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【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!\【オリジナル】

1 :名無しになりきれ:2014/03/16(日) 21:14:39.32 0.net
前スレ

【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン![【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1374415628/

2 :名無しになりきれ:2014/03/16(日) 21:19:19.85 0.net
うおおおおおおおおお

3 :名無しになりきれ:2014/03/17(月) 00:39:17.48 0.net
>>1
ドシュ…

>>1が首を刺されて惨殺される)

4 :名無しになりきれ:2014/03/17(月) 06:44:18.88 0.net
過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】  レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!V【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
4:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!W【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/
5:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1331770988/
6:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Y【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1342705887/
7:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Z【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1356693809/

避難所
遊撃左遷小隊レギオン!【古巣】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/10454/1376802302/

まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html

5 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/17(月) 06:45:15.56 0.net
【帝都組:クローディア→セフィリア・スイ】

>「クローディアさんは私達の命の恩人です、私達のためにどれほどの材を投げ打ったのか存じ上げませんが
  少しでも足しになればいいんですが……」

どさり、と重たい音を立てて、クローディアの掌に革袋が置かれた。
セフィリアが懐からこともなげに、小銭入れでも出すかのように取り出した袋。
その絞り口から見えている輝きは、クローディアがセフィリア達を救い出す際に消費したものと同じ色。
金貨だ。
それが、革袋にぎっしり――目算で30枚以上。
二頭立ての上等な馬車が御者付きで購入できる額だった。

「こっ……これは……!?」

クローディアはあまりの事態に理解が追いつかない。
革袋とセフィリアの顔を何度も交互に見て、その重みを確かめ、状況を反芻し、ようやく硬い唾を呑み込んだ。
助命の報酬として、セフィリアはこの金貨を袋ごと譲渡しようと言っているのだ。

クローディアの脳裏で算盤の珠がばしばし音を立てて弾けていく。
これだけの額があれば、相次ぐ人材流出に傾きかけた商会を立て直すことも可能だ。
優秀な人材をダース単位で雇える。
もうこんなしみったれた安宿に値切りを重ね、ベッドメイクを断ってまで安く泊まる必要もないのだ!

(………………。)

しかし、クローディアは渡された革袋をそのまま懐にしまい込むことをしなかった。
絞り口を開き、中から金貨を計四枚抜く。
セフィリアとスイの召喚にかかった経費と、それを請け負ったクローディアの報酬としての金額。
指にタコができるほど算盤を弾いてきた彼女が正確に計算した、正当な対価であった。
そして、残りの金貨は革袋の口を絞り直してセフィリアに返す。

「……あたしが正しい報酬として申し受けるのはこれだけ。これ以上は受け取らないわ。
 ガルブレイズ、あんたとあたしの関係がフェアじゃあなくなっちゃうもの」

正当以上の金額を受け取れば、それはクローディアがセフィリアに借りを作ったことになる。
たとえセフィリア本人が正しい報酬だと認識していても、商取引の専門家たるクローディアは自分を誤魔化せない。
その負い目は、この先ずっとついて回る。
貴族の銘を捨てたクローディアにも、譲れない矜持がある。
商人としての誇りだ。

「それに、あんた達の今日一日分の労働をあたしが買ったのよ。まだ働いてもらうんだからね」

そのための、さしあたっては情報交換だ。
スイはセフィリアに状況の説明を任せたらしく、革袋を返されたセフィリアが口を開いた。

>「……ハンプティさんなら死にました。いまのフィンは悪魔に魂を売った敵です」

訥々と抑揚を付けず、しかし隠しきれぬ激情を含んだ彼女の言葉。
その内容は、要約すれば下記の通りだった。

・遊撃課のポジションがまったく別の連中とすげ替えられ、自分たちは辺境の街へ封ぜられた
・課を分割して三人がどうにか帝都へ乗り込み、離反したスティレットによって撃墜された
・セフィリアとスイはフィンと合流し帝都で情報収集していたが、先刻の魔族、『クランク7』に襲撃された
・その際、敵の武装と魔法によってフィンは記憶を書き換えられ、敵側に加勢してしまった

――そして、彼らの圧倒的な戦闘力に追い詰められた二人をクローディアが召喚して、現在に至る。

6 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/17(月) 06:45:57.03 0.net
「ハンプティが……敵に……」

クローディアはそう零すように言って、自らの顎を撫ぜた。
しばし目を伏せて、何かを考え、やがてまっすぐにセフィリアを見た。

「それは確かにハンプティが悪いわ。あいつの"甘え"ね」

彼女はフィン=ハンプティが魔族化するに至った経緯について、セフィリアからの又聞きの情報しか知らない。
それでも、かつて地底湖の底で手を組んだ経験から、あの男の人間性を一片でも感じとることができた。
クローディアは遺才の性質上、人材分析の審美眼にも長じている。
その経営者の直感とも言うべきものが、声高に結論を叫んでいた。

「あんた達の姿を復讐対象に書き換えられて、敵と誤認識させられた……ってのはわかるわ。
 いくらあいつに耐性があると言っても、同じ遺才クラスの強制力で捻じ曲げられたら抗えない。
 でもね、引っかかるのはあいつが仇を見つけて、一人で決着をつけようとしたことよ」

クローディアは蜂蜜酒の入ったマグを机から引き寄せて、唇をつけた。

「だっておかしいじゃない。自分と同等の力を持つ仇が二人いて、フツーそのまま戦いを挑む?
 頭に血が登ってたって感じでもなかったんでしょう。冷静ならなおのこと、味方の加勢を求めるものじゃない。
 それをしなかったってことは、あいつの中に未だに『刺し違えてでも』って気持ちがあるってことよ。
 言い換えれば『倒せるなら死んでも良い』ってことで……遺される連中のことなんか考えてない。
 全部自己責任の自己犠牲で済ませようとするのは、他人を巻き込む覚悟のない、ただの甘えよ」

クローディアは気付いていないが、彼女の言及はひとつの可能性を示唆していた。
現場で、フィンはすぐそばにいたクランク7にすら助力を求めようとはしなかった。
それは、フィンがクランク7を真の意味で"仲間"と認識していなかったからかもしれない。
あの場で単身決着をつけようとしたのは、本来助力を請うべき仲間であるセフィリアとスイが、
敵へと認識を書き換えられて、"いなかった"ことになっていたからかもしれない。
フィンの中に、ほんの微かにでも、『仲間としての二人』が残っているとしたら――

>「…トラウマを見せつけられた上で、俺たちを敵だと認識するようにすり替えやがった。だが、どうなんだろうな、実際…」

それは奇しくも、スイが黙考している事柄と同質のものだった。
その彼女は、壁に背を預けて瞑目していたかと思うと、弾かれたようにそこから身を剥がして床の黒服を掴んだ。

>「そっちの壁際まで行け!早く!」

「は、え!?」

マグを置いたクローディアの眼前に黒色が広がる。
咄嗟に頭を下げると、伸びていたランゲンフェルトがきりもみ回転しながら彼女のうなじを掠め、壁に激突した。
第二波はもっと大きかった。これまた就寝中の老人が同じ軌道で飛んできて、ランゲンフェルトの上に軟着陸。

「ちょっと、いきなりなに――」

クローディアが文句を言おうと振り返った、その鼻から先には何も存在しなかった。
本当に何もなかった。安宿の壁も、濁った窓硝子も、全てが消え去り、春の穏やかな夜風が髪を洗う。
こぼしてはいけないと掴んだマグの、中身が器ごと消失していた。
見れば、遥か眼下の石畳が砂礫と成り果てて、その余波のようなものが建物をも崩壊させていた。
取っ手だけになったマグの残骸を放り投げて、説明を求めるようにスイを見る。

>「やっぱり駄目なのかよ、フィンさん…!!」

「これ、ハンプティがやったの……!?」

否、信じられないわけではない。
ウルタールの湖底で、これに似た現象をフィンが生み出していたのを彼女も見ている。
その時は、壁一枚を破壊する程度の規模であったが……。

7 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/17(月) 06:46:45.22 0.net
「と、とにかくここを出るわよ!今のままじゃあたしたちの居場所が外から丸見えだわ」

こちらから見える範囲ではフィンやクランク7の姿は見つからなかった。
となれば、フィンはまったくの無差別に、手当たりしだいに付近を崩して回っているのだ。
この辺りは風俗街、人払いの効力が残っている今は人も殆ど居ないが、それでも警備の人員は多少残っている。
騒ぎになるのは時間の問題だろう。
クローディアはハルシュタットの下敷きになっているランゲンフェルトの顔を蹴った。

「いつまで寝てるの、起きなさい!あんたの労働も買ったんだからね!ほら、そこの老人背負って!」

ランゲンフェルトにハルシュタットを背負わせ、宿の崩れ残っていたドアから廊下に出る。
他の宿泊客はいなかったらしく、宿の惨状に愕然としている店主に宿泊費を押し付けて強引にチェックアウトした。

「SPINは……押さえられてるかもしれないわね。大通りで馬車捕まえるわ、ついてきて」

SPINは帝都の最も便利な交通手段だ。
こちらを探している敵が、待伏せのために押さえていてもおかしくはない。
それよりも、時間はかかるが捕捉の難しい馬車をクローディアはチョイスした。
大通りは人払いの影響から外れているので、宵の口である現時刻は人混みで賑わっていた。
夕餉を買い求める人の波をかき分けて馬車道に出るや、銅貨を二枚弾いて適当な馬車を召喚。

「6番ハードルまで!」

ランゲンとハルシュタットを後部座席に押し込み、スイとセフィリアを前部に座らせ、自分は御者席の隣に座る。
状況が飲み込めてない御者の尻を蹴って、迅速に出発させた。
景色が置き去りになり、いくつもの馬車とすれ違いながら、ようやくクローディアは人心地して振り返った。

「まったくヘビーな状況ね……。これからあんた達、どうするつもりなの?
 帝都に居る以上、ハンプティの追跡に怯えながら暮らしていかなきゃいけないわ。
 それに、遊撃課が別の連中にすり替わってる以上、元の暮らしに戻るってのも困難ね」

クローディアは思う。遊撃課の置かれている状況は、絶望そのものだ。
課長は行方不明、仲間は敵に周り、元の居場所には他人が平然と居座っている。
補給もなく、支援もなく、居場所もない、完全なる孤立無援。
何から手をつければ現状を打破できるのやら、誰にも分かっていないのかもしれない。

「だからね、ガルブレイズ、スイ。あんた達、あたしと契約しなさい。
 ポストは『クローディア商会の臨時職員』。あたしの目的の為に、あんたたちを雇うわ。
 報酬はもちろん支払うし、あんた達の目的とも、通じるところがあるかもだわね」

春の風に亜麻色の髪を靡かせながら、クローディアは片目を瞑る。

「ビジネスよ。あたしは『遊撃課の民営化』――官民問わず報酬次第でなんでもこなす専門家集団を創設するわ。
 そのために、既存の遊撃課を買収する。ちょっと順番が前後しちゃったけど、あんた達はその第一号!
 だから、いま紙面を飾ってる連中はすっごく邪魔なのよね?」

クローディアの取引。
遊撃一課を買い取り、元老院の命令や封建制の制約を受けない真の意味での『遊撃手』を創り出す。
遊撃二課は商売敵だから潰す。

「それからね。あたしはあんたたち全員が部下に欲しいの。
 ――フィン=ハンプティだって例外じゃあないわ。あいつの防御力は、他の誰にも代えられない
 だから、取引をしましょう。あたしと契約して、遊撃課と、ハンプティを取り戻す!」


【→セフィリア・スイ
 クローディアの提案:"商会"に臨時職員として参入し、遊撃二課の打破とフィンの奪還に助力して欲しい
 クローディアの目的:遊撃課の民営化。元老院から遊撃課を引き抜き、そのオーナーとなること】

8 :キリア・マクガバン ◇XGfwuK/F.g[:2014/03/17(月) 06:47:28.08 0.net
キリアは毒ガスへの注意をするように叫ぶ事は出来ても、それ以上の事は出来なかった。
防毒装備でもあれば走り寄ってマテリアを毒ガスから引っ張り出すくらいの事はしただろうが、何の装備もないとなれば流石に自分可愛さが勝る。
同僚の命と自分の命。どちらが自らにとって重要かを天秤にかけて確かめている自分がいる事を情けなく思いながら――
それでもとりあえず出来る事だけはしてやろうと、キリアは毒々しい黄色のガスを大きく迂回し、フィオナとリフレクティアが轟音を響かせる路地へと向かって駆け出した。

背後で砲撃をばらまくマテリアと、ゴーレムに踏まれかけているファミアを後目にして。

過去の付き合いの中でキリアがマテリア・ヴィッセンについて知った事は、その短い期間に比例して少ない物だが、
マテリアは苦痛に錯乱して暴れ回るような可愛い性格ではない、と言う事は断言できる。
故に、自分には全く意図が理解できないがあの行動にも何らかの意味があって、それは現在の状況を何とかするための物である筈なのだ。

>『……ゼンゲンテッカイです。すこし、ジカンをください。ヤツにコンドこそ、ワタシのオトをたたきこんでやります』

ほらみろ、こんな事まで言うんだから間違いない。

走り始めて間もなく耳に届いた言葉に小さな笑い声が零れた。

あいつが言うんなら、まあ、それはできるんだろう。
であるなら、自分がするべきことは何か。
きっと決着は直ぐに付く。

「だったら、少しでも早く治療を受けてもらわなけりゃなあ!」

そう、踏み潰されかけていた約一名も含めて。

何かが引っ掛かっているかのように、空間の出来ているゴーレムの足と足の間。
そこから響く、ファミアの低いうめき声。
……正直、思い返すとバランスを崩して転んでしまいそうだった。いや、それどころか腰が抜けるかも知れない。

目の当たりにした――もとい、してしまった人間では有り得ないようなファミアの頑強さを思考の奥底に封じ込め、
背後から響く轟音を意図的に無視しながら、キリアはフィオナたちの下へとひた走った。



上方から降り注いだ光と音を頼りに二人の下へと辿り着いたキリアは、荒くなった息でフィオナとリフレクティアに現状を伝えるとその場でへたり込む。
少し座って休んだら自分も戻るので、とにかく二人は早く戻ってくれ、とだけ伝えてその背を見送り――その後に、大の字に地面に横になって、数分。

地面と夜気の冷たさで火照った体をある程度冷ますと、キリアもまたリフレクティア青果店へと戻って行った。

9 :キリア・マクガバン ◇XGfwuK/F.g[:2014/03/17(月) 06:48:32.87 0.net
 * * * * * *

そして現在。簀巻きにされたクランク9を遊撃課員で囲んでいるのだが――さて、どうしたものか、とキリアは考えていた。

既に『虚栄』は一度破られている。その上、この状況。
敵に捕縛され、囲まれているとなれば向こうの警戒心も並ではない。
無策でやるのでは時間の無駄である。

であるならば、と思考を連ねようとしたその先、不意に肩を組まれた。


>「マクガバン、お前の幻術でこいつをハメろ。上司を演じて報連相を徹底させろ。
 つってもお前の遺才、一度見抜かれた相手には効果が薄いんだっけな。
 ちょいと骨が折れる作業になるが、どうにかしてこいつから情報を聞き出すぞ」

「アイサー。ま、それしかないでしょうしね。何とかやってみますとも。
 ……っても、この状況じゃ結構アレな仕込みが必要そうなんで、ガキどもがこっちに入って来れないようにしてください。」

おっとと、などと声を上げながら耳を寄せた先で告げられた言葉に頷くと、目を閉じて天を仰ぐ。
十数秒の後、キリアは深い溜息を吐いた。

「ま、しゃーないですかね。もう抵抗されるでしょうし、今回ばかりはちょいとえぐい真似をさせて貰いますよ、と」

言葉を紡ぎながら左手でクランク9の顎を掴む。
まじまじと、無表情にその顔を見詰めて――次に、懐からある物を取り出した。

「目と耳、口はあれでこっちに向かわせてたから当然として、鼻も代替品か。んじゃまあ――」

相手に見せ付ける様に、手首のスナップで折り畳まれていたそれを開く。
柄から跳ね上がった鋼の刃が快い音と共に定位置へとセットされ、光を反射して鈍い輝きを放った。

「素直に囀ってもらうための一助として、まずは要らないモン取っ払っとこうか。話を聞く耳と、お話しするための口だけあれば十分だろ。
 ああ、暴れないでな。感覚通ってないだろうけど、骨が当たったら痛いだろうしさ、そういう感触とか好きじゃあないんだ、俺も」

そのまま顔を上向けさせ、ナイフを滑らせる。
良く磨かれた鋼の刃は意外と抵抗なく鼻の付け根へと下から入り込み、一度は失われたのだろうそれを再び切り離した。
重力に引かれて、鼻が地面へと落ちる。それにちらりと目をやった後、眼球へと刃を寄せようとして――キリアは思案する素振りを見せた。

「次は目……なんだが、ナイフだと手元が狂った時に大変だよな。なあ、義眼って手でも簡単に外せるモンなんだよな? 初めてだからさ、痛かったら悪いね」

ナイフを床に刺すと、空になった右手を目元にやり、肉体の反射によって閉ざされようとしている瞼を親指と中指で強引にこじ開けた。
義眼にも感情は宿るものなのだろうか。宿るとすれば、今の己が目にするのは怯えか、侮蔑か、それとも諦観か、はてさてどれなのだろう。
益体もない思考を心の隅で連ねながら、冷めた視線を義眼の瞳に重ねて――その脇から、眼窩へと人差し指を無遠慮に差し入れる。
指先に感じる温度に内心で怖気を振るいながらも、内から外へと掬い取る様に指を動かし、義眼を奪うと、それを手の内で一度転がした。
虚空を見詰めるその球体を興味深そうに見詰めた後、平坦な声音でクランク9に話しかける。

「初めて見るが、良く出来てるモンなんだな。これって迷える聖骸だっけ? あれ使わなくても見えてるのかね。
 見えてなかったら、その、何だ。悪かったよ。無駄なことしてさ。
 ――さて、んじゃもう片方行こうか。もし見えてなくても、片方だけだとバランス悪いだろ?」

10 :キリア・マクガバン ◇XGfwuK/F.g[:2014/03/17(月) 06:49:15.31 0.net
無駄な事を、とでも思われているのならば幸い。恐怖を抱かれているのならば、それが一番良いのだが。
再び眼窩へと指を滑り込ませ、わざわざ不器用に指を蠢かせながら、キリアは残り一つの義眼を取り外し――その直後、左掌でクランク9の顎先を思い切り押し出した。
覚悟があろうがなかろうが、他人の、それも敵である者の無遠慮な指が眼窩より抜けていった直後ともなれば、意識は勿論肉体も緊張状態から解き放たれて弛緩する。
そこを狙っての一撃だ。ワンインチブローと言うには余りにもお粗末な代物だったが、不意打ちには変わりない。脱力している相手の脳を揺らす程度は容易かった。

てこの原理によって脳を揺らされ、軽度の脳震盪を引き起こしているのであろう相手を後目にシャーペンを取り出すと、キリアはその先をクランク9の首へと押し付けた。
視界が失われ、意識も朦朧としている現状では尖った何かが触れる感触と鋭い痛みしか感じ取れまい。
そして、シャーペンをしまい込んでからの第二撃。素人なりにコンパクトな振りの右掌底で今度は逆側に頭を揺らしてやる。
すると、今度こそ意識を失ったのだろう。クランク9は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
その様を確認した後、立ち上がったキリアはハンカチで手を拭いながら振り返り、口を開いた。

「……あー、しんど。ま、これで確実に視界は奪えたでしょうし、後は起き抜けに『虚栄』をぶつけてやりゃあ何とかなるでしょう。
 すんません、フィオナさん。こいつの意識を取り戻させてやってください。
 ヴィッセン、質問がこいつには同じ声で聞こえるような細工を頼むわ。
 俺の遺才ってほら、相手を上役だって勘違いさせる物なんでね。流石に質問ごとに声が違うのはちっとまずい。

 ああ、そうそう。尋問するときにゃ出来るだけ偉そうな口調で頼みますよ。こいつらの上役っぽいかなーって感じで。
 口調の差くらいはキマっちまえば誤魔化せるでしょうがね。下手に出るのと、同じ目線に立つのはちょっと拙いんで」

自分で自分にげんなりと言った風情でそう告げると、キリアは倒れたクランク9の傍らに跪き、その首筋へと手をやった。

治療の後、小さな震えが己の指先に伝わったのを合図にしてキリアは自らの力である『虚栄』を乗せて、声を紡ぐ。

「起きたか。下手を打ったな、クランク9――」

味方に見守られながらこの一連の流れは流石に罰ゲーム過ぎる、とかそんな事を考えながら。
まあ、その罰ゲームの後半部分、“私が考えた偉い人の物まね”に関しては持ち回り制だったりするのだけれども。



「最低限の目的は果たされているようだが……首筋に注射痕か。
 何を、何処まで話した? その辺りの記憶はあるのか? ――いや、まずは現状を報告しろ、クランク9」

薬物を使用され、情報を搾り取られた上で捨て置かれた。そこに、後詰がやってきた。
穴だらけの筋書ではあるが、意識が覚醒した直後で状況の把握が満足に出来ていない相手であるなら、
筋書きその物に矛盾がなければ、まず『虚栄』で嵌められる。

「逃走経路、合流地点、危急の際の連絡手段については特に、な。クランク2が追撃されている可能性は十分だ。
 援護が必要になるだろうが、このままでは儘ならない」

一度術中に落ちれば、後はしめたものだ。
あまりにも不自然な真似をしない限りは、偽りの強権と認識の改竄によって大抵の事は押し通せる。

――さてさて、まずはと。

大まかなところはともかく、細かな事情を掴み切れていない自分が聞くなら、即物的な事が最も良いだろう。
姿を消したクランク2の足取りを追うための情報を求めて、キリアはクランク9へ問いを投げかけた。


【拷問まがいな下準備の後、改めて尋問タイム突入&“私が考えた偉い人の物まね”披露会開始】
【リフレクティアからの報告連絡させろと言う要求に合わせて、追撃用の情報を仔細漏らさず寄越せや、と命令】

11 :名無しになりきれ:2014/03/18(火) 15:43:14.93 0.net
GM ◆N/wTSkX0q6
お前GM失格

12 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/21(金) 17:00:37.85 0.net
【帝都組:アルテグラ→フィン】

>「ん?―――ははは!堅苦しい挨拶はよそうぜアルテグラ。(中略)
  俺はそういう付き合いの方が楽しくて好きだしな!……まあ、なんにせよこれから宜しく頼むな!相棒!」

肩を組まれた。
なんの気兼ねなく、気心の知れた友人にするような仕草。
しかし組まれた側のアルテグラは、喉が締まって呼気が一オクターブ上がってしまった。
柔軟性と強靭さを兼ね備えるはずの魔族の体躯が、棒を飲んだように硬直し、背筋が伸び切る。

「あ、相棒……」

その響きに心が何か熱をもったもので満たされていくのが感じられた。
相棒。それはフィンに、自分より遥か高みにいる雄に、パートナーとして認められたということだ。
彼は自分に触れてくれる。魔力特性により、触れたものみな風化させてしまう己の忌むべき肌に。
そっと添えられた掌から伝わってくる体温が、血流に乗って全身へ巡っていくのが何よりも心地よい。
フィンはアルテグラから受け取った金貨を指先で弄びながら、その件についての考察を口にした。

>「ああ、俺の記憶が正しけりゃあ、そいつはクローディアっていう人間が使ってた遺才魔術だな。

おそらく、人間だった頃の知り合いなのだろう。
彼の口から淀みなく出てくる情報は、クローディアという遺才遣いが遊撃課二人を逃したこと、
そして金銭を対価とした召喚術であるために、距離を無視して逃走することが可能であること。
故に、こちらから追跡する手段は実質的には存在しないことであった。

>「まあ、対策としては――――ここら一帯をぶっ壊して行けば充分だろ。

そして、かつての知己であるが故に、彼は現状を打破する手段にも通じていた。
無差別的な破壊行動。
それをこの帝都で散発的に行うことで、逃げた連中をおびき寄せることができる。
更には、街全体を人質にとれば、『逃げれば再び破壊する』という脅しで逃走を阻止することも可能。
セフィリアやスイの人間性を逆手に取った対策である。

言うが早いか、フィンはアルテグラから離れ、地面へ足を踏み下ろした。
熱の残り香を名残惜しむアルテグラは、彼の踏み脚から波紋の如く力が奔るのを感じた。
膂力はさして込めていなかったにも関わらず、それだけで地面は踏み抜かれ、地盤は崩壊し、周囲の壁が崩壊した。

(触れもしないで……!底が見えないわ、ハンプティさん……!!)

>「ん……この辺り全部をぶっ壊すつもりだったんだけど、いまいち加減が掴めねぇな。この妙に硬い石畳のせいか?」

「そうね、いくら貴方と言ってもまだ完全覚醒から一刻と経っていないもの。調子が掴めないのも無理は無いわ」

アルテグラがピニオンのもとで修練を積んでいた頃、形態の自在を習得するのに半年はかかっていたことを考えると、
(当然、その期間は衣服も造れないので全裸だった)
フィンの習得速度は群を抜いている。やはり遺才に認められた者なのだと実感する。

>「――――まあ、別にいいか。それじゃあ、行くとしようぜ。他の仲間とも顔合わせときてぇしな!」

「ええ……行きましょう。私達のアジトへ――」

13 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/21(金) 17:01:49.36 0.net
フィンの求めに応じ、ピニオンの本拠地へと向かおうとしたアルテグラ。
彼女は半壊した石畳へ最初の一歩を踏み出し、そこで動けなくなった。
足が地面から剥がれない。まるで縫い止められたかのように片足が固定されている。

「――――?」

見下ろせば、動かない足から棒が一本生えていた。
白く、そして淡く輝く棒は、地面からアルテグラの足の甲を貫いて突き出していた。
否、地面から生えているのではない。

「杭――!?」

実体を持たぬ白光の杭。それがアルテグラの足を地面へと縫いつけていた。
痛みはない。しかし抜こうとしても触れることすら叶わぬ光の杭は、突き刺さる足をぴくりとも動かさない。
思い至って、形態の自在を使って杭を迂回する形に足を変形させようとした。
何も起こらなかった。

「形態の自在が、効かない!」

魔族としての種族特性を封じる杭。
その術法を、アルテグラは知っていた。知っていたから、言葉にして声に出す。
他ならぬ、フィンへの警告のために。

「『白鏡』……狙撃聖術――!!」

叫び呼んだ名へ応えるように、白光の杭が追加で三本――月光の中より降ってきた。
それらはアルテグラの右肩、左脇腹、そして胸の中央へと突き刺さり、彼女を地面へ叩き伏せた。

大陸間弾道呪術・『白鏡』。
ルミニア神殿の擁する攻性聖術であり、その卓越した使い手が帝都には存在する。
アルテグラは、遠くヴァフティアの地へ送り込まれた同胞が、その身体に打ち込まれた枷を思う。
彼女を姉のように慕ってくれた同胞を、尖兵として使い捨てる非道の術者の名を叫ぶ。

「遊撃二課――ゴスペリウス!」

ゴッ、と軽い音を立てて胸を貫く杭に何かが着地する重みを感じた。
うつ伏せのまま封じられたアルテグラは上を見上げることができない。
月明かりが石畳に照らし出す影だけが、襲撃者の輪郭をぼんやりと切り取っていた。

 * * * * * *

14 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/21(金) 17:03:29.40 0.net
 * * * * * *

『フルブースト君に監視を続行させておいて正解だったな。
 よもや魔族が帝都に紛れ込んでいるとは……二年前の狩り逃しが、こんなところに』

突如地面へ貼付けにされたアルテグラを振り返れば、フィンは目撃することになるだろう。
地面から生える白光の杭の上に立つ、鋼と石で構成された人影の姿を。
戯画化(デフォルメ)された少女の形をした彫像。見た者が最初に受ける印象はそれであろう。
不自然に大きな頭部の両サイドに髪を模したパーツがひとつずつ垂れ、
両眼と思しきくぼみには魔導オーブによる蒼い光が炎のようにゆらめいている。

甲種ゴーレム。
一般的な乙種ゴーレムのような、巨大な体躯を武器に進撃する戦場の主役とは異なる設計思想の機体。
かつてタニングラードへ乗り込んできた共和国の尖兵がそうであったように、人と変わらぬサイズの傀儡重機である。
石を掘り込んで削りだしたかのような四肢のパーツを、鋼で被膜し武装したその姿は、
真夜中に動き出した美術品のようなある種の不気味さを醸し出していた。

その少女型のゴーレムはしかし男の声でひとりごとのように喋った。
よく通る、演説慣れした声。戦場で指示を出すために軍人が訓練して得る声質だ。

『拙僧所感を申しますに、黎明眼を用いずとも魔族化を果たす可能性のあったハンプティを、
 鉄道で足止めできずに帝都に入れてしまったのは痛恨かと。
 ヴァフティアに封じられれば、あの人間難民と共に計画を前倒しで進捗できたことでしょうに』

それとは別に、抑揚の薄い女の声が彫像の持つ念信器から聞こえてきた。
彫像はその声に岩の頭を上下させて頷きをつくると、

『想定よりもずっと早く魔族化してしまったようだね、ゴスペリウス君。
 やむを得まい、黎明計画の貴重な手駒だが、覚醒が安定する前にここで討滅しておこう。
 ――遊撃二課・"懸鬼"リッカー=バレンシア。敵性存在との交戦を開始する』

バレンシアと名乗った甲種ゴーレムが横へ手を伸ばすと、そこへ月光の中から更に一本杭が降ってきた。
神の奇蹟を模した、ほぼタイムラグなしで打ち込まれるそれを、ゴーレムはあろうことか空中で掴み取りした。
白光の杭は、攻性聖術として編まれた『杭状の結界』である。
フィンの記憶が無事であれば、ノイファの"聖剣"やアネクドートの"忌み数の刃"に通じるものを感じるはずである。

バレンシアは手の中にある杭を更に変形させ、一振りの直槍を生み出した。
聖術によって顕在する槍。破魔の力も無論のこと健在だ。

地面に貼り付けられたまま、アルテグラが悲鳴のように叫ぶ。

「ハンプティさん、逃げて!そいつは、バレンシアは『護国十戦鬼』!
 帝都最強のゴーレム乗り――単騎で魔族と渡り合える化け物よ!!」

彼女の警告がフィンに届くより早く、バレンシアの駆るゴーレムは動いていた。
両踵から張り出す推進器から噴射魔術による炎を吹き出し、音を置き去りにしてフィンの鼻先へ肉薄。
右手に握りこんだ白光の槍を横薙ぎの軌道でフィンの胴へとぶちかました。


【→フィン:アルテグラの案内でアジトへ向かう途中、聖術狙撃によりアルテグラが行動不能に。
      次いで遊撃二課のゴーレム乗り・バレンシアの駆る甲種ゴーレムによる襲撃を受ける】

【リッカー=バレンシア:遊撃二課/ゴーレム乗り/護国十戦鬼/『懸鬼』。
            ユーディ=アヴェンジャーや鉄道で爆撃してきたモトーレンと同格】

15 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/03/21(金) 20:47:08.35 0.net
>「……あたしが正しい報酬として申し受けるのはこれだけ。これ以上は受け取らないわ。
 ガルブレイズ、あんたとあたしの関係がフェアじゃあなくなっちゃうもの」

クローディアの申し出に意外そうな顔をしたのはセフィリアだった
そして、いかに自分が彼女を矜持を踏みにじったか理解し、赤面した

>「それに、あんた達の今日一日分の労働をあたしが買ったのよ。まだ働いてもらうんだからね」

ギブアンドテイクということらしい
クローディアの声はなんだか楽しそうに感じたのはセフィリアだけだろうか?

それからの情報交換……といってもセフィリアが一人でたんたんと話すだけであった
クローディアはそれを黙って聞いているだけだった
次に口を開いたのは話をすべて聞き終えてからだった

>「それは確かにハンプティが悪いわ。あいつの"甘え"ね」

彼女なりの解釈を話ながら、蜂蜜酒に口をつけていた
セフィリアはいまは飲む気分じゃないなとぼんやり彼女の話を聞いていた
ここまでの連戦で疲れはピークに達している
あの危機を脱したことで気も緩んでいたのだろう
まだ油断出来る状態ではないのにセフィリアは気を抜いていた

そこが歴戦のスイとの差なのだろう……

>「そっちの壁際まで行け!早く!」

弾かれるようにスイの言葉に従った
壁に激しくぶつかる、背中に痛みが走る

「ハン……フィン、あなたは……」

あとに残る破壊のあとをみてセフィリアは呟いた
自分たちを発見したわけじゃないただ闇雲に破壊している
まさに、悪魔の所業と思える行動だった
もし、人払いの魔法がかかっていないとなると想像するだけで恐ろしかった

ここにいてもどうしようもない
しかし、自分にはどうすることも出来ない
セフィリアは自分の無力さを少し……少しだけ嘆いた
この刃が彼に届くのなら、彼を止めることもできるのに……
同時にそんなことも考えてしまった
センチメンタルに浸ってる間にクローディアは次々と思考し次に進むための試行錯誤を行った

16 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/03/21(金) 20:47:39.38 0.net
>「SPINは……押さえられてるかもしれないわね。大通りで馬車捕まえるわ、ついてきて」

黙ってクローディアについていく、彼女がずいずいと進んでいる間に周囲を警戒する
どうやら追っ手はないとセフィリアは判断した
馬車を捕まえ……いや、呼び出して無理やり乗り込んだ

>「まったくヘビーな状況ね……。これからあんた達、どうするつもりなの?
 帝都に居る以上、ハンプティの追跡に怯えながら暮らしていかなきゃいけないわ。
 それに、遊撃課が別の連中にすり替わってる以上、元の暮らしに戻るってのも困難ね」

「私は私のけじめをつけるだけです……あとは考えてません」

全てに決着がついたあと……私はまだ剣を持つのだろうか?
クローディアの言葉に自分の未来を想像した

>「ビジネスよ。あたしは『遊撃課の民営化』――官民問わず報酬次第でなんでもこなす専門家集団を創設するわ。
 そのために、既存の遊撃課を買収する。ちょっと順番が前後しちゃったけど、あんた達はその第一号!
 だから、いま紙面を飾ってる連中はすっごく邪魔なのよね?」

「面白そうですね……私は私の騎士道を貫ければ所属は……もうどこでもいいのかもしれません」

先が見えない未来に少しだけ道標のようなものが見えた気がした

「命の恩人であるあなたを手伝うのはやぶさかでないですが
すでに対価を支払ったのでこれではフェア、あなたの言葉を借りればですけど
そうフェアじゃない」

セフィリアはニヤリと笑った
ろくでもないことを思いついた顔だ

「ゴーレムを用意してください、コア部分はあります
最高で最強のゴーレムを私のために!
お願いします!私のサムエルソンを……お願いします
それさえあれば……私だって……」

セフィリアは強く拳を握っていた
この帝都での戦いで彼女の非力さを何度も思い知った
最後に頼れる己の力はゴーレム
それしかなかったのだ

深々と頭を下げたセフィリアにクローディアはどう反応するのだろうか?

17 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/03/22(土) 05:57:42.37 0.net
光を失い、音の反射による輪郭のみが存在する世界の中、マテリアは手を伸ばした。
その先にあるのは小さな球体――クランク9に繋がる義眼だ。
指先が触れる直前に、義眼が微かに動いた――マテリアの姿を目で追ったのだ。
思わず、小さく笑みが零れた。これから奴に与える苦痛と、苦悶を想像して。

そして、握り締める。
収斂された振動が解き放たれ、小さな義眼をあらゆる方向から激しく揺さぶり――一瞬間の内に粉砕した。
その破壊力は『迷える聖骸』の効力によって、クランク9の頭部にまで伝播する。

直後に、遠くから悲鳴が聞こえた。

マテリアが一層深く笑みを浮かべた。
全てが、イメージした通りだった。自分の想像が、そっくりそのまま現実へと落ちてくる感覚。
タニングラードで絶影によって消し去られ、轟剣によって細切れにされた天才の感覚が、戻ってきた。

(なんだか随分と……懐かしい、感じ……だけど……そんな事を考えている場合でも、ない……かな……)

為すべき事を終えた途端、肺を、全身を焼かれるような痛みが一際激しさを増した。
呼吸が出来ない。自分が今どんな姿勢でいるのか、その感覚すら分からない――立っていられない。

(……もう、息が……フィオナさんが帰ってくるまで……一分として……。
 治癒を受けてから……心肺蘇生法に……移るまでに……
 駄目だ……意識が……思ったより…………マズい……かも……)

マテリアの全身から力が抜けて、倒れ込む――その直前に、何かが彼女の体を脇から支えた。
続けて、一体何が、などと考える間もなく急上昇――劇毒の有効範囲外へと着地。

上昇に際して体を激しく揺さぶられ、呼吸が詰まり、堪え難い苦悶がマテリアを襲った。
さりとて被毒した身では咳き込む事も転がり回る事も出来ない。
彼女は暫くの間、死に瀕した虫のように体を僅かに反って痙攣していた。

ぜ、ぜ、と浅い呼吸がようやく可能になった頃、マテリアは自分の身に何が起こったのかを考える事が出来た。
答えは簡単だった。
すぐ近くで聞こえる、微かな怯えを孕んだ心音、呼吸音――もう随分と聞き慣れた、ファミアの音だ。
けれども――今、彼女を怯えさせているのは敵ではなくて、

(きっと……私のせいだ……)

思えば、彼女は議長と大差ない少女なのだ
そんな彼女に、見せるべきではないものを見せてしまった。
させるべきではない思いを、させてしまっただろう。

マテリアが口を開く。
口封じの義手は上昇時の揺れと、クランク9が無力化された事で外れている。
が、毒に殆どやられてしまった喉と肺では声を発する事は叶わなかった。

次にマテリアは、右手が動した。
爛れた皮膚が衣服に擦れる激痛を堪えて口元へ。
そして声を組み上げる。

「あり、がとう……ファミ、アちゃ……」

呼吸不全と激痛で、たったそれだけの言葉を作るだけで精一杯だった。
戦闘は既に終わっている。今、余計な苦痛に堪えてまで礼を言う必要はなかった。
それでも今すぐに、言いたかったのだ。
助かったと、あなたのお陰だと、伝えたかった。

18 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/03/22(土) 05:59:11.90 0.net
 


やがてフィオナが帰ってくれば、マテリアは治療を受ける事になるだろう。
何よりもまずは喉と肺――呼吸器が優先されるだろう。
それから全身の皮膚が再生されて――瞼の内側にある眼球は、恐らく最後になる筈だ。

爛れてしまった角膜の再生、その段に至って――マテリアは不意に、体を大きく引いた。
反射的な、思わずやってしまった、といった様子の動きだ。
彼女自身、少しの間戸惑った素振りを見せて、それから、

「や、もう大丈夫ですよ。全部バッチリです!それにフィオナさんもお疲れでしょう?
 聖術はまだ……奴からお話を聞き出す時に必要になるかもしれませんし、温存しといて下さい」

と、明るい調子の声でこれ以上の治療が必要ない事を主張した。

だが――彼女の目はまだ完全に治ってはいない。
未だに視界は曇ったガラス越しのようで、曖昧な色と朧げな輪郭しか見えていない。

(……今、思わず体を引いてしまった。なんだろう。まるで、目が治る事が……よくない事のように、思えて……)

その直感は間違いではなかった。まさしく、彼女の中の魔が主張したのだ。
おかしかったのは今までの方だ。今のこの状態こそが、より正しい状態なのだと。
事実、目が爛れてから、マテリアの聴覚は今までになく鋭敏になっていた。
耳に手を添えずとも、義眼の正確な位置が掴めていたのだから。

(……別に、治そうと思えばいつでも治せるんだし。今はこのままで……いいよね)

自分にそう言い聞かせると、マテリアはリフレクティア達の方へと振り向いた。

>「こいつが、お前らの言う『迷える聖骸』って奴でいいんだよな?
 魔族娘の持ってた遺貌骸装と同じように、発動中は赤い光を纏っていたしな」

>「一応、この近辺を精査して目だとか耳みたいなのを象ってる像は全部簀巻きにしておいた。
 遺貌骸装も今は発動してないみたいだし、変な反撃食らう心配はねーと思うぜ」

>「これより尋問を始めます」

「……まぁ、そうなりますよね」

クランク9には文字通りの意味で目がなかった。耳も鼻も口も、手も足もなかった。
それら全てを失うまでに、彼は幾度となく苦痛を味わってきたのだろう。
ただ脅しつけるくらいで口を割るような人間ではないと、マテリアは直感していた。

>「マクガバン、お前の幻術でこいつをハメろ。上司を演じて報連相を徹底させろ。
  つってもお前の遺才、一度見抜かれた相手には効果が薄いんだっけな。
  ちょいと骨が折れる作業になるが、どうにかしてこいつから情報を聞き出すぞ」

>「アイサー。ま、それしかないでしょうしね。何とかやってみますとも。
  ……っても、この状況じゃ結構アレな仕込みが必要そうなんで、ガキどもがこっちに入って来れないようにしてください。」

こういう相手には、やはり不本意ではあるがキリアの遺才が役に立つ。
もっとも今回は多少の下準備が必要だが、『虚栄』の事なら彼自身が一番よく理解している。問題はない。

19 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/03/22(土) 06:05:12.26 0.net
>「ま、しゃーないですかね。もう抵抗されるでしょうし、今回ばかりはちょいとえぐい真似をさせて貰いますよ、と」

「……今の内に言っておきますが、私達があなたにしないのは、殺す事だけです。
 あなたのような人間でも、あの子の世界の一部ですからね。殺しはしません。
 ですが、あなたなら分かりますよね。それは決して、救いではないという事が」

先の戦闘時、義手はマテリアの口を的確に塞ぎに来た。クランク9はこちらの素性を知っている。
当然、マテリアが『敵から情報を聞き出す為の』軍人だったという事だって、知っている筈――その事は逆に利用出来る。

>「目と耳、口はあれでこっちに向かわせてたから当然として、鼻も代替品か。んじゃまあ――」

「また……そうやって悠長に遊ぶのは悪い癖ですよ、マクガバン。
 現状、何を聞けばいいのかすら、ろくに分かってないんですから。さっさと洗いざらい吐き出したい気分になってもらわなくては」

クランク9に不安を抱かせるよう根も葉もない指摘をしつつ、キリアの下準備を眺める事数分。
そう言えばさっきは随分と痛い思いをさせられたし、自分も参加してやろうかなどと考えながら待機する。
程なくしてキリアがクランク9の顎を殴打、昏倒――下準備が終わったようだ。

>「……あー、しんど。ま、これで確実に視界は奪えたでしょうし、後は起き抜けに『虚栄』をぶつけてやりゃあ何とかなるでしょう。
  すんません、フィオナさん。こいつの意識を取り戻させてやってください。
  ヴィッセン、質問がこいつには同じ声で聞こえるような細工を頼むわ。
  俺の遺才ってほら、相手を上役だって勘違いさせる物なんでね。流石に質問ごとに声が違うのはちっとまずい。

「えぇ、とりあえずあなたの声に揃えますよ。それが一番無難でしょう。
 ところで……起こす前にもう少し、痛めつけておいた方がいいんじゃないですか。
 目覚めた時に何かをされた記憶どころか、感覚もないようじゃ不自然です」

そう言うとマテリアは右手に魔力を集め、集音――振動を増幅。
そして先ほどより威力を加減しつつ、クランク9の脇腹へ――強烈な振動が彼の肋骨に亀裂を走らせる。
もしかすると痛みによって図らずも彼を起こしてしまうかもしれないが、問題はない。反対側の肋骨にも同様の処置を行うのだから。

「……一応言っておきますが、決してさっきの仕返しとか、趣味って訳じゃないですからね」

ただ、当たり前の事だが、骨は人体の中に沢山ある。
その上、折っても砕いても抜き取っても、命には関わらない。が、折られても砕かれても非常に痛い。
特に肋骨の痛みは呼吸に障り、意志に関係なく意識の状態を悪化させられる。
相手に何もかもを喋りたいような気分になってもらう際には、実に狙い目な部位なのだ。
自分はそういう事をされたのだと、クランク9が思い込むように仕込んでおいて損はない。

「こんなモンですかね。さっ、それじゃ、ごっこ遊びの時間と行きましょう」

これで下準備は十二分――そしてクランク9の覚醒が促され、それと同時にキリアが『虚栄』を仕掛ける。
相手の反応を見るに、幻惑は成功したようだった。

>「起きたか。下手を打ったな、クランク9――」
>「逃走経路、合流地点、危急の際の連絡手段については特に、な。クランク2が追撃されている可能性は十分だ。
  援護が必要になるだろうが、このままでは儘ならない」

キリアが尋ねたのは、議長への手がかりだった。
ならば自分は何を問うべきか――マテリアは少し考えてから、口を開く。

「最悪のケースを想定するぞ。敵の戦力はこちらが想定していたよりも強力だった。
 万が一の可能性ではあるが、クランク2が単独で任務を遂行する必要が生じるかもしれん。
 お前から見てクランク2は目的、手順を正しく理解しているように見えたか?
 いや……まずお前が正しく理解出来ているか、確認しなくてはな。さぁ、任務概要を復唱してみろ」

やはり最も気になるのは彼女達の目的だ。
最悪のケースを想定する――その必要があるのは、むしろ自分達の方なのだから。
この街全体を巻き込むような陰謀が再び企てられているのだとしたら、そんな事は絶対に阻止しなくてはならない。
そんな事を、あの子に、あんな小さな子に、させてはいけないのだ。

20 :スイ ◇REK82XblWE:2014/03/26(水) 00:09:19.90 0.net
目の前には何もない殺風景。
そう、何もないのだ。これがフィンの手にした圧倒的な魔族の力だった。

>「SPINは……押さえられてるかもしれないわね。大通りで馬車捕まえるわ、ついてきて」

宿を出て人混みをかき分けながら進んでいくクローディアを追いかける。
馬車が目の前で召喚されそれに乗り込むように促されれば、現状では従うしかない。
前部に腰を落ち着け、暫く立った頃クローディアはスイたちに振り向いた。

>「まったくヘビーな状況ね……。これからあんた達、どうするつもりなの?
  帝都に居る以上、ハンプティの追跡に怯えながら暮らしていかなきゃいけないわ。
  それに、遊撃課が別の連中にすり替わってる以上、元の暮らしに戻るってのも困難ね」
>「私は私のけじめをつけるだけです……あとは考えてません」

そう前置きし、クローディアは二人に契約を持ちかけた。
スイ達にとっては商会メンバーの力を借りることも出来るし、商会側にとってもスイとセフィリアの力を手に入れることが出来る。
どちらにも直ぐさまに利益が出るということだ。
しかし、クローディアの考えた考想はさらに先に行っていた。

>「ビジネスよ。あたしは『遊撃課の民営化』――官民問わず報酬次第でなんでもこなす専門家集団を創設するわ。
 そのために、既存の遊撃課を買収する。ちょっと順番が前後しちゃったけど、あんた達はその第一号!
 だから、いま紙面を飾ってる連中はすっごく邪魔なのよね?」

それはは、その文字通りの遊撃を作り出すこと。
確かに民営化してしまえば、現状のように上層部が持ちかけてくる無理難題ばかりというのはなくなる。

>「面白そうですね……私は私の騎士道を貫ければ所属は……もうどこでもいいのかもしれません」

セフィリアは了承の意を示し、次いでゴーレムの召喚を請うた。
最終的に力になるのはそれだと踏んだのだろう。
ゴーレムは強力な上、セフィリアという優れた操縦士がいればさらに力を得ることになる。妥当な考えだろう。
そんな彼女の姿を見てスイは一拍おいて口を開いた。

「いいだろう。どうせ俺はどこまで行っても傭兵だ。金さえ払われれば雇い先は変える。」

スイはクローディアを見据えた。

「どこでもいい。――もう一度、仲間が集まれる確かな場所が出来れば。俺はそれ以上は望まない」

それをお前は作るんだろうな?
彼女を睨み付け、一切の契約不履行は許さないと視線でスイはそう言った。

【商会の臨時職員になることを了承】

21 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/03/29(土) 22:52:38.40 0.net
>「そうね、いくら貴方と言ってもまだ完全覚醒から一刻と経っていないもの。調子が掴めないのも無理は無いわ」

「あー……そういや、そうだっけな。まあ、今ので大体『掴んだ』から次はもっと上手くやれるだろ。
 それに、この程度でも次からあの二人――――俺の敵を縛るにゃ十分な楔になっただろうしな!」

自身が行った破壊行為。その矮小さに首を傾げていたフィンであったが、
アルテグラのフォローの言葉を受けて気を取り直したのか、その表情を常の快活な笑みに戻した。
そうしてその場成すべき事はもう済んだとでも言うかの様に、アルテグラにアジトへの案内を求める。

>「ええ……行きましょう。私達のアジトへ――」

案内を求められたアルテグラもどこか嬉しそうな様子でそれを了承し、
いよいよ彼らは帰るべき場所。大切な仲間達の元へと『戻る』事を実行しようとし――――

>「杭――!?」
>「『白鏡』……狙撃聖術――!!」

だがそれは、突如として現れた神々しい光
清浄過ぎる程に清浄な光の杭がアルテグラを地面へと縫い付ける事で、妨げられる事となった。

「……アルテグラ!?」

背後に居たアルテグラの声にとっさに振り向き、
そして、眼前に広がる『仲間を地面に縫い付けられている』光景に驚愕し、真紅の瞳を湛えた眼を見開くフィン。

>『フルブースト君に監視を続行させておいて正解だったな。
>よもや魔族が帝都に紛れ込んでいるとは……二年前の狩り逃しが、こんなところに』

次いで降り注ぐ声……それは、アルテグラを穿つ杭の一本。その先端から投げかけられた物であり
一体の少女を象ったかの如きゴーレム――芸術的な美しさと、人間と人形の境界に在るからこそ湧き出る不気味さを併せ持った
人形らしからぬ人形から放たれたものであった。

>『想定よりもずっと早く魔族化してしまったようだね、ゴスペリウス君。
>やむを得まい、黎明計画の貴重な手駒だが、覚醒が安定する前にここで討滅しておこう。
>――遊撃二課・"懸鬼"リッカー=バレンシア。敵性存在との交戦を開始する』

22 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/03/29(土) 22:53:31.04 0.net
魔族と化したフィンを狩る。そんな大言壮語を言ってのけるその存在。
ただの人間では成しえぬ事を宣言したその存在の名こそ―――――"懸鬼"リッカー=バレンシア。
彼の『剣鬼』や『遁鬼』と同じく、遺才の極みに位置する人間。“鬼”の名を冠する真正の『天才』。

その天才は、同じく聖術に関する類稀なる才を持つ男、遊撃二課の『ゴスペリウス』が再現した
神の奇跡と性質を同じくする白光の杭……かつて人間であったフィンを窮地に追い込んだ
アネクドートの繰り出した光の刃、或いは数多の魔を退けたノイファの聖剣と同質の『奇跡』を手に持ち、
あまつさえその形状を槍へと変化させ

>「ハンプティさん、逃げて!そいつは、バレンシアは『護国十戦鬼』!
>帝都最強のゴーレム乗り――単騎で魔族と渡り合える化け物よ!!」

アルテグラの叫びが届くよりも早く、音を置き去りにする速度で――――フィンに横薙ぎに叩き付けた。

破魔の槍。魔に対する人類の対抗手段たる具象化したその聖術は、
例え人間を超える性能を持つ魔族であろうと……否、魔族であるが故に容易く消滅させる。
それは火が水に抗えず消える様な、或いは木々が炎に焼き払われる様な、どうしようもない相剋関係。
それが故に聖術は人類に崇められ、神秘とされてきた。
故に、本来であればフィンという名の魔族もここで容易く滅ぼされる事となる


――――筈だった

23 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/03/29(土) 22:55:06.05 0.net
「……15点って所だな。ちっとばかし痛かったぜ」

攻撃を放ったバレンシアは目撃するだろう。
自身が意気揚々と放った破魔の槍が、フィンをその場から一歩動かす事さえ出来なかった光景を。
フィンの黒鎧に僅かな傷さえ与える事が叶わず……どころか、触れる事すらできなかったという現実を。

そう。光の槍は、フィンの黒鎧に触れた部分がまるで豪火の前に消え去る水滴の様に霧散してしまっていた。

「……なあ、人間。必至こいて人形遊びして神に土下座してるお前らが可哀相だからさ、俺がお前らに選択肢をやるよ」

そして、その事が当然だとでも言う様に……いや、気に留める様子すらなくフィンは
眼前のゴーレム、その頭部を人智を超えた速度で伸ばした腕によって掴み、
目に当たる部分に自身の真紅の瞳を近づけると快活な笑み……この場にはあまりに相応しくない
まるで物語の英雄が浮かべる様な笑みを浮かべると、リッカー=バレンシア。そして、念信器の奥に居るであろう
ゴスペリウスによく聞こえる様に、告げる。

「俺の大切な仲間を傷つけた罰として、神に縋りながら俺に食い殺されるか」


「神なんて否定して、アルテグラが言った魔族と人間の共存――――魔族が作る平和の為に働くか」


「好きな方を選べよ」

瞬間、フィンの黒鎧から黒く澱んだ魔力に似た何かが周囲に放出される。
あらゆる光を吸い込むかの如きそれは、フィンが纏う『フローレス』全く同じ色であり、
更に言うなれば、かつてヴァフティアという街に充満したモノと同じ物でもあった。

24 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/03/29(土) 22:57:12.16 0.net
……ダニーという達人曰く、生物が須らく持つという『気』。
その中でも、奪い取る事に特化しているという極めて珍しい黒色の『気』。
フィンの外殻である『フローレス』を構成しているその『気』の名を示す言葉がこの大陸にはある。

即ち、『瘴気』。

聖術が神の奇跡を再現するのならば、ソレは地獄の怨嗟を謳うモノ。
果てなき闇を、神無き世界を、ここではない何処かを願う者が謳う、真性の魔族が纏う絶望を根幹とした力。

そして神の奇跡を否定する力である瘴気の結晶体、それこそがフィンの纏うフローレスの正体であった。

そうであるが故にゴスペリウスの行使した聖術はフィンの黒鎧に相殺され、
更にはフィン自身が聖術の力自体を『受け流した』事によって完全に無力化されてしまったのだ。

そうしてフィンは、ゴーレムを掴む腕から少しづつ全てを蝕む黒の気……瘴気を流し込みながら
変わらぬ、まるでフィン=ハンプティであるかの様な笑顔で続ける

「ああ、ちなみに断った時に死ぬのはお前だけじゃねぇからな。
 お前の大切な奴は全員殺す。親も、子供も、兄妹も、友も、女も、近所の奴らも、一人残さず殺す。
 俺の大切な奴らを奪ったスイとセフィリアに近いうちにする予定の事を、お前らにもしてやる。徹底的に殺すぜ」

事も無さげにそう言うフィン。そのあっけなさこそが、脅しではなくそれを実行するだろう事の証明。
アルテグラは先程バレンシアを化け物だと称したが……それは大きな間違いだ。
精神を魔族の遺伝子に補完され、肉体を魔族の肉で補い、同族の為なら他者を犠牲にする事を厭わない。
そう成り果てた今のフィンに比べれば、彼らの心はきっと――――人間なのだから

【フィン→黒鎧フローレスが瘴気の結晶体である事が判明 聖術を無力化】

25 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/04/13(日) 18:50:43.44 0.net
【帝都組:クローディア→セフィリア】

クローディアの提案に対し、遊撃課の二人は頷きを以て返した。
セフィリアは、どこか自罰的に僅かな微笑みを零しながら民営化を好意的に評した。

>「面白そうですね……私は私の騎士道を貫ければ所属は……もうどこでもいいのかもしれません」

この短期間に一体何があったのか、随分としおらしくなってしまった。
クローディアの知っている彼女は、誇りに操を捧げんばかりに苛烈な言動を飛ばしていたはずだ。
いまの彼女は、騎士道を振りかざすのではなく、それに縋り付いてようやく自立しているかのような危うさすらある。

(ハンプティの奴が裏切ったのが相当堪えてるって感じね……)

実際の所、セフィリアがここまで屈折してしまうのにはもういくつかの紆余曲折があるのだが、
クローディアにそこまで推し量る由などなかった。

>「いいだろう。どうせ俺はどこまで行っても傭兵だ。金さえ払われれば雇い先は変える。」

スイは対照的に、その双眸にぎらりと熱を湛えながらそう言った。
彼女にとっては、遊撃課が民営化したとしてもそれは単に所属が変わっただけなのだろう。
案外、フィンが裏切ったことも転職した程度にしか考えていないのかもしれない、

>「どこでもいい。――もう一度、仲間が集まれる確かな場所が出来れば。俺はそれ以上は望まない」

――と思っていたが、違った。
スイにとっては、『自分がどこに属しているか』ではなく、『誰と属しているか』こそが本質なのだ。
それが、彼女の言うところの"仲間"。
いま、スイが手にしている確かな関係性――そこにフィンも含まれているのだろう――を取り戻せるのなら、
たとえ国家に弓引こうとも彼女は彼女で在り続けると、そう言っているのだ。

「上――等――!良い返事だわあんた達、これで契約は成立よ!」

腹の底から快い感情がこみ上げてくる。
嬉しいのではない。燃えているのだ。気合が入ってきたと言い換えても良い。
セフィリアが沈んでいるのが少し気になる所だが、これで最低限の両輪は揃った。
クローディア商会が、再びこの混沌の社会に進撃するための両輪だ。

「いまこの時よりあんた達は我がクローディア商会の従業員!
 求めているのは即戦力!総員、自分の誇りを約款とし、その労務を提供なさい!
 クローディア=バルケ=メニアーチャの銘の下、あんた達の魂に値段を付けるわ!!」

知らず拳を握りしめていた。
意気込むクローディアを前に、それまで俯いていたセフィリアが顔を上げた。

>「命の恩人であるあなたを手伝うのはやぶさかでないですが
  すでに対価を支払ったのでこれではフェア、あなたの言葉を借りればですけど、そうフェアじゃない」

その顔にあったのは、先ほどのような自嘲的な笑みではない。
口角を上げた、不敵という言葉の似合う笑い方。
かつての彼女が――誇りを語るときにしていた表情。

>「ゴーレムを用意してください、コア部分はあります。最高で最強のゴーレムを私のために!
 お願いします!私のサムエルソンを……お願いします。それさえあれば……私だって……」

いつもしていた眼鏡のない、故に隠れることのない剣呑な双眸。
むき出しの刀身のような、それでいて張り付く熱にも似た意思が、セフィリアの存在を証明する。
彼女は何かを握っていた。
クローディアは同じゴーレム乗りだから、それが何であるかをすぐに察した。

「それ、あんたのゴーレムの……?」

26 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/04/13(日) 18:51:49.33 0.net
ゴーレム――乙種ゴーレムの制御を司るコア・オーブである。
ゴーレムの機体をハード面とソフト面に分けるとすれば、このコアはソフト面の中枢とも言える部品である。
コアにはゴーレムの手足を動かす魔導経絡の制御術式、搭乗者との接続術式、戦闘時の計測データ等が記録されている。
このコアと、『発導基』と呼ばれるハード面の中枢部品を組み合わせることで、ゴーレムの素体は造られている。
装甲や武装は替えが効いても、この二つの中枢だけは代替不可能な言わばゴーレムの本体とも言うべき代物であった。

その重要極まる部品が、むき出しの状態でセフィリアの手の中にある。
恐らくそれはダンブルウィードでクローディアと一戦交えたサムエルソンのものだろうが――
何故、このような状態でここにあるのか、それをセフィリアの口から直接聞くのはあまりに残酷に思われた。

「俺達は元老院に帝都を追い出されてな。帰ってくるのに少しばかり手荒なやり方をした。
 サムエルソンは、その時に――遊撃二課によって撃墜された」

見かねたのか、スイが経緯を代弁する。
それを聞いてクローディアはようやく事態の全貌を把握するに至った。
遊撃課のポストを奪った本物の英雄たち。
ボロボロの状態で帝都に現れた遊撃課の三人。
そして、昨日からずっと市内を慌ただしく駆けずり回っている従士隊と騎士団の警備達。

「あんた達、正真正銘のお尋ね者ってことじゃない……!」

開いた口の塞がらないクローディアに、スイは事も無げに表情を変えず問うた。

「不満か?」
「……まさか。あんた達の顔みたら、別に後悔なんかしてないってわかるもの」

セフィリアもスイも、決して現状を楽観視しているわけではない。
だが、クローディアは理解していた。
彼女たちは自分たちの行いなど微塵も悔やんでなどいない。
いつだって、自分がそうすべきだと思う決断にだけ従ってきた。
目の前にあるのは未来だけだ。
それで良いとクローディアも思う。
やってきたこと、やらかしたことにあれこれ頭を悩ますのは上司である彼女や、遊撃課長の仕事なのだ。

「いいわ、ガルブレイズ。あんたに最高の機体を用意してあげる。
 それがあんたの騎士道を貫くのに必要なものなのよね?
 クローディア商会の未来の為に、最大限の先行投資よ!」

――と、啖呵を切ったところで、彼女はいきなり最大の難関にぶつかった。
破壊されたサムエルソンの、コアはある。
だが、コアだけではゴーレムは動かせないのも、また必定である。
具体的には、コアと両翼を成すゴーレムの中枢部品、発導基がないのが問題であった。

発導基。
一般的な乙種ゴーレムは、外観的には岩と鉄で構成された巨人である。
しかし岩も鉄も、ゴーレムを保護する鎧、装甲としての役割しか持たない。
すなわち、別にそれらの装甲がなくともゴーレムは動くのである。

では、装甲を一つ一つ剥がしていった場合、最後には何が残るのか。
それこそが、ゴーレムの本体たるコアと、『発導基』である。
発導基は、表面にいくつもの魔導部品を散りばめた長方形の板状物体である。
大型のものでも歩兵の手持ち盾ほどしかないこの発導基は、
しかしゴーレムの全ての部品に対して接続する端子を備えている。
魔導経絡と呼ばれる、魔力で編まれた仮想の糸を使ってゴーレムの四肢や頭部、武装を繋ぎ止めているのだ。

人間の心臓が、体中の全ての器官と血管でつながっている図をイメージすると分かりやすいだろう。
同様に、この発導基が動力部からの魔力供給を受けて術式に変換し、各部品へ送っているのである。
最も簡単なゴーレムの構成図とは、コアを載せた発導基に、操縦席と四肢を繋げただけのものだ。
タニングラードの屋敷に配備されていた工事用ゴーレムがそれに近い。
あれに、戦闘用の装甲や武装を継ぎ足していったものが、いわゆる陸戦用のゴーレムなのである。

27 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/04/13(日) 18:52:21.93 0.net
「基本的にコアと発導基はワンオフ製造のモジュール部品なのよ。
 コアの特性に合わせて発導基を造るから、他の部品と違ってどちらかだけを挿げ替えることができないの。
 総取っ替えでまったく新しい機体を容易するのなら簡単なんだけど……」

それはつまり、サムエルソンのコアを廃棄して、新機体をセフィリアにあてがうということだ。
セフィリアほどのゴーレム乗りなら、新しい機体でも熟練者の機動と遜色なく扱えるだろう。
だが、『他と遜色ない程度』のゴーレム乗りなど商会は求めていないのだ。

帝国では、ゴーレム乗りはゴーレムと共に成長していくものだとされる。
資源に乏しく、また人材の能力を重用する帝国では、ゴーレム乗りは一騎のゴーレムと生涯を共にすることが多い。
ゴーレムの心臓部たるコアが、操縦者のクセや挙動を記録して、それを活かすような調整制御を行う為である。
故にゴーレム乗りは乗れば乗るほど、技術の熟達とは別の意味で機体との相性が良くなっていく。
操縦者の要求に、ゴーレム自体が応えていけるようになる。
だから帝国のゴーレム乗りは、撃墜されたとしても必ずコアだけは持ち帰るよう最初に教育されるのだ。

逆に言えば、コアを失ったゴーレム乗りは、それまでどんなに熟練していたとしても、容易くその戦力を失墜する。
彼らの強さは、本人の技術もさることながら、長年連れ添った愛機のサポートによって支えられているからだ。
乗っていたゴーレムがコアごと大破して生き延びたゴーレム乗りが、そのまま退役してしまうことなど珍しくもない。

すなわち、セフィリアがかつての戦闘能力を取り戻すには、
サムエルソンのコアを使って彼女の愛機を再現するほかないということだ。
無論、コアさえあればそれに合わせて発導基を造り直し、機体を再建することは可能である。

「問題は、あんた達がいま、帝都の全てから追われるお尋ね者ってところね……。
 適当なゴーレムならそれこそ市場にある中古品を取り寄せればいいだけだけど、
 発導基の再建はメーカー送りにしないとできないわ。
 サムエルソンの製造元――レオンチェフ社が、協力してくれるかどうか……」

クローディアは顎を指先で叩く。
レオンチェフ社は帝国陸軍にゴーレムを供給している軍需企業だ。
必然、国家とのつながりも深い。
お尋ね者のセフィリアがゴーレム再建の依頼を持ち込んだところで、即刻通報がいいところだろう。

「あんたの遺才で、技術者の労働を買えないか?」

スイが提案するが、クローディアは首を振った。

「あたしの遺才は、公正な商取引であることを条件に相手を働かせられるの。
 反逆者の迅速な通報は市民の義務よ、それをさせない――つまり、明らかな不正行為を強要することはできないわ」

つまり、発導基を手に入れるには、ゴーレム建造技術を持つ技術者の協力が不可欠。
そしてその技術者は、反逆者であるセフィリアにも協力してくれるような、コネクションがあることが望ましい。

「あたしの人脈にそんな都合の良い人間はいないわ。
 ガルブレイズ、悪いけどあんたには、新品のゴーレムに慣れてもらうしかないわね」

スイがしばらく腕を組んで黙考してから、不意にセフィリアへ水を向けた。

「セフィリアさん。俺はゴーレムのことは専門外だからわからない。
 あんたはどうだ。知り合いで、ある程度融通の効くゴーレム技術者なんてのはいないか?」


【現状の問題点:サムエルソンの復活には、コアと共に中枢部品である『発導基』の入手が必要。
        ただしワンオフ生産のため市場には流れておらず、新規に製造し直さなければならない。
        ゴーレム製造技術を持つ技術者の協力が不可欠だが、お尋ね者の現在メーカーは頼れない。
        技術者にコネさえあれば問題は突破可能】

28 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/04/14(月) 01:34:38.64 0.net
【帝都組:バレンシア→フィン】

護国十戦鬼。
帝国陸軍最強のゴーレム乗り――『懸鬼』リッカー=バレンシア。
彼を鬼銘を賜る程の卓越した戦闘者たらしめるのは、ひとえにその戦術の幅広さである。
甲乙問わずあらゆる種類のゴーレムを乗りこなし、使いこなし、戦いこなす尋常ならざる経戦能力。
搭乗機がどれだけ破壊されようとも、必ず五体満足で脱出し、小一時間ほどの休息を経て再出撃。
それは、『一騎のゴーレムと生涯添い遂げる』という帝国ゴーレム乗りのセオリーを真っ向から覆すものであった。
彼は、如何なるゴーレムであっても変わらず、どんなにサイズや特性が違おうとも、
その性能の全てを短時間で引き出して、己の手足のように扱うことができた。

本作戦にて投入された少女型甲種ゴーレム、正式名称にして帝十四式傀儡重機『道化借り』は、
バレンシアの駆る機体の中でもとりわけ局所的な決戦能力に長けた一騎であった。
あえてサイズを人間大にすることで火力の局所集中を容易とし、市街地での対歩兵戦闘に特化している。
脚部に二門設置された飛翔器により直線移動ならば音を置き去りにした挙動すらも可能。
加えてその手に握る兵装は、戦闘司祭ゴスペリウスの召喚した『聖剣』の改造奇蹟。
並みの魔獣であれば一撃で骨すら消し飛ぶ、掛け値なしに帝国で最も強力な攻撃の一つだ。

その、仮に魔族であっても直撃すれば半身を穿てる肝煎りの一撃が。
しかし、たった一人の"なりたて"のフィン=ハンプティを砕けない。

>「……15点って所だな。ちっとばかし痛かったぜ」

叩き込んだ聖槍は、フィンの喉元を切り飛ばす軌道で、確かに直撃した。
しかし、彼の首が胴から離れるどころか、ほんの一歩、退かせることすらできない。
純白の輝きを放っていたはずの槍は、瞬く間にその版図を黒の侵食に書き換えられ、風化し、崩れ去った。

フィンは何もしていない。
ただ、触れただけで。
彼がアルテグラと呼んだもう一柱の魔族は、この槍を突き刺されただけで容易く行動不能に陥ったというのに。
フィンは、一切微動だにせず槍の方を砕き消した。

『なんと――!魔族が神の奇蹟を"喰らった"というのかね――!!』

バレンシアは自身に舞い降りた衝撃と驚愕を、飾らずに言葉に出した。
魔の力と神の力は、炎と水のような関係性だ。
炎に対して水は相対的に優位性を持つが、炎が大きすぎれば今度は水がかき消されてしまう。
たったいま起こったことがまさにそれだ。聖術が、魔力を浄化しきれずに逆に押しつぶされてしまった。
げに恐るべきはその尋常ならざる魔力。
なんというポテンシャル――!

>「……なあ、人間。必至こいて人形遊びして神に土下座してるお前らが可哀相だからさ、俺がお前らに選択肢をやるよ」

そして彼は一歩を踏み出した。
さして意識もしていないような、それこそ羽虫でも払うかの如き自然さで、
しかし反応の限界を超えた速さで甲殻に覆われた腕が伸びてきた。
『道化借り』の頭部と胴部を繋ぐ首パーツを、稚気すら籠らぬ泰然とした動作で鷲掴みにした。
ほんのすこしでも彼が力を込めれば、意趣返しとばかりにこの首から上は千切れ飛ぶだろう。

フィンは問う。謳うように問う。
恭順か、死か、その二者択一を、神の下に行われる審判の如く、厳然と問う。
否、それは確かに審判なのだろう。
絶対的な強者が、それ以外の弱者を上から暴き立て、裁く儀式。
ヒトではない者が、ヒトを裁いているのだから。

>「好きな方を選べよ」

29 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/04/14(月) 01:36:06.87 0.net
身体が動かない。
ゴーレムにどれだけ指令を与えようとも、四肢はおろか指先のパーツすらぴくりとも動かない。
動力部は作動している。発導基も健在だ。
しかし、そこから四肢へと命令と術式を供給しているライン――魔導経絡が、何らかの原因によって阻害されている。
道化借りの視覚素子が、フィンの周囲から陽炎のように立ち上る黒い奔流を捉えた。
それは聖術を蝕んだあの侵食と同じ色で――フィンが全身に纏う甲殻状の結晶とも同じ色をしていた。

バレンシアは、その奔流の正体を知っていた。
魔族と戦闘経験のある者ならば、誰もが一度は眼にしたことのある色だ。

『これは――"瘴気"――!!』

瘴気。
魔物、魔獣、魔族、ありとあらゆる魔の銘を持つ存在が等しくその身に宿す色。
生物の身体を蝕み、希望を幻影で侵し、絶望を体現する、『存在してはならない物質』。
通常環境下では煙のような気体の形をとるそれが、極めて高い密度でフィンの周囲に滞留していた。

『特に色濃く瘴気を纏う両腕は――結晶化している?尋常ならざる高密度の瘴気!
 く、こちらの機体に流し込んできているのか……!』

アルテグラや、二年前に魔族化した者達は、自ら瘴気を生み出すことはなかった。
それが、彼ら新生魔族と古参魔族を峻別する『深度』の差でもあった。
故にフィン=ハンプティが瘴気を纏っているこの事実が、いかに絶望を齎すものであるかバレンシアは理解できる。
彼は、人間から魔族の古参クラスにまで自己進化したのだ。

>「ああ、ちなみに断った時に死ぬのはお前だけじゃねぇからな。
 お前の大切な奴は全員殺す。親も、子供も、兄妹も、友も、女も、近所の奴らも、一人残さず殺す。
 俺の大切な奴らを奪ったスイとセフィリアに近いうちにする予定の事を、お前らにもしてやる。徹底的に殺すぜ」

フィンは朗々と、明るいニュースでも読み上げるみたいに言ってのける。
かつての彼ならばたとえ演技であっても唾棄するであろう、最低最悪の口上を。

『ふ、ふふふ……それはまた随分と、恨みがましい復讐の仕方ではないか。
 人類を超越した上位存在ともあとう者が、"たかが人間"を恨むのかね?』

追い詰められてなお嗤う、バレンシアもまた人越者。
この程度で叩き潰されるような者のことを、天才とは、鬼銘持ちとは、――護国十戦鬼とは呼ばない。

『ハンプティ君、君は己の力だけで自己進化したが、実際のところ――
 魔族化するというのは然程難しいことではないのだよ。道具の力を借りればな。
 そこに転がっている人間難民がそうであるように、"赤眼"を装用すればあとはほんのすこしの適性で魔族になることはできた』

道化借りは動かない。
瘴気に魔力を捉えられ、四肢へ送る力を根こそぎ奪われて、無力化されている。

『君がいま身をもってして体感している通り、魔族の力は絶大だ。
 二年前まで無力な小娘だった者でさえ、遺才遣いを完封するほどの戦力を容易に手にすることができる。
 いわんや、元々戦闘力の高い君のような遺才遣いが魔族化した際の出鱈目な力は、金一等の価値があろう』

しかし、ゴーレムの中から語るバレンシアの声に焦りはない。
瘴気が少しずつ機体を蝕んでいるというのに、搭乗者は変わらぬトーンで話を続けた。

『疑問に思わないかね?魔族化する方法は分かっていて、その強さも実証されているというのに。
 ――"どうしてみんな魔族にならないのだろう"、と』

30 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/04/14(月) 01:36:37.35 0.net
それは、あらゆる戦闘職の者達が、黎明計画の概要を聞けば一度は考えるだろう。
魔族を創りだしてヒトと交配させ、遺才の血を濃くして復権させる……などと回りくどいことをしなくとも。
初めから兵士を魔族化させてしまえば良い。
どころか、最高政治機関の元老院にしたって、魔族化すれば暗殺や老いによる退役を考えなくてすむはずだ。
赤眼の量産が可能なら、また黎明眼による魔族化が多用できるなら、もういっそ全員魔族に成ってしまっても良いぐらいだ。
遊撃二課の遺才遣い達、特に護国十戦鬼を魔族化させれば、最早大陸で敵うものなど存在しないだろう。

だが、元老院はそれをせず、遊撃課を捨て駒としてまで彼らだけを魔族化しようとしている。
特段、赤眼や黎明眼が希少だというような話でもない。
何故。彼らは魔族にならないのか。

『簡単な理由だ。――人間は、魔族なんかに負けない』

フィンは、自分の身体もまた、指一本すら動かせなくなっていることに気づくだろう。
まるで、自分の思考と四肢を繋ぐ神経が、なにものかに阻まれているかのように。

『この千年で、人類は桁違いの力を誇る魔族と闘い抜き、そして打ち勝ってきた!
 それは我々人間の数が多かったからだ。人の幸せが、人との繋がりの中にのみ存在するからだ。
 どれだけ強靭な肉体を持とうが、莫大な魔力を抱えようが――孤独な魔族に、幸福なる人間は負けないッ!』

同時、フィンがゴーレムの首を掴む、その腕がさらに掴まれた。
掴んだのは道化借りの掌。瘴気によって制御を奪われていたはずの白磁の四肢が、再び活力を取り戻していた。
少女型ゴーレムの掌は、結晶瘴気の鎧に触れた途端、グズグズに劣化を始める。
しかし、劣化よりも早く、ゴーレムの膂力によって握られたフィンの腕がミシミシの悲鳴を上げ始めた。

『そして私に"触った"な、フィン=ハンプティ!この護国十戦鬼に、それは不用意な選択だったぞ!』

最早、魔導経絡を侵される前と遜色ない動きを取り戻した道化借りは、もう片方の腕を引き絞った。
彫刻の拳が、唸りを付けて解き放たれ、フィンの顔面へ巨大質量のパンチを叩き込んだ。
大型馬車同士が正面衝突したかのような音を引っさげて、フィンとバレンシア両者の身体が吹っ飛ぶ。

噴射器を使って器用に姿勢を制御したゴーレムは石畳へ軟着陸。
その時、注意を払っていればフィンは見ることができるだろう。
ゴーレムの四肢が、僅かに光を反射する何かによって吊り下げられていることに。

『討伐者として君に名乗ろう。帝国陸軍二等帝尉・"懸鬼"リッカー=バレンシア。
 私は有名だから、既知かもしれないが……遺才《シュトリンガルド》の繰り手にして――"糸の眷属"』

ゴーレムに取り付いていたのは――極細無数の『あやつり糸』。
バレンシアのマテリアルたるそれが、魔導経絡を潰されたゴーレムの四肢を直接操り動かしたのだ。
そして、道化借りに触れていたフィンの身体にもまた、無数の糸が取り付いていた。
それらは一本一本は細く頼りないが、バレンシアの魔力によって強化と不可視化が施され、
一体何本取りついているのか、切り離せてるのか繋がっているのかすら判断することは難しい。

そして懸鬼たるバレンシアの遺才『シュトリンガルド』は、糸を付着させた物体を自在に支配することができる。
自在というのは、物理法則は愚か対象物の在り様すらも変えてしまう意味での"自在"だ。
バレンシアは、フィンの腕にまとわりつく瘴気の結晶を、『無害なもの』に支配変化させた。
そして、フィンの腕にはまだ糸が繋がっている。

『流石に硬い。それにこのボロボロの腕では殴っても大したダメージは与えられないか。
 ならば、君自身のその頑丈そうな腕で殴ったらどうなるか、試してみようじゃないか』

フィンの腕が意思に反して動く。『操り人形のように』動く。
ひとりでに拳を握り、そして一切の仮借なく――フィン自身の顔面へと暴力を解き放った。
何度も、何度も、無数の拳の往復がフィンの頭部を襲う!

『往くぞ絶対強者。これより弱者の抗いを開始する――!!』

【バレンシア:遺才を発動。フィンの束縛から抜け出し、その腕を支配しフィン自身を殴るよう操作】
【遺才[シュトリンガルド]:糸をマテリアルとした遺才戯術。糸を取り付けたものを存在レベルで支配できる】

31 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/04/24(木) 00:01:54.85 0.net
雷鳴の様な音と共に吹き飛ばされ家屋の石壁に叩きつけられるフィン
その衝撃は、衝突した石壁が砕け散る程のものであり、
まっとうな生物であれば到底生き残る事は不可能なものであろうものであった

「ペッ……痛ってぇな、糞が!」

だが、フィンはそんな衝撃を受けて尚、地面に血の混じった唾を吐き、ふらつく事も無く瓦礫を押しのけ立ち上がる
口端と額から血を流してはいるものの、致命傷には到底及ばない
恐るべきは、その防御力と耐久力
片腕を掴まれ、力を受け流す事が困難な状況であったにも関わらず、フィンは受け流しによる防御をやってのけたのだ
足から大地へと受けた衝撃の大部分を流し、相当の威力を殺した
それでも人間を殺すに足りる威力が残ったが、それらは強化された魔族としての肉体で受け耐え切った
達人をも凌駕する見切りと、『薄い』遺才ならば上回る耐久力
化物と言って差し支えないその性能の有するフィンは、前方に立つゴーレムを睨みつける

>『討伐者として君に名乗ろう。帝国陸軍二等帝尉・"懸鬼"リッカー=バレンシア。
>私は有名だから、既知かもしれないが……遺才《シュトリンガルド》の繰り手にして――"糸の眷属"』

「糸の眷属ってことは、さっき見えたのは操り糸か……操り人形なんて女みてぇな趣味だな、おい」

睨みはするが感情に任せて殴りかからないのは、フィンの本質が防御型であるが故だろう
基本的に上位者の視線で人間を見る魔族としては珍しく、注意深く観察する様な視線をバレンシアに向けるフィンは
様子見もかねてバレンシアの口上に返事を返そうとする

「興が乗ったから名乗ってやるよ。俺は――――」

と。そこで一度、フィンの言葉が切れた。思案するような表情を見せ、チラリとアルテグラの方を眺め見る
その時のフィンの表情はまるで感情が抜け落ちたかの様な無表情であったが、やがて何事も無かったかの様に再びバレンシアへと向き直る

「俺は“鎧の魔族”フィン。人間の上位者にして、魔族と人間の共存を目指す者だ。
 それで……こっからどうするつもりだ、人間。てめぇのゴーレムの拳は俺には大して効かねぇのに
 どうやって『討伐』するつもりだよ、『家畜』が」

……この時点で、フィンはバレンシアを見誤っていた
いや、人間としての知識から鬼と呼ばれる者達が強者である事は把握していたし、相応の警戒心はもっていたのだが、
その度合いを認識出来ていなかったのだ
未だ安定せざる精神と、なまじこれまでの攻撃を無傷で受けきれてしまった事が、フィンに油断を招いた
そうであったが故に、フィンはバレンシアの次策をまともに喰らう事と成る

>『流石に硬い。それにこのボロボロの腕では殴っても大したダメージは与えられないか。
>ならば、君自身のその頑丈そうな腕で殴ったらどうなるか、試してみようじゃないか』

「何を――――がっ!?」

直後、魔族に成り果ててから最大の衝撃がフィンを襲った
頭部に与えられた衝撃は、視界を揺らし骨を軋ませる
聖術による槍よりも、ゴーレムの一撃よりも『効いた』その攻撃。フィンにそれを行ったのは、

自身の右腕であった

32 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/04/24(木) 00:03:14.98 0.net
「ぐっ、糸……まさかっ!!」

ここにきてフィンは初めて気付く。自身の右腕、その感覚が失われている事に
自分の意志で指一本動かす事の出来ない右腕、その右腕がまるで何かの意志に操られているかの様に拳を握り
主である筈のフィンに向かって害意を向けている事に

>『往くぞ絶対強者。これより弱者の抗いを開始する――!!』

直後、人間を遥かに凌駕する膂力を持ち、圧倒的な硬度を誇り、触れた物を全てを風化させる右腕が
フィン自身へ再度拳を放つ。何度も、何度も、何度も

げに恐るべきは"懸鬼"リッカー=バレンシア。今や純正の魔族に匹敵する性能を持つフィン
その警戒網を掻い潜り、瘴気の結晶体である鎧の一部をすら支配し、その上で肉体すら操作してのける手腕
挙句に、その行為をゴーレムの操作と同時にやってのけるという桁外れの力量
正しくそれは、人類の力の証明。単身で魔族を討滅する『鬼』と呼ばれるに相応しき所業であった

・・・

「……がっ……!?」

再度拳が直撃し、フィンの頭部が跳ね上げられ、姿勢がのけ反る

(く、そっ!やりづれぇ……!)

現状、バレンシアがフィンに対して行っている攻撃
これは『受け流す』防御に特化したフィンに対して悪辣とも言える程に効果的なものであった
フィンの行う『受け流し』とは、極めて高度であり、一般人には到底再現不可能なものではあるが、
あくまでそれは『技術』の延長線上にあるものなのだ
向かってくる力の流れを見切り、体裁きにより効率的に受け、その力を流し、余所に放出する事で無効化する
もはや魔術の域に入る程の超常的な行為ではあるものの、あくまで身体能力に依存して行う技能である
魔術の様に、有を無へと変えたりといった行為ではないのだ
その技術は極めて繊細なものであり、外部からの攻撃には極めて強いものの
――――例えば、自身の肉体と直結している右腕を操られ、有無を言わさず体幹とバランスを崩されてしまえば容易く破綻してしまう
そうなってしまえば……脆い
逆側の腕で受け止めたりする事も出来るものの、受け流しと違いダメージは累積してしまう
フィンの防御力が上昇しているとはいえ、それは『魔族』の本気の打撃を受け続けられる程に頑強なものではない
結果……

「グ、ハッ……!!」

拳はフィンに直撃する。何度目か判らぬ程の自分自身による殴打を受け、とうとうフィンが膝を付く
額が割れ、鮮血はその顔を染めている
左腕で何とか右腕を押さえつけているものの、いづれは力負けをし再度打撃を受けてしまうのは明白だ

(状況が打開できねぇ、このままだと俺はこの人間に…………『負ける』?)

『敗北』。その考えがフィンの脳裏をよぎったその時、フィンの脳裏に一人の人間の姿が思い浮かんだ
人間であるのに人間に忌み嫌われ、排斥され……そして、人間を護る為に、一人ぼっちで湖の底に沈んだ一人の人間
今のフィンにはその顔が思い出せないが、後悔を滲ませながら『自分』を見送るその表情が、思い浮かんだのだ

33 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/04/24(木) 00:04:21.02 0.net
 
 
「っ――――があああああああああああああああ!!!!!!!」


咆哮。絶叫でも怒号でもない。それは紛れも無く咆哮だった
声の主は、フィン……“魔族”フィン
先程まで、劣勢とダメージからくる焦燥を浮かべていたフィンであったが、今浮かんでいるのはそのどれでもない
「怒り」。血に濡れたフィンの顔に浮かんでいる感情は、憤怒とでも呼ぶべきそれであった
崩れ落ちた膝を再度起こし、暴れんとする右腕を押さえつけながら、フィンはバレンシアを睨みつけ、そして口を開く

「おい、人間……数、繋がり、幸福……テメェはそれがあるから人間が強いなんてほざいたな」

「――――それじゃあ教えろよ。なんで、サフロールは死んだんだ」

ゆらりと揺れるフィン。それはダメージが抜けていない事を示していたが、
フィン本人はその事をまるで気に留めていない様に見える
満身創痍で、けれどその瞳に濁った溶岩の様な赤を湛えて叫ぶように言葉を吐く

「なんで人間はあいつを護ってやらなかった。なんであいつを一人きりで死なせた」

「なんで俺の家族は死んだんだ」

「なんで人間の『俺』は何一つとして助けられなかったんだ」

「なんで――――人間の『俺』を、誰も守ってくれなかったんだ」

怒りと悲哀が入り混じったかの様な言葉を吐くフィンは、徐々に声を小さくしながらそんな言葉を吐き
やがて、おもむろに自身の右腕を左腕で握りしめ


――――そして、フィンは自分の右腕を引きちぎった


噴きだす赤黒い血液はまるで翼の様にフィンの右肩を染め上げる
そんな自殺行為に等しい事をしたにも関わらず、フィンの表情に浮かぶのは――――笑み。
ケタケタと、フィンは壊れた様に笑う

「はははは!!ははははははは!!!!」

流れ出た血液がフィンの目元をまるで涙の様に伝い、それがより一層の異常さを演出する
狂い嗤うフィンはやがて大きく息を吸いこみ叫ぶように言葉を吐く

「……人間。人間、人間人間人間!!いいか!この俺が!元人間の俺が断言してやる!
 人間は弱い!肉体も、その精神も、何もかもが脆弱な生物だ!!!!」

「だから『何か』が管理してやらねぇといけねぇんだよ!
 人間なんかより強大な力を持つ存在が、間違わない様に守ってやらねぇといけねぇんだ!!」

「そして、それは人間を家畜みてぇに扱える魔族であるべきだろ!?なあ!!」

叫び、再度バレンシアを見たフィン……バレンシアは気づく事だろう
フィンの左目が、赤色ではなく『金色』に変化している事に。

34 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/04/24(木) 00:04:58.57 0.net
今、ここにおいて……魔族フィンの人格は急激に完成しようとしていた
今までの様に、フィンの記憶が改竄され魔族の一部と共に凶暴化したものではなく、一個の魔族としての人格
アルテグラによって植えつけられた何千何万回もの絶望の体験、
フィン=ハンプティという人間が心の奥底で抱いていた、人間と世界への絶望
それらを苗床に、時の経過とともに薄まってきた魔族の遺伝子が、芽生えようとしていた

人間としての記憶と絶望を持つ魔族、フィン

彼は血を噴き出す自身の右肩を撫で、形状変化で一瞬にして止血すると――――爆発が起きたかの様に石畳を破砕し
バレンシアへと肉薄した
そして、僅か数センチ程の距離に近づいたフィンは、残った左腕をゴーレムの右脇腹へと叩き付ける
人外の腕力で放たれた拳だが……けれど、これでは先程の二の舞である
残された腕にも糸を付けられ操られ、自滅する結果となる……筈だったのだが

「お前は糸で俺を操ったみたいだけどさ……糸が触れる事が出来なくても、操れるのかよ?」

フィンの左腕は、先程までと様相を違えていた
黒い瘴気の結晶は健在……だが、その鎧の周囲をまるで濃密な霧の様に、黒い靄が覆っていた
何の事は無い。フィンは今まで垂れ流していた瘴気を、鎧の表面に押し留めているのだ
それだけの事だが……間違いなくそれは、バレンシアへの対抗策であった

瘴気は触れる者を侵し、腐らせ、風化させる

今フィンが表層に纏っている瘴気の霧は、大質量の物体であればともかく
魔力で編まれた『見えない程に細い糸』であれば霧に触れた瞬間に侵し風化させる事であるだろう
それ程に、濃い
糸を飛ばしても触れる直前に瘴気が侵し、そして仮に相手に直接触れても
腕が離れた瞬間に霧状の瘴気がバレンシアとフィンの間に存在するであろう糸を侵し接続を切断する
固体と気体、物質として瘴気を利用するという悍ましい行為。結晶化出来る程の濃い瘴気を体外に有する
フィンであるからこそ出来る力技であった

「俺の目指す未来の為に、お前は邪魔なんだ。だから死ね、人間至上主義者」

黒い瘴気の霧、その奥で光る金と赤の双眸
フィンのその姿はあまりに悍ましく……どこまでも魔族じみていた

35 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/04/28(月) 02:02:09.47 0.net
セフィリアは自分の思いをクローディアにぶつけた
あの時、あれさえあれば〜、あの時、ああしていれば
そんなたらとかればとかの藁のように儚い希望

[私にゴーレムさえあれば……]

事実としては、その自慢のゴーレムに乗ってすら負けた
だが、彼女がもっともすがりたいものはゴーレムだったのである
フウを撃破した奇跡の一撃……あれを再び放つためにゴーレムに、いや、サムエルソンに乗ることは大きな意味を持つが
彼女自身、まだそれに感づいてはいなかった

>「それ、あんたのゴーレムの……?」

「はい、これが私の……サムエルソンのコアです」

この手のひらに収まる珠に彼女とサムエルソンのすべてが詰まっていた
機体は失われようとこれさえあれば、これを再びゴーレムの魔術式に組み込めば
それは「サムエルソン」と呼べるゴーレムになる

しかし、それ以上セフィリアの口から声が出ることはなかった……

>「俺達は元老院に帝都を追い出されてな。帰ってくるのに少しばかり手荒なやり方をした。
 サムエルソンは、その時に――遊撃二課によって撃墜された」

スイの言葉にサムエルソンのコアを握る手に力が入る
悔しさがこみ上げてきて、セフィリアの呼吸を止める
動悸が早くなるのを感じる、心臓の鼓動が耳に響く

嫌な思い出……乗り越えれた悪夢も、まだ彼女に深く大きな傷となっていた
かさぶたをひっかくと血が出るものだ

>「いいわ、ガルブレイズ。あんたに最高の機体を用意してあげる。
 それがあんたの騎士道を貫くのに必要なものなのよね?
 クローディア商会の未来の為に、最大限の先行投資よ!」

「ありがとうございます!クローディアさん!」

笑顔が弾ける、目に輝きが宿る
声に覇気が戻り、やる気が目に見えるかのように感じられる

しかし、クローディアの言葉ですぐに暗いものに戻ることになる

>「基本的にコアと発導基はワンオフ製造のモジュール部品なのよ。
 コアの特性に合わせて発導基を造るから、他の部品と違ってどちらかだけを挿げ替えることができないの。
 総取っ替えでまったく新しい機体を容易するのなら簡単なんだけど……」

わかっていたことだった……
セフィリアほどのゴーレム乗りがその事実知らなかったわけがない

36 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/04/28(月) 23:27:22.95 0.net
しかし、クローディアの言葉ですぐに暗いものに戻ることになる

>「基本的にコアと発導基はワンオフ製造のモジュール部品なのよ。
 コアの特性に合わせて発導基を造るから、他の部品と違ってどちらかだけを挿げ替えることができないの。
 総取っ替えでまったく新しい機体を容易するのなら簡単なんだけど……」

わかっていたことだった…… セフィリアほどのゴーレム乗りがその事実知らなかったわけがない
考えたくなかったのだ。受け入れがたい現実を都合よく排斥する
おかしくもない話だ

>「問題は、あんた達がいま、帝都の全てから追われるお尋ね者ってところね……。
 適当なゴーレムならそれこそ市場にある中古品を取り寄せればいいだけだけど、……

発導基のツテ……平時になら、それこそあるかもしえないが……いまはない
父に頼めばなんとかなるかもと頭をよぎる、しかし、それは迷惑以外のなにものでもない

いや、すでに手遅れかもしれないが、それでもこれ以上、迷惑をかけるのは忍びなかった
現状、八方塞がりのようにも思えた

>「あたしの人脈にそんな都合の良い人間はいないわ。
 ガルブレイズ、悪いけどあんたには、新品のゴーレムに慣れてもらうしかないわね」

クローディアの提案に首を横に振る

「新しいゴーレムでは私の力は……」

無論操縦出来ないことはない
しかし、新品のゴーレムを操作した場合、セフィリアの腕前はそこまで評価されるものではない
一流であるが超一流ではない、護国十戦鬼に到底太刀打ちできるものではない

あーだこーだとスイとクローディアが話あってる中、セフィリアはずっと考えていた

>「セフィリアさん。俺はゴーレムのことは専門外だからわからない。
 あんたはどうだ。知り合いで、ある程度融通の効くゴーレム技術者なんてのはいないか?」

いない、そんな都合のいい人はいない
お尋ね者のセフィリアに……

「レオンチェフに……いえ、それにエクステリア社……もダメ……んん?エクステリア社……!!」

ふと、だいぶ前に課長から貰ったカタログのことを思い出した
ついでにそのカタログに挟まっていた手紙のことも

「エクステリア……そうだ!! エクステリアさん!
課長の古い知り合いで私のゴーレムを前に修理してくれたセシリア・エクステリアさんです!」

自社製品の分厚いカタログとセールスの言葉を書き綴った手紙を送ってきた人
ゴーレム好きという共通点で数度手紙を交換したが任務で忙しく、なかなか密な交際をするにはいたってはいなかった
この期に及んで思い出す程度の付き合いだった

「彼女なら、なんとか力を貸してくれるかもしれません……(向こうに拒否権はありませんが)」

最後に小さく物騒な言葉をつけたしたがそれを聞いたものはいなかったであろう

「それではクローディアさん、いえ、社長
さっそくエクステリア社のラボに行きましょう、彼女たぶんそこにいると思いますよ」

【セフィリア:クローディアにエクステリア社のセシリア・エクステリアの元に向かおうと提案】

37 :名無しになりきれ:2014/05/06(火) 02:09:35.84 0.net
保守

38 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/12(月) 01:02:16.90 0.net
【帝都組・フィンvsバレンシア】

>「グ、ハッ……!!」

もう何度目かを数える殴打の末、魔族・フィン=ハンプティに蓄積されたダメージはついに閾値を満たした。
膝をつく。あらゆる物体を崩壊させるポテンシャルを秘めた絶対強者が、その額を血に染めて蹲る。

"懸鬼"リッカー=バレンシアの秘奥、遺才戯術『シュトリンガルド』。
遺才によって力を得たあやつり糸は、魔族の腕をもその支配下に置き、己が刃とする。
一方、自分自身の強力無比な攻撃力に晒され続けたフィン。
いかに頑丈な甲殻を備えていようとも、腕か顔面か、遠からずどちらかが崩壊することは明白であった。

『決まりましたね、バレンシア帝尉』

念信器から冷ややかな女の声が漏れる。
遊撃課の詰め所から呪術狙撃で支援を行っている二課の同僚、戦闘司祭ゴスペリウスだ。
彼女の改造聖術は遠距離からの制圧性に優れるが、一度破られると再構築に時間がかかる。
まして、いまは敵性存在/個体名:アルテグラをその狙撃呪術で捕縛している最中。
フィンにまで彼女の支援を割くことはできないが、それに頼らずとも勝負はつきそうだった。

「せめて初手……『聖剣』の一撃で消し飛んでいれば、彼も楽に逝けただろうに。
 これでは泥仕合だ。見ていて気持ちの良いものではないね」

そう零しながらも、遺才への集中力を外すことはない。
魔族は敵だ。敵は滅ぼすべきだ。たとえそれが、ほんの一刻前まで人間だった者だとしても。
魔族と人類は、どちらかが相手を滅ぼすまで、決して分かり合えない存在なのだから。
決めつけではなく、千年にも渡ってこの大陸で繰り広げられてきた戦いの末に出した、それは結論だった。

「さあ。憎き人間の手にかかって死ぬのは魔族の君には辛かろう。ならばせめて、己の拳によって滅びると良い。
 どうどうめぐりのフィン=ハンプティには、"戻らない卵《ハンプティ》"には、それが相応しい結末だ」

フィンの右腕が不意に止まる。
左腕で、操られた右拳を掴み、阻んでいるのだ。
しかしそれで根本的な解決となるわけもなく、右腕は未だ支配したままだ。
このまま『負荷を考えず全力を出す』ように右腕を操って押し切ることもできれば、
今度は左腕も支配して双方から打撃を加えることさえ可能。

然るに、シュトリンガルドという遺才は、初撃を入れれば勝てる初見殺しの能力だった。
そして、彼の遺才を初見でない者などいない――彼との戦闘に二度目はないからだ。
ゴスペリウスの評した『決まった』という表現は、この上なく正しい。
もはやフィンに遺される道は敗北以外になかった。

>「っ――――があああああああああああああああ!!!!!!!」

咆哮。魔族の断末魔。
フィンは血染めとなった顎を開き、歯を剥いて叫んだ。
獣じみた咆哮は――しかし、ヒトの言葉を伴っていた。

>「おい、人間……数、繋がり、幸福……テメェはそれがあるから人間が強いなんてほざいたな」

「言ったとも、そして撤回するつもりもない。君の討滅を以てそれを証明しよう」

>「――――それじゃあ教えろよ。なんで、サフロールは死んだんだ」

「…………!」

フィンが、吐き出すように――血を吐くように呼んだ名前を、バレンシアは知っている。
顔は知らない。人となりも知らない。知っているのは書類に記された名前と……その最期。

39 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/12(月) 01:02:41.81 0.net
サフロール・オブテイン。
かつて遊撃一課に所属していた、爪弾き者の魔術師。
その協調性のない人柄と、能力の特異さ故に帝都の研究院を追われ、否定の最果てへ流れ着いた天才の一人。
そして、一年ほど前に遊撃課の任務の最中に命を落とした、遊撃課唯一の殉職者。

彼の死と引き換えに、遊撃課が国庫に齎した利益――ウルタール湖に眠る貴族の隠し財産は、莫大な額だった。
非公式の部隊故に表立って表彰されることはなかったが、それでもその殉職者への褒賞は墓碑に名を刻むに十分だった。
オブテインがどんな心境で自らを犠牲にしたかは、二課の自分にはわからない。
英雄である自分には、分からない。

だが――彼の最期を知っている者がもう一人、目の前で叫びを上げている。
嫌われ者の、掃き溜めの英雄の死に、哀しみの色を湛える両眼がある。

>「なんで人間はあいつを護ってやらなかった。なんであいつを一人きりで死なせた」

赤の眼。魔族の双眸。

>「なんで俺の家族は死んだんだ」

泥のように静かで、鋳融かした鉄のように激しい。

>「なんで人間の『俺』は何一つとして助けられなかったんだ」

親の仇を見据える稚児のように、既知と未知、悲哀と赫怒とが同居した眼差し。

>「なんで――――人間の『俺』を、誰も守ってくれなかったんだ」

その眼は、一切のブレなくバレンシアを捉えつつも、しかしどこか遠くを見ているようでもあった。
混在している。目の前の敵だけではなく、自分自身をも敵意の範疇にいれているかのような、無差別の怒気。
言葉はやがて少しずつ、こちらへ語って聞かせるものから、自分自身への問いの語調へ変わっていく。

声が聞こえなくなった。
代わりとばかりに、別の音が路地裏に響き渡る。

「な――何を!」

それは水音、そして繊維を断ち切る音。
血液の迸りと――フィンが己の右腕を、腕力だけで引き千切ったのだ。
石畳に黒い腕が転がり、降ってきた鮮血が甲殻を赤く染め上げる。
その壮絶な光景の中、フィンだけが大口を開けて笑っていた。
気でも触れたか、自分の腕がとれたのが可笑しくて仕方がないとばかりに哄笑する。

>「はははは!!ははははははは!!!!」

それは快活とは程遠い笑いだった。
泣き笑い。彼の目尻から二筋の血涙が伝い落ちる。
追い詰められた者のする諦めの笑いとも異なる、異様な笑いだ。

>「……人間。人間、人間人間人間!!いいか!この俺が!元人間の俺が断言してやる!
 人間は弱い!肉体も、その精神も、何もかもが脆弱な生物だ!!!!」
>「だから『何か』が管理してやらねぇといけねぇんだよ!
 人間なんかより強大な力を持つ存在が、間違わない様に守ってやらねぇといけねぇんだ!!」

赤の血涙があらかた流れ切ったあと、フィンの双眸に変化があった。

(眼の色が……変わった……?)

片方の眼が、魔族の赤い瞳ではなく、月明かりの如く輝く金色になっていた。
その変化が何を意味しているかは、バレンシアにはわからない。
だが、フィンがいわゆる『魔族』から、さらにもう一歩逸脱しようとしていることは理解できた。

40 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/12(月) 01:03:39.99 0.net
>「そして、それは人間を家畜みてぇに扱える魔族であるべきだろ!?なあ!!」

朗々と謳い上げる彼の意思に触れたとき、バレンシアは自分でも驚くほどすんなりと腑に落ちた。
フィン=ハンプティは、人類に絶望し、失望している。
幼き日の自分を救ってくれなかった人間に、同僚を排斥し死地に追いやった人間に。

だが。
この男が最期に失望したのは、他ならぬ――『人間の自分』。
助けられなかった自分を、救えなかった自分を、護れなかった自分を。
人間の、弱さを、愚かさを、限界を、知った。

だから魔族なのだ。
他の、赤眼に導かれるままに魔族化した者や、ましてや生来魔族として生きてきた者とは違う。
人でいることに絶望し、人を超えたところに力を求めて自ら魔族の門を叩いた男。
誰よりも人を護ることを望んだが故に、人間そのものを厭うことを選んだ者。

魔族でありながら、人間の痛みを知る生き物。
他のどんな魔族とも、人間とも、決定的にフィン=ハンプティが異質な点だった。

>「お前は糸で俺を操ったみたいだけどさ……糸が触れる事が出来なくても、操れるのかよ?」

何を、と思う頃には既にフィンが目と鼻の先にいた。
残った左腕が、鋭いフックを描いて『道化借り』の胴部を強襲。
だが、何度向かってこようと同じことだ。今度は左腕を支配して終わりにする。
バレンシアは殴られざまに糸を伸ばし、狙い過たずフィンの左腕へ取り憑かせた。
このままフィンの顔面へ直撃するように操って――

「ッ!!」

支配できない。
伸ばした糸は確かにフィンの腕へ取り付いた……が、まるで水をくぐるかのようにすり抜ける。
結果、なにも阻むもののない拳はゴーレムの脇腹を直撃した。
人外の膂力が生み出す衝撃は、鉄塊を路地の向こうまでふっ飛ばすのに十分すぎた。
道化借りは20メートルもの距離を一切地面に触れること無く横切り、無人の民家の壁に激突した。

「ぐっ……!」

尋常ならざる衝撃は無論、操縦基内のバレンシアのもとにも伝わった。
羊皮紙型の情報表示盤にはいくつものアラートと出力の低下を示すパラメータが映し出され、
いまこのたった一撃によって、最も分厚い前面装甲の殆どがおしゃかになったことを伝えてきた。

「ダメージコントロール!装甲欠損部へ力場装甲を代替展開、損傷部位への魔導経絡を80%カット!
 飛翔器が死んだか、噴射術式への魔力供給を装甲展開分へ!」

道化借りのコアが音声認識で各部のダメージコントロールを完遂していく。
結果として、もう一度同じ攻撃を喰らえば、大破はせずとも行動不能に陥ることが確約された。
そこまでやって、バレンシアは初めて自分の身に降り掛かった災いの内訳を目にすることができた。

「触れることが出来なくても、というのは――そういうことか……!」

フィンの左腕、そこに滞留している瘴気。
先ほどの攻防とは異なり、瘴気の鎧は陽炎のようにゆらめき、ゆっくりと蠕動している。
結晶ではない。極めて濃度が高いが――霧だ。
おそらくフィンは、腕に纏った瘴気の密度を意図的に下げて結晶化を解き、霧として腕に纏わせた。

個体ではなく、気体。
いかにバレンシアの糸が万物を支配すると言っても、『物体』でないものは操れない。
糸の取り付いた気体の粒子一粒一粒は支配できても、気体を構成するそれこそ無数の粒子からすれば誤差の範囲だ。

「瘴気の収束を解くだと……そんな方法で回避を――!」

41 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/12(月) 01:04:17.29 0.net
想像などつくはずもない。
瘴気を操れるのは魔族の特性であって人間の業ではないから、バレンシアにはそこまで発想が及ばない。
しかし、恐ろしいのは、フィンもまた、ほんの一刻前までは人間だったのだ。
この短時間で、それも戦闘のさなかに――彼は瘴気の使い方をここまで習得し、実戦で練り上げた。
そして本家の魔族にもまた、至らない境地であろう。
何故なら魔族には鍛錬という概念がない。そんなことをしなくとも、生得した性質だけで十分に強いからだ。

人を経た魔族にしか辿り着きえない領域――!

>「俺の目指す未来の為に、お前は邪魔なんだ。だから死ね、人間至上主義者」

「は、……君の目指す未来か。それは先ほど言った、魔族が人を管理する未来のことかな?
 それは承服できかねる話だな。人は家畜ではない。檻の中に人間性など養えんよ」

ゆっくりとフィンが近づいてくる。
相変わらず、幽鬼のような、一歩ごとに絶望を噛み締めているかのような歩調でやってくる。
もっと近づけ。お前が見下す人類の、最も手痛い一撃を食らわせてやる。

「だが、一つだけ君の意見に同意な部分がある……我々の未来に、君もまた邪魔者だ。
 だから、絶対強者よ、人間の私が君に言おう。わかるまで何度でも言おう。
 ――人間は貴様らなどには負けない」

応じるように、念信器から女の声が漏れた。

『大陸間弾道呪術――"白鏡"』

アルテグラを打ち据えたのと同じ聖術の杭が、月光の中から三本、フィンへと降り注ぐ。
それは彼を打ち据えるには至らない――瘴気によって風化してしまうからだ。
だが、フィンが身にまとう瘴気もまた、聖術によって浄化され、掻き消される。

先刻は一本だけの聖剣を打ち込んだだけだったから聖術を破壊されてしまったが、
一気に三本の聖術槍を受ければ、あの厄介な瘴気兵装も吹き散らせる。
そこへ間髪入れずにシュトリンガルドを取り付け、自由を奪って道化借りの一撃を叩き込む。
この一撃で道化借りも衝撃に耐えられず崩壊してしまうだろうが、バレンシアが無事なら問題などない。

「君たち魔族と人間に、共存などという未来はない――!!」

発条仕掛けのように跳ね起きたゴーレムが、聖術の光に貫かれたフィンの胴へ向けて、鉄と岩の拳をぶちかました。
甲殻と肉を穿ちぬく手応えが、なかった。
どころか、ゴヒュッという気の抜けた音とともに、巨大質量たるゴーレムの突進が、完全に停止してしまっていた。
慣性に前のめりになることすらない。反動でゴーレムが崩れることもない。
混じりっけなしの純粋な『停止』が、そこに存在していた。

聖術の光が掻き消える。
フィンの腹部を貫いているはずの拳は、しかし彼の皮一枚で停止していた。
そして、フィンの腹部とゴーレムの拳の間に、蒼く鈍く光る薄膜が存在していた。

結界――力場装甲だ。
本来、ゴーレムに搭載する防御用武装である力場装甲が、フィンの全面に展開し彼を護っていた。

「これは――?」

バレンシアが思わず呟くと同時、その視界に一つの異変を捉えた。
力場装甲は、長方形の板状に展開されており、その四つ角には白と黒の石が二つづつ浮遊していた。
この4つの石で囲われた領域に、力場が形成されている形になる。

42 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/12(月) 01:04:56.39 0.net
石は、作戦会議などに使用される戦術盤に置かれる、自陣と敵陣を表す置き石だった。
それ自体が効果を持つものではない、石を媒体とした力場魔術。
マテリアルだ。
この置き石をマテリアルとする遺才は、バレンシアの知る所たったひとつしかない。

「"陣"の眷属……《封陣》……馬鹿な……!」

驚愕をよそに、路地裏から石の主の声が聞こえた。

「魔族と人間の共存は不可能か。よく吠えたな懸鬼よう。
 でもな、こういう異種交流はお互いに歩み寄っていくことがまず大事だと俺ちゃんは綺麗事を言うぜ……?」

路地裏から声と共に歩み出てきた人影は男。
背は高く、身体のラインはがっちりしているが骨太な印象はない。
赤銅色に焼けた肌と、そしてジグザグに波打つ髪は何故か鮮やかなサファイアの色を示していた。

 * * * * * *

「遺才回収、っと」

紫髪の男が片手を挙げると、4つの置き石がふわりと飛翔してその手の中に収まった。
石が離れると同時、展開されていた力場装甲も失われ、勢いを使い切ったゴーレムは膝をつく。

『何故……貴方は殺害されたはずでは……!』

道化借りの念信器から、色を失った女の声が聞こえてきた。
ここにはいないゴスペリウスもまた、驚愕を隠していない。

「あー?殺した殺されたってのは俺たちの間じゃよくある話だろ。
 いっちいち細けェこと気にしてっと胃に穴空くぞ。俺も経験あるからマジ気をつけて」

『いや、そういう問題では……葬儀に呼ばれて、拙僧もまた確かに貴方のご遺体を確認しました!
 拙僧だけではなく、拙僧より高位の司祭も同様に故人を同定しています。
 拙僧愚考しますに、死者の記憶を垣間見ることのできる拙僧共が、死者を見間違うなど――』

「拙僧拙僧うるせえよ僧侶かテメーは」

『僧侶ですが!』

そうだった、と頷く紫髪の男に、道化借りは視覚素子だけをぎょろりと回してその顔を注視した。

「本物か……?だがその口ぶり、その遺才、他人の成りすましとも思えないな。
 君は、半年前に暗殺されたはずだ。護国十戦鬼、ユーディ=アヴェンジャーに」

言われた男は首を斜めにして唸る。
どう説明したものか、とばかりに頭を捻り、そしてしまいには諦めた。

「俺が本物だったとして。本物のヨハン=ヴィエル元老だったとして、お前らそれ知ってどうすんの?
 国葬までしたヴィエル卿がいまさら生きてたからって、ジジイ共の寿命が縮むだけだろうがよ」

なんの説明にもなっていない、ただの、事情説明の拒絶。
一方的な断絶を目の前にして、護国十戦鬼のゴーレム乗りはいよいよ返す言葉がなくなってしまった。
代わりに言葉を発したものがいる。

「隊長……!!」

石畳に倒れ伏したままのアルテグラだった。
彼女は飼い主に再開した犬のように顔を――魔族の双眸を輝かせる。

43 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/12(月) 01:05:45.09 0.net
「お、アルテグラ。痛ましいことになってんな。全裸で磔ってお前、神かよ。
 エスプリ効きすぎだろ。あの拙僧女、本当に修道士か?」

隊長と呼ばれた男は手の中にあった石をアルテグラへ向けて投じた。
白と黒の石はそれぞれを頂点として再び結界をつくり、アルテグラを囲い込む。

「――『封陣』」

蒼の光が走り、アルテグラを縛っていた白鏡の杭が残らず砕け散った。
赤眼とはいえ魔族である彼女がどれだけ時間を掛けても破れなかった聖術が、容易く破壊されたのだ。

「定刻になっても来ないから心配になって来てみれば……なんか絡まれてんな」

「助かったわ隊長、まるで動けなかったから……そうそう!紹介したい人がいるの!
 いや人ではないのだけれど、便宜上人ということにするわ!」

アルテグラがフィンを見ながら年相応の少女のようにはしゃぐ。
隊長は、フィンの方を一瞥すると、人好きのする表情で相好を崩した。

「新入りかぁ。なんかどっかで見たことある顔だけど、随分『堕ちてる』な、お前。
 いいぜ、心が邪悪な奴は大体俺の友達だ。お前とも、きっと友達になれるって信じているぜ――っと!」

ゴカン!とけたたましい金属音と共に、岩のひしゃげる気配があった。
背後からのゴーレムの蹴りを、隊長が碁石の結界で弾いていた。

「後ろから攻撃してくるんじゃねえよ……びっくりするだろうがぁぁぁぁぁ!!!」

そのまま力場をゴーレムへ向けて強く押す。
それだけで、道化借りはフィンに殴られた時と同じぐらいの勢いで吹っ飛んだ。
再三の攻防で消耗しきっていた装甲は今度は耐えられなかったらしく、空中でゴーレムは崩壊した。

「! あのゴーレム、人が乗っていない……!?」

アルテグラが崩れていく少女の彫刻を見て眉を立てる。

「おおかた脱出したあとシュトリンガルドで遠隔操作してたんだろうよ。
 あいつ自分自身を支配して非実体化して、糸伝いに外に逃げられるからな。
 さっさとずらかろうぜ、バレンシアの野郎すぐに戻ってくるぞ」

「始末しないの?」

「あいつが護国十戦鬼に選ばれた一番の理由な、どんなに撃破されても速攻で戦場に戻ってくるからなんだよ。
 あの遺才がありゃ無傷で脱出できるからな。ああいう敵に対して最も有効な手段は――相手にしないことだぜ」

隊長はうんと頷くと、改めてフィンへと向き直り、右手で握手を求めた。
その時、フィンにかつての記憶が鮮明に残っていれば、男の顔を見て思い出すだろう。
西の国境、ダンブルウィードの街を蹂躙した、一騎の重装甲ゴーレム。
そのコアを回収しに現れ、剣鬼であるスティレットを触れさせもせずに瀕死に追いやった男。

「『ピニオン』にようこそ、フィン=ハンプティ。
 俺たちは組織の実働部隊、俺はその隊長を勤めてる。名前は知らなくていいけど、コールサインを覚えとけ」

あの時も、男は念信器に向かってこう自分を呼んでいた。

「――『クランク1』」


【バレンシア:撤退】
【『クランク』達のリーダー、クランク1が登場。ダンブルウィードで一戦交えたアイツ。
 アルテグラの紹介で、クランク1と合流。何もなければこのままアジトへ連行】

44 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 07:58:48.71 0.net
【ヴァフティア組:リフレクティア商店跡地】

クランク9――ガスケットは、静かに体温を奪う石畳に頬をつけた状態で覚醒した。
意識の復帰に伴い、自動的に感覚器接続術式が義体のセルフチェックをスタート。
視覚を通さない、脳裏に直接投影される情報表示枠に各部の状態を示す墨字が走った。

ガスケットの義眼、義肢を始めとした義体の数々は、義腕を除き市井の医術院でも取り扱っている一般的なものだ。
魔術先進国である帝国の義眼は、神経を介さず脳と直接魔術的に繋がり、
ゴーレムの視覚素子の如く義眼で見た光景をそのまま脳裏に映し出す。
義肢もまた同様に、『手足を動かす意思』を術式が汲み取って稼働することで、生身と変わらぬ挙動が可能だ。

では、生身に対して義体が劣っている点は?
――『痛み』がないことである。

当然だが、義体は神経を介在させないため痛覚や温覚冷覚が存在しない。
感覚共有魔術により擬似的に圧力や温度を知ることはできるが、それは"情報"であって"感覚"ではない。
生身のように、怪我や病気、肉体の限界を痛みで知ることができない。
とは言え、痛みの喪失で日常生活に困ることはあまりない――困るとすれば、それは。

(一体何が起きた……!?)

ガスケットのように、気絶から復帰した際に迅速に自身の不調を感じ取れないことにある。
戦場においてその遅れは、得てして致命的な隙を生む。
ガスケットが目覚めた時、目を開いた先になんの光景も広がっては居なかった。
何も見えない。その感想から数秒を要してようやくガスケットは、自分の眼球が双方ともに喪失していることを理解した。
義眼だったが、既に術式接続も解除され、今はどこに抜き去られたのかもわからない。
同様に、匂いを感じる器官、義鼻も失っているようだった。

残っているのは耳と、舌。
口の中に広がる血の味と、頭上で聞こえる複数人の話し声でそこまでは判断できた。
四肢がどうなっているかはわからない。
感覚がないから、残っているのか、失っているのか、無事なのか、壊れているのかすらも判別できない。
唯一、義腕――遺貌骸装『迷える聖骸』だけは、その呪圧を感じられないことから、奪われたことがわかる。

当然といえば当然だった。
思い出す。自分は敗北したのだ。ヴィッセンに眼の聖骸の位置を突き止められ、破壊され、
同時に空間を越えて繋がった頭蓋へ流し込まれた振動は、ガスケット本体の居場所を露呈させるに十分だった。
こちらを追ってきていたアイレルに強襲され、頭を柄で打ち抜かれて、彼は意識を失った。
『迷える聖骸』があれば、自分の経戦能力は無限だ。
ならば真っ先にあれを破壊されるのは、当然の帰結と言えた。

(無念――!自決すらもできないとは……!)

端的に言えば、いまのガスケットは匂いと味が分かるだけの置物だ。
戦うことは愚か、這って動くことも、喉を掻き切って自決することすら不可能。
許されているのは、問いの言葉を聞くことと、それに答えることのみ。

いま、彼の頭上にはいくつかの人間の気配がする。
呼吸音や服の擦れ合う音、およびその聞こえてくる方向から、盲人の彼にはそれだけの情報を得ることができた。
あとは、敵が何をしてくるか。

半端な拷問なら耐え切る自身がある。ただ苦痛を振りかざすだけの拷問吏であるなら、対処は容易い。
我慢をすれば良いだけだ。幸いにも自分は痛みに慣れている。つい先程も、四肢の崩壊する激痛に耐え切った。
あれをもう一度やられると思うと全身が総毛立つが、幸か不幸か遺貌骸装は取り上げられている。
痛みまではっきり再現されるのは『迷える聖骸』によって義肢化した場合だけだ。
四肢はおろか顔面の感覚すら失せている自分に、効果的な苦痛の与え方があるとは考えづらい。

では、何をしてくる?
いまもこちらを睥睨しているであろう、顔も見えない敵は――

45 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 07:59:59.03 0.net
>「起きたか。下手を打ったな、クランク9――」

「!?」

敵ではなかった。
彼に話しかけている声の主は、ガスケットをこの街へ派遣した上官のものだった。
クランク9たるガスケットの、直属の上司はクランク2――議長である。
しかし、声の主はそのまた更に上司。

「ぴ、ピニオン――!!」

特務部隊クランクの母体となる、大陸間シンクタンク(総合研究機関)・ピニオン。
その長官を戴く人物であった。

少し視点の前後する話となるが、遊撃課の中にウルタール湖の事件を覚えている者がいるならば、
『ピニオン』という名前に聞き覚えを感じるはずだ。
ウィレム・バリントンが刃を交えた湖賊、キャプテン・カシーニからもたらされた情報。
ピニオンという名の技術集団が、大陸中の賊を始めとした非合法組織へ武装を供給していること。
そしてその武装に使われる技術が、大陸のどんな国よりも先進していること。
それらの情報はウィレムの報告を通して、全ての課員へと周知されているものだ。

閑話休題、事ここに至り、驚愕しているのはガスケットの方であった。

(ば、馬鹿な、おかしい!"ピニオン"が何故ヴァフティアに?)

相手は自分の属する組織のトップだ。
当然、その本拠地は帝都にあり、今は部隊長クランク1に直接指示を出すため帝都を離れられない身。
だからこそ、情緒が未熟なクランク2のお目付け役として自分が派遣されたのだ。
このヴァフティアの地で、こうして再開することなどあり得るわけがない。

(そう、そんなはずはない。この声は確かにピニオンのものですが……"可能性はある"。
 先刻の攻防で、クランク2の指示を真似たあの男の遺才詐術ならば――)

キリア=マクガバン。
遊撃課の非戦闘員であり、凄腕の諜報員でもあるこの男の遺才。
詳細は分からないが、身を以て体感した理解はある。
すなわち、『自分を他人に見せる詐術』――それがマクガバンの能力だ。
あのとき、奴は自分の声を議長のものであると、こちらに誤認させた。
声真似ではなく、声を聞いた印象を、すり替えられたのだ。
あの幻術を、いまもこうして使われているのだとすれば。

(彼らが知らぬはずのピニオンをこうも精度高く再現するとは、流石に遺才、大した幻術です……。
 が、やはり詰めが甘い。ヴァフティアと帝都の、物理的な距離は覆せない!)

46 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 08:00:25.14 0.net
これがもし帝都にいるときに幻術をかけられていたら、ガスケットとて無条件に信じてしまっていただろう。
あるいは、キリアが模倣したのが議長であっても、『見捨てきれずに戻ってきた』という筋書きを鵜呑みにしていたに違いない。
ピニオンの居場所とは遠く離れたヴァフティアにいる、という前提が崩せないからこそ、マクガバンの幻術は破綻した。

(そうと分かればもはやこれ以上の会話は不要。いかなる苦痛にも黙秘を通す――)

そうガスケットが決断した瞬間、闇の向こうから更に声が降ってきた。

>「最低限の目的は果たされているようだが……首筋に注射痕か。
 何を、何処まで話した? その辺りの記憶はあるのか? ――いや、まずは現状を報告しろ、クランク9」

(注射痕――?)

言われてみれば、数少ない生身である首の側面に違和感。
なにか鋭利なもので突かれた痛みの残滓が、灼熱感のようにこびりついて残っていた。
それを理解した瞬間、今度こそガスケットの頭から血液が降りていった。

(待て……そもそもその前提からして間違っているのでは……?
 『ここがヴァフティアである』などと、何を根拠にそう言える――!?)

判断材料などない。
街の景色を見ようにも眼がなく、街の匂いを嗅ごうにも鼻がない。
すなわち、いまのガスケットには『自分がいまどこにいるか』という判断をつける材料がない。

そして、彼は一度意識を失っている。
勝手に小一時間ほどの失神だったと決めつけていたが、本当にそうだったのか?
首筋に注射痕がある。ということは、何らかの薬物を投与されたということだ。
自白剤か?酩酊剤か?それら精神を縛る薬物の中には、時間の感覚を狂わせるものもあると聞く。

もしも。
もしも、いまガスケットがいるのが帝都で、
『ヴァフティアで遊撃課から尋問と拘束を受け、その後帝都へと引き渡された』後だとしたら。
リフレクティア商店を襲撃したあのときから、もう幾晩も経過しているのだとしたら。
薬物で記憶を飛ばされ、前後不覚の状態をピニオンに回収されたとしたら。

――そうではないと言い切る根拠が、どこにもない。
そしてピニオンの元に自分がいるという現状が、その仮説を全力で後押ししていた。

肋骨に鈍い痛みが走る。
それを呼び水に少しだけ記憶が蘇ってくる。
そうだ、自分はアイレルに撃墜された後、一度目覚めている。
あのとき、マクガバンはガスケットの両眼と鼻を刳り、首筋に何か注射をした。
そのあとまたすぐに意識を失ってしまい、目が覚めたらここでこうしていたのだ。
記憶の欠落は、見失った状況を補完するのに十分すぎた。

「ピニオン……ここは、帝都ですか?」

すがるように、ガスケットは闇の向こうへ問うた。

「そうだ」

すぐに返事がかえってきて、彼は絶望の呻きを上げた。

47 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 08:00:51.65 0.net
 * * * * * *

キリア=マクガバンの遺才詐術『虚栄』。
その、一番恐ろしい部分は、かけられた相手が勝手に状況を補完してしまう点にある。
現実とは異なる印象を相手に強要するのが幻術の基本原則である以上、
どうしても現実との乖離……いわゆる『不自然さ』が生じてしまうのが幻術使いにつきものの課題だ。

在野の幻術師、詐術師たちはこうした不自然を相手に気付かれないように腐心する。
その"不自然隠し"が達者かどうかで、騙せるか否かが決まると言っても過言ではない。
幻術と現実の不自然な乖離を相手が認識してしまえば、幻術を看破することは容易いからだ。

だが、遺才はそれら凡百の命題などに囚われない。
不自然を取り繕わなければ幻術が成功しない、なんてのは凡人の領域の話だ。
『虚栄』の対象となった相手は、不自然を感じても何か別の理由を見つけてそれを補完する。
ちょうど今、クランク9が「ここは帝都か?」と聞いてきたように。
「相手がヴァフティアにいるのはおかしい」という不自然を、「自分が帝都にいる」という自然で補完した。

その問に、キリアの声を模した自在音声で「そうだ」と答えたリフレクティアは、部下の能力の凶悪さに肩を竦めた。
とは言え、ただ遺才を使えば完璧に騙されてくれるわけではない。
ましてや相手は一度、キリアの遺才を破っているのだ。
一筋縄で幻術にハマるわけはなく、キリアも相応の手練手管を用いて幻術を強化した。
方法は簡単だ。相手が補完できる材料を増やしてやる。
例えば義眼と義鼻をえぐったのもそうだし、当て身やペンを首に刺したのも左様。
クランク9が勝手に一人合点してくれるのを手助けする形で、彼は偽の判断材料を配置したのだ。

「……流石だな、『虚栄』。元老院がお前を残したがったわけだぜ」

キリアは『黎明計画』による魔族化の対象に含まれていない、。
おおかた、雇い主のいなくなったところを元老院子飼いの諜報員にでもするつもりだったのだろう。
それを見越してかキリアをヴァフティアに送っておいたボルトの采配には感謝しかない。

>「逃走経路、合流地点、危急の際の連絡手段については特に、な。クランク2が追撃されている可能性は十分だ。
 援護が必要になるだろうが、このままでは儘ならない」

「……後詰の人員を送るのですか」

絶望に打ちひしがれていたクランク9が、俯いたまま漏らすようにして返答した。

「そうだ」

リフレクティアはすかさずキリアの声で返事をする。
尋問については、キリアとマテリア、専門家の二人に任せるつもりだ。

>「最悪のケースを想定するぞ。敵の戦力はこちらが想定していたよりも強力だった。
 万が一の可能性ではあるが、クランク2が単独で任務を遂行する必要が生じるかもしれん。
 お前から見てクランク2は目的、手順を正しく理解しているように見えたか?
 いや……まずお前が正しく理解出来ているか、確認しなくてはな。さぁ、任務概要を復唱してみろ」

(えげつねえ……)

マテリアの問い方にリフレクティアは舌を巻く。
任務内容を丸々聞き出すという『不自然』を、クランク9が敗北し拘束された『失態』に転嫁したのだ。
己の無能さを引き合いに出されては、クランク9は何も反論できない。
ヴァフティアで遊撃課に返り討ちに遭ったのは確かに彼なのだから。

「……クランク9了解。復唱致します」

敗北者の顔が歪む。鼻梁を失った顔面中央の穴から呼気を吸う音。
たっぷり二秒のクールダウンを置いて、クランク9は任務概略の説明を始めた。

48 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 08:01:39.29 0.net
 * * * * * * 

「本作戦は、クランク2のヴァフティア中央部への到達と、遺貌骸装の生成、及びその支援となります。
 元老院の尖兵であるクランク9……赤眼型魔族:個体名"エレノラ=リュネット"の生得能力『黎明眼』は、
 対象の血中に存在する魔族因子を活性化させ、半強制的に魔族化を促すことができます。
 
 また、魔族因子を操作するという特性から、遺才遣いの持つ限定的な魔族化能力を再現することも可能です。
 遺才とはすなわち、マテリアル(象徴物)の補助を借りて、一時的に祖先の魔族へ自分を近づける能力のことなので。
 マテリアル、遺才、遺才遣いの三者が揃って初めて発動する遺才を、黎明眼が遺才遣いと遺才を代行することで、
 マテリアルが単体で遺才を発揮する状態を作ることができます。
 これが、ピニオンの開発した独立型遺才兵器『遺貌骸装』です。

 遺貌骸装は使用者を選ばず遺才級の能力を発揮できる非常に強力な武装ですが、
 その大きすぎる力を制御するには相克関係にある聖術の拘束を行う必要があります。
 ゆえに遺貌骸装には神十字のシンボルが付与され、最寄りの神殿から奇蹟を間借りすることで暴走を抑えているのです。
 今回、作戦の地にヴァフティアが選ばれたのは、その立地もさることながら、
 ルグス神殿という国内最大級の神殿機関を擁しているためでもあります。
 クランク2が本作戦で生成する遺貌骸装は、数あるものの中でも取り分けに強力なものであり、高い制御力が必要だからです」

ガスケットは自分でも呆れるほどに流暢に解説していた。
問われたのは任務内容だけだから、遺貌骸装についてまで解説する必要はないといえばない。
多分、自分でも無意識のうちに憤慨していたのだろう。
在野20年の軍人である自分に向かって、こともあろうに『任務を理解しているか?』と来たものだ。

愚問極まる。何をすれば良いかを理解するだけなら三流、何のためにそれをするかを確認して初めて二流。
聞かなくとも調べて知っていれば一流の軍人だというのがガスケットの自論だ。
自分は一流であるという自負が彼にはあった。

「クランク2をヴァフティア中心部へ送り届けるのが自分の任務です。
 遺貌骸装の生成については、黎明眼を持つクランク2にお任せする他ないのが歯がゆい所ですが……。
 いずれにせよ、ピニオン、貴方が後詰を手配するということは、クランク2は遊撃課から逃げ切れたということですね。
 しかし、警戒されているが為に、ヴァフティア中心部へは辿りつけていない。
 
 事前の取り決めではこうした場合、特に合流地点などは指定しておりません。
 殿である自分とクランク2は任務内容が全く異なる為、合流するメリットは薄いと判断致しました。
 彼女が潜伏しているとしても、目的地であるヴァフティア中心部へ必ずやってくるはずです」

無論、連絡を完全に断ったわけではない。
任務の際には小型の無線念信器を支給されている。
帝都にいる自分からは距離がありすぎる為に念波も届くはずがないが、後詰の人員も念信器ぐらい持っているはずだ。

「クランク2の念信器の固有コードを申し上げます。後詰の方に伝えてください。
 彼女が念信器を紛失していなければ、これで通信が可能なはずです」


【クランク9を幻術にはめることに成功】
【尋問で得られた情報:
 任務内容は議長をヴァフティア中心部に送り届け、とある遺貌骸装を生成してもらうこと。
 遺貌骸装とは、マテリアル単体で遺才を発動できるようにした新型武装。
 強力すぎるために、十字架型にして聖術の制御を借りる必要がある(十字槍や十字大剣などもその為の形)
 クランク9と議長は合流地点は決めておらず、任務を強行し中心部を目指すつもりだった。
 クランク9から聞いたコードで念信器による通信が可能】

49 :相沢修一 ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 11:52:32.32 0.net
チンポ!チンポ!チンポ!チンポぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!チンポチンポチンポぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!チンポたんの黒光りの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
のチンポたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
決まって良かったねチンポたん!あぁあああああ!かわいい!チンポたん!かわいい!あっああぁああ!
も発売されて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!なんて現実じゃない!!!!あ…ももよく考えたら…
チ ン ポ ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!マンコぉおおおお!!
この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?表紙絵のチンポちゃんが僕を見てる?
表紙絵のチンポちゃんが僕を見てるぞ!チンポちゃんが僕を見てるぞ!挿絵のチンポちゃんが僕を見てるぞ!!
のチンポちゃんが僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!僕にはチンポちゃんがいる!!やったよ!!ひとりでできるもん!!!
あ、のチンポちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあぁあ!!、!!ぁああああああ!!!ぁあああ!!
ううっうぅうう!!俺の想いよチンポへ届け!!マンコのチンポへ届け!

50 :相沢修一 ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/20(火) 17:23:23.24 0.net
性欲を持て余しているが、嫁も恋人もいない

抜き差しならぬ状況というわけだ

51 :木目シ尺 ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/22(木) 09:01:22.94 0.net
アナルセックスだけはマジでやりたくない

52 :木目シ尺 ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/23(金) 13:08:33.88 0.net
スカトロというジャンルを作ったカスは死ね

53 :木目シ尺 ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/26(月) 13:53:20.02 0.net
セックスアンドシティというタイトルに騙された

54 :名無しになりきれ:2014/05/26(月) 19:46:33.48 0.net
なんか気持ち悪ぃな
ここの設定

どこまでヴァフティアに拘るんだ

55 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/05/26(月) 22:53:44.05 0.net
>>44-49
――あ、これ普通にドン引きされてるっぽい。

一仕事終えて振り返ったキリアの視界に移ったのは、何にも言ってくれないお二方の姿であった。
そして、お二人から漂う雰囲気がこう……何と言いますか。控えめに言って変な物を見る目をされてるような気がして仕方がない。

尚、サディスト根性が垣間見える煽り方をしていた約一名のことは見なかったことにしておいた。
無論、昏倒したクランク9にわざわざ追い打ちを掛けているところも含めて。
わざわざ触って藪から蛇を出したいと思うほど、キリアは酔狂な人間ではなかった。

>「……一応言っておきますが、決してさっきの仕返しとか、趣味って訳じゃないですからね」

更に言うなら、敢えて否定する相手を突っつくような人間でもなかった。
鬼かこいつ、と言う言葉を――口にしたら口にしたでお前が言うなと言われるかも知れないが――飲み込み、尋問が始まる。



 * * * * * * *


己の能力に嵌めるのに、詳細な設定は必要ない。
相手の想像を煽り立ててやる方が楽が出来るし、何よりも矛盾が生じ難い――。
お膳立てを整えて、切っ掛けさえ与えてしまえばほら、一度は抵抗した奴でもこの通りだ。

一人でド壺に嵌まって転がり落ちていくクランク9を憐憫の籠った目で一瞥すると、キリアは溜息を吐いた。

偽物とは言え、上司に自らの無能具合を論われるとか良い気分じゃあるまいに。
いや、むしろ偽物だからこそ、後に知った絶望はいや増すか。

その様なことを考えながら、今度はマテリアを横目で見やる。
やっぱ仕返しのつもりはあったんじゃねーの、お前?と言う意図を込めて。

直り切っていない彼女の目はその視線を感じ取れたかは定かではない。
が、何の反応もなければ――キリアはその態度に僅かばかりの訝しさを覚えるだろう。
声を出す訳には行かないとは言え、何かしらの方法で抗議はする筈だ、とそう考えて。

56 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/05/26(月) 22:54:45.38 0.net
さておき。
語るクランク9の息継ぎに合わせて指の間に挟んだペンを回しなどして遊びつつ、キリアは手帳に手に入れた情報を書き付けていく。
キーワードは魔族化を促進させる『黎明眼』、それによって作り上げられる『遺貌骸装』、聖術による『制限』、それによる『暴走』の抑止。
加えて、聞き取った作戦目的、クランク2へ直通する固有コードを書き込む。
そこまででキリアの仕事はほぼ終わったのだが――少し考えてから、言葉を書き足す。

『作成が目的=作成時は暴走しやすいが、その後の制御には然程の力は必要ない?orこのヴァフティアなど、大規模な神殿のある地で使用する?』
『アクティブな状態でなければ聖力は必要にならないのか?必要なら、別地域で使用する際の輸送ルートは限られる』
『作った物を目的地まで運び、わざと暴走させると言う線もアリ?暴走時に何が起こるのか?』

目的である強力な遺貌骸装を作成するに当たり、大きな聖力が必要になると言うのは理解できた。
そこで幾つかの疑問が生じる。

まず一つ。
作成のみに限らず制御にも見合った聖力が必要になるのであれば、強力であればある程にその遺貌骸装を使用できる地域はかなり限られる筈だ。
それこそ、大規模な神殿のある地でしか使う事は出来ないだろうが――さて。

二つ目。
使用していない間も内に秘められた魔族の因子を抑え込んでいなければならない場合は、輸送ルートの途上には神殿が存在するだろう。
途切れればその時点で暴走の危機、と言う事も有り得る。が、此れに関しては起動状態になければお情け程度の聖力でも良いと言う可能性も十分にある。

三つ目。
内に秘められた魔族因子が暴走したその時に、一体何が起こるのか。
作成の後の用途として、暴走が目的と言う可能性は――。

とは言え、情報が足りない。何を考えたとしても、どうしても憶測になってしまう。
この辺りが埋まってくれれば、とペンの頭で書き付けた文面を軽く叩きながら思うが、無い物ねだりだ。
まあ、それもクランク2こと、議長――エレノラ=リュネットを虚栄に嵌める事が出来れば分かるだろう。

――とは言え、効いてくれんのかねぇ。

口の中で小さく呟く。
相手は、魔族だ。

だが、考えてばかりでも仕方がない。
搾れるものは搾ったと判断し、キリアはリフレクティアに目配せをし、虚栄を解く事を伝えた。

「――状況は把握した。

 クランク9、お前が何処まで囀ったかは分からん。
 が、お前から尚も情報を引き出そうと言う素振りがあれば、虚偽の情報を交えた上で教えてやれ。
 何処までが口にして良い情報かと言う判断はお前に一任する。上手くやれ。……以上だ。今は眠ると良い」

そう告げて、手振りで合図をする。意識を刈り取ってくれ、と言う合図だ。
それが生み出した結果を見届けた後、どっかと椅子に腰を下ろした。

「……さて。目的地は分かりましたけど、どうします? 神殿に話が通じそうな人がいるなら連絡とかですかね?
 クランク9の説明を聞くにクランク2は魔族因子のない人間に対しては特殊能力のないただの魔族なようですが、水晶を生成する遺貌骸装を所持、と。
 ここの神殿にこれを止められる戦力が居るかは知りませんが、居なかったら先回り必須?

 まあ、俺は純粋な魔族の戦闘力って話半分にしか聞いた事ないんでよく分からないんですがね。止められそうですか? 現状」

最悪、神殿の中枢を爆破すれば計画頓挫なんですかねーなどとぼやきつつ、キリアは手帳をテーブルの上に放り出す。

「ああ、それと情報は書き留めてありますんで。見たけりゃどうぞ。書き足してあるのは憶測なんで、話半分にしといてくださいね」

そしてそのまま頬杖を付くと、流れを見守ることにした。
いや、だって地理とか知り合いの有無とかさっぱり分からないし。

【尋問切り上げ。自分なりに情報纏めて、後は先に到着して色々してた人たちに丸投げ】

57 :木目シ尺 ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/27(火) 09:03:38.03 0.net
まんまんみてちんちんおっき

58 :名無しになりきれ:2014/05/27(火) 21:13:52.70 0.net
したした


59 :名無しになりきれ:2014/05/29(木) 07:20:45.40 0.net
>>1
気持ち悪い

60 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/05/29(木) 09:13:17.45 0.net
>>59
童貞は黙ってろ

61 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/06/01(日) 15:52:38.40 0.net
【帝都組:クローディア→セフィリア】

帝国の老舗魔導具メーカー『エクステリア社』。
携行用のアミュレット程度の小道具から、果ては鉄道用の巨大畜魔オーブ、ゴーレムの製造まで手がける業界最大手である。
同じく老舗のレオンチェフ社との最大の違いは、かの企業が生産性を重視し安定供給を顧客へ約束するのに対し、
エクステリアはオーダーメイドの一品ものを専門に稼業を行ってきたところにある。

レオンチェフは、ゴーレムの殆どを標準生産品とすることによる安価で短納期、整備もし易い抜群の信頼性で軍への採用を勝ち取った。
対してエクステリアは、高尚で難解、高価で納期もかかり、整備も部品の造り直しから始めなければならないという、
メーカーとしては商売が成り立つのが不思議なほどの扱いづらさで公的機関からは蛇蝎の如く嫌われている。
しかしそれでもエクステリア社が老舗の一つとして今日まで存続してきた理由が、一つだけ存在する。

エクステリア社製のゴーレムは――性能が良い。
量産品が組体操しても敵わないほどに、機体性能というただ一点において、エクステリアは他の追随を許さなかった。
製造関係の遺才遣いを数多く囲い、その全力を投入して創りだされる一品物のゴーレムは、
ひとたび戦場に投入されれば鬼神の如き強さを発揮し、戦いの常識を幾度も塗り替えてきた。

超絶技術集団エクステリア、その頭目である『天慧』エクステリア家の歴代当主達を、
人々は鬼神の如き才覚に畏怖と敬意を込めてこう称した――『才鬼』と。


エクステリア社の研究棟。
機密保持の為に幾重にも張り巡らされた結界を、これまた偽装防止の術式を重ねがけされた入館証を使ってくぐると、
市民会館程度のこぢんまりとした建屋が見えてくる。
これでも帝都の一等地に建っているからには、田舎に豪邸が立つレベルの地価であるはずだが、
業界大手の研究棟にしては随分とみずぼらしい印象を否めない。
それもそのはず、この建屋はあくまで外来者用の窓口であり、実際の事業所は別の場所に存在するからだ。

帝都の交通転移網、SPIN。
その最大の利点は、道路や鉄道を通すことなく異なる場所間の連絡が可能で、しかも距離を無視できる点にある。
研究棟と表札を掲げる小さな建物の中に入ると、受付嬢の笑顔の脇に小さな扉がある。
それもくぐって中に入ると、巨大な術式陣が敷設されているのがわかるだろう。
SPINの『駅』だ。
これを使って転移した先にあるのが、帝都近郊を丸々買い取って整備した、エクステリア社の研究試験場である。

春の朗らかな日差し溢れる中、きらきらと陽光を反射する濡れた芝生の上でいくつかの人影が固まっている。
全員が白衣を纏っており、望遠眼鏡で遠くを見ては手元の羊皮紙に何かを書き付けたり、白衣同士で論を交わしたりしている。
エクステリア社に在籍している、ゴーレム設計を担当する技術者達だ。
設計部署は百人単位からなる大所帯だが、いま集まっているのはプロジェクトリーダークラスの上位技術者ばかりであった。

「試作五六型の右足、礫場を踏んだ時の立て直しに遅れがありますな」
「慣性制御の術式に補正をかけますか」
「それよりも脚部の緩衝シリンダーの流体量を微増させるべきでは?」
「歯車の削り出しを2パーセントほど甘くしてみましょう。加工外注への指示書の修正を」

彼らが遠巻きに観察してはあれやこれやと議論しているのは、新型ゴーレムの性能試験の内容についてであった。
広大な敷地面積を誇る試験場は、荒野から森林まであらゆる地形をカバーしており、
そこでテスターに搭乗させたゴーレムを実際に稼働させてデータ取りをしているのだ。

いま、彼らの議論の争点となっているのは、新型の悪路走破テストにおけるバランス補正について。
基本的にバランサーは、補正値を上げるほど搭乗者への振動やGは伝わらないが、その分機敏な機動性は失われる。
衝撃を吸収するために深く踏み込むから、その分次の踏み出しが遅れるのだ。
かといって、バランサーの補正を下げると今度は操縦基が揺れまくって強烈な酔いが搭乗者を襲う。
酔うだけならまだマシだが、下手をすれば全身打撲で致命傷になりかねない。

62 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/06/01(日) 15:53:43.79 0.net
ゴーレムが悪路を往く理由は、そこで戦闘があるからである。
ガレ場をそろそろ歩くようななまっちょろい機動では、敵の砲兵の的になるだけだ。
現場と技術屋のジレンマ……しかし、悪路でも戦闘機動のできるゴーレムを作ることができれば、
エクステリアの技術がまたしても戦場の常識を塗り替えることになる。

「一回派手に動きまわってくれれば、そのデータを元に制御式を修正できるんだけどなあ」

頭を寄せ合う白衣集団の中、一人だけ背の低い影がある。
その頭の低さを補うかのように被っている三角帽と、その下からのぞく髪だけが日陰のように黒い、小柄な輪郭。
白衣集団、唯一の女性にして、腕利きの技術屋の中で最も若く、そして最も上位の役職についている者だ。
エクステリア社の技術総括主任。そしてもう一つの肩書は、エクステリア家の三女――『才鬼』の実娘である。

「そうはおっしゃいますが、搭乗者の安全を確保した上での挙動はこれが限界ですよ、エクステリア主任」
「テスターがビビってるだけじゃない?」
「またそういうことを……」

エクステリアと論を交わしている白衣の額には、気温とは異なる要員の汗が浮いている。
この若き才媛は、非常に優秀な技術屋だが、同時に何度か本物の死線を潜ってきた武闘派でもある。
その経験が彼女の何かを変えてしまったのか、物事の追求に対する姿勢が過激だった。
今回の性能試験だって、自分が搭乗して乗り回すとまで言い出したのを設計部総出で宥めすかして止めたのだ。
帝都最高の知慧を誇る家系を、いくらなんでも試作段階のゴーレムに乗せるわけにはいかない。
訓練を積んだテスターですら、搭乗したゴーレムが転倒すれば大怪我を負いかねないのだ。

「ましてや今回は凹凸の高低差が1尺近い相当な荒れ地、操縦性で言えば劣悪の一言。
 試験開始から一時間保っているだけ今回のテスターは優秀なんです――」

説得にかかっている白衣の背後で遠眼鏡を覗いていた技術屋達が、やにわにざわめき出した。

「なんだ、ゴーレムの動きが停止したぞ。まだ試験走行は続いているのに」
「テスター08、応答せよ――念信に反応がありません!」
「おい、これは拙いんじゃ……すぐに救護班を向かわせろ!」
「待ってください、操縦基のハッチが開きました。テスターが顔を出してます。何を……」
「あ、吐いた。テスター吐いてます!あれは、スクランブルエッグ……おええええ」
「げええ!もらいゲロしやがった!救護班、こっちにも手当を――!」

現場では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
顔面を吐瀉物まみれにしたテスターと、何故か遠眼鏡越しにもらいゲロした技術屋が担架で運ばれていく。
エクステリアはその一部始終を見届けてから、こめかみを揉んで部下に指示を出した。

「操縦基を汚さなかったのは偉い。あのテスターに特別手当としばらくの療養休暇を」

部下の技術屋は指示を了解すると、伝令をしに白衣をたなびかせて走っていった。
そしてすぐに戻ってきた。

「エクステリア主任、お客様がお見えになっています。面会希望、今からです」

「今から?アポも何もなかったはずだけど……」

エクステリアは露骨に怪訝な顔をした。
統括主任である彼女は、顧客との技術的な打ち合わせに出席することも多い。
だから基本的に呼ばれれば面談の席に出てきはするのだが、アポ無しでいきなり訪ねられたのは初めてだ。
普通なら忙しいからとか何か理由をつけて断っている。

「でもいま丁度、試験が中止になって手持ち無沙汰になっちゃった。
 ……良いよ、面会出ます。応接間に通してお茶を出しておいて――」

エクステリアが面談に応じた瞬間、彼女の身体が光に包まれて消えた。
愕然と立ち尽くしている部下の目の前で、金貨が二枚、ちゃりんと芝生を転がった。

 * * * * * *

63 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/06/01(日) 15:54:28.26 0.net
「呼び出すだけで金貨二枚!?一体どんな高給取りなのよ、あんた……!」

憮然とした表情で椅子に腰掛けるエクステリアを目の前にして、クローディアは驚愕の叫びを挙げた。
彼女の遺才は、召喚する対象が人間の場合、『呼び出してここへ来させる』という労働の対価を支払うことになる。
その賃金計算の基準となるのは対象の基本給与であるわけだが、必然、相手が高給取りであればあるほど召喚の対価も大きくなる。
中でも今回のエクステリア召喚の対価は金貨二枚。遊撃課ですら金貨一枚で呼び出せるのに、単純計算で二倍である。

「それで、私はなんの為に召喚されたの?営利誘拐にしては拘束もされてないし……。
 というか内心穏やかじゃない。誘拐対策に結界何枚張ってたと思うの」

エクステリアの戸惑いは尤もだろう。
彼女にかぎらず、大手企業にとって技術者とはそのまま企業の財産である。
技術者を攫ってノウハウを奪おうと考えるならず者企業や、敵対国家の軍事工廠なども存在する。
それら誘拐工作に対する対処も、大手であればあるほどに成熟しているものだ。

エクステリアは研究棟に何重もの結界を張り、召喚術はおろか物理的に入り込むことすら不可能なまでに固めている。
研究棟の外でも、誘拐用の召喚を防ぐ対抗術式や結界術式を刻んだアミュレットの携行を義務付けているのだ。
にもかかわらず、いまこうして彼女はいとも容易く試験場の外へと連れだされてしまっている。

「心配しなくても大丈夫よ。別にあんたの所の結界がザルってわけじゃあないわ。
 あたしの遺才はそういうの一切合切無視して、お金を引き換えに召喚できるんだもの」

無論、相手が呼び出しに応じるという『労働』を拒否する場合もある。
エクステリアのように誰かの指示で働くタイプの就労形態ではない者は、クローディアの召喚でも呼び出せない。
だから、面談に応じてもらうという形で変則的に呼び出しを行ったのだ。

「あたしはクローディア。クローディア総合商会の社長よ。
 後ろの二人は弊社の社員、ガルブレイズとスイ。これ名刺ね」

クローディアの手から紙片が投じられ、エクステリアが指の間にそれを受け止める。
素早く視線を走らせて内容を確認すると、火炎術で名刺を焼却した。

「覚えた」

「そう、話が早くて助かるわ。あんたを呼び出した理由はひとつ。
 そこのガルブレイズに新しいゴーレムを作って欲しいの――このコアを使ってね」

「ガルブレイズ……」

エクステリアはそこで初めてセフィリアの方を見た。
頭の中で何か情報が繋がったのか、みるみる顔に理解の色が灯る。

「セフィリア=ガルブレイズさん?ブライヤー君の部下で、サムエルソンに乗ってるあの!
 こうして顔を合わせるのは初めてだね、ついに弊社のゴーレムを購入してくれる気になったの?」

いきなり召喚されて取り囲まれているにしては、えらく素早い順応を彼女は示した。
セフィリアがエクステリアと個人的に親交があるというのは事前に聞いていたクローディアだったが、

(こうして改めて見ると、ガルブレイズって上流階級のお嬢様だったのよね)

戦場での苛烈な彼女しか見ていない自分にとって、セフィリアは凄腕のゴーレム乗りにして遊撃課の従士である。
だが、あのサムエルソンをエクステリア社の最新機と渡り合えるレベルにまでフルチューンしたのはセフィリアなのだ。
そこにかかる金額を思い、昨日助けた時に貰いかけた報酬額と言い、彼女のコネというのは商会にとって大きな武器になる。

「御社のゴーレムが欲しいのは確かにそうよ。でもちょっと特殊な条件でお願いしたいの。
 さっきも言ったけれど、ここにゴーレムのコアがあるわ。これに合わせた発導基を造り直して、特注品を組んで頂戴」

「コア……これ、うちのじゃないね。レオンチェフ社の?」

64 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/06/01(日) 15:54:57.56 0.net
エクステリアは「失礼、」と断りを入れてセフィリアからコアを受け取った。
球状のオーブ体を、ウエスで掴みながら眺め回す。

「剥き出しにしては傷もないし、そのまま使えそうだけど……社外品を搭載するとなると設計からやり直さなきゃだよ。
 時間もかかるし、費用も相当――ちょっと待ってて、今計算するから」

エクステリアが右手を挙げると、蒼い術式陣が虚空に出現した。
それは、数字を書き込んで計算結果を出力する算術盤を模した見積術式だ。
商人のよく使うもので、クローディアも同じ類のものを持っているが、表示可能な数値の桁が違った。

「概算見積でこんなところかな。アフターの整備代も含めたらもっといくよ」

エクステリアの右手指から弾かれて、算術陣がこちらに飛んでくる。
そこに表示されていた金額は――

「新品の新型サムエルソンが10台買えるじゃない、これ――!」

「レオンチェフの汎用品と一緒にしないで欲しいなあ。
 これでも市場に載せない分かなり特価を出してるんだよ、末端価格ならこの倍はかかるよ。
 あと納期だけど、スケジュールにもよるけど受注日から約三ヶ月後に納品かな」

クローディアは振り返ると、セフィリアに向けて手招きした。
エクステリアに聞こえないように肩を組んで耳に口を寄せる。

「納期についてはあたしの遺才で短縮できるけど……正直、金額が予想を超えていたわ。
 ウルタールが土地ごと買い取れそうな額じゃない。
 ガルブレイズ、あんたがいっくらお金持ちでも、ポケットマネーでこんな額出せる?」

否、ポケットマネーと言わず家の資産に手を付けたとしても足りないかもしれない。
戦闘用の乙種ゴーレムを10台購入できる額というのは、豪邸換算でも帝都に5件は建てられる額だ。
お尋ね者となり、実家を頼れないセフィリアに用意できる額とは思えない。

「向こうの言い値じゃ話にならんな。何か値引き交渉できる材料はないのか」

門外漢ゆえにずっと黙っていたスイが声を潜めてそうつぶやいた。

「大手メーカーの幹部が、アポも無しに面談に応じたということは、何らかの事情で予定が潰れたからじゃないか」

言われてクローディアは、銅貨を指で弾く。

「『買う』わ、あんたの情報――いま何かお困りのことはない?」

遺才が発動し、質問に対する強制力がエクステリアに発生する。
彼女は情報が社外秘か否かの判断に一瞬を消費し、そして話し始めた。

「いま新型の機動試験をしてるんだけどね。荒れ地の走行試験が悪路すぎてテスターがみんな音を上げちゃってて。
 データさえとれればあとはコアの方でバランス調整できるんだけど、誰も最後まで操縦し切れなくて困ってるかな」


【エクステリアへ接触】
【コアを組み込んだ新型ゴーレム製造の見積をもらうも、巨額すぎて手が出ない!】
【何らかの交換条件をつければ交渉の余地あり?】

65 :名無しになりきれ:2014/06/01(日) 21:42:59.07 0.net
はっきり言うけど

かなり痛々しいです…

66 :木目シ尺 ◆N/wTSkX0q6 :2014/06/02(月) 14:04:27.34 0.net
>>65
>>65
>>65
>>65
>>65
>>65
>>65
>>65
>>65
>>65

67 :名無しになりきれ:2014/06/06(金) 21:21:30.43 0.net
>>66
ん?
黙れ
気持ち悪い

68 :名無しになりきれ:2014/06/08(日) 22:00:43.01 0.net
おーう
レギオン死んでるかーw

69 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/06/11(水) 04:21:14.39 0.net
クランク9は予定通り、『虚栄』の術中に落ちた。
彼が口にしたのは議長ではなく、恐らくは更にその上にいる人間の名だった。
ピニオン――聞いた事はないが、これから先で何か役に立つかもしれないと、記憶の片隅に留めておく。

>「……流石だな、『虚栄』。元老院がお前を残したがったわけだぜ」

「レクストの呟きに、マテリアは密かに眉根を寄せた。微かな不満――彼女自身も意識していない所作、感情だった。
マテリアはキリアの遺才の有用性はよく知っているし、それを否定するつもりもない。
だが、そんな事は関係ないのだ。彼女の中にいる『負けず嫌い』にとっては。
一夜の内に二度の挫折を喫した『天才』は、だからこそ本人も気付かぬ内に前よりもずっと、大きく膨れ上がってた。
滲んだ色のみが構成する、輪郭のぼやけた視界――彼女はそれを不快どころか、好ましくさえ感じていた。
耳に手を添えなくても、音が今までになく鮮明に聞こえる。もっとも――代わりに気付けなくなったものもあるが。

ともあれ、クランク9はマテリアの問いを受けて任務概要を語り出した。

(エレノラ・リュネット……それが、あの子の名前……)

議長の口からはついぞ告げられる事はなかった名前――何故、彼女は誰にも己の名を教えなかったのか。
会って間もない自分達はまだしも、決別のその時までずっと案じていた人間難民の皆にすらも。
素性を隠す必要のある任務ではない――何か、思う所があったのだろうか。

だが、なんにせよ今考えるべき事ではない。
筆記具の走る音からキリアが記録を取っている事は分かるが、今のマテリアの目ではそれをちゃんと読み取れるのか怪しい所だ。
それとなく耳に右手を当てる――音が更に精緻に聞こえる。筆記具と羊皮紙の擦れる音から、記された文字すら把握出来るほどに。

>「――状況は把握した。

  クランク9、お前が何処まで囀ったかは分からん。
  が、お前から尚も情報を引き出そうと言う素振りがあれば、虚偽の情報を交えた上で教えてやれ。
  何処までが口にして良い情報かと言う判断はお前に一任する。上手くやれ。……以上だ。今は眠ると良い」

さておき尋問が終わり、キリアは手振りでクランク9の意識を断つよう示す。
けれどもマテリアはそれに対して、少し待つように、と手のひらを立てた。
そして魔導短砲を抜くと、照準をクランク9の頭部に定めて、口を開く。

「……いや、待て。最後にもう一つだけ聞いておこう。クランク2の様子を実際に目で見てきた、お前にしか分からない事だ」

これだけは、絶対に知っておきたい事だった。どの道もう尋問は終わっている。
例えこの質問がピニオンにまるで相応しくなく、それによって『虚栄』が解けてしまっても、問題はない筈だ。

「我々はあの子を幸せに出来ると思うか?」

朧げな視界の中で、クランク9を睨む。
彼らが議長をただ利用しているのか――それとも彼らなりの理想があって、本当にその中であの子を幸せにしようとしているのか。
情報として役に立つ訳ではない。ただ知りたい。マテリアの動機はそれだけだった。

これで虚栄が解除されるなら――それはつまり彼にとってこの問いが、議長の幸せを案じるのが、不自然な行為だという事だ。
だとすればマテリアは、衝動的に砲を放つだろう。
処理する時間もなく、無関係な人間に発見された際の手間を鑑みて殺害はしない。
が、相応の苦痛と、まんまと二度も騙されたという失望を味わいながら気を失ってもらう。

しかし、もしもクランク9が肯定の答えを返したのなら――その時は短砲を下ろし、フィオナに処置を任せるだろう。
相手を過剰に痛めつけず落とす為の技術は、彼女の方がずっと長けている筈だ。

70 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/06/11(水) 04:22:01.81 0.net
>「……さて。目的地は分かりましたけど、どうします? 神殿に話が通じそうな人がいるなら連絡とかですかね?
  クランク9の説明を聞くにクランク2は魔族因子のない人間に対しては特殊能力のないただの魔族なようですが、水晶を生成する遺貌骸装を所持、と。
  ここの神殿にこれを止められる戦力が居るかは知りませんが、居なかったら先回り必須?

  まあ、俺は純粋な魔族の戦闘力って話半分にしか聞いた事ないんでよく分からないんですがね。止められそうですか? 現状」

「……それ、あなたが冗談半分と思ってるだけで、相手はずっと本気だったんじゃないですか?
 二年前の大強襲で確認された古流魔族は、確か二体か三体。たったそれだけだったんです。
 それに『呑地王』ならいくらあなたでも知っているでしょう?九年前、クリシュ方面で暴れていた魔族です。
 奴のせいで地図を書き換える事になった回数は、両手の指だけじゃ数えられないほど。
 軍が動かなかったのも、油断を誘う為には『村規模での犠牲くらい』はやむなしと判断したから……まぁ、これは噂に過ぎませんが、多分本当でしょうね。
 ……今更魔族のヤバさを説明する事になるだなんて、あなたの最終階級、二等兵かそこらでしたっけ?」

溜息を一つ零した後、マテリアは、ですが、と言葉を繋ぐ。

「あの子は赤眼によって生まれた魔族です。夕方頃に一度あの子が暴走する所を見ていますが、
 手を軽く振るっただけで成人男性の腕を完全脱臼させていましたね。
 まぁ、少なくともこのヴァフティアごと丸呑みにされる事はありません。……それでも、私程度じゃとても正面からでは相手にならないでしょうがね」

と、そこまで言った所で、ふと新たな疑問が浮かぶ。

「そう言えば、あの子は既に一度、ルグス神殿を訪れていますよね。あー……ファミア、ちゃんと一緒に。
 それって何の意味があったんでしょう。あわよくばあの時に目的の遺貌骸装を作ってしまうつもりだった?
 幾らなんでも、浅慮過ぎるような気がしませんか?そりゃまぁ、あの子は子供ですけど……」

そもそも、あの時はまだ人間難民達はヴァフティア市内にいた。
別れ際、議長はヴァンディッド達を連れてヴァフティアを脱出してくれと言っていた。
そこから推測するに、議長が目的を成した場合、人間難民達にも危害が及びかねない事態が起こる筈だ。
だとすれば夕暮れの時点で目的を成してしまうとは考え難い、とマテリアは述べる。

「……あぁ、マクガバン。なのでヴァフティアから移送される可能性は低いんじゃないでしょうか。少なくとも、すぐではない筈。追記しておいて下さい」

そう言って手帳を一旦キリアの方へと滑らせる。自分は今、まともな筆記が出来る状態にないからだ。

「それにあの時点ではまだ、あの子には元老院による大陸弾道呪術の戒めが残っていた筈です。
 神殿内で暴走する事で、それを解いてもらうつもりだった?これもちょっと博打が過ぎます。
 もっと何か、他の目的があったのではないでしょうか。例えば、本番に備えた前準備。
 或いは自分が暴走し、討伐されてしまっても問題ないよう、時限式で目的が達成されるような仕込みです。
 私達は黎明眼が具体的にどのように強制魔族化を起こすか知りませんが……
 『赤眼』は確か、配布、装着から強制魔族化まで、暫く時間がかかった筈……ですよね?」

レクストとフィオナへ視線を向けて――少なくともそのように振る舞って、確認を取った。

「神殿へ連絡を取るなら、その旨も告げた方がいいでしょう。警戒と共に敷地内の捜索も必要です」

それからマテリアは顎に右手を添えて一度考え込む。

「……とは言ったものの、何か変な気はするんですけどね。さっきクランク9は、あの子がまだ目的を達成していないと想定していた。
 けど、博打以外の目的なしにあの子が既に一度神殿を訪れている事には、何かそれなりの理由がある筈です。
 暴走した自分が討伐されるかもしれないリスクに見合う理由がなければ、不自然です」

腕を組み、姿勢を変え、目を閉じ首を傾げて頭を捻る。

71 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/06/11(水) 04:23:03.48 0.net
「あの子がいつ、ピニオンと接触したのかは分かりませんが、少なくとも大陸弾道呪術を施される前だった筈です。
 でなければ、ろくに会話も出来ないでしょうし……呪術を施されたのが、あの子やピニオンにとっても予想外の事態だったとしたら、
 独断で目的を前倒しにしたとも考えられますが……うーん、或いは……」

そこで思考を中断して、マテリアは深く息を吐いて目を開く。
どうせこれ以上考えても答えの出しようがない。
それよりも、もっと有益な情報を口にしなくては。

「ところで、この街の守備隊。多分ですが彼らにも協力を頼める筈ですよ。
 実は、あー……その、ちょっと前に私、あの子の姿で守備隊と事を構えちゃいまして」

歯切れの悪い口調でマテリアは告白する。
とは言え守備隊は議長を、この街で呪術を行使した存在だと認識しているだろう。
従士隊、遊撃課の名や記章を使えば協力を求める事が出来る筈だ――無論、マテリア自身が出向く事は避けた方が無難だが。

「とにかく、とりあえずは神殿を中心に守備隊と神殿騎士で二重の防衛網を張るのが最優先でしょう。
 私達は神殿付近で待機して、あの子の姿が確認されてから対応に向かうのが妥当だと思います。欺瞞への警戒は忘れずにね」

あと考えるべき事は――

「それからあの子の念信器の固有コード……どう使ったものですかね。
 私達がこれを知っていると知られなければ、『虚栄』の踏み台に出来るかもしれませんが。
 ピニオンとやらが小型念信器の有効圏内にいると言うのも、多分不自然な話でしょうし」

自在音声でクランク9に扮する事も、念信器越しでは叶わない。

「なんにせよ有効に使えるのは、多分一度きりでしょう。……お茶に誘った所で、あの子が来てくれるとも思えませんしね」

【考察/夕方頃に一度神殿を訪れた意味は?何かあるんじゃ?/守備隊も利用出来るかも?/念信器の固有コードにはノータッチ】





「あと気になった事と言えば……確かクランク9はこう言っていましたよね。
 今回作戦の地にヴァフティアが選ばれたのは、その立地もさる事ながら、ルグス神殿という国内最大級の神殿機関を擁しているためでもあるって。
 じゃあ神殿さえなければ、別に作戦は他の場所で行っても良かったって事ですよね。
 ヴァフティアの立地……結界都市である事は、関係なさそうですね。となると……やっぱり、国境付近であるって事?
 ……何が目的かは分かりませんが、とんでもない事であるのは間違いなさそうです」

72 :名無しになりきれ:2014/06/11(水) 21:52:58.93 0.net
自演でいつまで続けてるんだ?
ん?
病気か?

73 :名無しになりきれ:2014/06/13(金) 20:08:18.72 0.net
yes 病気だ

74 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/06/15(日) 06:11:36.56 0.net
毒の霞を切り裂いて飛翔。出来る限り衝撃を殺すようにリフレクティア青果店前に着地。
店舗前の清掃用らしい外水道の蛇口をひねり
「そぉい!」
桶にためた水を横たえたマテリアにぶちまけました。
それこそ流れる水の如くによどみない動きです。

別に虐待を加えようとしているわけではなく、体表のガスを洗い流すための行動でした。
ついでに自分も顔を洗ってうがいを一つ。
視界の靄は晴れないけれど、いくらか楽にはなりました。

ようやく一息つけたところで横を見ると、マテリアがびくびく震えていました。
どうも迅速な応急処置が必要そうです。

さて、実はファミアも聖術が使えます。
後付くさいなどと言ってはいけません。使えるものは使えるのです。
ファミアが帰依するのは主に家の中の火を司るマイナーな神様"ホムス"。
子供の頃、熱病に倒れた時に幻視したものがその聖印だったからですがそれはさておき。

火といえば物を燃やすもの、つまり破壊の象徴ですが、
一方で再生にも深く関わるものであることは広く知られています。
つまり、ホムスの信徒もまた、治癒の術を使うことができるのです。

ホムスの奇跡"封傷"。これは字のごとくたちどころに傷を塞いでしまう便利な聖術です。
その効果から"ご家庭の聖術百選"にも選ばれるほど。

聖術はそんなに敷居の低いものなのかって?
奇跡を切り売りしなきゃ口に糊することもできない神様もいるんです。
みんながみんなルグスみたいに左うちわでやっていけやしません。
人が神の似姿だというなら、逆に人の間に起こりうる問題を神が抱えることもあり得る話なんです。
格差とか。

とはいえ、タニングラードでの一件――フィンの負傷により必要性を感じ、
短期間で覚えたものですから当然ながら効力はとても限定的。
傷を塞げる範囲は指で触れた箇所のみなのです。
もともと包丁で指切ったとか、そういう時に使うものなので仕方がないですね。

マテリアの症状で特に危険そうなのは口から肺に至る呼吸器の被曝ですが、
この聖術で応急処置をしようと思ったら直接なぞるしかありません。
喉の奥に指突っ込んで、です。

(……いや絶対無理でしょう)
どう考えてもえづきます。危険です。
しかし何もしないでは容態も危険。

悩むファミアに、かすれた声が届きました。
>「あり、がとう……ファミ、アちゃ……」
ファミアは苦痛の下から這い出てきたようなその声に、迷いを振りきりました。
(――よし、やめよう!)
懸命です。

75 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/06/15(日) 06:12:47.25 0.net
直後フィオナたちが合流したので、やっぱり応急処置をしておいたほうが……という事態は避けられました。
当然このあとは捕らえた敵から情報を引き出すための尋問が行われます。
キリアは遺才を確実に発動させるために何か下準備を行うようです。
>「素直に囀ってもらうための一助として、まずは要らないモン取っ払っ






>は書き留めてありますんで。見たけりゃどうぞ。書き足してあるのは憶測なんで、話半分にしといてくださいね」
さあ、それではメモを読んでみましょう。
放心している間に何があったかなどと考えてはいけません。

まっさきに目に入ったのは
「エレノラ=リュネット……」
"極北の炎"こと議長の本名。

>「そう言えば、あの子は既に一度、ルグス神殿を訪れていますよね。あー……ファミア、ちゃんと一緒に」
言いながらこちらを見たマテリアと微妙に目が合わないような気がしましたが、
ファミアはあまり気に留めませんでした。
考えるべきことは他にも多かったのです。

「神殿へは私が連れて行ったんですが、時期尚早ではないかとは口にしていましたね……」
つまりエレノラにはあの時点でことを起こす気がなかったということです。
それがあれほどの大騒ぎになったのはルミニアの聖術"白鏡"の発動によってでした。

(なぜあのタイミングで?何かの処理をしないと自動で発動する?
 しかしそれならあんなに人のいるところへ行くはずもない)
もし本当にそのような条件があるならエレノラは術を施された際にルミニア僧から聞いているはずですし、
聞いていないならここまでの道のりで発動していたはずです。

考え過ぎかもしれませんが、しかし何らかの意図があったのかもしれないとも思えててしまうのも事実。
元老院が自らの計画の障害足り得るクランクなる集団について、まるきり知らないということがあるでしょうか。
いや、知らないはずがないのです。
クランク及びピニオンの名はウルタールの事件後の報告により、元老院まで届いているのですから。

一方、あの場で魔族化(エレノラからすると人化の解除)が起きれば、
エレノラが討伐されるという結果になる確率は非常に高いものです。
わざわざ鈴つけて送り出した猫を死なせる理由はファミアには思いつきません。

まあ、神殿での騒動が誰の意図であったとしても、根本的な疑問は解決しないのですが。
すなわち――で、結局なんのため?
ひょっとしたら全てがただの偶然なのかもしれません。
そうであれば喜ばしいことです。

76 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/06/15(日) 06:13:28.29 0.net
>「それからあの子の念信器の固有コード……どう使ったものですかね」
ファミアがあーでもないこーでもないとクランク9から全力で視線をそらしつつ考えていると、
マテリアが呟きました。

「……黒の教科書を見た、と名乗り出るのも手でしょうか」
ファミアには何のことやらさっぱりですが、"人間難民"と"議長"を結びつけた絆。
まだ"誰かと繋がっていたい"という気持ちがあるなら、ひょっとしたら効果があるかもしれません。
先ほどの一件で人間難民たちとは決別したようには見えますが、そうでありながらその身を案じてもいました。

とは言え不自然さという点ではピニオンを名乗るのとどっこいどっこいです。
なぜヴァフティアにいるかはあっさりクリアできますが、念信器のコードを知っているのはなぜだという話ですし。

「エレノラさんが行動を起こすまでにある程度時間があればピニオンの名も使えるかもしれませんが……」
この騒動が帝都に伝わりピニオンがそれを検討しそして実際に移動するだけの、
つまり不自然を緩衝してくれるだけの時間です。
しかし――

「――我々が使える時間は、一体どれだけあるんでしょうね」
逃走したその足で行動を起こされでもすれば、今ここで額を突き合わせて話していることの半分は無駄になるでしょう。
能動的に動ききれない悔しさに、ファミアは唇を噛みました。
そして思ったより強く噛みすぎてぶつ、と唇に穴を開けてしまい、思わず口元を抑えてうつむきました。

【丸投げされたものを八割がたスルー】

77 :名無しになりきれ:2014/06/15(日) 12:41:04.89 0.net
つまんねえな
オナニー公開してて何が楽しいの?

78 :名無しになりきれ:2014/06/17(火) 19:45:20.97 0.net
ナニも楽しくない

79 :名無しになりきれ:2014/06/21(土) 23:54:00.81 0.net
ただただ気持ち悪い
それだけ

80 :名無しになりきれ:2014/06/23(月) 23:14:14.54 0.net
ヲナニート

81 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/06/24(火) 22:16:11.77 0.net
 エクステリア社と聞けばゴーレム乗りは涎を垂らす
っという言葉もあるほど性能という点では他の追随を許さない超有名企業である
多くのゴーレム乗りが憧れるところであるがセフィリアはとんと縁がなかった
彼女が軍人の家系であり、軍に採用されているゴーレムの多くがレオンチェフ社製
父が彼女に与えたのも軍で使われなくなったお古のサムエルソンだ

それから彼女はその与えられたゴーレムを偏愛するようになる

今彼女がいるのは商会が使っているオフィスだ
ナーゼムの姿が見えないのは「お使い」にいっているという
クローディアにもうすぐお客さんがくると言われて、お茶の用意をしていたセフィリアは
お茶菓子でも買いに行ったのかと極当たり前のことを考えていた

少し前にセシリアの元へ向かおうと提案したが、さすがにアポなしで向かうのは難しいと至極もっともな返答を受け
セフィリアは渋々応じた
クローディアにしてもセフィリアの提案を却下したわけでもなく、準備が足りないと言いくるめられため
今からくるお客というのはセシリアに非正規な手段で会うためのコネを持つ人物だと邪推していた

国からの追われる身になり表立って会えなくなった
この国から追われる身というのはセフィリアにとってもちろん我慢できるしろものではない
だが、彼女自身別のところへの怒りと事態を打開すれば疑いも晴れると思い、さほど深刻には考えていなかった
だが、待っている間に飲むお茶へ、入れる砂糖が2割り増しになっている程度には動揺していた

「社長はお砂糖どれくらい入れます?」

他人から見れば驚くほどリラックスしていると見えるだろう

(安い茶葉にミルクも新鮮じゃない、おまけに給仕もいないとなれば姉上あたりは卒倒しそうだな)
それなりの名家へ嫁いでいった次姉のことを思い出しながら、午後のお茶時間を嗜んでいた

……お客の到着を待つのとお茶の時間、どちらがメインなのか

一杯目のお茶がなくなったところで、社長は金貨を2枚弾いた
召喚されたのは白衣を身にまとった女性
セフィリアには見覚えのある顔だった

>「あたしはクローディア。クローディア総合商会の社長よ。
 後ろの二人は弊社の社員、ガルブレイズとスイ。これ名刺ね」

82 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/06/24(火) 22:16:46.59 0.net
「ガルブレイズ家の四女、セフィリアと申します
何度か手紙でのやりとりはいたしましたけど、こうしてお会いできるのは初めてですわ
お会いできて光栄です『才鬼』セシリア=エクステリア様」

スカートの両端を上げて貴族風の挨拶をしてみせた

>「セフィリア=ガルブレイズさん?ブライヤー君の部下で、サムエルソンに乗ってるあの!
 こうして顔を合わせるのは初めてだね、ついに弊社のゴーレムを購入してくれる気になったの?」

「購入……まずは直接お話しを聞かせてもらおうかと思いまして
こちらの事情で手荒で、呼び出しという形になってしまい大変恐縮です」

セフィリアはここで軽く頭を下げた
ここまではほんの儀礼なので大した意味はない

「私がお願いしたのはこのコアを元に最高のゴーレムを作って欲しい
無論、難しいことはわかっておりますが、そこをなんとかできないでしょうか?」

セフィリアはサムエルソンのコアをエクステリアに差し出した

>「剥き出しにしては傷もないし、そのまま使えそうだけど……社外品を搭載するとなると設計からやり直さなきゃだよ。
 時間もかかるし、費用も相当――ちょっと待ってて、今計算するから」

工業用の真っ白いウエスでコアを掴み、観察を始めた
セフィリアが口を挟もうとする隙もないほど、テキパキと作業をすすめていく
術式が空中に浮かぶと数字が次々と書き込まれていく……

>「概算見積でこんなところかな。アフターの整備代も含めたらもっといくよ」

導き出されたのは特注ゴーレムの値段……さすがのセフィリアもみたことがない額だ

「エクステリア社が業界大手ってのもうなづけますね……」

もはや呆れともいえる額にやっとこさ言葉を絞り出した
クローディアが手招きしている
経費で落としてくれるのだろうかと馬鹿げた考えが一瞬頭をよぎる

>「納期についてはあたしの遺才で短縮できるけど……正直、金額が予想を超えていたわ。
 ウルタールが土地ごと買い取れそうな額じゃない。
 ガルブレイズ、あんたがいっくらお金持ちでも、ポケットマネーでこんな額出せる?」

ぶんぶんと頭をふった
出せるはずがない
ガルブレイズ家にも領地がある
その領地3年分の税収と同程度の額だ

>「向こうの言い値じゃ話にならんな。何か値引き交渉できる材料はないのか」

「ことがすんだら家の力で軍にエクステリア社のゴーレムを何台か買わせましょうか
性能はいいんです。特殊人員向けとかなんとか適当に私の父を説得してください
社長、間に入って儲けもでるんじゃないですか?」

人任せである
社長たるクローディアは銅貨を弾いて情報を引き出すことを選択した

83 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/06/24(火) 22:18:08.16 0.net
>「いま新型の機動試験をしてるんだけどね。荒れ地の走行試験が悪路すぎてテスターがみんな音を上げちゃってて。
 データさえとれればあとはコアの方でバランス調整できるんだけど、誰も最後まで操縦し切れなくて困ってるかな」

渡りに船とはこのことだった
クローディアとスイの視線がセフィリアに集中したのがわかる

(お前にうってつけの仕事だ)

奇しくもセフィリアのクローディア商会最初の仕事が決まった瞬間だった

「エクステリアさん、そのテストパイロットの仕事、私がお受けしましょう
その程度ならなんの問題もありませんよ
クローディア商会は人材派遣もおこなっているんですよ」

自信満々の口ぶりだ
そして、セフィリアの口は止まらない

「私はゴーレム操縦の腕前なら帝国屈指の自負があります
懸鬼は……あのような一般人には出来ない操縦方法らしい人は置いておいて
それに勝るとも劣らないはずです……たぶん
まあ、そんな話はどうでもいいんです」

セフィリアは初めての営業トークを勝手に始めたにもかかわらず、緊張してなにをいいたいのかわからない状態になっている

「私はあなたが作るゴーレムに乗ります
とびっきり腕前のいい私がです
でも、あなたが提示したお金はありません
だから、私にゴーレムを格安で譲ってくだだい
私はそれで帝都の人たちの目を釘付けにします」

そこで一息ついた

「ねえ、エクステリアさん
あなたのゴーレムが護国十戦鬼に勝つところを観たくありませんか?」

武人らしい提案といえば提案だ
だが、恐らく横でクローディアはこんなことを考えているかもしれない

これではまるでスポンサー契約だ

84 :名無しになりきれ:2014/06/24(火) 23:22:48.31 0.net
頼むからもうやめてくれよ
気持ち悪いからさ

害悪でしかないんだよね

85 :名無しになりきれ:2014/06/24(火) 23:40:36.04 0.net
>>84
パシュパシュ…

パシュパシュパシュ…!
>>84が機関砲で射殺される)

86 :名無しになりきれ:2014/06/25(水) 23:25:57.13 0.net
おう


乱入もありか?w

87 :名無しになりきれ:2014/06/26(木) 21:06:59.59 0.net
いつでもええで

88 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/06(日) 23:15:07.89 0.net
【リフレクティア青果店跡地】

書記役を買って出たキリアが手帳にまとめた内容を、遊撃課の課員達は補足を加えながら回し読みしていく。
尋問吏二人がクランク9から聞き出した情報は、『ピニオン』なる組織の全貌にこそ届かずとも、端緒を理解するには十分だった。

「えーとつまり、遺貌骸装――ヴィッセンが持ってる十字槍や、こいつの着けてた義腕のお仲間の、
 超強力版みたいなのをこの街の、中心部で造ろうとしてるってことか、あの魔族娘は」

赤眼の魔族、クランク2ことエレノラ=リュネットの目的。
並びに彼女を擁する謎の技術研究組織ピニオンがやらかそうとしていること。
『何がしたいのか』は以前不明のままだが、『どこで』『どうやって』それを為そうとしているかはわかった。

いまはそれで十分。
エレノラを追うにしても、またその行動を阻止するにしても、こちらからのアプローチが可能になったのは大きい。
念信器と、神殿での直接対話。エレノラへ通じるルートが二つ、遊撃課の手元にはある。

ともあれ絞れるものは絞った。拿捕したクランク9は用済みだ。
あとは適当に意識でも飛ばして蔵にでも放り込んでおき、しかるのちに帝都に引き渡せば良い。
キリアに尋問の終了をハンドサインで指示し、リフレクティアは壁に背中をつけた。
生き残った壁材が背中に篭っていた熱を攫っていき、戦闘の予熱が消えていく。
現場全体が緊張の雰囲気を終えてゆっくりと弛緩していくなか、マテリアだけが背筋を伸ばしていた。
その手には魔導短砲。偵察兵や情報兵の持つ、暗器然とした暴力の塊を、クランク9の喉元に向けて彼女は言った。

>「我々はあの子を幸せに出来ると思うか?」

「………………。」

マテリアが何をしているのか、リフレクティアには明確にわかる。
二年前の、青く様々なものの足りなかった自分ならば、きっと同じことをしていただろうから。
そして、いまの、自分だけでなく大局的な事柄のすべてを見るようになった自分だからこそ言える。

マテリアは肩入れしているのだ。
エレノラ=リュネットという、幼く、未熟で、悲しい芯の強さを持った少女に。
軍人としてあり得べからざる過剰な感情移入は、マテリア自身の経験から生じたものだろうか。
それは本来尋問において必要ないはずの、言ってしまえば――『敵が敵のことをどう思っているか』などという些細な人間関係だ。
知ったところで、エレノラに対する遊撃課のスタンスは変わらない。
住宅街で周囲を平然と巻き込むような攻撃を仕掛けてくる武装集団の、彼女は明確な一員なのだから。

「ピニオン?貴方は――」

問われたクランク9は、光のない双眸を怪訝に歪ませた。
リフレクティアの右手が反射的に腰に伸びる。
質問への違和感を、自己補完で吸収しきれなくなったとき、かけられた『虚栄』は解けるはずだ。
そうなれば、最悪自爆等の抵抗手段を講じてくるかもしれない。
そうなる前に、予兆が見えればすぐにクランク9の首を落とせる準備は必要だ――。

だが、予想に反してクランク9の幻術が解呪されることはなかった。
双救を失った眼下がゆっくりとまばたきし、口と耳だけの男は答えた。

「我々が彼女を幸せにすることは不可能でしょう。それは、我々の任務ではありません。
 ――彼女は誰かに幸せにしてもらう為に、ピニオンの門を叩いたわけではないのですから。
 もとより、そのような他力本願な者になど、我々の重大な作戦を預けたりは致しません」

「……あの子は自分で幸せになるべきだ、と?」

リフレクティアは思わず、口を挟んでしまった。
マテリアによる声色操作が間に合わなければそれだけで幻術にほころびができてしまうような、不用意な行動だった。
クランク9は首を振って、上司の問いを否定した。

「――きっと幸せになれると、そう信頼しているのです」

89 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/06(日) 23:15:45.59 0.net
言ったクランク9の額に二本指が添えられ、涼やかな声が聖句を紡ぐ。
フィオナの聖術が、捕虜の男の意識を刈り飛ばした。
リフレクティアは簀巻きのまま失神した男を肩に抱える。
蔵へ向けて足を向け、すこしだけ考えてから振り返って部下に問うた。

「よおヴィッセン。お前、なんであの魔族娘を幸せにしてやりたいんだ?」

エレノラは魔族だ。魔族は敵だ。
旧史以来破壊と殺戮をこの大陸にもたらし続けた、正真正銘の人類の敵だ。
なにより彼女は、暴走などではなく間違いなく自分の意思で、何らかの工作活動に携わっている。
遊撃課を、従士隊を攻撃対象に加えていたということは、明確な利敵行為を抱えているに他ならない。
たった今だって、先方の部下を使ってリフレクティア青果店を廃墟に変え、マテリアは重傷を負った。
助けることはおろか、その身を案じる筋合いすらないはずだ。

「俺は別にドライな人間ってわけじゃあないけどよ、だけど敵に容赦をする気はないぜ。
 タニングラードん時もそうだったけど、遊撃課の、戦闘組織としての方針は敵性存在の撃滅だ。
 あの魔族娘と戦闘になることは大いに有り得る話だぜ――お前、戦えるのかよ」

どこか焦点の合っていないマテリアと目を合わせて言いたいことを言った上官は、そのまま再び踵を返した。

「ヴィッセンだけじゃねえ、アルフート、お前もあの魔族娘とは仲よかったよな。
 別にいますぐ結論を出すこたねえけど、重要なことだからよおく熟考しておくんだぜ」

捕虜を抱えたリフレクティアは、そのまま半壊した扉を蹴り開けて無事だった蔵へと消えていった。
そこには議長が連れてきた子どもたち――人間難民達も避難しているはずだ。
そちらの様子も見に行ったのだろう。

リフレクティアが席を辞してしばらく。
課員達の間で神殿との連携やエレノラの要撃、彼女の行動の不自然さについての洗い出しが行われた後。
半壊した扉がとどめを刺すような勢いで開かれた。

「おい、子供連中がいねえぞ!」

リフレクティアが額いっぱいに汗を浮かべながら戻ってきた。
蔵内を必死で探しまわった後らしく、戦闘職にあるまじき息切れを起こしていた。

「親父が守備隊の所に(店崩壊の件で)話付けに行ってる間に、蔵の一部に穴開けて逃げたみたいだ。
 俺たちのいまさっきの話、全部聞かれてたんじゃねえのか!」

特に、リフレクティアの行った『議長は敵』『敵は排除する』的なニュアンスの部分が筒抜けになっていれば、
子供たちにどんな印象を与え、どのような行動に駆り立てるかなど、考えるまでもない。
そして、クランク9の吐いたエレノラの目的地は、この街で最も目立つ場所。
『そこに行けば議長に会える』と知った子供たちにとって、もはやこの店は留まるだけ無駄であった。

「神殿に行くぞ!あの魔族娘が襲撃かけるより先に抑えねーと、子供たちを巻き込むことになる……!」

 * * * * * *

90 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/06(日) 23:16:20.45 0.net
人間難民の子供たち――その暫定リーダーである少年、ヴァンディットは外套の裾を靡かせながら石畳を蹴った。
同じペースで並走する子供たちは、十代に至ったものだけを選別して五人。
年少の者達は、足並みを揃えるのが難しいので分かれ、先に宿へと向かってもらった。

「ヴァンディット、これからどうするの!」

隣を走るフードを被った少女が、頼りないリーダーを仰いでその判断を伺う。
ごおごおと耳鳴りのする風のなか、いやに肌に張り付く熱を感じながら、少年は振り返らずに応えた。

「まずはルートを分担してばらけるぞ。固まったまま動いていれば『福音』の餌食だ。
 幸いこの俺の見立てでは、遊撃課の連中で機動力に長けているのは一人だけだ」

夕方、マテリアに遅れをとったのは遺貌骸装『遠き福音』の効果を逆手にとられたからだ。
あの武装は音の聞こえる範囲でなければ効果はない。そしてその補助を受けない場合、マテリアの走力は脅威にならない。
無論子供と大人の、軍人と一般人の身体能力の差はあるが、的を絞らせず効果的に動けばそうそう捕まることはないはずだ。
遊撃課で一番足が早いのは遺才で機動力を強化できるリフレクティアだが、これもばらければ全員を捕獲することはできまい。
だが、少女が問うたのはそんな戦略的な意見ではなかった。

「そうじゃなくて。――遊撃課のひとたちと敵対して、何をするつもりなの」

ヴァンディットを除く他の者達は、彼が何を考えてリフレクティア家を抜け出したか何も聞いていなかった。
彼の思いつきに振り回されるのはいつものことで、そして子供たちは知っていた。
ヴァンディットの、無計画で無鉄砲でくだらない思いつきの数々は――それでも議長を純粋に想ってのことであると。
だから、彼女たちは何も聞かずにヴァンディットに帯同したのだ。

「俺は――議長ともう一度会う。彼女が助けを必要としているならば助ける。
 決めたはずだ、俺達は、俺達だけは、今後なにがあろうとも議長の味方で在り続けると!」

「……この街で遺貌骸装を造って、それで何をしようとしているのかも知らないのに?」

「知っても味方でいるのだから、知らなくても同じだ、そんなものは!」

旅装のまま、荒野を歩くためのブーツが石畳に噛み付いて、前へ進む推進力に変える。
草原を駆け、羊を追って暮らしていたヴァンディットにとって、舗装された道は空を滑るように闊達だ。

91 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/06(日) 23:17:11.37 0.net
「俺は……『何者か』になりたかった。平凡な農民としての人生を捨て、別の何かになりたかった。
 こんなもんで終わるような人間じゃないって、学も武才もない俺の、その存在を証明したかった。
 『その他大勢』でいるのはもうやめだ――だからまずは、"議長にとっての俺"を貫き通す!」

リフレクティア商店のあるヴァフティア北部の『揺り篭通り』から、街の中心ルグス神殿までは大通りの一本道だ。
ヴァフティアは神殿を中心とした巨大な十字路と、そこから枝分かれする無数の路地で構成された横町都市。
メインの大通りにさえ出れば、あとは迷うこと無く神殿までたどり着ける。
無論、そのまま一直線に神殿を目指すような愚をおかすヴァンディットではない。
追っ手の捕捉を誤魔化すために、無数の路地を潜り飛び越えながら南を目指す。

「わかった。……議長のところで会おう」

フードの少女以下、帯同した四名はヴァンディットに頷きを返すと適当な辻で別方向へ舵を切った。
角の向こうに少女たちの影が消えるのを認めた彼は、外套から圧縮術式を開放して荷物を呼び出した。
棒状の本体の先端に房状の飛翔器を据え付けたそれは、噴射術式で空を駆ける魔導具――『箒』だ。
彼の家は帝都外縁での酪農家。人間より遥かに素早い羊を追い立てるのに使用している道具を拝借してきたのだ。
同じものを、他の四人の仲間達も所持している。

「商店からは十分離れたな……もう使っても察知されることはないだろう」

ゆるく湾曲した棒状の外装は、跨ると魔術による重量制御がはたらき身体を全体で支えてくれる。
先端のグリップは、時計回りにひねると魔導具の飛翔シーケンスの起動操作。
羊皮紙型の仮想表示体が目の前に出現し、インク字が自動で筆記されて箒の起動チェックの結果が表示される。

システム・オールグリーン。
圧縮容量の関係上、外付けの畜魔オーブは取り付けず、乗り手自身からの魔力供給だけで動くよう改造済だ。
長時間の運用はできないが、その分重量が軽く速度も出る。
グリップを握ると極彩色の力線が箒を精査し、魔力が吸い取られていく感覚を覚える。
左回りにグリップをひねるとその感触が加速した。

「いくぞ!」

仮想錨(地表に停留するためのロック)を解除し、思い切りグリップを捻った先端を空へ向けて、後方飛翔器が光を噴いた。
房状の加速索が円形に噴射術式の輪をつくり、その中央の舵索が方向を指定。
激烈な風が石畳を洗い、まばたき一つ終わった後にはヴァンディットは蒼穹の中にいた。
同時、ヴァフティア北部のまばらな場所から、同様に4つの光が空へと登っていった。

彼らは上空から神殿へと向かい、エレノラと合流するべく強襲をかけるつもりである。

 * * * * * *

92 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/06(日) 23:17:43.46 0.net
 * * * * * *

「俺と騎士嬢は神殿と守備隊に連絡をつける。
 お前らは子供達を追ってくれ……この路地だらけの街で走り回ってたら夜が明けちまうな。こいつを使え」

リフレクティアは蔵から大型の包を3つ抱えてもってきた。
梱包を解いて出てきたのは、蒼い意匠が印象的な細身のデザインの『箒』が3台。
『リフレクティア青果店』というロゴが機体側面に金文字であしらわれている。

「配達用の箒だ。燃費と積載重視であんまり速度は出ねえけど、こんなんでもないよかマシだろ。
 ヴィッセンとマクガバンは軍の教練で乗り方習ってるよな。
 アルフートはどうか分からねえけど、そんな難しいもんじゃねえから安心しろ」

飛翔箒は市街地での短距離な移動手段としてポピュラーな乗り物だ。
三次元的な空間把握と交通整理力が必要なため、適性と知識を試験する免許を取得していないと乗ることはできないが、
軍人は偵察に必要だから教練時に免許をとるし、従士隊も重要なビークルとして市街巡査に採用している。

「外付けの畜魔オーブで魔力供給するから、乗りながら魔法も使えるぜ。
 いや、んなことしたら速攻危険運転で捕まって即刻免停だけれども、いまは非常事態だ、特権バリバリ使うぜ」

箒は公道であれば基本的にどこからでも離着陸できるが、地表の安全を最大限に配慮する義務がある。
リフレクティアは瓦礫を蹴り崩して即席の発着場をつくり、部下たちを促した。

「あの魔族娘を"こっち"に連れ戻したいなら、あいつの友達を誰一人欠いちゃだめだ。
 取り戻せるのは俺たち――遊撃課だけだ。頼むぜお前ら」


【クランク9の尋問が完了】
【対エレノラ=リュネットの基本方針を決定】
【WARNING ヴァンディット以下人間難民の子供たち5名が議長に助力するべく遊撃課のもとを脱出。
     うち5名が『箒』を使ってヴァフティア上空へ】

【こちらも『箒』を使い、ヴァンディット達を確保せよ】
【5人の子供達はそれぞれ別々の地点から離陸。各々が独自のルートで神殿を目指す】
【リーダー・ヴァンディット以外は決定ロール可です】

93 :名無しになりきれ:2014/07/07(月) 00:43:30.63 0.net
決定ロールも糞もない

気持ち悪い
ただそれだけ

終了

94 :名無しになりきれ:2014/07/07(月) 20:48:52.91 0.net
ゲロゲロゲロ


グェグケwwww

95 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/14(月) 01:18:57.93 0.net
【帝都外縁座標164-43 時間軸:昨晩】

帝都の外縁をぐるりと取り囲む結界障壁。
有事の際には壁状の結界が超高速でせり上がり、侵入者を阻むか切断して帝都を防衛する最新呪詛の砦である。
国家の主要機関の集まる帝都の防御は相応に強力なものであり、事実この障壁が内部への侵入を許した例など一握りしかないが、
その『一握り』こそが帝都どころか帝国の存亡を賭けた大事件への発端を担っていたこともまた否めない事実である。
結界障壁は帝都最強の防衛機構だ。裏を返せばそれは、この障壁よりも強力な防衛機構が帝都には存在しないということだ。
つまるところ、技術の粋を集めたこの結界すらも乗り越えてこれるような侵入者には、帝都は殆ど無力なのだ。

そして今日――
新たに3つの敵性反応が、結界を乗り越えて帝都への侵入を果たした。
黒鎧の旅人と、空翔ける魔術師と、卓越したゴーレムの駆り手。

彼らにとって不運で――帝都にとって幸運だったのは、現場上空に既に遊撃二課による迎撃部隊が待機していたことだろう。
結界を乗り越えてきた敵性存在は、そこで遊撃二課・スティレット課員によって撃墜され、遥か50m下の大地へ叩きつけられた。
また他二名についてもゴーレムの落下に巻き込まれて死亡したと記録されている。
通報を受けた従士隊即応課が現場にて捜索を行ったが、地表につけられた巨大な落下痕と、大破したゴーレムの残骸以外には、
死体の肉片一つ残ってはいなかった。

跡形もなく消えたのか、それとも――

「――実は全員生きていて、帝都に侵入したってこたーあねえだろうなあ」

従士隊即応課の課長は、現場検証の様子を監督しながらひとりごちた。
隣で補佐官が滅多なこと言わないでくださいとばかりに半目で睨む。

「侵入者全員死亡の裏付けをとるために、現在落下痕の掘削調査を行っております。
 その、肉片が焼きつくされて土に還っていたとしても、精査術などで人体の組成を検出することはできるでしょうから」

補佐官は若干言いづらそうに現状を報告した。
平たくいえば、原型を留めていない死体が土に混ざってしまったとしても、土から肉の成分が発見されれば死体の証明になる。
今でこそそんな熱病みたいな事態はあり得べからざることであるが、二年前の帝都大強襲では大いに活躍した検査法である。

(つまり、魔族の超威力で肉片残らず叩き潰されっちまった被害者の、死亡時そこにいたはずの地面を掘り返して、
 『肉の成分が残っていたのでこれがあなたの家族です』と遺族に土を渡して埋葬させるための方便だなあ)

当然、そんなわけのわからない理屈で納得させられる家族はたまったものではない。
だがもっとたまったもんじゃないのは、その理屈を公言して遺族のもとを回らなければならない担当官だ。
そして、そういう汚れ仕事は往々にして騎士団の下役である従士隊の役目であった。
即応課課長もまた、二年前はそんな途方も無い任務に駆り出された一人だ。

96 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/14(月) 01:19:56.63 0.net
「結果が出るまで何日かかる?」

「技術院の夜勤官を引っ張りだしてやらせてますが、現時点での進捗は全体の3割程度、完全な結果は明日の昼頃ですね」

「それまでこの残骸のお守りをしてなきゃならんってのかあ……」

即応課の課員達が夜を徹して警備しているのは、障壁内部に墜落したゴーレムの残骸だ。
機体自体はもはや修繕不能なほどに破壊し尽くされており、発導基も粉々に砕け散り、コアに至っては破片すら見つからない。
明らかに搭乗者も同じ運命を辿ったと見る他ない――故に、ゴーレムの残骸に生体情報の一つでも遺されていれば、
それと土の成分とを照合して、『搭乗者は土に還りました』という報告の根拠にすることができるわけである。
即応課はその為、ゴーレムの残骸が野生動物や野盗や乞食などに持って行かれないよう警備する必要があった。
売ったって二束三文にもなりゃしないが、その二束三文が生きる糧の連中もこの世にはいるわけなので。

即応課の立哨が松明を掲げながら夜明けを待つ、静寂に満たされた時間。
警備の目がこそ泥を見つけるために周囲の闇へと向かっている中、一つの影が歩くような速度で残骸に近づいていった。
影には、しかしあるはずの『主』の姿がなかった。
影だけが独立して地面を滑っていくようであったから、警備の者達がそれに気づけるはずもない。
影はやがて冷たい輝きを放つ残骸のもとまで辿り着くと、ささやくような声を漏らした。

「大破したサムエルソンか――きみも、僕と一緒だね」

姿のない存在が、自嘲を帯びた笑みを零した。
次の瞬間、虚空からいくつもの配線や管が飛び出して、ゴーレムの残骸を包み、集めていく。

「乗り捨てられ、いなくなることを望まれた存在……だけど僕らは、まだ終わりじゃないはずなんだ。
 これから一緒に、それを証明しに行こう。きみの力を、僕に貸してくれ」

ゴーレムの残骸をすっぽりと包み込んだ管とケーブルの山が、僅かな燐光を残して夜闇に消えていく。
姿なく、音もなく行われた一連の行為を、即応課の面々が察知したのは、それから30秒後のこと。
その程度の遅延で事態を感知できたのはひとえに練度の賜物だが、30秒あれば全て終わらせるのに十分だった。


――日付が変わる頃、帝都外縁の該当区域は変わらぬ静けさに包まれていた。
崩壊し、まともな機材なしには運搬もできないゴーレムの残骸は、クレーターだけを残して欠片もなく消え去っている。
代わりに残されていたのは、一人の例外なく失神させられた即応課の課員達であった。


 * * * * * *

97 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/14(月) 01:20:24.94 0.net
【→セフィリア・クローディア総合商社オフィス(賃貸)】

エクステリアとの価格交渉。
煮詰まりかけた場に冷水を射しこむかのごとく、セフィリアの提案が奔る。

>「エクステリアさん、そのテストパイロットの仕事、私がお受けしましょう
 その程度ならなんの問題もありませんよ。クローディア商会は人材派遣もおこなっているんですよ」

「なんであんたが営業してんのよっ!?」

クローディアが目を向いて振り返ると、セフィリアは自信に満ちた目をして頷いた。
違う。そういう意味のアイコンタクトじゃない。
営業活動はこの場で言えば社長であるクローディアの役目である。
なにせセフィリアとスイは商会の人材であり、『商品』なのだ。
自己アピールを独自でやってくれる商品など聞いたこともない。

>「私はゴーレム操縦の腕前なら帝国屈指の自負があります
 懸鬼は……あのような一般人には出来ない操縦方法らしい人は置いておいて
 それに勝るとも劣らないはずです……たぶん まあ、そんな話はどうでもいいんです」

(グッダグダじゃないのよーーーっ!?)

今度は口に出さずに住んだが、ますますクローディアの心臓は悲鳴を挙げた。
勝手に営業トークを始めた挙句、肝心の内容も遠回りなうえに気弱な表現ばかり目立つ。
セールストークがこれでは商品の良さがまったく伝わらない。
というか口下手なら無理すんな。

「もうちょっと整理して喋んなさい!最初は箇条書きでも良いから、一つ一つ要点をはっきりさせるのよ。
 いい?トークの基本は『何を目的に』『何をすることで』『どんなことができるのか』という3点に肉付けしていくのよ!」

ものごとを順序立てて説明するのは簡単なようで難しい。
行き当たりばったりでしゃべっていると、話している最中にもっと伝えたいことが見つかったりして、話題が寄り道してしまう。
これはもうシミュレーションを徹底し、数をこなして場馴れしていくしかないのだが――
確かに、クローディアはセフィリアの全てを知っているわけではない。
彼女のことは本人に語らせるのが一番といえば一番ではある。

>「私はあなたが作るゴーレムに乗ります とびっきり腕前のいい私がです
 でも、あなたが提示したお金はありません だから、私にゴーレムを格安で譲ってくだだい
 私はそれで帝都の人たちの目を釘付けにします」

「あー……つまり、弊社の凄腕操縦士が御社のじゃじゃ馬を乗りこなすから、
 フラグシップ機の宣伝塔のつもりで格安で製造をお願いできないかしら」

「……弊社にスポンサーになれと?」

エクステリアの目がすうっと細くなる。
その瞳にあたたかみの欠片もなく、怜悧な刃物のようにこちらを視線で切り刻む。
まあ当然と言えば当然、こちらの提案は『御社の宣伝をしてやるから金を寄越せ』と言っているようなものだ。
つまりはエクステリア社というメーカーの営業力不足を揶揄していて、翻っては同社の商品が売れないとまで邪推されかねない。

そうでなくとも、エクステリアほどの大手であればスポンサー契約などいくつも抱えていて当然だ。
わざわざどこの馬の骨とも知れない零細企業とこの場で契約するメリットなどどこにもない。
企業的な視点で言えば、クローディア達の選択は悪手も悪手であった。

98 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/14(月) 01:20:55.63 0.net
「語弊があるようだが、俺達はなにもあんた達のためにこの提案をしているわけじゃない。
 こちらの都合で、どうしても手の届かない高性能機が必要だから、頼み込む一環で交換条件を提示しているわけだ。
 そちらの顔色次第では譲歩する用意があるし、俺達はいつでも下手に出ている。忘れないでくれ」

スイが壁から身を離さずにそう補足した。
部下にこんなことまで言わせてしまうのは情けない限りだが、事実なのだから仕方がない。
クローディアも腹をくくった。

「そもそもの事情を説明するわ。あたし達は、さる事情によって護国十戦鬼と敵対してる。
 帝都最強のゴーレム乗り、『懸鬼』バレンシアよ。まあ当然だけど、一回負けてるわ、完膚なきまでにね」

「バレンシア――!」

エクステリアの眉が開き、表情に驚きの色が追加される。
興味を持った、ここが勝負だ。

「リベンジをするのよ。だけど戦おうにもゴーレムがないわ。コアだけは確保できたけど、あとは全部壊されたもの。
 だから、このコアを載せられる新しい機体――最上級の機体を用意して、今度こそ懸鬼に勝つ……!」

「そのために、弊社のゴーレムが必要なの?」

「いかにもよ。他のどこでもない、エクステリア社のフラグシップ機が絶対要るの」

エクステリアは両手の指をこめかみにあててうんうん唸りだした。

「んー……確かに懸鬼との戦闘経験はものすごく貴重だから絶対欲しいし、うちのブランドにも箔がつくし……
 でも予算降りるかなあ……こんなの絶対稟議にとおんないよ……?」

クローディアは内心で冷や汗が流れっぱなしだ。
どうしよう、これは隠しておくべきだろうか。でもこれを言わずに商売を進めるのは商道徳にもとる。
クローディアの商義は『三方良し』だ。
弊社に良し、御社に良し、そして世間にも良しのこの理念に、ものすごく反することである。

「あの……誠に申し訳ないのだけど……多分懸鬼とやりあっても箔はつかないわよ。
 護国十戦鬼と敵対してる事情というのはつまり、あたしたちがお尋ね者の犯罪者だからというわけだから……」

「はあ!?」

今度はエクステリアが目をむく番だった。
そして今日付けの新聞をローブから取り出して、三面記事に目を通すと、こちらを二度見した。

「……まさかこの、昨日帝都外縁の侵入者と、見つかったゴーレムの残骸っていうのは、」

「俺達だ。残骸はそのコアがもともと収まってたサムエルソンのものだ」

「……………………!!」

流石に口の回るエクステリアも絶句した。
スイの顔を凝視し、その言葉に嘘がないことを理解したのか、ソファに深く沈み込みながら頭を抱えた。

99 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/14(月) 01:21:39.89 0.net
「国家的英雄との私闘……手を貸すだけでも国逆ものだよ……?」

「あたしは覚悟は出来てるわ。やらなきゃ飢えて死ぬのはあたし達だもの。
 だけどねエクステリアさん、相手は英雄なのよ。この国の人間は――国逆でもしなきゃ戦えない」

エクステリアは、揺れている。
企業倫理を考えれば反逆者になど手を貸すべきではないし、それどころか通報するのが善良な市民の義務だ。
しかし、『味方である』という絶対的な壁に阻まれた懸鬼というブラックボックスに迫れるチャンスは今しかない。
技術屋として、一個の探求者として、その未知という甘い欲求には抗いがたいのではないか?

セフィリアが立ち上がる。
最後のピースをはめ込むかのように、粛然とした面持ちで、彼女は言葉を放った。

>「ねえ、エクステリアさん
  あなたのゴーレムが護国十戦鬼に勝つところを観たくありませんか?」

それは、完全に、企業の技術屋ではなくエクステリアといういち技術者へと向けられた言葉。
この泥濘のように絡み合った事情の中で、唯一の的を撃ちぬいた言葉。

「み、見たい……!」

エクステリアの唇からこぼれたそれは、社会人としての装飾を完全に排した飾らぬ一言。
クローディアは鷹揚に頷いて畳み掛けた。

「実際に必要なのは懸鬼と戦う一日だけよ。購入ではなくモニター契約という形でも構わないわ。
 懸鬼に見事勝利を収められればその後は、機体をそちらに引き渡す。
 あとは、じっくり解析して事業に役立ててくれればいいわ――『懸鬼に勝った機体』のデータをね……!」

ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた。
それは誰のものだったか、いまはわからなくたって良い。
こちらを見据えるエクステリアの双眸に、好奇心と野心の輝きが満ち始めていたのだから。

「契約書を作って。こちらの提供物は『持ち込んだコアを搭載した新型機の製造』。
 そちらの提供物は『新型機のテスター』と『懸鬼戦後の新型機の引き渡し』。悪路走行の試験もやってもらうよ」

エクステリアが並べ立てた条件を、クローディアは一度精査し、そして立ち上がった。
対面の彼女も同じように立ち上がり、女商人と女技術屋は固い握手を交わした。

――交渉成立である。

「すぐにSPINで弊社試験場へ行こう。ガルブレイズさんの弊社機での操縦データも取りたいから」

 * * * * * *

100 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/07/14(月) 01:22:22.21 0.net
【エクステリア社・試験場】

セフィリアの搭乗するエクステリア社の新型試作機『サファリ』は、試験場の生い茂る森の中に投入された。
悪路における戦闘機動のバランサー性能を記録するのが目的の試験だ。

『ガルブレイズさん、聞こえる?特例でわたしが直接オペレーションをすることになったのでよろしくね』

操縦基内の念信器から、エクステリアの声が聞こえてくる。
彼女は試験場の端に建てられた事務所から無線念信でセフィリアに指示を送っている。
またサファリの視覚素子が捉えた映像はセフィリアの操縦基と共に事務所の受像オーブにも転送されてくる仕組みだ。

『その新型機"サファリ"は全長8メートルの標準的な乙種ゴーレム。
 武装も帝国軍規格の腕部輪胴式魔導砲二門と、近接装備の溶断剣、背部コンテナの飛翔機雷が16射だけね。
 新開発のバランサーを積んでるからちょっと乗り心地がふわふわしてると思うけど、短時間で慣れて』

操縦基内の受像オーブが表示する諸情報の中、マップに目を移せば、中央に青く光る点が見えるだろう。
これが自機の位置。そしてまわりを取り囲むようにして6つの赤い点が散在しているのも見えるはずだ。

『赤い点は"仮想敵機"。複合的な幻術によって、オーブを核にしたゴーレムの幻影を試験場内に出現させてあるの。
 この仮想機は実物と同じ物理演算によって動くから、挙動も慣性移動も全部実機通りに再現される。
 だけど幻術製だから操縦者の制約を受けない……つまり、』

――考えうる理想の操縦者の動きを再現できる。
人が乗らなければ意味のないゴーレムだが、人が乗ってさえいなければそうとう無茶な機動が可能だ。
すなわち、この試験場においてのみ『帝国最強』のゴーレム乗りが6機も存在していることになる。

『この仮想敵を全て倒して欲しいの。
 武装による攻撃が着弾した判定も自動で計算されて、大破となる攻撃量も設定されてるよ。
 これはサファリ側も同じで、仮想機による攻撃を受け続けると大破判定になって試験終了だから気をつけて。
 それじゃ、勝利条件:仮想敵機6機の全撃破 ――試験開始!』


【エクステリアとの交渉に成功】
【新型試験の開始
 場所:エクステリア社試験場(森林エリア・樹木とがけ崩れによる極端な悪路あり)
 自機:新型試作機『サファリ』 武装は標準規格の最低限のもの
 敵機:複合幻術により実機と同じように動く『仮想機』
 勝利条件:敵機6機の撃破
 敗北条件:自機の大破判定(小破、中波判定でそれぞれ装甲強度や機動性も自動で低下する)】

101 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/07/14(月) 20:54:53.78 0.net
>「――きっと幸せになれると、そう信頼しているのです」

砲口を突き付けられたクランク9の口から紡がれた言葉に、キリアは内心で感心の吐息を漏らした。
仲間意識なんてものは希薄かと思っていたのだが、中々どうして。
利害の一致、恨み、怨讐によって寄り集まった連中だろうと考えていただけに意外さを感じる。

しかし、こうなると――どうだろうか。人質、と言うのも手段の一つにならないだろうか。
少し考えた後に、却下。信頼はすれど、絆はあれど、この男は自らの為すべきを弁えているように思える。
であれば、その心意気を無碍にはするまい。例え、本質的に甘い性格であっても。或いは、甘いからこそ。

軽く首を振ってその思考を払うと、キリアは壁に身を預けた。
自分は他と違って彼女の境遇を考えて葛藤したり、攻撃を躊躇うような関係ではない。
とりあえずは――如何捕縛するか。あるいは始末するか、を考えておくべきだろう。とは言え、まるで思い付かないのだが。

>「……それ、あなたが冗談半分と思ってるだけで、相手はずっと本気だったんじゃないですか?
  二年前の大強襲で確認された古流魔族は、確か二体か三体。たったそれだけだったんです。
  それに『呑地王』ならいくらあなたでも知っているでしょう?九年前、クリシュ方面で暴れていた魔族です。
  奴のせいで地図を書き換える事になった回数は、両手の指だけじゃ数えられないほど。
  軍が動かなかったのも、油断を誘う為には『村規模での犠牲くらい』はやむなしと判断したから……まぁ、これは噂に過ぎませんが、多分本当でしょうね。
  ……今更魔族のヤバさを説明する事になるだなんて、あなたの最終階級、二等兵かそこらでしたっけ?」

「俺は前線に立つ人間じゃないしなぁ。魔族に出くわしたらそれまで。一縷の望みに掛けてケツ捲って逃げろって言われたくらいだよ。後は噂程度だ。
 ……つーか、よく考えたら意味ないわな、こんな事聞いても。能力次第でどうとでも変わって来ちまうんだから。向こうにゃ遺貌骸装もある」

あーあー、と声を上げながらお手上げ、のジェスチャーをすると、キリアは眉を寄せた。
しかし、能力。――黎明眼がそれ、と。後は遺貌骸装の水晶。それだけを見れば戦闘能力自体は低そうだが、問題は純粋な肉体能力だ。
呑地王のそれは恐らく能力による物だろうし、基準には出来なかろう。
――ああ、不明点ばっかりだ。落ち着かなさげに己の金髪を掻き毟る。

>「そう言えば、あの子は既に一度、ルグス神殿を訪れていますよね。あー……ファミア、ちゃんと一緒に。
  それって何の意味があったんでしょう。あわよくばあの時に目的の遺貌骸装を作ってしまうつもりだった?
  幾らなんでも、浅慮過ぎるような気がしませんか?そりゃまぁ、あの子は子供ですけど……」
>「……あぁ、マクガバン。なのでヴァフティアから移送される可能性は低いんじゃないでしょうか。少なくとも、すぐではない筈。追記しておいて下さい」

「あいよ。それはそれとして前者のは単純に下見とかってのはなしか?
 忍び込むにしろ、ぶち破るにしろ、中の様子くらいは知っといた方が都合がいいだろうし。

 まあ、目付役がいたんだったらその間に細工、ってのは難しいだろうよ。目を離したりしてたんならわからないけどな。
 と言うか、どんな様子だったのか本人に聞けば楽なんじゃないかね」

どうでした?と首を傾げながらも、滑ってきた手帳を受け取って手に取る。

>「神殿へは私が連れて行ったんですが、時期尚早ではないかとは口にしていましたね……」

「ファミアさーん。もう一声。どう時期尚早だったのかとか言ってません?つるっと口を滑らせたりだとか」

その手帳が、危うく指の間を滑り落ちそうになった。
言ってたのかよ。情報漏らしてたのかよ。もっと他になんかなかったんだろうか。
倍プッシュ、倍プッシュだ…! 期待感を隠しもせずにキリアは問いかけた。ペンを手帳に滑らせながら。

“ヴァフティアから移送される可能性は低い?”、そう書き込んだ後に、少し考える。
連れに危害が及ぶ事象が起こり得るのが、もしも作成の瞬間特有のものだったとしたならば?
――しかし、連中は遺貌骸装を既に幾つか所持しているようだ。そんな現象があるのなら、怪しい噂の一つや二つは広がっているだろう。
噂と言うのはとかく、広がるのが早い。ヴァフティアくらいの都市になれば、そう言った話がある場合はそこの耳の良いのが拾っているはずだ。
浮かび上がった思い付きを打ち捨てて、必要な分だけを記しておくことにした。雑多になり過ぎては後で困るのだし。

102 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/07/14(月) 20:56:55.09 0.net
と、そんなことを考えているキリアの耳にとある単語が入ってきた。その名も、黒の教科書。

>「……黒の教科書を見た、と名乗り出るのも手でしょうか」

「いや、なんでオカルト雑誌が出てくるんですかそこで。やめてくださいよ、魔族があんなん読んでるとか笑い話じゃないですか」

暇な時分に立ち読みをしたことがあるのだが、愚にも付かないようなあれやそれやが記してあるだけの雑誌だったと記憶している。
暗号だのが含まれている可能性も……まあ、あるにはあるのかも知れないが、いや、しかしそんなのどんな確率の低さだよ。
リフレクティアが戻ってきたのは、そんな時のことだ。

>「おい、子供連中がいねえぞ!」

「……うわあ、マジかよおい」

キリアは、頭を抱えた。

 * * * * * *

>「俺と騎士嬢は神殿と守備隊に連絡をつける。
  お前らは子供達を追ってくれ……この路地だらけの街で走り回ってたら夜が明けちまうな。こいつを使え」

「ああ、箒ですか。得意じゃありませんがね」

受け取った箒を矯めつ眇めつ眺めた後、まあこれならば、と頷くと、キリアは急ごしらえの発着場へと向かった。
跨がってみると、業務に使われる物だけあって乗った際の落ち着きと言うか、心地はそう悪くはないようだ。有難い話である。

「俺は大通りそのまま突っ切って、神殿付近で網を張ります。ちょっと宗教のことは分からないんで、そっちは任せますわ。
 行き科に人手を増やすことになると思うんで、そっちの連絡も宜しくお願いしますわ」

それじゃ、と告げて、キリアは地を蹴った。
久し振りの浮遊感はどうにも落ち着かないもので、少し慣らさなければ大胆な飛び方は出来ないだろう。とは言え、する必要もないのだが。
選んだルートは大通りに向かう一本道。先に到着して守りを固めてしまえば、少なくとも相手方の得点は防げる。

未だ夜も浅い内だと言うのに、速度制限をぶっちぎって大通りを一直線に飛んでいくキリアが見咎められない筈もない。
文字通り飛んでくる守備隊を、しかし遺才によるごり押しによって尽く、アリジゴクの様に指揮下に組み込んでいく。
ルグス神殿に辿り着く頃には、既に十人を超える大所帯となっていた。加えて、軒下でそろそろ活動時間に差し掛かっていた蝙蝠たちを幾らか引っ掛けている。
無論、吸血蝙蝠などではない。虫の類を食べて生きている無害な連中だ。しかし、そうであっても索敵をさせるにあたってはきわめて便利な生物である。

蝙蝠を用いた警戒網に、指揮権を奪い取った守備隊の人員。箒に乗っている者も五、六人ほどいる。只の子供に抜かせはしない。
懸念があるとすれば子供達ではなく魔族であるエレノラが強襲してくる可能性があることだが、その時は神殿の方からも迎撃が出るだろう、流石に。
出なければ駆けこんで遺才で指揮権をぶんどる。

飛んでいる、大きな、何かが、近付いてくる。

反響定位によって接近してくるものを捉えた蝙蝠がいたようだ。入ってきた情報に、キリアは笑った。
闇が深くなり始めた空を見上げる。――向かってくる光が一つ見えた。
なるほど、向こうも箒を使ってた訳か。ふーん、と気のない声を漏らした後、守備隊に命令を下す。

「追い回して魔力切れに追い込んでやれ。強引に突入する素振りを見せるようなら、多少強引でも構わない。捕縛しろ」

作戦は多少拙くとも、先手を取る事が肝要とはどの本に書いてあった事だったか。
追手が掛かるまでに全力で距離を稼いでおけば、あるいは間に合ったかもしれないが――。

「ま、結果論か」

ともかく、ここから先は立ち入り禁止だ。

――人間難民、一名捕縛。

【警戒、防衛網構築。加えて一名捕縛。神殿には入れてやらないぞー】

103 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/07/20(日) 06:17:00.70 0.net
>「ピニオン?貴方は――」

マテリアの問いを受けて、クランク9の声に怪訝の色が滲み出た。

短砲を構えるマテリアの表情も、一層険しさを増した。
視界の外でレクストの呼吸が臨戦態勢のそれに変わり、武器を構えたのが分かる。
だがマテリアは、今この瞬間だけは、例え轟剣が相手でも遅れを取るつもりはなかった。
もしもこれで虚栄が解けたのなら、間違いなく、この男の命は自分が断つという決意が彼女にはあった。
殺しは始末が面倒だと思い留まっていたが、上司がその気なら遠慮もいらない。
心拍と呼吸の機微を完全に察知出来るマテリアは、レクストよりも早く虚栄の解除を察知出来る。
そして、クランク9が示した反応は――

>「我々が彼女を幸せにすることは不可能でしょう。それは、我々の任務ではありません。
 ――彼女は誰かに幸せにしてもらう為に、ピニオンの門を叩いたわけではないのですから。
 もとより、そのような他力本願な者になど、我々の重大な作戦を預けたりは致しません」

否定の回答――けれども、虚栄は解けていない。
予想とは異なる結果に、マテリアはやや驚き混じりの放心状態にあった。
と――レクストから発せられる音がまたも変わった。声を発する直前の呼吸と声帯の動き。

>「……あの子は自分で幸せになるべきだ、と?」

短砲に注いでいた集中を解き、魔力粒子を散布――レクストの声を一度吸収させ、変質させてから解放する。
音声操作は問題なく行えた。
そしてレクストの問いに対して、クランク9は首を横に振る。

>「――きっと幸せになれると、そう信頼しているのです」

そう答えた彼の声からは、嘘の響きは感じられなかった。
マテリアは静かに短砲を下ろす。

程なくしてフィオナが聖句を唱え出す。事態が完全に終息するまでクランク9を眠らせておく為だ。
淀みのない透き通るような詠唱を、しかしマテリアは漫然と聞き過ごしていた。

――クランク9は、議長の幸せを望んでいた。少なくとも、不幸にするつもりはなかった。
彼は、あの子の幸せを、どのように認識していたのだろうか。
魔族と人間の完全なる共存、あの子はそう言っていた。
それが叶えば、あの子は幸せになれるのだろうか。
その世界の中に、あの子の幸せがあるのだろうか。
マテリアはさっきからずっと、それを考えていた。

>「よおヴィッセン。お前、なんであの魔族娘を幸せにしてやりたいんだ?」

不意に、意識の外側から声が掛けられる。レクストだ。
マテリアは俯き加減だった顔を上げて、彼の方を見やる――ような仕草をした。

>「俺は別にドライな人間ってわけじゃあないけどよ、だけど敵に容赦をする気はないぜ。
 タニングラードん時もそうだったけど、遊撃課の、戦闘組織としての方針は敵性存在の撃滅だ。
 あの魔族娘と戦闘になることは大いに有り得る話だぜ――お前、戦えるのかよ」

>「ヴィッセンだけじゃねえ、アルフート、お前もあの魔族娘とは仲よかったよな。
 別にいますぐ結論を出すこたねえけど、重要なことだからよおく熟考しておくんだぜ」

答えを聞かずに背を向けたのは、彼なりの気遣いなのだろう。
確かに、どうして自分はあの子を幸せにしたいのか、救いたいのか――マテリアには明確な答えが出せていなかった。

104 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/07/20(日) 06:17:36.03 0.net
 


それから暫く、遊撃課はクランク9から得た情報を元に意見交換、作戦会議を行った。
と、不意に大きな音が響く。出入口だらけの青果店跡で飾りと化していた扉がぶち破られた断末魔だ。
マテリアがびくりと体を震わせて――それだけだった。
扉にとどめを刺したのがレクストだという事は分かっている。彼が戦闘時にだってあり得ないくらい息を切らしている事も。
彼女にはそちらへ振り向く理由がなかったのだ。突然の大音量に驚いている状態ならば尚更だった。

>「おい、子供連中がいねえぞ!」

息も整えないままレクストが無理矢理、声を張り上げる――マテリアは咄嗟に右手を耳に添えた。
確かに蔵の中からは打ち捨てられたクランク9の呼吸音しか聞こえない。

>「親父が守備隊の所に(店崩壊の件で)話付けに行ってる間に、蔵の一部に穴開けて逃げたみたいだ。
 俺たちのいまさっきの話、全部聞かれてたんじゃねえのか!」

「だとしたら……あの子達が向かった先は決まってますね」

右手は耳から離さないまま、マテリアは険しい表情でそう言った。

>「神殿に行くぞ!あの魔族娘が襲撃かけるより先に抑えねーと、子供たちを巻き込むことになる……!」
>「俺と騎士嬢は神殿と守備隊に連絡をつける。
  お前らは子供達を追ってくれ……この路地だらけの街で走り回ってたら夜が明けちまうな。こいつを使え」

そう言って慌ただしい動きと共にレクストが持ってきたのは、箒。
清掃具ではなく、噴射術式を推力とする航空用魔道具の方だ。

>「配達用の箒だ。燃費と積載重視であんまり速度は出ねえけど、こんなんでもないよかマシだろ。
  ヴィッセンとマクガバンは軍の教練で乗り方習ってるよな。
  アルフートはどうか分からねえけど、そんな難しいもんじゃねえから安心しろ」

「……いいですね。こういうタフな箒、私好みです」

マテリアが投げ渡された箒を掴み、細身ながらも安定した重心と、手によく馴染む柄の心地に小さく頷く。

>「外付けの畜魔オーブで魔力供給するから、乗りながら魔法も使えるぜ。
 いや、んなことしたら速攻危険運転で捕まって即刻免停だけれども、いまは非常事態だ、特権バリバリ使うぜ」

だが、視力が著しく低下している今、まともに運転出来るのか。
本来感じて当然の、感じるべき不安――そんなものは、マテリアの中にはまるでなかった。
問題ないと思う事すらしない。当然だ。鳥は初めて飛び立つ時、本当に飛べるだろうかなどと不安を感じたりしない。

>「あの魔族娘を"こっち"に連れ戻したいなら、あいつの友達を誰一人欠いちゃだめだ。
 取り戻せるのは俺たち――遊撃課だけだ。頼むぜお前ら」

「……素、出てますよ。大人の顔はどこ行っちゃったんです?
 まぁ……そっちの方が似合ってて、カッコいいと思いますけど」

敵性存在は撃滅する。
そう言っていた筈なのに、既に誰よりも汗だくで、真剣な様相のレクストに、マテリアはくすりと笑いそう返した。
冗談めかした声色と笑み――だが、それが続いたのはほんの一瞬。

「逃げられやしませんよ。私の耳からも、音からも」

そう言った彼女の表情は、議長の事を案じていた時とはまるでかけ離れて、冷たかった。
どこにも焦点の合わない筈の眼すら、彼女にしか見えないただ一点を捉えている。
それは天才達が、時折浮かべる顔だ。
ただ出来るか出来ないか、何が目的かのみを純粋に見据えた時の、獣じみた、あるいは機械じみた表情だった。

105 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/07/20(日) 06:18:36.20 0.net
 


即席の発着場からまず飛び立ったのはキリアだった。
続いてマテリアも平たい瓦礫の上に立つ。
箒には跨がらず、腰掛けるようにして搭乗した。
どのみち体の支えはある程度術式によって補佐されるのだから、この乗り方の方が姿勢や制御に融通が利くのだ。

仮想錨を解いて宙空へ浮かび、しかし一息に飛び上がりはせずに、マテリアはレクストへと顔を向ける。

「……さっき、私に聞きましたよね。どうしてあの子を幸せにしたいのか。戦えるのかって」

あの時レクストは、別に今すぐ結論を出す事はないと言った。
だがマテリアは、そうは思わなかった。

今後、自分個人の問題に頭を使えるような暇があるとは限らない。
今結論を出せない事が、より切迫していく状況の中で、戦いの中で、答えを見つけられるだろうか。
自分はそこまで器用な人間じゃないと、マテリアには分かっていた。
だから今、ここで、確かな形にしなくては駄目なのだ。

「私は――」

あの子にとって何が幸せなのかも分かっていないくせに、何故自分はそれでも彼女を止めようとしているのか。
幸せにしたいだなんて、考えているのか。

自分自身の幼少期や、かつて戦場で誰にも救われる事なく死んでいった少女とあの子達を重ねているのか。善意なのか、同情なのか。
理由はいくらでもある。綺麗なものも、そうじゃないものも。
ずっと分からないでいた。その中のどれが自分にとって本当なのか。

(でも、そうじゃないんだ。今なら分かる。あの子もきっと、そうだから。私はただ、選ぶ必要がなかっただけで)

どちらも本物なのだ。
あの子達を助ける事で、自分の引きずる過去を軽くしたいという、自己利益の代償行動も。
あんな小さな子供達が、悲しい思いをしなくてはならないなんて間違っているという、敵も味方もないただの善意も。
それら全てをひっくるめて――

「――私がしたいから」

言ってしまえば、それだけの事だった。

「……あなたは、多分私の事を買い被ってますよ。私が遊撃課に左遷された理由、知ってますよね?」

前線へ送られる筈の物資を着服していた上官――マテリアは彼に然るべき裁きを与えてやりたいと思った。
だがそれは、別に自分の手で行う必要はなかった筈なのだ。
証拠を集め、正規の手続きを以って軍法会議に臨んでも良かった。
キリアに出世の材料になるとでも言って案件を譲ってやれば、もっとスマートに、最大限の痛手を約束してくれただろう。
それでもマテリアは自分の声で、全てを終わらせた。
何故か――そうしたかったからだ。自分自身の力で、下衆な上官に特大の爆弾を食らわせてやりたかったからだ。

「私はあの子を幸せにしますよ。私が思う形の幸せに。どんな事をしてでも……例えそれが、あの子の望みに反していようとね。
 タニングラードの時も、そうだったでしょう?」

これが答えだ。言葉にして、表明した。もう曲げる訳にはいかない。
マテリアは箒の柄の先を夜空へ向けて、今度こそ高く飛び上がる。
揺り籠通りの上空に出て、神殿へ進路を向ける。速度は――さほど出さない。
即応的な動きは既にキリアが先んじて行っていると踏んだからだ。
マテリアは彼を――その人格の質を補えるほどではないが――優秀な男だと評価していた。

106 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/07/20(日) 06:19:44.35 0.net
しかし、彼にも出来ない事はある。自分だけが出来る事が。
体の支えは術式だけに任せ、マテリアは箒から両手を離した。
そして目を閉じて、耳元に、手を添える。

魔力の粒子が一瞬の内に飛散し、揺り籠通りの隅々にまで行き渡っていく。
あらゆる場所から生じる無数の音を、マテリアには目で見るかのように把握する事が出来た。
そして直後、地上から勢いよく上空へと昇っていく四つの音があった。

「なるほど……そんな物まで持っていたんですね」

箒だ。それも、自分達が使っている物よりも最高速、機動性共に上回っている。
子供達だけで準備したとすれば大した代物だ。

「……ですが、その程度では足りませんよ。全然足りていない」

先行したキリアの声が、ずっと遠くで聞こえる。
その周りには、幾つかの箒の飛行音――守備隊の航空執行課を『虚栄』によって従えているようだ。
彼らは航空ルールを無視した悪党共を取り締まる、一線級の箒乗りだ。
違法な改造を施された箒にも対応出来るよう、箒自体のスペックも高い。
ただの子供では、相手が悪すぎる――まずは一人が捕まった。

そして、マテリアは考える。
ヴァンディット達は次にどう出るだろう、と。
彼らに箒に乗りながら会話を交わす手段はない。無線式の念信器は軍用品で、市場にはまず出回らないからだ。
とは言え事前に簡単な合図を決めている可能性はある。

(民生品であれだけの速度が出せるという事は……搭乗者から直接魔力を供給するタイプの筈。
 時間をかければどんどん不利になる。これ以上消耗して、人数が減る前に事を起こさなきゃいけない。
 あの子達が、キリアの敷いた防空網をくぐり抜けるには……)

最も簡単なやり方は、全員で同時に突入を仕掛ける事だ。
一度建物を迂回して散開した後、それぞれ別々の方向から同時に接近を図れば、キリアの手駒だけでは追い込みを掛けきれない。
更に何人かは捕まるだろうが、少なくとも一人は防空網を突破出来るだろう。
もっともその後、議長が現れるまでどこかに隠れなければならないが――それはどんなやり方でも同じ事だ。

となると――ちょっとした疑問も浮かんでくる。
あの子達は議長が神殿に現れるまでの間、どうやって追っ手をやり過ごすつもりでいるのだろうか。
彼女がすぐにやってくるという確信があるのか。それとも何か合図を出す手段を持っているのか。
それとも実は、こうして遊撃課を撹乱する事で議長の助けとなるのが狙いなのか。
はたまた何の考えもなく、ただじっとしていられなかったのか。

(……まぁ、なんにせよ)

道は潰しておくに越した事はないと、マテリアは近くの建物の屋上に降り立った。
左手を口元へ運び――右手で腰に差した福音を抜く。
伸縮杖を伸ばし槍状にして、穂先を足元に向け、振り下ろす――同時に自在音声を発動。
福音の刃が赤く瞬き、しかし本来奏でられるべき音は響かない。

「ぐっ……うぁ……」

だが、確かに遠き福音は発動したのだ。
遺貌骸装とマテリア自身の血液が、反発を起こす。
招かれる激痛は、以前よりも更に増していた。
魔力の制御を失わぬよう、歯を食いしばって堪えた。

マテリアの眼前に、赤い粒子が集っていく。
本来ならば無軌道に拡散していくだけの福音を、魔力の粒子に吸収させ、保持しているのだ。
そして、今度はそれを再分割――夜空に見える星粒ほどの大きさにして、ばら撒いた。

107 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/07/20(日) 06:21:02.46 0.net
遺貌骸装が放つ赤の輝きを宿した無数の音の塊が、神殿付近の上空に展開された。
衝撃を受けた際に弾け、福音が解き放たれるよう、音塊はあえて魔力の制御を甘く不安定に生成してある。
それは所謂、機雷だった。予測される相手の進行ルートに設置し、その行動を制限、または停止させる為の罠。

触れれば福音によって速度を殺され格好の的となる。
触れないように動けば、今度は進路が制限され不利な状況へ追い込まれる。
分割した事で音が散る範囲もたかが知れている為、キリアの手駒を巻き添えにする事もない。

後は徐々に機雷の数を増やし続けていけば――その度に激痛を味わう羽目にはなるが、状況の収束は時間の問題だった。
時間が経てば経つほどヴァンディット達は魔力は消耗し、進路は減っていく。
必然、取れる選択肢は狭まり、拙速になる。が、それではキリアの防空網と機雷原を回避し切れないだろう。

けれども、マテリアはそれをしなかった。
代わりに、福音を収めると耳と口にそれぞれ手を添え、口を開く。

「……こんばんは、ヴァンディット」

そして箒を駆る彼に、あまり驚かせないよう穏やかな声で語りかける。
箒の噴射音と彼自身の心音を同時に探せば、彼に声をかけるのはマテリアにとって難しい事ではなかった。

「今ひとつ旗色が悪いように見えますが、次はどうするつもりですか?」

けれどもただ闇雲に説得を試みた所で、聞く耳を持たないのは分かりきっている。
故に機雷を撒いた。あれらはただの下準備――ヴァンディットを話し合いの席に立たせる為のお膳立てだ。

「……散開したように見せかけて、地上のルートに切り替えるとか、どうですか?丁度その近くに服飾店がありますよ。
 どこかで火事を起こすのも悪くない。守備隊を待ちに徹しさせていては、状況は良くなりませんからね。
 抵抗はあるでしょうけど、有効な手です。例え読めても、防げませんからね。……もしやるとしても、私が言ったってのは秘密ですよ」

声色は努めて柔らかに――敵意がない事を前面に。

108 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/07/20(日) 06:21:58.96 0.net
「ですが……これからどうするにしても、その前に少し、話をしませんか。きっと誤解があると思うんです。
 それに……一つ聞きたい事もあります
 時間稼ぎのつもりはありませんよ。乗ってくれるなら、あの機雷は撤去します。一度箒から降りても、誰にも言ったりしません」

聞きたい事――それはとても大事な事だった。
これから先、彼らとどう接していくのか――その分水嶺になるくらいには。

「……あなた、どちらのあの子の味方をするつもりなんです?」

ヴァンディットの返事を待たずして、マテリアは問いを発した。
声色は、打って変わって静やかだった。

「あなた達を呼び集めて仲間と呼んだ、あの子の味方ですか?それとも……あなた達に何も言わず、遠ざかっていったあの子の方?」

どちらも、議長だ。間違いなく。
だがこの先、未来にいられるのは、どちらか一方だけだ。
人間としてか、魔族としてか――彼女は後者を選んだ。
そして、

「私は、あの子をあなた達の元へ帰します。例えあの子、誰の望みがそうではなくても。
 私が望み、私がそうします。それがあの子の幸せだからです。
 その妨げになるのなら、例えあの子とでも、私は戦います」

マテリア・ヴィッセンは、前者を選んだ。
人間の議長ちゃんを、仲間と過ごす平和な日々の中へ引き戻すと、そう決めた。
例え魔族の彼女と――殺しあう事になったとしても。

「それで……あなたは、どちらの味方ですか?」

どんな手を、使ってでもだ。



【機雷原を展開。でも話し合いを持ちかけます】

109 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/07/27(日) 22:46:04.11 0.net
>「いや、なんでオカルト雑誌が出てくるんですかそこで。やめてくださいよ、魔族があんなん読んでるとか笑い話じゃないですか」
「えっ?」
爪を噛まんばかりに思案にふけっていたファミアをキリアの声が現実に引き戻しました。
まさかこのどシリアスな場にそんなものの名を挙げてしまうとはとんだ失態です。

どうごまかすかに傾きかけたファミアの思考をを、今度はレクストの声が立て直しました。
>「よおヴィッセン。お前、なんであの魔族娘を幸せにしてやりたいんだ?」
>「アルフート、お前もあの魔族娘とは仲よかったよな。
> 別にいますぐ結論を出すこたねえけど、重要なことだからよおく熟考しておくんだぜ」

言われてみれば何故だろうかと首をひねるファミア。その思索は三度中断されます。
>「おい、子供連中がいねえぞ!」
なんともはや、慌ただしい夜になりました。

 * * * * * *

すっかり"元"が似合う様になった青果店の、これもまた"元"店先に、
急ごしらえの発着場を仕立てたレクストは次に一行へ航空箒を手渡しました。

>「俺は大通りそのまま突っ切って、神殿付近で網を張ります。ちょっと宗教のことは分からないんで、そっちは任せますわ。
> 行き科に人手を増やすことになると思うんで、そっちの連絡も宜しくお願いしますわ」
それを受けたキリアがまず離陸。

>「私はあの子を幸せにしますよ。私が思う形の幸せに。どんな事をしてでも……例えそれが、あの子の望みに反していようとね。
> タニングラードの時も、そうだったでしょう?」
マテリアがそれに続いて夜空を駆け上がって行きました。

さて、最後はファミアの番です。
「――クランク9はああ言いましたけど、私は彼らの進む先に彼女の幸せがあると思えません」

エレノラ・リュネットの力、遺貌骸装の製作。
遺貌骸装とは、大雑把にかいつまめばお手軽遺才再現装置であるわけです。
つまり限定的ながら魔族に近い力――30人でようやく拮抗できると言われているそれを得られるのです。

110 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/07/27(日) 22:46:38.11 0.net
さてピニオンらの此度の目論見が成ったとして、どうあれそこに"誰か"が残ります。
で、その残った誰かが他の誰かと争うことも十分に有り得る話。
争いとなれば求められるものは何か。
無論、力です。

ならば大きな力の源たるエレノラ・リュネットが平穏を得られるかどうか。
周囲は本人になど構いつけてはくれません。
同じく力のためにその身を貶められつつある遊撃課であればそれはよくわかります。つまり――

「今のところは同病相哀れむ、ではいけませんか」
ふっと小さく笑って言いながら振り向いた、その視線の先には虚空が広がるばかり。

ドヤ顔でキメようとしてるうちにレクストたちはお出かけしてしまったようです。
首の向きを戻せば、もちろんキリアもマテリアもすでに見えません。

「…………行こ」
くすん、と鼻をひとつすすり上げて、ファミアは発着場へ立ちました。
始まる前からすでに打ちひしがれてしまいましたが肝心なのはこれからです。

箒をしっかりと握りしめ、呼吸を整え、そして――全力で地を蹴りました。
まあつまるところ、自分の足で跳んだのです。
乗れないわけではありませんが、そのほうが箒より速いので。

まずは視界を得るために高い放物線軌道で飛び出し、周囲を見渡すと、
天離らんと尾を引いてゆくいくつか光が見えました。
そのうち一番遠くに見えるものへ、ファミアは視線を定めます。

例えばキリアのように不条理に他人を従わせることも、
例えばマテリアのように戦域のすべてを把握することも、どだいファミアには無理な話です。
使えるものは五体ばかり。
であるなら、それを使いきるまで。

放物線の頂点から下降軌道へ入った瞬間、ファミアは肩に担いだ箒を起動しました。
速度は大したことがないと言いながら、それでも自由落下よりはるかに高速に地表へ近付いてゆきます。
空中での機動力。そのためにわざわざ乗りもしない箒を担いできたのでした。

近くの建物の屋根に着地したファミアは、今度は低い軌道で跳びだして速度を稼ぎます。
目指すは最初に決めたとおり、最も遠い箒――ではなく、ちょっとずれたあたり。
一度散開した彼らもいずれ一つ処、神殿へ集まらねばなりません。
その鼻先を抑えようと、予想される飛行経路の先を目指しているのです。

111 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/07/27(日) 22:47:15.67 0.net
さて、そのファミアの目指す箒に乗っているのはヴァンディットを詰問したフードの少女でした。
少女は横目で見やった仲間たちの様子に舌打ちをひとつ。

最も先行していた一人がキリアの"網"にかかって捕縛、加えて神殿には警備隊のほか不審な光。
大見栄切ったヴァンディットの姿も見えず、他の仲間も追い回されている最中。
こうなっては空からの侵入は不可能、人混みに紛れて地上から……と、
奇しくもアテリアがした提案と同じ行動を取ろうと機首を下げかけたその時。

(……なにか来る!)
風を裂いて追いすがる何者かの気配を感じた少女は、箒に装着されている鏡で後方を確認。
映しだされたものは――何かとしか言い様がないものでした。
暗いのも手伝って細部がよくわかりません。とはいえ近づく理由もないので箒の出力をあげます。

どうやら振り切ったか、では改めて……と今度こそ速度を下げつつ機首も下げた少女の顔が、恐怖に歪みました。
振り切ったはずの"何か"が真正面から高速で上昇してきたからです。

「このっ!」
少女は箒を増速、同時に体を起こして受けた空気抵抗を利用して、横転しながら機首を上げました。
本職ではないとは思えない、なかなかの機動です。
しかし――

「――壁を走ってくる!?」
何かは壁面や屋根を駆け、なおも少女に追いすがります。
残存魔力量を考えればこれ以上速度を上げるのは避けたい。
そう考えた少女は蛇行や上下動、急旋回に横転を組み合わせてなんとか置き去りにしようと試みますが、
やはり本職ではない悲しさ、かえって機動のたびに差を詰められてゆきます。

もはやその荒い息遣いや地の底から聞こえるようなくぐもった声がはっきりと耳に届く距離です。
そこでようやく浮かぶ疑念。
――ひょっとしたらこれは遊撃課の課員ではないのでは。

では何者だと考えてみてももちろん答えが見つかるわけもなく、
あるいは自分そのものが目的なのかというところに考えが及んだ頃――
「議長ー!魔王がー、魔王が来るよおー!!」
少女は大泣きして気絶してしまいました。

魔力も体力も限界だったところに気力にも限界が来たようですね。
地へと向かう少女を追って、"何か"も屋根を蹴って跳びました。
それは、飢えた猫化の猛獣が獲物を仕留めようとする動きにも見えたかもしれません。。

その後――
少女を拐かしたらしき何かが神殿付近をうろついていたので捕縛したと
指揮下のものからキリアに報告が。

そして、それを受けたキリアが検分に行くまでのしばしの間、ファミアは縛られて床に転がされていました。
なにせ跳躍中に横着にも干しっぱなしだった洗濯物を何重にも引っ掛けてしまったので、
誰もそれがファミアだとわからなかったのです。

おかげで息苦しいわ声は届かないわ散々。
縄をちぎるよりまず呼吸を整えないとどうしようもありません。
ちなみにフードの少女には寝台があてがわれていました。

【被捕縛】

112 :名無しになりきれ:2014/08/03(日) 22:19:21.56 0.net
保守

113 :名無しになりきれ:2014/08/12(火) 00:05:10.21 0.net
保守

114 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:37:20.25 0.net
【ヴァフティア組:リフレクティア商店跡地】

先行してキリアが飛び立ったあと、噴射によって散った瓦礫を手早く掃き清めるリフレクティアの背中に、
マテリアもまたこちらを見ずに話しかけた。

>「……さっき、私に聞きましたよね。どうしてあの子を幸せにしたいのか。戦えるのかって」

それどころじゃなくて失念していたが、確かに言った。
エレノラは魔族だ。魔族は敵だ。そして彼女は、遊撃課との対立を明示している。
その『敵性存在』を、救おうとするマテリアの、その背反をリフレクティアは問うたのだ。

……直後に子供達の脱走を許した立場からすれば、どの口で言えたかわかったもんじゃないが。
彼は気まずげに振り向き、同時にこっちを見たマテリアと目が合った。
否――合っていない。彼女の双眸は、焦点が微妙に結ばれていなかった。

>「私は――」
>「――私がしたいから」

それでもその二つの眼には、確かな意思の煌きがあった。
迷いのない、明確な言葉として彼女は想いを述べる。

>「……あなたは、多分私の事を買い被ってますよ。私が遊撃課に左遷された理由、知ってますよね?」

「……確か、上官の不正を看過できずに告発して冷遇、だったな」

それなりに有名な逸話だ。
具体的にはそのやり口が――上官の横領を自在音声で大々的に営内に発表したとかで。
それまで優秀な通信員として嘱望されていた彼女の評価が一気に問題児にまで傾き、干され、
いらない子の終着駅・遊撃課への左遷を一発で決めた大事件だった。

リフレクティアは軍から出向の案件と、その理由を聞いた時、嫌がるボルトに無理やり付きあわせて祝杯を上げた。
またしても、愛すべき馬鹿がやってきた。
自分の立場を守りつつ告発する方法などいくらでもあったのに、上官ごと自爆してまで正義を勝ち取った彼女。
うまいやり方など糞食らえと言わんばかりに、愚直な良心への殉死。
愚者としか言いようのない、完全無欠の大馬鹿。

115 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:38:09.41 0.net
>「私はあの子を幸せにしますよ。私が思う形の幸せに。どんな事をしてでも……例えそれが、あの子の望みに反していようとね。
 タニングラードの時も、そうだったでしょう?」

あの祝杯と同じ感情が、快哉が、リフレクティアの口端を釣り上げた。
言うまでもなく、マテリアのそれはエゴだ。エレノラ本人の意思など顧みない、独善的な救済だ。

……だが、それがなんだってんだ?

いちいち相手にお伺いを立てながら救っていくのが正しい救済か?
これからあなたを救うけど、迷惑になりませんかと聞いて回るのが冴えたやり方か?

普通はそうかもしれない。
だが、遊撃課は普通じゃない奴らの集まりだ。

(あの時の、ハンプティとおんなじ眼でおんなじ事を言いやがる!)

タニングラードで、国家の安寧と仲間の身柄を秤にかけた問答で、フィン=ハンプティは言った。
何が正しいかはわからないけど、それでも仲間を護りたいと。
政治や倫理など全て度外視して、ただ自分がそうすべきだと思ったことだけに全力を尽くす。
かつて己が否定したフィンの姿とマテリアの言葉が重なって、リフレクティアは笑みを濃くした。
それならこちらも、同じ言葉で――今度は最高の肯定をくれてやろう。

「へっ、思い出したぜ、ヴィッセン。お前がどうしようもない大馬鹿だってことをよ。
 だからお前のやることに賛成する。俺は"愚者の眷属"レクスト=リフレクティア!
 ――馬鹿の味方だ」

リフレクティアは従士式の敬礼を、マテリアの背中に贈る。

「世界は馬鹿にしか動かせねえ。刮目して見せろよ。お前の、最高にカッコいいところをな」

上司肝煎りの馬鹿を乗せて、飛翔箒は夜空を貫き闇に消えた。

 * * * * * *

116 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:39:01.49 0.net
【揺り篭通り上空】

ヴァンディットは同時に空を駆け上がった以下四人の仲間たちの光跡を端目に見ていた。
連携にあたって空中での連絡手段はほとんどないと言って良い。
無線の念信器なんてものがあるならこの街で議長とはぐれたりはしなかった。
ランタンの光で暗号をやりとりできなくもないが、複雑な情報の伝達は不可能だ。
せいぜいが、「SOS」や「異常あり」などの緊急的な救難信号程度だが――

――空に散ったほぼ全ての仲間達から、その二つの救難信号が発せられていた。
原因は、仲間の光跡のすぐ後ろ。二つで一組のひときわ強い光跡が背後から追跡している。
ヴァフティア守備隊の箒乗りだ。

「何が起きてる……!?」

無論、派手な光を放って空を疾駆する箒は夜空においてとても目立つ。
航空交通法をガン無視で爆翔する飛翔器を守備隊が見逃すはずもないから、追われるのは理解できる。
だが守備隊にしたって人員に限りはある。
とくに人材の限られる箒乗りは、縦割り行政の各部署で人材の争奪戦がある為に、横の連携が苦手だ。
この広い街に無差別に広がった違法飛翔の箒を、残らず捕捉できるほどの高度な連携を短時間で?
現実的ではない。

何か強力な権力を持つトップの『鶴の一声』。
それによって、ヴァフティアの司直全体が、ヴァンディット達を捕らえる方向に回れ右しているのだ。

「まずい……時間がないぞ……!」

彼らの駆る箒は、速度と機動性を重視したモデル。
魔力供給にオーブを用いず自前の魔力を消費する為、身軽だが航続距離に不安がある。
ましてや、目的地まで一直線ならともかく、熟練の箒乗りに追い回されながらでは無駄な消耗が大きすぎる。

じきに、4つの光のうち一つがゆっくりと明滅しながら眼下の街へと墜落していく。
屋根の稜線を割る直前で力強い光跡――守備隊の箒乗りに受け止められた。
ヴァンディットはほっと胸を撫で下ろしながら、しかし状況の悪化を痛感した。

「このままではジリ貧だな……!」

箒で散会した際、年長者で魔力的にも余裕のあるヴァンディットは陽動のつもりで神殿から一番離れた位置に飛んだ。
守備隊の目を一つや二つでも神殿から遠ざけられれば御大だった。
だが実際はどうだ。まるで『目的地が神殿だと知られているみたいに』、神殿に近い者から捕捉されているではないか。

ヴァフティアにとって、神殿は文化財ではあるが庇護対象ではない。
何故なら神殿には、並の戦闘職よりも遥かに精強な神殿騎士が常駐しているからである。
所属不明の飛行勢力が空を飛び回っているのを見て、『まず神殿を守ろう』と思考すること自体がおかしいのだ。

「俺たちの目的をピンポイントで知る者がブレーンについている……?」

ぱっと思いつくのが、あの遊撃課の連中だ。
だが遊撃課の所属は帝都の従士隊――管轄外のヴァフティア守備隊にどれほどの影響力があるだろうか。
仮にあったとしても、夜半にスクランブルをかけられるほどに、短時間で指揮権をとることができるか?
考えていても仕方のない話ではある。いまは目の前の現実こそが重要だ。

幸いと言うべきか、守備隊の目はこちらからは離れている。
このまま出力を抑えて静光機動で行けば見つからずに神殿へたどり着けるはずだ。
ヴァンディットは箒の噴射を抑えながら、低空を滑るようにして疾走する――。
その視線の先、神殿の上空で、赤く輝く花が咲いた。花弁の如く、ゆっくりと空から地上へ降っていく。

「雪……?」

117 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:39:54.86 0.net
赤い雪。そう形容するのが最も適切であろう輝きの粒子が、神殿を覆うように展開している。
道行く人々は神殿の企画した季節外れの光飾イベントだろうと口々に憶測し、しばし眺めて日常に戻っていく。
だがヴァンディットはその牧歌的な推測に身を委ねるわけにはいかなかった。
その光の色に、質に、見覚えがあったからだ。

「あれは――『遠き福音』!」

眼前、逃げまわる仲間の一人が神殿方面へと追い込まれ、舞う粒子の中に突っ込んでいく。
粒子は触れられた途端に破裂し、掻き消える。同時、粒子に触れた仲間の動きに異変があった。
空中で不自然に停止し、再加速が間に合わず失速したのだ。

やはり。遺貌骸装『遠き福音』の能力。慣性の消失だ。
おそらくはあの赤い粒一つ一つが圧縮された福音。
触れることで対象に強制的に福音を響かせ、呪いの効果を発動させたのだ。
そんな芸当のできる人間を、ヴァンディットは一人だけ知っている。

>「……こんばんは、ヴァンディット」

風の中、どこからともなく声が聞こえた。

「……やはりあんたか、マテリアさん」

遊撃課の一人にして、音を自在に操る能力者であり、ヴァンディットが福音を預けた信頼すべき『大人』。
彼女もまたヴァンディットを信頼してくれ――彼はそれを再び裏切ってここまで来たのだ。

>「今ひとつ旗色が悪いように見えますが、次はどうするつもりですか?」
「おかげ様でな。まったくとんでもない連中を敵に回してしまったものだ」

皮肉に皮肉で返す余裕があったわけではない。が、こちらも意地だ。
放っておけば勝手に自滅する運命にあるヴァンディットにわざわざ話しかけてきたのだ。
益体もない会話だけが目的というわけでもあるまい。

>「……散開したように見せかけて、地上のルートに切り替えるとか、どうですか?丁度その近くに服飾店がありますよ。
 どこかで火事を起こすのも悪くない。守備隊を待ちに徹しさせていては、状況は良くなりませんからね。
 抵抗はあるでしょうけど、有効な手です。例え読めても、防げませんからね。
 ……もしやるとしても、私が言ったってのは秘密ですよ」

「……なんのつもりだ。そんな古典的な手に乗るとでも?」

ここまでヴァンディット達を追い詰めておいて、その張本人から別ルートの提案ときたものだ。
罠だと警戒しない方がどうかしているし、仮に彼女の案を採択すればそれこそ待伏せし放題だ。
あるいは、そうやって選択肢を削ぐことがこの会話の目的なのかもしれない。
だとすれば、徹底している。徹底的に俺たちを狩ろうとしてきている。

>「ですが……これからどうするにしても、その前に少し、話をしませんか。きっと誤解があると思うんです。
 それに……一つ聞きたい事もあります
 時間稼ぎのつもりはありませんよ。乗ってくれるなら、あの機雷は撤去します。一度箒から降りても、誰にも言ったりしません」

マテリアはこちらの返答を待たず、再度声を飛ばしてくる。
周囲に姿は見えない。音を自在に操って、こちらの位置を捕捉し、声を投げているのだ。
つまり、とっくに居場所はバレている。

>「……あなた、どちらのあの子の味方をするつもりなんです?」

「どちら、だと?」

どちらもなにも、議長は一人だ。
人間か魔族かという問いならばこれほどの愚問もない。
とうの昔に、彼女の本性は知っているし、それを知ってなおついてきたのが彼ら人間難民なのだ。
だが、マテリアの問いはそんな即物的な尺度の話ではなかった。

118 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:40:34.04 0.net
>「あなた達を呼び集めて仲間と呼んだ、あの子の味方ですか?
  それとも……あなた達に何も言わず、遠ざかっていったあの子の方?」

「………………。」

饒舌なヴァンディットがはじめて、口を噤んだ。
言葉が見つからない。否、言葉にできるほど、その件について気持ちがまとまっていないのだ。

確かに、ヴァンディット達は議長の仲間だ。
でもそれは、議長が求め、それに彼らが応じたからこそありえた関係だ。
彼女が拒絶すれば、容易く崩れ去る程度の、『仲間』。
そして、いま議長は、ヴァンディット達に助力を求めず一人で闇の中に消えた。

>「私は、あの子をあなた達の元へ帰します。例えあの子、誰の望みがそうではなくても。
 私が望み、私がそうします。それがあの子の幸せだからです。その妨げになるのなら、例えあの子とでも、私は戦います」
>「それで……あなたは、どちらの味方ですか?」

「俺は――」

マテリアのように、純粋に議長の幸せを想うことができるだろうか?
自信はない。ヴァンディットが議長の仲間になったのは、『今までの自分を変えたいから』。
綺麗事でいくら飾ったって、そもそもの動機は自分本位で利己的なものだ。
それが恥だと思ったことはない。議長だって承知のはずだ。初めて会ったときから、そう言い続けてきた。
俺は俺の為に議長に味方すると――。

「俺は、議長に頼られて嬉しかった。田舎の百姓に過ぎない俺が、彼女の前ならば英雄譚の騎士になれた。
 だから、俺は彼女の傍に在り続けたい。議長が拒絶しようとも……」

ならば、マテリアとヴァンディットの目的は同一だとも言える。
彼女は議長をヴァンディット達のもとへ取り戻すと言ってくれた。
彼女にまかせておけば、あとは寝ていたって議長が戻ってくるというわけだ。

……だが、議長からしてみればそれはどうだろう。
仲間と喧嘩分かれ(?)した後、大人に説得されて仲間を連れてきてもらって仲直りする。
帝都から共に出てきた仲間を手放した苦悩も覚悟も全部、『子供の癇癪』で片付いてしまう。
大人の介在とは、そういうことだ。

それに、自分たちの気持ちはどうだ?
議長が何を思って離れていったかも知らずに、今日会ったばかりのマテリアに全てを委ね、結果を待つだけか?
そうして、マテリアに引きずられて戻ってきた議長と、どんな顔をして会えば良い。

議長の本当の望みなんか知らない。
だけど、自分がどうしたいかという自問に対する自答はひとつ、たったのひとつだ。

「――俺たちが取り戻す。他の誰でもなく、どちらの議長でもない!
 議長に求められて集まったのが俺たちなのだから……今度は俺たちが彼女を求める番だ」

ヴァンディットは箒に鞭を入れる。
マテリアとの交渉がこれで決裂かどうかは不明だ――目的が同じでも、異なる手段を取ろうとしているのだから。
あの光の粒子を突破しない限り神殿へは近づけない。
ヴァンディットは手近な屋根へと降り立ち、箒の光を消して伏せた。

「俺は議長にもう一度会う。あんたよりも先にな」

 * * * * * *

119 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:41:01.23 0.net
【ヴァフティア中央・神殿広場】

議長・エレノラ=リュネットはヴァフティア中央の神殿へとつながる噴水広場にいた。
正確には、広場に面した家屋の屋根の上に身を伏せ、『屋根の形になって』潜伏していたのだ。
ますます人間離れした挙動に我ながら涙が出る。が、できるものはしょうがない。

先ほどから空が騒がしい。
何人かの武装した者達が慌ただしく神殿から出て行ったかと思えば、別の者達が駆け込んでいく。
まだ宵の口であるヴァフティアの街は、いつかの災厄を思い起こしてか騒然となっている。

(なにかあったのでしょうか……)

エレノラは辛抱強く、騒ぎの正体を探った。
目的は誰にも話していないから、彼女が神殿へ行こうとしていると知られているとは考えにくい。
だが、明らかに神殿への警備が厚くなっている。

やがて、夜空がほんのりと赤く染まった。
神殿の上空から、光の粒が雪のようにゆっくりと降ってきている。
光の色に覚えがあって、エレノラは顔の『擬態』を解いて面を上げた。

そのとき、神殿騎士たちが担架を担いで神殿へ入っていくのが見えた。
けが人でも出たのだろうか、エレノラは感覚器を伸ばして担架に乗った人影を確認した。
息を呑んだ。

「シーナ……!」

人間難民、彼女がヴァフティアに連れてきた仲間達の一人。
小柄でいつもフードを被った、ヴァンディットの妄言を冷たくあしらう役の少女だ。
シーナは担架の上で脂汗をかきながら唸っていた。びっしりと雫の浮いた額に濡らした布がかけられている。
よほど恐ろしいものを見て失神したらしく、ときおりうわ言のように何事かを呟いていた。

(どうしてシーナが……商店に保護されていたはずなのに……!)

リフレクティア商店からここ噴水広場までかなり距離がある。
エレノラは魔族の身体能力でここまでひとっ飛びだったが、人間の、それも子供の足ではいられるはずのない時間だ。
何が起きたのか類推する材料は――何故か後続の騎士の抱えている謎の白い塊だろうか。

「助けなきゃ……」

このまま神殿に居続けるのは危険だ。
神殿ではエレノラが『儀式』を行うし、それが為されたら最後、ヴァフティア自体が危険地帯になる。
無理を言ってついてきてもらった仲間たちの、その恩を仇で返すことになってしまう。
エレノラは、すみやかに覚悟を決めた。

 * * * * * *

120 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:41:42.87 0.net
【ルグス神殿】

ヴァフティア守備隊を通じて『通報』を受けた神殿騎士達は、非番の者も含めて厳戒態勢をとっていた。
守備隊から引き渡された暴走箒乗りは既に四人を数え、全員が疲労困憊していたため別室に保護されている。
そして、戦闘準備の整った者から抜剣して参道に待機していた。

そして、通報の内容は現実となった。
ルグス神殿の噴水広場から続く参道に、黒の人影が姿を現した。
小柄で、闇のような黒衣に身を包んだ少女。お下げ髪の下から見え隠れする双眸の色は――赤。

「敵襲――!第一種敵性存在(魔族)、神殿参道に出現!迎撃に入ります!」

軽鎧と円盾、それからバスタードソードで武装した神殿騎士が5人、敵性存在を囲うように散会して一歩づつ進む。
迎撃の者達は全員が金級の聖術を修めた助祭クラス以上の戦闘修道士だ。帝都の騎士団にも遅れをそう遅れはとらない。
彼らが何度目かの包囲へ向けた踏み込みをした瞬間、敵性存在が懐から剣を抜いた。
短剣――水晶を削りだして刃とした青の剣を、間合いから遥かに遠いこちらへ向けて構える。
小ぶりの唇から呪文がこぼれた。

「遺貌骸装――『千年樹氷』!」

短剣が赤く輝き、ピシイ!という鋭い音と共に刀身が花咲いた。
無数に枝分かれした水晶の刃が、滝のように神殿騎士たちへと殺到する!

「聖術――防性結界『聖域』!」

騎士たちの反応は即断であった。
卵の殻をイメージさせるような光のドームが5人の神殿騎士を中心に展開し、千年樹氷の刃を押しのける。
しばらく水晶の枝と光の盾が拮抗していたが、数の差でやがて樹氷が押し負け、軋み、砕け折れた。

「やはり、情報通りだ……!奴は無数に奔る水晶の刃の武装を使うが、その性質は水晶そのもの!
 多くの鉱物がそうであるように、横合いからへし折るような力には弱い!」

『体験者』が言うには、水晶は表面にどれだけ剣をぶち当てようともろくに傷つきやしなかったが、
一度刃が通りさえすれば、そこからねじ折るように力をかけてヘシ折ることができたらしい。
ならば、水晶が成長しきって囲われる前に、壁となる結界を置いてやれば良い。
結界に阻まれた水晶は、自分の成長する圧力によって自壊することになる。

「そしてこの人数での『聖域』ならば押さえ込める!次の手を打たれるまえに潰すぞ!」

円盾を媒介に展開した結界を手に、五人の神殿騎士は全方位から敵性存在へ飛びかかる。
聖術による結界は、個人の資質によらず神の力をパワーソースとする為強力だ。
いかに人類よりも圧倒的上位に存在する魔族とて、熟練の神殿騎士が放つ5倍の聖術はそう容易くは破れまい。
勝利を確信した眼前、魔族の少女は砕け散った水晶短剣を握り直すと、もう一度呪文を唱えた。

「『千年樹氷』……!」

「無駄だッ!制圧する!!」

少女が体ごと回転するようにして剣を持った腕を振るった。
振るわれた刃が五枚の聖域のうち二枚にぶち当たって極彩色の火花を立てる。
だが、それだけだ。剣は何者も傷つけること叶わず、5方向から付きこまれた盾形結界が少女を抑えこむ。
一秒、二秒と経過――聖なる光が魔族の身体を灼き、その四肢から力を奪っていく……!
だが、少女が力尽きるよりも先に、神殿騎士側に変化が現れた。

121 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 19:42:12.64 0.net
「な……力が……?」

五人の神殿騎士のうち、二人の張っていた結界が突然消滅した。
結界を失った騎士達は、一様に強烈な脱力感に襲われ、円盾を保持することすらできずに膝をつく。
頭を垂れた者達は、少女が短剣で斬りつけた結界の主だった。
まだ大して動いていないにも関わらず、酸素を求めてぜえはあと肩で息をし、額には珠の汗が浮かんでいる。
さながら、全力疾走をした直後の様相を呈していた。

入電にはなかった情報だが――
遺貌骸装・『千年樹氷』と呼ばれる青の短剣の能力は、刀身を高速で枝分かれさせる……だけではない。
それはこの武装の能力のほんの一端、副産物に過ぎない。

『千年樹氷』の本来のデザインは、十字型の短剣、鋼製の刃を持つごくありふれたナイフである。
そこに、少女はオリジナルのカスタムとして、水晶を刀身に散りばめた。
遺貌骸装の効果は、『斬りつけた対象の時間を強制的に進める』こと。
その限界は千年、経時によって成長する樹氷からモチーフをとって、故に千年樹氷。
持ち主たる彼女は、表面に纏わせた水晶の時間を進め、強制的に成長させて無数の枝刃として運用していた。

「結界の"時間"を進めました……!」

聖術による結界は、経時によって劣化することはない。
だが、それを展開しているのは人間だ。長時間の行使は集中力を使い、神経を消耗する。
千年樹氷によって斬り付けられた結界の時間が強制的に進んだことによって、
『長時間行使した疲労』が一気に聖術の担い手を襲った。
常日頃の鍛錬により、丸3日は維持し続けることのできる精強な神殿騎士とて――千年もの間発動し続けることはできない。
千年分の消耗は、熟達した聖術使いを強制的に虚脱状態に追い込むのに十分過ぎた。
そして、

「――ごめんなさいっ!」

膝を折った騎士の、胸あてに少女の靴が乗る。
そのまま魔族の少女は崩折れた神殿騎士を踏み台にして包囲を飛び越えた。
騎士の背後、参道の石畳に着地すると、その勢いを一切減衰させることなく身を弾くようにして走りだす。

「!!」

背後から風切り音。
振り向く猶予もなく、右足に激痛が走ると共に、そこから一切の自由が奪われて彼女は石畳を上半身で滑る。
右のふくらはぎを長矢が貫通していた。白光を纏っている矢は、魔族の足を石畳にしかと縫い止めている。
さらに視線を遠くへ向ければ、参道の向こうから新手の神殿騎士が数人少女を長弓で狙っていた。
番えられ、引き絞られた矢はやはり淡く白光。ルグス神殿が奇蹟の一つ、破魔顕刃『聖剣』である。
魔に対する強力な特攻効果を持つ聖術により、穿たれた部分が魔性を失い身体能力はおろか形態の自在すら効かない。

「よし、足を留めた――」

狙撃の成功に湧くいとまはほんの僅かであった。
敵性存在は覚悟を秘めた表情をしたのち、あろうことか己の足を自切したのだ。
右手を大鋏に変じて、少しの躊躇のあと、ひといきに断ち切った。
吹き出す鮮血はすぐに収まり、肉の断面がみるみる盛り上がって伸び、あたらしい足が生成される。

「人外め……!」

神殿騎士が舌打ちで見送る中、少女は再び射掛けられる矢の雨の中を疾駆する。

 * * * * * *

122 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/08/14(木) 22:23:55.00 0.net
* * * * * *

エレノラは右足から登ってくる夥しい灼熱感と激痛に吐き気を覚えながら、涙を浮かべてそれでも走る。
悲鳴はすんでのところで呑み込んだ。代わりに吹き出した涙はおぞましい刺をもつ鉱石に変じて石畳に落ちる。
背後からは仮借なく射掛けられた矢が迫っていた。
だが、不意打ちを受けた先ほどとは異なりエレノラは器用に回避しながらスピードを落とさずに走り続ける。

躱し続けられるのには理由があった。
魔族の視力ならば、飛来する矢を見てから避けることは十分に可能だ。
では全力疾走しながら後ろから撃ってくる矢を見るにはどうするか?
振り向いて確認する――などという手間は魔族には必要ない。
頭のうしろに眼を生やせば解決するのだ。
エレノラは前と後ろ、都合4つの眼で前後を見ながら、追撃を回避しつつ走り続ける。

「シーナ!」

魔族の全力疾走は、すぐに彼女を目的の場所へと運んだ。
聖堂の端で、担架に寝かされた人間難民の仲間、シーナの元である。
傍には相変わらず巨大な布の塊が転がされていたが、中身を検めている暇はない。
介抱にあたっていた神官が驚愕して飛び退く、エレノラはそこへ向かって一礼だけすると、担架ごと仲間の身柄を確保した。
神官が止めに入るより早く石畳を蹴ってそこを離脱し、担架を抱えて聖堂の奥へ向かって再び走りだす。

(しかたありません……せめてわたしの傍から離さないようにして、儀式を終わらせるしか!)

「魔王が……魔王が来るの……!」

シーナが担架の上で熱にうかされたようにつぶやいた。

「よほど怖い目にあったんですね、可哀想に……一体なにが……」

目を覚ましたら聞いてみよう。
それよりもいまはここを離れることが先決だ。
とはいえ目的地はここ神殿に変わりはなく、神殿内でありながら追っ手から逃れられる条件を満たす場所は……

(あそこしか!)

エレノラは身を深く屈めた。
石畳を強く足でグリップし、ふくらはぎに力を溜める。
溜める、溜める、まだ溜める――さながら肉食動物が飛びかかる寸前の如く、脚部の筋肉が倍にまで膨れ上がる。

「ッ!」

身に溜め込んだ全てのバネを解放して、エレノラは跳躍した。
己の身の丈の十倍も、二十倍も、地上の重力から逃れるようにぐいぐい推進していく。
跳んだ先は――大ルグス像。

座標はまさにヴァフティア全敷地から見た寸分たがわぬ中心部。
街の基礎を構成する大十字路の交差する地点。

そして、奇しくも、エレノラ=リュネットが『遊撃課』と最初に出会った場所である。


【人間難民の子供達:キリアの奸計、マテリアの機雷、ファミアの奇行によってヴァンディット以外の全員が捕縛される。】
【ヴァンディット:マテリアからの話し合い要請を承諾。目的:自分たちの力で議長に再会する】
【エレノラ:シーナ(ファミアさんがアレしたフードの娘)を抱えて大ルグス像の登攀を開始】

123 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/08/14(木) 23:05:21.77 0.net
先ずは一名、続いて二名。二名の方は、何者かの援護の結果、楽に捕縛出来たと聞く。
ならばヴィッセンだろう。もう一人は明らかに、どう考えても脳筋である。いや、能力がね?
指揮の傍ら、その様な事を考えられる程度には余裕を持っていられる現状、キリアはふう、と溜息を吐き出した。

まあ、ここまで来れば問題はないだろう。そんなに人数も居ないだろうし。
接近してくる相手だけ捕捉出来ていれば――と、そのキリアの思考を、守備隊からの連絡が断ち切った。

「新たに二名を捕縛! 一名は……何とも言い難い状態です。下着泥棒のような、しかし、子供を一名捕獲していたようで……」
「はぁ?」

なんで下着泥棒が守備隊だらけの神殿に突っ込んできて、尚且つ子供捕まえてんの?

思わず零れた声を咳払いで誤魔化すと、キリアは告げた。
とりあえず引っ張って来い、と。


 * * * * * *



「……おうふ、なんだこりゃあ」

ここまでくれば最早直接指揮の必要なし。
そう判断し、報告されたものの収容先へと向かったキリアであったが、そこにあったモノを前にして途方に暮れていた。
布の、布の……塊? なんだろう、いや本当に。
後は捕縛された子供くらいだが、そちらはよしとしよう。
うわ言の内容は気になるけれども、逆側だし、神官さんも付いている。まずはこれだ、これ。

とりあえず中身を検めない事には始まらない。
歩み寄り、屈み込んだキリアは洗濯物を掻き分ける様に引き剥がし始めた。
妙な絡み方をしているらしく、引っかかっているものもあったが――それは割り切って強引にひっぺがす。
バリィッ、とかビリィッ、とか、布地の上げる悲鳴が聖堂内に響き渡ること暫し。

まだまだ、後残り半分というところで――肩に乗せていた蝙蝠からの情報に、キリアは眉を顰めた。

変な人間、光の盾、光の矢。避けて、こっち側に、来ている。

「ああ、おでましか。……目当ては、なんだろーな。儀式だとしても神殿騎士さんたちが来るだろうし――…」

まあ、とりあえず警戒を呼び掛けてから隠れておこう。
侵入者が来ますと声を張り上げたその後、取り急ぎ周囲を見渡したキリアは目に付いた扉の向こう側へと体を滑り込ませた。

それから十数秒ほど後、だっただろうか。
扉越しに聞こえてきた喧騒に、キリアは僅かばかり眉根を寄せた。

――犠牲者とか出てないだろうな。勘弁してくれよ、本当に。

そんな事を考えながらも、丁度いいとばかりにやっている事はと言えば箪笥漁りであったりする。
無論、火事場泥棒と言う訳ではない。必要になると判断しての事だ。
そして――お目当てのモノを見付けた。

法衣である。結構煌びやかな。
こいつは有難いとばかりに手早くそれに袖を通すと、キリアは部屋を出、周囲の神官に声を掛けた。

――侵入者は何処に行った?
――大ルグス像に向けて、跳んだ。

124 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/08/14(木) 23:05:57.09 0.net
であるなら行くしかないだろう。
慣れない法衣に足を取られないようにしながらも、足早にルグス象へと向かう。
その道中、窓から見上げた像の表面を――何か、が――登っている?
担架を手にしたまま。

「担架抱えて、ねえ。さっきの子かな? 仲間想いで結構なこって」

しかし、だからと言って高所に逃げるのは悪手だ。キリアは笑う。

なあに、既に頭が粉砕されているんだ。
この上でちょっと倒壊した所で問題はないだろう。
どーせ立て直すんなら全身やってしまえば良い。そう、――バレなきゃ問題にゃあならないんだぜ。

そして、己の遺才はそれを可能とする力だ、




ルグス像の周囲には既に神殿騎士たちが集っていた。
ルグス様の像に矢を射るのか。しかし相手は魔族、何かを企んでいるに違いない。子供も人質に取られているんだぞ。
喧々囂々の有様である。

しかし、キリアは臆さない。
混乱、混沌、大いに結構。故にこそ、己が付け入る隙がある。
彼らの只中に踏み入るや否や、キリアは遺才を解き放った。低く、揺るぎのない声で告げる。


「――破壊しろ」
「……は?」

キリアの口から放たれた言葉の意図を理解しかねたのだろう。神殿騎士の内、一人が呆けた声で問い返した。

破壊しろ? 何を? 魔族をか? どうやって。
声を上げなかった者らも考える事は同じだ。彼らの視線が一様に、キリアへと向かう。
未だ混乱の中に在った彼らの認識を掌握する事など、容易い。
背を向けたままほくそ笑んでいたことを一切顔に出さないまま、ローブの裾を翻し、キリアは彼らに向き直った。

「我らが奉ずる大いなるルグス様の像だが、事此処に至っては仕方あるまい。破壊せよ!
 魔族の姦計を挫く為、我らがヴァフティアの民を守る為! なれば偶像の一つや二つ、打ち砕いた所で何故にルグス様が怒ろう物か!
 真の信仰は、我らが胸の内に在り! 我らにとっての神体は、中天に輝く太陽そのもの!
 真に信ずるならば、奉ずるならば壊せ! 偶像の有無如きで我らの信仰が、ルグス様の加護が――どうして揺らごう!
 魔族を捕らえよ! 罪なき子は我らで受け止めれば良い!」

詭弁であった。これ以上ない程の詭弁であった。
しかし、遺才・『虚栄』と混乱した状況がそれを抗えぬ流れにまで押し上げる。
束ねられた意思が噴出する寸前で――号令をかける。

「我らが神と、ヴァフティアの為に!」

――いざ!

駆け出す彼らを後目に、キリアはさっさと退いていた。
なお、さりげなーく捕縛方向に話を進めている辺り、抜け目ないと言うべきだろうか。
あるいは、ずる賢い、と言うべきだろうか。その辺りの判断は、他の誰かに任せよう――。

【ルグス象ぶっ壊して逃げ場なくそうぜ!】

125 :名無しになりきれ:2014/08/14(木) 23:48:56.51 0.net
なーにがヴァフティアのためだよ

気持ち悪すぎる

126 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/08/18(月) 06:14:57.85 0.net
マテリアはヴァンディットの返答を待っていた。
呼吸と鼓動の音から、彼が迷っている事が聞き取れる。
彼もまた、先ほどまでの自分と同じだ。
解釈次第でどうとでも転ぶ自分の思いを今、言葉として確かな形にしようとしている。

故に無粋な真似は無用。
既に彼以外の四人は捕縛されていたが、ヴァンディットの位置を仲間に告げたりはしなかった。

>「俺は――」

絞り出すような、戸惑い混じりの声。

>「俺は、議長に頼られて嬉しかった。田舎の百姓に過ぎない俺が、彼女の前ならば英雄譚の騎士になれた。
  だから、俺は彼女の傍に在り続けたい。議長が拒絶しようとも……」

答えとしては一応の形になっている――が、まだだ。
彼の声からはまだ迷いの響きが感じられる。
答えは、この更に先にある。

>「――俺たちが取り戻す。他の誰でもなく、どちらの議長でもない!
  議長に求められて集まったのが俺たちなのだから……今度は俺たちが彼女を求める番だ」

強い意志の感じられる、まっすぐな声で、ヴァンディットは宣言した。
その音色の小気味よさに、敵対している筈のマテリアの口角が小さく吊り上がる。

>「俺は議長にもう一度会う。あんたよりも先にな」

「おや、言いましたね。ならあの機雷はそのままにしておきましょう。
 そこまで言わせて易々と道を開けてしまっては、あなたの決意に申し訳ない」

浮かんだ笑みをそのまま乗せたような悪戯めいた口調で、マテリアはそう返した。
簡単に通すつもりはない――が、同時に彼はきっと乗り越えていく。
それならそれで、そういう負け方なら悪くないとも、感じていた。

と、神殿付近が俄かに慌ただしくなった。

>「敵襲――!第一種敵性存在(魔族)、神殿参道に出現!迎撃に入ります!」

議長が現れたのだ。
神殿騎士が五人、迎撃に当たったが――及ばない。
千年樹氷の効果によって二人が虚脱状態に追い込まれ、その穴を突いて議長は――更に前進する。

無謀な行為だった。彼女が無力化出来たのはたった二人。神殿内にはまだまだ何人もの騎士がいる。
五人が時間を稼いでいる間にそれ以上の人員が迎撃の準備を整えられる。
彼女が結界に押し込められていた時間は僅かだが、他対一の状況においては致命的な遅れだった。

風切り音が聞こえた。
それから皮膚が破れ、肉が貫かれる音が続く。
議長が叩きつけられるように地に落ちたのが分かる。

マテリアは思わず顔を顰め――しかし一方で、僅かな安堵を感じてもいた。
もしこのまま議長が制圧され、これ以上の行動を封じられたのなら――それが一番だ。
一番いい、事態の収束の仕方だと。

127 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/08/18(月) 06:16:11.69 0.net
しかし――神殿騎士達は、ほんの僅かにだが、狙撃の成功に歓喜していた。
その高揚が、次の一手を僅かにだが遅らせる。
議長に決断の時間を与えてしまった。

彼女から聞こえる音が、痛みに乱れた呼吸と鼓動が、冷たく、硬く、変わっていく。
全身を強ばらせ、表情を歪めた彼女が、何をしようとしているのか――マテリアには予想が出来てしまった。

「……まさか、駄目!そんな!」

思わず上げた制止の声は、議長には届かない。
直後に、肉を断つ湿った音と、骨を圧し切る硬質な音が聞こえた。
一瞬遅れて血飛沫の噴き出す音が響く。
喉の奥に押し殺した悲鳴も、マテリアには聞こえていた。

マテリアは強く歯噛みして――傍らに停めていた箒を掴んだ。
最早ここにいて出来る事はない。今すぐにでも議長の元へ駆けつけたい。
その衝動に身を任せて、屋上から飛び降りざまに箒を噴射させ、夜空に飛び出す。

感情のままに全速力で箒を飛ばすマテリアは、しかし同時に感情とはかけ離れた思考を巡らせていた。
議長は未だ目的を果たさず逃走を続けている。
何故、遺貌骸装の制作を始めないのか。

一箇所に留まる必要があるのか。それなりの時間を要するのか。それとも、まだ目的地に達していないのか。
彼女は矢を躱す為多少のぶれはあるが、一方向に向かって突き進んでいる。
となると、何か目的があるのだろう。そうでなければ真正面から神殿に挑む必要もなかった筈だ。

(彼女が向かう先にあるのは……)

>「シーナ!」

議長が声を上げる。呼んだのは、人間難民の少女の名だ。
マテリアは、胸が詰まるような感覚を禁じ得なかった。
彼女は事ここに至っても、仲間の身を案じていた。自ら置き去りにした筈の仲間を。

マテリアには分からなかった。
それほどまでの危険を犯してでも駆けつけたい仲間なのに何故、彼女はそれを遠ざけようとしたのか。
そうまでして成した世界の中に、彼女はどんな幸せを見ているのか。

だから――直接聞かなくては。
神殿の敷地内に到達すると、マテリアは箒の高度を下げて着地する。

議長は、身を屈めていた。
脚の筋肉が力み、膨張する音が聞こえる。
何をしようとしているのかは、すぐに理解出来た。

議長がすぐ傍にいる。切り落とした耳も、既に再生してあるだろう。

「議長ちゃん」

マテリアは彼女に声をかけた。
目の前にいるのは、魔族だ。
人間の議長ちゃんを取り戻す障害となる敵なのだ。
だから――徹底しろと、己に囁く内なる天才の声に耳を貸しながら。

「赤眼による魔族化は……治療の前例があると、聞かされた事はありますか?」

真に迫る声――それは決して、嘘ではない。

128 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/08/18(月) 06:18:53.15 0.net
マテリアは元軍属だ。そして無類の知りたがりだ。
彼女はかつてその立場と才能を利用して、帝都大強襲に関する情報を目にした事がある。
長い帝国史の中でも未曾有の事件である大強襲は、母の足取りに繋がる可能性があったからだ。

その情報の中には赤眼に関する記述もあった。
一人の貴族が魔族化し、それを治療されたという記述も。
だがその治療法は、赤眼によって増幅された魔族の血を無理矢理搾り取るというものだった。
加えてそれは完全な魔族化の前に行われたもので――肉体が完全に変異し切っている今更が議長に通じるかは、分からない。

マテリアの言葉は、嘘ではない。だが決して希望でもない。
ただ議長を惑わせ、疑心暗鬼を誘う為だけの毒だった。

直後に、議長が飛び上がった。
マテリアは何も言わず、ただ遠き福音を再び展開する。
そして穂先を地面に叩きつけ、生じた音を自在音声によって制御――議長の上空に福音の網を張る。

けれども議長は、自分の聴覚を無力化出来る。
マテリアがした事はまるきり無意味な行為だ――それだけでは、だが。

福音による網は欺瞞だ。
それとは別に、ただ振動を増幅しただけの機雷を空中に潜ませてある。
耳を閉ざせば突っ切れる――そう思わせる事で、回避という選択肢を奪うのが目的だ。

機雷の威力は抑えてあるが、彼女の跳躍の勢いを殺すくらいは十分に可能。
もし万が一彼女がシーナを取り落としても、ここは神殿だ。
落下制御の使い手などいくらでもいるし、福音を応用すれば同等の効果を再現出来る。



【福音で足止め、と見せかけつつ普通に撃墜を狙います】

129 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/08/20(水) 16:00:33.32 0.net
ごひゅう。
一つ吸って吐く音。
ごひゅう。
ファミアが運動で消費した酸素を何とか取り戻そうとしているのでした。

まあ屠殺されかかっている猪のような呼吸をしている時点で知れたことでしょうが、それはたやすい事ではありません。
なにせ、呼吸が怪しい状態で飛んだり跳ねたりをしたおかげですっかり汗みずく、
それを吸った布が口元に張り付いて危うくトラディショナルな死に様を晒しかけている有様なのです。

遺才によって強化された横隔膜に残った体力を注ぎ込んでようよう呼吸をしていると、不意に持ち上げられるような感覚が。
しかし床から離れる程の高さまではいかず、すぐに落下。
どうやらファミアのパッケージを誰かが解いてくれているようです。

ああきっと仲間だ、持つべきものは信の置ける同僚だなあ――などと考えながら待つことしばし。
曲者の到来を告げる声がして、それからファミアは放置されました。
(あの声はマクガバン三尉だ……)

個人を特定したファミアは、おのれ後で見ていろと、心中で下した信の置けるという評をあっさり覆しました。
人間、極限状態では妙に後ろ向きになったり逆に攻撃的になったりするものですからやむを得ませんね。
とはいえ半分がとこまで開梱が進んでいたのでずいぶんと楽になりました。

もう一度、これまたずいぶんとおとなしくなった呼吸音を立てながら深く息を吸って、ファミアは全身に力を込めます。
直後、何かが弾ける音。そして解放――されませんでした。
どうも体のすぐ近くに絡んでいたものは破くことができたのですが
一番外側に巻き付いている数枚のシーツらしき"大物"までは無理だったようです。
破れてもなお手指にまとわりつく布はひたすらに邪魔で、うまいこと外して中から外へ開けるというのも難行。
タニングラードでも似たような状況に陥ったことがありましたが、これも上司を梱包した報いということでしょうか。

ちなみにエレノラの友人シーナを手を使わずにどうやって運んでいたかですが、
落下地点に入ってほぼ球状になった布の塊で受け止め、そのまま上に乗せて歩いていたのでした。
これだけ怪しければパクられないはずがないですね。

まあ、そもそもファミアには助けたという意識もなければそれ以前にそこまで追い込んだとも思っていませんし、
もちろん自身の奇っ怪さにも気がついていなかったのですが。なにせ見えていなかったので。
視界が効かなくなる前の位置関係と箒の飛翔音を頼りに、あとは全部カンで行動していたのです。

落下していくシーナを追ったように見えたのはもはや運動を続けるのが困難になっていたからで、
受け止めた時もまたなにか引かっけた程度にしか考えていませんでした。

手をついて体を支えることもできないので片膝立ちで薄い空気を取り込むことしばし。
箒の音もすっかり聞こえずさては取り逃がしたかと打ちひしがれ、
神殿(と思しき方角)へ向かっているといつのまにやら転がされ、
搬入が終わる頃には三半規管がすっかり断末魔を轟かせていました。
守備隊や神殿騎士たちからしてみれば段差を通る時以外はこうしたほうが楽なんだから仕方がありません。

130 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/08/20(水) 16:01:46.67 0.net
そのような経緯でたどり着いたここも、ずいぶんと騒がしくなってきたこの頃。
呼吸も整ってきたのだし、そろそろ自分で動かねばなりません。
未だ自由に身動きが取れるわけではないものの、"外装"が減ったおかげで立つのは楽なもの。
いったん逆に体を振って、軽く反動をつけるだけで起き上がることが出来ました。

するとファミアはやにわに壁と思わしき方角へ走り寄り、頭のあたりをそこへ擦りつけ始めます。
ほんの数瞬で布がずれ始め、内側から盛り上がり、そして――頭がぴょこんと飛び出しました。
これでようやく直接外気を吸うことが出来ます。
帝都からでもずいぶんと南、故郷から見ればもはや違う文化圏とすら言えるヴァフティアですが、
そんな国の風も汗ばんだ肌には涼しいものでした。

さあ視界を確保できたら次は現状把握です。
>「我らが神と、ヴァフティアの為に!」
「はい!」
別にファミアには虚栄の効果は及んでいないのですが、なんだかそうしなければならないような雰囲気に流されました。
集団心理って怖いですね。

そんな"集団"の視線の先、ルグス像の方へ目を向ければ今まさに跳躍せんと身を撓めるエレノラの姿が。
(追いつくか……いや、追いつかせる!)
ファミアもすかさず身を縮めましたへ。そして――跳躍。
あとにはいい加減仕事に疲れたらしい鋲打ちの靴底がころり転がっていました。

速度は十分。エレノラの方は抱えたシーナを慮ってか全力ではないようです。
しかし――前にいた人垣を超えるのに、ファミアは若干上向きの軌道を取る必要がありました。
つまりこのままでは追いつくどころかルグス像をも飛び越してしまうことになります。

さりとて壊れ物より厳重な包装を施された今では文字通りに手も足も出ません。
ということはタニングラードでやったような機動も不可能。

(球筋の見切りが甘かった……!)
自分の不明に自分で頭をどやしつけてやりたくなったファミアですが、
親切にもマテリアがそうしてくれるようです。

「ぐぶえっ!」
上空に展開された"福音"による障壁。ファミアは割りといい音をさせながらそこへ突入、下への変化を得ました。
予測される軌道はルグス像直前でエレノラと交差。

そしてそれは――ファミアも機雷源に突っ込むことを意味します。

【超級覇王電えギャアアアアア!!】

131 :名無しになりきれ:2014/08/22(金) 15:43:39.70 0.net
気持ち悪すぎる
(スプレーをばらまく)

ついでにバルサンをしかける

132 :名無しになりきれ:2014/08/31(日) 23:57:17.82 0.net
保守

133 :名無しになりきれ:2014/09/02(火) 01:22:08.29 0.net
気持ち悪いスレだ

134 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/09/05(金) 23:14:13.32 0.net
契約はなった
若きゴーレム技師と若きゴーレム乗りが、さらに若い社長を介してタッグを組むことになった
これが全員女性というのも興味深い
帝国における女性ゴーレム乗り数は多くはない

ゴーレムの操縦はタフな作業、女性には荷が勝ちすぎている
それでもセフィリアがゴーレム乗りなのは幼少からの訓練の賜物といえる
困難を極めたそれを達する事ができたのは単に目的があったからだ

「私は懸鬼も剣鬼も倒します
……そして私は……
いえ、エクステリアさんには関係の話でした」

未練だな、とセフィリアは感じる
もはや帝国に逆らった身でまだ「鬼」に執着するなど愚の骨頂

肩書の綺羅びやかさを誇りたかった
頂点に立ちたかった
その思いは……
哀愁というにはセフィリアはまだ若いかもしれない

頭を振り、エクステリアが話す契約の話に耳を傾けた

>「すぐにSPINで弊社試験場へ行こう。ガルブレイズさんの弊社機での操縦データも取りたいから」

「はい、私も早く慣れたいですから……」

少女は歩き出した
新しい一歩を踏み出す、その先にある未来は過酷なものであろう

135 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/09/05(金) 23:15:11.14 0.net
【エクステリア社・試験場】


木々が茂る森の中
地面は平ではなく、大きめの石や柔らかいところも多かった
はっきり言って乙種ゴーレムの操縦には細心の注意が必要な場所といえる
オーブと羊皮紙の光だけの薄暗い操縦基内、セフィリアの顔が青白く照らしている
眼鏡が白く反射して、その先の双眸は映し出されるデータを読んでいた

「なるほど、サムエルソンとはずいぶん違うみたい……それにしても……」

せっかくの新型機だというのにセフィリアの表情は暗かった

>『ガルブレイズさん、聞こえる?特例でわたしが直接オペレーションをすることになったのでよろしくね』

「よろしくお願いします
指示には従うようにいたしますので、なんなりとお申し付けください」

ふう、と一息をつく、なれない密閉型操縦基内は息が詰まる
口端を流れる汗を舌でふく、操縦中に手で拭くわけにはいかないからだ

(しょっぱいな……)

そういう感想を持つ余裕はさすがにセフィリアにはあった
特に聞きたいこともなかったが、それはなにか相手に悪いかな?と気をつかうことにした

「エクステリアさん、一応装備の確認をしたいのですが……」

>『その新型機"サファリ"は全長8メートルの標準的な乙種ゴーレム。
 武装も帝国軍規格の腕部輪胴式魔導砲二門と、近接装備の溶断剣、背部コンテナの飛翔機雷が16射だけね。
 新開発のバランサーを積んでるからちょっと乗り心地がふわふわしてると思うけど、短時間で慣れて』

(秘密兵器みたいなの欲しかったかな……)

腕が飛び出すとか胸に強力な魔導砲を内蔵してあることを期待したが冷静に考えて
そんな物ついてるはずがないなと妙に柔らかい操縦感覚に自身をアジャストさせた

「このバランサーなら今までに出来なかった高速機動戦闘もできるでしょう
普通の人はバイラテラル角の調整が難しいかもしれませんね」

今までと操縦感覚が違うので操者の動きとゴーレムの動きの差異が大きく影響してくるだろうなと
エクステリアにそう提案しておいた

その後、軽い操縦感覚の受け答えを経て、仮想敵との模擬戦闘へとテストは移行していく

136 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/09/05(金) 23:15:44.32 0.net
『赤い点は"仮想敵機"。複合的な幻術によって、オーブを核にしたゴーレムの幻影を試験場内に出現させてあるの。
 この仮想機は実物と同じ物理演算によって動くから、挙動も慣性移動も全部実機通りに再現される。
 だけど幻術製だから操縦者の制約を受けない……つまり、』

「それは面白いものですね
すべてが無事に済めばお父様に買ってもらおうかしら……
普通の人間にはできない動きができるんですね」

セフィリアの口端が上がらずにはいられない
これは面白い相手だ
理想の動き、その機体のポテンシャルの100%を引き出してくる
演習相手としては最強と言える存在だろう

「――点が6つ?」

オーブに表示される赤点は6つ
最強の相手が6体もいるのだ

「彼我戦力差は6対1……
普通は嬲りものね……」

セフィリアは機体を止め、エクステリアの言葉に興奮を覚える
ゴーレム同士の戦闘において3対1で相手をすればまず負けないというのが常識である
その倍の6対1ともなれば普通は撤退するのが筋だろう

「エクステリアさんも思いの外、意地悪な人ですね」

これぐらいできないようじゃうちのゴーレムはやれねーよという挑戦だ
リスクを考えればこれでもまだ優しいぐらいだなと内心思っていたが、セフィリアも昂ぶる
ついつい軽口が飛び出してしまったのだ

「さあ、早く始めましょうよ
私……もう我慢できません」

こいつ状況わかってんのかとクローディアあたりは苦笑いしてそうだ
ナーゼムは意外とセフィリアが好戦的な人物だと知っているだろう
そしてスイは……すでにこの模擬戦闘の結果を知っているだろう

オーブに状況開始の信号が灯る
セフィリアが駆るサファリが弾けるように飛び出す!
……っと多くのものがそう思っていたがセフィリアは動かない
数が多い相手と戦うときはまず数を減らすのが鉄則
なのに動かない、エクステリアはマシントラブルか?とさえ疑った
だが、それは全くの杞憂

「なるほど……私が動かなかったら徐々に包囲を狭めてきている
連携もちゃんと出来るなんて……ますます欲しいな、これ」

セフィリアは眼鏡をキラキラさせながらオーブをじっと眺めた
ただの点だが見る人が見れば膨大な情報量がある映像だ

137 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/09/05(金) 23:16:22.87 0.net
「この速度ということはエクステリア社の標準モデルか……
私の予想では武装も標準で全機共通
別々の武装で連携が取れるほど、この技術は成熟はしていないはず」

セフィリアはオーブから目を離し正面を向いた
外の景色が映し出される操縦基の羊皮紙
木々の間に幻影らしく少し姿が揺らぐ敵機Aの姿を視認できた

「まあ、まとめると恐るるに足らずってところです」

まずセフィリアは正面の敵機に腕部魔導砲を斉射した
敵は避ける、右へ
そこにはすでにセフィリアが飛翔機雷を2発すでに放っていた
いわゆる置いておいたというやつだ
直撃、幻影とはいえ物理演算は完璧
機体は大きくバランスを崩す

「やっぱり予想通りの動きね」

セフィリアは溶断剣を抜き、すかさず距離を詰めた
それを見計らったかのように左右から別の2機、CとDがそれを待っていたかのように飛び出してきた

「意外性がない!」

飛び出してきたC機を溶断剣で操縦基部分を串刺し、D機に魔導砲を素早く打ち込んだ
やっと態勢を立て直した正面のA機に溶断剣突き刺した

ここまでがまさに一瞬の出来事だった
開始数十秒で半分が姿を消したのだ

一息つく間もなく風切り音が一体に響く
残り3機の飛翔機雷がセフィリアの元に殺到、破壊の権化が襲う

面白味がないな、感じるのはそれだった
自律型特有のモーション、戦術パターン
レベルが上って、精度や早さが上がっても所詮は最適解ばかりだ
ならば……

「私もセオリー通りにやってやる!」

後ろに飛ぶと同時に腕の魔導砲を構える
激しく動く羊皮紙上の照準、その円が飛翔機雷を重なる一瞬を狙ってセフィリアはトリガーに力をかける
ひとつ、ふたつと閃光の花が咲いていく
しかし、いかに高機動な機体でも飛翔機雷より動くことは不可能だ
自然とその距離は縮んでいく
セフィリアは鬱蒼と木々が生い茂る森を高速で移動していた
どうやって?
木を蹴り、加速していたのだ
その向かう先は……崖

138 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2014/09/05(金) 23:17:31.84 0.net
セフィリアの頭のなかには帝国が使う飛翔機雷の性能は入っている
いま、自分を狙っている飛翔機雷は見た目から推測できている
それが間違っていなければ……

サファリが大きく跳躍し、壁に足をかけ更に跳躍
足をかけるところを間違えば即座に滑落する
それを見極め崖を上る、上がる

(あの飛翔機雷じゃ急な方向転換は……)

足元で複数の爆発音
飛翔機雷が崖ぶつかった

(無理……!)

セフィリアの口端があがる
調子に乗ってる時の顔だ
眼下には3機の敵機、位置は圧倒的有利

「こういうのを七面鳥撃ちっていうのかな?」

悪そうな顔全開で崖上から飛翔機雷と魔導砲の全弾発射
砂煙が上がる、それが晴れる前に羊皮紙に【試験終了】の文字が浮かぶ

「エクステリアさん、無傷で完封完勝しましたけど
これでもまだなにか不満ですか?」

セフィリア渾身のドヤ顔がエクステリアのオーブに写された

【セフィリア:幻影ゴーレムに完勝】

139 :名無しになりきれ:2014/09/16(火) 23:38:43.87 0.net
保守

140 :名無しになりきれ:2014/09/21(日) 23:39:45.82 0.net
保守

141 :GM ◆Ke42TKGdLo :2014/09/24(水) 00:37:21.45 0.net
【ヴァフティア・ルグス大聖堂】

地面を蹴って飛び上がる瞬間、エレノラは風に運ばれてきた一つの声を聞いた。
マテリアの声。事前にヴァンディットから聞いた、どこにでも届く彼女の声だ。

>「赤眼による魔族化は……治療の前例があると、聞かされた事はありますか?」

「……!!」

エレノラは何も答えないが、応じるようにワンテンポ跳躍が遅れた。
魔族化の治療?初耳だ――だがエレノラがそれを聞かされていないのは当然といえば当然。
聞かせる意味がないからだ。
元老院も、そして彼女が内通するピニオンも、エレノラが魔族であることを前提に作戦に組み込んでいる。
中途半端な希望をちらつかせて、心変わりでもされたら厄介だというだけの話。

では、両陣営がそれまで秘匿していた『魔族化した者を元に戻す方法』とやらが実在したとして。
エレノラがそれに飛びついて二度目の裏切りをするかと問えば、答えは否だ。

(わたしは……人間に戻ることなんて望みませんっ!)

魔族化してからの日々が辛くなかったと言えば嘘になる。
もとの家族には二度と会えず、いつ自我を失うかと眠ることすらはじめの頃はままならなかった。
変わり果ててしまった自分の姿はいまでも吐き気を催すほど嫌悪しているし、こんな身体じゃ恋だってできやしないだろう。

だが、決してそれだけじゃなかったはずだ。
二年の孤独に耐え、初めて帝都を出る時、こんな自分を支えてくれる仲間たちに出会った。
雑誌の読者投稿欄での募りに応じた――そんな、吹けば飛ぶような儚い繋がり。
しかし彼らは、家族の代わりにエレノラに寄り添い、自我を失えば福音と聖水で抑え込んでくれた。

たとえそれが、失ってしまった人間性を別のもので代替しているに過ぎなくても。
その繋がりは、エレノラが魔族だったからこそ求め、得ることのできたもの。
人間に戻るということは、魔族であることを否定すること。
魔族の傍に在ることを決めてくれた仲間たちの覚悟に対する、言い訳の効かぬ背信だ。

(だからわたしは、魔族としてなすべきことをします――!)

エレノラは跳躍した。
大ルグス像に彫り込まれたディティールに足を引っ掛け、牽引する形で登攀していく。
腕の中ではいまもシーナが眠っている。
巻き込みたくはなかった――だけど決して失いたくない、彼女の絆の一つ。

「――福音の粒!」

上方、大ルグス像の胸のあたりで赤い光が舞っている。
花弁の如く散る雪状のそれは、どういう原理か遺貌骸装『遠き福音』の慣性消去の力を宿している。
迂回して進むか――いや、エレノラは再び耳を形態の自在で埋め立てた。
これで福音の影響は受けないはず。勢いを殺さず、光の原へと突っ込んだ。

「!?」

142 :GM ◆Ke42TKGdLo :2014/09/24(水) 00:38:00.33 0.net
光の粒へ触れた瞬間、肩を上から叩かれたような感覚がして、上昇の勢いが殺された。
これは福音の効果ではない。何か別の、運動エネルギーを直接流し込まれて慣性を相殺されたのだ。
どうやってそんな現象を実現しているかは分からないが、光の粒はこちらの進行を阻む力を持っている。
千年樹氷で切り進んでも良いが、光の粒に何が仕込まれているかわからない以上、迂闊には触れられない。
エレノラは大ルグス像のローブを象る彫込の皺を蹴って、光の群れを迂回する機動に入る。

そこへ、新たな影が出現した。
宙を行くエレノラを飛び越すようにして、何かが急上昇して行ったのだ。
それは、本当に『何か』としか言いようのない、名状しがたき物体であった。
全体の形としては球状をしている……どちらかと言えば、"球"というより"鞠"だ。
白い布、おそらくリネン類を芯材に巻きつけて無理くり玉状にまとめたような、強引な形状である。

巨大な白い鞠。
だが、ディティールに目を移せば単なる布の塊とは形容できぬ個性を持っている。
塊には、手と足が生えていた。
それぞれ夜風に白い生肌を露出させながら、四肢が別々の方を向いてうねうねと蠢いている。
『もがいている』と名付けるべき挙動。なんというかもうひっくり返った死にかけの虫にしか見えない。
そんな意味不明存在が、魔族の跳躍にも迫るスピードで夜空を駆け抜けていったのだ。
エレノラは、もう口を開けて呆然と見守るしかなかった。

布塊は猛烈な勢いで大ルグス像の鼻先を駆け上がると、光の群へとまったく減速せず突入した。
福音の効果が発動し、慣性が消去され、重力の糸が布塊を絡めとり、自由落下してくる。
その降下軌道は――

「ひぃ、ぶつかる――!?」

――上昇を続けるエレノラにドンピシャで直撃するルートだった。
エレノラは形態の自在で肩甲骨から巨大な翼を生成する。
片翼のみ、それを思い切り大気へと打ち付け、横っ飛びのマニューバ。
降ってくるリネンの化け物と正面衝突さえ免れたが、光の群れを回避するルートをとりそこねた。

突入する。
エレノラはシーナを自分の身に隠すようにして深く抱き、自身も身を低く屈めて像を蹴る。
光の群は大ルグス像自体への干渉を避けるためか、像とはある程度の距離をとって散布されている。
こうしてぴたりと像に吸い付くようにして動けば、大部分の粒は回避できるはず。

そして――誤算があった。
エレノラは光の粒の懐に潜り込むことでそれらの影響から逃れることに成功した。
だが、そうすることができずに、光の粒の影響をまともに受けた者がいる。
先ほどエレノラが直撃を回避した、あのリネン塊である。

手足の生えた鞠はエレノラとすれ違うかたちで光の群れに囚われた。
そして彼女がそうだったように、粒に触れた瞬間、ピンボールの球のように弾かれた。

「!?」

考えてみれば、勢いを相殺されたということは、逆方向に同程度の勢いを運動エネルギーとして、あの粒は持っているわけだ。
そのエネルギーを、相殺ではなく例えば『向きを変える』だけに費やされた場合。
――粒に内包されたエネルギーを全部受け取ったリネン塊は、ベクトルを変えて加速する。
既にいくつかの光の粒を経由し、その度に加速したり、福音効果で減速したりを繰り返しながら、
リネン塊は光の粒間でパスワークをされていた。
無軌道に弾かれあいながら、何度目かの加速で不幸にもベクトルがこちらへ向いてしまった。
若干ボロボロになりながら、布お化けがエレノラのもとへ飛来する!

143 :GM ◆Ke42TKGdLo :2014/09/24(水) 00:38:28.05 0.net
「うぇええええ!?」

悲鳴を上げながらエレノラは上へ向かって更に壁面を蹴った。
腕の中でシーナがうめき声とともに身動ぎする。

「シーナ、目が覚めたんですね!」

高速で流れる景色の中、胸に抱いた少女はゆっくりと目を開けてこちらを見る。

「議長……?」

シーナは覚束ない口調でつぶやくと、流れで下を見た。
一気に眠気が吹っ飛んだという顔で、青ざめながら今度は確かな悲鳴を挙げた。

「魔王が来たの――!!」

下からは、リネンの化け物が迫ってきていた。
魔王? あれが!? とエレノラは鼻白むが、シーナの狼狽に嘘はない。
直感する。
彼女が市街で意識を失って倒れていたのも、悪夢にうなされていたのも、この"魔王"に追われたからだ。
あんな意味不明な物体に襲われたら誰だってそうなる。わたしだってそうなる。

何故あのような生命体がこの街に発生したかは本当に不明だが、
襲ってきている以上は退けねばこちらの身が危ない。
エレノラはすみやかに覚悟を決めた。
懐から水晶剣を出し、真下へ向かって構える。

「――『千年樹氷』!」

夜空を彩る光の花の更に上空で、蒼き水晶が花開いた。
急速成長によって無数の枝となった水晶が、その檻の中に"魔王"を捕らえる。
伸びた枝は聖ルグス像にも突き刺さり、即席の柵兼足場となり、魔王は檻の隙間に挟まって沈黙した。
エレノラは少しだけ名残惜しんでから、水晶剣を手放した。
展開した枝を蹴って、最後のひと跳躍。
たどり着いた場所を、腕の中でシーナが呟いた。

「大ルグス像の頭部……」

「はい。このヴァフティアの中心――正確に、東西南北全ての城壁から測って中心点です。
 ほら、眼下に十字路が見えるでしょう?その交わる座標がここなんです」

ヴァフティアの基礎を構成する十字路――北の揺り篭通りを始めとする4本の大通り。
馬車道と歩道を分ける魔導燭灯の光によって、街は空から俯瞰すると巨大な十字架を刻まれているかのようだ。
本当はこんな高所である必要はないのだが、馬鹿でかい聖像があるのだからしょうがない。

144 :GM ◆Ke42TKGdLo :2014/09/24(水) 00:38:55.44 0.net
「こんなところへ来て、なにをするの」

シーナが怪訝そうに聞いた。
いまからそれをお見せしますよ、とエレノラは微笑みながら答えた。
本当は、この場に連れてきたくはなかった。これからやろうとすることを、見られたくはなかった。
もう賽は転がっている。あとは、出目をどれだけ良くしていくかの戦いだ。

――そのとき、エレノラは小さな揺れを感じた。
それはすぐに確かな程に大きな振動となって頂上の彼女たちを襲った。
急ぎ眼下を見ると、光の粒の向こう――地上が大騒ぎになっていた。

「一体何を……」

神殿騎士達が総出で何かを行っている。
魔族の視覚で望遠すると、大聖堂からほとんどの人が出払って、聖像の根本に集まっている。
大ルグス像の足元に巻き付いているのは、捕縛用の聖術、鎖型結界だった。
その鎖の一端を、二十人ほどの神殿騎士がそれぞれつかみ、引っ張っている。
聖像の根本では、鉄杭を改造して造られた破城槌や、超高速で無数の斬撃を繰り出す剣士等が、土台を破壊していた。

「ぎ、議長……この揺れと音、なに?」

「シーナ。わたし視力には自信があるんですが……。
 神殿騎士達が大ルグス像を土台から引っこ抜こうとしてるようにしか見えないんです。
 どうしよう、わたし、あたまがおかしくなっちゃったのかな……」

もしもエレノラの眼と頭が正常ならば、頭がおかしいのは下の大人達だ。
この大ルグス像は、ルグス神殿の象徴ともいうべき、ヴァフティアを代表する建築物の一つだ。
そしてこの像を切り倒そうとしている者達は、ヴァフティアを守護する、太陽神ルグスに剣を捧げた神殿騎士なのだ。
神を象る像を、その神を奉じる騎士たちが破壊している、致命的な矛盾。

「無茶苦茶すぎるーーッ!」

その、当たり前すぎる『ありえなさ』を、押し通した者がいる。
神殿騎士達は己の信じる神に仇なすことは絶対にない。
それは主義の問題ではなく、神の加護を受けているが為に神に弓引くことができないのだ。
故に、この騒動の裏で糸を引いている者がいる。
神の顔面に蹴り入れるぐらいどうとも思わないノンポリで、なおかつ神殿騎士を残らず従える強力な影響力を持つ人物。
そんな矛盾した属性を持つ何者かが、この乱痴気を押し通した!

大ルグス像が、ゆっくりと、前のめりに、傾いていく。

エレノラは再びシーナを抱え、傾斜のつき始めた顔面跡地から飛び出した。
大ルグスのうなじの辺りに足をかける。
すでに土台は破壊されていた。つまり、もうこの像は停まらない。

ゴゴォ……!と鈍い音とともに、断続してルグス像の傾きが停止しては、再開する。
胸元に展開した光の群にルグス像が触れて、都度倒れる勢いをリセットされているのだ。
だが、どれだけ光の粒を展開しようとも、重力という鎖に引っ張られ続けるルグス像は倒れ続ける。
やがて触れる場所にある全ての粒を消化したのか、もう一切の抵抗なくルグス像は倒れ込んでいく。

145 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/09/24(水) 00:39:23.27 0.net
「わ、わ、わ、わ!わ!わ!」

倒れゆく大ルグス像のてっぺんから、うなじ、背中にかけてエレノラは疾走する。
このまま倒れて地面に激突したら、位置エネルギーを多く持つ顔面部はすさまじい破壊に晒されるだろう。
魔族のエレノラはともかく、シーナがその破壊に耐えられるとは思えない。
だから、大ルグス像が倒れきって仕舞う前に、一番被害の少ない足元へと辿り着く。
生き残るにはそれしかない。
急激な傾斜のついた坂を制動しながら、エレノラは駆け抜ける。

胸部の背側まで走ったとき、あの赤い光の群れと再び遭遇した。
胸側の粒は全てルグス像倒壊の足止めに消費されたが、胸囲をぐるりと覆うように展開されたうちの背中側は生き残っていたのだ。
ルグス像越しに胸側を想う。
そういえばあそこには千年樹氷とともに魔王を磔にしていたはずだ。
脱出したのだろうか。してなければこのままルグス像と心中だが、あの化け物を討伐できるなら尊い犠牲だ。

顔と胴をガードして傾斜から足を離した。
そのまま自由落下のスピードに乗り、光の群れに突っ込む。
先ほどの魔王との攻防で、光の粒の性質は理解した。

エレノラは己の髪を無数の針へと変じて、光の群れへと発射した。
針とぶつかった光の粒は、その細い針金をひしゃげさせるが、それで運動エネルギーを使い切る。
無数の光の粒のうちいずれかは偽装された福音だが、こちらは聴覚を潰しておけば無視できる。
この光群さえ突っ切れば、あとは地上へと一直線――

「あっ――!」

ぶち撒けられた髪針に貫かれて、光が弾け、福音が奏でられる。
エレノラは聴覚を捨てているために影響を受けない。
だが、その腕にかかえているシーナは違った。

彼女はどれだけ耳を塞ごうとも、塞いだ手越しに音は伝わる。
耳を消し去って完全に聴覚をカットできる魔族のエレノラとは違う。
そして、そのことに今のいままで気付かなかったのは、先刻の上りの際には、シーナが気絶していて音を聞いていなかったからだ。
一人だけ慣性を消されたシーナは、光の群れの中に取り残された。
エレノラの腕からするりと抜けだして、伸ばした手が彼女を取り戻すことはなかった。

「シーナ!!」

絶望の呻きを挙げながら、エレノラは単身自由落下の速度でシーナから離れていく。
高所からの生還手段をなんら持たないシーナを残して。


【大ルグス像が倒壊を始め、エレノラはシーナを抱えて像を駆け下りる】
【遠き福音の機雷原によりシーナが慣性を消去され取り残され、エレノラは自由落下中】
【リネン星人は千年樹氷とともにルグス像の胸部に磔。このままだと巻き込まれて死にます】
【ヴァンディットは箒で現場に急行中】

146 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/09/30(火) 22:54:11.94 0.net
喧噪の内からするりと退き、法衣をこっそりと脱ぎ捨てたキリアは高みの見物を決め込んだ。
巻き込まれない様に、と十分な距離を取った事で状況を俯瞰することが出来た――のだが。

なんなんだろうか、この状況。
混沌の元凶たる青年は、へらりと他人事のように笑った。

人質は――まあ、騎士団に発破を掛けておいたから大丈夫だろう。
そうでなくとも、あの赤光の使い手が何とかするのではなかろうか。
『遠き福音』の効果を知らないキリアにはアレを誰がやっているのか、と言う事は分からないのだが、
しかし、その効果を推測すること程度は出来る。

傾き、止まって。傾き、止まって。徐々に倒れ込んでいくルグス像。
それを見るに、つまり勢い――慣性、と言うべきだろうか。そう言う物を殺す効果があるのだろう。
であるのなら、自由落下しようがなんだろうが問題なく止められるはずだ。
両方取り落としちゃったら、まあ、その時はその時。運が悪かった、うん。

ないとは思うが。と、ふと、とある物に気付く。
倒れていくルグス象の胸元に、光る檻。その発生点に、現在人影はなし。

「……マジで? あれ、手放したのかよ」

思わずつぶやく。
でもまあ、手放したと言うのならば好都合。
水晶の檻ごとであればその質量、重さはかなりの物になるだろうが――
像が倒壊すれば、流石にそれも砕け散るだろう。残されるのは本体のみとなる。
しめしめ、と言った調子でキリアは蝙蝠に命令を伝達した。

――枝分かれした水晶の根元にある物体の、位置を捕捉しておくこと。

――可能であれば、運んで来い。

それを済ませたところで、ふと違和感を感じた。まじまじと現場を見詰める。
落ちていく魔族、虚空に残された少女、既に地面との間に作っている角度がそろそろ鋭角になりそうなルグス像。
その胸元の水晶の檻、その先に磔にされたシーツの塊――…から、なんかでてるんですけどなんですかあれ。
あれあたまじゃね?だれかの。

「ちょっ、えっ、おいおいおいいいい!?」

慌てて走り出す。あれあのままだったら死ぬって潰れるってミンチになるって。
シーツがクッションになって助かるとかそう言うの有り得ないってマジで。
掌握した蝙蝠たちに追加として、「周囲の警戒」と言う端的な指示を残した後、キリアは声を張り上げた。

「胸元! 誰か像の胸元の水晶を撃ってくれ! 捕まってるぞ誰かっ!!」

戒めさえなくなれば、後は人質と同じ要領で救助できるだろう。
だがしかし、それ以外の手がキリアの頭では全く思い付かない。
倒壊する像を丸ごと支えられるような人間が入れば話は別だが――、像が倒壊するよりも先に魔族が落ちてくる。その対処も必要だ。
であれば、無理だろうそんなのは。でなくても無理そうだが。

泡を食ってあげた声に、数人の神殿騎士が反応してくれた。
狙いを定める間も惜しいと発光する矢が宙を舞い飛ぶ。何発かが水晶に直撃したが、果たして効果はあるのか。
自分の目では解らない。歯噛みをするキリアの目の前で、像の傾きが更に深くなり――

なお、キリアは胸元に縫い留められているのが誰か、と言う事を未だ知らない。
知っていたら、あ、なんか大丈夫そうな気がすると感じて、必死にはならなかっただろう。
だって、あの人無茶苦茶だから。日頃の行いと言うのは重要ですね、どっとはらい。

【神殿騎士の皆様方に水晶への攻撃要請】
【蝙蝠には1に警戒、2にどっかに吹っ飛ぶか埋まるかするだろう千年樹氷の位置の捕捉、もしできるなら確保を指示】
【なお、蝙蝠は普通の無害な野生の蝙蝠なのでナイフ掴んで飛ぶとか無理でしょう】

147 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/10/05(日) 05:55:07.03 0.net
治療法が存在すると聞いた時、議長の足は一瞬だが止まった。
心変わりさせられるとは思っていなかった。今はまだ、だが。
彼女は確かに戸惑いを覚えた筈だ。次はそこに付け込む。

元老院も、ピニオンも、彼女に治療法の存在を教えていなかった。
例え彼女が望まなかったとしても、彼女の事を思うなら教えてあげるべき、与えてあげるべき選択肢だった。
どちらも彼女の味方ではない。信じ、頼るべき味方は自分と、人間難民の仲間達だ。
そう思い込ませるのだ。自分になら出来るとマテリアは信じていた。

しかし、何をするにもまずは眼の前の事態を収束させてからだ。
対処すべき問題は三つある。

一つは、ルグス像から落下してくる議長の確保。
一つは、高空に取り残されたシーナの保護。
最後の一つは、像の胸元辺りに取り残されたリネンお化けの回収。

「……ていうか、この音。ファミアちゃんですよね。……あの子、一体どんな星の下に生まれればあんな事に?」

研ぎ澄まされたマテリアの聴覚は、ルグス像の倒伏に伴う轟音の中でも、それ以外の音を聞き取れていた。
千年樹氷の檻の中に閉じ込められたファミアの心音も、
キリアが慌てふためき神殿騎士達に指示を飛ばす声も、全て聞こえていた。

(その上で……この状況、私は何をすべきか……)

音は、言うまでもなく音速である。
その音を波や形、質感としてさえ認識出来るマテリアの思考は音よりも速く、なおかつ鮮明だった。
朧げな色彩と闇の縁取りのみを映す双眸で虚空を見つめながら、マテリアは思索を巡らせる。

シーナが置き去りにされたのは不幸な事だが、少なくとも彼女はもうこれ以上何かの巻き添えにはならない。
周囲にはお誂え向きの大音響に満ちている。今度は遠慮なしに機雷原を作り出せる。

シーナの保護はキリアの従える神殿騎士の『落下制御』により為されるだろう。
とは言え、彼らもすべき事は多い。福音を用いれば、激痛は伴うものの落下制御の真似事は出来る。

千年樹氷は――試し撃ちの良い的だ。肌で感じるほどの轟音を一点に集め、撃ち込んだらどうなるのか。
轟剣ですら砕けなかった硬度を前に、自分の遺才はどこまで通じるのか。

(……試してみたい。そうだ、私なら……出来る筈……)

マテリアの思考が、横道に逸れる。
魔が差したのだ、字面通りの意味で。
天才を取り戻すという事は、遺才の更なる深淵を覗くという事は、すなわち魔族に近づく事を意味している。
鮮明であった筈の思考が徐々に曖昧になり、抑え難い衝動が膨らんでいく。

だが不意に、新たな音が聞こえた。
大気を切り裂く音。高速で移動する何か――ヴァンディットだ。
彼の、決意を秘めた者の重々しくも落ち着いた呼吸と鼓動が、マテリアに冷静さを取り戻させた。

(今のは……私は、一体何を……いや、今はそれどころじゃない!)

脳裏に残る邪念の残滓を振り切るように頭を振ると、マテリアは深く息を吸い込み、口元に両手を当てた。
すべき事は決まった。

148 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/10/05(日) 05:57:08.45 0.net
「……この状況。どうやら、あなたの宣言通りになりそうですね、ヴァンディット」

そしてヴァンディットへと声を飛ばす。

「……あなたは誇っていい。あなたは大人を相手に自分の意志を守り通せた。立派ですよ。
 誰が何と言おうと、あなたがどう思おうともね。
 あなたは、お伽話の中でしか生きられない英雄なんかよりも、ずっとカッコよくなれる。自信を持って。そして……」

一息置いてから、もう一度言葉を紡ぐ。

「……議長ちゃんと、話をして下さい。シーナちゃんは私達に任せて」

これでいい、とマテリアは深く息を吐いた。
事がどう転ぶのかは分からない。けれども、きっといい方向に転ぶ筈だと思えた。

「さて、と。後は……ホントどうしたものですかね。ファミアちゃん」

シーナは神殿騎士が救助出来るだろう。そうでなくても、残留している福音を先回りさせれば時間を稼げる。
となれば自分は千年樹氷に集中すべき、とマテリアは判断した。
したのだが、果たしてこの場に響く音全てを掻き集め、増幅してぶつけたとしても、破壊に至るかは怪しい所だ。
そもそも、それほどの破壊力をぶつけたら中にいるファミアにまで影響が及ぶ恐れがある。

「ていうか、あの子だったら普通に檻をへし折って出てこれるような気も……」

>「胸元! 誰か像の胸元の水晶を撃ってくれ! 捕まってるぞ誰かっ!!」

「……撃ったらその誰かまで巻き添えになるとは考えられないんですか、マクガバン」

視界の外から聞こえた慌てふためく声に、マテリアは溜息を一つ。

「まったく、変な所でスケールが小さい。像を倒してしまった時の豪胆さはどうしたんです。
 法衣と一緒に脱ぎ捨ててしまいましたか?
 狼狽えるあなたを見ていると気分が悪い、拾ってきて下さい」

皮肉を零しつつ、魔力を操作。
瞬間、倒れゆくルグス像が響かせる轟音が消えた。
マテリアの魔力がその全てを吸収し続けているのだ。

彼女は右手で銃を模った。
吸収された音はその先に集中し、増幅、圧縮され、一発の弾丸と化す。
そして、千年樹氷――が突き刺さったルグス像の胸元に撃ち込まれた。

固定されている基板さえ砕いてしまえば、千年樹氷は空中に投げ出される。
そうなれば破壊出来ずとも、像の下敷きになる事は避けられる。

丁度よく、神殿騎士達が檻へ射撃を行った。
支点を失った千年樹氷は、与えられた衝撃の分だけ弾き飛ばされる筈だ。
もっとも少々飛びすぎてしまうかもしれないが、それは仕方がない事だろう。



【議長との対話をヴァンディットに委ねる。
 ルグス像の胸部を吹っ飛ばして千年樹氷の固定を解く】

149 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/10/08(水) 17:23:22.81 0.net
「――――――――!!」
声にならぬ声が夜空を震わせ……ませんでした。
ファミアが突っ込んだ先にふんだんに散布されていた、機雷の振動のほうがだいぶ強かったためです。
いやいや全く僥倖でした。
痙攣起こした鶏が締められるときのような声なんて、聞く方にも聞かれる方にも愉快ではありません。

もっとも、ファミアの現状はそれ以上に不愉快です。
機雷自体は小さな振動、すなわち、それに伴うていどの音の源です。
その音がファミアの声をかき消すほどに高まっている理由とは。
答えは簡単、大量に起爆させたからです。

おかげで文字通り上を下への大騒ぎ。
散々空中でどつき回され頭もがっくんがっくん揺れっぱなしです。
(あれ、なんだか前にもこんなことが―――!)
その時と違って回転はしていないので嘔吐はせずに済みそうなのですが……







視界が夕日の色で埋まっていました。
強烈な光が閉じたまぶたを貫いて、血の色が透けているためでした。
それに気がついたファミアは恐る恐る目を開けてみます。
意外にも目を灼かれることはなく、普通に周囲を見ることができました。

果てもわからぬ白一色の地平に、同じ色の空、寒暖のない風。
首を巡らせても見えるものは変わりませんが不安は感じず、それどころかだんだんと気持ちが高揚していきます。
漠然とした確信と共に顔を上げると――

高みから伸びる光のきざはしの両脇に、輝く翼を持った存在が居並んでいました。
「またかよ」
「えっ?」
もうこっちに来ようともしません。

「かえれ」
厳かな声が無慈悲無感動にそう告げたとたん、
ファミアは足元が無くなったような感覚に襲われ、それから視界が暗転。
「あっ!なんかこれ知ってる――――!」
今日はこんなんばっかりです。

「――――はっ!」
一瞬の忘我からファミアはたちまち覚醒しました。
とりあえず体が動かないので首だけを巡らせて状況を確認します。

(うーん、体勢が悪いから天井と――横は水晶?となると千年樹氷……)
とりあえず水揚げされたマグロのような機動での脱出を試みましたが失敗。
ちなみにいまファミアは、水晶の枝分かれしたまさに又のところに挟まっていました。

(何か状況に変化が起きるのを待つしかないかな……)
下手に動くと更に深く挟まっていきそうなので、消極的な選択を取らざるを得ません。
しかし、変化は即座に起こりました。あきらかにルグス像が倒れ始めているのです。

しかも間欠的に倒れこんでいくので、拘束を脱しきれないうちに倒壊に巻き込まれることもなさそうです。
とはいえ、だいぶ地面に近付いたところでないと抜けるのは難しそうでした。
まあ、そのまま倒れても大丈夫かもしれないな、とファミアは考えているのですが。

150 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/10/08(水) 17:23:56.96 0.net
なにせルグス像はもともと穴が空いて鳥が住んでるような代物です。
つまりそれ相応の強度になってしまっているわけで、倒れていく最中にも崩壊を始めています。
実際地面につく頃にはさらに脆くなっているだろうしへっちゃらへっちゃらと、
ファミアは鼻からぷひーと息を吐きつつたかを括っていました。

そのファミアを突如襲う凶弾。
>「胸元! 誰か像の胸元の水晶を撃ってくれ! 捕まってるぞ誰かっ!!」
「ひー!」
操られているとはいえ神殿騎士たちの狙いは正確で、水晶にだけ綺麗に聖術が叩きこまれていきます。
じゃあ平気なのかというと、もちろんたまったもんじゃありません。
頭上に乗せたりんごを矢で射られるような状況は誰しも嫌なものでしょう。

恐怖のあまりか周辺の音さえ消えたように――
(――いや、本当に消えている!)
次の瞬間、ファミアは水晶ごと床に落っこちました。
マテリアの一撃でルグス像の一部が破壊され、そこに刺さって全体の基部となっていた水晶が外れたからです。

落下のショックで水晶の又からころり転げたファミアは、そのままの勢いで、いやさらに倍加しながら離脱。
余裕ぶっこいてはみたものの、実際上から覆いかぶさってくる巨像を見ればやっぱやめとこうとなるのも無理ありません。

離脱方向は像の足元、つまり元来た方からみて前方で、すなわち議長のいる方角でした。
これは単純に転げ出た方向がそうであることに加え、
頭の方に移動して万が一間に合わなかった場合、加速度のついた像の直撃を受けると考えたからです。

しかし、もともとひっかかっていたのは胸のあたりなわけです。
そこから頭と足どちらへ向か合うほうが移動距離が短いかといえばむろん頭。
というわけでばっちり間に合わなかったファミアは、かなり大きな破片の直撃を受けました。
いや――正確には球体の中心をずれた場所へ、です。

ところで、ファミアを包む布には一条の切れ目が入っていました。
先ほどひっかかっていた時、ファミアが蠢いた拍子に水晶で切れたのでしょう。
そして、破片は球体の端、ファミアの進行方向へと強い力をかけました。

結果――強烈なトップスピンがかけられたファミアは莢から押し出される豆のごとく球体から射出。
低い放物線軌道で飛翔して落下制御をかけられたシーナと交錯、思わずこれにしがみついて捕獲、
そしてなお衰えぬ勢いでエレノラの元へと向かいました。本人の意思とは無関係に。

とは言え――ファミアの意思が介在していたとしても、やはりこうなるのでしょう。

【マッセ】

151 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/10/20(月) 01:14:02.19 0.net
【エクステリア社:試験場】

『試験終了』
管制小屋の大枠オーブに表示された結果を見て、エクステリアは堅い唾を呑まずに居られなかった。
自律操縦とはいえ、だからこそ最速で最適解を出せるはずの仮想敵機が、戦闘開始から僅か5分で全滅。
その意味を、単なるまぐれで片付けられるほど、彼女は愚かな技術者ではない。

「やるじゃない、ガルブレイズ!あいつあんな強かったのね……!!」

隣で取引先の社長がぴょんぴょん跳ねて快哉を叫んでいる。
悔しいが同感だ。何より、帝国正規軍のパイロットでもない民間のゴーレム乗りに、これほどの使い手がいたなど初耳だ。
クローディア商会は、こんな人材を一体どこから発掘してきたのだろうか。
何よりエクステリアが舌を巻いたのは、

「軍用ゴーレムの武装の特性を残らず把握していて、あの一瞬で全部見極めて対処した……?」

軍関係者であれば標準武装の資料を目にすることはそう難しくはない。
だがそれを完璧に頭に入れて、相対している敵機が何を使ってくるかを見抜き、彼女は全てに対応したのだ。
どころか、"エクステリア社のゴーレム"のスペックまで考慮に入れて動いていた節すらある。

戦闘開始直後にすぐに動かなかったのは、6機の連携がどの程度同期されているかを見定める為。
また、有視界範囲外からでもその移動速度と地形への対応から仮想敵機がエクステリアのどのシリーズに該当するかを判断できる。
そうして敵機の連携精度とスペックを読み取り、敵機の運動性能でギリギリ回避できるタイミングで砲撃などすれば、
面白いようにこちらの誘導通りに敵が回避し、定石通りの反撃を放ってくる。
あとはそれを見越して一機一機カタにはめていくだけだ。

恐ろしいことに、普通は専門の部隊が集めてきた情報を専門の機関が分析し、入念な議論を練って行われる、
いわゆる『情報戦』を、セフィリアは単身で、それも戦闘中にやってのけたのだ。

(そこまでなら凄まじく優秀な指揮官、という表現で済むけれど、彼女はそれだけじゃない……)

降ってくる飛翔機雷から逃れるため、彼女は森の中へ入った。
通常ならば悪手もいいところだ。
鬱蒼と茂る森は、整地された戦場とは異なり起伏に満ち、視界が閉ざされている。
ゴーレムがそんな場所に分け入る事自体が馬鹿げているし、飛翔機雷に狙われているならなおさらだ。
飛翔機雷が悠々と掻い潜って通過できるようなスペースも、ゴーレムはいちいち藪漕ぎしながら通らねばならない。
幾許も無く、追いつかれて大破――それがエクステリアの見立てであった。

だが、セフィリアの駆る"サファリ"は、常識を逸脱した速度で森を駆け抜けた。
行く手を阻むはずの低木や巨木の根などを、踏みしめ、蹴りこみ、その反作用で加速したのだ。
新開発のバランサーだからこそ可能な、不定地形へのリアルタイムアジャスト。
セフィリアは搭載されたばかりの新装備を既に理解し、最大限の活用で持って問われた課題に回答したのだ!

敵機と自機、おしなべて言えばどちらも初見の機体の特性を瞬時に見抜き、使いこなす対応力。
セフィリアが証明して見せたのは、彼女が『懸鬼』に迫るに値するパイロットだと断言できる実力であった。

「どう、エクステリアさん。御社のご期待には応えられたかしら?」

クローディアが流し目で問うてくる。
いかにも鼻高々といった風情だが、それは妥当な自信だとエクステリアは思う。
だから、サファリの操縦基に直通の念信器へ向かって語りかけた。

『お疲れ様、ガルブレイズさん。バランサーの良いデータがとれたよ、こういう使い方もできるんだね……』

森の木々を蹴りつけて移動するなど、従来のゴーレム戦術にはなかった発想だ。
理由は簡単、ゴーレムの重量を受け止めた木々は、まず間違いなくへし折れ足場の役を果たさないから。
だがバランサーが慣性の多くを吸収し、最低限の負荷しか木々へと残さなかった。
その隠された利用法を見抜き、実践で成功させたのはひとえにセフィリアの自由な発想によるものだ。

152 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/10/20(月) 01:14:29.43 0.net
『バイラテラル(動作拡大)のレベルをもう一段階下げたほうがいいかも。操縦者の身体能力に機体がついていってない』

ゴーレムの操縦方式には、前述の通り『スレイブ』と『アクター』の二種類がある。
操縦盤をつかって指令を入力し動かすスレイブ方式と、鎧のように操縦者の動作をそのまま反映させるアクター方式だ。
セフィリアが使っているのはアクター方式であり、これはもっぱら格闘技術を持つ戦闘職が好んで用いている。
操縦基の中で操縦者が手足を動かすと、それをゴーレムが追従して再現するわけだが、その動作追従の比率をバイラテラル角と呼ぶ。
これが高いほど操縦者の身動きがより大きく拡大されてゴーレムの動きになるわけだが、
セフィリアの場合中の人の挙動の機敏さにバイラテラルの処理が間に合っていないシーンが多々あった。
これもまた新たな検討課題である。

『じゃあ、整備と検証を行うからそのままドックに帰投して――』

エクステリアが試験のクロージングを宣言せんとしたそのとき。
瓦礫の崩壊するような轟音が、試験場の遠くから轟いてきた。

「なにごと? 今日はもうバランサーの試験しか予定に入れていないはず……!」

エクステリアの問いに答える者が出る前に、慣性小屋へ白衣の研究者が飛び込んできた。

「し、侵入者です!試験場南端の柵を破壊して、所属不明のゴーレムが一機、場内に侵入!
 警備の自律機が既に6機、沈黙しています……それもわずか数分で!」

「!!」

エクステリアはすぐに手元のオーブを操作して、自律機の視覚素子に繋ぐ。
自律機は産業スパイを撃退するための対人を中心とした武装を搭載しているが、
同時に侵入者の姿を特定するために、無線型の視覚念信器も装備している。
すぐにオーブ側に受像され、映しだされたのは、土煙の中に佇む一機のゴーレムの影であった。

「見たことない機影……他国の新型機?」

土煙に阻まれ細部のディティールは確認できないが、帝国製のどのゴーレムにも似ないシルエットだ。
エクステリアの記憶の隅を叩くに、数度しか目にしたことにない共和国のゴーレムがあのような体型だったかもしれない。
それに、その姿は何かがおかしい。四肢の長さや、胸部と背部の装甲のバランスなどが、微妙にちぐはぐなのだ。

言うまでもなくゴーレムは陸戦最強の兵器であると共に、工業製品としても最高峰の代物だ。
どれだけ優れたゴーレムを自国で量産できるか、がその国の工業力の指標になっていると言っても過言ではない。
だから、ゴーレムの設計には優秀なデザイナーが熟慮を重ねて細部から外観に至るまでこだわっている。
普段均整のとれたボディを見慣れているからこそ違和感に気付く、あの正体不明機のバランスは間違いなくおかしい。
まるで子供が粘土をこねて造形したか、あるいは複数の種類のパーツを寄せ集めて一台でっち上げたかだ。

自律機を沈黙させた侵入者は、散歩でも楽しむかのように試験上を闊歩する。
その進路は北上、このまま行けば数分で、セフィリア機のいる森林エリアに到達する。
状況から見て、産業スパイであれば、新型のバランサーを強奪しにセフィリア機を強襲する心積りであろう。

「どうするの、エクステリアさん!」

オーブに張り付きになっていたエクステリアの意識を、脇から飛んできたクローディアの声が引き戻す。
女社長は既に研究者達から状況を聞き、その上でこちらに問うてきている。
どうするのか。

「――迎撃するよ。当たり前だけど、弊社の資産は必ず護る」

答えを受けたクローディアは、犬歯を見せて笑った。

「オッケ、ならその業務、弊社が請け負うわ。ガルブレイズ――やれるわね!」

153 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/10/20(月) 01:14:56.64 0.net
クローディアは念信器をエクステリアからひったくり、試験場内のセフィリアへ言葉を投げる。

『ガルブレイズ、追加で仕事の受注よ。試験場南端から柵ぶっ壊して所属不明のゴーレムが一機侵入。
 お客はこれを、あんたの乗るサファリに積まれた新型バランサーを強奪しにきた産業スパイを推測。
 機体の迅速な保護と、侵入者の確実な撃滅が必要だけど――あんたなら、どっちもできるでしょう!』

再びエクステリアが念信器を取り返し、彼女の顔がサファリの表示器に映る。

『いまの戦闘で飛翔機雷は殆ど使い切っちゃってるね。残ってるのは溶断剣と魔導砲……。
 魔導砲は蓄積魔力の消費が激しいから多用は困難、正体不明の相手に、この装備じゃ心もとないかな』

基本的に、ゴーレムの戦闘というのは飛翔機雷の撃ち合いだ。
より遠くから、より先手をとって飛翔機雷を叩き込んでやれば勝敗は決するのだから、そこに腐心するのは当然だ。
溶断剣や魔導砲は、あくまで有視界範囲で混戦になった際のサブウェポンに過ぎない。
特に、今回のような完全に相手の正体がわからない状態で白兵戦を挑むのは自殺行為と言える。

『武装の換装を手配します。試験場内の臨時ドッグを解放するから、敵機より先にそこへ到達して。
 相手は対人機とはいえガルブレイズさんと同じ6機を一瞬で無力化した手練――くれぐれも無理はしないで』

既に、サファリのマップにはいくつかの黄色い点が表示されているはずだ。
自走不可能となった試験機を収容する試験場内の臨時ドッグの位置を表している。
ここに敵よりも早く辿りつけば、武装の補給を受けられるはずだ。

『敵機、まもなく森林エリアへ到達!ガルブレイズさん、移動を開始して!』

同時、もう一つデータがサファリの操縦基へ送られてくる。
それは、試験場に放たれた観測用の甲種ゴーレムが撮影した、侵入者の鮮明な念画である。

『なに、これ……!』

クローディアが息を呑む音が聞こえる。
表示された念画に映しだされていたのは、赤と黒をめちゃくちゃに塗りたくったかのようなおぞましいカラーリングの機体。
サイズこそ8m前後の標準的な乙種ゴーレムだが、サイズ以外が規格外であった。
四肢のパーツそれぞれが、別々のゴーレムからもぎ取って取り付けたかのように不揃い。
一点削り出しのはずの装甲板ですら、もとの造形がわからないほどにたわみ、歪んでいる。
その姿は数々の戦場をくぐり抜けた歴戦の戦士のようであり、黄泉路から蘇った亡霊の集合体のようでもあった。

セフィリアだけは気付くことができるはずだ。
造形自体は似ても似つかないが、唯一、頭部に描かれたパーソナルマークだけは、彼女の知っているものであることに。
一等貴族、ガルブレイズ家のパーソナルマーク。
この世で唯一、セフィリアの駆るサムエルソンだけが戴くことのできる紋章だ。


【試験を非常に優秀な結果でクリア!】
【試験場に侵入者。警備ゴーレムを一瞬で壊滅させる驚異的な実力の持ち主】
【つぎはぎのようにいびつなボディ、しかしその頭部には見覚えのあるマークが】
>>95

154 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:48:49.07 0.net
【ヴァフティア・ルグス神殿大聖堂】

ヴァンディットは夜風の中、指向燭灯に照らされる聖堂を目視していた。
外付けの畜魔オーブを持たぬ彼の箒は、長時間の飛行に向いておらず、既に乗り手は疲労困憊だ。
自前の魔力を使いきれば失速し、再び上昇することは叶わないだろう。
そうなる前にできるだけ高度を稼ぐべく、ヴァンディットは機首を上へ向けて上昇途中にあった。

「大聖像が倒れていく……!」

マテリアへ啖呵を切ったはいいものの、神殿を完全包囲され、仲間を残らず捕縛され、
どうにも攻めあぐね途方に暮れていた矢先の出来事であった。
街を見下ろす威容を誇る大ルグス像が、膝を折るようにしてゆっくりと倒れていく。
状況は不明だが、神殿騎士達にそれを阻止する動きがないことから、彼らの意思によるものと推測できた。

>「……この状況。どうやら、あなたの宣言通りになりそうですね、ヴァンディット」

「よく言うぜ。またぞろあんた達の差金なんだろう?マテリアさん」

風に紛れて声を飛ばしてくるこの女が、この街にもたらした奇蹟の数々は、ヴァンディットを場馴れさせるのに十分だった。
マテリアだけじゃない。遊撃課と名乗った彼女の所属する部隊は、物理的に実現不可能なあらゆる壁をぶち壊してきた。
そうしてまた今宵、ひとつなにかが粉砕されようとしている。
ヴァンディットや、議長の上で、長い間彼らの気持ちに蓋をしてきたものだ。

>「……あなたは誇っていい。あなたは大人を相手に自分の意志を守り通せた。立派ですよ。
 誰が何と言おうと、あなたがどう思おうともね。
 あなたは、お伽話の中でしか生きられない英雄なんかよりも、ずっとカッコよくなれる。自信を持って。そして……」

帝都を出て、ヴァフティアに車で、大人に頼るつもりはなかった。
頼れないとわかっていたし、頼りたくなんかなかった。
大人は強いから――ヴァンディット達のような"子供"が、必死に悩み足掻いている問題も、簡単に解決してしまう。
そんな、誂えられたお仕着せの答えなんかに、何の意味がある。
議長は自分たちを頼ってくれたのだ。彼女と同じ、幼く、力のない子供である自分たちをだ。
与えられた力を振りかざすだけの操り人形を、彼女は英雄とは呼ばないだろう。
そう思っていた。だけど――

「英雄でなくたって良い。英雄よりも格好良い"何者か"にだって、俺はなれるはずだ!」

>「……議長ちゃんと、話をして下さい。シーナちゃんは私達に任せて」

「そうだよな……困った時に大人を頼るというのも――子供の特権だ!!」

ヴァンディットは虚空を蹴り、機首を下方へ向けて降下をスタートした。
仮想翼が風を受け、重力加速度に背を押されながら夜空を滑り降りていく。
途中、シーナとすれ違った。空中で、聖術の光に包まれながらゆっくりと落ちていく彼女と目が合い、頷きあう。

「議長を」
「応!」

倒壊していくルグス像を下るようにして、錐揉み回転しながら、ヴァンディットは地上を目指す。
そして。
地表付近で自由落下を続ける異形の姿を見つけた。

 * * * * * * 

155 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:49:58.33 0.net
シーナを取りこぼして一人だけ落下を続けていたエレノラは、フードの少女が聖術による防護を受けたのを認め、
異形の胸中に安堵の息を漏らす。
再び神殿騎士の手中にシーナが囚われてしまったと見るべきか、保護されたと見るべきか、暫し迷った。
これからこの街に起きることを考えれば、誰かの保護下におかれているほうが安心ではある。
ヴァフティアの神殿騎士はどうやら、元老院からの影響を受けにくい組織であるようだし。
それに――

(もうここで、わたしとは袂を分かつべきでしょう……シーナも、ヴァンディットも、みんなも)

神殿騎士の保護下にあれば、今宵の騒動について詮索は受けるだろうが、直接的に糾弾されることはあるまい。
昼間にシーナ達と一緒にいた"議長"と、魔族"エレノラ"は、容貌からして随分とかけ離れてしまっている。
両者を結び付けられるのは、両方の姿を知っている仲間たちと、酒場で見せた遊撃課の面々だけだ。
そして遊撃課は、シーナ達がエレノラの目的について殆ど何も知らないことを、知っている。
つまりシーナは、『たまたま夜間に箒で暴走していて、守備隊の魔族討伐に巻き込まれただけ』という扱いになるはずだ。

(魔族の関係者だとは思われない、はず……)

さて、となれば次に考えるべきはこれからどうするかである。
大ルグス像の倒壊は、作戦自体の成否には正味関係がない。
もとより大ルグス像へ登ったのは、シーナを救出する都合上と、誰にも邪魔されない時間が欲しかったからだ。
儀式自体は座標さえ合っていれば良いし、あとは時間さえ稼げれば作戦の遂行は可能。
であればあとは、どう時間を稼ぐかだ。

(聖像の周辺は手薄……!)

これだけ巨大な像を倒すのだ、直撃を避けても周りにはかなり多くの破片が飛散するだろう。
それら二次被害を防ぐために、神殿騎士達は大規模な結界を張らなければならない。
また術者の被弾を避け、ドーム状の結界を外側から展開するはずだ。
つまり、結界の内部には誰も入ってこれないということだ。

儀式自体は10秒程度あれば終わる。
倒壊の瞬間から、二次被害の心配がなくなるぐらいに状況が安定するまでに10秒は余裕でかかるだろうから、
つまり倒壊のタイミングで儀式を始めれば問題なく完了するということである。
衝撃と瓦礫の吹き荒れる中、無防備で儀式を行うエレノラ自身の身の安全は――

(……そこはそれ、魔族のこの身に感謝ですね)

そして、エレノラが地上へ着弾すると同時、大ルグス像が地面へと叩きつけられた。
遠き福音の影響で自由落下に比してはかなり減速していたものの、巨大質量が地面にぶつかった衝撃ははかり知れず、
凄まじい轟音とともに石畳が走行中の馬車の如く揺れる。
大聖堂の内周に控えていた神殿騎士たちが号令と共に『聖域』を発動し、卵の殻を思わせる白のドームが形成される。
ぶち撒けられた大ルグス像の破片が結界の内壁に反射し、さながら小石を入れた箱を振ったかのように跳ねまわる。
エレノラは大小様々な破片を身体の至る所に受けながら、這うようにして根本が破壊されたルグス像の土台へ向かう。
そこへ、聞き覚えのある風切り音が耳に飛び込んできた。

「まさか……」

絶望的な心持ちで振り返ると、回転しながらこちらへ飛んでくる何かがいた。
その動き、心あたりがある。

「――魔王ッ!!!!」

156 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:50:25.63 0.net
魔王こと、あのリネンお化けである。
しかしいまは強烈な回転により細部のディティールはわからないが、まとわりついていたリネンの類が消失している。
ふと遠くを見れば、抜け殻と思しき布の残骸が像の下敷きになっていた。

「魔王が脱皮した!?」

鳳仙花の種が果皮から弾き出されるの如く、外装からスポンと飛び出してきたのだ。
なんという悪運、でなければ緻密に計算されたデザインであろうか。
大ルグス像の直撃という、魔族であっても致命傷になり得るダメージに際し、
彼奴は己の外殻と中身が癒着していないことを利用し、衝撃を外側へ弾き出される方向へ変換したのだ。
ちょうど葡萄を皮ごと口の中に入れ、舌で果実を押しつぶして果肉だけをちゅるりと剥き出すかのように。

そして脱皮した魔王は、さらなる加速度をもってエレノラへ迫ってきた。
結界内は未だ瓦礫が跳ねまわっており、これが魔王へ激突すると、白く輝きを放って弾き返す。
さながら結界『聖域』による防御のようだ。

……いや。
本当に聖術だ。どんな因果か、魔王は聖術による結界を纏っている!
エレノラの強化された視覚が、空中の塵一つ一つを精査できる動体視力でもって、魔王を分析する。

「し、シーナ、どうして!?」

魔王自体の顔は巧妙に隠れていて判別できないが、確かなことがひとつ。魔王はシーナを抱えていた。
落下制御の聖術によって保護されていたはずのシーナが、何故再び魔王の手中にあるのか!
エレノラはすぐにピンときた。とどのつまり、シーナも結界内に取り残されたのだ。

ルグス像倒壊のタイミング的に、落下制御でゆっくり降下しているシーナを地上の騎士たちが保護するのは間に合わなかった。
であれば、せめて倒壊の破片からこれを保護するために、神殿騎士の誰かがシーナを覆うように『聖域』をかけ直したのだろう。
倒壊が止み、破片による二次被害の心配がなくなってから、地上に降りたシーナを回収するために。
だが、結界内には破片の他にもう一つ危険が存在した。
それが、いまシーナの身柄を略取し聖術の庇護領域を間借りしている魔王である!

おそらく、脱皮することで倒壊から脱出した魔王だが、聖堂を保護する結界内に取り残されたことを知り、
二次被害を避けるべく、同じように取り残されたシーナに接触したのだ。
あの高速回転のなかシーナの姿を発見し即座に接触に移る判断力は流石の一言だが、関心している場合じゃない。
魔王はこちらに向かって転がって来ているのだ。
聖域によって保護されながら、一個の白く輝く球体となって、魔王は突っ込んでくる。

(聖術の直撃は……まずいです……!!)

聖術は魔族の肉体に対して特効の性質を持つ。
その光は甲殻を灼き、その熱は肉を錆びさせる。魔族にとって唯一の弱点といえるものだ。
そんな聖術を、魔族として未熟なエレノラが、満身創痍の状態で、しかも加速度を伴って受けた場合、
肉体に及ぶダメージがいかほどになるか、考えるまでもなく恐ろしい。
四肢がはじけ飛んで儀式どころではなくなってしまうか、最悪そのまま討滅されてしまうかもしれない。

避ける――できない。瓦礫に弾き飛ばされた足の再生が終わっていない。
弾く――無理だ。形態の自在で肉壁を作ったとしても、粉砕して押し切られるだろう。

どうする――。
その自問にどうしようもないと絶望的な自答をして、エレノラの眼前は白に染まった。

157 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:50:52.92 0.net
最後に脳裏に出てきたのは、もう頼らないと決めた者達の顔。
このヴァフティアまで一緒に度をして、だけど巻き込みたくない一心で、拒絶してしまった仲間たち。

「みんな。たすけて――」

光の向こうで、浮かんだ通りの声がした。

「任せろ。その為に俺たちはここまで来たんだ」

目の前の、崩壊した石畳に、一本の箒が突き刺さった。
そこにしがみついていた黒衣の人影が、天地逆さまの状態で、エレノラと魔王との間に身を割りこませた。

「解き放て――『遠き福音』!!」

人影は黒衣を翻す。
その内側で着用者の身体の他に包まれていたものが、ふわりと宙に飛び出した。
赤く輝く光の粒。
マテリアの散布した、『遠き福音』の効果を閉じ込めた魔力塊だ。

光の粒は黒衣の人影の前方に散り、迫り来る魔王にぶつかった。
ギィン!と金属同士を打ち合わせる鋭い音が響き、音色を媒介とした呪いの効果が発動。
魔王は慣性を奪われ、空中で停止し、そのまま石畳へべちゃりと着地した。
福音の主は、黒衣をはためかせて首だけで振り返る。その顔は、声の主と同じ。

「ヴァンディット……!」

「俺だ」

ヴァンディットはそれだけ言ってニヤリと笑みかけると、こちらに向き直って膝を折った。
それまでの、不自然に自分を誇るような言動が、なりを潜めている。

「今のは……」

「上空に福音の粒がまだ滞留していてな。何かに使えると思って掠め取ってきたが、ドンピシャだったな」

言いながら、彼はエレノラの脇に自分の肩を入れて支える。
異形の彼女は自分の脚部が今にも折れそうなほどに欠損していることに気づき、慌てて再構築を開始した。
そうしてから、落ち着いて眼前の動きを停止した魔王を見る。
再び気を失ったシーナ(本当に不憫)と、それに覆いかぶさるようにして、もう一つ人影があった。
月光を柔らかく照り返す髪、その下にある顔は――

「ファミアさん……!?」

魔王の正体。
それはこの街で出会い、心を通わせ合った無二の盟友、ファミアであった。
エレノラは驚愕のあまり千切かけの左腕をとり落とし、ヴァンディットがそれをキャッチしてくっつけた。

「そんな、どうして……ファミアさんが魔王に……?」

そんなエレノラの絶望と疑念を傍目に見て、ヴァンディットは怪訝そうな顔をする。

158 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:51:19.71 0.net
「なあ議長、魔王というのは何のことなんだ?」

彼の放った疑問は至極真っ当な、つまりは状況を知らぬが為に説明を求めたものであったが――
エレノラは雷撃に撃たれたが如き衝撃を受けた。

魔王とは、そもそも何なのか?
単純に魔なる者の王のことを指すのか、であればシーナがその存在を知っているはずはない。
彼女が魔王と呼んだのは、もっと抽象的な概念ではないだろうか。
つまり、とエレノラは結論を出す。

「魔王とは……心の在りよう。誰もがそうなり得るものです」

誰の心にも魔王は住んでいる。
それは普段は潜んでいるが、時折顔を見せては、霧や、枯れ葉のざわめきや、古い柳を魔王に見せて主を苦しめる。
深淵を覗く者がいずれ深淵の一部となるように――
心に魔王を見出したものは、いずれその存在が膨れ上がり、心の多くを占めてしまう。

「ファミアさんの中に潜む魔王が、彼女をこの凶行に走らせたんでしょう」

さあ……と涼しい風の吹く中、エレノラはそう遠い目をして言った。
閑話休題。
魔王の登場のおかげですっかり儀式を行うタイミングを逃したが、瓦礫の飛び交いが止めば、
結界を解いて神殿騎士たちが大聖堂へ踏み込んでくる。
エレノラが取り押さえられるまで、儀式にかかる十秒間を稼げるだろうか。

「行け議長。ここは俺が食い止める」

ヴァンディットは黒衣を翻して言った。
面食らったのはエレノラの方だ。

「わたしを止めに来たんじゃないんですか……?」

ファミアやマテリアがここへ乗り込んできている理由を思えば、ピニオンの計画の阻止が目的のはずだ。
そして、ヴァンディットは遊撃課のマテリアと明らかに協力関係にある。
福音の粒はマテリアの生み出した術式であるから、マテリアが非協力的ならば解除しているはずだからだ。
つまり、ヴァンディット達も、遊撃課の協力者として、エレノラを止めるべくここへ来たと考えるのが道理。

「議長が何をするつもりか聞いていないのに、止めるというのもおかしな話だろう。
 そして一から話を聞いている暇はなさそうだ。つまり、俺は議長を止めない」

ヴァンディットはこちらを見ない。

「全部終わってからで良い。俺や、シーナや、みんな……マテリアさんも交えて――話そう」

結界が解ける。白い膜が弾けて、神殿騎士たちが顔を出す。

「だから今は走れ!議長のやるべきことをやれ!俺はいつでも議長の味方だ!!」

慣性消去の呪いに満ちた光の粒を引き連れ、ヴァンディットから背中越しの激が飛んだ。

 * * * * * *

159 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:51:46.94 0.net
ヴァンディットは、地面から突き刺さった箒を抜きつつ考える。
これはマテリアに対する裏切りになるだろうか。
遊撃課の目的は、ピニオンとか言う組織の一員である議長の作戦行動を阻止すること。
当然マテリアもその為に動いているはずだ。
だけど彼女は、その裏で、ヴァンディットが議長の仲間として動くのを手助けしてくれている。
それが、完全にマテリアの善意によるものなのか、何かしらの思惑の内であるのかで、ことの印象は大きく変わる。
つまりは、ヴァンディットのこの行動がマテリアの想定内であるかどうかだ。

あのクランク9と呼ばれた敵兵の尋問で、議長の目的はある遺貌骸装の生成だとわかった。
そして、議長のその後の行動から、遺貌骸装を作るのには特定の場所へ行く必要があることも。
それがこのルグス神殿の中心、大ルグス像だ。

遺貌骸装は、呪いという形で遺才を再現できる魔導武装である。
武装であるからには、敵と戦う為にピニオンはそれを欲しているのだ。
その敵とは誰か?これも状況から類推は可能だ。

ピニオンの尖兵、クランク9は、リフレクティア商店を遊撃課の拠点と認識した上で強襲してきた。
遊撃課は言うまでもなく帝都の特務機関だ。
帝都の特務とことを構えてまで、議長を解放し遺貌骸装の生成を行わせたかったということは。
つまりはピニオンの敵対しようとしている相手は、帝国そのものということになる……!

そこで疑問となるのが、国を相手取るほどの武装とは一体なんなのか、だ。
確かに遺貌骸装は強力な武器である。ヴァンディットは遠き福音と千年樹氷しか見たことはないが、
2つとも、並の武芸者じゃ太刀打ち出来ないほどに優秀な効果を備えている。
もう一つ、クランク9の操る迷える聖骸とやらも、遊撃課が総出で戦ってようやく勝てるほどに強力だ。

だが、それはあくまで小隊規模で強力というだけであって、国相手じゃ規模が違いすぎる。
仮に遺貌骸装の出力がどれも同様であるならば、帝国軍のゴーレム部隊の火力の前には手も足も出ないだろう。

では、ゴーレムレベルに巨大で強力な遺貌骸装を作るということだろうか。
例えば破壊されてしまったが、大ルグス像などを動く巨人として遺貌骸装化すれば、ゴーレムだって蹴散らせるだろう。
しかしそれでも帝都の外周結界は越えられないだろうし、軍にはゴーレムだけじゃなく騎竜などもいる。
それに、議長から聞いた話だが、遺貌骸装は強力すぎる為に制御に色々と処理が必要なのだという。
神殿が近くにないと駄目だし、聖術の力を受信できるよう武装自体を神十字に模さなければならない。
ルグス像は聖人の像だが、磔をモチーフとしているわけではないので十字の要素がない。

一体、何を遺貌骸装化しようとしているのだろうか……?

ヴァンディットは福音の光粒を箒でばら撒き、神殿騎士たちを牽制する。
同時にシーナともみくちゃになっているファミアがエレノラを阻止に行けないよう、周囲に福音を散布。
騎士側が大きな瓦礫や福音に阻まれて攻めあぐね、そして、十秒が経過した。

背後、ルグス像の土台部で、エレノラの鋭い詠唱が聞こえた。

「遺貌骸装――『存在の証明』!」

ビィ……!と鈍い音がして、ヴァンディットの視界が赤い光に包まれた。

 * * * * * *

160 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:52:22.19 0.net
ヴァフティアの夜空を哨戒していた守備隊の騎竜乗りたちは、地上から放たれた赤の光を見た。
それは聖像の倒壊したルグス神殿を中心に、神殿広場へ至る4つの主要大通りを満たすようにして迸る。
ヴァフティアは神殿を中心に、東西南北に走る巨大な十字路とそこから伸びる路地で構成される都市だ。
大通りを染め上げる赤の光は、上空から見ると、まさに都市規模の巨大な神十字を思わせた。

遺貌骸装『存在の証明』。
それは、剣や、ナイフや、槍や、義腕などが、神十字を模して神の力を受けるように、
ヴァフティア全土に伸びる大通りを十字架に見立てた、『十字路型武装』である。

その効果は、遺貌骸装を基準とした任意の数量を減退させること。
対象は――『帝都との距離』。

ヴァフティアが、帝国南方において有数の大都市が、数百年の歴史を持つ街が――変わっていく。
赤の光に満ちた町並みが、まるで外縁を掴んで揺さぶられているかのように振動する。
やがて、家々の屋根の間から見える星空が動き始めた。
通常の、東から西へと流れる夜空の変遷ではない――その逆方向へ空が流転する。

否。
動いているのは、地上の方だ。

ヴァフティア――その城壁の中に密集する建造物の集合体が、地盤ごと荒野を横滑りし始めた。
はじめはゆっくり、次第に速度を上げ、やがて馬が走るのと同じ速さで街が移動していく。
荒野にまばらに生える低木や小岩が、城壁に巻き込まれて磨り潰されていく。
それまでヴァフティアの存在した土地には、地表を抉り取ったかのように掘り返された土だけが残った。

旅を始めた都市の、輝く十字路の中心で、一人の少女が、一体の魔族が、謳うように声を奏でた。

「これが、ピニオンのエージェント、クランク2としてのわたしの任務です。
 遺貌骸装『存在の証明』。ヴァフティアそのものを遺貌骸装と化すこと。
 いま、この街はゆっくりとですが確実に帝都へ向かって動いています。これがどういうことか、わかりますよね」

帝国は、国土加護の関係上、領土を円形に保つ必要がある。
それはつまり、国境付近の都市を1つでも奪われると、きれいな円を描いている国境線が欠けた形となり、
再び円形にするために、他の国境も下げなければならないということになる。
ゆえに、帝国は国境付近の都市防衛には特に力を入れており、ヴァフティアもその例に漏れていない。
帝国も必死だ。国境をとられぬよう、最大の戦力を防衛戦に投入する。
普通に武力をもってヴァフティアを攻略しようとすれば、帝国全土を相手取るレベルの大戦争を覚悟しなければならないだろう。

だからこその遺貌骸装だ。
この呪物の能力は、遺貌骸装と帝都の距離を減衰させることで、ヴァフティアの位置自体を帝都側へずらすことができる。
ヴァフティアは国境を敷地内に内包している交易都市だ。
他国との交易の都合上、国境線が街中にないと意味がないからである。
ゆえに、国境の定義とは国境都市の所在地に依存していると言って良い。

161 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/11/04(火) 03:52:48.36 0.net
本来ありえべからざることだが――何らかの天変地異によってヴァフティアの土地の位置がずれたら、
国境線も一緒にずれることになる。
その天変地異を引き起こすのが、遺貌骸装『存在の証明』なのだ。

「このままヴァフティアが帝国の内側まで下がれば、その分帝国の領土は大きく減退します。
 大陸中央の広大な土地を支配していた帝国が、邪魔をしていた様々な交易が復活するんです」

大陸四方の国にとって、中央に陣取る帝国はまさに巨大な障害物であった。
他国へ行くには帝国領土を通らねばならず、その為には多額な通商保証料を請求される。
リスクやコストを押してまで他国に交易に行くメリットが薄くなり、大陸間での流通が滞る。
帝国の存在は、そのほかのすべての国家にとって非常に疎ましいものであった。

そこで立ち上げられたのが、大陸間特殊工作組織『ピニオン』である。
彼らの目的は、帝国の影響力を失わせる工作活動。
クランクと呼ばれるエージェントを手足とし、様々な作戦を帝国内で遂行してきた。

国境都市ダンブルウィードの占領。
外海に通じる地下水脈を持つウルタール湖の拠点構築。
第三都市タニングラードにおける特級呪物の持ち込み。

そして、同じく国境都市であるヴァフティアの、国境後退作戦。

「魔法が衰退していく以上、魔法立国であるこの国は、もうおしまいです。
 それでもあがくと言うのなら、わたしたちピニオンが、それを阻止します。
 大陸に生きる、他のすべての命の為に――」

エレノラは静かに、何かをこらえた表情で、言った。

「――死んでください、帝国」


【遺貌骸装『存在の証明』
 ヴァフティアを構成する十字路をレリーフとした都市そのものの武装であり、
 術者を基準とした任意の数量を減衰させる能力を持つ
 エレノラ及びピニオンは、この能力をつかいヴァフティアを帝都に近づけ国境線を引き下げようとしている】

【遺貌骸装と化したヴァフティアが帝都へ向けて移動を開始】

162 :名無しになりきれ:2014/11/17(月) 12:10:42.88 0.net
保守

163 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/11/18(火) 11:14:21.99 0.net
>「……撃ったらその誰かまで巻き添えになるとは考えられないんですか、マクガバン」

盛大にテンパっていた上に距離もある。故に、キリアにはその声は聞こえなかった。
聞こえなかったのだが――もし、仮に聞こえていたとするならば。キリアはこう言い返しただろう。

もう自分の仕事は終わりだと思ってたんだから仕方がねえだろうが!――と。
まあ、つまり、油断していた彼の自業自得なのである。どっと払い。

閑話休題。
なんやかんやで脱出完了――と言うよりもものすごい勢いで射出されたと言った方が正しい気がするが――
したファミアの姿を見届けたことで、キリアは静かに脱力した。
肩を落としてうなだれる。ああ畜生、気を抜くんじゃあなかった。
そんな事を呟いて、だがしかし、もうこれで解決だろうと改めて安堵の吐息を吐き出した。
性格には、吐き出しかけたところで新たに生まれた喧騒に気を取られ、その様を見てしまった。
砕け散った石像の残骸が散らばる炸裂地点。立ちふさがる子供一人、舞い散る光の粒。
その向こう側で、何かを始めようとしている議長の姿。

「……おい、嘘だろう」

勝者を気取るのなら、きっちり勝ち切ってからにしろと言ったのは誰だったか。
己の詰めの甘さを呪いながら、しかしそれでもカッと目を見開く。
先の、扇動者の声の記憶はまだ聖堂騎士の記憶に新しいだろう。ならばやれる。命を下せる。
幾らあの子供が頑張ろうが、放たれる聖弓や術の全てを打ち消す事は叶うまい。
自らの力を今一度開放する。腹に力を込めて、決定的な言葉を、『射殺せ』と言う一言を放とうとして――
瞬間、脳裏を過ぎるのは同僚どもの行動の数々。
完全にお人好しのリフレクティア、少々行動がぶっ飛んでいるが同じくお人好しと思わしきファミア、
人が良いのか悪いのか分からないマテリア、聖騎士であるフィオナ。
全員が全員、あの少女を助けようと行動をしている。その状況で?殺せ、と?

――あ、これ無理だわ。

保身的に考えて。殺されかねない。よしんば、死なずとも死ぬより酷い目に遭わされかねない。
己の遺才ならば帝国がどうなろうと逃げ隠れは容易く、何処へなりとも隠れ潜めるだろうと言う自負もまた、その思考を助長した。
結果、見逃し……ッ!値千金の五秒、見逃し……!
数十秒の後、それを死ぬほど後悔することになる事をキリアは未だ、知らない。

そして、完成する儀式。
放たれる赤光、震える大地、竜騎士や箒によって飛んでいる守備隊の驚愕の声。
それにより、キリアは漸く知った。

せいぜい戦術兵器程度の物だろうと考えていたが、とんでもない。
作り上げられたのが――大陸全土を戦火に包みかねない、超弩級の爆弾であったことを。
キリアの目の前が、一瞬真っ暗になった。

164 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/11/18(火) 11:15:04.04 0.net
>「このままヴァフティアが帝国の内側まで下がれば、その分帝国の領土は大きく減退します。
  大陸中央の広大な土地を支配していた帝国が、邪魔をしていた様々な交易が復活するんです」

周囲の喧騒、台地が移動する音の只中に在りながら、不思議とその声は明瞭に聞こえた。
驚愕によって漂白された思考の内にするりと入り込んできたその言葉を軸に、未来予想図を展開しようとして――出来ない。
築き上げられるのは、そう、暗黒の未来予想図。
幾ら枝分かれしようとも、最終的には碌でもない結果に繋がる代物でしかなかった。

領土が狭められると言うのなら、国力が減退すると言うのなら、それを阻まんとするのが国家の常。
――で、あるのなら。
今回のような場合、帝国はどうする?国境都市が下がって来たから、それじゃあ仕方がないと受け入れるのか?
そんな訳がない。一点が下がれば、他の全てが下がる。都市も、要塞も、村も街も鉱山。
その範囲内の物は全てが失われるのだ。ならば押し上げる他ない。――武力を以って。

今回の事に、周辺国家が付け込んでこないのならばいい。だが、そんな事は有り得ないだろう。
となれば、行き先に待ち受けるのは戦争だ。南方に存在する国家との。
――帝国と大陸の覇権を二分する、共和国との戦争である。
いや、悪くすればそれだけではない。四方を囲む国家総てとの、一心不乱の大戦争だ。
退けば、認めれば、滅ぶから。帝国は国家そのものが死兵となりかねない。

そして、万一領土の減退を享受したとしても。次に始まるのは共和国と他三国との睨み合いだろう。
共和国が帝国を飲み込めば、最早抗える国などありはしない。
仮に談合が済んでいたとして、しかし帝国が消えた事で生まれる真空地帯に流れ込む、
その勢いのままに飲み込まれかねないと言う恐怖心を三国が感じずに居られる物か?――否であろう。
ならば共和国の取り分は少なく、己らの取り分は多く。それを必死に行うはずだ。形振り構わずに。
そうなれば、元は帝国の物だった国土は荒れ、レジスタンスやゲリラが相当数生まれる事になる。
おまけに、加護を失った事で土地が痩せる。貧困と飢餓が生じる場所もあるだろう。旨味のない土地も、相当数増えるはずだ。
そんな場所を通したとして、果たしてまともな交易なぞできるかどうか――。
どう足掻こうと、大陸は荒れる。そう思えた。

気付けば、足はエレノラの方へと向いていた。
振動する大地の上を少々覚束ない足取りで進みながら――朗々と謳い上げる。
この先の、最も有り得そうな道筋を。

「領土減退――するかもしれないな。
 確かに。それは認めるよ。だが、一時的にだ。何事もなく終わったりはしない。絶対に」

一際大きい揺れに足を取られ、倒れそうになるところをキリアは手近にあった瓦礫に掴んで堪えた。
そして、一歩、また一歩と距離を詰めていく。

「見過ごしたとしてもまともな交易なんてまず無理だろうが、置いといて。常識的に考えて黙って見過ごす訳がないわな。
 ああ、四方から攻められれば確かに拙いだろうよ。が、南以外の三方は帝国に比べて国力では何枚か落ちる。
 元より国境に配置されていた兵だけでも応戦は可能だろう。
 結果、どうなるか。国境防衛に要する以外の戦力を南方に掻き集めた上で領土戦争が開幕する。
 今まで培われたリソースは、溜め込んで来た富は、加護がなくなったところで溶けて消えたりはしないからな。全力でやれるんじゃないかね」

そこまで言い終えた所で、ようやく視界に少女の全身が映り込んだ。

165 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/11/18(火) 11:18:05.16 0.net
「ま、それに対して程々で共和国が引けばいい。他国は帝国が寿命をまっとうするまでお待ちくださいってなもんだ。
 だが、そうでないなら総力戦に向けて一直線だろうよ。
 北東西のそれぞれの国家も、何かしらの動きは見せるだろう。それ如何によっては大陸全土が戦火に飲まれる。
 帝国は腐っても覇権国家だ。それが現状で窮鼠となればどれだけの道連れが出るものか、正直言って俺には想像がつかないね」

一歩踏み込むごとにその立ち姿が大きくなっていく。
そして、距離にして10メートルと言った所だろうか。そこでキリアは足を止めた。
代わりに問いを投げる。不思議そうに、首を傾げて。

「それを回避する方法は簡単なもんで、実際に衰えて簡単に殺せるようになるまで待つって一手なんだが。
 それをせず、俺が挙げた可能性に触れず、老い始めたばかりの怪物にをわざわざ暴れ狂わせる様な真似をした上で理想をぶち上げてみせたんだ。
 ――当然、総ての問題を解決する術はあるんだよな? だって、他のすべての命の為なんだろう?」

道連れに食い殺される者らを出さず、交易を恙なく行わせると言う無理難題。
それを通すための策はあるのかと問うた。問うてから――まあ、ないだろうなと言わんばかりに肩を竦めて。

「ま、なんだ。そんな嫌味を言いに来たわけじゃないんだわ。いやま、嫌がらせではあるんだけどな?
 他人様の生活を滅茶苦茶にしてくれるんだ。さっき言った事を解決出来ない場合、この結末だけは覆らないだろうなーって酷な事実を一つ。
 ――認識させてやろうと思ったんだよ」

彼女の決意を綻ばせる為の一刺しを送った。たっぷりと、毒を塗り付けた上で。





―――このまま行けばさ。アンタを信じて何も知らないままに協力してくれた友達は。アンタのせいで、不幸になるよ。





世界は変わる。確かに変わる。
そして、彼らは、少年たちはその重みに耐えられないだろう。

そう告げた後、キリアはあっさりと踵を返した。もう何を言う事もなかった。

「あー、街そのものが移動しているなら、崩落や落下物の被害を避けられる場所に退避させるしかないわなあ」

最早、己に出来るのは場当たり的な対処だけだ。
夜間と言う事もあり、移動速度を鑑みれば都市外への脱出は危険。虚栄を用いて簡単に避難誘導の支持を出した上でとある場所に足を向ける。
水晶の短剣が落ちた場所へ。

この事態を如何にかするには、最早あの少女をこちらに協力させるしかないと、キリアは思った。
移動する都市一つ、どう止めろと言うのか。物理的には不可能だ。ならば、仔細を知る相手を引き込む他はない。
だからと言ってただ情に訴えるだけでは無駄だろう。だからこそ口にした。これで多少は揺らぐはず。そう、多少は。
どうせ、面識のない人間のお涙ちょうだいの言葉なんぞ録に効果などないだろうが――隙を作る程度ならば。

後はまあ、お二人に任せとけばいいだろうさ。それしかできん。

投げやりに呟いたキリアの瞳に、冷たい輝きが目に入った。
足早にその場へと向かい、屈み込む。拾い上げたのは目当ての代物。――遺貌骸装『千年樹氷』。
力のない声音でそれでも“もうけもうけ”などと嘯きながら、来た道を戻り始める。
多分、きっと、そろそろ説得出来てたりしないかなぁ、と希望的観測を胸に抱いて。

【口撃の後、千年樹氷をパチる】

166 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/11/21(金) 06:37:48.97 0.net
>「行け議長。ここは俺が食い止める」

その言葉を聞いても、マテリア・ヴィッセンは平静な表情を保ったままだった。
予感はしていたのだ。いや、確信していたと言ってもいい。
ヴァンディットはきっと意志を翻さない。最後の最後まで議長の味方をすると、マテリアは知っていた。

それでも――彼女は道を阻む福音を消そうとはしない。何故か。
これで議長が何を望んでいるのか――何を間違えているのか、より深く知る事が出来るからだ。
人と魔の完全なる共存、その幻想の源が明らかになる筈だ。

どの道、彼らは強引に抑え込んだだけでは止まらないし折れない。
ならばいっそ完膚無きにまで失敗させた方が都合がいい。
その為にはまず、知らなくてはならない。へし折るべき議長の拠り所を。

大丈夫なのか。取り返しの付かない事になりはしないか――随分と小さくなった常人の声が聞こえた。

当然、とマテリアは頷く。
自分なら出来る。遊撃課なら出来る。
魔と自己、二つの声がマテリアの意志を確固たるものにしていた。

「遺貌骸装――『存在の証明』!」

声と共に、闇に滲んだ視界に赤が混じった。
同時に都市全体から響き出す、何かが削れ、擦れるような音。
その音が意味する事を、マテリアはすぐには理解する事が出来なかった。

>「これが、ピニオンのエージェント、クランク2としてのわたしの任務です。
  遺貌骸装『存在の証明』。ヴァフティアそのものを遺貌骸装と化すこと。
  いま、この街はゆっくりとですが確実に帝都へ向かって動いています。これがどういうことか、わかりますよね」

>「このままヴァフティアが帝国の内側まで下がれば、その分帝国の領土は大きく減退します。
  大陸中央の広大な土地を支配していた帝国が、邪魔をしていた様々な交易が復活するんです」

>「魔法が衰退していく以上、魔法立国であるこの国は、もうおしまいです。
  それでもあがくと言うのなら、わたしたちピニオンが、それを阻止します。
  大陸に生きる、他のすべての命の為に――」

>「――死んでください、帝国」

マテリアは何も言わなかった。
ただ一つの言葉が、彼女の思考を占めていた。
穴だらけだ、と。

無理がある。矛盾がある。
そんな粗雑な理想を、この聡明な少女が心から信じているのか。
俄かには信じられなかった。だが議長の声に迷いの色はない。

167 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/11/21(金) 06:38:27.95 0.net
>「領土減退――するかもしれないな。
  確かに。それは認めるよ。だが、一時的にだ。何事もなく終わったりはしない。絶対に」

>「ま、なんだ。そんな嫌味を言いに来たわけじゃないんだわ。いやま、嫌がらせではあるんだけどな?
  他人様の生活を滅茶苦茶にしてくれるんだ。さっき言った事を解決出来ない場合、この結末だけは覆らないだろうなーって酷な事実を一つ。
  ――認識させてやろうと思ったんだよ」

キリアの言葉を否定する材料は何一つとしてない。
黎明計画の主軸である議長が籠絡されていた事から、ピニオンの手は帝国の中枢部にまで届いている。
だがどれだけ深くまで届いていようとも、帝国の反抗を完全に無くしてしまえる訳がない。
皇帝、元老院、遺才によって重用され続けてきた貴族達、加護を死守せんと躍起になる人間は幾らでもいるのだから。

キリアの言う通りだ。
ピニオンの作戦は、夥しい数の屍無しには成就し得ない筈だ。
それらを踏まえた上で、自分はどうするべきか――マテリアの思考はすぐに一つの具体性を得た。

その屍を、実際に見せてやろう、と。

キリアが立ち去ったのを契機に、膝の力を抜いて、石畳の上にへたり込む。
呼吸を乱し、力なく首を振った。

「……ある訳ないじゃないですか。そんな方法」

声色を恐怖と絶望に染めて、言葉を零す。
自在音声で作った乱れた心音を自分に聞かせる事で、生理的反応――発汗や顔色を操作する。
自分自身をも騙す――この正念場において、マテリアの遺才は更なる洗練を得ていた。

「ごめんなさい、マクガバン。私が……私が間違えてしまったんです。あの子ならきっと、分かってくれるって……」

そして腰に差した魔導短砲を、震える右手で抜いた。

「議長ちゃん、お願い……思い留まって。その理想の先に、あなたの幸せはない。あるのは……虐殺だけです……。
 あなたがそれに耐えられる筈がない……嘘だと思うなら……思うなら……」

砲口をこめかみに押し当て、眼に涙を浮かべる。
無論、マテリアは死ぬつもりなど毛頭ない。
こめかみを魔導弾で撃ち抜いた所で、人は死なない。
その位置では弾丸は両眼を貫くだけで、脳に破壊が至らないからだ。
実体の無い魔導弾では抵抗による軌道のずれも起こり得ない。

168 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/11/21(金) 06:39:54.49 0.net
「私が、見せてあげますから……あなたが作ろうとしているものを……あなたが、なろうとしているものを……だから……」

不安は無かった。そんなものは、常人が抱くものだ。
それに――どうせいつかは、こうしなければならなかった事だ。
マテリアの中に棲まう魔は、事も無げにそう言っていた。
そして彼女は口元に手を当て、

「私は……もう駄目です……あなたに……皆に合わせる顔がない……。
 こんな事になってしまって……私が生きていていい訳がない……。
 もし、あなたがまだ私に愛想を尽かしていないなら……せめて『十字を切って』下さい、マクガバン……いえ、キリア」

振り絞るような声でそう言った。議長が少しでも強く罪の意識を感じられるように。
直後に、閃光がマテリアの頭部を突き抜ける。
飛び散った鮮血は、石畳が放つ赤い輝きに紛れて見えなくなった。

うつ伏せに倒れ込んだマテリアの視界には、最早何の色もなかった。
もう何も見えない。どんな彩りも、風景も。
ウィット・メリケインの顔も、二度と見れない。
そう思うと少しだけ後悔の念が生じたが、すぐに振り切った。

議長の意志を折る為だけに払うには、高すぎる代償だった。
だが、そうではない。失った光の代わりに、マテリアは新たなものを手に入れていた。
完全な闇――彼女の始祖たる魔族が住んでいた世界を。

【キリアに便乗】

169 :名無しになりきれ:2014/11/23(日) 13:55:49.88 0.net
俺はもうブチ切れた
TRPG系スレの乱立振りの何たる無秩序なこと
いいかTRPG界隈のカスども
俺は必ずてめーらをなな板から駆逐してやる
なな板におけるなりきりの基本スタイルにすら従わず、
三流駄文投下で小説家を気取るエセオサレども
おまえらの行為は断じてなりきりではなく、なな板には板違いだ
かつて自治がこの界隈を潰そうとしたのは、間違いではなかった
覚悟しとけ

170 :名無しになりきれ:2014/11/23(日) 20:33:47.50 0.net
なな板の基本は特定のキャラになりきって名無しに返レスすること
即ち、TRPGスレのような形式は本来なな板にあるべきスレの形じゃない
だからこそ、かつて一度TRPG界隈は自治によって板違いと判断され、
駆逐されかけたことがあった
その証拠にTRPG界隈はなな板でもかなりマイノリティな分野
他のなりきりを楽しんでいる住人の中には、存在を認知していない者も居る
君達はそろそろ立ち去るべき

171 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/11/24(月) 00:32:34.55 0.net
およそ最大の失敗はなんであったかといえば、間違いなくシーナを捕まえてしまったことでしょう。
重心がずれたために回転軸がぶれた状態で、ファミアはそう考えました。
(くっ、このままでは着地も危うい!何かクッションになりそうなものは……あ、やっぱ駄目だ見えない)
秒速10回転の視界ではそんなもん判別できやしません。

(と言うか意識が……!)
もはや様式美となりつつある飛翔からの意識喪失を敢行しかけているファミア。
その背を押すものがありました。

ギィン!
「ぼえっ」
ヴァンディットの放った『福音』の音塊です。
ちょうど背中が向いた状態でそこへ突っ込んだファミアの首が衝撃で仰け反り、
逆に胸部は抱えていたシーナから圧迫を受けました。。
これが助長する最後の一手となってその意識は闇へと……







視界が夕日の色で埋まっていました。
強烈な光が閉じたまぶたを貫いて、血の色が透けているためでした。
それに気がついたファミアは恐る恐る目を開け
「させねーよ」
厳かな声と落下する感覚。
「あれええええええええ!?」
三度目ともなると相手すらしてくれないようです。


>「――うのなら、わたしたちピニオンが、それを阻止します。
> 大陸に生きる、他のすべての命の為に――」
>「――死んでください、帝国」

「はっ!?」
ショートスパンの天丼から覚醒したファミアがまず見たものは、破れた天窓でした。
ああ、そういえばルグス神殿にいたのだった、と体を起こそうとして、違和感。
窓の端に見えていた星が消え、逆の端から新たな星が出てきています。
(星が……いや、動いているのはこっち!?)

つまるところ、これがエレノラの、ピニオンの鬼札。
街一つを文字通りに動かして物理的に帝国を"押し込む"ための指し手。
"抜山"の立場がありゃしません。

認識が状況に追い付くなりファミアはハンドスプリングで跳び起きて周囲を確認。
愕然としているらしきヴァンディットの背と、その奥にエレノラ。さらに向こうにキリア。
その視線からすると瓦礫の向こうにも誰か――恐らくはマテリア。
キリアはエレノラへ歩み寄りながら言葉を投げかけ、最後をこう締めくくりました。

>―――このまま行けばさ。アンタを信じて何も知らないままに協力してくれた友達は。アンタのせいで、不幸になるよ。

172 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2014/11/24(月) 00:33:10.21 0.net
いや、それよりも先にエレノラが耐えられるのか。そうファミアは考えました。
まず、国境線を後退させて自由な通行を確保しようというなら数里下げるだけでは不十分でしょう。
迂回する距離がちょっとでも減れば確かに楽ではありますが、そのためだけにこの大仕掛では釣合いません。
ならば、起きうる事態は一つ。
ヴァフティアは途中の街を轢き潰しながら帝都へ向かうのです。
そこに住まう人々をも飲み込んで。

さてキリアは後をマテリアとファミアに任せて歩み去りましたが、ファミアの取った行動は説得ではなく疾走でした。
エレノラも自分の行動が何を引き起こすかは知っていたはずです。
しかし、思いとどまること無く実行しました。
その決意を鈍らせるほどのものを持ち合わせているだろうかと考えた時、自分にはそれがないとファミアは悟りました。
(こういうことなら間違いなく私よりヴィッセンさんのほうが得意なはず!なら、私は――)
まあそのマテリアの取った手段もファミアの想像を軽く超えるものだったのですが、それはともかく。

加速したファミアはすっかり見慣れた神殿の景色を蹴り出して、ガラスをぶち破り神殿内郭へと侵入。
混迷を極める廊下を駆け抜け、途上、左右の戸を改めつつ奥へ奥へ――

幾つ目かわからぬ扉を開け放つと、視線が一斉にファミアを刺しました。
一瞬怯んだファミアでしたが、ただ一人、"目"を向けぬものへと素早く駆け寄り、ひょいと担いで部屋を出――
「――聖女様!?」「おいまたあいつか!」
そう、ファミアはルグス教最高位者、聖女ルフィア・ラジーノその人を拉致したのです。

今回の騒動、問題となるのは"容器"ではなく"機能"です。
帝国と他国の境界には確かに警備はありますが、しかし城壁で全て覆われているわけでもありません。
各国境都市を介さずとも出入り自体はできるわけです。

もちろんそれで商売をしようとすれば鑑札やら何やらですぐにばれるのですが、
国境都市の機能というのは言ってしまえば出入国管理につきます。
はたしてそのためにヴァフティアまるごとという"入れ物"が必要でしょうか。
極端な話、柵と掘っ立て小屋でどうとでもなるものでしょう。

つまり、都市を後退させたところで軍を動かすまでもなく国境は維持できる。
すなわち遺貌骸装の発動は無駄である。
と、こう強弁することができるわけです。

ファミアは止める手段を知りません。
しかし、わからないのであれば、わかる人間に止めてもらえばいいだけです。
そうしてもらうためにはどうするか。
動かし続けることが無意味な状況を作ればいいのです。

何故そのために聖女をさらったか。
騎士、役人その他、"機能"の維持に必要な人員を、間怠こしい説明抜きに早急に動かせるからです。
そんなものは後でゆっくりやればいいのです。

――まあその前に、今度ばかりは相手もガチな命がけの鬼ごっこ第二幕を、
無事に逃げおおせて神殿を出なくてはいけないのですが。

【ハイエース】

173 :名無しになりきれ:2014/12/03(水) 20:58:32.78 0.net
保守

174 :名無しになりきれ:2014/12/14(日) 22:01:39.43 0.net
保守

175 :名無しになりきれ:2014/12/21(日) 11:39:19.28 0.net
保守

176 :名無しになりきれ:2014/12/27(土) 10:59:57.48 0.net
保守

177 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:48:26.66 0.net
【帝都南方・ヴァフティア方面】

広大な帝国の南方、緯度の低いこのあたりは日照時間が短く、すぐに日が沈む。
帝都暮らしが長ければ長いほど、体感時間と日没との時差で感覚が狂ってしまいそうになる。
――だから彼女は最初、その光景が自身の時差ボケによる幻覚だと思っていた。

「うわー、ホントに街ごと動いてるんだ……」

赤き十字を背負った結界都市が、まるで生き物のように蠢き、荒野を進んでいくのを上空から見下ろす影。
影は、輪郭に竜の形を持っていた。そして、その上に跨る、飛行服にゴーグルの女の姿。

ニーグリップ=モトーレン。
王立従士隊から遊撃二課に出向中の騎竜乗りにして、『殲鬼』の鬼銘を持つ護国十戦鬼の一人である。
その殲鬼の駆る竜は、音速超過の水蒸気爆発を尾として引きながら、上空を航行していた。
音速の風圧に耐えられるよう風防術式の張られた鞍には二人分の影、それから背部のハードポイントには一つの箱を括りつけている。

「拙僧所感を申しますに、まったく初見の術式です。帝国のものではないでしょう。
 正域教会の改造聖術に似たものを感じます」

そう驚きを露わにしたのは、モトーレンの腰にしがみつくようにして騎竜に跨る修道女。
こちらも遊撃二課所属のルミニア司祭、ゴスペリウス(洗礼名)だ。

彼女たちは、帝国の円状加護を管理する宮廷魔導師達から加護領域の破断の報を受け、
調査と状態進行の阻止をすべく元老院より急行の命を受けた者達であった。

帝国の魔導師、とりわけ国家加護に携わる者達は、みなが鬼銘クラスの達人だ。
彼らは加護が破断した原因を速やかに解析し、おおまかな推測を立てていた。
その裏付けをとるべく、元老院は、機動力に優れるモトーレンをヴァフティアの地へ向かわせた。
ゴスペリウスが同行しているのは、『次善策』に必要だからである。

「信じられない光景だよね。これが、あのクランク6とか言うおじ様の吐いた遺貌骸装ってやつの力なんだね」

「都市一つを丸ごと移動させるなど、それこそ天変地異を引き起こす『零時回廊』のような呪物クラスの代物です」

ウルタールで遊撃一課が捕縛した工作員『クランク6』。
彼は帝都で尋問にかけられ、その身と同時に捕縛した部下の安全と引き換えにいくつかの情報を提供してきた。
その中にあったのが、単体で遺才級の能力を発揮できる武装、『遺貌骸装』の存在である。
呪術の専門家であるゴスペリウスは、話に聞いた段階でこれをエルトラスの宗教組織の使う聖術の亜種と見ていた。
神の力を間借りする奇蹟の、その在り方をねじ曲げた改造聖術は、これもまた遺才級の力で長く帝国の頭を悩ませている。
遊撃課西方監査・アネクドートの用いるそれが、遊撃一課の遺才遣い達を複数人相手取って追い詰めたことは記憶にも新しい。

「いずれにせよ、事態を静観する手はありません。早急に対処を」

「アイアイマム」

了解を示して、騎竜は鼻先をヴァフティアへ向ける。
音速超過のまま、流星となった竜は空を袈裟懸けに貫いた。

 * * * * * *

178 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:49:39.09 0.net
エレノラは、叩いた太鼓の表面のように揺れる石畳の上で、膝からへたり込んでいた。
遺貌骸装の生成に伴う強烈な疲労と虚脱、そして任務を達成した開放感で、ふんばる気力すらも失せてしまったのだ。

「これで、わたしの仕事はおしまい……」

このまま半刻も経たぬうちに、神殿騎士達に包囲された彼女は、魔族として討滅される運命にあるだろう。
否、仮に生け捕りにされたとしても、聖術による枷を嵌められ、二度と表を歩くことは叶うまい。
それで良いと思っていた。
二年前、突如として破壊され、化物として滅されるのを待つだけだった己の運命に、一矢報いることができた。
彼女はここにいたと、エレノラ=リュネットの存在の証明を、打ち立てることができた。
ちっぽけな、利用されるだけの存在だった彼女にも、確かに、世界を変える力はあったのだ。

「議長!」

殿を務めていたヴァンディットが、ついに神殿騎士たちに取り押さえられるのが目の端に映った。
福音の粒を駆り、巧みに抗戦していた彼だが、本職の騎士たちに勝てる道理もない。
10秒ほどの膠着状態を作り出すことには成功したが、そおまでだった。

「ヴァンディット……」

屈強な騎士たちに抑えつけられるヴァンディットが、こちらに手をのばす。
今から急いでも助けることは叶わないだろう。
他ならぬエレノラ自身も、あと十秒もしないうちに聖術の結界にでも囚われて動けなくなるに違いないのだ。
それに、ヴァンディット自身、これ以上魔族のエレノラと関わるべきではないとも思う。
彼はこのまま神殿騎士に保護されて、箒の暴走の件で絞られて、平穏な日常に帰るのが良い。

だが、帝都からずっと一緒だった最古株の仲間が挙げた声は、助けを乞うものではなかった。

「やったな議長……これで俺たちは、何者かになれたよな……!」

――望みを果たした仲間への、労いの声だった。
ヴァンディットは、軽薄な態度でしばしばエレノラや仲間たちを呆れさせる少年だったが、
常にエレノラを気遣い、乞えば助けに駆けつけてくれた。
彼だけではない。エレノラが帝都で募り、共に旅をしてきた仲間たちは、皆エレノラを慕ってくれていた。
人の姿を模しているだけの、異形の化物を、その本性を知ったうえで、傍に寄り添ってくれた!

魔族・エレノラ=リュネットの存在証明が果たされた今。
人間難民の議長・エレノラもまた、ずっと温めてきた願いがあるはずだ。

それは――

「「「――聖術・防性結界『聖域』」」」

ピィン!と澄んだ音をいくつも奏でて、多重の結界がエレノラを抑えつけた。
淡白い光は触れるだけで焼けつくような痛みと、肉体が思うように動かない不随の縛りを異形の身体に刻みつける。

「ぐぅ……」

神殿騎士たちの聖術行使だった。
いかに魔族の彼女とて、重ねがけされた結界――聖術の総本山たる神殿内でのそれには容易く抗えない。
動きを奪われたエレノラの頭上に、冷徹な声が響いた。

>「領土減退――するかもしれないな。
 確かに。それは認めるよ。だが、一時的にだ。何事もなく終わったりはしない。絶対に」

キリア=マクガバン。遊撃課の一員だ。
何故か神殿の法衣を着込んだ彼は、ゆっくりと、しかし楽観を許さぬ口調で、ピニオンの計画の盲点――
すなわち、エレノラがやらかしたことで産まれる被害について語った。

179 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:51:15.04 0.net
ピニオンの目論見通り、帝国が弱体化すれば、次に大陸の覇権を握ることになるのは南の共和国であろう。
それをさせない為に、帝国は最後の力を振り絞ってでも抗戦するはずだ。
それこそ、不随するあらゆる犠牲を顧みない、一心不乱の大戦争が勃発する。

それは、そんじょそこらの大戦争ではない。
なにせ帝国は、『十分な国力を持っているにもかかわらず』『滅亡寸前まで追い込まれる』のだ。
風前の灯火が悪あがきをするのとはわけが違う。
帝国は、それまで築き上げてきた技術、人材、資源の総力をこの戦争に費やすだろう。

エレノラのやったことは、遺貌骸装『存在の証明』が引き起こす事態は――
放っとけばそのうち衰えて死んでいくだけの眠れる虎を、わざわざ叩き起こして殺し合うようなものなのだと。
キリアはそう言った。

「あなたの言うことは正しいです。国境線の引き下げは、戦争の十分な火種になります。
 でも――今さらですよ、そんなことをいうのは!」

帝国は、侵略国家だ。古くより大陸に存在してきた数々の小国家を攻め、侵し、奪ってきた。
純血の帝国人が、帝都の中枢部にしか残っていないのがその証左だ。

「戦争で成長してきた国が、戦争によって滅ぶのなんて、悲劇でもなんでもありません!
 これまで帝国に食いつぶされてきた領土の奪還は、それこそ周辺国家の悲願です!!
 それに――」

>「他人様の生活を滅茶苦茶にしてくれるんだ。
 さっき言った事を解決出来ない場合、この結末だけは覆らないだろうなーって酷な事実を一つ。
 ――認識させてやろうと思ったんだよ」

「戦争に犠牲が出るのなんて、あたりまえじゃ、ないですか……」

最後の抗弁には震えがあった。
彼女とて、戦争なんだから犠牲が出たって良いと心から思っているわけではない。
だが、犠牲が出るからというただそれだけを理由に戦争を止められるとも思っていない。

エレノラはピニオンに師事し、政治と歴史、それから軍略について学んできた。
そこで教えられた最も基本的なことは、『戦争と善悪は結びつかない』ということだった。
魔族化するまではただの庶民に過ぎなかったエレノラにとって、戦争とは多くの痛みと苦しみを生む悪しきものであった。
それはエレノラがか弱い少女である為に、日常生活で争い事があれば真っ先に奪われる側だったからだ。
だが、同時にこうも思った。
――奪われたものを取り返す為に仕掛ける争いは、悪いことなのか?

答えをくれたのはピニオンで、得られた答えは『良いも悪いもない』、だ。
エレノラから奪っていった者達は、必要なものを、持っている者から、奪いやすそうだったら奪っただけのこと。
良いか悪いかはあくまで当事者がどう思うかであり、客観的に見れば、善悪などないただの物資の移動である。

それは、国家間でも同じことが言える。
奪われたから、奪い返した。その際に出る犠牲は、あくまで国家が運営されていくのに必要なコストだ。

エレノラが責任を負う必要はない。それに……死ぬのは人間だ。魔族のエレノラには関係ない。
そう割り切ってしまえば、キリアの諫言など、まともに取り合う必要はなかった。

――しかしそれは、エレノラがその犠牲の『当事者』でないからこそ言えることだった。

>「議長ちゃん、お願い……思い留まって。その理想の先に、あなたの幸せはない。あるのは……虐殺だけです……。
 あなたがそれに耐えられる筈がない……嘘だと思うなら……思うなら……」

「おいマテリアさん、一体何を……」

ヴァンディットが蒼白になって呟く。その視線の先で、マテリアが膝をついていた。
焦点の合っていない瞳で虚空を見つめる彼女は、そのこめかみに短筒をつきつけていた。
その行為の意味するところが何であるか、エレノラにもすぐにわかった。

180 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:52:30.31 0.net
>「私が、見せてあげますから……あなたが作ろうとしているものを……あなたが、なろうとしているものを……だから……」

「――マテリアさん!!」

術式の炸裂する音、次いで、ドパッ!とマテリアの側頭部――砲をつきつけた反対側から鮮血が吹き出した。
同時に閉じられたまぶたから赤と透明の入り混じった液体が溢れだし、石畳を染め上げる。
その上を覆うようにして、マテリアの上体が崩れ落ちた。

エレノラの行為による、最初の犠牲。
それは、彼女たち人間難民の後見を努め、なにかと気にかけてくれていたマテリアの死であった。

「マテリアさん!マテリアさん!!ぐっ……、はやく、早く治療をしてくれ!!」

ヴァンディットが石畳に顔を擦りつけられながら、泣きそうな声で必死に叫ぶ。
己を抑えこむ神殿騎士達へ、躊躇なく頭を下げて、懇願する。
突如の凶状に固まっていた神殿騎士たちが、数人ヴァンディットのもとを離れてマテリアのもとへ駆け出す。
その頃には、彼女の頭から流れ出す液体が、石畳に血溜まりをつくっていた。

マテリアはぴくりとも動かない。
呼吸しているのかどうかさえ、ここからではわからない。
ただ、頭を撃ち抜かれた人間がどうなるかだけは、エレノラにも容易く理解できた。
マテリアが死んだ。エレノラのせいで、自殺した。

「う……そ……」

身を灼く結界の中で、エレノラは頭を抱えた。
両腕は既に鋭利な鉤爪の生えた異形と化していて、それは彼女の側頭部に仮借無くめり込み、魔族の血を溢れ出させる。
ぐじぐじと、こめかみを貫通して眼球と脳を鉤爪でかきむしりながら、エレノラは声にならない叫びを挙げた。
これだけやっても魔族は死なない。眼球も、脳も、それ単体が破壊された程度では他から肉体を融通して直してしまう。

だが、人間はそうではない。
マテリアはそうではない。
頭を破壊されれば死ぬ。彼女はそうして自分を殺した。
何故だ?――エレノラがやらかしたことの重大さに追い詰められて、引責自害したのだ。

紛れも無く、魔族・エレノラ=リュネットの犠牲となって死んだのである。

「ああ、あああ……どうして……あなたが死ぬこと、なかったじゃないですか……」

つぶやいて、そして気づいた。
確かにマテリアが死ぬことはなかったかもしれない。
だが、マテリアが死ななかったとしても、誰かはこれから必ず死ぬのだ。

その、死んでいくであろう人々に、自分は言えるだろうか。
『あなたが死ぬことはなかった』
などと、どの口が言えるのだろうか――!

「ああああああああああ――――――ッ!!」

思索を追い出すようにして、エレノラは叫びを挙げた。

人間難民議長・エレノラの望み。
『みんなと一緒にいられますように』という、彼女のささやかな願いを。
エレノラ=リュネットとその遺貌骸装が、完膚なきまでに叩き潰したのだ!

絶望に至った彼女が天を仰いたそのとき、空から一条の光が降ってきた。
光には、淡い白の色が伴っていた。
そして、上空から轟く、怜悧な女の詠唱。

「大陸間弾道呪術――『白鏡』」

181 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:52:56.64 0.net
ズドン!と地盤ごと揺るがすような音と共に、光は極太の杭となってエレノラの胸に突き刺さった。
最後に微かに残っていた人間化を、聖術が無理やり解除する。
その振り戻しが、魔族への深化としてエレノラの肉体を支配した。

長く、三つ編みだったころの癖のついた黒髪が、少女の四肢を隙間なく絡みついて覆い尽くした。
四肢には鉤爪のほか、禍々しい鋭利な棘がいくつも生成され、その先端から凝集した魔力の紫電を放っている。
胸部には巨大なあぎとが開き、石畳を咀嚼し自身の肉体を構成する成分へ変えている。
そして頭部には、おそらく眼鏡の名残であろう、二つの輪が浮遊してこれも光を放っている。
エレノラ=リュネットが、完全なる魔族の姿へと変遷していく――!

魔族の羽化を遠巻きに見る神殿の大聖堂へ、烈風を引き連れて一頭の騎竜が着地した。
帝都王立従士隊の紋章を刻んだ鞍に跨るのは、二人の女。

「仕留めた?」
「いえ、拙僧判断しますに間に合いませんでした。
 むしろ、人間化していた形態の自在を強制解除したことでより深く魔族化してしまっています」

騎竜乗り――飛行服に飛行帽、銀髪に長身の女――遊撃二課・ニーグリップ=モトーレン。
神殿騎士――紫の法衣にティアラ姿の痩身の女――遊撃二課・ゴスペリウス(洗礼名)。
帝都にいたはずの彼女たちが、遠く離れたヴァフティアの地へ降り立てたのは、ひとえに才能によるゴリ押しに他ならない。
音速超過を可能とする遺才と、それを引き出すマテリアルたる騎竜によって、文字通り飛んできたのだ。

「私たちは帝都から来た従士隊・遊撃二課――現時刻をもって、当該現場をあずかります」

モトーレンが、拡声術式を使って神殿騎士たちに指示を放つ。
その過程で、石畳に倒れ伏すマテリアの姿を認めた。

「うわちゃー、死んでるよ……。どうすんの黎明計画、グダグダじゃん」
「拙僧勘案しますに、仕切り直しでしょう。素体となる一課は半壊、黎明眼は人事不省で魔族化。
 率直に申しまして最悪の結果です。つくづく、ここが帝都ではなくて良かったですね」
「帝都に近づきつつあるけどね」
「それを止めに来たのが拙僧共です。どうしたら良いのかは、これから考えねばなりませんが」

軽口を叩き合う女達は、しかし一切の油断なくエレノラを注視していた。
多重結界に囚われているとはいえ、魔族化の深度がかなり大きい。
いつこれをぶち破って暴れ始めてもおかしくはない状況だった。

「個体名エレノラ=リュネットの討伐は拙僧とルグス神殿騎士が請け負います。モトーレン殿は『聖女』の確保を」
「あいあい。ヤバくなったらあそこの箱開けていいからね」

モトーレンが親指で示す先で、鞍のハードポイントから吊るされていた箱が降ろされていた。
黒檀製の、六角形のそれは、『箱』というよりどう見ても『棺』だった。

「じゃ、死なないでね。あたらしい聖女を連れてくるのめんどいからね、本当ね」
「……素直に気をつけろと言って下さい」

モトーレンはゴスペリウスへ片手を挙げると、騎竜に乗り込んで再び空へ舞い上がった。
残された戦闘司祭は、法衣の中から神殿騎士の証であるバスタードソードを抜き放ってエレノラへ向ける。

「離反さえしなければ、せめて国益の貢献者として手厚く葬ったというのに。
 ルミニア戦闘司祭・ゴスペリウス。対象を敵性存在/魔族:エレノラ=リュネットと認定し――討滅仕ります」

瞬間、ゴスペリウスの手元からバスタードソードが消えた。
刹那、結界に囚われるエレノラの足元から生えた無数の刃が、逆さまの瀑布のごとく異形の姿に殺到し、その肉体を切り刻んでいく。

「聖術――攻性結界『鈍鏡』」

 * * * * * *

182 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:53:43.68 0.net
 * * * * * *

ヴァンディットは、石畳に臥せったまま、議長が切り刻まれていくのを黙視するほかなかった。
マテリアが、議長の責任を負って自害した。
そしてその自害の原因たる議長の暴走を促したのは、他ならぬヴァンディット自身だ。

「俺が……死なせたようなものじゃないか……!」

ヴァンディットは己の行為を悔いるつもりはない。
議長を信じると決めたのは自分自身だし、その為に多くの人の後見を裏切って異形の彼女に寄り添った。
だが、同時に、その行為によって誰かが傷つくのであれば、きっとその責めは負わなければならないだろうとも覚悟していた。
想定していたよりもずっと早く、それは訪れてしまった。

「マテリアさん……あんたはどう思ってたんだ……?」

彼女はヴァンディットを信じてくれていた。福音の粒を消さずに、その時間稼ぎを補助してくれた。
最後の最後で、彼女は裏切られたと思ったのだろうか。
だから、己の手でその『間違った信頼』へのケジメをつけたのだろうか。
だが、それならば何故彼女の魔導砲は、『裏切ったエレノラ』ではなく自分自身へ向いたのか。

「あんたが何を信じていたのか……俺は知りたい」

このまま異形と化した議長が討伐されてしまえば、その答えが二度とわからなくなる。
無力な己を呪いながら、それでもヴァンディットは叫ぶしかなかった。

「議長を……助けてくれ……!!」

 * * * * * *

183 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:54:48.60 0.net
 * * * * * *

ニーグリップ=モトーレンは神殿上空を飛翔していた。
彼女の駆る騎竜ライトウィングは、騎竜乗りの欠かせない相棒であると同時に、殲鬼モトーレンの遺才を発揮するマテリアルだ。
モトーレンの遺才は"鞭の眷属"『アフェクションウィップ』。
そのマテリアルは鞭でもなく、竜でもなく、『鞭で叩かれた物』だ。
遺才アフェクションウィップは、叩いた対象を物理限界を超えて強化する能力である。

「でっかい神殿だねーライトウィング。さすがヴァフティア、お金のかけどころがちがーう」

モトーレンは適当な窓に見当をつけて騎竜に体当たりを命令した。
水音に近い轟音が響き、竜の巨体が神殿の建物内へ侵入する。
そこはそこそこに上階の、月明かりをとりいれる回廊のようだった。
騒ぎを聞きつけて見物していた修道女達が腰を抜かして上等な絨毯にへたりこむ。
騎竜はそれを尻目に、あろうことか廊下の中で羽撃き、宙を泳いだ。

言うまでもなくそこは屋内で、回廊は竜の図体がようやく収まる程度の幅と高さしかない。
そんな間隙を、姿勢の不安定なホバリングで、しかし一切壁や床を擦ることなく竜は飛んだ。
尋常ならざる精密な挙動、それを可能とするのは遺才ではなく、純粋なモトーレンの騎竜乗りとしての実力だ。

「はいや!」

迷路を高速で攻略するかのように、右に曲がり、左に曲がり、時には階段をぶち抜いて、竜は辿り着いた。
神殿内部でもひときわ瀟洒な、観音開きの大扉。
開け放つと同時に、烈風で室内を洗いながらモトーレンとライトウィングは着地した。

「遊撃二課・ニーグリップ=モトーレン。聖女・ルフィア=ラジーノの身柄を『保護』しに参上仕りましたっ」

騎竜の鞍から飛び降りた彼女が目にしたのは、風に煽られてローブの乱れた高位の司祭たち。
そして空の玉座と、その脇で夜風を吹きさらしにしている大穴だった。
司祭たちが駆け寄り、口々に状況を説明した、その内容を統合するに。

――遊撃一課のファミア=アルフートが、聖女を拉致して飛んでいった。

「はあああああああああ!!??」

前代未聞、ヴァフティアの中枢を為すルグス神殿の最高位司祭、"聖女"ルフィアを、帝都の従士が拉致誘拐!
ことによってはそれだけでも内乱の火種になりそうな大事件が、たったいまいとも容易くおこなわれた。

「あいつら絶対おかしいよ!頭が!!」

一体何度、彼らは立ちはだかってくるのだろう。
叩き潰す度に、連中はどんどん手段を選ばなくなってきている節さえある。
問答無用の外道集団、遊撃一課のトップ・オブ・アレことファミアの所業は最早解説するまでもない。

「ライトウィング、追うよ!!」

184 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/01/01(木) 21:55:40.75 0.net
モトーレンはすぐさま竜へ跨ると、ファミアのぶち空けた穴を更に拡張しながら空中へと躍り出た。
聖女の身柄を確保されるのは困る。非常に困る。
モトーレンは、ゴスペリウスと共にとある密命を受けていた。

ルグス神殿は、帝国主神のルミニア神殿を差し置いて、あまりに強大になりすぎた。
ルグスの神殿騎士は帝国の上意下達から外れたところにあって、武力としてはあまりに扱いづらい存在だ。
なによりも、総本山がエルトラスにほど近い南側の国境に存在するという点が元老院にとっては頭が痛い。

だからこそ、『黎明計画』で仮にエレノラが失敗し、ヴァフティアが戦火に包まれたとしても、
それはそれで元老院にとっては別の利益を求めることができた。
すなわち、ルグス神殿が魔族の暴走によって壊滅した後に、ルミニア神殿のヴァフティア支部として吸収合併することである。

ゴスペリウス(洗礼名)をこの街へ帯同させたのには、『ルミニアの司祭』としてその場に立ち会わせる必要があったから。
彼女を暫定的な『ルミニア聖女』とし、聖女なきヴァフティアへ逗留させることで、神殿の事実上のルミニア化を狙っていたのだ。
ゴスペリウスは、聖女の条件たる「その身清らかな少女」のうち、少女と言うにはちょっと歳を重ねてしまっているが……
清らかさならば人後に落ちない自信があった。

だから、ルグスの聖女が健在なのは都合が悪い。
暗殺とまではいかずとも、軟禁し、実質的な神殿統率権を取り上げなければエルトラス――ひいては正域教会への言い訳が立たない。

モトーレンは上空まで一気に上昇し、宵闇に目を凝らす。
地上近くに光のゆらめきが見えた。
神殿騎士達が、指向性燭灯の光で神殿の壁面を照らしだしているのだ。
その円状に闇を切り取るような光の中心に、2つの人影があった。
ファミア=アルフートとルフィア=ラジーノである。

「どうせ壊滅する予定の神殿だし……ちょっとばかし崩れたって、しゃーなしだよねっ」

モトーレンはライトウィングに息を吸わせた。
まだ吸わせる。まだまだ吸わせる。その肺胞が完全に空気で満たされたのを感覚的にモトーレンは知る。

「聖女はみんなで護ってね――!!」

合図と共に吐き出された吐息には、炎が伴っていた。
騎竜ライトウィングの、『竜としての遺才』。火竜種の血統から受け継いだ、豪炎のブレスである。
神殿騎士が追跡している以上、遠隔発動で結界でも張って聖女は護るだろう。
だが、逆賊ファミアがその庇護下に入れるかどうかまでは――知ったこっちゃない。


【エレノラ:キリアの指摘、マテリアの自決で追い詰められたところに呪術狙撃を受け、完全魔族化】
【ゴスペリウス(洗礼名):大聖堂に降り立ち、エレノラを討滅するため聖術による攻撃を仕掛ける】
【モトーレン:聖女奪還の為ファミアを追跡、火竜のブレス(ゴーレム全焼レベル)で攻撃】

【元老院:加護破断の原因を調べさせる為、遊撃二課を二人派遣。
     黎明計画を失敗と判断し、魔族エレノラの討滅とルグス神殿の合併吸収を目論む】

185 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/01/12(月) 00:19:56.80 0.net
肩を落として歩きながら、片手に携えた水晶剣を放ってはキャッチする。
きらきらきらと輝いて、わー綺麗だなーうふふ。――なんて考えていられればいいのだが。
思考するのは、マテリアの口にした台詞についてだ。

――十字を切れ、とは果たしてどういう事か?

キリア・マクガバンは断言する。
マテリア・ヴィッセンは、わざわざ自分を相手に私の死を悼んでくださいねー、なんてお願いをする様な人間ではない。
本気でやっていたとしたのなら、この状況すら忘れる程に気持ち悪い。反吐が出そうだ、と言う奴である。
それに伴い、あの自殺しますよ自殺しますよと言う素振り。
ここに、キリアの思考は結実を見る。
はいはい、お芝居だな分かるよ。アレがあんな風に死のうとする訳ないだろう、割と強かで図太いんだから。
と、言った具合だ。

となれば、そこに何かの意図が隠されているはずである。
十字、は――恐らく、ついさっき誕生したばかりの巨大十字を指しているのだろう。
だが、切ると言うのはどういうことか。あの巨大な十字路を破断しろと言う事か?
十字が欠ければ都市を移動させる遺貌骸装はその効力を失う、と――?
それは考えた。考えたが、それを可能とするだけの火力の持ち合わせがキリアにはない。
神殿騎士を取り纏めて破壊活動に乗り出したとて、難しいだろう。
……それをマテリアが分かっていなかった、とは思えない。

切る、切る。切ると言えば。
視線が手の内の短剣に落ちる。
普通は刃物だ。そう、刃物。

遺貌骸装『千年樹氷』。その真の力を、キリアは知らない。
結界を切ったことで時間を進めた、と言う議長当人の言葉を聞いていたならば、十字を切ると言う言葉。
その意図を正確に汲み取る事も出来ただろうが、その時、キリアは聖堂内に居た。

だから、知らない。
だから、とりあえず試してみる事にした。

手近にあった木に、千年樹氷を触れさせ、軽く切り込みながら意識を集中。――発動。

結果から言おう。瞬時に木が枯れ落ちた。否、それを通り越して風化した。

「……え? ――は?」

呆然と、キリアは目の前に存在する「かつて木だった砂」を見詰める。
しかし、その裏で思考は廻っていた。

――自分は、この遺貌骸装の効果を「水晶を伸長させる、ないしは操作する」事だと考えていた。

――しかし、それでは目の前で起きた現象の説明が付かない。

――樹木の風化。水晶の伸長。共通項はどちらも時間経過で起こり得る事象だということ。

――ならば、遺貌骸装『千年樹氷』の能力は、恐らく。

「刀身に触れた物の時間を、強制的に経過させる事、か……?」

よくよく見れば、『千年樹氷』は鋼の刀身に水晶が散りばめられている様である。
水晶の檻の生成。これは、それぞれの水晶が別個に伸びる事で生じた現象なのではないだろうか。
合点がいった。だからこその『十字を切る』。
強制時間経過によってこの巨大な遺貌骸装を朽ち果てさせようということ、だろう。恐らく。

186 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/01/12(月) 00:20:41.38 0.net
「なるほど、狙いは分かった。が、なあ……」

呟いて、頭を掻く。
どこまでの大きさに通用するものなのだろうか、これは?
大きさは関係なく、一つの物体ならば良いのか? それとも、やはり限界が?
確実性を求めるならば。キリアの視線が、神殿に向く。

クランク9が言っていた。遺貌骸装の発動に必要なものは黎明眼の持ち主と、最寄りの神殿。
このヴァフティアのルグス神殿を風化させれば、この巨大すぎる遺貌骸装『存在の照明』は機能停止するのではなかろうか。
……と、思い付いたキリアだったが即座にその考えを破棄した。

違う、違う。遺貌骸装のメカニズムを正確に思い出せ。
黎明眼の持ち主が遺才使いと遺才そのものを代行することで、マテリアルのみで遺才を発動させるのが遺貌骸装。
そして、「大きすぎる力を制御するために」「最寄りの神殿が必要」なのだ!
そんな真似をしてみろ、この馬鹿デカい遺貌骸装が完全に制御を失うことになる。
もしかすると、自分が今手にしているこの『千年樹氷』も制御不能に陥る。何が起こるか知れたことではない!

と、なれば結局のところ、取れる手段は一つ。
マテリアの言っていた通りに『十字を切る』事だ。

「ま、しゃーないわなぁ」

はぁ、とキリアが溜息を吐いたその瞬間の事だった。

>「聖女はみんなで護ってね――!!」

しんでんのほうで、なんかすごいほのおが、でた。
ゴーレムの一体くらいは吹き飛びそうなくらいの、凄い奴が。

「……えっ」

何だ? 何だあれは? 神殿を破壊しようとしているのか?
キリアは束の間、思考停止に陥り――そして我に返るや否や、走り出した。
神殿が壊滅するよりも先に! なんとしてでも! 『存在の照明』を止めなければならない!
ここは紅色の輝きから外れて、少し森へと分け入ったところ。
夜闇にも明るい紅の色を目印にして十字路へと走り出ると、即座に屈み込んで右手に掴んだ短剣を振り上げた。

「崩れろ風化しろ砂になれ早く早く早く頼むからっ!」

そして、滅多刺し。
一撃で最大千年の時を経過させる『千年樹氷』が、輝きを帯びた街道に幾度となく叩き付けられていく。
鋼の刀身と石畳がぶつかり合う甲高い音色が、神殿の方から響く轟音にかき消されそうになりながらも響き始めた。

【光っている部分にめがけ、千年樹氷で連続攻撃】

187 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/01/14(水) 00:26:37.73 0.net
>「――マテリアさん!!」

暗闇の向こうから声が聞こえた。ヴァンディットの声だ。

>「マテリアさん!マテリアさん!!ぐっ……、はやく、早く治療をしてくれ!!」

神殿騎士の足音が慌ただしく近寄ってくる。
だが、今ここで治療を行われては――まだ自分が生きていると知られては困るのだ。

『治療は……結構。首を……横に……振って下さい……さぁ、早く』

自在音声は最早、手を口元に添えずとも使用が可能だった。
祖たる魔の世界、最上の暗闇(マテリアル)を得たが故に。
有無を言わせない口調――その声には熟練の神殿騎士をも怯ませる威が宿っていた。

>「ああ、あああ……どうして……あなたが死ぬこと、なかったじゃないですか……」

議長の声が聞こえる。音が聞こえる。
恐怖に、後悔に、侵された音が。
倒れ伏したマテリアの口元に、笑みが浮かんでいた。

>「ああああああああああ――――――ッ!!」

乱れた呼吸、心音、喉が裂けんばかりの慟哭――それらは紛れもなく『人間』の音だった。

>「大陸間弾道呪術――『白鏡』」

しかし不意に、冷徹な声音がマテリアの耳に届いた。
直後に続くのは風を切る音、そして大地を揺るがすような衝撃音。
最後の音は――議長が立っていた位置から響いていた。

自分の鼓動が跳ね上がる音を、マテリアは聞いた。

何かが神殿に降り立った。
音の反響が明らかにするその輪郭にマテリアは覚えがあった。
更に着地に遅れて降ってくる飛翔音は、音速を超えた飛行の証明――機竜だ。

>「仕留めた?」
>「いえ、拙僧判断しますに間に合いませんでした。
  むしろ、人間化していた形態の自在を強制解除したことでより深く魔族化してしまっています」

護国十戦鬼に名を連ねる、遊撃二課の『本物の英雄』――ニーグリップ・モトーレンがそこにいる。
それだけではない。もう一人。
声に聞き覚えはなかったが、その言動から察するに、呪い使い――ゴスペリウスも。

>「私たちは帝都から来た従士隊・遊撃二課――現時刻をもって、当該現場をあずかります」

彼女達は到着するや否や、そう言い放った。
そんな事が許せる筈がなかった。

――ここは私の戦場だ。
ここにあるのは私の為の、私が望む戦いなんだ。
今更いけしゃあしゃあと割り込んできて掻っ攫うなんて事は許さない。

だがマテリアは起き上がれなかった。
起き上がり、その思いを言葉にして放つ事が出来なかった。
それは護国十戦鬼、遊撃二課と己の間にあった、力の隔たりに対する恐怖故――

188 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/01/14(水) 00:27:17.27 0.net
>「俺が……死なせたようなものじゃないか……!」

ではなかった。
マテリアは今、これまでに知覚した事のない世界にいた。
無明の闇の奥底でありながら、光の中よりもずっと精緻に世界を感じ取れる。
色彩さえもがそこにはあった。
無数の音に宿る情感を、マテリアは聴覚を介し、しかし鮮明な色として認識出来ていた。

>「マテリアさん……あんたはどう思ってたんだ……?」

だがマテリアの意識はその世界に付いていけない。
高度すぎる聴覚情報に脳の処理能力が追いつけないでいるのだ。
だから動けない。指一本動かす余裕すらない。

>「あんたが何を信じていたのか……俺は知りたい」

ならば――どうすればいいのか。
このままただ倒れ伏して、議長の音が掻き消える瞬間を待つしかないのか。
そんなわけがない。

マテリアの血肉は、そこに宿る『魔』は、既にその答えを知っていた。

>「議長を……助けてくれ……!!」

「――勿論です。例えどんな事をしてでも、私はあの子を幸せにしてみせる」

ヴァンディットの切願に応えるように、マテリアがゆらりと立ち上がった。
その眼窩に眼球はない。
代わりにあるのは血溜まりでも、虚空でもなかった。

紅い球体だ。鮮やかな深紅の結晶がマテリアの眼窩を埋めていた。
その質感は――ゴスペリウスには見覚えがあるだろうか。
魔族化したフィン・ハンプティの全身を覆っていた黒鎧に酷似していた。

それは新たな受容器だった。
血中から集結した魔族の因子によって構成された、人外の感覚器官。
そして魔族の知覚に追いつけない人間に、『魔』が与えた答えだ。
すなわち――付いて来られないのならば、来られるように作り変えるまでだ。
感覚器のみではない。その奥――彼女の脳もまた、急速に構造を変化させつつあった。

全盲という人として致命的なまでの不完全さが、マテリアを僅かに魔族の域へ近づけた。
遺才の半歩先へと捩じ込んだのだ。

「神の奇跡……と謳うには、少し見た目が良くないですかね」

眼から溢れた血に汚れた顔を外套で拭うと、マテリアはヴァンディットに苦笑を向けた。
その声と表情に後悔の色はない。

こうなる事に確証はなかったが――フィン・ハンプティの前例がある。予想は出来ていた。
『人間』を削ぎ落とせば、その分だけ『魔』は強まると。
そして――そうなる事を望んでもいた。

黎明計画の全容を知った時、ただただ絶望を感じていた。
議長が一緒に魔族にならないかと、縋るような声で提案をした時、それでも、それでも魔族になるのは嫌だった。

だが今この瞬間、マテリアは何の逡巡もなく魔族の領域へと足を踏み入れた。
自分が心からしたい事の為なら、あの哀れな少女を救う為ならば、それはほんのちっぽけな事だった。

189 :マテリア:2015/01/14(水) 00:28:33.92 0.net
「……約束、守りますよ。議長ちゃん。本当に抜き差しならない状況なら、私はあなたの傍を選ぶ」

マテリアが議長の方を振り返り、爪先で石畳を打つ。足音は――響かない。
代わりに遺才によって破壊力の域にまで増幅された音は地面を伝い、議長を囲う結界の内側へと潜り込む。
そして聖術によって顕現された剣を弾いた。
破壊には至らない。だが軌道の逸れた剣はまた別の刃へとぶつかり、軌道の変化を連鎖させていく。
そうして最後には互いに交差し、拮抗し合う形となって、停止してしまった。

「ただし……引きずってでも、もう一度こちら側に帰ってきてもらいますけどね」

マテリアの眼窩に収まる紅玉が光を捉える事はない。
だが彼女は『鈍鏡』の軌道を寸分違わず見極めていた。何故か――答えは『律動』である。
無数の剣が取る一瞬先の軌跡を、彼女はリズムという形で完全に把握したのだ。

マテリアがゴスペリウスへと振り返る。
そして――

「……遊撃二課、"戦闘司祭"ゴスペリウス。……でよろしかったですか?申し訳ありませんが、見ての通り、目が悪いもので」

そう語りかける声色は、極めて穏やかだった。

「もしそうなら……とてもありがたい事です。この状況での増援としては申し分ない。
 ……ですが、その優先順位には異を申し立てざるを得ません。
 今、最優先で対処すべきは果たしてその、既に拘束の完了している魔族でしょうか」

夜空を見上げるような仕草を見せる。
遺貌骸装『存在の証明』は未だにその機能を保っている。
使用者である議長が前後不覚に陥った今でもだ。

「遺貌骸装は……あなた達がここに来たという事は、既にご存知だとは思いますが。
 魔族の血を用いて非生物に遺才を与えた兵器です。つまり……聖術は非常に相性がいい筈。
 ……その為に、帝国随一の戦闘司祭であるあなたが派遣されてきたのでしょう?」

マテリア・ヴィッセンは真っ当に会話を持ちかけていた。
ゴスペリウス達の目的がこの事態の収束であるならば、彼女との戦いは不可避ではない。
あくまでも今はまだ、だが。

「そして無事に事態を収束させられたなら、今度は逆方向へ、この現象を起こす者が必要でしょう」

『存在の証明』の無力化という一点においてならば、双方の利害は一致する筈。
少なくとも今の状況を長引かせて帝国が得をするとは思えない。

「一課と二課の間に確執がある事は私も感じています。
 ですが今はそんな事は忘れましょう。この状況を無為に長引かせる理由はない」

ならば政治的意志の代行者である遊撃二課もまた然り。
そして自分も、議長に戦争の火種という重すぎる業を背負わせる訳にはいかない、とマテリアは考えていた。
要するに――ゴスペリウスを利用したい、という事だ。

「それに……黎明計画はご覧の通り甚く順調。遺貌骸装も、手に入れば帝国にとって有益だ。
 『あなたが』、私と争っても得をする事は何もない。そうでしょう?
 素直にこの事態を収めるだけに留まっておけば、あなたの面目も保たれる」

マテリアの声音には余裕の響きがあった。
それから数秒ほど、彼女は右手を顎に添えて、何かを考え込むような素振りを見せた。

190 :マテリア ◆ylJAv3iKVhVX :2015/01/14(水) 00:29:50.47 0.net
「まぁ要するに――こういう事です」

ゴスペリウスとの戦闘を完全に回避出来るかと言えば、望みは薄い。
しかし、だからと言ってこの状況で自分から仕掛けるのは下策だ。
神殿騎士が周囲にいて、その上で議長を庇う為には、徹底された論理が必要になる。
実力行使は最後の手段と考えるべきだ。

その上で、マテリアはこう続けた。

「私があなたを打ちのめす前に、せめて一仕事くらいはさせてあげますよ。
 だから、さっさとやって下さい。それとも……あなたには荷が勝ち過ぎますか?
 それならそれで構いません。どの道、こちらの課員がなんとかするでしょうから」

それは決定的な宣戦布告だった。

「……ところで。あなたは、あの子の胸に杭を打ち込んだ。一度ならず二度までも。
 ほんの少しでも、あの子が哀れだとは思えなかったんですか」

怒りの炎が、眼窩の紅玉の奥で揺れる。
マテリア・ヴィッセンはこの女が嫌いだった。
粉々に、何の理屈にも頼らず、ただ打ち砕いてやりたい程に。

右手の小指と薬指を軽く畳み、親指と中指の先を擦り合わせる。
『魔』の領域に足を踏み入れたマテリアにとって、それは最早『構え』に等しい。

「その出自を、知っていながら」



【挑発】

191 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/01/18(日) 14:55:52.16 0.net
闇を切り裂く光、光、光。
「くっ、さすがに手が早い……」
即座に包囲を敷いた騎士たちを見て、ファミアは呻くように漏らしました。
奴はとんでもないものを盗んでいったので仕方がありません。

とはいえその包囲は完全なものとは言いかねました。
街がまるごと動くというこの事態、混乱を少しでも縮小するため、神殿に駐留していた部隊も迅速に出動しており、
通常であれば賞賛されるその素早い対応が逆にファミアに利したのです。

聖女の直衛部隊はさすがに残されているものの、こういった場合に必要なのは能力よりも単純な数。
この程度であれば正面から抜けることは可能であろうと判断したファミアは
「振り落とされないで下さい!」
マッポに追われるゾク的台詞を聖女に一つ、それから駆け出しました。

いくら薄いにせよ、真っ直ぐ包囲に突っ込むのはさすがに考えものです。
上方からの狙撃などは警戒しづらいものですし、
聖女がいるにしてもそれをよけて当ててくる腕の持ち主がいないとは言い切れないでしょう。
市街に入れば箒の追撃をかわすために地上を行くつもりですが、まずはここを越えてからの話。

というわけで上階へ。
壁面を直接登ることも考えましたが聖女を落っことしたらえらいことになるので、壁をぶちぬいて階段を使いました。
それからぶちぬくまでもなく開いていた窓を通って再び外壁へ。
動きが読まれていたようでほぼ間を置かずにライトアップ。

このぶんでは市街に展開した部隊もそれほどかからずに呼び戻されるでしょう。
ファミアは素早く突破ルートの検討をはじめました。
(まずあっちの尖塔に飛び移って中をクリアしてから途中まで降りて……
 それから左手の屋上に抜けて、いや向こうの棟の中を通るほう――)
>「聖女はみんなで護ってね――!!」
思考を中断したその声を振り仰げば、視線を受け止めたのは赤光。膨れ上がる炎。

「竜!?そんな!」
上方を取られぬようにと上に来て、更に上を抑えられるとは本末転倒もいいところ。
飛び降りれば包囲のまっただ中ですし、中に入っても壁を破壊して炎が飛び込んでくるだけでしょう。
ならば――!!

「っせえぇぇぇぇいっ!!」
炎を切り裂いて飛び出す影。
説明の必要はありませんね。ファミアです。
その手に握られた物。
説明の必要はありませんね。聖女です。

192 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/01/18(日) 14:56:45.47 0.net
竜の鞍上の人物が予想したように、ファミアもまた自分がどうなっても聖女は無事だろうと考えました。
眼下に居並ぶ騎士たちが落下制御なり障壁なりの術を使えるからです。
で、あるなら、聖女で受け止めてしまえばファミアも無事。
実に隙のない理論展開であり、事実その通りに事態は進行しました。

予定外のことがあったとすれば聖女がついに自らの意識を放棄してそのまま夢の国へ避難したことくらい。
「ああもうぐにゃぐにゃして使いづらい!」
世の広かれど、ルグスの聖女に対して使えねー呼ばわりの辛口レビューをするのは後にも先にもファミア一人でしょう。

(竜となると速度で振り切るのはほぼ不可能……いったい何騎……?)
まあどうなるにせよ敵戦力の確認をせねば始まりません。
ファミア(世界に一つだけの花)が改めて空を仰ぐと、
燃える神殿や騎士たちの持った照明に照らされて竜の姿が見えました。
その数、1騎。

(これなら――いや、あの人は……)
「列車で襲ってきたアレな人!!」
"ファミアの中ではナード・アノニマスと同類"こと、ニーグリップ・モトーレンでした。
最初は「そうなんじゃないかな?」という"疑念"だったはずですが、
抱き続けたそれは数日たって"事実"とすり替わってまったようです。
きっと国と国同士の行き違いだってこんな風にして起こるのでしょうね。悲しいことです。

さてモトーレン、すなわち遊撃二課がこの場にいるということは――
「――まさか、まさかヤツも!?」
誰のことか説明の必要はありませんね。変態です。

(いや、いるにせよいないにせよまずは動かなきゃ!)
ファミアは火花が飛びそうなほどの思考速度でルートの再検討を始めました。
その結果、最初に棄却した地上を行く案を再採択。

あまりにも遮蔽物が少ない屋上や屋外では近接攻撃も容易なため危険が大きすぎます。
ブレスなら聖女の盾で防げても爪や牙で攻撃されたらそのまま盾を取り上げられてしまうでしょう。
また他の敵がいるにしてもやはり遮蔽物はあったほうが都合が良いはず。
いずれは開けた場所に出なくてはなりませんが、初手から最大限のリスクを負う必要はありません。
以上の通りまとめた自らのプランを実行に移すべく、ファミアはこれもまた一度は廃案にした行動を取りました。
炎で抉られた上階から、そのまんま下に飛び降りたのです。

着地の衝撃を最大限殺すため五接地転回法を半包囲の中に決めたファミア(もともと特別なOnly one)は
上空を指差すなり叫びました。
「撃たれますよ!」

先ほどの火球の威力を目にしていた騎士たちは即座に攻撃、拘束から防御、回避へと使用する術を切り替えました。
神殿と聖女ごと撃った相手ならその他の有象無象が何人いようが躊躇うはずがない、そう考えてしまったのです。
まあ、全く間を置かずにもう一発飛んでくるとはファミアも思いませんでしたが。
吹っ飛ばされた騎士の間を駆け抜けとりあえずは包囲を抜け、さあここからはアレとアレの火花散らすチェイスの開始。

193 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/01/18(日) 14:58:47.90 0.net
あっさり十数秒で神殿から少し離れた森へ到達しました。チェイス終了です。
上空にいたモトーレンは先に"それ"を発見したでしょう。
ファミアが気付いたのはオナモミだらけになりながら木立を抜けた時。
「……?三尉?」
キリアがうずくまって穴を掘っていました。

なにか嫌なことがあって埋まりたくなっているわけではないでしょう。
それなら舗装路などではなく土の地面を掘るのが正しい行為です。
つまりこれは何らかの意味を持っているはず。
では、この状況下で意味のある行動とは?

(そうか、あの十字路が遺貌骸装の鍵!)
まさしくその通り。ファミアは遠回りをしながらもようやく正解にたどり着いたのです。
また、神殿を即座に抜けてきたことも正解と言えるかもしれません。
"神殿の機能"がどの程度の損壊を許容するかはわかりませんが、
ファミアがずっとあそこにいればその範囲を容易に超えた破壊がもたらされるのは必定。
きっとキリアも褒めてくれますね。
もっと直接的かつ即時的な不安を連れてきていなければ、ですけれど。

「三尉もうちょっとがんばってくださいアレは何とかしますからっ!」
ファミアはキリアの背を守るように立ちはだかり、かくんと首が垂れた聖女を構えてアレと対峙。
モトーレンonライトウイングを正面に見据え、唾を飲み込んでから息を吸い
「来いっ!」
珍しく勇ましいセリフを吐きました。

挑発に乗って本当にきてくれれば楽なものです。
ヴァフティア停止の手段が見つかった以上、聖女を確保し続ける必要は薄くなっています。
(あくまでファミアの意識の上の話で、二課の思惑的にはまだまだ重要度は高いのですが)
近接攻撃を仕掛けてきたなら聖女をうっちゃって逆に竜をひっつかんでやればいいと考えていました。

ブレスでくるなら、その高熱は路面にもダメージを与えるでしょう。
そうなれば破壊を加速することができます。
一方でファミアたちは聖女を振りかざして避ければよいだけ。
まあキリアの尻に火が着くくらいのことはありえるかもしれませんが少なくともファミアは無事です。

躊躇えばその間にも十字路の破壊は進行します。
この場合、聖女にかけられた術が切れるか工事完了前に騎士隊に突入されるかが焦点ですが――
もはやそこまで考えても仕方がありません。
ここにモトーレンを連れて来てしまった以上、ここで迎え撃つしかないのです。

キリアを置いて逃げればターゲットが変わるだけ。
キリアを連れて逃げれば遺貌骸装を止められなくなります。
任務は遂行する。
部下も守る。
幹部でもないのに両方やらなくっちゃあならないのが辛いところです。

【ホーリーウォール(SFC版)】

194 :名無しになりきれ:2015/02/08(日) 14:05:55.66 0.net
保守

195 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/02/22(日) 22:35:52.72 0.net
【ルグス大聖堂】

>「……約束、守りますよ。議長ちゃん。本当に抜き差しならない状況なら、私はあなたの傍を選ぶ」

ゴスペリウスの放った攻性結界『鈍鏡』は、"聖剣"の奇蹟をルミニア教義で独自解釈したものである。
月の主神であるルミニア神は、陽の光を映し出す天鏡としての月の役割を教義とし、それに則った加護をもつ。
具体的には、"拡大"や"複製"などがそれにあたり、すなわちルグスが農耕神なのに対しルミニアは工業神である。
鈍鏡は、ゴスペリウスの手元のバスタードソードを離れた場所に無数に拡大再生産する聖術だ。

一度発動すればどれだけへし折ろうとも次から次へと生まれる刃は確実に対象を串刺しにする。
相手がその場を動かないことが条件だが、それをルグスの神殿騎士の結界が果たしているいま、
殲滅対象・魔族エレノラ=リュネットが細切れになることは必定であった。

>「ただし……引きずってでも、もう一度こちら側に帰ってきてもらいますけどね」

だが――そうはならなかった。
石畳の裏側から加えられた衝撃が刃をねじ曲げ、エレノラを迂回するかのように左右に別れた。
どれだけへし折られようとも刃は無数だが、逆説、失われずに滞留する刃は後続に蓋をするただの重石である。
初めて見るはずの聖術の弱点を瞬時に見抜き、そして決行したのは……

>「……遊撃二課、"戦闘司祭"ゴスペリウス。……でよろしかったですか?申し訳ありませんが、見ての通り、目が悪いもので」

「――遊撃一課、"自在音声"マテリア=ヴィッセン」

ゴスペリウスが呼んだその名をもつ者が、死んだはずの爪弾き者が、ゆらりと立ち上がっていた。
その双眸に光はない。愛嬌のあった2つの眼は、滂沱の涙にも似た血糊を拭い、血と同じ色の結晶に置き換わっている。
まるで……そう、フィン=ハンプティの右腕のように。
そしてなにより、エレノラ=リュネットの四肢を覆う甲殻のように!

「魔族の……双眸!」

遺才遣いの自己深化――欠損した部位を穴埋めしようとはたらく肉体機能についてはゴスペリウスも既知であった。
タニングラードでアネクドートが出会った遊撃一課のハンプティが、重傷を乗り越えて得た能力は、報告書に聴いている。

「ヴィッセン……貴女は……」

しかしそれでもなお、己にはあり得ない発想だ。
マテリア=ヴィッセンは自身の両目を魔導砲で撃ち抜いた。
ハンプティとは違う。それはつまり、

「自らヒトを捨てたのですか……!」

如何に強力な力を手に出来たとしても、自ら魔族になりたいと思う者などいない。
どれだけ優れていても、魔族は孤独だ。
この大陸に生き残っている個体数は10に満たないし、それらも動向は常に捕捉されている。
戦う意思を捨てたとしても、人類は魔族を受け入れることはない。
本能レベルで魔族に対する恐怖と嫌悪、そして敵意を刻みつけられているからだ。

この大陸に文明が生まれて数千年。
気の遠くなるような時間の中で、魔族は幾度と無く人類を滅ぼしてきたのだ。
今さら仲良くなどできるはずがないし――誰もそれを望まない。

だから遺才遣いが必要なのだ。
どっちつかずの中途半端な存在。
だがそれゆえに、魔族の力を振るいながらも、人類に寄り添うことのできる生き物。

マテリアは、おそらく心音で探知しているのだろう、盲人とは思えぬ正確さでこちらを振り仰いだ。
赤の結晶と、あるはずのない『目が合った』ような気がして、ゴスペリウスの白い肌が粟立った。

196 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/02/22(日) 22:37:00.86 0.net
>「今、最優先で対処すべきは果たしてその、既に拘束の完了している魔族でしょうか」

だが彼女に敵意はないと、現段階ではそう判断できる。
そもそも遊撃一課はこの場において敵ではなく、共に魔族エレノラと戦う友軍であるはずだ。
だからゴスペリウスも生理的嫌悪を抑えてマテリアの話を聞くし、そこに理があれば同意もする。

しかし、ならばなおさら、エレノラへの攻撃を阻止した意味がわからない。
負傷したのなら、黙って神殿騎士の治療でも受けていればいいのに、彼女は鈍鏡を防ぎ、エレノラを助けた。
そうしていまもこの瞬間、ゴスペリウスにエレノラへのとどめを待つよう交渉している。

話を聴いているうち、ゴスペリウスの中にあった嫌な予感がその輪郭をはっきりさせてきた。
攻撃を中断させたマテリア、少女の姿をした魔族エレノラ、そして己も肉体の一部を深化させたマテリア。
それらをつなぐ線は、残念なことにひとつしかない。

> 『あなたが』、私と争っても得をする事は何もない。そうでしょう?
 素直にこの事態を収めるだけに留まっておけば、あなたの面目も保たれる」

マテリアのその言葉が、疑念を確信に変えた。つまりはそういうことなのだ。
マテリアは、まったく不可解なことに……敵性魔族を庇っている。
エレノラ=リュネットに情が湧き、ほだされて、あまつさえ救いたいとさえ考えている。

>「私があなたを打ちのめす前に、せめて一仕事くらいはさせてあげますよ。」

遺貌骸装『存在の証明』――ヴァフティアそのものを帝都へ地理的に接近させる脅威の兵器。
それを停止させたいという意思は、ゴスペリウスも、マテリアも同じだ。
だがその後が違う。決定的に違う。エレノラの処遇について、両者には穴埋めならない隔絶がある。

>「……ところで。あなたは、あの子の胸に杭を打ち込んだ。一度ならず二度までも。
 ほんの少しでも、あの子が哀れだとは思えなかったんですか」

(裏目に出ましたか――黎明計画!!)

元老院の最大の失策は、素体である遊撃一課のメンタル面の影響を完全に度外視していたことだ。
エレノラと接触した彼女たちが、少女の境遇に同情し、その庇護の為に帝国に弓引くなど。
微塵も思い至らなかったことだ!

「哀れ……確かにその通り。エレノラ=リュネットは哀れな少女です。
 拙僧思いますに、よほど日頃から小動物を殺しまくっているとか、そういう素行の悪さで神に目をつけられたのでしょう。
 その点拙僧などは蚊も殺生できないが為に夏場もこの法衣は欠かせません。ご覧になっていますか、主よ!」

ゴスペリウスは鈍鏡を解除し、片手にバスタードソードを戻す。
マテリアには明確な敵意がある。
おそらくここから少しでも心音を臨戦に傾ければ、彼女は即座に応戦してくるだろう。

マテリアの力は――正直未知数だ。
もとの魔笛の遺才遣いであれば、戦闘聖術を収めたゴスペリウスの敵ではない。
音をつかった攻撃も防御も、いくらでもやり過ごし、突破する術はある。
だが、自己深化したいまのマテリアがどのような戦術を使ってくるかまったく読めない。
フィンの実例に則れば、もとの能力の範囲を更に広げた魔族としての特性をもつはずだが……。
もともと応用の範囲の広い自在音声が、一体どこまで広がるのか想像もつかない。

一方で、勝算がまったくないわけではない。根拠は2つ。第一にマテリアがまだ完全な魔族ではないことだ。
人間と同じ殺し方で殺すことができる。首をはねても、血を流しても、心臓を止めても、窒息しても、ちゃんと死ぬ。
これ以上自己深化を進めさせるわけにはいかないから、殺るなら一撃だ。
中途半端に瀕死にしてまた覚醒されれば勝率はゴリゴリ減っていく。

第二に、マテリアが盲目であることだ。
音を発生させずに攻撃する魔法はいくらでも思いつく。
心音で気配を察するというなら、結界で心音自体を遮断したっていい。
生まれついての盲人ならともかく、昨日今日目が潰れたばかりの盲目初心者を誤魔化すなど造作もない。

197 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/02/22(日) 22:38:20.64 0.net
ゴスペリウスは逡巡を瞬き一つで完遂した。

「"因果応報"……これは至言ですね? 我々に日頃の行いの重要さを教示して下さいます。
 主の作りし世界は完全です。主は全てをご覧になっています。不条理や理不尽は、不具合ではなく仕様です」

神殿で行う説法のように、ゴスペリウスは目の前の魔族と暫定魔族に語りかける。

「拙僧は思うのですよ。悪いことをすれば、哀れな末路として自分に返ってくる。
 ということはつまり、いま哀れな末路に陥っている者は――遠からず悪いことをする予定のある者なのだと!」

結界に囚われたエレノラを指さして、言う。

「主はこうも言いました。誰かに親切をしてもらったら、その分他の誰かに親切にしてあげられるようになりなさいと。
 エレノラ=リュネットは、いま理不尽な運命に晒されていますが、つまりその分誰かに理不尽を強いる運命にあるということ。
 ならば推定有罪!――因果応報、判決は死刑!!」

刹那、まったくの予備動作なしに、バスタードソードの柄頭から一条の光が迸った。
それは音より早くマテリアの方へ伸び、光の軌跡で柄頭とマテリアの喉とを結んだ。

「ルミニア式聖術――『伝鏡(づたかがみ)』」

マテリアの喉に突き立った光は、張り詰めた『弦』である。
弦は受けたゴスペリウスの受けた衝撃を全て繋がった先へと伝達する。
もともとは有線で秘匿念信を行う為に造られた聖術であり、鏡をつかった手信号から術式化したものだ。
原始的な光学通信。光故に、音よりも高速で、防ぎようがない。

マテリアが音響による攻撃でゴスペリウスを打ちのめそうとすれば、
それは全て弦を伝ってマテリアへと帰る。まさに因果応報、害意も、敵意もだ。

「遺貌骸装はそちらの課員がなんとかしてくれるのでしょう?
 であれば拙僧は安心して……後顧の憂いを取り除けます」

無論こちらからの攻撃は仮借なく加えられる。
ゴスペリウスは光の弦を人指し指で撫でた。
同時に唱えた聖句は光となって弦を伝い、光速の『聖剣』に形を変えてマテリアの双眸へ飛翔した。


******


遺貌骸装『千年樹氷』による、強制時間経過。
キリアの発案した"十字路破り"は、なるほど理にかなっている。

先刻エレノラが神殿に攻め入った際、対応した神殿騎士の防性結界『聖域』に対し千年樹氷を使用した。
聖術防盾を斬り付けられた神殿騎士は、凄まじい虚脱感に襲われてそれ以上の交戦が不可能となった。
結界が千年の時を超え、それだけの間聖術を維持していた『疲労』を一度に受けたからだ。

単純な話、術者たるエレノラの身にも同じことが起きていた。
キリアが千年樹氷で十字路を斬りつける度、結界に囚われた魔族エレノラは強烈な疲労に喘いでいた。
神殿騎士のように虚脱し動けなくなるようなことはない。
曲がりなりにも魔族の肉体は、千年単位の魔法の行使にも耐えられるだけの体力を秘めている。

だがそれでも疲れるものは疲れる。
その事実だけは確実に、エレノラの体力を奪っていった。


******

198 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/02/22(日) 22:39:38.77 0.net
【神殿上空】

モトーレンはライトウィングの口端からこぼれた火の粉を払いながら、自身の攻撃の成果を確認した。
彼女の跨る騎竜のブレスは、高熱と爆圧でこの世の殆どのものを消し飛ばす。
かつて戦場では、数多の乙型陸戦ゴーレムを急降下からのブレスで消し炭に変えてきたものだ。
オーバーキルすぎて神殿に穴が空いてしまったかもしれないが、まあ必要経費と思ってもらうしかない。
なにせ国家の存亡がかかっているのだから。

「あー、誘拐犯のツラ拝んでやってもよかったかもね、ライトウィング。
 遊撃一課のアルフートって言ったらうちの馬鹿を斃した三人組の一人でしょ?
 絶対凶悪な面してるよぉ、顔面有罪だね」

どうせ跡形もなく吹き飛んでしまっただろうから、人着することも叶わないだろうが。
広がりきった爆炎が全てを焼きつくすのを、モトーレンは無感動に見下ろしていた。
あとは炎の散ったあとに防護された聖女の身柄を確保するだけ。
完全に弛緩していた意識にムチを入れたのは、炎の向こう側から上がる咆哮だった。

>「っせえぇぇぇぇいっ!!」

爆炎を切り裂いて、一つの影が飛び出してきた。
否、2つだ。
聖女と――それを盾にブレスを突破してきたファミア=アルフート!!

「――なにぃぃぃぃ!?」

護国十戦鬼の双眸が驚愕に見開かれた。
あの誘拐犯は、あろうことか拉致対象を炎にぶつけ、神殿騎士たちが死守する結界で強引に打ち払ったのだ。
なんという、神殿騎士たちへの絶対の信頼(?)
ほんの少しでも騎士たちに力が足りなければ、聖女も自分も消し炭になっていたというのに!

面食らったモトーレンは、空中で硬直し、致命的な隙をつくった。
ファミアが聖女を抱えて遁走するだけの隙を!
哀れにも聖女は急転直下の事態に失神したのか、ファミアの背中で白目を剥いている。
本当に可哀想。

>「ああもうぐにゃぐにゃして使いづらい!」

「貴女の血は何色なの!?」

いたいけな少女を盾にしといてこの言い草には流石のモトーレンもドン引きだ!
見た目的にはファミアも十分いたいけなのだけど、言動と思想がタフ過ぎる!!
逃げるファミアが活路を探して、上空のモトーレンを眼が合った。
ほんの一瞬、脳から記憶を引っ張りだすタイムラグを経て、

>「列車で襲ってきたアレな人!!」

「……ちょっと待っていま何とニコイチにした!?」

199 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/02/22(日) 22:40:25.66 0.net
モトーレンの知る『アレな人』とは――ファミア自身を除けば――同僚のアノニマスただ一人である。
あの狂人と潜在的に混同されたモトーレンはあまりの暴言に愕然とした。
ショックのあまり蒼白となり、目尻からは自然と涙が溢れてくる。

「て、訂正しろーーーーっ!!」

殆ど半ベソでモトーレンは叫んだ。
しかしファミアはこちらを一顧だにせず尖塔から飛び降りた。
常人が落ちて助かる高さではない。だがファミアは色んな意味で規格外だ。
着地の衝撃を脚、膝、腰、肩、頭の順で受け流し、何事もなかったかのように立ち上がる。

そこは聖女の奪還の為に集まった神殿騎士たちの包囲のどまん中だった。
唖然とする大人たちの周視のなか、ファミアは空にいるモトーレンの方を指さして一言。

>「撃たれますよ!」

神殿騎士たちが一斉にこちらを見て――いちように顔を青くして散っていく。

「ああ!また風評被害!?」

モトーレンはむやみに人的資源を傷つけたいわけではない。
ただ任務の遂行にあたって周囲に遠慮がないだけだ。
そんな人を手当たり次第に燃やし尽くすブレス狂みたいに言われるのは甚だ心外だ。

「でもチャンスだから撃っとこ」

包囲の中のファミマへ向けて――周囲を一切憚ることなく――騎竜は真下にブレスを放った。
慌てて自分に結界を張った神殿騎士たちが、それでも耐え切れずに尻もちをつき、地面を転がる。
包囲の線が切れた。
ファミアはそこから飛び出した。

「なっ……わたしの脅威すら利用して――!?」

おそるべき機転の冴え、伊達に遊撃一課で死線を潜っていない。
ファミアは既にトップスピードに乗り、石畳の上を滑るように加速する。
対してこちらは神殿の尖塔が障害となり思うようにスピードが出せない。
こうなったら全部破壊して更地にして――と思いつめかけていると、不意にファミアが進路を変えた。

「あっちは……森!」

神殿脇に群生する木立の下へ潜り込まれた。
視界からファミアが消えるが、これなら好都合だ。
森は大した大きさではなく、追われて逃げ込んだということはいずれ出てくるということだ。
上空から全方位を見張り、出てきたところを叩けば良い。

200 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/02/22(日) 22:41:01.38 0.net
「ライトウィング、上昇!」

モトーレンは騎竜に高度を上げるよう命じ、自身は下界に目を凝らした。
森を全て焼き払ったって良いが、視界の封じられた状態で神殿騎士の結界がもし途切れていたら、
モトーレンはそれを確認することなく聖女を焼き払ってしまうことになる。
それはマズい。
だからモトーレンにはファミアが出てくるのを待つほかないが――

「んん?あれは……一課のマクガバン?」

周囲を注視していたモトーレンは、森を抜けたところにある赤い十字路にキリアの姿を見つけた。
神殿でマテリアと共にいたはずの彼は、何故か地面にうずくまって何かをしている。
よく目を凝らしてみれば(彼女の視力は凄く良い)、石畳に短剣を何度も突き立てているようだ。

「穴を掘ってる……?なんのために」

キリアもまた遊撃一課の一員、であればあの行動も何らかの一課に必要なことのはずだ。
だがまったく結びつかない。そうこうしているうちにファミアが森から出てきた。
奇しくもそこは、キリアが地面を掘っているすぐ傍だ。
否、偶然ではない、合流したのだ。やはりあそこには何かがある――!

>「来いっ!」

眼下、ファミアが振り返り、絞りだすように叫んだ。

「言われなくても!!」

モトーレンもそれに応えた。
ライトウィングの鼻先を下げ、下降の風に乗る。
超高速の滑走で、瞬く間にファミアと聖女とキリアの近くに降りてきた。

(聖女の結界は切れてない――なら!)

ライトウィングはファミア達の上空20メートルで急停止。
その速力は全て、モトーレンの両手に握る8つの魔導機雷の投下速度となって発射された。
モトーレンの爆撃手としての才能が選んだ機雷の投下点。
ファミアの全方位から爆圧を注ぎ込み、空気を爆縮させて爆炎の檻を作り出す。

「何考えてるのか相変わらずわかんないけど……聖女は絶対必要なの。
 放さないなら――ころしてでもうばいとる!」

如何に聖女を盾にできたとしても、盾は所詮前方からの攻撃を防ぐ役にしか立ちやしない。
側面や、まして背面や上下からの爆発を防ぐことは不可能だろう。
巻き添えでキリアもしめやかに爆発四散するだろうが、まあその辺は諸行無常というヤツである。


【ゴスペリウス:マテリアの宣戦布告に乗る。聖術『伝鏡』で音響攻撃を封じつつ、聖剣の奇蹟で攻撃】
【モトーレン:ファミアとキリアの合流を許してしまう。8方向からの爆撃でキリアごと仕留めるつもり】

201 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/02/26(木) 00:09:54.15 0.net
>「哀れ……確かにその通り。エレノラ=リュネットは哀れな少女です。
  拙僧思いますに、よほど日頃から小動物を殺しまくっているとか、そういう素行の悪さで神に目をつけられたのでしょう。
  その点拙僧などは蚊も殺生できないが為に夏場もこの法衣は欠かせません。ご覧になっていますか、主よ!」

「それは……大層ご立派な事で。主食は塵か霞と言った所ですか。安上がりでいいですね」

右手の指先に熱が篭る。
中指をほんの少し滑らせて、空気を弾く。
それだけで大理石をも粉々に打ち砕く衝撃が、音の速さでゴスペリウスを襲う。

だが――その程度で倒せる相手ではないだろう。
その程度で倒していい相手でもない。

>「"因果応報"……これは至言ですね? 我々に日頃の行いの重要さを教示して下さいます。
  主の作りし世界は完全です。主は全てをご覧になっています。不条理や理不尽は、不具合ではなく仕様です」

全てだ。言いたい事全てを吐き出させて、その上で否定する。
そうしなければ、マテリアの気が済まなかった。

>「拙僧は思うのですよ。悪いことをすれば、哀れな末路として自分に返ってくる。
  ということはつまり、いま哀れな末路に陥っている者は――遠からず悪いことをする予定のある者なのだと!」

マテリアの紅い双眸の奥に憎悪の炎が宿った。

>「主はこうも言いました。誰かに親切をしてもらったら、その分他の誰かに親切にしてあげられるようになりなさいと。
  エレノラ=リュネットは、いま理不尽な運命に晒されていますが、つまりその分誰かに理不尽を強いる運命にあるということ。
  ならば推定有罪!――因果応報、判決は死刑!!」

「そうですか。でしたら……あなたはきっと、世界を滅ぼすほどの大罪をこれから犯すのでしょうね。
 でなければ……今から受ける事になる理不尽に対して、辻褄が合いませんから」

憎悪はすぐに殺意に変わった。
是が非でも、この女を哀れな末路とやらに叩き落としてやる、と。

>「ルミニア式聖術――『伝鏡(づたかがみ)』」

しかし不意に、マテリアの首に一筋の光条が触れた。
目の見えない彼女はただ、ほんの僅かな違和感によってしかそれを認識出来ない。
無論、仮に目が見えていたとしても、光速で襲い来る聖術を躱す術などない。

>「遺貌骸装はそちらの課員がなんとかしてくれるのでしょう?
 であれば拙僧は安心して……後顧の憂いを取り除けます」

次の一手も、やはり光速。
起点となる聖句も、心音も結界によって隠匿されている。
双眸へと迫る聖剣を防御する術は、マテリアにはなかった。

「……取り除くと言うのは、触れたかどうかもわからない、手品を飛ばす事を言うのでしょうか。ねえ?」

――人を捨て、魔族の域に踏み込む前ならば、の話だが。

聖剣はマテリアの眼前で静止していた。
音の振動――高純度の魔力を手甲のように纏ったマテリアの左手によって受け止められていた。

盲目のマテリアに、一切の音を伴わない攻撃を察知する術はない。
ゴスペリウスの考察と判断は正しい。

だが――その判断を下すまでに、あまりにもマテリアに音を聞かせ過ぎた。
鈍鏡で幾度となく斬撃を繰り返し、防御に万全を期すあまり、攻撃には本来無用な伝鏡を用いた。
魔族の知覚は、既にゴスペリウスの戦闘のリズムを完全に掴んでいた。

202 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/02/26(木) 00:10:55.40 0.net
「神殿騎士が神から与えられる予知……確か神託とか言いましたか。
 あなた方への神の愛など……所詮、この程度という訳ですね」

千里先を見通すかのように、マテリアには聖剣が来る事が分かっていたのだ。

そして――硬質で、小気味いい音が響いた。
光の破片を撒き散らして、聖剣の砕けた音だ。

だが、同時にマテリアの全身に衝撃が走った。
幾つかの骨に亀裂が走り、皮膚が裂け、血が噴き出す。
聖剣を砕いた振動が伝鏡を通じて伝播したのだ。
予期せぬ激痛に思わず膝を突いた。

不可解な現象に、しかしマテリアはすぐに一つの予測を立てる。
左手を丸めて地面を軽く小突き、それによって生じる音を操作。
僅かに増幅した振動を石畳越しにゴスペリウスへと放ち――その衝撃は寸分違わず自分に返ってきた。

「……なるほど。こういう術でしたか」

立ち上がろうとして――しかし、膝が震える。
マテリアの体は眼と脳を除けば、ただの人間と変わらない。
聖術は本来、魔に対して絶対的な優位を誇る。ゴスペリウスほど高位の司祭が顕現したものであれば、尚更だ。
それを強引に打ち砕くほどの衝撃を受けて、無事でいられる訳がなかった。

「ですが……やはりあなたは、あなたが思っているほど神に愛されている訳ではなさそうだ。
 あなたが神から与えられたものは、どれもただの手品に過ぎない。魔族よりも、ずっと惰弱だ」

それでもマテリアは、深く息を吸い込み――言葉を紡ぐ。

「『なんて事はない』んですよ、この程度」

そして、立ち上がった。
呼吸は整い、立ち姿は屹然としていて、激痛に堪えているような様子ではない。
マテリアは今、完全に痛みを忘れている。

それが自在音声魔術『魔笛』の真髄だった。
音とは、ただの物理現象ではない。音には人の感情を、精神を揺さぶり動かす力がある。
そして精神の変化は――肉体にも影響を及ぼす。
暗示などという生半可なものではない。

『感覚投影』という現象がある。
人は魔術を行使する為に『術式』を用いる。
術式とは即ち、魔力に様々な条件を指定する為の情報の羅列だ。
そして感情や感覚もまた同じく『情報の羅列』である。
故に複雑な『感情や感覚』は、時に『術式』になり得るのだ。
憎悪や、怒りや、愛情が、時に理解を超えた力を生むのはその為だ。

マテリアの操る音は今や、その感覚投影を誘発させる。

「痛みが、孤独が、神罰だと言うのなら……あなたも一度『味わってみればいい』」

マテリアが言葉を紡ぐ。だが、ただの言葉ではない。
耳にした者に耐え難い『苦痛』を齎す、魔の旋律がゴスペリウスへと押し寄せる。
『魔笛』による音色は攻撃ではない。感覚投影とは術式の暴発。即ち、ただの自滅だ。

「これが、そんな高尚な物の訳がない」

無論、『聖域』によって防御される可能性も考慮している。
魔力を介するのは、音色を調律し、指向性を与える最初だけ。
それから放たれるのは、魔力を伴わないただの声だ。

203 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/03/02(月) 00:13:48.88 0.net
とんかんとんかんとんてんかん。
初めこそ必死の形相で千年樹氷を振り下ろしていたキリアだったのだが、数分もすると腕も疲れてきたし、
なんかそんなに効果が上がっている様にも見えないしでモチベーションがガタ落ちしていた。
とは言え、他に有効そうな手段も思い付かないので仕方なしに続けている訳だが。心配していた神殿の方の爆発も、
やや逸れ始めたようで一安心。
もう気を長くしてやるしかないよなー、とある意味では悟りの――ぶっちゃけ単に諦めきっただけである――境地に達しながら、
一向に朽ちる気配のない街路へと、リズミカルに刃を叩きつける。
叩き付けながら、他にやることもないのでぼんやりと思考を巡らせていた。

まるで一切朽ちる気配がないのはさておき。
切り付けても切り付けても、表面上の状況に変化がない。
ここから推測できるのは、まず千年樹氷は一定の大きさ以上の物に効果を及ぼせない可能性があると言うこと。
これに関しては事実と異なっているのだが、キリアは現在エレノラが疲労に苛まれている事を知り得ない。
だからこそ、こういう答えが出て来たりもする。――まあ、すぐに打ち切ってもう一方の推論に意識は向いたのだが。
何故って、この考えが合っている場合、今キリアが頑張っていることが完全に無意味だということになるからである。
そんな事は考えたくない、と言う逃げでしかないのだが、結果的に合っている辺り幸運と言うべきだろうか。

となると、千年樹氷は効果を発揮しているが、表面上の変化がないと言う事である。
遺貌骸装化した街道がなんだか知らんが物凄く時間経過に強くなっているのは使用者である魔族とのリンクで向こうが滅びない限り
云々かんぬんとか適当な理由付けで納得しておくにしても、切り付けても切り付けても土地の移動が加速する様子がないと言う点。
これがなかなかに興味深いのである。
時間の経過を速めているのであれば、駆動が早まる事で移動速度は当然上がる筈だ。故にその様な効果はないだろう。
では、どの様に? ――キリアは、物体が刻んでいる“歴史”とでも言うべき物を直接改竄しているのではないかと推測を立てた。

この様な状況になって、このくらいの時間が経過していると言うステータスが物体に存在しているとして。
一秒ごとに更新されていくそれの、経過時間の項目に一文を書き加える――とでも表現するべきだろう。
例を挙げるならばこうなる。
経過時間【5分】の物が存在するとして、千年樹氷はそれにこう付け加えるのだ。経過時間は【“1000年”と5分】です、と。
その状態のまま既に千年が経過していると言う事実改竄に対して、無理やりに辻褄を合わせさせる。
水晶は伸び、木は枯れる。燃料駆動しているものならば、千年分の燃料を一瞬で費やすのではないだろうか。
まあ、朽ちなければ、の話だが。
ともあれ、こうであれば現状に都合の良い形で説明が付かないでもないのだ。
――何より、こうして切り付け続ける事で他二人がご執心のエレノラを無傷で確保できる可能性もある。
魔族であろうが人であろうが、こんな巨大な物体を一切の対価なしに動かせる物でもないだろう。何かを消費しているはずである。
その消費を速めてやれば――さてどうなることやら。
……消費する物が生命力だったら、と言う思考からは敢えて目を逸らす。知らん、そんな事は俺の管轄外だ!と自分に言い聞かせて。

204 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/03/02(月) 00:14:43.31 0.net
ともあれ、多少持ち直したキリアが再び腕を掲げた――その時の事だった。
横の森からガサガサっと物音がしたのは。

>「……?三尉?」

「だっ、ちょっ。えっ!?」

お腹を空かせた捕食者にばったり遭遇してしまった小動物の如く体を強張らせたキリアの眼前に現れたのは、
何か色々とくっ付いている同僚――ファミアである。
しかし、安心など出来るはずもなかった。いや、裏切ってるかも知れないとかでなく、だって肩に人を担いでるんですもの。
それもオナモミだらけでも身分が高い事は一目で分かりそうな相手を。
そりゃあ混乱すると言うもの。振り上げた腕のやり場を忘れて狼狽するキリアであったが、その視界上方に新たな闖入者の姿を
見て取るとあんぐりと口を開けた。イケメン(笑)フェイスが台無しの酷い間抜け面だったが、多分誰もそんな事は気にしないだろう。
所詮は二線級のツラである。
さておき、目に映ったのは騎竜。そして目の前には神殿方面からやってきたと思しき同僚にして、要人誘拐の容疑者となれば、
何があったかは分からぬなれど、今現在どういう状況であるかくらいは推測できるというもの。

「何やってんですかアンタはぁぁぁぁぁぁあああ!! 元あった場所に返してきなさいッ! 早く! 可及的速やかに!
 いや、返さなくてもいいからどっかに思いっきり投げて! きっとそれだから追われてる理由! そっちの方がお互い安全だから多分!」

この人追われてるっぽい。ドラゴンライダーに。それも、寸前に在った爆発音からして攻撃をあんまり躊躇わなさそうな奴に。
理由? 肩に担いだそれ以外になんかあるの?
と言う訳で、是非ともその標的っぽい邪魔なものを何とかしていただきたいとキリアは叫んだ。
心から叫んだ。神殿騎士に聞かれてたらちょっと問題になりそうな内容だったが、慮る余裕なぞ――あ、少しだけ残っ

205 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/03/02(月) 00:15:40.11 0.net
>「来いっ!」

「来ないでえええええええええ!! ほんと、ほんとお願いしますっ!!」

はい今なくなりましたー。
態々挑発までしてくれた上司(多分)の勇ましい声に思いっきり泣き声を被せながら、けれど下手して離れようとしたら
聖女と言うブレスに巻き込んじゃいけない物体からも離れることになる訳で良い的だと言う事を理解しているので
ファミアの影からは決して抜け出そうとはしないキリアであったが――もし結界が重ね掛けされていると知っていたら脱兎の
勢いで逃げ出していただろうけれども――、そんな思惑を考慮してくれるような相手でなかったのが運の尽き。

>「何考えてるのか相変わらずわかんないけど……聖女は絶対必要なの。
 放さないなら――ころしてでもうばいとる!」

――いや聖女死んでたら意味ないがな。

騎竜から射出された何かを目にしたキリアは、最早風に乗って聞こえてきた言葉の内容にツッコむ事しか出来なかった。
そのツッコミすらも的外れになっているのがどうにも悲しいが、さておき。

まあ、高速で突っ込んでくる竜なんか見たら咄嗟に何かしようとするよね、と言う事なのである。
予め掲げていた事もあり、機雷が射出されるよりも先に振り下ろすような形で突き出された右手には、遺貌骸装・千年樹氷。
一切の制御なく解き放たれたそれが、瞬く間に水晶の剣林を生み出していく。
――で、伸びて増えて重みが増したそれがどうなるかと言えば、当然物理法則に従う訳で。
結果だけ言うと、発動前の勢いに増加した重量分の重みを乗せて振り下ろされた水晶の塊が、
飛び込んできた8つの機雷の尽くを絡め取って地面に叩き落とす事になった。
ブレスだったらこうは行かなかっただろう。機雷でよかったね!

tもあれけたたましい音を立てて割れ砕け、舞い散った水晶の破片が、街路より溢れる赤い光を反射して美しく輝く。
同時に、「おっぐぉ!?」とか言う絞め殺された獣の断末魔みたいな声がファミアの後ろの方で上がったが、
そちらは気にせずとも問題ないだろう。
何故って、一連のそれで生まれた衝撃によって肩をやってしまったキリアが七転八倒しているだけなので。
良くて脱臼、悪くて粉砕骨折だろうか。結果的に爆撃への対処になったものの、そこそこ重症である。多分。
しかし、その甲斐あって機雷が炸裂するのはやや前方の街路の上である。聖女バリアーが機能する位置だった。
そして機雷の威力次第だが十字路の破壊と言う任務も多分遂行されたんじゃなかろうか。
まあダメならここを切り抜けた後で頼れる上司が腕力で解決してくれるだろう。破壊活動得意そうだし。

と言っても、戦力外どころか完全な足手纏いに成り下がった現在のキリアにはそんなことを考える余裕はなかったのだけれども。

【機雷にハエ叩き。なお、肩が死んだ模様】

206 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/03/05(木) 00:49:11.67 0.net
>「来ないでえええええええええ!! ほんと、ほんとお願いしますっ!!」
「いや本当にそのとおりでいったい何口走ってるんでしょうね私!あっ三尉邪魔ぁ!」
思わず後ずさろうとしたところでキリアに引っかかったファミアの口からためらいのない台詞が飛び出しました。
その場の勢いで来いとは言ってみたものの実際に竜が鼻面向けて急降下してくれば
「やっぱ帰ってもらっていいっすか」となってしまうのも無理はありませんね。

とはいえそんなふうに発言を翻してばかりいると
>「何考えてるのか相変わらずわかんないけど……」
などと言われてしまうのですが。

しかし重要なのはその後、
>「聖女は絶対必要なの。
> 放さないなら――ころしてでもうばいとる!」
のくだりでしょう。

(神殿とは別の意図で動いている……?)
モトーレンの発言からその真意を推し量ろうとするファミア。
が、無情にも考えがまとまるより先に向こうが動きました。
正確に言うなら"動きを止めた"のですが。

急降下の勢いを一瞬でゼロにする急停止、そこから急加速で急上昇。
投下された機雷をファミアが認識した次の瞬間、水晶の枝が視界を覆いました。
無論、キリアの持つ千年樹氷です。

枝は機雷をまとめて絡めとり路面へと叩きつけようと崩れ落ちてゆきます。
痛みにのたうつキリアを躊躇うことなく空いた手にひっつかみ、ファミアはそこへ全速で飛び込みました。
直後、八つの機雷から噴き出した爆風が地表を洗いました。

もちろん爆炎を裂いて飛翔する影があります。
説明の必要はありませんね、キリアを担いだファミアです。
その足元で聖女が踏んづけられていることに関してはいささかの説明が必要かもしれません。
少し時を戻して行動を追ってみることにしましょう。

千年樹氷によってひとつところへまとめられた機雷。ファミアはそこへ駆け寄るとまずその上に聖女を投げつけて載せました。
次に急上昇してゆくモトーレンの位置を確認して、聖女の角度を調整。
最後に自分がその上に乗って、ここまでを機雷が路面に接触するまでの1秒未満の間に済ませると、あとは爆発を待つだけ。
同時に起爆した爆雷の衝撃波や破片を聖女の結界が受け止め推進力へと変換、
上に乗っているファミアたちごと重力の鎖を鼻歌混じりに引きちぎって射出されるという寸法なのでした。

わざわざキリアを持ってきたのはあの場に置いておくと"消えてしまう"可能性が高かったためです。
襲ってくるのは爆風+水晶片ですから、直撃を受けたとすれば少なくとも葬式の棺は空になるでしょう。

さて打ち上げられたはいいものの、砲身内で加速されたわけでもないので方向は大体。
くわえて、モトーレンは竜に乗っているので空中での方向転換も自由自在、
対してこちらにはその手段は
「三尉、聖女様のことはお願いします!」
ありました。

207 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/03/05(木) 00:49:52.66 0.net
そう、これこそがわざわざ聖女を用いた理由。
ぶっちゃけた話その場で跳躍すれば機雷をほぼ無効化できました。
確かに爆風という"見えない壁"に全周から押し潰されれば、ファミアもピタパンにクラスチェンジです。
しかし上方へ抜けてしまえば爆風は下方からしか来ません。
破片で怪我をする可能性は高いでしょうが、逆に言えばそれまでです。

では、そうできなかったのは何故か。
先述の通り空中で機動を行う手段がないためです。
仮にジャンプで回避していたとすれば、勢い良く飛び出して頂点まで達したあと
のんびり落っこってる最中にモトーレン自慢の竜に片腹をがぶーってされてお終いでしょう。

ならばどうするか。
空中に足場を持っていけば解決できる問題です。
あの場で足場にできそうな適当な大きさのものといえばキリアか聖女しかなく、
キリアでは強度不足なため結界が持続している聖女を起用せざるを得なかったのです。

その結界もこのあといつまで持つものか知れたものではありません。
多少無理にでもここで撃退しなければ聖女、ひいては自分の社会的地位を守り切ることは困難になるでしょう。
明らかにファミア自身が聖女を害そうとしているように見えるかもしれませんが全くそのような事実は存在しません。

というわけでまずキリアを投げ落とし、聖女を踏み切って跳躍。
竜の胴体めがけて飛びかかりました。
チャンスは一度、外せばおそらく二度と手の届く位置には来ないでしょう。



キリアですか?
肩がやられたってもう片方は生きてるんだからそっちを使って何とかしてもらいます。
なに、死にさえしなければファミアの聖術で治せるんですから。

まあ封傷は接触が絶対条件なので、本当に治療が必要な場合はまず患部を切開してファミアが指を突っ込み
治しながらそれを抜いてゆくという誰にとっても辛い行為が待っているのですが。
なんとか無事に切り抜けてもらいたいものです。

【怪鳥飛来】

208 :名無しになりきれ:2015/03/24(火) 23:17:42.25 0.net


209 :名無しになりきれ:2015/04/05(日) 22:53:41.41 0.net
保守

210 :名無しになりきれ:2015/04/09(木) 23:57:46.22 0.net


211 :名無しになりきれ:2015/04/11(土) 19:22:48.03 0.net
最高に気持ち悪い
従士のオナニースレ

212 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:30:11.68 0.net
【大聖堂跡地】

>「……取り除くと言うのは、触れたかどうかもわからない、手品を飛ばす事を言うのでしょうか。ねえ?」

ゴスペリウスの放った"聖剣"の奇蹟は、マテリアの翳した手甲によって阻まれていた。
その攻撃に音はなかった。盲人なりたてのマテリアにとって、完全に察知不可能な一撃だったはずだ。

「如何様にして……」

剣を読んだのか。
考えて分かるはずがない。相手は人知を超越した上位存在『魔族』なのだ。
そしてマテリアは、魔族であると同時に人間でもあった。
人間の悪意を、携えていた。

>「神殿騎士が神から与えられる予知……確か神託とか言いましたか。あなた方への神の愛など……所詮、この程度という訳ですね」

「貴様――!!」

神殿騎士にとって、マテリアの放った『信仰の侮蔑』は、まさに冒涜であった。
冷静沈着を通していたゴスペリウスもこれには激昂した。
否、『激昂せざるを得なかった』。
神殿騎士はその遺才遣いとも肩を並べる力と引き換えに、生き方を神に縛られる制約を負う。
例えマテリアの罵倒の意図が分かっていても、己の中の自分とは切り離された部分が怒りに支配される。

("信託"を再現した――?そんなはずは……しかし……)

だがゴスペリウスもさる者、激昂しつつも頭の片隅に冷静さを維持していた。
残った部分で考える。読まれたからどうだというのだ。
既に『伝鏡』は完成した。ゴスペリウスの必勝型は成立しているのだ。
最早如何に行動を読まれようとも関係ない。

>「……なるほど。こういう術でしたか」

聖剣を砕いた衝撃を全て伝達されたマテリアが、己の血に四肢を染めながら呟いた。
やはり脆い。完全深化した魔族とは比べ物にならないぐらい、肉体の耐久度は『人間寄り』だ。
首を落とせば死ぬ。心臓を貫いても死ぬ。ならばあとは、その方法を考えるだけだ。
ゴスペリウスは次の戦略を立てる。時間はたっぷりある。
敵の攻撃は全て相手に返っていくし、それを繰り返せば何もしなくとも勝手に自滅するのだ。

神殿騎士・『戦闘司祭』ゴスペリウスの戦力は、例え魔族を相手にしてでも打ち倒せるよう練り上げてある。
いわんや、なりたてに過ぎないマテリアなど、ものの数にも入らない。
無論それは彼女の必勝戦術でカタに嵌められればの話だが――既にマテリアは術中なのだ。

マテリアが増幅衝撃でゴスペリウスを穿つ。
そのダメージが全て弦を伝って応報され、今度こそ新生魔族は膝をついた。
だが。それでも彼女は立ち上がる。

>「『なんて事はない』んですよ、この程度」

「魔族らしくもないやせ我慢ですか?痛くないわけがないでしょう」

仮に魔族の肉体強度があったとしても、マテリアの戦闘様式は従来の魔術師のものだ。
遺才であっても、魔術の行使プロセス自体に変わりはない。
世界を五感で感じ、大気を読み取り、魔力にどのような方向性を与えれば望む事象を引き起こせるか考察する。
その過程には、『人間の五感』が必要だ。必ず必要だ。
帝国式魔術という技術体系そのものが、"人間が使う"ことを前提に構築されている以上、間違いない。
つまり、感覚を断つことができない。痛覚を、遮断できない。
四肢を割られ流血しているマテリアは、本来立っていられない程の激痛に苛まれているはずである。

213 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:30:48.13 0.net
しかしマテリアは立っている。割れた四肢で、砕けた両足で、確かに大地を踏んでいる。
痛みを無視し己を鼓舞している――などという中途半端ではないだろう。
その潰れた双眸は、今にも覚悟の炎を湛えんとしている。

>「痛みが、孤独が、神罰だと言うのなら……あなたも一度『味わってみればいい』」

刹那、マテリアが再び術式を紡いだ。
通り一遍の自在音声。衝撃増幅だろうが、鼓膜を破るような大音声だろうが、ゴスペリウスには通らない。
全て弦伝いに自身へ返ってくるだけだ。
無駄なことを。そう嘲笑おうとしたゴスペリウスの表情が凍った。

>「これが、そんな高尚な物の訳がない」

湧いて出たのは――『痛み』。
頭蓋の内側に出現した管虫のような異物感が、のた打ち回り、脳細胞に喰らいつくかの如き苦痛を発生させる。
ゴスペリウスの額にびっしりと脂汗が浮き、眼球がわずかに迫り出し、滂沱のごとく涙が溢れてきた。

「あっ……が……がっ……は……!!」

最早自分の意思とは関係なしに声が漏れる。漏れてしまう。
粘性の高い唾液が止めどなく口の中に溢れてきて、それが嘔吐の代わりに唇の端からこぼれてゆく。
口を閉じる程度の動作さえも不可能なほどに、現れた激痛は鮮烈だった。
立っていることもままならず、バスタードソードを杖代わりにゴスペリウスは膝をつく。
気付けば法衣の裾が生暖かいもので濡れていた。痛みのあまり失禁したのだ。
それはつまり、肉体の最も根源的な反射の部分さえも管制を失うほどに、脳が圧迫されている証左であった。

(防御が……効かない……!?)

結界程度で防げる攻撃ならとっくにやっている。
ルミニアの『聖域』は、ルグス神ほどでないにせよ強力な防御結界だ。
物理的な衝撃はおろか、熱や病魔、呪いの類にまで効果を発揮し、術者に害なす一切を遮断する。
否、仮に防ぎきれていなかったとしても、これが術式攻撃の類であれば効果を減衰できるはずだ。
だが、ゴスペリウスがいかに多重に結界を構築しても、僅かすらも痛みが和らぐことはなかった。

(違う――!この術式は外部からのものではなく――)

内側から破裂するような感覚は、術式の構築がゴスペリウスの中で完結している証だ。
この、『対象に激痛を齎す魔術』を発動しているのは、他ならぬゴスペリウス本人なのだ。
ゴスペリウス自身が、本人のあずかり知らぬうちに、自傷の術式を編み上げていた――!

原理は理解した。そしてこの場合対策は簡単だ。
術式に流すため練り上げている魔力の供給をストップすれば良い。
魔術なり聖術なり、魔法を修めている人間ならば造作もないことだ。
だがそれは、

(『伝鏡』を解除するということ……!)

如何に聖術と言えど、その呼び水となっている基礎の部分は魔力で構築されている。
聖術が『魔法』に分類されている所以。
それは、神の奇蹟再現によって通常よりも遥かに強固に魔力を事象に変換する技術体系であるからだ。

よって必然、聖術の発動には魔力が必要不可欠であり、
魔力の練上をカットするということはすなわち聖術さえも使用不可能になるということだ。
そして伝鏡を解除すれば、確実に魔族マテリアの跳梁跋扈を許すことになる。
ゴスペリウスにそれを止める術はなく、帝国に仇なす魔族の二体目を誕生させてしまう。

214 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:31:21.44 0.net
「ぐ……ぬ……」

己を苛む至上の苦痛からの解放と。
帝国最強の英雄達としての、威信をかけた戦いを。
ゴスペリウスは秤にかけて――迷わず後者を選んだ。

肉体を生きたまま磨り潰されるような耐え難き苦痛に晒され、飛びそうになる意識を気力で留める。
それでいて聖術の行使さえも絶やさないその業は、まさに超人的な精神力の賜物であった。
ここまでだ。痛みはどうにか耐えられる。しかし、痛みに耐えながら新しく攻撃の為の術を練ることはできない。
術式の発動には多大な集中力を要するが、脳内を這い回る苦痛がそれをかき乱す。
既に発動しているこの『伝鏡』を今も維持できていること自体、彼女が並ならぬ業前を持つ聖術使いである証だ。

「痛みは……確かに拝領致しました……しかし『孤独』は、お受け取り致しかねます」

苦痛に喘ぎ、膝をつき、脂汗に塗れ歪んだ表情の中、それでも双眸から光は消えなかった。
震える指先が、魔族・マテリアを真っ直ぐに指し示した。

「魔族よ。頂点にして単一なる絶対者よ。確かに拙僧達は、人間は、魔族よりも遥かに惰弱です。
 主より与えられる愛も、力も、貴女から見ればまるで不足なものばかりでしょう」

人間の身体は脆い。それこそ、魔族に比べれば鉄と紙ほどに強度が異なる。
それは肉体的な頑強さだけでなく、精神的な部分にも言えることだ。
いまゴスペリウスがそうであるように、頭が痛いというただそれだけで屈し、失禁し、時には死に至るのが人間だ。
だが、その脆弱さを代償として人間は一つだけ、魔族にも勝る力を手に入れた。

「力が弱いのも、愛が薄いのも。与えられたそれを、皆で『わけあって』いるからです。
 貴女たちが一つのパンを一人で食べられるのに対し、我々は同じ量を二人で、十人で、百人でわけあっているのです」

意識の遠のきそうな痛みの中、ゴスペリウスがうわ言のようにつぶやくのは、かつて神殿でよく聞かされた訓話の一つ。
駆け出しの修道女であった頃は、周辺の子供を集めて聞かせて回ったものだ。
子供たちは訓話の終わりに配られる飴を目当てに集まっているようなものだったが、語るゴスペリウスは本気だった。

だから、人は助けあっていくべきなのです。
訓話ではそう締めくくられていたが、ゴスペリウスの解釈は違った。
魔族も人間も、種族的なポテンシャルは同等。
分母が小さい分だけ、個体間で比べると魔族の方が人間よりも多くのものを持っているだけに過ぎないのだ。
多くもっているものもあれば、僅かにしか持てなかったものもある。

「魔族が、その絶大な力と引き換えに……何を失ったのか。
 黎明計画なんて理論がありながら、何故元老院は自らを魔族化させようとはしなかったのか。
 貴女は考えたことがありますか……?」

刹那、大聖堂に放置されていた『棺』が蠢いた。
硬く閉ざされていた蓋がずれ、密閉されていた内圧が蒸気となって周囲に吐出される。
モトーレンが運び、ゴスペリウスと共に大聖堂へ投下された黒檀製の棺が、ついにその沈黙を破ったのだ。

それは正しく棺であった。
決められた合図に反応して、ひとりでに蓋を開くよう予め魔術での封印が施された『匣』だった。
ゴスペリウスは飛びそうな意識の中、手信号でその合図を棺に対して送っていた。
それが受理され、封印術式が解凍されたのである。

ずらされた蓋が、今度は内部からの蹴りによってこじ開けられ、瓦礫の中を転がっていく。
蹴り足には、鋼の色があった。棺の奥の闇の中から、甲冑をまとった脚が伸びていた。
その伸ばした脚が、大聖堂の床を踏む。追従するように、腰、胴、胸と順番に闇から這い出てくる。
それら四肢と胴体のどれもが、金属としての色と質感で覆われていた。
最後に鉄仮面を被ったままの頭がぐいっと出てきて、全身が顕になった。

215 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:31:49.20 0.net
「――答え合わせをしよう。魔族が失った力とはすなわち……繁殖力」

全身甲冑が、面頬をがちゃがちゃ言わせながら喋った。
その口調に、挙動に、なにより見た目に、マテリアは見覚えがあるだろう。

「魔族ってやつは、百年に一度ぐらいしか繁殖活動をしないらしいなぁ?
 つまり、子作りする力が人間に対して遥かに劣っているというわけだ。
 ――そんな童貞生物に人類が負けるかぁぁぁぁああああッ!!」

遊撃二課・"甲冑使い"、『鎧の眷属』"ブリガンダイン"。
ヴァフティア行きの大陸鉄道で一課と小競り合いの末敗北した――ナード=アノニマスである。
フィオナによって撃退された彼は、帝都での集中治療の末、再び任務へと投入されたのだ。

「マテリア=ヴィッセン。列車ではお互い情熱的な時間を過ごしたな。
 あの時からなんか重たい女だなと思っていたが、早くも流血沙汰で俺はとてもヒいているぞ」

「アノニマス殿……拙僧貴方だけは絶対にこの地に解き放つまいと思っていましたが、やむを得ません。
 本当に……この汚物だけは……帝都の恥を地方都市にまで見せたくはありませんでしたが……」

「ははは。何か傷つくことを言われているようだが鎧越しだとあまり聞こえんな」

「最悪ですねその防御力!」

アノニマスは首をコキリと鳴らしてマテリアへと向き直った。
自在音声への警戒など微塵も感じさせないその所作は、自身の防御力への絶対の信頼の現れだ。

「残念だよヴィッセン。俺の抱いた女の中でも、貴様の肉体の具合は非常に素晴らしかったのだがな。
 流石の俺でも魔族はアウトコースだ。何故魔族化などした?繁殖したくないの?」

仮にマテリアがゴスペリウスを破ったあの苦痛の感覚投影を行使しようとしても、
アノニマスには十全に発動することはないだろう。
抜け目ない戦闘司祭は、『伝鏡』を使ってマテリアから発せられる音の全てを、逆にゴスペリウスの元へ強制伝達する。
つまり、自分をフィルターにすることによって正体不明の攻撃をアノニマスに届かせないようにしているのだ。

それは彼女にとっても決死の覚悟であった。
そして、魔族の討滅とはそうするだけの意味がある戦いだった。

アノニマスは甲冑の背部から大型の槍を引き抜いた。
噴射術式による加速器を取り付けた従士隊制式の突撃槍である。
盲目のマテリアに、しかし見せつけるようにして彼は言った。

「これから貴様をこいつで突く。いかなる反撃も俺には通じない。全部弾いて突きまくる。
 貴様の集中力と再生力が枯渇するまでだ。とてつもない泥仕合にはなるだろうが、まあ最期まで付き合えよ」

彼らにとって時間はかければかけるほど有利になる。
もう少しすれば、上空から一方的に爆撃を加えられるモトーレンが帰ってくるからだ。
それまでここを突破されないよう守り、隙をついて攻撃を加え、あわよくばエレノラ含め仕留められれば尚良い。
エレノラが街を動かす遺貌骸装の発動者なら、マテリアの首でも見せて脅して戻させたって良い。

「その砕けた脚でどこまで逃げられるかなぁぁぁああああ!!!」

全身甲冑とは思えぬ機敏さ――背部の飛翔器から光芒を引きながら、アノニマスは跳躍した。
槍を携え、まさに一個の砲弾となってマテリアに肉迫する。

【ゴスペリウス:『伝鏡』は維持するも、苦痛の感覚投影により戦闘不能に。ナード=アノニマスを召喚】
【アノニマス:ゴスペリウスからの支援を受けながら噴射術式で肉迫し、突撃槍による攻撃】

216 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:32:46.99 0.net
【神殿はずれの森】

モトーレンの放った機雷は計8つ。
綿密な計算と、経験に裏付けられた直感によって配置された炸裂術式は、起爆すれば爆圧によって全てを押しつぶす。
逃げ場はなく、防御も意味を為さない。乙種ゴーレムだってこれで屠ってきたのだ。
これこそが、爆撃手・モトーレンの必勝型であった。

だが――相対する彼らにとって『型に嵌める』という行為がどれだけハードル高いかモトーレンは計算していなかった。
型に嵌らなかったが故に左遷されたのが遊撃課だというのに!
眼下に満開の華の如く広がったのは水晶の枝。千年樹氷の発動だ。
さながら樹氷の如く空間をびっしりと網羅した水晶が、機雷を一つ残らず絡めとりそのまま地面へと叩きつけた!

「しまっ――」

ゴーグル越しに閃光の迸りが見えた。
刹那、大気を劈くような音と共に、強烈な爆風が下から立ち上った。
大気を絡め羽撃く騎竜は体重が軽く、風の影響を受けやすい。
モトーレンの駆るライトウィングもまた、予期しない方向からの爆風に煽られ空中で横転した。
完全に意識からはずしていた、キリア=マクガバン。思わぬ伏兵だ。

「くっ……"アフェクションウィップ"!」

強烈な横向き加速度に振り落とされそうになりながら、超人的なバランス感覚で天地を把握したモトーレン。
腰に差していた鞭を抜き放ち、ライトウィングの腹を優しく打つ。
『鞭で打たれたもの』をマテリアルとした遺才アフェクションウィップが発動。
対象を強化し限界突破させる遺才により、ライトウィングが強力な耐風圧と姿勢制御能力を獲得。
瞬間的に風を切り、態勢を立て直す。

一連の挙動は、どれをとってもモトーレンという騎竜乗りが一流であることを示す迅速で正確なものであった。
まったくの不意を打たれたにも関わらず、的確に状況を判断し、すぐさま対策をとったのだ。
遊撃一課から目を離した隙など、殆ど一瞬しかなかった。

――だが、一瞬あれば動けるのが遺才遣いであり、遊撃課なのだ。
爆炎が晴れた瞬間、眼下にいたはずのファミア、キリア、聖女の三名の姿がなかった。

「……どこに!?」

視線だけで地上を精査、どこにも見えないことを判断するまでに鼓動が一回脈打った。
すぐさまいくつもの可能性を検討し、排除し、残った最後の一つは――

「上!」

直上の空、月を背にしてファミアがいた。
彼女だけではない。キリアも、結界に守られた聖女も一緒に虚空を旅している。
あの一瞬で、それも誰も予想していなかったあの爆発を利用して、ここまで飛んできたのだ!
なんという瞬間的判断力。それを一切の遅滞なく行動に移せる胆力!!

(だけど――こっちだって伊達に護国十戦鬼やってないんだよ!!)

上空まで駆け上がってきたことには確かに面食らったが、そこまでだ。
そのまま気付かずに飛び移られていればまだ結果も変わったかもしれない。
しかしモトーレンは次の瞬間には彼女たちがどこにいるのか看破した。
空中の、寄る辺なき彼女たち三人は、羽ばたける騎竜にとって的でしかない。

「このままブレスで撃ち落とす――!」

滞空するファミアに照準を合わせて、騎竜は息を吸い始めた。
如何に聖女を盾にしようとも、ブレスは大気そのものを焼きつくす。
炎は回りこむし、仮に灼かれることを免れたとしても、酸素を失った空気を吸えば失神決定だ。

217 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:33:13.85 0.net
しかしファミアも最後に甘さが出た。
爆発に巻き込むまいと聖女を連れてきたのだろうが、その為に使った時間で地上を逃げれば良かったのだ。
わざわざ無防備となる空中に逃げざるを得なかったのは、聖女という荷物を抱えていたからにほかならない。
ファミアの膂力であれば、一人ならばもっと遠くへ逃げられたはずなのだ。
それをせず、聖女も助けるという判断をしたのは、きっと彼女にも人道的な甘さが残っていたからだろう。
所詮は14、5の小娘、流石に外道にはなりきれまい。

「わたし達はその甘さを、狩る――!!」

眼前、ファミアがキリアを押し出し、聖女を抱き寄せる。
身を挺してでも守ろうというのか、結界の恩恵に少しでも与ろうというのか。
無駄なことだ。キリアもろとも、ここで消し炭にする。
そして――ファミアが聖女を踏んづけた。

「あれ……?」

そこでモトーレンは、自分の重大な誤算を自覚し始めた。
誤算は全部で3つ。
一つは、ファミアがキリアと聖女を護るためにやむを得ず上空を逃げ道に選んだということ。
一つは、空中において最早ファミアに遺された逃走手段はないということ。
そして最後の一つは――ファミアが外道になりきれないという、見当違いも甚だしい、事実の誤認であるッ!!!

ファミアは、足場のないはずの空中で、再びの跳躍を行った。
反作用で蹴りだされたのは聖女。彼女は聖女を足場にして跳んだのだ。

「――うそでしょおおおおおおお!?」

言うまでもなく聖女はその辺の町娘とは比較にならない神秘に満ちている。
ルグス神殿の聖女と言えば、国内最大規模の神殿の最高位枢軸者として畏怖と崇敬の的となる存在だ。
だから神殿騎士達は命がけで彼女を護るし、モトーレンもそれを前提とした戦略で彼女を追い詰めた。

だが、ファミアは違った。
聖女を、神殿騎士の親玉を、なにより何も知らずに巻き込まれただけのいたいけな少女を!
まったく躊躇することなく足蹴にして、跳んだのだ。

そこでモトーレンは初めてファミアの真意を知る。
彼女が聖女を空に連れてきたのは、護衛の為でも、ましてや結界に頼って防御する為でもない。

ファミアは聖女を蹴り、真っ直ぐこちらへ飛んできた。
砲丸の如く飛来する意味不明存在は、一瞬で騎竜の懐に潜り込み、その腹へ激突した。

全ては――攻撃の為。
ファミアは最初から、徹頭徹尾、防御や逃走など考えていなかった。
いま、この瞬間、この反撃の糸口をつかむ為に、あらゆる手を尽くし、そして実現した!

騎竜ライトウィングは、ブレスの為に大きく息を吸い込み続けていた。
そこへ叩きこまれた渾身のタックル。
如何に分厚い鱗を持つ騎竜と言えど、肺をふくらませている最中は拡がっている為に肉に厚みがない。
衝撃は殆ど減衰することなく肺へ打ち込まれ、騎竜は――むせた。
人間がむせるような生易しいものではない。
強力な肺活量を持つ竜、しかも肺に直結した火炎袋を持つ火竜である。

218 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/04/19(日) 13:34:03.51 0.net
「あっ――」

結論から言えば、ブレスが暴発した。凄まじい爆発音が騎竜の体内から響いた。
モトーレンとライトウィングにとって幸運だったのは、吸い込みがまだ途中で十分なブレスが生成されていなかったことだ。
威力こそかなり小さかったが、それでも本来晒されるはずのない臓器まで炎で炙られたライトウィングは苦しみ、暴れた。
上に跨っているモトーレンはたまったものじゃない。のたうち回る騎竜から、たまらず振り落とされた。
鞍からずり落ち、手綱だけでぶら下がるようにして空中に投げ出された。

「ひっ……!」

神殿のちょっとした尖塔より高い場所だ。
騎竜の加護なく落ちれば確実に墜死する。
ここへきてモトーレンの脳裏にリアルな死のイメージが過った。
かつて暴れまわっていた戦場でも感じたことのない感覚だった。

パニックになりそうな中、それでも周囲に気を配ることを忘れなかったのは護国十戦鬼の面目躍如だろう。
視界の端に、高速で飛翔する聖女の姿を発見した。
ファミアの跳躍の反作用を全身に受け、同じく砲弾の如く撃ちだされたのだ。
そして、彼女にはあるべきものが欠如していた。

「結界が――!!」

聖女の纏っていたルグス式聖術の結界が輝きを失っていた。
術者達から離れ、散々酷使されたうえに、止めとばかりに叩きこまれたファミアの蹴りが決定打となったのだろう。
わずかにしか残されていない結界は、おそらく落下の衝撃には耐えられまい。

(マズイよ……聖女が死ぬのは……!)

ルグスの聖女は国内最大級の神殿騎士達の頭目である。
神殿騎士は皇下三剣に属さぬ自由な戦闘集団、国家ではなく民を護る者達である。
つまり、帝国の上意下達が意味を成さない。
元老院の指示でヴァフティアに遊撃二課が攻め入った結果、聖女が死んだとなれば、事実はどうあれ世論がどう受け取るかは明白だ。
史上最大の内乱の種が、今まさに生み出されようとしていた、

「ライトウィング、おねがい……!」

肺腑を灼かれる苦痛にのたうち回る騎竜は、しかしそれでも主人の願いに応えた。
モトーレンのぶら下がる手綱を咥え、思い切り首を振ったのだ。
結果、射出されたのはモトーレン本人の身体。
方向は、墜ちていく聖女!

「聖女はわたさない――!」

加速度の虜となり、今宵三人目の砲弾と化したモトーレンは、一直線に聖女のもとへ飛翔した。
ブレーキのことは考えていない。
風防魔術を重ねがけして、あとは自分の腕か脚でも犠牲にして聖女を守れれば御の字だ。
途中でキリアを追い抜いた気がしたが、最早モトーレンはそちらを一瞥もすることはなかった。


【ファミアタックルによってブレスが暴発、ライトウィング撃墜。
 結界の切れた聖女がすっ飛んでいくのを見て仰天、どうにか確保しようと生身での最後の飛翔】

219 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/04/23(木) 05:14:04.24 0.net
悶え苦しむゴスペリウスの発する音に、マテリアは静かに耳を傾けていた。
演技の音ではない。
声音も心音も呼吸音も、全ての音が、ゴスペリウスが激痛に襲われている事を示している。

「おや、可哀想に。どうやら神は貴方の善行など見てはいなかったようですね。
 どうですか、神罰の味は。こうは思いませんか?なんで私が、と。
 そうですよね。貴方はきっと、本当に敬虔な信徒なのでしょう」

>「あっ……が……がっ……は……!!」

「だからそれは、神罰なんかじゃない。ただの痛みで、ただの悪意です。あの子に差し向けられた物となんら変わらない」

マテリアは右手の親指と中指を擦り合わせた状態で、ゴスペリウスが折れるのを待っていた。
感覚投影は不随意な魔術の行使。
つまり魔力の精錬を完全に途絶させれば、暴発した魔術も終了する。

だが同時に伝鏡も結界も顕現を保てなくなる。
その瞬間に増幅した振動弾を叩き込むつもりなのだ。
音の弾丸はゴスペリウスが感覚投影を解除してから結界を張り直すよりも、ずっと速い。

>「痛みは……確かに拝領致しました……しかし『孤独』は、お受け取り致しかねます」

しかしゴスペリウスは感覚投影を、魔力の精錬を解かなかった。
今もなお強固な意志を秘めた口調で反抗を宣した。
一体どういうつもりなのか――マテリアの眉が怪訝そうに微動する。

>「魔族よ。頂点にして単一なる絶対者よ。確かに拙僧達は、人間は、魔族よりも遥かに惰弱です。
  主より与えられる愛も、力も、貴女から見ればまるで不足なものばかりでしょう」

確かに、感覚投影を解かなければマテリアはゴスペリウスにトドメを刺せない。
伝鏡は未だ健在だからだ。

これ以上の感覚投影も避ける事は可能だ。
感覚投影は精密な情報の羅列によってのみ引き起こされる。
つまり、そもそも痛みという感覚を感じ続けている時点で、更なる感覚投影を与えるのは難しくなる。
加えて、今のように喋り続けてその声を自分で聞き続ければ、それも音による感覚投影の防御策になる。

だが、最早ゴスペリウスは反撃が可能な状態にはない。

「力が弱いのも、愛が薄いのも。与えられたそれを、皆で『わけあって』いるからです。
 貴女たちが一つのパンを一人で食べられるのに対し、我々は同じ量を二人で、十人で、百人でわけあっているのです」

マテリアは彼女が痛みによって消耗して、力尽きるのを待つだけでもいいのだ。
議長と『存在の証明』の事を考えるとその展開は好ましくない、というだけで。
長期戦が得とならないのはゴスペリウスも同じ筈――ならば何故。

>「魔族が、その絶大な力と引き換えに……何を失ったのか。
  黎明計画なんて理論がありながら、何故元老院は自らを魔族化させようとはしなかったのか。
  貴女は考えたことがありますか……?」

その思考を、不意に響いた異音が掻き消した。
木材が擦れる音、密閉されていた気体の溢れる噴出音。
そして――何者かの息遣い。

「……まさか」

棺の蓋を蹴り飛ばした脚の鋼色を、マテリアが認識する術はない。
聞こえるのはただ、人の形をした金属音――嫌な予感がした。
その金属の塊が、棺から全身を外に出した。

220 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/04/23(木) 05:16:19.42 0.net
>「――答え合わせをしよう。魔族が失った力とはすなわち……繁殖力」

嫌な予感は的中した。
金属音に紛れて聞こえたくぐもった声に、マテリアは覚えがあった。

>「マテリア=ヴィッセン。列車ではお互い情熱的な時間を過ごしたな。
  あの時からなんか重たい女だなと思っていたが、早くも流血沙汰で俺はとてもヒいているぞ」

>「アノニマス殿……拙僧貴方だけは絶対にこの地に解き放つまいと思っていましたが、やむを得ません。
  本当に……この汚物だけは……帝都の恥を地方都市にまで見せたくはありませんでしたが……」

「……訂正したくなりますね。その痛みは、やはり神罰だったと」

ナード・アノニマス。
ヴァフティア行き大陸横断列車で対峙した、遊撃二課――ひいては帝都、帝国の汚点。
生理的嫌悪感が鎧を着て闊歩しているかの如きその男が、マテリア・ヴィッセンの後方に立っていた。

>「マテリア=ヴィッセン。列車ではお互い情熱的な時間を過ごしたな。
  あの時からなんか重たい女だなと思っていたが、早くも流血沙汰で俺はとてもヒいているぞ」

>「アノニマス殿……拙僧貴方だけは絶対にこの地に解き放つまいと思っていましたが、やむを得ません。
  本当に……この汚物だけは……帝都の恥を地方都市にまで見せたくはありませんでしたが……」

>ゴスペリウスは既に戦闘不能――マテリアはゆっくりと、ナードへと振り返る。

>「残念だよヴィッセン。俺の抱いた女の中でも、貴様の肉体の具合は非常に素晴らしかったのだがな。
  流石の俺でも魔族はアウトコースだ。何故魔族化などした?繁殖したくないの?」

自分はもう、あの時とは違う――マテリアは己に言い聞かせた。
フィオナが列車にてナードを破った技術、今ならば分かる。
あれも感覚投影の一種――原始的なメカニズムに則った呪術の類だったのだ。
実際には多分まったくと言っていいほど違うのだが、とにかくマテリアは考える。
今ならば、自分にも同じ事が出来る、と。

「そんなに人肌が恋しければ、自分の鎧でも抱いていなさい。
 人の中ですら繁殖の権利を与えてもらえなかった、哀れな、童貞の、その内孤独死する負け犬にはそれがお似合いです。
 目を無くして正解でしたね。貴方が『痛みに悶え苦しむ』姿は、きっと見るに耐えないでしょうから」

『苦痛』の音色を秘めた罵倒がナードへと放たれ――しかし彼は平然としていた。
 代わりに苦悶の声を上げたのはゴスペリウスだ。

瞬間、マテリアは理解した。
ナードを殺めるべく放った渾身の感覚投影を、ゴスペリウスは伝鏡によって引き受けたのだと。
既に『苦痛』に掛かっているとは言え、今度の音は本気の本気だ。彼女が感じる痛みは間違いなく増す。
それはナードへの認識を同じくするゴスペリウスにも分かっていた筈。その上で引き受けた。
彼らのした事と思想はマテリアには相容れない。だがその信念の強さは――認めざるを得なかった。

>「これから貴様をこいつで突く。いかなる反撃も俺には通じない。全部弾いて突きまくる。
  貴様の集中力と再生力が枯渇するまでだ。とてつもない泥仕合にはなるだろうが、まあ最期まで付き合えよ」

ナードが甲冑の背部から突撃槍を抜き、マテリアに突きつけた。
マテリアは右手の親指と中指を擦り合わせたまま、音の速さで思考する。

まず、伝鏡はどこまでの音を肩代わり出来るのか。
音の振動弾はどうだろう――恐らくはされないだろう。
伝達の性質を自在に操作出来るなら、そもそも敵に伝鏡を繋いだ後で自刃すればいい。
これはあくまで火急の応用に過ぎず――また、何より肩代わりする必要もない。
ナードの防御力を前に、単純な攻撃力を引き受ける必要などある訳がないのだ。

221 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/04/23(木) 05:18:10.44 0.net
>「その砕けた脚でどこまで逃げられるかなぁぁぁああああ!!!」

強烈な噴射音と同時、ナードが動いた。
瞬時にマテリアは指を弾き音弾を発射。
大理石を容易く粉砕する威力がナードをまともに捉え、しかし突進の勢いは微塵も衰えない。
彼我の距離は一瞬で埋まり――

「逃げる?馬鹿な事を」

マテリアはそう言ってから何かを呟き――誰かによく似た笑みを浮かべた。
自信ありげで、明朗快活な笑みを。

そして右手を前に突き出す。
切っ先を掻い潜るように身を屈め、槍を保持するナードの左手、その甲冑の隙間に指先を引っ掛ける。
そして音弾を用いてナードの下腹部を強く打ち上げ――指を支点に投げ飛ばした。

その動作は――今は傍にいない、彼女の同僚に類似していた。

『私はもう、あの時の弱い私じゃない』

いなし、投げたナードを振り返り、マテリアは再び、今度は言葉にして己に言い聞かせる。

『私は、強くなった』

帝都にて、完全な魔族と化したフィン・ハンプティは――人間にしか持ち得ない概念をもって魔族の力を強化した。
『工夫』し、『練り上げる』事で、護国十戦鬼二人を相手に互角の戦いを繰り広げた。

『私は、もっと、まだまだ、強くなれる』

奇しくもマテリアもまた同じように、『人を経た魔族の域』に達しようとしていた。

『――あの人達みたいに』

弱者にしか懐き得ない『理想』と『憧れ』によって。

『魔笛』による魔性の声をマテリアは自分自身に用いていた。
『フィン・ハンプティ』の、『天鎧』の強さを、感覚投影によって呼び起こす為に。

とは言え――マテリアの左手、その人差し指と中指が、本来あり得ない方向に曲がっていた。
戦闘のリズムを以って先読みし、音塊で手を保護し、音弾で重心を崩し、それでも所詮は模倣。
本物には及ばない。

『……痛くない』

折れ曲がった指を右手で握り、強引に元通りに戻す。
手は血に塗れていた。出血箇所は指だけではない。
衣服の袖の内から血が滴り両手へと伝っている。
更に眼窩と口元からも、再び血が流れていた。

何故か――感覚投影で、己の『魔』に適さない高度な魔術を無理矢理発現させたからだ。
遺貌骸装を使った時と同じ反動が起きていた。

222 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/04/23(木) 05:19:46.81 0.net
「負けませんよ。私は。なにせ私は、魔族化こそしましたが……それでも人間だからです。
 私という人間が、私であり続ける為に、この力を得たんですから。
 誰がなんと言おうと関係ない。私は今でも人間で――決して孤独なんかじゃない。私は……人の強さを知っている」

構わず、マテリアは折れていない右手の指を弾く。
音は伴わず、代わりに魔力が飛散して――周囲の環境音に影響を及ぼす。
ざわめき、呼吸、風の吹く音、あらゆる音が爆轟の如く増幅されて――完璧な指向性を帯びてナードへと殺到した。

「聞こえているなら……折角の機会です。貴方の強さと、私の知ってる強さ。どちらの英雄が強いのか……確かめてみましょう。
 これからあらゆる手段で貴方を甚振ります。貴方の防御力と忍耐力が摩耗し切るまでです。
 そんな陰湿なやり方は、決して私の趣味ではないんですけども……誘ったのは貴方です。付き合って下さいよ」

魔性の――獣じみた笑みが浮かぶ。

そしてマテリアの爪先が石畳を打つ。
きぃん、という音が連続的に響き――不意に地面から砂が舞った。
音の振動が石畳を削り、風のように巻き上げている。

『彼女』の風ほど強暴かつ流麗な軌道は取れないが――
ただ砂を舞わせ、一方向に高速で射出するくらいなら振動の応用で実現出来る。

ナード・アノニマスは紛う事なき帝国の汚点だが、その防御力もまた間違いなく帝国随一だ。
突破するのか、掻い潜るのか、いずれにせよ有効な攻撃方法を見つけ出す必要がある。
ひとまず――マテリアは掻い潜る方から試す事にした。
つまり撃ち出された砂は、砂が帯びた強烈な振動は、鎧の面頬や関節の隙間を通過出来るのかを。



【感覚投影と自在音声の応用による『天鎧』もどきで突進を受け流す。
 騒音と振動を帯びた砂を用いて防御力を無視出来るかを試みる】

223 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/05/01(金) 23:02:41.50 0.net
キリアが置かれた状況を、端的に記すとこうなる。
機雷投下されて咄嗟になんかやったら腕から激痛が走って悶えていたと思ったら首が締まって意識が落ちかけ、気が付いたら空にいた。
意識が落ちたのは襟首を掴まれたまま引き摺られ――
もとい、体が横に浮くほどの勢いで引っこ抜かれて首がいい感じに締まったからであるのだが、キリアはそんな事を知る由もなく、
ふと気付けば体を包んでいるのは浮遊感。見えるのは上から自分以上の速度で落下してきている聖女様と空。

そして、我が身を砲弾とし、強大なりし竜の眷属に向かって宙を駆ける少女。
何と言う英雄的情景だろう。非常に感動的である。
直後に響いた爆音を含めて、はっきり言ってキリアにとっては物凄くどうでもよかったが。
忙しなく視線を向けての状況確認。上下、左右――。
やはり自分は空に居る。高度にして二十数mほど。そしてこのまま行けば、先ず間違いなく重大なダメージを受ける。
下手をすれば死ぬ、と言うか多分死ぬ。

現在キリアにとって重要なのはその事実のみだ。
生存本能が右腕から奔る激痛と疼きの熱を飲み込んで燃え上がった。
咄嗟の判断で接近してくる聖女に左手を伸ばし、その腕を引っ掴む。
ファミアの踏み台にされたことで彼女にはそれなり以上の初速度が加算されている。そして、重力加速度は万物に対して普遍。
彼女の落下速度の方が速いのは当然の理であり、そんな真似をすれば、キリアもまたそれに引かれて落ちる速さが増してしまう。
だがそれでもしなければならないのだ。何故って、互いが落ちる方向の軸を合わせるために。
落下した先にクッションがあるのとないのとでは衝撃に差があって当然――つまりそう言う事である。
聖女を踏み台にしたり盾にしたりととっても便利に使っていた上司に感化されたわけでもなかろうが、
何はともあれ生き残らなければどうしようもない。
――落下の向きを合わせ、手を離す。今度は自分が上、聖女は下。これがいい。この状態がいいのだ。
でもできれば落下対策の道具とか色々欲しいなあと思わずにはいられないと言うのが本音なのだがまあどうでもいいですね。

224 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/05/01(金) 23:06:23.05 0.net
ともかく、接触の勢いも使って無様にでも足から着地する姿勢を整える。
そして痛みを耐える為にがっちりと右手に掴んでいた『千年樹氷』を左手に持ち替えたところで、
キリアの傍らを風切り音が通り過ぎて行った。
同時に幾らか下の方に居る聖女に向けてすっ飛んで行くモトーレンの姿が視界に映り込み――
その瞬間、キリアは笑った。そりゃあもう、悪い顔で。

――キリアの遺才、『虚栄』は隙間から人の心の中に滑り込んで、上位者の椅子を占拠する力。
正面からではなく、死角から内側に入り込む為の力だ。
だからこそ警戒されていれば効果は下がる。そして、立場だの組織だのを度外視して――
そう、例えば唯一無二の個の為に懸命に立ち回る人間には正面だろうが横からだろうが全く通用しない。
そもそもが入り込むべき場所がないのである。
だが、しかしだ。国の為でも組織の為でも、群れの為でも何でもいい。自身の属するコミュニティの為に、
余裕や警戒などをかなぐり捨てて一つの物に追い縋らんとする相手に対してはどうだろう。

その食らい付く相手がキリアだったならば話はそこまで。
観念的な表現になるが、「相手の視界の中心」に捉えられていては『虚栄』の詐術は意味をなさない。
だが、その矛先がキリア以外だったならば――、彼はこう言って笑う。
“余所をガン見してる奴なんて裏口から入り込み放題だ。最高のカモだわ”、と。
焦りを呑み込み、声色を冷厳と低く。早口で、しかし噛まない様に。――ああ、慣れている。やってやれない事はない。

本当なら地面に『千年樹氷』を向け、着地と同時に地面に突き立てる事で程好く時を進ませて腐葉土のクッションを練成と言う
運ゲー+タイミングゲーなプランを実行しなければならなかったのだが、これで多少はマシな目が出ると言う物である。
なお、聖女が纏っていた加護が消えている事にはキリアは全く気付いていない。
無防備なままノーロープバンジーをした後の半死半生の聖女に対し、
垂直落下ドロップキックによるトドメを食らわせる羽目にならなくて、誰にとっても一安心だろう。よかったね!

「命じる。私と聖女を全力で保護せよッ!!」

――閑話休題。

王者の如き託宣に合わせて、キリアは虚栄を解き放つ。
視線も向けなければ意識も向けていないモトーレンの意識の中に我が物顔で踏み入ると、
いと尊き者が座るべき椅子へと当たり前の様に腰掛け、そして――とんでもない無茶振りを叩き付けた。

聖女が死ねば言うまでもなく内乱。
そしてなんだかよく分からないが聖女よりもずっと上位にいるインスタントな偉い人が死んだなら、更に酷い状況になりかねない。

…無論、実際には何も起こらないが、そういう事になっているのである。だって聖女よりも偉いから!
高さ20mから砲弾の様な勢いで地面に向かって突っ込みながら、その二人を自分の身を粉にして守らなければならない
モトーレンの心中はいかばかりか――。

今この時、最大瞬間風速的には遊撃二課・ニーグリップ=モトーレンがヴァフティアで最も不幸な人間(当社比)に成り下がったと

言っても過言ではないだろう。たぶん、きっと、おそらく。

【全力で他力本願。それでもやばそうならプランB(運ゲー(ry)】

225 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/05/04(月) 16:20:41.19 0.net
もはや基本戦術となった跳躍、そして、そこからの衝突――。
狙い違わず騎竜の内懐へと飛び込んだファミアに祝福するかのような炎が降り注ぎました。
同じく飛翔しているモトーレンの愛騎、ライトウイングのブレスが漏れたからです。
飛びながら吐くなんてまったくお行儀悪いことこの上ありませんが、
ファミアは火の神様の信者なんだから熱いのなんかご褒美です。
「――ぎゃああああああああ!!」
ほらね。

もちろんファミアは不燃物なので心配無用。
ただし服は可燃です。
(まずい、これは本当にまずいっ……!)
ダメージからかそれほど高速で飛んでいるわけではないので、風によって火が消えることがありません。

服が焼け落ちてしまうととても恥ずかしいということもありますが、
下手をすると手袋にまで引火するかもしれないのが一番の問題でした。
以前のタニングラードでの苦い――手袋を破りかけて変態に救われた――経験から
より厚手の革手袋に変えているものの、燃えにくいというだけで火がつかないわけではありません。
燃えずとも熱で劣化してファミアの力に耐えられなくなる事も考えられます。

そしてこの状態で遺才が消えればどうなるか。
地べたに叩きつけられて聖餅にクラスチェンジです。
なんとかそんな事態を避けようと頑張ってはみますが、
両手両足で竜の胴体に捕まっていれば火を消すこともままなりません。

>「ひっ……!」
「あっ、どうも」
そんな中でも急に出来た隣人へのご挨拶は忘れない。
平素の教育というものはこういう時に伺えるものです。

>「聖女はわたさない――!」
鞍から放り出されたモトーレンはしかし努めて冷静に竜に指示を出し自らを射出させました。
お隣さんが引っ越して、残されたのは手綱が一本。
それは飛行時に当然起こる風に押し流されて、ファミアの手の届くあたりではためいていました。

迷うことなく手綱をつかみとったファミアは足にそれを引っ掛け、宙吊りになりながら服の各所を両手ではたいて消火。
やれやれ、これで一息「ガチンッ」つけませんでした。
竜がそれだけでも人を殺せそうな視線でファミアを捉え、首を伸ばして噛み付こうとしているからです。
いや実のところ空飛ぶ爬虫類の感情なんてファミアにわかるはずもないのですが、
これだけされて怒っていないのであれば列聖されたっておかしくないでしょう。

さて手綱というものはどんな動物につけるのであれ口元のハミへと繋がっているものです。
つまり噛み付こうと頭を下げればそれだけファミアの位置も下がるので安全「ガチンッ」危険ですね。
落下以上の速度で首を動かせば当然たるみが出来るわけで、すなわちにっくき小娘へと牙を届かせることができるのです。

ファミアは絡んだ手綱を外そうかと一瞬考えましたが、噛み付かれそうになりながらでは捗るものではありません。
そもそも下手をするとそのまま真っ逆さま。下が舗装路ならほぼ確実に負傷、土なら落下の衝撃で埋まってしまう可能性も。

牙を突き立てようと突っ込んでくる鼻面。それを押しやる足。
何度か同じ情景が繰り返されたあと、竜は急に鼻先を別の方へ向けました。
じゃれあっているうちに高度が下がってしまったので上昇しようとしているようです。
(あっ、今降りれた)
離脱のチャンスを逃したファミアでしたが、ここで気落ちしてはいられません。

226 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/05/04(月) 16:21:30.56 0.net
下がだめなら上、というわけで前屈の要領で手を足元へ伸ばします。
逆さ吊りなので今はそっちが上だからです。
地面に対してかなり鈍角になるような急上昇をしているので竜の胴は近い位置にありました。
翼の根元のあたりにも手が届きそうです。もちろんためらうことなくそこへ手をかけ、主を失った鞍へとよじ登って、これで一安心。
鞍はもちろん胴体に固定されているので、掴んでおけば落ちる心配はありません。
ファミアはその状態で足をぐいと引き寄せて、絡んでいる手綱を外そうとしました。

ところで手綱は引き綱と違って輪になっています。
これが頭を超えてしまうと、戻すにも同様に頭を超すか、あるいはハミから外して付け直す必要があります。
そうしないと一方に偏った扶助しか与えられず、騎乗している動物をまっすぐ進ませることも難しくなるのです。
例えば今まさに足に絡んだ手綱を引かれたせいでそっぽを向かされているライトウイングくん(年齢性別不詳)のように。
モトーレンよりだいぶん小さいファミアでは鐙に足が届かないため、姿勢を安定させるのも困難。
このままではいけないと、なんとか停止を試みます。

とりあえず馬と同じように扱ってみました。
具体的にはさらに手綱を引いてみました。
「――っ!」
捻り込みながら急降下を始めました。大失敗でした。

しかしながら、引っぱったぶん手綱にはたるみが。
なんとか足を抜くことができそうです。もちろんファミアは即座に実行、
ついでに首を伝って竜の頭のところまで行き、手綱を直しました。
これでようやくまともに扶助が行えます。
まあ正しく扶助できたとしても、自分を殺しかけた相手に素直に従うような動物はそういませんが。

とはいえそのまま下降し続ければ地面に激突するのは自身にも分かるようで、姿勢は水平に移行。
竜は頭を激しく振りますが、鞍に戻って胴を足でしっかり締めていれば容易に振り落とされはしません。
周囲を見る程度の余裕はありそうです。

なので実際に見てみました。
戯れているうちにだいぶ移動していたようで、あとにしてきたはずの神殿上空に戻って来てしまいました。
下方に見慣れた背と、なんか見たことあるけどあまり思い出したくない鎧姿が見えるような気がします。

ファミアはあわてるあまり思わず手綱を引っ張ってしまいました。
再び急降下が始まりました。
よりにもよって、視線の先へと真っ直ぐに。

ファミアの視界の中で、鎧の占める割合が大きくなっていきます。
そこまで近づかなくても正体はすでにわかっています。わかりたくはなかったとはいえ。
そう、拠点制圧型高機動変態ナード・アノニマスその人でした。
「いやああああああああああああああ!!」

パニックを起こしたファミアはさらに手綱を思い切り引きました。
もちろん止まりません。逆に加速してるのではないかというほどの速度で距離が縮んでいきます。
竜、超素直でした。

幸いなことにマテリアに突っ込んでしまうことはなさそうですが、
扶助が与えられ続けている以上は地面への激突を避けられそうもありません。
その間にナードを挟み込んでしまう可能性も、決して低くはなさそうです。
それでも無傷という未来が、最もありうるものでしょうけれど。

【Don't Stop Me Now】

227 :名無しになりきれ:2015/06/07(日) 18:48:16.40 0.net
気持ち悪いから

もう終了してくれ

228 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/06/15(月) 00:30:35.24 0.net
【ヴァフティア・神殿近辺上空】

風防越しにヴァフティアの夜風が頬を叩く。
胃袋の中身が全部ひっくり返りそうになる加速度の中、モトーレンの意識は前方に集中していた。

(聖女を――!)

目は限界まで見開かれ、噛み締めた奥歯は砕けそうだ。
怖いのだ。
モトーレンは従士隊で騎竜乗りに配属されて以来、空の上ではずっと竜と一緒だった。
誠心込めて世話した竜は決して裏切らないし、遺才アフェクションウィップがあればそれで盤石だった。
こうして単身虚空に身を晒すことなどなかったし、騎竜乗りとして一番あっちゃいけないことだった。

だが、今宵、彼女は一人で空を行く。
ファミア=アルフートの常識を疑うような卑劣で悪辣なる邪智悪謀により、
騎竜ライトウィングは墜ち、聖女は無防備のまま地面へ激突しようとしている。

この状況を絶望と例えることに意義はない。
だが、まだ全てが終わったわけじゃない。
手足は動くし、身体は飛べる。聖女の命を救うことは不可能じゃない。
英雄になるのだ。元老院から押し付けられた肩書としての英雄なんかじゃなく。
暴虐なるファミ公から世界を救う、本物の英雄に――!

横殴りに加速する視界の端に、聖女と一緒に空中へ放られた男の姿があった。
聖女からかたときも目を離すことのできないモトーレンにとって、放っといても落ちて死ぬだけの泡沫な存在に過ぎなかった。
その人影が、ごおごお響く風鳴りの中、いやに届く声で呟いた。

>「命じる。私と聖女を全力で保護せよッ!!」

――……・・・
人間より下等な、虫などの社会性動物が『信頼』を得るプロセスは、当たり前だが人間よりはるかに単純だ。
シンプルで、機械的と言っても良い。
一律な判断基準を設けて、それをパスしたものを仲間だと認識するのである。

例えば帝国各地に生息する平均的な『荒野蟻』を例にとってみよう。
彼らは営巣する昆虫で、地面にときおり100mにも及ぶ全長の巣をつくる。
当然、ひとつの巣に生息する群の数も膨大で、複数の女王蟻と数万匹にも及ぶ蟻が共同生活を行っているのだ。

ではその荒野蟻たちは、どのようにして他の蟻を自分の群の仲間だと認識するのだろうか。
当然、顔を覚えているわけではあるまい。蟻にそんな記憶力はないだろうし、人間だって万単位の顔を覚えるのは無理だ。
特有のフェロモンを出す?それも難しい。
一つの巣で共に活きる蟻達は、みながみな同じ女王アリから生まれたわけではない。
別々の女王蟻から生まれた、つまり異なる血を持つ蟻達が、都合よく巣内だけで共通のフェロモンを使い分けるのは困難だ。

答え合わせをしよう。正解は、『出入口を一つにする』だ。
荒野蟻は巨大な巣に対して出入口を一つしか設けていない。
ここを通過する者を門番役の蟻が覚えていて、出入りの際にチェックしているのだろう。

とある実験では、巣から出てきた蟻を捕獲し、霧吹きで水洗いしてから巣の近くに戻すと、
瞬く間に門番蟻に包囲されて攻撃され、味方であったはずの蟻に殺されてしまった。
またある実験では異なる巣の蟻同士を同じ瓶の中でしばらくもみ合わせた後、
片方の巣にもう一方の蟻を近づけたところ、門番蟻はまったく疑うこと無く巣の中に招き入れた。

このことから、門番蟻が何らかのフェロモンを分泌し、それを行き帰りの通行手形にしているものと推定される。
つまり、巣からの出入りにさえ規制をかければ、巣の中で生まれ育ち死んでいく者達を識別する必要はないということだ。
初めから巣の中にいたのなら、それはもう巣の仲間だということである。

この荒野蟻の信頼については他にも色々と面白い実験と考証があるのだが、閑話休題としよう。
まあ何が言いたいかというと、モトーレンの脳内でも同じことが起こったのだ。
・・・……――

229 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/06/15(月) 00:31:04.70 0.net
(え?え?なんでこの人がここに!?)

モトーレンは凝縮された意識の中、ハイスピードで脳内を回転する問いに翻弄されていた。
ヴァフティアの空、修羅場も修羅場のこんな時に突如として現れた『上司』。
その状況の荒唐無稽さにモトーレンは一瞬本気で固まった。
ここで、ちゃんと常識的な判断にのっとって考えればキリアの詐術など容易く見抜けたはずだ。
しかしモトーレンにはいちばん重要な時間が足りなかった。
極限まで差し迫った状況は、モトーレンに状況の吟味を許さず、機械的な即断即決を要請した。

(聖女と同じようにアルフートに蹴られて絶体絶命……この人は、味方だ!!)

あんな蹴りを味方に食らわすような軍人なんているわけないし。
あろうことかモトーレンは、『敵の敵は味方』理論をこの鉄火場で信じきったのだ。
不合理や不条理を自己補完させる遺才詐術『虚栄』は、この時こそその真髄を発揮した。
モトーレンの優先順位は以前として聖女一位だが、トップタイにキリア=マクガバンが躍り出たのである。

「っくぅ……――掴まってください!」

瞬間的な判断でキリアの胸ぐらを掴み、自分の懐に押し付けるようにしてガード。
もう片方の腕は抜け目なく聖女の裾を掴み、これも引き寄せてクラッチした。
地面まで残り3メートル。モトーレンは腰の鞭を抜き放った。

「――アフェクションウィップ!!」

鞭で風防結界を叩く。その性能が強化される。
半球状の青白い結界が瞬間的にその面積を一軒家を飲み込むまでに拡張。
石畳を叩き割りながら囲われた三人の身柄を路面に沈めていく。
これに驚愕したのはモトーレンの方だった。

「なにこれ!?地面脆っ!!」

彼女は与り知らぬことではあるが、この路面はキリアが先ほどまでガンガン叩きまくっていた石畳である。
石畳はヴァフティア創設に携わった魔術師達が技術の粋を投じて敷設した、『千年先まで残る』道路だ。
道路表面へかかる衝撃や荷重、風雨などの負荷を地盤下に『受け流す』ことで、頑丈な表面を維持する仕組みである。
そしてキリアの振るった『千年樹氷』の効力、経時劣化もまた地盤へと受け流されていた。

本来数千年、数万年かけてゆっくり脆化していくはずの地盤が、遺貌骸装の呪いによってもうボロボロになっていたのだ。
そして被害はそれだけに留まらなかった。
十字路をなぞるようにして、地面に亀裂が――否、小規模ながら地割れが走ったのだ。
船の竜骨のようにこの街の基盤を十字に支えていた土台が、経年劣化によって崩れ去ろうとしていた。

このままでは、ヴァフティアが4つに分解されてしまう。

「ちょっと!どういうことですかこれ!!」

地面に埋まった風防結界の中、たらいの中の洗濯物のようにもみくちゃになりながら、
重なりあう聖女とキリアの一番下でモトーレンは抗議の声を挙げた。
彼女はキリアが上司であると完全に信用仕切っている。
それが彼女を使役する立場の、誰にあたるのかを具体的に思い出すことができない違和感を、しかし彼女は知覚できない。

「これをやらかしてるのは国賊アルフートの仲間ですか?魔族が暴れるよりひどいことになってるじゃないですか!!」

ずり、ずりと少しずつ風防結界が沈んでいく。
地割れに挟まる格好で止まっていた結界が、亀裂が拡がるにつれ飲み込まれていっているのだ。

「とにかくあなた方は脱出して下さい!風防結界は中からなら簡単に出れますから」

もはや聖女がどうとか以前の事態になりつつあることを、彼女はまだ認識していない。
街路樹の根が地割れの中で露出し、先端の土が風化して砂と化していた。

230 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/06/15(月) 00:31:53.04 0.net
 * * * * * *

>「逃げる?馬鹿な事を」

アノニマスの馬鹿正直を通り越してただの馬鹿な突貫に対し、マテリアは姿勢ひとつ崩さす言ってのけた。
噴射機構で砲弾もかくやの加速を得たアノニマスの槍を前にマテリアが不意に姿を消す。
重心を静かに落とし、なめらかに、滑るように槍を掻い潜りアノニマスの懐へ潜り込んだ。

「ぬぅッ!?」

>『私はもう、あの時の弱い私じゃない』

瞬間、アノニマスは宙空にいた。
足が地面を掴んでいない。頭が天地を認めていない。
なんと!300kgをゆうに越える全身甲冑姿のアノニマスが!上下逆さまになって虚空に投げ出されているではないか!!
頭で理解は追いつかずとも、鎧に搭載された触覚術式が"されたこと"を認識した。
突撃の勢いを、推進力をそのまま上方向への跳躍に変換されたのだ。
マテリアの、あの細腕によって!

「その技!知っているぞ!!貴様は――ぐえぇッ!?」

言葉は最後まで発することができなかった。
頭から石畳に激突し、眼の奥で星が飛ぶほど強烈な打撃が頭蓋を襲ったからだ。
普通の甲冑騎士であればその時点で首の骨が粉砕されて即死である。
しかしことアノニマスに限っては、その程度の『甲冑の弱点』で死ぬような鍛え方をしていなかった。
それが遺才。彼の甲冑術『ブリガンダイン』の賜物だ。

「ん……?」

だが起き上がったアノニマスは、衝撃で自分の眼がおかしくなったかと思わざるを得なかった。
月を背に、こちらを見下ろすマテリアの姿。
その背後に、彼女に寄り添うようにして立つ、ここにいないはずの者の影を見たからだ。
瞬間的に理解した。

「パクったのか……フィン=ハンプティの技を……!!」

マテリア=ヴィッセン。
本来戦闘員ではないはずの彼女に、如何様にしてハンプティの技が芽生えたのかは知る由もない。
一つだけわかっているのは、最早彼女が列車で遭遇したような無力な愛人ヅラではないということだ。

>「負けませんよ。私は。なにせ私は、魔族化こそしましたが……それでも人間だからです。
 私という人間が、私であり続ける為に、この力を得たんですから。
 誰がなんと言おうと関係ない。私は今でも人間で――決して孤独なんかじゃない。私は……人の強さを知っている」

宵闇を鋭く貫くような音が奔る。
指を弾いた軽い音。だがアノニマスに届く頃には巨大な金槌で殴りつけたような衝撃に変わる。
それも全方位からだ。たちまち板金鎧はひしゃげ、潰れ、アノニマスは再び地に伏した。
そして直ぐにもとの状態に修復される。

「孤独じゃないだと……?そんな化物じみた面で、化物そのものな力を振るって!
 貴様がどう取り繕おうとも、人間やめてる事実に代わりなどなかろう!」

アノニマスは魔族と交戦した経験がある。
二年前の『帝都大強襲』で、彼は従士隊の一員として帝都を襲った魔族と対峙した。
その時の、身体の芯から氷柱で貫かれるような怖れと焦燥感を、まったく信じられないことに、マテリアからも感じている。
それが根拠だ。マテリア=ヴィッセンが人間でない証拠。アノニマスが負けない理由だ。

>「聞こえているなら……折角の機会です。貴方の強さと、私の知ってる強さ。どちらの英雄が強いのか……確かめてみましょう。
 これからあらゆる手段で貴方を甚振ります。貴方の防御力と忍耐力が摩耗し切るまでです。
 そんな陰湿なやり方は、決して私の趣味ではないんですけども……誘ったのは貴方です。付き合って下さいよ」

231 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/06/15(月) 00:32:24.95 0.net
「良いだろう。だが一つだけ気に留めておいて欲しいことがある。
 ――俺の求愛に途中でその気になっても、魔族はノーセンキューなのでそのつもりで!!」

ああ。なんと絶望的な舞踏であろうか。
アノニマスは、最初から袖を振られるとわかっている相手に、振られる為に求愛をするのだ。
そして彼はどうしても気に入らなかった。
あのマテリアの心の脇を占めている、ハンプティとかいういけ好かない偽善者のことも気に入らない。
それ以上に、マテリアがこちらを見ていないことが許せなかった。

マテリアは、目の前の美の化身を打ち倒すことに傾注していない。
もっと先の、大局的な目的の為に動いている。
アノニマスは完全にマテリアを打ちのめして手篭めにすることしか考えていないのに!

アノニマスが疾駆する。
マテリアの迎撃は、石畳を削った粉塵の旋風。
再び彼女に寄り添うような影が見えた。今度はスイの姿をしていた。

「そうやってお仲間と力を合わせて俺を倒すつもりか!?
 次は誰だ、裏切り者の剣鬼や、この俺に手傷を追わせたあのお姉さんの力でも使うか!
 所詮は借り物、借りパク物よぉ〜ッ!!その魔族の力もそうだが、付け焼き刃でこの俺の装甲が貫けるかッ!!」

振動を帯びた砂がブリガンダインの表面を削っていく。
その粒は当然、面頬や関節部にも侵入し、破壊の力を発揮する。

「言っただろう。付け焼き刃の如きナマクラでこの俺は斬れぬと!」

関節部や面頬の内部で、全ての砂粒が停止していた。
阻んだのは不可視の結界。ごく小規模のそれをアノニマスは常時体表と鎧の間に展開しているのだ。
だから彼は水中にドボンされたって溺れない。中に水も入らない。
関節部や開放部を狙うなどという、やって当然の攻略法でアノニマスは阻めない。

「フハッ、マテリア=ヴィッセンよ。所詮貴様はその音を弄くるやつぐらいしか能のない女よォ。
 分不相応という名台詞を知っているか?大人しくチンケな声真似でもやって小銭を稼いでいればよかったのだ。
 この俺とベッドの中で睦言でも囁いているのが貴様の"分"だったのだッ!!」

だがそれももう叶わない。
マテリアは魔族になってしまった。流石のアノニマスでも魔族相手に繁殖はできない。
……いや、しかし。本当に繁殖できないのだろうか?
食わず嫌いというか、レッテルだけで繁殖できないと決めつけるのは機会の損失だし、マテリアにも失礼じゃないか?

「そうか――まだ間に合うんだ。喜べヴィッセン!間に合うぞ!
 いますぐ俺とお布団に入って睦言言おう。大丈夫、俺は平気だ、天井の染みでも数えているから!!」

「なぜ……貴方が睦がれる方なのですか……アノニマス殿……」

ゴスペリウスが息も絶え絶えになりながら指摘した。
アノニマスには聞こえなかった。鎧は音がこもっているからだ。

「孤独じゃないと言ったなヴィッセン。いや、マテリア!!
 貴様がその仲間の力と共に戦うとかいう反吐の出そうなコンセプトを根拠にそう言うのであれば!
 この俺が一つ一つ叩き潰し貴様を剥いてやろう。だが安心しろ――俺はずっと傍にいるから!!」

232 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2015/06/15(月) 00:32:58.36 0.net
アノニマスが再び噴射術式に火を入れ、飛翔する。
その速度が最高到達点にのぼり、鉄道ばりの速力でマテリアへと肉迫する――その刹那。

>「いやああああああああああああああ!!」

「ほげぇッ!?」

側面から何かが激突してきた。
踏ん張るものの何もなかったアノニマスはその慣性をモロにうけ、砲弾のように撃ちだされる。
まったく何事か認識できていない彼は勢いの為すがままに壁に激突し、それを砕きながらバウンドし、地面に叩きつけられた。
馬車で跳ねられたフィンよりも悲惨な状況になりながら、そかし彼は震える足で立ち上がる。

「誰かと……思えば……ファミアちゃんじゃあーないか……。
 流石の俺でもそこまで情熱的に飛び込まれると……いやまじでちょっと勘弁してください……」

面頬の中からだらだらと血が流れだしていた。
鎧の中でしこたま鼻っ柱をぶつけて出血したのだ。

「だいたいなんで騎竜に乗ってるの。白馬の王子様的なアレか?
 まあ俺にも気持ちはわかる。いいよなアレ、自分はなんの努力もせずに迎えに来るのを待ってるっていう怠惰な想い。
 だが俺には気配り無用よォ。幸せは、己の手でこそ掴み取る。誰かにもたらされるものなんかじゃあ、ないんだ」

アノニマスはまだギシギシいう面頬をぐるりと回してマテリアを見た。

「そうだよな、マテリア?」

その声色は、まさに仲睦まじき恋人が語りかけるような甘いものだった。
彼は再びファミアに視線を戻すと、彼女の駆る竜に意識を向けた。

「その騎竜、俺の二号さんことニーグリップの愛竜、ライトウィングではないか。
 乗ってニーグリップはどうした?まさかころしてでも奪いとったのか――」

アノニマスは震え声で言った。

「――正妻の座を!!」

よろよろと壁に身を預けながら、信じられないといった口調で面頬から言葉を垂れ流す。

「ウソだろ……俺を巡ってついに人死にが出たのか……なんて罪深いんだ、俺……。
 でもわかるよ。俺も俺と添い遂げたいもの。だから貴様らが繰り広げるキャットファイトも必要な犠牲であろう」

アノニマスは一人で腕を組みながらうんうん唸って、そして結論を出した。

「よござんしょ。二人まとめて相手をしてやる。
 ファミアちゃん。――そしてマテリア。貴様らのどちらが俺の心に想いを届かせるか、競争といこうじゃないか」

背部コンテナから更に取り出したのは、大口径の魔導砲。
マテリアの持っているものよりも長銃身で、その分術式を重ねがけすることができ強力な一撃を放つ。
アノニマスはファミアに向かって破壊術式の魔導砲を連射しながら、再び噴射術式でマテリアの背後へ回りこむ。
槍による突撃マテリアを攻撃し、そのマテリアを盾にすることによってファミア側からの排撃を防御する。

「さあ、正妻戦争の始まりだ!!」


【ニーグリップ:『虚栄』成功。キリアと聖女を護り、地割れに飲まれていく。
 ナード:マテリアの砂塵攻撃をいなすが、ファミアの激突により内部ダメージ。二人同時に戦闘開始。
 ヴァフティア:十字路が千年樹氷の効果で崩壊を始め、ヴァフティア4分割の危機】

233 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/06/16(火) 20:42:01.19 0.net
>「言っただろう。付け焼き刃の如きナマクラでこの俺は斬れぬと!」

砂の弾丸を真っ向から受け止めて、しかしナードはまるで動じていない。
砂弾が描く音の軌跡は鎧の内部で止まっていた。
結界である。結界という名の第二の『鎧』を、甲冑の内側に纏っているのだ。

(まぁ……予測は出来ていた事です)

「フハッ、マテリア=ヴィッセンよ。所詮貴様はその音を弄くるやつぐらいしか能のない女よォ。
 分不相応という名台詞を知っているか?大人しくチンケな声真似でもやって小銭を稼いでいればよかったのだ。
 この俺とベッドの中で睦言でも囁いているのが貴様の"分"だったのだッ!!」

(予測は出来ていた事ですが……すっごいムカつく……!)

「そうか――まだ間に合うんだ。喜べヴィッセン!間に合うぞ!
 いますぐ俺とお布団に入って睦言言おう。大丈夫、俺は平気だ、天井の染みでも数えているから!!」

(すっっっっっごいムカつく!駄目だ、どうにかしてさっさと黙らせないと心労で私の神経がやられる……!
 生来の気持ち悪さを戦術級にまで磨き上げている……これが護国十戦鬼……)

声色から完全に本気で言っている事が分かってしまうのが、マテリアの苛立ちを加速させていた。
だが再び突撃の姿勢を取ったナードに対して、迎撃の気構えは出来ている。
戦闘のリズムは既に完全に掴んでいた。次の策も、用意してある。

だが――不意に異音が意識に届いた。
人間は自分の興味がある音に対しては敏感になり、逆もまた然りとなる。
魔族の域に片足を踏み込んでもそれは変わらない。
むしろより鋭敏に、集中して音を捉えられるようになった為、意識外の音は殊更耳に入らない。

とは言えそれにも限度がある。
よほど異常な音であれば当然、何かに集中していても聞き取れる。
例えば――知人が悲鳴を上げながら、上空から殆ど音速で落下してくる際の音などは、否が応でも耳に届く。

>「いやああああああああああああああ!!」
>「ほげぇッ!?」

風切音の塊と化したファミアがナードに激突した。
巨大な質量に撥ねられたナードは為されるがままに吹っ飛んで、あちこちに散々体をぶつけた後で、地面に落下した。
常人なら十回死んでなお余りあるほどの惨劇だったが――ナードはなおも立ち上がる。

ファミアが何故騎竜に乗って特攻してきたのかは考えなかった。
概ねいつもの事だからだ。

「……ファミアちゃん、その」

ただ――今の自分の姿を、彼女やキリアはどう捉えるのか。
マテリアの思考に浮かび上がったのはむしろ、それだった。
後悔はない。あらゆる面において、必要な行為だったと今でも思っている。
それでも――もし怯えられ、拒絶されたらという恐怖を完全に忘れる事は出来なかった。

「……無事でなによりです。早速で悪いんですけど……アレ、どうにかしちゃいましょう」

その恐怖と向き合う事を、マテリアはナードの排除という目的をもって先延ばしにした。
いつかは話さねばならない事だ。そんな事は分かっている。
だが今、自分の心を酷く乱してしまう可能性を、進んで踏みに行く必要はない。
マテリアはそう自分に言い聞かせた。

234 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/06/16(火) 20:43:06.17 0.net
>「誰かと……思えば……ファミアちゃんじゃあーないか……。
  流石の俺でもそこまで情熱的に飛び込まれると……いやまじでちょっと勘弁してください……」

>「だいたいなんで騎竜に乗ってるの。白馬の王子様的なアレか?
  まあ俺にも気持ちはわかる。いいよなアレ、自分はなんの努力もせずに迎えに来るのを待ってるっていう怠惰な想い。
  だが俺には気配り無用よォ。幸せは、己の手でこそ掴み取る。誰かにもたらされるものなんかじゃあ、ないんだ」

>「そうだよな、マテリア?」

マテリアは溜息を吐き、最早何も言わない。
この汚物の知能がどれほど欠如しているかなんて事は、まるでどうでもいい事だ。
大事なのは――さっさとナードを始末し、議長の傍に辿り着く事。

>「よござんしょ。二人まとめて相手をしてやる。
  ファミアちゃん。――そしてマテリア。貴様らのどちらが俺の心に想いを届かせるか、競争といこうじゃないか」

「出来る事なら……私一人で手を汚してあげたいのですが……相手がアレでは正直厳しい……」

そして――その過程で、ファミアに生涯拭えないような傷を負わせない事だ。

「ですが……今度は、ちゃんと一緒に戦えます。あなたが私を守ってくれたように、私もあなたを守りますから」

>「さあ、正妻戦争の始まりだ!!」

ナードが動いた。
連射される『破壊』の砲撃は本命ではない。
その対処に一手使わせ、自分が更なる行動を重ねる為の陽動だ。

音の振動弾で砲弾を迎撃し――マテリアは追加で指を鳴らす。
金属音が二つ響いた。
周囲に落ちていた神殿騎士のバスタードソードを音弾で弾き、自分の方へと飛ばしたのだ。

『――私はもう、私を貫き通せる。……あの人のように』

二振りの剣を掴み取り、マテリアは自分にそう言い聞かせる。
投影するのは――怜悧な立ち姿と、毅然たる態度。

『彼女』の言葉を耳にする度に、どことなく幼い拙さを感じていた。
だが今になって振り返れば――それは自分の中の常人が感じていたのだろう、とマテリアは思う。
『彼女』は誰よりも自分を貴びていた。それは生半可な意志で貫ける事ではない。

その強さを、マテリアは我が身に求めた。
即ち――

『双剣――』

背後に回り込んだナードの槍を、振り返りざまに放たれた双刃が弾いた。
セフィリアほど流麗な剣捌きは成し得ないが――マテリアには戦闘のリズムが聞き取れる。
機先を確実に制する事で技巧の不足を補える。

だが――突撃の勢いまでは殺せない。
まさしく付け焼き刃の双剣では、ナードの純然たる強さには押し切られてしまう。

235 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2015/06/16(火) 20:43:55.36 0.net
「あなたの言う通り……これは所詮、借り物の、偽物です。でも」

故に――己に投影するセフィリアの姿に、マテリアは更なる強さを『重ねる』。

「私が力を借りられるのは、私を助けてくれるのは、一人だけじゃない。だから――」

タニングラードでは恐怖を、ヴァフティアでは安堵を与えてくれた『彼』の姿を。

『――轟剣!!』

増幅させた音の衝撃で刀身を弾き、強引に剣を振り抜いた。
直後に、今度は反対方向へと刃を弾く。再び弾く。弾く。弾く。弾く。

金属で金属を打ち据えているにも関わらず、音は一切響かない。
それらは全て次の斬撃の加速に上乗せされるからだ。
剣閃は一振りごとに加速し――やがて『線』の斬撃は限りなく『面』へと近づいていく。

騎竜に轢かれた際にナードは出血していた。少なくとも損耗があったという事だ。
巨大な威力を、甲冑は殺し切れない。
それは明確な弱点だ。そしてそれを突くのは――マテリアではない。

「ファミアちゃん!全力で!」

例え『双剣』と重ね合わせようと、それでもマテリアの『轟剣』は、どこまで行っても模倣に過ぎない。
そんなものでナードが倒せるとは彼女も思っていない。
最大の目的は封殺だ。

ファミアが最大限の力を発揮する用意が整うまで、ひたすらナードの行動を斬り落とし続ける。
人の持つリズムを知覚出来る今のマテリアなら、その両方が可能だった。
感覚投影による遺才の強引な再現と、轟剣による反動の、二重の苦痛さえ度外視すれば、だが。



【牽制】

236 :キリア=マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2015/06/21(日) 21:17:58.75 0.net
モトーレンが己を見る目が変わった瞬間、キリアは内心でガッツポーズを取っていた。
が、それを表に出せない状況であり、出す余裕も今はない。
キリアに出来る最善の行動、それは――安堵感と共に蘇ってきた激痛を必死でこらえつつ、キリッとした表情を作る事。
この穴だらけの状況で、出来る限り穴のないように振る舞う事だ。少なくとも自分の命が助かると確信できるその瞬間まで。

>「っくぅ……――掴まってください!」

「…ッ、ぐ……!」

引き寄せられたキリアの唇から呻き声が漏れる。
その声だけならば切迫した状況であると錯覚してしまうかも知れないが、実際は最大の賭けに勝って安堵を感じている真っ最中。
その他の行動を取ろうなどとは全く思っていないため、思考能力は空白状態だ。
故にキリアの脳内を過ぎったのは現状とは全くかみ合わない、言ってしまえば俗で最低な男性的思考である。

――うわ、せっかく美人の胸に顔押し付けられてんのに飛行服硬っ。もったいねえ。

もしかすると人生最後になるかも知れない考えがこれとか、気の緩んだ人間ってマジ救えないわぁ。
切り離されていた己の冷静な部分がそうぼやくのを感じながら、キリアは待ち受ける運命に身を委ね――…

>「なにこれ!?地面脆っ!!」

そして、その声に意識を覚醒させた。
直後目に入ったのは砕けていく大地の姿。
何が原因なのか、今のキリアにはそれを考察する余裕すらないがこのままでいれば生き埋めだろうと言う事くらいは理解できる。
出来るのだが――そのまえにちょっとこのなんか辛い状況どうにかしていでいでででででで腕砕ける腕ッ!
乱暴に洗い転がされる芋の様にぐっしゃぐしゃに揉み込まれ、腕一本がダメになっているキリアの意識は激痛によって明滅状態。
それでも『虚栄』を制御し続けているのは再燃した生存本能の賜物だろう。

>「とにかくあなた方は脱出して下さい!風防結界は中からなら簡単に出れますから」

「ぐっ、ぎぎぎ……ええいっ」

ともあれ、どうにかこうにか絡み合った女二人の上へと這い出ると、再び千年樹氷を持ち替え、腕一本で身体を起こした。
呪いの言葉や罵倒すらもが吐き出せない現状にストレスを重ねて蓄積しながらも、脱出しろと言われればそりゃ無論。寧ろ言われなくてもすたこらさっさと言う所。
幸いにも聖女は成人女性に非ず、小柄な少女だ。苦労しつつもどうにかこうにか引き摺り出して担ぎ上げ、
維持されたままの結界と脆くも崩れゆこうとしている地面を伝ってえっちらおっちらモトーレンから距離を取る。

急ぎ過ぎてはならない。脚を踏み外せば聖女と揃って奈落の底だ。
悠長に構えてもいられない。時間をかけすぎたならば地割れに呑まれ、これまた奈落の底である。
細心の注意を払って、そして漸くたどり着いた結界面。そこに至って、キリアは一度だけ振り返った。
モトーレンの献身を労い、感謝を捧げる――偽りの表情をその顔面に張り付けて。
言葉は告げない。そして、外へと抜け出すとキリアは身を屈め、身体を伸ばす勢いで肩に担いだ聖女を前方へ、つまり、地割れからより離

れた方向へと投げ出した。
間髪入れず、無事な左手で水晶刃の柄を逆手に掴む。

助けてもらった、などとキリアは思わないし、考えない。これは己が無理矢理に“助けさせた”結果に過ぎないのだ。
先程、モトーレンが機雷で自身とその上司を一緒くたに吹き飛ばそうとしてくれた事をキリアはしっかりと覚えている。
故に掛ける慈悲など無く、そうする事に躊躇いも持たない。
背中を向けたまま、『千年樹氷』が風防結界に向けて突き出される。タイミングを合わせて『虚栄』を解除。
モトーレンが現状を正しく認識するよりも早く、キリアは行使する力を切り替えた。
自身の血に宿る『虚栄』から、手にした遺貌骸装に宿る『時』の力へ。突き立てられた刃が千年の時間経過を強制し――
結果を見る事なくキリアは投げだした聖女の下へと駆け寄り、その矮躯を改めて担ぎ上げるととっとと逃げ出した。

「あー畜生、マジ重いわ。つか死ぬかと思ったわー。死んでないのが奇跡じゃないかこれ、ほんとにさぁ!」

そう、ぼやきながら脱兎のごとく。……ええ、現実逃避です。
キリアと聖女が去った街路跡地で、鳴動と共に地割れが広がり始めていた。

【敵は死すべし慈悲はない。ヴァフティア崩壊?……知らんがな(´・ω・`)】

237 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2015/06/23(火) 11:32:02.91 0.net
「――――ぁぁぁぁあああああああああああせいっ!!」
衝突を避け得ぬと判断した瞬間、ファミアは掛け声とともに更に手綱を引いて軌道修正。
ライトウィングの鼻先がナードの横っ面へ吸い込まれるように着弾しました。
もちろんファミア自身は衝突の寸前で華麗に離脱。
身を細めた月のかかる空に流麗な放物線を描きながら音もなく着地しました。

そして鎧が水平にすっ飛んでった方へ油断なく視線をやります。
やったか……などとは口にしません。なぜなら絶対やってないからです。
(そう、これしきでどうにかなる相手ならあの列車ですでに……!)

>「……ファミアちゃん、その」
さてどう仕掛けたものかと考えるファミアの背に、ためらいがちな声がかけられました。
そちらを向けばすぐにその理由もわかったのでしょうが、残念ながらいまは視線を切れません。
向こうが何をしてくるかわからないからです。
そしてその向こうも多分おんなじことを考えています。

>「 ……無事でなによりです。早速で悪いんですけど……アレ、どうにかしちゃいましょう」
「……はい!」
三人がかりでも追い払うのがやっとだった相手に、減少した戦力で挑む。
普通に考えれば愚行というより他ありません。
しかし、ファミアは意外とどうにかなるんじゃないかと考えていました。

何故なら――
>「誰かと……思えば……ファミアちゃんじゃあーないか……。
> 流石の俺でもそこまで情熱的に飛び込まれると……いやまじでちょっと勘弁してください……」
立ち上がってきたナードが意外と傷んでいたからです。

そもそも――人数が減っただけで戦力はむしろ増しているという解釈もできます。
なにせファミアの背後にいるのは魔族の才を受け継いだ者ではなく、魔族そのものですから。

しかし"あらコレいけちゃうんじゃないの、いっちゃっていいんじゃないの?"感もそこまで。
>「だいたいなんで騎竜に乗ってるの。白馬の王子様的なアレか?
> まあ俺にも気持ちはわかる。いいよなアレ、自分はなんの努力もせずに迎えに来るのを待ってるっていう怠惰な想い。
> だが俺には気配り無用よォ。幸せは、己の手でこそ掴み取る。誰かにもたらされるものなんかじゃあ、ないんだ」
ナードのしっかりとした話しぶりはダメージが致命的なものではないことを示していました。
しかしマテリアに話しかけるその仕草に面頬が悲鳴を上げてもいます。

そしてナードはやはり面頬を軋ませながらファミアへ向き直りました。
>「その騎竜、俺の二号さんことニーグリップの愛竜、ライトウィングではないか。
> 乗ってニーグリップはどうした?まさかころしてでも奪いとったのか――
> ――正妻の座を!!」
蒼ざめた馬でも捕まえてくるべきだったかな、とファミアは考えました。
まあつまり死ねばいいのにとそう思ったわけです。
というか"どうやって倒そう"から"どうあっても殺す"へ思考がシフトし始めています。

とはいえ――
(意気込みだけでどうにかなる相手じゃない……)
そう、それは何よりも確実でした。
しかしながら確実なことはもう一つあります。
(出血がある、つまり明確な肉体的ダメージを与えられた)
そして当然――それは何故かという話になってきます。

238 :名無しになりきれ:2015/06/23(火) 11:35:07.91 0.net
しかし残念なことに解を得るより先に状況が動きました。
>「よござんしょ。二人まとめて相手をしてやる。
> ファミアちゃん。――そしてマテリア。貴様らのどちらが俺の心に想いを届かせるか、競争といこうじゃないか」
そう言葉を放つナードの背後で術式が放つ光が膨らんでいきます。
>「出来る事なら……私一人で手を汚してあげたいのですが……相手がアレでは正直厳しい……」
>「ですが……今度は、ちゃんと一緒に戦えます。あなたが私を守ってくれたように、私もあなたを守りますから」
そのマテリアの声にファミアが応える前に、またしてもナードが動きました。
>「さあ、正妻戦争の始まりだ!!」
光が弾けて、尾を引きました。

ファミアは側転からロンダートさらにバク転で砲撃を回避。
マテリアへ流れた弾は全て迎撃されています。
ナードは砲撃の成果に構わず機動を続けマテリアの背後を取りました。
そこから噴射術式の速度を一切落とすことなくランスチャージ。

>『双剣――』
並みのゴーレムの突進レベルのその威力を、複製遺才でいなすマテリア。
逃しきれなかった威力をさらに――
>『――轟剣!!』
遺才を"重ねて"殺してゆく。
両手で轟剣とかもはやその辺の子供が考えたすごい遺才レベルです。

しかし"模倣品"のゆえか、それでもナードの猛攻を切り返しきれません。
手を出しあぐねるファミア。叫ぶマテリア。
>「ファミアちゃん!全力で!」
いや全力でとか言われてもそんなとこに飛び込んでいけるわけがないです。
そもそも、いくらファミアが全力で殴りつけたにしてもダメージはないでしょう。
とても良く知られた方程式ですが、パンチ力は握力×体重×スピードで算出されます。
ひるがえってファミア。握力十分、速度十分。しかし体重だけはどうにもなりません。
さらに言えば無手でナードにダメージを与え得る一撃を繰り出した場合、手袋が持たないでしょう。

さてここまでくれば何が必要かは歴然。武器です。
それも斧や戦鎚などの重量と強度を持った、できれば遠心力を利用するために長柄の。
しかし――どこにそんなものが?

すでに一度ナードを撃退した実績のある転経器は行方不明、そのへんに転がっている剣では確実に重量不足。
ナード自身が操る武器ならあるいは……しかし奪うことなどできようはずもなく。
(何か、何か――!)
いっそ神殿の柱でも引っこ抜くかと、ファミアは視線を左右に巡らせました。
ゴスペリウスと目が合いました。
「…………ダメかな」
一瞬で目線を外し、なおも首を巡らせます。
そして再びある一点で停止。

「あれなら……!」
駆け出すその先にはすごくぐったりしたライトウィングがいました。
ファミアはそのしっぽを掴むなり――回転。
考えてみればナードにダメージを与えたのもこれでした。
だったら悩むことなくおんなじものを使えばいいわけです。
ゴスペリウスがダメだった理由?ナードにぶつけたら壊れるからです。

ナードは常にファミアとの間にマテリアを挟むように立ち回っていすが、
ファミアはタイミングを合わせようとは思いませんでした。
音の変化で確実にこちらの機を察してくれる、そう考えたからです。

「"どちらか"じゃない!これが――私達二人分の拒絶です!」
レブリミットに到達した回転の中から叫び、それからファミアは自分の心を込めた一撃を無造作に解放。
竜の翼は風を切って飛んでいきました。

【君に届け】

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