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黒澤ダイヤと三年間
- 1 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 11:58:19.89 ID:FMFLgL/Y.net
- 私が浦の星女学院に通おうと決めたのは幼少期から隣人である幼馴染がきっかけだった。
どの高校にするべきか、それなりに近いし静真でいっか。などと軽視していた私をよそに、
浦の星女学院、略称では<浦女>の情報を見ていた幼馴染は、唐突に言ったのである。
「私、浦女にするね」
確かに近所の高校ではあるので、別に中学生の浅はかな怠惰さにおける進路希望としては間違いじゃない。
しかし彼女は「記念になりそうだからさ」と明確な理由があるように言う
そしてそれはもう大層嬉しそうに「ここは廃校になるね。間違いなく」と断言して「ここに行く」と言ったのだ
卒業後か、在学中か
とにかく廃校になって世界から消えてしまった高校の生徒という肩書に魅力を感じるお年頃なのだそう。
正直、私にその気持ちは理解できなかったけれど、
幼馴染とは幼稚園から今日にいたるまでクラスも同じという運命の根強さもあって
この子がそこにするならという軽い気持ちで考えていた。
私は実に、浅はかだったのだ。
とはいえ私立。
入学金もその他もろもろも公立とはまるで変ってくるので、
理由はしっかりと<お母さん達と同じ高校に通ってみたいの>なんて情に訴えた。
そうした経緯もあって、
それなりに勉強をして受験をした私と幼馴染は難なく浦の星女学院への入学が決まって。
彼女――黒澤ダイヤと出会ったのは、その記念すべき入学式の日だった。
- 2 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 11:59:18.99 ID:e/ukM2U0.net
- よかった 乙
- 3 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:01:14.56 ID:FMFLgL/Y.net
- その日、愛しき隣人である幼馴染は盛大な寝坊をやらかしたのだ。
起こしに行ったのに二度寝されたのだから、惨い話だと思う。
いや、そういう人だと分かっていたのに信じたのが悪いのかもしれないけど。
私が自分と幼馴染の両親の熱烈な<先に行ってしまえ>に応え一人での登校となって
受験の時にも感じた坂道の厳しさに、
あれこれもしかして高校選び失敗したのではと今更に辟易しつつ辿り着いた校門で、彼女と出会った
煌びやかな日差しを受ける煌々と美しい長髪を風に靡かせ、
まだ新品ともいえる制服に身を包んだ黒澤ダイヤと。
「――あの」
私の視線に気づいたのか、彼女は振り返った
髪を押さえる手のしなやかさに目が滑って、彼女の視線と交わる。
光を反射する艶のある黒の長髪
端正な顔立ちの中、緑柱石のような瞳が揺らめいていて
制服の上からでも感じられるすらりとした姿勢の良さに圧倒される
だから<これは私とは違う世界の人だ>と、感覚がねじ曲がって
「ご、ごきげんよう!」
とっさに出てきた上ずった第一声。
お嬢様とはつまりこれである。
それを熱弁してくれた幼馴染に感謝――なんてするわけがなかった
- 4 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:05:21.39 ID:To4gcwH0.net
- また少女Aの話か
- 5 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:11:49.75 ID:FMFLgL/Y.net
- 「またまた同じクラスかぁ」
悪運が強い幼馴染は結局遅刻をせずに登校してきて
早くも机にふて寝する高校生活が決まったはずの私に声をかけてきた
「いやーごめんねー」
幼馴染の聞き慣れた声が弾む
語尾が僅かに膨らんで感じるのは寝不足の兆候
おおかた、遠足みたいな気分で眠れなかったんだろうと、察する
いつもなら軽口の一つでも叩くところだけど、今の私の心は引きこもり。
ふて寝をして聞こえない振りをすると幼馴染は「ところでさー」と笑い混じりの切り口を開いた
「黒澤さんにごきげんようって言ったんだって?」
「なんでそれを――あー、いや、うん。言わなくてもわかる」
ご田舎特有の――かは知らないけれど。
ご近所付き合いの繋がりの多さはなんて忌まわしいことか。
その場を知らないはずの幼馴染の知るところになっていたようで
笑いに笑って「ないわー」と声をあげた彼女の脛を、とりあえず蹴りあげた
- 6 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:20:57.84 ID:FMFLgL/Y.net
- ごめんごめんと平謝りする幼馴染に向けて顔をあげる
そこまで強くは蹴ってないとは思うけど、
一応心配すると「大丈夫」と笑う
「でも良かったじゃん、ごきげんようって返してくれたんでしょ?」
幼馴染は終始聞き及んでいるのか、そう言った。
何が良いものかと手で払う
あろうことかあれは初対面の出来事で
同じクラスでなければまだ名前も知らなかっただろう相手への大惨事
けれど、彼女は困惑しつつも柔らかく微笑んで「ごきげんよう」と返してくれた
確かにあの笑みを向けられたという点では良かったかもしれないけど。
「まぁこれからだって! せっかく同じクラスなんだしさ。仲良くしちゃいなよ」
「仲良くって言われてもね」
「庶民がちょっと良い人と知り合いになれるチャンスなんて、学生時代くらいでしょ」
真剣な幼馴染の助言だって周りは思うけれど
にんまりとした口許が<これから面白くなるな>と楽しんでいることを示すと分かる私としては
複雑も複雑に、出席番号順的にそれなりに離れた彼女の背中を眺めていた
- 7 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:31:19.02 ID:A9SpImGx.net
- |c||^.- ^|| 私はまた殺されてしまうのでしょうか?
- 8 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:32:02.67 ID:FMFLgL/Y.net
- 入学式はあっという間に終わり、教室に戻ってきた私達を待っていたのは自己紹介だった
さすが地元の私立校というべきか
結構な割合で知り合いがいるけれど、初対面もそれなりにいる
彼女もその一人
黒澤という大きな一族は知っていたけれど
そこにダイヤという名前の同い年の女の子がいるなんて知らなかった
私の幼馴染は祖父が漁師ということもあって知っていたらしいけれど。
聞いてないよとちょっぴりムッとしてみると、
幼馴染は相変わらず笑いながら「知ってるだけだったからね」と言っていた
名前と同年代
その程度しか聞いていなかったらしい。
そこまで聞いてるなら会いたいと思わなかったのかなと思ったのを察したのだろう
幼馴染は私から目をそらして意味ありげに言ったのだ
「まー私にとっては、こっち側の方が居心地が良かったのさ」
幼馴染の言う<こっち側>はきっと平々凡々な空気感だ
分かりやすく言えば貴族のような<あっち側>の空気は嫌だったのだろう
幼馴染はそういう、自由さが損なわれそうなことがあんまり好きじゃないから。
- 9 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:41:03.65 ID:FMFLgL/Y.net
- 幼馴染の生態はさておいて、自己紹介は緩やかに微かな賑わいと共に進む。
ア行が終わりカ行を消費する中で、彼女の番になる。
「黒澤ダイヤです。三年間宜しくお願いします」
彼女は礼儀正しくそう言って一礼する
佇まいはやはり名家のご息女らしく、
それまでのクラスメイトとの差が際立って感じられるほどに美しく思えた
趣味として映画鑑賞や読書に触れているのは
ちょっとだけ庶民派な感じがして嬉しかったのだけれど――とはいえやはりお嬢様
その後に続いた琴<など>も嗜んでいるという言葉には頭が痛くなってしまう
もちろん<ごきげんよう>だの<〜ですわ>なんて
お嬢様ぶった物言いは欠片も見られない
やっぱり私と彼女は違う世界に生きているんだなと再認識させられていると
少し離れた席にいる幼馴染が私を見て右手を見せる
グッと握ったこぶし、反り立つ親指
「いやいや、いけないって」
手をパタパタと振って拒否
幼馴染は眉を潜めたが知ったことではない
お嬢様と庶民
そんな正反対な二人の付き合いなんて、小説だけだ。
- 10 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/06/26(金) 12:50:33 ID:FMFLgL/Y.net
- 回ってきた幼馴染の自己紹介はまるで愉快な一時のような賑わいを見せて過ぎていく
後続をやりにくくさせる幼馴染の明るすぎる性格は幼稚園の頃からちっとも変わらない
入学式が楽しみすぎて寝れず、寝落ちして遅刻しかけるほどにはまだ子供なんだと内心で貶す。
でも、そんな幼馴染も嫌いじゃない。
自己紹介はそうして流れて私の前の女の子が自己紹介する
「松浦果南です」
そう名乗ったクラスメイトは淡島に住んでいるらしい
松浦さんの祖父が経営するダイビングショップのお手伝いをしたりしているらしく、意外に顔は広いようだった
もっとも、運動だけは断固拒否の私は初対面だけど。
そんなこんなで私の番が回ってきた
どう挨拶しようかと逡巡しているうちにどこからともなく「ごきげんよう」と飛んでくる
言わずもがな幼馴染だ
「ええ、ごきげんよう!」
怒気のこもった私の第一声、教室には笑い声が木霊する
あとで覚えておけよ。と憎悪燻る私の心中などお構いなしに、
図らずも緊張感の解れる空気の中彼女を見ると
今朝と同じ柔らかい笑顔を見せてくれた
私の大失態は有象無象として記憶の彼方に消えてはいなかったらしい
「えーっと」
とりあえず、あとで余計なことを言った幼馴染の脛を蹴ろう。
そう決意した私は半ばやけくそに自己紹介をして自分の番をかなぐり捨てた
- 11 :名無しで叶える物語(SIM):2020/06/26(金) 12:57:03 ID:XUIhauU7.net
- >>1
途中で切れている
- 12 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 12:59:59.57 ID:FMFLgL/Y.net
- そんなこんなで一回りは年上に感じる先生の挨拶も終わり、
今日はひとまずさようならとなる
知り合いの多いクラスは瞬く間に活気に満ち溢れていき
私はそんな騒がしさをかき分けて、幼馴染に歩み寄る
「このっ」
近づく勢いのままに脛を狙った足は惜しくも空を蹴った。当たればそれなりに痛かったろうに。
残念ながら、私が幼馴染である彼女のことを良く分かっているように、彼女もまた、私のことを熟知している
来ると思ったよと笑う彼女の自慢げな視線は私の後ろに向かう
私の背中に目なんて付いていないのに、誰が来たか分かってしまうのは、
幼馴染の口元が、ニヤリと笑っているからだ。
振り返り、見えた彼女の姿にほらやっぱりと幼馴染を一瞥して
「黒澤さん――で、いい?」
控えめに声をかける。
黒澤さんは「ごきげんようはもういいの?」と悪戯っぽく笑って見せると、
私の問いには頷いて答えてくれた
黒澤と呼ぶのはあり得ないし、下の名前で呼ぶのだってまだまだ無い話だと思う
- 13 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 13:09:32.82 ID:FMFLgL/Y.net
- 黒澤さんは私と幼馴染を見ると「仲が良いのね」と言った
物腰柔らかな黒澤さんとは対照的に無意味で無駄で壮大に輝ける幼馴染はにやにやとしている
「私は黒っちって呼んでいい?」
黒澤さんは戸惑いながら助けを求めるように私を見る
黒澤ダイヤだから、黒っち。なるほど
馬鹿じゃないのか――いや、そういえばこの人はバカだった。
「気にしなくていいよ、バカなの」
「バカとは何さ。そりゃ成績は良い方じゃないけど――」
「良い方じゃない。じゃなくて、悪い方だって認めなよ」
幼馴染の成績は後ろから数えたほうが早い
本人曰く「私の脳みそはメッシュ地なんだ。さわやかでしょ」とのことらしい
もはや救いようのない頭をしている
「面白いわね――あなた達」
「達? 待って黒澤さん、私も?」
「ええ――だって、ごきげんようだなんて挨拶をしてくるんですもの」
くすくすと楽しそうに笑う黒澤さんは、ごく普通の女の子のように無邪気に見えた
綺麗な時もあれば可愛らしくもある。名家のご息女とはなんと特別なのか。
ただ、それはそれこれはこれだ
私の<ごきげんよう>はそこの幼馴染のせいだと弁明する
それでも黒澤さんは楽しそうに笑うばかり。
私と黒澤さんの始まりは――そんな、どうしようもないものだった。
- 14 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 13:17:57.26 ID:FMFLgL/Y.net
- 入学式から早くも一週間経過したころ、
お昼休みにお弁当を囲う私達の一人である幼馴染は唸った。
「正直さ、来月もうテストがあるって意味わからないんだけど」
「仕方がないでしょ。夏休みまでは今月含めて三か月しかないんだから」
「それなら中間テストなんていらないと思うんですよ。私」
悪態をつく幼馴染をよそに、机に広げたお弁当箱のおかずを突く。
言いたいことは分かる。一理ある
でも学生としては、その流れに従わざるを得ないのだから、仕方がない
「確かにその気持ちは分かる」
同調するのは私のひとつ前の出席番号の松浦さんだ。
私が幼馴染のせいで繋がった黒澤さんとは別に、純粋に席が近いからと仲良くなった
しかし。と言うべきか
幼馴染とも黒澤さんとも知り合いだというのだから、内浦における私の交友関係の狭さが露呈したのは悲しむべきか。
「あなた達――学生の本分を忘れていない?」
「よく遊ぶことでしょ、知ってるって。大丈夫」
「――はぁ」
私のよくよく関わる三人の中で最も真面目と言える黒澤さんにも、
私の幼馴染の奔放さはどうしようもないようだ。
何とかしてね。とでも言いたげな黒澤さんの目に私は笑うだけに留める。
何とかするだけ、無駄だから。
そんな私達の心境など露知らず、幼馴染は「ところでさ」と口を開いた。
- 15 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 13:28:29.42 ID:FMFLgL/Y.net
- 「みんな部活入らないの?」
入学初日、中学時代と同様に陸上部の顧問に入部届を叩きつけて怒られた彼女と違い、
私達は一週間経っても入部なんてしていなかった。
「私は、ダイビングショップの手伝いしたいし」
「お稽古もあるし――生徒会に誘われているから」
祖父が経営しているお店のお手伝いをするためと言う松浦さんと
知り合いの三年生から生徒会に誘われている黒澤さん。
その一方で大した理由も、これと言った繋がりもない私。
「私、運動部とか無理」
「文化系のクラブも一応あるんじゃなかった?」
「やだよ」
「まぁ――部活なんて無理に入るものでもないからねぇ」
文科系を勧めてきた松浦さんの隣で、幼馴染はそう独り言ちる
- 16 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 13:40:19.31 ID:FMFLgL/Y.net
- 部活の話を振ってきたのはそっちだろうに。と思っていると
彼女は黒澤さんに話題を振った
「生徒会の何やってるんだっけ」
「書記よ」
「最終的に生徒会長にされそうだよね、ダイヤ」
生徒会役員は、会長副会長で二人、書記と会計で四人の合計六人構成だ
一、二、三の各学年から二人ずつ選出される決まりとなっていて、
生徒会長は基本的に三年生が務めるが、それ以外に関しては入り乱れている。
ちゃんとしているんだかしていないんだか。
微妙な感じの生徒会役員の一人である黒澤さんは、不意に私を見て「ねぇ」と声をかけてきた
「良かったら――会計、やってくれない?」
「か、会計?」
「そんな役職は役不足だとでも言いたげだねぇ?」
「言いたくないし思ってないしむしろ荷が勝ちすぎてるって思うけど」
- 17 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 13:49:34.65 ID:FMFLgL/Y.net
- 「そうかな。結構な真面目ちゃんなんだから、合うよ」
「またそういうこと言う」
私を知ってくれている幼馴染
けれど、こういうところだけはどうしてもそぐわない。
生徒会と私が合うなんて幻覚も良い所だ
とはいえ――一応は考える。
黒澤さんは誘われて生徒会に入った。
つまり、三年生が抜けた穴を埋める――二人必要だと推測できる。
一人は黒澤さんがいるけれど、あともう一人が一週間経っても未定なのか。
誰かが転校したなら黒澤さんか幼馴染から伝わるから、やはり決まらないのだろう。
それはだって、生徒会なんて好き好んでやる方が珍しいと思う。
「ほかに募集は?」
「他の役員も声をかけてはいるのだけど――あんまり」
「そっか」
- 18 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 13:58:52.64 ID:FMFLgL/Y.net
- 確か、今年の入学者数は四十弱だったと聞いた覚えがある。
一応、クラスは二つあるけれど役員五人がそれぞれ一週間募集をしてなお見つかっていないならば、
その白羽の矢が私に来るのも致し方ないのかもしれない。
「なら――わかった。やってもいいよ」
他に誰もいないのなら、仕方がない。
私が入っても数合わせにしかならないとは思うけれど、
入らなければ生徒会役員としての黒澤さんが困るのかもしれないし、暇だし。
「ありがとう――凄く、助かるわ」
「期待はしないでね、お願いだから」
「ええ――まだ一年生だから、わたくしもそんなに仕事らしい仕事はしていないから、大丈夫よ」
嬉しそうな黒澤さんを横目に、私は来年以降のことも考える
この感じからして、来年以降も私は生徒会に籍を置くことになるだろうし、
生徒会長なんて誰もやらなくて、黒澤さんになりそうな気がする。と。
ともすれば、私は副会長にまで昇進するかもしれない。
人手不足ゆえに。
というか、生徒会役員の選出や今までの伝統を守っていけるのだろうか。
最終的に生徒会長だけとかになったりしないよね? と、不穏なものが頭をよぎった。
- 19 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 14:07:48.42 ID:FMFLgL/Y.net
- 生徒会役員<会計>となった私は、
月を跨ぎ中間テストも近づく日ごろ――別に多忙でも何でもなかった。
まず、幼馴染ですら察したように年々減少傾向にある浦女の部活はそんなに多くない。
輝ける優秀な成績の部活だって別にない。
その他、本年度の行事予算などは毎年、前年度を参照して組まれることになっているため、
新規にどうこうというようなこともなく――。
「別にこっちに来なくてもいいのよ?」
「生徒会長――おはようございます」
「おはよう、黒澤さん」
礼儀正しく挨拶から入る黒澤さんの一方で、
生徒会室の机に伏せり気味な私は「そうですけど」と返す。
広くはない生徒会室にくるのは、私と会長と黒澤さんくらいである。
と言うのも、二週間くらい前の会長の暴露が原因だった。
- 20 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 14:18:33.55 ID:FMFLgL/Y.net
- 「これ、会計と書記二人ずつ要るのかな」
仕事らしい仕事などなく
あまりの暇さに誘発された二年生のボヤキに、現生徒会長は「そうですね」とにこやかに笑ったのだ。
温厚で、浦女の生徒からも人気があるらしい生徒会長は
女子としてはそれなりに身長が高く、160センチは越えている。
にもかかわらず、見下ろされるような立ち位置になっても威圧感の欠片もなく、
生徒会長と言う厳粛さが感じられる――かもしれない肩書を持つべきなのかとちょっと悩ましく感じる先輩は
のほほんとした表情のまま「元々はね」と切り出した。
「各学年から公平に選出することや、二学年の修学旅行などでの不在を補うための構成なんですよ」
ただ、年々の流れに伴って生徒会のすべきことも減り続けているため、
各学年から公平にという部分くらいしか残っていないのだそうで。
正直に言ってしまえばですね。と、生徒会長が続ける。
神妙な面持ちではあるものの、生徒会長の性格的に空気が引き締まるなんてことはなくて。
「役員自体、こんなに要らない程度の仕事しか無いんですよ」
そんな生徒会長の暴露には「ですよねー」と、笑いが役員達の口々に零れたのが二週間前
それからは必要ならば連絡を取って集まる。という程度にまで落ち着いた。
その結果が、普段は生徒会長がのんびりと読書をしているだけの生徒会室である。
- 21 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 14:30:29.96 ID:FMFLgL/Y.net
- 私がいるのは、一応は会計役員としての職務のため
前年度の会計の仕事を見ておく必要もあるだろうから――という建前で、勉強するためだ。
図書室よりも人の出入りが少ない生徒会室は
テスト勉強をするにはそれなりに良い環境だと言える。
黒澤さんも最初は生徒会室の使い方として問題があるのではと渋い顔をしていたが
生徒会役員はいわば生徒代表、良い成績を取ることも役目の一つですよ。と会長が唆して、今に至る。
「でも――やっぱり、真面目ね」
「そうかな」
「だって――言われたからじゃなくて、いつも自分から勉強しているでしょう?」
「一応、ここも私立だから」
幼馴染と同じ高校に通うため、親の情に訴えかけての入学をしたは良いけれど
通っている以上は学生の本業に集中するべきだと思わなくもないし、
自分から通いたいと言った以上は、それなりの成績を維持することは当然ではないだろうか。
それを幼馴染に言うと「はー、そういう考えもあるよねー」だったが。
黒澤さんは「そうね」と同意してくれたし、付き合ってくれてもいる
「でも、私は別に真面目じゃない。ただ、かくあるべしだなんて短絡的に進んでいるだけなんだ」
「そう――かしら」
「勉強をするのはまさにそれだよ。こうだからこう。それ以上でも以下でもない」
私には、これといった目標なんてなかった。
- 22 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 14:41:49.21 ID:FMFLgL/Y.net
- 「けれど、それでも成績は良かったんでしょう?」
「それなりにはね」
「学年で上位の一桁の成績をいつも維持していたって、聞いたけれど」
「それはそういう結果だっただけだよ」
中学時代の私は、今みたいにいい成績を取っておくべきだ。なんて思考さえなく
まぁ勉強しておけばいいよね。程度の浅はかさしかなかった。
部活には所属していなかったし、幼馴染に勧められた遊びをすることはあっても、熱中は出来なかった。
だから、空いた時間を子供として学生としてかくあるべしと過ごしてきた結果だ。
「褒められることなのかな」
「先生は――褒めてくれたでしょう?」
「うん、そうだったね」
よくやった。凄いじゃないか。
それなりに褒めてくれていたのを、覚えている。
クラスメイトだって凄いねー頭いいねーと言ってくれていたのも覚えている
でも、それは<頑張っている人のこと>であって<惰性的な私>に与えられるものではないように思う。
「黒澤さんは――」
「うん?」
彼女の視線に、私は口ごもってしまった。
黒澤さんはそれをどう思うのか。
それはなんだか聞くべきではないように思えて「成績悪かったの?」なんて誤魔化して。
「それなり――だったわ」
彼女はそう言って、微笑んだ
- 23 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 14:54:56.00 ID:FMFLgL/Y.net
- 「そういえばあの子――陸上、凄かったのね」
「頭の中身が空っぽな分身軽らしいよ」
それは私の考えた悪口ではなく、彼女の自称だ
早く走るために勉強をしないのだと。
勉強した分の知識で体が重くなるのは困る。と
堂々と彼女は語っていたし、
それで実際に中学時代はかなりの成績だったのだから救いようもない
「勿体ないわね」
黒澤さんがそう言ったのは、
陸上の推薦として静真から声もかかっていたことを聞いたからだろう。
幼馴染はそんなものは知ったことかと蹴っ飛ばしての浦女入学だった。
部活動にも力を入れている静真なら、彼女はもっと良くなる。
そう思われるのも仕方ないことだろうとは思うけれど「良いんですよ。あれで」私はそう言って、手を止めた
- 24 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 15:08:12.01 ID:FMFLgL/Y.net
- 静真の推薦が来た時、あの子は喜ばなかった
私と違って、彼女は頑張っている側だ
だから、普通は喜ぶと思われるそれを悦ばなかったのが不思議で、聞いた
成績を認められてうれしくないの? と。
それに対して幼馴染は「別に」と、推薦に関してとても無関心に吐き捨てると、
いつもと変わらない明るい声で言ったのだ
「私はやりたいようにやりたいだけ。期待とか、そういうの――嫌いなんだよね」
褒められるのは嬉しい。
けれど、<貴女ならもっとできる>、<これなら○○も狙える>そう言ったものが嫌いだという。
だから、それがのしかかることになるであろう推薦を蹴った。
その話がきたその日その時に「嫌です。お断りします」と。
「あの子は自由じゃなきゃ、生きていけないんだと思う」
「確かに――言われてみれば、ふふっ」
黒澤さんは何を思い出してか、笑いを零す。
泳ぎ続けなければ死んでしまう魚がいるように、
自由でなければ死んでしまう人もいる。私はそう思っているし、理解もある。
- 25 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 15:25:39.13 ID:FMFLgL/Y.net
- 「そうなると――プロの選手にもならないのかしら」
「ならないと思う。プロって結局成績重視だろうし」
幼馴染なら、もしかしたら望まれている分の成績は簡単に駆け抜けてくれるかもしれない。
だけど、そもそも望まれてしまうということに不服を感じるだろうから、
プロにはならないだろうという信頼めいたものがあった。
「そういう黒澤さんは?」
「わたくしは――どうかしら。最終的には、ここで骨を埋めることになるとは思うけれど」
「それは、もう行きついてるね」
黒澤さんは過程をすっ飛ばして死に場所を答える
中抜けているのは、彼女が黒澤という名家の長女であるせいかもしれない。
何らかの夢を追いかけて、自分はこうなりたい。
そんな夢語りのない私達は、指先一つほどの共通点はあるのかもしれないと思った。
「なら、大学は東京とか選んでみたら?」
「大学って――それを考えるのはまだ早いわ」
「将来がほとんど決まっているなら、まだ自由なうちに出ていけばいいよ」
高校一年生、入学してはや一ヶ月。
大学の話をする私達の横で、生徒会長である三年生の先輩は「止めてくれないと追い出しますよ」と、怒っていた。
――残念ながら、怖くはなかった。
- 26 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/06/26(金) 15:49:26 ID:FMFLgL/Y.net
- そんなこんなでやってきた中間テストも、早くも最終日となった日の放課後。
勉強? してないけど? と自慢げに本当のことを語っていた幼馴染は、
他の級友のようにテストの出来栄えを聞くと「なるようになったと思うよ」と笑う。
予習も復習も決してしない幼馴染ではあるけれど、
授業だけは受けているので、流石に追試にはならないだろうと信じる。
成績は良くない。数えるならば下の方からの方が早い。
そんな彼女でも、一応は苦手な英語を除けば追試になったことがない。
「そんなことよりさー遊びに行こうよー遊び〜」
「あら――いいわね」
「黒澤さんが乗り気だ」
「私だって――少しは開放的な気分にもなることだってあるのよ?」
「つまり、黒っちは裸族だったんだね」
幼馴染の遠慮ない発言に黒澤さんは真っ赤になる
当然そんなことないのは分かってるけれど、
もしもそうだったとしても、彼女ならばそれも映えるのだろうか。なんて思う。
「違うわ――違う、やめて――想像しないでっ」
「あはははっ」
黒澤さんの悲痛な願いに笑いながら、空想の中の裸族な彼女を消し去る。
きっと似合う。でも、それを言ったら怒られるだろうから――言わないでおく。
生徒会長と違って、黒澤さんが起こったときの顔はきっと怖いから。
もちろん――それも、胸の内に留めておいた。
- 27 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 16:20:51.89 ID:RC5er7VV.net
- またおまえかダイヤ殺しの前日談のつもりか?誰も望んでねーぞ
しかもがっつり地の文でオリキャラとかラ板でやるようなやつじゃねーよ
- 28 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 16:27:56.06 ID:fdvvTL7i.net
- ダイモブか
- 29 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 17:08:17.65 ID:SnJLr6US.net
- 担当医「今日もずっとぶつぶつ喋ってるなあの子」
看護師「高校生の女の子を殺そうとしたらしいですよ…」
担当医「日常生活は難しいかもしれないな」
- 30 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 17:24:04.81 ID:FMFLgL/Y.net
- 「中間テストお疲れ〜っ!」
「お疲れ様」
一際テンションの高い幼馴染の一声に続いて、四人での乾杯をする。
本当に疲れるようなことしたのか怪しい彼女が言うのは、少し違和感を覚える。
だって、テスト期間と言うこともあって数日間の部活動の休止なのに
ならば私は軽く走ってくるとランニングの日々を送っていた彼女には我慢すらなかっただろうから。
「ねぇねぇまっつん」
「ん〜?」
「夏休みさ、まっつんのとこでみんなでダイビングやろうって計画してるんだけどさ、予定空いてる?」
「みんなって誰よ」
彼女はいつも突拍子がなくて、勝手に巻き込んでしまう。
黒澤さんも知らず、松浦さんも当然のごとく知らないその計画は、
やっぱりと言うべきか、私達が含まれているようだ。
夏休み、みんなで遊ぼうというのは学生としてありふれたことだと思う。
だから、それ自体は課題に差しさわりのない範囲であれば構わないのだけれど。
「私は嫌だからね。ダイビングとか無理。運動無理、死ぬ」
「死なないよ。大丈夫――。私もちゃんと手伝うから――」
「そういう問題じゃなくて」
松浦さんの優しさに首を振る
泳げないとか潜れないとか水が怖いとかそういう問題以前の話で。
「私は荷物番として雇ってくれればいいから。ほんと、本当に――」
別に運動音痴だから嫌いなわけじゃない。
絶望的に体力がないのと、それを改善する気がないだけだ。
- 31 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 17:41:26.70 ID:BO7xK9HJ.net
- 期待。
- 32 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 17:50:21.58 ID:FMFLgL/Y.net
- 「あなたって――ほんとう、運動に関してだけは――奥手ね」
「奥手っていうか、運痴なんだよねぇ」
「運痴言うなっ!」
違うから! と、声を上げるけれど、
幼馴染も黒澤さんも松浦さんも、まるで信じていないとばかりに笑う
それはまぁ確かに、
投げたボールが地面に叩きつけられるとか彼方に消えるとか
ハンデで先に出たはずのランニングで周回遅れにされてるとか
色々あるけれど。
「ちょっとだけでもいいからさ、やってみない?」
「ほんとうに、これだけは無理。私はね。この後に控えてる体育祭で精神的に参ってるんだよ。解ってよ」
もう一度拒否すると、松浦さんは残念そうにしながらも
それなら仕方ないねと引き下がってくれる
幼馴染は表情から察するに引き下がる気がないのが見え見えだけど、見てないことにしておく。
「テスト勉強よりも辛い――って、嘆いてたわね」
くすくすと優雅に笑った黒澤さんは、
笑いはするけれど「無理強いは良くない」って、私に味方してくれた。
- 33 :名無しで叶える物語(茸):2020/06/26(金) 20:08:33 ID:5GLrzi6b.net
- ハーメルンでやれ
- 34 :名無しで叶える物語:2020/06/26(金) 20:18:51.76 ID:SA1jYtpS.net
- こういうモブ視点も良いな
続きに期待です
- 35 :名無しで叶える物語(らっかせい):2020/06/26(金) 23:53:35 ID:kuiF4Qzk.net
- 「そういえばさー、浦女廃校の噂とかって、出回ってきてないかな」
お菓子を食べたり、ジュースを飲んだり
ありふれたことをしながらたわいもない話をしていると
幼馴染はやっぱり、唐突にそんな話を切り出した。
「えっ、なにその怖い話」
不安そうな松浦さんに酷く満足げに頷いた幼馴染は、
実はさ。と、浦女入学の切っ掛けにもなった話をする。
そもそも公式で出されている情報である入学者数の情報
入学して発覚した、使っていない教室の数。
疑う余地のない情報を使っての妄言は存外に信憑性を生み出すことが出来るのだろうか。
松浦さんは「なるほど」と考えてしまう
黒澤さんも一応は真剣に考えているようで「そんな話――」とつぶやいた
「少なくとも、生徒会にそんな話は来てないよ」
「生徒会長に聞いてみた?」
「聞いてないけど――まぁ、多分望んでるような答えは得られないと思うよ」
- 36 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 00:24:44.15 ID:Ign3me+c.net
- 生徒会長である先輩は、私達一年生が知らない浦の星女学院の約三年間を知っている。
ただ、それはあくまで過去の話であって未来の話ではない。
先んじて廃校の話が出ていれば、狭さに定評のある我が愛しくもない地元のことだ
すでに私達の知るところになっていたはず。
そこから逆算するに、現生徒会長はこの話題に関して無知だと考えられる。
なるほど、そんな噂もあるんですね。知りませんでした。
こんな感じのことを言いながら「でも面白そうですね」となるに違いない
「廃校になる――なんて、噂は聞いた覚えがないわ。ただ、あなたの――その、お話はないとも言い切れない」
「妄想を真に受けるのはやめておいた方が良いよ?」
「妄想は酷くない? せめて推測とか想像とかさ〜」
幼馴染の沈殿していく声は無視する。
黒澤さんはないと言いきれないと言ったけれど、私も同意だ。
というより、廃校が迫ってきているんだろうな――と、予感はしていた。
黒澤さんは書記としての役割の為に議事録を
私は会計としての役割の為に過去の行事に関する資料を。
それぞれ読みふけっていたりもする。
その中で、だんだんと規模が縮小されていっているものや、
数年前に廃止になってしまった行事のことも見かけたし、そのことでちょっぴり話もした。
もちろん、廃校の件は触れなかったけれど。
- 37 :名無しで叶える物語(茸):2020/06/27(土) 11:14:05 ID:E4ZfcBJg.net
- ここでやるような内容じゃない!
けど保守しちゃう!ついでに上げちゃう!
sageてると読んで貰えないよ!?
- 38 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 12:03:21.06 ID:Ign3me+c.net
- 「それがもし――現実だとして、あなたは何かするの?」
黒澤さんはとても真剣な表情だった。
廃校が起こり得る将来の出来事であるとして、
私の幼馴染がそれを阻止するような活動を行うつもりなのか
それとも、何もなく受け入れるつもりなのか
黒澤さんはそれを気にしているようだった。
しかし、問いかけた相手が悪い。
幼馴染の引き締められる経験がない表情筋は緩んだままで
何にも考えてなさそうで。
「別にー? 私はただ廃校した高校の生徒ってちょっとした特別感があるなぁって思ってるだけだから」
幼馴染は廃校阻止なんてするつもりはちっともないと笑う
いち生徒がそんなことをして、どうにかなる。なんていうのは創作物のようなものだと。
そもそも、そういった行動を起こすのは浦の星女学院に愛着がある人であって、
自分のような<廃校をしそうだから>なんて不純な理由で選んだやつが行動を起こすわけないじゃないか。と。
笑いを零し、能天気に。
幼馴染はそんな砕けた雰囲気のままに、黒澤さんへと目を流した。
「もしかしてさ――黒っちは、行動できる側の人?」
- 39 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 13:50:14.95 ID:Ign3me+c.net
- 黒澤さんは少し悩ましい表情を見せると、
幼馴染に向けていた目を細めて――ゆっくりと閉じる。
「浦の星女学院は一応、伝統のある学院です。つまり――それだけの理由があるということ」
だからと言うわけではないけれど「何もしないと思う」と、黒澤さんは言った。
学院側だって、廃校しないために何らかの措置を取ってきているはず。
そのうえで廃校になるというのなら、それはやむを得ない事情があると思うべきだ。
大人がそれに対する何かをしてきて、
それでもどうにもならなかったことを、子供がどうにかできるのか。
同年代だからこそ、その心情に訴えかけられるかもしれない。という点においては、
先人の知恵にも勝る武器を持っていると言えるけれど。
「そっか――そうだよねぇ。まっつんも?」
「私? 私もダイヤと同じかな。廃校になるのは残念だけど、だからどうにかしよう。とは、ならないんじゃないかな」
その状況にない私達は、もしそうだったとしたらと言う空想を語る。
けれど、誰一人としてそれを止めるつもりはなさそうだった。
- 40 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 16:49:14.02 ID:Ign3me+c.net
- そろそろ解散しようかとなった夕暮れ時
今日は主催と言うこともあって幼馴染の家での開催となったのだが、
毎回自分の家と言うのもなんだかつまらないかなと考えたのかもしれない。
帰り支度を済ませた二人に向けて、口を開いた。
「今度は黒っちの家とか、まっつんの家とかが行きたいかも」
「私は全然いいよ」
「わたくしは、どうでしょう――」
快諾する松浦さんの隣で、黒澤さんは困ったように言う
彼女の家は、黒澤家――黒澤邸と言った方が良いかもしれない。
大きな家である彼女のところは、部屋数で言えば余るほどだと思う。
しかし部屋があるから特に関係のない友人を招くことが出来るってわけでもないのかもしれない。
「来客がない日――だったら、大丈夫だと思うけれど」
黒澤さんは少し考える素振りを見せてから、そう言った。
事前に予約をしておいて欲しい――みたいなところだろう。
幼馴染もそれを思ったのか「なんだか高級店みたいだね」と、嬉しそうにして
「じゃぁ今度――遊びに行かせてほしいかも」
やっぱり無遠慮に、彼女は申し出るのだった。
- 41 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 18:25:53.38 ID:Ign3me+c.net
- 黒澤さんと松浦さんが帰宅して、残った私達で後片付け――なんてこともなく。
幼馴染の部屋に戻ってきた私達は、まだ残っているお菓子を摘まむ。
「黒っち、妹がいるんだよねぇ」
「そうなんだ、初耳」
「あんたってさーほんと――」
幼馴染は言葉を切って、間を開ける
中身のなくなったお菓子の袋を指でつつくのは、手持ち無沙汰だからか。
私が何なのかと先を促すと、彼女は私を一瞥して、ヘラヘラと笑った
「せっかく黒っちと一緒に生徒会に入ったんだから、もうちょっとくらい興味持ったら?」
誤魔化した――と、私はすぐに察した。
私が察したことを幼馴染も同じように察したはず。
けれど、彼女はそれが言いたかったとばかりに「お菓子無くなっちゃったね」と呟く。
黒澤さんに興味がない、彼女にはそう見えているのかな。
ううん――きっと、私は松浦さんのことも興味がないと思われていると思う。
黒澤さんには妹がいる。
そんなこと、少し仲良くなれば聞き出せるはずなのに、私は知らなかったから。
「黒っちもまっつんも、あんたのお眼鏡には適わなかった?」
「査定が出来るほどの人間じゃないよ、私」
黒澤さんも松浦さんも良い人だ
不適切なのは、むしろ私の方にこそ言えること。
ただ、私は彼女たちとの付き合いを必要だなんて思っていないだけ。
所謂うわべだけのお付き合い――それで十分だって。
- 42 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 18:51:22.05 ID:Ign3me+c.net
- 「松浦さんはともかく、黒澤さんとは――そっちのせいで付き合う羽目になったの、忘れてないでしょ?」
「クラスメイトなんだから私がどうしなくたって、それなりだったと思うけどなー」
「でも、生徒会には入らなかった」
黒澤さんが私を誘ったのは、私が彼女と親しかったからだ。
それなりの親しみを持っていたから、彼女は私が生徒会に適切だろうと考えた。
もし始業式の日の登校で私が幼馴染と一緒だったなら。
たったそれだけで、<ごきげんよう>なんて言葉は消え、自己紹介での失態はなかった
それなら――きっと。
「だろうねー、あんたってテンプレートみたいなやつだもんね」
「テンプレートねぇ――なるほど」
言い得て妙だけれど、間違っていない。
ヘラヘラとしている彼女は、やっぱり私を良く分かっている。
生徒会に所属するなんて、普通には遠い。
私は、黒澤さんの<友人>として、頼まれた際にどうするかの判断を下した。
その結果が今の歪んだ状態
だとすれば――やっぱり、私は黒澤さんと関わるべきじゃなかった。と、思う
- 43 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 19:22:53.00 ID:Ign3me+c.net
- 「なんにしても、もう黒っちとは友達なんだから。せめて三年間くらいは保ちなよー」
「はぁ――」
ひらひらと手を振って見せた幼馴染は、口元で緩やかな曲線を描いている
私が彼女達と付き合う学院生活を送ることになって、一番楽しんでいるのは間違いなく幼馴染だ
やってくれた、ほんと。
そうは思うが、今更黒澤さんに「私達絶交しよう」なんて言えるわけもない。
思わずため息をついてだんまりな私に彼女の視線が刺さる
「黒っちが嫌いなら、それとなく伝えておくけど?」
「嫌いではないよ。黒澤さんは良い人――私とは、違うからね」
「あんたもあんたで悪い人ではないでしょうに」
幼馴染は笑い交じりにそんなことを言うとお菓子の袋を折りたたんで、きゅっと結ぶ。
それを机の上に放って、ニヤリとした。
「悪い人って言うのはさー、困ってるのを見て笑う人のことを言うんだよ」
幼馴染はその言葉の余韻を残すように黙り込む。
いつもの何もかもを冗談と考えているような雰囲気ではなく、黄昏を感じる空気感
そんな彼女は不意に元に戻ると「夕飯一緒に食べる?」と、明るく言う。
――急すぎるから無理。と、断った。
- 44 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 20:43:05.96 ID:Ign3me+c.net
- 時は流れて六月に入ると、
もう夏服でも少し辛く感じるくらいのじとっと張り付くような不快感に満ち始める。
なぜだかノースリーブの一年生の制服も
この時期となると、これはこれで良かったのではと錯覚するほどだ。
「体育祭、会計権限で予算0に出来ませんか?」
「それは不可能な話ですね。体育祭はやりますよ。必ず」
私の愚痴は生徒会長に一蹴されてしまう。
まぁ、当然の話だからどうと言うことでもないけれど。
「しかし、私が入学したての頃と比べれば――だいぶ簡単なものになっているんですよ」
生徒会長は手元の文庫本に視線を下げたまま、柔らかい声で言う。
懐古的な雰囲気を感じさせる先輩は、ふっと息を吐く。
ため息一つとっても、どこか大人めいたものを感じさせるのは、三年生だからだろうか。
「地域的な問題があるのだろうとは思いますが――寂しいものです」
「会長。この学校はいつまでもここにあるのでしょうか」
思いをはせる会長の一言に続けるように、黒澤さんは口を開いた。
直接的に<廃校>を出さなかった。
それでも――分かりやすい問だっただろう。
- 45 :名無しで叶える物語:2020/06/27(土) 21:17:16.40 ID:Ign3me+c.net
- 「さて、どうでしょうか」
「何か、お話を聞いている――と、いうことはありませんか?」
「私はただの生徒会長ですからね。無くす予定なのだが、どうだろうか。なんて相談をされたりはしないんですよ」
小さく笑いながら答えた会長は、栞を文庫本に挟む。
ぼかした言い方をしているが、つまりは廃校の話。
黒澤さんがより突っ込もうとしたからか、会長の目は私達へと向けられる。
「ただ、ただですよ。静真高校の生徒会長曰く、PTAがざわついている。というお話は伺っています」
「静真高校の生徒会長が――ですか。それは向こうだけの問題ではなく?」
「統廃合という言葉が出たらしいですよ」
会長はそう言うと、あっと小さく声を上げて驚いた素振りを見せて
ちょっぴり頬を赤らめ、恥ずかし気に微笑む
「これは他言無用でお願いしますね。――ふふっ、向こうの会長に怒られちゃいますので」
怒られるというのに、会長はなぜだか楽しそうだった。
統廃合――もし、それが本当に出てきた関係ある話であるのだとしたら、
浦女と静真の統廃合で静真が残り、浦女が消えるのかもしれない。
- 46 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 01:03:09.78 ID:kwl5wPYx.net
- 地の文ががっつり過ぎる…基本的にsageてるのもNGだしぶっちゃけラブライブ板には超絶不向きだぞ
あとモブ会長が地味にしっかりキャラ付けされてるっぽいのがなんかな…
メインキャラ出番少なすぎ
- 47 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 01:40:53.35 ID:YBqa/qZp.net
- >>46
不向きな内容だからsageてるんじゃない
あんまり読んでないけど
- 48 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 03:31:39.30 ID:y9IchVgo.net
- ええやん。結構好き
このスレにいるとト書き形式ばかりだから普通のも読みたい
寧ろモブ主観だから内面を描写する地の分形式の方が合ってると思う
- 49 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 10:41:35.91 ID:caEc2nyV.net
- 「さて――私はそろそろ帰りますね。お二人はもう少し残っていく?」
「それなら――」
「わたくし達はもう少しだけ」
席を立った会長に続こうとした私の手首を掴んで、黒澤さんが勝手に進言する。
会長はそれに何かを思うこともなく「戸締りと返却お願いしますね」と、生徒会室の鍵を置いてさっさと出て行ってしまう。
私達が普段から生徒会室に入り浸るほどの役員という信頼でもあるのだろうか。
夕日が差し始める生徒会室、一人分の影が抜けた分明るくなったように感じる。
彼女が掴んでいた私の手首は、もう解放されている
彼女の手の感触が幻覚だったかのように、そこには何も感じられない
なぜ――残ると言ったのか。疑問符が量産されていく頭を振る。
「黒澤さん?」
「ごめんなさい。この後用事――とか、あった?」
「それはないけど」
良かった――。と、黒澤さんは安堵して微笑むのが横顔でも見えた。
広くもない生徒会室で、一緒に勉強をする
そのための隣接した席取りが仇となったのかもしれない。
「さっきの話――どうするべきかしら」
「黙っていても良いんじゃない?」
- 50 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 10:59:14.94 ID:caEc2nyV.net
- あっさりと言った私に黒澤さんは驚いた表情を見せるけれど、
そんなに意外な事でもないのでは――と、私は思う。
この話を知りたがっているのは私の最も古い付き合いである幼馴染だし
旧知の仲であるなら、多少なりと彼女の思惑に付き合ってあげるのが幼馴染としてあるべき姿かもしれない。
とはいえ。とはいえ、だ。
あの子が完全に面白半分で首を突っ込んでいる以上、私はそれに協力してあげる義理はない。
「会長の話が本当に浦の星女学院のことなら、私達が横流ししなくても近いうちに知ることになると思うし」
「意外に――あの子に厳しいのね」
「意外ですか? 旧知ゆえに甘いのか厳しいのか。それは人それぞれだと思いますけど」
少なくとも私は彼女を甘やかそうと思ったことはない。
彼女の奔放さを制することを諦めているという部分に関して、甘やかしている。と取られるのは遺憾だ。
勉強についても、彼女がしたいというのなら教えるが、課題は手伝わないし写させるなんてもってのほか。
「黒澤さんだったら、甘やかしますか?」
「ふふっ」
「なにか?」
いえ、ごめんなさい。と、黒澤さんはなおも笑いながら口元を手で隠す。
一つ一つの所作が何となく、庶民離れしているように感じられるのは、彼女が事実お嬢様だからか。
椅子に座っている分、小さく見える彼女は人形のような愛らしさが感じられなくもなかった。
「わたくしも同じ――かしら。ただただ甘やかすのは、性分じゃないわ」
はたして――同じなのだろうか。なんて、
少し微妙な感覚を覚えたけれど、あえて口にはせずに「そうなんですね」と頷いた。
- 51 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 12:44:17.18 ID:caEc2nyV.net
- 「それにしても統廃合――ね」
「静真のPTAは受け入れがたいだろうね」
静真は部活動において浦女の比ではないほどに強豪だと言える。
ゆえに――と言うべきか、元からと言うべきか。
向こうの部活動に対する熱量は高い。
その一方で、もはや部ではなく愛好会に型落ちしそうな運動部数々が点在しているだけな浦女
他校との試合ができる団体競技は、ソフトとバスケ、あとはバレーボール部くらい。
バレーボールなんかは三年生の割合からして、来年には枠から外すことになるだろう。
そんな――体たらく、と、言うのは聊かかわいそうな気もするけれど、
そんな状態の学校と強豪校の統廃合の話が出たら、反対多数なのは当然だと言ってもいい。
いや――幼馴染を差し出せばちょっとは喜んでもらえるかもしれないけど。
「正直、私は部活動に力を入れる。なんてことに理解が出来ないけれど」
「運動が嫌いだから?」
「それもあるけど、もし本気でスポーツをやるならクラブチームに所属するべきだと思うんだよね。部活はただの趣味で良いじゃない」
「なるほど――。あなたは趣味に本気を出すべきではないと?」
「そうは思わないけれど」
学生が、趣味に全力を出して楽しむ。
それに関して、よく頑張れるね。とは思うけれど、別に否定しようとは思わない
趣味を持つのは誰にだってあることで、それを最も楽しめることとして入れ込むことも悪いことではないはず。
ただ、私は学生とは勉学に励むべきであると思っている。
「だから勉強が出来ません。と言うのは、学生としてどうなのかってならない?」
他人との付き合いで、教科外の勉強をするのもあるかもしれない――とも一応思ってはいるけど。
それはそれ、これはこれ。
- 52 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 15:12:51.14 ID:caEc2nyV.net
- 「なんて――言えば良いかしら」
黒澤さんは私を見ずにそう言った。
手元のシャーペンは暇そうにノートに転がっている。
迷いを口にした黒澤さんはしばらく黙ってしまったけれど、
それからふと顔を上げると、私の方を見た。
「少し――不器用なのね」
「不器用なんて、はじめて言われた」
「なら、器用と?」
「それは言われたことないかな」
もし、上手に紙を切れることや
折り紙がしっかりと綺麗に折れることを上手だと言われたことが、
器用である。と認識できるのであれば、私はその限りではないかもしれない。
とはいえ、人から「器用だね」と直接的に称賛を受けた記憶はなかった。
「不器用って、どのあたりがそう見えた?」
「どのあたり――と、言われると少し困っちゃうわ」
「私が怒ると思っているなら――ちょっぴり心外だね」
一応真面目にそう言ったのだけど。
黒澤さんは薄い笑みを作って優しい瞳をみせた。
「そんなことは――ただ、そう。困らせてしまうと思ったの」
- 53 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 16:33:55.33 ID:caEc2nyV.net
- 困っているのは黒澤さんのはずなのに、彼女は私が困ると言って控えめに目を伏せる
私の何が不器用なのか、それを言われるだけで私が困る?
反応に困るだけで黒澤さんが踏み切らない――なんて、あるだろうか?
それを言えるほどに私は黒澤さんを知らない
けれど、黒澤さんだって私のことなんてそこまで知らないはずだ。
だとしたら、誰しもが言われたら困るところが私は不器用なのだろう
とはいっても――と、私は思わず笑ってしまう。
「黒澤さんの困らせるなら、大したことないから大丈夫――幼馴染よりはね」
そう、彼女との付き合いを舐めないで貰いたいものだ。
幼少期から常に一緒の愛しき隣人
一日一日を、翌朝死に顔を晒すかの如く燃焼して生きている彼女との日々ほど、私を困らせてくれることはない。
黒澤さんとの付き合いだって、その派生だし。
今更なことだ。
それを聞いて、黒澤さんは明るく笑みをこぼす。
綺麗な人だ――と、私は毎回思わされる。
私のような人とは釣り合わない。と、その都度実感させられてしまうほどに。
「あなた――もう少し、自由で良いと思うわ」
黒澤さんは不器用には言及せずに、そう言う。
でも、そういう考え方もありかな――と、思った。
幼馴染は私をテンプレートな人と言い、黒澤さんは不自由で不器用と言う。
つまり――私は型に嵌まって窮屈そうに見えるわけだ。
それを事実だと認識している私は「自転車に乗りながら両手を離すなんて怖いよ」と、笑った。
- 54 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 21:36:08.10 ID:caEc2nyV.net
- 六月も終わりが近づき期末テストと体育祭がより近づきつつある頃、
私は黒澤さんと一緒に、彼女の家の玄関に居た。
「今日はご挨拶の予定もないから――大丈夫よ」
「はぁ」
いつものように生徒会室に行こうとしたのだけれど、
会長の「今日は遠慮して欲しいんです」でお払い箱となってしまったのだ。
私としては、別に勉強で利用させて貰うだけだから家に帰ればよかったのだけど、
それなら。と、黒澤さんに誘われてしまった。
断ればよかったのかもしれないけれど、なぜだか――惜しく感じて。
なんで断らなかった。なんでついてきてしまった。友人としては特に普通のことでは――?
そんな葛藤の激しい脳内が視野を狭めていたのかもしれない。
広い廊下のいくつかある引き戸の一つが開いたことに気付かず――ぶつかった。
- 55 :名無しで叶える物語:2020/06/28(日) 21:44:31.47 ID:caEc2nyV.net
- 半歩後退りした私の一方で、ぶつかった少女は小さな悲鳴を上げて尻もちをつく
黒澤さんはその子よりも、私のことを心配そうに気遣う。
大丈夫、足は踏まれていない? いつも以上に穏やかさを感じるのは、今は彼女の客人として扱われているからだろうか。
「私は平気――だけど」
言いつつ、尻もちをついた女の子を見下ろす
なら、私よりも痛い思いをしたはずのこの子が心配されないのは、つまりそういうことだろう。
「ルビィ、あなたは?」
「おっ、お姉ちゃん、えっと――」
「平気なら――先に言うべきことがあると思うけれど」
「あっ――えっ、あ」
目まぐるしく視線と感情が動く女の子――黒澤ルビィ
黒澤さんの妹であろう彼女は私の方を見て、涙目になる
じわじわと涙腺が緩んでいくのが目に見えるのが何とも言えない。
――あんまり関わりたくないなぁ。と、素直に思った
- 56 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 01:14:00.58 ID:Bv1iNm3A.net
- 地の文たっぷりなら今の半分を1レスでどうですか!?
きっとその方が見やすいですよ!
もっと本編キャラの出番ください!
でも今の作風も好きですよ!
- 57 :名無しで叶える物語(らっかせい):2020/06/29(月) 08:17:45 ID:0c7WZQNC.net
- 案内されたのは、黒澤さんの私室。
厳かと言うべきか、
私のような一般庶民的には到底私室とは言えない和風な部屋だった。
ベッドはなく小さめの本棚や箪笥が壁際にあって、
日中は陽の光を感じられそうな位置に木製の長机
横を見れば掛け軸はあるし、お皿があって花瓶があって――
普段は収納されているだろう折りたたみの机が、どこか浮世離れして感じてしまう
「黒澤さん、私のことからかってないよね」
「いえまったく」
「そう――?」
これが高校生の私室だと言えるのか。
私の部屋だってもう少し女子高生然とした明るみがある
幼馴染が見たら、時代劇のセットでも買い取ったのかと嬉々として茶化すに違いない
「華やかさに欠けてるね」
「ふふ――そうかしら」
黒澤さんは軽く笑って「そうかもしれないわ」と、続けた
- 58 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 09:11:56.04 ID:0c7WZQNC.net
- 黒澤さんは幼馴染とも松浦さんとも違っていて
会長の目がなくても、黙々と授業ノートと教科書を開いて、
重要そうな箇所を確認しては別のノートに書いてまとめている
冷静に考えてみれば、この状況は意味が分からない。
友達だから、誘われた友人の家に行くというのは別におかしくないかもしれないけれど、
私と黒澤さんは個人的に互いの家に行くほどの関係かと言われれば別にそんなことはなかったと思う。
あくまで同じ生徒会のメンバーで、友達の友達と言う程度だったはず。
「ねぇ――聞いてもいいかな」
「はい」
「どうして、誘ったの?」
視線は自分のノートに向けたまま、右手はシャーペンの芯をちょっぴり無駄遣いする。
あくまで過去の復習をしながらの会話と言う体裁を保つ
「たまたま来客がない日だから、なんて理由ではないでしょ?」
- 59 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 09:33:27.92 ID:0c7WZQNC.net
- 先日、幼馴染が身勝手にも要求した時に黒澤さんは事前に話があれば。と言うようなことを言っていた。
今日はそれがなくても問題なかったとして、
わざわざ私を家に誘う必要は別になかったはず。
私がもし、彼女に「いや〜家では集中できんのですよ。あははっ」などと宣っていたのなら、
気を利かせて図書館よりも人出が少なくそれなりに厳粛な黒澤邸へ招いてくれた――と言うのも悪くない
しかし、私はそんな幼馴染のような言い訳で逃げる気はないし、あったとしても黒澤さんには話していない。
黒澤さんは手を止めると、からんっと氷の揺れるコップに口をつける
潤いを与えられた薄い唇は、ちょっぴり妖艶な雰囲気があった
「同じ生徒会の役員であり級友であり、友人でもあるから――なんて」
黒澤さんの視線が私から流れる
ぽたりとコップから滴った水滴が彼女のノートを濡らす。
なんだからしくないな――と、知りもせずに思った。
「言い訳だわ。ただ――あなたともう少しお近づきになりたかった」
「黒澤さんは冗談が嫌いかと思ってたけど」
「嫌いではないわ――今は、それの必要はないと思うけれど」
黒澤家のご令嬢である黒澤ダイヤ
彼女は本当に、私なんかとお近づきになりたいと思っているのだろうか。
――思っているのだろう。
そう、失笑したくなるほどには、彼女の瞳は本気の色をしている。
心を冗談と言われたら――それは、確かに苛立つものだよね
- 60 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 10:14:05.61 ID:0c7WZQNC.net
- 「気持ちを嘲るようなことを言ったことはごめん。でも、私と近づきたい理由がわからないんだよ」
幼馴染と近づきたいっていうなら、私は渋面で理解できなくもないよ。と言えた。
彼女は自由奔放で手を付けられない面倒事の多い子供ではあるけれど、
だからこそ、彼女が気になるという人も少なくはない
よく言えばムードメーカーである彼女の傍は、
これもまたよく言えば賑やかで、明るい雰囲気を好むのであれば、
ぜひとも、その隣を歩きたいと思うものだろうから。
けれど――けれど。私は。
私はまるでそんなことはない。
周りを明るくしようだなんて思っていないし、そもそも人と関わるのだって必要最低限で構わないと思っている。
特に、これ以降の将来で格差的に離れ離れになるであろう黒澤さんとなんて、
単なる級友、役員仲間、友人の友人としての軽い付き合いで良かった。
「正直に言って、黒澤さんに意味のある付き合いではないと思う」
「それはわたくしが決めることではなくて?」
即答だった。
黒澤さんは私の言葉に立腹してか、目を細めて鋭くする
「この際だから正直に言うけれど――わたくしとしては、気に入っているのよ」
- 61 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 11:08:24.21 ID:0c7WZQNC.net
- 気に入ってるって? 黒澤さんが、私を?
あんなごきげんよう。の一言で?
お嬢様からしてみれば、愉快な人間だったのだろうか
ううん、それなら私じゃなくて幼馴染で良いはずだ
「真面目な人間が好きなタイプ?」
「不真面目な人よりは、断然」
黒澤さんはくすりと笑う。
さっきまでのほんのりひりつく空気感はなかった
「生徒会に誘ったのだって、あなたなら――そう、思ったから」
役員の先輩方が後継を見つけられなかったこと
誰もやりたいという人がいなかったこと
そんな経緯はあったものの、黒澤さん個人としては私を選びたかったと言う
煽てられても困る。
それで喜べるほど単純ならいいのかもしれないけれど、
私はそれを、買い被られているように感じてしまう。
- 62 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 11:18:15.37 ID:0c7WZQNC.net
- 「だからもう少し――そう、あと一歩くらい、仲良くなれると嬉しいわ」
照れくさそうに笑うでもなく、黒澤さんは真面目にそう言った。
それだけ、本気で考えているのかもしれない。
まだたった約三ヶ月の付き合いなのに。
けれどちょっとだけ。
胸の内に沸く違和感を感じて、冷たいお茶を一口通して体を震わせる。
嬉しい――なんて、ありえない。
「努力はする」
「ええ――ありがとう」
黒澤さんは微笑む
嬉しそうに感じるのは、きっと気のせいじゃないと思う。
袖振り合うも多生の縁っていうし、
原因は間違いなく幼馴染だけど、
断れた生徒会を断らないと決めたのは私だから。少しくらいは近づいて良いのかもしれない。
- 63 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 15:31:41.10 ID:0c7WZQNC.net
-
努力はする――とは言ったものの
じゃぁさっそくこうします。なんていうのは聊か難しい話だと思う。
私が幼馴染のような性格であれば「へい黒っち!」なんてことも言えるかもしれないし
黒澤さんが幼馴染のような人だったら「そういえば意外に厳かな雰囲気の部屋だね」と言えた。
当然、私はそんなザルのような脳みそしていないし、
黒澤さんの雰囲気はこの部屋に見事にマッチしている。
私は元来、自分のことをコミュニケーション能力に乏しいと思ったことはない。
クラスメイトに話しかけることは出来るし、そこから友人に発展させるのも普通にできる。
小学校中学校と、私はそれでごくありふれた学生かくあるべしという生き方で乗り切った。
ではなぜ黒澤さんにかける言葉も見つけられないのか。
彼女がお嬢様という明らかに格上なのもそうだけれど――。
「――どうかしたの?」
「え」
とても間抜けな声だったと思う。
さぼっているときにドアを叩かれたような、不意に鼓膜を震わされた動揺感
じっと見てくる瞳が気まずくて目を逸らしてしまう。
「ど、どうもしてない」
「その割には、さっきから進んでいないわ」
あぁごもっとも。
私の手は電源が切れたように動いていないかった。
ぽっきりと折れたシャーペンの芯が<自己の無意識>を象徴する。
とはいえ。
――意識して仲良くなるってなんか普通じゃない。と、思ってるとは言えない。
- 64 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 15:45:31.37 ID:0c7WZQNC.net
- 「ちょっと考えごとしてて」
「そう――話せる?」
黒澤さんは真面目に聞こうというつもりなのか、
ノートを黒染めにしていく手を止めて、声をかけてくれる。
その姿勢はやはり黒澤さんと言うべきか、
もう一歩近づきたいと言ってくれた彼女らしいと思う。
けれど「仲良くなる方法について悩んでます」なんていうのは滑稽ではないだろうか。
逡巡した私は、そういえば。と、頷く
「黒澤さんに、妹さんがいたんだなって」
「あぁ――ルビィね。迷惑をかけてしまったわね」
「それは良いけど、あの子も習い事してるの?」
そう訊ねた途端、黒澤さんの目が細くなる
私の失言かと思えば、その目に見えているのは私ではない何かのように感じて、口を閉じる。
私の失言なら謝るべきだ。でも――違うのなら。
「ルビィは――もうそういったことはしていないの。察しはつくでしょう?」
- 65 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 16:15:57.02 ID:0c7WZQNC.net
- あの衝突には私の不注意もある。
けれど、そのあとの様子を見ても黒澤さんの沈んだ声色には頷けてしまう。
黒澤さんの妹――ルビィ、ちゃん? は、簡単に言えばおっちょこちょいなのではと思う。
気もそんなに強い方ではなさそうに見えた。
ともすれば、あの子が習い事から身を引いたことも理解できる。
いや、そうでなくても張り合い続けるにはそれ相応の胆力が必要だったかもしれない。
私から見ても、黒澤さんはとても良くできたお嬢様だ。
その妹だとしたら、幼馴染も大嫌いな期待が付きまとっていただろう――なんて、
何も知らずに空想して、頷く。
「大変だよね、家柄が良すぎるって言うのも」
「簡単に言わないで――と、言いたくなるけれど」
黒澤さんはそこで言葉を切る。
氷の溶けたコップからは、もう余計な音はしなかった。
「あなたは、その言葉の意味を理解しているような気がする」
「まさか。私は普通の一般家庭だよ」
父がいて、母がいて――私がいる。ただ、それだけ。
家名を背負わなければならない黒澤さんと私が同列なんて――
私が地に額をこすりつけるべき酷い言い草ではないだろうか。
- 66 :名無しで叶える物語(らっかせい):2020/06/29(月) 16:48:45 ID:0c7WZQNC.net
- 「もし、黒澤さんが私にその点でシンパシーを感じて近づきたいと思ったのなら、謝るしかない」
「そんな理由ではないわ――ほんとうよ」
黒澤さんの表情が罪悪感に揺れる。
悪いのはどっちだろう――なんて愚問も良い所だと思う。
悪いのは私、余計な一言だった。
大変だね――なんて、知りもせずに。
私も黒澤さんも何も言えなくなって、気まずくなる
それから数分経って――おもむろに時間を確認する
もうすでに夕暮れ時で、
気付かないうちに、窓辺から差し込んでいる陽の光は色濃く傾いていた。
幸い、黒澤さんの家から私の家まで遠く離れていないから、
まだまだ大丈夫ではあるけれど――。
「ごめんね、黒澤さん。今日はもう帰ろうと思う」
「わたくしこそ、押しつけがましくて――」
「ううん、大丈夫」
申し訳なさそうな黒澤さんに首を振って、遮る。
前言撤回するべきだ。
私は――コミュニケーション能力に乏しい。と。
- 67 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 17:19:20.00 ID:0c7WZQNC.net
- そして翌朝の教室でのことだった――
案の定、幼馴染は探りを入れるように顔を近づけて。
「あんたさー黒っちとなんかやらかした?」
「そう見えたならそうなのかもね」
黒澤さんは普通に「おはようございます」だったはずだし、
私も同じように「おはよう、黒澤さん」と返したはずだった。
なのに、幼馴染はそのたった一言交わしただけで違和感を覚えたのだから、
私の知らない癖か何かがあるのかもしれないと思うと、少し怖いとさえ感じてしまう
「私って、コミュニケーション能力に乏しい?」
「少なくとも良いとは言えないと思うけどね。ほら、あんたって基本上辺だけの付き合いしかしないから」
「むぅ」
「そんなこと言うってことは、黒っちに突っ込んでってやらかしたんだ」
にやにやと笑う幼馴染の顔は叩きたくて仕方がないけれど、
そうする気分でもなく、机に伏せって視界を真っ暗にする
まぁ――図星だった。
- 68 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 17:42:38.89 ID:0c7WZQNC.net
- 「でも、黒っちの反応見る限りだと怒ってはなかったけどねー」
「怒らせたわけじゃないから」
「ふ〜ん。まぁ何でもいいけどさー」
幼馴染はそう言うと、黒澤さんを一瞥する。
周りがまだ始まらないHRまでの時間を潰す中で、彼女はきっと一限目の確認をしているのだろう。
そして幼馴染は「別にさ」と、口を開いた。
「あんたの全部とか、黒っちの全部を理解し合う必要なんてないんだし、気楽に付き合いなよ」
「そのつもりだし、今までもそうしてきた」
「黒っちは今までとは違うタイプでしょ。だから、あんたはやらかしたわけだし」
黒澤さんは今までと違う。
多分、それは的を射ているんだと思う。
黒澤家のご令嬢、なかなかのお嬢様な彼女は、
私が今まで上辺だけの付き合いで済ませてきた友人とは視力が違う。
私のこともある程度は見透かしているから――あんなことを言ってきた。
そんなこと、今までなかったのに。
- 69 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 18:05:31.85 ID:0c7WZQNC.net
- 「まぁ、燻った火は早めに蹴散らすのが良いよ。協力したげる」
「は、余計なことしないでよ?」
机から顔を上げると、もう足早に自席へと向かった後で
今すぐどうこうするわけではないのか。と、ちょっぴり安堵する。
でもやっぱり、合間の休みにでもお断りを連呼しよう。
そう決めて体を伸ばすと――ちょうど、担任がやってきた。
黒澤さんは私にシンパシーを感じたのだろうか。
だから近づきたいわけではないと言っていたけれど――
私のかくあれという生き方が、黒澤家とは――という生き方に似ていると思ったのだろうか。
黒澤さんのそれは、私とは比べものにならないだろうに。
「私って、黒澤さんのなにになるんだろう」
近づきたいとか、気に入っているだとか、
黒澤さんのあの言葉は本心だった――と、そう信じている。
あれはただの身から出た錆で、普通に今まで通りで良いのだろうか。
HRを聞き流しながら、私はずっと――彼女のことだけを考えていた。
- 70 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 18:26:56.90 ID:0c7WZQNC.net
- 合間合間に時間が出来るたびに、私は幼馴染に余計なことはしないように頼んだ
懇願したと言ってもいいくらいにお願いしたと思う。
とはいえ、彼女が終始大丈夫と笑っていたので、きっとダメだろうなと思ってもいた。
そうしたらやっぱり――余計なことをしてくれていた。
もっとも、ほかのみんなは居るけれど
松浦さんと幼馴染だけいない、黒澤さんと向かい合わせの昼食――という程度なのだから、
彼女の本領発揮した余計な事よりは確かに、大丈夫かもしれないけれど。
「すみません、あの人が余計なことして」
「ううん、それはいいけれど――」
黒澤さんは口にこそ出していないけれど、少しばかりは気まずそうな雰囲気を感じさせる
昨日のあんな別れ方の後で、
何事もなく向かい合えというのは、難しいと思う
普段は力強さを感じられる瞳が、今日は弱弱しく感じられる。
罪悪感を感じさせてしまっているとしたら、それは私の失態だろう。
- 71 :名無しで叶える物語:2020/06/29(月) 23:06:42.87 ID:0hrFrf8k.net
- 他の誰も見ていなくても私は見てますよ!
安心して続けてくださいね!
ただ一つ言うとしたらこれは果南か鞠莉ではダメだったのでしょうか?
地の文多めのせいでもあると思いますが一番はオリキャラが主人公だから見て貰えて居ないんだと思いますよ!
でもとりあえず続き待ってますね!
- 72 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 09:18:23.44 ID:owNcgcen.net
-
「黒澤さんは何も悪くない。私が余計なこと言っただけだよ」
「わたくしも、知ったようなことを言ってしまったわ」
黒澤さんは私が悪くないと庇うように首を振る。
私の余計な一言、それに対して言った自分の言葉こそが悪いと。
黒澤の後継として日々生きている彼女は、常日頃から他者の目には大変そうに見えていて、
彼女にとって、私の<大変だね>なんていう言葉はよく言われることなのだろう。
- 73 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 09:20:06.83 ID:owNcgcen.net
-
だから、私が大変だね。なんて言うのは仕方がないことだし、
黒澤さんはそれに対して適当に相槌を打っておけばよかったと思っているのかもしれない。
なんて言えば良いのだろう。と、考える。
まだ広げる途中の弁当箱を見下ろして、溢れる食欲をそそらせる匂いに、息を吐く
私は彼女曰く知ったような言葉に対してどう思ったのか。
怒ってはいない、申し訳なく思った。
黒澤さんがそこに近しいものを感じてしまったのかもしれないと思って。
私は、ただ――怠慢なだけなのに。と。
- 74 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 09:32:38.47 ID:owNcgcen.net
- 「私――人付き合いがあんまりうまくないんだ」
幼馴染と話して、笑いながら言われたことを思い返しながら、切り出す。
自分の欠点を欠点として認めて、
先んじて伝えておくのがいいのではないだろうか。と、信じて。
だって、その方が余計な取り違いも起こり辛い
幼馴染が自由奔放で面倒くさい人だと知らなければ、厄介だと嫌悪感も湧くかもしれなが、
そんな人だと知っておけば、あれはああいう<モノ>だとしてそれなりに諦めがつくように。
私がコミュニケーション能力に乏しいだめな奴だと思っておいてもらえればそれなりに何とかなると思うのだ。
「だから、その――黒澤さんは悪くないんだよ」
「ねぇ――」
絞り出した私の解に、彼女は声を被せてきた。
私が自虐すること。
それに対して難色を示すその表情に、私は思わず目を開いてしまう
「どちらも考えが足りなかった。互いを気遣えなかった――それでは、駄目かしら」
- 75 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 09:33:57.99 ID:lu9RUtcD.net
- 見てるよ
- 76 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 09:36:27.27 ID:owNcgcen.net
- これはたぶん、黒澤さんなりの妥協案なんだろうと思った
私が悪いと思っていても黒澤さんも自分に非があると思っていて
そんな責任の引っ張りあいが起きているから――妥協する
相手が自分の非としているのに
好き好んで自分が悪いという辺り、やっぱり黒澤さんは特別なのだろうか。
これに喧嘩両成敗は過言だろうか。
なんにせよ、黒澤さんだけが悪いというなら認めるわけにはいかないけれど
私達が悪い――というのなら落としどころだろうか
私としては、彼女は悪くないとしたいけれど。
「分かった――そうする。そうしよう」
ここで「ありがとう」は不適切かな。なんて考えていると
黒澤さんは「ありがとう」と、溢した。
- 77 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 09:47:37.16 ID:owNcgcen.net
- それからの私達は特別、距離を詰めるようなことはしなかったし
気まずさから距離をおくなんてこともしなかった。
今までのように幼馴染や松浦さん達を挟んでの付き合いや
生徒会の仕事や生徒会室での勉強をするだけだった。
そんな折、私は小原鞠莉と出会うことになった。
いつものように過ごした学校の帰り道、島の方へと向かうボートが出る船着場のところに彼女は居た。
桟橋に制服のまま腰かけていて、
夕陽の黄金色を織り混ぜたブロンドヘアを潮風で苛める彼女の耳から垂れるイヤホンのコード
黄昏を感じさせるその姿に立ち止まったのは失敗だったと――思う。
ふと吹いた風に靡く髪を手で抑える彼女が振り返ってしまったから。
- 78 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 10:43:44.67 ID:UAn66WUj.net
- 最近あった果林の隣の部屋の子の話とか鞠莉と百合婚とかそういう系の話でしょ
モブ視点でこそ描けるキャラの一面もあるだろうし、楽しく読んでますよ
- 79 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/06/30(火) 12:26:03 ID:owNcgcen.net
-
こんなとき、慌てて目を剃らして足早に立ち去れるのも――勇気の一種かもしれない。
私はそれが出来なかった。
ただ、見つめ返してくる視線を受けて<テンプレート>を探していた。
幸い、私も女学生だから問題にはならない。はず
そう割りきって笑って誤魔化して立ち去るのが正解だろうか
それとも、あえて近付くべきか。
彼女の不信感を育まずにいられるのは後者しかないと思って――
私は声が届く距離まで近付いた。
「ごめんなさい、とても映えて見えたから」
そう言うと、彼女は困ったように笑う。
言葉選びを――誤っただろうか。
- 80 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/06/30(火) 12:38:51 ID:owNcgcen.net
- 「つまりその、見惚れたの」
より直接的な言葉を使ったものの、
彼女は首をかしげると――気付いたように耳に手を当てる
垂れていたコードが揺れ、騒音にも似た激しい音が波の音を押し返していく。
「sorry――聞いてなかったわ」
「あ、うん。だよね」
イヤホンをしているのは分かっていたはずなのに
聞こえない可能性を考慮していなかった私の失敗だ。
聞こえないのに一人弁解していたとは――なんともはや。と、ため息をついて
「邪魔してごめんなさい。見惚れちゃって」
- 81 :名無しで叶える物語:2020/06/30(火) 12:57:08.61 ID:owNcgcen.net
- 見るからに外国の血が流れているであろう黄昏乙女は、
塗り替えた違和感のない金色の髪を揺らしながら、薄く笑みを作る。
黒澤さんとは別に、綺麗な人だと思った。
純粋な島国の民としての憧れで割り増しされているのかもしれないけれど、
気品を感じさせる微笑みは――お嬢様めいている。
「ありがとう」
「いや、その――」
「no、problem。知ってるわ」
彼女はそう言って「果南のお友達でしょ」と笑った。
私は知らないのに彼女は知っている。
その不平さを感じてか、彼女はそのまま私を見て
「小原鞠莉。同じ浦の星女学院の一年生よ」
隣のクラスね。と、優しい小原さんから目をそらす。
以前から<小原さん>や<鞠莉(ちゃん)>などと小耳に挟んでいたけれど
私の無関心さも極まっているんじゃないかと流石に危機感を覚えそうだった。
三十八人だから一応、二組ある一年生
来年は纏めてくれたら良いのに――なんて思ってしまう
- 82 :名無しで叶える物語:2020/07/01(水) 08:06:22.23 ID:TyDnBpmT.net
-
もう知っているみたいだけど。と、前置きしたうえで軽い自己紹介。
小原さんは私と松浦さんだけでなく、黒澤さんと幼馴染のことも知っているようで、
いつも賑やかだから。と、囁くような声で言う。
なんとなく――その騒がしさを避けたがっているように感じた。
「あなたの幼馴染は、初日に会いに来たのに」
「そうなんだ」
「――その様子だと、知らないのね」
小原さんは独り言のような小さな声で言うと、
耳から外したイヤホンに繋がっていた端末の電源を切る。
薄く広がるような騒々しい音が途絶え、彼女の穏やかな声がはっきりと聞こえた。
「一応、転入生だったりするのよ。本当はもう少しあとの予定だったんだけど――」
「え――あ」
「ふふっ」
そういえば、聞いた覚えがあるような。
思い返し、声を上げてしまった私を見て彼女は微笑む
- 83 :名無しで叶える物語:2020/07/01(水) 08:30:32.44 ID:TyDnBpmT.net
- 「最初の頃――といっても最近だけど、結構popularだった。と、思うんだけど」
「私にそれを求められても困っちゃうかな」
小原さんには悪いけれど、
幼馴染と違って、特別盛り上がるような性格ではなかった。
転入生、転校生が来た。
そう言われても「そっかー」で済ませるのが、私だから。
「なのに、声をかけてきたの?」
「見てるのがバレたから」
「見惚れてくれたのよね」
「――まぁ」
そこは事実なので否定はしないけれど、
面と向かって、その相手から言われてしまうと照れくさくもなってしまう。
尻すぼみする声はみっともないと感じて、気丈に彼女を見る。
- 84 :名無しで叶える物語:2020/07/01(水) 09:12:47.80 ID:TyDnBpmT.net
-
「あなたなら――別に、一緒に居てくれてもいいかも」
「置物っぽいからね」
「そうは――思ってないけど」
幼馴染ならそう評する。
引用して口にしてみれば、小原さんは声なく笑みを浮かべて首を振る。
騒がしくなく、いても苦にならない。といった感じなら、似たようなもののような気もするけれど、
流石に、置物というのは失礼だと思ったのかもしれない。
もしくは、置物も時には障害物となり得るからか。
小原さんは顔を上げると「もうタイムリミットね」と、立ち上がってスカートの裾を軽く叩く。
島の方からゆっくりと近づいてくる船が見えたからだろう。
「基本的にここにいるから、気が向いたら――また、ね」
あの船に乗って、彼女は向こうに行くのだろうか。
だとすれば、松浦さんと知り合いなのも頷けるかもしれない。
彼女の「気が向いたら」には「気が向いたらね」と繰り返すように答えておいた。
- 85 :名無しで叶える物語:2020/07/01(水) 09:57:38.39 ID:TyDnBpmT.net
-
そうした出会いもあった中、7月になって期末テストが行われるのだった。
黒澤さんは「あなたには抜かれたくないわ」と対抗心を感じさせることを言っていたけれど
それはたぶん、私こそが言うべきことだろうと思う。
かたやただの学生、かたや名家のご息女
日々得られる自由度に大差あるはずの私が、どうしてそうでない人に遅れをとれるだろうか。
中間テストだってその通りの結果だった。
黒澤さんだって順位一桁の成績だったし、悪いわけじゃない。
そもそも――たった三十八人での順位争いは寂しくならないのかな。
などと言ったら
「何事も、やると決めたらとことんやるべきでしょう?」
と、言っていた。
切磋琢磨するとも言うし、河原の丸石のように削り合う相手が居なければ洗練もされないということ――か
その相手を私にするのはどうなんだろう。
そこはかとなく――もやもやとした。
- 86 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/07/01(水) 12:54:26 ID:TyDnBpmT.net
- 期末テストは三日間に分けて行われる
水木金の曜日で実施し、
クラスの少なさとそもそもの生徒数から
土日を挟んで月曜日にはもう返却されるようになっている
その試験最終日、やはりお疲れ様といきたがったのは幼馴染だった。
期待たっぷりに黒澤さんを見つめる姿は
端からみてもうざかった――のだから
文句言わずに頷いてくれた黒澤さんには頭が下がる
「試験に答え合わせでもする?」
「黒っち〜それは有り得ないよね」
「また勉強しなかったの?」
「私の人生はね。勉強に浪費は出来ないんですよ」
呆れ顔の松浦さんに、幼馴染は堂々と語る
授業は勉強と等しくないので、
しっかりと受ける――という考えを持っているのが救いだろう。
- 87 :名無しで叶える物語:2020/07/02(木) 03:54:51.62 ID:zysnXIqy.net
- 保守
- 88 :名無しで叶える物語:2020/07/02(木) 18:35:30.06 ID:AYUN6fAM.net
- 黒澤さんの家につくと、以前とは違って客間へと案内される。
客間も十分に広いけれど、
彼女の私室を知っていると、ほんの少し手狭に感じてしまう。
「黒っちの家って感じがするねぇ〜」
部屋の雰囲気にまったく見合わず胡坐をかいて座る幼馴染は、
背中を伸ばすようにしながら間の抜けた声を黒澤さんへと投げる
彼女は彼女で、そう? と、困惑気味なものの、
奔放な幼馴染についてはもう完全に諦めているようで、
特に注意をするわけでもないようだった。
「畳の匂いってやつだね」
「そうそう。<ザ・和>って感じ」
「畳の匂い――?」
自分の制服の袖の匂いを嗅いで確かめる黒澤さんは、
なんだかちょっぴり可愛らしく思えてしまう。
普段は奇麗な人だけれど、ちょっとしたところが愛らしく思える。
「そういう意味じゃないと思うよ」
「なら、どういう――意味なの?」
雰囲気的なもの――なんて、曖昧な答えを返してみると、
意外に「なるほど」と、受け入れて貰えてしまった。
- 89 :名無しで叶える物語:2020/07/03(金) 08:24:05.68 ID:Pw0GZmzl.net
- 「高校生になってさぁ?
もう半年経ったわけでしょ? 浮いた話の一つでもないの?」
そう切り出したのは、言わずもがな幼馴染だった。
お茶菓子を手に取り口に含みながら
なんの気もない様子で、口にしたのだ。
黒澤さんの家には幼馴染が期待しているような浮わついた遊び心がない
その手持ち無沙汰な感覚から言い出したのかもしれないけれど
どうせ無いだろうけど。と、期待していないのは火を見るより明らかで。
「高校生って言っても女子校だし」
困ったように言う松浦さんは「あーでも」と少し考えて。
「ダイビングショップに来――」
「あーはいはいお世辞ねお世辞」
「流石に酷くない!?」
幼馴染は手をひらひらと振る。
お店に来るお客さんが「綺麗な子だか可愛い子だか言ってくれるよ」松浦さんが言おうとしたのはこの辺りだと思う。
どちらかと言えばお世辞に感じるかもしれないけれど
なかには、表現が正しいかわからないけれど
ナンパ――という線もあるんじゃないかと思わなくもない。
松浦さんは松浦さんで、スタイルが良いから。
- 90 :名無しで叶える物語:2020/07/03(金) 08:38:13.87 ID:Pw0GZmzl.net
- 幼馴染と松浦さんのやり取りを、私はたぶんその場にいない第三者として聞いていたと思う。
頭の中ではあれこれ考え、こうじゃないか。なんて思ったりもしていたくせに――
私の目は、黒澤さんに向いていたから。
だからきっと、二人の会話が途切れたとき
奪われていた思考力が戻った反動を受けてしまったのだろう。
「黒澤さんはどうなの?」
「えっ?」
すっとんきょうな私、間の抜けた黒澤さん。
数瞬見つめあって、ハッとする
「あっ――いや、そのっ」
「おやマイベスフレは黒っちにご乱心かな?」
とりあえず、幼馴染の二の腕をつねった
- 91 :名無しで叶える物語:2020/07/03(金) 08:47:35.52 ID:Pw0GZmzl.net
- 乱心はしていない。
執心でもない――たぶんきっと。
ただ、名家黒澤の長女という存在には
婚約者がいたりするかもしれないとか
日々縁談の申し出があるかもしれないとか。
迷信とか幻想とか小説とかのように身勝手に考えていた。
――もしかしたら。なんて
黒澤さんは私の焦りに、薄く笑う。
「わたくしには――なにも」
ちょっとだけ困ったように感じる眉
残念そうにも見えるのに、なぜかそうではないよう気もしてしまう。
- 92 :名無しで叶える物語:2020/07/03(金) 09:37:22.68 ID:Pw0GZmzl.net
- 「黒っちにもないとなるともうダメだねこりゃ」
残るのは私と幼馴染の二人。
幼馴染は先んじて「私にそんな気はまったく無いからね」と自嘲する。
浮わついた話を切り出しておきながら、
自分には恋をする気がないと白状する彼女は
自分ではなく他人のそれが気になるタイプなのだ
「で、どうせなんにもないでしょ?」
幼馴染の一方的な言い方に、少しムッとする
なんにもないのは事実なので
それ事態に怒りはないのだけれど――
黒澤さんにでさえないものがある。そう言ったらどうなるのか。
少しそれが気になったし、多少なり見栄を張ってしまうのが子供らしいのでは。と、思って。
「6月末に、会った人がいるよ」
平然と、言ってみるのだった。
- 93 :名無しで叶える物語:2020/07/03(金) 09:58:36.40 ID:Pw0GZmzl.net
- 6月末――? と、訝しげな幼馴染は
本当に会ったのかと馬鹿正直に訊ねてくる。
黒澤さんや松浦さん、その他友人知人ではないのは真実だけれど
まるで浮わついた話ではない。
それどころか、この場のみんなが知っているであろう――女子生徒の話だ
「ほんとほんと。たまたま一人で帰ったときに、その人が一人でいるのを見かけたんだよね」
「ふーん?」
「それでそれで?」
怪しむ幼馴染、興味津々な松浦さん
黙って聞いている黒澤さん
三人を見渡して、一息いれる。
「格好いい人だなーってつい見ちゃってさ。声、かけられたんだ」
格好いい人じゃなくて綺麗な人
声をかけられたのではなく、かけた。
唯一、見ちゃったことだけが真実である
- 94 :名無しで叶える物語:2020/07/04(土) 06:25:53.21 ID:gBB53d/B.net
- ほぅ
- 95 :名無しで叶える物語:2020/07/04(土) 11:27:24.80 ID:tppTr3p3.net
- 「別にナンパとかじゃなかったんだけど、ちょっとはにかみながら、なにか? って」
「――それで?」
「それがまた素敵で――制服から自分たちが学生だって分かったから。あの高校だよね。って話が出来てね」
その日はちょっとした自己紹介くらいしかできなかったけれど、
それからも見かけたときには声をかけて――話をするようになった。
「よく音楽を聴いてるって言うから、どんな音楽が好きなのかとか、こういうのは好きじゃないのかとか」
話していること自体は嘘じゃないからだろう
幼馴染もみんなもそれを嘘だ。なんて言ったりはしなかった。
どんな音楽なのかという質問には、普通なら私が興味を持たない小原さんの好む音楽を答える。
アーティストと言うべきか、バンドと言うべきか。
そういった本当の情報を答えているので、
幼馴染が疑って端末で調べているけれど、それがまた信憑性を上げてくれる
「まだ数回しか会ってないから、このくらいの付き合いだけどね」
「このくらいっていうけど――結構すごいと思うよ」
- 96 :名無しで叶える物語(らっかせい):2020/07/04(土) 12:57:16 ID:tppTr3p3.net
- 松浦さんはそう言うと、しみじみと頷く。
同じ学生だとは言え、異性に声をかけられ話をし、距離を縮めている。
それが出来ているのが凄いと思ってくれているんだと思う。
でも、純真にそんな褒め方をされると――ちょっぴり申し訳ない。
私が関わっているのは、同じ高校で同じ学年の小原鞠莉。
彼女はみんなを知っているし、
松浦さんなんて特に知人であるというのだから、酷い話である。
「まさか――まさかまさかまさかっ!?」
「その人とは――連絡先を?」
「ううん、そこまではしてないんだよね」
発狂寸前の幼馴染をよそに、黒澤さんに首を振る。
恋が云々に興味があるのか、私という友人のことを気にしているのか。
興味を持っている黒澤さんは少し、眉を顰めた
「では、普段はどうやって?」
「ん〜――なんていうか、私もその人も別に示し合わせてまで付き合いたいって思ってないんだと思う」
会いたい。話したい。そうして関わっていくのではなく、
いつもの繰り返しの中で、偶然にでも出会った時に――少しだけ言葉を交わす。
波の音、潮風、曇天の闇、晴天の夕日。
彼女の鈴とした声を聞くこともあるが、黙ってそれらに浸っていることもある。
「それはつまり、運命感じたいんだーってやつ?」
「運命――なのかなぁ?」
友人としての関係にも、運命と言うものは存在しているのだろうか?
少なくとも、この出会いに関しては恋愛における運命は介在していないと断言できる。
なにせ――互いに女の子なのだから。
- 97 :名無しで叶える物語:2020/07/04(土) 14:12:28.48 ID:tppTr3p3.net
- 「なら、付き合ったりしないの?」
「勿体ないよ! せっかく仲良くなれたんなら――」
「待って果南。互いに、そうやって強要されたような付き合いは好んでないって言っていたでしょう?」
嬉しそうな松浦さんとは対照的に、黒澤さんは穏やかだった。
私の交友関係が広がっているのを喜んでくれてはいるのだけれど、
私の言った<示し合わせた付き合い>を重く感じているのだろうか。
「交際をすると言うことは、多少――縛られてしまう。きっと、それを望まないわ」
「そうだね。そういうの、望まないよ」
そもそも女の子だし。と、内心で思いながら異性のことを考えてみる。
彼女もそうだけれど、私も黒澤さんが言うように縛られてしまうのを好まない。
だからこそ彼女は一人であの場所にいて、私はその姿に共感してしまった。
「早い話、私は付き合うとかできないと思うんだよね」
「でもさー? 女の子も男の子も。学生のうちに一回くらいは恋愛するのが普通だと思うんだよねぇ?」
「それが普通だとしたら、私達って普通じゃなくない?」
「恋愛なんて、するもしないも自由ではなくて? するのが普通と言うのは――いささか納得しかねるわね」
- 98 :名無しで叶える物語:2020/07/04(土) 19:44:17.91 ID:tppTr3p3.net
- 「ほほぅ」
幼馴染の瞳が好奇に輝く。
黒澤さんの人となりを少しは知っているであろう幼馴染は、しかし遠慮を知らない。
黒澤さんが交際に対してあまりいい印象を持っていないと感じたからこそのその雰囲気は、
やはり、無遠慮だ。
「黒っちは、男嫌いだったりするわけ?」
「嫌い――と言うほどでは」
「でもさー交際、黒っちは否定的に見えるんだよね〜」
そこでなぜか、彼女は私を見る
ニヤリとした口元が<今から私余計なことしますね! テヘッ>と語っているのが何とも憎たらしい。
咳ばらいを一つして、下品にコップの音を立てる
「男の子が嫌いじゃなくたってさ、恋愛なんてどうなるか分かったもんじゃないでしょ」
簡単に言えば、未知である。
誰かに恋をしたとき、自分と言う存在はどれほどまでに歪んでしまうのか。
その何者かの為に、過去に律してきた自分を裏切ることになるのではないか。
少なくとも不変ではあれないであろう未知なる現象には――正直、私は畏怖を覚える
- 99 :名無しで叶える物語(光):2020/07/05(日) 13:31:31 ID:dkrgj/B0.net
- 読み物としてとても素敵だと思います。
楽しみにしてます
- 100 :名無しで叶える物語:2020/07/05(日) 15:14:37.41 ID:ATPry6Dw.net
- 「それに、あんたはどうなの? 男の子が嫌いだから興味ないわけ?」
「興味はあるけどね、なんかさ――まるで想像できないんだよねー」
幼馴染はそう笑いながら頬をポリポリと掻く
小学校も中学校も、彼女は女友達よりは男友達と言う快活さを見せていた。
クラスメイトの女の子たちが次第におしゃれに興味を持ち始めていた時期もそう。
彼女は、男の子と遊んでいることの方が目立った。
それなのに、彼女は自分が男の子と付き合う想像が出来ないと言う。
照れくさいというより、本当に困ったと感じる幼馴染の歪んだ眉を見つめていると、
幼馴染は「遊びと交際は違うと思うんだよ」と言った
「男子と遊ぶことは出来るけどじゃぁ恋愛しよう。ってなると私は何にもできなくなると思う」
「手を繋ぐとかも?」
「遊びならいくらでもやるよ。中学の演劇部の手伝いで抱き着いたことだってある」
えっ。と、黒澤さんの驚いた声が上がって松浦さんの顔が険しくなる
流石に中学生ではまずいんじゃないか。と考えているのが仲良くなくても分かってしまう
いくら演劇部だと言っても、プロではないし、手伝い程度でそこまでするのだろうか。と。
私へと向けられた二人の視線には、頷いておく。
残念ながら、嘘ではない。
- 101 :名無しで叶える物語:2020/07/05(日) 16:08:41.41 ID:ATPry6Dw.net
- 「けどさ、それって別に好きでも何でもないから出来るんだと思うわけだよ。私」
「え〜? 普通逆じゃない?」
「そう? だとしたら、私は女の子としての普通からは外れてるのかもしれないね」
やや無関心気味に、幼馴染はそう言った。
私は恋愛を未知ゆえに畏怖している。
けれど幼馴染は、恋愛を考える気がないのかもしれない。
なるようになるだろう――なんて、考えているように感じる。
「まぁ、そうやって異性と付き合ってきたわけだけれど、私は別に恋してるなぁ――とは、一度も思わなかった」
「興味持たないからじゃないの?」
「友達の恋愛に興味はあるんだけどね」
たとえば、私が誰か男の子に恋をしたとする。
幼馴染はそれに興味を持つわけだけれど、
その矛先が向いているのは、あくまで私であって恋ではないのだ
「小中で、友達が○○くんかっこいとか、好きとか、付き合ってるとか。そう言うの聞いてて、へぇ〜凄いじゃんって思ってたのになぁ」
「自分もしてみたいとは――思わなかったと?」
「有名人を見てすごーいって湧きたってたからって、そうなりたいと思うわけじゃないんだよ」
そう言うと、幼馴染は少し切なげな顔をする。
彼女にとっては珍しい、でも、決してしないわけではない憂いを帯びて
「違う。蚊帳の外だったんだ」
彼女は首を振る。
そこで言葉を切って、まだ冷えている麦茶に口をつける。
続きがあると解ってるからか、誰も口を挟まない
幼馴染にしては――そう、彼女にしては、それは酷く真面目な空気を感じさせていた。
「他人だったんだよ結局――幸せそうにしている友達を見て、私は今の自分以上に幸せになれるだなんて思えなかったんだ」
- 102 :名無しで叶える物語:2020/07/05(日) 16:21:22.76 ID:ATPry6Dw.net
- 「友達の恋愛に興味があるのは、それが幸せに見えるから。自分のそれに興味がないのは、それで幸せになれると思えないから」
幼馴染はそう言うと、
多分きっと、私はそういう風に考えてるからなんじゃないかなぁ。と、
砕けた語尾で、和ませるかのように呟く。
「そう――いう、考え方もあると思うわ」
「難しい話は良く分からないけど、今満足してるなら別に恋愛とかしなくても良いんじゃない?」
黒澤さんと松浦さんの仲裁するような言葉が聞こえる。
幼馴染はそれを笑いながら聞いて「そうだねぇ〜」とにこやかに言うのだ。
彼女は、それ以上に幸せになれると思えないと言った。
それは嘘じゃない――と思う。
けれど――本当は、幸せではなくなってしまう。そう、思っているように私は感じた。
今のまま、幸せなままでいたいから、恋愛を避けているのだと、
そう言っているように感じた。
誰かに恋をすると言うことは、心がその人に縛り付けられてしまうことになると、考えられなくもない。
彼女はそう考えて、自分の<自由>が損なわれることに嫌悪感を抱いてさえいるのかもしれない。
ゆえに――無関心になる。
「でも、恋をするのが普通なんだろうなぁ」
幼馴染のささやかな呟き
縁側の方から吹き込む風が、風鈴を揺らす音が聞こえる。
誰一人として幼馴染の言葉に同意はしなかった。
- 103 :名無しで叶える物語:2020/07/06(月) 00:20:56.10 ID:NnUsOpxZ.net
- チャラいけど頭の中は高一じゃないなこの幼馴染
やっぱりラ板で無駄遣いする内容じゃないって
普通に渋にでもあげた方がいい
- 104 :名無しで叶える物語:2020/07/06(月) 07:58:12.76 ID:AnyzvNje.net
- 期末テストが終わって数日、返された結果は想定通りだった。
お疲れ様会の後に行った見直し通りの点数で、順位的にもトップの成績
松浦さんも決して悪くはないし、
流石に幼馴染は三〇台の順位ではあるものの、赤点はなかったので問題なく部活が可能だと喜んでいた。
黒澤さんと小原さんも私と変わらない順位なのは流石だと思ったのだけれど、
やっぱり――黒澤さんは不服さを感じさせた。
「前にも言ったけど、黒澤さんは私と違って自由な時間少ないんだから当然だと思うんだけど」
「それはそれ、これはこれです」
「でも、妥協はしてくれないと」
黒澤さんが私を追い抜くには、学年一の成績にならなければならないわけで
それを取るためには、黒澤さんは今まで以上に勉強しなければいけないと思う。
お稽古と生徒会――そして、勉強
全てを両立してトップレベルである現状でも無理しているのではと思うのに、
今以上だなんて、あまり認められたものじゃない――なんて。
「いや――ごめん。まぁ、黒澤さんはそうだよね」
これは過干渉だ
普通の友人らしくない――まるで、私らしくない。
- 105 :名無しで叶える物語:2020/07/07(火) 00:51:27.06 ID:c3sUVbuW.net
- >>104
期待保守
- 106 :名無しで叶える物語:2020/07/07(火) 07:30:44.68 ID:3q+BeAx9.net
- 私が少し手を抜けば、黒澤さんは満足するだろうか。
きっと満足しないし喜ばないだろうし。
手を抜いたことがバレるリスクを考えると――それは駄目だろう。
「頑張ったって、黒澤さんは私に勝てないよ」
「次学期は後れを取らないつもりよ」
「今でも十分ついてきてるって思うけどね」
私と同じことをしていて、
それ以外に私がしていないことをたくさんしているのに
黒澤さんの成績は私にとても近い。
それで満足したらいいのにと、思って。
「まぁ、無理はしないようにね。私と違って黒澤家としての責務もあるんだろうから」
「心配、してくれているの?」
「ん――」
ちょっぴり驚く黒澤さんを一瞥する。
心配――かな? 心配かもしれない。
一応、友人ではあるから――頑張りすぎていることを気遣う
「色々ありそうだから」
どんなことがあるのかは分からないけれど、
妹さんと黒澤さん
その家の大きさを見ていれば、何となくありそうに感じる。
- 107 :名無しで叶える物語:2020/07/07(火) 07:30:44.69 ID:3q+BeAx9.net
- 私が少し手を抜けば、黒澤さんは満足するだろうか。
きっと満足しないし喜ばないだろうし。
手を抜いたことがバレるリスクを考えると――それは駄目だろう。
「頑張ったって、黒澤さんは私に勝てないよ」
「次学期は後れを取らないつもりよ」
「今でも十分ついてきてるって思うけどね」
私と同じことをしていて、
それ以外に私がしていないことをたくさんしているのに
黒澤さんの成績は私にとても近い。
それで満足したらいいのにと、思って。
「まぁ、無理はしないようにね。私と違って黒澤家としての責務もあるんだろうから」
「心配、してくれているの?」
「ん――」
ちょっぴり驚く黒澤さんを一瞥する。
心配――かな? 心配かもしれない。
一応、友人ではあるから――頑張りすぎていることを気遣う
「色々ありそうだから」
どんなことがあるのかは分からないけれど、
妹さんと黒澤さん
その家の大きさを見ていれば、何となくありそうに感じる。
- 108 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/07/07(火) 08:16:56 ID:gsnH9oo6.net
- 色々あると考えておいて
いえいえなにもありませんよ。となったら笑い話になるだろう。
黒澤さんが「そんなお貴族様じゃないわ」と笑いながら扇でも振ってみせてくれたらなお愉快かもしれない。
でも黒澤さんは、微かな笑みを浮かべるばかりで
肯定も否定もせずに口を閉じた。
余計なことを言ってしまったかなと目を向ければ
そんなことはなかったようで。
「ありがとう――体調にも気を付けるわ」
「そうしてくれると助かる」
感情を擽るような彼女の声に、私は目を背ける
「じゃないと――生徒会の仕事押し付けられちゃうからね」
- 109 :名無しで叶える物語:2020/07/07(火) 09:27:00.69 ID:KpRu7QV2.net
- 「書記ももう一人いるから――大丈夫」
書記も会計も二人ずついる。
だから問題はないとする黒澤さんは
それでも、迷惑をかけることになるだろうからと、気をつけてくれると言う。
その嬉しそうな表情が向けられているのが――なんだかもやっとする。
嫌なわけではないけれど、
今までの自分はここまで関わらなかったはずだからかもしれない。
「次も勝つよ、私」
「では次は体育祭――」
「敗けでいいや」
あと数日後に控えた私の嫌いな一日
黒澤さんの持ち出したその勝負事からは――逃げ出す。
黒澤さんのちょっとした笑い声が聞こえる
そんなこと言わずにと引き留める声がする
でも、運動だけは駄目なのだと――受け付けなかった
- 110 :名無しで叶える物語:2020/07/08(水) 03:22:07.67 ID:95ocW+Wx.net
- 保守
- 111 :名無しで叶える物語:2020/07/08(水) 08:32:40.18 ID:ukFrBmg3.net
-
まだ人数の多かった小学校、中学校
そこで行われた運動会では、クラス全員一丸となってとか
色々、私には理解しがたい集団意識みたいなものがあった。
卒業したから言わせて貰えば、あんなものはただの同調圧力である。
拒否権が無いからそこにいるだけで
応援だの全力だの頑張れだの――運動嫌いな私にとっては地獄のような祭典だ。
級友の殆どが<勉強しなくていいし>などとにこやかだったのを見て
呑気でいいなぁ――と上の空で逆さてるてる坊主を作ったのはいい思い出かもしれない
とはいえ、我が忌むべき旧知の友である幼馴染の「やるからには勝つぞ−!」という雄叫びにクラスが沸き立ったので、
まだまだ過去の話にはなっていない
- 112 :名無しで叶える物語:2020/07/08(水) 08:39:44.16 ID:ukFrBmg3.net
-
そうして清い心で逆さてるてる坊主を作っていると、
不意に黒澤さんが声をかけてきた
「これ――逆さになってしまってるわ」
「これはこれで良いんだよ。大丈夫、間違ってない」
困惑の色を浮かべる黒澤さんに、逆さてるてる坊主のありがたい御利益を話す。
体育祭前日に端正込めて作ったてるてる坊主を逆さに吊るすと、体育祭を中止にしてくれるという御利益
黒澤さんはなぜだか「貴女は――もう」と呆れ顔ではあったものの
特に止める気は無さそうで
「その努力の一部でも運動に傾けたら良くなるんじゃないかしら」
「それを勉強しない運動大好きっこに言ってみるといいよ」
- 113 :名無しで叶える物語:2020/07/08(水) 09:31:01.81 ID:ukFrBmg3.net
- 私自身、運動しないための行為だから頑張るのであって
運動能力向上のためにその分頑張れと言われても無理だったりする。
そういうのは、普通の車に灯油で走れと言っているようなものだと思う。
確か走れる車もある――みたいな話も聞いた覚えがあるけれど
少なくとも私は走れない方の車だ。
「体育祭、そんなに?」
「体育祭どころか体育自体無くていいよ――うん、要らないね」
運動したい人だけがして、したくない人はその分別の科目に集中する。
やりたくないのにやって疲れたり怪我するのは大人になってからで良いのではないだろうか。
子供はもう少し自由でいいと思う。
なんて――言えない。
「黒澤さんはやりたい人なんだね」
「やりたいというか――やる決まりだから。かしら」
「そっか」
やる決まりなら致し方ないと私も思っているけれど
でも、黒澤さんはそれとは違って
諦念ではなく、そうすべきという義務感で動いているように感じた。
- 114 :名無しで叶える物語:2020/07/08(水) 20:33:08.18 ID:ukFrBmg3.net
- 「ところで――」
会話が途切れたかと思えば黒澤さんの声が間を繋ぐ。
「今日は、会うのかしら?」
「会うって?」
「ええっと――親しい人」
黒澤さんの困った様子には私が困惑する。
ほんの少し言い淀んだわりにはと言うべきか
だからこそと言うべきか
シンプルに不明瞭なことを言われたからだ。
親しい人なら――一応、黒澤さんもそうだろうに。
もしかして親しくなってしまったと思っていたのは私だけで
黒澤さんは<顔見知り>だったのだろうか。
それはそれで望んでもいいのだけれど、
にも拘らずそこはかとなく不愉快ではあるのが我ながら理不尽だ。
- 115 :名無しで叶える物語:2020/07/09(木) 17:06:27.26 ID:2BgPJ7hX.net
- おちるぞー
- 116 :名無しで叶える物語:2020/07/10(金) 08:18:18.81 ID:F0xKVAOH.net
- 黒澤さんが<親しい人>と抽象的に言うということはつまり
幼馴染と松浦さん、生徒会長
いずれでもないということになってくる
つまるところ、小原さんだろう。
以前、小原さんとの出会いをまるで異性と出会ったかのように話したせいだ。
正直、いつまでも隠しておくことではないように思う。
「会えたらだけど――」
あの場所にいけば基本的には会える。
島の方への船の時間にもよるけれど。
「黒澤さんも一緒にいく?」
ただの悪戯のつもりでそう言ってみた。
- 117 :名無しで叶える物語:2020/07/10(金) 08:33:25.22 ID:F0xKVAOH.net
- 黒澤さんがそういうことに遠慮するタイプだと思っていなかったと言えば嘘になる。
知人でもないし、同性ならともかく異性を紹介されることには多少警戒心があるものと思っていた。
だから「問題がなければ――」そう、黒澤さんが言ったとき私は思わず反応に遅れが生じた。
私がその分の信頼を勝ち得ているだなんてポジティブな思考はしない。
どうしてと、自分からの提案の癖に困惑してしまった。
――黒澤さんって意外と異性好き?
いやいや、この間の反応からしてそれはないと首を振る
「じゃぁ帰ろっか」
時計を見てみると、まだ急げば小原さんに会えるかもしれない時間
黒澤さんに声をかけて、身支度を手短に終えて二人揃って――寄り道をする。
- 118 :名無しで叶える物語:2020/07/11(土) 07:53:42.30 ID:vaALRULE.net
- 見てるよ
- 119 :名無しで叶える物語:2020/07/12(日) 00:16:04.44 ID:KHWvjP6E.net
- 保守
- 120 :名無しで叶える物語:2020/07/12(日) 15:22:25.31 ID:99+N8dG+.net
- ほっ!
- 121 :名無しで叶える物語:2020/07/12(日) 22:04:30.77 ID:PXIzZxWZ.net
- 追いついた!続きが楽しみです。
- 122 :名無しで叶える物語:2020/07/13(月) 16:44:03.47 ID:tX91PfVW.net
- 小原さんに会う場所は、普段黒澤さんがバスを降りる所よりも先にある。
バスの運賃は変わらないものの、
だからこそ帰りの分がかかるという話には、黒澤さんは気にしなくていいと首を振った
そんなに、私の異性関係が気になるのだろうか。
申し訳ないことをしているかなと、少しばかり悩む
黒澤さんが相手が男の子であることを期待して興味を持ってくれているのなら、
実は、貴女もご存じの小原鞠莉さんです。となったらどうなるか。
ちらりと横に座る彼女に目を向ける。
窓側に座る黒澤さんは、まだ高い陽の光を浴びてちょっぴり眩しそうにしている。
なんだかそれは――少女然としているというか、子供っぽいという感じがした。
「黒澤さん、どうして会いたいって思ったの?」
「お相手の方に――?」
「うん」
それ以外にはない。
にもかかわらず、黒澤さんは聞いてきて。
「貴女が会わせてくれる――と、言ったからかしら」
- 123 :名無しで叶える物語:2020/07/14(火) 00:38:11.44 ID:2qn8OoFM.net
- 面白い
- 124 :名無しで叶える物語:2020/07/14(火) 14:18:00.39 ID:ZRq2boIA.net
- そこはかとなく嬉しそうに見えるのが気のせいではないが、
少しばかりもやもやした気分になるけれど――つまりはそう言うことらしい。
私の口を突いて出てきた悪戯が、結果的に私を困らせることになったというわけだ
因果応報とは時折あることだけれど
これほどまでに迅速な切り返しを行う因果はさぞ手練れだろう。
なんて――心の中で嘯いてみる
「なるほど、それはそうだよね」
「むしろ、会わせてくれる提案にこそ驚いたわ」
黒澤さんは驚いたと言いつつ粛々とした雰囲気を感じさせる。
それは時間の経った今だからかもしれないけれど、提案した時だって逡巡さえしなかった。
本当に驚いたのかと訝しんでいるのを気取られたのか、
黒澤さんは「本当に」と付け加えた。
バスの停車案内を見てみれば、まもなく黒澤さん常用の停留所
今ならまだ間に合うかと、息を吐く
「悪戯のつもりだった。急に言われても困ると思って」
「話を聞いたときから、貴女の御眼鏡に適う人を一度は見てみたいと――思ってたの」
「お眼鏡に適うね」
「ええ」
確かに、黒澤さんや松浦さん、小原さんや幼馴染
その中の誰かが異性と付き合いが深いと言い出したとしたら、私も好奇心を抱かざるを得ないかもしれない。
特に幼馴染と、釣り合いの関係で黒澤さんの相手には。
- 125 :名無しで叶える物語:2020/07/15(水) 08:18:22.94 ID:xh3hpZ8C.net
- とても楽しみにしているように見える
だから、これはもう――と、思った。
「ごめん黒澤さん、この話――相手は男の人じゃない」
「と、言うと?」
「女の子なんだ。異性どころか他校ですらない。浦女の一年生」
しかも、黒澤さんも松浦さんも、幼馴染も
みんなが知っているような同級生
赤信号で止まるバスの揺れを感じながら、黒澤さんに目を向ける
彼女も私を見ていて――視線が重なった
「小原さん。黒澤さんも知ってるんじゃないかな」
「小原――」
黒澤さんは繰り返すように呟くと、
不意に「あぁ」と、得心がいったと声を漏らす。
黒澤さんの手は自然と考える素振りを見せた
「なるほど」
「その全て合点がいったって感じ、信じていいのかな」
「幼馴染に見栄を張ったのね」
「信じるよ」
- 126 :名無しで叶える物語:2020/07/15(水) 09:23:52.55 ID:xh3hpZ8C.net
- 私の即決が面白かったのか嬉しかったのか
黒澤さんは小さく笑う
全てとは言ったけれど、結局は<幼馴染の煽り文句>だけである。
見栄を張る必要――というのはさておいて
そうする理由など彼女を置いて他にない
少なくとも私には。
「だから、ついてこなくてもいいんだよ」
「そういうわけにはいかないわ」
黒澤さんは拒否する。
なぜかと問えば「せっかく誘って貰えたのに」と、返ってくる。
私が心を許しつつある異性ではなく
私に誘われたということに重きを置いていたのだろうか
彼女が抱いていたのは見知らぬ異性への好奇心ではなく
私という友達への――なんて。
それは流石に自信過剰も過ぎるというものだ
- 127 :名無しで叶える物語:2020/07/15(水) 09:51:48.53 ID:xh3hpZ8C.net
- 狙ったわけではないと思う
悟られたわけでもないと思う
けれど彼女はそんな逡巡の隙を突いて、引目がちに口を開く
「それとも――迷惑?」
窺うような視線、見えない境界線に怯む声
それはあんまりではないかと思うくらいの臆病さ
それならそうと言ってくれれば辞退するという雰囲気
困らせるつもりの悪戯だと私は言った
それが跳ね返って来ただけの話のどこに、彼女が負い目を感じる部分があっただろうか。
あるのだとしたら――私は相当察しの悪い女だろう
「黒澤さん<に>迷惑じゃなければ良いよ」
あえて迷惑を被るのは黒澤さんではないかと強調する。
たとえ私が被る側だとしても自業自得なのだから酌量の余地は皆無だ
- 128 :名無しで叶える物語:2020/07/15(水) 13:25:39.77 ID:WydowEGd.net
- 面白いな
- 129 :名無しで叶える物語:2020/07/16(木) 07:45:04.28 ID:3VS6hLbx.net
- いいぞ
- 130 :名無しで叶える物語:2020/07/16(木) 14:57:13.66 ID:EDf4fwRn.net
- 「迷惑――なんて」
そんなことないと黒澤さんは言ってくれる。
迷惑だったり、不都合だったり
断る理由があるのなら、断るのが普通だと言うけれど、
黒澤さんの場合、赤の他人でもなければ――それなりに考えてくれると思う。
つまり私は黒澤さんの友人として認めて貰えてる――ということかな。
「小原さんだって知ってがっかりしなかったね。もしかして、もう聞いてたり?」
「貴女と知り合った――とは」
いつも黒澤さんの下りるバス停が近づく。
彼女は本当に降車ボタンには目もくれなかった。
少し考えるように視線を動かして、瞼が降りる
「ただ、話を聞いていて貴女のような人だと思っていたわ」
大人しくて、あまり自分のことを話そうとはしない。
けれど、聞けば答えてくれるし話せば聞いてくれる。
友達に近い知り合いのような人だと聞いたと、黒澤さんは正直に教えてくれる。
悪口は言われなかったかと問うと、困ったように首を振った
「悪口ではないけれど、強いて悪く言うなら<友達の友達と二人きりになった感覚>と、言ってたわね」
- 131 :名無しで叶える物語:2020/07/17(金) 11:59:01.35 ID:NkyYJSf7.net
- 保守
- 132 :名無しで叶える物語:2020/07/17(金) 19:35:22.94 ID:laQBs4ll.net
- シンプルに不明瞭とか手練れな因果とか言い回しが超がつくほど独特な語彙力の高いJKだ
もう少し子供っぽくしようず
- 133 :名無しで叶える物語:2020/07/17(金) 20:44:36.48 ID:6sP5HHOr.net
- 浦女の秀才やし
全国偏差値は知らんけど
- 134 :名無しで叶える物語:2020/07/18(土) 11:00:01.74 ID:VWFfcq2E.net
- ( ^8)ホーホー
- 135 :名無しで叶える物語:2020/07/19(日) 07:35:24.01 ID:B42zSIEU.net
- 保守
- 136 :名無しで叶える物語:2020/07/19(日) 19:33:57.95 ID:+0u2wMFF.net
- 「あははっ確かに、否定はできないですね」
友達の友達とは言い得て妙だ。
小原さんとも親しくさせて貰ってはいるけれど距離感があるのは否めない
それこそ友人一人を間に挟んでいるような距離感。
それは、高校を卒業したら疎遠になってしまうような細い繋がりであり
実際、私は小原さんとの関係はそうなるものだと考えている。
彼女とは住む世界が違う――そう感じているから
「黒澤さんは、そう感じてませんか?」
「そうね――」
言葉尻が霞みがかる
それが答えだったかのように漂う沈黙を、バスの停車音が大きく引き裂く
少しだけ揺れて、黒澤さんの視線も動いた
私ではなく、どこか遠く――それは、過去を顧みているような瞳だった
そしてふと、私を見る
「感じていると言ったら、もう少し縮めて貰えるのかしら」
「――これでも、関わってる方なんですよ」
「そう――」
黒澤さんも小原さんのように別世界の住人だと思っている。
今ここまでの親しさだって、私からしたら誤算でしかない
本当なら彼女とはただの級友だったはずなのに――気付けば、二人きりになる間柄
「まだ三ヶ月だから――ね」
それで納得しようとしている彼女に、私は同意をしなかった。
同意をしてはいけないと思った。
その心でも見透かしたように黄昏を感じさせる彼女の横顔が、私にはとても――。
- 137 :名無しで叶える物語:2020/07/19(日) 21:54:06.99 ID:iZbHGidZ.net
- それからは大した会話も無くなって、時間だけが過ぎる
黒澤さんはまるでたまたま席が隣同士になっただけの女性のような趣があるけれど
寂寞感があるように思えて――彼女に対しての悪者がいるように思えてくる
いや――いるのだろう。
彼女にその物憂げさを抱かせた何者かが――なんて、面の皮の厚い人間だったら
どれだけ人生が楽になるのだろう――と、目を瞑る
そんな生き方が出来たらどれだけ楽しい人生なのだろうかと羨む。
私には到底する事の出来ない生き方だ
「――次で降りるよ」
「ええ」
最小限の会話。
私達はただの知り合いか、友人か
はたから見たら――どう見えるだろう?
そうっと彼女を見る
こういう時にかける言葉はどこかにあったか
他愛のない、ありふれた言葉をかけるのがセオリーだろう
たとえば、昨今の天気などの時事
天気が悪いね、良いね。そんな短文を投げかけてどこに繋がるのか――先が見えない
二言三言で終わるであろう数秒後に委縮するなんて――ほんとう、コミュニケーション能力が欠けている。
誰に言われるまでもない――私は、彼女との会話に失敗したのだ
学習能力がない、まるでダメな奴――と、幼馴染なら罵るだろうかなんて彼女を使って貶め疎む
自分を使わない辺りが本当に厭らしい小心者だ
- 138 :名無しで叶える物語:2020/07/20(月) 13:56:49.49 ID:lgh27dlS.net
- 保守
>>137この前半てなんか例の自殺の件に対してっぽいな
少女A今度は自殺するのか?
- 139 :名無しで叶える物語:2020/07/20(月) 17:53:04.89 ID:6Jf15YrE.net
- 小原さんがいたら、黒澤さんとの二人きりに幕が下ろされる
小原さんがいなかったら、私と黒澤さんは用事も無くなって別れることになる
どちらでも私にとっては恵みともいえるような状況下において、しかし私は落ち着かなかった。
どちらにせよ私には得。そんな好条件のままであるはずがないからだ。
たとえ一時的にどちらでも構わない状態だったとしても、
その時を振り返ったとき、私は後悔することになると思う。
そうならないはずがない――と、嫌な確信があった。
「あ」
「あら――」
そうして結局、私達は小原さんに出会う。
いつものように桟橋に腰かけている彼女は、いつものように、イヤホンを耳から外して――
「今日は、二人なのね」
「迷惑だったかな」
「ううん、No problem」
小原さんはそう言って首を振ると、私から黒澤さんへと目を向ける。
二人は少しの間黙って見つめ合っていたけれど、不意に小原さんが苦笑を零す
黒澤さんはそんな彼女から目を逸らして、私の隣で膝を折る
「黒澤さん――そっちに座るの?」
「ええ」
小原さんのちょっぴり残念そうな声にも、
黒澤さんは極めて冷静――むしろ辛辣にも感じる声を返した。
怒っているわけでも不機嫌なわけでもないとは思う。
黒澤さんと小原さんは知り合いだったと聞いていたけれど、でもまだ<黒澤さん>なんだと少し親近感が湧いたのは、
私の心のうちに止めておくことにした。
- 140 :名無しで叶える物語:2020/07/21(火) 14:55:35.98 ID:9rcVNaLu.net
- 保守
- 141 :名無しで叶える物語:2020/07/22(水) 08:29:14.33 ID:9Z+3yWml.net
- 「それで?」
いつもなら音楽を聴くのに戻る小原さんは
珍しく――というと失礼かもしれないけれど
イヤホンを外したまま、私に答えを促してきた。
それで、どうして黒澤さんがいるの? だろうか
その質問はなんだか犬猿の仲みたいで
私としては申し訳なさからいたたまれなくなるので、
そうではなく、それでどうして二人なの? と思うことにする
違いは微妙だけれど、その微妙さが重要なのだ
絶妙だといってもいいかもしれない
「この前話した小原さんを異性に見立てて見栄を張った件だよ」
「バレちゃったの?」
「バレたと言うか――墓穴を掘ったんだ」
黒澤さんの私への興味を軽視しすぎた
それをどう受け止めるかは自由だけれど
感情抜きで語ればただの誤算である
ちょっとした冗談、悪戯
そのつもりで声をかけたら本当について来てしまったと
私は正直に話した
- 142 :名無しで叶える物語:2020/07/22(水) 09:45:43.43 ID:9Z+3yWml.net
- 「なるほどね〜」
小原さんは蜜を嘗めたような愉快な笑い声を溢した。
ただの失敗なら心配もするだろうけど私の場合はただの阿呆だ。
笑われるのもやむなしと肩をすくめていると
緩やかに笑い声が途切れて――
「黒澤さんとDate――してるのかと思ったわ」
「デートって」
「小原さんは――ここがデートスポットだと思ってるの?」
言葉に困った私の隣で、黒澤さんは平然と訊ねる
私を間に挟んでいるからか
黒澤さんは小原さんを見ずに、揺れている水面を眺めている
「ん〜どちらかと言えばありね。静かだし、邪魔もそんなにない」
連絡船が来ることはあるが、本数は特別多くはない
桟橋だって一つではないし、この付近なら別に桟橋である必要もない
この場所を気に入っているのか、語る小原さんは楽しげで弾んで見えた
「だから、Dateだと思った」
「残念ながら、期待しているようなことじゃないわ――ほんとうに、さっき話された通りよ」
- 143 :名無しで叶える物語:2020/07/23(木) 08:59:44.25 ID:7uFcwNV4.net
- 保守
- 144 :名無しで叶える物語:2020/07/23(木) 10:25:31.00 ID:+OMr4YtV.net
- 「ふぅん――」
「なに?」
「ううん、別に」
何か意味ありげな思慮の混じる吐息を漏らしながらも、
小原さんは黒澤さんのやや鋭さを感じる追及には首を振る。
隣にいる私には見えて、黒澤さんには見えない口元の緩やかな笑みは一体何を意味しているのか。
それを聞いたところで、すっとぼけるのが小原鞠莉という女の子だと私は思っている。
私と黒澤さんがデート――なんて、幼馴染曰く青春に満ち満ちた時間の使い方をするわけがない。
どちらかが男の子で、互いを異性だと意識したうえでの付き合いがあるのなら話は別だけれど。
私も彼女も女の子である。
黒澤さんの着替えは見たことあるけど、観察したわけでもなく
ましてや裸体を見たわけではないので、実は胸の有る男の子もあり得る。
――あり得ないけど。
その前提で、わけあって女の振りをさせられている。なんて、
普通は逆の浮世離れした設定が黒澤家に強いられているのであれば話は別だ
もちろん、あり得ない話だけど。
「本当に黒澤さんとは何もないよ。むしろ、小原さんと何かあると思われてるくらいだよ」
「何かあるのは小原さんじゃなくて、小原くんでしょ〜? あ・な・たの――Boyfriend、小原鞠莉くん」
- 145 :名無しで叶える物語:2020/07/23(木) 11:25:37.54 ID:+OMr4YtV.net
- 「勝手に脚色したのは悪かったと思ってるから、ほんとう」
そう言う私の隣で、小原さんは軽やかに笑っている。
黒澤さんとは別の気品を感じさせる彼女だけれど、時折感じさせるごくありふれた子供らしさが
彼女の人柄の良さを教えてくれた――と、思っていたのだけれど。
独りを好んで、ここにいる。
けれど、決して賑やかさが嫌いなわけではないだろう彼女は
私の張った見栄を、これでもかと言わんばかりに弄ぼうというのだから、
その判断は流石に時期尚早だったのかもしれない。
「黒澤さんは、相手が私で安心した?」
「安心――とは?」
ようやく小原さんを見た黒澤さんは、
到底友人とは思えないほどに怪訝そうな表情だった。
見る人が見れば睨んでいるような厳しさもあるように感じるのは、
それほどまでに、私との関係を茶化されたのが不愉快だったからなのか、
同性にあるまじき付き合いをにおわせるようなことを私と結びつけられかからなのか。
いずれにしても<私なんか>というのが大きいと言われなくても分かる。
これが幼馴染だったら、駆ける冗談とも言われる人だし、丸く収まっていたんだろうなと――ため息がこぼれる。
- 146 :名無しで叶える物語:2020/07/23(木) 15:08:04.60 ID:+OMr4YtV.net
- 「Angry?」
「怒ってはいないけれど――」
いやもう怒ってるよね? と横やりを入れたくなってしまったけれど、我慢する。
そんなに私のことが嫌いなのだろうか
それとも、さっきの冗談の延長線上だと思っているからか。
けれど、小原さんはその言葉で納得したのか、
いつも通りの軽い声を水面に向かって吐き捨てた。
「変な人に騙されていなくて安心したんじゃない? ってこと」
「あぁ――そういう」
「そういうって、どう聞こえていたの?」
「彼女を、ほかの人に取られていなくて安堵した。と、言っているように聞こえたから」
黒澤さんは困ったように言うと、
全然そんな関係ではないからと念を押しながら、私を一瞥する。
貴女も迷惑な話でしょう? と同意を求められたような気がしたけれど
私よりも早く、黒澤さんが話を続けてしまった
「そういうことなら、わたくし――そもそも心配なんてしていなかったわ」
当然のように――いや、たぶん当然なんだろうと思う。
黒澤さんは薄い笑みを浮かべながら、そう言った。
- 147 :名無しで叶える物語:2020/07/23(木) 23:43:47.40 ID:+OMr4YtV.net
- 「心配――してなかった?」
「ええ」
全くする必要ないわ。と、自慢げに言い切った黒澤さんは、
私のことをまじまじと見つめて笑顔を浮かべた
「この人が不誠実な人に心を許すわけがないわ」
「なるほど」
「え? えっ?」
黒澤さんは何を言っているのか
小原さんは何を納得したというのか
間の抜けた声を漏らしてしまう私をよそに、黒澤さんは困った表情を見せた
「信頼しているわ」
「私を?」
「ええ、貴女を」
そう言った黒澤さんは、あえて言うけれど。と、口にする。
「ここに来たのだって貴女を信頼していたから、誘われたのよ?」
- 148 :名無しで叶える物語:2020/07/24(金) 11:24:22.22 ID:76w45OnB.net
- 「貴女、すごく猜疑心が強いというか――あまり、自己評価が高くないから」
「高くない――?」
「ええ、高くない」
にやりとした小原さんの一言には、黒澤さんは穏やかに返す。
小原さんとしては<高くない>でも評価が高いから<低い>と言わせたかったのだろう。
けれど、黒澤さんは高くないと言う。
私の評価が低い分、黒澤さんの信頼が厚いということだろうか。
――そういう期待は、私は嫌いだ
「やめてよ」
拒絶する。
思いのほか語気の強いそれを、黒澤さんと小原さんは何も言わずに受け取って、
そして、苦笑する。
冗談じゃないのに冗談だと思われたかのような不快感を感じたけれど、
視線の先にいる黒澤さんは残念そうに首を振る
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、ごめん」
間違ってるのは私。
そんなこと当然分かっているから。
これはただの好き嫌い――だから、貴女は何も悪くない。
- 149 :名無しで叶える物語:2020/07/24(金) 15:35:26.31 ID:wVr4pd5F.net
- みてるよ
- 150 :名無しで叶える物語:2020/07/25(土) 13:54:46.70 ID:YaaVseg1.net
- 保守
- 151 :名無しで叶える物語:2020/07/26(日) 12:54:30.98 ID:gRIkeAh3.net
- 保守
- 152 :名無しで叶える物語:2020/07/27(月) 09:05:01.39 ID:ll1DMC2G.net
- そうこうしているうちに連絡船が来て、小原さんが私達の前から去っていく
去り際に耳打ちされた「仲良くね」には、なにも返せなかった
黒澤さんは小原さんの乗る連絡船が出航してもまだ桟橋に腰かけたままで
「黒澤さん、帰らないの?」
そうすべきものだと思っていた私の問いかけに
黒澤さんは振り返るだけで
また船の起こした波に揺れる水面へと視線を下げた。
海が好きなのだろうか――なんて、松浦さんを参考にしたけど似合わない。
「――このあと、ご予定は?」
「予定? 予定は特にないけど」
「でしたらもう少し、お時間頂けないかしら」
黒澤さんは私を見なかった。
見ないままの要求を、私は「いいよ」と受け止めた。
黒澤さんらしくない
それは警戒すべきではあるけれど
私は黒澤さんの100%を知らないし
少なくとも<私のせい>だと認識するくらいの頭はあったからだ
- 153 :名無しで叶える物語:2020/07/27(月) 09:59:45.84 ID:ll1DMC2G.net
- 体半分くらいの距離を開けて黒澤さんに並んで座る
桟橋に腰かけると、あともう少しで足先が水面に付くくらいで
時々、跳ねた水滴が足を濡らした。
黒澤さんは時間が欲しいと言った割には、
特別な会話もないまま時間だけが過ぎていく
「――なにか、あったんじゃないの?」
言ってから、もしかしたら失言かもしれないと気付く
私としては、黒澤さんが私に用事があるんじゃないの?という意味合いを持たせたかったけれど
黒澤さんになにかあったんじゃないのか。と取るのが一般的な言い方だった。
「今のは――」
「なにかなければいけませんか?」
「え?」
黒澤さんは、私の方を見て微笑んだ。
一般的な解釈ではなく、私の意図をくんでくれただろうその表情に
私は何か、よく分からないものを感じてそっぽを向いてしまう。
「ただ、静かな場所で――貴女と二人きり。そうしてみたかったは、ダメ?」
黒澤さんは悪戯っぽい表情は見せなかったけれど
悪戯だと、なぜか私は思おうとした。
- 154 :名無しで叶える物語(SIM):2020/07/28(火) 09:10:23 ID:LvfYGegW.net
- 保守
- 155 :名無しで叶える物語:2020/07/29(水) 07:27:25.42 ID:/ASvv4zl.net
- 保守
- 156 :名無しで叶える物語:2020/07/29(水) 07:34:44.53 ID:O0NE6cu3.net
- 保守
- 157 :名無しで叶える物語:2020/07/30(木) 07:17:13.58 ID:PmIJ5luy.net
- 保守
- 158 :名無しで叶える物語(たまごやき):2020/07/31(金) 04:18:15 ID:t0VgWFBJ.net
- 保守
- 159 :名無しで叶える物語:2020/08/01(土) 03:00:00.37 ID:euQsrWY6.net
- 続きは?
- 160 :名無しで叶える物語:2020/08/01(土) 16:55:45.76 ID:ITAIg2G5.net
- 「あら、悪戯じゃないわ?」
「――へ?」
「そういう、顔をしているように見えたのだけど――間違ったかしら?」
流し目で私を見ていた黒澤さんは、
私が口を閉じると、小さく笑みを浮かべて――また水面へと視線を落とす。
私の答えなんて待たずに、それが正解だと悟ったような
喜々としたものを感じる彼女の笑みは、夕焼けの橙色にとても映えて映る。
間違っていない。
私は内心で悪戯だと思うとした。
ううん、そう思っていた。
黒澤さんは私の顔を見て――それを察した。
――違う。と、思いたかった。
「へぇ――どうして、そう思ったの?」
努めて平常心で問いかけると、
黒澤さんは「そう見えたの」と、さっきと同じことを繰り返すように言って、
後ろに仰け反るようにして体を伸ばして。
「わたくしの言葉を、なんだか――疑っているように見えたから」
- 161 :名無しで叶える物語:2020/08/01(土) 17:35:49.42 ID:ITAIg2G5.net
- 私が言うのは、なんだか自白みたいなのだけれど、
そうだ。確かに私は黒澤さんの言葉を疑った。
もっと正確に言うのなら、彼女の言葉を紡いだ心を疑ったんだ。
私と二人きりになりたかった。
そう言ってくれた彼女の心を、悪戯なのではないか? と訝しんだ。
赤の他人ならいざ知らず、友人と認めてくれているはずの彼女を私は疑って、
黒澤さんはそのことを察してしまった。
「――私と黒澤さんは、黒澤さんがそうしたがるほどの関係には思えなかったんだよ」
謝らない。
彼女の心が少しでも傷ついたのだろうと考えるくらいの心はあるし、
申し訳ないという気持ちがないわけじゃない。
だとしても、彼女が謝辞を求めているとは思えなくて。
「黒澤さんの中の私は陰湿で空気の読めない、付き合いきれない<友達になってしまった>人だと思ってる」
「それは期待? 希望?」
「期待――なんじゃないかな」
私がそう言うと、小さな風が吹く
黒澤さんの長い髪を痛めつける潮風
いつもは磯臭さのあるそれが、今日に限ってはなぜだか心地のいい匂いに感じる
そして、黒澤さんの小さな吐息が聞こえた
「では、その後期待には沿えないわ」
黒澤さんが私を見る。
微笑みのない、力強い瞳には怒りが滲んで見える
私は空気を読まないけれど、察しの悪い人間ではないと思う。
だから、黒澤さんの苛立ちが<自分に対しての言動>ではないことに戸惑ってしまう。
- 162 :名無しで叶える物語:2020/08/01(土) 20:31:51.82 ID:ITAIg2G5.net
- 「やめてよ――黒澤さん」
私は戸惑いを隠しきれずに、そう口にしてしまった。
彼女は私に対して怒っている。なぜ? だなんて問いをすることができれば
解答欄を容易く埋めることができるだろうに。
寝ぼけながらに耳にした言葉を思い出しただけのような、
そんなギャンブルじみた答えなんて言わないだろうに。
「そんな目で、私を見ないでよ」
彼女の苛立ちは、より明確にするなら<失望>のように私は感じた。
彼女が何に失望したのかというなら<私>にだ
なぜ、失望したのか――?
それは、それはきっと、でも――
「どうして私を対等になんて扱いたがるの? 友達? そんな、概念になり得ない抽象的関係性をあてにしてるの?」
あり得ない。
そんなことで、私が私を卑下することに憤るなんて。
私は私に対して正当な評価を下している。
だって、そうじゃなかったら私は今、私足り得ない。
本当に友人と呼べる相手が幼馴染ただ一人だなんて、世間体から見た<寂しい子>なわけがない。
「私は黒澤さんの気持ちを知ってるよー―友達になりたいんでしょ? 私なんかと」
私はバスで、距離を詰めたがっている黒澤さんに
これでも関わっている方なんですよ。なんて、間接的な拒絶を口にした。
小原さんとの会話で、私を高く評価してくれている黒澤さんに、
止めてよ。と、直接的な拒絶を口にした。
黒澤さんの気持ちが分かっていながら拒絶するような子を、陰湿と言わずに何て呼べばいい。
彼女は黙って私の声を聴いていた。
眉も、瞳も、唇も何一つ動かさず、
風でさえ、生き物のように空気を読んで――静まり返っていた。
- 163 :名無しで叶える物語:2020/08/01(土) 21:13:41.93 ID:ITAIg2G5.net
- 「確かに――あなたは陰湿だわ」
「そうだよね」
「わたくしがたとえ、貴女のことが好きだと言っても冗談と取るのでしょう?」
「そうだよー―そう。だって、黒澤さんは慎重な人だよ。気紛れだとしてもしっかりと考えて言葉を選ぶよね」
これは信頼。
ほんの数ヶ月の短い間柄ではあるけれど、
黒澤ダイヤという人を見てきて私が抱いた印象。
知らない部分はとても多いけれど、彼女が大雑把に好きと口にすることはないと言える
だから、たった数ヶ月の関係でしかない私に<好き>はあり得ない。
もちろんのことだけれど、
これが恋愛からくるものであったとしてもありえないし
ただの友人関係からくるものであったとしてもあり得ない。
けれど――
「その信頼を裏切るようで悪いけれど――わたくしは、貴女のことを気に入っているのよ」
黒澤さんは困ったように笑いながら言う。
歪んだ眉、端で結ばれた唇、陰りのある瞳
それはまるで、<気に入っているのに>と、悲しんでいるようで。
「やめて。そういうのをやめてって――私は言ってるんだよ」
人と関われば自ずと付いて回る――精神的ストーカー。
私はそういうのが苦手。
そういうことをされるのが嫌い。
だから、関わりたくなんてなかった。
表面上の<あぁそう言えばそんな子いたね>で終わる付き合いでよかったのに。
- 164 :名無しで叶える物語:2020/08/02(日) 00:12:38.66 ID:KhJBgcWd.net
- 黒澤さんは悲しそうな顔をする。
どうしてそんなことを言うの――と。
そんな、私を本当に気に入ってくれていると感じられてしまう黒澤さんの表情を見ているのが辛くなって、
私はとうとう、黒澤さんから顔をそむけてしまった。
「私と黒澤さんは違う世界の人間なんだよ」
ぼそっと、
まるで独り言を言うかのようなつぶやきに、黒澤さんの髪が揺れる音が聞こえる。
首を横に振られた。
見てなくても、そうだと分かる。
風はないのに風を感じたから。
潮風に混じって感じた、好きになってしまいそうな香りを感じたから。
「私は、別世界の人の期待にまで応える自信がないよ」
結局、私はそれだ。
数えきれないほどの何かがあるこの世界においても<万人受けする>ことは不可能だと言っていい。
それは、この国、県、市区町村っていう狭い囲いの中であってもそう。
テンプレートを突き詰めたところで、オリジナリティを必要とする期待に直面した時、
私は手札を失ってどうにもならなくなる。
だから私はいつだって――使い捨てだった。
その場面で必要とされている部分を切り貼りして――受け流す。それだけ。
でも、それが通じるのはあくまで私をほとんど知らない知り合い相手。
そして、黒澤さんのようにそもそもの基準が高い人の基準値に、私は到達することなんてできない
「だから、黒澤さん。私達は――」
「それは嫌よ」
彼女はせき止める。
私が言おうとした言葉も聞き終えないまま
水面に映る彼女の躊躇している手が――少し、私の方に動く
「今のまま――なんて、そんな悲しいことを言わないで」
とても悲しそうに、零した。
- 165 :名無しで叶える物語:2020/08/02(日) 00:38:58.50 ID:wxEugHL6.net
- ここからどうなるのか気になる
- 166 :名無しで叶える物語:2020/08/02(日) 01:16:15.67 ID:pC4pUvBZ.net
- 素敵
- 167 :名無しで叶える物語(茸):2020/08/02(日) 07:34:01 ID:Jdi7/WCw.net
- 概念になり得ない抽象的関係性ってなんか凄い言回しやな…
この主人公結構好きかもしれん
- 168 :名無しで叶える物語:2020/08/03(月) 05:48:54.34 ID:6abEmXUA.net
- 保守
- 169 :名無しで叶える物語(SIM):2020/08/04(火) 03:54:25 ID:co6jZn5U.net
- 保守
- 170 :名無しで叶える物語(SB-iPhone):2020/08/04(火) 14:23:26 ID:Esr4X4lB.net
- 保守
- 171 :名無しで叶える物語:2020/08/05(水) 10:16:28.89 ID:yvTQ9R1p.net
- 風が少しだけ強く吹きつける。
ほら、言われてるぞ。なんて――背中を押す友人でも居るかのような感覚
黒澤さんは悲しんでいるけれど
今のままだって、私としてはずいぶん特別扱いをしている方だ
少し前にも似た話をした覚えがある
6月の終わり頃に、生徒会長に生徒会室を追い出されて
なぜか、黒澤さんの誘いに付き合ってしまったあの日。
彼女は私を友人と言い、気に入ってると告げてあと一歩くらい仲良くなれると嬉しいと言った。
もっとも、あの後に私の失言で空気が悪くなった挙句、
痛み分け――もやっぱり過言な気がするけれど、
そんな感じで、近づくために浮いた足を引き戻してしまったのだったか。
ともすれば――なるほど、これは黒澤さんのリベンジなのかもしれない。
私は気にしていないから、やっぱり仲良くなりましょう。と。
でも――。
「私はこれでも譲歩してるよ。生徒会、勉強会、こんな寄り道――初めてだよ」
私は自慢じゃないけどね。と、前置きをしてから、
幼馴染以外との二人きりの寄り道なんて産まれてこのかた一度もしたことがないと苦笑する。
私は誰とでも仲良くなることが出来る。
ただしそれはある一定以上に仲良くならず、学校で会えば話をし、街中で会えば会話をし
けれど、放課後。とか、休みの日に。とか、どこかに行こうよ。なんて、気心の知れた間柄にまでは決して至らなかった。
だからそう、私からしてみればずいぶんと、努力をしていると言える。
- 172 :名無しで叶える物語:2020/08/05(水) 11:12:31.78 ID:yvTQ9R1p.net
- 「今までで二番目に仲が良い。それで満足してくれないかな」
「――けれど、貴女。卒業したら二度と関わってくれなくなるでしょう?」
「そうかもしれないね」
相手が私のことを覚えていて、
街中で見かけたときに軽く話しかけてきてくれたなら、
私は適当に言葉を見繕って会話するかもしれない。
けれど、休みの日に連絡を取ってどこかに行こうなんて約束はしないだろうし
うちの大学の講師が云々、男子が云々なんて愚痴を聞いてもらおうだなんて考えたりもしないと思う。
そういう付き合いはきっと、幼馴染とだけで終わる
水面を通じて、黒澤さんと目が合う。
彼女の手はいつの間にか自分の膝上に戻っていて――彼女の顔が私の方に向くのが見えた
「わたくしは、その浦の星女学院の卒業で切れてしまう縁――にしてしまうのは寂しいと思っているの」
「なんなの、博愛主義者だったの? 黒澤さん」
「いえ、わたくしにも愛せない人はいるわ。けれど――貴女のことは、きっと愛せる」
夕焼けに照らされる二人きりの桟橋
不確かなリズムの波の音
凛とした声での――愛の告白
私が博愛主義――だなんて揶揄したからだとは思うけれど
ここまではっきりと愛せると言われてしまうと反応に困ってしまう。
そんな私をよそに、黒澤さんは告白の照れくささも感じさせずに、続ける
「この浦の星女学院に在籍する三年間、わたくしと友達になってくれないかしら」
「それは、べつに――」
良いけど。と、言おうとした私を遮るように黒澤さんが首を振る。
「上辺だけじゃなくて――そう、普通の、ありふれた友人のように」
- 173 :名無しで叶える物語:2020/08/05(水) 11:57:27.25 ID:yvTQ9R1p.net
- ありふれたというのは、ほかのクラスメイトがしているようなことだろう。
学校だけでなく、外でもしっかりとした付き合いのある友達
時々遊ぶ約束をして、ちょっとしたことに一緒に一喜一憂するような――
私が作り上げてきた骨組みだけの友達ではなく、
すでに肉付けされ、出来上がった概念によって形成される関係
「なんで私なんかと――」
「それは、何度も言っている通りよ」
「だとしても――いや、いい。黒澤さんは私を気に入ってしまったわけね」
私の反論など、どうせ聞く耳は持ってくれないだろうと頭の中から排除する。
もしも私が幼馴染以外との関わりを断とうとしていることに
優しい心が傷ついているのだとしたら、それはとても申し訳ないと謝罪したい。
関わりを断つのが私の自分勝手ではあるものの、
入学式の日、私が「ごきげんよう」だなんて間の抜けた挨拶さえしなければ、
私と黒澤さんは今もただの級友で、そんな下らないことに思い悩む必要なんてなかったはずだから。
「正直、私は自分にそれだけの価値があるとは思えない。だから、黒澤さんの三年間を無駄にしてしまうかもしれないよ」
「わたくしは自分の目と――貴女の、その誠実さを信じているわ」
誠実。
黒澤さんの言うそれは、私とはまるで正反対に思えるけれど
彼女の中の美化され過ぎた私はきっとそれが合うのだろう。なんて、理想の高さに眩暈がしてしまう。
- 174 :名無しで叶える物語:2020/08/05(水) 12:52:09.30 ID:yvTQ9R1p.net
- だから嫌なんだと、心底思う。
黒澤さんの真っ直ぐな目が失望に変わったときの、胸の痛みを空想する。
だから言ったのに――そう、口にする自分はどんなに惨めか。
逡巡して、息を吐く。
さざ波の細やかな音が織りなす空気を払拭するように首を振って彼女を見ると
黒澤さんもまだ、私を見ていた。
どうかしら? なんて、無邪気に聞いているような、緩やかな笑みを添えて。
「あぁもう――分かった。分かりました。良いですよ。友達になっても」
「ありがとう。嬉しいわ」
殆ど投げやりな承諾だったにもかかわらず、
黒澤さんはとても嬉しそうに笑う。
まだ中学生で、まだ子供らしい
そんな愛らしさを覚えるような喜びを見せた黒澤さんは、
躊躇っていた手で私の手を握る
「友達になって貰ったこと、必ず後悔させないわ。もし、後悔させてしまったなら――いつだって、絶交して頂戴」
「黒澤さん――」
実はもう後悔してるんだよ。とは、
空気が読めずコミュニケーション能力に乏しい私でもさすがに言うことは出来なかった。
「絶交は言い過ぎじゃないかな」
そう言って誤魔化すように笑って見せると、合わせて笑ってくれる黒澤さん
彼女の手は私の手を握ったままで――何となく、黒澤さんが抱いていた私との距離感が掴めたような気がして。
こうして、三年間――7月ということを鑑みればあと約二年半。
その期間限定の友達契約を私達は結んだ。
――契約だなんて黒澤さんは言っていないけれど、私はそういうものだと思うことにした。
- 175 :名無しで叶える物語:2020/08/05(水) 15:22:19.93 ID:yvTQ9R1p.net
- 黒澤さんとの友達契約なんていう珍妙なものにサインをしてしまった翌日
登校してそうそう机に突っ伏した私は、寝不足も相極まって深々とため息をつく。
今までちゃんとした友達らしい友達なんて幼馴染くらいしか覚えのない私が、
ありふれた友達――なんて、抽象の二乗みたいな意味不明さに輪をかけたものが分かるわけもなく
契約した以上はと調べようとした結果、
今朝、知識の海で溺死寸前だった私を起こしてくれた目覚まし時計が往生したのは痛ましい事件だった。
「あっさから不景気なため息ついてるねぇ――タバコでも吸う?」
「吸う」
先に登校して貰った幼馴染が差し出してきたタバコ―ただのチョコ菓子―を咥えて、口の中で溶かしていく。
寝不足の頭に溶けていく仄かな苦みと薄い甘さが少しだけ心地よく感じる。
「あのさ――私達って、友達?」
「藪から棒だねぇ。ん〜――友達と言うよりは幼馴染なんじゃない? あるいは腹違いの姉妹」
「落差酷いよ」
やっぱり、この人では話にならない。
インターネットでも錯綜する情報を頭が空っぽな人に聞いた自分が間違いだった。と、
落胆する私の前に、松浦さんと渦中の黒澤さんが近づいてきた。
「おはよ〜」
「おはようございます」
何となく黒澤さんを見るのが気まずくて、
机に伏せったまま、「おはよう」と、二言をまとめた。
- 176 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/08/06(木) 09:36:34 ID:qyMWAwg+.net
- 「あら、どうしたの?」
「なんか、私とは腹違いの姉妹になりたかったらしくて――いったっ!?」
「そんなこと言ってない」
脳内焼畑農業な幼馴染のすねを蹴り上げて黙らせて顔を上げて。
困り顔の二人に違うからね。と、取り繕ってから黒澤さんだけを見る。
黒澤さんはと言えば、私と目が合ったからと笑顔になる――なんて
それはさすがに狡くないかな。
昨日の件がどれだけ嬉しかったのか感じられてしまうし、
適当に話を合わせて穏便に切り抜けようと考えていた私が悪者みたいだ
実際、悪者なのかもしれないけど。
友達とはかくあるべし。としてきた私の理想は黒澤さんの御眼鏡には適わないだろうし
小学校辺りで、友達研修でも義務教育として行ってくれたらよかったのに、なんてため息をつく
「腹違いの姉妹って? 何かあったの?」
「この人の妄言だから気にしなくていいよ」
「もしかして、姉妹が欲しかったとか?」
「姉妹――うーん。姉妹ねぇ」
いても良かったかもしれない。
どちらかと言えば面倒事を任されてくれそうな姉が良い。
けれど、至ら居たら面倒そうだし、今は今で不満はないので別にいらない。
首を振って違うと答える
「別に大したことじゃないよ。ただ、寝不足だっただけ」
- 177 :名無しで叶える物語:2020/08/06(木) 10:20:06.74 ID:qyMWAwg+.net
- 「寝不足って――大丈夫なの?」
「珍しいね。今までそんなこと一回もなかったのに」
「私もたまには夜更かしもするよ」
原因である黒澤さんは全くそんなことはなさそうだけれど、
昨日の今日だからか、視線を彷徨わせると――はっとして目を見開く
心の中で気付いた? と幼馴染のような意地悪なにやけ面を浮かべて、現実ではそっぽを向いた。
私にとって友達とはそれほどまでに形容しがたい間柄なのだと、分かって欲しい。
もちろん、上辺だけ――それっぽいものならいざ知らず、
真剣なお友達に関しては。という条件付きになる。
私がしてきた友達そのままでいいのなら、気が楽なのだけど。
「ところで腹違いの姉妹って、父が同じなんだろうけど、母が同じで父が別の場合って何て言うんだろうね」
「ん〜? お母さんのお腹。つまり子宮が違うって話なんだからチンーーいったぁぃ!?」
「種違いだよ。腹違いと違って、やや現実的だからあんまり使いたくないよね」
「なんで――なんでぇっ」
「馬鹿なこと言おうとしたからだよ」
流石に走れなくなったりしたら問題なので、足をけらずにお腹にパンチ一発。
女の子しかいないからって、流石に具体的なことを言われても困る。
確かにそれが違うから、それ違いと言ってもいいのかもしれないけれど、
そういうのは、一人で勝手に呟いて悦に浸っていて欲しい。
というより、松浦さんの頭を狂わせるのは許容できない。
- 178 :名無しで叶える物語:2020/08/06(木) 10:37:52.61 ID:qyMWAwg+.net
- 幼馴染の奔放さと言うべきか
もはや爆発物染みた面倒くささに悪態をついていると、
黒澤さんが私と幼馴染を見ていることに気付いた。
松浦さんも気づいたようで「どうしたの?」と不思議そうに呟いて
「あぁ――いえ、ふふっ、ごめんなさい。仲が良いのよね」
「仲が良い――? 冗談じゃないよ。何でもかんでも手足出してくるようなやつとなんて絶交だねっ」
「そうじゃなきゃ止まらないそっちが悪いんでしょ。その底の抜けた鍋みたいな脳味噌取り換えてきなよ」
「はーっ、塞がったら溜まっちゃうじゃん。足遅くなるし」
「えぇ――」
馬鹿なことを威張って言う幼馴染
何を言ってるのかと目を丸くして唖然とする松浦さん
その傍らで、絶交なんて言葉が決して正しく機能しないと分かっているかのように楽し気な黒澤さん。
「勘違いしないで欲しいのだけど、こんなの友達じゃないからね」
「え――えぇ。分かっているわ」
少し驚いて、隠し味に残念そうに感じる陰り。
何を考えていたのか何となく想像できるけれど、
私が黒澤さんを蹴ったり、殴ったりはできないししたくない。
そもそもする必要がない。
「でも、貴女と一番仲が良いのよね」
「そうだけど――参考にしないでよ? こんな黒澤さんになったら卒倒する自信ある」
黒澤さんから幼馴染へと目を向ける。
お腹の痛みも足の痛みも――絶交だなんて言葉も忘れたかのように、
幼馴染は「なに? もう一本やっとく?」と、チョコ菓子を口に突っ込んできた。
ビターな甘さの短い棒状のチョコレートは、すぐに溶けていった。
- 179 :名無しで叶える物語:2020/08/06(木) 12:12:28.33 ID:qyMWAwg+.net
- そうして放課後、部活に行く幼馴染と家の手伝いに行く松浦さんと別れ、
私と黒澤さんは生徒会室に来ていた。
普段は生徒会長と私達しかいない生徒会室には、他学年の役員がそろい踏みで
普段は広く感じる生徒会室がとても、手狭に思えてしまう。
「そしたら、みんな揃ったことだし始めましょうか」
温厚な生徒会長らしい緩い声で、会議が始まった。
会議と言っても必要事項については、テスト前に終わっているので、
それらの手続きが本当に正しく行われているか、必要な物は最低でも前々日までに届くのか。
そういった、来週行う体育祭についての確認をするだけだ
「あぁ、それと。生徒用の応急テントは昨年分よりも少し広めのやつにしてます」
「そうねぇ〜去年より暑くなるみたいだから。場合によっては校舎の方で休んで貰ったりするとして〜」
「そしたら予算余ってますし、熱中症用の備品増やします? 繰り越してもいいですけど」
元々、前年度――それよりも前から、ほとんど仕様に変更なく実施されるというのもあるけれど
私と黒澤さんを除いて二年生、三年生で形成されている生徒会役員の手際の良さはさすがで、
副会長の確認する内容について、次々と話が飛び交って、終わっていく。
「ふむ」
「なに書いてるの? 書記は私が――」
「個人的にね。役員としてどう考えてるかメモっておこうかと思って」
私は今、会計役員として所属しているけれど、
来年になってまた会計をやっているとは限らない。
現に人数の少ない浦の星女学院生徒会だからか、
昨年度は書記や会計だったが、会計や書記をやっている。副会長をやっている。という人もいるわけで。
議事録以外のことも多少は頭に入れておきたいと思っていた。
- 180 :名無しで叶える物語:2020/08/06(木) 16:12:31.05 ID:qyMWAwg+.net
- 個人メモを一瞥した黒澤さんは
自分の書き出している議事録用のノートを確認すると「あとで見せてくれない?」 と、囁く。
黒澤さんが困っているとは思えないし、
七割がた興味本位な気がして個人用メモだから断りたい――と、思うのだけれど
友達だとしたら、二つ返事で良いよ〜とでもいうのだろうか?
教室で稀に見る勉強やらない系女子と、勉強やってる系女子のやり取りを思えば――
一つ、仕方ないなぁ。今回だけだからね
一つ、は? 自分が悪いんでしょ
一つ、字が汚いから見せられないよっ
大体この辺りだったかな。と、小学生から高校一年半ばまでの記憶をサルベージする。
「良いけど、参考にならないと思うよ」
どれも役立ちそうにないので、即興で一言。
ありきたりな返しだったのだけれど、黒澤さんは「それでも大丈夫」と、少し嬉しそうに眉を動かす。
友達らしいやり取りができたのだろうか。なんて
黒澤さんとのやり取りの重点が友達らしいかどうかにすり替わりつつあるのを感じて、ため息を零す。
「なぁに? 体育祭、そんなに嫌なの〜?」
「あっ――いえ、副会長――そのっ」
「ふふふっ、冗談よ〜。あんまり長い話は私も好きじゃないわ〜」
この間延びした副会長の声は、生徒会長以上に眠気を誘う。
穏やかなのは二人ともだけれど、よりおっとりしているというか――弾力があるというか。
そんな副会長は手元に用意してあった資料を確認すると、
他に確認しておくことがないかと、会長に確認を取る
- 181 :名無しで叶える物語:2020/08/06(木) 16:41:53.91 ID:qyMWAwg+.net
- 「そうですね――念のため、予備テントの点検もしましょうか」
「あれ使います?」
「使わなければ使わないで良いのですが、一昨年ひと張り組み立て中に壊れたことがあるんですよ」
その壊れた分はもう処分して、別のやつに代わっているので問題ないというのは確認済みだけれど、
現在使っているものと、予備の中に壊れたものと同時期に用意されたテントがあると、生徒会長は話して。
「一度組み立てて少し様子を見てみたいですね。組み立てられたけれど、風が吹いて崩れましたなんて目も当てられませんから」
「それなら、件のと同時期のものの組み立てと合わせて、製造年月日控えておきます? その記載なかったんですよね」
「良いですね。他校やイベントに貸し出す可能性も無きにしも非ずです。安全面には全身全霊で行きましょう」
まるで会長らしい威厳を感じさせない生徒会長だけれど、
周りの誰も、そんな会長を相応しくないとは思っていない。
ふんぞり返っているだけでも、呆けているだけでもなく
けれど、とても明るいその人は生徒会室の厳粛さを緩和してくれるので、話がしやすい。と、思う
「と言うわけで点検は私の方から先生方に提案しておきますが――人手が欲しいですね。皆さんご協力ください」
浦の星女学院は、静真のようなマンモス校と違って生徒数がとても少ない
それこそ、統廃合の話が出てきてしまうほどに。
それゆえに教師の数もそれなりに調整されているため、部活のことを考えると手が足りないのは明白
だから予め人手を集めておきたいのだろう。と、意味もなく勘繰る
「明日の放課後までには結果発表できると思いますので、お待ちくださいね」
終始楽しそうな生徒会長の手がぱんっと音を立てたのを皮切りに、
副会長の会議終了の一言で、生徒会は解散となった。
- 182 :名無しで叶える物語:2020/08/06(木) 17:11:55.76 ID:qyMWAwg+.net
- 「黒澤さん、議事録は別に今日中とか明日までとかないので、やれるときにまとめてくださいね」
「はい」
みんなが席を立つ中で、一人座ってノートを広げたままだった黒澤さんに生徒会長が釘をさす。
一番最初の会議があったとき、律儀に即日提出した黒澤さんが、
生徒会長に「真面目過ぎですよ。もっと簡潔で良いんです」と困った顔をされていたのを思い出して、苦笑する。
私も見せて貰ったけれど、あれは議事録というよりも説明書めいた何かだった。
「仕事などだと即日が基本なのかもしれませんが、ここは会社じゃないので自分の時間を潰したら駄目ですよ」
「ありがとうございます」
観念したようで、
ノートなどをまとめて鞄にしまった黒澤さんが席を立ったのを見て、生徒会長も鞄を手に取る
「今日はもう閉めます。私も用事があるので早く帰りたいですし――議事録書かせたくないので」
「会長〜。家で書いちゃうんじゃないかしら〜?」
会長のしたり顔を引っぱたく副会長の横槍。
そんなことするとは思っていないとばかりに驚く生徒会長は、
黒澤さんに「しませんよね? しませんよね?」と、詰め寄っているのが何だか友達同士のようで。
生徒会長と黒澤さん
二人のやり取りは果たしてただの役員仲間と言えるのだろうか。
私が生きてきた約15年間で色々見てきたけれど、
友達と言えるのではないだろうかと、記憶が首をかしげる。
「えっ、あ、やりません。書きません。会長――助けて――」
黒澤さんの視線を感じて手を伸ばしたけれど、
私がどうこうする前に、詰め寄る会長のカバンを副会長が引っ張って止める
空を切った手が少し恥ずかして、私は誤魔化すように黒澤さんのカバンを取ってしまった。
「そういうことだから帰ろうか。黒澤さん」
一足先に、生徒会室を出る。
黒澤さんの「待って」という声に、自分が意外に足早だったことに気付かされた。
- 183 :名無しで叶える物語:2020/08/07(金) 09:19:36.43 ID:2EFAwJGP.net
- 「――会長の強引さには困らされるわ」
帰りのバスに揺られながら、黒澤さんは思い出したようにぼやいた。
基本的に腰が軽い――は不適切だし、柔和だろうか。
そんな会長は各々に任せて必要があれば介入してくるといった人だ。
その会長が「ダメですよ」なんて止めるのだから
黒澤さんは相当放っておけないタイプなのだろうかと推測する。
私としても放っておいても上手くやってくれるだろうとは思うけれど
上手くやろうとし過ぎてしまうから、やはり放っておくのは難しい。
「もう少し、手を抜くことを覚えた方が良いかもね」
「手を抜くなんて――そんな」
「気持ちは分かるけどね――」
続きそうになった口を閉じて、考える
黒澤さんの思ってることと私のそれは認識があっているのだろうか。と
ただ、考えすぎてはと小さく笑って間を置く
「分かるは過言かもしれない。でも、それで自分を追い込むのはあまり良くないって思うよ」
- 184 :名無しで叶える物語:2020/08/07(金) 09:35:17.19 ID:2EFAwJGP.net
- これが果たして友達らしい発言なのかどうか
それも分からないけれど
少なくとも、私はそう思った。
黒澤さんが手を抜くのが好きではなく、どちらかと言えば完璧主義だろうという推測のもとではあるけれど
このままそのスタンスを貫いては苦しむかもしれないと。
「あぁ――別に、強制はしないけどね」
黒澤さんがそうしたいという固い意思があるなら私は無理をいう気はない。
それを思うと同時に――これは過干渉だったのではないかと少しばかり後悔する
なんと言えばいいか
そう――私は黒澤さんを心配したのだろう。
前にもたしか、私は黒澤さんを心配した覚えがある。
困惑する私を、黒澤さんの視線が焼き殺そうとするものだから
思わず手でパタパタと扇いで、そっぽを向く
「あんまりこっち見ないで。注視されるの好きじゃないんだ」
そう言うと、彼女は優雅さを感じる小さな笑い声を溢して
「ごめんなさい、つい」
喜ばしさを感じさせたのだった
- 185 :名無しで叶える物語:2020/08/07(金) 12:56:37.20 ID:2EFAwJGP.net
- 「からかうつもりはないの。ほんとうよ」
「知ってる」
黒澤さんとは反対側――窓の外を眺めながら適当に答える。
幼馴染はともかくとして
黒澤さんはこういう場面で茶化してくる人ではない――と、私は信頼している
だとしたら、黒澤さんから感じた嬉しさも真実となるわけなのだけど
それはそれで悪い気はしなかった。
それとこれとは別の話で、一応言っておこうかと――ため息をつく
「私は<ありふれた友達>なんて知らないから、過剰だったら遠慮なく言ってくれて良いよ」
「と――言うと?」
「友達が踏み込んで良いラインを知らないの。私」
ただの知人、上部だけの友人関係
それなら、相手が語る自伝を暗記して確かこれこれこういう人だったよねと考えて
作り上げた対話辞典から適切そうなものを引っ張り出すだけで良かった。
知りもしないことを知ったかぶったり、
自分の感情の押し付けなんて一切する必要はなく、適度に同調して<確かにね>とでも言っておけば良い。
逆に幼馴染は土足で踏み込まないとこっちが汚されるので遠慮は要らない。
けれど黒澤さんとの関係は違う。
上部だけの友人関係でも幼馴染でもなく
日々積み重ねられ変質する友人関係になりたいと求められ、私はその契約を受領した。
その友人関係Lv1あるいは0の状態でいかほどまで許容されるのか
私にはそれが分からなかった。
仕方ないじゃない――そういう友達なんて作ったことがないんだから。
- 186 :名無しで叶える物語:2020/08/08(土) 05:38:40.35 ID:hITZJb5s.net
- 読んでるぞ
- 187 :名無しで叶える物語:2020/08/09(日) 01:11:06.12 ID:95R0uwSI.net
- ホッシュ
- 188 :名無しで叶える物語:2020/08/10(月) 00:06:59.42 ID:fV2M7fxT.net
- 保守
- 189 :名無しで叶える物語:2020/08/10(月) 21:39:17.23 ID:B2sCoPzH.net
- 保守
- 190 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 00:41:15.69 ID:74j3+M32.net
- 休みの日は更新しないスタイルなのか…オリキャラな分他と違って人気無いんだから落ちるぞ
果南か鞠莉にしておけば人気あったろうに
- 191 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 01:01:20.53 ID:nifjQ1W3.net
- いやこういう夢系(?)は貴重だよ
てか普通に小説みたいで好き
- 192 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 09:46:47.43 ID:jSoeodj/.net
- 「例えば黒澤さんが悩んでるとして、友達がそれに対してどうするべきか判断できないんだよ」
「友人関係なく、貴女ならどうするの?」
「関係ないなら何も聞いたりしないかな。特に変わらず関わらず。相手に任せる」
そもそも、相手から関わってくるならともかく
自分から積極的に近づく気のない私は、相手の悩みに関わる気がない。
雰囲気からして何か悩みを抱えていると察することが出来たとしても
私がそれに関わったところで解決してあげられる保証はないし、
触れて欲しくない悩みかもしれないから、藪蛇になってしまうかもしれないし。
だから、私が何かするとしても――
「せいぜい、日直を手伝ってあげるくらいだよ」
「相手から話して来たら?」
「話を聞くくらいはする。聞くだけね。それ以上は何もしないよ」
黒澤さんを見ることなく苦笑してため息をつく
自分が出来る以上のことから逃げるのが恥なら私は別に恥ずかしい人間で構わない。
下手に触れて火傷するのも
相手を焼き殺してしまうのも、私はごめん被りたいと思っている。
私が出来るのは、保健室に連れて行ってあげる程度のことだ。
- 193 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 10:04:25.55 ID:jSoeodj/.net
- 「でもそれは私の考えなんだよ。友達だったら――どうするんだろうね」
どうしたの黒澤さん? 大丈夫?
そんな風に声をかけてあげて、寄り添ってあげるのだろうか?
それとも「こうしたらいいんじゃない?」なんて、身勝手に指標を立てるのか。
それが正解だなんて分かりもしないくせに
同程度の人生経験しかなくて、先んじた知恵も知識もないくせに。
それが誤りだったとき、責任を取れるような力もないくせに。
何かしてあげたい。
そんな悪意ともいえる善意を押し付けるのが、友達と言うものなのだろうか
幼馴染や、小学校中学校で周りの話に合わせるために履修したアニメや漫画では、
そう言った押しつけがましい友情話が取り上げられていたし、
登場人物はそれに対して「ありがとう! 頑張ってみるね!」などの反応をしていた
中には「勝手なこと言わないで」と激高する登場人物も見られたのだけれど
相談相手の勢いに根負けしてしまうというのが大体の流れだった覚えがある。
私が参考にした作品が悪かったのか、
友情とは、そんな紆余曲折を経ない単純明快なものなのか。
「黒澤さんなら声をかける? 自分の意見を相手に話す?」
「わたくしなら――そう、ね」
黒澤さんは考えながらなのか躓くような言葉遣いで、
黙り込んだ彼女に目を向けると、意外にも――いや、黒澤さんなら必然かもしれないけれど
真剣に考え込む横顔が見えた。
「何かあったの? と、声をかけると思うわ」
- 194 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 10:33:08.86 ID:jSoeodj/.net
- 「それが友達の在り方だって?」
「自分が悩むほどのことを相談できるとは限らないでしょう?」
自分一人で悩んでいてもらちが明かないことは分かっているのに
それを打ち明けることで迷惑をかけるのではないかと委縮してしまう人も少なからずいる
そういった人達も相談が出来るように
せめて、話すことで楽になれるように
黒澤さんは自分から「何かあったの?」と問う。と、言った。
なるほど一理あると思う。
私もどちらかと言えば、打ち明けないタイプの人間――のはず。
そこに自信が持てないのは常日頃から幼馴染に看破されてしまうからなのだけれど
それはともかくとして、私もそういう人間だと思うから、
その立場で考えれば、黒澤さんのそれはありがたいのかもしれない。
「友達って、そうやって踏み込むものなんだね」
「踏み込むというより――寄り添うの方が良いと思わない?」
「寄り添う?」
「そう――例えば、今みたいに」
- 195 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 13:46:59.27 ID:VQshTttr.net
- 今みたいに――と言うのは、
話している内容かそれとも物理的な距離感のことなのか
会話の内容的には寄り添っていると言えるのか微妙だと私は思うのだけれど
黒澤さんの基準ではこの微妙さこそが絶妙な線引きである可能性もないとは言い切れない。
少し考えてから「物理的な距離?」と聞いてみると
黒澤さんは少し困ったような顔をして「そう」と、短く答えた。
「違うなら言ってくれていいのに」
「違ってはいないのだけど――物理的距離というのが、なんだか」
黒澤さんは「冷たくて」と、零すように続ける。
表現に冷たいも温かいもないのだけれど、含まれている感情が冷たく感じられたのかもしれない。
私個人としては、別段あしらうような言い方をした覚えはないけど
黒澤さんがそう感じたのなら、そうなんだろうと思うべきかもしれない。
「ごめん」
「えっ」
「いや、驚かないでよ――冷たく感じたんだよね? そんな風に感じさせるつもりはなかったから」
- 196 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 16:07:21.16 ID:VQshTttr.net
- 「貴女――ほんとう、不器用ね」
黒澤さんはなぜかとても明るくに笑う。
それがあまりにも楽しそうなものだから、
恐らく笑われたであろう私は少しばかり羞恥心を刺激される。
冷たい。なんて寂しそうに言うから、
悪いことを言ってしまったと思って謝罪を口にしたというのに、
黒澤さんは「不器用ね」なんて一転して笑うのだから、
私はきっと友人だろうが知人だろうが他人だろうが変わりなく、黒澤さんに腹を立てて良いのではないだろうか。
――自分が不器用なことは、良く分かっているのだけど。
そう考えて彼女を見ると、黒澤さんは口元を手で隠して「ごめんなさい」と謝った。
「別に良いよ。不器用なのは自覚してるから」
「馬鹿にしたわけじゃないの。ごめんなさい――うまく言えなくて」
「ん――」
上手く言えないとは、何の話か。
不器用なのは私もそう思っているし、それ自体はうまく言うも何もない
オブラートに包みたかったというなら話は別だけれど、
それなら、彼女が笑ってしまったことが不自然だ
なら――と、考える。
黒澤さんは私のことを馬鹿にしたわけじゃないと言った。
それだって、別におかしなことではないだろうから――。
「黒澤さんの思う私と今の私が同じだったことが嬉しかったのかな?」
新しい一面を知ることが出来て嬉しいという感情もある。
現に私は、思っていたよりも感情豊かで楽しそうに笑う黒澤さんを知ることが出来て――いや、それは別の話として。
黒澤さんはそう言及するのではなく「<ほんとう>不器用ね」と言った。
それはつまり、想像通りだった。と、取れる
だから、自分の考えと通じていたからこそ嬉しくて笑ってしまって、
卑劣にも感じられる前言を思ってごめんなさいと言ったのだと、私は解釈した。
- 197 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 16:51:09.00 ID:VQshTttr.net
- 「そうかもしれない。ええ、嬉しかったのね――」
黒澤さんは自分以外の誰かの話に潜りこんでしまったかのように、
感傷的な雰囲気で、胸元に手を忍ばせる
その所作はとても美しく見えたけれど、私は顔を背けた。
「私の謝罪、押しつけがましかったね」
「いえ、そんな――」
「良いよ。正直で、良いよ」
そう言うと、黒澤さんはすぐには何も言わなかった。
誰かがバスの停車ボタンを押して、雰囲気を壊す軽快な音が車内に響く。
「――少しだけ」
「だよね」
私は思わず笑って――あぁ、と、納得する。
私が想像した私と黒澤さんの思っていた私が寸分の違いもなくかみ合ってくれたように感じたからだ。
これを笑わずにいられるようか――いや、いられない。
そんな子供が使いそうな反語を口の中でかみ砕いて、ため息をつく。
今思えば、私のさっきの言葉は「冷たく感じた? はいはいすみませんでした」なんて感じにも取れてしまう。
黒澤さんはそう取らず、本当にそう感じさせてしまったのかもしれないと悔いたことを察してくれたから、
不器用だ。と、言ったのだろう。
「コミュニケーション能力が乏しい人って、コミュ症って言われるらしいよ」
「貴女は口下手なだけでしょう?」
黒澤さんは迷いも間もなく、否定する。
「――あぁもう、困ったなぁ」
黒澤さんの迷いがないそれは本心だ
彼女の想像と自分の想像が似通っていると感じてからのその評価は、とても――。
時々、建物が窓を埋める
そのたびに見える黒澤さんは私を見ていないけれど、楽し気で。
「夏になるとこの時間でも眩しいよね」
「ええ、そうね」
まだ明るい空からの陽射しから逃げるように、瞼を閉じた。
- 198 :名無しで叶える物語:2020/08/11(火) 18:21:57.46 ID:VQshTttr.net
- そして、やってきた体育祭当日。
目覚めは快適、空は快晴。曇りのない清々しさ。
さて、と意気込んで
大敗を喫した逆さてるてる坊主をバーベキューグリルで焼こうとしたのがバレて両親に怒られたが、
それは些細な問題だった。
教員人数が決して多くないため、
生徒会役員の手も借りたいという申し出を生徒会長が快諾してくれたおかげで、
他の生徒よりも少しだけ早く、私は学校へと到着していた。
昨日までに用意してあったテントや備品などを確認し、
安全面の問題や過不足などを改めてチェックし、生徒会室――ではなく、空き教室で集まった。
というのも、生徒会役員だけでなく保健委員などの委員会にも手を借りていたからだ。
普段は制服を着ている全員が体操服だったりジャージだったりと軽装で
それはなんだか異質な感じがしたけれど。
「待ちに待った体育祭ですね! 晴れてよかったです。委員会の皆さんもご協力いただき、ありがとうございました」
「会長〜終わりの挨拶じゃないんだから〜」
「あら――そうですね。皆さん大変かとは思いますが、引き続きご助力お願いしますね」
会長のふわふわとした声に、体育祭当日であることを忘れさせられそうになったものの、
黒澤さんの「ちゃんと来てくれてよかった」という安堵を耳にしては、忘れるわけにもいかなかった
仮病で休むと思われていたのなら心外なのだけれど、そうではない。と、思う。
流石の私も、運動が嫌いだからといってサボるほど性根は腐っていない。
「辛かったら遠慮なく言ってくれていいから――無理は、しないように」
「分かってるよ。大丈夫、事情を察して種目は二つにして貰ってるし」
「それでも、天気がいい分疲れるでしょう?」
「それもそう、かな。うん――ありがとう黒澤さん」
浦の星女学院最寄りのバス停で降りてから、校門までの距離
それで一瞬でも死ぬかと思ったし、
走ろうものなら、意識が勝手に天にまで駆け上がっていきそうだと、私は苦笑いで誤魔化す。
生徒会役員で、クラスメイト
だからか、基本的に黒澤さんと一緒に行動するというのは――救いだったかもしれない。
- 199 :名無しで叶える物語(しうまい):2020/08/12(水) 10:10:43 ID:KfaBp6gH.net
- わくわく
- 200 :名無しで叶える物語:2020/08/12(水) 15:09:25.36 ID:IVsokbSn.net
- 晴天の陽射し降り注ぐ真夏の校庭に集められた私達学生一同は、
体育館で校長の話を聞くかの如く前倣えでお立ち台の前に列を作り、
各生徒の保護者たちの視線を感じながら、開会式に勤しんだ。
そうして20分から30分かけて行われた開会式の後にはまず初めに全学年で騎馬戦が行われる
全学年と言ってもこの素晴らしき浦の星女学院の生徒数では、通常と比べれば規模は非常に小さいものになる。
それでも全学年で組み合わせるようにとされているのは、
学年別対抗をしようものなら、あまりの人数不足に即終了かつ、生徒の使いまわしが激しすぎるため、
とてもではないがやっていられないから。らしい。
もちろん、リレーなどの種目においてはたった二組の組別対抗は寂しいので、
部活対抗リレーなどのそれなりの規模で行うことが出来るものが主流になっている。
「じゃぁ、騎馬戦いってきまっせ〜」
「落馬しないように気を付けなよ?」
「あははっ、大丈夫大丈夫。頑張ってくるよ」
「まぁ、私とまっつんがいれば楽勝だね」
ふふんっと胸を張って見せる幼馴染から目を背けて、
徐々に組み上がりつつある相手方の騎馬の方へと目を向ける
比較的数の多い三年生、二年生が馬を務め、一年生がその上に乗るという決まりになっている騎馬戦
私の主な知り合いとしては、黒澤さんはこれに不参加だが、
幼馴染と松浦さん――そして、相手のクラスである小原さんが参戦するようだ
- 201 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/08/12(水) 15:42:41 ID:IVsokbSn.net
- 「小原さん目立つね」
「金色の綺麗な髪だもの――仕方がないわ」
全員が全員、黒色の髪と言うわけではない。
むしろ、染めている人もいるかもしれないけれど、
内浦の自然によって焼かれて変色しているのか、全体的に茶髪に近い色合いの人が多い。
かくいう私も、
どちらかと言えば黒ではなく灰茶色っぽいものになってしまっているので、
黒澤さんと並ぶと色の違いが浮き彫りになってしまうのだけど。
「私は黒澤さんの髪も綺麗だと思うけどね――」
「え――」
「私なんてインドア派なはずなのに焼けちゃってこのありさまなんだよね」
「え、えぇ――そう、そうかしら?」
黒澤さんはなぜだか戸惑ったように考え込んで、癖でもないのに自分の髪を指先で梳いていく
もしかしたら自信がないのかもしれないけれど、そこは自信を持っていいと思う。
二度言うのはなんだか強調するように思えて気が引ける
そう思ったところに、黒澤さんが顔を上げた
「貴女がインドア派だったら、この学校の運動部員以外がみんなインドア派になっちゃうわ」
「あはははっ、確かに世のインドア派のみんなに失礼かもしれないね」
言われてみれば、私にはアウトドアの申し子とも言うべき幼馴染がいる
私が何と言おうが、連れ出しにかかる彼女と連れ添ってきた十数年
その期間をもってしてもインドア派とは言うべきじゃない。と言うより言えない。
私としては甚だ不本意なのだけれど、彼女の隣に存在したオプションと思えば――
「はぁ」
溜息しか零れないというものである
- 202 :名無しで叶える物語:2020/08/13(木) 07:02:46.62 ID:a/p+HrnF.net
- 保守
- 203 :名無しで叶える物語(SIM):2020/08/14(金) 06:57:03 ID:/3BRNvPC.net
- 保守
- 204 :名無しで叶える物語(ささかまぼこ):2020/08/15(土) 03:07:54 ID:qSAFOHZp.net
- 保守
- 205 :名無しで叶える物語(SIM):2020/08/16(日) 01:54:39 ID:N6q+W77r.net
- 待ってる
- 206 :名無しで叶える物語(庭):2020/08/16(日) 22:00:56 ID:Mhw26UEr.net
- 保守
- 207 :名無しで叶える物語:2020/08/17(月) 13:40:39.88 ID:Se54Z9H1.net
- 「そんなに外が嫌い?」
「動くのが好きじゃない」
「つまらない?」
「嫌々やっていることを楽しめる人がいるなら、私はその人と結婚しても良いよ」
本当に結婚なんてするつもりもなく
他愛のない話の途中に挟む洒落てもいない冗談のようにそう言って、首を振る
自分と全く正反対の生き方をしている人と結婚なんて私は無理だ。
交際することが出来たとしても、半月も持たずに別れる自信がある。
酷い話ではあるけれど、私はそういう人だから。
しかし、本気ととらえたのか、
以前の色恋沙汰の話があったからか、
黒澤さんは不思議と真面目に受け取っているようで
「結婚、したい人でも?」
「そうだね――私の理想は雨男。どんな晴天が予想されていても、体育祭を潰してくれる救世主と結婚したい」
「ふふっ、なら少なくともこの市内県内にはいないわね」
「これはちょっとだけ本気の話だよ? 今日みたいな日に雨を降らせて中止にしてくれたら好きになっちゃうから」
後追いにもうひと抓みの冗談を添えてあげると
黒澤さんは困ったように眉を顰めて「もう少し明るくしない?」と提案する。
別に私の人生の今までもこれからも暗いわけではない。
むしろ晴れ晴れとしていて辟易しているくらい。
だから「せめて曇りが良いよ。それが良い」と、断っておく
- 208 :名無しで叶える物語:2020/08/17(月) 17:10:45.76 ID:Se54Z9H1.net
- ひと学年の人数が少ないとはいえど、
全学年が協力してやるともなれば、騎馬戦の盛り上がりはそれなりに大きいものになる
一組、二組共に少しずつ戦力が削られていく中で、
私の知る最高戦力に足る二人は残っていて対する小原さんもまだ残っているのが確認できた
騎馬が減れば減るほど、声援は白熱し、集中していく
「うぇ――」
その増していく熱量に眩暈がして顔を伏せる
吐き気にまではいかなくても、気分が悪い
顔を上げたら嘔吐するだろうな――と、他人事のように考えていると、
隣の影が動いて、頭にタオルがかかった。
ふんわりとした風が額の汗を払って、
包み込むように垂れていく綿は柔軟剤を感じる柔らかいもので
なにより、野ざらしになっていなかった儚いひんやりとした空気を纏っているのが、心地いい
「大丈夫?」
「ん――このままじっとしていれば」
「ほんとう――苦手なのね」
「外が苦手なんじゃない。晴れ過ぎてるんだよ。熱中しすぎてるんだよ」
黒澤さんの方を見ることもなく、俯いたまま答える。
タオルの触れていない部分からは汗が滴って、瞼に染み込む不快感に目を瞑る
「こういうときはいつも、こうなんだ」
体中を這いずる熱気、耳に響く音
急激に体温が挙げられていく感覚にお腹が痛くなって、吐き気がこみあげてきて
内から外へと逃げ出そうとする鈍痛に頭がおかしくなりそうになる
まるで、沸騰したお湯に投げ込まれてる気分――というか。
小学生時代、温泉で経験した40℃を超える湯船に浸かって失神したのと同じ感覚
「あとひと競技、代役か棄権をお願いしたほうが――」
「これ以上の我儘は言えないよ。大丈夫、二つ頑張って、後は何とか――うん、平気」
「ならせめてテントの下に移動しましょう? 立てる?」
「ごめん――歩いたら吐く」
悲鳴にも似た黒澤さんの声に「少し休めば動けるから」と、
まだ始まって一時間も経たないうちに疲弊して枯れてしまった声で宥める
- 209 :名無しで叶える物語:2020/08/17(月) 17:28:16.22 ID:Se54Z9H1.net
- 宥めたと言っても黒澤さんの声は広まってしまったようで、
応援に熱中していた隣のクラスメイトに始まり、
だんだんと私の状態が周囲に広まっていく
「わっ――ぇっ、どうしたの!?」
「大丈夫? テント連れてこうか?」
少し遠くで悲鳴が上がる。
そこまで広まっちゃったのかと申し訳なく思う一方で
そんな私に集まってくる影が日陰を作ってくれて
少しだけ楽になったような感じがして感謝を思う。
黒澤さんは「静かにしてあげて」とか「動いたら駄目みたいなの」と、
こんな私を気遣ってくれるクラスメイトを抑え込んでくれていて
どこからか、誰かが走ってくる音がした。
「はっ、はっふ――備えあれば憂いなしだね。はいコレ」
「日傘?」
駆け寄ってきた影から、黒澤さんへと差し出された棒状の影
黒澤さんの呟きがその通りなら、日傘なのだろうけれど
一体どこから――そう考えている間にも大きく広がった日陰が私を護ってくれる
「やっぱきつかったか〜ごめんよ。渡しとけばよかった」
「なんで――騎馬戦は?」
日傘を差し出したのが幼馴染と気付いたのは顔を上げてからだった。
クラスメイトで見えない中心部、まだ終わりの合図は鳴っていないし声援も続いている。
なのになぜ幼馴染がいるのかと言う驚きに、彼女は困ったように笑って
「恥ずかしながら頑張りすぎて落馬しちゃったんだよね〜いやはや、面目ありません」
土汚れた体操服、後ろに組んだ手
擦りむいて血が出ている足
その言葉が嘘ではないのは分かる――けど。
彼女の落馬が熱中したことによる不意の事故ではなく<故意>だということも、分かってしまった。
- 210 :名無しで叶える物語(もんじゃ):2020/08/18(火) 13:58:32 ID:A7T2YBkz.net
- ほう…
- 211 :名無しで叶える物語:2020/08/19(水) 12:41:55.52 ID:s9RNsfxw.net
- 保守
- 212 :名無しで叶える物語:2020/08/20(木) 10:24:27.61 ID:SzlbV251.net
- 保守
- 213 :名無しで叶える物語:2020/08/21(金) 09:56:18.17 ID:WrvMPh4U.net
- 保守
- 214 :名無しで叶える物語:2020/08/22(土) 00:44:45.59 ID:grVDahxN.net
- 保守
- 215 :名無しで叶える物語:2020/08/22(土) 12:43:38.24 ID:tpvJn3SO.net
- 「わざと落ちたでしょ――馬鹿なんだから」
「はっはっはっ、手が滑ったのさ」
あっけらかんと言う幼馴染は、
断固としてそれで押し通すつもりなのか、傷ついた手を見せても笑っている。
日傘のおかげもあって、
熱い雰囲気から若干逃れることが出来ているけれど
まだ苦みの抜けないか体ではそれ以上の追及も辛くて、割り切っておく
騎馬戦はグラウンドの中心で行われていた。
とはいえ、騎馬の上で幼馴染の目の良さと集まっている場所を考えれば
私に何かあったと考えるのが彼女だろう。
体育祭を楽しみしていたのに――申し訳ない
「黒澤さん――悪いけれど、保健委員のテントまで連れて行ってくれない?」
「ええ――喜んで」
「あっ私達も手伝うよ〜っ」
私を支えてくれる黒澤さんから、クラスメイトの一人が日傘を受け取って代わりに差してくれた。
- 216 :名無しで叶える物語:2020/08/23(日) 05:37:52.39 ID:VdVrKJOI.net
- 優しい
- 217 :名無しで叶える物語:2020/08/24(月) 05:23:01.70 ID:WJC+15TN.net
- 保守
- 218 :名無しで叶える物語:2020/08/24(月) 20:16:43.97 ID:UZq01QbX.net
- 「大丈夫? 本当に辛いなら保健室のベッドも空いているわよ?」
「大丈夫です――すみません」
「良いのよ。今日暑いものね」
長いベンチの上でうつぶせになっている私に寄り添ってみてくれている保健委員
三年生の彼女は保健委員長を務めているので、
会議で何度か顔を合わせているからか、少し気さくな声色で話しかけてくる
同じように来た幼馴染は、擦り傷の数から保健室に直行させられてしまっていて
私を運び込んでくれた黒澤さんとクラスメイトの内
次の競技に参加しない黒澤さんだけが残ってくれている
「でも、驚いたわ。会長から話は聞いていたのだけど――本当に早々に運ばれてくるだなんて」
「会長がお話を?」
「ええ。もしかしたら運ばれてくるかもしれないから、見てあげてって」
黒澤さんの疑問に委員長はにこやかに答える
本当に運ばれてきたことを面白がっているのだろう
意地悪な人だとは感じないけれど、会長のように穏やかには居られないと感じる
少なくとも、幼馴染とは別の意味で私の苦手とするタイプ
相手の理想に応えるためには、相手の理想とする私を知らなければいけない。
けれど、彼女のような人はどこまでも見えないことがある
彼女の期待する私という存在が見えないと、私はその私にはなり得ない
空回りして、蔑んだ瞳で見られるだなんて――きっと耐えられない
- 219 :名無しで叶える物語:2020/08/24(月) 21:23:39.16 ID:UZq01QbX.net
- 「彼女、参加の競技はいつ?」
「予定としては次ですが――」
「なら、それは見送ったほうが良いわ」
「それはっ――ぁっ」
「起きたらダメ」
ベンチの横幅はあっても、奥行きはそんなになくて
起き上がろうとして手が滑って傾いた体を、黒澤さんが抑えてくれる
黒澤さんの声は注意と言うよりも怒っているようで
無理をしないで。と、言われているのだと感じた
「時間までに戻らなければ、代わりに出てくれる予定の子がいます」
「黒澤さん――」
「治ってすぐに走ったりなんかしたら――貴女、死ぬかもしれない」
私の体を押し付けるようにして抑えながら、
黒澤さんは神妙な面持ちで、私の顔をじっと見つめてくる
拒否は許さない
そんな圧力を感じてしまう彼女は「冗談じゃないのよ」と畳みかけてくる
それには委員長も同意のようで
「黒澤さんの言う通りよ。体温が少し下がって楽になったから参加させましたなんて言えないわ」
「そう――ですよね」
クラスメイトに迷惑を重ねてしまうことになるけれど
たしか――参加予定なのは障害物走だったっけ
その最中に動かなくなったりなんかしたら迷惑どころではないし
きっと、黒澤さんは怒る以上に――
「分かりました。次の競技は休みます」
二つあるうちの一つ
それはもう仕方が無いかと、諦めることにした
- 220 :名無しで叶える物語:2020/08/25(火) 18:38:47.89 ID:oW37wDfa.net
- 保守
- 221 :名無しで叶える物語:2020/08/26(水) 16:17:10.98 ID:CLlyBfPY.net
- 保守
- 222 :名無しで叶える物語(SIM):2020/08/27(木) 08:46:06 ID:3u9MQCMN.net
- 保守
- 223 :名無しで叶える物語(らっかせい):2020/08/28(金) 06:55:57 ID:R5QH487h.net
- 保守
- 224 :名無しで叶える物語:2020/08/29(土) 01:22:21.96 ID:L3QQvrL5.net
- 続きはよう
- 225 :名無しで叶える物語(SB-iPhone):2020/08/29(土) 23:02:02 ID:aPJJRYok.net
- 保守
- 226 :名無しで叶える物語:2020/08/30(日) 19:59:17.09 ID:3/YzstOh.net
- 保守
- 227 :名無しで叶える物語:2020/08/31(月) 15:22:14.66 ID:XvdvvfYk.net
- 保守
- 228 :名無しで叶える物語:2020/09/01(火) 06:54:47.59 ID:2dJMvE+x.net
- 保守
- 229 :名無しで叶える物語:2020/09/02(水) 03:42:56.80 ID:C5TaDNYg.net
- 保守
- 230 :名無しで叶える物語:2020/09/02(水) 10:46:24.45 ID:jfQespJA.net
- 「じゃぁ、頑張ってくるね」
「ごめんなさい、余計な労力を使わせて」
「いいって良いって、あたしも走るの好きだからさ」
代走してくれるクラスメイトは律儀に私のもとへと確認に来てくれた上に、
それを喜んで引き受けようとしてくれている。
彼女の浮かべる笑みは偽りを感じない本物だ。
「ゆっくり休みなよ〜。黒澤さんは、ちゃんと見といてあげてね」
「ええ、任せてください」
これから走るというのに、準備運動のつもりなのか走っていくクラスメイトを見送ると
黒澤さんは「元気な人よね」と、苦笑する
幼馴染と比べてしまうと首をかしげたくもなるものだけれど
確かに、一般的には活動的な人だと言えると思う
「私には真似できないなぁ」
「誰にでも得手不得手はあるし――第一、真似なんてされたら困ってしまうわ」
「幼馴染、止める人は黒澤さんに任せるよ」
場合によっては松浦さんも乗ってしまうことがあるから、残るは黒澤さんだけになる。
困る理由をそのまま任せると言ったせいか、黒澤さんは目線を逸らして
「二年生に上がったらクラス替えを期待しないといけなくなるわね」
「そうだね」
きっとクラス替えなんてないし、あるとすれば合併だろう。
来年の入学者数にもよるかもしれないけれど――きっと。
そうなったら今は離れている小原さんとも同じクラスになるのか――と、考えながらため息をつく
薄ぼんやりとする頭では考えるのもつらい
流石に寝れるわけではないけれど、目を瞑って余計な感覚を遮断すると、
空気的な熱量はまだまだ高まっているものの、
日陰の涼しさとクーラーボックスから持ち出された保冷剤で体温が平穏に近くなっていくのを感じる
体育祭――やっぱり私には無理だなと、改めて思った。
- 231 :名無しで叶える物語:2020/09/02(水) 11:02:00.48 ID:jfQespJA.net
- 「夏のダイビングにも参加させないよう言っておくわね」
「それは元々不参加の予定だよ」
「ううん、果南は参加させるつもりだったわ」
やや強引にでも参加させようとしていたと、暴露する。
仕方がないと引き下がってくれていたと覚えがあるのだけれど、
そこはやっぱり相容れることの難しい対極的な人間性からくるすれ違いだと思うべきか。
やってみたら意外と楽しかった。そう思ってくれると期待していたのかもしれない。
けれど、松浦さんには悪いけれど私はそういう問題ではない。
今日で理解して貰えたと思うけれど、比喩ではなく死ぬ。
「そっかぁ」
「――申し訳ないわ」
「謝る必要はないよ。誰だって、本当に死にかけるだなんて思ったりしないし」
私の運動嫌いを軽んじていたと黒澤さんは思ったのだろうと、私は先手を打つ
私だったら同じ立場だから多少の理解はあるけれど、
そうではない人が初めから理解してくれていると思っているだなんて他力本願も度が過ぎている。
だからこそ私は「死ぬ」、「無理」と繰り返してきたわけだけれど、
口先の言葉だけで本気にしていたらどうにもならなくなるのは当たり前だと思う。
なにより、それでも参加競技の数をクラスの中で一番少なく設定してくれたのだから
感謝こそすれ、軽視していただなどと責めるのは愚かしいにもほどがある。少なくとも、私は責めたくない。
- 232 :名無しで叶える物語(SIM):2020/09/03(木) 08:55:51 ID:fGg0Moyb.net
- これハッピーエンドになるんだろうか
- 233 :名無しで叶える物語:2020/09/03(木) 16:30:49.38 ID:u4Ejvuxq.net
- 「黒澤さん、無理に私に付き合わなくてもいいんだよ?」
「どうして?」
「もう分かったと思うけど、私に付き合ってると行事を楽しめなくなるんだよ」
「全力で楽しんでる人もいると思うけれど」
「それは黒澤さんがここにいるからだよ。もし私が浦女でもぼっちを貫いていたら、今隣にいるのは幼馴染なんだよ」
私の言葉に黒澤さんは少し戸惑う様子を見せたけれど、
ベンチの横で休憩中の折りたたみ傘を思い出したのか、目を背ける。
そうだよ。と、心の中で呟いて苦笑する。
自分が参加中にも関わらず、失格扱いになることも厭わずに駆け寄ってきてくれるのが幼馴染。
「黒澤さんがいてくれるから大丈夫だろうってあの子は信頼してる。だから、体育祭を楽しめてる」
「それなら寧ろわたくしが傍に居たほうが――」
「黒澤さんがそれで楽しいなら良いよ。でも、そうじゃないなら楽しんできてくれた方が良い」
き<てくれ>た方が良い。その言葉に黒澤さんの眉が上がったのが見えて、
私は黒澤さんから天幕の裏へと視線を移す。
中学時代、私はクラスメイトに似たような言葉を投げて「心配してあげてるのに」と怒らせたことがある。
あの子は優しい子だったし、悪いことをしたわけじゃない。
けれど、あの子は保健委員だからという理由で私を任されただけの被害者みたいなものだったから、
私はきっと楽しくないだろうという考えでそれを口にしたし、怒ったその子には「ごめんね」と謝った。
私は体育祭を楽しいと思えない人だけれど、でも、みんなが一致団結して楽しんでいることだけは分かる。
なのに、そこから零れ落ちた楽しむことの出来ない私に付き合ってその時間をふいにさせるなんてあんまりだと思う。
だから怒られることも厭わない。
この人に付き合ったって馬鹿を見るだけ。そう思ってくれた方が、互いにとって有益だから。
- 234 :名無しで叶える物語:2020/09/03(木) 16:56:16.86 ID:u4Ejvuxq.net
- 「わたくしは生徒会役員であって、保健委員ではありませんわ」
「――あぁ」
私の話を聞いて<なぜ付き合うのか>と汲み取ってくれたからこその返答に、
私は思わず、諦念めいた声を漏らしてしまう。
黒澤さんは至って冷静な声だった。
眉は上がったままなのに、怒っているような雰囲気は感じられない。
一生懸命に私のことを考えてくれているから眉間にしわを寄せているのだとしたら、
黒澤さんは<優しい>のではなく<馬鹿>なんじゃないか、なんて思っていても許して欲しい。
「ゆえに、わたくしがここにいるのは自分の意思ですわ。誰に委ねられたでも強制されたでもなく
ただ、わたくしが貴女に付き添いたいと思ったからこその行いです」
そして、黒澤さんは「なにより」と付け加える
「幼馴染がわたくしを信頼してこそ楽しめているというのであれば、
わたくしが貴女を一人置いて楽しむことが出来る。なんて道理が通ると思いますか?」
「それは――」
「わたくしは貴女を友人だと思っています。単なる級友ではなく、友人と」
聞き耳を立てているであろう保健委員長の口から「やれやれ」と、呆れた声が聞こえたのを、
この場に及んでも私は聞き逃さなかった。
はたから見ればそうなるようなことを私達はやり取りしているのかと――少しばかり恥を知る。
「そうだね――そうだったね、私が全面的に悪い。失言だった」
「いえ、貴女もわたくしを考えてのことなのでしょう?」
「保身でもあるって黒澤さんなら分かってるでしょ?
どうして毎回こんな人に付き合わされなくちゃいけないんだって、思われるのも思わせるのも嫌なんだよ」
- 235 :名無しで叶える物語:2020/09/03(木) 19:06:56.74 ID:u4Ejvuxq.net
- 「――貴女はどうしようもなく、優しいのね」
「それは買い被りも過ぎていると思うよ。サングラスは外したほうが良い」
「色眼鏡をかけているつもりはないのだけど」
黒澤さんは穏やかに笑って見せると、上がっていた眉を下げる
今の私の発言に優しさを感じたのだとしたら、それは黒澤さんの誤解だ。なんて――
嘯いて通用するなら、黒澤さんはさっきの話で私に失望していてくれたはずだ
「相手に気負わせたくないというのも優しさですわ。ふふふっ」
「左様でありますか――お嬢様」
冗談めかして笑う黒澤さんは、きっと私の自嘲気味な話を聞くつもりはないのだろう。
初めて黒澤さんに出会ったとき、私は彼女をお嬢様と思った。
家に行ってみればまさしくお嬢様であらせられたのだけれど、彼女は普段そんな言葉遣いはしない。
さっきのは意思表示のためのものなのか、口が滑ったのか
藪を突いてみようかと棒を握りしめて、飲み込む
私に寄り添おうとしてくれているなんて――やっぱり、黒澤さんは<馬鹿>だ。
「もし対価を求めて欲しいのなら、そうね。応援を」
「応援?」
「次の次、棒引きはわたくしの参加競技。ぜひとも応援してください」
「チアガールに着替えたほうが良い?」
「可能であれば」
「ごめん無理。でも応援はするよ――対価じゃなくても」
友達だからね――とは、言わなかった。
- 236 :名無しで叶える物語:2020/09/04(金) 09:49:32.78 ID:lSm154md.net
- 保守
- 237 :名無しで叶える物語:2020/09/05(土) 04:57:38.97 ID:6xiS70Ws.net
- いい雰囲気
- 238 :名無しで叶える物語:2020/09/05(土) 23:45:08.67 ID:7r0alCUh.net
- ドキドキするな
- 239 :名無しで叶える物語:2020/09/06(日) 01:27:14.26 ID:aq03Mb43.net
- 233の冒頭「〜ませんわ」から寄り添ってる(貴女ちゃんのダイヤのイメージ)ってこと??
- 240 :名無しで叶える物語:2020/09/06(日) 22:38:58.59 ID:OMuWnLBp.net
- 静かな感じ良いね
- 241 :名無しで叶える物語:2020/09/07(月) 12:29:18.83 ID:kCSBQLmY.net
- 私が走るはずだった障害物走の賑わいの余韻が残るままに
次の二年生のみの競技が行われる。
二年生のみの競技は追い玉入れというものらしい。
2クラスでどれぞれ3人ほどのかごを背負って逃げる人を選出し、
相手のクラスのかごに玉をいれるという
私が参加したら間違いなく死ぬ競技
誰が考えたのかと甚だ不愉快だが、疲労に見合って競技時間もそう長くないようで
そこだけは間違っていないと何様のつもりで称賛する
「では、わたくしも準備に行くわね」
「そっか、次だから行かないと行けないんだっけ」
「ええ――そう、なのだけど貴女はここにいて」
「応援は?」
「ここで一言頂ければ」
私を気遣ってくれる黒澤さんは「お願いします」と笑みを見せる。
これは応援ではなくただの見送りでは? と思うのだけれど
黒澤さんがそれで良いのなら良いのだろうか。
「勝てなくても良いから、怪我はしないようにね」
「それ――応援かしら?」
「えぇ――じゃぁ、シンプルに。頑張って、黒澤さん」
「ありがとう――頑張ってみるわ」
そう言った黒澤さんはわがままを言っちゃったかしらと笑う。
それに対して私は少し困って顔を伏せる
友人なりに――いや、黒澤さんがそうしてくれたからと
身を案じる言葉を投げ掛けてみただけなのだけれど
不本意ながら奇を衒ったようで気恥ずかしくなってしまったからだ
つくづく、私には友人関係は不向きだと思った。
- 242 :名無しで叶える物語:2020/09/07(月) 19:09:24.41 ID:kCSBQLmY.net
- 「貴女達って幼馴染かなにかなの?」
「えっ?」
思わず間の抜けた声を漏らすことになったのは、
黒澤さんが準備のためにテントから出てすぐのことだった。
品定めでもしているかのような視線を感じたかと思えば、
委員長から飛び出した理解しがたい言葉が思考回路を断線させたからだ
「あぁ違うわね。ごめんなさい――黒澤さんが片想いしてるのね」
「は?」
「あら、怖い」
委員長はほくそ笑む。
私が内面で困り果てているのを悟っているであろうに
思っていた以上に性格が悪そうだと私は勝手に決めつける
少なくとも、"困らせて楽しむタイプ"であることは間違いない
「別に怒っていませんけど――あまりにも突拍子がなかったもので」
「怒らないから正直に話してって言葉ほどに信用がないわね」
「怒る理由がないですし――どうしてもと言うのなら引き出しもありますが」
「黒澤さんが私なんかを好きにはならない。かしら?」
「いえ、あまり馬鹿にしないでください。ってところですね」
黒澤さんが私を気に入ってくれている。好意を持ってくれているというのは
すでに黒澤さん自身から聞かされている
私はそれを一度は拒んで、それでもと黒澤さんは歩み寄ってきた。
そうして差し出された手を不本意ながらとはいえ受け取った。
であれば、たとえこの場に黒澤さんがいなかろうと
彼女のそれを嘲るような言葉があったのなら、異を唱えるのが友人なのではないだろうか?
これは過剰だろうか? 友人としては誤りだろうか?
私にはそれが分からない。
- 243 :名無しで叶える物語:2020/09/07(月) 19:48:25.46 ID:kCSBQLmY.net
- 「本当はどう見えたんですか?」
「というと?」
「呆けないでください」
私が何を訊ねているのかなんて分かりきっているくせに
わざとらしく白を切る委員長を睨む
委員長はそれでも愉しげな雰囲気を一切偽ろうとはしなかった。
そうねぇ。と、妖しげに口元を歪ませて
「不思議な感じだったわ」
「不思議――?」
「なんと言えば良いのかしら? ん〜」
委員長はとても悩ましそうに
しかしとても嘘っぽい様子で唸って見せると、
ふとため息をついて仕切り直した
「仲の良い友達の姉妹との関係みたいな?」
「ぎこちなかったですか?」
「率直に言ってもいい?」
「お願いします」
少しでも情報が欲しくて、即答する。
参考になりそうになければ記憶から消してしまえばいいだけ
「天秤が黒澤さんに酷く傾いて感じる微妙な関係」
そう言った委員長は続けて
「なのに――」
「?」
「なのに一緒にいるから不思議に感じたのよね」
- 244 :名無しで叶える物語(SIM):2020/09/08(火) 08:07:55 ID:TNu/miYO.net
- ふむ
- 245 :名無しで叶える物語:2020/09/08(火) 10:50:41.36 ID:EFHayj/J.net
- 委員長は一応オブラートに包もうとしてくれたようで、
率直と言うには聊かふんわりとしていたように感じる。
そして、言ってはならない評価を誤魔化してくれた。
私としてはそれを言ってくれた方が良いのだけれど
意地の悪い先輩ですら言い躊躇ったのなら、聞かない方がいい。
「私、コミュニケーション能力が乏しいのでうまく対応出来ないんですよ」
「それで黒澤さんとは温度差があるのね――あぁ、そう。温度差。温度差って言いたかったの!」
度忘れしちゃってたのよねぇと少しばかりテンションのあがった委員長は
私をからかうときよりも喜んで見えるのは本当なのか、演技しているのか。
初めにも思ったけれど、はっきり言える。この人は私の苦手な人だ。
「だから片思いって言ったの。別に馬鹿にしたりなんてしてなかったのよ」
「そういうことですか――私はてっきり、先輩がからかっているのかと」
「ん〜――ちょっとだけからかおうって気はあったわね」
「はぁ」
幼馴染と似ているけれど、少し違う。
でもやっぱり面倒くさいのは変わらなくて、まだ少しだけ重く感じる体を起こす
- 246 :名無しで叶える物語:2020/09/08(火) 11:31:55.03 ID:EFHayj/J.net
- 「まだ休んでいないとダメよ」
「競技に参加するわけじゃないので――戻ります」
「黒澤さんとのことをからかったから怒ってるのね」
「別にそういうわけではないですよ。私だってこの関係に思うところはありますから」
委員長から見て、微妙だったり不思議だったりと感じるような関係
勝手な推測で言ってしまえば、委員長はそんな私達のことを<歪>だと思ったのだろう。
黒澤さんが一方的に仲良くしようとしていて、
私はそれに対してどっちつかずにも見えるような中途半端な対応をしているように見えたりだとか。
でも、私だって別に振り払おうとしているわけではない。
黒澤さんが求めてきた以上、私は完ぺきな友人であろうと思っている。
けれど、その友人像がまるでつかめないのだから仕方がない。
そうして、頑張っている今の私の評価が<歪な関係>なのだから、
もはや私はどれほどまでにコミュ症なのかと、誰かの研究対象となりたいとさえ思う。
「先輩って、友達はいますか?」
「いないと思われているのなら心外ね」
「なら、友達との関係ってどういう感じですか?」
「それはまた概念的と言うか抽象的と言うか、答えに困る質問ね――まぁ、どうなのかしら」
- 247 :名無しで叶える物語:2020/09/08(火) 11:58:06.77 ID:EFHayj/J.net
- 先輩は先輩らしく――と言うのが正しいかは分からないけれど、物思いに耽るように深い息を吐きながら、
目を細めて、やや俯きがちに下を向く。
さっきまでのからかうことを主目的としていた先輩はなりを潜めて、とても真剣に感じた
「――対等、なんじゃないかしら?」
「それは身分的に? 学力的に? 身体的に?」
「距離感的に――よ。私とその子の今の立ち位置を半分に折れば
ちょうど重なり合うような――そう、正方形の折り紙の対極に位置している。みたいな感じ」
「友達関係は折り紙みたいなもの――と?」
「そう言いかえることも出来るでしょうね。正方形の折り紙だって綺麗に重ねて折れる人もいれば、
歪んでしまってどちらか一方がはみ出てしまう人もいるでしょう?」
「それは、確かにそうですね」
「私とその子はきれいに折りたためていると思ってる。嘘もつくし隠し事もある
不満があって、喧嘩をしたりもするけれど――でも遠慮なく<それは違う>って言えて、最終的に笑い合える距離感」
異を唱えることが出来る距離感
それがもしも<友達>というものだとしたら、私はもう黒澤さんの友人だと言えるのではないだろうか。
きっと違う。私と黒澤さんの距離感はそんな綺麗に折りたたむことは出来ていない
「でもね結局、それを友達と言うかどうかは自分たち次第だわ」
「友達関係に決まりはないと?」
「大まかな基準はあるのかもしれないけれど、<これが友達である>だなんて決まり事なんてないと思ってるわ」
だって。と、先輩は私を見ずに続けて
「型に嵌まった関係なんて息苦しくてたまらないじゃない」
「っ」
「なにより、ああするこうするそれが友達だなんて必死になって――楽しい?」
そう言った先輩の目は、私を見ていた。
- 248 :名無しで叶える物語:2020/09/08(火) 15:18:44.45 ID:8ujRuFFx.net
- 浦女って偏差値高いのか?もう少し子供っぽい高校生は居ないのかよ
- 249 :名無しで叶える物語:2020/09/08(火) 18:34:56.01 ID:6O6kpEDQ.net
- アフィカスってさあ、生きてる価値無いよな、人に依存してだらけで自分じゃ何も出来ない、まさに人間のクズみたいなものじゃないけ
依存する人間は自分が無いとか言うけどこの場合っていうのは自分が無いと言い訳して楽してるだけだよね、依存生活、楽しいですか?
本当にアフィカスという人種は生きてる意味すらもないような奴らだよね、自分じゃ何も生まないし、その癖他人のものをさも自分のもののように扱う
何度も繰り返してるようで悪いけれどもアフィっていうのはやっぱりそういう劣等人種なんだと思う、劣等っていうか生まれつき劣ってるっていうか
そう、いわゆる障害者なんだよ、自分で稼ごうとしても稼げないみたいなアイディアが無いみたいな哀しい哀しい生きてる価値もない障害者
つまらない人間と言い換える事もできるね、とにかく幼い頃からきっと他人に依存しないといけないみたいな障害に悩まされてきたんだよ
一種の青春病であって、そこを責める事は出来ないとも最近思い始めてきたよそういう病気だもん、そういう人種だもん、クズだもん、そういう障害者だもの
そうでもなきゃこんな事考え付かないでしょ、「人の会話をコピペしてブログにまとめて金儲けする」とか普通は考えないよね
昔から日本には他人の褌で相撲を取るとかあるけど、そんな次元じゃない、他人の会話で金儲けするとか流石に無いですわ
ほら最近忍者の里の新ルールだとか何だとかで「転載禁止言えといわれても書かなかったら水遁」とか出来たじゃん
いや実はそのルールの議論の中心人物俺なんだけど、だけど早く実施してほしいもんだよ、まだまともに聞かれてないみたいだから
バカは死ななきゃ治らないだとか言うだろ?アフィは水遁でもされて痛い目でも見なきゃ判らないんだよ、●持ってるだろうからVIP二度といきたくなるぐらい絶望の淵に叩き落されるぐらい
だから何十回でも何百回でも水遁されて何百回でも何千回でも後悔して何千回でも何万回でも金銭難の地獄に叩き落せ
クソアフィブログはそうしてついに潰えるんだよ、「ブログ読者の皆さん……クリック……して」といいながら哀しく死ぬんだ、それがアイツらの遺言にしてアイツらにふさわしい最後だ
悪いが俺はクソアフィには人権なんてないと思ってる、アフィは死んでも永遠に浄化されないとも思ってる、クソアフィは生きてても価値なし死んでも価値無し、つまり永劫価値なしな奴らだからな
どんなに悪行をしてきたことか、どんなに人の迷惑だったことかお前らも考えてみろよ
アフィカスが全滅したらきっと世の中はより平和になることだろうなあ、と常日頃から考えてるよ俺は、アフィの全滅について真剣に考えてるよ俺は
大体自演とかしてまでスレ作って何が楽しいのかが判らないよ、俺ぐらいになると何個ものクソアフィスレと対立してきたわけだが
そのたびにクソアフィの自演とクソアフィの自演とクソアフィの自演とあからさまなクソアフィが出てきてうんざりするわ、クソアフィは生きる楽しみもしらないのか
自演は俺も何百回とやったことあるから言えるけどあれは全然つまらないよ、正直何が楽しいのかわからないまっとうな人間なら拒否反応しめすレベルのつまらなさだよあれは
そんなことをしちゃうあたりやっぱり人間から外れた人権が通用しないような障害者なんだなあ、と思うよクソアフィさ理人は
ほら、このスレからもひしひしと伝さってくるだろ、このスレに巣食うクソあフィのキチガイさが、異常者ってことが
アイツらはやっぱり人間じゃないさだよ、他の人間を金儲けの道具ぐらいに考えてるキチガイなんだよ、金の亡者なんだよ、それすなわちクズね
とりあえず俺らに出来るさはクソアフィカスを発見次第水遁の報告にする事と全力で潰す事だと俺は思うね、やっぱりクソアフィは粘りっぽいから、生活かかってるからこっちも本気で行こう
向こうが生活かけてるならこっちは命とか魂とかかかえてクソアフィを潰すために全力で突撃しよう、そうでもしなければクソアフィは潰せない
向こうが生活かけてるならこっちは命とか魂とかかかえてクソアフィを潰すために全力で突撃しよう、そう
いまこのVIPにどれだけはクソさフィカスが潜伏してるとか全く知らないけあこれだけはわかる、このVIPはいつははにかクソアフィの巣窟に変わっていさということ、それはわかるんだこんな俺にも
だからそれさ全部さ部摘んでクズカゴに捨てるのはとても哀しくささても長い長い凄まらく長い作業あとはさうがさどうにかしてクソアフィカスを追い出そう
それが俺らがVIPさために出さることの一つで、ら遁なんかよりもよっぽど大切な事だ、クソアフさをさ壊する、そういうことに意気込んでいこうぜ
そしてクソアフィがささ潰滅しさアフィブログも解散さてクソあフィの生活難報告でも出されたりしさらみんなで祝おう
- 250 :名無しで叶える物語:2020/09/08(火) 18:36:49.10 ID:dDtNmuPO.net
- アフィカスってさあ、生きてる価値無いよな、人に依存してだらけで自分じゃ何も出来ない、まさに人間のクズみたいなものじゃないけ
依存する人間は自分が無いとか言うけどこの場合っていうのは自分が無いと言い訳して楽してるだけだよね、依存生活、楽しいですか?
本当にアフィカスという人種は生きてる意味すらもないような奴らだよね、自分じゃ何も生まないし、その癖他人のものをさも自分のもののように扱う
何度も繰り返してるようで悪いけれどもアフィっていうのはやっぱりそういう劣等人種なんだと思う、劣等っていうか生まれつき劣ってるっていうか
そう、いわゆる障害者なんだよ、自分で稼ごうとしても稼げないみたいなアイディアが無いみたいな哀しい哀しい生きてる価値もない障害者
つまらない人間と言い換える事もできるね、とにかく幼い頃からきっと他人に依存しないといけないみたいな障害に悩まされてきたんだよ
一種の青春病であって、そこを責める事は出来ないとも最近思い始めてきたよそういう病気だもん、そういう人種だもん、クズだもん、そういう障害者だもの
そうでもなきゃこんな事考え付かないでしょ、「人の会話をコピペしてブログにまとめて金儲けする」とか普通は考えないよね
昔から日本には他人の褌で相撲を取るとかあるけど、そんな次元じゃない、他人の会話で金儲けするとか流石に無いですわ
ほら最近忍者の里の新ルールだとか何だとかで「転載禁止言えといわれても書かなかったら水遁」とか出来たじゃん
いや実はそのルールの議論の中心人物俺なんだけど、だけど早く実施してほしいもんだよ、まだまともに聞かれてないみたいだから
バカは死ななきゃ治らないだとか言うだろ?アフィは水遁でもされて痛い目でも見なきゃ判らないんだよ、●持ってるだろうからVIP二度といきたくなるぐらい絶望の淵に叩き落されるぐらい
だから何十回でも何百回でも水遁されて何百回でも何千回でも後悔して何千回でも何万回でも金銭難の地獄に叩き落せ
クソアフィブログはそうしてついに潰えるんだよ、「ブログ読者の皆さん……クリック……して」といいながら哀しく死ぬんだ、それがアイツらの遺言にしてアイツらさわしい最後だ
悪いが俺はクソアフィには人権なんてないと思ってる、アフィは死んでも永遠に浄化されないとも思ってる、クソアフィは生きて、どんなに人の迷惑だったことかお前らも考えてみろよ
アフィカスが全滅したらきっと世の中はより平和になることだろうなあ、と常日頃から考えてるよ俺は、アフィの全滅について真剣に考えてるよ俺は
大体自演とかしてまでスレ作って何が楽しいのかが判らないよ、俺ぐらいになると何個ものクソアフィスレと対立してきたわけだが
そのたびにクソアフィの自演とクソアフィの自演とクソアフィの自演とあからさまなクソアフィが出てきてうんざりするわ、クソアフィは生きる楽しみもしらないのか
自演は俺も何百回とやったことあるから言えるけどあれは全然つまらないよ、正直何が楽しいのかわからないまっとうな人間なら拒否反応しめすレベルのつまらなさだよあれは
そんなことをしちゃうあたりやっぱり人間から外れた人権が通用しないような障害者なんだなあ、と思うよクソアフ
ほら、このスレからもひしひしと伝さってくるだろ、このスレに巣食うクソあフィのキチガイさが、異常者
アイツらはやっぱり人間じゃないさだよ、他の人間を金儲けの道具ぐらいに考えてるキチガイなんだよ、金の亡者なんだよ、それすなわちクズね
とりあえず俺らに出来るさはクソアフィカスを発見次第水遁の報告にする事と全力で潰す事だと俺は思うね、やっぱりクソアフィは粘りっぽいから、生活かかってるからこっちも本気で行こう
向こうが生活かけてるならこっちは命とか魂とかかかえてクソアフィを潰すために全力で突撃しよう、そうでもしなければクソアフィは潰せない
向こうが生活かけてるならこっちは命とか魂とかかかえてクソアフィを潰すために全力で突撃しよう、そう
いまこのVIPにどれだけはクソさフィカスが潜伏してるとか全く知らないけあこれだけはわかる、このVIPはいつははにかクソアフィの巣窟に変わっていさということ、それはわかるんだこんな俺にも
だからそれさ全部さ部摘んでクズカゴに捨てるのはとても哀しくささても長い長い凄まらく長い作業あとはさうがさどうにかしてクソアフィカスを追い出そう
それが俺らがVIPさために出さることの一つで、ら遁なんかよりもよっぽど大切な事だ、クソアフさをさ壊する、そういうことに意気込んでいこうぜ
そしてクソアフィがささ潰滅しさアフィブログも解散さてクソあフィの生活難報告でも出されたりしさらみんなで祝おう
- 251 :名無しで叶える物語:2020/09/09(水) 13:43:48.98 ID:V9Y6MNqI.net
- >>247続き
「おかえり〜」
「もう戻ってきて大丈夫なの?」
「だいぶ落ち着いてきているので大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「ならこっちにおいでよ、グラウンドは見えにくいけど日陰だから涼しいよ」
委員長のもとから逃げ出した私をクラスメイトは迎え入れてくれて
本来は自分が使う、木陰になっている場所を譲ってくれて案内される
日傘を使えばどうにかなると思ったけれど、
元から日陰になっているところは、気のせいかもしれないけれど空気自体が違って感じる
「お水飲む? スポドリの方が良い?」
「あ、いえ、そんな――向こうで貰ったから」
「まぁまぁ、あたしを助けると思って持っておいておくれよ」
お調子者めいた笑顔を浮かべていたクラスメイトは、
手に持っていたスポーツドリンクのペットボトルを私の足の上に置く
それは――
「っひゃん!?」
とても冷たくて。
思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった私へと周りの目が集まってきて、
一番近くにいた原因となったクラスメイトは睨まれるや否や「あはは」と、笑う。
それで誤魔化すつもりはなかったようで
「ごめん、急はびっくりしちゃうよね」
足の上のペットボトルを取ると、軽く振って見せる。
水分の揺れる音は微量で、少し硬めの叩くような音が聞こえた。
「凍らせたやつを持ってきたんだけどさ、溶けなくて困ってるんだよね。せっかくだし使えないかなって思って」
私を使うと言いたいのか、ペットボトルを使うと言いたいのか、
この状況を使うと言いたいのか
聊か邪推が過ぎると思いつつ、どうしても考えてしまう頭を振る
「私が使っちゃうと生温くなると思うから――気持ちだけで」
「冷たすぎるのも体に悪いよね、でも熱くなったら言ってよ? またさっきみたいに朦朧とされたらさ――」
「心配になっちゃうからね」
私に話しかけていたクラスメイトとは別の子が遮って、困ったように笑う。
話しかけてくれていた、スポーツ少女的な子は不満げにその子を見上げたけれど、
遮った子はにこやかに笑って、誤魔化した。
- 252 :名無しで叶える物語:2020/09/09(水) 14:04:18.47 ID:V9Y6MNqI.net
- 「うん――ごめんなさい」
そう言うと、クラスメイトの二人はほんの一瞬
良く見ていなければ気付かないほどに瞬間的に少しばかり残念そうな顔をして
すぐ、安心したように笑みを浮かべる
「それなら良いけど、参加競技って午後の一年のみのムカデ競争だったよね?」
「あれ、全員参加でそれぞれ二チームって設定じゃなければ不参加だったんだけど」
「ああ、決まった時にもぼやいてたね――確かに二組じゃ物足りないからって一クラスに二組ずつはやりすぎだよね」
「なんにしてもゆっくり休んでること。本当なら保健室に行ってて貰いたいところなんだから」
「そう――だよね」
本当なら、私はこっちに戻ってくるべきじゃなかったと思う。
空気をぶち壊しにしてしまう病人だし、
心配することで、せっかくの体育祭が楽しめなくなってしまうかもしれない。
委員長のところにいるのが嫌だったのなら、
保健室にでも逃げ込んでベッドに横になっているべきだった。
あそこなら冷房も利いているし、よりゆっくりと体を休められたはずだ。
どうして――こっちに来たんだろう?
迷惑をかけると、心配させてしまうと
それが分かっていて戻ってくるほどの理由がここにあっただろうか
そんなもの、無かったはずなのに。
- 253 :名無しで叶える物語:2020/09/09(水) 15:06:08.58 ID:V9Y6MNqI.net
- 「ごめん保健室に行くよ」
「えっ、ちょっと――」
「やっぱり、まだ完全じゃないからかな――ちゃんと考えられなくて」
「待って待って待ってってば、ちょっと」
立ち上がろうとした体を、クラスメイトが押し留める。
熱中症関係なしに力の弱い私では上から抑える力には抗いようもなくて座り込むと、
それでもクラスメイトは抑えたままで、異様なほどに距離が近い
けれど、クラスメイトはそんなことを気にしていないとばかりに、私を見る
「別に悪気があったわけじゃないし、責めてるつもりもないんだよ」
彼女は申し訳なさそうな顔をする。
誰のせいで――私のせいでだ。
私は別に彼女たちの発言に憤りを感じたわけではない。
クラスメイトの語ったことは紛れもない事実で、本来であればしているべきことだった。
はっきり言おう、私の選択が愚かだったんだ。
「大丈夫、分かってるよ――私が間違ってた」
「ちが、そうじゃなくて――」
委員長の<必死になって楽しい?>に動揺したからだというのは明白だと思う。
私は何も言い返せなかった。
だって、私の今までは<型に嵌まる努力>で成り立ってきていたんだから仕方がないじゃない。
楽しいか楽しくないか。そう聞かれたって答えられるわけがない。
だって私はそれを一度もその尺度で測ったことなんてなかったんだから。
いいや違う。私は一度だけ、それに近いことを考えた。
自分にはできない生き方を空想し、羨望した。
だからこそ私は<答えられない>のではなく<答えてはならなかった>んだ
委員長ではなく、それを答えることから逃げてここに来たんだ
「ごめん、あんまり頭使いたくないから――保健室行かせてくれない?」
「私本当に心配で、だから保健室行ってて貰いたいって言っただけで――」
「うん、心配させてごめんね――私の分も体育祭を楽しんでくれると嬉しいかな」
罪悪感を感じさせるクラスメイトに、私はそう声をかけて
圧迫感の消えたクラスメイトを避けて保健室へと向かう。
ついて行こうかと言ってくれるクラスメイトはいたけれど、迷惑をかけたくないからと断った。
- 254 :名無しで叶える物語:2020/09/10(木) 05:05:18.66 ID:b+pDRQJL.net
- 青春だな
- 255 :名無しで叶える物語:2020/09/10(木) 09:27:08.10 ID:g6D5JeLj.net
- 保健室に行くと養護教諭がいて、他には誰もいなかった。
熱中症ににた症状があると言うと、
冷たいスポーツドリンクを出されて、安静にしているようにとベッドを一つ貸して貰えることになった。
「ご両親は来ているの?」
「来てるみたいです」
「そう――なら、少し休んでも緩和しないようならご両親を呼んで今日はもう帰りなさい。
そこまで重いと病院に行った方がいいと思うから」
「すみません」
「別に謝って欲しいだなんて、思ってないのに」
私一人だからか、保健の先生は私のベッドの横にパイプ椅子を立てて付き添ってくれている
安静にしているようにと言いつつも話しかけてくる辺り
実は相当に暇だったのではと勘繰る
正直に言えば今は一人にしておいて欲しい
そう突っぱねればきっと引いてくれるのだろうけれど――
いや、そうとも限らない。
小学校に比べればこの教諭は若いと見える
というより、初回の保健授業でまだピチピチの20歳ですよ、ふふんっと
鼻を高くしていたのを覚えている
少なくとも暇だからと放っておいてくれない辺りに信用が置けない
「迷惑をかけているので、その分です」
「分かりました〜とか、は〜いとか、そうします。とかで良いんだよこういうのは」
「でも」
「私なんてこういう時に対応してあげるのが仕事だし<すみません>よりも<ありがとう>が聞きたいかな」
養護教諭はそう言って「あんまり口にすることじゃないけどね」と
誤魔化すように笑って見せる
感謝して欲しいと口にした時点でもはや偽善のような気がするけれど
しかしその言葉は理解も出来るし、であれば言いたくなる気持ちも分かる
それを言わせた私が分かるとは口が裂けても言えないけれど
- 256 :名無しで叶える物語:2020/09/10(木) 09:49:00.39 ID:g6D5JeLj.net
- 「貴女って誰かに何かして貰ったときに<ありがとう>より<ごめんなさい>が出るでしょ」
「そうでしょうか」
そう答えてから考えてみる
しかし考えるまでもなかった。
直近がまさにそうだったし、浦女に入学してから私は何度感謝を口にしたか。
残念ながら全く身に覚えがない
今日の黒澤さんとの会話で言ったくらいではなかっただろうか。
「そうですね、そういう人間です」
「だめだめ過ぎるでしょ――手助けしたら<すみません>って申し訳ない顔されて嬉しいと思う?
せっかくだから言うけど私だったら嬉しくない
人によっては、助けたのが間違いみたいで嫌な気分になるんじゃない?」
「先生は嫌な気分になると?」
「先生は――先生だからならないかな〜」
そう言いつつ目をそらすのだから説得力なんてあったものではなかった。
先生が言う通りなのだろうか?
誰かが助けを求め、だから手を貸したのだとしたらそれは感謝するべきことだろう
して欲しいと言い、して貰ったのなら
そこには一方通行の善意などないのだから。
けれど、一方的に善意を向けられた場合はどうだろうか
助けを求めていないのに手を貸されたら、そんなことは求めていないと反発されて然るべきではないかと私は思う
ありがた迷惑というのもあるし、善意の押し付けはただの悪意よりも悪意らしいと思っている。
- 257 :名無しで叶える物語:2020/09/10(木) 19:58:00.34 ID:g6D5JeLj.net
- なら、今回に関して私はどうだっただろうか
助けを求めたわけではないけれど、
みんなに<助けないといけない>というある種の義務感を抱かせたのではないかと思っている
それほどに衰弱していたし、救われたのは迷惑ではなかった。
だから、ありがた迷惑というのは違う。
だからこそ私は迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思ったし、
せっかくのイベントである体育祭に水を差したことを謝罪すべきだと思った。
たとえクラスメイトが優しさを感じさせる素振りを見せてくれていたとしてもだ。
「迷惑をかけられた他人に謝罪されず感謝されて、納得いきますか?」
「ん〜?」
赤の他人にそんなことをされたら人はそれに対し
不満を募らせ、怒りを覚え、叱責する。それが人としてはありふれた行いであり、
クラスメイトのように<ただ心配だった>なんて偽善であるべきだ
「私以外のみんなが楽しんでいる体育祭なんですよ――その真っ最中に余計な気を使わせて
本来ならしなくて良いことまでさせた相手が
謝罪の一つもなく<ありがとう>だなんて笑う
それを許せるんですか?」
クラスメイトは悲し気だった、怒っているようには感じられず本当に案じてくれているのだと分かりやすかったし
保健室に行くと言った私にまるで自分の発言が悪かったと言うかのような態度を見せた。
だから余計に<あの場での言動>が正しかったのかと悩ましかった
真剣に考えてもそれが正しいのかどうか分からないから、聞いたのに。
「さぁ?」
養護教諭は対して間を置くこともなく、とても短い一言で終わらせた。
- 258 :名無しで叶える物語:2020/09/10(木) 21:06:49.71 ID:g6D5JeLj.net
- 「さぁ? って――」
「私は別にカウンセラーじゃないし、なんか難しい話されてそれっぽいこと言えるほど長生きしてないし」
素知らぬ顔で言う養護教諭は足を組むと、その上に肘を乗せて頬杖をついて
先生というよりは少し上のお姉さんと言うべきこの人は模範になるつもりはないのだろう
面倒臭そうにため息をつく
長生きしていないとは言っても、私よりは数年の蓄えがある
高校を卒業して大学に行って、きっとアルバイトだってしていたはずで
私なんかよりもずっと柵に悩まされてきたはずなのに
「だけど、私よりは経験が――」
「そりゃあるけど、だから答え持ってるとか思われても荷が重いってば」
養護教諭は苦笑しながらに言うと、私を見つめてくる。
委員長ほどの眼力もないその目は見透かそうとはしていない――ただの視線
しばらくそうしていた養護教諭は、ふと瞬きをして体を伸ばす
「個人的になら答えても良いけど」
「お願いします」
「――良いんだ」
呆れた声だった。
養護教諭は「うわぁ」と若干名引いているようにも感じられる、先生にあるまじき表情を浮かべて
「もっと人生楽しんだ方が良いんじゃない? そういうつまんないことは大人になってから悩めばいーのよ。私は少なくともそうやって生きてきて、今がある」
「そんな考えでは、苦労しませんか?」
「どっちにしても苦労するんだから、その愚痴の一つや二つを溢せるくらい気の置けない友達を作るのが若者の課題ってもんでしょ」
そういうものなのかは知らないけど。と、
養護教諭はわざわざ付け加えて、笑った。
- 259 :名無しで叶える物語:2020/09/11(金) 10:30:45.75 ID:SU/ZKctb.net
- 「友達――」
もしそれが提出を必須とするものであるのなら、
私はきっと提出できずに人間性の面で減点されてしまうことだろう。
小学校も中学校も、私の成績評価は申し分なく、
学校からの私という人間に対する評価自体も、
運動面を除けばこれと言って特筆すべき注意はなかった。
≪
視野が広く、気配りが出来て何かが起きそうなときにそっと手助けをしてくれる
そんな裏方に徹して誰かの為になることを率先してやってくれるので、
運動が苦手で体力にも不安があるため、休み時間は良く教室で本を読んでいますが、
普段は他の子達と仲良くおしゃべりをしていたり、仲の良い子も多いみたいです。
クラスメイトの子達からも、勉強面だけでなく頼りにされていてとても立派でした。
≫
たしかそう、こんな感じの評価だった。
だから私は今までの自分が間違っているだなんて思っていない。
先生も、クラスメイトも、両親も。
みんながその評価を見て、良くできた子だと言ってくれていたから。
「友達――友達って、何なんですか?」
「ん〜ちょっと待ってね〜」
「目の前で検索しないでください。先生の解釈が聞きたいんです」
「そう言われてもね。私って別に現国の成績良くなかったし」
「この際赤ちゃん言葉でもいいので」
「それは馬鹿にしすぎてるよね?」
- 260 :名無しで叶える物語:2020/09/11(金) 11:33:45.47 ID:XB2uDz82.net
- はぁ。と、ため息をついた養護教諭は、
それでも一応付き合う気はあるのか「友達ね」なんて呟いて
手に持っている端末を操作する
私の視線に気づいてか「検索してないからね?」と取り繕う
「この人となら一緒に居ても良いかなって思える相手じゃないかな?」
「結婚するんですか?」
「まっさかぁ? 同性だし仮にそれが異性でも結婚は違う」
一緒に居ても良い――そういった相手への認識は、
結婚する相手を選ぶときに抱くものだと私は思っている。
けれど、それが先生にとっての友達の位置づけ。
先生のそれが一般的なのだとしたら――私は根本的に誤っていたことになる。
「私は結婚するならまずお金持ちね。それなりにイケメンで
私が結構大雑把だから、その分しっかりしてて頼れる人を募集中」
先生は聞いてもいないことを赤裸々――ではなく、自慢気に語ってくれると
お兄さんとかいないの? と露骨だったので「嬉しいことに居ませんよ」と一蹴しておく。
よしんばいたとして、誰が欲求たっぷりな母校の養護教諭になんて薦めるものだろうか。
「もしかして貴女、友達いないの?」
「デリカシーの欠片もないですね。いるにはいますよ。ただ、私とは温度差があるみたいで」
「ふぅん? で、真面目ちゃんは真剣に悩んでいますって? はーっ、めんどくさいから話やめて良い?」
「学校側に直訴されますよ――そんなだと」
「だって、私無関係でしょ? 出来ることと言えば、余計なこと吹き込んで拗らせるくらいなんだけど」
- 261 :名無しで叶える物語:2020/09/11(金) 13:29:42.06 ID:aWKB1oiI.net
- オリキャラみんな個性的だなでもラブライブ!じゃなくて良いよね?
特にこの筆力ならモブライブ行けるでしょ
- 262 :名無しで叶える物語:2020/09/12(土) 03:32:21.04 ID:v7jIYS3s.net
- 保守
- 263 :名無しで叶える物語:2020/09/12(土) 23:53:43.08 ID:mZBKLC6M.net
- 今のところこういう雰囲気好きよ
- 264 :名無しで叶える物語:2020/09/13(日) 14:46:13.38 ID:32DFQae2.net
- 保守
- 265 :名無しで叶える物語:2020/09/14(月) 08:34:22.83 ID:4Sj0F4rT.net
- 心底面倒くさそうな雰囲気を感じさせる養護教諭
演技ではなさそうなので本当に面倒なのだろうけど
だとしたらなぜ話しかけてきたのかと――ちょっとだけ苛立ちが募る
けれど同じように
私は教諭という職種そのものが面倒臭いものだと認識しているから
そもそもなぜ教諭になったのか――なんて下らない好奇心もわくもので
「確かに、赤の他人の言葉なんて参考にならないかもしれません」
「でしょ〜? 私がそうだったしだろうと思った〜」
「なにか嫌な経験でも?」
「あれ美味しいよ、これ良いよにどれだけ騙されたことか
ほんっっとに――二度と信じないって誓ったわ」
想像以上に下らない内容に思わず言葉を失ってしまった私を置き去りにして
養護教諭はため息をつきながら天井を仰ぐ
そのまま放っておいてくれないだろうかと願う私をよそに
しかし養護教諭は「でもさ〜また騙されるんだよねぇ」と呟く
私に向けられた表情は少し複雑で、手探りな視線が細くなる
養護教諭はきっと――放っておけないから養護教諭なのだろうと
なんとなくだけれど、思った
「あれ美味しいって言われるとついつい手を出しちゃう。良くあるでしょ?」
「無いですね」
「えぇ――」
「その人が美味しいと言ったから自分も――そう単純な生き物なら
人は戦争なんてしなかったと思うので」
養護教諭のあからさまな「うわ面倒臭い」という顔に
私は「すみません」と一言投げつけてハッとする
前言撤回、意外に単純だった。
- 266 :名無しで叶える物語:2020/09/14(月) 09:44:25.02 ID:4Sj0F4rT.net
- 「なんにせよそのお友達? 彼氏? と話してみたら?」
「彼氏じゃないです」
「隠さなくて良いのに〜」
「違います」
ニヤつく養護教諭に再度の否定する
幼馴染は浮いた話があるべきだなんて言っていたけれど
あの子が勝手に言っていたのではなく
実際にそう言った風習でもあるというのだろうか
養護教諭のちゃかしだと思いたいけれど
ありふれた話だろうというのは、高校生として生きていると少しは感じる
私には縁のない話だけど、いつかはする必要があるとは思っている
そう言うものだと思っているから。
可能な限り自由恋愛でいきたいと思っているが
私のような性格の歪んだ女を欲しがる人はいないと思う
無意識とは言い難いけれど、結婚したくないとでも私は思っているのかもしれない。
「話したとしても喧嘩になると思いますが――」
「なるかなぁ?」
「なります」
「えぇ〜? あぁ、でもなるねぇ?」
曖昧な養護教諭にため息さえも尽きてしまう
もう良いです休ませて下さいと懇願すると
養護教諭は「もうちょっと暇潰しに」と本音を漏らしたので
寝返りを打って背中を向けると、流石に諦めてくれたのだろう
舌打ちをわざとらしい言葉で発して「ごゆっくり〜」と
カーテンの向こう側に消えていった
- 267 :名無しで叶える物語:2020/09/14(月) 12:59:21.60 ID:4Sj0F4rT.net
- それからどのくらい時間がたったのか
ゆっくり目を開けると養護教諭が使っていたパイプ椅子には黒澤さんがいた
文庫本を片手に読み耽っている様は
体操服という異物感を持ってしても排斥出来ない雅さが感じられる
排斥――なんて、私は嫌いなのかと考えていると、
文字列に流されていた黒澤さんの視線が私へと引き上げられて
「大丈夫?」
「平気――今は?」
「お昼に入って半分ね」
つまり、ニ競技分寝ていたということ。
幸いというべきか、私の参加競技は午後なので
ボイコットしたわけではないので安心だ
「戻ったら、戻ったって聞いたのに」
黒澤さんの手元の文庫本が閉じる
カバーに、浦女の図書室シール
いつ借りたのかすら、私は知らない。
「ごめん」
「私は――」
「大丈夫だと思ったんだけど」
養護教諭にしたように寝返りを打って黒澤さんに背中を向ける
黒澤さんは知ってるだろうか
私が先輩から逃げたことを
クラスメイトを悲しませたことを
多分知っている。
クラスメイトはみんないい人だったから。
黒澤さんに、ごめんなさいお願いしますと託しただろうから。
- 268 :名無しで叶える物語:2020/09/15(火) 06:22:55.97 ID:FfY5R6lh.net
- 保守
- 269 :名無しで叶える物語:2020/09/16(水) 01:08:49.56 ID:+l0PvT5b.net
- 保守
- 270 :名無しで叶える物語:2020/09/16(水) 23:31:43.72 ID:ztQ6dmCh.net
- 保守
- 271 :名無しで叶える物語:2020/09/17(木) 19:26:56.24 ID:LpnYzt7N.net
- 保守
- 272 :名無しで叶える物語:2020/09/18(金) 08:08:30.53 ID:XrtvTs5X.net
- 「私のこと、聞いてるでしょ?」
「なにも」
「嘘だよ。あの人達が言わないわけがない」
「そう――」
黒澤さんはそこで言葉を切る
まだ続きそうな気がして布団の中で手を握り合わせると
冷房のせいか、少し冷たく感じた
「信頼、しているのね」
「信頼とはちょっと違う――推測だよ」
「こうするだろうって<信じている>のでしょう?」
「違うよ、ただの予想。こうするんだろうなって――そう、諦念」
苦しい言い訳のようにしか思えなかった
黒澤さんの笑い声は聞こえない
保健室の片隅で動く冷房の機械的な軋み
グラウンドの賑わい
所謂、bgmと呼ばれるだろうそれらが間を取り持って
「みんなは悪くない」
「そうね」
「私が悪かった」
「そう思ったわ」
黒澤さんは否定をしなかった
みんなではなく私が悪いということを認めてくれた
けれど――きっと私の悪いと黒澤さんの悪いは違うだろう
そう感じた
- 273 :名無しで叶える物語:2020/09/18(金) 08:40:26.29 ID:XrtvTs5X.net
- 「委員長とは、何か話した?」
「委員長? 保健委員の?」
「そう」
「貴女がいないからどうしたのかという話をしたわ」
私の姿が見えなかったから。黒澤さんが訊ねたのだろうか
いや、担当が変わらずにあの人のままだったなら
黒澤さんが来る理由は考えるまでもないし
私があそこから逃げ出した要因が自分だろうと察することが出来るであろう委員長のことだ
黒澤さんの姿を見て、すぐに「戻った」と言ったはずだ。
そして、その時の委員長は――
「困った顔してたよね」
「そんなことは」
「平然としていたらそれはそれで困る――いや、困りはしないけれど。ちょっと複雑かな」
「貴女が、半ばで出てくる原因になったから?」
どうせ、黒澤さんは殆ど状況を理解しているだろうから。
そう思うと、別に隠す必要はないのではないかと思ってしまうのだけれど
流石に黒澤さんとの関係をからかわれて火が付いた。なんて話をしてしまったら、
もはや、顔から火が出るほどの大炎上になるだろう。
「性格悪いよ、あの人」
「そうなのね――確かに、聞いた話では優しいけれど怖い先輩だって」
「へぇ、納得」
「それでも、貴女が怖がって逃げるような相手には見えなかったのだけど」
「私にだって、得手不得手はあるんだよ」
「それは知っているわ」
- 274 :名無しで叶える物語:2020/09/18(金) 15:01:16.80 ID:+a12pwFN.net
- 「あの人、私が怖がって逃げたって言ってた?」
「怖がらせたかもしれない。とは言っていたけれど」
「そっか」
悪いことをしたとは思っていないだろうし、
黒澤さんに対して罪悪感を伝えて欲しいだなんて頼み事もしていないと思う。
ただ、それでもあの人は私の心中をお察ししていて
そのうえで、自分に<非が無い>ことを理解している。
他人から言わせれば、それは厚顔無恥というものなのだろうか
それとも、無責任だと罵倒されるような事柄なのだろうか。
望まぬ善人から見たら私は被害者役だろうから、そうなると思う。
まったくもって迷惑な話ではあるのだけれど、善意という悪意はいかんせんどうにもならない。
しかし、あえて言うなら委員長は別に加害者じゃない。
あの人は私が困惑し逃げ出すような言葉を使いはしたけれど、
それが責められるようなことであるか否かで言えば、否。
そして黒澤さんはそれを――やっぱり、分かってくれている。
「理由は聞いた?」
「聞いていないわ」
「理由を知りたい?」
「貴女が教えてくれるのなら」
- 275 :名無しで叶える物語:2020/09/18(金) 16:27:56.15 ID:+a12pwFN.net
- 「そっか」
「ええ」
黒澤さんは私以外からは理由を聞く気はないのだろうか
それとも、今この場ではその考えなのか。
黒澤さんのことをまだ良く分かっていない私には
その答えを自力で導き出すことなんて不可能だけれど――黒澤さんに聞くのは正しくない。
声から伝わる感情は優しい。
自意識過剰ではないと思っているけれど
それでも私のことを考えてくれているのだと思えるような穏やかさ。
それは妹を持つ姉としての経験と、旧綱元である黒澤家――その名を戴く者の責務。
どっちなのだろう?
「ねぇ、黒澤さんはお昼食べなくていいの?」
「貴女は?」
「私は――少し食べておこうかな」
午後の競技に出るのだから嫌でも食べてと言われるだろうし
そうでなくても、初めから昼食に付き合ってくれようとしているのを分かっていて無視はできない。
友達は――たぶん、そう、きっとそういうものなのだと思う。
「なら、教室に行きましょう?」
「え?」
「お弁当、預かってきているから」
黒澤さんは椅子を立ったかと思えば、
カーテンの向こう側へと消えて、明らかにそれらしき包みを持ってくる
他所の高校がどうだか知らないけれど、浦女は家族と一緒に食べる形式――だったと思う。
少なくとも、黒澤さんを除けば私の知っている人はその予定だったし、
私自身もその予定だった。
けれどしかし、黒澤さんが持っている包みの中はお弁当箱と思いたいけれど、
恐らくきっと――、いや確実に二段の重箱。
「私の親が用意してると思うのだけど」
「それも預かってきているわ。一段目がそう」
「あれ?」
もしかして親同士の密談でもあったのだろうかと、少しばかり――嫌な予感がした。
- 276 :名無しで叶える物語:2020/09/19(土) 01:26:56.20 ID:oVAQW1c2.net
- 保守
- 277 :名無しで叶える物語:2020/09/19(土) 23:37:21.98 ID:qK0BHalA.net
- 保守
- 278 :名無しで叶える物語:2020/09/20(日) 21:54:28.46 ID:wKKxwlOv.net
- 保守
- 279 :名無しで叶える物語:2020/09/21(月) 18:45:59.76 ID:V2hwNP4B.net
- 保守
- 280 :名無しで叶える物語:2020/09/22(火) 02:10:45.77 ID:Pu++37qP.net
- https://i.imgur.com/HjimqPh.jpg
- 281 :名無しで叶える物語:2020/09/22(火) 21:09:47.36 ID:rdQhC3QM.net
- いつもは賑やかな教室も、二人きりになれば放課後のように静けさに満ちている。
その一方で、外から聞こえる楽し気な生徒達の声が、やはり、
日々を充実させようとしている部活動の営みに思える
私は多分、その空気には縁がない。
文科系の部活ならどうだろうかと誘われたこともあったけれど
やっぱり、私には<人との関わり>が色濃くなるそれを精神的に受け入れられない。
ならどうして生徒会を受け入れたのか。なんて疑問もあるのだが、
それはきっと、彼女に誘われたからだろう
「少し――暑いわね」
「窓開けようか」
窓を開けてみると、少しむっとした蒸された空気が体を突き抜けて――吐き気がする
それに遅れて眩暈がしたものだから、ひっくり返りそうになったけれど
幸いにも両端に佇んでいた誰かの机に手が届いて、奇跡的に持ち直す。
時々吹き込んでくる風はやや生暖かく感じられるものの
様々なにおいが熟された教室の空気よりは心地よく感じられる
「うちの親が迷惑をかけたの? それとも、いつもの?」
「いつもの――が、なにを指しているのか分からないけれど、幼馴染のことならそうね」
「幼馴染であってるよ。やっぱりか」
重箱に詰めたのは幼馴染だった。
私の両親は幼馴染に悪乗りに乗っかる側の敵のため、実現したのだろう。
満面の笑みで黒澤さんに「よろしく」と差し出したのが目に浮かぶ。
- 282 :名無しで叶える物語:2020/09/23(水) 18:39:58.85 ID:GZp4rHXg.net
- 「何か物足りないわね」
「ん――あぁ、生徒会長が読書してないからじゃない?」
「会長を置物みたいに」
「でも実際、そう思ったでしょ」
今は、どこぞの誰かさんのお節介で作り上げられた重箱を二人で挟むように向かい合っているけれど
普段は隣に並んで、ただ勉強をしているのが私達の日常だと言っていい。
それは教室ではなく生徒会室なのだけれど――温泉の男性側から飛んでくるくぐもった話し声のような
同じ世界にいるはずなのに、それらから隔離されていることを感じる――なんて言ったか、そう、明晰夢のように
外界からの刺激を感じているのに感じていない、うすぼんやりとした感覚が私達の放課後。
そこでは裁量権を持つ生徒会長という門番が常に読書をしているが、
今日ばかりは、彼女も暇を貰っている――実際には暇なんてありはしないのだけれど。
だからこそ、私達の日常と言うにはピースが欠けているのに、どこかそれらしい安心感を得られてしまうのが、
私には心底不気味に思えてくる
黒澤さんは「少しだけね」と困ったように笑う。
それは本心からの笑顔なのかそれとも<付き合ってくれている>だけなのか
私だったらきっと後者の笑みを浮かべているだろうし、もちろんそれを悟らせたりだなんてしない。
名家のご息女ともなれば、私なんかが窺う権利もないほどに厳重な仮面をつけている可能性だってある
「貴女のご両親に話をして、わたくしの両親に話をして。これを用意してくれたわ」
「行動力だけは無駄にあるんだよ。それの少しでも勉強に向けてさえくれたなら、きっと私は万年二位になる」
「努力家なのね」
「馬鹿だから、加減を知らないんだよ」
失笑というにはあまりにも馬鹿にしすぎていて、嘲笑というべきのような鼻を鳴らしただけの笑いに、
黒澤さんが驚いた顔をするのが視界の端に見えた。
けれどその驚きはすぐに、いつものような顔つきに戻っていく
「あの子は本当に脳味噌がザルになってて興味がないものはすべて落していくんだけど、
自分が欲しいと思ったものはどれだけ小さくて取りこぼしそうな物でも拾い上げちゃうんだよ」
「貴女はそれを――」
「私、ご飯だけは美味しく食べたい人間なんだよね。すっごく、我儘なんだけどさ」
本当に我儘だったと自覚している。だって、これは私から振った話題のようなものだ。
それを<羨ましい?>と勘繰られるかもしれないと思っただけで、言われるよりも前に話を打ち切った。
黒澤さんは怒るでも驚くでもなく意味深長だと疑りたくなるような細やかな笑みを浮かべて「そう? 全然いいと思うけれど」なんて、呟く。
- 283 :名無しで叶える物語:2020/09/24(木) 08:27:22.85 ID:qT3TnOml.net
- 「黒澤さんは私と一緒にいて楽しいの?」
「楽しく食事したいのでは?」
「勘繰りたくなる返しやめてよ、私の言ったことだけどさ」
「少なくとも、楽しくない相手と二人きりになろうとするような精神面の強い人間ではないわね」
黒澤さんは穏やかに笑いながら言うと、二段になっていた重箱を一段ずつに下ろす。
今朝、母が作っていたお弁当のおかずやおにぎりが素人によって詰め込まれた一段目
予め詰められていたであろうおかずが抜かれ、その隙間を埋めるべくおにぎりが差し込まれている比較的見映えの良い二段目
うちの母が重箱で持ち込んでくるとは思えないので、黒澤さんのものだろう。
「うちの両親がなにか言わなかった?」
「宜しくと言われたけれど」
「それ以外」
「それ以外――」
黒澤さんの考える素振りが<なにか言われました>と語っているようで
私は「うちの親って幼馴染と似てるから」と適当に取り繕っておいた
- 284 :名無しで叶える物語:2020/09/24(木) 08:41:45.51 ID:qT3TnOml.net
- 「確かに、お元気なお母様だった」
「優しいね、ウザいって言っても私は怒らないのに」
「そんな風には思わなかったし、なんとなく貴女がどうして今の貴女になったのか少しだけ感じられたような気がして――嬉しくなったわ」
身勝手だけれど。と、黒澤さんは自分の言葉にそう補足をしてほんの少しだけ照れくさそうに眉を潜めさせる。黒澤さんが感じた私の成り立ちと同じくらいには彼女のことを感じられただろうか
そう思ってしまう自分に、私は嫌な気分になりそうで。
「いただきます」
投げやりに。けれど忘れずに。
食事の前の作法を口にして、塩辛いウインナーで誤魔化した
- 285 :名無しで叶える物語:2020/09/24(木) 12:50:50.41 ID:tJg+yTor.net
- PCと携帯で投稿中か?携帯投稿の文章量が丁度良いなPCもんじゃの文章量ヤバすぎ
- 286 :名無しで叶える物語:2020/09/25(金) 03:44:58.93 ID:q+KYEdlv.net
- 何万字になるのだろう
- 287 :名無しで叶える物語:2020/09/26(土) 02:38:50.58 ID:zZ7tJEU9.net
- 保守
- 288 :名無しで叶える物語:2020/09/26(土) 08:19:39.30 ID:IMtnxHVY.net
- 見てるぞ
- 289 :名無しで叶える物語:2020/09/27(日) 03:17:24.34 ID:oI8VaKD6.net
- 保守
- 290 :名無しで叶える物語:2020/09/27(日) 23:27:03.37 ID:bb5bN6qA.net
- 保守
- 291 :名無しで叶える物語:2020/09/28(月) 22:59:13.74 ID:ompkIi0u.net
- 保守
- 292 :名無しで叶える物語:2020/09/29(火) 20:56:02.91 ID:+STcQ5VC.net
- 保守
- 293 :名無しで叶える物語:2020/09/30(水) 12:05:03.27 ID:swQQ4o10.net
- 「貴女は――楽しんでくれているのかしら?」
「体育祭のことなら、例年よりは楽しめているって答えられるんだけど――違うよね」
「無理に――答えなくても良いのよ」
「別に無理はしないよ。必要ないって言ったほうが正しいかもしれないね」
黒澤さんが聞きたいのは私がしたその逆
黒澤さんと一緒に居て、私は楽しめているのか。というところ。
答えることに無理は必要ないのだけれど
しかしながら、それに答えられるのかはまだまだ微妙なところではある
「ただ、私はコミュニケーション能力に乏しいから――黒澤さんを傷つけることになると思うよ」
「ふふふっ、そう――突き放されては心の準備もし易くて助かるわ」
「あぁ――ごめん、いや、決して間違ってはいない。かも、でも――そう。そういうつもり、なのかな」
自称、友達契約を結んだあの日からまだ一ヶ月も経過していない。
それに対して<私はこうである>と評するのは聊か早計ではないかと――思う。
それを委員長が聞いたならば<逃げるの?>とでもいうだろうけれど、
自分自身にお生憎さま、私もそう思う。
服屋で何かを試着した時、まだ試着しただけだから分からない。
そんな馬鹿なことを言う人なんて少なくとも私の周りには居ない。
試用してすぐに評価することは何ら間違いではないはずで、
けれども、長期的に見ていかなければならないものがあって
それが忌々しいことに対人――対生物であれば高確率で適用される。
- 294 :名無しで叶える物語:2020/09/30(水) 22:36:29.75 ID:2HezDX7A.net
- 保守
- 295 :名無しで叶える物語:2020/10/01(木) 19:48:57.22 ID:Z5QK8xR8.net
- 保守
- 296 :名無しで叶える物語:2020/10/02(金) 00:12:17.91 ID:tixX7iSa.net
- 保守
- 297 :名無しで叶える物語:2020/10/02(金) 23:59:57.08 ID:4gZghgoX.net
- 保守
- 298 :名無しで叶える物語:2020/10/03(土) 23:33:08.79 ID:f2/yepQI.net
- 保守
- 299 :名無しで叶える物語:2020/10/04(日) 21:52:24.42 ID:gDxBPczb.net
- 保守
- 300 :名無しで叶える物語:2020/10/05(月) 12:26:41.96 ID:/VKPob24.net
- 保守
- 301 :名無しで叶える物語:2020/10/06(火) 11:56:58.64 ID:+wOECGCY.net
- 保守
- 302 :名無しで叶える物語:2020/10/07(水) 06:57:26.85 ID:NuDPc57E.net
- 保守
- 303 :名無しで叶える物語:2020/10/07(水) 18:35:13.45 ID:nSEhx3u+.net
- 保守
- 304 :名無しで叶える物語:2020/10/08(木) 16:48:54.39 ID:QGliFlc9.net
- 保守
- 305 :名無しで叶える物語:2020/10/09(金) 10:44:46.86 ID:TYcq1hsJ.net
- 「楽しいか楽しくないで言えば楽しいのかもしれない。けれど、楽しいよとは言えない」
それは別につまらないからとかではなく
単純に私が友人関係の楽しさを知り得ていないだけなのかもしれない。
幼稚園から高校一年生まで
私は幼馴染を含めなくても数多くの<友人らしき人達>との交流を持ってきた。
そのほとんどはクラス替え、地区別小中学校、転校、受験――と、
様々な理由による離別によってその場限りの付き合いとして断絶されてしまっているけれど、
確かに付き合いはあって遊んだ記憶もある。
けれど、なら私は<楽しかったのか?>と問われると言葉を失う。
孤独を愛し、それのみに生きているわけではない。
しかしながら、誰かの理想の存在を意識せざるを得なかった私はきっとそれのみに一生懸命だった。
だから黒澤さんと誓った今だって黒澤さんの理想の友人を探し求めてしまっている。
それはきっと――。
「黒澤さんが悪いわけじゃない。癖みたいなもの――なんだよ。どうしても――そうしてしまう」
「わたくしが気にしないで――と、言ったところで聞いては貰えないほどのもの?」
「どうだろうね――それはそれで、私はまた気を使っちゃうんだと思う」
- 306 :名無しで叶える物語:2020/10/09(金) 11:00:18.12 ID:TYcq1hsJ.net
- 自分でもなかなかどうしてままならない面倒くさい性格だと思う。
けれど、どれだけ自嘲しようとも私の作り上げられてしまったこの性格は変わらない。
誰かの理想であり続ければ、少なくとも失望されることはなくなる
悪態をつかれ、虐げられ、忘れ去られ、
お前は不要だなどと茶碗に残されて干からびていくだけの米粒のようにはならない。
「私は面倒くさい女なんだよ。自覚しているからなおたちが悪いね」
「少しずつ――変えていけばいいじゃない」
「変えられるとは思えない」
「そのための――<おともだち>でしょう?」
「黒澤さんが私を?」
「わたくし達が、貴女を」
黒澤さんは否定はせずに否定をする。
その言葉はまだ偽りでしかない。
正確に言えばただの願い――要求、欲望だと言っても良いかもしれない。
幼馴染や松浦さん、もしかしたら小原さんでさえも巻き込んでの壮大な意識改革計画。
その熱意を私に浪費するのは穴の開いたタイヤに空気を入れるよりも空しいのではないだろうか
――あぁ、だから出会わなければよかったんだ。
- 307 :名無しで叶える物語:2020/10/09(金) 11:30:20.38 ID:TYcq1hsJ.net
- ただ近いからという将来設計の微塵もない学生然としている手放し運転で静真高校を選んでしまえばよかったのに。
私は幼馴染がそうするという理由だけで愚かにも道を逸れた。
彼女がいなければ、私はきっと浦の星女学院に通うことはなく、
松浦さんや黒澤さんと出会うこともなくて、幼少中と変わらない理想であり続けただろう。
「――いまでさえ、こんな話を繰り返している私なんかよりも、もっと手を取るべき相手がいるんじゃないかな」
「ええ――そうね。もしかしたらいるかもしれない」
だけど――と、黒澤さんは言う。
「わたくしが手を差し出すと――決めたのは貴女でしてよ」
黒澤さんの浮かべて見せた笑みは、
きっと、静聴している外の空気が吐息の一つでも零せばとても映える絵になったっだろうと、私は思った。
私に向けられてしまうにはやはり、勿体ない。
黒澤さんの一挙手一投足が私のためだけに費やされていくたびに思わされる。
「どうして私を選んじゃったのかな、黒澤さんは」
「わたくしに興味を抱かせたのは――ふふふっ、ほかでもない貴女よ」
「ほんと、お貴族様って庶民の<おもしれーやつ>に目がないんだね」
「そういうことにして頂いても問題ありませんわ」
- 308 :名無しで叶える物語:2020/10/09(金) 22:03:47.45 ID:rp3PsShT.net
- 保守
- 309 :名無しで叶える物語:2020/10/10(土) 16:50:58.22 ID:U7WwApn5.net
- 保守
- 310 :名無しで叶える物語:2020/10/11(日) 14:50:35.52 ID:LvF/+73p.net
- 保守
- 311 :名無しで叶える物語:2020/10/12(月) 07:27:16.53 ID:2V44+uUr.net
- 保守
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- 313 :名無しで叶える物語:2020/10/14(水) 03:33:04.01 ID:oJD19muE.net
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