでみてもいいが、まずは準備や聞き込み、同行者の勧誘などを行ってもいいだろう。





また美食家が嗅覚をもってそうしたように、扉の中の様子は外からでもある程度察しがつくようだ。
君達の傍には四つの扉がある。

一つはモダン風な装飾が施された扉。中から滝のような、延々と水の流れる音が聞こえてくる。
一つは何の変哲もない木の扉。しかし近づくとその瞬間に刀が突き出てくるだろう。
一つは何か宗教めいた模様の刻まれた石の扉。金属の擦れるような音が絶え間なく響いている。
一つは振り子時計を象ったような扉。その奥からは――楽しげな声が聞こえてくる。君達の声が。



「……変だな。この扉、全部で百はないとおかしいんじゃないのか?」

不意に、冒険者の一人が呟いた。
周りの人間がどうしたのかと尋ねる。

「いや、ざっと数えてみたんだけどさ。どうもこの扉、百枚も無さそうなんだ」

「はぁ?んな訳あるか。百物語だろ?」

「でも無いんだよ。疑うなら、お前も数えてみればいい」

その情報に果たしてどんな意味があるのかは、まだ明らかにはならないだろう。
だが推測する事は出来る。

167 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2014/12/14(日) 23:05:05.40 0.net
死者もでてしまって張りつめた空気のなか、鳥居たちは無数の扉のある所にいた。
冒険者の話では扉は百枚ないのだという。

「あ〜、わからないっ」
潜っていた思考の海から息継ぎをするかのように顔をあげ、あほみたいな顔を全開にする鳥居。
先程倉橋は、青冊子の女から「あつめろ」と白紙を渡されたと言う。
それはいったいどういうことなのだろう。

「とうこさん、その白紙って解決の糸口になりそうですね」
と何にも考えていない朗らかな顔で、鳥居は倉橋に言葉を投げた。
それはある意味で逃避という丸投げ。次に鳥居は京花に視線を移し…

「京花さんも、すごい勇気でした〜。ブラボ〜」
と、驚いた顔をつくってみせたあと、ゆっくりと横をむいて扉を見つめる。
京花にたいしては新人ながら心配をする必要もなさそうで、
それならば少しでも彼女の気持ちがそのままでいられるように、応援してゆこうと鳥居は思っていた。

そして、鳥居は振り子時計を象徴している扉の前。
楽しそうに話している自分たちの声に興味をそそられる。

「……あっちは楽しそうで羨ましいです。
こっちの僕は無駄口叩いて呆れられるだけみたいなものなのですけど
扉のむこうの僕たちは気心も知れてわかりあえてるようですねぇ」
倉橋を振り返り、へへっとほの暗い笑みを浮かべる鳥居。
この扉なら生還屋に危険の有無を問わなくても大丈夫なようだが、話しかけるきっかけとして鳥居は生還屋に問うてみる。

「この扉のむこうがわって危険ですか?」
ぎゅっと手を引いて扉のすぐ近くに誘導する。
生還屋が他の冒険者たちと馴れ馴れしくしていた様子に、よもや清国での冒険を忘れたわけではありますまいなと嫉妬にも似た感情。

「どっちかっていったら本物のこっちのほうが危険な香りがしますよねぇ……」と、倉橋を横目にぽつり。

「しませんか?」と、京花にも問う。話は脱線するが……

「倉橋さんと初めて会った印象はどうでした?初見の印象って九割がた合っているそうです。
僕はお母さんみたいって思っていたのですが違ってました。
今では部屋の何処に置いたら良いのかわからないお人形さんみたいな人って思っています」

「あ、この質問って前々から生還屋さんにも聞きたいって思っていました」
扉の前でごちゃごちゃと言ったあと、鳥居はそっと扉を開けようとする。
それは分かったと思えばまたわからなくなるような倉橋の心、奥に進めば進むほど奥深さだけが残るような感じの正体を見つけ出すための好奇心。
倉橋の心のなかの鬼ごっこの、鬼の正体とはなんだろう。
それはさておき……

「あのぅ、何がそんなに楽しいのでしょうか?」
扉のむこうの自分たちにも質問を投げ掛ける鳥居だった。

168 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/18(木) 23:59:00.05 0.net
>>163-166
騒動が静まった大広間を抜けて、冒険者一同が足を踏み入れたのは玄関ホール。
大豪邸のエントランスに相応しい、吹き抜けの荘重たる造りの広々とした空間だが、何処かおかしい。
屋敷に招かれた時に使用人が開けてくれた玄関口の大扉の左右、歪んだ異空の長い長い壁一面を
様々な形の一枚扉が、ずらりと並んでいる。
粗末な薄板の扉、金象嵌を施した豪奢な扉、古めかしい扉、近代的な意匠のモダンな扉……
一枚として同じものは無いように見える。
実に多種多様の扉が、壁の端から端まで等間隔に並んでいる様は、一種異様な趣きであったが、
昨今流行りのシュルレアリスムの心象絵画のようで、奇妙に心惹かれる風景だった。

冒険者たちは玄関口の大扉を見詰めて、一様に押し黙って佇んでいた。
視線の先にあるものは、血と肉片―――
観音開きに開いた扉の向こう、一枚板に騙し絵の如く描かれた外の風景の上に、見るも無残にこびり付いた
一人の冒険者の亡骸だった。
屋敷が異界に呑み込まれる前に、唯一、このホールと外とを繋ぐ出入り口であった大扉。
脱出口になるとしたら此れぞ、と思われる玄関口の扉を、戯れに開いてみた冒険者は扉に呑み込まれ、
猛獣の顎(あぎと)に噛み砕かれてるようにして、潰されてしまった。
この期に及んで気付かぬ間抜けはいないだろう。
自分達は、この館に……異界の内側に、閉じ込められたのだ――――!

>「……コイツは、今までになくヤベェぞ……もう聞こえちゃいねえだろうがよ」

生還屋がポツリと言った。

>「とりあえず……じっとしてても仕方ねえ。
>俺が仕切った所でオメーら聞きやしねーだろうから、てきとーに組んで好きにおっ始めろや」

冒険者達はめいめい動き出す。
何処といって他に行けるところは無い。無数に並ぶ扉の探索に向けて支度を整え始めた。
中でも、『欲しがり』という呼び名の、諸所様々な東洋風の衣装を纏った女は、嬉々とした表情さえ浮かべ、
『美食家』と呼ばれた大兵肥満の男は、こんな場面でもひっきりなしに食物を口に運んでいる。

誰も「否や」を唱える者はいない。
冒険者というものは、危険を無視して行き過ぎることが出来ぬ人種なのだ。
黄金の宝箱が石室の奥にあれば、罠を承知で開けに行き、
妖しい美女の手招きには、魔性と疑いつつも近付いてみずにはいられない。
危険を肩代わりする稼業に、各々事情はあれども、基本的には好き好んで足を突っ込んだ者達のことだ。
性格破綻者とまでは行かずも、余人よりこうした傾向を色濃く持っているのは間違いなかった。
無論、性格破綻者も少なくはなかったが。

>「……変だな。この扉、全部で百はないとおかしいんじゃないのか?」
>「いや、ざっと数えてみたんだけどさ。どうもこの扉、百枚も無さそうなんだ」

ホールを歩き回っていた冒険者の一人が呟いた。

>「はぁ?んな訳あるか。百物語だろ?」

>「でも無いんだよ。疑うなら、お前も数えてみればいい」

そのやり取りを耳にして、冬宇子もホールの端から端へと目を走らせた。
空間が歪んでいるため個数を論じても意味が無いのかもしれぬが、ざっと数えて、扉の数は二十ほど。
到底、百には届きそうにない。
綴り本に書き込まれた怪異の再現は一回限りなのか―――そんな風に考えてもみたが、
宴の広間で具現化された噺は、五つか六つ……せいぜい十といったところだろう。
消費された冒険譚を差し引いても数が少なすぎる。

169 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/19(金) 00:08:15.30 0.net
「一つの扉の中に、複数の怪異が隠れてるってことかい……?」

百物語の怪異の象徴――妖怪・青行灯と思しき女から手渡された白紙を片手に、冬宇子は独りごちた。

「男爵………ちょっと宜しいかしら?」

富道に呼び掛ける。奇妙な趣味を持つ、この騒動の原因を作った男だが、
生活に不自由の無い者独特の鷹揚さと不思議な底深さが相まって、何処か憎めないところがある。
 
「あの青表紙の綴り本、全部で何頁(ページ)ありまして?
 一つの頁に、まとめて幾つか、噺を書き込んだりすることもあったのかしら?」

"一頁につき扉一枚"という思いつき―――富道の答えによってはそんな仮説も成り立つやもしれない。
手元の白紙を見下ろして冬宇子は思案に暮れていた。

>「とうこさん、その白紙って解決の糸口になりそうですね」

事態の深刻さに不釣合いな朗らかな顔で、鳥居呪音が口を挟む。

「そりゃそうだろうね……!
 この状況、妖しの者に渡されたものに、何の意味もないと思う方がどうかしてるよ。
 もう!考える気が無いんなら、いちいちクチバシを突っ込まないでおくれよ……!」

考え事を邪魔され、つい苛々して剣のある口調でそう言うと、鳥居は少し傷ついた様子で離れて行った。
元気を無くした後姿を見ると気の毒なようでもあったが、子供一人のご機嫌取りにかまけている暇はない。
京花や生還屋と話している鳥居をそのまま放っておいて、冬宇子は腕をこまぬいて考えた。

それにしてもこの『白紙』……妖怪・青行灯の掌の上に、異空の闇が集まって出来上がったように見えた。
――――『集めろ』――――という青行灯の言葉は、何を意味しているのだろう。
冬宇子の手の中にあるのは、件の『白紙』と、すべての頁が抜けて『表紙のみになった青本』、
そして、頁を束ねる『綴り紐』。

「散らばった怪異を、この青本の中に回収しろってことなのかね……?」

これらホールに並ぶ扉の中に、綴り本から飛び去った百物語の怪異が潜んでいるのだろうか。
具現化された怪異を紙に戻し、綴り紐で括り、魔除けの青表紙で、再び封をしろ――――
青行灯は、そう伝えていたのだろうか。

「ねえ、あんたは……どう思う?」

冬宇子は生還屋に視線を送り、尋ねた。

「何って、この青本と扉の関係のことさ。
 此処にぞろぞろ並んでる扉の中に、本当に百物語の怪異が入ってると思うかい?
 『集めろ――』ってなァ、どういう意味だと思う?
 飛んで言った紙を元通り、綴り本の中に集めろって意味なら、
 この白紙が怪異を紙に戻す手助けでもしてくれるってのかねぇ?」

生還屋は、正解を見抜く目を持っている。先見の力を直感として備えているのだ。
彼自身何故それが正しいのか知らない。人は理由のないものにはつい不安を覚えてしまうものだが、
いつも結果として彼の勘は正しかったことが事後に証明されるのである。
こうした先の予測の立たぬ状況下では、この男の能力は冥濛たる闇を照らす仄かな灯明である。

「さっき言ったことが、もし正しければだけどさ……
 手分けして扉の探索に当るなら、この白紙、少なくとも扉の数だけは必要ってことになるね。
 細切れにハサミを入れちまってもいいもんかね?」

170 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/19(金) 00:12:16.42 0.net
ともかく、脱出不能の屋敷内で、対策だけ練っていても仕方が無い。
異界に長く触れれば触れるほど、現世に戻りづらくなってしまうという話を耳にした事がある。
あまり猶予はない。
他に異空を脱出する手立てが見当たらぬ以上、危険を承知で扉の内部を調べてみるしかない。
冒険者なんていう稼業を続けていると、嫌でもこんな風に一種無謀な胆力と決断力が備わってくるのだ。

「………一つの扉につき、二人ってとこか」

冬宇子は呟いた。
招待された冒険者の人数は五十人ほど、ホールの扉の数は二十余。
探索を同時に進めるなら、二人一組。白兵術に長けた者と補助技能者が組むのが妥当であろう。
とはいえ、古株で顔の効く生還屋さえ仕切れぬ曲者揃い。
黒持ちとはいえ冒険者となって一年にも満たぬ冬宇子が口を挟む余地などなかったが、
彼らは彼らで百戦錬磨の冒険者。最も生還率の高い選択は何か、ちゃんと弁えているようであった。
となると、やるべき事は、己の探る扉と同行者の選択だ。
冬宇子は周囲の様子を伺った。

流水の音が聞こえるモダンな扉と、宗教的な文様が彫刻された石扉の間に、木製の扉があった。
何の変哲もない、そこらのアパートでも見かけるような質素な木材の扉だ。
何とはなしにその扉に近付くと、飛び出してきたのは、ぬらりと光る大段平―――
のけぞる間も無く目を見開いた瞬間、もう一閃、白刃が躍って、扉の刀を跳ね除けていた。

危うく命を取りとめた冬宇子が、ゆっくり首を回して左後ろを見ると、はや居合いの刃を収めたか、
凛々しい少女剣士が、鯉口を僅かに煌かせ刀を鞘に仕舞う最中だった。

「あぁ危なかった……姉さん、ありがとうよ。
 それにしても何てぇ悪趣味な扉だろうね。中の仕掛けが思いやられるよ……」

少女剣士――八千草久礼に謝意を示し、溜め息を吐きつつ隣の扉へと視線を移した。
板面に振り子時計のような細工が施された不思議な扉だ。
鳥居呪音は、振り子の扉にいたく興味を惹かれている様子で、彼がしているように耳を近づけると、
中から馴染みのある声が聞こえてきた。
扉の向こうから漏れる笑い声とさんざめきが、己と、己の良く知る者達のものだと悟った途端、
ぞっと寒気が押し寄せて、冬宇子は思わず身を捩った。
この扉はいけない―――どんな敵の攻撃よりも、自分自身に向き合う事の方が、ずっと厄介で怖ろしい。

怖れを払い除けるように首を振り、思考を整えようと努めた。
果たして、音や匂いだけで扉の内部の様子が伺えるだろうか。
刀の扉のように罠のような仕掛けがあるとも考えられるし、予想を裏切る怪異が忍んでいるかもしれぬ。
下手に目算など立てない方が良いのかもしれない。
むしろ大事なのは、同行者の選択だ。
冬宇子は、おもむろに道着姿の背中に近付き、その肩に手をかけて言った。

171 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2014/12/19(金) 00:13:59.94 0.net
「どうだい姉さん……扉の中に入るなら、"私と一緒に"ってのは?
 私は、こう見えて咒い師でね。正直言やぁ腕が立つって程でもないが、陰陽道の修行も一通りこなしてる。
 あんたの仇の怨霊は、太刀筋に陰陽術の気配があるんだろ?
 また、あの剣士の怨霊に出くわさぬとも限るまい。まんざら役に立たぬでもないと思うがねぇ」

八千草久礼を同行者にと勧誘した。
生還屋の能力が頼りになることは間違いないが、この男、戦力としては、からきし当てにならない。
戦闘補助、状況解析を主技能とする術士の冬宇子が、生還屋と二人、行動を共にしても、
いざと言う時に身を守る術が無い。
その点、久礼は腕が立つし、頭も切れる。年に似合わぬ落ち着きも頼もしい。
誰か一人を同行者に選ぶなら、彼女が適任と冬宇子は踏んだのだ。
そうして、もう一人――――

「ねえ男爵……よろしかったら貴方も一緒に来てくださらない?
 女二人じゃ何かと心細いんですもの……」

甘えるように鼻を鳴らして富道に声を掛けた。
事態の元凶とも言える男だが、だからこそ禍乱を鎮める鍵と成り得るかも知れない。
そんな打算もあったが、もう少しこの男と話してみたいという気持ちもあった。
謎の多いこの男、正体が掴めそうで掴めない。彼との会話は妙にスリリングな心地がするのだ。

「生成り小僧とお嬢ちゃん、あんたらはどうするんだい?
 どの扉を選ぶにしろ、一人で行こうなんてえ無茶はするんじゃないよ。
 行くなら二、三人で固まってからにした方がいい。」

振り子の扉の近くにいる鳥居呪音と新人の波留京花が少々気がかりで、そんな言葉を掛けてみた。


【生還屋と相談】
【久礼ちゃんと富道男爵を同行者に勧誘】

172 :波留 ◆PBGJytd9pw :2014/12/19(金) 20:28:04.97 0.net
気合一閃、御山や獣道を常に駆け巡った足で地面を強く蹴つまい
あともう一手とばかりの処  指先に冊書の皮の感触が夢幻に感じうる程に近く
 それでも、こん手が届く前に水泡が帰すように その本は溶けるように目の前で消えもうした。
 意気消沈や憤り、落胆する暇もこの豪邸ではありゃございやせん。あれやあれやと
瞬く間に、元の場所へと戻ったかと思えば、どうもまだ。わだすは未だ夢幻の野谷に足を置いてるよぉです。
 (曇天の、豪雨が降る前の空の下のような…変な言い方すれば
まんずでっけぇ獣の腹ん中に居るとすれば、こんな感じなんだすか?)
 今まで、このような怪異と波留は無縁に近しかった。だが、その無縁ゆえに思う事もある。
 『欲しがり』と言う女性の、遣り甲斐あるとばかりの態度に発言。
 (危のぉすなぁ)
 ナイフまで齧り飲み込み、大道芸のようなものを素面でこなして他の
冒険家を誘い、少し遠回りして帰路を散歩気分で行こうとするような『美食家』
 (危のぉすなぁ)
 「あん二人は死にたがっとるんでしゃろうか?」
 難しく考えてるわけでない、だが自然を隣人として付き合い、獣もまた
人生の師と考える波留ゆえの思い。
 あの二人は間違いなく腕は立つ、それは培ってきた武によって人の実力を
肌で感ずる体が正しく教えてくれる。
 だが、腕が立つからこその『慢心』が無いか? と考えると難しい。
このような怪異に慣れ親しんでいる。かも知れない、波留よりも彼、彼女等の
ほうが余程自分よりも修羅場を経たのだろうとは理解出来る。
 だが、それゆえに『未知』と『自己』への油断が低いように思える。
夜の帷(とばり)、静かな闇には孤独を感ずる冷たさと、邪魔が無しと言う
二つの正邪が混じる事を波留は知ってる。
 (強いかも知れまへん、けど…それだけでは超えれんもんがありますぅ)
例え海を割り、天を裂くほどに力があれど、『心』が強くなければそれは
ただの身を侵す毒と同じ。
 逆に『心』強くとも、体技が出来ずは修練の果てを見ず事も適わない。
その失意無念が同じく渇きとなりて身を傷つける。
 つまり、何が言いたいかというと。
 >「なぁ、生還屋。これって……」

 そぉ、告げて。一人の冒険者断末魔の許しもなく呆気なく眼の端で死した。
 それを目にしても、(あぁ、一人死んだか)と淡々と受け入れる彼らの思想や態度が
京香にはとてもとても、初めて外人を見て話しかけられると言う体験をするよりも
遥かに人以外の何かに接するかのように、後味の悪い印象を受けたのだ。
 (人死は避けられまへんでしょうし、あのあっけらかんの態度に憤怒するように
わだすは正義漢とはちゃいます、怪異に飲まれても狼狽えて何も出来んよりかは
直ぐに動ける人間のほうがぼっけぇ便りなっかと思います、けんども…
その『慣れ』がどうも不安に思えますぅ。生死観乾いた、その『慣れ』が。。
 他の冒険者の行動に、大いに不安が思えるものの。それを指摘してどうこうなる訳でない
若しくは最悪『新参者が何をしゃしゃり出る』と杭打たれても可笑しくない。
 やれる事を己でしない限り、道は開けん。
 (…んだ。何時もと同じだすぅ、わだすはわだすのやれる事をやるのみだす)
>「京花さんも、すごい勇気でした〜。ブラボ〜」

 気持ちを切り替えてますと、鳥居はんからそう褒められもぉした。
 「あんがどだすぅ、こちらこそお手伝いさせましゅうて、申し訳なきにぃ」
 あの鉄車輪の怪物を上手く誘導してもらわんくては旋回砲に邪魔されて
青冊子にたどりつく事すら出来なかったか。だからこそ心から感謝を述べる。
 今起きてまするは、目前に四つの扉。
刀が飛び出しそうな木材扉、水、金属、そしてわだす等の笑い声のする音の扉。
 そして、他の冒険者の言葉。全部数えても100に満たない…

173 :波留 ◆PBGJytd9pw :2014/12/19(金) 20:55:26.78 0.net
「100満たぬ…『畏れ』が伴ってない話を含めての
百物語をしてるから…?」
 わだすの話、鳥居はんの話、倉橋はんの話、久礼はんと言う人の話。
あっ、因みに八千死流の名はちょいとは耳に齧った事はありますけど
わだすはそないに面識もないと思います。ご先祖はんでしたら、もしかすれば
交流あったかも知れまへんけどねぇ…。
 ちょいと話は脱線しますだけど、この四人でわだすは『怪異』になるような
話をしたとは思えまへん。兄はんが亡霊になる話でも語れば、兄はんが出てきた
のかも知れまへんと思うとちょっとばかし嘘でも吟じてみれば良かったと思い…っとと。
 とまぁ、つまり『畏れ』なるような実身の存在せんゆえに、扉の数も百より
少ないんでないしゃろうかとわだすは考えます。
 >「生成り小僧とお嬢ちゃん、あんたらはどうするんだい?
 どの扉を選ぶにしろ、一人で行こうなんてえ無茶はするんじゃないよ。
 行くなら二、三人で固まってからにした方がいい。」
どうも、倉橋はんは他の方を誘って扉の中に入ろうかと考えてるよぅで。
 まぁ、そない厠に連れ立つような仲でもない初目の方に不安やから一緒に
行きましょうなどと頭に花咲いた言葉を吐くほどには未だ頭もしっかりしてると
思えんます。そない少しぼぉっと突っ立てると(まぁ、周囲に気配を配ってますが)
鳥居はんが礼とともに話かけて来ますた。
>「倉橋さんと初めて会った印象はどうでした?初見の印象って九割がた合っているそうです。
僕はお母さんみたいって思っていたのですが違ってました。
今では部屋の何処に置いたら良いのかわからないお人形さんみたいな人って思っています」

わだすは、そない行き成り聞かれてもちょい戸惑ってしまんます。なんしろ
まだちょいとしか話もしてまへん。
 だが、初対面にどう感じたか? と問われるならば『柳のような 葉』
とわだすは述べてぇと思いまんず。
 阿呆で、上手い言い回しなんぞとんと浮かびまへんが…こんお人から感じるのは
とめどなく強い風を受けても悠然と立ち、それでいてある時一瞬で透むような…
そない儚さもあるようだと、わだすは感ずます。
 「んまぁ、わだすは阿呆ですんで。けどわだすよりしっかりしてると思えますね」
考える反面、ははっと笑い鳥居はんにはそう告げておきます。わだすの感じ方を
あっけらかん、ざっくらばんに告げても気ぃ悪くしゅるだけでしょうし。
 そして、少し戻って倉橋はんの声。そうでんなぁ…
鳥居はんがどうも笑い声のする部分がまだ安全な場所やと近づいてまっけど
わだすはどの扉一番安全で、どれが一番危険なんぞ判別する天通眼は所持してまへん。
 むしろ、いま巨大な何かの腹ん中に居るんなら。どれが安全なんて甘い道理は
存在せんと考えたほうが宜しいでっしゃろ。
 「鳥居はん、無暗に近づかんほうが…」
そう、声をかけつつ鳥居はんに近づき後ろに位置取りします。何が飛び出したり
しても、引っ張って後ろに投げれるなら、ちょいと打ち身をしても死ぬような目に
あう事態は避けれるでしゃろうから。

 【鳥居の後ろに移動】 【周囲に対して、感覚を研ぎ澄まし警戒】

174 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/25(木) 22:02:47.84 0.net
>「男爵………ちょっと宜しいかしら?」

「ん?なに?」

冬宇子の声音とはまるで正反対に軽い調子で富道は応えた。

>「あの青表紙の綴り本、全部で何頁(ページ)ありまして?
  一つの頁に、まとめて幾つか、噺を書き込んだりすることもあったのかしら?」

「あぁ、その事なら、頁の枚数はちょっと覚えてないかなぁ。
 でも一つの頁に何個かまとめて噺を書いたりはしたよ。
 実はさっきから何度もそれを聞かれててさ。やっぱり……この百に届かない扉の数と、関係あると思うかい?」




>「ねえ、あんたは……どう思う?」

富道の回答を得た冬宇子は、次に生還屋へと問いを発した。

「あぁ?何がだよ」

>「何って、この青本と扉の関係のことさ。
  此処にぞろぞろ並んでる扉の中に、本当に百物語の怪異が入ってると思うかい?
  『集めろ――』ってなァ、どういう意味だと思う?
  飛んで言った紙を元通り、綴り本の中に集めろって意味なら、
  この白紙が怪異を紙に戻す手助けでもしてくれるってのかねぇ?」

>「さっき言ったことが、もし正しければだけどさ……
  手分けして扉の探索に当るなら、この白紙、少なくとも扉の数だけは必要ってことになるね。
  細切れにハサミを入れちまってもいいもんかね?」

「あー、あー……なんだ。俺の勘はよ、マジでただの勘なんだわ。
 俺に分かんのは、この扉はどれもこれも中にヤベェのが待ってやがるが、それでも行くしかねえって事くれえだ。
 それと……その紙切れをどうにかしちまうのは良くねえな。すげえ良くねえ。大事に持っとけや」

ともあれ、じっとしていても始まらない。
他の冒険者と同じように冬宇子もまた扉の選定を始める。
彼女が目をつけたのは、特にこれといった特徴のない木製の扉だった。

何の怪異も連想させない造形だったからこそだろう。
冬宇子は彼女らしからぬ不用心さでその扉に近寄った。
瞬間、扉から白刃が飛び出す。
致命の切っ先は狙いを過たず冬宇子の胸へと迫り――もう一つ、剣閃が縦に交差。同時に響く金属音。

扉から突き出た刀は、その根本からへし折られていた。
弾き上げられた刀身が降って来て床に突き刺さる。
それらを成したのは――八千種久礼。
彼女の、小太刀を用いた瞬速の抜き打ちによる結果だった。

>「あぁ危なかった……姉さん、ありがとうよ。
  それにしても何てぇ悪趣味な扉だろうね。中の仕掛けが思いやられるよ……」

「そうですね。ですが裏を返せば、中に何が待ち受けているのか……予想が立てられる」

久礼の眼差しは冬宇子には向いていなかった。
彼女が視線を注ぐ先は、刀の根本が突き出たままの木の扉。
その瞳の中に雪辱の炎が燃えていた。

175 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/25(木) 22:03:15.86 0.net
 


「――あん?なんだよガキンチョ。今はお前とじゃれ合ってる暇はねーぞ。今に限らずだけどな」

一方でその頃、鳥居に手を引かれた生還屋は、顔を顰めて無愛想な声を吐いていた。
それでも童子の遠慮のなさを以って、吸血鬼の力で引っ張られれば、彼には抵抗の術はない。
やむを得ず為されるがままに扉の前まで付き合って歩く。

>「この扉のむこうがわって危険ですか?」
>「どっちかっていったら本物のこっちのほうが危険な香りがしますよねぇ……」

「はっ、そいつは違いねえな。どれ、この部屋は……」

鳥居のぼやきに笑いながら生還屋は眼の前の扉に視線を合わせ――瞬間、凍りついたように硬直した。

>「あ、この質問って前々から生還屋さんにも聞きたいって思っていました」

「……おい、やめろガキンチョ。絶対開けんな。
 質問なら答えてやる。アイツはただの他人で、ただの女だ。これで満足か?
 満足だろうがそうじゃなかろうが、とにかくその扉は開けんなよ」

>「あのぅ、何がそんなに楽しいのでしょうか?」
>「鳥居はん、無暗に近づかんほうが…

「話しかけんのもやめろ。関わるんじゃねえ。今すぐそこから離れ……」

「君もおいでよ。来れば分かるよ」

部屋の中から鳥居呪音自身の声が響く。
生還屋が声を失って、その視線を鳥居の足元に落として、眼中に戦慄の色を浮かべた。

鳥居の足首に、細く透明な糸が巻き付いていた。
直後、扉が音を立てて勢いよく開き、弛んでいた糸がぴんと伸びて鳥居を転ばせる。
何者かが彼を引きずり込もうとしているのだ。その力は人のものとは思えぬほどに強い。
波留京香が事前に備えた立ち位置にいなければ、鳥居は瞬く間に扉の奥へと消えていただろう。

「だから言わんこっちゃねえ!」

生還屋が咄嗟に匕首を抜き、糸に押し付ける。
だが切れない。
加えて鳥居を引きずり込む力はまるで衰えようとしない。このままではジリ貧だった。

「おい!誰か手ぇ貸せ……」

生還屋の言葉を待たずして鈍色の閃きが縦に走る。
荒々しい風切音と共に、鳥居の足首が血飛沫を上げて宙へ飛んだ。

閃光の正体は――剣鉈。
いつの間に駆け寄ったのか、『赤帽』がまさに不言実行と言わんばかりに分厚い刃を振り下ろしていた。
そして切り落とした足首を鳥居に返すと、無言で頭を下げて、その場を立ち去っていく。
当然の事だが、彼は鳥居が吸血鬼である事など知らない。
知っていたのは、あのまま放っておけば鳥居は引きずり込まれていた。ただそれだけだ。

「……オメェがただの人間だったら、その足とは永遠におさらばだったぜ。
 迂闊な真似したらどうなっか、さっき見たばかりだろうが」

生還屋が床に腰を下ろして、溜息を吐きながらそう言った。

176 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/25(木) 22:03:56.18 0.net
「とりあえず、その扉は後回しにしろ。もうどっか行っちまった黒持ち連中が帰ってきて、集まってからだ。
 ……おいオメェら!残ってる奴らだけでいいから聞きやがれ!」

生還屋はそう声を張り上げると、まだエントランスホールに残っている冒険者達の方へと移動していった。
それから数秒の間を置いて、

>「どうだい姉さん……扉の中に入るなら、"私と一緒に"ってのは?
  私は、こう見えて咒い師でね。正直言やぁ腕が立つって程でもないが、陰陽道の修行も一通りこなしてる。
  あんたの仇の怨霊は、太刀筋に陰陽術の気配があるんだろ?
  また、あの剣士の怨霊に出くわさぬとも限るまい。まんざら役に立たぬでもないと思うがねぇ」

倉橋冬宇子がそう切り出した。

「いいですね、是非」

対する久礼の返事は簡潔極まりなかった。
彼女の関心は既に、先程の木の扉――その奥に待ち受ける怪異にあるのだ。

>「ねえ男爵……よろしかったら貴方も一緒に来てくださらない?
  女二人じゃ何かと心細いんですもの……」

「え?いいの!?そりゃ行くよ!戦力になれる気は全くしないけど、久礼ちゃんいるし大丈夫でしょ。
 いや、正直誰に頼もうかずっと悩んでたんだけど、まさかそっちから声を掛けてくれるなんて嬉しいなぁ」

冬宇子からの誘いを受けた富道の反応は、稚児のようだった。
自分の身が危険に晒される可能性などはまるで考えにないのだろう。

「男爵。物見遊山とは訳が違うんですよ。少しはご自重して……」

「物見遊山さ。だって、君がいるんだぜ?久礼ちゃん。君ならどんな怪異だって斬り倒してくれるだろ?」

笑いながら言う富道の眼には隠す気のない好奇心の光が宿っていた。
久礼は一瞬眉をひそめ、しかし諸々の思いを飲み込むように深呼吸をした。

>「生成り小僧とお嬢ちゃん、あんたらはどうするんだい?
  どの扉を選ぶにしろ、一人で行こうなんてえ無茶はするんじゃないよ。
  行くなら二、三人で固まってからにした方がいい。」

「お二人も一緒でいいじゃないですか。戦力は出来る限り分散しない方がいい……兵法の基本です。
 ただここには、それを分かった上で是としない困った人達がいるというだけで。
 ……ところで、扉は私が決めて構いませんか?」

彼女が選ぶのは――言うまでもなく、先程の刀が飛び出してきた扉だ。
『不知火の太刀』の使い手はこの先にいる。
根拠のない、しかし確信に近い直感があった。

「ここです。行きましょう」

そしていると感じてしまったのなら、もう回り道をするという選択肢はない。
それは彼女の『士道』に反する事だ。

木の扉は、今度は何事もなく開く事が出来た。
奥に広がるのは果ての見えない暗闇の荒野。
だが一歩踏み入る久礼の歩みに怯みはなく、力強い。

『――やはり彼女の話は面白い』

不意に富道の声が響く。
久礼が周囲に気を配りつつも振り返る。

177 : ◆RAXmA4ECriDY :2014/12/25(木) 22:05:07.02 0.net
「……いやいや、今の僕じゃないよ。あり得ないでしょ、こんな唐突に」

「いえ、あなたならあり得ます。が……」

『――何故彼女は剣の道に足を踏み入れたのか。強くなりたいのか。一度尋ねてみた事がある。
 だが、答えてはくれなかった。隠したんだ。
 それってつまり、彼女にとって強さを求める理由は、隠すような事って訳で』

声は何処からともなく、部屋の中、空間全体に響いていた。

「……まさか男爵。こんな事書いてたんですか」

「えーと、いや……どうだったかなぁ……」

むすりと顔を顰めた久礼の眼光を、富道は苦笑いで躱した。

『だからこそ、彼女が、彼女の満足に足る強さを得た時どうなるのか。とても気になる。
 『不知火の太刀』……彼女はいずれまた、その使い手に挑むんだろう。
 負けてもらっては困る。そんな結末は普通すぎてつまらない。彼女にはもっと強くなって欲しいなぁ』

ふと、周囲の雰囲気が変わった。

『それにしても陰陽道と剣術の融合とは面白い。
 色んな組み合わせが出来るようで、その実、単なる足し算ではなく一つの型として昇華させるのは難しそうだ。
 彼女が戦った三人は大した術師であり、剣士だったんだろうなぁ』

虚無のみが占めていた空間に、邪気と殺気が混ざり込む。

『僕もなんか考えてみよっかな。かっこいいし』

瞬間、周囲の闇が渦を巻いて人の形を得る。
現れたのは浪人風の剣士だ。四人。冒険者達と同じ人数だ。
彼らは刀を抜く――と、刀身が前触れもなく炎を纏った。

「なるほど……こういう事になるのか。久礼ちゃん、それは……」

「不要です」

対する久礼は腰を落とし、右手を鍔元に、左手を鞘に添えて待ち受ける。

「助言を得て敵を倒すなど……それは私の『強さ』ではありません」

「……だ、そうだから。その……みんなも頑張って、ね?」

富道が再び苦笑いを浮かべて、君達に言った。

さておき、君達が聞く事は叶わないが――敵の剣術の肝要は『間合い』にある。
揺れる火柱が刀の直視を困難にしており、また陽炎が生じる為、間合いが読めないのだ。

だが富道の記述がどのようなものであったのせよ、それはあくまで術理の列記。
技量に関する言及は無く、故に敵は皆、剣士としては『並』の実力だ。
特異な剣術に可能に惑い、怯みさえしなければ抵抗は容易いだろう。


【VSモブ剣士。間合いが読みにくい事以外は概ね普通。決定ロールありです】

178 :名無しになりきれ:2014/12/31(水) 00:55:55.96 0.net


179 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2015/01/05(月) 03:07:02.67 0.net
>>174-177
>……ところで、扉は私が決めて構いませんか?」
>「ここです。行きましょう」

鵜首造の切っ先が飛び出してきた業魔の扉を、躊躇いもなく開けて進む、道着姿の背中を目で追って、

「ちょっと待ちなったら、まだ支度が……それに、其処は……!」

冬宇子は、二、三歩追い縋ったが、直ぐに溜め息をついて立ち止まる。
凛然とした少女剣士の面構えを見るに、彼女が何を考えているのか、容易に想像がつく。
いかな説得も耳に入るまい。
八千種久礼は、刺突の一撃から読んだか、件の扉の奥に、仇敵――魔剣技『不知火』の使い手の
出現を信じ、雪辱を果たすつもりでいるらしい。

「まったく……冒険者ってのは、何だってこうも、人の話を聞かない頑固者やら、
 酔狂な変わり者ばかりが揃ってるのかねえ……?」

と、自分だけはまともなつもりで冬宇子はボヤいたが、振られた腹いせに冒険者になり、
男の篭城する屋敷に鉄砲玉のように飛び込んだ経緯など、すっかり棚の上に放り投げている。
ともかく、久礼のことは、剣豪ゆえの一徹、同行者に選んだ自分が折れるしかないと、この場は引下がり、
扉を潜る前に、未だホールに居残っている冒険者の耳に届くよう声を張り上げた。

「ちょいと聞いとくれ!
 扉の向こうで怪異に遭遇したら、物語を書きとめた『紙』みたいなモノが手に入るかもしれない。
 それを持ち帰ってほしいんだよ!
 ―――集めろ―――……青行灯が残した謎のことさ。
 今んとこ謎は謎のまンま……何が起こるか分かりゃしない……『紙』の形を取るかさえ……
 ……とりあえず、青本に書き込まれていた怪異を回収しなきゃならない事だけは、確かなようだ。
 何をどうするのか分からないが、『集める』って言葉だけは、頭の隅に置いといておくれ!」

青い表紙を掲げ、少し歯切れの悪い口調ながら、冬宇子は、そう言い置いて歩を進めた。
木の扉は既に開け放たれて、二尺ほど開いた戸口から覗くのは、四角く切り取られた闇の断面のみ。
板面に刺さった刀の根元を訝しそうに眺めつつ、意を決して、向こう側に足を踏み入れた。

中に広がるのは無明の闇―――――
吹き渡る風の音ばかりが、渺々と物寂しく聞こえる。
どうやら、辺り一面には荒野が広がっているらしい。

「燐狐―――出てきて照らしておくれ!」

呼び掛けると、中振袖の袂が翻り、渡り一尺(直径33cm)ほどの光の玉が飛び出した。

「お神酒は後払いで頼むよ!」

光の中心にいる獣に向かって、冬宇子は言った。
獣は不服そうに胸を張って鼻を鳴らしたが、それでも素直に中空に留まって周囲を仄かに照らしている。
姿は鼬に似ているが、大きさは掌に乗るほど。尾だけは狐のようにふさふさと太い。
この満月のような毛並みの小さな獣は、光の妖かし。
式神や使い魔というのではないが、従弟の晴臣が古都の山中で仕事をした折に、どういう経緯か懐かれ、
後を慕って付いて来てしまったのだという。

大陸に発つ前に借り受け、帰国後、晴臣の元へ返していたのだが、
先日、ふいに従弟がアパートを訪れて、『近頃忙しくて構ってやれないから預かってくれ』だの
『占いで貴女の手元に置いた方がいいと出た』だのと、一方的に言い残して置いていった。
この禍乱含みの状況を考えると、従弟のあまりにも行き届いた仕儀に、小憎らしさが込み上げて来る。
晴臣は、富道邸招待の嘆願のことも、館主の奇妙な嗜好も、知っていたに違いない。
知っていて冬宇子には話さなかったのだ。

180 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2015/01/05(月) 03:10:26.96 0.net
同じ扉に潜入したのは、冬宇子を含めて五人。
剣士の八千種久礼、武道家の波留京花、半妖の鳥居呪音、
……そして自ら"戦力外"を宣言した富道男爵。

冬宇子は、先行する久礼と富道の後を追って、果ての見えぬ薄明かりの荒野を足早に歩いた。

「やれやれ、扉の数は八十余……全員で探索に当っても、まだあと半分は手付かずかねえ?
 金魚のフンみたいに、こうゾロゾロ連なって歩いてちゃ、いつ終わるやら……
 そういや生成り小僧……もう足首はくっついたかい?
 引き込まれたのがお前でよかったよ。引っ張ってくれたその娘(こ)にもよく礼を言っとくんだよ。」

ぶつぶつ不平を漏らしつつ脇に目を落とし、跛(びっこ)を引いている鳥居に声を掛けた。
迂闊に扉に近付いて、既(すんで)の所で救われたのは、己も同じこと。
自業自得と突き放す訳にもいかず、どうにも気まずい。
それにしても、自分達の声が聞こえる『振り子の扉』――生還屋もあの扉には只ならぬ禍気を気取ったようで。
あれをいずれ探らねばならぬかと思うと、気が滅入る。

百物語と百に満たない扉の謎――考えれば考えるほどに堂々巡りを繰り返す。
綴じ本に百物語を記した富道の談によると、一つの頁に纏めて幾つか、噺を書き込んだこともあったという。
まず、紙一枚の頁には表と裏がある。裏表其々に別の噺を綴っていたとしても不思議はない。
してみると、百に届かぬ八十余りの扉は、矢張り、頁(ページ)の数を示しているのか―――?
けれど、どうだろう。逆に、長い噺などは、頁を跨いで書き綴ることもあったろう。
そんな場合はどうなるのだろう。
其々の扉に頁毎の怪異が潜んでいるのなら、一頁に収まらぬ噺の再現は、尻切れトンボで終わるのだろうか?

「………ひょっとすると、扉の中は繋がっているのかもしれないねぇ………」

誰に語るともなく、冬宇子はそんなことを呟いていた。
最早この場は異界、何が起こっても不思議はない。
と、その時、

>『――やはり彼女の話は面白い』

何の脈略もなく、富道の声が響いた。

181 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2015/01/05(月) 03:15:16.83 0.net
>「……いやいや、今の僕じゃないよ。あり得ないでしょ、こんな唐突に」

富道は冒険者たちの顔を見回して否定する。
確かに、声は彼の口から出ているのではない。
まるで拡声器を使って天空から語りかけるように、空間全体に隈なく響いている。

>『――何故彼女は剣の道に足を踏み入れたのか。強くなりたいのか。一度尋ねてみた事がある。
>だが、答えてはくれなかった。隠したんだ。
>それってつまり、彼女にとって強さを求める理由は、隠すような事って訳で』

>「……まさか男爵。こんな事書いてたんですか」

久礼の言葉が核心を突いた。
天空の声は男爵の記述。
間違いない。この扉は久礼の怪異……書き留められた彼女の噺が再現される舞台だ。

>『だからこそ、彼女が、彼女の満足に足る強さを得た時どうなるのか。とても気になる。
>『不知火の太刀』……彼女はいずれまた、その使い手に挑むんだろう。
>負けてもらっては困る。そんな結末は普通すぎてつまらない。彼女にはもっと強くなって欲しいなぁ』

富道の独白――朗読と言うべきか――は、続いている。
悪びれる様子のない男の背に冷たい視線を注ぎながら、冬宇子は思った。
彼に話して聞かせる冒険譚、『己の話』を避けたのは正解だった。
以前こなした嘆願の体験談――それこそ焔山での一件なぞを語っていたら、どんな事を書かれていたものか。
それでも、探索の一行に彼を加えたのは、正しい選択だったとも思う。
百の噺、すべての『執筆者』たる彼には、この先どんな怪異が待ち受けているか、予測が付く筈だ。

>『それにしても陰陽道と剣術の融合とは面白い。
>『僕もなんか考えてみよっかな。かっこいいし』

やにわに、只ならぬ殺気が周囲に漂った。
墨色の闇が渦巻いて人型を成す。
顕れたのは浪人風の剣士が四人。スラリ、抜いた刀身が炎を纏い、燃え上がった。
火行を帯びた剣――どうやら、これが富道の考えた『陰陽道と剣術の融合技』らしい。

>「なるほど……こういう事になるのか。久礼ちゃん、それは……」

口を挟もうとする富道に、

>「不要です」
>「助言を得て敵を倒すなど……それは私の『強さ』ではありません」

久礼はにべも無く答えて、抜刀の構え。
苦笑いの男爵、強いて続けようとはしない。

「やれやれ……飛んだ頑固者だ……あんたに惚れる男は大変だよ、きっと」

冬宇子は、敵を睨む少女の顔を盗み見て、肩を竦めた。

182 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :2015/01/05(月) 03:24:28.93 0.net
浪人者の刀を覆う火炎の揺らぎを見詰める。
高位の術士特有の底の知れない気配は感じられない。術士として力量の測れぬ相手ではなさそうだ。

五行の理において、火行と金行は、相手を滅する『相剋』の関係。
『火剋金』――火は金を溶かし打ち滅ぼすが、『相剋』の中にも『相生』があり、
鉄を鋼に鍛え刃と成すのもまた、火炎の成す技である。
つまり、剣を炎に包むこの術式、刀身が燃え上がる前に炎が消えてしまう状態――『金侮火』と、
金属が完全に溶解してしまう火勢――『火乗金』の合間の、危うい均衡の元に成り立っている。

火を剋するには『水剋火』……水が手っ取り早いが……
冬宇子の呪力では、補助符を使ったとしても、四人の使い手を向こうに回して太刀打ち出来る訳は無い。
刀に手を掛けたままの久礼を横目に、冬宇子は口を開いた。

「ねぇ、剣士の姉さん……殺陣(たて)の場面の前に、書き手の種明かしはご法度かもしれないが、
 助太刀の助言くらいは受け取れるだろう?
 こうして同じ扉を潜ったからにゃ一連托生、あんたの腕に私の命も掛かってるんだからね。
 言うまでもないと思うが、炎は、伸延、変幻自在。剣筋を見ても意味が無い。相手の気を読むんだよ」

じりじりと後ろへ下がりながら、懐に手を差し込み、

「……玄武、黒竜、癸(みずのと)、壬(みずのえ)……濯ぎ揺蕩う、流れやもがも……!」

一枚の符を久礼に向けて、つい、と飛ばした。
意を察したか、鞘から抜き放たれた剣が閃く。
真っ二つに断ち切られた符から、白霧が立ち昇り、刀身を包んだ。
少女愛用の白刃は水膜に覆われ、雫が滴り落ちている。

「『金生水』『水剋火』……金は水を生み、水は火を滅す……水の気、大事に育てておくれよ」

久礼が摺り足で敵ににじり寄り、威圧している間に、冬宇子は鳥居と京花へ視線を移す。

「小僧、お前、火炎の使い手だろ?要は均衡(バランス)なんだよ。火と金の均衡を崩すんだ。
 お嬢ちゃん、あんたは小柄だし身軽だ。懐に潜り込んじまえば………」

言いかけた最中、敵の一人が動いた。

「火壮竜!」

まずは口煩い術士を潰そうと言う算段か、冬宇子に向けて、空を薙いだ刃先から火炎が迸る。
ほぼ同時に、もう一人も襲撃を開始。

「火炎車!」

垂直に立てた刀身。柄の下に添えた掌ごと、剣をぐるり回転させると、車輪の如き円形の炎が赫と輝いた。
この術の用途は目眩ましか。
直後、後ろに位置取った浪人二人が、声を揃え、気炎を上げた。

「蛇炎剣!」

うねる太刀筋より生じた二条の炎は、名の通り、蛇のように、しなやかに曲がりくねって進み、
一つは久礼へ、もう一つは京花へと迫る。

【久礼ちゃんの刀に水行の術】
【鳥居君に火行に炎を掛けると相乗効果で……的な助言】
【浪人1:冬宇子に火炎放射。浪人2:目眩まし。浪人3・4:久礼ちゃんと京花ちゃんに炎の鞭攻撃】

183 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/07(水) 21:52:51.11 0.net
(……あれれぇ?倉橋さんは僕たちと一緒に来ないのでしょうか?)
と、倉橋を尻目に鳥居は不思議に思う。なぜなら少しはわかり会えているもの同士のほうが鳥居の場合は安心出来るからだ。
サーカスの空中ブランコも、呼吸が合わなければ真っ逆さまに地上に落ちてしまうのだから……。

(でもこれが倉橋さんの一期一会なのかもしれません……)

>「んまぁ、わだすは阿呆ですんで。けどわだすよりしっかりしてると思えますね」

「しっかり……。やっぱり倉橋さんはしっかりものだったんですね!
……ですが京香さんはどうして自分を阿呆と思うのですか?誰かに言われたことがあるのですか?」
鳥居は京香と共有できる倉橋の一面があることに自己肯定でき嬉しく思っていたが
京香が何故自分を阿呆と表現するのか不思議でならない。
彼女は視点も真っ直ぐであるし涎とかも垂らしていないのにだ。

>「……おい、やめろガキンチョ。絶対開けんな。
 質問なら答えてやる。アイツはただの他人で、ただの女だ。これで満足か?
 満足だろうがそうじゃなかろうが、とにかくその扉は開けんなよ」

(……ただの他人。ただの女。それって海を海っていう感じにも似ていますねぇ。彼は飲んべえのくせに哲学的な表現をしました。ぷくく)

>「鳥居はん、無暗に近づかんほうが… 」

>「話しかけんのもやめろ。関わるんじゃねえ。今すぐそこから離れ……」

>「君もおいでよ。来れば分かるよ」

そんななか、聞き耳を立てていた鳥居の耳朶に自身の声が触れる。

184 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/07(水) 21:53:27.68 0.net
それは一瞬の出来事だった。己の足から流れ出る血飛沫を見ながら鳥居は呆然としていた。

>「……オメェがただの人間だったら、その足とは永遠におさらばだったぜ。
 迂闊な真似したらどうなっか、さっき見たばかりだろうが」

生還屋の言葉が降ってくるのも上の空。鳥居は一礼して去ってゆく赤帽を見送るとやっと我に帰り……

「ああ、みなさん。ありがとうございます」
気の抜けたようなゆるゆるの声を発した。
たぶん鳥居は、京香がいなければこらえきれず、赤帽の助太刀も間に合わずあっちの世界にもっていかれたことだろう。

(……あう〜。我ながら情けない)
とどのつまり、鳥居は何の役にも立たなかった。しかし助けてくれた人達に対して……

「これこそ仲間ですっ」と、奮い立つのだ。

そして……

>「生成り小僧とお嬢ちゃん、あんたらはどうするんだい?
  どの扉を選ぶにしろ、一人で行こうなんてえ無茶はするんじゃないよ。
  行くなら二、三人で固まってからにした方がいい。」

>「お二人も一緒でいいじゃないですか。戦力は出来る限り分散しない方がいい……兵法の基本です。
 ただここには、それを分かった上で是としない困った人達がいるというだけで。
 ……ところで、扉は私が決めて構いませんか?」

と、皆で一緒に行くことになる。

>「やれやれ、扉の数は八十余……全員で探索に当っても、まだあと半分は手付かずかねえ?
 金魚のフンみたいに、こうゾロゾロ連なって歩いてちゃ、いつ終わるやら……
 そういや生成り小僧……もう足首はくっついたかい?
 引き込まれたのがお前でよかったよ。引っ張ってくれたその娘(こ)にもよく礼を言っとくんだよ。」

こくこくと頷く鳥居。

木の扉に入って行けばそこは荒野だった。
話を聞いているとここは久礼の物語を富道が書き記した空間らしい。
何はともあれ富道の内面だだ漏れの世界であった。

(……そっか。彼の視点からすれば冒険者の死なんて溢れていることであって、せっかく書き記した興味深いお話も、
お眼鏡にかなう終わりかたをすることなんてそうそうなかったのかもです)

>「………ひょっとすると、扉の中は繋がっているのかもしれないねぇ………」

倉橋の独り言に鳥居は目を開き納得。
鳥居のまとまらない考えの中には何故扉が、物語が消えたのかという疑問があった。
そもそも物語が終わるというか消えるということとは何か?
例えば物語の主人公が死ぬ。しかし肉塊になった男が一人で二十ほどのお話を持っていて死んだとは考えにくい。
鳥居なりにも何気に色々と考えてはいたのだが、やはり倉橋の一言は確実な糸口にも思えた。
その糸口には手繰り寄せる価値もある。

「そっか。だから減ったのかも」
(一枚の木葉のお話しみたく、木が枯れて葉っぱが落ちちゃうのと、少女の命が尽きちゃうことには何の関係もないのに
年老いた画家が葉っぱの絵を描くことで一つのお話しにまとまっちゃうみたいなことかもです)*

「うーん…でもまだわかりませんね」

ふと見ると、侍が四人。立っている。

185 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/07(水) 21:54:06.02 0.net
>「助言を得て敵を倒すなど……それは私の『強さ』ではありません」

>「……だ、そうだから。その……みんなも頑張って、ね?」

どうやら扉を通った時点で自分たちは久礼の物語に入ってしまったらしい。
厳密には久礼の物語を元にし、富道が描いた物語……だろうか。
それには個人的な書き込みもあるらしく、百物語と融合し新たなる怪異となっているようでもある。

じっと見つめていると侍たちの刀は炎で揺れて見えて長いようであり短いようでもあった。
だが剣術の実力は普通っぽい。清国で戦った剣士たちよりは何分劣っているように思えた。
なんとなくだが鳥居にも相手の強さが分かるようになっていたのだ。

相手との距離は幾らかある。
そんななか、倉橋は久礼に助言をして術をかけている。そして……

>「小僧、お前、火炎の使い手だろ?要は均衡(バランス)なんだよ。火と金の均衡を崩すんだ。
 お嬢ちゃん、あんたは小柄だし身軽だ。懐に潜り込んじまえば………」

言葉が終わる前に突然炎が放射された。と、ほぼ同時に目眩まし。
攻撃に転ずる寸前に先手をうたれた。
泡を食った鳥居の目に映るのは炎を前にした細い影。
倉橋を抱え跳躍し炎を回避。距離をとる。
炎の神気を応射し相殺することも考えたが目眩ましが邪魔をした。
京香たちを巻き添えにしてしまうということもあり得るからだ。

186 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/07(水) 21:55:14.89 0.net
倉橋を助けた鳥居は無口になっている。
日本男児たるもの助けてあげたとか言わないのだと以前倉橋に教えられたからである。
それはさておき襲い来るものを倒すということは大変なことだろう。
本気の人間なら一人でも相手をするのは大変なのだ。

(あんな刀をもった人に京香さんが勝てるとしたら京香さんはこの中で一番強いかもです。あの剣士さんよりも……。
でも失礼ですがそんなこと想像できません。
それに僕とか倉橋さんの場合は本格的な格闘じゃすぐに斬られてしまいます……)

「別に京香さんに助太刀することは悪いことではないですよね……。
ソクラテスを知るのにソクラテスになる必要はないのですから。
……むこうだってちゃっかり連携をしているし」

鳥居は神気で鞭を練り上げると迫ってくる侍の刀に巻き付けた。
それは偶然に虚をついた形となる。寄れば斬る。寄らねば炎を放つのその間。倉橋の入れ知恵による突然の行動。
微妙な距離をとったおかげで吸血鬼の瞬発力と鞭の間合いをもつ鳥居が優位に立てたのだ。

「やった!」
侍の刀に炎の神気を流し込めばそれは雨細工のようにぐにゃりと曲がる。それ以前に持っていられなくなるほど熱を帯びていた。
なるほど釣り合ってる均衡なら少しの力で転げ落とすことが可能だ。ましてや神気の力なら尚更だ。

(倉橋さんのいう通りでした!これなら……)

疾駆する吸血鬼。噴出する闇の力。燐狐の光を背に鳥居が繰り出したのは顔面飛び膝蹴り。
赤い目に宿した魔性の力が侍の魂を恐怖で支配するのには時間はかからなかった。
ゆえに侍は脇差しに手をかけることもままならずどっと倒れこむ。

「お次は……」
と、荒野に視線を巡らせれば突然真っ白になる視界。さっきの目眩ましだった。
その刹那、凄まじい殺気。ただただ嫌な予感しかしない鳥居は炎の神気で防御。
すると首を襲った太刀が熱で溶け虚空に飛んでいた。

「わぁ、危なかったです……」
そうは言っている鳥居だったが、腹部におもいっきり突き刺さっているのは一本の脇差しだ。
なんとこの侍は二刀流だったのだ。

「あ〜っごめんなさい〜っ。こんな勝ちかたをしてごめんなさい!」
鳥居は侍のお腹に拳を叩き込み吹き飛ばす。
倉橋の助言を受けていなかったら鳥居は生首になっていたかも知れない。

そして鳥居は京香のことが気になり荒野に目を凝らすと状況把握に努めた。
真剣勝負の京香たちの集中を削がないように、不利の状況ならば助太刀の行動に移ろうと息を潜める。

【浪人二人を倒しました。駄目でしたら後手キャンお願いします】

187 :波留 ◆PBGJytd9pw :2015/01/07(水) 22:55:08.46 0.net
―あ    っとゆぅ間の出来事ですた。

鳥居はんに、無暗に得体知れん扉に近寄るちゅう事を止めようとした矢先。
 妙な胸騒ぎを感じたと思えば束の間、その鳥居はんの足首に絡みつく鋼線!!
小さく呼び止めて体をガッと掴みまねんけど鋼線の力はわだす等なんて屁でもねぇように
キリキリと鳥居はんを引っ張ろうと…いえ、喰らおうとしましたんねん。

間一髪ですた。引きずり込まれかけたのをわだすや生還屋と言う方。
 そして赤帽言う方が鳥居はんの足首を疾風迅雷ちゅう速度で真っ二つにしちゅくれん
かったら、あのまま扉の胃の中に呑み込まれちゃっとですた。

 「だから言わんこっちゃなかぁ! 不用意に得体の知れねぇもんに
近づくから火傷しやんす! あ、そっちの方あんがどす。助かりもうやした」

わだすは小さく怒鳴っちまいやした。生還屋っちゅう方もお小言呟いてますし
赤帽はんって方は不言実行を体で表したかのように瞬く間に去ろうとしてますんで
慌てて礼を告げるしか暇もあいまへん。…武士〈もののふ〉どすなぁ。
そして鳥居はん、まだ若い身空で案山子足とは気の毒に…え? くっつく??
またまたそない御冗談を。え? 本当に? …成る程。
 ―世の中は広いでんなぁ!! わだすも、もっともーーっと鍛えたら自力で
真っ二つにした腕やら足もくっつけられるようになるどすなぁ!!
んまぁ、そない阿呆なわだすの考えはどうでもえぇごってす。この物語には全く無関係ですたい。
 笑い声が立ち上る『振り子の扉』は、また沈黙を通して開かずに戻りまぁした。けんども、あの
鳥居はん自身に聞き間違う響きと、あの一連を見ますと、不思議にどうもわだすの
 体に流るる血潮が妙に滾って滾って心臓が変に高鳴ろうとしてますねん。風邪どすかね?

そんな、なんやかんやぼけぇーっとしておりますと、あれよかれよとわだすと鳥居はんは
倉橋はん、久礼はん、富道男爵はんと一緒に同行する事になりますた。
 …え゛? 前者二人はともかく、男爵はん大丈夫でっか? 目を離した隙に
『もっと愉快なのを思いついたぞ〜!』とか言うで変な事しまへんよね?
 そんな不安もありまっけども、まぁ話を纏めまんねんと倉橋はん言うには怪異を収めるには
『紙』を集めねんといけないようです。わだす、阿呆でっから小難しい事はちんぷんかんぷん
ですけんど、ようは何か襲いかかってきたらぶっ倒してぶん投げてぶん殴って
そんでチリ紙が目の前にあれば集めろって事ですんね? うん、そう言う事で。
 あと、倉橋はん光る玉を出してんねんけど…へっ? 陰陽道?? 
 …ん〜〜…    あぁ! これが帝都で流行ってる手妻(手品)言うもんですな!

こんな怪異が連続で起きてるのに関わらず。まだ京香は自分の仲間の異能をちゃんと
自覚が出来ていないのであった。

188 :名無しになりきれ:2015/01/13(火) 23:16:42.14 0.net
てst

189 :波留 ◇PBGJytd9pw:2015/01/14(水) 00:36:08.96 0.net
さてさて、そないな阿呆な事を考えていれば。
あれやあれやと奇想天外な出来事の目白押し。
>『それにしても陰陽道と剣術の融合とは面白い。
>『僕もなんか考えてみよっかな。かっこいいし』
一瞬、男爵はんが本当にトチ狂った発言したんかと考えますたけど、どうも
辺り一帯に響くその声は怪異そのものの、こだま見たいなもんらしかったす。
 出現する四人の剣客、対峙する久礼はんに倉橋はん鳥居はん。
 力量は平平凡凡かも知れまへんけども刃に焔を纏うと言うのは侮りがたし。
―そう、それが平常ならそない感覚なんどすか…。
 「あー、よかどす。ほっとしたばぇ」

 「こない、わかりやすいもんならば大歓迎どす」
わだすは、一番初めに感じたのは馴染み深い空気を、その怪異の腹ん中で
呑まれて初めて故郷の空気を浴びたかの如く、そない能天気な言葉が口から
ついでました。やはり、わだすの阿呆は抜けんばどすね。
 掛け算割り算や、漢語読み解けとか謎かけに答えよとか。禅問答なんかよりも
ぶっ倒せばそれで終い。こない一番簡単な理屈しか、わだすの頭にゃあ詰められんけ。
 そぉ呟いた矢先、火の鞭が向かってきよりますぅ。
倉橋はんは何やら呪文か祝詞かわだすの頭の向う側の言葉を紡いで、鳥居はんは
人間離れした速度で回避します。わだすと言えば…
 ースゥ
…最小限に、その炎の鞭のすぐ隣に移動して避けるだけどす。
 無理じゃなか? と思えっかも知れまへんけど。相対している剣術家がどない
腕前かは知れまへんが、炎で出来てる鞭っちゅう事は熱やら何やら、向かってくる気配が
単調で解りやすいんどす。こちとら御山で過ごして十数年、向かってくる気配を察するにゃあ
狼にも負けず劣らずやど言う自信もありばんねけ。
 「単調すぎっちゃ。もうちょい力む気持ちを抑えねぇど」
そう、助言が口から飛びまうけ。殺しにかかってる剣士はんは物の怪の類のようで
わだすのそんな言葉にも無表情で千差万別に炎の鞭をわだすへ振るってきまうだす。
右に、左斜めに、地面に水平に、袈裟切りに。
 何度も振るいよるけん、けんども仕留めようとする気配が隠せてねぇです。
ちょこまかとわだすは屈んだり、ぴょんと跳んだり首を軽く振って傍目危なげも見える
様子で避けます。攻め手あぐねてるように見えますどすか? まぁ、そう見えますけんね。
 「もーちょい精進が必要でんねぇ…んだべ、もうそろそろ終わりにしましょっか」
 ―ダン!
 炎の鞭の連撃の何回目かを回避すると、京香は地面を大きく踏みしめ腰に手を据えて
剣客向けて駆ける。
 一直線の猪猛突進、剣客からすれば絶好の的である。剣客はそんな京香の姿を目視すると
蛇のようにちろちろと曲がらす炎を引っ込めて、空へ凪ぐように剣を向けようと振るう。
『火壮りゅ…』
 だが、それは『読めていた』

190 :波留 ◇PBGJytd9pw:2015/01/14(水) 00:37:16.62 0.net
スゥゥゥゥゥ!!!
 蛇炎剣と言われる炎の鞭を回避しながら『息を限界まで吸い続け』
そして、機を熟したと見計らい駆けて相手の虚を知ると同時に…!!!
 「 ――喝
      ァ
       ア
        ア

        / ̄ ̄ ̄ ̄/
         ̄ ̄ノ / 
          / /   
        ∠../ 
              !!!!!! 」
 『張り叫ぶ』!! 
 武術家にとって、肺活量とはなくてはならぬもの。京香は生まれながら
強くなるのを夢みて誰よりも必死に鍛えてきた。そして声もばかでかい!
 その大声で敵の虚を一気に開き…まがり通る!

191 :波留 ◇PBGJytd9pw:2015/01/14(水) 00:38:23.04 0.net
「ふぅ  ――ん!!」
 正拳突きが、その剣客の腹に吸い込まれんとする…!

395 名前:波留 ◆PBGJytd9pw[sage] 投稿日:2015/01/09(金) 12:21:48

 肉薄する、四肢を全力で動かし刹那の咆哮を伴って剣客の懐へと。

だが相対すべし相手とて場数をこなれてない新米でもない。その咆哮の
虚を解き、京香向けて更に刃に纏う焔を昇華させ上段で振り放とうとする。
 勝負は一瞬、命のやり取りならではの脳内麻薬が伝番し視界の中の速度が緩やかになる。
 京香は腰に据えた拳を振ると同時に、ある思い出が呼び起された。

―とおたま!
 まだ自分が幼少の頃、紅葉のような手をして乳歯も生えるかの間際。
『とおたま! わだすも波留式のぶじゅじゅ覚えてぇだす! わだすも兄様や
ほかの波留式の武術家みてーに強くなるだす!』
 そう、我儘を零してた頃。当然ながら父は強く拒否を示した。当たり前だ、女は
外に出ず家の中を守れと言うのが暗黙の世の掟。女は針仕事を行い竈と風呂焚きの
世話をすれば良いと言うのが当然の慣わしなのだから。
 けど、兄様は違った。
『…父上。京香の意思は固いよ、そして何よりも波留式流は非力が世の荒波に
打ち克つ為に築きあげた物や。…京香が得た波留式流は、いずれ大きな波と
なって美しい飛沫を見せると…僕はそう思うんや』
 そう、儚い笑みで言うた、あの時の言葉と瞳の光をわだすは一度たりとも忘れた事はなか。
あれから十数年、波留式に習い正拳突きを日夜行いますた。
 普通の突きと異なるは、岩や大樹を相手でなく、氷壁の膜や障子の紙向けてと
言う少々風変りなもんに対しての正拳突きの特訓。兄様や父様は言うていた。
『えぇか京香。剛力だけが武術でない、理がなければ如何なる力とて脆い。
忘れるな。どのような強大なもんも、理を知れば…』
               ――打ち克つ!!
「破ィィイヤァ!!」
 剣客の水月向けて正拳突きを放つ! 狙いは、腹部の皮一枚!!
心の臓でも、骨でもない。表皮一枚だけに拳の全ての力を放つ。
それはどのような結果になるか。
       ・・・   ド  サァ
京香が水月を放ち、その場で拳を戻し立ち止まる。
 剣客は、大きく振りかぶった剣から炎を縮小させ…無造作に突如
その体を地面へと崩した。
 ―波留式に習いし柔の正拳突き。表皮一枚、その外側だけに打ち放った
衝撃は普通に心臓を砕くよりも強力な振動を剣客の内臓に、脳へとGを
かけさせるほどの威力を示した。
 柔よく剛を制し、波留式流ならではの打法である!!

「     ー押忍!!     あんがとぁした!!!     」
 剣客が倒れ伏した後、残心とばかりに両腕を交叉してキュウッと
京香は一礼を剣客へと向けるのだった。
 【剣客一人を咆哮で制止させ、正拳突きで打ち倒しました。
そんな馬鹿げた実力があるか。と突っ込まないでくださいw】

192 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/01/14(水) 00:39:04.42 0.net
富道の記述より具象化された剣士達には練度も知性も存在しなかった。
彼らはあくまで剣術の体現者であり、それ以上の――人格のようなものは持ち合わせていない。
打ち負かすのはそう難しい事ではなかった。

しかし勝ちは勿論勝ちだが、やはりその中にも上下がある。

>「     ー押忍!!     あんがとぁした!!!     」

波留京香の勝ち方は、久礼にとって上々のものだった。
刀と火行を操る対手に拳一つで勝利したのだ。

久礼は表面上は静的に見えるが、実際には正反対の人間だ。
負けを嫌い、弱さを嫌い、常に強さへの渇望の炎を胸中に燃やしている。
その炎が、一層強く燃え上がった。

「……倉橋さん、でしたか。この水行、今は温存させて頂きます」

久礼はそう言うと打刀を鞘に収め――小太刀の鍔元に手を添えた。

無謀な行いである。
抜刀術は、その別称を坐合と書く。
読んで字のごとく座した――臨戦態勢にない状態から素早く刀を抜き、斬りつける為の護身術だ。
一度抜いた刀を鞘に収めてまで使うような技術ではない。

そして――火行の剣士が動いた。
炎による晦ましで初動を隠しての唐竹割り。単純、故に速く、そして力強い。
ただの抜刀術では太刀打ち出来ないほどに。

「……八千死流『小太刀』」

にも関わらず久礼の小太刀は、対手の首を切り落としていた。
胴体から離れた頭部――その視線が久礼の右手へと動く。
そこでは順手で抜いた筈の刀が、逆手で保持されていた。

一瞬にも満たぬ間に閃いた斬撃を、君達は捉える事が出来ただろうか。

八千死流『小太刀』は神速の抜刀術である。
その肝要となるのは精妙を極める指先の動きだ。
抜刀した瞬間に刀を一度手放し、柄尻を親指と人差し指の先で挟む。
面ではなく点で保持する事により、刀は振り子の如く弧を描くのだ。
対手を殺める為の最小の斬撃軌道を。
小太刀とは即ち、弧太刀の意である。

この『小太刀』は君達への、久礼なりの挨拶だった。
君達が流派の秘伝、その一つを見せるに値する同業者であり、戦士であり、武芸者だと認めた証だ。

と、四つ転がった剣士の死体が音を立てて黒煙を吹き始めた。
周囲の闇を煮詰めたかのような色合いだ。
だがそれは闇に還るのではなく、新たな姿を形成していく。

紙――の切れ端だ。
先程聞こえた富道の口上がそのまま記されている。

「……男爵?」

「あはは……まぁ、期待してるって事だよ。つまらない死に方をして欲しくないとも、思ってる」

冷ややかな声に対して富道は、軽やかながらも嘘を感じさせない口調を返した。
久礼は溜息を吐いて、目を閉じる。眉間には皺が寄っていた。
心中を悟られたくないが故に、表情を押し殺しているような仕草だった。

193 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/01/14(水) 01:16:14.60 0.net
「やはり……私はあなたが嫌いです、男爵」

そして久礼は小さく、そう零した。

『――さて、少し話が脇道に逸れたけど、正直な話、彼女はこのままじゃ遠からず死ぬだろう。
 彼女は妥協しない。それが彼女の魅力である事は間違いないんだけど、
 絶対に妥協しないなんて事は、人間には不可能だ。誰にだって限界がある。一時、諦めて身を引く事も大切だ』
 
また富道の声が辺りに響く。
今度の記述は先程よりも更に『抜き身』で、流石の彼もやや気まずそうに頭を掻いた。

「うーん、こりゃ勘弁して欲しいなぁ……。いや、ホント悪気はないんだよ」

『だけどそれは、彼女の『士道』に反するらしい。
 士道……こうして文字にしてしまえばたったの一語だけど、それが一体どういう意味を秘めているのか。
 僕には正直理解出来ていない』

声はなおも続き――不意に、周囲の闇が君達へと押し寄せる。
君達の視界が、墨に塗り潰されたかのように奪われていく。

『死を恐れない事?でもそれってただの蛮勇。匹夫の勇って奴だよね。
 忠実な事?けど侍ってぶっちゃけ、現代で言うとただのサラリーメンズだ。
 分からないなぁ。彼女の『士道』とは一体なんなんだろう。それはどこから来たものなんだろう』

暗闇が晴れると――君達の前には大きな道場が建っていた。
看板には『八千死流』の文字が見える。
しかし――周囲に久礼の姿は見えない。

門が不快な軋みと共に、独りでに開いた。
その後も君達を導くように戸や襖が道を示していく。
行き着いた先は――稽古場である。

「入門希望の方、ですか?」

八千種久礼はその入り口にいた。
ただし――背丈は鳥居と同じほどの、幼気な容貌で、だが。
それが『怪異』の産物である事は言うまでもなかった。

「知っていますか?八千死流は、かつては八千種流と呼ばれていたんです。
 八千種は私の遠い遠いご先祖様が、戦働きで賜った家名です。
 常識外、変幻自在の太刀筋を以って対手を屠る……剣術を知らない百姓故の剣。故に八千種」

久礼は歳相応にまだ幼げな顔立ちに喜色を浮かべて、流派の歴史を語り出した。

「ですがある代で、世継ぎが生まれぬまま当主が病死してしまったんです。
 その時に弟子の殆どが技を盗み、去って行ってしまいました。
 残されたのはもう若くない高弟と、当主の一人娘のみ」

少女らしい身振り手振りと表情の変化を彩りにして、口上は更に続く。

「高弟には、剣の才がありませんでした。絶えず努力し、長い長い時を費やして、やっと高弟。
 その程度でした。逃げていった他の弟子達に仕置きが出来るような実力はありません。
 ですが、娘は諦めませんでした。自分だって、八千種の血を引いている。自分が剣を取る。そう決意したんです」

久礼が道着の袖を捲る。
細い腕が露わになった。

194 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/01/14(水) 01:16:40.70 0.net
「娘には、確かに剣の才がありました。でも、女は女です。同じ術を学べば、男の方が強いに決まってます。
 それでも、娘は研鑽を続けました。力で勝てずとも、女の身でも、女の身だからこそ可能な剣を、ずっと探し続けました。
 来る日も来る日も才能のない高弟に負け続けながら」

はたと、久礼が刀を抜いた。神速の切っ先が君達の鼻先を薙ぐ。
『小太刀』である。

「そして、辿り着いたんです。精妙な指先と、柔軟な体を活かした、新たな『八千種』に。
 幾度となく、実戦であれば死を意味する負けを重ね――
 かつての八千種を盗み、学んだ全ての人間に死を与えた。故に八千死流」

少女の口元に、甚く穏やかな笑みが浮かんだ。

「そう、八千死流は、綺麗なんです。
 そしてそれを今代まで絶やさず伝えてきた私の祖父も、受け継いだ父も、全ての先祖達も。
 ……言ってる意味が、分かりませんか?かもしれませんね。だって――」

前触れもなく、久礼の姿が消えた。
直後の稽古場の中から音が聞こえた。
湿り気を帯びた音――それと共に、障子に赤い斑点が疎らに散った。

『物語』の収束を見る為には、君達はそれを開くしかない。

稽古場の中では、幼い姿をした久礼が、君達の知る姿の久礼に刀を突き立てていた。
何度も、何度も。そうして腹を切り裂いて、果てには腸を掻き出した。

「――私の腸は、こんなにも汚いんですから。私には……私にも、分からないんです。
 どうしたら私は綺麗になれるのか……なんで私はこんなにも濁っているのか……」

久礼の気配が変わった。

「私、綺麗なものが好きなんです。だから、見せて下さい」

君達の眼の前にいるのは久礼であって久礼ではない。
彼女の過去を基にした『怪異』だ。
富道すら知り得ぬ筈の過去が何故、百物語に顕れたのか。
その理由を考える暇は――恐らくないだろう。

久礼が刀を担いだ。
『小太刀』の術理は、何も抜刀術でなければ使えない訳ではない。

「八千死流――『小太刀』」

神速の横薙ぎが、君達の首元へと放たれた。

195 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/24(土) 21:27:47.17 0.net
>「     ー押忍!!     あんがとぁした!!!     」

(えぇ〜!)

鳥居の予想を裏切り、波留京香は強かった。見立て通りの女の四肢から生み出される速度は術や魔術によって強化されているわけでもない。
しかし目をみはるほど峻烈であり、まことしやかな流水の動きを生み出していたのである。
おまけに最後の感謝の言葉。それはまるで元旦の朝のような晴れやかさだったのだ。

その一方での久礼の八千死流『小太刀』。
その手品のような洗練された抜刀術に、鳥居は妖しい美しさを感じていた。
気が付けば剣士は四等分。周囲の闇は次なる舞台を生み出している。

そして再び聞こえてきたのは富道の声。

>『死を恐れない事?でもそれってただの蛮勇。匹夫の勇って奴だよね。
 忠実な事?けど侍ってぶっちゃけ、現代で言うとただのサラリーメンズだ。
 分からないなぁ。彼女の『士道』とは一体なんなんだろう。それはどこから来たものなんだろう』

「む〜」

闇が晴れればそこには稽古場。そこには鳥居と同じくらいの幼子の姿をした久礼。
彼女は八千死流の誕生した経緯を語ってくれた。
だがしかし、開けた襖のむこう側に広がるのは何とも恐ろしい光景だった。

>「――私の腸は、こんなにも汚いんですから。私には……私にも、分からないんです。
 どうしたら私は綺麗になれるのか……なんで私はこんなにも濁っているのか……」

枯れた稽古場に咲いていた一輪の死の華。
それは紅く美しいものだった。

(……久礼、さん!?)

>「私、綺麗なものが好きなんです。だから、見せて下さい」

>「八千死流――『小太刀』」

一瞬夢とも見誤るような妖かしの剣技。

196 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/24(土) 21:30:44.84 0.net
久礼の剣は動きだけを見ればそれはまるで舞踏のような美しさだ。だがそれは人を殺す術。
先祖から代々受け継がれ研鑽してきたもの。

鳥居はふと、マリーのことを思い出す。
彼女は自分を正しいと肯定はしていなかった。だが己の敵を肯定もしていなかった。
ゆえにその天秤は迷いもなく、殺人の裁定を下せた。
ある種の強い主義がその殺人術を淀みないものとしていたのだ。

しかし幼き久礼は迷っている。生まれもったものに嫌悪を感じている(?)
己が欲しくて求めたものになら欲するための理由が生まれるものだが
久礼のは生まれたときから目の前にあったものだ。
それなら彼女自身を否定する彼女の心のうちなるものとはなにか?
それに対抗し得る外的要因とは?

鳥居の首筋から鮮血が迸る。
避けてはみたものの普通に斬られていた。
着地のするときに目眩をがして床に転がる。

「京香……さんっ」
血が抜けて、ぼんやりした鳥居は波留の名を小さく叫んでいた。
その一言は願いをこめたものでもあった。

格闘家の京香なら久礼に斬られてもよい覚悟があるはずだ。
お互いに士道を持つものなら純粋に命をかけた技のためしあいができる。己のすべてをさらけ出すことができるのだ。

197 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/01/24(土) 21:31:13.74 0.net
あとは倉橋冬宇子。死王との戦いのあと、鳥居は守ると誓った。
久礼の目的が勝利することだけなら間髪入れずに倉橋に斬りかかるはず。
でもそれは余計な心配事でもあるかもしれない。
久礼が剣客でもない者を斬る理由もないはずだ。
それにこちらには京香がいる。

鳥居はむっくりと起き上がると倉橋の前に立ち神気の鞭を身構えた。
万が一にも、想い出を共有している者を失うわけにはいかないのだ。

「この久礼さんのお話(怪異)を終わらせるためには終わるという認識が大切なのだと思います。
例えば久礼さんが納得すること。美しいを知ること。
倉橋さんは手段を選ばず生き残ることが大切なことですよね?それって貴女が子供を産む女だからです。
それと同じく久礼さんは八千死流という命を守り続けてきました」

「でもそれを彼女は醜いことって思っているようです。ではそれならどうするかです。
……僕は殺しあいを醜いことと考えない者と意思を疎通すれば良いと思うのです」

それは京香だ。ここで、二人の意志疎通によって、富道の知りたいと思っている士道というものが浮き彫りになるのだ。

「あの二人の住む過酷な世界は、僕みたいな生成りや、ぶちきれるまでのんべんだらりな倉橋さんにはわからない世界と思うのです」

【京香さんと久礼さんの戦いを、勝手に見守ろうと言う鳥居】

198 :波留 ◆PBGJytd9pw :2015/01/31(土) 23:03:03.60 0.net
 
「んーっ! やっぱ真剣勝負はえぇもんどすなぁ」
 久々の唐手打ちだが、中々よかば手応えがあったと京香は上機嫌だ。
見渡してみれば、残るは久礼と剣客の戦いのみ。その一瞬とも言えし戦いを
じっくりと目に焼き付ける事にした。
 (ほぉ〜 こりゃまた…)
      >「……八千死流『小太刀』」
 久礼はんの剣は、厳しき冬の氷雪で出来上がる氷柱が如く研ぎ澄まされていて
そんで一振りの中に『一念』が凝縮されとりました。
 (当たり前だすが一朝一夕の代物やありまへん。血反吐を撒き散らすぐらい
厳しい鍛錬があっての技どす。えぇもん見させてもらいましゅうた)
 技法を感心して見つめ、鞘に小太刀が仕舞われると共に小さな拍手を送っていると
黒い煙と化して消える剣客達。そして男爵の言葉。
>『――さて、少し話が脇道に逸れたけど、正直な話、彼女はこのままじゃ遠からず死ぬだろう。
 彼女は妥協しない。それが彼女の魅力である事は間違いないんだけど、
 絶対に妥協しないなんて事は、人間には不可能だ。誰にだって限界がある。一時、諦めて身を引く事も大切だ』
「…男爵はん、余計な事ばかり綴っておまんなぁ」
 じと目で思わず男爵を見つめてしまう京香である。そりゃそうだろう、怪異を産み出した挙句人死を出しても
冒険者だし、と己の悪気をざっくらばんに無いと匂わせる態度。そりゃ呆れて軽蔑を多少浮かべても
仕方がなかろう。相手が華族であっても、本心から少しは呟いても悪くなかろう。
 そう、男爵はんの言葉を聞いてると突如の闇。すわ不意打ちか? と腕を交叉させて
腹に力を込めるも、何か襲い掛かる事なく景色が移り変る。
 「また大掛かりな手妻(手品)どすな」
 場所は、鍛錬場。随分と昔馴染みの処だと懐かしさこめて見渡きつつ呟いて着けば
ガラっ  と開く障子。そして出現する人
 「っ!? 久礼はんっ…の妹はん???」
 京香は素っ頓狂な声と共に、幼少のころの久礼の姿に久礼の親族ではと勘違いをする。
未だに自分の置かれてる状況を頭の中でちゃんと理解してない阿呆である。
>「入門希望の方、ですか?」
そう、久礼の幼少の頃のものは語りだした。八千種、何時かに父が語ってたような
気もしないでもない。けど、そんな昔を思い出すよりも意識を向けてしまう言葉が紡がれる
>「娘には、確かに剣の才がありました。でも、女は女です。同じ術を学べば、男の方が強いに決まってます。
 それでも、娘は研鑽を続けました。力で勝てずとも、女の身でも、女の身だからこそ可能な剣を、ずっと探し続けました。
 来る日も来る日も才能のない高弟に負け続けながら」
――!
 (あぁ…こん方は)
 同じだ。全く同じだ
鼻先に小太刀が掠めても、それに微動だにせず幼い容貌の久礼の瞳を京香はじっと凝視する。
 この御人は全くもって、自分と同じなのだ。鏡合わせのように、似通っている。
京香もそうであった。幼少の頃に兄と父達の姿に憧れて波留式流を強引に習い始めた。
 厳しかった。時には死にかけて、道場ので修行する自分より大きな修行者達は
まだ小さい自分が無理に挑んだ時、笑いつつ手加減しながらも地面に星の数ほどに転がされた。
 悔しかった 悔しかった 悔しくて悔しくて情けなくて それでも何時か超えるんだ。
そう思って手の皮が何度も剥けるほど修行をして、ようやく同い年の男たちをも圧倒できる時。
『京香・・・おまんは女なんや。もぉ道場で鍛錬するのは止めて、婿探しでもせぇへんか?
道場の跡継ぎに関しては儂が適当に選ぶさかい。おまんが子供産んで男子なら、ゆくゆくは
儂の跡取りになるのは決まっておるしなぁ』
 そう言われた時に愕然とした、阿呆であるけれどもわかってしまった。
父にとって自分はいかに強くても所詮は『女子』であり、その理は覆せぬ。
子を産み次代の波留式を授ければ上々。ただそれだけの存在だと暗に理解した。
 襖から血の華が咲く。ガラッと開け そこは帝都の奥底あるやも闇の華
 不思議と、その光景に恐怖も驚嘆も 得に何かを思う感情はなかった。
何せ京香にとって『久礼』は『自身』と変わりない。京香にはその光景が自分に
置き代わっても不自然でない程に、その光景の心境が理解出来てた。
 ―『過去』が『現在』に酷く愛し愛し憎み憎み恨んでるがゆえの惨状なのだと。

199 :波留 ◆PBGJytd9pw :2015/01/31(土) 23:18:13.28 0.net
>「八千死流――『小太刀』」
(はっ!!?)
 自己の考えに浸かっていた京香は、その声と背筋に感ずる殺気に正気へと戻る。
横薙ぎに振るわれる小太刀。下がって避けるには至難…ならば。
 「―波留式流 『風車』」
      グ ノレ   ン
 …大きく首を九十° 小太刀の振る舞われる方向へと向ける。それだけでは
剣は避けれない。ならば、どうする? 『もっと大きく傾ける』 そう 『体ごと』

 『京香、えぇかい? 『柔』で大事なんはなぁ、骨と骨の継ぎ目…腕や足、首でも
人は曲げられる部分がぎょうさんある。そう言う部分ってのは何度も酷使するとなぁ
筋と肉に体を回す糸(神経)が解れる。…せやからな、京香。強い攻撃に対しては
『軸』を利用するんや。体の中心、そっから頭のてっぺんからつま先までを
唯の薇(ぜんまい)のようにさせぇ。すると、どない一方の強い力にも体は回されて
圧を受けんようになる。それこそが…』
     ―風車 や
                 タ   ンッ!!  ―バッ

 「っ…はぁ   はぁ  今のはぼっけぇ危なかっどす」
体を横にその中心で側転、360°へと回し神速の薙ぎが振るわれると同時に
回る京香。着地と同時に後方へ跳びながら 幻視で両断された感触のする首筋を
撫でつつ冷や汗を一筋垂らす。強敵だ  間違いなく『強敵』だ
>「京香……さんっ」
鳥居の声が聞こえる。倉橋はんや男爵も無事か? そう思考したい筈なのに。
 「…あぁ     嬉しかどす」
 何だろう? この体から沸々と湧き上がる熱は どうしようもなく火のように
焦がれて 救いがたき程に久礼にぶつけたい想いと 拳は。
 自然と京香の口は弧に上へ上へと吊り上がっていた。抑えきれないとばかりに
その体は自然と片手の拳は握りしまれて腰に据えられ、もう片手は瓦割りをするが如く
頭上へと掲げられ手刀の形へと置き換えられていた。
 この御方なら  『全てを出し切っても惜しくない』
久礼の剣技に 過去に  現在の怪異と化す程の武への想いに 京香はそう感じ入った。
 「―全力で   お受けしますどす。今一度名乗らせて頂き申しありんす
―波留式流 現道場主波留仙吾が子女 波留 京香どす。
 全身全霊で    あんさんを倒し申しますで  そこんば覚悟しとぉてください」
 京香は阿呆である
世間の条理を知識で織る事あっても、突如起きる怪異に対し市井の感性ならば
慄く現象に対し 身を振るわせ歓喜し  それを拳で喰らう事が出来る事に対し
狂喜する程に その頭は阿呆であった。  鬼の如く 羅刹が如く
   今宵の舞台は言葉で分かり合えぬ
  剣と拳だけが理を利す兇器の場 踊り躍り狂いしゃんせ
 

200 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/02/17(火) 22:06:46.98 0.net
> 「―波留式流 『風車』」

八千死流の奥義、弧太刀が対手を殺め損ねた。
その瞬間、久礼は後方へ大きく飛び退いた。

弧太刀はその性質上、刀を振り終えた際に握りが逆手になる。
即ち二の太刀が生み出せないのだ。

> 「っ…はぁ   はぁ  今のはぼっけぇ危なかっどす」

奇しくも対手、鳥居呪音と波留京香も同じように背後へ跳んでいた。
両者の距離が大きく開き、死合は仕切り直しとなる。

>「―全力で   お受けしますどす。今一度名乗らせて頂き申しありんす
  ―波留式流 現道場主波留仙吾が子女 波留 京香どす。
  全身全霊で    あんさんを倒し申しますで  そこんば覚悟しとぉてください」

堪え切れず笑みを浮かべて名乗りを上げる京香に対して――久礼の表情には陰りが生じていた。

「あなたの腸は……きっと、とても綺麗だ」

底知れぬ奈落の如き黒と、その奥で燃える憎悪の如き赤が織り成す双眸が、君を睨んだ。

「私とは違う。私は……そんな風に、透き通っていない。それがとても……憎い」

久礼が君に呼応して構えを取る。
対手に対して半身の姿勢を取り、刀身を体で隠すように後方に構えた。脇構えである。

この脇構えは、八千死流において基本の構えとされている。理由は二つある。
一つは女の細腕で刀を長時間保持しても、筋肉が疲労せずに済む為。
もう一つは――捻転だ。上半身を捻った状態から刀を振るう事で、女の身でも鋭い斬撃が可能となる。

「――八千死流、八千種久礼。私はその、穢れです。
 だからあなたの腹を切り裂いて、その腸を、頂きます。私があなたみたいに、綺麗になれるように」

201 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/02/17(火) 22:07:36.62 0.net
一方で鳥居呪音と倉橋冬宇子は、京香の更に数歩後ろにいた。

>「この久礼さんのお話(怪異)を終わらせるためには終わるという認識が大切なのだと思います。
 例えば久礼さんが納得すること。美しいを知ること。
 倉橋さんは手段を選ばず生き残ることが大切なことですよね?それって貴女が子供を産む女だからです。
 それと同じく久礼さんは八千死流という命を守り続けてきました」

鳥居は京香に加勢する素振りも見せず、語り出す。

>「でもそれを彼女は醜いことって思っているようです。ではそれならどうするかです。
 ……僕は殺しあいを醜いことと考えない者と意思を疎通すれば良いと思うのです」
>「あの二人の住む過酷な世界は、僕みたいな生成りや、ぶちきれるまでのんべんだらりな倉橋さんにはわからない世界と思うのです」

対して倉橋冬宇子は――呆れ果てたように溜息を吐き、こう語る筈だ。

今、波留と対峙しているのは八千種久礼ではなく、彼女が抱えた負の感情の具現。言わば生霊のようなもの。
そして――その後ろに横たわる久礼の死体さえも、怪異であるのだと。

窓から淡い光が差し込んでいようと、空気に仄かな檜の香が混じっていようと、この場は異界なのだ。
惑わされてはいけない。あからさまな出口に釣られたあの冒険者がどうなったのか、よもや忘れた訳ではあるまい。
波留が死ねば、自分達も死んだも同然。鳥居もまた、上辺の語りに騙されて、全滅に至る選択を選ばされたのだ。

物語の半ばにして、だ。
そう、まだ物語は終わっていない。終わるべき時ではない。
何故なら――『不知火』は未だ現れていない。
久礼の話を聞いた富道が、その名を物語に含めなかった訳がないのだ。

一しきり捲し立てると、倉橋は鳥居の背中をやや強く叩いた。
そして、毎度私を怒らせてるお前にとやかく言われる筋合いはないよと怒鳴り、
それから、あくまでもアレは怪異なのだと念を押して、君を久礼へとけしかけるだろう。

202 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/02/17(火) 22:09:18.44 0.net
「――あなたの腸は、どんな色がするのでしょう」

赤い瞳が鳥居を睨む。

「きっと……濁っているのでしょうね。私と同じように」

久礼――を模した怪異は言葉を紡ぎながらも、波留の構えを品定めしていた。
腰に拳を添えている以上、掲げた手刀は防御用と考えるのが道理だ。でなければ拳が意味を成さない。
刀身を制するのか、それとも刀を握る手を打つつもりかは分からないが。

「振り切れてしまえば……楽になれるのに。黒も、白も、選べずに。
 それを飲み込む事も出来ないくせに……だから濁ってしまう」

不意に、怪異の後ろで死体が立ち上がった。
斬り裂かれた腹から腸を零したまま、刀を抜き――やはり脇構えを取る。
そして怪異と死体は同時に動いた。

怪異が刀を放つ。
しかしその軌道は、斬撃ではない。

怪異は波留の構えを観察すると同時に、刀の握りを僅かに変えていた。
刀は本来、右手が鍔元に、左手が柄尻に来るよう握る。
しかし八千死流には、それを逆転させる構えがあった。
即ち左手が鍔元、右手が柄尻。そしてその状態から――

「八千死流――『柄巻』」

突きを放つのだ。右手は柄尻を押し出すように。
そして左手は甲が下を向くように。その動作は異国の剣――レイピアの刺突に酷似していた。
斬撃の構えから放たれる突きは、敵にとっては見た目以上に速い。
『柄』とは『突化』の意である。

狙いは体幹――先程見た『風車』の支点目掛け、切っ先が迫る。

そして、同時に鳥居にも。

「八千死流――『細切』」

通常、脇構えから放たれる斬撃は、対手から見て左側からしか来ない。
脇構えは左半身を敵側に向ける為、刀は持ち手の右側に来るからだ。
しかし八千死流『細切』はその限りではない。

久礼の死体が動いた。
上体を大きく、殆ど倒れ込むように仰け反らせる。
その勢いを乗せて、左腕一本で刀を振るった。

まるで独楽が倒れ込み、その回転が横から縦に変わるかのような挙動。
『細』は『独楽』の意だ。

斬撃の軌跡は、稲妻の如き唐竹割りである。
本来、鳥居の小柄さは武芸者に対して有利に働く。
小さいという事は、つまり『遠い』と同義だからだ。

しかし細切は倒れ込むようにして放つ剣技。
つまり――小柄な鳥居にも容易く届く。

203 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/02/26(木) 02:49:52.86 0.net
>「振り切れてしまえば……楽になれるのに。黒も、白も、選べずに。
 それを飲み込む事も出来ないくせに……だから濁ってしまう」

>「八千死流――『細切』」

突如、久礼の死体が起き上がり攻撃してくる。
勿論、武道の心得もない鳥居はどう転んでも斬られるだけ。
それならと開き直った鳥居は久礼に捨て身の体当たりを慣行するのだった。

「少なくとも今だけはふりきれていますよ…」
久礼の図星の言葉に鳥居は無表情で返す。
そう。これは倉橋の言う通り怪異なのだ。
ここでならサーカスのショーのように観客の反応を気にすることはない。
障害を乗り越えるのに人である必要もない。
至極単純でいられる。自分を後押ししてくれる倉橋を守るためにも。

204 :波留 ◆PBGJytd9pw :2015/02/26(木) 20:37:48.18 0.net
 天に添えるように手首を軽く後ろに反らし掲げられた腕。
腰の肋骨の横隙間にくっつけるように固定され握られたこぶし。
 (降らせ 打つ  降らせ 打つ   降らせ  打つ)
 波留の頭の中で起きるのは、何千何万と言える回数での想像中での
いま直面してる久礼との死合い風景である。
 ある一定の修練を超えた達人同士の決闘において、武芸家はその相手と
抜刀で斬る1動作の中、それ以前に空想の中で互いに何をどう以て斬るか?
 足場は? 握りの強弱は? どの部位にどれ程重みをおいて振るうのか?
そんな一ミリ単位で異なる一振りで幻影の相手を斬り、幻想の勝利と敗北を
予知する。それが達人同士の立ち合いで生じる事は左程珍しくない事。
波留 京香もまた同様であった。どの足を一歩踏んで手刀を振るい、どの半身に
体の軸に重みをおいて腕を振り落すか。そして幻想の久礼の相手をする事頭ん中で何千試合。
 ―久礼と波留の頭の中での千試合は…六九壱対三百九と。
 一方的に久礼の剣は、空想の立ち合いの中で波留の屍を築いていた。
波留は修練を積んでる、驕り昂ぶるつもりなく目指す道遠くも腕は確か。
 己の腕を知るからこそ解る。久礼は強いと言う事、まず自分より『各上』なのだ。
一瞬の隙が死と決着に回帰する。その重圧は怪異では感じさせられぬ
 人ならではの特権。生死のやりとりならではの人のみがもてる弦が切れんと
思える程の緊迫と静寂。
>「――八千死流、八千種久礼。私はその、穢れです。
>だからあなたの腹を切り裂いて、その腸を、頂きます。私があなたみたいに、綺麗になれるように」
 波留にはその意味が理解できない。
己の腸が綺麗かどうかなど、とんとさっぱり。比喩的な意味合いだと受け取るほどに
柔な脳をしてない。ただ、相手の殺意を体で再確認するのみ。
 剣技、技の秀逸さ、総合的な実力においても久礼はきっと波留よりも上。  …それでも
(あぁ… 楽しか 楽しか 楽しか 楽しか 楽しか 楽しか 楽しか
楽しか楽しか楽しか楽しか楽しか楽しか楽しか楽しか楽しかぁ!!!)
 数秒後にはらわたを撒き散らし命途切れるかも知れないと言うのに。
 京香は嬉しかった。楽しかった。自分の全てを出し切ってようやくギリギリで
勝てるかと言える久礼という強者と出逢えた運命に 流れに 歩んできた人生に
 そう感謝させてくれるよう育てた父兄と供に怪異に挑む仲間『鳥居・倉橋』に。
波留は体の全身から気を昇れさす。じっとしては爆発しそうな気がするような
漲る力をすべて一点  そう両が二の腕と手に込めて。
 
>「八千死流――『柄巻』」
 奇しくも久礼が死点振るわす刃突を放つと同時に、波留も動いた。
「  ――行きます  どぇ!!!」
 車 !!!
車 車!!!

205 :波留 ◆PBGJytd9pw :2015/02/26(木) 21:11:11.29 0.net
             車
            車 車 
轟ッツと久礼の『柄巻』が放たれる。体の軸と捻じれ 体重全てを
 剣へと回したその突きは八千死流と言う名を体現するに
何とも相応しい剣技と研技であり、京香の支点たる臓腑と骨を両二ツに
別つに適した速さと威力を間違いなく秘めていた。
 空気が裂かれ、僅かに音の壁すらも切り付け空気の壁と触れ合う摩擦音すら
奏でながら刃は伸びる 伸びる 伸びる。
 瞬間、波留も動いた。
         「    波留式流    」
            ヵ   ン・・・
         「   ―『鹿威し』   」
 ―久礼の読みは当たっていた。
波留が掲げた腕と象られた手刀。それは振るわれる剣に対して用いる為に
 作られた構えである事。だが、『それだけでない』
 振るわれた柄巻が放たれる数コンマ、時間にして蠅が羽を瞬きの間に
何回振動させたかどうかの一瞬。波留は竹で出来た鹿威しにゆっくりと水が
溜まり、その限界まで溜めきったソレが緩やかに下降するように体も
 よく見て差異が判明できる程。そんな微妙なぐらい体を前傾に保ち左足を前に滑らせていた。
 これが中々鬼門である。
死合うとは、双方によって齎される阿吽の呼吸。互いの意思によってもたらされる
演奏とでも言えば良いだろうか? 一定の流れがあるのだ。
 ある武芸者は語る。自身と同じ技前を抱くものだと、奇妙なほどにその呼吸と間
振るう時と機が木片細工(パズルピース)のように嵌め合わせられる。
 言うなれば…『実力近き相手なら、その機と動きは先んじて読める』のだ。
 波留の兄はかつて口にしていた。
『――鳥の囀りと風の音が和に準えられるように、森羅万象、自然の理にゃあ
全てにおいて無駄なもんはない、必ずリズムって言うもんが在るんよ
だから御山で己を研くんなら知れ京香。おまんが挑む相手の意を その機を。
 それを知り且つ己の胆力に組む事さえ出来れば怖いもんなしやで』
 (読む… 久礼『怪異』はんの呼吸を!)
 ―シュンンンッ゛ッ!!
 ( ――刃の呼吸を!!!)
 振る  振り落とす久礼の『剣』目掛け
 この怪異とは久礼が妄執し そして今も縛られし妄念
八死流  『剣』への想いそのもの。
 だからこそ波留は己の拳に全ての力を 体重を 人生を 想いを 生き様を
全て全て負わせた手刀で剣『怪異』を砕かんと振るう。
 剣と拳が交差される瞬間、波留には 久礼には  互いに見えた気がするだろう。
波留の武に対する想いを 満たされぬ渇望を 果てなき高みを
久礼の剣に対する思いを 果たされぬ意志を 満たせし一念を

206 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/03/06(金) 05:59:46.44 0.net
怪異の『細切』はいとも簡単に鳥居の頭部を捉えた。
深々とニ、三寸斬り込んだ感覚が久礼の手に伝わる。

>「少なくとも今だけはふりきれていますよ…」

故に、怪異の気は緩んでいた。怪異と言えどその基となっているのは久礼だ。
それも完全な久礼の分身ではなく、彼女の負の面のみが具現化したものだ。
曇りのない強さを、勝利を渇望する久礼の影。
だからこそ鳥居がまだ絶命していない事に気付くのが一瞬遅れた。捨て身の体当たりがまともに怪異を捉えた。
凄まじい衝撃に骨が軋み、脚が床を離れ、そのまま壁際まで弾き飛ばされる。

一方で幼き久礼の怪異と対峙した波留の側にも、動きがあった。
怪異が突きを放った瞬間、波留は既に動き出していた。

>「   ―『鹿威し』   」

彼女は高く掲げた右腕を用いて精密な重心の操作を行っていた。
構えはそのままに、重心だけが一手分、手前に踏み出していた。故に虚を突いた筈の突きにも手刀が届く。
横合いから強く打たれた刀のへし折れる快音が響き、直後に久礼の胸部に正拳が触れる。
怪異が咄嗟に飛び退くが――波留式流の拳は、触れた時点で攻撃は既に成っている。
怪異の口から、鮮やかな赤色の血が散った。

二人の怪異の手中にある刀は、いずれも半ばほどから折れていた。
久礼の姿と心を写した怪異が、わなわなと震え出した。

「やっぱり……やっぱり私は弱い。私は、濁っている。
 強くなりたいのに、強くなれない。諦めたくないのに、そんな自分を見限っている。
 強い八千死流を、弱い私が……穢してしまっている」

怪異の全身から黒い霧が溢れ出す。

「こんな私が嫌なのに、私は私をやめられない。だから……」

それは凝縮し、刀の形を模った。

「だから私は、戦うんです。勝てば今より強くなれる。負ければ……きっと私は強さに向かってまっすぐのまま、死んでいける」

鬼気迫る殺気と共に、怪異達は再び八千死流の構えを取る。

「――八千死流」

そして同時に動いた。

「『榊葉』」

怪異は鳥居へと跳躍し、間合いを詰める。榊葉とは『坂牙』の意。
本来は脇構えから対手の刃を受け止め、柔軟な身体操作をもって受け流し、然る後に密着状態から首に刀を滑らせる剣技。
だが対手が刀を持っていなくとも、使えない技法ではない。
榊葉の骨子は柔軟な体と、もう一つ。体ごと刃を回転させ、力に頼らず首を断つ足捌き。
いかに吸血鬼と言えど、首を落とせば動けはしまい――それが怪異、久礼の判断だった。

「『血走』」

波留へと放たれるのは、脇構えからの下段斬りだ。
薙刀のごとき軌道で迫るその斬撃は、体を前方へ深く沈めつつ放つ。
更に掴みは小太刀と同じく一瞬手放し、指先で柄尻を掴んでいる。
故に剣速は紫電のように速く、間合いはまさしく薙刀のごとく長い。
血走とは『地走り』である。

【ぶっ倒してください。決定ロールOKです】

207 :波留 ◆PBGJytd9pw :2015/03/10(火) 20:32:10.58 0.net
 怪異『久礼』の刃に 体に 拳は触れ得た。
>「やっぱり……やっぱり私は弱い。私は、濁っている。
>強くなりたいのに、強くなれない。諦めたくないのに、そんな自分を見限っている。
 >強い八千死流を、弱い私が……穢してしまっている」
 瘴気が漏れ出る、焦がれた武と強さへの執念。鼻と口でその空気を吸うことで
己の心まで久礼そのものになるような、そんな錯覚まで感じてしまうような妖気。
 ―あぁ それでも・・・。
 「久礼はん      
         ・・・あんがとごぜぇやす!」
京香はどこまでも阿呆だ。その最後まで命刈らんとする執念を前にして。
零れんばかりの 溢れんばかりに童子のような笑みと共に感謝の念を告げる。

 「あんさん、ぼっけぇ強かどす! よえぇって自分の弱さを知ってるもんこそ
本当の強さば知り抜いてんでぇだす!! わだす…久礼はんのような真(まこと)の
武芸者と闘えて…      ――ほんま嬉しかどす!!」
 ただただ 嬉しかった。
命が一瞬 刹那で焼失してしまうこのやりとりの中で。このように命尽き果てるまで
武に全てを懸けんとする者と交えられた事に。
 今から振るうは感謝の一念。両の拳を腰に同時に据えながら右足を一歩前に踏みしめれ。
>「――八千死流」
>「『血走』」
 地面を削るように 掬うように下から振るいあげられる小太刀。
紫電一閃。雷光が如く刀のリーチを活かした虚の空間から振るわれるその一振りは
確かに疾い。対して自身は徒手空拳 この差をどう縮めると言うのか?
 ―答えは      ―ただ一つ。
 「    ―花鳥風月―    」
       トンッッ
跳ぶ  跳ぶ。ただただ今だけは溢れんばかりの闘気を 自意識を打消し 上空
 京香は久礼の頭上向けて天空を 制空権の得られし場所へと 跳躍する。
 立ち会う中で、武芸者の肝は相手の気から意を汲む事。なれば…その意そのものを消せば?
かつて兄はんは言うていた。
 『…蝉時雨ん時の蛙の顔は なにも考えんてへんように無垢で 全てを悟りぬいた顔をしてよる
水面に跳ぶ彼の姿は 陽気なようで一切の無駄がソレに無し』
『京香 おまんもあの蛙のようになれ、足場が摘まれて自分よりでけぇもんと
闘う事があれば 水面に跳ぼうとも何も揺るがさぬ蛙となるんやで…』
  童子のような笑みを掻き消し、振りぬき自身が視界から消え一瞬の硬直が
起きえるその久礼の 怪異の 頭上へと飛び。重力の法則になぞらえるままに
 あとは一挙に  ――落とすのみ!!

        「    『蛙舞(かわずまい)』!!!   」

   力゛コォォ゛  ン  ―!!!!
人体にはどんなに鍛錬しても鍛えられぬ場所が存在する。
 睾丸・脾臓・眼球…、筋肉でいえば頭部の後ろ部分。
人はそれを不安定な態勢押さえつけられれば絶対に反らす事が叶わぬのだ。
 久礼の態勢も、血走りと言う前方に低く低く沈むように切り付ける姿勢は
容易に頭上を押さえつければ床へとその頭部が激突する位置。
 それを波留式流ならではの、体重と重力を掛け合わせた重しとなる手のひらで
上空から垂直に久礼の頭上頂部。その一点に力を加えて京香は彼女の意識を
文字通り地面へ沈ませるのだ!!
 「 ――ッ礼!!!  」
 久礼が倒れると共に、体勢をまっすぐ立て直し賛辞の礼を迎える。
体の中で盛る熱は 一層と京香の何かを膨らますように奮えた気がした。

208 :鳥居呪音 ◇h3gKOJ1Y72:2015/03/11(水) 00:57:21.91 0.net
>「だから私は、戦うんです。勝てば今より強くなれる。負ければ……きっと私は強さに向かってまっすぐのまま、死んでいける」

鳥居は立ち上がっていた。
己の血で真っ赤に染まった顔面。
両の眼だけが光っている。

(なんて潔い人なのだろう)
久礼はなんとなく京花に似ている。

…視線の先には再び八千死流の構えを取る怪異。
と同時に鳥居は思う。
あの人は知的で繊細な剣をふるう。
だとしたら鳥居が吸血鬼と理解している次に狙ってくるのは…

>「――八千死流」

>「『榊葉』」

跳躍してくる久礼に対しうしろむきにしゃがみこむ。
例えるならカポエイラのような構え。
武道にはじゃんけんのように優位に対抗できる構えがあるという。
ちなみに強いお相撲さんは自分の構えになると負けないという。
だから直ぐに立ち上がりそれをしようとしたりさせないようにするのだ。

鳥居は久礼の迫りくる刀をぎりぎりまで待ち、
強い腕力を足の代わりに使い跳躍する。
そして足で蹴りあげたのだ!

「あなたの心は真っ直ぐで純粋です。
だからこの僕にも次の攻撃が読めました。あなたの心は純粋に汚れていました」

(決め台詞、ありあとあんしたぁっ!って言ってみたいです)
そのセリフは圧し殺し鳥居は空漠な物思いにふける。
人間は皆心根は同じなのではないだろうかと。

209 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/03/14(土) 01:09:00.94 0.net
久礼を写した怪異が二体、君達の手によって打ちのめされ、道場内には静寂が訪れた。
しかし――それ以上の事は何も起こらない。
やがて倉橋冬宇子が別の場所を探ってみようと提案をした。

そして君達が道場を去ろうとした時――背後から微かな衣擦れの音がした。
振り返れば、幼い姿の久礼が立ち上がり、構えを取っていた。

「八千種流――『秘剣』」

瞬間、君達は恐ろしい程の剣気を感じるだろう。
いかなる手段を以ってしても死を免れ得ぬという錯覚すら覚えるかもしれない。

だが――怪異はそれ以上動こうとしなかった。
剣技を放たず、ただ構えを取ったまま硬直している。
そして――前触れもなく怪異の足が溶け落ち、墨のような液体に変化した。

「……八千種流には、かつて秘剣と呼ばれる剣技があったそうです」

怪異は自身に起きた異変にまるで動揺していないようだった。

「八千種流が八千死流へと生まれ変わった時に、失伝してしまった秘剣。
 それを八千死流に蘇らせる事が出来たら……かつての、この私は、そう思っていたんです」

怪異の体は常温に晒された氷のように、溶解が進んでいく。

「今でも本当は、思ってるんですよ。覚えてないふりがしたいだけで。ずっと思ってるんです。
 もし秘剣を見つけられたなら……私は、それは私の強さだって、心から思えるのに」

怪異が完全に溶けてなくなり――瞬間、周囲の全てが黒い霧と化した。
黒霧は渦を巻きながら徐々に凝縮し、倉橋の手中へと集まっていく。
そして富道の手記にまた数行の文章が書き足され、気付けば君達は再び荒野に立っていた。

「……今のは、一体。そこにいるのは……本物の皆さん、ですか?」

ふと、深い闇の中から久礼の声がした。
そちらへ振り返ると、彼女は刀に右手を添えながら慎重に君達の様子を伺っていた。
その姿からは先ほどの怪異のような気配は感じられない。

「……なんだったのでしょう、今のは。私は気が付いたら波留式の道場にいて、
 そこで幼い頃の皆さんと……いえ、その姿を模した怪異と死合ました。
 あなた達も……そうだったのですか?」

久礼もまた、君達から怪異の気配は感じないと判断したらしい。
柄から右手を離し、君達に歩み寄ってくる。

「……もし、そうだとしたら。私の姿をしたその怪異は……何か、言っていましたか?」

僅かに恐れの滲んだ声色で、久礼は尋ねた。

「いえ……やめましょう。怪異の言葉に心を囚われるのが賢明とは思えません」

しかし君達が答えを述べる前に、自ら会話を打ち切ってしまった。
倉橋が君達の背後で、口を開こうとした富道の尻を抓った。

『彼女の士道がどこから来たものなのか、僕はいつか知る事が出来るのだろうか
 いや、出来なきゃ困る。僕は彼女が気に入ってるんだ。
 彼女の物語が尻切れ蜻蛉で終わってしまうなんて、そんな残念な事はない』

不意に、富道の声が再び虚空から響き始めた。

210 : ◆RAXmA4ECriDY :2015/03/14(土) 01:10:37.97 0.net
『その為にも彼女には不知火とやらを破ってもらわなきゃ困る』

そして――暗闇の奥に三つの人影が現れた。

「……あん?どこだここ?さっきから一体どうなってんだ?」

影は周囲を見回した後、胡乱な足取りで君達へと近づいてくる。
その歩みが、久礼の間合いの一歩外で止まった。

「あー……なるほどねぇ。いや、なんも分かってねーけど……」

三人の真ん中に立つ男が深く腰を落とし、右手を腰の打刀の鍔元に添えた。

「また出会っちまったんだ。ここが何処かなんて関係ねえ。やるしかねえ……よな?」

「……えぇ」

久礼も応じるように構えを取る。
その緊迫した表情が物語っていた。
今君達の目の前にいる、無精髭と後ろに束ねた長髪の目立つ男が、不知火の太刀の使い手なのだと。

君達は――久礼が望む望まないに関わらず、その戦いに加勢する事は叶わないだろう。
残る二人の剣士、厳しい顔つきの巨漢と痩躯の男が君達と久礼の間を遮るように移動していた。

「ご安心めされよ。我ら死霊に身を窶せど、紛う事なき真の剣士。
 女子供に、二人して掛かるような事は致さぬ。ここは拙者が……」

「待て。何を素知らぬ顔で名乗り出ている。ここは俺が……」

「お主は先既に一度、あの広間で仕損じておるだろう。ここは拙者、石又権左衛門がお相手致す」

石又と名乗る巨漢が刀を抜いた。
刀は持ち主に合わせて通常よりも長めだったが、君達が刮目すべき点はそこではない。
巨漢はその刀を、右手の人差し指と中指の二本のみで保持していた。

『小太刀』とは違う。刀は指先と完全に一体化しているかのように微動だにしない。

道術である。金行の術を用いて刀を固定しているのだ。
手首の返しを最大限に用いる事が出来るその掴みは驚異的な剣速を誇る。
加えて間合いも長い。

とは言え――そこから放たれる斬撃は、『小太刀』を三度も見ている君達が躱せない程ではないだろう。

だが石又の剣の最も恐るべき点は剣速でも間合いでもない。

返し刀の速さである。
最小限の動きで十二分の剣速を発揮可能で、間合いも長く、
更に一瞬だけ金行を解く事で指の間で刀の向きを自由に回転させられる。

即ち――懐に潜り込む隙がないのだ。
もし初太刀を躱してそのまま距離を詰めようとすれば、次の瞬間には君達の首は飛んでいるだろう。
縦横無尽の斬撃による制空圏を突破出来なければ、君達に勝ち目はない。

石又は制空圏を保ったまま、徐々に君達との距離を詰める。
後方には――痩躯の剣士。
彼は手出しこそしてこないが、右手は未だ鍔元にある。
君達が石又に背を見せ、逃げ出そうとしたならば――その瞬間に切り捨てるつもりだろう。

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