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海未「ある楽しい雨の日」

1 :名無しで叶える物語:2015/12/11(金) 23:14:10.95
とても、寒々しい雨でした。
傾けられた蝙蝠傘の露先から、ひどく大きな雨粒が滴っては潰れていたのを、よく覚えています。
父のお古の真っ黒な蝙蝠傘は、女子高生が持つには少し不釣り合いでしたが、
私は構わず家を出て、それと一緒に雨の中を歩き始めました。
普段の青色の傘は、ここのところ骨の調子がよくありませんでしたし、
何より、このどっしりとした雨に、淡い青は相応しくない気がしたのです。
その日の私は、雨にあてられてか、妙に詩的な気分でした。
そういうわけで、歩みは自然と、遅く、深く、ゆったりとしていたと、自分でも思います。

2 :名無しで叶える物語:2015/12/11(金) 23:19:18.57
ふと、立ち止まった聖橋から見える秋葉原のビル群には、霞がかかって、
なにか、見慣れた秋葉原でない、もう一つの街を作り出しているみたいでした。

橋から身を乗り出して神田川を見下ろすと、水面に無数の波紋が浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消え。
重い緞帳のような雨でしたが、そうした景色を見つめていると、私は不思議と癒されました。

昔から、水面を見るのが好きだったのです。
海未、という名前のせいでしょうか。
きっと、そうでもあるし、それだけではないでしょう。

……にもかかわらず、私の中の、一抹の不安は、消えそうにありませんでした。
「詞が……浮かびません。」
私はまた、歩き始めました。

3 :名無しで叶える物語:2015/12/11(金) 23:27:19.60
歩を進めるたびに、水溜りがばちゃばちゃと音を立てます。
「……みちゃーん!」

すると向かいから、雨にかき消されないように精一杯張った、楽しそうな声が聞こえてきました。
「海未ちゃーん!」
それは、凛でした。

「凛、どうしたのですか?」
「こんな、雨の日に。」
凛は大股で近づいてくると、私の前でくるりんと一回転をして、水を跳ねました。

覆うような大粒の雨にも関わらず、凛は傘を差していません。
その代わりに、可愛らしい黄色のレインコートを着ていました。

「凛はね、お散歩!」
「えへへ、新しいレインコート買ったんだ!」
そういって無邪気に笑う凛を見ていると、思わず私まで口角が上がってしまいます。

4 :名無しで叶える物語:2015/12/11(金) 23:33:21.57
「レインコート、とても素敵ですね、凛。」

「ありがとにゃ!ところで、そういう海未ちゃんこそ、なんで外にいるの?凛と同じ、お散歩?」

「お散歩……でしょうか。少し、違います。」
はい、少し、違うんです。

「分かったにゃ!海未ちゃんも、凛と同じで、新しい傘を使いたくて……。あっ、黒い傘、カッコいいよ!」

「ふふ、ありがとうございます。うーん、それも少し、違いますね。」
それも、少し、違うんです。

「ええっと、それじゃあ……海未ちゃんは、きっと……。」

「そうですね……μ’sに関係のある事、といいますか。」

5 :名無しで叶える物語:2015/12/11(金) 23:40:32.89
凛はしばらく考えこんで、それからぱぁっと笑顔になって、言いました。
「作詞だね!」

……答えを待つ凛は、ほんの少しだけ、不安げな表情です。

しかし、次の瞬間に、私の言葉を聞いた凛には、いつものまんまるな笑みが戻っていました。

「はい、正解です。」

「やったにゃー!」

喜びを抑えられず、ぴょんぴょんとコンクリートを跳ねる凛には、
私にはとうてい真似できない、自由で軽やかに、可愛らしい感じがあって、

「ふふっ……凛は察しが良いですね。」

「そ、そんなことないよ。」
少し恥ずかしそうにはにかむ凛の、時折見せるそういう表情が、私は好きでした。

6 :名無しで叶える物語:2015/12/11(金) 23:49:35.99
「そっ、それより海未ちゃん、作詞の調子はどうかにゃ?」

「そうですね……今の所は、あまり。」

私と凛は、ゆっくりと歩き始めました。行き先は分かりませんでしたが、歩き始めました。

「そっかぁ。作詞って難しいね。」

「凛?」

「だって、海未ちゃんみたいな、頭が良くて、言葉もきれいで、しっかりした人でも、なかなか思い浮かばないんだよ。絶対難しいにゃ。」

7 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:01:51.97
そうやって、凛があまりに褒めるので、私は思わず顔を覆いそうでした。
きっとその時の私は、熟れすぎた真冬のトマトのように赤くなっていたのでしょう。

だって、私は凛の言うような素晴らしい人間では、ありません。
頭も速くは回りませんし、ときに言葉遣いだって乱れてしまいます。
この前も、穂乃果を叱った時は……。いえ、とにかく。

偶さかに忘れ物をしますし、朝のお稽古だって寝過ごすときがあります。
私はしっかりした人間でも、ないのです。

あわわと傾いた傘の、その露先から、大きな滴がまた落ちました。

8 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:10:28.20
「私は、そんなのじゃないんです。」

「……海未ちゃん?」
凛は怪訝な顔をして、それから何かを察したように、真剣な表情になりました。

「詞が、思い浮かばないんです。」

「作詞に気分転換も兼ねて、外へ出てみたのですが。」

「詩的な気分で、雨の中を散歩してみたのですが。」

情けないのですが、私はぽつぽつと、後輩に言葉を漏らしてしまいました。

9 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:13:44.16
ポケットに入っているのは、先日ことりがプレゼントしてくれた、可愛らしいボールペンとメモ帳です。
そのうちのメモ帳には、真っ黒な打消し線のページと、真っ新な白紙のページの二つがありました。

「どうしても、詞が、思い浮かばないんです。」

凛は、私の言葉に無言で頷いていました。

10 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:19:43.86
「じゃあ、海未ちゃん。」

突然、顔を覗き込んでくると、一言、
「今日は、凛と遊ぼうよ。」

「明日も。」

そして、にひひと笑いました。

「り、凛?」
驚くしかありません。だって、明後日は期日の、約束の日なんです。

だけど凛は続けました。

「どうしても思いつかないなら、仕方ないにゃ!」

「それは……。ですが。」

11 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:26:36.47
なお戸惑う私を見て、凛は続けました。

「海未ちゃんはね、真面目だよ!すっごーく真面目。凛の知ってる、誰よりも真剣だにゃ。」

「部活も、勉強も頑張るし、生徒会だってやってるんだもん。」

「だから真姫ちゃんには、凛からもお願いするから!」

「凛は、海未ちゃんにサボってほしいにゃ。」

相変わらず凛は、楽しそうに笑っていました。

12 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:32:57.17
「にゃー!神田明神、いつ来ても良いね!」
買ったばかりの健康祈願のお守りを手に提げながら、凛は上機嫌でスキップします。

私も自然に歩を合わせるように、歩みが軽く、速くなりました。

「ふふっ、希が居なかったのは、少し残念ですけどね。」
そう言う私も、でかでかと、健康祈願、と書かれたお守りを、胸ポケットに仕舞っていました。

「あっ海未ちゃん、そういえば今日は希ちゃんが暇なんだって!」

「いいですね。それでは、希の家で……。」

「にゃ?」

「焼肉パーティです!」

13 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:34:13.56
>>11 >>12 間に大きな空白を入れるのを忘れていました

14 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:38:36.22
……私はきっと、生まれて初めてこんなにも堂々と、ものごとをサボりました。

いけませんね。

弱い、自分です。だけど、悪い気分ではありません。

何か張りつめていたものが抜けて、湿気の多い空気が、少しさっぱりした気がしました。

「あはは!それじゃあお肉のスーパーまで競争だにゃー!」
凛は真新しいレインコートを翻して、笑いながら走り出しました。

「待ってくださいね、凛!」
私も雨靴で、水溜りを軽く蹴って。

大きく傾いた傘の露先から、雨粒が遠く飛んでいきました。

その日は、とても楽しい日だった事を、よく覚えています。

15 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 00:39:08.85
終わりです。ありがとうございました。

16 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 03:21:49.42
良かったよ
乙です

17 :名無しで叶える物語:2015/12/12(土) 20:25:23.66

この雰囲気すごく好き

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