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花陽「Guilty time」
- 1 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:01:08.42
- カシュッ!
350mlのアルミ缶が爽快な開封音とともに麦の香りをほんのり漂わせる。
ごくっごくっごくっ…
大げさに喉を鳴らしながら中身を胃袋に流し込んでいく。喉を通るその冷たさと炭酸の刺激が心地よい。
特別好きというわけではないけど、これらを感じないと始まった気分にならない。私にとってそういう位置づけなんだ、このビールってお酒は。
半分ほど飲んだところでふぅと一息吐く。けふっと恥ずかしいものも少し出ちゃったけど、まあ、一人だし。
この様式美とも思える家飲みのオープニングに一つだけ突っ込みを入れるとするならば。
「…まだお昼の一時なんだよね」
- 2 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:04:15.77
- 正午に目覚めた休日。特に用事は作ってなかったし、外もどうやら雨模様。
つけっぱなしのテレビをBGMになにをしようか考えてたけど、面倒くさいがほとんどを蹴散らしちゃって。
私をベッドから降ろさせたのは唯一抗いきれなかったお腹の虫。
ぐうとうるさい催促に渋々従い、歯磨き洗顔のルーチンワークを済ませた後簡単にお昼をこしらえた。
その際に冷蔵庫でこの子を見つけたので引っ張り出した次第です。
- 3 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:07:11.38
- 食卓に並ぶのはまず真っ白なご飯。その隣に白いもやし、白い玉葱白めの豚肉と白尽くしの野菜炒め。おまけにお皿とお茶碗まで真っ白け。
野菜炒めの最後の具であるキャベツの緑色のおかげでかろうじて彩りをなしてるけど…。せめて人参くらい入れればよかったかな。
とはいえ、メニューがやや殺風景な分真っ直ぐと立つ銀色の缶が一段と輝いて見えた。
自分の格好にも目を落とすと、上はTシャツ下はパンツの二枚装備。あんまりにもだらしのない姿。
そして周りを見渡せば、脱ぎ散らかった衣服にぞんざいに置かれた荷物のあれこれ。
お昼に起きて、着替えもお掃除も後回しにしたうえでのビールだなんて、なんだかとってもいけないことしてる気分。
強まる背徳感にふふふと思わず笑みが浮かぶ。
- 4 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:10:09.70
- しゃくっ
最初のビールによって酒飲み体勢に入った口で野菜炒めを頬張り、いよいよお昼酒の本番へ。
シャキシャキと感じる野菜の歯ごたえ、ソースの香りに食欲が増していく。
ごくりと飲み込み、やや濃いめの味付けが残る口内をグビッとビールを飲むことでいったんリセット。
もう一度野菜炒めを頬張って、次に口に入れるのは白ご飯。
- 5 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:14:35.78
- たとえレンジで解凍しただけでも美味しいのが白ご飯。その甘みはソースの味付けとももちろん相性抜群です。
今回、野菜炒めさんにはおかずとおつまみの大車輪の活躍をしてもらわないと。
二口目を飲んだ時に思ったけど、ビールって一口目と二口目以降の減り方が全然違う。
豪快に呷るのは実は一口目だけでそれ以降は割とちびちびと減っていくんだ。
一口目以外で一気に減らすのは、強いて言うなら居酒屋さんでジョッキを空ける時くらいなんじゃないかな。
そんなことを考えながら野菜炒めとビール、野菜炒めとご飯のサイクルが続いていく。
最初に175mlまで減らした缶ビールも、やっぱりちびちび飲んで帳尻を合わせていく。
- 6 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:26:08.26
- 「ごちそうさまでした」
お皿もお茶碗も空にして、最後に少しだけ残ったビールも飲み干す。
こんとテーブルに顎を乗せて、いったん小休止。
はあ、とため息を吐いた時の顔は多分、この格好と同じくらいだらしのないものだったんじゃないかな。
こんな自堕落な時間を過ごしてても誰にもなんにも言われない。だって一人だから。
一人暮らし、慣れるまでは大変だったけど慣れてしまえば楽園です。…慣れてない頃はもっとしっかりしてた気がする。
- 7 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:30:11.95
- だらける最中、つけるだけつけて全く見ていなかったテレビに目を向ける。
見知った芸能人が郊外を歩いて、途中で見かけた老舗の唐揚げ屋さんとか中華まん屋さんでご飯を買って食べていた。
食べてる時の表情、味や食感を上手に伝えるレポートがこれまた食欲をそそる。ご飯を食べたばかりなのに私もそれが食べたくなってくる。
でも、楽しそうな芸能人の人たちもお酒は飲まない。
これだってお仕事だもんね。ただ楽しんでるようで本当は見てる人を楽しませるべく色んなこと考えながら歩いてるんだろうな。
私はお仕事じゃないからお酒だって飲んじゃう。自分が楽しければそれでいい。ふふん、と少し優越感を覚える。
…お仕事頑張ってる人に下着二枚で昼間からお酒飲む人間が優越感っていうのも一つの背徳なんでしょうか。
- 8 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:40:08.43
- 「せ、せめて部屋着くらい着ようかな…」
自分の格好を再確認した私はやっぱり着替えくらい済まそうと思った。
でも、やめた。
- 9 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:41:06.55
- 今日はもう外に出ないことにした。家の中で誰にも見られないならおめかししても下着姿でもおんなじ。
買い出しも本屋さんもCDショップも明日行ける。明後日でもいい。
それならわざわざこんな天気の日を選ぶ理由なんてないんです。
外に出ないならこれからなにをしよう。そんなの考えるまでもない。
軽めに作ったお昼ご飯では私の胃袋はまだ満足してないみたいだし、なにより私の意識がもうそっちへ向いてしまっている。
私は再び冷蔵庫を開け一升瓶を取り出す。これは以前両親が送ってくれたお土産の大吟醸。
銘柄に詳しくないから、どうもいいお酒らしいということしか知らない。
でも、知っていようがいまいがいいお酒に変わりはない。
- 10 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:44:06.31
- おつまみはまた料理するのも億劫なのでお豆腐をそのまま冷ややっこに。大きめのだからお腹も充分満たせるはず。
鰹節と醤油をかけて、ホントはおネギも欲しかったけどなかったから仕方がない。
次にお酒をコップに注ぐ。注いだ瞬間から特有の香りがふんわりと鼻孔をくすぐる。
すぐに口を付けそうになるところをグッとこらえておつまみの隣に並べ、写真を一枚パシャリ。なんとなく、この絵を残しておきたくなった。
さて、第二幕の準備は万端。今日はお酒を飲んでだらけていい日、私がそう決めた。
- 11 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 13:48:07.02
- 第二幕も手始めにお酒から口に含む。
今度はビールと違ってじっくり味わう。思ってたよりすっきりした味、辛口って言うのかな。
大吟醸ってフルーティな香りと甘さで飲みやすいイメージだったけど、こっちはしつこくない爽やかな後味で飲みやすい。
お酒の風味が残っているうちに冷ややっこを口に入れる。
お馴染みの淡泊で丸い味。主張しすぎない大吟醸との相性は図らずともばっちりでした。
お酒の辛さに豆腐の丸さが寄り添う感じで、お互いが邪魔をせず引き立て合って…なんて、さっきのグルメレポーターを真似してみる。
大吟醸はもちろん、用意が簡単だからという理由でおつまみに選んだ冷ややっこの思わぬ実力にも胸が高鳴った。
相性次第でこんなに美味しくなるなら、今度からお酒やおつまみについてもっと色々調べて見よう。
- 12 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 14:14:09.32
- 「まだ二時過ぎかあ」
親友みたいな二つの調和をちびりちびりと楽しんで、合間にちらりと時計を一瞥。
思っていたほど時間は経っていなかった。かと言って「何時まで飲もう」なんて考えるのは無粋。
それに、もしあえて答えを出すとするなら「気の済むまで」です。
座椅子の背もたれに体を預け、うーんっと伸びをする。
今更、流れているバラエティ番組は雰囲気に合わない気がして他のチャンネルに変えてみた。
結局、どれもしっくり来なくてテレビを消した。
- 13 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 14:25:31.43
- こち、こち、こち…
静まり返った部屋に時を刻む音が響く。
一口お酒を飲んでから、その音に耳を傾けた。
一秒一秒が確かに過ぎていく。
はっきりと分かる。
体感できる。
私だけの時間。怠惰に身を委ね、すべてを放り出して「楽しい」だけを享受する罪なひと時。
- 14 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 14:30:36.07
- 食べかけの冷ややっこは半分ほど残っている。
大きめとはいえお豆腐一つ食べるのにどれだけ時間をかけてるんだろうね。そういえばまた白いおつまみだな。
体を起こして白い直方体に箸を伸ばそうとすると、秒針の音のほかにノイズが混じっていることに気が付いた。細かいなにかが大量に地面を打っているような音。
私は窓に目を移す。
雨が降り出していた。
- 15 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 14:37:06.79
- ザーザーとなかなか激しい。窓に付く水滴が次々と新しいものに代わっていく。
箸を置いて、コップを手に持ち窓へ近づいてみると、外では街がせわしなく動いていた。
視界をぼかす雨の中でも、車道をたくさんの車が、歩道を傘をさしたたくさんの人々が行き交う姿が見える。
今日が休みで良かったなあと思いながら一口、遊びに行かなくて良かったなあと思いながらもう一口、お酒を飲みつつその様子をじっと眺める。
こんな天気でも都会の慌ただしさは変わらない。自分の部屋とのギャップの大きさに、窓を隔てて時間の速さが変わってるような錯覚に陥った。
この部屋で一分進む間に窓の外では二分くらい進んでたりしてるんじゃないかって思った。
- 16 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 14:46:13.69
- 「皆大変そうだなあ」
他人事みたいにそうこぼすと、後からその言葉が自分でもおかしくなって笑った。
座椅子に戻った私はもう冷えてもいない冷ややっこに再度箸をつけ、ここに流れるゆったりとした時間に浸りながら大吟醸と一緒に胃袋に落としていった。
見た目より量が残ってて最後のほうは少し苦しかった。
- 17 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 15:23:06.53
- 「ごちそうさまでした」
二度目の完食。お腹は満足したみたいだけど、幕を下ろすのはまだ名残惜しい。
どうせだからビールの一口目のように呷って酔っぱらってしまおうかと思っても、大吟醸でそれをやるのはもったいないという念に駆られる。
途端に暇になった気がした。コップに残るお酒をアテもなくちびちびと飲み進める。
すると佳境を過ぎたことを察したのか、体は急速にエンディングを迎えさせようとしてきた。
- 18 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 15:28:05.74
- 「ふあ…」
眠い。お酒には強いほうと自負してるので、これは恐らく満腹が原因。私は子供ですかと自分に突っ込んだ。
ベッドがおいでおいでと手招きしてくる。寝ている間に流れる時間は本当にあっという間。お昼寝は一番贅沢な時間の使い方だと思う。
寝るくらいなら峠を過ぎた一人酒を、第三幕として改めて開始したほうがと言いたいところ。
けれども三大欲求というのはそう簡単には抵抗できないもので。
- 19 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 15:31:34.28
- 睡魔とお昼酒への未練の二つに意識を引っ張られた結果、私はベッドに腰掛けるという中途半端な姿勢を取った。
うつらうつら、夢と現の狭間を行ったり来たり。
一度、がくんと大きく体が揺れてコップを落としそうになる。
もう寝てしまおうかな、でもまだお酒を飲んでいたいし、時間がもったいない。
それ以上に今からもう一眠りなんていくらなんでもだらけ過ぎな気がする。
どうしようか、うーんと曖昧な頭で考える。
結論はすぐに出た。
「…まあ、寝ていっか!」
- 20 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 15:36:07.48
- 今日の私は時間の大富豪だ。
だから思う存分無駄遣いしてやろう。
コップに残るお酒は飲み干さないでおいた。
今から少し長めの休憩を取るだけ。起きたらまた続きを始めよう。
掛けたラップは栞みたいなものだ。
冷蔵庫にコップをしまい、お手洗いも済ませてベッドに寝っ転がる。
タオルケットをお腹に掛けて、目をつむった。
- 21 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 15:39:07.57
- 街はきっと今でも慌ただしく動いているんだろう。
秒針の音に雨音、たまにクラクション、誰かの大声とたくさんの音が聴こえてくる。
でも、それもこれもぜーんぶ、今の私には子守唄。
皆さん頑張ってください、私は寝ますので。
私がやらなきゃいけないことは…夢の中でやっておきます。
それでは
おやすみなさい
…ぐぅ。
- 22 :名無しで叶える物語:2017/07/02(日) 15:39:34.04
- おしまい
夜9時くらいに目が覚めて結局後悔するまでがテンプレ。
投稿時間で作中の時間経過を表した…つもり。
平日休みの設定だから平日昼間に投稿したかったけどそんな時間取れなかった。
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