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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart77【創作】

1 :作者の都合により名無しです:2014/06/06(金) 20:28:09.13 ID:826oZLLH0.net
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。

元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?

◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇

SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。

過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。

前スレ
ttp://nozomi.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1399046212/
まとめサイト(バレ氏)
ttp://ss-master.saku ra.ne.jp/baki/index.htm
WIKIまとめ(ゴート氏)
ttp://www25.atwiki.jp/bakiss

2 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/06(金) 20:31:08.51 ID:826oZLLH0.net
まとめサイト(バレ氏)
ttp://ss-master.saku ra.ne.jp/baki/index.htm(sakuraが禁止URLなのでアクセス時は空白を削除してください)

3 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:33:30.13 ID:826oZLLH0.net
「悪といえばジワジワ責めでありまする。あとまひろどのの攻撃をば封殺する次第!!」
「え」
 動きかけていたまひろの杖が稲妻に砕かれた。攻撃手段を失くし、どうしようという顔で立ち尽くす魔法少女の足元から
ツタがにょきにょきと生えた。「え? ちょ、えええ」。驚くまひろの体は瞬く間に縛られた。

 若干胸が強調された縛り方に観客はちょっとガッツポーズ。

「ふっふっふー。自由を奪い想い人が苦しむさまを見せ付けるのも悪ならではの鉄板行為でありましょう」
(やべえ。アリの巣に爆竹突っ込んで喜ぶ小学生みたいな顔で笑ってやがる!)
(ヴィクトリアさんが悪い演技しろって言うから……)
 毒島は戦々恐々と舞台を見た。
(あははっ。正に遊び半分で神が導いた盤上の世界だねー。秋水くんマジにノーノーノーゲームでノーライフ!!)
(誰が神よ!? 遊び半分じゃないし!!)
 部長のツッコミにヴィクトリアは小声で叫ぶ。叫びながらちょっと俯く。
(……確かに監督代行として「悪そうに演技をして」と少ない打ち合わせ時間の中そこだけは重点的に頼んだけど)
 お気楽な調子と残虐性がおかしな化学反応を起こしている。(途轍もない魔物が生まれた)……全員思う。

「我が暗斑帝國を崩壊寸前に追いやってくれた恨みなのですっ!! ここは1つ雷撃の出力、どこまで上げれば死ぬか試
してみる所存!!」

 言いながら秋水を解放する。やっと酸素と再会した彼は反射的にとはいえ深呼吸してしまった自分を呪う。

 ばちばちと火花を上げるロッドが……押し当てられたのだ。

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 もちろん出力は冬場のドアノブのバチリ程度だが劇ゆえ過剰に反応する。「あ、あれは演技ね」。さすが姉というべきか、
桜花、泣くのをやめる。

「よし強めましょう!!」
(よし強めましょう!?)
 サイドポニーを揺らめかしながら元気よくロッドを押し当てる小札。秋水の叫びと、茨のごとく彼を取り巻く電圧が激しさを
増す。
(これは!! 9V電池を舐めた時のビリビリ感!)
(えっ!!? 秋水どの9V電池舐めたコトあるのですかっ!?)
(あれは俺と姉さんが早坂の家に閉じ込められた時のコト……。まだ幼くそして餓えていた俺は転がっていた9V電池を)
(何か語られ始めましたーーーっ!!)
 などというテレパシー的なやり取りの中。
 やられ放しなのもリアリティがないと踏んだのだろう。(エネルギー吸収なら)と刀身を雷轟の渦中に差し入れんと秋水は
動く。だが……。
「駄目ですっ! 秋水どのは不肖のバリバリを浴びる運命なのです!」
 むっと頬を膨らませながら、ずいっと腰をかがめ上目遣いで可愛らしく睨みつける小札。事もなげに秋水の手を掴み、刀
をもぎ取り床に捨てた。
 ぞっとする彼に女神のような微笑がむく。ちょっと首を傾げると前髪がさらさらと鳴った。
「罰をば与えましょう♪ 電圧このままでロッドを目に当てられるのと、場所このままで電圧を上げられるの、どちらが良い
でしょーか!!?」
「小札……。君のそれ、演技だと信じていいんだろうか。本気だとすればかなり怖い。演技なんだな。素でないコトを……」
 口がハーフカットのスイカのごとくにこやかに綻んだ。
「口答えしてはなりません」
「え、いや、その」
「口答えしてはなりません」
 明るく澄み切っているが有無を言わさぬ強い調子だった。電圧上昇。長い正座から立ち上がった時に匹敵する痺れが
秋水の体を襲った。呻きは半ば本気だ。呻きつつも、いつの間にやら草鞋を脱いだ足で刀の下緒を引っつかむ。
(このままソードサムライXを宙に放り投げ)
「ふむふむ。バチバチのエネルギーを吸収。しかる後まひろどのの拘束を解き、連携攻撃……と」
 刀身に足が乗った。当然ながら浮かないし掴めない。
 唖然とする秋水。
 瞳をキラッキラさせながら「ラスボスゆえ本気も本気のこの不肖! 果たして打開策や如何に!」と純真な笑み浮かべる
……小札。
 心から高い水準のアドリブを求めているようだ。演技熱心なのも秋水は分かった。

4 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:34:00.71 ID:826oZLLH0.net
(だが怖い!! 確かに電撃は加減している!! 最初のはコリがほぐれる程度だし現状のも僅かな痛みこそあれ慣れれ
ば少々強い電気マッサージ程度で現に劇で疲れた体にはむしろ良いぐらいだ)
 コリがほぐれ血行がよくなり体がポカポカしてきた。まひろを縛っている蔦もよく見るとローラーがついている。コロコロされ
る魔法少女は時々気持ち良さそうに目を細めては慌てて首を振り逃れる芝居をしている。
(だから俺たちを甚振ろうという気はサラサラない。サラサラないのは分かっているが……)
「んーーーーー?」
 秋水の下顎を撫でながら小悪魔チックに笑う小札。頬こそ綻んでいるが目は笑っていない絶妙の演技が大変に怖かった。
(悪いコになりきれないんだが、頑張ってなろうとするからチグハグさが怖いんだ!)
 底抜けに明るくそして有無を言わさぬいつもの怒涛が、悪行と結びつき、一種の狂気を生み出している。

(俺の即興を悉く見抜くのも恐ろしい! 剣術の洞察力とは似ているようで全く違う)

(うまくは言い表せないが何か……。そう。何か……『次元が違う』能力を使われているような──…)

(そういえば)。観劇中の防人は軽く唸った。
(先ほどの忍術合戦。彼女は根来が何を使うか読んでいるようだった。あの時はただ鋭いとだけ思っていたが……)

(まさか何かの能力……)

(武装錬金とは違う、テレパシー的な能力を……持っているのか?)


「お察しの通りです!!」
 防人に答えるようロバ少女、元気よく掲げた。
「普段は恐ろしさ故に自ら封印している7色目・禁断の技!! 自戒をば解きモードアクティブに致しますればこの次元、
『まるで漫画のコマでも見下ろすよう』、様々なお方の心象・モノローグをば読む事が……可能!!」
 戦士と、総角を除く音楽隊全員、それから観客達が息を呑んだ。

「な」

「なんだってーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
                                                                  ジョーカー
「ある方曰く……『次元俯瞰』! これぞ次元の膜の彼方より降臨せし暗斑帝國ネプツリヴが皇帝不肖ぽてとの切札!!」

「総ての内なる声は不肖に聞こえているも同然なのですっ!!」

「さっき総角さん像攻撃したのも、よからぬ反攻目論む内なりし声が聞こえたゆえ! 秋水どのの負傷で自重したようですが!」

(その能力も演技なのか!? それとも素なのか!?)
(多分素よ! 設定と絡められそうだから能力解放したみたい!)
(パブなんとか……だっけ。なんか特別そうな血筋ってのは聞いてたけど……反則すぎだろ)
(恐らく先ほど拳を巨大化させた技も……次元俯瞰の一種)

「両名とも武器をば使えぬ状況ではありますが、ここで容赦斟酌なき大技を使い一掃するがラスボスとゆーものでしょう!!」
 小札はちょっと考えた。
 ぼっ。
 急に赤くなった。
(いやなんで赤くなった!?)
 斗貴子が心中ツッコむ中、彼女は杖を舞台袖に向けた。しゃらり。どこからともなくカーテンが降りた。小札反転。残りの
舞台袖にもカーテンが下りた。

「じ、次元俯瞰には媒介が必要でして……」

 言い訳するよう口中もごもごいう小札は観客席に背中を向けた。そして黒のロングコートを脱ぎ捨て……手を後ろに回す。
 次の瞬間、観客達はおおっと叫んだ。
 少女の真白な肩甲骨が露になったのだ。巻きついていた包帯はいま総て小札の手中。安全ピンが外されたのだ。唯一胸
を覆っていた包帯が取り払われたせいで、すべすべとした小さな背中は生まれたままの姿で衆目に晒された。丸い肩。パン
生地を延べたように柔やかな二の腕。かいがら骨の陰影。背骨の窪み。くびれこそあるがやや寸胴気味な全体フォルム。
 しかし真に観客の心を捉えたのはそれらではない。真赤に染まる耳たぶである。
(どうやら、衆人環視の中で脱ぐという行為を恥ずかしがっているようだな。……眼福!)

5 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:34:31.13 ID:826oZLLH0.net
(で、ある以上、過剰な撮影は控えようと思うがどうだ)
(いいだろう。脱衣とは羞恥あってこその物……。)
(女のコが泣き叫ぶほど求めたとき我々は強姦魔と変わらぬ存在に成り下がる)
(写真を取り捲りネットに流す……。下卑た行為よ。この一瞬の輝かしい羞恥に悖る行為よ)
(劇撮影はロングレンジだ。一瞬だけ背中をアップにし耳たぶの方を長く映す…………。そうあるべきだ)
(女体とはガン見ガン映しすればするほど価値が下がるのだ。一瞬だけ映った物を一時停止し眺めてこそ……トキめく!)
(不鮮明だからこそグッとくるビジョン……あるよねっ!)
(羞恥ってのはもっとこう芸術を眺めるよう嗜むものなんだ。規定以上に触れず騒がずだ。心に染み入るかどうかなんだ)
(でなくば男は自ら品格を貶めるだろう。…………女のコの気持ちも考えず過剰に写真取る奴は殺す)
 紳士達(半数は子供。女子含む)が心を正座させながら眺める背中にシュルシュルと包帯が巻きついた。ただし面積は
明らかに激減していた。
「ヒュウ」。口笛が鳴る。観客席と正面向き合った小札の胸にある包帯はわずか一周分だった。5cm幅の包帯が、社会通
念上守るべき最後の一線だけを辛うじて隠しているといった状態である。にも関わらず盛り上がりはわずかしかない。包帯
が掌ほどの肉をグニュリとちょっぴりつぶすのが精一杯だ。しかも小札は細い腕を胸に当て極力見せまいと粘ってる。だから
こそ観客は盛り上がった。「見えそうだけど見えないちょっぴり見えるお胸」。先ほどまでの残酷演技はどこへやら。やや泣
きそうな赤面で必死に唇を結んでいる小札は正真正銘普段の彼女であった。

「ほ、包帯をば取り払ったのには理由がありまする……」

 切れ端を所在投げに弄びながら彼女は言う。どうやら胸に巻くわずかな部分以外総てカットしたらしい。

「『次元俯瞰!!』」
                                  コモンタクティカルピクチャー
 先ほど拳を巨大化させた特殊な魔方陣──正式名称:共通戦術状況図(CTP)──めがけ包帯を取り込もうとする小札。

「大技が来る! だけど……どうしよう!。杖壊されちゃったから魔法使えない」
「電撃から逃れようにも……刀が」
 囁く秋水の首が一瞬カクリと垂れた。慌てて持ち直した彼の瞼が緩やかにだが確実に沈んでいく──…。

 カーテンの開いた舞台袖で。
(! マズい! 秋水氏、ひどい眠気に襲われ始めた!!)
(そうか電気マッサージ!! 母上の電撃が、連日の特訓と即興劇で疲れた体に心地よすぎて)
(すごい眠気が!! フ。マズイぞこれは!! 本番寝落ちしたら小札に倒されたってコトになる! 最大最後の危機だ!)
(え…………。これピンチ……なんですか……? いいんでしょうか……こんなんで…………)
(うがああ!! 寝たらだめ!! だめじゃん白いのーー!!)

「くごーーー」
 まひろが寝落ちした。
(ア、ア、ア)

(アホかーーーー!!!)
 斗貴子は力の限りツッコんだ。
 ツタのローラーが気持ちよかったらしい。のん気な顔で眠りだすまひろはひどくマイペース。
(え!? 最後のピンチこんなんでいいの!?)
(ここまで色々積み重ねてきたもんブチ壊しじゃねえか……)。剛太は呆れた。いまだ電撃を喰らう秋水もやや白河夜船である。
(しまった! 特訓と練習を平行でやってきたツケ、睡眠不足がここで出た!!)
(ここ数日1日3時間程度しか寝てないそうよ)
(そりゃ眠くもなるだろうけど! 決戦前だぞ!? 睡眠ちゃんと取れ! 体調も整えろ!!)
(大体これでいいの!? 最後のピンチがこんなんでいいの!?)
(グダグダだな……)
 沙織の狼狽。根来の呆れ。小札が何かブッ放したら演出対決の文法で秋水たちは敗北だ。バッドエンドで終わってしまう。
 劇はいろいろ最悪な終わり方をしかけていた。
(いや……まだだよ)
 大浜が一歩進み出た。彼の後ろにいた人物を見て戦士達は目を丸くした。
(若宮さん?)
 千歳は首を傾げた。自分と漢字一文字違いの大人しそうな文学少女はなぜ連れてこられたから分からぬようで困惑している。
 その背中を、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ強く叩いたものがいる。岡倉。リーゼントの元不良はニヤっと笑った。
(今さら乱入って訳じゃねえよ。けど、台本漏洩して相手に使われたコト、まだちょっと気にしてるんだろ?)
 なら。カズキの友人はこう言った。

6 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:35:01.57 ID:826oZLLH0.net
(今まで十分やってきたけど……最後もさ、取り戻そうぜ。台本の失敗は台本で)

 チャンス? 戦士も音楽隊も首を捻った。
(秋水先輩とまひろちゃんの眠気が吹っ飛ぶような台本書いてみない? いまココで)
 大浜が微笑する。千里は一瞬逡巡した。
(カンペを読んで貰う……ですか? でも……)
 難点は2つあった。1つはそれだけの物を即興で描けるかどうか。いま1つはそもそも秋水の目に留まるかどうか。
(大丈夫だ)
 静かな声がやがて……迷いを断つ。
(ちーちゃんは成長した。斗貴子氏たちに短編のアイディア出して貰ったんだろ。貴信の世界観にも影響を受けた。即興の
中でコメディだって書けるようになった。十分成長しているさ。自分を信じて)
(六舛先輩……)
 珍しく微笑する彼に、頷く戦士と音楽隊の面々に……千里は、決める。

(分かりました。最後の台本……書きます!!)


 不覚すぎるほど不覚にも睡魔に襲われ敗北寸前の秋水のクビがゴキリとなった。
(つっ! な、何が……)
 彼は見た。細い、極細の糸のようなものが頬に張り付いているのを。(指かいこ……?)。操られるまま舞台袖へ誘導され
た彼の眼球は……捉える。

『指示に従ってください。即興の台本で先輩とまひろの眠気ふっ飛ばします』

 そう書かれたスケッチブックを手にする千里を。

(よ、よく分からないが眠ってしまっては即興も何もない。分かった。続きを)
 アイコンタクト。めくられるページ。そこにある文字を見た秋水はギョっと固まった。

(ま、待ってくれ。たたた確かに武藤さんの眠気も吹っ飛ぶと思うが…………本当に読むのか? それを?)

 千里は頷いた。


 秋水は…………。

 人生最大級の懊悩に囚われた。

 そして。

 彼は。



 舞台袖。

(もうすぐ決戦だし、戦士・秋水のように眠気に囚われても困るから)
 千歳は缶コーヒーを配っていた。戦士と音楽隊全員に配っていた。
(そうだな。劇はもうすぐ終わる。決戦に向けて調子を整えていこう)
 防人は何の疑いもなく口をつけた。他の面々も同じくだ。

 秋水の声が聞こえた。

「そうだ! どうせ聞こえるなら聞かせてやるさ!!」

 全員コーヒーを飲んだ。
 秋水の声が聞こえた。

「まひろ……好きだー! まひろ!! 愛しているんだまひろーっ!」

7 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:35:53.20 ID:826oZLLH0.net
「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 みんなコーヒーを吹いた。剛太や防人のみならず千歳や根来といったクールな連中さえコーヒーを吹いた。

「ネプツリヴと戦う前から好きだったんだ。好きなんてもんじゃない。まひろのコトはもっと知りたいんだ!」

「まひろのコトはみんな全部知っておきたい!」

 縛られる魔法少女めがけ身ぶり手ぶりを交えながら……青年は熱く叫ぶ。

「なっ!!? なんなんですかこのセリフは!!? 不肖たちは今は戦っているのですが……!!?」
「まひろを抱きしめたいんだ! 潰しちゃうぐらい抱きしめたい!!」
 観客はざわめき始めた。「告白!?」「確かOPは同じ人だけど!!」。

 部員たちにも動揺が広がる。秋水とまひろがいい感じなのは知っている。だからこそ……さざめく。

(まさかガチ?)
(TVの生放送でプロポーズする……みたいな)

 戦士たちも衝撃を受けた。足元に広がるコーヒーの水たまりを片づける余裕すらない。
「だ、台本なのよね?」
 桜花が問う。千里は凄まじい速度で文章を仕上げていく。カンペ係はヴィクトリアに交代だ。彼女に持たせ沙織が配膳する
方が能率的だと気付いたようだ。台本担当は……答える。
「斗貴子先輩も総角先輩も気遣ってくれたんです。やはり最後は告白を持ってくるべきだと判断しました。光が参考にと見せて
くれたロボットアニメのパロディです」
「そ、そそそそう。即興じゃないのね? あれガチな本音じゃないのね? しゅ、秋水クンはただ台本を読んでいるだけなのね?」
「はい」
「良かったぁ……」
(心から安堵してやがる。……まあ、分からなくもないが)

「心の声は心の叫びでかき消してやる! まひろッ! 好きだ!」
「けほっ!!? けほけほ」
「千歳お前さっきからむせすぎだぞ……」
「けほっ」
 当たり前のように背中をさする防人に彼女はむせながらも謝る。運悪くコーヒーが気管支に入ったようだ。

 声はなおもかかる。

「まひろーーーっ! 愛しているんだよ!」
(しつこいよ!!!)
「俺のこの心のうちの叫びを聞いてくれ! まひろさん!」
(もう十分聞いたよ!! もういいよ! 武藤の妹見ろよ! 真赤になってるじゃねえか! てか泣きそうだし解放してやれよ!!)
(そこステージなんだぞ!! 公開レイプすぎる!!)

 もう彼女は眠気どころではない。風呂上がりのネコのようにどんぐり眼をビぃーんと見開いている。恥ずかしさで脳内がぐっ
ちゃぐっちゃらしく目も口もあわあわ波打っている。

「……ねえちーちん」
「なに沙織」
「まっぴーにカンペ見えてるのかな……?」

 千里硬直。

 剛太は豊かな髪をぼるりぼるりした。
「あの反応だぞ? カンペ見えてる訳ねえよ」
「……あー。つまり。つまりだ」
「まひろちゃん……」

 瞳を毛糸かというぐらいグシャグシャに歪めるゆでだこ少女はもちろんカンペなど見ていない。
 だから斗貴子は……気付く。

8 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:36:23.61 ID:826oZLLH0.net
.
(ガチな告白だと思ってやがる!!!)

 一方秋水は……まだいう。

「立場が同じになってまひろを知ってから、俺は……君の虜になってしまったんだ!」

(馬鹿やめろおい!!)
(向こうはガチだと思ってるんだぞ!! 演技に熱入れれば入れるほど後の揺り返しがひどくなる!)
(くそう! 少しでも笑顔になれるようトリ譲ったのが裏目に出た!! 演技って知ったらがっかりするぞ!!)
(ど、どうすればいいんでしょうか!! まひろ傷つけるために書いたんじゃないんです、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ
願望かなえてあげたかっただけなんです!! で、でも、これじゃ今以上にあのコが……!!)
(お、落ち着こうよちーちん。こういう時はカンペだよ。カンペに「告白はお芝居だよ。台本に載ってるけどまっぴーに配り
損ねたよ。ごめん。悪気はなかった……」と書いて見せればいいよ。今なら傷も少なくて済むよ。先輩が見たら止まってく
れるかもだし)

 千里と違い良くも悪くもふまじめ沙織。こういう時のフットワークは驚くほど速い。スケッチブックを一枚破りさらさらと状況
上のごとくと書いて舞台袖に立つ。
 まひろはもちろん見ない。
(見てよ!!)
「愛してるってこと! 好きだってこと!」
(まだセリフあんの!?)
「俺に振り向いてくれ! まひろが俺に振り向いてくれれば、俺はこんなに苦しまなくって済むんだ!」
(いやお前も振り向け! すぐカンペに振り向いてくれれば、私はこんなに苦しまなくって済むんだ!)
(私もこう言ってくれてればね……)
 むせながら千歳は内心溜息をついた。台本通りと分かっていても、防人にそれだけの熱量があればと思ってしまう。

「優しい君なら、俺の心のうちを知ってくれて、俺に応えてくれるでしょう!」
 広い会場に熱情の声が轟く。響き渡り反響し、劇に参画する者総ての耳朶に迸る。

「俺は君を俺のものにしたいんだ! その美しい心と美しいすべてを!」
 叫ぶ。叫ぶ。早坂秋水はただ叫ぶ。日常の終焉の中で、奇跡のような舞台の上で、何も考えずただ全力で叫ぶ。

「誰が邪魔しようと奪ってみせる!」
「奪ってみせるとは良く言ったな……」。『分かってる、通な』観客は相槌を打つ。

「もし邪魔をするなら今すぐ出てこい! 相手になってやる!」
(ばかーーーーー!! 先輩のばかーーーー! なんてコト怒鳴ってるのよーーーーーーーーーーーーーーーっ!)
「でもまひろさんが俺の想いに答えてくれれば戦いません。俺はまひろを抱きしめるだけです」
 子供の観客が騒ぎ出した。
「あれがまひろだろ」
「幸せになってー!!」
「ぼくはサラを抱きしめるだけです! 君の心の奥底にまでキスをします!」
「いっぱいキスしてもらえよーー!!」
「力一杯のキスをどこにもここにもしてみせます!」
(どこにも!? ここにも!!? え? え? ……うああああああわわわわわはむぎゃむぎゃにゅわががーーーーっ!!!)
「あんたもちゃんとやんのよーーーー!」
(で! できない!! 恥ずかしい!!!! ばかばか先輩のばかーーーーー!!)

(いい加減止まれよ! 武藤の妹がガチだと誤解してると気付けよ!!)
(いえ……沙織さんのカンペで気付いたようよ。頬ちょっと赤いもの秋水クン)
(! 役者魂!)
(なるほど! 役者として私心を捨て、台本通りに告白のセリフを)
(読み上げている!)
(ここで妙に照れたら本当どうにもならないから……全力で振りぬこうと!!)

 ひどい羞恥プレイだった。演技ではなく告白だと誤解している少女相手に訂正も何もできないまま、率直極まる愛の言葉を
迫真の勢いで投げかけ続けるのだ。公衆の面前で。幸い観客たちは虚構と割り切り「熱演だな」と頷いている。囃すのだって
そういうお話だと割り切っているからだ。元ネタが分かる者に至っては二重の意味でニヤニヤしている。

9 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:36:54.06 ID:826oZLLH0.net
「キスだけじゃない! 心から君に尽くします! それが俺の喜びなんだから喜びを分かち合えるのなら、もっと深いキスを、
どこまでも、どこまでも、させてもらいます!」
(……。しかし……)
(ああ……)
 斗貴子は顔を伏せる。あの桜花がもじもじしている。千歳は相変わらずけほけほ言っている。
 音楽隊で一番真赤なのは無銘である。少年特有の感受性と共感が、脳髄の敏感な部分を掻き毟っていた。
 貴信は快笑に震え、香美は首を捻り、総角はほっこりしていた。千里に元ネタ教えた鐶は満足げに「むふぅ」。息吐く。
 根来も「ら、乱心したか」と汗をかき。毒島は煙を吹き剛太はゲンナリ。青春だなと笑ったのは防人。
 千里は自分の産生する文章の、予想を上回る破壊力に眼鏡を真白にしているがそれでも書く。プロだった。
 沙織は口にパーを当てきゃーきゃー騒ぎ、ヴィクトリアは意地悪く笑う。

(大浜。あのよう。セリフとは、セリフとは分かっているが)
(うん。……そうだね岡倉君)


「まひろ! お前が好きだ! お前が欲しい!」


(こっ恥ずかしい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!)

(ストロベリすぎる!!)
(あはっ! その単語なんか懐かしい!)
(本当ストロべりすぎだよ!! やばいよもう! やばい!!)

 やられ役も部長も大道具も対策会議中場を繋いだいぶし銀たちもその他の部員も。

 我がコトのように赤くなった。

(だが……小札氏にも効いている)
 六舛は眼鏡を直した。

「せせせ青春だからって、大概に……大概に…………!!」

 彼女は真赤になって目をグルグルして、ロッドをブンスカブンスカだ。

 観客は気付いた。
(どうやら心からの熱演だったから)
(強烈なストロベリーを直接脳内に流し込まれた、か!!)
(あの包帯つかった強力っぽい攻撃中断していたのもそのせい!)
(ウブだなあ……)
 ラスボス風でもやはり小札は小札だった。

「そうです……! こちらの次元俯瞰をカットすればいいのですっ!!」
 共通戦術状況図を解除した小札は「ふーっ」と額の汗を拭う。
「いやははー。これでシリアスに戦いができまする」
 冷静に見れば状況は何1つ変わっていなかった。
 秋水は刀を踏まれているし、まひろは武器を壊されたうえツタに拘束されている。
 ゆえにトドメの一撃を叩き込まんと腕を上げた小札だが……その動きがツと止まる。

「総角さん像の声が……聞こえません?」
 小札が階段を見上げたのとその頂点で光が瞬いたのは同時だった。
「悪いが、今だね」
 人間的な光彩を取り戻した像の右手から轟然と延びた鎖分銅がラスボス小札のツノに巻き付きすっぽ抜いた。
(総角!? いったいいつの間に舞台へ!?)
(見た。まず百雷銃の武装錬金を鳥に変形。自分像に貼り付るやエンゼル御前の矢で攻撃。トイズフェスティバルとかいう
百雷銃の特性で入れ替わり……あそこに!)
(さらに間髪入れずのハイテンションワイヤー!! 万能すぎる!! 本気になりゃあアイツ1人で劇全部できたんじゃ……)

10 :永遠の扉:2014/06/06(金) 20:37:35.21 ID:826oZLLH0.net
(総角……!!)
 結局いいトコ取りでないか。自分像を守った結果がこれかとばかり睨みつける秋水を堂々と受け流しながら……彼は言う。

「フ。秋水の精神攻撃に怯み我が封印を緩めたな重力影ホリゾントデツァンバー!!!」

「フみゃあああああああああああ!!!? 耳!! 不肖のロバ耳が公衆の面前で露にぃぃい!!?」

「フ。読唇術の、次元俯瞰の要たるツノは排した!! ゆけ秋水! 今なら攻撃も当たる!!!」

「耳がああ!! ロバ耳っぽい髪があああ……!! 恥ずかしい……恥ずかしすぎるーーー!!」

(うろたえている! 舞台上で半裸になり観客たちに背中を見せた時さわがなかった小札が……!)
(今は忘我状態!!)
(そこまであの髪見られるの恥ずかしいのかよ!? 裸見られるより嫌なのかよ!?)
(出演前のしょーもないやりとり、あの髪恥ずかしいっての……伏線だったのかよ!?)
(いや違う。本当はずっと前書いたきりお蔵入りしてたのを再利用しただけだ)
(そんなの伏線にするなよ! ボケっ!!)
 誰に対する声かは不明だが、とにかく舞台上では秋水とまひろ(解放済み)が手に手を取って刀を持って特攻していた。

「これで終わりよ!!」
「覚悟!!」

 小札は正気に戻るがもう遅い。無銘の特効と貴信のエネルギーがたっぷり乗った全長5mほどの稲妻剣が目前で正眼に
振り上げられた。影を落とされる幼い面頬はあわあわと震え。

 長かった劇がついに終わる時が来た。

 秋水は刀を振り上げる。まひろもそれに追随する。
 両名とも頬は赤い。お互いを直視できる状態ではなかった。

(カンペ見たよ。お芝居。そう……さっきの告白お芝居なんだよね。ウン。そうだよね……)

 落胆はある。だが……劇にかける想いを。
 もうすぐ終わってしまう日常の中で育んだ気持ちを。

 何もかも込めて……ただ精一杯。そして力強く。
 振り下ろした。


「「終結の型──…」」


「「破断塵還剣!!」」


 コバルトブルーとアースカラーの光波が入り混じった巨大な剣が小札を薙ぎ──…

 飲み干した。


 …………。

 劇はそこから5分の余章を経て完結する。
 判定の結果、銀成学園演劇部は見事勝利をもぎ取る。

 だがその発端になったパピヨンその人は……結局最後まで姿を現さなかった。
 劇の裏で彼の身に何が起きていたのか。秋水が知るのは少し後。

 そして運命は。
 1人1人が望む未来に向かって動き出す。

11 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/06(金) 20:38:13.45 ID:826oZLLH0.net
以上ここまで。劇終わり。次回から098話。

12 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:14:04.52 ID:hqGpkXI00.net
第098話 「終わりの始まり」

 ──挿話。

 2人の男がいた。
 片方はまだ二十歳にも満たない青年で、もう片方は見た目こそ若いが1世紀以上生きている怪物。2人は生まれた時代
も生まれた国家も遠く遠くかけ離れていた。

 けれど2人は示し合わしたように同じ行為を続けていた。どれほどの月日を費やしていただろう。

 広大すぎるため彼方に灰みさえかかって見える潔白な心象世界の中────────────────────



 彼らは扉を叩いていた。青年は鎖の絡まる安っぽい合金の扉を、怪物は褐色の傷がいくつもついた樫の扉を。


 叩いて、叩いて、叩き続けていた。


 ある者が訊いた。

『なぜ扉を叩くのか?』

 青年は語る。いつか開き1人で世界を歩くためだ。

 怪物は笑う。これは武器でね、世界めがけ衝撃波を叩きこんでる。




 物語とはつまるところ停滞の化生である。

 本作は心ならずも扉の前で滞ってしまった2人が”それ”を抜けるまでを描く。

 その過程こそやがて至るべき終止符の前に横たわる巨大な停滞であり──…挿話。



 まったく違う場所まったく違う時間のなか、叩かれ続けていた2つの扉は流れて流れたその涯で出逢い……1つになる。

 開くまであとわずか。


 永遠とも思えるほど長く存在し続けた『扉』。


 それが開くまで……あとわずか。

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 


 銀成学園演劇部による祝勝会はつつがなく執り行われた。

 戦士も音楽隊も残されたわずかな日常を精一杯楽しんだ。

 武藤まひろは舞台上で行われた告白の衝撃さめやらぬようで、時々恥ずかしそうにちろちろと秋水を眺めていた。

 ヴィクトリア=パワードは終ぞ来なかったパピヨンの安否をひどく案じているようだった。

13 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:14:35.02 ID:hqGpkXI00.net
【空き地】


「ひひっ。りばーすから連絡があった。劇……終わったようじゃ」
「よーやくウチら本格始動っちゅーワケですね」
「wwww さぁ! 受け取ってくれーぃ! この辛さを、さあ分けあいましょうーー!」
「クス。戦士も音楽隊も男女問わず美形揃い……。どの子もヤリ甲斐ありそうねん」
「羸砲さんの能力回復するまで少しかかりそうです。この上なく私、自力で戦うしかなさそうです。怖い……。くすん」
「劇……。ずっとむかし女のコの役させられたような……。めんどくさいー。潰そう」


 運命が動き出す。レティクルエレメンツ6体の幹部が養護施設に向かって歩き出す。


【児童養護施設・屋根裏】


(劇……終わったようである)

(やって分かった。マレフィックアースの器。それは──…)

 ウィルスの集合体はその名を静かに呼ぶ。


【児童養護施設・関係者控室】


「にひっ。青っち会場に向かったよーですね。予め設置しといたビデオカメラ回収するとか何とかで」

「役者さんはおろか観客さんたちすら掃けたところ見計らって……そう言ってましたが」

「光っちと鉢合わせしなけりゃいいんですが」

 ウルフカットの青年の灰色の瞳がにこりと笑う。


【児童養護施設・廊下】


 青っちことリバース=イングラムは浮かれていた。海王星の幹部で鐶の義姉でもある彼女は浮かれていた。

(劇での光ちゃんの活躍、これで見れる! 永久保存版よ!)

 豊かな胸の中にビデオカメラを押し込めながら……彼女はスキップしていた。『怒ってさえいなければ』、にこやかで、しか
も優秀と評判なリバース。10歳近く年上の恋人……ブレイク相手でもお姉さん風を吹かせるほどしっかり者の彼女ではある
が、少々子供っぽい部分もあるのだ。人間時代はアイドルに入れあげていた。
 今は義妹が大好きだ。
(長い間離れ離れだったから、ビデオ見たいのビデオ! 光ちゃんが可愛く活躍してるトコ見たいの!)
 回収したビデオは劇を総て収めていた。鐶の活躍もちゃんと収めていた。プロのカメラマンに300万円積んだのだ、指示
通り鐶の活躍は余すところなく収録済みだ。
 嬉しい。
 嬉しい。

 嬉しいから、思わず声が出た。普段なら忌避して絶対出さない筈の声を。

「今日は、いい日ね!」
「うん?」

 曲がり角から大きな影が出てきた。ぎょっとした。幸い衝突には至らなかったが……リバースにとってその人物は、決して
逢いたい存在ではなかった。

14 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:15:05.63 ID:hqGpkXI00.net
.
「失礼だが……喋れたのかキミは?」

 防護服の奥で瞳を丸くしたのは防人である。

(戦士長さん! 通称キャプテンブラボー!)

 リバースと彼は既に遭遇している。街でチンピラに絡まれているのを助けて貰った(実際助かったのはチンピラたちの命
なのだが。防人が来なければ彼らに拒否を『伝えて』殺していた)、助けて貰ったのをきっかけに、児童養護施設で会話を
している。……会話と言ってもリバース側の送信はスケッチブックで、特異すぎた。それゆえ記憶に残ったらしい。

 慌ててスケッチブックに文字を書く。

『リ! リハビリ中なんです! 昔ちょっとヒドいケガしてて、お医者さんからあまり喋らないようにって!』

 そうか。頷く防人。リバースは困った。

 彼女は仲間から聞かされている。両親──厳密にいえば実父と義母──が戦士に殺されたと。彼らは鐶にとっては実の
両親だ。リバースは一度彼らを暴走の果て惨殺している。奇跡的に蘇生したからこそ、今一度、大事な義妹に逢わせてやり
たいと思っていた。それが罪滅ぼしなのだと思っていた。だが……戦士に殺された。とある幹部の付き人をしていたせいで、
信奉者と間違われ殺された……。それが報告、それが『リバースの信じる真実』である。

(だ、だから戦士さんなんて見たくないのよ私は。怒っちゃうもの。このまえブラボーさんと遭遇したときだって危うく『気持ちを
伝えそうに』なっちゃったもの。でも辛うじて堪えた! えらいっ! えらいわよ私ー! 1年ちょいカナー、光ちゃんとお別れ
してる間、自制心を養おうと頑張ったもの。今だって我慢できてる。えらい)

 ニコニコと微笑しながらスケッチブックに書く。『用事がありますのでまたの機会に』。防人も聞き分けのいい大人らしく
会釈した。通り過ぎていくリバース。『怒らない限り』レティクルの誰よりも温厚で理知的な幹部なのだ。例え両親の仇と
憎む戦士を見てもすぐ飛びかかったりはしない。

(今は合流前だもの。迂闊に起こって騒ぎを起こしちゃダメよ。光ちゃんたちだって劇終わってすぐ戦いとか嫌でしょうし。
だいたいココ養護施設だもの。うん。怒らないのが一番なのだっ!)

「ところで……」
 防人が喋った。大丈夫と言い聞かせる。人となりは分かっている。優しい人だ。しかもリバースの正体を知らない。仮に
知っていたとしても、両親の件で怒らすようなコトは絶対に言わないと信じている。
(っ。で、でもちょっと待って。まさか私の声が小さいとかいうんじゃ……。いま聞かれたし。声聞かれたし)
 リバースはそう言われたら確実にブチ切れる。憤怒の幹部なのだ。声が小さいと言われれば自制心を失くし獣になる。
(どどどどうしようココでブチ切れたらまたイオちゃんに怒られ……ああもう何でここで逢うのよーーっ!)
 鐶のビデオを入手して幸せだと思っていたら厄介事が舞い込んだ。いつもそうだ。だから世界が嫌いだし……腹が立つ。
(でもスマイルよ。スマイル。スマイルでなんとか)
 ニコニコと笑いながら頭頂部のやたら長いアホ毛をピョコつかせつつ「なんでしょう」とばかり振り向くと、彼は、言った。

「俺もいろいろリハビリ中なんだ。上手くいかないコトもあるかも知れないが、焦らず気長にじっくりとな」

 目が点になった。と同時にリバースはホッと胸をなでおろした。
(良かったぁ。考えてみればそうだよね。うん。ブラボーさんは人の声どうこう言う人じゃないものね。リハビリって言われたら
ちょっと声小さくてもアレコレ評価しない人だもん。うん。いい人だね。いい人)
 ちょっとリバースは感動した。と同時に殺していい人じゃないとも思った。他の幹部の誰かが彼を殺そうとしたとき、止めよう
と思った。それぐらい恩義を感じた。コンプレックスを刺激しない人は好きなのだ。足取りは軽くなる。

「おねーちゃん、声小さいけど……かわいーーー!」

 時間が……止まった。無表情な笑いのまま足元を見る。養護施設の子供だろうか。洟を垂らした5歳ぐらいの女のコが
無邪気に微笑んでいた。声に反応したのか。振り返る防人。彼は見る。かすかに震えるリバースの拳を。




                                                         彼女は、そっと、囁いた。

15 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:15:40.81 ID:hqGpkXI00.net
.



























「声が……小さい?」



























 終わりの始まりは本当に小さく些細な一点だった。
 リバース=イングラムはもう一度、今度は咀嚼するようゆっくりと同じ言葉を囁いた。

16 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:16:11.28 ID:hqGpkXI00.net
.
「声が、小さい?」

 笑うようなすすり泣くような声を漏らしながらリバースはゆっくりと目を開ける。世界に存在するあらゆる音波への呪詛が
流れ始めた。空間が氷結しそれが捩られる不快な音が響いていく。照明が激しく明滅を始めやがて火花と共にこと切れた。
まだ昼だが窓のない廊下は暗転した。
 そして闇の霊性に呑まれた世界の中でハナタレ少女は赤く錆びた月を見る。満月だった。お化け屋敷が大好きで行くたび
キャーキャーいう彼女は、突然の停電じみた現象もむしろ楽しんでいた。ほっぺたの横に浮かぶ紅い満月も何か楽しいアト
ラクションだと思った。なにしろ『動くのだ』。少女が微かに動くたび、月はそれを追うように……動くのだ。好奇心いっぱいに
それらを眺めるハナタレ少女はもう我慢できない。掴もうと手を伸ばす。暖かな感触が掌に広がった。月は消えた。そこで
照明が復帰した。明るくなった廊下でハナタレちゃんは……見た。
 自分の、掌に、撫でられる、小さな声のお姉さんの、顔を。
 彼女は笑っていた。目を細めて笑っていた。聖母のように優しい笑みだった。
 リバースは、開いた。


 紅い満月がギラギラと輝く月牙状のまなこを。


「よくも人のコンプレックス刺激してくれたわね我慢ならないもう任務とかどうでもいい殺す殺す殺すあははははははは」


 抑揚も息継ぎもない経文のような禍々しい声をBGMに。

 ハナタレ少女の首めがけリバースの腕が殺到し──…


「くっ!!」

 シルバースキンの脛に受け止められる。

 少女の前に仁王立つ防人。彼は豹変した『笑顔』のゆるふわショートの少女をどうすべきか迷った。
(どういうコトだ!? 劇を邪魔した『虫』にでも操られているのか!?」
 ハナタレ少女は悲鳴を上げながら逃げていく。
 リバースは、笑った。白目がドス黒く塗りつぶされた瞳を爛々と輝かせながら。鉤状に裂けた口を一層するどくしながら。

「邪魔するのねえ邪魔するの折角私ブラボーさんのコト尊敬してあげたのにイザってとき助けてあげようとさえ思ったのに
人のコンプレックス刺激したあのコ殺す邪魔するのまあ戦士だから当然だとは思うけど覚悟できてるんでしょうねあははは」

 けたたましい声を上げながら彼女は先ほど拳を妨害した足を掴み無造作に振り抜いた。たったそれだけの挙措で身長185
cm体重75kgのガッシリとした体がぶおんと宙を舞った。
「くっ!!」
 咄嗟に足を振りほどくが加速はもう止まらない。彼の体は壁に接触しそして砕いた。児童が眠る場所だろうか。ベットがし
つらえられた部屋に破片と共に叩き込まれた防人、着地する暇もあらばこそだ。下顎に強烈な衝撃が加わりサラに飛ぶ。
(蹴られた!)
 完全防護ゆえ本体にダメージこそ通らなかったがかなりの量のヘキサゴンパネルが舞い散った。咄嗟に手近な二段ベット
の柱に手を引っ掛け着地する。めりめりという凄まじい音を立て崩れるベッド。(しまった。子供たちの寝床を……。後で直
しておかなければ)、辛うじて残る冷静さでそんなコトを考えながら来た道を見る。
 壁にできたてホヤホヤの巨大な穴から悠然と乗り込んできたリバースは何かおかしいのか笑いに笑いズンズンと間合い
を詰めてくる。一度聞けば忘れられない美しい声……防人はそう思った。淑やかで瑞々しい笑い。脳髄の膿がスルスル抜
けていくようなカタルシスに満ちているのに鼓膜を切り刻むような禍々しさもある。防護服の中で反響し幾重にも重なる笑い
声は30分聞き続けるだけで精神を病むのではないか……鳥肌がぶわりと立った。
 フード付きのパーカーによくあう質素なジーンズはそれだけに動きの潤滑油だ。殴り。蹴り。掴む。鐶や総角にも匹敵する”重い”
攻撃を何発も何発も叩き込む。
(シルバースキンに通らないと分かっていながら──…)
 拳が裂けてベッドのシーツに血の珠を振りまいても。膝の皿が砕けても。リバースは攻撃をやめない。ダメージなどお構い
なしだ。
 ……それが防人の判断を狂わせた。普通、徒手空拳を使うものはシルバースキンの防御性能を知れば速攻で何らかの
変化を見せる。飛び道具を使うとか退散するとか、とにかく「殴ると痛いからそれはやめる」。
(だが彼女は一向にやめる気配がない。攻撃するだけで体が壊れるにも関わらず)

17 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:17:08.91 ID:hqGpkXI00.net
 カズキのような攻略法を持っている様子もない。ただ力任せに感情任せに殴り続けているだけだ。
(やはり……操られているのか? 何らかの武装錬金に?)
 動植物型や明らかに悪党と分かる相手であればとっくに反撃している。だがリバースは、豹変する前まで可憐な美少女
だったのだ。人となりも知っている。養護施設に研修に来るほど他人思いな少女だ。やや天然気味な部分も見た。その
うえ子供とあれば防人が反撃できる道理はない。

 殴られ転がされ続けた彼は何部屋も貫通し、とうとう建物の外へ飛び出した。

(千歳や戦士・斗貴子たちに連絡を取りたいが……あの攻めようだ。出した瞬間携帯電話は壊される)
 いつだったかリバースが子供たちと球技に興じていた庭で防人は汗を垂らす。
(一体彼女は何者なんだ? ただ操られているだけなのか? それとも──…)




「お姉ちゃん?」




 ポリ袋の落ちる音がした。振り返った防人は見た。

 虚ろな瞳を驚愕と恐怖に見開き立ちつくす──…

 鐶の姿を。


 凄まじい形相で彼女を二度見したリバースは。

 スウウゥ。

(!?)
 大魔神かというぐらい豹変。普通のにこやかな笑みを浮かべると、ハフハフ鳴いた。

「ひかりちゃん!!」

「ひっかりちゃあああああああああああああああああああああああああああああん!!!」

 まひろがよく斗貴子にするような行為だった。リバースは鐶へ水平に飛びかかった。そして……抱きしめる。

「逢いたかった! すっごくすっごくすっっご〜〜〜〜〜〜く逢いたかった! 元気していた? 学校でイジメに遭わなかった?
無銘くんとはどう? あ、デートしてたのは知ってるわよだって見てたもの。デパート楽しかったわよね。良かったね。私ずっ
と応援してたのずっと!! あふうぅ〜。ああ、久しぶりの光ちゃんの匂いだあーーー。くんかくんかスーハースーハー。紅い
三つ編み相変わらず可愛いわよ可愛い! ちゃんとお手入れしている? 毎日洗ってる?」
「あ、あああ……」
 鐶が絶望に震え成す術もなく涙しているのさえ除けば普通の姉妹のスキンシップだった。リバースは両目も不等号に激
しい頬ずりを何百回としてから、「お別れしてから気付いたの。私光ちゃんのコト本当は大好きなんだって」と述べた。

(……話通りというか、食い違いがあるというか……。よく分からない少女だな)

 防人は鐶の義姉について聞き及んでいる。両親を惨殺し、義妹の瞳から光が消えるまで監禁した……と。鐶謹製の似顔
絵だって見ている。狂気に満ちていた。ようやく気付いたが先ほどの暴走状態は正に似顔絵どおりの形相だった。なぜリバー
スが狂気を孕んだのか? 鐶の話からはまったく想像もできなかった防人だ。義妹の口から語られるリバース……玉城青
空という少女は、無口だが優しく、成績優秀で運動も学年20位以内という非の打ち所のない立派な姉だった。これといった
喧嘩をした覚えがないとさえ鐶は言った。土曜日になればドーナツを作ってくれた、方向音痴ゆえ遠方で迷子になった時でも
必ず迎えに来てくれる……。とくれば防人としては「悪の組織に弱味でも握られ、罪を犯すコトを強要させられたのではない
か」と思う他ないのだが、しかし今しがた体感した暴走の強烈さ、拳を振るうリバースは明らかに自分の意思で動いていた。
 強要どころではない。むしろ嬉々として悪に加担している様子さえ見受けられた。

18 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:17:39.78 ID:hqGpkXI00.net
(だが……”あの”鐶があそこまで怯えるとは……)
 純粋な身体能力だけなら総角を上回るとさえ言われている鐶が、にこやかな姉の抱擁の前ではヒヨコも同然の無力だった。
 顔を真青にし「いや……」とか「離して……」などと泣きじゃくっている。
 そのくせ「ん?」と義姉が聞き返すと何も言えなくなり縮こまる。

 特異体質をフル稼働すれば力づくで脱出できるのに……しないのだ。

 防人は知らない。人間時代のリバースこと玉城青空がどれほどの鬱屈と憤怒を抱えて生きていたか。それからすれば両親
の惨殺も義妹の監禁も先ほどの暴走も……何もかもが必然でしかない。


「敵襲ですか戦士長!?」

 やっと騒ぎに気付いたらしい。戦士と音楽隊一同が施設から出てきた。さりげなくフードを被る少女に防人は慄然とした。

(千歳対策……! ヘルメスドライブに捕捉されるのを防いだか!)

「あ」。ピト。総角を見たリバースは鐶から離れた。離れるという言葉を「一定間隔をあける」と定義するならまさに彼女は
離れた。何しろ義妹の前で蜃気楼の如く霞んだ彼女ときたら次の瞬間にはもう12m先だ。総角の前にシュバっと出た。「なっ……」
「速い!」
 秋水の目でも捉えきれない速度。「先手を取られた」。総角本人でさえ汗を流した。……愛刀を脇構えで持ちながら。
(総角がのっけから刀を出している……? 最初から全力を出さねばならないほどの存在なのか?)
 無数の武装錬金を使えるが、刀一本握る方が遥かに強い……。その豪語に偽りなきコトを正しく身を以て知っている秋水
だから慄然とした。
(反射的に帯刀させる……言い換えれば総角でさえ手を抜けば死ぬ相手……だというのか。彼女が?)
 秋水はリバースを見る。確かにニオイがどこかあやふやで、ほんのりと禍々しい”ニオイ”も無くはないが、笑顔は透き通る
ように美しい。といってもフードを目深に被っているせいで口元しか見えないのだが、それでも心から微笑んでいるのが分かる
ほど暖かい雰囲気だった。論拠は、桜花という作り笑いの達人と日々接しているからだ。リバースは、まひろ寄りだった。見
ていると心が温まる理想的な女性の雰囲気だった。フードから零れる、絹糸がごとく柔らかそうな乳白色の短髪。ふわふわ
としたウェーブ。刀に「わっ」と驚き、とても長いアホ毛(フード貫通済み)をビックリマークのように逆立てる姿はとても敵とは
思えない。

(そもそも誰なんだ彼女は? いや……どこかで見たような……)
 とは防人との顛末を知らない秋水ゆえの感想だ。現段階では鐶との関係性さえ分からない。

 彼女は、刀をおそるおそると眺めながら意を決したように──…

「い、妹がいつもお世話になっています! つつつつまらない物ですがどうぞ!!」
 ぺこりと最敬礼して菓子折りを差し出した。
「あ、ええ、ああ?」
 流石の彼も状況処理が追い付かないらしい。ひどい破壊音がして幼女が紅いお月さま暴れたと泣いて走ってきて地響き
を追って外に出たら鐶に頬ずりしてる女の人がいて挨拶だ。菓子折りとリバースとをキョドキョド見比べていた彼は、一瞬
僅かに目の色を変えたが……静かに呟く。
「フ。なるほど。顔こそフードに隠れて見えないが、佇まいは例の自動人形と同じ……つまりお前が」
「はい。リバース=イングラム。光ちゃんのお姉さんですっ!」



 緊張が伝播する。

「見覚えがある筈だ。髪が例の似顔絵と同じ」
 斗貴子はバルキリースカートを装着した。
「鐶の姉ってコトは……つまり」
「この人が……レティクルエレメンツ海王星の幹部……?」
 剛太と桜花の手に相次いで光が走り武装錬金が宿る。

 リバースは困ったように彼らを見つめ微笑んだ。

「そんなコトより光ちゃんよーーーーーーーーーーー!!」
 ドドドド。反転するや義妹に突進しまた抱きしめてノドを撫でるリバース。

19 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:18:10.47 ID:hqGpkXI00.net
 誰も攻撃を仕掛けられなかったのは、迫力に呑まれたせいでもあるが、それ以上に標的が鐶だからだ。例の6対1を味
わっている者の実感としては「犯人が山手中央署の包囲を振り切って西武警察の居る方へ逃げた。つまりもう安心」である。
小銃から逃げて核ミサイルの着弾地点へ逃げ込む馬鹿を誰が追おうか。

 しかし鐶は震えたきり何もできない。恐怖に引き攣った様子でノドを撫でられている。
「あの鐶が手も足も出せない?」戦士達は防人と同じ疑惑に捕われた。

「♪」
 リバースはにこやかに面を上げた。彼女はすっかり包囲されていてた。戦士と音楽隊全員に。

 そして無銘は……思う。
(こやつが玉城青空。鐶が救わんとする……義姉)
 かつて交わした約束。聞かされた過去。フード越しでも少年心をどぎまぎさせる美しい雰囲気。それらの源泉……リバース
の本質を知っているからこそ彼は戸惑う。
(憤怒の徒だというが……とてもそうは見せない)
「あなたが無銘くんね?」
 にこっと笑われてドキリとしたのは恐怖半分照れ半分だ。敵の幹部に対する緊張と、フードを被っているせいでひどく神秘
的な女性にいきなり話しかけられた照れくささが入り混じり無愛想な声を形成する。
「……そうだが」
「あーやっぱり」。リバースはぽんと柏手を打った。胸で揺れる大きな質量に嫌でも目がいく無銘に彼女は言う。「光ちゃん
心配そうに見てるからそうなんじゃないかって。実は初対面のときの会話、ポシェットの自動人形経由で全部聞いてたのよー」
(何……?)
 それは初めて鐶と出逢った時のコトだ。希望をなくし命を捨てかけていた彼女と無銘はこう話した。

──「お姉ちゃんはもう……変ってしまっています……。殺したくも……ありません」
──「お姉ちゃんを殺しても……お父さんや……お母さんは……もう……戻ってきません……だったら……だったら……」

──「誰が貴様に姉を殺せと云った!!」
──「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」

──「止め……る?」

──「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!!」
──「ずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ!  何をされようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」

──「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」


(……確かにあのあと自動人形が出現した。こやつと意識を共有する自動人形が。ならば聞かれていても不思議ではないが)
 そうなるとリバースは、鐶の思惑……最終目的を知った上でなお無銘曰くの『これ以上の魔道』に1年近く自らを貶めていた
コトになる。

「貴様……分かっていながらなぜ」
 リバースの、口だけの笑顔に一瞬影が差した。かつて鐶が見せたような諦めの幽愁がそこにあった。
「…………どうにもならないコトだって、あるのよ」
 しっとりとした声。鐶の表情が沈痛に染まるのを見た無銘……心がかき乱された。
(殺すしかないというのか……? 死ぬコトでしか償えないと……言っているのか?)
 雨の記憶が蘇る。鐶にどこか似ていた少女の最期。生まれて初めて得た繋がりを失ったときの悲しみが。

「おしゃべりはそこまでだ」
 斗貴子が一歩踏み出した。無銘は黙る。従うべきだと判断したし、リバースに対する言葉もまた見つからなかった。
「劇の妨害など聞きたいコトは山積みだが、せっかく幹部が1人で来たんだ。今戦えるのは鐶含めて14人……数で勝って
いる内に始末させてもらう」
「あら津村さんそれ悪役の台詞」
「うるさい! 前も言っただろう! ホムンクルスは災害のようなものなんだ!! 正々堂々1対1なんて言っていられるか!
それにココで幹部を減らせば大戦士長の救出作戦が楽になる! 卑怯といわれようと構わない! 斃しさえすれば犠牲にな
る戦士は減る! 格段に減る!!」
 フードから生えるアホ毛がメトロノームよろしく小刻みに揺れた。
「喋っても得するコトなんて何1つないのよ。なのに長々と喋って飛びかかってこないのって」

20 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:18:41.31 ID:hqGpkXI00.net
 困った人たちだなあ。子犬がエサ皿をひっくり返したのを見るような微笑ましい笑顔でちょっとだけ溜息をつきながら、リバー
スは立ち上がった。
「気を引き付けているんでしょ? 根来さんの不意打ち成功させるために」
 斗貴子の瞳孔が拡大するのと白魚のような指先が忍者刀の切っ先を掴んだのは同時だった。リバースの背中から生えた
根来は舌打ちしながらトンボ返りし仲間の元へ着地する。
「そもそも──…」
 にこやかなリバースが何か言いかけた瞬間、ヘキサゴンパネルの吹雪が渦巻いた。「裏返し!」。斗貴子も予想外だった
らしく瞳の色を銀にする。
「アナザータイプ”リバース”。”二重拘束(ダブルストレイト)”」
 黒の防護服を着せられた同名の少女にもう1着上書きされる……服。
(決まった! シルバースキンリバース!)
(着せれば外部への攻撃を総てシャットアウトする無敵の拘束服!)
(ヴィクターIII武藤カズキや鐶すら封殺した戦士長さん有数の切り札!)
 これで幹部が1人無効化された。安堵の吐息が重なった。
 しかし。目隠し笑顔は、
「そもそも全員一斉に飛びかかるのは得策じゃないわよー?」
 悪戯っぽく乗り出した。
(なんだこの余裕は……?)
 特性に気付いていないのだろうか。
(いや、彼女は根来の名前はおろかシークレットトレイルの特性さえ知っているようだった。体内から飛び出た彼に迷う
コトなく反応したのがその証拠)
(ならリバースの特性も当然気付いている)
 ぴっ。どこからともなく取り出したピコピコハンマーで、眼下に佇む義妹の頭を一撃しようとした彼女はしかし妨害に遭う。
蛇腹の浮いたオレンジの塩ビ製のハンマーヘッドに銀と輝く無数のヘキサゴンパネルが巻きついて動きを止めた。それを
見て満足そうに頷く彼女は明らかに何が起きたか理解しているようだった。
(……まさか抜けられるとでも言うのか? ヴィクター化したカズキでさえ一度は破れた特性だぞ)
 喚きもせず怒りもせずただ微笑を続ける少女。斗貴子は底知れない物を感じた。
 リバースは、言う。話の続きを。戦士達の一斉攻撃の是非を。
「だって私めの武装錬金特性不明の筈よ? 光ちゃんから聞ける訳ないもの。離反見越して教えなかったし……」
「成程。何気ない挙措が命取りになる特性か」
「めぇ?」
 ヤギのような妙な声を上げるリバースに斗貴子は言う。フェイズは戦闘から尋問へと変わりつつあった。
「知られていないと確信できるのはつまり、私たちが貴様の特性を知っていれば絶対しないミスを……既に犯しているからだ。
『無意識のうちに特性の発動要件を満たしている』と。条件は単純なものだろう。何しろ私たちは駆けつけてから複雑な動作
はしていない。『飛びかかる』それ自体が致命的な行為でないコトは先ほどの根来の不意打ちで証明済。生還したからな」
「わお。名推理! でも単体の相手には発動しない特性ならどうかしら? 或いは想像通りカウンター的な能力で、だけど
1人でも多く向かわせたいから敢えて根来さんを見過ごして、飛びかかる呼び水を撒いているとしたら……一斉攻撃は危険
よねー?」
 いや。斗貴子はかぶりを振った。
「建物を見た。お前は直情型……力押しで戦うタイプだ。そういう奴はカウンターなどまずしない。感情の赴くまま相手を一方
的に殺せる先の先の特性を持つものだ。そして──…」
 剛太がきゅんきゅんきたのは次の瞬間である。
「お前の武装錬金が1度に殺せる相手は1人か2人! 発動要件も恐らくひどくシンプルだ! 仲間が殺された瞬間すぐカラ
クリに気付けるような単純極まりない特性! だからお前は攻勢に転じなかった! 根来だって見逃した! 1人2人殺した
所で特性に気付かれれば無効化され、後は数の有利に殲滅されるだけだと気付いている!」
(先輩頭良すぎる!)
 頭脳派を気取っている剛太でさえ内心拍手喝采を送った。
「さらに言うと……お前は誰に特性を発動させるか選べない。能動的なようで受動的な特性なんだ。見るとか何かマーキング
「するとかいった手段での捕捉じゃない。相手の、アトランダムな行動が引き金になっている」
 言葉を聞き終わると、リバースの手が閃いた。
『で、火渡さんはいつ来るの?』
 片足を跳ね上げたきり斗貴子は黙然とその文字を読んだ。そう……『読んだ』。養護施設の庭に突如として文字が現れた
のだ。
 たたん。

21 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:19:34.57 ID:hqGpkXI00.net
『おしゃべりしているのは援軍到着を待っているからよね? 情報を盗むまでもなくブラボーさんと火渡戦士長との関係は
分かってるわよ。あの人の性格なら、劇終了後ほどなくして貴方達をヘリにて回収。坂口大戦士長の救出作戦に従事させ
る……。つまり私めとの、能力が未知数の幹部との不意の遭遇戦を盤外からの一手で片付けようとしている。ブレイズオブ
グローリー。それなら私めたち幹部も必ず仕留められる……斗貴子さんはそう思っているのよねー?』
 笑顔が構えていたのは……銃。サブマシンガン・イングラムM10である。
(野郎! 武装錬金で先輩を──…)。庇うべく動く剛太だが斗貴子に制止されその場に留まる。
 彼は気付く。
(待て! 銃を撃っただと!? 裏返しを、二重拘束を受けた状態で?)
 外部への攻撃は総て遮断するシルバースキンリバース。その特性はヴィクター特有のエナジードレインにすら作用する。
にも関わらずリバースの銃撃は……許された。斗貴子の足元に弾痕を刻むコトを許された。

「……伝える…………からです」
「鐶!」
 やっと口を開いたニワトリ少女に注目が集まる。
「光ちゃん大丈夫?」。桜花の問いに頷く鐶。リバースの顔が揺れた。桜花を見たようだ。嫌な気配を秋水は感じた。
(……どうしていま姉さんを見た? まさか……)
 嫉妬、だろうか。裏返しのコトさえ知っているのだ、桜花が最近義姉を差し置きお姉さんぶっているのも当然気付いている
だろう……秋水はそう考えた。
(だとすると……彼女にとって姉さんは……)
 排すべき敵、憎むべき敵。そういう可能性も十分ありえた。

「お姉ちゃんにとって…………銃で文字を書くコトは…………攻撃ではなく…………会話と同じ…………なのです。だから
……二重拘束の特性さえ…………すり抜けた……のです……。噛み付くのではなく……喋るため……口を開いたと……
見なされた……ように」
「フ! フザけるな!! そんな理屈で──…」
 カチッ。硬い音に斗貴子は思わず出所を見た。インラインスタンスによく似た半身の構えでサブマシンガンを構えるリバース
の肘から先に六角形した無数の金属片が纏わりついている。密度が濃いのは引き金と銃口だ。稲光さえ撒き散り銃撃を
止めている。照準は斗貴子に合っていた。

「通常攻撃なら……この通り…………止められます…………。ですが……文字は……」
「そ!! 通っちゃうのよ! さすが光ちゃんね! 賢い!! いい子いい子!」
 また抱きついて頬ずりする。「ああもう本当に可愛い! 食べちゃいたい位!!」黄色い声を上げる彼女の息遣いが段々
と早く、そして妖しくなってきた。
「おい! 話を聞け! お前はいま尋問されているんだぞ!」
 ぺろっ。ぞぞっ。突然鐶の耳たぶを舐めた義姉に斗貴子たちはドン引きした。彼女はくぐもった声を上げながら舌をすぼめ
耳穴をほじりだした。美人姉妹の艶やかな姿態が繰り広げられたが、しかし鐶はまるでナメクジにでも侵入されたかのごとく
身を竦めた。その掌を姫君のような少女が恍惚とした顔で──フードで顔半分隠れているせいで、性犯罪者度がとみに高かっ
た──ゆっくりと持ち上げ……指を一本一本、丹念にしゃぶり始めた。
「ひかひちゃんかわひひ……あふぇほあひはふふ……」
 可愛い。汗の味がする。ひっきりなしに賛辞の声を上げながら四本指をイヌのように舐め上げ、時に爪を甘噛みするレティ
クルエレメンツ海王星の幹部。評価は、決定した。

(間違いない。こいつは──…)

(変態だ!!)

「あの私、光ちゃんと一緒のホテル行きたいので拘束解いて貰えますか?」
「できるか!! 色んな意味で!!」
「秋水が怒鳴った!?」
「……フ。昔そういう道に行きかけていたお前が言うなと」
「う、うるさいぞ総角! 姉さんとは何ともなかったんだ!」
(何ともなかったんだ)
 ちょっぴり赤くなる秋水と桜花に安心するやら呆れるやらの戦士一同。

 一方、秋水の怒声に心底ショボンと肩を落としたリバース。だが復活も早い。
「落ち込んじゃダメよ私! 光ちゃんの前なんだもの! カッコ悪いトコ見せられないわ!!」
「……悪の組織の幹部って時点で手遅れじゃなくて?」
 桜花のツッコミに彼女は微笑んだまま……ブイサインをした。
「ところで……」
(いやいまのブイサインは何!? 何の意味が!?)

22 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:20:53.09 ID:hqGpkXI00.net
 鐶は褒める。剛太を止めた斗貴子を。
『おしゃべりしているのは援軍到着を待っているからよね? 情報を盗むまでもなくブラボーさんと火渡戦士長との関係は
分かってるわよ。あの人の性格なら、劇終了後ほどなくして貴方達をヘリにて回収。坂口大戦士長の救出作戦に従事させ
る……。つまり私めとの、能力が未知数の幹部との不意の遭遇戦を盤外からの一手で片付けようとしている。ブレイズオブ
グローリー。それなら私めたち幹部も必ず仕留められる……斗貴子さんはそう思っているのよねー?』
 笑顔が構えていたのは……銃。サブマシンガン・イングラムM10である。
(野郎! 武装錬金で先輩を──…)。庇うべく動く剛太だが斗貴子に制止されその場に留まる。
 彼は気付く。
(待て! 銃を撃っただと!? 裏返しを、二重拘束を受けた状態で?)
 外部への攻撃は総て遮断するシルバースキンリバース。その特性はヴィクター特有のエナジードレインにすら作用する。
にも関わらずリバースの銃撃は……許された。斗貴子の足元に弾痕を刻むコトを許された。

「……伝える…………からです」
「鐶!」
 やっと口を開いたニワトリ少女に注目が集まる。
「光ちゃん大丈夫?」。桜花の問いに頷く鐶。リバースの顔が揺れた。桜花を見たようだ。嫌な気配を秋水は感じた。
(……どうしていま姉さんを見た? まさか……)
 嫉妬、だろうか。裏返しのコトさえ知っているのだ、桜花が最近義姉を差し置きお姉さんぶっているのも当然気付いている
だろう……秋水はそう考えた。
(だとすると……彼女にとって姉さんは……)
 排すべき敵、憎むべき敵。そういう可能性も十分ありえた。

「お姉ちゃんにとって…………銃で文字を書くコトは…………攻撃ではなく…………会話と同じ…………なのです。だから
……二重拘束の特性さえ…………すり抜けた……のです……。噛み付くのではなく……喋るため……口を開いたと……
見なされた……ように」
「フ! フザけるな!! そんな理屈で──…」
 カチッ。硬い音に斗貴子は思わず出所を見た。インラインスタンスによく似た半身の構えでサブマシンガンを構えるリバース
の肘から先に六角形した無数の金属片が纏わりついている。密度が濃いのは引き金と銃口だ。稲光さえ撒き散り銃撃を
止めている。照準は斗貴子に合っていた。

「通常攻撃なら……この通り…………止められます…………。ですが……文字は……」
「そ!! 通っちゃうのよ! さすが光ちゃんね! 賢い!! いい子いい子!」
 また抱きついて頬ずりする。「ああもう本当に可愛い! 食べちゃいたい位!!」黄色い声を上げる彼女の息遣いが段々
と早く、そして妖しくなってきた。
「おい! 話を聞け! お前はいま尋問されているんだぞ!」
 ぺろっ。ぞぞっ。突然鐶の耳たぶを舐めた義姉に斗貴子たちはドン引きした。彼女はくぐもった声を上げながら舌をすぼめ
耳穴をほじりだした。美人姉妹の艶やかな姿態が繰り広げられたが、しかし鐶はまるでナメクジにでも侵入されたかのごとく
身を竦めた。その掌を姫君のような少女が恍惚とした顔で──フードで顔半分隠れているせいで、性犯罪者度がとみに高かっ
た──ゆっくりと持ち上げ……指を一本一本、丹念にしゃぶり始めた。
「ひかひちゃんかわひひ……あふぇほあひはふふ……」
 可愛い。汗の味がする。ひっきりなしに賛辞の声を上げながら四本指をイヌのように舐め上げ、時に爪を甘噛みするレティ
クルエレメンツ海王星の幹部。評価は、決定した。

(間違いない。こいつは──…)

(変態だ!!)

「あの私、光ちゃんと一緒のホテル行きたいので拘束解いて貰えますか?」
「できるか!! 色んな意味で!!」
「秋水が怒鳴った!?」
「……フ。昔そういう道に行きかけていたお前が言うなと」
「う、うるさいぞ総角! 姉さんとは何ともなかったんだ!」
(何ともなかったんだ)
 ちょっぴり赤くなる秋水と桜花に安心するやら呆れるやらの戦士一同。

 一方、秋水の怒声に心底ショボンと肩を落としたリバース。だが復活も早い。
「落ち込んじゃダメよ私! 光ちゃんの前なんだもの! カッコ悪いトコ見せられないわ!!」
「……悪の組織の幹部って時点で手遅れじゃなくて?」
 桜花のツッコミに彼女は微笑んだまま……ブイサインをした。
「ところで……」

23 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:23:07.77 ID:hqGpkXI00.net
(いやいまのブイサインは何!? 何の意味が!?)
 鐶は褒める。剛太を止めた斗貴子を。
『私めと同じ名前の攻撃……裏返し(リバース)を突破した時点で銃撃に攻撃意思なしと見抜いた慧眼。さすが斗貴子さん
ね。共同体に属するものとしてウワサはかねがね聞いてるわ』
(……。あの鐶を屈服させ、戦士長との戦いであれだけの破壊を撒いた幹部だからもっと凶暴だと思っていたが…………
どうしてここまで笑っているんだ? 秋水ならとっくに気付いているだろうが、こいつの笑顔、桜花のような作り笑いじゃない。
幹部だというし、そもそも口しか見えていないが、まひろちゃんとピクニックしていても違和感がない……そういう笑顔だ)
 裏返しを喰らい、ハメられたコトをちっとも怒ってはいない。総角に頭を下げたり斗貴子を評価したり……。
(これまで見てきた共同体の幹部たちと毛色が違う。違いすぎる。何なんだコイツは)
 ずっと笑っているのが却って不気味だった。笑っているのに、かつて戦士を圧倒した鐶がずっと怯えきっている。そこが……
恐ろしい。
『銃、当てたりしないわよ。この薄汚れた地上に降り注いだ妖精界の雫……きゃっ! 間違えた! 光ちゃんと間違えちゃった!
あまりに可愛すぎて神秘的すぎるから私めってば妖精界の雫と間違えちゃった!! 恥ずかしーーー!!』
(うぜえ……)。剛太はゴミを見るような目で文字を読んだ。
『とにかく光ちゃんが可愛らしくキュンキュンするほど丁寧に説明してくれた通り、私めは基本『書いて』伝えるのよ。さっきま
で喋っていたのは総角さんへの礼儀よ。光ちゃんがお世話になっているんだもの。恥ずかしくても気が乗らなくてもちゃんと
口でお礼を言わなきゃダメでしょぉー? そこから何となく惰性で喋っていたけど、別に戦士さんたち相手に礼儀を尽くす必要
ないしこっちのが簡単だからこうやって喋るの』
 簡単と言うがサブマシンガンで文字を書くという芸当はどうだろう。しかも文字は印刷物のように整った字体だ。斗貴子は
気付く。総て自分に読める異常さを。リバースは数mの距離を挟んで相対しているのだ。つまり描く文字は彼女から見れば
上下逆……。相手に読ませるため、天地反転した文字を書いているのだ。
(そんな神がかった精密射撃を、サブマシンガンでだと……? 常軌を逸した腕前……その気になればコイツ、特性なしで
も私達全員迎撃できた……)
「私を斥候代わりにして正解だったな。迂闊に同時攻撃していれば重傷者多数……総崩れだ」
『ま、特性と違って形状は光ちゃんから聞いていたんでしょ? 調教するとき使ってたもの。私めの武器はサブマシンガン
……特性を聞くまでもなく一斉攻撃は危険よ。特性なしでも14人程度、迎え撃つなんてちっとも難しくないんだから』
 にも関わらず特性うんぬんに話をスライドさせたのは、ヒントを掴むためだろう。ただの銃以上の恐ろしさが何か……
判明しない限りシルバースキンを纏う防人でさえ斃されかねない……とも書いた。銃が。
(……コイツ。私の目論見を見抜いた上で話に乗ったのか)
 文字は量産される。戦士達の足元で土煙を立てながら。
『とにかく火渡戦士長との合流は急務よね? 何しろ斗貴子さんは最低でも幹部3人が来ていると……そう考えている』
「……」
『1人目は劇の最中、大道具さんを操っていた武装錬金の持ち主。さっき私めの特性を探っていたのは、対処を練る為で
もあるけれど、それ以上に劇を妨害したかどうか探りたかった……でしょ? で、私めの特性が複数向きでないと知るや
『いま銀成に居る幹部は最低でも3人』とアタリをつけた。あ、2人目……台本丸コピして相手の劇団に渡した存在とも違うっ
て判断したのは、私めが光ちゃんのお姉さんだからよね? 遭遇するリスクを犯してでも学校には来ない……そう考える
のは流れとして自然よ』
(怒り任せかと思いきや……彼女もかなり頭が回るな)
 防人は呻いた。
『まあ、実は学校に潜入してたけど。光ちゃん目当てで体育館覗いたけど』
「……コイツ妹バカだな」。剛太は呆れた。
『で、最低でもあと2人、幹部がどこかに潜んでいるかも知れない状況だから、『1人2人犠牲にしてでも私めに一斉攻撃』っ
てコトはできないのよねー。いまこの場所だけ見れば確かに1対14で圧倒的に有利だけど、幹部が来るたび1人あたりに
振り分けられる人数は目減りしちゃう。1対4が3つになる。光ちゃんは多分動けないし、実質2人で1体って人もいるから、
最良でも1対4が3つになっちゃう。コレは絶対有利と言えないわよねー? 私めに1人か2人殺されれば後の戦いは不利
になる』
「……」

24 :永遠の扉:2014/06/08(日) 02:26:41.17 ID:hqGpkXI00.net
『さっき『斃しさえすれば犠牲になる戦士は減る!』と言ったけど、斗貴子さん警戒してるでしょ? いざ一斉攻撃で仕留め
るっていう時、私があなたと同じように盤外からの一手を使うんじゃないか……って』
「…………」
『光ちゃんのお姉ちゃんだから、例の時間促進事件の時の光ちゃんよろしく、始末の悪い絡め手を使うんじゃないか、14
人の敵に包囲されてなお笑っていられるのは不気味で底知れないぞ、そもそも敵3人は下限であって最悪幹部全員が来て
いるかも知れない、実をいえば窮地に立たされているのは自分たちの方なのではないか……? そういうコトを考えている
から仕掛けられずにいるんでしょ?』
「…………」
『火渡戦士長さえくれば、幹部が何人でもまとめて葬れる目がある……だから色々おしゃべりして時間を稼いでいる。どれ
だけ援軍が来ても致命傷を避けつつ一ヶ所に纏めれば逆転できる。そう思って時間を、でしょ?』
 誰もが黙る中、リバース=イングラムはにこやかに口を開く。
「結局ね、戦う前から膠着状態だったのよみんな。私めが突然現れた段階で、一斉攻撃を選ぼうと、裏返しが当たろうと
当たるまいと、誰も彼もが私めを劇妨害と無縁な第三の幹部だと気付いている段階で後手なのよ。戦略的に後手なのよ。
人を守れる正しい心とやらで後先考えるから…………思い切れない。仮にここで4人犠牲にしても私めを斃しさえすれば
残る幹部が2人なら、それぞれ5人がかりで行けちゃうとか気楽に考えられない。私めが敵で幹部で強いから、そんな都
合のいいコトにはならない、何人か減った状態で幹部3人相手にするだろうと現実的に考えるから、せっかく今は1人の私
めを嬲り殺しのように始末できない。ダラダラだらだら、尋問という名のおしゃべりで有意義な時間を……潰しちゃった」

 たたん。土に文字。

『確かに火渡戦士長を待つのは最善手よ。仮に幹部の増援が来ても、一箇所に固めさえすれば一発逆転できる。個々の
能力で勝るかどうか不安なみんなとしては、あの人の火力はどうしても欲しい……でしょ?』

「だから尋問で時間を潰しつつ到着を待つのは無駄なようで理に叶ってはいる。決戦前だもの。大戦士長救出に振り分ける
戦力は無闇に減らしたくない……だから未知数の幹部に一斉攻撃という不用意なマネは避けた。それはまあ、正しいでしょう
ね。私めの武装錬金なら通常攻撃でも十分殺傷できる。指を何本か吹き飛ばすぐらい楽勝よ? 戦輪や日本刀といった手
持ち武器を使う人ならそれだけで戦力大幅減……。『幹部と戦うのは大戦士長を助けるとき』。そういう前提で特訓してきたみ
んなだからこそ、その直前にこの街に幹部が最低でも3人居るといった状況は想定外で……動けない」

『迂闊に動いて戦力を減らせばそこから土崩瓦解……全滅、ですもんねー』



「wwwwwwwwww そーいうこったぜwwwwwwwwwwwwwwww」
 ざらついた声。真先に振り向いたのは貴信である。続いて他の戦士と音楽隊の首が動く。
「ま、結果としては尋問も正解でしてよ」
 影が3つ、養護施設の門にいる。無銘は一瞬呆けたが……原初の記憶に弾かれるまま牙を剥く。
「もし全員でリバースさん殺そうとしていたら……この上なく反則なタッグ相手に全滅してましたよ」
 この美しい声は秋戸西菜……! やはり相手の劇団に幹部が……! 桜花が唸る。
「にひっ。そーゆうコトですねェ〜。光っちとの再会さえ許さないってんなら俺っち迷わず登場でしたよ」
 最後の声は養護施設の建物からだ。体ごと向き直った秋水は色を失くす。
「……思い出した! その独特な口調! あなたは演技の神様と呼ばれていた…………」
 斗貴子の記憶も蘇ったようだ。愕然たる面持ちで彼を見た。

 現れた連中は全員……フード姿だった。隠者が幽邃(ゆうすい)たる山奥から来たのではないかと思えるほど、薄汚れた
布を頭から引っかぶっていた。

「ここまで対策されると……笑うしかないわね」
 怜悧な美貌に珍しく引き攣った笑みを浮かべるのは千歳。リバースと同じくレーダーに記録不可能らしい。
「……近くに瞬間移動できれば虚をつけるんだが」
 防人も溜息をつく。

25 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/08(日) 02:27:49.57 ID:hqGpkXI00.net
「ディプレス=シンカヒア」。貴信は揺らめく瞳をしかし決意に染めて敵を見据える。
「グレイズィング=メディック」。無銘は忌まわしき出生に関わった仇の1人に頬を歪めつつ凄絶に微笑む。
「クライマックス=アーマード」。桜花は自己紹介を聞きながら静かに汗を流す。
「ブレイク=ハルベルド」。真名を告げられた秋水と斗貴子は複雑な表情だ。

「リバース=イングラム」。鐶は義姉を怯え混じりに見つめながら、それでも精一杯の意思を込め……呼ぶ。

「恐るべき事態です」。流石の小札も緊張の面持ちだ。

「劇を終えた不肖たちの前に現れたのはよりにもよって幹部が5人……。果たして……生き残れるのでしょうか」

(確か1人でも、総角と鐶のタッグでやっと互角……だったな)
 剛太も慄然とする。
(それが……5人かよ。総角と鐶が5人ずつ来たようなもんだぞ……)

 幕間の終わりが、今、始まる。

以上ここまで。
>>22全部と>>23の1行目は余分。

26 :ふら〜り:2014/06/08(日) 09:33:35.07 ID:4yLlGRfz0.net
>>1
スレ立て、おつ華麗さまです!

本っっ当に長かった「永遠の扉」もいよいよ決戦総力戦!
ここまで全部漫画化したら、どれぐらいの分量になるでしょうねえ……

>>スターダストさん
思いがけぬ小札のエロス。包帯とか背中とか、遠まわしな表現が絶妙ですなぁ。観客の紳士度も見事。
普段のキャラに合わず、縁の下で、裏方で頑張ったのにボロクソ言われる総角。面白いから良いけど。
そして、様式美溢れる一堂登場シーン。ここまでさんざん溜めて引っ張ってきただけに、燃えます!

27 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:33:37.01 ID:fw2Tl00u0.net
(幹部が……5人だと。どうする? 一斉攻撃で数を減らしたいところだが)
 いずれも能力は未知数……斗貴子はひとまず防人の前に立つ。重傷でしかもシルバースキンをリバースに使っている
無防備なアキレス腱の守護に回る。できるコトはそれだけだ。
 秋水たち戦士一同も同じ結論らしく幹部達の動向を見守っている。音楽隊の面々も同じくだ。貴信はディプレスを、無銘
はグレイズィングをただならぬ目つきで見据えている。
 
 中肉中背のフードの男は嘲笑を漏らす。
「よおwww 兄弟www 7年ぶりだなwwww 今でもデッドの野郎保護して救いたいと思ってるのかwwww」
「……。勿論だ。あのとき貴方達を止められなかった償い……どうすればいいかずっと『答え』を探してきた」
「ww 殊勝ねwww で、見つかったのかその『答え』とやらはwwwww」
 貴信は少し黙ってから「ああ」と頷いた。だがその表情は……重い。分かっているが実行を躊躇っている表情だ。

 ボロ布越しでも分かる妖艶なラインの持ち主がティーカップを優雅に啜る。
「釦押鵐目と幄瀬みくす……我の実の両親だと聞いた。貴様なら何か知っているだろう! 答えろグレイズィング!!」
「あらん? ボウヤが生まれたとき活躍してた戦士たちの名前どうして知ってるのかしらねん。戦団で調べられて?」
 無銘は一瞬黙った。黙ってから奥歯が割れんばかりに噛み締めた。
「答えろッ!!! グレイズィング=メディックウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
 疾駆する兵馬俑が銅の巻き髪の幹部に肉薄した。
(武装錬金!? ニンジャ小僧の精神力は特効で底をついたんじゃ……?)
(チワワにした因縁の相手だから……です。スパロボならよくあるコト…………です。イベントでSP全回復…………みたいな)

「貴様と!! イオイソゴのせいで!! 我は人の姿になれぬままおよそ10年過ごしたのだ!!」

「その屈辱……万分の一なりと! 知れえええええええええええええええええええええええ!!」

 剛太と鐶が瞠目するなか忍法赤不動、燃え盛る拳がグレイズィングに叩き込まれる。
「クス。そんながっつかなくてもいいのよボウヤ」
「なっ」
 無銘は見た。兵馬俑の拳を片手で受け止める自動人形と……その背後で悠然と紅茶を味わう幹部を。
「そうねん。10年前のあの日、確かにアナタは幄瀬みくすのお腹に中にいたわよん。そして彼女の配偶者はリヴ……釦押鵐目」
 答えたわよん、満足? 艶のある唇だけでニコリと笑うグレイズィングに無銘は激昂した。
「はぐらかすな! それがあのような体に我を押し込めた輩の答え方か!! 答えろ!! 両親なのか!!? 両名は我の
両親なのか!!」
 兵馬俑を中心に氷がピキピキと広がっていく。土中の水分を凝結させたと思しき氷が看護師姿の自動人形とその創造者の
足に昇っていく。
「答えろ!! 答えぬというならこのまま全身凍結させて粉々に砕くまで!! 復仇を成すのみだ!!」
「ふふ。実の両親……ねえ。義理の両親を前に熱く問うのは不貞じゃなくてん? 小札も総角も若干気落ちしてましてよ?」
「……黙れ」
「まあ自分を肯定するためだけ実の両親……という時代はとっくに終わってるようねん。ミッドナイトとの一件でボウヤは総角
たちと本当の両親になった、でしょん? ミッドナイトも最後にいい仕事したわねん」
「貴様が奴を語るな……! 救えなかった癖に……!!」
(ミッドナイト……? 誰なんだ? 無銘といったい何があったんだ?)
 秋水が不思議に思う間にも話は進む。
「実の両親を気にするのはせめて菩提を弔おうという……思いやり。いいわねん。ご立派。取り上げたワタクシも鼻が高いわん。
クス。本当、あの胚児に幼体を投与して良かったわん」
 品なく舌をべろりと出すグレイズィングに少年忍者の感情は爆発した。
「……殺す!!」
 氷の勢いが増した。蔦のようにビキビキとグレイズィングたちを覆い尽くし──…
 弾け飛んだ。足元の氷もまたチェスナットブラウンの土くれと共に四散する。
「! 馬鹿な! 薄氷が……!!」
 土煙の中から現れた全身フードは……無傷だった。再び驚愕する無銘に静かな声がかかる。
「言い忘れてましたど肉体的な攻撃力に限って言えばワタクシ、レティクル最強なんですの」
「なんだと……?」

28 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:34:07.58 ID:fw2Tl00u0.net
「回復役だからってひ弱だと思いまして? 逆よん。仲間たちの命を預かっているからこそ体力とみに高く腕っ節も強く、
防御力もまた中学生のそそり立つ硬度ほどある……。クス。ロープレの後ろの方で杖振ってる犯し甲斐と堕とし甲斐
ありそうな華奢なロリっ娘なんてのは幻想よん。医療施設覗いたコトなくて? 病人よりひ弱な医者や看護師いなくて
よ? 病原菌ウヨウヨいる空間で昼夜の区別なくフル可動するんですもん、女医たるワタクシがタフなのは当たり前」
 胸の前に手を当て語る彼女。敵ではあるが一種の医療に対する気高ささえ感じられた。
(つまりこやつは頑丈な上に完全回復能力をも有している……と?)
 斗貴子は呻く。
(総角の複製品を体感したから分かる。この幹部の武装錬金は『あらゆる傷を治す』たったそれだけの特性だ。単純かつ
攻撃力は皆無。だが……)
(体力。攻撃力。防御力。創造者の身体能力が極限まで高まっているとあれば脅威になる。防御一辺倒のシルバースキン
が戦士長の身体能力によって無敵と化しているように……変わるんだ。治癒力が絶望的な強さに)
(……戦部といい勝負だな)
 秋水、そして根来が思う中グレイズィングは紅茶を啜る。戦場にペパーミントの爽やかな匂いが立ちこめた。
「凍結ぐらいちょぉっと足に力込めれば物理的に砕けましてよ? そして……ボウヤの分身も」
 兵馬俑の腕もまだ砕け散る。衛生兵の自動人形に握られた拳から急激にヒビが広がり崩壊したのだ。
(力負けした……? 我の、人型になれぬ鬱屈と執念から生まれた兵馬俑が……?)
「あらあら。願望投影した割に大したコトありませんわね。期待したのにとんだ早漏ちゃんだコト」
「貴様……っ!!」
「それから両親の件ですけど、侮られたくなかったら行間読んで納得すべきじゃなくて? ボウヤ」
 クスクス笑う幹部に無銘はますますヒートアップしたが総角に肩を掴まれると黙った。
(唯一能力が割れているグレイズィング。けど身体能力がレティクルナンバー1という文言を信じるなら、一斉攻撃は下策
ね。一度で倒せる保証はない。その上たとえ重傷を負わせたとしても即座に回復される)
 とは千歳。付記すれば他の幹部も条件は同じだ。一撃で消滅させない限りたちどころに戦線へ戻る。死ねば終わる戦士
より遥かなアドバンテージを有している。
 しかしディプレスにしろグレイズィングにしろそれきり動かないのだ。リバースは拘束されているから仕方ないにせよ、残る
クライマックスとブレイクなる幹部二名もまた仕掛ける気配がない。
「なぜ……動かない?」
 斗貴子が問い掛けるとリバースを含むレティクルの面々は微笑を浮かべた。
「www 迂闊に武装錬金出してみなwww 可愛いコピーキャット……総角に複製されるだろうがwww」
「実際10年前ワタクシのハズオブラブもパクられましたもの。警戒は当然かと」
「そーそー。この上なく言われているんですよー。総角さん居る時は絶対武装錬金使うなって」
『交戦して血を流すだけでDNA経由で複製されちゃうもの。髪一本落とすのも危険。総角居る限り戦いはしませんのよ』
 言い分を聞いた斗貴子だが表情の疑念はいっそう強まる。信じていないようだ。
「……既に複製された衛生兵(ハズオブラブ)はともかく、リバースとかいう幹部が銃の武装錬金使っているのはいいのか?」
「ww ぐう正すぐるwwwww ま、特性使っていないし大丈夫だろwwww」
「そうねん。いま複製してもせいぜい『空気を弾丸にするため実質弾数無限のサブマシンガン』が精一杯」
「その程度なら私にだってこの上なく凌げますからねー。というかケンカした時凌ぎましたし。負けたのは特性のせいなのです」
(ならどうして彼らはここに現れた? ……待っているのか? 何かを?)
 秋水の疑問をしばし棚上げしたのは朗らかな声。

「光っちお久ー。そしてお師匠様。俺っちってば敵になっちまっしたけど、まあ宜しくお願いしますよ。へへっ」
「!! まさか輪どの!? 命野輪どの……?」

 斗貴子の顔が曇った。
「似てるとは思っていたが……知り合いなのか? 演技の神様……ブレイクとかいう幹部と」
「確か話術の弟子だ! 7年前、偶然遭遇したあとそう聞いた!! ただあの時はまだ顔に火傷が……。ん? と、なると!!」
「そ。まだ幹部じゃなかったすよー。グレイズィング女史とはまだ知り合いですらなかったすからねー」
 人当たりのいい笑顔を浮かべるブレイク。総角はヘルメスドライブの画面を見て溜息を突く。

29 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:35:29.88 ID:fw2Tl00u0.net
(……。やはり。登録外だ。火傷の治癒だけじゃない。顔も整形しているな。7年前逢って話を嫉妬交じりにしたから追尾可
能かと思ったが…………無理だ。フードを取り今の顔を見ない限り。そしてそれは……10年前武装錬金ともども顔を見た
グレイズィングと同じ。さすが医者というべきか。奴もまた整形しており追尾不能)
 ハブオブラブという衛生兵を複製された彼女はどうやら協力無比なレーダーの武装錬金をも入手される破滅の日を予期した
ようだ。10年前の決戦当時、戦団には内通者(軍捩一なる総合対策本部第三室長)が居た。千歳の武装錬金の情報は恐らく
彼から仕入れたのだろう。

(フ。武装錬金複製を警戒しているコトといい、旧知の相手というのはどうもやり辛いな。実際鐶の義姉が暴れた場所には血も
髪も落ちていなかった。サブマシンガンを特性コミで複製するのは不可能、か)

「しかしまさか小札氏のお弟子さんまでもが幹部に……!? 以前話した時そんな感じしなかったのに!!」
「……るさい」
 聞き逃してしまいそうな呟き。いや実際誰もが最初その言葉を認識できなかった。意識に上ったのは鐶の「おねえちゃん……」
なる絶望的な小さな叫びあらばこそだ。
 貴信は見た。ただでさえフードに影を落とされている白い肌を一層闇に染め、ユラユラと力なく歩いてくるリバースを。
「でかい声大きな声腹が立つ話に聞いていたけど本能的に腹が立つどうせ声の大きさ1つで友達とか沢山作っているんでしょ
ね青春を謳歌しているんでしょうね死ね死ねリア充死ね声が大きいだけで幸せになってる人なんて許せない許せない絶対絶対」
「あの!? 何を言ってるんですか貴方は!!?」
 フードと前髪の奥でギャンと片目が瞬いた。それは笑みに猛り狂うと形容すべき瞳だった。大地めがけ牙を突き立つ暗黒
色の三日月に浮かぶ紅玉は鳩の血をたっぷり吸ったようなおぞましき色合いだ。
(まさか!!)
 栴檀貴信は思い出す。かつての戦いの終局、もう1つの調整体の眠る場所で遭遇したムーンフェイスの言葉を。

──「鐶、だったね。君の姉も他の幹部連中も君らの中に自分の手で殺したい相手がいるとか」

(過去が過去なだけにてっきり鐶副長を殺したいのだと思っていたけど──…)
「前から前から殺したいと思ってたのあはははは」
(僕だったの!? 自分の手で殺したい人って!?)
(……だと……思っていました……)
 かつて貴信たちの過去を聞いた時、鐶は割れんばかりの大声にふと思ったのだ。

──この場にお姉ちゃんがいなくて良かった。
──いたらきっとキレて暴れていたに違いない。『大声で喋れる』 そんな者が大嫌いだから

「大きな声嫌い大きな声嫌い嫌いなの始末するの」
 抑揚のない笑い声を上げて拳を繰り出す彼女は言うまでもなくいまシルバースキンが奥の手、二重拘束(ダブルストレイト)
の支配下にある。外部への攻撃はエナジードレインすらシャットアウトする能力は当然ながら彼女の拳を押し留める。銀の
破片はまさしく血球と化した。拳なる人心擾乱の病原菌めがけ吹雪き、膠着し無数の線分を以て固定する。
(た!! 助かった!!
 汗だくになりながら胸を撫でる貴信。だが。
「伝えるってコトさえ許さないのお母さんに赤ちゃんの頃に首絞められたせいで大きな声が出せなくなった私に何もしていない
のにヒドい目に遭わされて辛い想い抱えて生きてきたかわいそうな私に伝えるコトさえ許さないの何よそれねえ何よそれどうせ
止めても止めるだけでしょいつもそうよ誰だってそうその場さえ丸く収まるならあとはお構いなし解決しようって意思もない癖に
臭いものにフタとばかりしゃりしゃりでて伝えるコトを邪魔するのよおかしいわよねおかしいわよふふふあはははあーっはっは!」
 纜(ともづな)が切られた。ヘキサゴンパネルでガチガチに固められた黒白斑の石像の全身が打ち震える。
(ぎゃあ!! やばい僕やばい僕ピンチ!!!)
 そして白魚のような指が10本、拘束服の襟元に潜り込む。
(まさか……!!)
(いやありえない!!)
(だがコイツやはり! ヴィクター化した武藤でさえ一度は負けた二重拘束を──…)
(自力で破ろうとしている!!!)

「あはは!」

 哄笑する少女の腕や肘がどんどん銀色に染まり動きの自由を奪っていく。だがそのたび少女の笑いは大きくなっていく。
明らかに気道のどこかに狭窄が認められる、感情が出尽くしているとはいい難き笑い。だからこそ楚々とした心地よさと
決して尽きぬひりつく泥濘を併せ持つ凄艶な狂笑。少女は胸を張り体を揺する。世界はけたたましく切り裂かれる。

30 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:36:55.32 ID:fw2Tl00u0.net
「あはははは!!」

 白い顎を跳ね上げるリバースの天空いっぱいを六角形が埋め尽くし蹂躙する。防人の根源的な闘争本能がそうさせた
のか。シルバースキンは明らかに過剰な反応を見せていた。ただ笑いながら拳を振りぬこうとする”だけ”の少女、スペック
だけいえばヴィクターIII武藤カズキに遠く及ばぬ筈の海王星の幹部めがけ大量のヘキサゴンパネルが降り注ぐ。量たるや
海豚海岸という天秤の右側を記憶ごと投石させるシーソーゲームの圧倒的覇者である。もはや先ほどサブマシンガンの芸
術的筆記に対する恩赦はない、どこにもない。遂にリバース=イングラムの全身が包まれ氷結する。残されたのは青みを
帯びた白銀のカマクラただ1つ。硬いチップはどこまでも稠密に塗り固められていた。古墳が如く厳重に埋葬していた。

「リバースさんがログアウトしました。この上なく」
「お馬鹿さんねん。裏返しはレティクル最強の腕力を持つワタクシでも破れるかどうか怪しい代物……」
「オイラの武装錬金ならいざ知らず、身体能力で破れる訳ねえだろwwwww」


 幹部達の冷ややかな声。どうやら彼らの予想通りの結果らしい。皮肉にも、敵の評価だからこそ戦士達は安堵する。

(流石に力づくでシルバースキンは破れない、か)
(特性だもの。いくら高出力でも無理ってコトよ)
(だが幹部1人と引き換えに戦士長が手薄になった)
 あとは彼を守りつつ他の幹部と──…

 斗貴子が言いかけた瞬間、重苦しい地響きが大地を揺るがした。
「……?」
 片眉を跳ね上げながらも警戒は崩さずディプレスたちを見据える斗貴子。
 彼女の背中を大量の汗が濡らしたのは、彼らが悪辣と慢心を笑みにくるめて佇んでいたから……ではない。
 総角と鐶のタッグでも勝てるかどうか怪しい……そう評された彼らが。
 彼らこそが。

 緊張に染まる顔に汗をまぶしていたからだ。「まさか」という誰とも分からぬ小さな声さえ斗貴子は聞いた。

 ギコジギャ!!

 巨大なチェーソーが時速100kmでモリブデン鋼の巨大な門扉に衝突したような不快な破砕と刃の擦れる音がした。
 斗貴子は、見た。
 冷たく輝くリバースのドームが内側から隆起しているのを。明らかに拳の形をとって盛り上がるのを。

「…………まさか」

 震える斗貴子の鼓膜は確かに捕らえた。
 小さな小さな笑い声を。

「あはははははっ」

「あーはっはっはっは!!!」

「あはははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 聞いているだけで気がおかしくなりそうなもつれ合いだった。

 笑い声が響くたび封印の墓標に拳が刻まれていく。耳を塞ぎたくなるひどい音の中戦士達はどうするコトもできず立ち尽く
していた。シルバースキンは戦団最硬。破れる者など限られている。よしんば破ったところでどうなろう。敵を封じ込めている
のだ。破るとは幇助なのだ。せっかく捕らえた存在をむざむざ逃がす利敵行為。創造者以外に許されるのは傍観で、故に、
「くっ!!」
 防人は手をかざす。ドームの表面が薄く剥け舞い散った。と見るのも一瞬のコト、網状に連なったヘキサゴンパネルたちが
ドームを縛り……圧縮を始める。一瞬鐶に向いた視線は同情を孕んでいたが、しかし彼女はひどく瞳を鬱蒼とさせたあと、
……頷く。幹部5人を相手にするという最悪の事態ゆえ私心を捨てて促した。リバース殺害を許諾した。
 ミリミリと狭まっていくドーム。むろん中の少女がどうなるか考えるまでも無い。

 だが。

31 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:37:50.28 ID:fw2Tl00u0.net
 腕が、突き出した。ドームの中からたおやかな腕が一本無造作に飛び出した。あくまでも細い腕は力なくぐわりと倒れ……
二重拘束の表面を掴む。爪が割れるのも構わずだった。真赤な先を指という筆で引きながら、確かにヘキサゴンパネル同
士の溝を掴んだリバースは、これまでで一番大きな笑いを上げた。

「うふふ。うふふふ……! あははははははっ!!!」

 破滅的な音がした。無数のヘキサゴンパネルの塊がごっそりと毟り取られ地面にめり込んだ。スクランブル。腕に再び
纏わりつくパネルたち。だが細い腕はぷるぷると震えながら下に伸び……捲くる。薄くなった装甲が内側から蹴り抜かれる
まで1秒と無かった。剥落するドーム。巨大な風穴。補填すべく縛るストレイトネット。そこにもう一本の腕が現れ……

「伝えたい伝えたい伝えたいもっともっと伝えたい」

 エキスパンダーのようにストレイトネットを強引に引き伸ばし……千切った。

「ウソぉ!?」
 と驚くのが戦士か音楽隊の誰かなら斗貴子もまだ平然としていられただろう。しかし敵の幹部だった。黒縁メガネの冴えない
アラサー……クライマックスが愕然とし、その両側のディプレスとグレイズィングもまたひどい動揺の気配を見せた。

(仲間さえ予想外なのか!? 一体どれほどの存在なんだ、このリバースという幹部は!?)

「伝える邪魔は壊すの伝えるために壊すの何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって」

 ギヌチッ! 終局的な音をシルバースキンリバースが奏でた。ドームのほぼ中央でスパークが走る。ヘキサゴンパネルの合わせ
目が無理くりな電離的解除をきたし離れ始め──…

「壊すの!!」

(マズい! 信じがたいコトだが──…)
(裏返しが破られる!!)

 圧倒的な破滅の音が辺りに響き。

 リバース=イングラムは怒涛の如く押し寄せるヘキサゴンパネルに飲み干され見えなくなった。
 あとはもう身動き1つできぬ無口少女。

「だめなのかよ!!」
「何がしたかったんだ!!」

 再びドームの中に閉じ込められた少女。一層はげしくなった拘束の前では抵抗できないと見え何の音も聞こえない。

 クライマックスは呻いた。
「そんなアジバ3じゃないんですからもうちょっと頑張りましょうよこの上なく」
 彼女は見た。足元に刻まれている文字を。どうやら同僚のダイイングメッセージらしい。

『(´;ω;`)』

「ちょっと可愛いなオイ!!」
「咄嗟に銃で書いたのね。お手上げって……」
 剛太に続き桜花も呆れた。
「鐶は破ったのだぞ裏返し!! 義姉ならもっとこう……粘れと!!!」
(いや無銘。簡単に破られたら創造者たる俺の立場がだな)
「……お姉ちゃんは…………可愛くて成績優秀、運動もできますが…………基本コミュ障で…………コミュ障すぎるあまり
…………身を持ち崩して…………悪の組織の幹部なんかになっちゃった…………だめだめさんなので…………こうなる
んじゃないかと……思ってました」
 鐶はどんよりとした眼差しで答えた。
「フ、フフン。一瞬冷や汗をかきましたけど所詮はただの身体能力。裏返しを破れる道理なんてありませんコトよ」
「……普通そういうセリフは私達が貴様らの攻撃を破り損ねた時いうものだろ。逆だぞソレ。何で味方が負けたのに得意気なんだ?」
 カタカタと震える手でカップをソーサラーに置くグレイズィングに斗貴子もツッコむ。
「まwwwwwww 別に捕まっても関係ねーけどなwwwwwwww」
 ディプレスが呟くと同時に裏返しが爆ぜた。粉々に砕け散り、リバースが現れた。

32 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:40:10.55 ID:fw2Tl00u0.net
「なっ」
「裏返しが今度こそ……」
「破られた……?」
 ヘキサゴンパネルが俄かに色彩を失くし地面めがけ落ちていく。拘束服の原型はもはやない。リバースに着せられていた
者さえジグソーパズルを投げ捨てたような気楽さで瓦解して砕けていく。あまりに呆気ない幕切れに防人はただ愕然とした。
(馬鹿な。操作不能だと……?)
 拘束服の残骸が光の粒となり消滅。防人の掌に核鉄が2つリターンバック。
(武装解除。発動時触れていた場所に戻った……か)

「一体何が起こったんですか……?」。震える毒島の傍に小札が立つ。
「分解能力です。ディプレスどのの武装錬金はあらゆる物を分解いたしまする」
「待て!! シルバースキンは戦団最硬!! 仮に破損しても瞬時に再生するんだぞ!? それをああも簡単に……だと!?」
 信じがたい、そんな様子で叫ぶ斗貴子に答えるのはクライマックス。
「裏返しですからね。防御力が内側に向いている状態ですから防御力は普段より何割か落ちていたのですよこの上なく」
「そwwww だから普通の状態のシルバースキン、分解できるかどうかオイラ全然わかんなーいwwwwwwwwwwwww」
 軽々しく笑うディプレスに秋水は一切謙遜を感じなかった。
(……恐らくこの男は確信している。真向戦って負けるわけが無いと)
 分解能力という最強の矛。シルバースキンなる最強の盾とどちらが勝るか……とはかつてレティクルのアジト付近で再殺
部隊の犬飼が漏らした思考実験的な課題だが、初戦はディプレスに軍配があがったようだ。
(裏返し状態では確かに対外的な防御力は減少するが……それでも並のホムンクルスなら20体がかりでも引き裂けない
のは検証済みだ)
 防人は冷や汗混じりにディプレスを見た。
(鍛えぬいた俺の眼力ですら影の瞬きを捕らえるのが精一杯だった。彼の手元から何か迸った次の瞬間にはもう裏返しが
破壊されていた……)
 単純な攻撃力ならば幾らでも防げると歴戦が証明してきたシルバースキン。だが『分解』なる特性は金属硬化も瞬間再生
も何もかも貫くようだった。その上さらに攻撃速度自体も速い。
(……もし彼と戦った場合、俺は果たして勝てるのか?)
 重ね当てという切り札を完成させるためここ数日心血を注いできた防人だ。『未完成なのは心因的な物が原因』と言った
のは今は幽閉中の照星の言だが、その辺りは秋水やまひろ、沙織と言った面々との交流で少しずつだが解決に向かって
いる。なればこそ千歳に必ず成功させると宣言したのだが……。防人の冷えた部分、7年前からこっち磨り減り続けている
『大人』の部分は告げるのだ。よしんば完成しても当てられる可能性は低い……と。拳を繰り出す。分解能力が防護服ごと
防人の腕を細かく砕く……分別ある大人ならば誰でも至れる結論に縛り付けられる。
 防人は首を振る。そういう常識に囚われたからこそ再殺騒ぎにおいて旗幟が不鮮明になり心中じみた結論で斗貴子たちを
苦しめてしまったのだ。
(思考を止めるな。戦士・カズキなら新たな選択肢を作り出す。俺はそれを見たはずだ)
 胸に蘇るのは穂先の感触。カズキが届けとばかりありったけの想いを込めて貫いたそこで渦巻く残り火は、冷えたはずの
防人の心にわずかだが熱をもたらしている。
(攻撃を防ぐだけがシルバースキンじゃない。そもそも俺は防御一辺倒のこの服を攻撃に使うため体を鍛えた。拳1つとって
も錬金術の産物さえ纏っていればホムンクルスを打破しうる)
 そう気付いたからこそ練磨に練磨を重ね超人じみた身体能力を手に入れた防人だ。剛太たちに披露した重力の使い方も
つまるところはシルバースキンを活かすためだ。防人はその柔軟性を以て、あらゆる物事総て我が武装錬金の支えとした。
「学んだ筈だ。赤銅島の地引網から。戦士・秋水にだって言った。ちょっとした着想で君の武装錬金も闘い方を変えるコト
ができる、と。シルバースキンだって例外じゃない。何か、何かあるはずだ。あの強力な分解能力を上回る……何かが)
 防人の掌の中で金属のこすれ合う高い音がした。何気なくそちらを見た彼は……気付く。
(…………。重ね当て。強力すぎる相手の力。一瞬で無効化された裏返し。発動時。……核鉄)
 あらゆる修練と失敗の光景が脳のある一点めがけ収束していくのを感じた。既に13もの技を開発している防人だからこそ
持ちうる経路。彼はシルバースキンの専属プロデューサーと言っても過言ではない。持ち味を活かす。そういうヴィジョンを
まず持ってから現実的な努力を塗り固めるのが防人の方針だ。
 そして今。現実の1つ1つが防人の中で見事に組みあがっていく。
(或いは命がけかも知れないが)

33 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:40:59.07 ID:fw2Tl00u0.net
 ダブル武装錬金を発動し……拳を握る。
(やってみる価値はある。恐らくコレが奴に勝てる唯一の手段)

『わーーーーーん! ブレイク君ブレイク君、光ちゃんの前でババーーン!! と裏返し攻略してお姉ちゃんの強さを見せ
付けたかったのに失敗だよう! 滅茶苦茶大失敗で合わせる顔がないよう!!』
「あー。よしよし可哀想な青っちですねぇ。でも大丈夫。失敗した青っちも可愛いって光っちもきっと思ってくれてますよ」
『ホント!? ホントかなあブレイク君! 光ちゃん私めのコト見捨てたりしないかな……』
「大丈夫」。答えるブレイクに抱きついたままリバースは面を上げた。フードを突き破っているアホ毛が毛の無い小型犬の
長いしっぽよろしくブンスカブンスカちぎれんばかりに振られた。

「あー。君たち。イチャつくのは後でしなさい。戦闘中だぞ。戦士・斗貴子なら容赦なく狙うしそれで死んだら色々後味が悪い」
 こほん。咳払いをする防人に「はーい」と素直に応じるブレイクとリバース。
「いや戦士長。何で敵に忠告するんですか。せっかく隙だらけでブチ撒けるチャンスだったのに……」
「まだ子供の光ちゃんのお姉さんだからよ。悲しむ顔見たくないからなるべく助けたいみたい」
「仏か! 養護施設の中見てきたけど結構な破壊痕だったぞ! 痛めつけられた筈なのに恩情をかけるとか……仏か!」
「へへ。ありがとうございます。ちなみに普段の青っちならああは甘えませんぜ。凛としたお姉さんぶるんですよ。10歳年上
の俺っちに」
「ば、馬鹿っ。今はその話関係ないでしょ!!」
 照れたように小突く真似をするリバース。えへらえへらと喜ぶブレイク。
(うぜえ……です。Hi−ERO粒子も出せねえ癖に……イチャつくな……です…………)
 相変わらず2人は離れているが、熱ぼったい様子で相手を時々ちらちら見ている。
 剛太がキレたのは、彼らがちょっぴりの含羞と共に軽く手を繋いだ瞬間だ。
「てめえら自重しろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ぶっ」。桜花は口を押さえた。余りに嫉妬丸出しな叫びで却って母性本能をくすぐるぐらい不憫だったからだ。実際彼は怒り
ながら泣いていた。頬を涙で濡らしていた。
「色々見てて痛いんだよバカップルどもが!!」
「そうですよ! この上なくそうですよ! イチャイチャいちゃいちゃしやがりやがってです!」
「……敵まで乗ってきた」
 秋水は呆れた。クライマックス……認識の上ではまだ秋戸西菜という相手の劇団の主宰者は「リバースさんってばリア充
死ねリア充死ねと言うくせに自分は結構な美人さんで頭良くて運動神経も良くて、そのうえ好きだったアイドルさんとお付き
合いしているとか何なのですかこの上なく! まぎれもなくリア充じゃないですかあ!」と捲くし立てた。
「先輩、俺なんかこの幹部と気が合うかも!」
「合うな! そいつは敵だぞ!!」
 という本人こそ意気投合の原因なのだが、そうとも知らぬ彼女は額に手を当て俯いた。

「というか何なんだこの敵の幹部どもは! 来たと思って身構えていればしょうもないコトを次から次へと!」
「そういや子猫ちゃんも7年ぶりwww元気だったかwwww デッドいまだにお前のトラウマ抱えてるぜwww」
「あんた誰さ? デッドって誰さ?」
「ええい挨拶はいい! 戦うか戦わないかいい加減ハッキリしろ! いつまでもグダグダ喋るな!!」
(なんか……音楽隊とノリが似てるよな)
(ええ。どれほど悪辣な連中かと思ってたけど、リバースさんといいどこか抜けてるような……)
 桜花と剛太はやがて幻想を知る。


「wwwwwww つってもよーー。パピヨンの方が片付かない限り俺らとしても動きようがねーんだわコレがwwww」


 軽い調子で放たれた答え。斗貴子の目に火が灯った。

「つまり……アイツが来なかったのも貴様たちの差し金か?」
「そ。劇の間アナタたちより一足早く幹部と戦っていましたのよ」
(姿を現さなかった謎が解けたな。しかし……彼を倒さないと身動きが取れない? どういう意味だ? 残る5人の幹部全員
が彼にかかりきりで……合流を待っている? いや違う。1人にそれだけの戦力を投入する方針なら、俺たちにも同じコトを
する筈だ。津村。戦士長。総角。鐶。俺たちの中でも上位に位置する者をパピヨン同様集団で倒す筈だ)
 秋水の推測は続く。
(つまりレティクルの目的は実力者の排除ではない? パピヨンが強いから始末しようとしているのではなく……別の目的で
狙った…………と?)
 鼓動。去来。跳ね上がる心臓から送り込まれる血液が脳髄を駆け廻り記憶を繋ぐ。
「もう1つの調整体」

34 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:41:31.62 ID:fw2Tl00u0.net
 小さな呟きに戦士たちから「え」という声が上がる。
「戦士長! 音楽隊と共に生徒の所へ!」
 叫びを上げる秋水。防人は完全には意図を掴んでいないようだが、音楽隊、そして根来と千歳に合流するよう促す。
(……)
 鐶は義姉の傍を駆け抜けた。振り返りたさそうに一瞬首を動かしたが、すぐ防人たちを……無銘を見据え走り去る。
 瞬間移動できる物は千歳や総角の傍に。そうでないものは巨鳥と化した鐶の背中に慌ただしく乗り込んだ。
「どういうコトだよ早坂?」
「もう1つの調整体! パピヨンを狙う理由がそれだとすれば刺客が持っているのは『強奪に適した武装錬金』! それが
ないと動けないと彼らは言う! つまり狙いは! ここに来て攻撃もせず立っている理由は……!!」
「『マレフィックアースの器』!! 劇の最中武装錬金を発動した生徒の誰かか!!」

 ブレイクは笑う。
「にひっ。祝勝会もそこそこに安全な場所に移されたのはお見事ですねーー。千歳さんの武装錬金で瞬間移動した生徒さ
ん9名。ヴィクトリアっちの避難壕……地下経由の光っちの高速機動で運搬された生徒さん13名。全員すでに聖サンジェ
ルマン病院地下50階に隔離され……厳重な保護下に今はある」
(……何故知っている? 確かに地下壕は使った。武装錬金を発動しなかった生徒たちの移動も含めて)
「同じ医療関係者として敬意を以て把握してますけど、性……もとい聖サンジェルマン病院に詰めているお医者さんたちは
前述のとおり医療関係者ゆえ屈強な方揃い。院長と事務局長とナース長の戦闘力はいずれも戦士長クラス、戦部には及
びませんが20位以上の記録保持者(レコードホルダー)だって7名はいる。有事の際は研究用の核鉄6個を定められた戦
士に貸与し核鉄持ち以外が補佐するシステムだって整備されている……。クス。地下深くかつ回復特化という地理的用件ゆ
えに幹部全員で責めてもオトすのはちょおっとばかり難しいわねん。だからアソコに生徒たちを避難させたのは正解よ」
(だが……略奪に適した武装錬金があるとしたら。例えば『目的とする物体付近へ一瞬で手を伸ばせる』千歳さんのような
瞬間移動系統の能力があるとすれば)
(地下にいる優位性は崩れる! その道すがら詰めている戦士たちの意味も!)
「わざわざココに残っていたのは養護施設をこの上なく守るためですよね? 生徒がいないと知った私たち幹部が腹いせ
に子供たちを殺すのを防ぐため……。単に生徒さん達だけ守るなら、地の利この上なくバリバリな聖サンジェルマン病院
に陣取れば良かったんですけどー、演劇の舞台となったこの場所を見捨てるコトはどうしてもできなかった、ですよね?」
「そして急ぐ理由はwww オイラたちの態勢が整っていないと踏んだからwww 仲間が、パピヨンからもう1つの調整体を
奪っていない今ならまだ生徒守れるってwww 思ったからwwww 急行している訳だけどwwwww」
 くすくす笑うディプレスはありったけの濁りを込めて嘲った。
「こっちが手の内バラすってコトはもう手遅れなんだよバーーーカwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
 言葉を補うよう、紙鉄砲を閃かせたような軽い炸裂音が響いた。最初1つだったそれは2つになり4つになり徐々にだが
確実に増えていく。
「爆発音……?」
「破滅的な感じじゃねえ。爆竹がどこかで炸裂している程度の小さな音……」
 戦士たちの顔から血の気が引いたのは、その量だ。
「やまないぞ。そして多い」
「街のそこかしこで鳴っているような……」
 建物が破砕されるような音は一切ない。ただ乾いた音が、普段なら誰かがふざけて爆竹を使ったのだろう程度にしか思
えない脆弱な響きがどんどんと増えていく。異様だった。桜花から放たれた御前は空高くで見る。『一切壊されていない街並
み』を。破壊がないからこそ不気味だった。しかも爆発音は徐々にだが確実に聖サンジェルマン病院方向へと発信源を変え
てゆく……。危機が迫っているのは明らかだった。生徒たちに牙が届きつつあるのは確かだった。


 街のどこかで声がした。

「ムーンライトインセクト。論理上は射程無限の媒介狙撃。こいつなら病院におるアース候補攫うのも訳ないで」


(正体は不明だが、パピヨンに振り分けられていた武装錬金が動いたというコトは……)
(負けたのパピヨン? まさか。あのパピヨンが……武藤クン以外の相手に…………?)

35 :永遠の扉:2014/06/09(月) 23:42:02.50 ID:fw2Tl00u0.net
 一時的にとはいえ同盟を結んでいた桜花ゆえに血色は褪せる。考えられないコトだった。傲岸不遜ゆえにどれほど追いこ
まれようと首の皮一枚で勝利を掴み取る執念の持ち主が……バタフライや戦部、ムーンフェイスといった強豪を降し続けて
きた彼が。
武藤クン以外の相手に……負けた? ウソよ。有り得ない。ヴィクトリアさんと共謀している以上察しがつくわ。『もう1つの
調整体』はきっと白い核鉄の基盤(ベース)になってる。武藤クンに捧げるための大事な代物をむざむざ奪われるなんて、
絶対におかしい! あの性格だもの。命がけで守る筈!)
 カズキを救いたいという思いを一度とはいえ共有した相手なのだ。執念の底にある敬意だって見てきた。そんな彼が、
相通じる者を畏敬と共に覚えているパピヨンが敗亡する様を桜花は見たくない。勝って退けたから敵の能力が別口(病院)
に向いた……そう信じたかった。

 千歳が瞬間移動し鐶もまた飛び立つ。
 秋水。桜花。斗貴子。剛太。毒島。彼らは目を交わし……頷き合う。
(幹部たちを足止めするぞ)
(ブラボーさんたちへの追撃を防ぐのね)
(実力差こそあるが数の上では互角)
(……で、隙を見て離脱って訳ですね)
(特訓の成果があるとはいえ無理は禁物です)
 各々の武装錬金を臨戦態勢にシフトする戦士たちにリバースはニコリと笑った。
『そう来ると思ってたわよ。でもさせない。マレフィックアースの器確保は急務だもの』
 徐に取り出した何かのスイッチを彼女が押した瞬間、先ほどの爆発音など比較ならぬ圧倒的な轟音が戦士たちの鼓膜を
つんざいた。
「!!」
 秋水たちは見る。火を吹く養護施設を。来客用のスペースも子供たちの居住空間も事務室も……演劇発表の会場も、
何もかもが紅蓮の炎を吐きだす巨獣と化して呻いているのをむざむざと見せつけられた。
「wwwwwwwww 何のためにリバースが養護施設に潜り込んでいたと思うんだよwwwwww」
「爆発物を仕込んでおきましたのよ」
 得意気に笑う幹部2人に秋水は激高した。高校時代の総ての結実……部員や、まひろと共に過ごしたかけがえのない
場所の惨状を見ては怒声も上がろうというものだ。
「馬鹿な! 生徒たちの所在はもう掴んでいるのだろう!? 今さら腹いせに壊す理由が……!」
 人好きのするエビス顔が──もっとも今はフードに隠されているので、それを斗貴子が見たのはかつて師事した記憶の
もたらす幻影だ──揉み手をした。
「にひっ。別に腹いせじゃありませんよ」
「何……?」
「ただこーやって爆破したら、ブラボーさんたち……救助する他ねーですよねえ? 何しろ身寄りなく慎ましく暮らす子供
たちや彼らを懸命に支える職員さんたちが中に居るんですから。あと秋水っちたちの劇に感動して資金援助を申し出て
下さってる観客さんも何人か事務室で話してるようでしたよ?」
 演技の神様の声はどこまでもにこやかだった。
「まだ生きている……或いは重傷ですが総角さんのハズオブラブを使えば救命可能な人たちがまだあの中に居るっての
に、生徒さんたち守るためだけ聖サンジェルマン病院に急行するのは……できませんよねえ? 戦士……そして人外な
がらも心正しく生きてこられたお師匠さんたち音楽隊の『枠』は……決して見捨てられませんよ。助けに戻る他ない」
(確かに養護施設に点在する人間総て助けるには相当の人員が居る)
(人命を優先すれば幹部に振り分けられる戦力は激減)
(そう踏んだから爆破……。私がいうのも何だけど……最悪ね)
 桜花が嫌悪を催す中──…
 爆発音を聞きつけたようだ。音楽隊と防人搭載の鐶が舞い戻り、養護施設に突入した。千歳も恐らく合流するだろう。
(……無関係な人間を巻き込んでおいて何故笑える! 貴様は母上の弟子ではないのかっ!?)
 鐶の上で根来直伝の火消し独楽をそこかしこに撒く無銘はブレイクを睨む。睨まれた方は涼しげに微笑した。
(さっすが無銘っちすね〜〜〜。そーいう心正しいところ、気に入ってますよ。へへ)
「ぬぇぬぇぬぇ〜。簡単には救助させませんよこの上なく! メンツ的に早期解決間違いなしですからね!」
 鐶を追ってクライマックスが炎に飛び込む。
「徹底的にこの上なく足を引っ張ります! すぐ全員救助されて聖サンジェルマン病院へ向かわれないよう邪魔するのです!」
「幹部が!! クソ!!」
 駆けだす斗貴子たちの前に幹部4人が立ちふさがる。
「クス。総角が万能ゆえ火事場に行くのも予測済み」
「これで俺っちたちも心おきなく武装錬金使えるってもんでさ」

36 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/09(月) 23:43:47.67 ID:fw2Tl00u0.net
 悪辣な言葉。燃え盛る養護施設。戦士たちの感情は、もはや破裂寸前だ。
「どけ!! 身勝手な理由で人々の暮らす場所を……日常を踏みにじりさせはしない!!!」
「www おーおwww 正義のヒーローぽくてカッコいいじゃないのwww まwwこーなったのリバース相手にグダったせいだけどなw」
「貴様……」
 斗貴子はディプレスと相対した。
「毒島さんは養護施設へ。気体操作は消火向きよ」
『なるー。いい判断ねそれ。じゃあ私めは『色々伝えたいコトもあるし』、桜花さんの相手……しちゃうねー』
(……弓対銃。射撃対決ですら分が悪そうね。護身術も特訓したけど……ブラボーさん相手に見せた格闘には無力……)
 桜花はリバースを見て冷や汗を流す。
「姉さん! そいつは色々危険すぎる! 相手なら俺が──…」
「っと。青っちに刀振りかざすってぇ暴挙……ちぃっとばかし見過ごせませんねえこりゃ」
「……。演技の恩義はある。しかし悪いが……そこをどけ!」
 秋水の日本刀とブレイクのハルバードが互いめがけ殺到し……
「完全防御のブラボー。瞬間移動可能な千歳さんに亜空間使いの根来。そして炎程度じゃ死なない音楽隊」
「救助にはピッタリの面子ですわね。ま、だからこそ養護施設に火を付けたんですケド」
「ったく。なんで俺が最強っぽい奴と……。重力通じんの? コレって」
 剛太はグレイズィングをため息交じりに眺めた。

 かくて戦局は動く。

【養護施設救出組】

 防人衛。
 楯山千歳。
 根来忍。
 毒島華花。
 総角主税。
 小札零。
 鳩尾無銘。
 鐶光。
 栴檀貴信。
 栴檀香美。


【対幹部組】

 早坂秋水。
 早坂桜花。
 津村斗貴子。
 中村剛太。


 そしてどこかで闇が蠢く。


「ひひっ。概ね予定通りに動いておるわい。後はうぃる坊とわしがどこで動くか、じゃの」


以上ここまで。

37 :ふら〜り:2014/06/10(火) 21:44:09.78 ID:lFkGQQ8R0.net
>>スターダストさん
我が人生最古の記憶としては、ウォーズマンたち5人vsバッファたち5人ですが。こういう、
同時団体戦は燃えますっっ! 戦力分断の手段・手際も実に悪役らしく見事でしたし、そこから
流れるようにこの展開! いろんなアニメ・特撮の、そういうBGMが脳内で響いてますっっ!

38 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:40:32.37 ID:FvT/12T+0.net
 養護施設南部。演劇が発表された大部屋。

 念のため観客を探しに来た防人たち再殺部隊と総角率いる音楽隊は40体近い自動人形の襲撃を受けていた。

「ぬぇーっぬぇぬぇ!! 燃え盛る養護施設に残された人たちの救出、この上なく妨害しますよ!!」
 紅蓮の炎と40体からなる人形の向こうで腰に手を当て笑う冴えないアラサー・クライマックスを26の瞳がチラリと見て
すぐに流した。
「フム。ここには要救助者はいないようだ。なら手筈どおり毒島は気体調合で鎮火。千歳と根来は亜空間から要救助者の
捜索。必要に応じて瞬間移動や引き込みを行え。俺は音楽隊と同じく、施設内部を捜索する」
「いや!! 聞いてくださいよ!! てか構ってくださいよぉー!! 自動人形がこんなにいっぱい居るんですよこの上なく!」
「フ。出でよ月牙の武装錬金・サテライト30」
 24体の総角が自動人形の針路上に立ちふさがった。
「10年前はいなかった幹部……か。フ。誰の後釜だ。ミッドナイトかLiSTか……」
「あー、LiSTさんって人の後釜らしいですよこの上なく。私冥王星ですから」
 のほほんと応じたクライマックスだが、総角以外の面々が炎の中を駆け抜けていくのを見て「うぎゃあー!」頭を抱えた。
「ほ、ほとんど全員にこの上なく逃げられました!! これじゃ追撃買って出た面子が……!!」
「フ。面子ならお互い様だ。元は月の幹部……レティクルナンバー2だった俺が末席の足止めとはな。ま、養護施設の者
どもを助けるにはこれが最善手……だろうが」
 剣閃が瞬いた。四分五裂した自動人形が炎の中で膝をつき消滅する。
「んが!? 40体いた私のしもべがこの上なく一瞬d……ガフ!!」
 左胸(章印のある場所)を刀で貫かれたクライマックスのフードがブレて一瞬無機質な人形を露にし……消えた。
「フ。やはり囮の人形か。創造者に化けられるフォームがあるとなると……他にも」


 養護施設東部。無銘・鐶組

「パワーフォームですこの上なく!!!」
 壁や床を殴りぬきながら迫ってくる自動人形の群れに2人は溜息をついた。
「斃せない相手ではないが、無尽蔵、か」
 忍法天地返しで無力化した人形6体を鐶のダチョウの足で蹴り抜いた瞬間、増援が来た。
「スパロボなら稼ぎどころですけど……現実だと…………鬱陶しいだけ…………です」
 適当にあしらいながら要救助者を求め駆け抜ける。

 養護施設西部。小札・貴信・香美組

「スピードフォームですこの上なく!!!」
 風が巻き起こり炎を揺らす。
『あまり構いたくは無いが!! 周囲を飛ばれると捜索がし辛い!!』
「こいつらあたしが引き受けるからあやちゃん皆さがすじゃん!!」
「はい!!」
 オノケンタウロス状態の小札が子供を乗せて駆けていく。

 養護施設北部。防人。

「テクニカルフォーム!!」
「ガンフォーム!!」
「ン?」
 カンフーを繰り出す自動人形を無造作に掴んで投げる防人。直撃を受けた銃使いの人形が爆裂したが些細な問題だ。
「心眼・ブラボーアイ!!」
 指輪を目に当てた防人は燃え盛る廊下で右顧左眄していたが、とある部屋に目を留めると千歳に電話をかけた。
「そうだ。毒島だ。救助者を見つけたがドアが閉まっていてな。バックドラフトが怖いから連れてきてくれ。酸素濃度を下げて
からドアを開く。ん? ああ、もちろん音楽隊の面々にも伝えてある。ところで火渡は……まだか。居れば助かるんだが」

 毒島の手助けにより無事ドア開放。内部の炎も完全に鎮火した。

「ひとまず職員8名確保」
「一酸化炭素……消滅させました。バックドラフトの危険ありません」
 震える大人たちに「もう大丈夫だ。施設を少々壊すが許して欲しい」。そう告げて彼らと壁の間で息を吸う。

39 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:44:17.20 ID:FvT/12T+0.net
「粉砕・ブラボラッシュ!!」

 地響きすら伴う衝撃の中、火災現場から外界に繋がる風穴が開いた。

「どこの誰だか存じませんがありがとうございます」
 外。深々と頭を下げる職員へ挨拶もそこそこに防人は告げる。
「入居者と今日出勤している職員、それから外来者のリスト。場所を教えてくれ。燃えないうち取りに戻る」
「点呼に使うんですね……しかし、炎の中に戻って大丈夫なんですか?」
「問題ない! この服は特注! 火災なんかへっちゃらだ!!」
 胸を張る。ここで総角が合流したので鐶の元へ瞬間移動するよう指示。方向音痴の彼女は捜索よりむしろ一箇所に留まり
避難者たちを護衛──またレティクルが狙わないとも限らない──する方がいいと判断したのだ。
 鐶が到着するころにはもう防人は事務室から一通りの名簿を回収。
 職員の何人かが非常用にと持ち歩いていたそれと照会し最新版であるコトを確認すると、残りの要救助者の数を捜索中
の面々に一斉送信。リアルタイムの情報共有体制を立ち上げる旨も伝え捜索再開。さらに職員から安否不明の同僚に電
話したいという申し出があったのでこれを採用。不明職員の7割の所在が加速度的に明らかになった。電話に出られるも
のは場所を伝え、重度の火傷などで出られない者も電話の音を頼りに香美・無銘といった耳の良いものが探し当てる。
(総角がいてくれて助かったな……)
 ハズオブラブ。衛生兵の武装錬金の持ち主はヘルメスドライブをも有していた。つまりケータイで重傷者の存在を知らさ
れれば如何なる難路の置くであろうと直ちに駆けつけ治療ができる。軽傷者は貴信や小札の回復能力で肩を借りて歩ける
程度には回復する。
 自動人形が闊歩する建物の中で根来と千歳のタッグは驚くほど多くの人命を救った。他の面々が一種の陽動的役割を
担うため、元々捕捉されづらい特性の持ち主達はいよいよ影の中ひそかに立ち回る。
 毒島もまた役割を果たした。炎を鎮め、自動人形たちを液化窒素で足止めし、自らも要救助者を抱えて飛びまわる。


「ぐぬぬぬ……。10分と立たない間に養護施設の8割が鎮火。中にいた人たちも7割近くが救助されうち9割がすでに完全
回復…………演劇といいこの上なくスペック高すぎですみなさん……」
 クライマックスの妨害さえなければ8分で火災が収まり全員救助されただろう。
「自動人形斃さない方針が……逆に厄介なのです。どうも千歳さんと総角さんってば密かに全部モニターしてるようです……。
子供襲ったり、ケータイの音頼りに居場所突き止めたりすると、途端にこの上なくどちらかやってきてかっ攫います……」
 なら新たな自動人形を出せばいいようなものだが、狭い建物だ、増やしすぎると身動きできなくなる。
「羸砲さんの力は……。あー、やっぱりダメです。使えるようになるまでまだこの上なく少しかかりそうです。やる夫さんたちが
乱入した時なにか小細工されたようで、解除しようとしてるんですがなかなか……」
 屋根の上で盛大な溜息をつくクライマックスの耳めがけ四方八方から鬨の声が飛び込んだ。
「……仕方ありません。庭で戦ってるディプレスさんたちにこの上なく加勢しましょう。タイミング……見計らって」


 少し時間は巻き戻る。


 早坂秋水はブレイク=ハルベルドと。

 早坂桜花はリバース=イングラムと。

 津村斗貴子はディプレス=シンカヒアと。

 中村剛太はグレイズィング=メディックと。

 戦い始めたその頃に。


(自動人形を引っ込めている今がチャンス! まずは回復役を引き剥がす!! それだけでも斗貴子先輩有利になる筈!)
 最初に動いたのは剛太。踵から土砂を巻き上げた彼の姿はもうグレイズィングの直前だ。
「モーターギア! スカイウォーカーモード!!」
 細長い足が鞭のようにしなる。所詮は人間の膂力……妖艶だが明らかな嘲笑と共に右ガードを上げたグレイズィングの
体がわずかだが浮き上がった。
「!!」
(うまい。ガードごと相手を持ち上げた!)
(早速特訓の成果が出たな。重力。突撃からの蹴撃……幹部に通用するほど磨き抜いたというコトか)

40 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:44:42.75 ID:FvT/12T+0.net
 上段回し蹴りを貫徹し旋回する剛太の左踵から右拳へと戦輪が転がる。相手に背を向けた時にはもうほとんど屈み込ん
た剛太の右踵のモーターギアが爆発的に加速したのはアキレス腱の弾性が上方めがけ解放される瞬間だ。バネのように
伸び上がる剛太の体を一層勢いづけるように繰り出された右アッパーはクロスガードに受け止められてなお敵を屋根より
高く打ち上げた。
「www やるじゃないのwww ボディコントロール良好のグレイズィングさん吹っ飛ばすたぁwwwww」
 口笛が鳴り響く中、新米戦士は武器を一輪放り投げそちらめがけ跳躍した。水平に回転する戦輪が足裏に密着したきり
ピトリと静止する歯車とかみ合って剛太をグルリとスイングさせ……吹っ飛ばす。
(空中で加速した!)
 桜花が目を剥く中、矢のように突貫した剛太の飛び蹴りは回復役を屋根向こうへ弾き飛ばした。


(クス。食べ甲斐ありそうな可愛いボウヤですもの。最初ぐらいリードをとらせてあげるべき……)


 瓦の上を水平に飛んでたなびくフード。そこから覗く唇はひどく赤い。


 空気を裂く鋭利な衝撃同士が無限にぶつかり合い消えていく。消えては再発し再発しては消え波濤の如く繰り返す。

 御前は少し心が折れかけていた。
(チクショー!! 特訓で速射性能上げまくったのに!!)
 本人は恥ずかしくていえないが、毎秒7発、まさしく「矢継ぎ早」に打ちまくっている。にもかかわらず悉く空気の弾に撃墜
され地に落ちる。
『どんまいどんまい。アーチェリーで毎分1200発撃てるサブマシンガンに対抗できるってスゴいコトよ? 一応桜花さんも
回復役だしなるべくさっさと重傷負わそうかなーって結構本気で撃ってるのに倒れないんだもの。すごいすごい。わーい』
「……本気、ねぇ。私の足元に文字書きながらよく言うわ」
 桜花は溜息をつく。その間にもボウ・ストリングスが打ち震える。右腕に陣取った御前が指──射る時に出る──から
出る矢をひっきりなしに撃ち込んでいるのだ。
『ねーねー。ふと思ったけどその射撃って桜花さんいらなくない? 御前ちゃんの両手さ弓矢にしてもっと射撃特化にした方
が効率よくない? 実質ボーっと突っ立ってるだけよね桜花さん』
「痛いトコ突くわね」
 苦笑するほか無い。ピッチを上げていよいよ毎分500発の大台に乗ったというのに見えざる弾丸に総て撃墜されている
のも含めて。
(いちおう照準定めているし、私じゃなきゃここまで大きな弓矢使えない訳だけど……それはともかく長引けば不利ね。御前
様の矢って私の精神が具現化した物なのよ。向こうの弾丸は空気。取り込むのに幾ばくかの精神力を使っているでしょうけ
ど「空気を銃口に送る」と「矢を作り出す」じゃどっちが負担多いか考えるまでもない)
 桜花は聡明である。自らの非力をよく心得ている。
(嘆いても仕方ないわね。勝ち目が無くても幹部を1人ひきつけているのは全体から見ればアドバンテージよ。津村さんた
ちが一対一で戦えてるもの。幹部1人がブラボーさんたちを追って行ったようだけどむしろあの程度で済んだとみるべき。
私達が幹部4人をひきつけておけばそれだけ養護施設の人達が助かる可能性が出てくる。救出組の聖サンジェルマン
病院急行も早くなる)
 つまり桜花の命題は「勝つコト」ではなく「生き延びるコト」だ。リバースでも誰でもいい。幹部を1人引き付けておきさえす
れば他の戦士や音楽隊が動きやすくなる。
(火渡戦士長も必ず来る。それまで現状維持よ。勝てないなら勝てないなりにこれ以上の戦況悪化を食い止めるだけ)
 ばちん。矢がリバースのアホ毛に弾かれ……頬を掠めた。
「……動くんだそれ」
「…………」
 無言の笑顔がブイサインをした。



「オイオイオイオイwwwww何だよ随分トロくせえじゃねえかよ津村斗貴子wwwwwwwwwさっきから近づきもしねーwwwwww
土だの缶だの落ちてるもんブツけてくるだけwww 何www鐶ブっ倒した高速機動戦闘にwwww自信ないの?wwwwwwwww」
「接触を避けているからだ。話に聞く『分解』……先ほど裏返しさえ無効化した貴様の能力。迂闊に懐へ飛び込むのは危険
だからな」
 処刑鎌に巻き上げられた石ころがディプレスに吸い込まれ……弾かれた。
「なるww オイラがw防御ないし迎撃目的で出すの待っているとwww 観察して弱点見つけて一撃必殺狙ってるとww」
 斗貴子の戦略も桜花と概ね一致していた。

41 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:45:21.84 ID:FvT/12T+0.net
(シルバースキンさえ破る武装錬金……。野放しにすれば一瞬で2〜3人殺されるコトもありうる。できれば斃したいが私
が無茶をすればここの戦線が一気に崩れる。釘付けにしつつ……できれば能力を暴きたい)
 一見完全無敵の分解能力だが、武装錬金である以上、必ず何がしかの弱点がある筈だ。冷然とそれを探る斗貴子の
耳に陰鬱な笑い声が刺さる。笑っていて、大きいのに、聞くだけで気分の滅入るザラつきが……刺さる。
「それともアレかwwwww 好きな男が月に消えちまったから殺る気でねーのかwwwwwwwwwww」
 思考が怒りに塗り固められる瞬間の冷ややかな硬直が斗貴子を支配した。
「ああ憂鬱wwwwwそんなに恋しいならとっとと月に行って取り返しゃいいじゃねーかwwwwそれもせず白い核鉄も作ろうと
しない癖にwwwwwイラつくばかりww周りに当たり散らして泣くばかりwwwwwwwww」
 ああ。コイツは煽り立てているのだな。乾いた笑いを禁じえない。

「まったく憂鬱だよなあwwwwwwww武藤カズキは総てを捨てて今も必死にヴィクターと戦ってるかも知れねーのにwwwww」

「残されたてめェは何だよwwwwww アイツの得になるコト一つでもやれてんのか?wwww ああ?wwwwwwwwww」

 風の唸りの根元で甲高い切断音がした瞬間、嘲りに歪む口元がびくりと固まった。

「ほう。殺すつもりで放ったが軽傷、か。やはり鐶の師匠、流石だと褒めてやる」

 2本になった処刑鎌を静かに引き上げながら、瞑目し、静かに笑う。
 ディプレスの顔にかかるフードが……破られていた。赤黒い染みさえボロ布に広がっていく。
 3本目の鎌はそこにあった。敵の右目に刺さっていた。

「ところで貴様の話だが、確かに目玉1つ程度じゃカズキの得にはならないな。月? 言われずとも行くさ。必ずな」
「デスサイズ……振った瞬間に根元切断して…………飛ばしやがった…………」
 呻きながら力篭もらぬ手で引き抜きほうり捨てるディプレス。乾いたカラカラを聞きながら吐き捨てる。
「自業自得だ。ホムンクルス如きが出し惜しむからそうなる。もっとも章印(左胸)に放った鎌だけは分解したようだな。大し
た精密性だ。フードの内側に仕込みつつも……服まで分解しなかったとはな」
 胸の破れから章印が覗く。それを庇うように黒いボールペン型の物体が幾つ幾つも滲み出て……埋め尽くす。再び鎌を
投げても阻まれるだろう。そう判断した斗貴子は2つ目の核鉄を握り締める。
「人々に仇なす貴様らレティクルエレメンツは総て殺す。それが私にカズキにしてやれるせめてもの償いだ」
 敵の体からドス黒い紫の波濤が巻き起こる。
「片目……イカれちまったようだがそれが何だっつーんだ。え?」
 笑いが消えた。ひどくトーンダウンした声が濁った熱さを噴き上げる。
「そんなに俺の武装錬金に殺されてえっつーんならよおおおお! 望みどおりにしてやらあ! 来なッ! 鬱極まる世界の
泥沼で不毛にやり合おうじゃねーか! なあ! オイ!!」
(高速機動で撹乱。いかに攻撃力が高かろうと避け続ければいい話だ)
 迫りくるディプレスを前にダブル武装錬金が発動した。


 刃と穂先が交差し石火を散らす。反動の赴くまま引かれた腕が大きくしなり舞い戻る。逆胴。秋水必殺の轟然たる一撃
が虹を削った。
(石突で捌いたか)
 踏み込んだ瞬間刃筋が逸れた。掌にかかる不自然な重圧、よろめく足。秘密はハルベートの柄にあった。穂先を右旋回
させたブレイクは放胆にも右手を外し左掌の上で180度クルリと回した。当然ながらそうするとハルベートは後ろに行った
穂先の重みで傾くのだ。その重量を孕んだ傾斜は、彼の前面に出現した石突が秋水の逆胴を下から捌くのに一役買った。
 体制を崩したまま左に流される秋水の右眼球は確かに捉えた。頭上で唸る超重の殺意を。断頭台にも勝る肉厚の斧刃
(あックス・ブレード)を。刀を捌くや振り上げたらしい。1kgを超える金属の塊。加速。ホムンクルスの高出力。アンサンブ
ルが直撃すれば肩口など造作もなきだ、肺腑ごと斬り飛ばされるだろう。
「くっ」
 咄嗟に交わした秋水だが斧の落下地点から30cmと離れていない足底が衝撃で軽く痺れた。真白な剣道着に降りかかる
土くれと煙を厭う暇もあらばこそ。りゅうりゅうと柄をしごくブレイクに呼応するが如くハルベートが跳ね上がり胴着を薄く切り
裂いた。身を引く秋水。続々と繰り出される刺先(スパイク)を紙一重で避けるものの後退を余儀なくされる。リバースと交戦
中の桜花からグングンと離れていく。背中に強まる熱気に横目を這わせば燃え盛る建物が刻一刻と近づいてくる。

42 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:45:52.34 ID:FvT/12T+0.net
 一説によれば剣で槍に立ち向かうには3倍の力量が要るという。ポンポンと突きを繰り出すブレイクは秋水に1倍していた。
阿諛追従しがちなエビス顔に似合わぬ武芸者である。両者の距離は2mと離れていない。ゆえに穂先をかわした秋水が前
進しようとするたびしかしそれを斧の反対側にしつらえられた何本かの鉤状突起──錨爪(フルーク)──の引きが阻む。
剣であればまず来ない攻撃に脇腹を薄く斬られてからこっち秋水は積極的に前進できない。
 何度目かの突きが繰り出された瞬間、ブレイクは穂先をひっくり返した。かねてより秋水を苛んでいる鉤状の突起がそれ
らの間にソードサムライXの上身をがっきと咥え込んだ。膠着。押そうにも引こうにも相手の高出力に阻まれできぬ秋水は
刀槍の押し合い圧し合いの中しばし震え──…
 愛刀を輝かせた。
 両刃から迸る光波が柄を伝いブレイクを灼く。鉤状突起を押さえ込む力が弱まり刀が自由に。飾り輪はその背後58cm
の施設の中にあった。いつの間に放り込まれたのか、火炎で溶けたガラス窓のやや向こうで燃焼をエネルギーに変換しソー
ドサムライX本体に送り込んでいた。
 秋水が熱の篭もる下げ緒を弾く。前進。斧と鉤と槍を載せた豪勢な穂先が舞い戻る。負けじと建物より飛来した飾り輪が
その先端で爆発した。蹣跚(まんさん)の手番はブレイクへ。斧槍を引くさなか穂先で起こったエネルギーの解放は操者の
”引き”を予想外に加速させ重心を崩した。跳躍する秋水。だがブレイクの反応の方が一瞬早い。引きに強要された強引な
加速をあろうコトか利用した。両手で柄を掴んだまま膝から上をブリッジの要領でひん曲げて……ハルベート勃興。斧が
跳ね上がる。空中の秋水を狙う。羽根無き彼に吸い込まれる。
「はああああああああああああああああああああ!!!」
 秋水の足裏と斧の中間点で再び飾り輪が爆ぜた。燃焼エネルギーの圧倒的な解放がハルベートと鬩ぎあう輝きの中で秋
水は左旋回し……刀を投げる。体を立てる最中のブレイクはコバルトブルーの閃きに身を捩る。章印の横の左脇が5cmほ
ど抉られた。反攻せんと動くブレイクの色無き灰色の世界さえ眩む圧倒的光量は飾り輪が全エネルギーをベットした爆発ゆ
えである。噴水のごとき裂光に止められていた穂先がとうとう競り負け地面に激突。その衝撃のもたらす姿勢制御の危うさ
と爆発による眩暈(げんうん)は、天王星の幹部が飛刀を奪取するという最善手を見事に阻んだ。秋水は下げ緒を掴んで
いる。飾り輪から40cmほどの地点を摘んでなお秋水の身長ほど余る緒は繋がる刀を引き戻すコトに成功した。
「いやー。演技教えてるときから確信してましたけど、お強いっすねー」
 着地した秋水を迎えたのは歓迎の言葉だった。物腰の柔らかさから秋水はついこれが演劇の続きだと思いそうになるが
頭を振って否定する。章印を仕留め損ねた傷が血を流しつつも修復を始めている。鉄臭い匂いは戦場のものだった。
「よく言う。特性なしの君に特性を使ってようやく互角という所だ。しかも武技は恐らく君の専門ではない」
「いやいや。レティクルの幹部……俺っちたちマレフィック相手に死なれないだけでも大したものかと。へへ」
「……」
 剣に総てを捧げた秋水が、ブレイクの余技相手に剣客としては邪道もいい所の武装錬金を加味してやっと死なずに済むと
いった状況は好ましくない。褒められるからこそその余裕が恐ろしいのだ。俗に言う三倍段うんぬんを抜きにしても、刀が
槍相手に孕む不利を抜きにしても、秋水は非常な厄介さをブレイクに覚えている。
(そう。あの槍はまだ特性を使っていない)
 ハルベルト(斧槍)。ハルベートと言ったほうが通りが良いだろう。
 一般に穂先といえば槍の尖端を想起するが、ハルバートにおける穂先とは以下3つの武器の総合名称だ。

 刺先(スパイク)        …… 他の槍で言う「穂先」。
 斧刃(アックス・ブレード) …… 先端部側面の斧。
 錨爪(フルーク)         …… 斧刃の反対側に存在する鉤状の突起。

(同じ槍でも武藤の突撃槍(ランス)や戦部の十文字槍とは全く違う。斬る。突く。叩き潰す。掛ける……それだけの技を今し
がたのわずかな攻防で見せられるほど攻め手は多様。故にながらく欧州では花形でありつづけた。期間は原型の完成を
見た13世紀からマスケット銃にとって代わられる16世紀まで。およそ300年に亘る愛用を見ればこの武器が如何に万能
か分かるだろう。
(敵に備えるため古今東西の武器について触り程度だが調べた)

43 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:46:44.89 ID:FvT/12T+0.net
 錨爪を見る。アルファベットの「B」を浜菱の実の如く四方八方へささくれ立たせたような形だ。「色」の象形文字を鋭敏に
してみましたとはブレイクの弁。
(大きい物だけでも4つある錨爪。鉤状の突起。斧ほど大きくない為、一見すると大したコトはないが……本来のハルバー
トなら兜割りができるという。敵の頭を防具ごと粉砕し造作もなく殺す。矮小な突起だからこそ振りおろせば重量が一点集
中だ。斧刃は馬から騎兵を引きずり降ろし、或いは足払いにも使われる。もちろん槍として扱うコトも可能)
 突撃主体のカズキ。高速自動修復によるゴリ押しの戦部。同じ槍使いでもブレイクは毛色が違う。ひどくトリッキーだ。
(手合わせで見せた細かさと柔軟性の数々……技巧派だ。それでいて斧刃や錨爪による力押しも辞さない。ホムンクルス
だからな。高出力という利点は活かす、か)
 斧だけでもヴィクターのフェイタルアトラクション並みの大きさだ。銀成学園を襲撃した巨大な真・調整体程度なら真向唐竹
割りにできるだろう。
 秋水を苦しめているのは万能性だけでない。
(刀槍の例に漏れないが……間合い)
 全長2mほどあるハルバートを見る。白銀色をベースに金やヒアシンスブルーのレリーフが随所にあしらわれており、さな
がら皇帝直下の親衛隊が持つような荘厳な雰囲気を漂わせている。先ほど逆胴を弾いた石突は、普通の槍とはかなり異な
る形状だ。大中小の虹色したパイナップルの輪切りを大きさ順に重ねたような形……というべきか。単純な段々重ねではな
くある箇所が欠け、ある箇所が歪に盛り上がっているため大変形容し辛い物体だ。
 視線を感じたブレイクは愛槍を持ち上げ愛想よく指差した。
「俄かには分からねえっすよね。説明しましょうか? コレ何か」
「知っている。マンセルの色立体だな」
「よくご存じで」
「美術の時間、ヒマ潰しに日本刀ないかと捲っていた便覧で確か見た」
 色の三属性。色相、彩度、明度を3次元で構成した物体だ。先だって逆胴が削った『虹』というのはこの色立体を構成する
輪切りの欠片だ。輪1つとっても10色相に分割されているのだ。色相は1つあたり最大10色に分類される。青、赤、緑……
実にカラフルな石突は揺らめくだけで虹を生むのだ。
 斧には丸い穴が3つ、縦に並んで開いている。穴の左右にはほぼ同じサイズの四角がある。
「それは……カラーチャート。果物の色などを確かめる特殊な器具か」
「意外に詳しいっすね。色彩関係」
「いやそれも美術の時間、ヒマ潰しに日本刀ないかと捲っていた便覧で確か見た」
「……便覧好きっすね」
「違う。便覧が好きなんじゃない。日本刀が好きなんだ」
「ま、まあ人それぞれっすね。『枠』ってのは」
 身を乗り出すとブレイクはやや引き気味に微苦笑した。
 それはともかくカラーチャート。
 果物の色などを確かめるため使われる特殊な器具──穴に対象物を通し、左右の四角染めし色と見比べる──とマン
セルの色立体があるとなれば女性関係において朴念仁な秋水でも察しがつこうというものだ。
「君の特性は……恐らく『色』に関係する!」
「ホホー」。感嘆の声をあげるブレイクに刀が迫る。踏み込まれたのだ。そして剣戟は再開する。

 再会してからこっちやっと彼に対する記憶を取り戻した秋水だ。だから演技の修行を終えいよいよ帰ろうかという時なにが
起こったか思い出した。
「あのとき君は俺と津村の前で彼は核鉄を使い──…」
 ハルベートを光らせた。そして一言。『思い出すコトを禁ずる』。網膜に何か強烈な色が流れ込んだ。
「色彩心理を使った一種の暗示と見ていい。戦士長や毒島が時々挙動不審だったのも君の仕業だな? レティクルと接触
した記憶を語れないよう操作した」
 防人にさえ効能が及ぶ……恐るべき事実だ。ABC兵器をシャットアウトできるシルバースキンさえ禁止能力はくぐり抜けた。
ひとえにそれは「色」……ひいては「光」という人間なら誰しも頼らざるを得ない事象を操ったが故だ。視界を確保するため
目元だけは開けている防人の、人間であるが故の致命的な弱点と、ある意味では最高の相性を有したが故に通用した。
(戦士長が、ブラボーアイとは違う、本当の意味での心眼を有していたなら)
 筋肉や血管の音を聞き分けられる異常聴覚を有し視界不要であればブレイク程度の特性は簡単に防げたであろう。
(三強(1) → 物体粉々にする。三強(3) → 速すぎて映らない。三強(2) → 亀の甲羅で視界を塞ぎ手槍で突く!)

44 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:47:15.30 ID:FvT/12T+0.net
 成人後読むと余りの落差に却ってほんわかするあの人のコトはさておき、「突く!」がジワジワ来るのはさておき、秋水は
内心穏やかではない。穂先に数撃叩き込みブレイクに肉迫すると……囁く。
「君たちはどうやら演劇練習の裏で密かに動いていたようだな」
「おや。『接触を伝えるコトを禁ずる』……ブラっちたちがその支配下にあったのご存じでしたか。しかしハルバートと日本刀
目当ての便覧知識だけでそこまで見抜かれるとは、やはり剣客さんっすね。読み合いで培った洞察力がいい感じに武装錬
金同士の戦いに影響しつつあるようで。にひっ。いいもんですねー。若い人の成長って奴ぁ。20超えるとつくづく思いやすよ」
「…………」
 褒められると朴訥さゆえに黙るのが秋水だ。多弁は調子に乗っているようで自分が少し許せなくなる。そういう機微を察
したのか、ブレイクは、やや力任せに刀を剥がすと、にひひと笑い言葉を継ぐ。
「お考えの通りっすよ。記憶操作程度なら先ほど俺っちを見て思い出されたように簡単に解けます。制限対象を見れば呆
気なく取り戻せますよ記憶」
「自らバラすというコトは……まだ何かあるようだな」
 再び間合いはブレイク有利に。突きを躱し、或いは捌きながら秋水は語る。
「ま、そこはまだ秘密ってコトで。とにかく薄々気づいておられるようですけど、禁止能力が及ぶのは術かけてから数日って
トコなんでさ。ま、精神弱き一般の方なら1週間は持続しますけど、戦士さんがたには数日……仮にいま逢わなかったとし
ても明日ぐらいには秋水っちもブラっちも島っちも……ああ、毒島さんのコトすよ、名字の前半に”ち”つけるの女のコにゃ
失礼すからね、後半呼びす。島っちも『色々と』思い出していたでしょうね〜」
(禁止能力、か。つまり精神操作以外にも何かできる。とくれば『心臓を動かすコトを禁ずる』といった即死能力は……恐ら
くだがないと見るべきか? 可能なら効能時間に関わらず俺たち全員にする筈だ。数日後心臓が動くにしても脳などが酸欠
で死んでいれば意味がない。ハルバートもある。腕前もある。動かぬ戦士にトドメを刺せる……即死させぬ理由がない)
 もちろん組織の方針がブレーキをかけている可能性もあるが……低いとみる。見ながらも警戒する。
(以前総角のアリスをソードサムライXの特性で防いだが……果たして同じ手段で対抗できるのか?)
 色の、光のエネルギーを吸収するという手段もなくはない。
 だがブレイクは余りに警戒感がなさすぎた。原理だけいえば封殺可能なソードサムライXの特性を目撃しておきながら、
一切の恐怖や焦り、足元を崩すなという憎悪がない。秋水の剣客としての感覚、相手から察する『ニオイ』はまったく何も
感じないのだ。相手の動揺の一端さえ漂ってこない。
(完封されるのを承知で平然としている? それとも俺の能力など歯牙にもかけていない? ……いずれにせよ、揺らがぬ
相手というコトだ。『穂先・柄問わず彼の武装錬金の一部が目前に来た時は警戒』、いつでも目を閉じ飾り輪を投げられる
よう備えるぞ)
「ってコト考えてますね。結構す結構す。不意打ちとはいえ一度は喰らってしまった特性すから、警戒するのは、ま、当然
でしょうね。さればこそ格も下がらず枠もまた守られる」
(……嫌な気配だ。総角と戦っている時に似ている。手の内にあるような、足元が彼という泥濘に知らず知らずの内にすっか
り埋め尽くされ捕らわれているような…………そんな感じだ)
 やや腰がネバついた。特性抜きでもブレイクは強い。ハルバートの使い方に熟達している。秋水が大きく踏み込んだ瞬間、
わざと穂先を落として身をかがめ、敵に柄をまたがせるような真似もした。歩法を崩されよろめく秋水の軸足を刈った余勢
で一気に槍を後ろに引きつつ斧を下から跳ね上げる膂力と技巧。辛うじて躱した美剣士不覚にも心燃えるのを感じた。
(早く姉さんを助けなければいけないのに……)
 防人や貴信、総角と武術対決をしているときのような高揚感が湧いてくる。それは本能だった。桜花を天秤にかけてなお
傾きかねない剣客特有の本能だ。数々の戦いが呼び起こした強者と戦う感奮は押さえつけるのに苦労する。
 先ほど三倍段を除外しても……と書いたが、純粋な武術者としてみなした場合でも厄介なのだブレイクは。武の攻めとは
体と心の2つに分けられる。如何なる神業を体が弾き出しても、相手の心を攻められなければ意味が無い。

45 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:47:45.79 ID:FvT/12T+0.net
 踏み込み穂先を切りつける。手の甲まで痺れる硬い手ごたえ。ハルバートは頑丈だった。(無銘の龕灯ほどある。何度か
攻撃すれば可能性もあるが)……手数がそれを許さない。ただでさえいつ使われるとも知らぬ特性……色を載せた光輝に
対処せんと余力と余裕を残しつつ戦っているのだ。斬撃1つ1つに全力が乗せられない。そのうえ繰り出される突きや薙ぎ
は弾けるほど遅くもない。斬ったと思えば残像で次の攻撃がもうみぞおちに迫っているというコトもザラだ。

(ただの悪なら綻びも見つけられるが、リバース同様どこかが違う。レティクルエレメンツの幹部たち……マレフィックは)
 身体能力が高いとか武装錬金が強力だとか、そういった要素とは異なる『強さ』……複雑な悪意が感じられるブレイクは。

 秋水を。

 褒めた。

 ……彼は元褒め屋という太鼓もちの極致のような職業に就いていたのだが、無論秋水の知る所ではない。

「にひっ。俺っちの特性見抜かれたんでこちらもお返しをば。ソードサムライXの特性……。本来は刀身で吸い取ったエネ
ルギーを飾り輪から放出するって話ですけど、さっき養護施設の炎でやったのは逆っすよね。飾り輪で火のエネルギーを吸
い取り刀身から解放……。真逆ですが入出力の『枠』ってのはあやふや。マイクだって出力の端子に入れりゃスピーカーに
ならんコトもないですから、これはもう成長の証、演劇でいろいろ培った発想や思考法が秋水っちに柔軟性を与え変化を促
したと、へへ。俺っちそう思う次第でさ」

 相好を崩し額をぺちりと叩くウルフカットの青年。物腰は大変柔らかい。リバース(鐶の義姉)の心からの笑顔を見たとき
同様俄かに敵とは信じがたい秋水だ。だが彼は紛れもなく敵に加担している。

「随分と俺たちの劇を買っているようだな」
 静かだが語調は強める。その源泉が武技の命取りと知ってはいるが抑えられなかった。
「あー。もしかしてココの爆破見逃したコト怒ってますか? 困りましたねー。本当別に恨みとか怒りとかねーんですよ俺っち。
秋水っちのコト、秋(あき)っちって呼んでいいすかね。劇が盛り上がったのはきっと秋っちと斗貴っちの熱演あらばこそで、
んで、熱演の土台の何割かは俺っちの指導にあると思うんすよ。演技に関わるものとしちゃあそりゃあもう冥利……じゃねー
ですか? だから舞台になったこの場所を燃やしちまうってのは、へへ。お師匠のナイスなナレーションもありましたし、後味
悪いなーとまあ思ってる訳でして」
 だから防人達の救出劇が大成功し、死者ゼロで終わり、かつ建物も鐶の年齢操作で見事復元するのを祈っている、今晩
の生活の『枠』が昨晩とまったく同じであるのを願っている…………演技の神様はそう述べた。
「……仮に施設の人々が命を救い建物が元に戻ったとしても」
「にひ」
「聖サンジェルマン病院にいる生徒たちの誰かが攫われるかも知れないんだ。…………かつて自分のためだけに彼らを
生贄にせんとした俺だ。君たちを糾弾する権利はない。だが…………だからこそ行動で示す。守らなければならないんだ」
「お気持ちは分かりますよ。ま、いいじゃないですか。改心したというなら。自分を取り巻く『枠』の本当の価値に気付き、
守りたいと欲する。無粋な精神攻撃の付けどころにゃしませんよ俺っち。肯定しますよ。足止めしてるのだって青っちのトコ
に行かさない為すから。いざ鎌倉とばかり病院へ行かれるなら、青っちに危害加えない限りお見送り。演技教えた間柄ゆえ
の手心加えて見せやしょうー」
 ブレイクはしかし「仲間に生徒攫わぬよう口利きする」とは言わない。自分が間接的に熱演の種を撒いた劇に関わる彼ら
の平穏を名前通り壊すコトに一切の躊躇がないようだ。武装錬金を発動した生徒、つまりはアース候補の中には六舛もい
る。彼とは知り合いの筈なのに──そもそも秋水と斗貴子がブレイクに出逢ったのは六舛の紹介だ──身を案ずる言葉
が出ない。
 異常だった。悪意こそ露骨に振りまいていないが……明らかにおかしかった。
 何度目かの交差、刀と穂先が絡み合う。その向こうでブレイクは米つきバッタのようにヘコヘコと軽く礼。

46 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:48:50.15 ID:FvT/12T+0.net
「もうとっくに気付いているでしょうけど、俺っちたちの目的はマレフィックアースの器の確保。勢号始……つっても秋っちは
知らないでしょうけど、最強で文化系で嫁スキルカンストしてる癖に女のコとしての自信激薄なトコか〜わいいオレっ娘さんの
……まあ、青っちには遠く及ばないんすけど、とにかくマレフィックアースたる彼女を復活させるのに必要な器……どーして
も手に入れたいと、ま、こーいう訳なんでさ」
 ブレイクは笑う。穏やかな笑みだった。師匠の小札が劇の最後に見せた「目だけ笑っていない」状態ではない。灰色の瞳
をも笑みに溶かして頬を緩める。
「最低でも3年もすれば社会に飛び立つ学生さんたち。ですがね、社会ってのぁ嫌〜な方が結構おられるんすよね。年相応
に仕事をしない方、せっかく権力持ってるのに自分のためにしか使わない方。大した努力もせずただ人の足を引っ張るコト
しかできない方。にひっ。マレフィックは三番目の人種だと仰りたそうな顔ですね? でも皆さんああ見えて結構努力してき
てましたよ。一番アレなディプレスの旦那にしたって恩師のためにと頑張り抜いた時期、ありますしねー。なのに何故悪と
呼ばれる立場に居るのか? ひとえに勝手な方々が悪い。苦境の中、ささやかなりと幸福を求め努力したのに横合いから
何もかもブチ壊すような方々が悪い」
 過去が過去だし分かりますよね? 見透かしたような灰色の瞳に黙る他ない秋水だ。
 去来したのは早坂真由美。そして諍う実の両親。開かない扉。助けを無視した人々。
 それがあるから身上は清廉潔白からほど遠い。カズキを刺した罪業の苗床は社会の暗部だ。
「秋っちを苦しめているのは、青っちを追い詰めたのは、それなんすよねー。1つ1つは大したコトのない悪意。法には触れ
ぬ悪意。叩き潰そうと拳を上げればむしろ何故我慢できなかったと糾弾されるほどささやかな……悪意。ですがねー。大き
な傷を負い『枠』破られた人にとっちゃ、ちっぽけな、満ち足りた人から見れば耐えられて当然の悪意でさえ、絶望、っす」
「それが……部員たちや、アースの器とどういう関係がある?」
「簡単でさ。アースを適合者に降ろせば、誰も傷つかない世界ができる。世界全体に安らぎが敷衍(ふえん)し、悪意を撒く
お歴々はどれほど法に触れないよう知恵尽くされていても駆除されて、いなくなる。戦争も差別もない世界になるんすよ。
誰も誰かを傷つけない。誰もが自分を高めるために努力する。誰1人他人の足を引っ張らない……。理想の世界ができる
んすよ」
「…………」
「だから部員さんたちは社会に出てもずっと傷つかずに居られる。当然すよね。保身しか頭にない上司。過去の成功体験
にしがみつき現実も見ず古い手段を押しつける先輩。己の利益のためだけに社員さんたちを絞り上げる社長……。無能
な政治家もいなければ理不尽な犯罪もない。そんな綺麗に整えられた『枠』で世界を飾りたいから……俺っちはレティクル
に居るんすよ」

「天空のケロタキス。〜または像の息〜(マレフィックウラヌス)……ブレイク=ハルベルトはね」

 恐ろしく綺麗な文言だからこそ秋水は言い知れぬ恐れと不快感を覚えた。
 斗貴子なら「世迷い事を。誰かを犠牲にするコトを良しとする貴様らの作る世界が楽園になろう筈がない! そもそもマレ
フィックアースが悪意を消し去る保証がどこにある!」と斬って捨てるだろう。というより秋水の生真面目な部分の本音が
それだ。にも関わらず言葉にできないのは前歴ゆえだ。脛に傷持つ秋水が剣を振るうだけで世界総てを良くできるのかと
いう疑問がある。まひろ1人いまだに本当の意味で救えていないのだ。他者の提示する救済策を否定するにはあまりに
脆い……立場。ブレイク吐きしは斗貴子や防人のような生粋の戦士でなければ斬って落とせぬ妄言だ。

47 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:49:21.17 ID:FvT/12T+0.net
「1人の生贄で世界全体が救われるなら……それでいいじゃないっすか。アニメや漫画なら絶対間違いだといいますが、
しかし現実をご覧くだせえ。誰だって属する組織のトップに巨大な流れへの裁定を任せているじゃあないですか。負担の
総て押しつけているじゃあないですか。総理大臣が国家の難事のため何日も眠らぬ時、国会議事堂に毎日ありがとうご
ざいますと垂れ幕持った暖かな群衆きますかね? ないでしょう。所詮民衆さんたちは嵐あらば誰かに舵を任せきりです。
政治家だけじゃあありませんよ。優れた資質を持つ方はいかな職業であれ矢面に立たされる。儲けたい。欲望を叶えたい。
そう願う方々の露骨な牙を浴び続ける。支えていると仰る方が現場で代わりに傷を浴びるのは稀。仮に稀が叶ったら世間
は美談と称えるでしょう。想いの丈に感動したと皆さん拍手なされるでしょう。だがそもそもそこがおかしい。1人を生贄に
するのを防いだだけで万雷の拍手が起きる世界は実のところ異常でしょう。常態でないというコトっすよ、優れた人が生贄
回避するってのが」
 それじゃ駄目だ。ブレイクはやや芝居がかった調子で首を振る。
「ただ、ま、現状の世界が良しとしてるなら文法には従いますよ。俺っちたちは生徒さんの中からアースの器1人生贄にし
ます。誰にも文句は言わせませんよ。何しろ誰だって偉い人優れた人を無言のうちに生贄としてますからね。だから皆さん
にもなって貰いましょう。人を犠牲にする以上、犠牲にもされる。それでこそフェアってもんじゃないですか。殉死って奴です
よ。俺っち友を失った生徒さんに無残な追撃加えて犠牲にするつもりはねーですが、他の人、誰かに痛みを撒いてきた方
は殉死させますよ。構造改革にはコストが必要ですからね。もう誰も傷つかねえ世界、生贄1人もいらない世界、それを
作るには結構な数の人間さんに死んでもらう必要ありますが、ま、後のコト思えばいいんじゃないすかね」
「…………」
「微弱で、撥ね退けられない鬱陶しい痛みをこの先何億世代もの人間が味わい、大した精神の変化もないまま、不毛な、
どこかで誰かが既にやったありきたりの争いばかり繰り返し、地球という枠の中の、資源を浪費し、環境を汚し、生物と
して史上初めて自ら住めない世界を作り先細って絶滅していくコトを思えば……にひっ。ここらで人類数百人単位に絞って
永劫に続く綺麗な世界目指して再出発する方が、まだ望みもあるでしょう」
「…………」
「大きな負担抱え込んで苦しんでる人あらば、仕事だの役職どのの『枠』ブチ破って駆けつけて、痛み分かちあう世界じゃ
なきゃあ、職務放棄が何万件起ころうがすぐさま別の人が代位できる、優秀で優しい人に満ち溢れた世界じゃなきゃあ、
何年平和が続こうといつか破綻しますよ人類は。所詮現状は不服と不満と、それを改善しようとしない努力不足の先送り
で辛うじて成り立っているんすよ? 利潤構造の保持を目指す一握りのお偉いさんに使われる、目先の賃金目当ての方々
の、生活を破綻させたくないという水準の低い同意が倫理の体を成して虚飾した秩序が辛うじて世界を回してるだけであっ
て、内実はひどく不健康なんす。文明は向上しても精神は向上しない。『枠』を破り成長する機会を大多数の方々が自ら放棄
し目先を追い、テキトーやっては誰かに迷惑をかけ傷つけ……生贄とする。変えるべきでしょう世界」
「…………」
「気付きやしょう。デモ行進するしか能のない方々が多数を占める構造がそもそもおかしいのだと。枠の中に害虫が満載さ
れている環境の劣悪さ……1つ改善してましょうよ」
「…………」
 文言はともかく強い男だとは思った。小札の弟子らしいとも。
(演説じみた言葉を並べたてる間にも俺と互角以上に切り結んでいる。姉さんすら見えなくなった)
 いつの間にやら秋水は建物を回りこんでる。リバースの銃撃さえ遠くなった。桜花の安否についてぞっとする想像が湧いて
くるがここで押し切られてはわずかな可能性さえ費えると何度も精神を震わせた。その甲斐あって猛攻を受けながら傷は
数箇所で済んでいる。いずれも浅い。ただし特性なしの相手に戦略目的──桜花を助ける──をくじかれている現状は決
して明るいとはいえない。秋水は総角との戦いから一段も二段も伸びている。防人の太鼓判だ。劇前数日間の地下特訓で
手合わせした音楽隊もそれは認めている。剛太同様重力を意識してから攻撃力は格段に跳ね上がったし、精神面もまひろ
との交流で強くなった。ゆえにソードサムライXの硬度も増した。特性の使い方だって劇を通して以前よりグンと幅を広げた。

48 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:49:53.34 ID:FvT/12T+0.net
剣客に必要な洞察力、相手の心理を読む術も演劇の練習の細かな打ち合わせの中で向上。ディプレスの一言で聖サンジェル
マン病院襲撃を察知したり、ハルバートの特性に気付いたり……剣術一筋の朴強漢から脱しつつあるのだ秋水は。

 なのにあらゆる要素を総動員して立ち向かうブレイクは──…

 戦いながら長広舌に及ぶ余裕がある。息1つ切らしていないのだ。最善のタイミングで放つ最大限に重力を活かした逆胴
が何発も何発も話途中に防がれた。

 秋水は、黙った。
(武藤さんもアースの器の可能性がある)

 劇完結後すぐの話だ。まひろと並んで歩く秋水の元へ総角が来た。

「フ。なあ秋水よ。さっきそのお嬢さんに武装錬金出させるために色々苦労してたそうだな」
「?  ああ、そうだが。千歳さんたちとの演技のとき現れた『もう1人の武藤さん』。彼女が武装錬金かどうか試したかった」
「なんか検査するみたいだよ金髪の人! 何日かかかるそうだけど……」
「アレ俺名前覚えられてないひょっとして!? いやそれよりもだ、フ、その、だな、お前たちの努力を無駄にする提言なのだが」
「なんだ総角。言いたいことがあるなら早めに頼む」

「フ。さっきのがそのお嬢さんの武装錬金かどうか試したいなら……」

「髪採って俺の認識票に当てれば良くね?」

 ちょっと呆れた様子の音楽隊リーダーを前に秋水は黙り。

 黙り。
 ひたすら黙り。

「その手があったか!!!」

 全力で叫んだ。

「……。気付かなかった俺も悪いが。どうしてすぐ言いに来なかったんだ総角? まさか今気付いたのか?」
「フ。来てくれるのを待っていた。『気付いたか流石秋水』って褒めて頼れる友人的な態度で願いを叶えるタイミングを、だな」
「伺っていたのか……。君最近なんかしょうもないな…………」
 うん。なんかゴメン。ちょっと照れくさそうに目を伏せ、ほっぺに紅色の楕円を浮かべる総角であった。
 あとディエンドにFFRされいいように使われたショックで色々しばらく吹っ飛んでいたらしい。
「フ。しかし髪を抜くとなると……痛いぞ?」
「斬るのも忍びないしな……。さっき舞台で根来たちのカマイタチが千切った髪、アレを探すか……?」
「え? え? 何の話? 髪? あれなら床屋さん行く手間省けてむしろラッキーって感じだよ!」
 目を白黒するまひろの背後から沙織が忍び寄った。
「枝毛発見! 抜いちゃう! もー身だしなみしっかりしなきゃダメだよまっぴー。主演女優なんだから」
「フ」
「……」
「な、なんなの。ぬ、抜いちゃダメだった……?」
 指先でふわふわ揺れる栗色の髪を凝視する生徒会副会長と美丈夫に沙織は狼狽えた。

「「Σb」」ビッ!

 無言のサムズアップ2つ。そして──…

(やはり武装錬金だった。DNA経由で発動した。もう1人の武藤さんは『影武者』。影武者の武装錬金)

(……というか武藤さん、床屋で髪を切るのか? 美容院じゃないんだ………………)
 まひろらしくて、ちょっとおかしみがこみ上げたが、過日その指で行った洗髪プレイが蘇り慌てて首を振る。「赤くなった顔
をブレイクに見られはしなかったかと彼を見る」が、「彼は色の変化に全く気付いていないよう」だった。

 ともあれまひろが劇のさなか武装錬金を発動したのが確定したため、今は聖サンジェルマン病院地下50階に移送済み
だ。なお、六舛たち他の生徒が発動した武装錬金は劇終了とともに解除され今に至る。

49 :永遠の扉:2014/06/11(水) 23:50:23.79 ID:FvT/12T+0.net
(しかしどうやって発動したんだ? 根来の話では異物がなかったという。彼がそういうなら絶対だ)

 上演中、大道具始め何人もの生徒が虫(?)と目される何かに取りつかれていた。それについてはシークレットトレイルの
亜空間──根来のDNAを含む物以外総て弾き出す──によって除去された。(根来曰く、対象者に着せる衣装は、DNAを
編み込みつつも「穴」ある方が良いらしい。そうすると寄生物がたちどころに出ていくという。「いやだが、穴から対象者の肉
片が飛んだりしないのか?」と聞くと彼は嫌そうな顔をした。「ならない」「何故?」「私の亜空間だ。私がそうなるなと思えば
若干の融通は聞く。肉は飛ばない。寄生した虫などだけ飛ぶのだ」「え、いや、でも」「虫などだけ飛ぶのだ」「そんな適当な」
「適当ではない」。ちょっと可愛い答え方するねごっちーであった)。

(後半……中村最後の主演を皮切りに現れた武装錬金とも毛色が違う。岡倉たちの武装錬金は『演劇で昂っていないにも
関わらず』発動した。武藤さんは逆だ。熱演……劇に対する想いが高まった瞬間、影武者が……)
 出た。かつてあった「衣装に縫いつけられた核鉄の呼応」と非常に似ていた。当初想定していたレティクルの狙いともそれ
は合致している。だが岡倉達のはもっと何か別の……『何者かの武装錬金で強制的に発動されたような』、強引さがある。
(一体あのとき武藤さんの体の中で何が起こっていたんだ? 誰がどんな方法で影武者を発動したんだ?)
 不明だが、六舛たち同様、レティクルエレメンツが器と見なす可能性は必ずしもゼロではない。
 もちろん、まひろ含む23名の発動者たちの中に器が居ると決まったわけではない。何しろレティクルたちですら誰が器か
分からないのだ。だから漠然と「演劇部員の誰か」と狙いを定めアトランダムに武装錬金を発動させた。未発動の誰かが
実は器という線もある。

──「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」

──「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」

──「だから手助けしたいの」



──「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」

                                               ──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」


──「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」


                                         ──「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」


──「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」


「…………」
 ブレイクの言葉を否定するほど口は巧くない。断罪できる圧倒的正義の背景も持っていない。まひろ1人救えていない秋
水が、世界の趨勢にどうこうと口を出しブレイクを詰るのは筋違いだろう。

「……だからこれは、正義でもなんでもない、俺の個人的な事情だ」
「ん?」
「武藤への贖罪と……武藤さんへの恩義のため…………誓ったんだ。再会までこの街は必ず守ると」
「ほうほう」
「生徒達の誰か1人でも欠ければ……戻ってきた武藤は…………絶対に悲しむ。津村と決別してまで守ろうとした世界が
変貌すれば……何のために彼女や武藤さんを悲しませたか分からなくなって…………悲しむんだ」
「…………」
「だから、彼の、守ろうとした理念は、守られた俺達が守らなくてはならない。彼の守りたかった姿を守らなくてはならない」

──「だってお兄ちゃんはみんなの味方だよ。で、私はみんなの中の一人! それなら戦いで受けた傷は私のせい! 
──……って思ったんだけど違うのかな?」

──「とにかくね、お兄ちゃんが戦ってくれたのは私たちのためなんだから、ケガさせちゃったコトは一度ちゃんと謝らなきゃ。
──じゃないと悪いし、いま秋水先輩の気持ちをちゃんと解決してあげれない以上は一緒に謝るべきだよ!」

50 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/11(水) 23:50:55.55 ID:FvT/12T+0.net
「……だから俺は君たちを止める! 世界はまだ1人では歩けない。従って君たちの望みが正しいか否か語るべき故はな
い」
「ですが武藤カズキさんの理念を蝕むものであるなら…………阻むと」
 灰色の瞳が少し細まった。
「ま、尊重したくはありますねー。頭ごなしの一般論よりはまだしっかりした『枠』をお持ちのようですし、そーいう万人に通じ
ない意見を敢えて選ぶ方……嫌いじゃあねーです」
 ただ……。柄でトントンと首筋を叩きながらブレイクは困ったように吐息をついた。苛立たしげというよりはどこかユーモラス
な雰囲気だった。
「そーなっちまうとですねー、俺っちの理念、望みが叶わなくなっちまうんですよ。さっきの演説ってのぁ結局のところ青っちが
幸せになれる世界のためすからねー。果てさて。それを貫くと秋っちの恩人さんや憎からず思われるまひっちの世界まで壊
れる……どーなんでしょうねえ。青っちリア充嫌いですけど、カズキさんいなくなって悲しんでるお二方には寛容でしょうし」
 どうしたものか。考えても答えは出ないようで、だからブレイクは眉を寄せた。
「結局、男ってのはどちらが正しいか、勝負して決めるほかねーんでしょうね」
「だな。戦わねば守れない。それが世界だ。そこだけは……嫌というほど味わった」
 秋水は正眼に構える。
「だったら俺っち特性をば使いやしょう。ハルバートの武装錬金『バキバキドルバッキー』の特性を」
 斧槍を包み込む位相が……緩やかに曲がり始め──…


 一方、剛太は。


「んふふ。人気の無い倉庫の裏に年上のワタクシ連れ込むだなんて……素敵ねん」
 シャツが捲くれ上半身がほとんど露になった状態で押し倒されていた。
 眼前にそびえるのはボタンの外れたブラウスと黒い下着とホクロが飲まれそうな豊かな谷間。
 下半身はまだスカートを穿いているが、剛太の腹の上で艶かしくくゆっている。

(……俺の貞操ピンチ!!!)

 果たしてどうなるのか。続く。

以上ここまで。

51 :ふら〜り:2014/06/15(日) 19:20:12.38 ID:GIPOZjxC0.net
>>スターダストさん
ず〜っと前から。ディプ相手に斗貴子や剛太で勝負になるか、と心配してましたがいきなり、
トラウマを踏み越えつつ流石の有効打! ディプ側も、この手のキャラの義務(と私は決めてる)
であるマジギレモードを見せてくれてコワ面白嬉しい! 剛太は……これはこれで心配?

52 :永遠の扉:2014/06/15(日) 21:52:32.26 ID:hpolLC5f0.net
 養護施設北西・角の近くで。

 激しく切り結ぶ秋水とブレイク。バキバキドルバッキーの特性はまだ使われていない。
(引き続き警戒だ)
 切り結んでいるうち随分移動したらしい。養護施設北西の角が見えた。
(そういえば中村が金星の幹部を吹き飛ばしたのもこちらの筈。戦況はどうなんだ?)
 一瞬のわずかな切れ目の中で考えながらブレイクともども角を曲がる。

 顔面騎乗だった。

 グレイズィングは剛太の顔に跨っていた。

 下半身はフードのほか何も身につけていない。白い太ももが剥きだしだった。

(…………)
 錚々(そうそう)たる剣戟の音を撒き散らしながら秋水とブレイクはもと来た道を引き返した。


「ほほへよ!!(戻れよ!)」
「あん」
 秋水へ叫びながら立ち上がる剛太。フード姿の女医は体をビクリとさせ艶かしい声を上げ、
「いやん。いきなり鼻を挿入だなんて。初めてなのにマニアックね」
 下半身裸の状態でリンゴのような頬に手を当ていやいやと首を振る。
「ひはう!!(違う!)」
 どういう訳か言語不明瞭な新人戦士は口に手を突っ込んだ。何か黒い塊が出てきた。地面に叩き付けられべっとりと
広がったそれは黒いショーツだった。
「おまえなんてコトしてくれたんだよ!!」
「顔面騎乗ですけど」
「ですけどじゃねェよ!! いきなりなんてコトしてんだ本当に!!」
 顔面に残る生暖かい感触に赤くなったり青くなったり忙しい剛太である。
「ふふ。どうでした初めて見る秘所は? 女体の神秘、堪能しまして?」
「見! 見てないぞ俺は何も見てない!!」
「ちなみに坊やの口に突っ込んだのはワタクシの脱ぎ立てホカホカの「言うな!!!」
 むせ返るような独特の匂いに吐きそうだ。
(つか口に入れる前から濡れて──…)
 首を振る。深く考えると死にそうだった。凄まじい精神攻撃だった。
(くっそ早坂の野郎〜〜〜!! よくも見捨てやがったな! 決めた!! 生き延びたら色々嫌がらせしてやる!!)
 考えていると真白な両足が目に入った。わざわざフードをたくし上げている辺り、非常に目の毒だった。
「ん!!」
 とりあえず辺りに散らばっていたスカートやらストッキングやら下着をひとまとめにして差し出す。
「あら紳士ねん。けどいらないわん。オンナの脱衣は決意の証。行為が始まりもしないうちに再び着るのは名折れでしてよ」
「うるせえ! さっさと着ろ!!」
「クス。顔真赤にしちゃって可愛いわねん。童貞さんには刺激強いかしらん?」
「だ! 黙れっての! 例え敵でも女にみっともない格好させられるかってんだ!!」
 わずかだが目を丸くした(厳密にはフードで見えないが、雰囲気的に)グレイズィングはクスクス笑った。
「アナタきっと将来いい男になってよ。保証しますわ。今はいろいろ未完成で雑いけど、磨けばきっと光るってねん」
「別にてめえのためじゃねえ! 勝つにしろ負けるにしろ相手が下半身丸出しの女なんて余りにも情けねえだろうが!! 
先輩だってきっと呆れる!!」
 はいはい。どうやら剛太を気に入ったらしい。金星の幹部は着衣、露出をやめた。
(やっとコレでまともに戦える……)
 特にこれといった攻防は無いが変態的行為2つに剛太はすっかり疲労困憊。うなだれる。肩にズッシリ重みが来た。
「ちなみにさっきアナタの顔面に乗った女体の神秘、津村斗貴子も持っていましてよ?」
「!!」
「クス。早坂桜花も栴檀香美も若宮千里も、カッコ良くても美人さんでも天真爛漫でも大人しげでも……オンナなら誰しも、
さっきボウヤのお顔に乗った神秘……足の付け根に持ってますの」
 剛太の脳裡に様々な女性の顔が浮かぶ。凛々しいショートボブの先輩、黒髪ロングの一見清楚な生徒会長、ニャハハ
と八重歯剥き出しで笑うネコ少女、演劇でちらほら見かけた眼鏡の文学少女……虹色の点描のなか次々浮遊する彼女
らの顔に、先ほど目を閉じる寸前焼き付いた強烈な真実がグングンとオーバーラップしていく。
(あ、あんなグロいのが先輩にも……)。ゴクリ。生唾を飲み込む剛太へ更に凄まじい言葉が浴びせられる。
「ねえ、セックスしちゃいましょう」

53 :永遠の扉:2014/06/15(日) 21:53:31.59 ID:hpolLC5f0.net
「はい!?」
 驚くほど細い体がしだれかかってきた。フードからはみ出すジンジャーレッドの巻き毛がかぐわしくも艶めかしい匂いを
漂わす。それだけで剛太の心臓はドキリと金縛りだ。さらに鼻にかかった甘い声。
「言ったでしょ? ボウヤきっと将来いい男になる……って。セックスすれば原石が宝石になって魅力増すわよん」
 芸術品のように美しい人差し指が剛太の乳輪をグリグリとかき回す。ムズ痒い快楽に剛太は理性をなくしそうになる。
「オトコに必要なのは自信でしてよ? クライマックスに色々見せられて傷ついたんでしょ? だったら自分を磨かないと」
 熱い吐息交じりの囁き。鼓膜から脳髄をじわじわ蝕む甘い毒。指はもう露骨だ。剛太の胸全体を処女にするよう優しく
愛撫し始める。首筋に吸い付いた唇は蛭のよう。思わぬ倒錯の快美に情けなく呻く少年を誰が責められよう。
「ほら。乳首も硬くなりましてよ。坊やの体もこんなに欲しいと言ってるじゃない。我慢は……毒よ?」
 優しく、まるで聖母のように微笑みながらグレイズィングは剛太の手を取り……胸へ導く。
「ほら。揉んでみて。怖がらなくていいのよ。最初は誰だって初めてなのよ。ワタクシが優しく手ほどきしてあげるわ……」
 ややハスキーな声でしかし陶然と慈悲をも交え触らせる胸は細身からは想像もつかないボリュームだった。服越しとは
いえ初めて性的なニュアンスで触れる女性の胸の柔らかさと弾力に剛太はとうとう我を忘れ……そうになり。
「だ、だから触るんじゃねえ!!」
 首振りつつ必死になって突き飛ばす。金星の幹部は尻餅をついたままキョトリとしていたが、すぐに白い歯を零した。
「誘惑されないなんて大したものよ坊や。愛の力……津村斗貴子への想いは本物と」
「るせえ! いい加減戦えよ!! 戦わなきゃ格好つかないだろうが!!」
「心外ですわね。いやらしいコトするのがワタクシのバトルスタイルでしてよ? 戦場で好みのタイプ見つけたら性別も年齢
も問わず取り敢えずヤッちゃいますの」
(性別って……)
 聞き捨てならない単語にブルリと身を震わせる剛太。立ち上がった女医は胸に手を当てる。
「そ。女のコでもいけるクチでしてよワタクシ。鐶がレティクルに居る頃だって狙ってましたし」
「オイ」
「ま、あいにくリバースに取られちゃいましたケド」
(取られた!? え、なにアイツ義姉にヤバイことされてた訳!?)
「クス。大丈夫でしてよ。せいぜいファーストキス奪われて、お風呂場で押し倒されておっぱいにおっぱい押し付けられた
程度のお話。お互い女のコですもの。初めては大事な人に取っておきたいと一線踏み越えなかったそうよん」
(過激すぎる……)
 女医曰くウィル除く幹部全員仕留め損ねているらしい。(ウィルって誰……ああ小札の因縁の相手か)、どうでもよかった。
「ちなみにワタクシのクスって笑いはセックスのクスですの」
 どうでもよかった。
「ふふ。冷めちゃいましたか? なら昂ぶるまで普通に攻撃させて貰いますわね」
 グレイズィングの背後で光が影を結んだ。現れたのは看護師のような自動人形。
(ハズオブラブ。総角が複製した奴とは少し違う。複製時(10年前)から変わったってコト?)
 機械的な意匠こそ目立つが整った目鼻立ちの少女だった。少し化粧をするだけで人間と見分けがつかないな……剛太は
そう思った。ピンクのナースルックは紛れもなく市販品。(そーいやニンジャ小僧の兵馬俑も手縫いだっけ)、聞きかじりの知識
が蘇る。同じ自動人形でも、御前やキラーレイビーズと違って着るようだ。
(……服はともかく自動人形呼んだ狙いは)
 同時攻撃。背筋に冷たい汗が流れる。ただでさえレティクル最強を自称できる身体能力の持ち主が、秋水を苦しめた自
動人形を平然と跳ね返せる衛生兵と共に攻撃する。恐ろしい想像だった。
(落ち着け。2対1になるのは織り込み済みだろうが。覚悟の上で引き剥がしたんだ。食い止めなきゃ──…)
 ギャゴポゥッ! 妙な音が響いた。剛太は見た。自動人形の腕を一本引き抜くグレイズィングを。
「え」
「ワタクシのバタルスタイル……」。肘から先のない腕を無造作にぶら下げながら全身フードは歩を進める。剛太という上が
りめがけて。
「ワタクシのバトルスタイルは……至極単純。クス。せっかく回復役たる御身を自衛できるよう医療知識を総動員し強い体を
造りあげたんですもの。生身ならレティクル最強の身体能力を徹底的に活かしぬく……それだけですわよ」
 垂れ目は捉える。身長160cm弱とさほど大きくない幹部の体が威容を湛えるのを。

「すなわち!!」

54 :永遠の扉:2014/06/15(日) 21:54:38.94 ID:hpolLC5f0.net
 腕を掴んでいる細腕の周囲でフードが裂けた。布きれが舞い散る中、白樺のように頼りない腕が爆発的に膨れ上がる。
(!?)
 プレイメイトからボディボルダーのそれに変じた筋肉満載の野太い腕。(ブラボー……いや、戦部よりぶっとい!!)、波
打つ筋繊維と血管に気圧され後ずさる間にも女医は嗤う。腕以外は相変わらず細いまま……そこが却って不気味である。

「ワタクシのバトルスタイル!! それは!!」

「ひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらぁ」

「ひたすら力を込めてェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「ブン殴るッ!!!」

 右腕より先が現世から消失した。ズヮヶブンッ! マッハ28で擦れ合うバーミキュライトのようなノイズを奏でた腕のしなり
は不可視領域。(何が何だかだがとにかくマズい!) スカイウォーカーモードの応用で後ろめがけ急速発進、メロスになり
損ねたブルータスこと早坂秋水が遡行した角をぐわんと曲がる。減速。角地から1m南下した地上で戦輪を1つ旋回させ土
くれを巻き上げる。それを眺める剛太の体は風と共に8m流れた。
(攻撃力は高いだろうがリーチは自動人形の腕程度! 仮に投げるにしろ角曲がった以上直撃は避けられる!)
 よしんば追尾性能があったとしても土煙を見れば予兆ぐらいつかめる。
(土煙を避けるっつーならむしろ願ったりだ! 遠回りするぶん迎撃体制を──…)
 結論からいえば剛太が打ったのは……限りない最善手だった。未知の搏闘(はくとう)を機動力で全力回避。咄嗟ながらも
隠された特性をも警戒したのは特筆に価する。
 唯一綻びがあるとすれば『せっかくのマークを外し、グレイズィングに他の幹部と合流するスキを与えた』──…

 ではなく。

『敵を自分基準で見過ぎていた』

 である。
 ただしそれは悪癖というべきものではない。剛太の頭脳水準はとみに高い。にも関わらず敵を侮らず、むしろ自分以上の
悪辣を持ち合わせていると警戒し、常に十重二十重の善後策を存分に講じる用心深さはそれ自体が得がたい才能だ。常人
ならば六度命を失いかけてようやく至るに至る境地をまっさらな新人状態で事もなげに自得しているのは一種の奇跡だ。
 故に『敵を自分基準で見過ぎていた』事実は決して過失ではない。最善手の1つに過ぎない。過ぎないのだが次の瞬間
剛太は思い知る。

 レティクルエレメンツ幹部。通称マレフィックたちの。

 常識を遥か超えた……脅威を!!

 惑星爆発級の衝撃が剛太の精髄を痛打した! (直撃!?」 まさか腕……いや本体でも後ろに来たか!?)、レッド
アラートの世界の中で振り返るルーキーだが現状はそれより遥かに悪い。背後には何も無い。千切れた腕もグレイズィング
も。ホッとできたのはしかし一瞬だ。正面へ戻る途中の眼球は確かに捉えた。

 景色が、動くのを。

 電車に乗っていれば運賃分の時間好きなだけ体感できる現象だ。建物が後ろに流れていくアレだ。それが児童養護施設
で再現された。それ自体は決して珍しい現象ではない。先ほど逃げるとき剛太は同じ風景を見た。溶けつつ後ろに流れる
窓や壁を視界の外で茫洋と捉えた。(…………)。足元を見る。車輪はとっくに止まっている。とっくに。一滴の汗が頬を伝う。
ボコギチャヅククッ。建物が南めがけ進軍する。……建物が。鉄骨の軋む嫌な音が心を確実に確実にかき乱す。
(まさか)
 土煙を見る。先ほど巻き上げた土煙を。

 サンドブラウンの嵐は、建物の角から2m北でもうもうと立ち込めていた。

 問題。

『先ほど角から1m南で発生させた筈の』土煙が──…

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 建物の角から2m北で立っているのは何故?

55 :永遠の扉:2014/06/15(日) 21:55:11.92 ID:hpolLC5f0.net
「野郎!! まさか!!?」

 潜行した衝撃波が養護施設の外壁を膨張させて波打たせる。剛太は見た。確かに見た。角が2mほど浮き上がっている
のを。建物が急ブレーキをかけ『跳ねた』。
「殴って動かしやがったのか!? 馬鹿な!! 演劇だけで100名以上収容できる施設だぞ!?」
 壁が砕け散り窓が割れる。範囲30m。剛太が視認できる限り総ての施設が骨組みだけになった。バックドラフトの爆轟
のなか焦げ臭い毒蛇どもが何匹も何匹も外に溢れた。赫々たる瞬きはしかし建物が『着地する』衝撃に呑まれ消え果てる。
 爆発が外装を吹き飛ばしたのではない。外装が吹き飛ばされたから爆発が起こったのだ。逆の因果に慄然とする。
(フザけんな。女で医者でしかも回復役なのに何なんだよこの攻撃力。反則だろ。在り得ねェ)
 身体能力については先ほどご高説を賜っている。『他者を癒す存在だからこそクランケ以上に頑強たるべき』……筋は
通っている。誰も虚弱で病弱な医者など信じない。剛太自身そんな輩に診て貰いたいとは思わない。だが限度というもの
がある。
(戦う医者おおいに結構。だがもっとこう、同じ”強い”でも色々あるだろ! 人体構造知り尽くしているから関節とか秘孔
破壊したりとか、注射器やらメスやら使うとか色々!!! それがただ殴るだけって何だよ!? 捻れよ医者!)
 小細工のない相手は破り辛い……とまでは思わない。むしろ直線的すぎるからこそ、小回り重視のモーターギアの本領
発揮といけるだろう。しかしそういう利点を得てなお釈然とせぬのが偽らざる実情だ。
(やだよこんなゴリラみたいな回復役! 腕っぷし強い癖にエロいし! スタイルいいのが逆に嫌だ!!)
 グレイズィングが筋骨隆々のいかにもなガテン系なら先ほどの攻撃力も納得できる。顔が見えなくても「敵の幹部に1人
は居る妖艶な美女だなコイツ」と分かる雰囲気の彼女が「いわゆる知性ゼロで自分のコトおでとか呼ぶパワーファイター
な幹部」みたいなコトしたのが大変嫌だ。
「クス。ウォーミングアップなしだと……やっぱり外れますわね」
 角を……いや、厳密にいえば「先ほどまで角があった」、建物の轍の横を女医が悠然と曲がってきた。「……」剛太は
チラりと横目を這わす。溝はそこにもあった。15cmはあろうかという溝の傍で建物の基盤が、コンクリートらしき灰色の
基礎の側面で見るからに冷たい濡れた土を真新しく光らせているのは悪夢だった。
(思慮も何もあったもんじゃねえ! 力込めて殴る! 単純! だがそれ故に度を外れた強力!!)
 土鳩が新幹線にぶつかる動画を見たコトがある。衝突という概念すら成り立たぬ世界だった。骨格も筋肉も羽毛も水滴
だった。少しばかり掃除が困難な汚水……土鳩の命はそう定義され消滅した。砕け散るのだ。速度と衝撃において圧敗す
る者は肉と消化物の匂い混じりの通過の霧と消えるのだ。
(どこに当たろうが……死んでた。衝撃波が建物30m以上砕くんだ。指に掠っただけで……いや、完全に躱したとしても、
腕が傍にある何がしかの物質と衝突したら…………余波だけで、死ぬ)
 回避という選択自体は正しい。正しいがそれゆえ剛太は敗北以上のおぞましさをタップリと呑まされた。
(鐶の義姉……身体能力で劣るリバースでさえストレイトネットを引き千切ったんだ。自称最強のコイツなら恐らく)
 汗は施設の炎ゆえではない。恐らく当たっているであろう最悪の想像が三斗どころではない冷汗を滴らせる。
「コイツなら恐らく、素手でシルバースキン攻略できる)
 女医は近づいてくる。
「クス。一撃で跡形無き蘇生不能になれるなら幸せよん。生き返る限り拷問ヤッちゃうワタクシ──…」

「『どすけべ女医 金断の診察室(マレフィックビーナス)』……グレイズィング=メディック相手ならねん」

(落ち着け。相手が脳筋ならむしろやりやすい。腕含め何か投げてくるかも知れねえが、どっちみち近づくのはマズいんだ)
 土煙を巻き上げていた戦輪が戻ってくる。予めインプットした通りに。
(小回りと応用の効くモーターギアで先輩達の居ない方向へ誘導(早坂の居る方へ来ちまっているが不可抗力。逃げなきゃ
死んでた)。どうせ手傷を負わせても回復されるんだ。こっちからは仕掛けねえ。回避全振りだ)
 残る問題は自動人形の捕捉だ。単体でも他の幹部を癒しにいく可能性がある。最後に見たのは角の向こうだ。進退を
見極めるためにはグレイズィングとすれ違わなければならない。

56 :永遠の扉:2014/06/15(日) 21:55:51.02 ID:hpolLC5f0.net
(……マズいな。どうする? 屋根の上へ行くか? けどさっきの衝撃が衝撃だ。全壊してねえ保証はねえ。あちこち破れて
るだけでも走破は困難。炎ともども機動力を削ぐ、追いつかれる。そもそも登った所をドン! カブトムシかイガグリにするよ
う建物を叩き俺を落とす可能性も…………)

「クライマックスは薄い本が大好きですのよ」

 思考を遮る声。顔を上げる。歩を止めたグレイズィングの下半分しか見えない顔が養護施設の炎に赤く炙られていた。
(薄い本……? ページ数の少ない小冊子……なのか?)
 クス。思考を読んだように女医は嗤う。
「漫画とかのキャラが痴漢されたりラブラブなエッチしたり或いは適当なモブに輪姦されて全身精液ドロドロでアヘ顔ダブル
ピースしたりする本ですわよ」
(うわオタク趣味かよ! エロ漫画ってだけでアレなのにアニメキャラとか使うのかよ!)
 露骨に嫌悪感を示す剛太。アヘ顔ダブルピースの意味はよく分からないが、とにかく碌な表情でないコトは理解した。
「ワタクシも借りますのよ。三次元もいいですけど、二次元の少年少女は現実にない清らかさがありますもの。フフ。それらが
羞恥に悶える姿はヘタなAVより刺激的。本と同じ体位しながらバイブ出し入れして「んほお!」とかイクの楽しいんですの」
 炎の照り返しの中でも分かるほど頬を染め手を当ててくねくねするグレイズィングに、「で、薄い本が何?」冷めた目で問
いかける。
「いつも7ページから読むんですのよワタクシ」
「は?」
「だいたい前フリが……あ、前戯じゃありませんわよ。ヤッちゃうまでの過程、ちぃともエロくない部分がだいたい6ページ
ほどあるのでソートー興味惹かれない限り一周目は飛ばしますの」
「だから何だよ!? お前の性癖とか知らねェよ!!」
「『なぜワタクシが女医にも関わらずブン殴るか』……その説明でしてよ。殴るってのは6ページすっ飛ばす行為ですの。7
ページ以降のめくるめく世界を一刻も早く掴み取るための儀式ですの。相手の特性だの戦法だのはエロに至る前のゴチャ
ゴチャとしたしょうもない前説にすぎませんのよ。シンプルかつ、とっとと。最適かつ最速の攻撃を叩き込んで6ページすっ
飛ばして、好みな敵さん毒牙にかけて楽しみたいんですの。防御固めてベホマ毎ターンかけて突っ込み、カンストした攻撃
力で特性も戦法も……捻じ伏せる!! されば戦闘はいつだって7ページ目になりますの。だから殴るんですのよワタクシ」
 恐ろしく即物的な意見に剛太は変化を感じる。
 風の変化を。流れの移ろいを。
「クス。察したようですわね。アナタはよっぽど面白そうな薄い本。1ページ目から順々読んで来ましたけど……」
(マズい! 来る!!)
「今しがた捲くれましてよ6ページ!」
 愉悦を歌うように叫び、彼女は地を蹴る。今度は足がマッシブだった。
「カモシカの脚力で踏み込みゴリラの腕力でぇ〜〜〜〜〜殴る!!」
 瞬間移動した如く眼前に迫る死の影。圧倒的絶望の中、剛太は──…

 養護施設南部・庭。

『お姉ちゃん同盟結成のお知らせ。
一緒に同盟に入って光ちゃんを可愛がりませんか? 入会費・年会費は無料。

    光チャンワッショイ
                            +
.   +   /■\  /■\  /■\  +   
      ( ´∀`∩(´∀`∩) ( ´ー`)     来たれ来たれー
 +  (( (つ   ノ(つ  丿 (つ  つ ))  +
       ヽ  ( ノ ( ヽノ   ) ) )
       (_)し'  し(_)  (_)_)  光チャンワッショイ』

(………………)
 庭に書かれた手紙を見た桜花はただ呆然とした。表情は横線に埋め尽くされ窺い知るコトはできない。
「A4サイズぐらいの狭さにアスキーアートまで書きやがった……」
 ついに毎秒14発に達した射撃を撃墜しながらこの余裕。御前に至っては呆れを通り越して感服だ。
『フー』
 トリガーに指をかけながら額を拭うリバースはひどく満足そうだった。アホ毛がヘリよろしくグルグル旋回した。
「あら?」
『むむむのむ?』
 麗しい少女ふたり、同時に東を見たのは地響きのせいである。

57 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:01:26.62 ID:hpolLC5f0.net
.
 迫ってきたのは。

(桜花は海王星の幹部の銃撃を走って避け始めた。弓矢(アーチェリー)では全部捌き切れない上にガス欠を招くからだ。
もっとも理由はそれだけじゃないがな)
 お姉ちゃん同盟の古戦場に滑り込んだ斗貴子はダブル武装錬金で『弾く』。銃撃を相殺できなかった矢、地面に刺さる
矢を弾くのだ。大部分はディプレスに向かうが一部は桜花と撃ち合うリバースを狙う。
(クリーンヒットとは行かないがな)
 アホ毛がぺちぺち動いて矢を砕くのは閉口だ。斗貴子としてはせめて後学のため、話に聞く自動人形ぐらい援護防御に
引きずり出したいのだが、それさえ叶っていない。
 とにかく現状は桜花との奇妙な共同戦線だ。スペックで海王星に劣る彼女。火星に攻撃したいが近接すれば分解の餌食
になりかねない斗貴子。矢を地面に林立する素っ気ない行為が双方を上手く補っている。斗貴子がリバースの注意をわずか
なりと逸らし桜花がディプレス用の『弾』を捻出する。
(あの夜、屋上でやりあった時は想像もしなかったな)
 あの夜といえば桜花の矢、地面に撃ち込まれるやすぐ消滅していた。今はしかし消えずに残っている不思議、これもまた
秋水のソードサムライXの硬度上昇と同じく桜花の成長の証であろう。
「けどwwwwwwwwwwああ憂鬱wwww奴の矢にゃあ限度があるwwww」
 何百本目かの矢をスペースデブリならぬディプレスデブリ、周囲を漂う塵芥に作り替えた幹部は手を叩き嘲け笑う。
「随分本数を増やしてるようだがそれでも毎分360発は競り負けているんだよ桜花www つまりwwwいwっwぱwいwいwっw
ぱwいw これ以上てめえに回る矢が増えるコトはねーぜw 万が一増やしたとしても精神力の方が先に尽きるww ああ憂鬱w」
 いちいち舞い込む挑発に斗貴子が平然としていられるのは日常あらばこそだ。
(戦士長。剛太。毒島。秋水。そして桜花。彼らが私の戦う理由を問いかけ……見つめ直す機会を与えてくれたから乱れず
に居られる。安い挑発に乗ってやる必要はない。日常。戦う理由。答えはまだ出ない。だが……見つける。生きて必ず見つ
ける)
 とは思うもののディプレスに対する決定打が欠けているのも否めない。矢は絶対的に不足している。
 敵の周囲を見る。ボールペン程度の大きさした黒いカラスが何羽も舞っている。
(何発も攻撃を加えた結果分かったが……あれは自動防御だ。奴はご自慢の分解能力を自分の周りに展開している)
 小石を蹴る。ディプレスの30cm圏内に入ったそれの周りで黒い風が吹き荒れた。それだけで小石は世界から消えた。
(あのザマだ。バルキリースカートで攻撃してもたちどころに分解されるだろう)
 だが同時にこの状況が成り立つコトそのものに斗貴子は光明を見出している。
(近づくもの皆総て分解できるというなら、あれを纏ったまま私や桜花に特攻すれば片はつく。今は人間の姿をしているが、
鐶曰く奴の本領発揮は動物形態……ハシビロコウの時だという。ならその形態で自動防御を展開し高速機動! 誰でも
思いつく戦法だ。実際戦団の記録では10年前の決戦でもそうやって何人も葬ったという)
 にも関わらず女性戦士2人にそれを敢行しない
(初手で武装錬金を使わなかった相手だ。手の内を知られるコトを恐れている。つまり自動防御含め分解能力には何か決定
的な弱点があるというコトだ。攻撃力の高さと引き換えにした……使ってなお、私か桜花どちらかに生存されれば見抜かれ
る……単純な弱点が)
 翻せばそれは手数さえあれば破れるというコトだ。物量で位押しに押し続ければいつか破綻が見え攻略できる。
(……せめてもっと大きな物が転がっていれば。石や土、矢よりももっと大きな『何か』さえあれば、弱点、暴けるのだが)
 思考に割り込み割り開いたのは舌打ちである。
「うぜえ」
 全身フードがボコボコと沸騰するのを斗貴子は見た。それがいかな素材で出来ているか知るよしはないが、少なくても伸縮
性に富んだ材料が使われているのだけは分かった。なぜなら中肉中背だったディプレスの姿が見る見ると肥大化し、2mほど
の……無銘の兵馬俑よりも巨大な体格に変じてなおフードが全身像の露呈を妨げたからだ。
「ハシビロコウ、か。姿を変えたというコトはつまり」
 目こそ見えないがネズミ色の羽毛と傷だらけのクチバシを見れば十分だ。体の半分ほどある後者はオーバーサイズ、到底
フードに収まる代物ではなかった。
「憂鬱だよなあ!! 脛に傷ある野郎が如何にも立ち直りましたって顔でこちとらの手の内読む! 憂鬱だよなあ!」

58 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:04:47.35 ID:hpolLC5f0.net
 自動防御は継続するディプレスの周囲で陽炎が揺らめき影を結んだ。神火飛鴉翼の生えたボールペンという風体の武装錬金が
轟然と飛んだ。
 桜花めがけて。
(なっ!) 斗貴子は不覚を悔いた。
「タイマンやってるときによぉーーー! 別な相手に粉かけるようなマネおっ始めたのはテメエらだからよおーーーー!! 
ターゲット変えても卑怯って吐(ぬ)かせる道理……ねーよなあ!!」
 クチバシを大きく開けて歪んだ炎の笑いを撒き散らかすディプレス。フードから片方だけ見えた三白眼は血走っている。
 危機。しかし桜花は何故かリバースと2人して東を見ている。普段なら斗貴子は怒鳴るだろう。必中必殺の能力が背後から
迫っているにも関わらず敵と雁首そろえて彼方を見る。獅子の如く憤然と叱責すべき事柄だ。
 だが……斗貴子は。視線を追った斗貴子は。

 笑った。

「鎌は6本だが仕方ない。見様見真似……九頭龍閃!!!」
 神速を発揮し神火飛鴉を追い抜く。更に地面に轍がつくほど踵を踏み込みブレーキをかけると桜花の視点のその向こう
めがけ処刑鎌を最大速度で伸ばしきる。異様な手ごたえと重みが走った。それらに大腿部の骨を軋ませながら右踵を地軸
にねじ込まん勢いで半回転。
 桜花を狙っていた神火飛鴉。それは自動人形と紫電と共に霧散した。鎌が軌道上に差し出した人形とともに。
 火星の幹部から悪態が漏れた。
「チッ。あの馬鹿。さては気付いていないな。羸砲の能力使ったせいで自動人形のスペック、いつもの4割程度だって事によぉ」
『ついでに言うと公園程度の広さしかないこの庭じゃ全然本領発揮できないのよねー』
 リバースの笑顔も若干引き攣っている。

 桜花は見た。斗貴子も見た。群れ……最低でも60体の自動人形が庭を埋め尽くしつつある現状を。


「クソ! なんなんだよコイツら!」
 壁を忍者よろしく垂直に駆けながら剛太は愚痴る。
「空気読めない援軍ねん。津村斗貴子が対ディプレスに利用するの分かりそうなものなのに」
 剛太を追って走るグレイズィングの口からため息が漏れた。


(ぬぇーぬぇぬぇぬぇ!! 膠着状態を破る援軍です! この上なく援軍送ってみなさんを補佐するのです!)
 屋根から燃え盛る施設のエアダクトの中へと移動し隠れたクライマックスは内心で笑う。
(マーキュリービーナスアースマーズ、ジュピターサターンウラヌス、プルート&ネプチューン! 校則で高速で制服で征服!)

 養護施設南西・外郭。

「…………」
 自動人形は秋水の戦局にも影響を及ぼした。特性を使う、そう公言したブレイクへ警戒に次ぐ警戒を向けていた剣客の
頭上から自動人形6体が飛びかかった。それ自体は造作もない相手だった。壁を蹴り星型の軌道を描くだけで軌道上の
敵は一掃された。だが……警戒心が一瞬、毫釐(ごうり)ほど僅かな間だけ外れた瞬間、ブレイクは動いた。
(来るか特性。だが光にさえ気をつければ防げる!)
 秋水はずっと発光に備えていた。以前一度、演技指導を乞うたとき記憶を消したのは眩い光芒だった。既に一度受けて
いる以上、禁止能力が色に由来すると知った以上、圧倒的ルクスという色彩の最大現象を警戒するのは当然だろう。
斧が跳ね上がる。空中の秋水を又の付け根から両断せんとするうねりにしかし秋水は日本刀を合わせた。これも上手い。
ハルバートが光というエネルギーを放つのならたちどころに吸収されただろう。そのうえ物理攻撃を物理的に阻めるの
だから選択に間違いはなかった。
 しかし変化は正解の中で起こった。
(……?)
 宙で斧を支えに浮かび上がる秋水の体がガコリと落ち込んだ。転落独特の酩酊感のなか彼は見た。
 開く、斧を。
(ライトでも仕込んでいるのか?)
 訝しむ秋水が見たのは……直線と正方形の組み合わせである。線にはところどころ色がついていた。青、緑、赤……。
米字型交差する色つきの線分は、決して蛍光灯の類ではない。斧の内側に書かれた純然たる二次元世界の紋様だった。
 にも関わらずそれが俄かに輝きだした。
(!?)
 愛刀の反応を確かめる。エネルギーの手ごたえはない。
(馬鹿な。この奇妙な紋様を傷つけるほど喰い込んでいるんだぞ。なのにどうして輝きを……エネルギーを吸収できない!?)
「美術の便覧に乗ってませんでしたか? 今のネオンカラー効果って言うんでさ」

59 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:05:35.26 ID:hpolLC5f0.net
 にひひと笑う呟きに秋水はただ「何?」と問い返すコトしかできなかった。
「色のついた線分を交差させ黒い線で以て延長すると……光が滲み出てるように見えるんですよ」
(やられた! つまり錯視でも構わないというコトか! 俺が、対象者が輝きを感じさえすれば実際の光のあるなしは関係
ないと……!!)
 数日前小屋の前で露骨に見せた輝きそれ自体が罠だったようだ。「物理的な輝きがキー。それさえ防げば禁止能力は
及ばない」。そう思わせるための。そして殆どの一般人が知らない色彩知識で光を見せる……巧妙かつ悪辣な手段。
 ……色彩。そして光。それらは人間の眼球が織りなす相対的な感覚である。ニュートンは光を絶対のものとし、人間の想
像力には左右されないといった。反撃したのはゲーテである。色とは人間の生理的・心理的作用がもたらすものだ……そう
述べた。
 目や脳は時に存在しない光さえ勝手に作りだす。その具体例の1つがネオンカラー効果である。
(間違いない。彼の真骨頂はハルバートの腕じゃない。色彩心理)
「にひっ。俺っちは『虚飾』の幹部。枠に色つけて騙すのは得意でさ」
 瞠目しつつもしかし、開いた斧の蝶番めがけ斬撃を繰り出す秋水は果敢だった。
(可動域を全力で撃つ。空中にいるんだ、体重を乗せればヒビぐらい入る! そこから壊すコトも──…)
 斧槍全体が黒く染まった。そして……発せられるブレイクの、言葉。
「力を込めるコトを禁ずる」
「っ……!!」
 言葉と共に押し上げられたハルバート。体重を以て押しつけんとした秋水の全身が、しかしひどく重みを増した斧槍に
成すすべくもなく吹き飛ばされた。
(ブレイクの武装錬金が……急激に重さを増した? いや。これが禁止能力? 脱力したのか? 俺が?)
 膝をつく秋水。ブレイクはエビス顔で……笑う。
「光さえ一旦生じれば……俺っちの特性、かけ放題ですねえ」
「余裕な、訳だ。エネルギーなしで光を作れるとあらば……俺の武装錬金など恐れるに足らないな」
 異変に戸惑う秋水に、ブレイクはゆっくり歩み寄る。その背後から無限とも思える自動人形が続々と歩いてくる……。

 養護施設南部・庭。

 ふつう大群に包囲されればマズいと青ざめ突破するだろう。しかし斗貴子は逆を行く。
(どんな特性か知らないが敵の自動人形なんだ! 盾にしようが武器にしようがこちらに一切痛痒なしだ!!)
 6本の鎌で手近な人形の胴体を手当たり次第に貫いてはディプレスに投げる。桜花の旗色が悪ければリバースに……。
「ハッwwwwwww 故あってチカラ6割減の雑魚どもで! 随分舐めたマネしてくれるじゃねーか!!!」
 決してパワー型ではないバルキリースカートが成人男性ほどある人形を10体以上立て続けに投げつけた。そこかしこの
可動肢が悲痛な軋みを上げる中、ディプレス=シンカヒアは気炎をあげる。
「クライマックスの自動人形だろうが何だろうが分解できねえモンなんざねーんだよ!!! このオイラ──…」

「『炎の如く(マレフィックマーズ)』、ディプレス=シンカヒアさんにゃよオオオオオオオオオ!!!」

 航空機ほどの速度で迫る巨塊10個が無数の丸い粒へほぐされた。粒たちは更に粉となり風に流れる。
(原子レベル……ともすれば量子分解級の能力!! 裏返しを破っただけのコトはある!!)
 神火飛鴉の群体が飛んでくる。30は下らない。塵に還った人形たちを貫通してなお斗貴子を狙うものもある。
「はああああああああああああああああああああああ!!!」
 飛びかかってきた人形を突き刺し……振りぬく。団子のように4体串刺しにした鎌もある。戦団広報部から年に2度はモデ
ルの依頼をかけられるほどスラリとした美しい大腿部に莫大な重量が圧し掛かる。今にもヘシ折れそうな軋みのなか、しかし
斗貴子は迫る人形どもを刺して刺して投げ捲くる。
「死ィねやあああああああああああああああああああああああ!!!!」
 もはや砲撃であり戦争だった。もうディプレスは自動防御などとっくに解いている。体の周りから蜥蜴サイズの鴉の群れを
重機関銃のごとく連射する。ほぼ同等の速度で斗貴子は人形たちを投げ続ける。

『変則的だけど凄いラッシュねー。ゲームならボタン連打確実な場面じゃないアレ?』
 おっとりとした深窓の令嬢のような笑み──フードで前が隠れている。見えるのは口だけだ。にも関わらず雰囲気は紛れ
もなく令嬢だった──を浮かべながらサブマシンガンを撃つリバース。

60 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:06:28.45 ID:hpolLC5f0.net
「よいしょと」
 ロングスカートを閃かせつつ人形の背後へ。敵は振り向こうとしたが……マリオネットになる。銃弾という繰り糸に打ち震え
るマリオネットに。
「盾お疲れ様。楽になっていいわよ」
 リバースに負けじ劣らずの上品な笑顔を浮かべながら当たり前のように人形を突き飛ばす。右膝と左大腿部中央を噛み
破られていた人形は成す術なくつんのめり、弾丸嵐へ。高速連射の贄と消えた。
『むー。人形来てからやり辛いなー。盾にしまくりだよ桜花さん。ちょっと位置どり変えようかなー』
 鐶の義姉は撃つのを止めた。
(初歩とはいえブラボーさんに護身術習っておいて正解だったわね)
 桜花はリバース含め8体の敵に囲まれている。包囲網の外は斗貴子の投擲のおかげで何もいない。ただ50m先には歩
いてくる人形たち。屋根にも影はあり、もたけつば屋外ながらも寿司詰めという破目になる。
 漆のように光沢のある髪を揺らしながら1m圏内を見る。居るのは人形4体。前後左右に各1体。
(ムーンフェイスと同じね。数が多い分、精密操作まではできない、か)
 包囲は等間隔ではない。歪だった。左より右の方が後ろの敵にやや近い。

【桜花基準の配置図。以下文章中の呼称は括弧内に倣う】

          ● 後ろ(敵A)

 右(敵D) ●  ○ 桜花   ● 左(敵B)

           ●  前(敵C)


(まずは、と)
 右に流れる。秋水仕込みの歩法がもたらす移動速度の急激な変化に人形達が反応し歩みを進める。
 Dが拳を繰り出した。桜花はそれを掌で受け流しつつ反動を利し、包囲線ADを突破。さらにリバースの射撃を警戒しつ
つバックステップ。陣形が崩れた。ADのラインが縮む。両者桜花に近づいたからだ。更にDの後からCが来る。

 桜
 ○ ●A
   ●D   ●B
   ●C

 桜花はAと反対方向に水平移動。DとCの拳や蹴りをスウェーで交わしつつ御前を飛ばし……Bを撃たせる。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
 針鼠散華を合図にしたかの如くADCが直線に。リバースを見る。桜花から見てCから7時方向4mの距離で銃を構えて
いた。
「ちょっと動いてくださいねー」
 御前がCの踝を射抜き傾かせる。桜花は駆けつつAの背後に回る。外側から手首と肩口を掴み連行するようゆっくり引き
……1時方向へ。
 陣形は、こうなった。

        ○
       ●A  
      ●D   
     ●C    □御前


  ▲リバース

『もー! これじゃ射撃通らないじゃないのよ! むぅ〜。ま、でも最小の労力で一番強い私から身を守る……大した物ねー。
左の敵(B)を刈ったから増援来るまで安心して盾にできるし』
(彼女の身体能力なら一気に5時方向へ回りこめるでしょうけど、いま掴んでる敵(A)を盾にすればしばらく凌げる)
 もっとも御前は回り込めないよう牽制射撃を行っている。弓がないため速射性こそ激減しているが(毎秒平均5射が限度。
矢自体は一瞬で作れるが、ターゲットロックからスローイングまでどうしても2秒かかる。桜花と精神を共有しているため、
独立行動中の処理速度は実質半減といえた。御前を操っている間にも彼女はリバースを警戒しつつ直近の人形たちをも
処理……忙しかった)、全長30cmあるかどうかの小兵ゆえに弾幕を避けやすいというメリットがある。
「ハッハーン! 空気弾は見えねーけど銃口向いてない場所飛べば絶対大丈夫!」

61 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:07:13.25 ID:hpolLC5f0.net
 御前はリバースの頭上を取る。いかなる武術を極めようとそこは絶対の死角なのだ。子供に負けたガリガリくんが言って
るのだから間違いない。
「しかも上から後頭部を狙う!! さあどうする桜花狙う余裕は──…」
『よいしょと』
 笑顔の少女は余裕だった。文字を書いてから肘を曲げ、肩ごとめいっぱい後ろに倒す。御前は見た。逆さのイングラムを。
背負うように持たれたサブマシンガンの銃口は明らかに御前を狙っていた。
(やば! 移動しながら撃って牽制!)
 そしてリバース。
 背後から迫る30本近い矢を、動きもせず、振り返りもせず、総て無傷で撃墜した。
「ウソォ!!?」
 被弾したのはむしろリバースを直視し、回避運動すらとっていた御前の方だ。かすり傷だが手足が数ヶ所、破損した。
『牽制するなら声出さない方がいいわよ〜。生成音や投擲音、風切音なんかもね。私めは静寂が好きだから物音には敏感
なのだっ!!』
 御前が慄然としたのは文字の内容ではない。大きさだ。
「ウソだろ……」
 汗を流しながら再読する。

『空中8mの距離に浮かんでいる御前でさえ読めるほど』

『大きな』

『文字たちを』

「1文字1文字がA4ノート1ページ分まるまる使ったほど大きい……。それを御前様迎撃しながら書くなんて…………」
 桜花はやっと気付く。遊ばれていると。そもそも防人すら建物の中から外へ強制排出するほどの身体能力の持ち主な
のだ。香美に武装錬金を発動させる訓練中かれは「一歩も動かず攻撃総て受けきる」という条件を自ら課したコトがある。
素手でもツボに入ればシルバースキンを爆ぜさせ一瞬ながらも素肌を覗かせるコトのできるネコ型が、どれほど勢いを
つけようが投げたり転ばしたりできないのが防人なのだ。負傷したりとはいえボディーコントロールは健在、重力を論ずる
だけあり重心の取り方は神懸っている彼をリバースは……力任せで屋外に出した。
(やっぱり。その気になれば、銃を使わず素手で暴れれば……私なんか一瞬で斃せるのよ彼女は)
 にも関わらず、矢を捌きつつ文字を書けるほど余裕があるにも関わらず、接近する気配が一切ない。
『どうして殺さないの? そんな顔ねー』
 たたた。土へのタイプを軽く読む。言葉は出ない。文字は足元なのだ。ちょっと弾道を逸らされるだけで足の指が吹っ飛ぶ
……丁寧で明るい文章だが、腹黒い桜花だからこそ感じ取ってしまうのだ。『いつでも動けなくできる。動けなくして自動人形
の餌食にできる。でもしないのよ? ね。私……優しいでしょ?』という武威を湛えた非情な余裕が。
(…………にも関わらず笑顔が純真極まるのが……恐ろしいわね。私ですら脅迫するときは相応の冷笑なのに)
『私めはね。友達が欲しいのよ。桜花さんをお姉ちゃん同盟に誘うのも、同年代の友達が欲しいからなの』
 ニコニコと口元を綻ばせる少女。フードから覗く乳白色のショートボブは絹糸のようにふわふわ波を打っている。肌の白さ
といい華奢な体といい、美貌に絶対なる自信を持つ桜花ですら見惚れてしまう清純極まる雰囲気だ。そんな彼女が友人を
欲する……奥ゆかしい言動だが、やはりどこか高圧的で鬱屈の響きもある。
『光ちゃんを可愛がってくれたんですもの。私めと友達になって欲しいの。友達になって、まるで同一人物ってぐらい一緒に
過ごしましょうよ。光ちゃんを可愛がった記憶ごと私と1つになりましょう。殺さないわ。殺したら1つになれないでしょ。光
ちゃんの可愛い仕草や反応が永遠に貴方だけのものになっちゃうもの。それはダメよ。殺させない。誰にも誰にも桜花さん
を殺させない。私が守るの。光ちゃんとの記憶総て引き出して、私のものにするの。光ちゃんが、私を、桜花さんと錯覚する
まで、光ちゃんが昔桜花さんにしたコトを私にしたって錯覚するまで、桜花さんと1つになって、私が桜花さんだって伝え続ける
の。桜花さんと過ごしたときそこに居たのが私だって置き換えるの。桜花さんとの思い出を私との思い出にすり替えるまで
桜花さんが死ぬようなコトがあっちゃ駄目なの。死なれたら光ちゃんの中で桜花さんが永遠になっちゃうもの。気の迷いと
はいえ私以外の人をお姉さんと呼び慕った記憶が悲しみと共に定着するの。永続しちゃうの。嫌よそれは絶対嫌。だから
守るの。桜花さんを守るの。あらゆる災厄から守って守って守り続けてあげるのよ……』
 読み終えた桜花は遠い目をした。
「映画大脱走って主要人物死にまくりな癖して余韻爽やかなの何故かしら」

62 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:07:46.65 ID:hpolLC5f0.net
「逃げたいのかよ! 逃げたら殺されそうで怖いけどそっちのがハッピーじゃないかってぐらい怖がってるのかよ!!」
 ある意味1人ボケツッコミ。御前の叱責で正気に戻る。
(お、お母さん(早坂真由美)といい津村さんといい、どうしてビョーキな人ばかり私の周りに寄ってくるのよ…………)
 泣きたい気分だった。「お前いま私を貶しただろ!」斗貴子はがなった。あと桜花も人のコトはいえない。(鐶がなついた時
ちょっと監禁したくなった。むしろ不幸なのは鐶であろう)

『『波(マレフィックネプチューン)』、リバース=イングラム参上っ!』

 少女は笑い、そして撃つ。桜花の脳内映画館、大脱走に次ぐ上映は……ミザリー。


 養護施設北東・穴のある一角。

「しまった!!」
 自動人形とグレイズィングの猛攻を躱しながら疾駆していた剛太。彼方に救助者たちの一団を認める。
(ここに避難していたのかよ! くそう。こんなコトになるならやっぱ職員とガキども生徒と一緒に避難させりゃ良かったんだ!)

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

 劇終了から少し後。


「避難しない、ですか?」
 防人は目を丸くしていた。職員達は頷いた。(ちなみに防人、自己紹介したものの顔も本名も晒さないせいで「どこの誰だ
か分からない」不審人物扱いを以後ずっと受け続ける)
「ヒヒヒっ、俺達まで逃げてみなァ? 敵は演劇見た観客達にまで手ぇ広げるぜェー」
(むしろお前が敵だよ)。とは右目の周りに緑色の星のペインティングをした職員Aへの剛太ツッコミ。髪はモヒカン。ナイフ
を長い舌で舐めていた。性別はもちろん女性だ。
「君たちの相手の劇団、顧客満足度の調査とかいう名目で観客達を尾行してるよ。おっと、劇団員は人間のようだよ。敵は
相当お金を掴ませたようだね。尾行のおかしさに首を傾げながらもやっている」
 街の監視カメラをハッキングした。ノートPCを見せる痩せぎすの男。血色は悪く右の前髪がやけに長い。あと歯に矯正器具
をつけていた。
(いや誰だよお前。誰なんだよ)
 液晶画面の中では確かに見覚えのある劇団員たちがこれまた見覚えのある観客を尾けている。
「ふぇひょひょほほ! 奴らめ! ここが蛻の空じゃったバヤイこの様子をオンシらに知らせる腹積もりのようじゃのほぉ!!
助けたくば聖サンジェルマン病院の防衛をやめ駆けつけよという積りじゃはあああああああああああ!!」
 乱杭歯で側頭部に綿のような毛が辛うじてついている眼帯の老爺が杖をカッタンカッタン床に打つ。
(うるせえよ! つかなんで濃いんだよここの職員ども!! 必要なのかその格好!! 本当に必要なのか!!)
 ヒグマをつれている筋骨隆々の中年もいる。「もーアイツら殺しちゃっていいんじゃないのー? キヒヒ!」とか笑っているの
は、大玉にのってジャクリングしているピエロ少女だ。(まっさきにやられるタイプだ! まっさきにやられるタイプだ!) 無銘
は剛太の袖を引き指差す。目はキラッキラだった。
(てかニンジャ小僧いたのかよ……)
 全身呪符だらけのフルボディ水着とか日本刀を持ったライダースーツの女とか訳の分からない連中ひしめく事務室を無銘
は「忍法帖みたいだ! 忍法帖みたいだ! うおおー!」ひどく気に入った様子だが剛太はただゲンナリした。

「ここに私達が居れば観客さんたちにまで手出しはしないでしょう」
 品のいい老婦人──養護施設の長。所長──がにこりと笑った。顔だけ見ればマトモだがどういう訳かボンテージだ。鞭を持っており、ギャグポールを
つけたスキンヘッドの男が椅子だった。
(やっすい映画の敵アジトかよ)
 乾いた笑いを浮かべると腕が小突かれた。横を見る。口を押さえ目を真赤にした桜花がぷるぷる震えながら睨んでいた。
小声でやるツッコミがいちいちツボに入っているらしい。
「いや中村違うぞ。これは映画というよりむしろ漫画の」
「いいから黙れ早坂。お前のツッコミはどっかズレてる」
 シュンとする剣客。顔面騎乗を助けなかったのはこの恨みあらばこそだ。
「しかしあなたたちが残るとなると相応の危険が」
「それでも街のそこかしこに散らばった観客さんたち守るよりは楽じゃなくて?」
「ぶぐふうっ!!」
 桜花が盛大に吹いたのは、所長がとつぜん葉巻を咥えたからだ。黒服黒サングラスの男が慣れた様子で火をつけた辺りで
彼女の腹筋は死んだ。
「キューバ産……あれ絶対キューバ産……」

63 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:08:15.54 ID:hpolLC5f0.net
「だからなんだよ……」
 くつくつ震える桜花に呆れるほかなかった。箸が転がってもおかしい年頃、という奴だろうか。
 とにかく養護施設側に対する事情説明は終了済み。留まれば危険、生徒達と避難しよう……。彼らはその話を聞いた上
で残留を選んだ。「養護施設と地域社会の交流の一環たる劇を見てくれた人たちを危険に晒せない、第一自分たちだけ
助かっても、観客たちが一斉に危害を受ければすぐさま世間の知るところとなり色々生き辛くなる」と。

(風評の問題って奴か。自分たちだけ生き延びてもその為に観客達犠牲にしたら後々厄介と)

 剛太としては「じゃあいま尾行されてる観客たちとっとと助けりゃいいんじゃね?」であるが、ハッカー氏は首を振った。

「いい手だがだからこそ予測してるよ敵さんは。僕なら劇団員に言うね。不審な人物がマルタイに接触したらすぐ連絡しろっ
て。恐らく満足度調査を依頼するとき言い含めたんだよ。『実は彼らを狙う奴が居る。尾行は護衛でもあるのさ』……フフ。
ある意味じゃ真実、だって自分たちがそうだからね。なのにむしろ倫理的に正しい立場と錯覚させつつ……お金貰って
人をつけるというえげつない行為さえ、守護の名の下許容できるよう仕向けたと見るべきさ」
(だからお前誰だよ)
 まったく不明だが、とにかく職員達は残留決定。
「じゃあせめてガキ……いや、子供達、避難させやすい場所にまとめるべきじゃね?」
 女所長は首を振った。
「さいきんあのコたちったら防災意識が低いんですのよ」
「……まあ、そりゃ子供だからな」
「ええ。ここには最新鋭のスプリンクラーが900基あるんだ、これで全焼する訳があるまいとか、消防設備がらみの資格試
験に全員合格してるから防災設備のチェックは万全だとか、非常口の前に荷物置いてないか1日6回検査してるんだ、イザ
というとき逃げ遅れる訳がないとか、週1で抜き打ちの避難訓練繰り返したお陰で地震によらない通常火災なら警報鳴って
から3分で全員外に出られるとか、人間の命は儚いんだ、不覚にも炎に呑まれ朽ち果てても笑って死ねるよう日々全力で
生きているから恐れるものなど既にない、まったく良い人生だったとか…………油断しまくってるんですのよ」
「それ油断じゃねえよ、覚悟だ。ぜってー逃げられる。子供たちぜってー逃げられるわコレ。あと意識高いからな防災の」
「でも社会は残酷よ! いつアルキルアルミニウムを撒く放火犯が現れないとも限らない!! あれは水や消火器じゃ駄目
なのよ! どっちにしろ燃える! 砂かけて収まるの待つしかないのよ! 過酸化ナトリウム……粉末のアルミ……重油……
ニトログリセリンに硝酸…………この世はヤバイ物品で溢れているのよ! 私達程度じゃ適切な初期消火をした上、深入り
はせず最寄の消防署に通報するのが精一杯!」
(完璧すぎるわっ!)
「もちろん最新鋭の耐火建築だし可燃物は一極集中していませんし通報だって自動でできるようなってますけど、世間って
ば残酷ッ!! 親が子供見捨てたせいでココ存続してるんですもの! おぞましいこれ以上の裏切りがあると子供達に教
えてあげなくれば、嗚呼っ! 施設を出た後たくましく生きていけるかどうか!!」

 泣いてすがる女所長に防人はひどくヒいていた。教育をしたい、だから子供達は予備知識なしで残留…………一種狂気
を孕んだ教育方針を見かねたのか、密かに子供達を集め状況を説明した。すると。

「まあ世界ってそんなもんっしょ?」
「そーそー。腹ぁ痛めた子供ですら無関係って捨てるだべ?」
「悪の組織っぽいもんが襲撃して火ぃつけるってなら、ドンと構えますぜこっちは」
「だよだよ。お父さんもお母さんもいないからこそ堂々だよ!」
「火事が起こるまでいつも通り暮らすよ! ビビるのは悪に屈するってコトだから!」

「いや、待て。俺達はキミらを助けたいんだ。一箇所にまとまってくれてるほうが安心だし確実なんだが……」

「天意を得たいんだよボクらは」
「て、天意?」
 珍しく驚愕する防人。子供達はひどく大人びた顔で語りだす。
「そうさ。天意だ。僕らは孤児だからね。無手無策の状態からこの命どれほど続くか試したい」
「覚悟自体はブラボーだが……しかし無謀すぎるんじゃないか?」
 丸坊主に産毛が生えた程度の鼻の垂れた5歳児が、みそっ歯で笑いながら手を振った。
「理解(ワカ)っちゃいませんねー。理不尽な火事1つで尽きるような命運ならむしろいらないんですよ」
「親に見捨てられ親戚からも疎まれる私達が幸福になるには、なにか巨大な力が必要なんですよ」

64 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:08:46.30 ID:hpolLC5f0.net
「それはお金なんかじゃない。札束目当てで品性を捨てるような大人にはなりたくない」
「利につくものは縁を捨てる。生活の楽のため捨てられたのが僕たちとすれば、親以上の品位……得て然るべきでしょう」
「だから、天意か?」
「ええ。天意ですよ。天に生かされているという確信ッ! 感謝そして敬い! それらの品位あってこそ」
「超越した境地に至り……確固たる人間本来の幸福に辿り付ける!」
「金にも色にも権力にも惑わされない……真の幸福へと」
「それを得た時この施設は今以上の豊かさを手にし……後に続く不幸な子供達をも救うでしょう」

「天意に浴する機会を奪われてまで生きようとは思わない! 避難に適す体勢を整えよというならむしろこの身紅蓮に捧げて
くれるわぁーーー! わっはっはっーーー!」

 フリフリのピンクのワンピを来たサイドポニーの少女が胸を張って笑った。

 斗貴子や千歳、桜花に秋水といった常識人たちは皆悉く黙った。
 なんかもういろいろブッ飛びすぎていて、黙るほかなかった。

(迷惑すぎるだろ……どいつもこいつも)

(だいたい天意どうこういうくせに防災体制整えてるのは何でだよ)

「我々のいう天意とは人として最善を尽くした上での話です。杜撰な防災体制は天意の純度を下げます」
「だったら最善尽くして逃げやすいところに全員固まれよ」
「けど呆気なくタターって逃げたら「あ、コイツら察知してたな」って見抜かれて観客さん達に矛先向かいますよ?」
「そーそー。僕らがギリギリのトコで命張ってブラボーさんたちが救助に手間取った方が」
「結果としては楽じゃないですか? 町中に散らばる観客全員助けるよりは」
「どーせ悪党どもは思い通り八つ当たりできたって知ったらさっさと帰りますよ」
「根気と粘り強さがなく、場当たり的な感情を発露してはますます袋小路に追いつめらてる人たちなんですから」
「養護施設燃えてるの見て「ブラボーたちめザマ見ろ」ってチャチな優越感得たら満足しますよ。多分」
 多分で命を張られても困るのだ戦士達は。粘り強く迅速な避難体制を整えるよう説諭したが議論は平行線。

「誰か死んでも気にしないでください。天意ですから。死ぬべきものがただ死んだ。それだけ、なのですよ」

 3歳の愛らしい男児が寂滅する99歳の老僧のような表情で数珠を揉み揉みいう養護施設はかなりキていた。

「いいんスかブラボー。連中に好き勝手やらすと後々不利になりますよ」
 防人は嘆息した。
「仕方ない。防衛任務にはよくあるコトだ。常に理想通りやれるとは限らない。守るべき人たちの事情を汲まなければなら
ないコトも当然ある」
 絶対安静の病人、千歳にも運べぬガタイの元気な認知症患者……。そういった人たちが護衛対象に含まれる場合、セオ
リーを無視した防御体制で敵を迎え撃つ必要が出てくる……防人はそう述べた。
「住んでいる場所から離れたくない、なるべく壊さずに済ませて欲しい。そういう依頼に比べられば幾分楽だ。ココの人たちは
火災保険が降りるから燃えてもいい、建て直すつもりだったし別にいいと割り切っているし」
「……それでも十分厄介スね」
 襲撃されると分かっていながら平生どおり過ごすと言い張るのだ。肝が座っているというか危機感ゼロというか。
「あとは養護施設見学に来てる人たちにも事情を……」
「あ、それ私がやります! お姉ちゃん達に伝えます!」
 洟を垂らした5歳ぐらいの女のコが無邪気に手を挙げた。皮肉にもそれがリバース激昂の、ひいては爆破火災の遠因なの
だから難儀な話である。

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

 とにかく剛太の行く手に50m先に仮の避難所がある。凸型の避難所の北壁に沿って走っていたら遭遇した。
 きょうび打ち切り漫画にもいないだろうという雑魚くさい幹部風の職員達と、悟るあまり一種の宗教めいた恐ろしさを孕む
子供達とがあちこち焦げたボロを着て佇んでいる。
(どうする!? この距離だ! 幹部も人形も気付いている! 今から俺が引き返しても得たりとばかり襲うだろう!)
 救いなのは鐶が護衛に回っていたコトだ。向こうも気付いたようでダガー片手に構えている。
(どうせタイマンじゃねェんだ。アイツと合流して防衛! あとは職員にケータイ渡して)
 救出組全員に近づかないよう呼びかけよう……そう思った瞬間である。

65 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:09:33.65 ID:hpolLC5f0.net
 自動人形の群れが剛太を追い抜いた。どうやら狙いを変えたらしい。我先にと避難場所へ走っていく。
 あー。呆れる剛太は予見した。鐶が居るのだ。剛太でさえ対グレイズィングの片手間に倒せる自動人形どもの未来は暗い。
実際いちはやく現着した3体構成の先遣隊がニワトリ少女の蹴り1発で粉々になった。
「隙ありですわ!」
 剛太の背後で爆発音。振ってくる砂利と視界の脇を抜き去る残影に彼は慄くより早く踵のギアの回転数を上げた。
(グレイズィングまで抜きやがった! てか加速できるっつーコトは今までのお遊びかよ!)
 精神が焼きつくほど全速力で──モーターギアの加速は武装錬金ゆえ、体力より精神を削る──疾駆していた剛太の
限界を超えた加速はしかしまったく追いつかない。グレイズィングは舞うような優雅な仕草で鐶の前で立ち止まる。
(アイツは強いが相性悪い!)
 瀕死時限定の自動回復能力を有する鐶ではあるが、それも短剣への年齢蓄積あらばこそだ。精神力ひとつで好きなタ
イミングに回復できるグレイズィングとは似ているようでかなり違う。後者は回復魔法の使い手だ。レベル相応にたっぷり
あるMPと引き換えにHPを癒す。前者は格ゲーの固有技でライフゲージを充填する。攻撃を当てねば溜まらない必殺技
ゲージを使うのだ。消費量は「12」だがそれは年齢でつまり干支一周分という、パラメータに設定するにはあまりに長すぎ
る単位だから、収集には一苦労。要するに宿屋に泊まれば全開するグレイズィングのMPと違い、雑魚狩り必須の溜め辛い
ゲージなのだ。鐶の回復の源泉は。
(ええい。考えても仕方ない! とりあえず鐶を補佐しつつ職員達の安全も確保! 自動人形は幹部の衛生兵含め警戒!)
 腹を括る剛太。鐶は拳を繰り出す。グレイズィングはそれを滑らかな手つきで捌き──…

 振り返るや自動人形を殴りぬいた。

「くォらぁお馬鹿さんたちィ! ワタクシの患者に手ぇ出そうなんざ許せませんわ!!!」
 誘蛾灯に群がる羽虫のごとく押し寄せる人形達に銀の断線が驟雨の如く降り注いだ。
 ピッ。手を止めるグレイズィングの手にメスが握られているのを剛太は確かに目撃した。
 と同時に20体ほどの──何割か建物から出てきたようだ──人形が五体バラバラになって地面に落ちた。
「……どういうコトだ? 仲間の武装錬金じゃねえのかよ」
 だいたい爆破炎上の際、人命云々など無関心という顔をしていたではないか。何故助けるのだろう。ワタクシの患者と
いうのも不可解だ。
「クス。総角はどうやらワタクシから複製したハズオブラブで皆さん治しているようねん」
 メスを立て、艶かしく舐め上げるグレイズィング。
「けど治し方……雑すぎよん。軽度の一酸化炭素中毒は見逃している。皮膚の治癒も甘い。気管支に煤と共に入った発ガン
性物質の除去もしていない。今だけ助かればいいや的な杜撰な処置……本業としては見逃せなくてよ」
 クルリとメスを回し胸元にしまう幹部はフードからわずかに見える白衣と相まって明らかに女医だった。
「あと誰とは言いませんがガン患者の方3名いましてよ。うち1人は数ヵ月後異変を察知し病院へいくも末期といわれ死ぬ
ほかないレベル。脳卒中予備軍は7名。動脈硬化は50代以上の職員全員。若いながらに糖尿病になりかけの方は2名
……甘いもの控えて運動なさい若いんだから。あとは軽い消化不良にちょっと痛い程度の虫歯、アトピーに薄毛その他
もろもろの細かい不調…………総てとりあえず治療済みよん」
(んなアホな! 衛生兵の影さえ見えなかったぞ!?)
 傍に居た鐶も首を振った。まったく気付かなかったらしい。
 職員と子供たちから「そういえば楽になった!」「四十肩が治った!」「視力回復!」「ニキビ完治!」と声が上がる。
(アイツ……自動人形を倒しながら出した衛生兵で診察と治療……一瞬で終わらせたってのかよ。40人は超えてる患者達相手に)
 恐るべき回復能力だった。
「ワタクシ傷ついてる人たち見ますとつい治したくなっちゃうんですの。昔戦団のお馬鹿さんたちに大事な大事なクランケ皆殺し
にされちゃいましたから、『救えそう』って思うと治すのガマンできないんですわ」
「…………」
「フフ。大丈夫でしてよ。ちゃあんと完治してますわ。おかしなウィルスや病気の元なんて仕込んでませんわ。インフォームド
コンセント。殺したり拷問したり命弄んだりする場合は、予めその旨説明しますもの……」
 どこからかとりだしたティーカップを啜るグレイズィング。ひどい余裕だ。直近の鐶でさえ手出しが躊躇われるようで愕然と
している。

66 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:11:20.41 ID:hpolLC5f0.net
.
「しかし……そろそろ潮時かも知れませんね。何しろクライマックスの自動人形…………」


「うぜえーーーーーんだよクライマックス!! 津村に武器与えるせいで分解できねえじゃねえか!!」

『本当邪魔! 桜花さんへの射撃が通らない!! 身動きできなくして1つになりたいのにぃ!』

「にひひ。いけませんねえ。秋っちという花形が戦う時ゃあ斬られ役は倒れるもんでさ。……いけませんねえ」

 大量の自動人形により混線模様の各戦場。苛立っているのは戦士よりもむしろ幹部達だ。


「甘い? 酸っぱい? それとも苦い? 直感を信じて行くのですこの上なく!!」


 屋根の上で仲間の迷惑も顧みずに歌うクライマックス。
 彼女は気付かない。
 火災によって開いた穴から……大別すれば左右と後ろの穴から。

 無銘。防人。貴信。救助が進み残る根来たちに後を託しても大丈夫と踏んだ男たちが。

 攻撃の機会を窺っているコトを。


「地下壕の生徒達と合流する?」
 総角の申し出に千歳は驚いていた。理由を聞くと彼は頷いた。
「聖サンジェルマン病院に何らかの爆発が迫りつつあるのは知っているな?」
「ええ」
「貴信はどうやら覚えがあるようだ。記憶が不明瞭というコトは7年前に関わるコトだろう」
「確か彼、ホムンクルスになった直後、何らかの攻撃を受けて当時の記憶があやふや……だったわね」
「ああ。7年前絡みとなれば月の幹部の仕業だ。ディプレスと組んでいるのをこの目で見た。すぐ逃げられたが……」
 それが一体地下壕の生徒達と如何なる関係があるのだろう。
「フ。回りくどくて済まないな。ディプレスと組む以上おそらく後衛……それも超長距離攻撃が得意なタイプだ。加えてパピヨン
殿相手に『もう1つの調整体』を奪わんとする以上、『1つ所に留まった状態で遠方の物体を奪える能力』を持っていると見て
いい。現に7年前ニアミスしたとき奴は自分と相方のDNA情報を有するもの総て回収した」
「あなたに武装錬金を複製されないために、ね」
 会話する間にも自動人形は襲ってくる。もっとも総角の敵ではない。要救助者1人発見。千歳は避難場所へ瞬間移動。
グレイズィングの姿に戦慄したが剛太の飛び蹴りを躱わした彼女、自動人形の腕を振り回しながら追いかけていった。

 再び総角の元へ。彼の話を要約するとこうだった。

「つまり……『せっかく遠くの物を奪える瞬間移動能力を持っているのに、どうして聖サンジェルマン病院めがけジワジワと
爆発を起こしているのか?』あなたの疑問はそれなのね?」
「フ。そうだ。いろいろ制限があるのかも知れないが、あのパピヨン殿を相手にするほど自信に溢れている幹部がだ、なぜ
マレフィックアースの器候補が居ると『俺達が思うであろう』病院めがけ侵攻する気配を見せる? 自信家というのは芸術的
で鮮やかすぎる圧倒的勝利を求めるものだ。能力の見せ場へつまらぬ横槍入れられるコトは好まない」
「……。考えてみればそうね。私なら作戦決行までに段取りを整える。目的地に直行できるよう、そこに必ずいる人物を予め
直接見て瞬間移動できるよう準備する」
「フ。流石だ。そう。特性が使えるよう知恵を巡らせるものなんだ」
「貴方が皆神市で私と戦士・根来の血液を密かに回収したようにね」
 懐かしいな、いやあの時は悪かった。総角は微苦笑した。なお運命とは皮肉なもので、あのとき千歳たちに流血をもたらした
久世夜襲なるホムンクルス、実はいま話題に上っている幹部ことデッド=クラスターのクローンなのである。

「とにかく使い辛い特性の持ち主ほど下拵えは入念にする。攻勢に転じた瞬間勝てるよう……入念にな」
「なのにこれ見よがしに爆発を繰り返しているのは……」
 推測になるが。音楽隊のリーダーはそう前置きしてこう述べた。

「敵はもしかすると、攻撃開始時点で所在が不確定だった『何か』を探しているんじゃないのか?」

67 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:12:17.84 ID:hpolLC5f0.net
「そしてその『何か』が……」
 総角の最初の話に繋がる。すなわち、地下壕を避難している生徒達へと。
「フ。敵の本当の狙いは病院ではなく、あのお嬢さん(ヴィクトリア)たちの誰かかも知れないな」
 俄かには信じがたい話だが……千歳は考える。劇で武装錬金を発動したまひろたちを守るため聖サンジェルマン病院
が使われるのは当然予想されているだろう。何しろ戦団お抱えの施設なのだ。それぐらい知られているに決まっている。
 加えて敵は瞬間移動に準ずる能力を持っている。禁止能力が解けた防人や毒島曰く、数日前から幹部達は既にこの街
にいたという。
(つまり準備期間はあった。にも関わらず予見しうる場所への瞬間移動能力の条件は満たしていない……)
 戦士の巣窟でいわば敵地、深く侵入するのは色々リスクがあるだろう。だが……。

 つい今しがた目撃したからこそ『彼女』の言葉が蘇る。

──「同じ医療関係者として敬意を以て把握してますけど、性……もとい聖サンジェルマン病院に詰めているお医者さんた
──ちは前述のとおり医療関係者ゆえ屈強な方揃い」

──「院長と事務局長とナース長の戦闘力はいずれも戦士長クラス」

──「戦部には及びませんが20位以上の記録保持者(レコードホルダー)だって7名はいる」

──「有事の際は研究用の核鉄6個を定められた戦士に貸与し核鉄持ち以外が補佐するシステムだって整備されている……」

(グレイズィングは病院の内情を把握していた。把握できるというコトは内部に干渉する何らかの手段がある。なら瞬間移動
能力を発動しやすくする段取りだって組めた筈)
 にも関わらず徐々に爆発を迫らせるという、非常に悟られやすい手段を取っている。秋水が病院の危機を察知したのは
爆発より先だが、仮に彼が気付かなかったとしても、(爆発に)縁深い貴信や総角があの場に居たのだ。過去遭遇していた
となれば貴信の記憶喪失は前向きに捉えず、むしろ総て覚えられていると警戒し、ますますローラー作戦など忌避するので
はないか……千歳はそう推理した。

「分かりました。貴方は地下壕の方へ。念のため小札零も送るわ」



 総角が瞬間移動してきたのを見るとヴィクトリアは露骨に嫌そうな顔をした。

「何よ。楯山千歳とロバ型が一緒に飛んできたと思ったらアナタまで。ここ大丈夫じゃなかったの?」
「フ。いろいろあるのさ。話せば長くなるが──…」
 爆発音が響いた。地下ゆえどこまでも跳ね返る音に生徒達が顔をしかめた瞬間、それは来た。

『ああもう!! 一手遅かったか!!!』

 爆発のあった場所に……渦があった。半径およそ30cm。
 シアン色に光り輝き反時計回りするそれを見た生徒たちが何人か叫んだ。

「目だ!」
「疵のある目が……浮かんでいる!!」

 強膜……つまり白目に”Z”が刻まれた目が一座をグルリと見回すと怒りに燃えた。

『だあもう!! ウチ結構苦労したんやで!! 数ヶ月前から結構な投資して始めた新事業! 本来媒介にならへんモノを
無理くりやって媒介にして、ほんでようやく今日その成果が実る思たのにこれかい!!』
(フ。やはりこちらが目当てだったか)
(一見乱雑なローラー作戦は所在不明のココをば突き止めるための手段)
『ホンマもう大概にせーよ!! 総角おったら十分使えへんやんかウチの能力!』

     か
『『彼方離る月支(マレフィックムーン)』……デッド=クラスターの商売道具!』

 関西弁だ。しかも女のコだ。ぜったい可愛いタイプだぜ。目の疵萌え〜。そんな生徒の声を彼女は蹴散らした。

68 :永遠の扉:2014/06/15(日) 22:12:48.27 ID:hpolLC5f0.net
『うっさいわボケ殺すぞお前ら!! か、可愛ないわウチなんか! 実物みたらドン引きやぞドン引き!! 乳ないしな! 
あと萌え萌え萌え萌えきしょいわ!!! ま、まあ褒めた奴はいてこますのやめたるけどな! 一度だけやぞ調子のんな
クルァ!!!』
 最後はやや嬉しそうだった。
「可愛い」「可愛いな」「やっぱ関西弁は強いよ」「しかも強気で貧乳。いいね〜」
「も、もー。うっさいゆうとるやろ……///」
 満更でもなさそうだった。
「フ。俺の記憶が確かなら……7年前は遠巻きに絶叫や話し声を聞いた程度だったかな。直に会話を聞くのは恐らくコレが
初めて。成程。確かに可愛い声ではある。……フ」
(……うぅ)。小札はちょっとションボリした。他の女性が褒められると妙に傷つくタチなのだ。
 一方お褒めの言葉を賜ったデッドの口調は大変乱れた。
「ややややかましいぞコラぼけ! ちょ、ちょっと盟主様に似とるからって調子こいてイケボかますなカス!! お前なんか
全然似とらんからな!! ウチ愛しの盟主さまのが遥かにナイスミドルやからな!! つかネコ型来とらへんな!? おら
んよな!!? 渦で見えへんトコにおったら殺すからな!! ほほほほ本当全力で殺すよって覚悟せえや!! しゃー!」
「? ああ成程。フ。香美に7年前ひどく痛めつけられたのがトラウマなのかお前」
「つまりネコ嫌いになられたと……」
 小札が会話に加わると渦が露骨にビクリと揺れた。
「ぼぼぼぼぼぼボケナス!! ちゃうわ! ネコなんか全然こわないわ!! 余裕や余裕! あんなちまっこい生き物な
んぞ500匹は飼っとるわ!! ウチもうめっちゃネコ屋敷ですわ!! 1歩歩くだけでネコ踏んじゃった歌えますわ!!」
「お。香美。遅れてきたか渦の後ろへ」
「フみゃ亜ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
 渦がびょんと前方に飛んだ。器用にもグルリと振り返った渦がもう一度振り返り、総角を睨む。
「お! おらへんやんかネコ型!! ビビらせんなボケ! ひとでなし!! ウチめっちゃネコ怖いんやぞ飼えるかボケぇ!!」
 渦の瞳は泣いていた。
「強気だけどネコ怖いんだ」
「ポイント高いね」
「だ!! 黙れやボケ!! いまの怖いは饅頭怖いの怖いや!! もっとこうドンと来いっちゅうギャー。あかんあかんキティ
ちゃんのアクセ渦に近づけるの本当やめて怖いです怖いですごめんなさいウチ強がってましたネコ怖いですだから離して
堪忍して堪忍して本当堪忍して……」
 生徒Aはアクセごと渦から離れた。ホッとしたデッドは傲然と叫ぶ。

「ククク愚民どもめ!! ウチはお前達に危害加えにきた悪魔の使者やぞ!! 覚悟せーやコラッ!!」

「ネコ使えば大丈夫じゃないですか!!?」
「ネ、ネコは禁止や!! つつつつこたらそっちソッコーで行っておおおお前ら殺すからな!!」
「渦越しのキティちゃんさえダメだったのに直接来れるの?」
「そ、そこはお前あれやわ。賭けるしかあらへんやんか。ネコがこっちグワー来る前に生徒ボグリって殴り殺せる僅かな可能
性にかけるほかあらへん。来る前なんかもうアレやで? 水さかずき。クイって呑んでオチョコがしゃんって割るわ。割るわー」
(すごいようなすごくないような覚悟だ……)
 よっぽどネコが怖いらしい。
「フ。で、お前は一体何を目当てにやってきた?」
「やっと話進めたか総角! そーいやお前ウチの先輩やったな! マレフィックムーン! んーまあ盟主様よりはイケメン
度下がるけど同じ細胞つことるよしみや。顔はまあまあって言うたるわ! 感謝せーよ!!」
 総角は薄く笑った。
「貴信はいまもお前を救おうとしているようだぞ。ディプレス相手にそう言っていた」
「……」
 急にデッドの口数が少なくなった。いろいろ思うところがあるらしい。

 総角は一歩踏み出した。
「さて。小札よ。お前は無銘たちに好かれている。戦士達との関係もそれなりに良好……。問題はないといえる」
「……はい」
 ヴィクトリアは首を傾げた。何か神妙な気配が感じられたのだ。
「フ。デッドよ。先ほど今日のために色々備えたと言っていたな。つまりお前は用意周到」
 金髪の美丈夫の姿が消えた。
 ……。
 ヴィクトリアが振り返ったのは、そこで2つの物音がしたからだ。
 1つは総角の声。手にヘルメスドライブ。瞬間移動したようだ。
「無駄に思えるお喋りは……コレのため、だろ?」
 もう1つは…………黒い帯がうねる音だった。

69 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/15(日) 22:13:29.48 ID:hpolLC5f0.net
(何よコレ)
 避難壕のレンガ造りの壁が安っぽい書き割りのドアのごとく開いていた。覗いているのは果てしの無い虚無だ。
 帯はそこから伸びていた。凄まじい速度だった。もし総角が突き飛ばさなければ間違いなく自分が呑まれていただろうと
ヴィクトリアに確信させるほど凄まじい勢いだった。
「!! ちょっとアナタ! 私に恩を着せる気!?」
「フ。違うさ。敵の狙いは恐らく……お嬢さん。お前だ」
「な……」
 劇の妨害者については聞いている。
「マレフィックアースとかいう存在の器を探しているんでしょ!? でもそれは劇で武装錬金を発動した武藤まひろたちじゃ──…」
「フ。どうもレティクルの事情は込み入っているようだ。なぜお前を狙ったか分からないが」


「お嬢さんが器の可能性も僅かにある。フ。そう心得た方がいいのかもな」


 総角が緩やかに虚無めがけ吸い込まれていく。

 ヴィクトリアは少し焦れたように小札を見る。助けないのと大声で言えない辺り微妙な関係性が滲み出ている。もっとも
何もせず見捨てないあたり破綻していないのも確かだ。

「……フ。心配するな。天の配剤だ。俺は俺の役目を……果たしに行く…………だけだ」

 声が遠ざかる。レンガ造りを貼り付けた奇妙な扉も閉じていく。

 そしてそれが閉じた時からしばらく……総角主税は舞台を去る。

(ドアの隙間から見えた。カード。カードだったわ。何かの……カード)

 総角は持っていた。扇形にそろえた何かのカードを……。
 駆け出しそうになっていた小札がそれを見た瞬間、太ももの前で拳を握っていたのが印象的だ。

 ヴィクトリアは記憶を辿る。チラリと見えた『3枚のカード』の図案を懸命に思い出す。


(そうだわ。アレは……)

(メイドカフェ常連のやる夫社長。彼が劇のとき総角主税に渡していたカード)

 1枚目が顔だったと思い出す。

(……メガネで、金髪で、先が虹色の…………そう、確か、話を聞いたわ、確か……)

(名称は……法衣の……)

 たどり着きかけた真実をシャットダウンするのは地響き、だった。

『ウィルのアホめ。しくじったな! 総角を呑んだ今、時空の扉は迂闊に開けへん! こっからは強引な手段! 巻き添え
喰らうの嫌やからウチは逃げる!!』

 渦が消えた。

 地響きは一層強くなる。

「これは──…」

 ヴィクトリアはそして……見た。

以上ここまで。
恐らく第二章まで総角フェードアウト。

70 :ふら〜り:2014/06/17(火) 21:23:14.10 ID:uxRsWicp0.net
>>スターダストさん
斗貴子の脚は、細すぎて色気に欠けてませんか広報部の皆さん。むしろ、だからか? そんな
斗貴子への、毎度の操立てっぷりがいじらしい剛太。毎度斗貴子には伝わってないし。青っちや
グレイズィングは特性以外の強さも充分見せ付けて、結局今回はほぼ押されっぱなしでしたね。

71 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:55:22.04 ID:mrqJoZqv0.net
.
 ディプレス=シンカヒアは『小者』である。

 レティクルエレメンツという反社会勢力……平たくいえば『悪の組織』にいる以上、弱きを助け強きを挫く品行方正、慈悲
溢れる存在でないコトは明白すぎるほど明白だが、そんな常識を差し引いてなお、どうしようもないほどに、小者である。

 自ら何も変えようとしない。そのくせ世界を見るコトはやめない。動いている人間を嘲笑混じりに眺めている。対象がしく
じればそれ見たコトかと手を叩き、成功されれば嫉み破滅を願う。政府の決定で生活が苦しくなれば不服を抱き政治家を
罵倒するが選挙にはいかない。不祥事を起こした芸能人がフラッシュの中で涙ぐみ、頭を下げる様が大好きだ。テレビで
ネット上の面白動画が紹介されると無性に腹が立つ。幼い子供を殺した犯人の、勝手極まる動機に憤然たる声をあげる身
綺麗なアナウンサーや芸能人が、「さて次は」と無難な顔に戻る瞬間いつも自分だけが彼らの欺瞞に気付いていると確信
しほくそ笑む。

 ブログの炎上には加担しない。続伸するコメント欄そのものに代弁を感じ溜飲を下げてはいるが、しかし用益を供してく
れている筈の発言者たちを愚かだと見下している。何人か過激な脅迫で逮捕されるとただ一言。「馬鹿乙w」。ただしその馬
鹿の発言記録自体はあらゆる手段で残しており、時々思い出してはニヤニヤと眺めている。

 握りこぶしの、親指と人差し指がある方の側面を、口から5cmほどの距離に置き、咳き込む輩を見ると無性に腹が立つ。
菌と唾液の飛散が止められる訳が無い、よって不合理、掌か服で押さえろ……そう思っている。映画館でアニメ映画を見て
いるとき背もたれを蹴った後ろの幼児は、何度舌打ちしてもやめさせなかった母親ともども上演終了後すぐ始末した。ギャン
ブルはしない。不当に儲けている連中を襲えば利得がそっくりそのまま転がり込むからだ。風俗にはいかない。いつも眠く
気だるいからだ。アジト近くにある、小じんまりとした街の、古びた個人商店で買い物をすると郷愁をかきたてられ、何度も通い、
地域振興とばかり高額商品を購入するが、店員の言動に立腹すると二度と行かない。

 左足首から先が義足で、いつもびっこを引いてはいるが、善意の席には座らない。普通席に座っていても杖つくお年寄りく
ればすぐ譲る。24缶入りの段ボールなど、主婦が重い物を運び苦しんでいるときは手伝いを申し出る。そして持ち逃げする
……コトを恐れる。自分の中にある悪意が不意に弾けて、欲しくもない荷物を奪って逃げるんじゃないかと想像し、ただ怯
える。何事もなく、指示された場所に運びきり、労力からすればごく僅かの、奪う選択をした場合の成果から見ればスズメの
涙ほどの、缶ジュースや飴玉といった報酬を貰ったときただ心からホッとする。

 禁煙席で喫煙したものは必ず殺す。映画館でネタバレを連れに囁いたリピーターは殺す。

 ティッシュ配りの少女が輝くような笑顔を浮かべていると、つい受け取り、大事に保管する。

 女性は処女でない方が楽だと実感しており、よっていわゆる処女厨ではないが、クライマックスに薦められたエロゲーで、
散々と主人公以外の男に股を開いていた女が、攻略後処女でないコトを恥じ、赤い顔で泣きながら詫びるシーンにはグッ
とくる。褐色で筋肉質な巨女が大好き。感動のアンビリーバボーで、泣く。しかし月9は大嫌い。

 そんな小者である。ディプレスは。

 咎や悲劇を育むのはいつだって小者である。膨れ上がった悪意を手近な武力と化合させたとき刑法という琴線が打ち
震える。拳……鉄パイプ……銃…………そして神火飛鴉の武装錬金・スピリットレス。”いくじなし”という俗称を持つこの
武装錬金は本来、戦士8名を相手にしてなお殲滅できるほどの火力がある。触れた物を分解できるのだ。映画席を蹴る
襟足の長い子供だろうと拳で咳を受ける50代前半の家電メーカーの太陽電池推進特別セクションチーフだろうと塵にで
きるしそうしてきた。物証は残らない。60兆の細胞総て、そこにある二重螺旋の情報ごと雑多なタンパク質以下の粒子に
して風に流す。死後24時間であれば蘇生可能なグレイズィングでさえ蘇生不可能な──彼女の存在あらばこその徹底
とも言えるが──無敵極まる能力だ。真向戦い敗れるものは数少ない。
 朋輩たるマレフィックたちでさえ条件次第で葬れる。

(なのにどうして!!)

 津村斗貴子は生きている!?

 叫びだしたい気分でディプレスは戦場を見る。相手はたった1人の戦士だ。武装錬金も『高速精密機動』、笑ってしまう
ほど脆く弱い特性だ。

72 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:56:17.72 ID:mrqJoZqv0.net
(にも関わらずどうして分解できねえ!?)


 冗談のような光景だった。斗貴子は希代の策謀をめぐらせている訳ではない。覚醒し新た且つ強力なバルキリースカートを
発現した訳でもない。ただ──… 『投げている』。無限に湧出する自動人形を黒い神火飛鴉めがけ投げつけているだけだ。
たったそれだけ。処刑鎌を周囲に伸ばし、刺し、投げる。単純極まる三連動作を繰り返しているだけだ。

(なのに俺の神火飛鴉が無力化されている!!? 馬鹿な!! クライマックスの自動人形程度、貫通できるのは検証済み!
さっきシルバースキンの裏返し分解したとき中のリバースを無事に解放できたのは、貫通できなかったのは、相手が戦団最硬
の武装錬金だからこそだ! 言い換えれば銀肌並みの硬度と修復能力を持たない武装錬金なら絶対貫通できる! 機動力
皆無だからこそ頑丈極まるデッドのムーンライトインセクト(月光蟲)、グレイズィングでさえ破壊にゃ手間取るクラスター爆弾
さえ一瞬で解体し貫く! しかも今相手している自動人形は、創造者がヌヌの能力使った余波で全パラメータ普段の40%
程度まで弱体化した奴! おかしいだろ! 普通に考えりゃとっくに貫通し、向こうの津村の顔面ブチ抜いてる筈なのに!)

 現状は違う。万全でも分解し『貫ける』人形が盾になるという不可解な状況が続いている。

 リバースを見る。同じフィールドで桜花をまったく寄せ付けていない仲間を。
 ブレイクを想う。秋水が姉の救援に来ないのだ、ほぼ完封しているだろう。
 グレイズィングを考える。先ほど建物が揺れたのだ、剛太程度に遅れを取る訳がない。
 クライマックスは相変わらず自動人形を産生し続けている。救援組と交戦しても凌ぐのは明らか。

 ディプレスだけが。
 碌に相手(斗貴子)を圧倒できていない。

 鳴り物入りで現れた幹部たちの中で唯一敵対者を圧倒できていない現状は……

『憂鬱』だった。

(そーいや兄弟と初めてあった7年前、デッドのヤローにハメ喰らって色々難儀してたっけなあ!! クソ! 今度はクライ
マックスの武装錬金に邪魔されて鬱抱えるのかよ!! なんだよコレ! 味方運なさすぎだろ俺!!)

 嘆いてみるがそれは事実究明に繋がらない。繰り返すが、本来スピリットレスの前では、冥王星の自動人形など紙切れ
1枚程度の防御力しかない。原則だけ述べるなら邪魔されようが利用されようが影響ない筈なのだ。

(それが何故いま……まさかヌヌか。ヌヌが何か妨害してんのか? いや──…)

 内心で首を振る。彼女を封じ込めたウィルという少年曰く武装錬金が全壊状態、戦士を直接支援するのは不可能という。

(だとすると)

 斗貴子に原因があるとしか思えない。

「クソ補正かッ!? 立ち直りましたってェ輩のお披露目の為だけに理屈も特性も力量差も格も位置づけも何もかもガン無
視され小者くせえ敵蹂躙されるってオチになるお決まりのアレか!!?  『仲間のお陰で辛かった時をくぐり抜けて精神
治ってパワーもアップ!』……そんな胡散臭ぇ開運グッズの広告みたいな補正、反吐が出らぁ!!!」

 神火飛鴉に変化が見られた。無数のそれが、斗貴子の投げた人形の前で急旋回と乱高下をし……『避けた』。

「現実は違うしクソ苦ぇんだよ!! 辛ぇ時期乗り越えさえすりゃ力が上がる!? 馬鹿ぬかせ!! 残んのは虚無だ!
疲弊だ!! 中年以上のリーマンどもが生活に疲れたカオしてんのはそのせいなんだよ!! ゲームじゃねえんだ!!
地獄のような日々(てき)ブッ倒したら経験値入ってきてテレレテッテッテーで体力精神力全快で上限アップなんてコトねー
んだよ!! 『憂鬱』ってなあ怪我だ! 病気だ!! 治ってようやくプラマイゼロ、筋力や体力ぁ従前、パワーアップなんざ
ねーんだよ!!」

 顔を歪め身をよじる斗貴子。その頬を神火飛鴉が掠めた。迫りくる後続部隊。彼女は犠牲を覚悟した。すなわち棒高跳び
のように全身を上昇させるため地に刺さり、しんがりを務めたとある一本の鎌の生存を……捨てた。無数の神火飛鴉たちが
突撃し、喰らい尽くし、何もなくなってもなお怒涛の如くうねうねと通り過ぎていく。黒く獰悪な稚魚のようなおぞましさがあった。

73 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:56:48.59 ID:mrqJoZqv0.net
 そして鎌は……可動肢によって斗貴子と繋がっている。彼女は見た。円を組み回遊し始める稚魚たちを。半径およそ6mは
下らない。地上に現れたトビウオたちの周遊コースは可動肢の浮かぶ立体点と容赦なく重複していた。

 円は斗貴子を中心に展開していない。彼女が居るのは時計でいう「10時」方向だ。12時から8時までの広角240度はもはや
もはや荒れ狂う死の旋盤領域だった。運悪く近づいてくる自動人形あらば一瞬で粉砕される。残る9時から11時の狭い範囲は
それ以上の地獄だった。10m先に動くものがあれば人形だろうとたまたま降り立ったスズメだろうとリバースの空気弾であろうと
容赦なく引き裂き塵に返した。

『斗貴子さんの落下地点を絞るためね。自動人形が近づけばそのぶん足場が増えて特定困難になる。攻防兼ね備えた投擲
をもされかねない』

 桜花は動きを止めている。リバースの銃弾が撃墜されるという天恵あらばこその選択だ。もっとも敵の方は「動けば分解必至」
という状況で、平然とトリガーを引き、文字を量産している。神火飛鴉どれほどツブされるか算出済みらしく、土文字は一切の
誤字脱字なしである。アホ気が揺れた。神火飛鴉が9発殺到してきたがみょろみょろ複雑に揺れて全回避。慣れているよう
だった。

 その間にも斗貴子を支える武装錬金は細くなっていく。

「ヒャハハハ!! どうだ!! ご自慢のバルキリースカートがゴリゴリゴリゴリ削られていく感覚はよォーーーー!! 一撃
で粉砕できねえのは不思議だが、そのままじっとしてりゃ炎天下の氷柱の様にズドロンズドロン細くなってって2分もせぬうち
棒倒しだ!! 周遊コースからオイラちゃんの武器をチョイと巻きあげりゃ宙に浮くテメェを狙い撃つなんざ訳もねえーが! 
コケにされたんだ! ひと思いにゃあ殺さねェ!!」
『あららディプちゃん。それって由緒正しい負けフラグよー?』
 ゴチャゴチャいわずさっさと仕留めればいい、喋っていいコトなんか1つもない……。そうタイプし困ったように微笑むリバース
だが加勢する気配はない。
「震えろ!! 後悔しろ!! マレフィックマーズを舐めやがったコトを懺悔してくたばれ!!」
 つくづくディプレスは小者だった。言葉のチョイスがどうしようもなく平凡だった。
 なのに絶対優勢を確信した顔付きで斗貴子を見上げ唾液を散らす。
「さあさあさあ! ジワジワ恐怖を味わってションベン漏らすか! それとも意を決して、いま絶賛かじられ中の可動肢を切
断、独り立ちしたそれブッ叩いて神火飛鴉どもの輪の遥か外めがけ飛び……オイラの自動防御込みの体当たりを浴びる
か!! 好きな死に方どちらか選べ!!」
(……絵に描いたような小者ぶりね)
 桜花は噴き出すのを通り越してただ呆れた。勝手に斗貴子へ激高して武装錬金を使い、それが通じないとなると独りよがり
な攻撃を仕掛け意のままに操ろうとしている。彼はここまで火力で勝りながらさんざ翻弄され主導権を握れなかった。冷静に
考えれば分かるだろう。「ちょっと攻撃を変えた程度で盤は覆らない」……と。にも関わらず陳腐な自尊心と支配欲に目が
眩み……状況を見誤っている。
(相手は津村さんなのよ。一時期揺らいでいたけど立ち直った)
 ディプレス曰く「パワーアップなどねえ。プラマイゼロに戻るだけだ」というが、合ってようがいまいが関係ないのだ。
(武藤クンが月に消える以前の津村さんでも…………十分強い。そのうえ生きる意志が備わったなら)
 格が違う。
 理解しながら桜花は……笑う。ディプレス=シンカヒアの『最善手』を潰すべく策動する。
「津村さんにご執心のようだけど、どうせまた私を狙うんでしょ?」
 やや冷やりとした口調にディプレスの顔がメリメリ歪むのが見えた。図星ではないが、だからこそ一層自尊心を傷つけられた
模様。
「あらあら外しちゃったからかしら? でも今から私を狙うと恥ずかしいわよね。リバースさん……仲間が傍にいるんだもん。
私は多分殺せるでしょうけど、後で『唯一相手を圧倒できなかったマレフィックマーズが、一番弱い早坂桜花に目論み暴か
れて逆上して殺した』……惨めな横紙破りでやっと勝ち星1になったって……仲間たちから言われ続けるんじゃないかしら」
「ぷっ」

74 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:57:19.18 ID:mrqJoZqv0.net
 笑顔の少女が顔を背け噴き出した。天使のような声だがだからこそ火星の顔面に浮かぶ無数の血管が太くなる。海王星
は拳で口を押さえていた。嫌いな咳の防ぎ方で押さえていた。小者の耐えがたきを加速させたのはそれだった。
「(煽り耐性ゼロね)。あと私を狙った隙に津村さんが何をするか分からないわよ? 津村さんは勝利のためなら仲間なんか
平気に囮にしちゃうんだから。私に何かするのは結構だけど、津村さんの動向にはお気をつけて」
「てめえ……」
「あら? でも津村さん1人”さえ”持て余していたディプレスさんが、2人”も”相手にして適切な判断ができるのかしら?」
 黒々とした笑みを向ける。ハシビロコウの殺気が爆発的に膨れ上がる。それを認めると、今度は困ったような、具体的に
いえば駄目人間を生温かく見守るようなスマイルを頬に算出。
「感情に任せて私を、お仲間さんの獲物を横取りした挙句、本命の、どうしても雪辱を果たしたい津村さんに隙つかれて負
けて死んだら洒落にならないでしょうね。生還した他のマレフィックたちに『ディプレスとは何だったのか』とずっと小馬鹿にさ
れる……」
 理性がプッツン切れた輩がどれほど予想を飛び越えるか桜花は十分理解している。ディプレスが理も何もかもかなぐり
捨てて標的を変えるコトも十分織り込み済みだ。
(その場合、津村さんが私の命と引き換えに彼を斃してくれるでしょうけど……)
 強さを信頼している。
 笑ってもいる。
 だが冷汗は収まらない。種族全体からみれば小者でも、人間から見れば十分すぎる脅威を備えているのだディプレスは。
シルバースキンさえ分解してのけた彼の矛先を叩きつけられれば桜花は死ぬ。
(いやよ。死にたくない。私だってまた劇したいのよ。秋水クンとまひろちゃんの行く末だって見届けたいし、女のコらしいコト
だって沢山したいし…………剛太クンの恋がどうなるかだって興味津津、あんなヘンな鳥に殺されるなんて嫌よ絶対)
 心の中の桜花は童女のような表情で涙ぐんでいる。狙われませんように狙われませんようにと必死こいて祈ってる。
 だからこそ、彼女はまた不意打ちが来ないよう、前もって封じ込めにかかっているのだが、藪蛇という言葉もある、叩いた
ばかりに石橋が崩壊するのではないかと戦々恐々だ。
 リバースは溜息をついた。
『煽ってくスタイルねー。ディプレスちゃん、普段自分がやってるコトされてるの分からない? 見え見えの挑発よ。桜花さんの
真の目的は別にある』
「……」
 わずかに鼓動が跳ね上がったが桜花は平静を取り繕う。
『私めは『憤怒』の幹部。だから怒りがどれだけ最善手を打てなくするか……分かってる。桜花さんはつまりあなたの頭を
沸騰させるのが目的よ』
 沸騰させてどうしようというのか。たたた。地に解答が刻まれる。
『本当の最善手……、つまり、鳥型のディプちゃんが、上空高く、斗貴子さんが跳んでも絶対届かない距離まで舞いあがり、
絶対無敵の神火飛鴉を、爆撃機のように遠慮斟酌なく降らせて降らせて一方的に降らせ続ける、そんな悪夢のような状況を
阻止しようと…………話題を逸らした。斗貴子さんか桜花さんかという二択しか見えなくした』
 文字はディプレスの前に次々と現れる。両者の距離は20m以上。その間を自動人形が歩いているし、神火飛鴉の周遊
コースで吹っ飛ばされた破片だって散ってくる。そういった夾雑物の隙間を空気弾はすり抜けて文字を刻む。PCで印刷した
ような整然たる文字列を。
 しかもリバースは桜花を凝視しながら撃っている。斜め53度北西のディプレスの足元をノールックで撃っている。サブマ
シンで文字を刻むだけでも頭の構造が疑われる芸当なのに、である。
『……ってトコでしょ桜花さん。健気にも汗だくになりつつ安い挑発を繰り出した理由』
(見抜かれた……)
 無邪気な笑顔でおぞましい暴露を行うリバースに何度目かの身ぶるいがした。彼女は歪んでいる。義妹の瞳が輝きがなく
なるまで監禁し折檻するほど歪みきっている。なのにその理性は、真っ当な人間よりも遥かに研ぎ澄まされているようだった。
 だからこそ、アンバランスさが不気味だった。常時怒り狂っている怪物なら、まだ対処しようもある。実力で勝る小者さえつい
今しがたハメようとしたのだ桜花は。リバースは……色々と、読めない。

75 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:57:57.06 ID:mrqJoZqv0.net
(でも……悔しいけれどリバースさんの指摘通り。相手は鳥型。きっと津村さんも気付いているでしょうけど、空高くから攻撃
された場合、本当に打つ手がなくなる。御前様じゃ無理だし。それでも対抗手段は1つだけあるけど……)
『光ちゃんだったら、救出した人たちの護衛に回っている。クラちゃんの自動人形ひしめくこの地獄だもの、交代もなしに場を
離れるコトはまずできない。よしんばできたとしてもよー?』
 にこり。彼女の義姉は微笑んだ。

『私が、行くなって、言うわよ?』
 何の脅迫も孕まない文章だった。だがそれだけで桜花の背中は冷えるのだ。鐶はリバースを恐れている。先ほどその実情
を目撃した。あれほど強い彼女が義姉の過剰なスキンシップにされるがままだったのだ。空飛ぶディプレスを追わんとしても、
リバースが一言制止すれば……萎縮し飛べなくなるだろう。
(つまりディプレスを空にやる前にどうにかしなくちゃ……私たちは確実に負ける!! 別の場所で戦う秋水クンや剛太クン
も不意を突かれて殺されかねない!)
 ならばせめて捨て石になり斗貴子に活路を……そう考えディプレスめがけ走り出した桜花を意外な声が痛打した。
「うるせえ!! エビフライぶつけんぞ!!」
「エビフライ!?」
 火星の幹部は……地上を強く踏みしめた。怒鳴ったのはリバースに、らしい。
「ザケやがって!! 私めは頭回りますよーってかクソが!! ちょっとばかしリヴォの研究で俺より成果出したからって調子
乗ってんじゃあねーぜッ!! てめえのそういう部分が憂鬱なんだよ!!!」
『まぁまぁ落ち着いて。私めたちは仲間じゃない? 助言し合って、1人じゃ気付けないトコ補い合って、みんなが夢見る世界
めがけて共に力合わせて前進しましょうよ。ね。ディプちゃんには私めにないいいところ沢山あるんだし』
「うるせえ!! てめっ! てめーそりゃあリア充の了見だよななああああ!! 嫌ってる癖に連中と同じ綺麗事吐いてんじゃ
あねーーー!!! それとも何か!! 俺ぁ非リアのてめえがリア充気取って接するコトができるほど底辺のクソだとでも!! 
こう! 言いたいってのか!?」
(じょ、助言したリバースさんに噛みついた……。どれほど小者なのこの幹部!?)
 どうやら劣等感を抱いているらしい。だから従わぬという無意味な片意地。つくづくどうしようもない男である。
「テメーーーーーーーーーーーーーーーーーーエの指図なんざ受けねえ!! 受けたら俺がテメエよりも桜花よりも下って
コトになるじゃねえか!! 飛ぶだあ!? フザけんな!! 射程外からチマチマ削らなきゃあ勝てねえ弱卒だって言いふ
らすようなモンじゃねえか!! 俺ぁヘタレで小者だが……卑屈じゃねえ!! 男なんだよ!! 神火飛鴉使う以上はテメ
エや! デッドや! イソゴばーさんのような搦め手なんざやりたくもねえ!! 遠くで戦勝結果眺めてニヤつくなんてのぁネッ
トでやり飽きているし満たされねえ!! テメエだってそうだろうが! 違うかッ! リバース!!」
『……』
「団欒丸出しの家族狙って! 父親暴れさせて崩壊させて! そーいうことチマチマチマチマ繰り返してスカッとしねーのは
とっくにご存じだろうが! 怒り丸出しで俺やらクライマックスやらズタボロにする方が僅かだが気ィ、晴れるだろうが!!」
(家庭崩壊……そんなコトまでしてるの…………)
 桜花の驚きをよそに、ハシビロコウ、吼える。

「だから俺は! 戦う以上は!! 相手の見える場所に居る!! 正々堂々なんざクソ喰らえだ! 不意打ちはする! 
騙し討ち! 人質!! 凶器の使用! お上品な戦士どもが顔をしかめる汚い手段なんざ幾らでも使うッ!!」

 だが。叫びが庭をつんざいた。

「やるのはあくまで敵が見える場所だ!! ルール違反犯すからてめえも反撃されるリスク背負うべきとか小綺麗なコトぬ
かすつもりはまったくねえ!! けどよお!! そーでもしなきゃ晴れねえんだよお!! 俺のクソみてえな外道な攻撃に
虚を穿たれ敗亡する雑魚どもの! 何でだよって歪むマヌケ面ァ直接見て「ざまあwwwwwwwwwww」嘲ってやらなきゃ晴れ
ねーーーーんだよ!! 俺の抱えた憂鬱はよォ!」

「闘る以上は相手の視界内にいるッ! この義足を大地につけて騙して謀って尊厳踏みにじって……真向から蹂躙して!
テメエらはテメエらが見下している俺より劣る底辺だって元連中の粉の前、大口開けて嘲るのさ!!」

76 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:58:38.23 ID:mrqJoZqv0.net
「だからぜってー飛ぶ訳にゃいかねえ!! それで勝とうが憂鬱は晴れねえ!! 第一! 広域爆撃をやったばかりに間
違って兄弟を殺しちまったら7年が無駄になる!! 決着を待ち続けた7年総てが無駄になる!!」

「だから……飛ばねえ! リバースてめえの指図なんざ何を言われようが……受けねえ!!」

『……どうやら書いて『伝えて』も無駄なコトがあるようね』
 リバースはリバースで笑顔が露骨に引き攣っている。理知的にも関わらず早々と説得と諦めたその態度に桜花は「おや?」
と首を傾げた。


(匙を投げた? 私の目論見を見抜くほど鋭いのに……ディプレスの意固地の原因は…………分からない?)
 いや。第一印象を振り払う。
(分かっているからこそ『何を言っても無駄』と諦めた……? でも変よそれ。いつも笑顔なのよ。私も最近よく笑うから分かる。
笑うと心が柔らかくなる。他人の少々の悪意なんか気にならなくなる。なのにあれほどの洞察力を持っている彼女が…………
付き合うのをやめた?)
 不可解だった。これが付き合いの薄いもの同士なら納得もできる。
(けど2人は仲間の筈よ。光ちゃんの話から考えると2年ぐらいの付き合いはある。つまり……ディプレスの人柄なんてとっくに
分かってる筈。一度怒鳴られてなお物腰柔らかく説得しようとしたのがその証拠。本当に仲が険悪で、反目し合っているなら
そもそも私の目論み自体伝えない筈。なのに……リア充どうこう怒鳴られただけで説得を諦めた?)
 人柄を知っているのなら悪罵もまた承知の上だろう。なのに関わるのをやめた。
(何か地雷を踏まれた? リア充とかいう単語が気に触れた? それともあの最低極まる──まあ実のところ、ちょっと共感
しない訳でもないけど。清々しいほど小者ね本当──どうしようもない本音の吐露に同族嫌悪でも催した? 光ちゃん監禁
して力づくで思い通りにした過去とダブって嫌になった?)
 だとしても……とリバースを見る。怒りはない。そもそも怒れば防人にしたような暴れっぷりを披露するのがリバースだ。
怒気は隠しようがない。だから散見できないのは『無い』というコトだ。

 桜花は見た。笑顔が、失意とわずかな寂寥に彩られているのを。
 それはディプレス個人にと言うより、もっと広い範囲に向けられていて──…

(私や秋水クンが昔よく浮かべていた表情に)

 近い。

(…………)

 桜花は御前を操作する。目指す場所は、ただ1つ。


 斗貴子は円周上から飛んだ。

「ハッ! 俺に特攻されて散るのがお好みか! なら望み通りに──…」
 地を蹴り飛翔したディプレスが目を丸くしたのは、周囲に何やら漢数字が現れたからだ。

 すなわち。

 壱から伍の、衝撃波に彩られた幻影が、火星の幹部を取り巻いていた。

(あれは劇で何度か見せた……九頭龍閃!)
「なるほど!! 総角経由で覚えたか!! だが!!)
(相手は自動防御を展開済み! バルキリースカートじゃヒットしてもダメージにはならない! むしろ壊れるのは処刑鎌!)
「幾重にも展開した神火飛鴉! 貫(ぬ)く前にテメエの武器ぁバラバラだ!!」
 互いめがけ吸い込まれていく斗貴子とディプレス。

 そして。

(なっ!)
 ディプレスは見た。自分に迫ってくる処刑鎌が──…

77 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:59:11.94 ID:mrqJoZqv0.net
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 寸止めされ、巻き戻るのを。

「誰が当てると言った?」

 次の瞬間斗貴子はディプレスの背後に着地していた。

(うまい! そう言えば秋水クンから聞いたけど九頭龍閃を使うとどういう訳か相手をすり抜けるらしいわ! 原理は不明で
斗貴子さん自身ぶきみがっていたけどこれが真の狙い!)
「確かに俺の体当たりを回避するには持ってこい……いや違うだろ! フザけんな!! 納得いかねえぞそんな避け方!!」
 腹立ちまぎれに神火飛鴉を20以上飛ばす。
 斗貴子はそれを……真正面から受けた。
「あ、ああああ……」。少しばかり情けない声あげ震える火星の幹部を毅然たる視線が射すくめる。
「周遊の中で持ちこたえている時からもしやと思っていたが……どうやら私相手では分解速度、落ちるようだな」
 何故かはわからないが、呟きながらゆっくりと近づいてくる斗貴子。どうやら方針は完全回避から効力射に移ったようだ。
 小者は……戦慄した。
(フ! フザけるな! 裏返しを分解したんだぞ!? それがなぜあんな細身の鎌1つ一瞬で粉砕できない!?)
「迂闊に飛び込めば死ぬ状況に変わりはない。敵がホムンクルスである限り、私の方が不利だろう」
 だが特性の一端ぐらいは掴んで見せる。油断も慢心もなく鋭い金の瞳を静かに滾らせ近づいてくる斗貴子は……脅威
だった。
(自動人形を貫通しねえコトといい、一瞬で分解できた筈の処刑鎌が周遊の中で持ちこたえたコトといい、なんなんだよっ、こ
の馬鹿げた補正は!? 死ぬ死なないが作者の裁量1つで決まる漫画じゃねーんだ!! この憂鬱な補正にだってキチっと
した理由がある筈! 何だ!? 何が俺のスピリットレスの無敵性を乱している!? どんな補正がここにあるッ!?)

 補正。補正という言葉にディプレスの思考が止まる。

(待て。それが掛かってるの……津村じゃなく、俺なんじゃねえのか? そもそも小者な俺が『分解』っつー無敵能力を発動
できてるコトじたい既におかしいんだ。10年以上使ってて今さらだが、武装錬金とは精神の具現、使い手そのまま反映する
機構だ。いろいろ逃げ続けて悪に堕ちた俺ごときが、『何でも分解できる』神にも等しい能力……無条件で使えるのがおかし
かったんだ。分不相応。にも関わらずこれまで敵をバラして来れたのは何故だ? 津村相手におかしな弱体化しているのは
何故だ? 分解能力は無条件じゃなかったのか? デッドのムーンライトインセクトみたいな複雑極まる発動要件が……
実はあるのか?)

 シルバースキンは一瞬で分解できた。バルキリースカートはそれができない。

(キャプテンブラボーが持ちえず、津村斗貴子が有するもの。俺の特性に、不可思議でねじれた逆転現象を引き起こす決
定的な差異、奴らの違い。それは……)

 何だ? 考えて……気付く。

──「辛ぇ時期乗り越えさえすりゃ力が上がる!? 馬鹿ぬかせ!! 残んのは虚無だ! 疲弊だ!!」

 先ほど斗貴子の精神状態について言及した。「乗り越えたから強くなる」、できぬせいで魔道に堕ちたディプレスには到底
認められない現象だ。だが……そこに原因があるとすれば? 武装錬金は本人の精神を反映する。潜水艦に憧れるものが
決して飛行機を発動できないように、『至れない領域』へ干渉する特性は決して持ちえぬものなのだ。ディプレスは、行く手を
塞ぐ扉を決して越えられないと確信している。向きあうコトさえしたくない。扉の表面を見るだけで様々な憂鬱が込み上げて
きて……死より辛い苦痛に苛まれる。斗貴子は扉の向こうへ行った。防人はまだこちら側。その差がスピリットレスの特性
に影響しているとすれば? 扉とは海面だ。沈降を選ぶ潜水艦(ディプレス)と、月を目指して天かけるロケット(斗貴子)を
絶対的に区分する壁だ。隔絶され……届かない。低きものは高きものへと届かない。

(立ち直っている奴には一撃必殺足りえないのか分解能力!? いや、厳密にいえば時間をかければ分解するコトはできる!
けどそれはドリルとかチェーンソーでガリガリ擦るようなアレだ! 武装錬金でいう『特徴』であって『特性』ではない! 物理
現象と論理能力ぐらいの差があるってぇ言うのか!? そして『一撃必殺の分解能力』という特性、論理能力が通じるのは
……俺と同じ側に立つ者!! 圧倒的な挫折感! 満たされなさと不遇に喘ぐ最低野郎に限定されるッ…………!?)

78 :永遠の扉:2014/06/18(水) 20:59:42.30 ID:mrqJoZqv0.net
 突拍子もない論理だが、そうとでも考えなければシルバースキンとバルキリースカートの分解に関するねじれ現象への
説明がつかない。ただ……細かい穴もある考えだ。

(疑問がある。俺が殺してきた戦士やホムンクルス、全員が挫折者だったってのか? いや有り得ねえだろそんな奇跡。そ
れこそ俺が嫌う補正そのものじゃねえか。夢に燃えてる若い戦士もいた。再起を誓うあまり恐ろしく粘る共同体のボスもいた。
『立ち直りました』ってだけで防げるチャチな能力じゃねえだろスピリットレス! 撃墜数(スコア)に賭けてまだある筈だ条件!
不自由で難儀な条件抱えつつも! 俺を見下してきたクソどもほぼ総て──戦部やアオフといったごく一部を除いて──
始末してきた神火飛鴉! 知らなかった要件はある! だがその陰にもう1つぐらいあるだろ! 知らずして満たしてきた
要件が!! 俺の! 俺の執心を見事反映した俺ならではの特性要件!! それは……何だ!?)

──『煽ってくスタイルねー。普段自分がやってるコトされてるの分からない?』

 気付かせたのは皮肉にも仲間の言葉。先ほど指図は受けないとつっぱねたリバースの描いた文字。たまたま目に入った
それが…………気付きを生む。

(煽り……? 相手の心を揺さぶる……。怒らせる……。悲嘆を見舞う……。言葉で相手を引きずり降ろそうとする我執。
それがヒットしたとき敵が俺の領域にまで堕ちてきているとすれば? そうだ。戦闘機だって潜水艦相手に無敵とはいかねェ。
飛び道具ブツけられりゃ墜落するだろうが。海ん中の俺の領域にようこそじゃねえか。飛び立つまでやられ放題じゃねえか。
とても手の届きそうにねえ奴だってこっち側に引きずり下ろすコトはできる。…………。意図して煽ってた訳じゃねえが、
結果としてそれが、俺のどうしようもない底辺的な思考法が武装錬金の特性と上手く噛み合い性能を引き出していた……か)

 斗貴子はとっくに飛び込んできている。特性を暴きつつ万が一の致命傷を避ける……そんな慎重さを孕みつつも気迫は
存分、並みのホムンクルスなら位負けして勝手に致命の隙を供出しているだろう。そういった恐ろしい攻撃をのらりくらりと
躱しながら特性について考える程度の余裕はあった。ただしそれはハード的な話においてだ。ソフト面ではまったくどうしよう
もなく憂鬱だったディプレスだが…………不可解なねじれ現象、斗貴子に手間取る原因が分かると……失地の領土戦が
近く見えた。

「なるwwwwwwww立ち直っていて、しかもオイラの煽りすらクールに返せるレジェンドレアだからwwwww 分解能力の通りが
悪かった訳だwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 片翼で処刑鎌を受け止める。斗貴子の顔にバッと警戒感が広がった。と見るやとっくに彼女は5歩以上後ずさっている。

「いいねその反応ww オイラの豹変、そしてこれまで無かった肉体的な防御www その両方いっぺんに不吉な予兆感じて
咄嗟に距離を取るwww 見事wwww 後ずさるのに邪魔な自動人形、見もせず全部斬り裂いたのも含めてwwww」

 斗貴子の足元には自動人形の生新しい残骸が散らばっている。人形の数は相変わらず多い。彼女はディプレスを攻め
つつも、横やりを入れてくる人形を捌き、従前通り武器にしていた。

「wwww どうやらお前が触れたり投げたりした自動人形もwwwお前の一部と見なされていたようだwww だから平生のwww 
今の2.5倍は強い人形さえ貫通できる神火飛鴉がwwww 通らなかったとwwwwww」
「(弱体化、か。これの3倍近いのが無数に……) …………余裕を取り戻したようだが、切り札でも出すのか」
「あるにはあるけどwww 出さないよオイラwww 出せばお前は全力で避ける。避けながら観察しwww 他の連中に報告www
1人でも犠牲が減るよう分析しこれを無力化するwwwww お前は強いwww オイラとの相性も悪いwww マレフィックマーズと
いえど切り札1つで殺せるとは見縊らないwwwww でも、負けないよww」
「………………」
「www 残念だったなwww うまく行けば幹部1人犠牲にしつつ見極めができたのに」
 謎めいた問いかけに斗貴子が固まる間にも……言葉は続く。

「なあリバース」

「お前www 声wwww小wさwいwよなwwwwwwww」

 ハシビロコウから発せられた声に乳白色の髪の少女が一瞬唖然とし……強膜をドス黒く濁らせた。
 風が舞い衝撃が交錯する。轟然と放たれた海王星の拳をディプレス=シンカヒアは慣れた様子で受け止めた。

79 :永遠の扉:2014/06/18(水) 21:00:18.19 ID:mrqJoZqv0.net
「殺す殺す殺す殺す殺す私の忠告無視した上にコンプレックス刺激するなんて許さない許さない許さない許さない」
「でwww桜花www 鐶の様子はどうだったwwww」
 呪詛のような言葉の羅列にしかし陽気な笑いを浮かべるディプレスは、開いている方の翼を後ろにやり……
 ある物をヒョイとブラ下げた。

「てめ、この離せ!!」

 ジタバタするのはエンゼル御前。桜花の顔がやや褪せた。

「つくづく便利な人形だよなあwww 矢を作れて、ライトもついて、メシも食えて、魂の汗まで漏らすコトができるwwww」
 とくればだ。隠者めいた凶鳥はエンゼル御前を持ち替えた。

 そして……ピキリと外層がスライドし、内部構造が露わになったハート型のアンテナめがけ呟く。

「なあwwwお前から見てグレイズィングってどうよwwwww」
「ミダラ! ミダラ! ミダラ! ミダラ! ……です…………。え……。ディプレスさん……? あ、あれ……? です」
 御前の頭から、虚ろな、辛気臭い声が漏れた瞬間、リバースのドロドロした空気が一気に清浄された。
「何コレ! 光ちゃんとお話できる機械なの!? 欲しい! いくら! 500万ぐらいまでなら動かせるわよォ、ドルで!!
あ、それよりそれより光ちゃん聞こえる! お姉ちゃんよ! お姉ちゃんいま頑張って忌まわし……可愛い桜花さんと1つ
になって楽しい記憶を光ちゃんと共有しようとしてるのよー!」
「サヨナラっていう……です。ガチャリ」
「もー光ちゃんってば照れてぇ〜。グヘヘヘヘ。お姉ちゃん唸るリビドー、力に変えちゃうわよー」
 きゃーきゃーいうリバースをよそにディプレスは御前を解放した。
「元凶はコイツだ。左小手の指輪を鐶に渡し、俺の後ろへ移動。通信機能によって鐶のオイラの声真似をリバースに聞か
せて……暴走を誘引。俺とブツける、か。いい策じゃねーの早坂桜花wwww」
「…………」
「さっきリバースが俺の説得を諦めた時www悟ったんだろwwコイツの大体の性格とwwwコンプレックスwwww」
 桜花は黙った
「もし俺が津村の挑発に乗って切り札を使っていたら、憂鬱にもフレンドリーファイア、仲間使って効力実証していた訳だw」
『あ、さっきの光ちゃんの声真似だったんだ。助言無視するディプちゃんにちょっとムカチンだったからてっきり脈絡なく悪口
言ったとばかり』
 リバースはニコニコ笑いながら……自分ソックリの自動人形を出現させた。
『ディプちゃんはもう許すわ。だって光ちゃんに何かのロボットアニメの歌を歌わせてくれたんですもの。音楽史はきっと
さっきのミダラミダラを奏でる一瞬のためだけに発達してきたのよ。宇宙開闢をもたらした女神のような神聖で荘厳で萌え萌え
で有害な重金属98%のヘドロさえ虹色の甘露にしっとり濡れるダイヤの山に変えるほどの歌声だったわ……』
「妹バカwww テラ妹バカwwww」
『バカでも妹という単語と一緒なら本望よ。私イコール光ちゃん、光ちゃんイコール私……。ああ。なんて官能的な言葉なの。
妹バカ。ウヘヘ。妹バカなんだ私、いいなー。うんっ! ディプちゃんへの怒りはもうない。許すわ!」
「バカ呼ばわりされたのに許すんだ……」
『うん。光ちゃんの歌聞かせてくれた上に素敵な言葉までくれたんですもの。ディプちゃんは…………許すわ。ディプちゃんは、ね』
 笑顔が人形ごと残影と化し……消えた。
「桜花! 後ろだ!!」
「え?」
 彼女が振り返るより早く、首筋に手刀が叩き込まれた。
 光沢のある黒髪がさらさらと流れ地面に吸い込まれ…………桜花は、横たわる。リバースは笑顔のままじっと見下す。
『あのね。人の義妹使って、人のコンプレックスを刺激しちゃう悪いコは、ちょっとだけお仕置きが必要と思うの。大好きで尊
敬しているお姉ちゃんの悪口をあの穢れのない小さな唇で紡ぐ時、光ちゃんの聖母のような心がどれだけ傷ついたと思うの』
 意識が薄れる少女の傍に文字が刻まれる。
『大丈夫。殺さないわ。言ったでしょ? 1つになるって。1つになるんだから、その前にケガレを落とすの。禊って奴よ。汚れ
た人と1つになったら私めは光ちゃんに嫌われちゃうもの。だからちょっと反省してね。アリスインワンダーランド受けたコト
ある? 大丈夫よ。アレと同程度の地獄を15分ばかり見せるだけよ。死なないわよ。今を見れば分かるでしょ。まだお腹
蹴られて呻ける程度の意識あるでしょ。加減して首叩いたんですもの。殺意がないの……分かってくれるわよね?』

80 :永遠の扉:2014/06/18(水) 21:00:48.52 ID:mrqJoZqv0.net
 リバース似の人形が、光と共に銃口へ接続された。
「マズい! あの幹部恐らく特性を──…」
「正解。だがお前の相手はオイラだぜwwww」
 駆け出そうとした斗貴子の前に2m超のハシビロコウが立ちはだかった。
「…………」
 彼女は堪えた。見透かした。気絶寸前に追い込まれ、未知の攻撃に晒されかけている桜花を、助けんと走る自分をこ
れ見よがしに妨害するディプレスの悪意を。精神を乱し、隙に付け入り、あわよくば桜花の危機から戦線全体を崩壊させ
んと目論んでいる……。彼女から受けた励ましの数々が蘇る中、すぐ救援に向かえない実情に心をひどく重くしながらも、
後ろに飛び、神火飛鴉を弾き、決定的な致命傷を上げないよう『裂帛の叫びを上げ続け』、ディプレスと互角以上の戦いを
……繰り広げた。

(wwwwwww 感情を堪え最善を尽くしたが故の幸運って奴かwwww)
 ディプレスは膠着状態を繰り広げながら……笑う。朋輩たる彼はリバースの武装錬金・マシーンの特性を知っている。回避
不可能かつ必殺という、ツボに嵌れば神火飛鴉以上のおぞましさ故に、発動要件をも熟知している。
(もし仲間可愛さに俺を振り切り『無言』で駆けていれば、よほどイレギュラーな事態が起こらない限り桜花は特性の餌食www
皮肉だが、俺との対決を選んだからこそ桜花はマシーンの必中必殺の餌食にならない。なりようがないwwww)
 苛立ちを紛らわすように獅子吼し、時折ディプレスにクライマックスの自動人形をぶつける斗貴子。
 彼女を引き攣った笑顔で眺めるリバースが目に入った。
(www いまなら津村斗貴子を無力化できるがwww そうなると桜花に自分の特性を『客観的』に見抜かれるから嫌らしいwww
同じ見抜かれるなら『主観的』……苦しんで苦しんで苦しみ抜いた挙句の方がいいとwww 執着だねえwww ま、さっきアイツの
助言を聞かなかった俺がドーコーいう権利はねーわなwwww さて……後は)


 斗貴子には分解能力の「特性」は適用されない。一撃で解体されるコトはない。
 だが『特徴』による分解……すなわち、通常生ずる武器同士の衝突、物理的な破壊は刻一刻と進行している。
(XLIV(44)の核鉄の方は比較的軽傷……だが)
 LXXIV(74)の方はもはや鎌一本を残すのみだ。それももはや崩壊寸前。
(マズイな。XLIV(44)だけでもしばらくは凌げるが──…)
 核鉄は希少である。その損傷は戦士そのものの負傷と何ら変わらない。例え創造者が無傷でも、支給分の核鉄が発動不
可とあれば戦死したのと同じである。
(25%。25%以上損傷すれば、大戦士長の救出作戦に参加できなくなる。継戦能力に疑問ありと見なされるんだ。他の核鉄
を借りようにも、戦団は決戦前、予備は少ないと見るべき。戦士長たちは銀成市を守る使命がある。手薄にはしたくない)
 つまり処刑鎌に単純換算して2本。あと2本粉砕されれば戦略的な敗北が確定する。
(どうする……? 火渡戦士長の到着を待つか? それとも一か八かディプレスに挑むか……?)

「挑むのでしたらお早めに」

 嫣然たる声がした。ディプレスは口笛を吹き、リバースもニコリと微笑んだ。

 庭にきたフード姿の女性は…………真赤な口紅でティーカップを啜っていた。

(確か……グレイズィングとかいう幹部! 馬鹿な! 剛太は!?)

 嫌な予感を察したのか。彼女は引きずっていたモノを無造作に投げた。

 それは気絶している剛太だった。外傷はない。だが目を瞑っており斗貴子の呼び掛けには答えない。あと頬に無数のキス
マークがあった。

「クス。『色欲』だからって犯してはいませんわよ。可愛いからちょっとチュッチュしましたけど、貞操は無事……」
「フザけるな。剛太だぞ。戦力分断を引き受けた以上、勝てないにしろ逃げまわる位は」
「ええ。楽しい追いかけっこでしたわ。ただ……もうそろそろ潮時ですので、僅かばかり本気出させて貰いましたわ」

 斗貴子の姿がかき消え、代わりにディプレスの周囲に漢数字が浮かんだ。

「あらん。九頭龍閃。盟主様がむかし習得し損ねた技ですわね。覚えるなんてスゴイ……流石は音に聞こえた津村斗貴子」
 褒めながらも悠然と紅茶を呑む女医。
「ただ」

 ディプレスの背後で大息をつく斗貴子の全貌が嫌な鼓動と共に暗転した。

81 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/18(水) 21:01:44.27 ID:mrqJoZqv0.net
「クク。動揺したな津村斗貴子。桜花、中村と次々仲間を倒された怒りと焦りで……僅かだが水面下に心……突っ込んだな」

「すり抜ける……のはさっき証明済み。だから背中を撃ってやった。焦りでそういう可能性考えるの……忘れたか?」

 津村斗貴子のわずかに開いた口にヒビが入った。それは両頬の中心を通るヒビで、下顎のラインと平行だった。ヒビは
首筋を通り肩を流れ、脇に落ち、わき腹をスゥーっと斬り下げてから臀部と太ももの境目で合流した。

 パカリ。

 無機質で、単純で、牧歌的で、やや滑稽な音と共に。

 斗貴子は2つに割れた。

 それは人間を縦に両断したような姿だった。厳密にいえば、背中と両腕、首の後半分と頭全部に下顎以外の顔全部から
なるAグループと、両足、腹部、胸部、首の前半分と下顎からなるBグループに分かたれた。

「九頭龍閃とは本来9つの斬撃があって初めて成立するもの……。ディプレスの攻勢によって5本まで減じた鎌でやっても
威力はない……。しかも彼は自動防御を展開している」
『動揺しちゃったねー斗貴子さん。せっかく分解無効化してたのに、最後の最後で動揺して適用内になっちゃった』
(なんだコレは……? なぜ分解されたのに……意識がある? 前後2つに分けられ内臓さえ視認できるのに…………
クソ、私がブチ撒けられるとは皮肉だな。とにかくそんなコトを考える余裕があるのは……一体どういう訳なんだ?)
 Aグループの斗貴子は愕然としていた。心臓がもう半分……Bグループで脈打っているのが見えるのに……生きている。
苦しさはまったくない。体温も下がらず、流血もない。

「次元を分解したのさ」

 ディプレスは事もなげに言った。

(な……に……?)
「知らないのかwww ホーキングの描いた二次元世界の犬www 口から肛門まで1本の管通ってるけどよwww その上下
で体が真っ二つになっちまうんだよwwwww」
「クス。人間に色々な穴が、そう『穴』がッ! あるのに分解されずに済んでるのは、三次元世界で生きてるからですの」
『でもディプちゃんはねー、斗貴子さんを構成する次元を1つ……分解したの。つまり二次元にしちゃったの。馬鹿なって
思うだろうけど、7年前以降、修練を重ねていろいろ分解できるようになったのよー』
「そんな! 二次元行くのこの上なく夢なのに行ったらこんな、この上なくグロくなるんですかぁーーーー!!」
 ゴロゴロ、ドシン。何か音がした。何事かと見ると(よくよく考えると二次元状態で目が動くというのも奇妙な話だが、二次元
方向・上下左右への移動ぐらいは可能なようだ)、フード越しでも「ああコイツ冴えないな」と分かる雰囲気の女性がお尻を
さすりさすり立ちあがる所だった。
「待て!」
 更に影が3つ。防人、無銘、貴信。続々と降り立った彼らは庭の惨状を見ると警戒レベルを最大にまで引き上げた。
「姉……さん。津村……。中村…………」
 更に秋水の声。彼は来たというより叩き叩き運ばれてきたという有様だった。剣気は十分、傷も浅いが、わずかに足が
よろめいている。
「禁止能力……恐るべき力だ……」
「にひ。いやいや、アレほど身体能力低減したにも関わらず、傷数カ所と疲労で済む秋っちの方がスゴいかと」
 彼の傍から飛び立った──2m超のハルバードを軽々と抱えたまま──ブレイクは当然のようにリバースの傍に立つ。
「お師匠さんは多分総角さんと別行動。光っちは職員さんたちのガード。千歳さんと根来さんと島っちは救助組……。にひっ。
つまりここでいま戦える戦士さんがたは4人。少しばかり分が悪いっすねー」

(……認めたくないが)。斗貴子は思う。

(個人個人のスペックでは、私たちの方が遥かに下だ。連携しなければ勝ち目はないが)


(5対4……しかも敵には多数の自動人形を操る者がいる。ムーンフェイスが居るような状態で)

 打開、できるのか? ソードサムライXを握りしめる早坂秋水の手が汗で湿った。

以上ここまで。

82 :ふら〜り:2014/06/18(水) 21:50:07.73 ID:l/X8yb2Y0.net
>>スターダストさん
前々から思ってましたが今回は特に。ディプは、本作の中では珍しい単純明快なゲス悪役(あくまで
本作基準で、ですが)だなぁと。と思ってたらしっかりクレバーなところも見せて。「聡明」からの
遠さは青っちの方が上ですかね。そしてここにきて、ある意味予想通り、斗貴子がザックリ……!

83 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:18:25.39 ID:gtIRjsjJ0.net
「よぉキャプテンブラボーwwww こんなトコで油売ってていいのかいwwwwwwwwwwww」
 嘲るような声。防護服がハシビロコウを見た。
「ここのガキども1人でもくたばったらようwwwww 辛いよなあwwww 『また』死なれたらwwww悲しいよなあwww」
 一体何が言いたい。分解状態の斗貴子が訝る中、致命的な、触れてはならぬ禁忌が冒される。

「7年前赤銅島でwwwたくさんの生徒見殺しにしちまったんだwwww 同じ轍踏みたくねえだろ?w 戻れよw ホラw助けにwww」

 防人の動揺の気配にいち早く気付いたのは秋水である。

(……傷口に塩を塗りこむような真似を)


(にひっ。どうやら旦那……標的変えたようですねえ)
(斗貴子さんが手強いから……。さっき裏返し破った、与しやすい)
(まだ立ち直っていない気配が濃厚な、しかもこの上なくケガが治っていないブラボーさんを……甚振ろうと)
 最低だった。正義とは無縁な幹部達ですら白眼視せざるを得ないほど最悪な選定だった。
「クス。つくづく小者ねん。己より強いメンタルの持ち主は挫けず、弱い者と見れば加虐の限りを尽くす…………。スピリット
レスの特性──ワタクシたち薄々なにが要件満たすか気付いてましたけど、本人のようやくな実感に改めて思う──その
ものの最低極まる男だこと」
 付記すれば標的にさだめられた防人が、実は裏返しを破られた瞬間から既に対策を練り始めているコトにディプレス=
シンカヒアは気付いていない。それを抜きにしても、戦っている最中に立ち直られ、優勢が一転、先ほど斗貴子に味合わさ
れた恐怖と不可解に追い込まれる可能性だって充分に存在しているのだ。にも関わらず火星の幹部は……確信する!


(勝てる!! ブラボー程度になら絶対……勝てるぜ!!)


「ディプレスとかいう幹部はどうでもいいが…………どうして攻撃して来ない?」
「あ゛!? どうでもいいつったっか早坂秋水!!? オイオイオイオイ!! このディプレスさんをどうでもいいとぬかすなんざ
面白ぇじゃねえか!! いい度胸じゃねえか!! いいぜいいぜ! 防人の前にお前だ!! まずはテメエから血祭りに──…」
 お黙り。グレイズィングの裏拳を顔面に軽く浴びた幹部は黙り込む。
「攻撃? あらん? なんでワタクシたちが仕掛ける必要があるのかしらん?
「……ブレイクとかいう幹部が先ほど言っただろう。『戦える戦士達は4人』『分が悪い』と。……そちらは5名だ」
 女医を睨みつけながら、無銘。眼光は先ほどよりいよいよ以て鋭いが、数的不利を鑑みたのだろう。今にも飛びかかって
行きそうな全身を必死の精神力で何とかその場に釘付けているという様子だ。奥歯をぎりりと噛み締めて、拳からは多分に
漏れぬ血の雫。
 それらをクスクス笑いながら一望した金星の幹部は意外なコトを告げた。
「分が悪いのはワタクシたちの方でしてよ?」
 不可解な言葉。真意を測りかねた秋水たちは言葉に詰まる。
「クス。そう……まさか救助のために頭数裂かせてなお、4名”も”残るなんて思ってもみませんでしたわ。ディプレス以外は
せいぜい普段の3割程度の力しか出していませんでしたけど……それでも当初の試算では、防人衛と総角主税、鐶光以外
の戦士と音楽隊全員……戦闘不能になって然るべきでしたのよ」
(……随分と見くびられたものだな)
 斗貴子は思う。3割の力でほぼ殲滅できるという胸算用、まったく以て過信と侮りに満ちている。
「ぬぇっぬぇっぬぇー。そうなんですよこの上なくそうなんですよ。救出に向かった毒島さんたちは私の武装錬金で包囲して
殲滅。秋水さんは槍を持つブレイクさんが三倍段の優位で仕留める筈でした」
 胸をはるクライマックスにリバースも続く。
『けど実際倒せたのは、ここにいる戦力の中で、身体能力と武装錬金がほぼ最低ランクの剛太さんと桜花さんぐらい。斗貴
子さんも戦闘不能状態だけど、途中まで焦って怯えて加減する余裕なんかまるで無かったディプちゃんの糞火力相手に生
き延びているコト自体すごい奇跡なのよ』
「にひっ。いやー。正直見くびってましたねー。流石はみなさん。お師匠さんと協力しているだけのコトはある……」
 額をぺちりと叩くブレイク。秋水は問う。
「それでも今この場では君たちの方が1人多い。しかも……クライマックス、だったか、彼女の武装錬金はムーンフェイスと
同じかそれ以上の戦力を供給できる。戦闘だけを考えるなら『分が悪い』訳がない。……もっとも、戦闘だけを考えるのなら、
だが」

84 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:19:26.70 ID:gtIRjsjJ0.net
 含みのある言い方に……金星の幹部の赤銅色の巻き髪が揺れた。
「ふふっ。ワタクシ美形すぎる方は却って欲情できないタチですのよね。上手すぎる絵では抜けないってアレですの。ただ……
アナタ個人は気に入りましてよ。その鋭いひ・と・み。服の下どころか大陰唇の奥深くまで見通してしまいそうな洞察力に、
いま思わず……やん。濡れちゃいましたわ」
 わずかに覗く頬をサーモンピンクに染めて太ももをモジモジと擦り合わせるグレイズィング。彼方の秋水は鋩を向ける。
「君達が盟主から帯びた任務は俺達の抹殺じゃない。演劇妨害を見ても分かるように主題はあくまでマレフィックアースの器
の確保。それは恐らくだが、大戦士長の救出作戦前に行わなければならない何らかの事情がある」
「フフ。いいですわよ。その推測。秘所が疼くわ
「つまり君たちは……これから撤退し、『器』を攫いに行こうとしている。分が悪いと言ったのは追っ手が想像以上に多いからだ」
「撤退を決めたという論拠は?」
「簡単だ。先ほどから養護施設の火勢がひどく弱い。全員救助までそうはかからないだろう。つまり今もたつけば、この場に
いない鐶や、根来たちが……最低でも4人の戦力が君たちの追捕に加わる。戦えば倒せる自信はあるだろう。だがそれを
挫いてでも『器』を救出作戦前に攫うべき理由が君たちにはある。引き際を誤り、『器』を攫う邪魔をされ、或いは攫ったとし
ても追撃の果てに奪還され……千歳さんに遠く離れた安全圏へ隔離されると言った事態は……避けたい筈」
「100点満点中82点って所ですわね。完全回答ではありませんけど、大筋ではだいたいそう」
 にも関わらず秋水達が斬り込めないのは、ディプレスが先ほどからニヤニヤと見渡して来ているからだ。
(……。彼の武装錬金の強さは7年前充分見た。記憶が一部剥落してなお本能が警戒するほどの強さ)
(我も7年前、奴の神火飛鴉に兵馬俑を一蹴されている)
(裏返しを破られて間もない。どうする? 貴信と無銘は脅威を知っているようだ。秋水にいたっては同系統……逆向凱の
操るライダーマンズライトハンドの165分割を知っている。あれ以上の武装錬金とあらば警戒せざるを得ないだろう)
 防人は逡巡した。戦士長なのだ。診方3名が膠着状態にある今だからこそ、無理を押してでも先ほどの着想……重ね当て
による打倒法を試すべきではないか……?
 しかしディプレスの背後には3体の仲間が控えている。最大火力の火星に一斉攻撃を仕掛けたとしても、彼らはまず邪
魔をするだろう。一見弱そうなクライマックスですら、ムーンフェイスと同等の能力を有している。専守防衛はお手の物だ。
例えそれとブレイクとリバースの妨害を掻い潜ってディプレスを殺せたとしても、グレイズィングが存在する。総角の話では
「塵に還らない限りは」、死後24時間以内の蘇生が可能……。勝負を賭け全力で斃したマレフィックマーズが次の瞬間に
はもう復活するのだ。だから剛太が引き離したグレイズィング。彼女から殺そうとすればそれこそディプレスたち4名の魔人
にも等しい抵抗で返り討ち……キャプテンであるからこそ防人はそう考えた。
「www 甘いんだよブラボーwww てめえの采配はよwww 養護施設爆破されてもwww 救出なんか後回しにしてよwwww
戦力全部こっちにベットしてwww何が何でもグレイズィング始末すべきだったwwww 総角、鐶、津村斗貴子に早坂秋水w
最強クラスを投入してwww 犠牲覚悟で他の連中にオイラたち足止めさせてwww 回復役からブッ叩けばこんな袋小路
の状況にはならなかったwww」
 防人の揺らぎを見るや揺さぶりにかかる。小者らしい卑劣な手段である。
「なwwのwwにwwww 救出とやらに戦力の大半を割くからwwww せっかくの大駒どもが逐次投入になっちまってwww 個々
の能力で勝るオイラたちに各個撃破されwww いよいよ不利にwww お前にゃ戦士長の資質なんざねーんだよwwww」
 秋水はスッと息をついた。
「まあ?w 7年前やらかしちまってるから?w もwうw誰w一w人wwww殺したくねえ訳だww 怖くて怖くてたまらねえ訳だww」
 それには気付かぬ幹部はなおも煽る。
「だがテメエ最近死なせてるよなあ!w ほらよぉ、あの剣持真希「逆胴!」
 誰もが目を剥いた。肉薄されたディプレスはおろか、他のマレフィックたちや貴信、無銘、斗貴子もまた驚愕した。
(ほー。スゴいですわね。15mは離れてたのに気配を悟らせず詰めるとは)
(そんな。ブレイクさんと戦ってたんですよ!? 速度反射筋力……あらゆる身体能力、発揮するコトこの上なく禁止され、
恐らく普段の3割程度にしか動けない筈なのに! なんなんですかこの速さ!?)

85 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:24:05.74 ID:gtIRjsjJ0.net
(気迫……っすね。禁止を無理やり跳ね除けた……。俺っちとの戦いでもできたんでしょうけど、多分アレすね。弱ったフリ
してたんじゃないでしょーか。こっちが油断した所をザクゥ! 起死回生と)
 総ては一瞬だった。足元に転がる姉の武器がごとく飛び込んだ秋水の前方仰角180度に半円状の斬撃痕が瞬いた。
それはヌっと繰り出されたハルバートの穂先を轟然と撥ね返しただけでは飽き足らず、ディプレスを守護すべく現れた6体
の自動人形の車先──腹部──をも水平に断ち割り吹き飛ばした。たたたっ。残骸を噛み破る螺旋の空気297弾、無謀
なる剣客の前面総て穿たんと迫っていく。秋水は、止まらない。整った口がしかし虎の如く牙を剥く。
「はああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 裂帛の気合が300発近いリバースの敵意とぶつかり合って縺れ合った。生まれたのは無軌道なカマイタチ、踏み込まんと
したブレイクの手の甲足の甲に無数の傷を刻み込み牽制する。章印直撃を懸念したのかそこを庇いつつリバースの前へ
移動するブレイク。「…………」。追撃の弾丸もまた裂かれる。
(たった1人で幹部達の迎撃を!)
(さばいたじゃん!!)
(気勢の差だ!! 全力を出さず今正に撤退を考えているディプレスたちと! 半ば相打ち覚悟で死力を振り絞る秋水氏
では土壇場で差が出る!!)
 猛る秋水。冴えないアラサーが「当てられて」人形召還もできず竦む中、彼女の、車先から切断され気流に刻まれた無数
の破片が警護対象に7発19発と直撃する。
 それらは自動防御に衝突した。塵と化した。弾丸嵐と白熱から成る気圧刃の混群をも防ぎきった。
 だが秋水はとっくに次の行動へ移っていた!! 破片とカマイタチが当たるのも構わず更に踏み込み! 鼻先がディプ
レスと当たるほど密着し!!!
「逆胴!!!!」
(間髪入れずもう1発!?)
(何と言う速度だ! 師父の九頭龍閃にも匹敵する!!)
 火星の幹部の胸が薙がれた。
 青白い一文字の瞬きが”そこ”に吸い込まれ。
 消えて──…
 胸部の中央水平線、試し斬りでいうところの「乳割り」を。
 赤々と肉裂きにした。
「ふぐうあああああああ!!? 刀!!? 刀が当たっただと!? 用心のため自動防御展開していたのにっ!?」
 鳥の胸から噴水の如く迸る血しぶきを浴びながら秋水は冷然と呟く。
「用心、か。確かに章印の防御は万全……殺すつもりだったがやはりマレフィック。一筋縄ではいかないようだ。そして──…」
 章印を守る神火飛鴉は死骸に正に群がる鴉のよう……乾いた感想と共に刀を翻した秋水の目が冷然と細まった。
「君ごときに戦士長を愚弄する権利はない!!」
「ひっ、ひぃええええええええ!!?」
 正眼に振り下ろされる刀。恐ろしい気迫。頼みの自動防御が通じない斗貴子現象の再来もあって火星の幹部は情けなく
も後ずさり……尻餅をついた。果たしてコバルトブルーの刃の軌跡が轟然たる両断を見舞わんと迸り──…
「いやー。流石にブッちゃけ今の旦那にゃヒきましたけど、一応仲間なんでさ。防がせて貰いますよ」
 斧槍に受け止められた。手首と、腰から下を精密機械の如く駆動させ斧を外した秋水は風のごとく飛びのいた。その残影
を無数の銃弾が噛み破った。蛇行しながら後ろへ後ろへ飛んで行く秋水をブレイクが追ったとき……それは過ぎった。
「!?」
 敵陣に流れ込んだかぐわしい影を、ただでさえディプレスの重傷に愕然としていたクライマックスはどうするコトもできず
見送った。気付いた時にはもう総てが決着していた。
 
 栴檀香美が敵陣を横断し、意識なき桜花と剛太を抱えて逃げ去っていた。

「フン。人質にされかねん連中を奪還、か。まぁ初動自体は我の方が早かった」

 兵馬俑もまた分割中の斗貴子を抱えて飛びのく。

「しまった! 最初からこれがこの上なく目当て!! ああ!! こんなコトなら自動人形出して人質にしとけばーー!!」
 頭を抱えるクライマックスに呆れた様子のグレイズィングは衛生兵を出し、ディプレス修復。
 ダメージは無効化されたが人質というカードも消えた。イーブンである。
「お馬鹿さんねえ。彼は津村斗貴子の生存そのものから気付いたのよ。『脆いバルキリースカートと脆い自動人形しか使え
なかった彼女がなぜ分解能力相手に生存できたのか』。つまり……立ち直ってる方には切削工具程度の分解しかできない
……弱きを挫き強きに媚びる実にアナタらしい特性の弱点に。だから果敢にも敵中深く飛び込んだ」

86 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:24:36.10 ID:gtIRjsjJ0.net
「お、おう……」
 傷が治ったディプレスはやや虚脱状態だ。秋水をなるべく見ないようにしている。震えている。
「ぬぇーぬぇっぬぇ!! ディプレスさん顔真赤ですよこの上なく!! ひえーって言って尻餅つくなんてヘタレすぎです!!
この上ない黒歴史をリアルタイムで目撃しました!! 本当メンタル強い人ニガテですよねダメダメさんデス! プギャー!」
「うるせえ」。ゴヅリ。クライマックスはグーで殴られた。涙目の彼女、両手で頭を抑え屈み込んだ。
「DVです……! このうえなく最低です……!! 私ってばこの上なくダメな男にひっかかっています……。うぅ」
「ひ! ひっかかってねえよ! てか好くなよマジで!! テメーに好かれたらどんな武装錬金持ってようと死ぬんだからな!?」
『本当ヘタレねディプちゃん。マジ引くわー』
 銃撃を仲間の足元に刻むリバース。無言で想い人に目配せする。
「そうっすね青っち。……にひっ。深追いはやめますか。身から出た錆、仇討つ義理もないでしょう」
 ブレイクは心得た男で、人質を後衛に置いた香美、無銘といった連中が秋水めがけ移動しているのを見ると追撃をやめ
引き下がる。
「…………」
 仲間にいろいろディスられている火星の幹部を黙然と見据える防人の下に秋水が帰還した。
「凶賊の戯言です。津村が気付き俺が試したように……分解能力にも弱点があります。奴の罵詈雑言はそれを補うための
物。真に受けるべきでは……」
「……分かっているさ」
 頷くが……心は少し温度を下げたようだ。敵は確かに真希士の名を口にした。防人の采配に従った末に死んだ部下の名を。
7年前に防人は本名を捨てた。防人衛という名を捨てた。そしてキャプテンブラボーという仮初の名と共に歩んできた。最良の
道の筈だった。だが真希士は……死んだ。死なせてしまった。7年前、斗貴子を除く赤銅島の人々全員を助けられなかった
時から、与えられた任務の中で最良の結果を上げようと生きてきたのに……気のいい大型犬のような、楽園を夢見る暖かな
青年を死なせてしまった。
 立ち直れない人間はいる。確かにいる。年を重ねるたび復活の確率は低くなる。若人は、斗貴子は、秋水は。若さゆえに
早く立ち直るだろう。だが防人衛という青年は、彼らより長じた頃に、二十歳の頃に挫折した。そして7年……あてどもなく
燻り続けた。同じ7年の逡巡でも斗貴子はまだ若い。秋水は咎を抱えてまだ半年と経っていない。
 炎の匂いのように染み付いた挫折感。揺らめく影は蘇る悪夢。断とうにも断てぬ敗北感が心に鬆(す)を作り……脆くし
ている。
(……若さ、か)
 若さとは熱量なのだ。カズキもまたそうだった。秋水は防人が判断に迷う局面の中、恐れもせず迷いも無く飛び込んだ。
防人にそれほど熱量は残されていない。だから……手を拱いた。長として先陣を切るべき場面で、迷った。
「wwww そこがテメエの限界www オイラに決して勝てない理ゆ」
「愚弄するなと、言った筈だ」
「ヒィ!?」
 秋水の青白い眼光に射すくめられたディプレスはクライマックスの後ろに隠れた。そしてガクガクと震えながら叫んだ。
「きょ、兄弟!! そいつちょっと黙らせろ!! じゃ、じゃないとお前と子猫ちゃんキレーに分割する約束、ほ、反故に
しちゃうんだぜ!!?」
『……それはそれ!! これはこれだ!! 煽る方が悪いと僕は思う!!! あとその口調何!?』
「ヒ、ヒドイ……!! じゃ、じゃあ子猫ちゃん!! 子猫ちゃんからも何か言ってやってくれよう!!!!」
「しゃー!! 知らん! あんた気に食わん!! つかトリ! あんた誰さ!!? 何なのさ!!」
「え!! ひょっとして俺忘れ去られてるのか!!? 7年前逢ったじゃねえかよ!! ほら、胸の中で泣いたり色々……!」
「知らん!!」
「そんなあ!!!」
 涙ぐむ幹部。まったくスピリットレス(いくじなし)という武装錬金に恥じぬ男だった。ディプレスは。

 一方で、逡巡する防人に元に、
「指揮する以上、迷って当然なのだ」
『そうだ!! もりもり氏だって躊躇しない訳じゃない!』
「そ! そ! よー分からんけど、そ!!」
 ずらずらと集まってくる音楽隊の面々。一座の指揮官は帽子を深く被り直した。

(そうだな。結局何を言われようと信じる他ない。俺の選んだ道を──…)

 カズキに、言ったのだ。

87 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:25:09.83 ID:gtIRjsjJ0.net
【善でも! 悪でも! 最後まで貫き通せた信念に偽りなどは何1つない!!】

【もしキミが自分を偽善と疑うならば戦い続けろ武藤カズキ!】

(そして千歳にも……誓った!)

──「戦士・斗貴子に促す以上、俺たちもそろそろ踏み出してみないか? 未来に」

 明日に、ああ繋がる今日ぐらい。

「数で劣るが……1人でも多く食い止めるぞ。俺達が引き付ければ病院の面々や総角たちの戦いがその分楽になる」
「……ええ」
 構える。秋水の頬が僅かだが綻んだ。居直りを察知したらしい。

 攻勢は整った。残存兵力4名が踏み出すべく構えた。


 総角主税がヴィクトリア=パワードの背後で不可解な黒い帯に絡め取られ謎の扉の彼方に消えたのはその時だ。

 地響きによろめいていたヴィクトリアの鼓膜が軋んだ。ステンドグラスが崩壊するような大音声と共に周囲の景色が割れ
飛んだ。自分でも辛気臭くて陰湿だと見るたび吐息を付きたくなるレンガ造りの通路が鏡の破片と化して……消え去った。

(何が起こってるの? 生徒たちは……どうなったの?)

 絶句しながらも左右を見渡すヴィクトリア。共に避難していた部員達の姿はない。ただ漆黒の空間が広がっているだけだ。
 浮遊感に足元を見る。何も無い。立つべき場がないにも関わらず……落下しない奇妙さ。

(これも……メルスティーンたちの仕業? レティクエレメンツの攻撃、なの?)


 地響きは養護施設でも発生した。

 よろめく秋水達をグレイズィングは紅茶を啜りながらうっとり眺めた。

「さっきの撤退うんぬんの推測ですけど……言いましたわよね。82点って。当て損ねた18点こそ……コレよん」

 破滅的な音と共に景色が砕け闇に墜ちた。
(どう……なってる)
(施設の人々は無事なのか……?)
 戦士と凶つ星の中間点でプラズマが走った。と見るや青黒い点が爆発的に膨れ上がり、相対する両陣営を包み込んだ。
ラウンドリーブルーとインディゴの縞が波打つ球体の中は嵐だった。散会させられ円周に沿って吹き荒れるほかない戦士た
ち。レティクルエレメンツの面々は平然と浮かんだまま上昇し……クスクスと嘲る。

「ウィルの加護がないアナタたちにはどうしようもない状況よ。ま、デッドは念のため逃げたようですケド」
 貴信や無銘は攪拌の憂き目に遭いながらも流星群や銅拍子といった投擲武器を投げつけるが届かない。
「そして……ここからが本番」
 グレイズィングが手を挙げると、球面に腔(こう)が開き、見慣れた小さな影が吐き出された。
 瞬く間にグレイズィングに腕を絡め取られたそれは──…
 セーラー服で、金髪で、髪を何本かの筒(ヘアバンチ)に纏めた、冷たい目つきの少女。
「ヴィクトリア……!?」
 不可解な登場だった。部員の避難先導を引き受けた筈の彼女が何故ここに……。訝る目線を察したのか、幹部達は口々
に囁く。
「彼女こそマレフィックアースのこの上ない最有力候補なのです」
「何だと」。無銘は攪拌の苦鳴まじりに問い返す。
『だとすれば不可解だ!! どうして劇の途中、あんな回りくどい方法で部員達に武装錬金を発動させようとした!!?』
 ヴィクトリアは盟主の知己……能力などとっくに知られている、確かめる必要性がないとは貴信。
「www 兄弟よぉーww お前の言うとおりだww 確かにオイラたちは器に100%適合する武装錬金の持ち主を探していたwww」
「けど……こうは考えられませんかねー。『万一見つからなかった場合、最後の幹部を空席のままにしておくだろうか?』と」
 秋水は短い沈黙のあと、こう述べた。

88 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:25:54.41 ID:gtIRjsjJ0.net
「一理はあるが不可解だな。俺たちを嘲弄するに足る自負を持っている君たちにしては些か消極的すぎる。戦士でもない
ただの人間の部員達を、たった1人しか攫えない……? 先ほどがウソのような謙虚さだな」
「? 何さ、白いの何が言いたいのさ。わからん!」
『ええとだ。まずあのブレイクという幹部は『器が見つらなかったので、補欠としてヴィクトリア氏を攫う』と言った!』
 それに対する秋水の文言を防人が補綴する。
「だが『劇で武装錬金を発動した者全員』あるいは『部員全員』攫わないのは不可解……彼はそう聞いたんだ。どういう手段
か分からないが、彼らは既に絞り込んでいたんだ。『今日の劇の参加者の誰かが器ではないか?』と」
「ならば、目論見がバレたいま、全員を攫い手当たり次第に武装錬金を発動させる位……するだろう。奴らは、グレイズィン
グどもは悪逆の徒だからな。嫌な話だが、最悪ハズレでも食料にできるしな」
「むがー!! それ腹立つじゃん! 腹立つ!! ん? つかそれならさ、なんで最初からガーっと来んだのさアイツら」
『いや香美! 劇の途中まで彼らは秘密裏に動いていた! そもそも自分たちがマレフィックアースの器を探しているコト
じたい気取らせまいと画策していた!! あくまで武装錬金の発動が、劇の途中の、過去例がある不可解な現象に見える
ようしたかった! ようだ!』
「にも関わらず、どうしてヴィクトリア1人だけを狙う? 断っておくが『ヴィクターの娘だからホムンクルスたちの旗頭になる』
といった弁明1つで解決できると思わないコトだ。仮にそうだとしても、生徒の中にいるかも知れない、未知の超エネルギー
を行使できる存在を捨て置く必要はない。器は器。旗頭は旗頭……ヴィクトリア用に幹部の席を新設ぐらいするだろう」
 君たちは自分をひどく買っている、弱い存在相手なら一石二鳥など当然目論むだろう……皮肉交じりの疑惑に
(おおー! そういえばこの上なくそうです!! 鋭いですね秋水さん! あれ? ならなんでやってないんでしょ?)
 クライマックスは感心するやら腕組みしてフムフム考えるやら忙しい。
「フフ。ブレイクの言葉を忘れて? 『分が悪い』。想像以上にアナタたちが残られましたから、部員全員攫う余裕ありません
のよ。犬型のボウヤ風に言えば、古人に云う、二兎を負う者は一兎も得ず……。旗頭になりえるヴィクトリアちゃんをまず
は確実に確保という所……」
 その腕でもがいていたヴィクトリアだがビクともしない状況に方針を変えたようだ。会話に加わった。
「旗頭、ね。大戦士長の救出作戦が間近の時に随分と余裕じゃない。アナタ頭良さそうだから聞くけど、理解している筈よ
ね? 私は旗頭なんかになるつもりはサラサラないけど、ホムンクルスたちをその下に集めるには、奪還作戦に投入される
であろう大勢力相手に生き延びる必要がある。全滅したら旗頭どころじゃないもの。それとも、今から作戦実行までの数時
間で世界各地からホムンクルスを集められるとか寝言いうつもり? だとすればおめでたいわね誰も彼も」
「クス。不可能ですわね。数時間で集めるのは」
「なら順序が逆じゃないかしら? 私を利用するなら救出作戦よりずっと前に攫うべき。戦闘部門の最高責任者を誘拐した
のよ? 戦団が全力を挙げて押し寄せてくるのは当然予見できた筈。劇でコソコソやるほど頭がいいと自負しているのなら、
粉かける前に軍備を整える。私を引き入れてからホムンクルスを集め、戦力を増やし、それから坂口照星を攫う。それがあ
るべき順序よ。盟主は私を知っている。事情も背景も知っている。利用するならまず第一に攫って然るべき」
 貴信も無銘も感嘆した。香美に至っては頭がパンクしたらしく目をグルグルだ。
 とにかくヴィクトリアの毒舌よ。金星の幹部の論理の穴が悉く浮き彫りだ。すなわち暴露の1丁目、旗頭うんぬんに隠された
陰謀が白日の元に晒される……誰もがそう思った瞬間、

「『やる夫社長の持っていたカード』」

 意外な単語が飛び出した。全員が硬直する。思考が少し追い抜かれた。

「クス。あのカードに刻まれていた法衣の女……ワタクシたちにとって脅威でしたのよ」
「それがどうした?」 秋水の反問にグレイズィングは真白な歯を覗かせた。
「彼女がこの時系列に存在している限り『正史』にない行動は取れませんでしたの。ヴィクトリアちゃんを攫うという行為は
まさに禁忌に抵触する行為。そしてあの法衣の女が消えたのは、まさに大戦士長・坂口照星を誘拐した鉄火場…………。
それが8月29日。今日は9月16日。およそ3週間近く……探し始めてから確保するまでの期間としては充分リアルじゃない
かしらん?」

89 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:26:27.04 ID:gtIRjsjJ0.net
「動向だけなら誘拐以前からでも──…」
「その行為じたいが『正史』にない行為とみなされたら……ウィルさまの長年の計画が水泡に帰しますもの。フフ。ワタクシと
してもヴィクトリアちゃんが指摘したようなもどかしさは抱いてましたけど、仕方ありませんの。泥臭くて慌しいですけど、次善
の策という奴ですわ。キャプテンブラボーさんならば分かりますわよね? 戦いとは常に最善手を打てるものではない……
時には不合理な手を打たざるを得ないコトもある。時には逆に、論理性なき馬鹿げた行動こそ何もかも救う場合もある」
 カズキの姿を思い描き危うく納得しかけた防人は首を振る。
(筋が通っているようだが……敵が内情を晒すほうがそもそもおかしい)
 少し考えれば分かる。グレイズィングは肝心なコトを何1つ云っていない。茫漠たる味方の情勢に私見と安い一般論を
調合しただけのインチキ投薬だ。なのに防人の体質や病歴そのものに合致しているのだから始末が悪いプラシーボだ。
「……『正史』というのは何だ?」
「文字通り本来の歴史ですわよ? そしていまアナタたちがいる時系列は……正史から分岐したもう1つの世界であり……
歴史。付記すれば正史において音楽隊という共同体は……存在しませんでしたの」
「……。詐欺の常套だな。大きな話題で疑問を逸らす。証明しろといってもしようはないのだろう。真実だとしても、知りうる
だけで、そこに含まれる何がしかの強制力に逆らえなかった君たちだ。現象を以て示せるほどの権限は、ない」
「論理的かつ振り出しに戻す言葉ねん。『なぜヴィクトリアちゃんだけ攫うのか。他の生徒に手を出さないのは不可解だ』、
なまじ弁舌に自信がないからこそ論破を諦めただ一点のみ穿ち続ける……」
 だから何を話しているじゃん、香美はプスプス煙を噴きながら嫌そうに鳴いた。
「とっくに答えてますわよん。『予想以上にアナタたちが残ったから、全員攫うという手間暇のかかるコトは避けた。だから
予定通り器ではなく旗頭の方を攫おうとしている。救出作戦前に泥縄的なコトしてるのは法衣の女のせい……』。充分
筋は通っていると思いますけど?」
 食えない女だ。そんな声が無銘から上がった。答えているようで韜晦しているような気配がある。そもそも彼女1人が
答弁者という状況じたい既に胡散臭い。幹部総てが代わる代わる述べるなら総意と取れなくもないが、ただ1人が長広舌
に及ぶとなると「ボロが出ぬよう口達者が矢面に立っている」懸念さえ湧こうというものだ。

(戦士・秋水)
(ええ)
 攪拌のさなかすれ違った防人と美剣士は視線を交わし頷きあう。
(ヴィクトリアは旗印であってマレフィックアースの器じゃない。候補はまだ他にいる。突き止めているかどうかは不明だが、
撤退という言葉……信じる訳にはいかない。不確定要素が多すぎる)
 不安がある。まひろ。劇のさなか影武者の武装錬金を発動した彼女。『器』なのではないか? 危惧に刀を強く握る。
もちろん以前考えたように……他に発動した者だっている、何十人という居る部員の中で一番最初に発動したまひろが
『器』というのは確率的に言ってきわめて低い。

「クス。ところで不思議に思わないのかしらん? せっかくヴィクトリアちゃんを捕らえておきながら、逃げもせず、ただお喋り
に興じている不思議」
「……。何を企んでいようと足止めするだけだ」
 秋水が静止した。防人も香美も無銘もようやく謎めいた遠心力を抜けたと見え続々止まる。
「逃げないのは……迎えが来ないからですの」
「成程。迎えが来ない」
 生真面目な鸚鵡返しを返してから、秋水は黙った。黙って、幹部達を凝視する。
 真先に目を逸らしたのはディプレスだ。クライマックスは気まずそうに頬をかいた。リバースは相変わらず笑顔だが、頬
に冷や汗が浮かんでいる。ブレイクに至っては微苦笑している。
 それらを順々に眺めてから改めてグレイズィングを見据え、聞く。声はやや上ずっていた。
「まさかこの空間を作った味方が君たちを回収しに来ない……のか?」
 女医はちょっとビクウっと震えてから、若干肩を落とし、困ったように返答した。
「…………。ええまあ。段取りではこの空間がビヤヤーって広がってワタクシたち呑んだらすぐアジト付近と直通する筈でし
たの。ヴィクトリアちゃんは道中回収、それで済むって話だったんですけど……」

90 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:26:57.78 ID:gtIRjsjJ0.net
 おかしいとは思っていた。ヴィクトリアが降って来た時から不穏な物を感じていた。ただ悪の組織の幹部なので、そういう
ボロを言うと格好がつかないので、悠然と会話に興じて余裕を見せていた……グレイズィングは若干情けない声で説明し
た。言葉が進むたび戦士たちはどんどんと白けていった。
「場を繋いでいればそのうち何とかなるだろうと思っていたんですけど……時間にうるさいウィルさまがいつまで経っても計
画を実行に移さないところを見ると…………ずっとこの空間に閉じ込められてしまうかもですわね……」
「ひとつ聞くが、君たちの能力じゃ……その……出れないのか?」
 秋水の問いに幹部達は一瞬露骨に目を逸らし、やがて頷いた。
「おかしいですわよね!! さっきまで結構押してたじゃありませんのワタクシたち!! だったら普通、逃げるときもワーム
ホールみたいなのグワーーーーって出て! バギュゴーーーン! って逃げてくんじゃなくて!? そういう場面でしてよ!?
なのにウィルさましくじるとかどういうコト!? このままじゃワタクシたち全員干からびて死にますわよ!!? いや死んでも
ワタクシの武装錬金で復活できますけど!! アホらしくなくてそういうの!? こんなワケの分からない空間で死んで蘇って
生きて死んで蘇って時々セックスして乱交してまだ死んで生き返る!! いやですわよ!!」
「フム。妖艶な女幹部と思いきや意外にサバサバしているなグレイズィング」
「戦士長。指摘すべき点がズレています」
「クス。妖艶ってコトはエロいってコトでしてよ。エロい女は下品ですの。つまり世俗的なのよ。誰にでも股を開く女がお嬢様
の如く上品と思って?」
 胸に手を当て誇らしげに語る金星の幹部。
「ワタクシ飲み屋で知らない殿方と野球の話で盛り上がったりお尻触らせて楽しく日本酒呑むの好きですの。事故って社会
死状態の方見ると『来ましたわ! これハズちゃん無しのガチな医療技術で治したら燃えですわ!』とばかりテンションばり
上がりですし、まして飛行機でお決まりの”お客様の中にお医者様は居ませんか”と聞かれたら事情知らないうちから『よっしゃ!』
と腕まくりして大興奮」
『はは!! 医者としては正しいけど!! 悪の組織の幹部としてはどうなのそれ!!?』
「あら失敬ね。7年前デッドの5000の爆弾で腕吹っ飛ばされたアナタ……治してあげたのワタクシよん?」
 腰の後ろで手を組み前かがみになるグレイズィング。巻き髪が揺れる仕草が年甲斐もなく愛らしい。
「ワタクシは人壊すの好きデスけど、治すのも好きですの。拷問ヤりまくると適応規制で救命したくなりますの」
「……で、どうすんだよ。何かヘンなトコ来てるけど」
 剛太が呻いた。「お、気付いた」。感心する防人の傍で桜花も上体を起こし──…


 養護施設北東・救助者たちの避難場所。

「全区画消火終了しました」
「お疲れ様。こちらも全員の無事を確認したわ」
 総角がヴィクトリアとの合流を申し出た段階で既に職員・入居者・来訪者全員救助されていた。(であるからこそ衛生兵を
使役可能な彼が移動したのだ)。残された千歳は根来ともども念のため施設を巡ってみたが要救助者は居なかった。
「問題は……戦士長たちだな」
 庭での異変は既に救助組も掴んでいる。幹部ともども消えた彼ら。
「ヘルメスドライブにも反応はないわ。…………。いつも肝心な時に使えないわね…………」
 千歳は相変わらずの無表情だが、ややションボリしている。まったく不運な武装錬金だ。
「ところで…………剛太さんの……モーターギア……落ちてました」
 グレイズィングに倒されたとき手元を離れたようだ。
 鐶は戦輪の引っ付いた掌を下顎の前でかざして見せた。
「我ら遊星歯車装置。世界の夢を現わす者……です」
「はぁ」
 何か伝えたいらしいが伝わらない。鐶はションボリした。
「気落ちしているようね彼女。桜花さんと青空さんが戦ったと聞いてショックなのよ」
「……いや、明らかに別なところに原因があるような」
「そういえば……桜花さんと……お姉ちゃん……戦ってましたね……」
 ちょっと俯くニワトリ少女。赤い三つ編みごとフルフル揺れる。毒島はその心理を考察した。
(成程。先ほどの訳の分からない一発芸は……せめてもの強がりなのですね)
 姉のように慕う桜花。長年1つ屋根の下で暮らしてきた義姉リバース。
 彼女らの骨肉の争いはいろいろ思うところがあるらしい。

91 :永遠の扉:2014/06/20(金) 20:27:30.22 ID:gtIRjsjJ0.net
(ヘンなコト……戦士・斗貴子の話では恐らく何かのロボットアニメの真似なんでしょうけど、そういうコトをしないと心の均衡
が保てないほど、今の彼女は傷ついているのでしょう……)
 愛する者2人の争い。どちらが勝っても悲しみの残る不毛な戦い。
 それをただ傍観するほかない心痛を毒島は悟った。
「ナギサvsプリスケン……。ナギサvsプリスケンの夢の対決……です……。見たかった……です」
「あ、違うんですね!? どっか別のところ見てるんですね!? 遥か彼方のどこかを見てるんですね!?」
 両目は前髪に隠れて見えないが、唯一見える口元をワクワクした微笑に綻ばせる音楽隊副長。どこまでもマイペースだった。
 そんな彼女のミニスカートのポケットから紙きれが1枚、ひらりと落ちた。
 毒島は拾った。文字列が見えた。それは──…

────────────────────────────────────────────────────

ディプレスさんのエースボーナス

自分より下のレベルの相手に対する最終ダメージ +400%
自分より上のレベルの相手に対する最終ダメージ −75%
相手の精神コマンド「脱力」「分析」「必中」無効
自軍の精神コマンド「努力」「応援」「感応」無効
修理・補給を行った場合、代わりに精神コマンド「自爆」の効果が得られる
獲得経験値 −80%

ディプレスさんの特殊技能

躁鬱(撃墜数50体未満の場合、出撃時の気力50。50体以上の場合、出撃時の気力120)
挫折者(エースボーナス未所持の場合、最大Lv50。獲得後は最大Lv99。自分より上のレベルの相手と交戦時、
本来の気力増減に加えて気力−10。自分より下のレベルの相手と交戦時、本来の気力増減に加えて+10)

ユニット能力

自動防御(パイロットより下のレベルの相手からのダメージ12000まで無効。相手に無効化分のダメージを与える(相手の
精神コマンド「ひらめき」「集中」「鉄壁」「不屈」無効)。パイロットより上のレベルの相手からダメージを受けた場合装甲ダウンLv3)
フルブロック


ディプレスさんの性格:超弱気

精神 Lv SP
加速  1  1
突撃  1 15
脱力 12 15
直撃 18 35
熱血 26 50
友情 33  5

ツイン精神コマンド 戦慄(消費SP 1)

技量はマレフィック中最低。

射撃系/大器晩成型。

────────────────────────────────────────────────────

「色々扱い辛い!? というか鐶さん! 職員さんたち守っている間何を書いてるんですか!?」
「だって……自動人形…………弱すぎて…………退屈……だった……です」
 桜花経由でディプレスvs斗貴子の戦況を聞き、推測したらしい。
「……頼みますからマジメにですね」
「ちなみにディプレスさんは……50まで修理で上げてからエースボーナスつければ中盤たぶん神ユニット……です。終盤は
体力限界まで上げてボス的に隣接して味方ユニット修理すれば……いい感じの鉄砲玉に……ですね……」
「貴様の頭をまず修理しろ」
 根来の冷徹な指摘に千歳ややウケ。

92 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/20(金) 20:28:20.72 ID:gtIRjsjJ0.net
「え……でも根来さん……ずっと前第四次の暗剣殺がどうこうと……」
「古い話だ」
 詳しくはネゴロ終盤参照。
「とにかくディプレスさん……敵の時は……レベルを上げて……物理で殴れば……おkです……成す術なく……くたばります」
「成す術なくくたばります!?」
 毒島は追求をやめた。




 謎の空間にて。

(どうする。幹部はともかく俺たちは……)
 脱出できなければ死ぬ。秋水の頬を汗が伝った。

以上ここまで。

93 :作者の都合により名無しです:2014/06/21(土) 10:01:34.67 ID:mPONJlqz0.net
wwwwwwww汗他ちまつまゆぬやになやは。らはら、444445881日間39965524ふら、6666669wwww

94 :ふら〜り:2014/06/21(土) 19:29:16.87 ID:54EvxW4T0.net
>>スターダストさん
ディプ株がいろんな意味で急降下してますねえ……巻き返しはあるのか? って流石になさそう。
とはいえ、彼にしか出来ないこと・言えないセリフを立て続けに見せてますから、メタ的には
キャラ冥利に尽きる展開なのかも。中核である斗貴子にも防人にも深く切り込んでますしね。

95 :永遠の扉:2014/06/21(土) 19:35:10.07 ID:cgUXMpvk0.net
 時の狭間でウィルという少年はゲンナリしていた。

(困ったコトになった。ボクの武装錬金でヴィクトリアを捕らえようとしていたのに総角に邪魔された。しかも彼は法衣の女……
羸砲ヌヌ行の救出を目論んでいるらしい。武装錬金と頤使者(ゴーレム)で追撃しているが……流石は元月の幹部。悉く返り
討ちだ。ありとあらゆる武装錬金で抵抗している)

 中には時空を揺るがすほど強力なものもある。

(『獅子王の力』……そういえば彼は知り合いだったね。10年前共闘していた。他にも勢号の忘れ形見を幾つか所持している)

 ウィル……重晶石のように白く透き通った肌と燃え盛る赤色巨星色の瞳を持つ少年だ。『正史』を改竄し新たな歴史を作った
張本人で、その武装錬金は時系列に介入する激甚の重力を有している。

(それを総角は揺るがしている。グレイズィングたちの回収が遅れているのはそのせいだ)

 遅延。ケルトの血を引き『かつて遠郷マン島のバイクレースで上位5位を優先した』バイクメーカー社長への憧憬をして些か
病的な時間能率主義に目覚めた彼にとって遅延とは最も唾棄するものだ。

「いかな妨害があろうとグレイズィングたちは回収する。タイムスケジュールに致命的な狂いが生じる前に」

「『水鏡の近日点(マレフィックマーキュリー)』、ウィル=フォートレスの名にかけて」






 俯瞰図の前で。


                                        ──わたしの力を借りるとは相当切羽詰ってるようね。



「もりもりさんはもりもりさんの使命を果たしているのです。不肖も動かねばならないのです」



                                        ──理解してるわ。元よりこの命捧げる他ない身だし。



「その……苦労をかけて申し訳ありませぬ」



                                        ──死なれるよりマシよ。死なれたらわたしも消滅する。


                                        ──そういう『因果』なのよ。わたしと『小札零』は。



                                        ──見えたわよ。準備はいいわね?


 小札零は頷き、ロッドをかざした。

96 :永遠の扉:2014/06/21(土) 19:36:56.42 ID:cgUXMpvk0.net
(どうする。幹部はともかく俺たちは……)
 脱出できなければ死ぬ。秋水の頬を汗が伝い……落ちた瞬間。



 戦士たちと幹部それぞれの背後に巨大な穴が開いた。


『……ヌルめ。完全な逃走を阻むか!』
「外への脱出口!! 形成しました!! 今なら元の庭にて対峙が可能!!」


 声が響く中、空間が蕩け始めた。青黒い縞模様がマーブル模様に歪みながら両端の穴めがけごうごうと落ちていく。

 誰も言葉を発する余裕などなかった。滝壺に飲まれる塵芥のように穴へ落ち込み螺旋状に流れて消えて──…



 養護施設の庭、高度8mの地点に居空間での相対距離10.4mを保ったままた開いた2つの穴から戦士・幹部全員が
ばらばらと吐き出され落ちていく。

 状況はそこから怒涛の如く進捗した。


「ディプレス!!!」
 女医の鋭い響きを豪壮な羽ばたきの音が遮った。
 フードがはちきれんばかりに膨張した翼開長4mほどの怪鳥が、落下中の幹部4人とヴィクトリアを回収し背中に放り上げた。
地が羽根型に削られるほどフルパワーで羽ばたいたディプレスの加速は凄まじい。落ち行くばかりの翼なき戦士たちは歯噛み
した。(このままでは撒かれる!)。そこに飛び込む鳥が居た。うつろな目をしたハーストイーグルは誰あろう……鐶光。



 銀成市上空。

 巨大な灰色の鳥がビル街を縫って飛んでいく。

「くぅ〜疲れましたw これにて脱出です!」
 全身フード4人とセーラー服の女子高生という奇妙な一団を乗せたディプレスはいぎたなく笑っていた。
「ディプレスさん……それこの上なくネタで言っているのは分かってますけど」
「……過積載。よってまあ、追いつかれるでしょうね」
『来たわよ!!』
 スケッチブックの向こうから耳鳴りのする飛行音が迫ってくる。


「…………逃がしません」
 庭の異変を察知した鐶はすぐさま仲間を回収し追撃に移った。その背中に居るのは秋水、斗貴子、無銘、貴信(香美)。
「この面子だと僕だけ1枚劣るような!!」
「仕方ないだろう! 貴様も栴檀香美も地上からの追撃は不向き! 瞬発力はあるが持久力はない!!」
「……どうやら小札があの空間を破ったとき、私の体も戻ったようだ。アイツやはり次元どうこうの力……持っているのか?」
「ヴィクトリア……返してもらうぞ!」
 秋水が冷然と瞳を尖らすなか急加速した鐶が敵機と一気に距離を縮め──…


 地上。鐶たちから200m後方地点。

 剛太と小札が併走していた。スカイウォーカーモードで道路を駆け巡る前者の手は、いつぞやの鐶戦よろしく桜花を引い
ている。唯一違うのは毒島が背中を掴んでいるコトだ。ガスを噴射し浮いている彼女のおかげで剛太は推進を得られ桜花
もまた足底をアスファルトにおろされず済んでいる。小札はオノケンタウロス状態。道行く人々はぎょっとしているが構うヒマ
はない。

97 :永遠の扉:2014/06/21(土) 19:37:28.83 ID:cgUXMpvk0.net
 養護施設北東。救助者たちの居る場所で。

「……貴殿ならば追撃部隊に追いつけるのでは」
「分かっているけど今は職員達の安全を優先するわ。不慮の事態が発生した場合、即座に移動が可能だから」
「やはり敵は俺たちを分散させるつもりか」
 火災現場から助けた人々をシルバースキンで包囲しながら防人は呻く。

「ガガガゴゴゴゴ……社長、社長ノ命令デ…………職員達ヲ……襲ウ…………」

 鉄パイプを持った異形の影が根来たちに迫る。形こそ人間のそれで身長も180cm程度だが、全身の筋肉が巨岩ほど
肥大し血管が今にも張り裂けそうなほど脈打っている。
「男、か」
 根来が冷然と見据えるのは「金髪」で「ピアス」をした不遇な男。リバース=イングラムこと玉城青空を暴行しようとして
マレフィックたちに散々と甚振られた不運な青年だ。
(? どこかで見たような)
 防人は気になったが余裕はない。シルバースキンはいま1着しか使えない。先ほどディプレスに裏返しを分解されたのだ。
もとより激戦にも匹敵する修復能力を有しているから、発動すればするほどむしろ回復していくのだが、人命がかかっている
以上、『まだ傷が残る』防護服だけ防御網にするのは不安が残る。よって普段使っている方も職員達の包囲に振り分けている。
二重の防御。堅牢さと引き換えに防人の戦闘能力は格段に落ちた。
(戦えるのは実質根来ただ1人。俺は包囲網の中で備えるほかない。万一の場合、1人でも多く助けられるように……)
 長たる者としては忸怩たる思いだが、ここまで散々とマレフィックに出し抜かれたのだ。思わぬ伏兵に備えるべき……とは
千歳・根来両名と合致を見た判断だ。


 太陽に向かって登る鳥が2羽、雲の上で螺旋状に絡み合いそして離れた。攻防は雷鳴、光に遅れて音が轟く。

 流星群がサブマシンガンに噛み破られる。神火飛鴉が刀に払われる。ハルバートの発する電撃の色彩、禁止能力を物と
もせず鐶が突っ込んだのは鳥ゆえの色彩感覚あればこそだ。

「にひっ。鳥は四原色で色見てますからねー。人間基準は三原色……旦那で試したとき既にそうじゃないかと思ってましたが
やはり『飛ぶの禁じる』とかいうの通じないようで」
 雲の中でハシビロコウを左から追い抜いた巨大なツバメが急速に右旋回。無数の羽根を打ち込んだ。
「させません!!」
 クライマックスの召還した飛行モードの自動人形たちが身代わりとなって撃墜。その欠片を縫ったのは……ロケットパンチ。
「甘い!!」
 処刑鎌に中指と薬指の間から真っ二つに断ち割られた肘から先は自動人形。グレイズィングのそれは回復能力ゆえ再生
するようで折に触れては飛んで来る。爆炎を浴びるディプレスは左方向270度に傾きながら減速し、雲の下へ。

「ハッ!! 無駄だぜ! 速度こそ鐶が上だが! 搭載戦力はこちらの方が遥か上! 追いついても撃墜するにゃ至らな──…」

「追撃モード!! ブラックマスクドライダー!!!」

 ビル街の狭間の暗闇で六等星がキラリと光った。と見るや鈍色の刃がディプレスめがけ一筋の軌条を描き。
 右翼のほぼ中心を貫いた。

「なっ……!!」
 墜落の絶望的感触に血走った目をする彼は見た。いま翼を穿った物が、ヒビだらけの鎌が、轟然と迫りくる可動肢にガゴリ
と嵌り込むのを。結びつけるスパークに彼は見覚えがあった。

(マシンガンシャッフル!! 俺がさっきボロボロにした5本目の鎌ぁ敢えて折り!!)
(小札に持たせた!! そして奴と私たちの間にお前が来た瞬間、特性を発動!!)
 慮外から一撃を見舞った! すかさず翼めがけ衛生兵を動かすグレイズィング、しかし剛太たちが一瞬早い!!
「モーターギア!!」
「射って! 御前様!!」
 戦輪が翼の骨を叩き折った。無傷だったもう1つの翼もまた無数の矢の針ねずみ。

(クソ!! 連中俺が自動防御使えねえの見抜きやがったな!!)
 仲間達を乗せている上に高速機動。体の周囲に神火飛鴉を纏うのは……できない。
(精密性がねーからよ!! ブンブン飛びながら両翼だけガードってのは無理──…)
 ……。ディプレスの胸に不可解な疑問が浮かんだ。何か…………気付いていない気がした。

98 :永遠の扉:2014/06/21(土) 19:38:08.23 ID:cgUXMpvk0.net
 それは精密性という言葉に対する既視感と……誤謬。
(ああ憂鬱! なんだってんだよこんな時に!! 俺に集中力がねーのは証明済み! 射撃モードの神火飛鴉は絶好調時で
も命中率20%未満!! 火力強すぎるせいで加減ができず、だから兄弟と子猫ちゃん元の体に戻すのも先延ばしにした!)
 貴信と全力で戦って心を燃え立たせない限り、かつて大きな挫折で失った集中力は戻らず、従って精密動作などできないと
信じているのがディプレスだ。そこに、精密性に対する漠然とした違和感を覚えたが追求する余地はない。
「逆胴!!!」
 もつれて落ちるディプレスの腹の下から凄まじい斬撃が迫った。咄嗟に翼で章印を──調整体ゆえ動物形態でも人型と同
じ箇所にある──庇いはしたがとうとう左翼が3分の1ほど斬り飛ばされた。
「ヒィ!! 秋水!!!」
 あわあわするディプレス。恨みを晴らすようただ思う。
(こいつ怖いぜ絶対相手したくねえ!! ブラボー!! ブラボーどこなんだよ!! あああアイツじゃなきゃダメだ!! 
いかにも挫折してますってアイツじゃなきゃ戦えねえよ!!アイツになら「バーカwwwバーカwww」とか言えるのにィ!」
「戦士長をまた愚弄したな……!!」
「ギャヒイイ!!!!! (ああ憂鬱! 秋水怖い!! 怖えよぉ!! ブラボーのせいだ! 馬鹿馬鹿! うんこたれー!)
「ちょ!! ディプレスさん!! ビビってる場合ですかあ!! 早く! この上なく早く! 体勢を建て直さないと!!」
「臓物を! ブチ撒けろ!!」
 5本の処刑鎌がとうとう章印ごとディプレスの腹部を切り裂いた。降り注ぐ血潮。投げ出される幹部達。
(マズいですわね。彼が消滅しきる前に接触しないと蘇生不可に)
(……まあ、青っちさえ無事ならいいですかね。枠に限界見えてる旦那ですから、ここらで散るのもアリっちゃあアリかと。にひっ)
(この上なく空飛べる自動人形! 人1人抱えて飛ぶコトさえ困難ですケド! グレイズィングさんの手助けぐらいは……!!)
「光ちゃん光ちゃん、バンダナもいいけどたまには他の帽子もどう? というかこれからショッピング行かない? ね? ね? ね?」
「人が死に掛けてる時のん気に義妹誘ってんじゃねええええええええええええええええええええええ!!!」
 決定打を与えたのは兵馬俑だった。頭上で組んだ拳で以て殴打した。
「7年前の借り。返させて貰ったぞ」
 うろたえ、余計な突っ込みを入れていた火星の幹部は成す術なく地上めがけ吹っ飛んだ。唯一救いうるグレイズィングとの距離
は空いた。決死の形相で手を伸ばす衛生兵の指先から、爆発的かつ無慈悲な加速で……離れた。

(……。僕と香美を戻しうる唯一の男。……本心をいえば生存して欲しいが…………幹部が減るに越したコトはない)

(さらばだ。ディプレス)

 粒子を散らしながら街区へ落ちていくハシビロコウに一瞥だけ送り、貴信は鎖を伸ばす。グレイズィングが、ディプレス救命
に専念するあまり、束縛を解いてしまったヴィクトリアへ。いまは宙を踊るヴィクトリアめがけ……貴信は鎖を伸ばした。


「ひひっ。そうはさせんよ」
「!?」
 聞き覚えのない声。鎖に走る異様な手応え。貴信は……見た。真鍮色の鎖の隙間に挟まる舟形の金属片を。それは鉄板の
上のバターのようにドロリと溶けた。『鎖ごと』ドロリと解けた。連結が狂い宙を薙ぐ貴信の精神具現の結晶体。万全ならば捉え
られる筈のヴィクトリアを逃した。

 つぶてが幾つか、斗貴子たちの周囲を掠めた。

「ぐれいずぃんぐよ。助勢してやる。手筈どおりにやれい」

 呼ばわれた女医の手もまた溶けた。肌色の蝋のごとく溶けた。にもかかわらず彼女はニマリと笑った。


 謎めいた声の出所を追った秋水は……見た。


 ビルの屋上で観戦する小さな影を。

「気付いたか。流石と褒めてやろう。じゃがもう……遅いよ」

 ねずみ色の粘塊と化したディプレスが、地上めがけ垂直に落ちていた筈の火星の幹部が、宙に向かって轟然と跳ね上がった。
 鐶でさえ追いつけない速度だった。一瞬の出来事だった。ディプレスだった不定形なスライムが、グレイズィングにばしゃりとブ
ツかり飛沫を散らし──…
 衛星兵と接触した。
「ディプレスが……」

99 :永遠の扉:2014/06/21(土) 19:38:50.56 ID:cgUXMpvk0.net
「復活する」
 予想だにしなかった光景。凶鳥が再び大空を舞い、幹部ともども去っていく。
 ヴィクトリアもまた囚われのままだ。クライマックスに拘束されている。落下途中、咄嗟に彼女が捕まえたようだ。
 あと一息にも関わらず敵を仕留め損ね……救助も失敗。そんな衝撃に一瞬沈む戦士だが……面を上げる。
「いま見た通りだ! 地上部隊と連携すれば斃せない相手じゃない!! 仲間を運んでいる分弱体化しているんだからな!」
「津村のいう通りだ。鐶。追えるか?」
 ええ。彼女が頷きかけた瞬間、その身が俄かに傾いた。

「意気軒昂、大いに結構。じゃが……肝心要を忘れておらんかの?」

 景色が落ちていく。空がビルに塗りつぶされていく。足元を見れば黒い地上が容赦なく迫ってくる。
(墜落……? 馬鹿な! 鐶が被弾した気配はない!!)
 愕然たる秋水は……気付く。迫ってくる黒い地上に……気付く。
(黒い? この一画の路面…………アフファルトだったか?)
 かつて信奉者という立場上、銀成市の地理要件をくまなく調べていた秋水だ。その時の下見と食い違う地上の風景に
違和感を覚えた。
「アスファルトじゃない。見ろ!!」
 斗貴子が鋭く叫びそして指差す。降下によって一層鮮明になった地上は…………溶けていた。
 溶融するコールタールをブチ撒けたように不規則に波打っていた。
「なんだアレは……!!?」
 慄く貴信の傍で無銘は突然、凄まじい勢いで振り返った。
「柑橘の匂い……!!」
『んみゃ?』
「柑橘の匂い!! かつて銀成学園で嗅いだ! 覚えある柑橘の匂い!!!」
 無銘は跳躍し手近なビルに飛び移る。「待て! 1人で動いていい状況では!」秋水、斗貴子、貴信も倣う。鐶も変形し
後に続く。全員が一瞬異様な重力を覚え……よろめきつつも何とか着地。
「ダメ……です。これでは飛び立つコトが…………」
「後でいい! どの道根幹を断てばいいだけのコト!!」
「まさか、無銘」
 ああ、鳩尾無銘は頷き……牙を剥く。
「……忌まわしき生を授かってから10年。長かった。ようやく辿りついた。グレイズィングだけでは不足だった。示唆したのは
貴様。歪曲の根源はあくまで貴様…………」


「い よ い よ 逢 え る な !!」


「我を犬の姿に押し込めた主犯格……イオイソゴ=キシャク!!!」

 少年の絶叫がビルの谷間に木霊する中……彼女は。

 屋上の、コンクリートの、正方形の板の隙間から。

 緩やかに『滲み出た』。


「ひひっ。その言葉……そっくり返すよ。わしもまたヌシを探しておった。ずっとずっと……探しておった」

 秋水も斗貴子もただ呆然と眺めていた。床から湧き出した灰色の粘液が幾筋も幾筋も、毛細管現象のように天めがけて
登っていき、無数の蛞蝓が絡み合うかの如く結びつき人の形を作る様を。
 泥人形のように湿ったそれが徐々に血色を帯、肌色になり、目鼻を持ち、桜色の唇を生やし、孵化したてのひな鳥のよう
にしっとり湿ったすみれ色の髪を瞬く間に乾かして、黒いセーラー服姿の幼い少女へ変わるまで1秒とかからなかった。

「鳩尾無銘。貴様こそ10年前の数少ない心残りよ。ほむんくるすを喰うため作りし我が糧秣。よくぞ生きて喰われに来た」
「貴様!!」
 激昂する無銘の肩を貴信は抑えた。
「落ち着くんだ鳩尾。月並みだが怒りや憎悪で戦うのは……ダメだ」
「黙れ!! 貴様に何が分かる!! 我は人間だ! にもかかわらず四つ足で地を駆けるコトを余儀なくされた!!」
 許せるものか。吼える少年に貴信は声を落とす。
「僕がデッドに何をしたか、知っているだろう。無抵抗な少女の首を絞めるような暴挙……もりもり氏も小札氏も悲しむ」

100 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/21(土) 19:40:04.93 ID:cgUXMpvk0.net
「……」
 舌打ちしてその場に留まる無銘。その横で秋水と斗貴子は色を失くしていた。
「理事長……?」
「木錫理事長。……レティクルに体を乗っ取られたのか? それとも……」
 演劇の練習途中、何度か逢ったコトのある2人だから心中穏やかではないようだ。
 それを察したのだろう。理事長……イオイソゴは笑う。
「安心せい。無関係の者を殺めるのは忍びとしての主義主張に反する。わしはわしじゃ。前理事長に孫娘などそもそもおらん。
よって幼体を投与された犠牲者もまた存在せん。心配など正に杞憂よ」
「なら一体どうやって潜り込んだ?」
「簡単じゃよ。前理事長めにちょいと寄付した。えるえっくすいーの襲撃で学校壊されたじゃろ? 修繕費がちいっとばかり
馬鹿にならん額での。風評もやや悪うなり来年度の入学者も減る見通し…………故に鼻薬を嗅がせてやったわ」
「それと引き換えに理事長の座を、か」
「察しがいいの。ひひっ。まあ、戯れという奴じゃよ。1ヶ月もすれば返上するという約定……。余談じゃが前理事長の身は
無事じゃよ。今ごろ”はわい”でのんびりしておる。理事長室の伊万里焼持参での」
 カビ臭い口調で笑いながら、彼女は下顎の前に拳をもたげ──…
 ゾごリゾごリ。親指と人差し指で船型の黒い金属片2つ寄り合わせながら……「さて」。眼光鋭く、言い放つ。

「『槁木死灰(マレフィックジュピター)』……イオイソゴ=キシャク。主命によりいざ参る」


以上ここまで。
次回恐らく「何やっても何やっても通じないイベントバトル」。

101 :永遠の扉:2014/06/23(月) 21:57:49.38 ID:aBgqTdhW0.net
「クソッタレ!!」
 爛れたクチバシでディプレスは叫んだ。その前方をガスマスク姿の少女が横切った。
「まさか島っちが足止めに来るとは……」
「鐶たちと同行しなかったのは気体操作ゆえ……巻き添え上等ですからねん。はい治療終わり」
 リバースの肩を叩くグレイズィングの傍に『降って来た』毒島がチューブから何かの気体を逆噴射し離れる。同時に燃え盛る
矢が一団に飛び込み……爆発。
 からくも赤黒い炎を避けて飛び出した火星の幹部は苛立たしげに叫ぶ。
「水素か何かの可燃性ガス!! 毒と爆発!! 厄介な攻撃ばかりしやがる!!」
『捕まえようにも小回り効くわ素早いわで無理だし、難儀ね』
 リバースの空気弾は目下まったく通じていない。彼女の指がトリガーを引いた瞬間つねに毒島は前方の空気配合を操作
する。それは酸素を二酸化炭素にするといった些細すぎる操作だが、圧搾された弾丸は、外部との分子のやり取りで形
を保てなくなり消滅する。
「そもそもこうなるの分かったからこそ養護施設爆破したんですよこの上なく。人のいる火災現場とリバースさん、戦士なら
どっち優先すべきかこの上なく明白ですから」
「というか毒ガス撒いたり可燃性ガス撒いたり……何なの!? 人質(わたし)居るのよ!?」
 ヴィクトリアは叫んだ。
「wwww あれだww ホムだからすぐ死なないって踏んでんだww」
「人質ですからワタクシが見捨てないのも織り込み済み。もっというと回復の手番稼いでいましてよ彼女。治すべき方が1人
増える。そのぶん他の幹部の回復が遅れる。すると迎撃体勢に不備が出始め……奪還のチャンスが増える。クス。無茶苦茶
だけど合理的。さすが奇兵というところねん」
 紅茶を啜りながら裏拳を繰り出すグレイズィング。それは下方から回り込んできた毒島のガスマスクに直撃し……すり抜けた。
「ディプレス。10mほど降下してん。上から来るわ」
 ハシビロコウが応じた瞬間、もといた位置に黄緑色の液体が充満した。
「下から来たのは蜃気楼。どうやら気体操作は光の屈折率をも変えるようねん」
「となると、俺っちの禁止能力も通し辛いと。錯視も然り。光そのものの進行が変わるとなると通常通り『見える』かどうか」
「え、光! 光ちゃんいるの!? どこどこ、今度いっしょにスープパスタ食べに行こうねー!!! 光ちゃんのために毎日5
回お店に通って3万円分ぐらいのポイント貯めたから食べ放題なんだよ!!」
「怖えええwwww ヤンデレの執念怖えええwww」
「お日様みたいに照らす笑い顔なのがまた……」
「光ちゃんの大切なその瞳曇らせない!」
「いや曇らせてますよね!? 監禁してゾンビみたいな目にしましたよね!? この上なく!」
「www とにかく毒島やべえwwww 戦部とか根来とかの同僚なだけあるわwwww」

 と讃えられる彼女だが、内心では焦っていた。

(私ではせいぜい速度を削ぐのが精一杯。並の毒や爆発は通じません。グレイズィングが居るんです。ちょっとやそっとの傷
はすぐ回復)
 もちろん「毒島」という位だから、並の相手なら一撃で死ぬ毒ぐらい持っている。幾つも幾つも持っている。だが今眼前に
居るのは幹部(マレフィック)、必殺か否か分からない。しかもヴィクトリアが人質だ。さんざ毒を浴びせておいて今さらだが、
それでも毒島なりに加減はしている。彼女さえ囚われていなければとっくに最強の毒を試している。ただのホムンクルスなら
浴びた瞬間ドロリと溶けて、しゃれこうべから眼球がプラリと垂れるような毒、グレイズィングでも蘇生不可能だと思われる毒を。
だがヴィクトリアにそういう死に方はさせたくないのだ。過去が過去なのだ。悲運の中でようやく最近幸福を掴みつつある彼女を
殺めるのはしたくない。ヴィクターと戦団の関係もある、もし彼が月から戻ってきたとき「ヴィクトリア溶け死にました」と言ってみよ、
今度こそ戦団、滅ぼされるではないか。

(桜花さんの矢が届いたのを見ても分かるように、地上部隊は追いつきつつあります。私が撹乱を続ければ、やがてその距
離はゼロとなり──…)
 剛太たちがディプレスを撃墜。地上戦に持ち込むコトも可能だ。
(問題はそこからです。幹部達を4人で全滅するのは不可能。形の上では半数が既に負けているんです、望みは薄い。しかも
私の能力は連携に不向き。皮肉ですが1人である現状こそ真骨頂。火渡様以外の方と組めば半分の実力も発揮できないの
がエアリアルオペレーター、地上部隊と合流した瞬間4の戦力が3.5にも2.5にもなるのです)

102 :永遠の扉:2014/06/23(月) 21:58:19.92 ID:aBgqTdhW0.net
 決定打に欠けている。仮に幹部打破を諦め、ヴィクトリア救出のみに専念したとしよう。それでも逃げ切れるかどうか。
(私が幹部5人相手に生き延びているのは、彼らが撤退を優先しているからです。空中で、振り切ろうとしているからこそ付
け入る隙が生まれている。ヴィクトリアさんを奪還すればその図式が崩れる。舞台は地上。彼らは追撃)
 毒島がしんがりを引き受けても、地に足をつけた幹部5人の一斉攻撃で瞬く間に倒される。そして逃げていく桜花たちを
背中から襲撃、ヴィクトリアを取り戻す。
(戦士・千歳を呼びヴィクトリアを瞬間移動させても結果はほぼ同じ。敵は体重53kg以下の戦士から順に刈っていく。そし
て瞬間移動不可の者を最後に残し、悠然と倒す)
 つまり追いつく方がマズい。最善手だけ言えば『ヴィクトリアは敢えて見捨てる』のが正しいだろう。冷徹な言い方をすれば、
『彼女はどうせレティクルのアジトにいくのだ。そこにもうすぐ照星救出部隊が行く、ならついでに助ければいいではないか』。
 毒島は首を振る。
(彼女はもう日常の一部なんです。銀成学園の日常の一部。転校して間もない私ですがそれは分かる)
 監督代行として、力不足を痛感しながらも、演劇を少しでもよくしようと足掻いてた彼女の姿が瞼を過ぎる。
(戦士たる私が日常の壊れる様を見過ごす訳にはいきません)

(せめてあと1人。あと1人こちらに居れば──…)



「フ! フザけるな!!!」
 無銘は怒鳴っていた。斗貴子に対し怒鳴っていた。
「母上たちと合流しろと!? 主たる仇を前にこの場を離れろと!?」
「そうだ」。セーラー服は瞳を鋭くし冷然と頷く。
「いま追撃に当たっている戦力のうち、剛太と桜花は既に幹部に負けている。毒島は連携に不向き。例え戦士・千歳の盤外
からの協力を仰いでもヴィクトリアを取り戻すコトはおろか全員無事でいられる保証はない」
「ならば貴様か鐶が行けばいいだろう! 大方『逆転が見込める敵対特性を有するから我に行け』と言っているのだろうが、
それはイオイソゴに対しても同じなの……ふぁ!?」
 妙な声を漏らしたのは、頬がぐにゃりと伸びたからだ。
「……怒っちゃヤーです、よ。忍者は沈着冷静であるべき……です……」
「ふぁふぁひ(鐶)!?」
 頬肉をふにふにと弄ぶ彼女は病後のような笑みを浮かべた。
「私だって……お姉ちゃんを……追いたい……ですよ? でも……感情が……揺らいで…………隙みせる……かも……
です。…………運命との決着……焦る……あまり……他の人に……迷惑かけるの……ダメだと……思うの……です」
 秋水も言葉を接ぐ。
「……理解してくれ無銘。君の正心はいま千々に乱れている。犬の体に押し込めた張本人を前に怒る気持ちは分かる。だ
が貴信も言っていただろう。感情を制御できなければ……待つのは破滅だ。だから俺も過ちを犯した」
「……」
 少しだけ琴線に触れたようだ。無銘は黙った。
「…………向こうにも仇……グレイズィングさん……居ます……。けど……共犯者で…………だから……感情…………
ちょっとだけ制御しやすい……です」
「だが……!!」
『ああもううっさい!! きゅーびあんたうっさい!!!』
 ごぶ。少年忍者が吐血したのは背中を思いっきりハタかれたからだ。
「細かいコトはどーでもいーじゃん!! あんたさ! きゅーびあんた!! ほんとーに分かってる!?」
「な、何をだ!!」
「向こうに! あやちゃん! 居るでしょーがあああああああああああああ!!!!」
「!!」
 それで無銘は理解したようだ。戦力不足の追撃部隊に母と慕う者が属する危険を……。
「あんたあやちゃん大好きなんでしょーが!! だったら行く! 守る! もりもりおらん今、あんたしかあやちゃん守れん
じゃん!! ムカつく奴とっちめってもさ!! あやちゃんおっかない奴らにぎゃーされたら意味ないじゃん!! キリない!
またムカつく奴ふやしてギャーギャーいうのヘン!! おかしい!!」
 目先の仇討ちに目を奪われるあまり、大事な存在を失えば堂々巡り……香美にしては、いや、香美だからこそだろうか、
一種真理をついた言葉に無銘はひどく面食らった。
「き、貴様とて7年前、月の幹部相手に暴走したではないか!!! 飼い主から聞いてるぞ!!」
「よーわからんけど、あばれた! でもスッとせんだじゃん!! 色々ぎゃーしてもご主人がおらんだらスッとせんじゃん!!
きゅーびあんたそれでいい!? まんぞく!? あやちゃんおらんくなって、あばれて、スッとせんで、へーき!?」

103 :永遠の扉:2014/06/23(月) 21:58:50.55 ID:aBgqTdhW0.net
「だだ黙れ新参が!! いま気付いたが交代しとるな! そこまでして言うべきコトか!!」
「いうべきコト!! あやちゃんトモダチ!! あんたにも大事! 守る!! 行く!! ドキドキ経由の列車に乗って!!」
 上体を曲げて額を当てて指差しつつググっと詰め寄ってくるネコにイヌは「ぬぐ……」言葉に詰まる。
(大事……。小札さん……のコト)
 鐶は一瞬鎮痛な顔をしたが……ちょっと決意を固めたような表情で囁く。
「そう……ですよ……。小札さんは……きっと……無銘くんの中で……一番大事な……女の人…………。守ってあげなきゃ
……だめ……ですよ」

 想いがあった。

 特異体質でさまざまな姿になれる自分。

(けど小札さんだけには…………なれないん…………でしょうか)
 小札そのものではない。無銘の中で、小札と同じぐらい大事な存在になるコトは……無理なのだろうか。
(……分かっています。贅沢だって。普通にお話して……おでかけできるだけ……とっくに幸せだって)
 揺れる少女の心境も知らぬまま。無銘は。
 やや沈黙の後……しぶしぶながら頷いた。戦力分散の件へ。
「わかった。向こうへ合流する」
「ひひっ。話は終わったかの?」
 幼いような老いているような複雑な声音が一座にかかる。
 話しかけたのは小柄な少女だ。背丈たるや小札に劣るほどだ。黒豆のような瞳に低い鼻。すみれ色の髪をポニーテール
にし根元にはマンゴーとフェレットのマスコットのぶら下がる簪(かんざし)。袖がダブダブと余る黒ブレザーにごく薄い青灰色
のミニスカート、黒タイツ。総ての要素が庇護欲をかきたてる少女だった。
 しかし彼女はレティクルエレメンツ、木星の幹部。女性でありながら、胚児に幼体を投与するという残虐性を有している。結
果いびつな姿で生きざるを得なかった無銘が恨むのもやむなしだ。
「見てくれにそぐわぬ老体での。直立不動はちィっとばかし腰に来るのじゃよ。話終わったかの? そろそろ始めたいんじゃが」
「随分余裕だな。話の隙をつかないとは」
 斗貴子の問いに、銀成学園の偽理事長は「いんや」と首振り手を広げる。
「合従する戦士と音楽隊の中でも頭抜けた連中5体……舐めてかかれば我が身が危うい。ひひっ。そうじゃな。もしわしが
迂闊に飛び込んでおれば、まず津村めが九頭龍閃で突撃。仮にわしが上もしくは左右に避けたとしても秋水めが殺到。
必殺の逆胴で致命傷ないしはそれに準ずる大打撃を受けておったじゃろう。貴様らは強い。その程度の警戒、あって然る
と思うがの?」
(見抜いたか)
(……すでに堂々と私たちの前に現れていたコトといいこの幹部……毛色が違う)
(ディプレスたちのように凶気を撒き散らしていない。だからこそ……)
(ぞわぞわするじゃん。おっかなくないのに、おっかない)
(フードを纏っていないのは、ヘルメスドライブに捕捉されても生き延びる自信の表れ、か。討つべき女だ。絶対に)

 振り返りたそうにビルから飛び立つ無銘。道路を避け屋上から屋上へと飛ぶ彼を尻目にイオイソゴ。

「ひひっ。正しいよ。小札を、選ぶ。過去に照らせばそれは虚実の『実』。ひひひ。真相を知ろうとなお『虚』足りえぬ……」
「……?」
 不明瞭な呟き。秋水の片眉が跳ね上がった。
「引き止めないのか?」
 無銘とイオイソゴの直線状へ静かに割り込む斗貴子。木星の幹部は軽く腕組みした。
「と、言われてもの。わしが盟主様より仰せつかったのはあくまで『足止め』。ヌシらと追撃部隊の合流が遅れるなら何であ
れ結構じゃ。付記すれば鳩尾無銘がこの場を離れようと差し支えない。留めるよう言われたのは3〜4名。2名までなら離
脱されようと主命には背かん。ひひ。最悪栴檀どもと誰か1名釘付けるだけでも理屈の上では問題なしじゃ」
 低い鼻を弾くようになぞりながら笑う。少女でありながらいちいち表情が老婆めいている……秋水は思う。学園で見かけた、
理事長としての彼女は、見た目相応、6〜7歳の明るい少女らしい、裏表なき純真な笑いを浮かべていた。
 その落差に脳細胞がついていかないまま、秋水はごく率直な疑問をぶつける。
「……先ほど無銘を待ちわびたといっていたな。あれはウソか?」
「嘘ではないよ。ヌシらも知っておるじゃろうが。向こうにはぐれいずぃんぐが居る。万一鳩尾無銘が斃されるようなコトが
あったとしても、蘇生し保管する手筈よ。そもわしは彼奴と戦いたいのではない、喰いたいのじゃ」

104 :永遠の扉:2014/06/23(月) 21:59:21.08 ID:aBgqTdhW0.net
 喰えれば誰に斃されようと関係ない。そういって、あどけない、愛らしい顔付きを黒く歪ませるイオイソゴ。黒い大きな瞳孔
は濡れ光っているが笑っていない。「ホムンクルスの身でホムンクルスたる無銘を喰う」、歪んだ妄執に戦士たちは軽く身
震いした。似たコトなら朋輩たる戦部もやってはいるが、あちらはあくまで闘争本能を高めるためだ。しかも対象はあくまで
”ホムンクルス”という別種だ。力を誇示するため獣を裂く……戦いに身を置く秋水たちならギリギリのところで納得できる
行為だろう。
 イオイソゴは違う。もっと根源的なおぞましさがある。端的にいえばカニバリズム、人間が人間を喰うような、理解しがたい
欲求が感じられて仕方ない。人肉の味を覚えた者が格上げされたばかりに目線が水平移動したような……『同族を喰う』と
いう禁忌そのものに酔っているような不気味さがある。第一本人が言ったではないか「無銘と戦うコトが主題ではない、喰え
ればそれで構わない」……この一点だけでも戦部とは明確な差がある。弁当になる程度の雑魚ならともかく、無銘ほどの存
在なら戦部は放置しない。「死体にする位なら俺にやらせろ」。のっそりと粛清を買って出る。


「ま、喋々(ちょうちょう。おしゃべり)で覆る戦況でもあるまい。追撃を邪魔した埋め合わせじゃ。先手は譲ろう。ひひっ。無銘
めを追うもよし、かかってくるもよし。遠慮なく動くがいい。主命に賭けて応対するよ、程々に」
 ゆっくりと両腕を広げ瞑目する木星の幹部。
(……コイツを置き去りにするのが一番いい。鐶に乗って剛太たちと合流すれば向こうも生きる目が出る)
 身も蓋もないコトを斗貴子は考えるが、道路の様子を思い出し首を振る。
(アレに引き寄せられたから今がある。3人乗せて飛び立つのは不可能だろう)

 戦士たちは、黙り。

「磁力。君の能力は磁力だな」
「ほう?」
 稚い老婆の目をまろくさせた。
「鐶の不自然な降下。コールタールのような地面。そいてビルに飛び移る時の異様な引力。総ては磁力の成せる技だ」
「成程のう。びくたーのような重力でない論拠は恐らく……でぃぷれすか。落ちゆく奴ばらめが反転上昇した。行く手の
ぐれいずぃんぐに、わしが何か撃っていた。とくれば磁力を帯びた何らかの武装錬金の授受があったと見なすは当然」
 正解じゃっ。イオイソゴは両目を景気のいい不等号に細めた。
(なにその反応!?)。貴信が驚いた。鐶は「まあこんな部分も……あります。私がお父さん達殺された後……とか」。
「流石いけめんさんじゃ!! カッコいいわ頭いいわできゃーじゃ!! そうじゃのう磁力持ちへ不用意に飛び込むのは危
険じゃ危険じゃ大変じゃ! なんて偉いんじゃ感心じゃ! 今日び向こう見ずな若人が多い中よくも踏みとどまったの。偉い
ぞ偉いぞ。偉いのじゃ!」
 やや戯画的な表情でこれまた戯画的な丸い拳をブンスカブンスカ上下に振るイオイソゴに戦士たちは言葉を失くした。
(何だコレ……)
「ハッ!! はしゃぎすぎてしもうた……」。恥ずかしそうに彼女は目を逸らし「自重自重」と呟いた。
(なんか……)
(他の幹部とあまり変わらないような気がしてきたぞ)
 唖然とする一同の前でイオイソゴはクルリ、踵を返した。そして波々とドレープの乗ったミニスカートの後ろで手を組んで
右の爪先をコケティッシュに立てると、馬の尻尾を揺らしつつ顔半分で振り返った。
「ひひっ。しかしまあ、踏み込まなければ安全という訳ではないぞ?」
 少女の右腕が一閃。剣道で鍛えた動体視力の持ち主さえ、いつ腰の後ろから解いたのか分からないほどの速度だった。
 攻撃を警戒し防御の構えを取る一同。だが……何も来ない。
(空振り……?)
(ありえない。数100m先の落下途中の仲間に当てたんだぞ! この近距離で外す訳が……!)
 こいつの目的は足止め、ならば結界でも張ったのか……? 周囲を見回す戦士たち。だが何も見当たらない。広がるのは
街並みだ。中層ビルが所狭しと立ち並ぶビル街だ。とりたてて変化はない。

 幾つかのビルが頭を浮かせているコトを除けば。

「なっ!?」 
 やっと叫びが出たのは、ビルの最上階が7〜8個石くれを落としながら飛んで来た時だ。
(まさかアイツ……操れるのか!? 『鉄筋コンクリート』を、磁力で!?)
「先手が様子見とあらば仕掛けるのも吝かではあるまい。ひひっ。人払いはしておる。建物には誰もおらんよ」
 平均全高6mの巨大な質量が、正に四方八方から特急列車並みの速度で秋水達のいる屋上に突っ込み……破壊した。


 その轟音を麓で聞きながら斗貴子は咳き込むように息を荒げる。

105 :永遠の扉:2014/06/23(月) 21:59:51.67 ID:aBgqTdhW0.net
「咄嗟に避けたが……フザけるな! バルキリースカートでどうにかできるのかアレ!」
「……バスターバロン級でないと無理だな」
 どこが程々の対応だ、刀一本じゃどうにもならない……溜息をつく秋水。後ろを見る。鐶が左手を上げていた。
「やられ……ました…………」
 掌に黒い金属片がめり込んでいる。地面への磁力ゆえ上げるのも一苦労らしく右手で支えている。
(ビルは囮だったようだ。回避の隙をつき、当てるための)
(鐶の腕は翼と相同。磁力を発する武装錬金を打ち込まれては飛行困難)
 ますます逃走が難しくなった。三者に安全たる雰囲気が立ち込めた。香美もいやな汗。イオイソゴは饅頭を食べていた。

「!!!!?」

 ぎょっとして視線を収束させる戦士たち。彼女は武器を向けられてなお悠然と饅頭を放り投げ、口に入れた。
「うむ。あんこがおいしいのじゃ!! でも食べるのに夢中でこしあんか粒あんか分からんかった……。後でもう1個買おう
かのう……。でもあまり食べると虫歯が怖いしのう……」
「知るか!!」
 振りかざされた鎌をイオイソゴは無造作に撫でた。するとデスサイズの進行と共にどんどんと上に向かって傾斜していき、
遂には完全倒立を成し遂げた。片腕でそれをやったまま硬直するイオイソゴに誰もが目を見張る。
(倒立自体は磁力の応用なのだろうが……。恐ろしいのは精神だ。攻めが……静かすぎる)
 秋水は気付く。殺気のなさに。普通仕掛けるときは何らかの感情の動きが見られるものだ。イオイソゴにはそれがない。
「よっと」
 伸ばしきった両腕の先で掌を直角に折り曲げながら秋水たちの背後3m地点へ着地したイオイソゴ。緩やかに口を開く。

「さて、そろそろ我らの命名則に気付いたじゃろう。りばーすは、いんぐらむという銃。でぃぷれすは神火飛鴉。とくれば……
根来めや無銘と交友深きヌシらも気付こう。わしの姓名たる”きしゃく”。それは即ち──…」

 耆著(きしゃく)。

 忍者刀や百雷銃、忍び六具、龕灯と同じ『忍具』である。
 形状は舟形。鉄製。全長およそ30mmほど。重さは3グラムにも満たない。

 忍具というが武器ではない。端的に言えば「方位磁針」である。
 磁力を帯びているため、水に浮かべると北を指す。


(成程。それであの能力)
 振り返り、納得する秋水の前でイオイソゴが動いた。「来る!」。緊張する彼の前で
「ふあああああ。急にさかさになったから頭に血が上ってもうたあ〜〜〜〜」
 500年以上生きている少女がグルグルと目を回した。
(うん。やり辛い!)
 秋水は駆けた。斗貴子は不用意を咎めかけたが、周囲を見ると苛立たしげに呟きつつ後に続く。
(なんで突っ込むのさ? さっきソレ危ないっていってたじゃん)
(場所だ!! ようく周りを見るんだ香美!!)
(ここ、ビルの……谷間…………です……。さっきの攻撃の、ビルの根っこ持ち上げる版やられたら……全滅……です……)
 やられたという顔を鐶はした。イオイソゴの向こうに路地が見えた。反対側は、秋水達の背後は行き止まり。つまり木星の
幹部は……行く手を塞いだ。先ほどまで路地に向けられていた秋水達の背後を取り退路を断ったのだ。偶然でないコトは、
駆け寄ってくる秋水達を眺める酷薄な美食家のような目つきから明らかだ。
(……できれば迂闊に仕掛けたくない。ビルの壁を蹴り、奴の頭上を越えるのが最善だ。私も鐶も香美もそれはできる)
 だが。秋水にはそれができない。ビルの隙間は人2人が並んで走れるほどには広い。それでも翼なき鐶はまだ自前の
身体能力で壁蹴り三角飛びはできる。だが剣客たる秋水がするには広すぎた。
(中央突破を選ばねば彼だけ餌食! ビルに呑まれるにせよ直接殺られるにせよ……敵の思惑通り! 最善ではないが)
 佇む幹部めがけ走る。手持ちカメラで撮るような激しいブレ。リスクも反撃も覚悟して──…
(仕掛ける他ない!!)
 加速。地を蹴り処刑鎌を叩き込む斗貴子。次に秋水が腰を沈め袈裟懸けに薙いだ。貴信の鎖が少女の腹部を貫き、
鐶の短剣が首を深く削り取る。
 攻撃の余生の赴くまま一同はつんのめりそうになりつつ路地に出た。そこは先ほど見たとおり溶融中。コールタールの
海から発する磁力が秋水たちを轟然と引き寄せていく。
(確か人体に含まれる鉄分は釘にしてわずか数本)
(たったそれだけをこうも強力に引っ張れるものなのか……!?)
 たん。2人の肩が蹴られた。秋水を香美が、斗貴子を鐶が、それぞれ蹴って高く跳ぶ

106 :永遠の扉:2014/06/23(月) 22:03:42.60 ID:aBgqTdhW0.net
 それを合図に振り返った秋水達に迫るのはイオイソゴ。倒れかねない引力が背後から降り注ぐ。
(抗えないなら……)
(りようじゃん!)
 鐶は左手を突き出した。耆著がめり込んでいるそこを基点に爆発的な加速が生まれる。彼女の左脇に抱えられた香美の
右の掌から鎖が生え……地面を叩いた。その勢いで反時計回りに90度回転した2人は、道路と腹這い平行になった少女
2人は、コールタールの海面スレスレで……圧倒的な光を解き放つ。

「「超新星よ!! 閃光に爆ぜろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」

 小指の側面で密着した鐶の左掌と香美の右掌の捕食孔から爆発的に膨れ上がつつ混ざり合い1つになった光球は、道
路を蝕む漆黒の死海に半分埋まりながらなおも飛び──、ガンメタルの河を、飲む、呑む、喫む。底たるコンクリ舗装をガ
リガリと捲くり飛ばしながひたすらに直進し駆け抜ける。後に残るは旋条の轍。星は地平線の彼方へ奔り去った。

(生体エネルギーを変換する貴信の切り札!)
(鐶もかつて似たような技を使っていた! しかも発射したのは耆著が刺さる左掌! 攻撃しつつ敵の攻撃も無効化した!)

 果たして着地した鐶のそこで黒い欠片が散った。道路の磁場も撤去完了……飛行能力復活。
 だがイオイソゴを見る秋水の顔は晴れない。

「津村」
「ああ。先ほどのすれ違いざまの斬撃──…」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「手応えがなかった」

 黒ブレザーの鼻の低い少女は無傷だった。

 秋水と斗貴子の間を鎖分銅が猛然と駆け抜け、敵の章印を穿った。

「斬撃が効かぬと分かるや防御覚悟のここ狙い、か。ひひ。やるではないか栴檀貴信」
 とぷりという音と共に分銅が胸から跳ね上がり持ち主の下へ巻き戻った。
 ホムンクルスの急所を貫かれてなお生きている! 戦慄しつつも秋水たちは破壊痕生々しい道路へ飛び退る。迂闊に
切り込めばビルの谷間に逆戻り……死を意味する。

(正直先ほどから撤退を念頭に置いている自分が不愉快だが……)
 鳥の姿になった鐶の背中に斗貴子たちは乗り込んだ。詳細は不明だが敵は不死のようだ。迂闊に手を出せば泥沼に
陥る。敵は足止めを目論んでいるが、現状戦士側が木星の幹部を斃す必要性はない。桜花たちとの合流こそ戦略目標、
鐶を引き止めていた磁力の罠総て解除した今、留まる理由がどこにあろう。

「と考えておるじゃろ?」

 鐶の眼前にイオイソゴが現れた。顔はやや獣の意匠。

 ビルの4階ほどまで上昇した鐶をカビ臭い童女が取り巻いていた。イオイソゴは……伸びていた。フェレットとヘビを掛け合わ
せたマスコットキャラのような灰色の姿で、相手のクチバシから尾羽の先までグルグルと螺旋を描いて包囲していた。

「なっ……」
 秋水は見た。いまだ地上にイオイソゴの体があるのを。首から下は正に人型、だが首から上だけがフェレットでありヘビ
だった。

(斬るか? いや……迂闊な手出しは控えるべき。ビルの谷間とは事情が違う)
(囲まれましたが磁力はなし……です! 加速すれば充分突っ切れ──…)
「鐶よ。ヌシの両親は生きておる」
 虚ろな目の少女は息を呑む。傷ある少女は金切り声。
「耳を貸すな! 速度を上げ「遅いよ」
 軽く首を曲げるイオイソゴの螺旋が収縮し、戦士たちを捉える。
(しまった……)
 鐶の機動力を駆使すれば逃れられる攻撃だった。にも関わらず動揺し、付け込まれた。悔いても喰いきれない過失だった。
「よいしょ」
 鐶たちと地上を結ぶ長い首がしなった。螺旋の包囲は地面からおよそ1m28cmの地点で糸を引くようスルスル解け。

107 :永遠の扉:2014/06/23(月) 22:04:14.89 ID:aBgqTdhW0.net
 戦士たちを地面へ放り出す。

「くっ」……そういう意味を異口同音に叫びながら着地した秋水たち。
 首を元に戻し、ゆっくりと歩いてくるイオイソゴは笑いながら……語りだす。
「ひひっ。そう……鐶よ。ヌシの両親は生きている」
(両親……義姉(リバース)に惨殺された人たちか)
「正確にいえば奴に殺された後、ぐれいずぃんぐが蘇生しまた戦士に殺された。りばーすに伝えてあるのはそこまでじゃが
実は蘇生済み。生きておる。じゃがなあ、りばーすめはそれを知らん。知らんがゆえに戦士を憎み、戦団と敵対しておる」
 距離が縮まる。鐶の顔色が褪せていく。震える彼女、斗貴子に耳を貸すなと言われても従えない。

 かつてリバースは……まだ「玉城光」だった鐶をレティクルから逃がした。贖罪の意味を込めて。
 だが鐶はその強さを見ても分かるように、戦力として期待されていた。存在自体が機密事項の塊でもあった。
 よって情に駆られそれを在野に放ったリバースは、当然処刑されて然るべきだった。
 ……イオイソゴは、言った。

──「でも殺しはせんよ。奴は義妹に対する格好の”かーど”たりうるからの。あれほど強い玉城光とて、まだ10年と生きて
──おらぬただの少女。もし戦団や総角主税どもに悪用されたとて、肉親の情で攻められれば必ず揺らぐ。ゆえに何があ
──ろうと、りばーすは殺さんよ」

 戦士たちはそんな事情などもちろん知らない。だからこそ、埃が積もるほど長く場に合った伏せ札の効力は……高い。
 なにしろ味方(リバース)さえ欺き、破滅への道を歩かせているのだ。「何故伝えない」……親愛ゆえの憤りは蜘蛛の糸。

「哀れじゃなあ。妹のヌシが伝え誤解を解いてやらねば……ひひっ。奴はいずれ戦団との戦いで命を落とす。わしなぞとっ
とと振り切って、一刻も早く真実を伝えなければ、助けたいと希(こいねが)う義姉、無謀なる怒りで自ら身を滅ぼすぞ」
「……っ」
「いや……ひょっとするともう手遅れ、かものう。追撃に向かった連中に始末、されておるかものう」
 ひひっ。笑う老女の章印が短剣に刺し貫かれた。圧倒的な加速だった。秋水も斗貴子も捉えられない速度で肉薄した鐶。
鍔元までめり込む刃。年齢吸収。切りつけた深さに比例し年齢を吸い取る特性。かつて根来でさえ成す術なく胎児と化した
一種必殺の特性がイオイソゴに炸裂した。うなだれる彼女を虚ろな瞳が見下した。
「さっき通り過ぎた時とは違う……本気の刺突……。この深さなら……220年分…………です」
 人間はおろかヴィクトリアでさえ幼体と化すであろう年齢吸収。
 だが次の瞬間瞳孔を見開いたのは……鐶。勝ちを得たはずの彼女が一転、蒼然たる顔付きで地を蹴り飛びのいた。その
元いた場所を耆著が貫き虚空へ消えた。「ひひっ」。イオイソゴはだらりと面を上げた。何より……立っていた。割り箸のよう
に細い足を2本、確かに大地につけている。
(220年分吸収されたのに……)
(変化なし。胎児にならないだと?)
「っと。避けられたか。流石は鐶……判断も反射も規格外じゃのう。ひひっ!」
(いや貴方いま章印! 章印貫かれましたよね!!? 何でピンピンしてるんだ! 鎖分銅当たった時もそうだけど!!)

 震える貴信たちの元へ舞い戻った鐶。白いバンダナの下で「そういえば」と声を漏らす。

「クロムクレイドルトゥグレイヴ……ビルの谷間ですれ違った時も、年齢……50年近く吸い取っています……」
 その言葉の意味するところを理解した秋水たちは、ひたすらに凍えた。
 イオイソゴ。彼女の顔は『そのまま』だった。現れた時のまま、登場時の年齢のまま……立っている。

「今のと合わせて300年近く吸われたのに…………若返るコトさえしないのか…………?」
「落ち着け! 下限が不明なら与えればいいだけのコト! 数百年も与えれば何歳だろうと老いる!!」
「ところで」。木星の幹部は世間話をするように囁いた。
「わしは、ほむんくるすになる前から既に…………555年生きていた。ひひ。嘘か誠かの判断はヌシらに委ねるが、
……555年生きてこの姿じゃ。老いさせるのはちぃっと骨が折れるのう」
(ホムンクルスになる前からだと? つまり『人間の身で』555年生きたというのか?」
(俄かには信じたいが、事実だとすれば)
(何年与えれば老いるんだ!? 500年!? それとも……1000年!?)
(よ、よー分からんけど光ふくちょー言うとったじゃん! 『200年分集めるのも一苦労』って!)

108 :永遠の扉:2014/06/23(月) 22:04:45.32 ID:aBgqTdhW0.net
 鐶は思い出す。かつて戦士と戦っていた頃を。瀕死時の自動回復やその他諸々の操作のために数多くの調整体を狩って
チマチマと年齢を集めていた。それでも足らず、貴信、香美、無銘、小札といった惜しくも秋水に破れた仲間たちの年齢を
吸収してやっと200年前後。1000年という数字は、6対1の最中に乱入した銀成学園で生徒約40人を切りつけた時でさ
え到達できなかった数字だ。相性は最悪。丸い頬を一筋の汗が伝い落ちた。
(この辺りの建物は……平均で…………20歳という……ところ……。50棟以上斬れば……或いは、ですが)
「させぬよ?」
 イオイソゴは指を弾く。耆著が飛ぶ。めいめいそれぞれの文法で回避する。
 しかし外れた耆著が電柱にビルの側壁に街路樹に廃車のドアに。
 突き刺さって。
 ドロリと溶かした。
 黒面が捩りあい錐と化して戦士らを背後から襲う。かすり傷程度だが全員に一瞬隙ができた。
 戛と地を蹴り地上6mに達す少女の老婆。手に無数の耆著があるコトを認めた秋水たちは……決める。
(どうやら逃がすつもりはないらしい)
(走ろうと鐶に乗ろうと奴はどこまでも追いすがる)
(リスクはある! けど!!)
(何もしなかったらそれこそジリ貧じゃん!!)
 秋水と斗貴子が跳んだ。
「逆胴!!」
「臓物をブチ撒けろ!!」
 左右から繰り出された斬撃をイオイソゴは楽しげに眺め
「まぐねっとぱわー! ごー! ごー!」
 ひとひらの耆著を頭上高く突き上げた。そこから磁力線が迸ったとき、秋水は異変に気付く。
(ソードサムライXが……重くなった? ブレイクの禁止能力……いや違う!)
 反発していた。イオイソゴを包む磁力線の軌道内で今にも押し返されんばかりに軋んでいた。斗貴子も同じらしくあらぬ方
向へスッ飛びそうなデスサイズたちが高速機動と鬩ぎあっている。可動肢は意思と斥力の板挟み、負荷の嘆きに激震中。
 愛刀に何が……刃を見た剣客は肌色のぬめりを目撃する。
(まさか……!)
(さっきのビル! 脱出するとき斬ったアイツの肉片が!!)
(付着し! 磁力をもたらしている!!)
 …………。2人は気付く。イオイソゴがどれだけ周到か。
(ビルの最上階を飛ばしたのは(鐶の翼を封じるためでもあるが)この布石!! 迂闊に飛び込むまいと警戒する私たちに)
(『飛び込まなければ何が起きるか』前以てリスクを見せ付けた!)
 そして回避後、ビルの谷間で、唯一の退路を堂々と遮り、『仕掛けざるを得なくした』。
(彼女は俺らが避けるコトを見越していた。もっといえば、『袋小路に飛び降りる他ない』ビルを選んだ)
(いや……『私たちが選ばされた』というべきだろうな。あそこに降り立ったのは決して偶然じゃない。奴がそうなるよう仕組ん
だんだ。鐶が磁力に引かれ、落ち始めた時から既に攻撃は始まっていたんだ)
 イオイソゴは……地形を吟味したのだ。そして攻めるのに最適な場所へ戦士たちが来るよう磁力にて誘導した。無銘が匂
いを察知したところを見ると、風向きさえ計算に入れていたのだろう。
 そして……あれほど未知の敵に対して慎重だった斗貴子たちが……ビルによる圧殺という、最大かつ目を奪われやすいリ
スクを避けるため攻撃せざるを得なくなり……。
 ソードサムライXとバルキリースカートに磁力を帯びた肉片が付着、反発の餌食となった。同じく斬りつけた筈の鐶の短剣
が先ほど章印を貫いたのは、戦士全員に「斬ったリスクは何もない」と無意識に思わせる為のブラフ。そして……年齢操作
がいかに無力かつくづくと実感させるためのデモンストレーション。
(恐るべき幹部だ。俺達は釈迦の掌という訳か)
(だが!!)
 両名武装解除。光と消えた刃の残影軌道上からの肉片追放を確認すると……再発動!!

「「武装錬金!!!」」

 黄金色の稜線が迸る。早坂秋水と津村斗貴子が膝立ちで着地した時、後方の空には10の破片と刻まれたイオイソゴが
浮いていた。

「磁力がなくなれば俺達の武器はただの金属」
「引き寄せられる分、太刀行きは……速い!!」
 反発をもたらす肉片。ソードサムライXに残存するエネルギーを使えば焼けたかも知れない。
 しかしそれでは秋水単騎……各個撃破の憂き目に合う。
 故に彼は斗貴子との同時攻撃による瞬間的な火力上昇を選んだのだ。

「聿皇峻烈(いっこうしゅんれつ)聿皇峻烈。しかし無駄じゃよ。無駄無駄。斬られようと元に──…」
 磁力で結びついて行くイオイソゴ”たち”の背後の空間が僅かに歪んだ。

109 :永遠の扉:2014/06/23(月) 22:05:15.76 ID:aBgqTdhW0.net
(ズグロモリモズの毒……!! 打撃や年齢操作が無理でも、コレなら……!!)
 透明化によって回り込んだ鐶(バンダナは黒とオレンジの可愛い鳥)の手から暗黒色の羽根が30本飛び……敵の破片
総てに分け隔てなく突き刺さる。
 木星の幹部は呻き、硬直し、うつ伏せで力なく落ちていく。磁力結合、再生もまた中断。
 追撃は止まらない。香美の脚力で、鐶より遥か上空に跳んでいた貴信の手から放たれた大口径の光球が──…
 イオイソゴへ……殺到!
(毒で身動きできない相手を狙い撃つ……! したくなかったがこうでもしないと斃せない!!)
「ひひ」
「!!」
 落下中のイオイソゴが地上4m地点で俄かに動いた。戦慄の戦士。彼女は……伸びた。ブレザーごと伸びた。
 いよいよ間近に迫った直径3mの超新星に背中を向けたまま『見もせずに』外郭円弧に沿うよう全身を曲げた。果たして
光球は秋水の背後およそ2mの地点で、コンクリに呑まれブラジルを目指し始めた。……『焼けた何かを』弾き飛ばして。
 すたり。元の体で着地した木星は秋水と斗貴子に背を向けたまま緩やかに語る。
「ヌシらが鐶の囮と見せかけつつ、栴檀どもを切り札に使う……。ひひっ。即興にしては上々の十重二十重の罠の群れ。
演劇での経験が生きたかの。唯一難点を上げるとすれば、じゃ」
 振り返った彼女は苦み走った狡猾な笑いをニッタリと浮かべた。
「忍びに毒が効くとでも?」
 色を失くした鐶が降り立つ。次いで貴信も。
「ずぐろもりもずの毒とは『鴆毒(ちんどく)』よ。李斯が韓非子を殺すほど”ぽぷらー”な毒よ。なれば拳拳服膺するが如く文
字通りの肝に銘じて忘れえぬようするのは当然ではないか」
「あ、あああ……」
 震える鐶。気付けなかったコトに動揺したらしい。
「落ち着くんだ!! 俺達だって見抜けなかった!! 君1人の責任では──…」
「しかし無様じゃのう」。よく透る声が秋水を遮る。
「せっかく連合合従して、この程度か? 断っておくが武装錬金性能に限って言えばわしはまれふぃっく最弱……」
(最弱? コレで?)
 鐶を引きずり落とし、ビルを飛ばし、詳細は不明だが斬撃を無効化している能力を、イオイソゴは最弱という。
「これでは本気の我ら相手にどれほどもつか。おお。そういえば5人ものまれふぃっくを追跡中の集団もいたのう。
(姉さんたちのコトか)
「ひひひ。ここにいる連中にくらぶれば小札零どもは遥かに弱い。果たして連中、無 事 で 済 む か の ?」
 沈黙が訪れる。
(嫌な物言いをする。逼迫しているからこそ無銘を向かわせたんだ)
(それを見ておきながら言うんだ)
(焦らせるのが目的……だろうな!!)
(つかあやちゃん強いし。めっちゃ強いし)
 秋水たちは……流す。まがりなりにもそれぞれの挫折と向き合ってきたのだ。簡単には揺らがない。
 だが。
 鐶だけは、揺れていた。
(私たちの攻撃……ほとんど封殺されたに……等しい……です。こうなったら……)
「じゃの。後はもう鳳凰になる他ない」
 見透かされたコトにドキリとしながらポシェットを見る。
(斗貴子さんに負けてから……私の切り札……鳳凰形態…………見直し……ました……)
 それは『鳥の王になった』という自己暗示によって特異体質を全開、体のあらゆる部位を鳥のあらゆる部位にする能力だ。
(見直した結果…………持続時間は……5分から……9分に……。一度解除してからも……もう一度なれますし……数日
間の絶食も不要に……なりました。絶食したという自己暗示1つでおk……)
 相変わらず硫黄の詰まったオオサンショウウオの腸を食べる必要があるが、総てにおいて斗貴子と戦ったときより向上
している。
(…………)
 鐶は一刻も早くリバースに追いつかなくてはならない。追いついて両親の生存を伝えなければならない。さもなくば、復仇の
ため戦団と敵対している義姉が止まれない。いつかほかの戦士に殺されてしまう。
(……なんていうか…………頭おかしいお姉ちゃんで…………鬱陶しくて…………恐ろしいですけど…………無銘くんと
……約束したん……です……。助けるって……。昔の優しい、まともで、Cougarさんオリコン上位にするんだって…………
同じCD何十枚も買い込む……哀れな……お姉ちゃんに……ドーナツの匂いがするお姉ちゃんに……)
 戻って欲しい。少女は切にそう願っている。
(なら……鳳凰になって……打開するしか……)
「落ち着け」

110 :永遠の扉:2014/06/23(月) 22:05:46.23 ID:aBgqTdhW0.net
 ガゴン。殴られた鐶は反射的にバンダナを抑えた。暗黒世界の常闇に6世紀ずっと鎮座しているラズライトのような瞳に
涙をうっすら浮かべながら振り返る。猩々緋の三つ編みが円弧を描いた。
「斗貴子さん……痛い……です……」
 いつの間に移動したのか。拳から煙を噴くセーラー服美少女戦士が仁王立ちしていた。
「挑発に乗った罰だ。一切無視しろ。奴が自分で言ってるだろう。忍びなんだ。どうせ何もかも調べているし見抜いている」
 だが鳳凰でなければ打開できない……雑多な要素を総合して伸べる鐶に斗貴子は呆れたように目を吊り上げ腕組みした。
「忘れたのか。一度鳳凰になれば解除後24時間……特異体質使用不可。むかし私にそう言ったのはどこのどいつだ」
「あ……」
 それともそこまで改善しているのか? 問う斗貴子に首を振る。
「……せいぜい…………簡単な変形が……できる程度……です」
「そうだろう」
 肩を落とすと、反省を認めたようだ。わずかだが斗貴子の顔が和らいだ。「非を認めた中村を励ますような表情だな」、秋水
は思った。よき女先輩の顔だった。厳しさと優しさを兼ね備えた副部長だった。鐶はホムンクルスだが、連携と共闘を繰り返
すうち、知らず知らず、無意識にではあるが、後輩として見なすようになったらしい。
「敵は、鳳凰形態のリスクを承知で挑発している。24時間弱体化する……お前をその体にした義姉から聞いたのか、銀成
その他を嗅ぎまわったのかは不明だが、とにかく奴は知っているんだ、リスクを」
 今アレを使わせれば他の仲間が楽になる、救出作戦の戦力が削げる……斗貴子ならではの実利的な思考、半分は鐶を
敵と見なしているが為の容赦のない批評。鐶はやっとイオイオゴの目論見に気付いた。
「つまり私が発動しても……斃せない……と……。イソゴさんが……直撃を…………避け続け……のらりくらり……だから」
 そうだ。確信に頷く斗貴子に貴信は気付く。
(イオイソゴを振り切るために使ったとしても、ディプレスたちに追いつく頃にはまず間違いなく解除。リバースを説得しよう
にも向こうが武力を用いてきたら成す術なく負ける。素直に聞いて貰えても恐らく他の幹部が連れ帰るか粛清するか……
いずれにせよ鐶副長が割って入る必要がある。しかし相手は追撃部隊の殆どを降しているマレフィック、鳳凰なしでは)
 難しい。
(けど……さっき思ったじゃないですか……私……。運命との決着焦るあまり……他の人に迷惑かけるの……ダメって)

 イオイソゴは肩を竦め、嘆息した。

「やれやれ。白状すればあの形態はわしらにとっても脅威。ここで浪費させれば後後楽だと思ったのじゃがなあ」

 秋水たちは敵の本質を……理解する。

(今更ながら分かった。この幹部の強さの根源は武装錬金ではない。異常なまでの老獪さだ)

(武装錬金の性能だけなら確かに最弱かも知れない。だがこいつ自身は違う)

(戦略の数々……ただ打撃を無効にし磁力を操るだけの相手なら、4人がかりで梃子摺らない!!)

(よーするにコイツ、弱いぶそーれんきんをどうつかえばあたしらと渡り合えるか考えてるかんじじゃん!)

(私を抑え込める……怖いお姉ちゃんでも……この人はきっと…………抑え込め……ます)


「ところでしつもんっ!」
 香美が勢いよく手を挙げた。貴信とは交代済みだ。

「あんたさっき、毒がどーこーいってるとき、”ぽぷらー”とかいってたじゃん」

──「ずぐろもりもずの毒とは『鴆毒(ちんどく)』よ。李斯が韓非子を殺すほど”ぽぷらー”な毒よ」

「え、あ、おぉ」
 見た目相応にキョトリとするイオイソゴに香美は「それちがう!」といった。
「ぽぷらーは、木か草!! ゆーめーって言いたいなら”ぽぴゅらー”じゃん、ぽぴゅらー!!」
 戦士たちは呆れた。
(どうでもいいと思うんだが……)
(幹部相手に怖いもの知らずだな)
(す、すまない秋水氏! こら香美、黙るんだ!)
(香美さん……らしい…………です)
 腰に手を当て「えへん」と胸を逸らす香美。

111 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/23(月) 22:06:19.55 ID:aBgqTdhW0.net
 知性で最も劣る彼女に揚げ足を取られたのが屈辱なのか。
 木星の幹部の頬が波打ち──…

「……げたもん」
「はい?」
「うっさいうっさいうっさーーーい! わしさっきちゃんと、ぽ、ぽきゅはーって言ったもん!! ちゃんと告げたもん!!」
(言ってないし言えてない!!!)
(しかもますます違っている……)
 イソゴさんは横文字苦手らしいです、ソースはお姉ちゃん、ジト目の鐶の情報に全員納得。
 木星の幹部は真赤になった。泣きじゃくりながらビシビシと戦士たちを指差しキャンキャン吠える。
「なんじゃその目! その目ぇ!! ここは日の本ぞ!! 毛唐どもの言葉なぞ覚えんでも支障ないわ!! し、神州が
穢れるし!! わし開国反対じゃったし!!」
(言い草が古い)
(さすが555歳)
 涙目の老婆幼女は膨れっ面でツンとそっぽを向いた。
「だだだ大体わし漢字いっぱい知っとるし!! 1万7000種類知っとるし!!」
「確か漢検1級が約6000種類……約3倍か」
 秋水が感嘆を込めて頷くと、少女の顔がぱあっと輝いた。
「じゃろうじゃろう。わしはすごいのじゃっ! 物知りさんなのじゃ!!」
 香美を真似たかの如く腰に手を当て胸を張る。質量差は塵と太陽ほどの違いだった。鼻も低い。鼻高々ではない。

(……やっぱり他の幹部と変わらないような!!)
(というか、偉そうで賢いのにどっか抜けてるトコが無銘くんそっくり……です。忍びって……みんなこう……なんでしょうか)

 とにかく戦いは続く。

以上ここまで。

112 :ふら〜り:2014/06/23(月) 22:51:47.76 ID:fIfZhW0/0.net
>>スターダストさん
追い詰められて追い詰められて、絶体絶命のところから生還したディプ! でも彼自身の必死さや
閃きなどではないところが彼らしい展開。イオも流石、リーダー格の威厳を見せてますが……今回、
目を見張ったのは毒島! 青っちに対して属性上無敵とか! 状況次第で活かせる持ち味、凄い! 

113 :作者の都合により名無しです:2014/06/25(水) 22:34:57.81 ID:PJOfFPSK0.net
※宣伝。一部抜粋。エロ漫画ではありません。

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興味が少しもわいた方はご購読よろしくお願いします

114 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:53:38.29 ID:whd1CIB20.net
 戦士たちとイオイソゴが戦っているのは郊外。市街地から9kmほど南西に行った再開発地域である。斗貴子と小札が初
めて出逢ったL・X・Eの隠しアジトもココにある。

 ビルにビルがぶつかり、道路が光球に抉られるという前代未聞が続発しているにも関わらず野次馬が来ないのは、ここ
が銀成市屈指のゴーストタウンだからだ。町並みを見渡すとかなりの頻度で宿泊施設の看板が目に入る。2003年度の
銀成市市議会に提出された資料によれば、再開発地域の建物のおよそ63%がホテル・旅館およびその他の宿泊施設で
あるという。
 なぜそこまで多いのか? 19年前撤退した家電メーカーのせいである。地元経済活性化のためと市が16億円近く払っ
て誘致したその企業は、ようやく銀成ブランドが浸透し始めてきた7年目に突如撤退、人件費の安い中国へと逃れた。この
裏切りともいえる行為に、残された宿泊施設の所有者たちはこぞって悲鳴を上げた。何しろ、某家電メーカーとその関連企
業へ出張してくるサラリーマン目当てに、わざわざ郊外の沼沢地帯を開発してまで、ホテルや旅館、アパートなどをバカスカ
建てたというのに……撤退された。サツマイモと変人ぐらいしか名産品のなくなった銀成の宿泊施設など誰も利用しないの
は確定的に明らか、バブル崩壊と不況の煽りで1件、また1件と潰れていった。

 寂れてしまったこの土地は、バタフライが隠しアジトを作ったのを見ても分かるように、「温床」である。ホームレスの不法
侵入、性犯罪者の悪用……問題こそ起こせど一切の収益をもたらさない銀成市の恥部である。

 ゆえに建物総ての撤去が決定したのがこの年の春。来月から順次解体作業に移る予定。



 イオイソゴ=キシャクにとって人類とは恨むべき対象ではない。
 大事な、糧秣だ。
 鳥や豚、牛の絶滅を祈る者はいないだろう。それと同じだ。

 人間を喰らう。おぞましい行為だが人の身で既にしていた。


 ある時、伊賀の里に生まれた検体番号、耆著五百五十五(きしゃく・いおいそご)という忍びこあおイオイソゴだ。
 父の名は薬師寺天膳。母の名は分からない。折れた刀を持つ、市女笠の少女とだけ。

 7歳を過ぎたころ、成長が止まった。不死の父、その「身の内に巣くうもの」の一部が精虫と共に卵子へ入り込み、娘へと受
け継がれたのだ。
 伊賀鍔隠れは数百年にも及ぶ「深刻濃厚きわまる血族結婚」を繰り返し不可思議の忍者を生み続けた。目的はただ1つ
……甲賀に勝つ。イオイソゴもまたそのためだけに産み落とされた。

 不老不死と引き換えに彼女は業を背負った。人間を喰わずには居られない絶対の性を。肉では足らない。いかなる生物的
作用があるかは不明だが……「脳」。それを喰わねば飢(かつ)える体。初めて喰らったのは御世話係の下女。姉のように慕っ
ていた彼女を石で殴り殺し、頭を破り、桜色の唇を窄め……啜り尽くした。総てが終わったあと、イオイソゴは泣いた。

 愛する者ほど喰いたくなる…………そう気付いたのは8人目だ。初めて恋心を抱いた少年忍者の頭蓋骨の裏を、限りない
充足と嗚咽の中、愕然と、見下ろしている時、イオイソゴは自らの本性に気付き、震えた。


 何人も喰い殺すうち、彼女は罪悪感から逃げるよう思い始めた。

『なぜ人間を喰うのが禁忌なのだ?』

 と。

 人は生きるため他の生命を殺し……喰らう。
 鶏の首を切り落とすのは食料調達の一過程として当然認められている。
 だが人の首を落とすという行為は禁忌だ。

(喰うためにやったとしてもそれは変わらん。もしわしが如く、生存のため人喰いを欠かせぬ生物がいるとしよう。彼らが生
きるため、人の頭をば刎ねざるを得ないとしよう)

 人々はその行為をどうとるか。残虐と罵り、敵意を燃やすだろう。

115 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:55:17.80 ID:whd1CIB20.net
 生物なのだ、己の生存を脅かす者を恐れ、憤るのは当然だろう。

 にも関わらず人は、己がされたくないであろう最悪の行為を…………他の生物には平然と強いる。

 腹を切り裂き、内臓を取り出す行為。豚にやる者が社会に裁かれるコトはまずない。だが人にやれば重罪だ。
 何故?
 魚を生きたまま食べる……嗜好として確立されている。人にやれば異端として捌かれる。
 何故?

(他の生命とて痛みや恐怖を感じるのじゃ。しかし人間はそれを無視する。喰うため、生きるためという免罪符がある。そこで
思考は止まっておる。自らがやられれば絶望する行為を、他の生命には平然と強いるのじゃ)

 刀で斬り、斧で断ち、矢で穿って銃で撃つ。

 血を流し、苦鳴を漏らし、激痛の中それでも生きようと足掻く獲物を前に収穫を喜び合う。逃がさない。助命は、しない。

 他の生物に同じコトをされれば、人類は、自由や尊厳を唱え、犠牲者たちを悼み、立ち上がる。反攻こそが絶対の正義
なのだ。
 しかし猟で捕らえた獲物が、死力を尽くして束縛を解き、自由と尊厳、仲間の仇のため狩人を傷つければ……鼻白む。
『生きるため喰うのになぜ邪魔をする?』と。
 しかし自らを喰らう生物に対し同じ論法を以て謙虚となり皿上(べいじょう)座するコトはありえない。

(欺瞞ではないか。喰う為なればあらゆる卑劣と残虐をも辞さぬ……それは結構。じゃが…………摂理という言葉がある。
喰う以上は喰われるのも摂理よ)

 人喰いと蔑まれ石を投げられるたび、人類の驕慢を痛感した。この天地に捕食者をなくして久しい人類ゆえの驕慢を。

 喰う以上は喰われるべきなのだ。血を流さず、痛みも分かち合わず、ただ一方的に獲物を殺し安全に喰らう。そうやって
気取る食物連鎖の頂点という幻想。知るべきだと思った。本来人類は脆弱なのだ。文明がなければ、獲物と呼ぶ数多の獣
たちに充分捕食されうるのだ。同族が食料にされるコトを異常と感じるコトこそ異常なのだ。人は、喰われる。
 摂理からいえばそちらこそ普通なのだ。

 という、捕食者ゆえの信念はしかし弱さから出た考えでもある。
 好きになった人間ほど喰い殺さずには居られない……絶望的な性分だった。男女愛。家族愛。師弟愛。他者と絆を深める
たび、殺して、食べた。脳を水に溶き干して作った丸薬の、定期的な投与である程度までは抑えられるようになったが、それ
でも数年に1人は必ず胃の腑に収めざるを得ない。

 おいしい物を1人ぼっちで食べる。涙しながら……食べる。
 血の海の孤食だった。繰り返すたび寂寞が高まった。
 その、喰わざるを得ない宿業に、正当性を見出さなければとても心痛に耐えられなかった。狂いそうだった。

 だが理屈をつけても。
 人間を喰らうおぞましい存在は、この地上で自分だけなのではないか……。
 満足はなかった。どれほど食べても満たされるコトはなかった。
 人間以外のものをも、大量に食べるようになった。一種の過食症であり、不死代謝の補填だった。


 そして……ウィルと出逢う。
 彼は言った。
 ホムンクルスという存在は君と同じだ。世界の主導権を握れば好きなだけ喰える、と。

 孤独も寂寥も払拭された。しかしその時はまだ”ならなかった”。規格こそ大きく外れているが、ぎりぎりのところで「人間」
として生きてきたのだ。人間として人間を喰らってきたのだ。「して当然」のホムンクルスになるのは逃げのように思えたの
だ。怪物ではなく、人間として。死ぬまで「喰う」という罪業を背負い続けるのが、喰い殺してしまった数多くの大事な存在への
償いのように思えたのだ。

 ……その信念を捨ててまでホムンクルスにならざるを得なかったのは1995年。原因は小札の兄・アオフシュテーエン。

116 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:55:48.09 ID:whd1CIB20.net
 ウィルという少年は、何故かイオイソゴのコトをよく知っていた。来歴はおろか、如何なる人物を殺したのかさえ熟知していた。

──「なんで知っておるんじゃ?」

──「キミから聞いたのさ」

──「??」

 彼は何度もイオイソゴと逢っていたという。歴史を繰り返し、何度も戦国時代に飛んで、そのたびイオイソゴと出逢い、死
別して、時間を戻り、また出逢う。気の遠くなるような繰り返し。その中での会話で「キミから聞いた」という。

 そして現在。

(わしを救いうるのは『れてぃくるえれめんつ』のみよ。『暴食』の罪科なき世界を作れるのは盟主様ただ1人よ)
 好きなだけ喰らえば孤独は味合わなくて済むだろう。愛する者をクローンで増殖するコトが当然の世界を作れば、喰い殺
して別れるコトもなくなる。

 イオイソゴ=キシャクにとって人類とは恨むべき対象ではない。
 大事な、糧秣だ。
 鳥や豚、牛の絶滅を祈る者はいないだろう。それと同じだ。

 生産体制を整えるコトが何故悪い……イオイソゴはそう思う。

「ひひっ。ほむんくるすが人喰いの惨禍をば撒いておるのは人間どもが自らの命を供出せんからじゃよ。摂理を受け入れ、
要らざる、生きていても仕方ない、犯罪者のような連中を差し出せば、無辜の民がそのぶん助かるではないか」
「…………例えそうしたとしても第二第三のディプレスやデッドは必ず生まれる!! 力に溺れ、貴方の言う無辜の民……
力なき人たちを蹂躙するもの、悪意を以て被害者を加害者にせんと目論む者たちは必ず!! ……貴方の論法、認める
訳にはいかない!! 僕や香美のような被害者をこれ以上出さないためにも!!」
 貴信の手から放たれた金色絢爛たる無数の星つぶてに合わせて、イオイソゴ=キシャクは異様な変化を遂げた。右側頭
部頭蓋が眼球ごと大きく陥没した。更に雑巾を絞るように右回りによじられて、左顎関節を基点に大きく傾いた。上半身は
黒ブレザーごと大胸筋や前鋸筋や大菱形筋がずる剥けてドバドバ落ちた。べりべりっと凄まじい音立てて剥がれたのは頚
腸肋筋から腰腸肋筋にいたる背中前面の筋肉だ。腹直筋や外腹斜筋が内臓ごと流れ落ちてむき出しになった肋骨の遥か
下で左右の大腿骨の蝶番が外れた。果たして肉の海で飛沫あげて倒れる両足……。にも関わらずイオイソゴは倒れない。
いかなる魔人の技か、両足を失くしたにも関わらず彼女の腰から上は平然と従前の位置にいる。獲物が獲物ゆえ恐らく
磁力で浮いているのだろうがいやはや恐るべき現象だ。両腕はミュルリと縮み肩へ吸収。
 果たして流星群はイオイソゴの全身をすり抜けた。ある星は凹み捻れた人とは思えぬ面相スレスレを通り過ぎ、ある星
は肋骨の隙間を疾駆した。いまや足なき場所を無数の輝きの残影が燦然と縺れ合い去っていく様はさながら川のようだ。
その川べりに浮いた、既にほとんどが白骨化した少女の脊柱が、かたかたと鳴りながら左右や前後にくねり星々を躱して
いく様は筆舌に尽くしがたいものがある。
「飢えのみがホムンクルスの惨禍を生んでいるんじゃない!!」
 大口開けて餓狼のように牙をむき出しにしながら斗貴子が詰め寄る。後ろからは秋水。
「社会を見ろ! 飢えずとも犯罪は起きる! 起こす輩達ほどホムンクルスになるんだ!! どれほど喰わしてやろうが満
たしてやろうが奴らの心根は変わらない!! そういう連中を主格とする貴様らの理想! 貴様らの支配!! 力弱くても
懸命に生きる人々の日常が蹂躙される世界など…………私は絶対に認めないし来させない!!」
「忍法、小豆蝋もどき。──」
 高速巻き戻しのように元に戻ったイオイソゴが黒く濡れ光る大きな瞳を甜睡と細めあどけなく笑ったのも束の間のコト、その
右腕が大きくしなった。石火。5本ある処刑鎌の1つの尖端を4cmばかり斬り飛ばされた斗貴子は歯噛みした。しかしどういう
コトであろう。戦士走れどといえど両者の距離はいまだ7mはある。身長120cm前後の錫の少女の手足が到底届く距離では
ない。だが奇怪!! イオイソゴの腕は現に届いている!! ……。腕は伸びていた。少女どころか人の長さですらなかった。
獣のごとくひた走り、今は敵から4mの鼻先で斗貴子がブン回す処刑鎌へ、距離と同程度かそれ以上した長さの腕がヘビのご
とくのたうちながら向かっていく様はそれだけで充分に恐ろしい怪異だが、そもそも紅葉のように愛らしい少女の掌が、殺意を
孕んだ鎌の嵐を浴びてなお傷1つ浴びず蠢くのはますます以て異様だった。それどころかバルキリースカートは、細い指を

117 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:56:20.98 ID:whd1CIB20.net
無造作に伸ばしただけの掌に掠るたび火花を散らし軌道を歪める。のみならず掠った場所は数cm程度とはいえ確実に斬
り飛ばされ破片を落とす。いつしか斗貴子の突進が早歩きになり遅歩きになりとうとう緩やかな後退に転じたところを見ると、
一撃一撃が尋常ならざる重さのようだ。火花が増える。嚠喨(りゅうりょう)たる音立て地面に落ちる欠片が目に見えて増え
ていく。
 助勢を買って出た秋水もまたもう1本の小豆蝋もどきの戦乱に巻き込まれ停滞する。
 得たりとばかり片えくぼを刻むくの一イオイソゴ。黝黝(ゆうゆう)を極めた黒い笑みには己の忍法に対する絶対の自信が
滲み出ていた。語るは先ほどの続き。人類はホムンクルスに膝折り供物を捧ぐべきという独自の論調。
「どうせ60億もいるんじゃ、何もかも大事大事で抱え込めば……滅ぶよ。増えすぎる、からの。そうなった生物の末路など
常に同じよ。喰う物がなくなり絶滅する。なれば摂理の名の下に、ほむんくるすに喰われればいいではないか」
「飢えの苦しさは知っている……」
 ソードサムライXが少女の両腕を斬り飛ばした。青年の清冽な美貌は残影を描きつつ踏み込んだ。しなる足。剃刀の切れ
味と革鞭の遠心力を併せ持つ足刀に頬を薄く斬られ血煙をたなびかせながら早坂秋水はなおも行く。
「俺と姉さんが扉の前で味わった苦しみ……他者に強いていいとは思わない。だが君の論法に従う道理もまたない」
「ひひっ。戦士としての使命かの? しかし倫理を恃み、命がけで他者の尊厳を守り続けた結果が自滅では格好もつくまい?」
 磁界を展開しつつクルリクルリと旋回し手や足を繰り出すイオイソゴ。何度も彼女を斬ったソードサムライXは、肉片を
振り飛ばしたり焼き尽くしたにもかかわらず、いまやすっかり磁性を帯びている。どうやら肉を除いても磁性自体は蓄積する
──… 恐るべき事実に気付いた頃にはすでに手遅れ、磁力刀と化した武装錬金は、ひとたびイオイソゴが耆著を指で揉む
や磁界に吸われ或いは弾かれる。絶対不利。だが秋水は刀を振るう。
「君たちのやりようは厨(くりや。料理場)に多くの人を閉じ込める。彼らが扉を叩き、助命を願っても、我が身の安全しか考
えられない外の人々は……無視する。君たちが、無視させる。それがどれほど扉の内側で絶望を生むか俺は知っている。
見過ごせない。見過ごせる道理はない」
「ひひっ。糧秣を失くし、同じ種族同士争いあった挙句滅びるよりはまだいいと思うがの? 捕食者は餌を滅ぼさん。だが喰
われぬと驕る人類どもは、利権などという曖昧な物のため幾らでも同族を滅ぼす。ヌシの理想論通り動いてやったところで、
無駄じゃよ無駄。耳塞がなくなった輩どもが、ただ直接手を下すようになるだけ……」
 斗貴子が秋水と合流。両腕を断たれてなお飛んでくる足蹴に手間取ったようだ。後衛の貴信も充填完了。

「肌、国、信仰……わずかでも違えば殺していい。「生きるためなら殺していい、だが相手方を生かすため死んでやる義理は
ない」整った人間独自の食事観……それに涵養(かんよう)、育てられ、助長された手前勝手な思考で種族同士殺し合い、
喰わぬがゆえに疲弊して、徐々に徐々にと滅ぶぐらいなら、まだ上位概念の餌として命繋ぐ方が摂理よ」

「なに。人類の捕食者たるほむんくるすが増えすぎる心配はないよ。まれふぃっくあーす。唯一無二の存在が器を以て復活
すれば、ほむんくるすもまた適度に間引かれるようになる。ひひっ。頂点たる捕食者は単騎に限る。ぞらぞらと増える人間
どもめが天辺たるから色々歪む……」

 嘯く老婆が当然の如く上着総て天空に放り投げ半裸になったのは、背後で蠢く半透明の影あらばこそだ。
「忍法、朱絹もどき。──…」
 踵を返したイオイソゴのまさに童女というべき清純きわまる肩や胸からドス黒い液体が噴き出した。その行く手で上がった
微かな呻き声は何と言うコトであろう、まごうコトなき鐶光の声! 姿を消し、乱戦のさなか不意打ちをせんと目論んだ彼女。
だが見よ。その全身に浴びせかけられた淋漓(りんり)たる暗黒の体液を! 彼女の一部はまだ透明だ。しかし朱絹もどき
たる忍法を浴びせられた部分は頑としてそこにあり見えている! 鳥の異能、羽毛の層への反射を利して姿をくらます光学
の極致もこうなっては形無しだ。如何に周囲と同色になり溶け込もうとその上から着色されれば見えてしまうのも道理。
(かつて根来さんも……忍法で……私にカラスが寄ってくるようにして……透明化を……破りました…………)
 ゆえに警戒はしていた。匂いや体液といった物を飛ばされようとすぐ反応し避けられるように。

118 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:56:51.12 ID:whd1CIB20.net
(ですが……イソゴさんは…………それより速く……反応しました……)
 秋水と斗貴子。鐶でさえ一目置く相手と干戈を交えながら、透明の鐶の不意打ちに超常的な反応を示したのだ。(警戒して
いたのに動けなかった)。愕然たるニワトリ少女に木星の幹部は言う。
「服部半阿弥から伊賀大馬に至るまでおよそ570年……。ひひっ。伊賀甲賀の争忍は数知れずよ。透けられど対処やある。
今のわざはまさしく霞刑部陥落の一翼……殺したのは父御じゃがな」
 ドス黒い体液にまみれたまま凄艶に笑うイオイソゴ。どうやら朱絹もどきのため磁界は解除しているとみえ、秋水や斗貴
子の斬撃が会話中にも関わらず容赦なく体を通る。
 だが血の一滴も出ない。斬撃が通るたび苦患の形相になるのはむしろ秋水と斗貴子たちだ。
「効かんよ。忍法、肉蝋燭もどき……甲賀の蝋涙鬼にも劣らぬと自負する伊賀のわざ。斬り殺したくば……破幻の瞳でも持っ
て来い!!」
 半裸の背中で産毛が逆立ち秋水たちを貫いた。産毛というがそれは一瞬でヤマアラシの針の如く肥大していた。黒い無数の
トゲが剣客たちの肩や脇腹、大腿部を刺し貫き真赤な血を滴らせる。
「忍法、念鬼もどき。──そして」
 辛うじて針を抜き飛び退った秋水たちの間隙を縫い、超新星が飛来する。背を向けていてもやはり直感は働くらしく、先ほ
どと同じく体を曲げて軌道から逸れるイオイソゴ。だが。
(正直……イソゴさんの夢は……どうでもいい……です。お姉ちゃん騙してるし…………お父さんたち殺される前に……
止めてくれなかった……ですし…………。重要なのは…………)
 木星の幹部の胴体が、アルファベットのCのごとく曲がったせいで出来た空隙に鐶は。
 左手を突っ込み……超新星を受け止めた。肉がバチリと避け痛烈な痺れが立ち上る。
(無銘くんのため…………少しでも攻略の糸口……掴む……。それだけ、です……!
 電磁の揺れと雷轟のスパークの中、収縮するエネルギーは鐶の右腕で蘇り!!
「終結の型・破断塵還剣!!」
 握る短剣から伸びる黄金色の長大な刃。咄嗟だったのだろう。磁界が斬撃を阻まんと現れる。だが轟然たる太刀行きは、
既にクロムクレイドルトゥグレイブも磁力をたっぷり帯びているというのに、一切止まらず敵を襲う。
 身を引いたイオイソゴだが肌を薄く斬られる。
(……やった)
(磁界を裂いた! エネルギー攻撃なら突破できるようだ!!)
 傷をちょっと眺めたイオイソゴはニタリと笑った。同時に背中の針や胸の汁が白い肌に吸い込まれた
「ひひっ。演劇を締めくくった秋水めらの技か。確か原案はヌシ……やるのう。しかし」
 ばっと羽毛が舞い散った。蒼いのもあれば翠色のものもある。色素ではなく構造色によって色づく羽根たちは光の加減で
あたかも万華鏡の如く無数の色へと変貌し薄暗いゴーストタウンを輝かせた。
「忍法、鵞毛落としもどき。──」
 あっと秋水は目を剥いた。斗貴子もまた愕然とした。巻き上がる羽根。鐶の羽根。平生は服として感触やわらかく纏わり
ついているそれらがびょうびょうと螺旋を巻きながら吹き荒れて、三者の鼻と口に吸い付いた。……。どうやら先ほど鐶に
浴びせられた墨汁の液体はそれ自体が磁力を帯びているらしい。ベスト、シャツ、スカート……汚穢(おわい)に塗れた部分
がスルスルとほどけていき羽毛になり舞って行く。鐶が身悶えたのは窒息にばかりではない。スカートの右側面がほぼ千切れ
んばかりに破損して白鳥のように白い太ももが付け根まで露出している。上着はみぞおちの辺りまでボロ切れとなり衣服の
用を成していない。ばっと血相変えて三つ編みを肩に跳ね上げたのは右胸を覆う総ての羽毛がばさばさと飛び立ったからだ。
外気に触れた慎ましい膨らみに不死鳥よりも赤くなった鐶は左腕を胸全体に当てる。
 ……という反射的な対応が斗貴子への救援を遅らせた。鐶が三つ編みを跳ね上げた頃、イオイソゴは再び振り返った。
からりんと落ちたのは小瓶。なにやら赤い液体がうっすらとごっている透明の小瓶だ。
 斗貴子は、見た。唇の端から錆びた匂いのする液体を垂らすイオイソゴを。
(何か吹きかけてくる!)
 身を屈めたのは無銘の吸息かまいたちが頭を過ぎったからだ。もしそれがくれば並みの防御では凌げない。だから唇の
射線上から急所を外しつつ後退……判断は誤りではなかった。秋水の襟さえ引いて共に平蜘蛛のように身を屈めた反射
は斗貴子ならではだ。そして地面を弾く。超低空で後方へ疾駆するまで0.1秒とかからぬ早業だ。
 だが……。
(…………!?)

119 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:57:35.74 ID:whd1CIB20.net
 気付く。イオイソゴに起きた劇的な変化に。彼女の肉体の一部の明らかな異常に。
 胸が膨張していた。厳密にいえば右の乳房だけが拳大に膨れ上がり、乳首もまたスモモのようにうっとりと色づいていた。
平坦で色も薄い左とは明らかに違う。ここに来て斗貴子は理解した。転がった小瓶。その内容物の真の利用法に。
(コイツ、胸から何k「忍法、乳房相伝もどき。──」
 少女は、うっすら赤い顔で乳房を絞った。
 真紅の乳が斗貴子の顔面めがけビューっと射出された。いや、真紅だったのは最初だけだ。もどきというだけあり本元
より些か劣る点があるらしく、じょうじょうと放たれる乳は黄赤色から薄橙の甘ったるげな色彩へ変じた。立ち込めるはマン
ゴーの香り。乳とも汁ともつかぬ液体が流れるたび右の乳房がみるみると萎んでいく──。
 しかしまさか乳首から面妖な汁が迸るとは。伊賀の忍者恐るべし。イオイソゴ恐るべし。さしもの斗貴子も虚を突かれたが
そこは戦士、自分にも秋水にも当たらぬよう姿勢を逸らし直撃を避けた(彼はこの技に面白いほど愕然としていた)。
 されどけぶる乳房相伝もどきよ。妖しげな霧と化したそれを斗貴子は吸ってしまった。不覚と責めるなかれ、彼女は先ほど
鵞毛おとしもどきで口と鼻を塞がれ窒息の憂き目に遭っていた。それをどうにか逃れたところで乳房相伝の兆候に気付き、
秋水もろとも反射的に回避を選び、その上であまりに予想外すぎる技の全貌に驚嘆しつつも直撃だけは避けた。酸素供給量
が圧倒的に不足している中で最善手を打ち続けたのだ。動作の終了と共に息を吸うのは当然であり必然だ。むしろイオイソゴ
はその息をつく絶妙なタイミングすら逆算して一連の技を仕掛けたのではないのか? ──
 ともかくも斗貴子は乳房相伝の霧を吸った。吸いながらも秋水を横に突き飛ばし対象外にした辺りまったく戦士の鑑である。
(一体なんなんだあの技は? 毒? それともまったく別の何か?)
(…………。洗脳や……催眠だと……厄介です)
 身を屈めていた斗貴子がゆらりと立ち上がった。敵に操られた彼女との敵対すら覚悟する秋水と鐶の前で彼女は
「うわーん! 気付いたらもう6月もこの上なく終わりじゃないですかあ! 河合荘も一フレもなしで来期どうやって生きろって
いうんですよぉ! ぐすん」
 泣いた。俯いてペソペソ涙を流しながら両目を擦った。しかし秋水に気付くと、女神のような微笑を浮かべた。
「秋水さん。これからは……仲良くしてくださいねっ!」
 秋水と鐶の時間が凍った。そして訪れる破滅のとき。
「ひひっ。忍法、梁針もどき。──」
 秋水の体から無数の銀の針が射出され、貴信を射抜いた。針は肉ごとどろりと溶けて貴信を地面に磔る。
「貴信さん!!」
 駆け寄ろうとした鐶がやおら崩れる。耆著が、白い膝小僧を2つとも穿っていたのだ。
 前のめりに倒れる音楽隊の副長。
 豹変した斗貴子はお淑やかに微笑しながら小首を傾げた。その足首にも耆著が打ち込まれた。彼女はその場にくず
おれた。
「くっ!!」
 秋水は仲間達を見渡す。全員謎の黒い液体によって地面に拘束されている。
(イオイソゴを斃す……? いや! 耆著はエネルギーで破壊できる! 1人1人解放するのが先──…)
 そうはできない。確信したのは、死霊のように真黒な瞳がむき出しの白い歯と共に眼前に迫った瞬間だ。
 敵は一足で間を詰めている! しかも60cmほど上背のある秋水と顔面突き合わせている! 磁力の反発作用か、彼女
はぷかりと浮いていた。
「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
 精神に異常をきたしたとしか思えない不気味な笑いを立てながら迫るイオイソゴ。後ずさっても白い裸身をびっとりと密着
させ耆著を放つ。それを秋水が避けつつ隙を見て斗貴子や貴信たちへ刀や飾り輪を宛がっても……邪魔をする。エネルギー
を流さんとするのに、横合いから手を伸ばし妨害するのだ。
 秋水は。
 刀を無造作に垂らしながら、僅かの間考え込む顔付きをしたが……温存しておいたエネルギーの『大部分』を刀身に纏
わせた。
「ひひっ。やる気かの? しかしヌシまで動けなくなったら……全滅じゃぞ?」
 解放を邪魔している分際でよく言う。そう思いながらも絶対不利の戦いに乗り出すほかないのが実情だ。
(だが逆転の目もある! 奴が流星群や超新星を避けるのは……効く、からだ!)
 加えてイオイソゴの忍法肉蝋燭もどき、斬撃を無効化する忍法のカラクリも読めてきた。

120 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:58:09.94 ID:whd1CIB20.net
(磁性流体! 磁石と液体、両方の性質を併せ持つそれ。それが彼女の特性だ!)
 スピーカーやロケット、宇宙服などに使われる磁性流体。耆著を打ち込まれた物体はそれになる……というのはココまで
見てきた数々の現象(道路、街のオブジェ、仲間の手足)などから明らかだ。
 イオイソゴは自分自身をもその対象にしている。斬られても平然としているのは、一種の単細胞生物よろしく斬られても
磁力によって再生しているからだ。
(つまり!! エネルギーを絡めた斬撃で彼女に埋め込まれている耆著を破壊すれば……ダメージは通る!!)
 乾坤一擲。気合と速度を乗せたエネルギー付加の逆胴がイオイソゴのみぞおちの辺りを、やや深く切り裂いた。かすかな
手応えと共に黒い破片が舞い散り血が流れる。普通の斬撃でそうならなかったのは、斬りつけた際に帯びた磁性が、耆著
と反発し、当たらなかったせいだろう。
(いける!! 身体能力なら俺の方がやや上! どうにか牽制しつつ仲間を解放! それしか──…)
「忍法、おぼろ月もどき。──…」
 何やら念を込めて誦(ず)したイオイソゴ。変化はない。秋水は何度目かの逆胴を振りかぶり。
 わずかだが、硬直した。
 まひろ。
 一子纏わぬまひろの姿をイオイソゴの後ろに幻視したのだ。
 細くも丸い肩。鎖骨の陰影。純真さがウソのようにむっちりと盛り上がった白い膨らみ。豊かな臀部からは想像もつかない
ほどくびれた腹部。細い両足。熱に浮かされたように赤い頬。潤んだ瞳。切なげに顰められた太い眉。
(幻影だ。これは幻影だ)
 相手は乳首から変な汁をぶっ放す変態なのだ。裸の幻影ぐらい見せるだろう。朴念仁といわれるほど”堅い”秋水だから
男子なら本来覚えるべき妄念も好奇も刹那で振りほどきただひたすらに逆胴を叩き込むべく邁進した。
「忍法、弓張月もどき。──」
 なおも何やら誦(ず)する木星の幹部。だが秋水の方が一瞬速い。相手が「弓張月もどき」の「月」を言い終わる頃にはもう
電撃のような一直線を見舞っている。小さな雷が弾け破片が舞う。地面にびしゃりと血液を撒き散らしたイオイソゴ、流石に
それなりの傷を負ったらしく膝を突く。
(この隙に追撃……)
 振り返った瞬間、異様な感触が丹田の辺りから立ち上った。電撃にも似た、もっとおぞましい、脳髄の根幹を直撃する
感覚だった。
 その辺りを見た秋水。我が身に起きた大異変に愕然とした。
 しかし斗貴子や鐶がどうしてそれに気付けよう。倒れてからこっち戦いの行く末を息呑んで見守っていた彼女達だが、ああ
されど彼女達には到底理解できぬ異変なのだそれは!!
 貴信のみが気付き……目を逸らした。「うふっ」と声にならぬ声を漏らし体勢を崩す秋水。貴信は知っている。秋水の身体
機能になんら一切の異常がないコトを。むしろ世間の何割かの男性から見れば健康きわまる状態だ。それは極端な疲労、
或いは睡眠不足のとき起こる現象で、若年層は朝方ほぼ必ず体感する特有の現象だ。
 総ての始まりと言っていい。人類の起源、生命の神秘。ヒトが生まれる意味。永遠。螺旋の宿業。手の好きな殺人鬼です
らモナリザを見れば起こす……奇跡。
 忍法弓張月もどきとはつまり男性機能を活性化させる恐るべき忍法だった。
 健全な青少年たる秋水は絡め取られた。実直で誠実で女性関係に対し清廉すぎるからこそ……囚われた。
(武藤さんで……だと……?)
 不覚。何たる不覚か。その動揺もまた一瞬であったが、イオイソゴはおろか場にいる仲間総てを忘却するほど深く悩ましい
懊悩だった。大事だと思っているからこそ……彼女との関係が世間一般でいう恋愛感情からひどくかけ離れたものだからこそ
青年秋水は僅かの刹那、何もかも忘れ懺悔した。
「ひひ」
 隙を見逃すイオイソゴではない。秋水の足の甲を打ち貫き……仰向けに倒した。
 手から滑り落ちるソードサムライX。そのカン高い音に我を取り戻した頃にはもう遅い。
 両の掌すら打ち貫かれ秋水は。
 地面に磔られていた。そして手の届かぬ場所へ滑っていく……愛刀

「しゅ、秋水さん!! ごごごめんさない、私が、私が非力なばかりに……!!」
 くすん。一昔前の少女マンガのヒロインかというぐらい円らな瞳で涙ぐむ斗貴子。
「あ、鐶さんと貴信さん……! おケガはありませんか? 貴方達に死なれたら、私、生きていけない!」
「イオイソゴ!! 貴様ッ!! 津村に、津村に何をしたアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「何をしたアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! ……です」

121 :永遠の扉:2014/06/28(土) 17:58:42.90 ID:whd1CIB20.net
 秋水と鐶の絶叫。イオイソゴは一瞬気圧された。
「な、何をといわれても、えと、その」
「フザけるな!! 津村が!! 津村が淑やかだと!!! 何をすればこんなコトになるんだ!!」
「そう……です! こんなキレイなの斗貴子さん……じゃ、ない、です!! 戻す、ため、なら!! 断固として、戦う、です!!」
「不気味だと僕も思う!!」
『返すじゃん! おっかないの返す!! 早く!!』
 恐ろしいまでの気迫でがなる一同に幼い老女はとことん辟易したようだ。両手を広げるとアワアワ唾を飛ばした。
「ちょ、ま!! ちいっとばかし仲間の、くらいまっくすの、異常な気質をば、相伝しただけであってな!!」
「……成程。あの下らない喋り方は幹部の、か。次にあったら殺す。絶対に殺す…………!!」
 元に戻った斗貴子は、唇を口の中に引き込み血が出るほど噛んでいた。両目は血走り、ヤクザみたいな笑いに頬とコメ
カミを引き攣らせていた。
 秋水たちは一瞬静まり返り──…
「戻ってきた」「ええ……こうでない、と」「うん。やっぱコレだな」『おっかない! 怖い! でも嬉しいじゃん!!』
 祝福した。
「……釈然としないんだが」
「そうだ。その調子なんだ。津村。君は今のままがいい」
 うんうんうん。全力で頷く鐶・貴信・香美であった。

 イオイソゴは服を着ると……顔に両手を当ててしゃがみ込んだ。
「!? どういうコトだ!? トドメをさせる絶好のチャンスだというのに動かない」
「……。気をつけろ。罠。或いは次の大技のための準備かもしれない」
「いや……単に……脱いだのが恥ずかしい……のでは」
「馬鹿な! 忍者だぞ彼女は! くの一なんだ! 500年以上生きているならそちら方面にも通暁していて然るべき!!)
 
 イオイソゴは両掌の隙間から一同をくるりくるりと見ていたが、やがて耳まで真赤にして……頷く。
「ハァ!? 恥ずかしいのか!? くの一の癖して色仕掛けが恥ずかしいのか!!?」
「中村から聞いたが、金星の幹部はもっとエゲつないコトをしていたそうだが……」
 それに引き換えればイオイソゴなど少し脱いで乳首から妙な汁を飛ばしただけではないか。
「…………もん」
「え?」
「おぼろ月と弓張月も使ってしもーたもん!! じじじ実は毎夜、盗撮した武藤まひろめの裸形を、眠る秋水めに口伝にて
叩き込み、わしがおぼろ月と誦するや否やそれが浮かぶように仕込みはしたが……にょ、女性(にょしょう)の裸を細かく
説明するのどれほど恥ずかしいか分かっておるのか貴様らぁ!!」
「純情か!!」。斗貴子はツッコんだ。
「ゆ、弓張月にいたっては…………」
 秋水をチラリと見たイオイソゴ。目が合うやいなや真赤になり半泣きかつ全力で顔を背けた。どころか背中を向けて黙りこ
くった。
「……そんな恥ずかしがりで……よく…………500年以上…………くの一……できました……ね」
「じゃ、じゃって、初めてが痛くて気持ち悪かったもん……。回数なんて片手に足るかどうかじゃし……」
 口中もにょもにょと呟きつつ小石を蹴るイオイソゴ。さらっと飛び出た爆弾発現は全員聴かなかったコトにする。
「だいたい……体質ゆえに……再生するし……2度目3度目もやっぱり……痛かったし……」
(いい加減黙れ!!)
「一度などは…………その……している最中に……相手喰ったし……」
(カマキリか!!)
「じゃから……恋愛なんて…………あまりしたコトないし……。父御が手ぇ速いと聞いてたから……身持ち堅くしたし」
 聞きもしないのに余計なコトをいう。強いが残念なくの一だった。
「う、うぅ。胸見られてしもうた……。お嫁にいけん……。いけんぞこれは……」
(落胆している……)
(夢なんだ! お嫁さんになるの!)
「でででもでも! ぐれいじんぐが言うんじゃよ!! 『くの一なら淫らな事しなきゃ駄目』と!! じゃ、じゃったら、恥ずかしく
ても、ぬ、脱ぐほか……ない……じゃろ?」
 当惑しきった様子でじっと一座を見るイオイソゴはただの童女の目つきだった。
 されど武装錬金には一切の弛緩がない。秋水たちを地面に縫いとめたままだ。

 貴信は、思う。
(元々、木星は質量が足らなかったため太陽になり損ねた星!!)
 木星の大気成分のうち主な物は太陽同様……水素とヘリウム。現在の80倍の質量があれば、中核部の温度が3〜400
万℃に達し、軽水素による核融合が発生、恒星化すると言われている。
(レティクルにおける『太陽』は盟主!! イオイソゴは彼に次ぐ実力者と見るべき!!)

122 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:00:58.12 ID:whd1CIB20.net
 太陽になり損ねたといっても太陽系中最大の惑星なのだ。質量だけでも地球のおよそ317倍。体積に至っては約1321倍。
占星術では「拡大と発展の星」とされ、別名「グレーター・ベネフィック(大吉星)」「天のサンタクロース」。陰陽道では、化身
たる大歳神が居る「その年の干支と同じ」方角は吉方位とされている(但し、木気……草木を断つと凶方位になる)。錬金術
では「錫」の星とされ、銀や水銀に次いで金に近い。ギリシャではゼウスと同一視。

 これまでの戦いを振り返り、改めて思う。

(強い……!! そのうえ僕たちの能力を調べ抜いている……!!)
 忍びらしい慎重さというか。一座の中で一枚劣る貴信と香美の能力さえ、彼女は調べつくしていた。
(手の内を知られている以上、どんな連携をしても……見抜かれてしまう!!)
 しかも忍法を使う。技の冴えは無銘にも劣らない。そのうえくの一ならではの色香をも操る。本人は羞恥に染まっているが、
技量自体は非常に高い水準だ。もっとも端的に言えば、秋水にまひろの裸体を吹き込む暇があるならば、いっそ枕頭首を刎
ねればよかったのではないか。──。貴信にはわからぬ忍びゆえの拘りがあるのだろう。

「忍法たくさん使ったからお腹へった」

 見た目相応のあどけない様子で両手をだらりと前に垂らし呟くイオイソゴ。
 服を着なおした時、新たに巻いたのか。首には真赤なスカーフがある。側頭部にも細い髪の束。ヘアゴムか何かでくくった
らしく、幼い、コケティッシュな風貌に合っていた。さらに手甲。彼女はすっかりくの一然だ。

(まだだ)
(まだ手はある筈……!)
 酸化鉄やマグネタイトなどの磁性超微粒子(粒子径およそ10ナノメートル)、水・炭化水素系油と言ったベース液、それから
界面活性剤の3つからなる磁性コロイド溶液、それこそが磁性流体だ。
 通常ならば磁石を近づけない限り磁化しないこの溶液が秋水たちの手足をドロリと溶かし地面にへばりつけているのは、
他ならぬ耆著そのものが帯びた磁力あらばこその現象だろう。付記すれば残磁性を持たぬ磁性流体と化したイオイソゴが
斬られてなおソードサムライXに磁力を残しているのは妙といえば妙な話だ。ヒステリシス(履歴効果)。極限まで強められ
飽和した磁化は、弱めようとしてもなかなか弱まらないものなのだ。ただ磁性流体にそういう現象はない。ないにも関わらず
発効しているのはやはり錬金術なる超常の産物、武装錬金ゆえの例外か。
 ともかく秋水たちは動けない。四肢はもはや溶接されたごとく地面にびとりと張り付き動かない。
 いやしかしそもそも耆著はエネルギー攻撃で破砕しうるものではなかったか。鐶は既に左掌に刺さったものを破壊し、見事
元の状態を取り戻しているではないか。貴信とて鐶ともども道路にひしめく磁場と耆著を超新星にて壊したではないか。
 だが鐶は首を振る。
(ガス欠……です。もともと私の超新星は……貴信さんたちの体の構造……特異体質で真似た……だけ……です)
 本家本元に比べれば変換効率はすこぶる悪い。もとより莫大な膂力と引き換えに、五倍速の老化で細胞が常に消摩し
続けている鐶だ。そのうえ代謝を物理的な破壊エネルギーに換算するとなれば消耗は更に激しくなる。加えて鐶は強く、
無数の鳥の能力をも習得している。彼女に及ばぬからこそ、超新星などの星の技ひとつに絞って長年特化し続けてきた貴
信たちだ。しかもどちらか表に出ていない方が、体内を流れるエネルギーを調整している。道路を焼き焦がすほどの星の
技を体内に流して無事なのは、外に出す瞬間変電しているからだ。鐶にはそういう芸はできない。ただ放つだけだ。それで
も1年ほど前あったころよりは改善しているが(貴信との初対面時、不用意に真似て両腕がほぼ全損した)。

 貴信もまた消耗しきっていた。
(もともと僕の星の技は、物体から取り出したエネルギーを『貴信ぶくろ』に蓄積してから行うものなんだ!)
 されどイオイソゴは一切の吸収を許さなかった。自分からも……秋水たちからも。兆候あらば悉く阻んだ。
 ゆえに貴信はやむなく自前の生体エネルギーを使っている。絶好調時でも3発が限度だ。
 だが。
(やられた……!! 鐶副長を飛び立たせるために僕と鐶副長は道路を撃った! 耆著を打ち込まれ、磁場と化した道路を
超新星で焼き尽くした! だがそれはイオイソゴの思惑通りだったんだ!!)
 逃げるためには磁場を吹き飛ばされなければならなかった。だが結果をいえばやっと飛びたてるという瞬間、妨害に遭い
押し留められた。つまり無駄撃ちさせられたのだ。それから2発、超新星を撃った。弾切れだ。

123 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:01:28.55 ID:whd1CIB20.net
(なんのために……!? もちろん今のような場面のためにだ!! 手足に耆著を打ち込まれ動けなくなった状態から、
星の技を発動!! 敵の武装錬金を壊し逃げるといった最善手をできなくするため──…)
 イオイソゴは道路を磁場にし、貴信に撃たせ、生命力を燃料にするほかない彼に更なる減衰をもたらしたのだ。

(…………)
 エネルギー。それを蓄積できる筈の秋水は動かない。尽きたのか、それとも。

(もしあたしが……ぶそーれんきん、使えたら…………!!)
 香美は歯噛みしていた。貴信が囚われているのに何もできない状況が悔しかった。斗貴子や秋水という「なんか面白い」
連中も苦悶の形相で地面をのたくっている。鐶という大事な仲間はとっくに全力を尽くしている。
(あたしだけが……なーんもできとらんじゃん)
 武装錬金なんて興味がなかった。核鉄を発動するという、理解しがたい行為を強要されるのは嫌だった。根はネコなのだ。
気乗りしないコトはしたくない。貴信や小札の説得で何度かやってはみたが、何も起こらなかった。
 そもそも動物型の香美が本当に武装錬金を発動できるのか?
(論拠ならある)
 貴信は剛太から聞いている。
 香美がやる夫社長の能力により「アダーガ(剣槍盾)」に変形したコトを。他の被害者達が自らの武装錬金になったのを考
えると……アダーガ、なのだろう。香美の武装錬金は。
(7年前、香美は一度だけそれを使ったようだ! 形までは分からなかったけど、デッドの奇襲を……防いだんだ!)

── 足元から吐き散らかされた100の筒はもう、致命的な間合いにいた。むしろ爆発より早くそれを見れたコト自体、奇跡の
──ような出来事だった。

── 煙が晴れた瞬間香美が現れた。

── 彼女は、無傷だった。
── 手の甲を口の前に出す独特の構えのまま、激しく息をついてはいるが、その姿に爆発痕を認めるコトはできなかった。
── 服は煤けているが分解された跡はない。

── (まさか)

── (動物型が……武装錬金を…………?)

 ハイテンションワイヤーはまだ握られている。手首こそ磔刑の憂き目だが、掌じたいはまだ動く。
 首を回し貴信と換わる。
(かくがね! ご主人のぶそーれんきん解除してあたしがリキ込めたら、ひょっとしたら……)
(ひひっ。使うがいい)
 いまだ貴信が鎖分銅を手にできているのは、木星の老婆の失策ではない。
(ヌシらの中でもっとも不確定なのは栴檀香美……でっどやでぃぷれすが執心してやまぬ貴様よ)
 奴は香美の能力をも暴き、対処を練るつもりだ。斗貴子たちは即座に理解したが止めるコトはできなかった。
 賭ける他ない、そんな状況を作り出したイオイソゴ、まったく老獪という他ない。


「でぃだーん! ちぇすちぇすちぇす!」
「!?」
 急に拳を突き上げて目を不等号に細めるイオイソゴに貴信は瞠目した。
 視線を感じた彼女は、ご飯食べるときの儀式じゃと元気よく答えた。
 表情は大変に明るい。先ほどまでの獰悪な幹部の表情は微塵もない。
(そういえばさっきお饅頭を食べていたな!! また何か携帯食を食べるのだろう!!)
 イオイソゴは短い手足を、ピクニックへいく学童のように溌剌と振って歩いていく。
「がおらお! がおらお!!」
 何を食べるか分からないが、よほど楽しみらしい。童女特有の高く柔らかい声で可愛らしくさえずりながら歩いていく。
「つかそれあたしのパクリじゃん!! がおらお!! がおらお!!」
 対抗するように吼える──ちなみに原曲はショーに来た子供を泣かしたコトで有名だ──香美を無視して、イオイソゴは。

 仰向けに横たわる秋水の前に立って一言。

「ごはん!!」

「「「「!!!!!!!!!?」」」」

124 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:01:58.95 ID:whd1CIB20.net
 秋水を除く全員が驚愕した。ごはん。そう朗らかに言い放った彼女は明らかに秋水を指差している。

「わしは見め麗しい男子が大好きなのじゃ! 銀成の学び舎で一目見た時から喰いたいと思っておって、そろそろ我慢、
我慢できないのじゃ……」

 照れ照れと笑いながら涎をたらすイオイソゴ。幼い面頬は一種恍惚としている。変調。老獪な幹部とも、無邪気な童女と
も違う顔付きにいまだ動けぬ斗貴子たちは言葉も忘れただ見入った。
(あの顔……。発情期の雌犬の淫猥さと好物のハンバーグの焼きあがる様を今か今かと眺める小学2年生の期待感が
入り混じったようなあの顔……!!)
 へあへあと息を荒くしながら身を屈め秋水に跨って行く幼い老婆。瞳は限りない悦楽を期待しつつも、これから犯す罪業
と羞悪を予期したのか緊張に震えている。低い鼻がじっとりと汗に濡れ、熱い息を吐いていく。
「んんっ……!?」
 腰を落としたイオイソゴは目を丸くして軽く痙攣した。黒いタイツ(に見える鎖帷子)越しの太ももに、弓張月の効能、いま
だ雄然と聳立(しょうりつ)する小秋水が触れたと見え、少女は顔どころか首筋まで真赤にした。真赤になりつつも足はその
場に固定したまま上体をたくましい胸板めがけ降ろしていく。自らの引き起こした現象とはいえ、「色事は恥ずかしい」と先
ほど暴露した奇妙なくの一、蛍石のように鮮やかな髪を時おりさらさらと跳ね上げては後ろを振り返り振り返り太ももの位置
を返るが、そのたび何か激越たる変化を秋水がもたらすらしい。身を震わせ、鼻にかかった甘い声を漏らしては動きを止め、
現状維持に甘んじている。
 いっそ跨るのをやめればいいではないか。立ち、歩き、首の近くに横座りしても喰えるではないか。果たして跨るコトに異議
はあるのか。両手足を磁性流体にされ、ソードサムライXさえイオイソゴの背後遥か彼方に飛ばされた無手の秋水相手なのだ、
イニシアチブを取る体勢など他に幾らでもあるのではないのか。
「あるのじゃ……。あるのじゃ……。胸を裂いて腹を割いて好きなところへ……んっ……、こ、こら、莫迦……動くでないぞ……。
手当たり次第に手を伸ばして食べるのが……やっ……逞し………んはぁ……、手当たり次第に……掴みとって喰らうは……
かかる姿勢を於いて他には……あああ!? ま、ますます大……かかる姿勢以外、ないのじゃ……」
 熱に浮かされるように両目を真赤にし、時おり絹を裂くような悲鳴をあげつつ、秋水の上体で妖しくくねる黒ブレザーの少女。
喰うに最適の姿勢であるコトは何となく分かったが、しかしどうにも不合理だ。弓張月の効能はもはや彼女に害しかもたらして
いないのだ。なれば喰う前に解除すればいいではないか。解除できぬ何らかの自由があるにしても、もはや身動きできぬ秋水、
心臓に耆著でも打ち込み血液循環を終焉に導けば、大生命の濫觴(らんしょう。始まり)たる小秋水も鎮まるのではないか。
(なんだこの状況……)
(あ、あれほど頭が回るイオイソゴが)
(なんか、あほになっとるじゃん!)
(性よ……いえ、食欲の虜で…………判断力を……失っている……の……では)
 一体どうなってしまうのか。頬をうっすら染めてガン見する鐶の視線の先で、イオイソゴがまた艶かしい声をあげた。
(健全……です。これは食事なの……です。イソゴさん500歳以上だから…………犯罪じゃ……ない……です。ダイケンゼン
……来るな……です)
「き、きさま……いい加減、んっ、いい加減収まらぬか…………」
(いやだから解除すべきなんじゃ!! 弓張月とかいう忍法!!)
「あっ…………」
 白い顎をかくりと跳ね上げた彼女の手から耆著がころころと転がり落ちた。秋水は相変わらずの鉄面皮だが、矯正を上
げさせるほど質量と硬度を保っている訳だから、見ようによっては滑稽だ。忍法の対象でなければ社会的倫理が彼を抹殺
しにかかるだろう。
 とうとうイオイソゴは刺激に耐えかねたのか上体を跳ね上げ、スルスルと秋水大腿部を伝って後退した。
 そして山脈を俯瞰すると、両目を見開きたまりかねたように顔を逸らした。だが恐る恐ると視線を戻し、生唾を飲み
「わ、我が忍法とはいえこしゃくな……い、致し方ない」
 決然と呟き、袴の裾に白く小さな手を伸ばす。表情たるや血の池地獄から上がってきたように赤く、凄まじい恐怖と羞恥
をも湛えている。
「こ、こうなったら……」
(こうなったら!!?)
 一同が戦慄し、秋水さえわずかに表情を強張らせた瞬間、それは来た。


 ディプレスたちの後方30m。

「追いついた!!」

125 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:02:44.85 ID:whd1CIB20.net
 しゃっと地面を滑りながら合流した無銘を剛太は意外そうな目で見た。
「遅ぇっつーか鐶と一緒じゃねーってのはつまり先輩たちやっぱり」
 拘束されている。状況を手短に説明した無銘。その鼻先を神火飛鴉や空気弾が掠めた。桜花は平然と囁く。
「こっちはあと一息ってところよ」
 前方では相変わらず毒島が撹乱を行っている。その回あって後発の追跡組たちがここまで距離を詰めたという。
「あとは早坂秋水たちが追いつくかどうかだ」
 やきもきしながらチラチラと振り返る無銘。その横で剛太は淡々と呟いた。

「アイツなら、まあ、うまくやるんじゃないの?」
「?」
「俺はアイツから剣術について色々教わった。けどそれだけじゃねェってコトだ」



 喘ぎながら秋水の袴を下げんとするイオイソゴの背後で。

 それまで横たわっていたソードサムライXが光を帯びた。


 数日前。寄宿舎管理人室の地下で。

「モーターギアの操作方法を教えて欲しい?」
 秋水の妙な申し出に剛太は眉を顰めていた。
「お前なに言ってんだよ。いや別に剣術教えられっぱなしなのも癪だし、どうしてもっていうなら教えてやらなくもねェけど、
けどお前の武装錬金……刀だろ。エネルギー吸って溜めて放つだけの武器じゃねェか」
 なのにモーターギアの操作──速度、角度、回転数を生体電流にて事前にインプットするアレだ──を教えろ、秋水は
そう言い出したのである。
「シークレットトレイル」
「はい?」
「君なら既に知っていると思うが、真・鶉隠れ。あれもどうやら操作を予め入力する武装錬金のようだ」
 そういえば。剛太は思い出す。音楽隊との戦いで秋水もそれを使っていたコトを。
「飛刀。突飛だが利点はある。そもそも総角の使う飛天御剣流にも鞘から刀を飛ばす抜刀術があるという。無銘によれば
御庭番衆の御頭も小太刀でそれをしたらしい」
「あー。つまりアレか? お前は敵(レティクル)に対抗するため新しい技が欲しい。そこで古流にもあり、根来だって使って
る飛刀に目をつけた」
 ところがソードサムライXではどうもうまく行かない。だから武装錬金の操作に長けた俺に話を……そういうと美剣士は頷
いた。
「君が入力に使う生体電流もまたエネルギーの一種だ。時間差での発動……事前入力……その糸口を掴むには、君の
話を聞くのが一番いいと判断した」
「まあ、そうなるだろうな。先輩のは速攻だし、小札とかのは毛色違いすぎるし」
「協力してもらえるか?」
 生真面目で面白味のない様子に剛太は露骨に顔をしかめ豊かな髪をこね回した。やっぱ性格合わない……思いながら、
答えた、
「しつけェな。言っただろ。教えられっぱなしはカッコ悪ぃ。大して難しいコトでもなし、教えてやるよモーターギアの操作」
「感謝する」
「別に。てめェのためじゃねえよ。先輩に自慢するため。……それだけ」

 鋭いくせに要領が悪い。若者なら誰でも知っている概念を知らない。そのくせ妙に教養があり大人びている。
 まったく正反対で、齟齬だらけの秋水。
 覚えが悪いときはがなり、指導以上の成果を出せば感服し、武装錬金の素人らしい無茶な発案に大笑いし、失敗あらば
自身の技術向上のため先輩のためと言い聞かせつつ親身になって応対し──…


 秋水は、言った。

「自由自在でなくてもいい」

「ただ」

「弾き飛ばされ、敵の慮外に行った頃に」

126 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:04:07.04 ID:whd1CIB20.net
「時間差でエネルギーを放出し」

 ソードサムライXの飾り輪から放出されたそれが刀を浮かせた。

「空を飛び、敵を後ろから貫く」

 無音で浮いた刀はイオイソゴめがけ飛んでいく。


 同刻。剛太。

「細かい方向の調整まではまだ無理だ。狭い場所とか、とにかく敵への軌道が限定された場所じゃなきゃあ早坂の新技、
まず届かねえだろうな」
(軌道が……限定? まさか!!)
 無銘は息を呑んだ。先ほどチラリと見た地面。鐶さえ引き落とした不可解な力。


 刀は飛ぶ。ただ推力を得ただけの尾翼なき刀が明確に、確実にイオイソゴめがけ……飛ぶ。


(……磁力!!)
(刀は磁性を帯びている! イオイソゴも同様だ!!)
(幸運にも切先が引き合う”極”! 大まかな方向さえ合えば吸いつけられるのは当然!!)
 それは起死回生の一手だった! 戦士側に残された最後の希望だった。イオイソゴは食欲に囚われている。隙を穿つ
盤外からの一手を叩き込むにはこれ以上ない格好の機会だった!(エネルギーは超新星から。毒羽との連携直後吸収)


(……当たってくれ。これが外れれば手段はなくなる)


 相変わらずの鉄面皮の秋水。その足にまたがるイオイソゴは袴を前に逡巡している。
 刀はそのうなじギリギリに達し──…


 血しぶきが散った。




「ぐ……あ……」
 呻きが漏れた。刀が刺さった声の主は、信じられないとばかり顔を歪め天を睨んだ。
 血が、染みていく。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 白い胴着に染みていく

「やる……の」
 恐慌しきった様子で息を吐きながらイオイソゴ。髪は乱れに乱れている。顔にべっとりと貼り付けているのは緊張性の発汗
ばかりではない。血だ。血が頬を濡らしている。頬ばかりだけでなく首も朱に染まっている。いや、傷は首だけだ。そこから溢
れた血が顔を汚したらしい。
「そーどさむらいX……手にせねば「えねるぎー」を放出できんと見たが誤りよ……。触れれば放出できる……。なれば時間
差をおくよう命ずるのも可能の筈……。ひひっ……。長短の差こそあれ原理は同じ……けして荒唐無稽ではない……」
「ぐっ」
 豊かな髪を振り乱し俯く凄艶なるイオイソゴ。彼女の両手は指の間に耆著を満載したきり氷結している。にも関わらず……
刀は沈む! 秋水の肩口でずブり、ずブりと不気味な音を立てながら沈んでいく! その茎(なかご)を見よ。血と汗に湿る
艶めかしい髪が絡みつき蠕動しているではないか。
「忍法、念鬼もどき。体毛のみならず髪をも操る忍法よ。ひひっ。全身これ磁性流体……磁力を以て髪をば操るのも可能。
思わぬ磁力の到来……背後から来る刀の気配を髪で察知し掴んだが……予想外の速度……よもや首を斬られるとは、の」
 激しくせき込む木星。その口から血の泡があふれ白い歯を汚した。
(秋水最後の切り札が……)

127 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:05:20.45 ID:whd1CIB20.net
(破られた…………!!
(いまので、隙だらけだったあいつがまたなんか、油断ならん感じになったじゃん……!)
 ひひっ。あどけない老中的魔女は笑った。刀はなおも雷を纏い秋水を焼く……。
「やれやれ。このイオイソ=キシャク、戦歴にかけて油断侮り仕損じはないと自負しておるが、食欲絡まば貪婪紊乱(どんらん
びんらん)むさぼり乱れる獣と化すが難点よ。足止めの任は果たした。そろそろ潮時、かの」
 ヌッと身を上げかけたイオイソゴ。秋水の肩が激しく震え斬り裂かれたのはその時だ。
 血しぶきが飛んだ。その一珠が、今は度を取り戻し峻厳たる顔つきの若き老女の口に入った。
「…………」
 イオイソゴの黒豆のように大きな瞳が一瞬あまく蕩けた。視線がチラリと秋水を捉え、未練に染まった。
「殺していかないのか?」
「えっ、た、食べていいって事……いや違う!! ええい惑うなよわし!!」
 はっ。戦士一同からの疑惑の眼差しを浴びたイオイソゴは大慌てで首を振った。
「こ! 心得え違いをするでないぞ!! そもそもが秋水を食べたいという先ほどのあれは演技、そう、演技なのじゃ!! 
あの淫らな感じとて、秋水めの隠し玉を誘引するがための芝居であって、じゃから、じゃからべべべ別に、血が口に入って
おいしくて、じゃからお肉どんな味って気になったとかじゃ……ないんじゃっ!!」
 白目になって四方八方の秋水たちめがけ首振り扇風機で弁明するイオイソゴ。有能だが食欲の前ではぽんこつらしい。
「……どうやらリバースたちもだが、俺たちを殺さないよう仰せつかっているようだな」
 肩口からの出血がないかのごとく平然と語る秋水に、イオイソゴは頷く。先ほど潮時だといった彼女が留まっているのは、
傷から覗く彼の肉に目を奪われているからだ。やはり食べたいという欲求、すぐには収まらないらしい。
 しばらく彼女は彼方を眺め、更に秋水に視線を戻し、また彼方を……と落ち着きなくキョロキョロしていたが、さながら告白
に臨む清純な少女のごとく頬を赤らめ生唾を呑んだ。

「お肉……食べたい……」

(あいつまだ秋水を!!)
「ぶ、ぶそーれんきん!!」
 野性ゆえ敵の食欲が本物だと察したのか。香美は核鉄を手に叫んだ。だが何も出ない。香美は……失意と、自らの怒り
に顔をゆがめながら同じ言葉を叫ぶ。
「出るじゃん!! このままじゃ、白ネコ、ぎゃーするじゃん!!」
(香美……)
 貴信はみた。彼女の心象風景を。
 赤い筒に甚振られる恐怖。漆黒の中、訳も分からず爆破を浴び続けた記憶。暖かくて、明るくて、楽しいコトばかりだと
思っていた世界から、突如として押しつけられた悪意。ひたすらに寂しく、ひたすらに悲しく……痛く苦しい、絶望。ふさふさ
の尾を吹き飛ばされた時の苦患。絶叫。恐れていたからこそ、忌み嫌っていたからこそ閉じていた香美の記憶の蓋が、
秋水の危殆を前に吹き飛び貴信の脳髄へ流れ込む。
(あんなの……あんなの…………や!! 誰にも味あわせたくない! ご主人にもあやちゃんにももりもりにも、きゅーびにも、
光ふくちょーにも、おっかないのにも銀ピカにも……白ネコと、他いろいろと……垂れ目にも……!!!)
 震えが止まらない香美。本能のまま核鉄を握る。発動した記憶はない。だが本能は告げる、可能性を。貴信を守った時
のような精神ならば…………絶対に出せると。
「ぶそーれんきん」。叫ぶ。何もでない。再び唱える。反応はない。三度。……動かない。
「なんで……なんで出ないのさ……!! 出てよ!! 出る!!」
 フラッシュバックも相まって、涙でぐしゃぐしゃになり鼻水さえ垂らす香美。答える者はいない……。

 香美が半ば狂乱する中、イオイソゴは厳然と告げる。
「早坂秋水。これよりヌシを始末する」
 ひひっ。低い鼻をこするとそこから黒々とした笑みが広がった。
「主命は足止め……じゃが、手筈違い行き違いなど戦場(いくさば)に付きもの……誤って殺したとあらば盟主様も笑って許
そう。これも忠誠心あらばこその叛意よ。そもそもヌシ(秋水)は盟主様にとって不吉すぎる存在よ」
 むろん半分ほどは食べたいがための方便だろう。一種究極の美形たる秋水に垂涎し、一度は断とうとした未練が、血の
味によって一層激しく燃え上がり、いよいよ制御不能になった失態を、彼女は忠誠心うんぬんのそれらしい大儀にすり替え、
私欲を満たさんとしたのだ。言い訳までいちいち老獪である。
 だが残り半分は恐らく心からの言葉……忠臣であるが故の懊悩、主君を案じたにも関わらず突っぱねられた進言を、今
ここで実行せんという雰囲気、「咎められようと後顧の憂いを断つ」という覚悟から……。

128 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:05:50.95 ID:whd1CIB20.net
 だが残り半分は恐らく心からの言葉……忠臣であるが故の懊悩、主君を案じたにも関わらず突っぱねられた進言を、今
ここで実行せんという雰囲気、「咎められようと後顧の憂いを断つ」という覚悟から……。
 秋水はそういう『ニオイ』を感じた。故に……喋喋を、要す。
「……。俺が盟主にとって不吉すぎる、か。それはどういう意味だ?」
 もはや相手は俎上の鯉、語る位はいいだろう、喰えそうで喰えない微妙な間合いを楽しむのもまた乙……そういう顔でイ
オイソゴは舌舐めずりをした。鮮やかな紅色の下が桜色の唇にねっとりと唾液をまぶす。その匂いはマンゴー。足を跨ぎ
やや淫猥な構図で見下しつつ汗ばむ少女の肢体からも同じ甘ったるい匂いがして、秋水は、忍法弓張月が身体に惹起し
た甘美なる異変とも相まって、少しばかり頭がくらくらとした。
「知らんのか? ヌシの持つ23番の核鉄。これの前の持ち主こそ……我らが盟主」
「何っ!?」
 いまだ身を貫き生体エネルギーの黄金雷を爆ぜさせるソードサムライX!
 よもやその元たる核鉄が敵の首魁の所有物だったとは!!!
「馬鹿な! 俺の核鉄はL・X・E所有の……!」
 取ったのじゃよ、蝶野爆爵めが盟主様から……うっとりと眼を細め囁くイオイソゴ。

──「惑 え !」

──山に叫びが木霊する。
──プラチナホワイトの光がぶわりと密集し、金髪の男を襲う。
──彼は爆爵を認めると、一瞬、信じられないという顔をしたがすぐさま煌く光の虜囚となり、意味
──不明の絶叫を数度発すると頭を抱えて昏倒した。


──数分後。
──激しい虚脱に息をつきつつ、爆爵は辺りに散らばる核鉄を拾い集めた。
──数は2つ。中央に刻まれているシリアルナンバーは、LXI(61)とXXII(22)。
──加えて、爆爵が発動したLXX(70)と金髪の男が握りしめていたXXIII(23)。

──奇しくも100年後の銀成市において爆爵の玄孫や早坂姉弟が駆使する核鉄である。


──特に、XXIII(23)の核鉄を持つ秋水は、後年、因果の凄まじさを知るが──…


──爆爵は知る由もなく、ただ無造作に懐へ仕舞い、金髪の男の息が無いのを確認した。
──途中、視線が止まる。男の胸元には認識票があった。

──「MELSTEEN=BLADE (メルスティーン=ブレイド)」

「かくて、めるすてぃーん様の核鉄は爆爵めの物となり、遂には早坂秋水、ヌシの手に渡った」
「…………」
「その核鉄を以てかの総角主税を斃したヌシ。わしが不吉を感ずるはそこよ。嫌な因果じゃ。まったく盟主様にとって不吉極
まる。何故なら総角主税は、盟主様の──…」
「クローン、だからか」
 返答は来ない。代わりに凄惨な捕食者の顔が目に入った。
「ひひっ。おしゃべりが過ぎたわ。そろそろ貴様を……食べる!」
 やや声を弾ませて、先ほど同様身を倒していくイオイソゴ。
 森閑たるビル街。白昼のそこは少女が青年を喰い殺さんとする魔界と化した。
「……?」
 異変に気付いたのは、イオイソゴ。彼女は秋水の胸板に向かっていた顔を止め、フと左右を見渡した。
 辺りは、静まり返っていた。
 だからこそ木星の幹部は……気付く。

 香美の声がしない。

 先ほどまで惑乱し、武装錬金の掛け声を上げ続けていた彼女の声が……消えている!!

「どうした? 俺を喰わないのか?」
 眼下で粛然と呟く秋水。その双眸に宿る、玉鋼を鍛え上げたような清冽たる輝きを見た瞬間、戦歴500年のイオイソゴ
の直感が、思考や欲求とは無関係に振顫(しんせん)した。

129 :永遠の扉:2014/06/28(土) 18:07:37.01 ID:whd1CIB20.net
(声がない!? 香美めが諦めたのか!? いや! 彼奴はでっどを揺らがせ、でぃぷれすさえも情に絡め取ったではな
いか!! 野性ゆえ徳の持ち主!! 仲間の危機を前に諦める筈がない!!)
 イオイソゴは周囲を確認し終わると愕然とした。

 斗貴子がいない。鐶もいない。むろん渦中の人物たる香美もいない。貴信の亡失は二心同体を考えれば必然だ。

(よもやあやつ! )

(武 装 錬 金 を 発 動 し 仲 間 を 助 け た ?)

 いや。内心の、戦歴のみが形成した、脊髄のように乾いて思慮を要さぬもう1人のイオイソゴが厳然と呟く。
 ……。戦いにおいて正答を言い当てるコトはほぼ不可能だ。だからイオイソゴは常にマージンを取って戦っている。秋水
たちに「手数を読み切った」と評されたのはそのせいだ。
 調べ、予測し、少しばかりの予想外があっても対応できるよう、一種茫洋、形状さだかならぬ正しく磁性流体がごとき基本
指針を以て難事に当たってきた。ブレイクの言葉を借りれば、対敵の”枠”が十分整っているのだ。点や線どころか、その
遥か行く面積的な解釈を以て敵を包囲する。
 だから読まれていると秋水たちが感じたのは一種の錯覚だ。イオイソゴ、何もかも予想している訳ではなかった。ただ彼
らの肯綮(こうけい。要点)が発揮できぬ土壌を作り引き込んだだけだ。
 そういう戦いをしてきただけに、彼女は知っている。
「逆転を許す戦い」が、どれほど残酷かを。事前の予想を、丹精込めて整えた土壌をいつだって平気で覆すのだ。
 そして……逆転された後、誰しもが言うのだ。
「前以て予見できたコトだ。なのに何故できなかった」。
 誰しもが昔に対しては神なのだ。神になって、覆水の前で頭を抱えた経験などイオイソゴには幾らでもある。
 逆転とはつまり、予想を覆す癖に、振り返れば兆候だらけという矛盾が呼び込むものなのだ。

 ゆえにイオイソゴ=キシャクは頭上を見て、叫ぶ。

「ここは廃びるの街! ごーすとたうん!!」

 叫びとともに秋水が薄い水色のスパークに呑まれて消えた。ソードサムライXもエネルギーを迸らせ主人に続く。
 消えた敵。消えた刀。だがイオイソゴには構うヒマもない。

 全身をとろかせながらマンホールめがけ飛ぶ!

 同時に……声がした。
 何もかも終幕に導く、狂騒を孕んだ声が。


「喰らえ!! 五千百度の炎!! ブレイブオブグローリー!!!」

 イオイソゴの頭上から……焼夷弾がゆっくりとだが落ちてきた。
 熱風を迸らせながら、取り壊し予定のビルのガラスを割っていくナパームが、上に乗っている火渡赤馬とともに炎と化し、
イオイソゴに纏わりつくまでさほど時間はかからなかった。

(熱っ!! くっ!! 火渡!! そういえば奴は劇終了後こちらに向かう手筈!! マズい! 熱いぞ! 磁性流体といえ
ど五千百度に直撃されれば蒸発する!!)
 骨すら炭になりそうな獄炎の中、万が一の逃走経路にと耆著を撃ちこんでおいたマンホールが宙を飛んだ。その中に逃げ
込んだイオイソゴ、果てなく地下に伸びる円柱の内側に耆著を撃ちまくって加速する。
(磁力操作!! あとは地下深く逃れれば生存は確実──…)

「星間塵よ!! 戮力を阻め!!!」

 叫びと共に、地上を漂っていたソードサムライXのエネルギーが、無数の光の粒と化し、イオイソゴのいる下水道めがけ雪
崩れ込んだ。

「ひひ。貴信か! 奇襲もまた予測済みよ。多少の攻撃など突っ切るのみ!!」

 うにょうみょとイソギンチャクのように枝分かれした木星は星間塵の隙間悉くすり抜けて飛んでいく。轟然と飛んだ彼女は
まさに粒が光の瞬きと化すほど遠くにの地下へ遂に降り立ち──… 

130 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/28(土) 18:08:38.59 ID:whd1CIB20.net
 一気に、引き戻された。

「何っ!?」

 粒たちすら轟然と通り過ぎ、鉄さえ赤い液体と化す地上の地獄へ放り出されたイオイソゴは気付く。

(磁力にも勝る力!!? 自然原則的に言ってそれは1つ! ただ1つではないか!!)


 亜空間の中で、貴信は、思う。隣には……根来。斗貴子と秋水、鐶も居る。
(もりもりさんは言った。エネルギーを扱い僕の可能性を。ハイテンションワイヤーで抜き出したエネルギー。運動や熱、原初
的な”正にそのもの”……様々なエネルギーを体内で自在に作り変えてきた僕の……可能性を)

 あるエネルギーは散弾となり、あるエネルギーは情報となり読み込まれる。道路を抉り焼き焦がす超新星の原料とまったく
同じものが、人を癒す星の光にも成り得る。それは鎖分銅の特性ではない。貴信の武装錬金はあくまでエネルギーを調達す
る手段に過ぎない。

 では何故貴信はエネルギーを変換できるのか? 爆破エネルギーが散弾にも超新星にもなる。人を殺すために放たれた
ビーム、殺意を孕んだ斬撃の運動エネルギー……それらを渾然一体と練成し人を癒す力にするコトもできる。1つのエネル
ギーが無数に分岐し、無数のエネルギーがただ1つへ収束する「一は全なり、全は一なり」。その源泉は……何なのか?

(磁力……電磁気力を超えるぱわー! 『強い力』!!)

(……もりもりさんは、小札氏のお兄さんのコト暴露したあの日の夜、少しだけ昔の話をした。7年前僕たちが遭遇した『ミッ
ドナイトの屍部下』……彼らの素性を)

(ぬかった! 『強い力』! 総角めは知っているではないか!! その有数の使い手を!)

(『獅子王びすとばい=いんこむ』!! 彼奴と総角は10年前、同輩じゃった!!)


(僕は面識などない! だがもりもりさんは彼を語り! 可能性を……示唆した! 『強い力』! 獅子王にこそ遠く及ばない
が、僕にもそれを扱える可能性があると!!)

 イオイソゴは充分警戒していた。貴信という、本人でさえ秋水・斗貴子・鐶・無銘に劣ると是認している戦力でさえ決して見縊っ
たりはしなかった。むしろ唯一自分を打破しうるエネルギー攻撃の基点として、或いはジョーカー的な香美を目覚めさせる更なる
切り札として……最大限警戒してきた。超新星を無駄撃ちさせたのもその現れだ。

(じゃがまさか……びすとばいの力に!! 我らが復活させんと画策する『まれふぃっくあーす』! その僕(しもべ)が1人の
領域に覚醒しようとは!!! まずい!! 炎が!! なる! なってしまう! 昼寝睾丸斎に……なってしまう!!!)



 高層ビル3棟。中層ビル45棟。低層ビル38棟。その他家屋等29棟。


 半径500mに犇めいていた栄光の残滓たちを灰燼と化しドス黒いクレーターを作り上げた五千百度の炎の中に。

 イオイソゴ=キシャクというくの一が呑まれ──…

 やがて影すら見えなくなった。



以上ここまで。

131 :ふら〜り:2014/06/29(日) 09:18:08.41 ID:E4nboqA70.net
>>スターダストさん
エロありグロあり、また秋水の主人公らしい逆転の一手(不発みたいなもんですが)あり、盛り沢山
でした。次回の香美の活躍も楽しみ。にしても今回はいわゆる「薄い本が厚くなる」ってやつですねえ。
これが商業作品なら、さぞイオ攻で秋水受……いや、この場の全員受か。の本が続出したことでしょう。

132 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:33:55.04 ID:n3E7Ndhj0.net
 養護施設。

 職員達を襲撃した金髪にピアスという怪物……通称キンパくんは大の字になって気絶していた。
「さすがねごっ……いえ、戦士・根来……」
 千歳は感服していた。途中相手が異形ながらも人間と気付いた後は手加減せざるを得なかったが──敵はどうやらそこ
まで見越して差し向けたらしい──それでも危なげなく勝った。
(そしてねごっちーは火渡と合流。戦士・斗貴子たちの元へ向かった)
 ヘリにて他1名の戦士ともども現地に。入れ替わりでヘリから鈴木震洋が降り立ちいまは救助者達の対応に当たっている。

 千歳はずっとヘルメスドライブを凝視している。
 映し出されるのはディプレスたちへの追跡行。囚われているのはヴィクトリアだからいつでも傍に翔べるがしかし敵は予測
済みだろう。魔人にも匹敵する幹部5名は千歳が来れば得たりとばかり迎撃する。そのさいヘルメスドライブないしは本人が
回復不能な打撃を受ければ救出の可能性は限りなくゼロに近づく。
(戦士・毒島たちが隙を作ってくれるまで待機ね)
 千歳はただ、時を待つ。


 ゴーストタウン。

 黒い地平で稲光が瞬くや空間が裂けた。現れたのは秋水たち足止組と根来忍。その付近にてかねてより煙草を吸い佇んで
いた火渡は苛立たしげに舌打ちをした。
「クソッタレ。まさかホムンクルスの助けを借りるとはな。気にいらねえ」
 相変わらずギラついた男だ。面識のある斗貴子と秋水は嘆息した。前者は敵として、後者はヴィクター討伐隊として接したコト
があるが、まったくツリ目に太眉、肉食獣のような牙と顎という凶悪な面相にそぐわぬ粗暴極まる男というのがその時の印象だ。
(確か……ねごっちー氏や毒島氏といった再殺部隊を束ねる長!)
(……難儀な…………人たち……奇兵を…………力づくで押さえ込むというのも……納得です…………)
(なんか声いい! 好きじゃん! 豪快にチェンジしそうじゃん!!)
 でも何かあの月のオバケに似とるじゃん声、香美が漏らすと秋水たちは「そうか?」と首を捻った。まったく別モノではないか。
「あたし! あいつになんかしんぱしーじゃん! ぶらきおさうるす位しんぱしーじゃん!」
「なんでブラキオサウルス……」
 斗貴子が呆れていると、火渡はますます不機嫌に顔を歪め総髪を掻き毟った。
「オイ根来!! ホムンクルスの力借りる羽目になったのはテメエのせいだぞ!! テメエが津村ども、わざわざ亜空間に
引っ張り込むの待ったせいで下らねえ事になりやがった!! 今後こいつらがまた足引っ張ったら連帯責任だ、テメエも
殺す!!」
 凶悪な顔で根来の胸倉掴み迫る彼。斗貴子たちは嘆息した。
(いつも思うが戦士というよりホムンクルスの形相だな)
(これで戦士長なんだからな……。臨時で大戦士長代行も務めている)
 根来は相変わらずの白っ面にのっぺりとした無表情を浮かべながら淡々と返す。
「まだ今後の戦力として期待できるゆえ助けただけのコト……」
「あ? あの新米相手に円山囮に使って殺しかけた奴が何をいいやがる」
 まったくだ。現場に居合わせた斗貴子も頷いた。根来といえば冷徹非情、勝利のためなら手段を選ばぬ男ではなかったか。
(……千歳さんとコンビを組んだ頃から、少し心情が変わったようだな)
 或いはそれより前。「戦友はいるか?」という問い掛けた剛太への敗亡をして、持たざるゆえの弱みに気付いたか。……
不鮮明だがとにかく事実は根来が足止組を全員助けた、その一時だ。
(もしねごっちーが亜空間に俺たちを引きずり込まなければ)
(私たちは火渡戦士長の武装錬金で全滅していた)
 ぞっとする最期だ。敵ならいざ知らず味方に焼き殺される。あり得ぬコトだが斗貴子は実際一回五千百度を体感している。
防人が身を挺して助けなければ今ごろカズキや剛太ともども泉下の人だったろう。
 根来も危険性は認識しているらしく、冷然と目を細めた。
「敵ごと焼き殺すのは戦団全体の勝利を遠ざける……」
 こうなるともう何も通じないのは交流ゆえに理解してるらしく、火渡は乱雑に胸倉を振りほどき盛大な舌打ちをした。
「津村どもはともかく音楽隊の方はどうせ老頭児助けた後始末するんだ。ここらで2〜3匹チョチョイと片付けたって問題ねェ
だろうが」
 ふて腐れた表情で彼方を見る火渡。そもそも銀成駐留の戦士たちに音楽隊の監視を丸投げしたのは彼である。
(7年前、彼もまたホムンクルスのせいで赤銅島壊滅の憂き目に遭っている。だから音楽隊との共闘はとても許容できない
のだろう)

133 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:34:42.43 ID:n3E7Ndhj0.net
 防人や千歳がある程度割り切っている方がそもそも奇跡なのだ。感情論だけいえば火渡の方が正しい。
(私も概ね同意だ)。斗貴子も思う。ここまで銀成側でただ1人、共闘に異を唱え、端々で警戒し続けてきたのは、やはり
7年前の件、首謀者に真一文字の傷を付けられた記憶あらばこそだ。……もっとも鐶に対し先ほどやや軟化した態度を
見せたように、或いは総角に九頭龍閃の教授を乞うたように、憎悪との折り合い、戦士としての在り様を見つめなおした頃
から少しずつではあるが殺意一辺倒から脱しつつもある。だがやはり今はまだ、指摘されれば本人は頑なに否定するだろ
う。本質的にはやはり音楽隊は敵なのだ。

 とにかく秋水は根来の出現に気付いていた。イオイソゴが食欲について弁明している頃、実は彼が忍者刀をわずかだが
亜空間から出した。秋水はそれに気付いた。
 根来が来ている。……。かつて秋水が鐶に破れた後、彼女らを奇襲した根来だ。そのとき彼は総角の反撃に遭い、核鉄
を持ち帰るのがやっとだった。ゆえに救出されず地下空間に置いていかれた秋水だからこそ、イオイソゴ相手に無策で全員
救助する困難さを直感した。根来もその辺りの機微は理解していたのだろう、だから彼に忍者刀を見せた。

(ゆえに俺は)

──秋水の肩が激しく震え斬り裂かれたのはその時だ。
──血しぶきが飛んだ。その一珠が、今は度を取り戻し峻厳たる顔つきの若き老女の口に入った。

 貫かれている肩を敢えて動かし、血を味あわせ、消えかけた食欲の炎を再燃させた。
 再燃させ、秋水しか見えなくしたのだ。忍びが朴訥たる秋水に欺かれるというのはなかなか皮肉だが、騙される者ほど
往々にしてつまらぬコトで騙し返されるのもまた真理。
 信頼と機転。のちに斗貴子でさえ瞠目する阿吽の呼吸だが秋水自身に過信はない。

(根来はああいう土壇場の機微だけ当てにする男ではない。来た時点で幹部打倒の方策……既に練り終えていたと見るべき)
 方策は何か? 火渡だ。もうとっくに答えは出ているが、では何故秋水が火渡と根来の合流を察知できたのか?
 論拠は以下のとおりだ。

 追跡と足止にかかる戦力を差っ引けば、銀成で根来以外に期待できる純粋戦闘力は防人だけだ。だが裏返しを、リバー
スには危うく破られかけ、ディプレスには分解された彼に必勝を期さないのが根来だ。一種の信頼や敬意こそ置いているよ
うだが──演劇途中の千歳たちとの語らいで秋水はつくづくと痛感した──だからこそ過剰な期待は寄せない。過剰な、
感情的な期待は時として寄せられた方をも滅ぼすのだ。根来はしない。
 なら彼が幹部を打倒しうるとみなすのは?
 火渡しかいない。
 ……秋水に確証をもたらしたのは『時間』だ。演劇が終わり次第合流する……そう言い放った火渡との合流時間はとうに
過ぎていた。ならば来る。どこで秋水たちが足止めされているかなど桜花たちがとっくに連絡済みだろう。火力こそあるが
速度はない火渡が、追跡組と足止組、どちらに乱入しドヤしつけるか明白だ。
 従って、足止めという任務の特性上、1つ所に留まざるを得ないイオイソゴは容易く捕捉された。
 そして根来が来た。来たという事実そのものが既に攻撃の予告なのだ。
 火渡の武装錬金は、周囲500mを最大瞬間温度五千百度で焼き尽くす戦団最強の焼夷弾だ。投下されればイオイソゴ
ごと秋水たちは蒸発するだろう。
 だから根来が来た。炎の及ばぬ亜空間へ物体を引き込める根来が。逆説的にいえば全員回収は……攻撃予告。

──「早坂秋水。これよりヌシを始末する」

──「主命は足止め……じゃが、手筈違い行き違いなど戦場(いくさば)に付きもの……誤って殺したとあらば盟主様も笑って許
──そう。これも忠誠心あらばこその叛意よ。そもそもヌシ(秋水)は盟主様にとって不吉すぎる存在よ」

 食欲に駆られたイオイソゴが、忠誠を誓う盟主への自己弁護じみた言い訳を滔滔と並べ立てた少し後。

 斗貴子が亜空間に埋没した。引き込んだのは灰色の網だ。どうやら根来の髪で編みこまれているらしいそれは、彼女だ
けを引き込んだ。即ち、拘束する磁性流体、耆著という異物はものの見事に排莢し、追放した。

(むろん亜空間埋没には音が伴う。だが幸運にもその頃、栴檀香美が叫び続けていた)
(……だから……かき消され……ました……)
 とはいえ食欲さえ目が眩まなければあらゆる手数を読み切るイオイソゴだ。何もしなければ恐らく気付かれただろう。
 だからこそ、秋水は。敵の注意を一層自分に引き付けるべく。

134 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:36:47.17 ID:n3E7Ndhj0.net
──「……。俺が盟主にとって不吉すぎる、か。それはどういう意味だ?」

 語りかけた。それはただ漠然と話を促した訳ではない。裏づけは……あった。
 イオイソゴの機微、戦歴500年ゆえの完成度……忍びの忍びたる所以に賭けたのだ。
(ソードサムライXの飛刀さえ破られた以上、俺にはもうそれしか残されていなかった)

──忠臣であるが故の懊悩、主君を案じたにも関わらず突っぱねられた進言を、今ここで実行せんという雰囲気、「咎めら
──れようと後顧の憂いを断つ」という覚悟から……。
── 秋水はそういう『ニオイ』を感じた。故に……喋喋を、要す。

 果たして彼女はまんまと嵌った! 食欲に対する揺らぎ、盟主への忠誠心、絶対有利という確信、それらが渾然一体と
なった陶酔感に浸るイオイソゴは、迂闊にも戦歴で遥か劣る秋水の口車に乗ってしまった! ああ戦歴500年ゆえの人間
的油断!! ただなる剣客、調べによれば総角や鐶、ムーンフェイスといった連中に欺かれ続けれた秋水が、よりにもよっ
て自分を謀ろうとは思ってもみなかった! 俎上の鯉、それがよもや破滅に導く毒を吐いていようとは!!
 果たして斗貴子は埋没した! 音を香美の叫びにかき消された上、注意を秋水に向けているとなればさしものイオイソゴ
でも気付けない!! 
 敵に逃げられ、最大攻撃のカウントが1つ減ったにも関わらず、彼女は滑稽にも長広舌へ及んでしまった! 不覚不覚、
まさに一世一代の大不覚!!

──「知らんのか? ヌシの持つ23番の核鉄。これの前の持ち主こそ……我らが盟主」
──「何っ!?」

 秋水の驚嘆の4割ほどは本心からだ。だが残り6割は、相手の慢心を加速させるための演技である。忘れてはならない、
幹部達と戦う直前、かれが何に全力を注いでいたか。演技など、お手の物だ。万事うまく行っていると思っている相手に、
望みどおりの動きを見せれば喰らいつくのは剣道で体感済み。
 即ち、得意満面で驚愕の事実とやらを持ち出したイオイソゴに驚いてみせるコトこそあの状況における秋水の最善手であ
り、且つ、何よりの攻めだった。結果、意識はかれのみに集中。……根来は気取られるコトなく鐶を回収した。

──「馬鹿な! 俺の核鉄はL・X・E所有の……!」

 渾身の演技に「取ったのじゃよ、蝶野爆爵めが盟主様から……」などとイオイソゴがうっとりと眼を細める頃、香美が回収。

 さすが無声となれば前述のとおりイオイソゴが気付いたが、その頃には既にもう網が秋水に絡み付いていた。

(奴は根来が来た瞬間、まるで示し合わせたように撤退を決めていた)

──「食欲絡まば貪婪紊乱(どんらんびんらん)むさぼり乱れる獣と化すが難点よ。足止めの任は果たした。そろそろ潮時、かの」

 それは恐るべき直感だった。戦歴500年ゆえの何か神がかり的な警告が頭蓋の奥で響いたに違いない。
 正解だった。火渡はもうすぐ近くに迫っていた。カウントを進める根来さえ付近にいた。
 血しぶきを飛ばした瞬間の秋水でさえ、「実は根来の存在……気付かれているのではないか」と肝を冷やした。

 しかるに撤退宣言はただ神がかっているだけの偶然だった。以後の一連の流れを見れば到底気付いていたとは思えない。
でなければ幾らイオイソゴといえど食欲優先で留まらなかっただろう。

(言い換えれば、あのタイミングで彼女が撤退していれば、炎に焼かれるコトはまずなかった)

 老獪さ故の直感を信じ、秋水の小ざかしい誘引と演技を無視していれば、戦団最強攻撃力に巻き込まれるコトなく逃走
できたのだ。そして火渡と合流した秋水たちを奇襲! 再び己の得意とする領分に誘い込めたのだろう。

 秋水はそういう予想ができた。できたからこそ、決着をつけるべく策動した。
 戦う動機はつまりイオイソゴと同じだった。『後顧の憂いを断つ』。結果、食欲に惑わされていない分わずかに純度が高い
秋水の動機が……勝った。

 げに恐るべきは食欲である。忍びとは人の欲に付け込み操る生き物。
 イオイソゴが逆にそれをやられ、結果炎に呑まれたのは皮肉という他ない。

(……秋水もまた成長しているようだ)
 騙され続けたからこそ、騙す要諦を身に刻んだのだろう。

135 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:37:18.88 ID:n3E7Ndhj0.net
 それが剣道の機微、武術者としての新境地の開拓と相まって指数関数的な伸びを見せている。
 演劇もいい影響を与えた。しかも秋水は桜花の弟。
(存外、腹黒いコトをもやってのけるかも知れないな。いいたかないが元信奉者だし)
 斗貴子は感嘆の吐息をついた。演劇終了からこっち幹部相手に見せている鋭さや揺らぎの無さに頼もしさを覚えた。


(……結局…………ぶそーれんきん……出せんかったじゃん)
 香美は肩を落としていた。武装錬金など興味はなかった。意味も分からぬ自分に発動を強要する総角や防人には内心
イライラしてもいた。本質はネコなのだ。気の向かない芸は絶対しない。貴信が窘めるから仕方なく付き合っていたが、や
はり身が入らないゆえの上達のなさ、いつまで経っても変化が起こらない故の悪循環に陥りひどい厭倦に囚われていた。
 結果が、今だ。
 頭はあまり良くなく、でも元気いっぱいだから、先ほどまで火渡の声に騒いでいたが、純粋ゆえに武装錬金を思い出すと
急激なる青菜に塩だ。
 もし根来が来なければ、自分のせいで、秋水たちに、かつて自らが味わった恐ろしい思いをさせてしまっていたのではな
いか……。寒気に細い体をかき抱き震える。それは根源的な危機感だ。7年前の加虐によって刻み込まれた高所と暗所と
狭所への恐怖をも上回る……原初の恐怖。死屍累々。雨音。凍えのなか鳴き続けた創世の記憶。当時は分からなかったそ
の意味が、今の香美には分かるのだ。武装錬金を使えないというコトはつまりその記憶なのだ。ネコゆえうまくは説明できない
が、自分が、武装錬金を発動できず終わるコトは、他者を雨と凍えの闇に永遠に置き去る行為なのは理解できた。
(……寒い。寒いのは……嫌じゃん。怖い)
 震えは…………いつかと同じように。
 同じ声に、暖かさに解きほぐされる。
(焦らなくていい)
 貴信の声。ああ。香美は安堵した。凍えて、何も分からなくなった時……彼はずっと傍に居てくれた気がする。
 そっと手が動き、香美のそれを握った。思い出す。『あの時も前足を、ずっと』。それだけで香美は前向きになれた。
(必要性を感じたのなら! お前なら絶対できる!! 自信を持っていい!!)
(……うん)
 はにかみながら頷く。貴信が、ご主人が言ってくれるなら……いつか絶対できる気がした。
 その感情を察したのか、貴信は心の中で呼びかける。
(実はお前の武装錬金の名前、7年前から既に決めている!!)
(なになに。どんな名前なのさご主人?)
(僕と同系統で、子ネコ時代のお前の種類にも引っ掛けてある。その名も──…)


「いやー、しかし焼けた焼けた。あはははは」
 クレーターの前でパンパンと手を叩き笑う戦士が居た。野生的だが香美的な獣感より野戦に特化したショートカットの持ち
主で、真赤なベレー帽をちょこりと被っている。年のころは二十歳前後。袖のない黒いインナーにダボダボの迷彩ズボンと
いう服装は、軍人というよりヒマな大学生が軍隊コスプレをしているような感じだった。
「誰……ですか…………?」
 鐶が首を傾げると、斗貴子ががくりとうなだれた。
「ええ。ええ〜〜〜〜〜?」
 首だけを謎の女性に向け、心底嫌そうな顔を向けるセーラー服美少女戦士(配信もうすぐですね)に「おや」と秋水は瞬き。
「知り合いなのか?」
「訓練生だった頃からの……先輩だが……。なんでいるんですか……。前線行くんじゃなかったんですか……?」
 女性はケタケタ笑いながらパタパタ手招き、「それがね奥さん、もっと実戦向きの人たちが回されちゃったのダヨ」と言った。


「殺陣師盥(たてし・たらい)?」
 変わった名前だと秋水は思った。本人は火渡の傍で手を垂直にグルグル回している。未だくすぶる噴煙の──半径500
mの僅かな外、焼け溶け損ねたビル群から漂っているらしい──熱風が秋水たちに迫ってくる。どうやらヘリが降下中のよう
だ。
「いろいろ世話になっているし、一度は訓練中、ヤケを起こしたせいで暴走したバルキリースカートから身を挺して守って貰って
もいる。人当たりはいいし、頼れる人だ」
 と評する癖に斗貴子の歯切れは妙に悪い。なぜだろう。訝る秋水の肩が後ろからグイと引かれた。
「のっほっほー。チミが噂の「伝説の美剣士・愛ゆえに戦う男」かなっ!!」

136 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:37:49.29 ID:n3E7Ndhj0.net
 声を聞いた瞬間だいたい分かった。小札の訳の分からなさに鐶のマイペースをブチ込んで香美の意味不明の勢いを着火
すれば大体こんな感じだった。要するにまひろ級の闇鍋で、つまり秋水の最も苦手なタイプだった。(なお、弓張月などの忍法
および磁力効果は、イオイソゴが炎に消えると同時に解除された。秋水はホッとしている。先ほどの策謀は見事だが、当時
の身体的状況、弓張月による勃興現象を鑑みるとどうにも格好つかないものがある)
「早坂秋水です」
「ムッ。さてはお前抜刀斎じゃないな! 大陸帰りのシスコンだなっ!! おのれおのれ顔面に神経浮かべて二段ジャンプ
しようとはふてえ輩だな反省しろ!!!」
「意味が分かりません……」
 汗をまぶしながら答える。斗貴子の落胆が言葉ではなく心で理解できた。
 くいくいと袖が引かれた。美人だが親しみやすい顔付きの女性が唇を尖らせている。
「ねーねー。斗貴子の介、九頭龍閃はおろか天翔龍閃習得したヨ? 秋水の介は覚えないの狂経脈。前世そんなカンジだ
よカンジだよ、ラスボス相手に狂経脈逆胴叩き込む日はいつか殺陣師サンにレポート5枚書いて提出したまえ!!」
「…………」
 何から何まで理解不能だった。ぐにゃぐにゃ歪みながら秋水に擦り寄る殺陣師。
「虎伏絶刀勢でも可! てか倭刀術つ〜か〜お〜う〜YO〜」
「オイ殺陣師!! ヘリちゃんと誘導しやがれ!!」
 あーい。ぐなぐなと手を振るった殺陣師の傍を小さな光の粒が通り過ぎた。
 先ほどの貴信の星間塵の残りだろう。ショートヘアーの尖った部分を揺らしながら振り返った殺陣師、急に静かになった。
そして粒が消えるまでただじっと眺めていた。
「どうかしましたか?」
「……ちょっと懐かしくて」
「?」
 何が? 秋水が聴こうとした瞬間、火渡の怒声が後ろから炸裂した。謝りながら駆け寄っていく殺陣師。機が削がれた。

 よく分からない女性だな。それがやがて戦火の中で別れる彼女に対する第一印象だった。

 数分後。

 UH−1H/J。多用途ヘリコプターの中で戦士一同は座っていた。

 遠ざかっていくゴーストタウン。空に登ってなお視認できる巨大な火渡のクレーターには全員が身震いする思いだ。
「しかし……イオイソゴ。奴は本当に死んだのか?」
 あ。不機嫌そうに目を細める火渡。出し抜けに実力を疑われれば誰だって怒るだろう。
「いえ、火渡戦士長の火力を疑っている訳ではありませんが、敵も重々承知している筈」
 避ける術ぐらい用意しているのではないか……というのが斗貴子の具申。
「貴信。たしか特訓中に聞いたが、君の星間塵、あの効果は」
「強い力……。簡単に言えば強力な引力と斥力を操る。戮力……分子結合の力を奪い、地下のイオイソゴを吸い寄せ、更
に地上の火渡戦士長の業火めがけ弾き飛ばしたんだ!!」
 更に地下へ行けぬ様、斥力を張り続けたとも貴信は言う。
「完璧に決まっていれば……絶対……斃せている筈…………ですが」
 はて。鐶は少し腑に落ちないものを感じた。何かは分からないが
『うーーん。なんか、なんか忘れてる気がするじゃん』
 香美も同感らしく難しい声。
「まーまー、今は合流が先だヨ。剛太の介たちとの合流」



 追跡組。

「ちぃ!!!」
 ディプレスは舌打ちしていた。毒島、桜花、剛太。彼らの連携攻撃を避けたまでは良かった。だが避けきった瞬間、翼が
無数の鳥の雛に内側から食い破られた。
「敵対特性。本来は3分で自動発動だが……改善した! 3分経過もしくは対象へ充分に行き渡った後ならば、任意での
発動が可能!!」
 ただし50m圏内に近づく必要があるが……呟きながらローラースケートのような忍具(根来から演劇の最中貰った)を
駆り迫ってくる無銘をディプレスは血走った目で睨んだ。
(しくったぜ!! さっき津村に章印切り裂かれた後! 俺は兵馬俑に殴られた!!)

137 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:38:31.27 ID:n3E7Ndhj0.net
──「光ちゃん光ちゃん、バンダナもいいけどたまには他の帽子もどう? というかこれからショッピング行かない? ね? ね? ね?」
──「人が死に掛けてる時のん気に義妹誘ってんじゃねええええええええええええええええええええええ!!!」
── 決定打を与えたのは兵馬俑だった。頭上で組んだ拳で以て殴打した。
──「7年前の借り。返させて貰ったぞ」

(あのとき敵対特性の鱗! 既に俺の中に入っていたのかよ!!)
 グレイズィングを恨む。
(クソ! 治癒可能にも関わらず何で気付かなかったんだよ! とんだ医療ミスじゃねえかああ憂鬱!!)

 そして、切札は、動く。

 小札のロッドが金色に輝き始めた。
(おお。コレが噂の)
(『7色目・禁断の技』!!)
 御前と桜花が目を見張る中、ロバ少女は金色の炎に炙られていく。おさげが輝かしい燐粉と共に舞い上がり、たなびき始
めた。瞑目する小札に「綺麗だ。神秘的なのだ」と見惚れたのは誰あろう鳩尾無銘。

(後事を託して下さいましたもりもりさんの為に──…)

(過去を越えんと懸命に生きるヴィクトリアどのの為に──…)

 小札零は戛然と目を見開き……叫ぶ!!

「今、この声が君の心に届いてるなら!!」

 杖が舞い飛び天蓋の彼方、太陽の中で弾け飛ぶ。銀、赤、青、緑、白、黒……絢爛たる6色に変ずる無限のプリズムが
世界めがけ放射状に拡散した。空は飲まれ雲は散った。全天全周を驀進する遊色の波濤があらゆる彩度を反転させ──
やがて──、総ては──、虚空へ──、変ずる!

(天変地異かよ!!)

 俄かに暗くなった世界を剛太はただ呆然と眺め回した。

 そして。

 空間が。

 砕ける。

 余剰次元方向からきたる緑色の紐無限本が、現実世界のあらゆる映像を鏡面叩き割るかのように湧出し張り巡った。
幾何学の世界。三次元のあらゆる要素を網羅するグリッド線が那由他の正方形をもたらした。

 いつしか一同とディプレスたちの間からは建物という建物が消えうせた。黒と緑のみが支配する電脳的な空間の中、ディプ
レスは意地を賭け旋回し……小札めがけ神火飛鴉を放つ。リバースも空気弾を乱射し、クライマックスは40体近くの飛行
人形を遣わす。

(全力攻撃!!)
(今まで彼らは手加減していたんだわ!!)
(マズい!! ロバに当たったら──…)

 小札零は迫り来る脅威をただ静かに一瞥。やがて手を前へかざし……厳かに唱える。

「次元矯枉(きょうおう)モード……ゴールドマイン」

 燃え盛る翡翠と化した少女の五指から放たれた金の柱が神火飛鴉を砕き、無料大数の弾丸総て水平に斬り裂いた。
 人形達の饗宴は真空偏極の天の川と化し…………幹部達を包囲する。

 剛太はただ乾いた笑いを浮かべるしかない。包囲網が何らかの攻撃をするならまだ納得もできた。だが……しないのだ。
ただ明度を地上最大に跳ね上げたマリーゴールド色の天の川がくるくると幹部達の周りを周回しているだけなのだ。

138 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:39:09.35 ID:n3E7Ndhj0.net
 にも関わらず彼ら総ての解像度がジジリと爆ぜて、虚ろな、あやふやな、幽霊よりも幽玄な異質へ置き換わっていく!

(なんなんだよこの技。なんなんだ……)

 禁断の技とは聞いている。だがせいぜい火渡のような破壊力甚大の攻撃だとばかり思っていた。だがいざ目の当たりに
するとどうだろう。破壊という概念すら超越している。にも関わらず幹部達は苦悶の声をあげ震えるのだ。中央に囚われた
ヴィクトリアは首を傾げつつも平然としているのに、ブレイクもリバースもディプレスもクライマックスもグレイズィングも、大
苦患の絶叫を口から迸らせるのだ。よく分からないが理解を超えた絶対的な法則が作用しているのは明らかだった。


 小札の背後にもう1つの影があるのを桜花は確かに見た。実況好きのマジシャン少女に似た、しかし雰囲気はまったく
正反対の……『ベールの少女』を。


 そして逆算され戻る世界。


「!!!」

 ヴィクトリアが目を剥いたのは、千歳の顔が間近にあったからだ。天地逆さに吊り下がった彼女は手を差し伸べていた。
周囲取り巻く幹部たちから助けるには上方向しかなかった。彼らは虚脱している。ヴィクトリアを掴んでいたグレイズィング
の手も緩んでいる。人質の少女はそれを振りほどき、千歳の掌を握り──…


 ヘルメスドライブ起動。2人の影が掻き消える。



 我に返ったディプレスを見舞ったのは危難であった。ビル! それが眼前に迫っている!! 背中の幹部達は虚脱状態、
直進すれば激突の衝撃で放り出されるだろう。
(落下程度じゃ死なねえが! 戦士どもが狙っている! 空中で身動きできねえグレイズィングに一斉攻撃ぐらいするだろ!
ビル! 分解して突っ切……なっ!? 神火飛鴉が出ない!? 小札の技の後遺症か!!? )
 旋回しようにも体もまた動かない。迫るビル。視界の片隅に映る戦士と音楽隊は各々の武器を構えている。幹部が1人でも
投げ出されれば集中砲火が向くだろう。
(舐めやがって!! 俺が取りこぼすと見くびりやがって!!!) 
 ディプレス=シンカヒアは小者である。弱者を甚振るコトはできても、強者にはまるで歯が立たない。卑劣で、自堕落で、
無気力で、他者の足を引くコトしか念頭にない、見本のような小者である。
 だが。
(仲間ァ見殺しにしてみろ!! ますます蔑まれ小馬鹿にされるだろうが!!!)
 小者にも小者なりの意地がある。残る力を振り絞り水平軸を轟然と回転。舞い上がる仲間達を胸に抱え翼で覆った。同時
に凄まじい衝撃が走る。ビルに激突したのだ。錬金術製でないため致命傷にはならないが、それでも小型飛行機並みの激突
だ、肺腑が圧搾され耐えがたい窒息に見舞われた。更に戦士たちは矢や戦輪、銅拍子といった飛び道具をここぞとばかり
投擲する。
 敵対特性に見舞われていた翼から力が抜ける。クライマックスの顔が露出した。放って置けば攻撃は彼女にも及ぶだろう。
そして冥王星の幹部は……正直大した戦力ではない。無気力が告げる。痛い思いをして守ってやっても何にもならない、
翼が痛いんだろ、大人しく下げろ、そういう生き方だっただろう……と。
(ザケんな……!!)
 血走った目で第二波を見ながら、思う。
「こちとら秋水のせいでヘタれて鬱抱えまくってんだよ!!! 情けねえ!! ああ情けねえともさ!! だがそんな情けねえ
俺にだって矜持ぐらい……あんだよ!! 弱者は甚振るし出し抜くし弄ぶ!!! そこだきゃあぜってえ……諦めねえ!! 
敵の力量が俺より劣る限りはぜってえぜってえ諦めねえ!!! 嘲け笑うぜ! 諦めねえ!!」
 翼を強引に持ち直す。ググっという無理のある行動はしかし、迫る矢から黒縁メガネのアラサーの顔をしっかりと守った。
 毒島が飛翔し可燃性ガスを浴びせかける。それは猛毒をも含んでおり、火矢で炎上するディプレスの全身をおぞましい紫
色に蝕んだ。
「ハッ!! どうした毒島ァ!! それが最強か!! 俺ぁまだ生きてるし他の幹部にゃ達してもいねえ!! 撃てよ!! 
桜花に剛太に無銘!! ほかの幹部の喰い残しどもが!! ここぞとばかり好きなだけ撃ってみな!! 他の幹部にゃ
ぜってえ通させねえ!! 出し抜かれるなんざまっぴら御免だ!! 耐えてやる!! 我慢ならねえ!!」
 百本の矢が刺さろうが戦輪が苛烈に掠ろうが銅拍子で足を切断しようが、小者は大きなクチバシを開けて、笑う、笑う、
笑う。決して仲間への親愛のためそうしているのではない。ただの……虚勢だ。見下されたくないばかりに身の丈に合わぬ
行動を選択し、勝手に滅びの道を辿っている。

139 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:39:58.84 ID:n3E7Ndhj0.net
 やがて意識を手放した彼が、それでも幹部達を抱えたまま落ち始めた時……。

「ひひっ。ようやったでぃぷれす! 貴様のお陰で我が悲願ついに成る!!」

 円を重ねた特殊な磁場がビルの麓から巻き上がり、ハシビロコウの落下速度が緩和した。

「!! この声!! イオイソゴか!!?」
 憤然たる無銘の声に答えるように、羽根の間から黒い塊がベっと吐き出され人の形になった。
「おうともよ。正真正銘のわし……。もっとも肉は朋輩から大分失敬したがの。ひひっ」
 ありえない。そういう声が毒島から上がった。遥か後方で秋水たちを足止めしているはずの彼女が何故ココに?
「まさか……秋水クンたち…………全滅…………?」
 キョトリと瞬きした稚い老婆は口の端をいかにも狡猾そうに歪めた。無銘との距離、およそ8m。
「いんや。黒白でいうならわしこそ黒よ。ひひっ。ぶれいずおぶぐろーりー、貴信めの思わぬ覚醒にて正に死ぬほど浴びせら
れたわ」
「だったら何故生きてるんだよ!! 戦団最強の攻撃力を受けて! なんで俺達に追いつけるんだよ!」
「そこじゃよ」。彼女は楽しげに指差した。
「まず若人よ。ヌシゃ問題の根本をそもそも履き違えておる。わしは『追いついた』のではない。『秋水たちめを足止めし始め
た時から既にぐれいじんぐ達と同行していた』……じゃよ」
 不可解な物言いだ。そもそもイオイソゴは、グレイズィングたちの逃げる暇を稼ぐべく踏みとどまったのではないのか? それ
が「足止めし始めた頃、逃がすべき対象たちと同行していた」などとはまったく異次元的な物言いだ。
「任意車」
「え」
 剛太の問いに無銘は答える。
「魂を乗り移らせる忍法だ。他にも色々あるが、分裂可能なものとくれば咄嗟にそれしか思い浮かばない」
「ひひっ。ご名答。ま、本家本元とは色々異なるゆえ”もどき”をつけるが、ともかくも任意車によって我が魂は六分(ろくぶ)
だけグレイズィングに乗り移っていた訳じゃよ」
(だが……いつの間に仕掛けた? 本来は交合が必要な忍法……。奴なりの改良があるにせよ、何がしかの肉体もしくは
体液の授与がなければ発動しないはず……)
 まさか。無銘は思い出す。ディプレスを兵馬俑で殴り地上へ叩き落した時のコトを。
(あのとき我が敵対特性を仕掛けたように……あやつも──────!?)

── 粒子を散らしながら街区へ落ちていくハシビロコウに一瞥だけ送り、貴信はヴィクトリアめがけ……鎖を伸ばした。

──「ひひっ。そうはさせんよ」

 つぶてが幾つか、斗貴子たちの周囲を掠めた。

──「ぐれいずぃんぐよ。助勢してやる。手筈どおりにやれい」


── 呼ばわれた女医の手もまた溶けた。肌色の蝋のごとく溶けた。にもかかわらず彼女はニマリと笑った。


── ねずみ色の粘塊と化したディプレスが、地上めがけ垂直に落ちていた筈の火星の幹部が、宙に向かって轟然と跳ね上がった。
── 鐶でさえ追いつけない速度だった。一瞬の出来事だった。ディプレスだった不定形なスライムが、グレイズィングにばしゃりとブ
──ツかり飛沫を散らし──…
── 衛星兵と接触した。


(あの耆著だ! あの耆著はディプレス救命だけではない!! 溶けたイオイソゴが肉体の一部をグレイズィングへ移譲し、
魂を保全する措置でもあった!!)
 何と言う策謀であろう。彼女は戦いが始まったとき既に我が身の安全を図っていたのだ。一体誰がそれに気付けよう。
仲間を助けるという行為は普通それだけで完結しているものなのだ。それ以上の意味など無銘の師父たる総角でさえ見
抜けぬであろう。……。かくしてただなる救命の活動にまぎれイオイソゴはまんまと負けを消した。
 なにしろ乗り移った者は……グレイズィング。恐らくかの空前絶後の蘇生能力は、肉片1つあれば復元が可能なのだろう。
いやそもそもイオイソゴは先ほど「肉は朋輩から大分失敬したがの」と言った。つまり磁性流体と化した仲間の肉体と融合し、
拝借すれば、衛生兵なしの自力復活さえ可能というコトだ。
(原点から考えるに有り得ぬコトだが、奴は恐らくグレイズィングに潜り込んだ肉片を『本体』としたに違いない。そして本体
でない方の魂は……死ねば本体と合流する)
 つまりブレイズオブグローリーで焼かれたイオイソゴの魂が、いま無銘の眼前にいるイオイソゴの元に参集する。

140 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:41:34.43 ID:n3E7Ndhj0.net
 現に足止組の記憶を有しているではないか。「ぶれいずおぶぐろーりーに焼かれた」。そう言っている。
 にも関わらず、生きているのだ。彼女は。
(足止めされた者たちは結局最初から勝ち目などなかったのだ……)
 どれほど死力を尽くしてもイオイソゴは……死なない。何を出そうが損なのだ、手の内を見られるだけなのだ。
「ま、逆転された時の慄きが演技などという無粋は言わんよ。四分(よんぶ)とはいえ我が魂……殺されるのは恐ろしい。
ついでに言えば肉体の大部分はあちらにあった故、身体能力はおよそ9割……ひひっ。四分……これは九分九厘という
意味合いでの四分……即ち4割程度の実力とも言わん。総合的にいえば足止めしておったのは8〜9割の実力…………
ほぼ平常状態のわしじゃよ」
 そして。
 呟きと共に無銘の傍の空間が歪み、千歳とヴィクトリアが現れた。
 能力的に言って遠くへ跳躍すべき彼女らが何故来たのか……千歳の顔を見た無銘は戦慄と共に納得する。
 彼女の目は閉じられていた。

 わずかに、ごく僅かにだが、黒い液体が眦から滲んでいる──…

「イオイソゴ!! 貴様!!」
「ひひっ。おうよ。それが悲願よ」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・      ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・    ・ ・ ・ ・
「根来の朋輩の!! 千歳さんの両目を! 潰したな!!」


「なっ」。剛太は呻き……桜花は気付く。
(ヘルメスドライブ封じ!! 幹部達が顔を見られ不意打ちされるのを……防いだんだわ!)
(跳躍も探索も、相手の顔を知らねばできないコト! つまり! 目が見えないというコトは!)
(幹部達の顔を新たに登録できないというコト!)
 ヴィクトリアも蒼然とした。戦士は嫌いだ。確かに嫌いだ。だが千歳には今しがた……助けてもらった。助けたがゆえに
彼女は光を失くした。これでなお嘲るのならそれこそヴィクトリアは、100年前の戦団と同じになる。
「安心せい。耆著を撃ち込んだだけじゃよ。わしを殺すか……解除させれば元に戻る」
 言葉を信じるなら、あくまで磁性流体化しただけのようだ。
「これぞ忍法、七夜盲もどき。──。ひひっ」
 悠然と語るイオイソゴ。しかし打ち込んだ刹那顔を見られているのであればたちどころに捕捉されるのではないか?

「……いえ。彼女は腕だけ出して撃ち込んできたわ。顔は見えなかった」
「念のため聞くが、足止めされた者たちの戦いは……」
 見ていない。千歳は首を振った。
 当時彼女は職員達の護衛やヴィクトリアのモニタリングにリソースを裂いていたという。そのため……見ていない。イオイ
ソゴはその辺りも踏まえ素顔を晒したのだろう。

「ひひっ。どうする無銘。根来めと組んでわしを討つか? ん?」
(奴め。根来に何かされたな)
 先ほどイオイソゴは「ブレイズオブグローリーに焼かれた」と言った。攻撃力と範囲は無銘も知っている。味方殺し必須の
おぞましい能力だ。なれば秋水達も巻き込まれそうな物だが……。根来は有能なのだ。養護施設の護衛などとっくに片付
け、時間的に来るであろう火渡の補佐と抑えに回り、きたる救出作戦に向けて戦力を温存するのは、演劇で語らった無銘
だからこそ直感で分かる。
 だから根来とイオイソゴの間に、間接的な、忍同士の争いがあったのは明らかだ。詳細は不明だが、火渡の武装錬金を
喰らうに至った理由の1つは根来と見ていい。
(つまりだ。奴は報復を考えている! 根来の朋輩たる千歳さんを失明させ、且つ、己を斃さぬ限り解除が無い状況を作り
だし、わずかだが平常心と冷静さを欠いた根来につけこみ……ブレイズオブグローリーを喰らわされた屈辱を…………
晴らそうとしている!!)
 黒々とした笑みを浮かべる稚い老女。忍びとして、絶対的な差を無銘は感じた。
 やるコトなすコト総てが罠。戦いの場に来た時点で既に勝負をつけているという恐ろしい狡猾さ、一体如何にすれば打破
できるのか。
 無銘は持てる忍法の総てを検証し勝ち目を探る、何をやっても敗亡の道しか浮かばない。根来と組んだ場合でもそれは
同じだ。頼りになる先達は恐らく千歳の件で……怒るだろう。復讐に滾る無銘との怒りに燃える根来。格好のエサではない
か。
(……だが負ける訳にはいかん! 復讐は果たす! でなければ何のために辛い修行に耐えてきたのだ! 読み合いの
ため新人戦士と剣術も稽古した! 演劇とて、特効とて我はこやつを打破するためにと──…)

 思考が、止まる。

141 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:42:13.33 ID:n3E7Ndhj0.net
(そういえば根来との演出勝負のとき、我は思った)

──(変則的な忍法勝負だが戦闘と異なるのがいい。我の仇の1人イオイソゴは戦歴無限の魔人と聞くが着想はそれだけだ。
──戦闘とは視点を異にする柔軟性を得なければ奴を突き崩すコト叶わずだ!)
── 人を殺めるのではなく楽しませる。劇の骨子はそこだ。自らを削ってでも他者を利さんとする「正心」こそ糸口だと無銘は
──思っている。

(………………)
 牙城を突き崩す手段が、1つだけ浮かんだ。
 だがそれは……ようやく得たものを失うコトに他ならなかった。
 自らを削ってでも他者を利さんとする「正心」こそ糸口……そう理性では分かっていても、感情が納得しなかった。
(1ヶ月足らずなのだぞ。やっと手に入れて、これからという時で、今が一番楽しい時なのに…………)
 震えが走る。細胞という細胞が絶叫する。してはならない。他にも手段がある筈だ。やってなお負けたらどうするのだ。
 弱い心の呻きがそう囁く。
 無銘はまだ……10歳なのだ。同年代の人間のほとんどは、恐怖も喪失も知らず暖かな世界に生きている。
「無理は禁物でありましょう。無銘くん」
 暖かな感触が肩にかかった。振り返れば小札が両腕を回している。おさげが首筋にあたるのがムズ痒かった。
「母上……」
「無銘くんなれば、きっと焦らずともいい案が浮かぶと不肖は思うのです。焦るあまり辛いコト選ばぬよう」
 7色目の反動だろうか。やや血色の褪せた彼女は、それでもニコリと笑いかけた。

 その笑顔と、無銘のどぎまぎする表情を見たイオイソゴが、なぜか寂寥に彩られたのを見たものは……誰もいない。


 ビルの壁面に扉が生まれた。

『だあもう。アホが。また無茶しよって! 必要ないやろがいボケ!!』
『ったく面倒臭いなあ。総角のせいで送迎1つとっても難儀だよ…………』

 建物を書き割りの如く開いた扉の虚無の向こうにディプレスたちが吸い込まれた。

 イオイソゴは振り返ると、ニタリと笑った。

「今度こそ本当に撤退じゃの」

 踵を返しゆっくりと扉へ歩いていくイオイソゴ。
 最善手を打てる時間は残り少ない。
 そのひりついた時間の中で無銘は。
(…………)
 蘇る心痛に胸を押さえていた。

 生まれて初めて繋がりを感じた少女の体に総角の一刀が吸い込まれるのをただ黙ってみていた。

 異形の体で、本当の親も知らず、養父母たる総角と小札に「人の姿になりたい」と泣いてワガママをいい、困らせて、彼
らとの繋がりさえも薄れかけた時に出逢った少女……ミッドナイト。
 無銘は、ゆかりある彼女を助けられなかった。ケジメさえ総角に放り投げた。……自分でつけられなかった。

 鐶を助け、肩入れするのは、1つにはそういう後悔があるからだ。

(……悲劇はもう沢山だ。我を犬の体にした、イオイソゴたちのような存在が居る限り、母上や、ミッドナイトや、鐶のような
被害者達が生まれ続ける)

 問題の根本はそこなのだ。自分に問う。己だけが幸福を味わい、同じ惨禍に見舞われる者たちを見捨てる…………
果たしてそれでいいのかと。

(いや!)

142 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:43:39.99 ID:n3E7Ndhj0.net
 隠し持っていた忍者刀を抜き放つ。立ち向かうのか? 生唾を飲む剛太たち。
 振り返るイオイソゴの顔は喜悦に歪む。

 次の瞬間迸った剣閃は!!

 鳩尾無銘の左腕を、肩の付け根ごと斬り飛ばしていた!!

「────────────────────────────!!!」
 声にならない叫びを上げる戦士達。イオイソゴの攻撃でないコトは、彼女さえも口をぽかりと開けているコトからも明らかだ。
「ぐっ」
 無銘は呻きながら、血滴る刀を地に落とし、代わりに宙舞う己が左腕を掴み取る。
「むっむーが……」
「自分の腕を……斬り落とした…………?」
 口に手を当て震えるほか無い桜花。肩口から滝のように血が溢れる様子にさしもの剛太も血相を変えた。
「ば、馬鹿っ! 何やってんだニンジャ小僧! 気でも狂ったのかよ!!」
「と、とにかくマシンガンシャッフルで繋げますゆえそのまま──…」
 杖を──さっき散った筈だがどうやら7色目終了と同時に復元したらしい──を差し出す小札を無銘は目で制した。

 そして……吼える。

「我を喰いたいと吐かしたなイオイソゴ=キシャク!!!」

「望みどおり!! 喰らうがいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 轟然たる勢いで投げられた少年忍者の左腕は、揃った指先からイオイソゴの口の中へ埋没した。目を白黒とさせていた
彼女だが、10年来の念願、喰いたいと話した無銘の一部が口に入るや食いちぎり、ゴリゴリと咀嚼を始めた。地獄のよう
な風景に剛太も桜花も思わず目を背けた。怪物然とした存在がそれをやるならまだ白眼視もできようが、見た目だけなら
愛らしいイオイソゴが肉を齧り骨を噛み砕く様は、美醜揃っているからこそ却って酸鼻、惨たらしいものがある。

 やがて喰い終わったイオイソゴ、一種放心した表情で無銘を眺めた。艶然としているような、獲物を狙うヘビのような筆舌
に尽くしがたい不気味な顔付きだ。

「次があるなら我を狙え。必ず狙え。今しがたの味、10年来焦がれた味……他の幹部に渡すは惜しいだろう」

 血を失い青ざめた顔で問い掛ける。
 聞こえたようだ。イオイソゴ=キシャクは、涎だけを溢れさせると、死びとのような足取りでディプレスたちを追った。

 そして扉が閉じ、元の空間が戻ってきた瞬間、追跡組の戦士たちに僅かだが安堵が過ぎる。

「撤退……したようね」
 桜花は構えたまま呟く。それでも毒島や剛太、無銘といった用心深い連中は、秋水たちが合流するまでの7分間、その場に
留まり周囲を警戒し続けていた。

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

 聖サンジェルマン病院

「養護施設ですが、職員さんたちは最寄の病院に搬送。重傷者・行方不明者・死亡者、総てゼロです。建物の方は鐶さんの
武装錬金で1年前の姿に復元済み。数日は消防警察の検証で使えませんが、それを過ぎれば皆さん元の生活に戻れます」
「…………」
 ロビーで火渡はブスリとしていた。毒島は慣れているらしく、手短に報告を終えていく。
「ゴーストタウンの方はビル半壊や路面損傷、火渡様のブレイズオブグローリーの直撃と物的被害多数ですが、死傷者はなし。
事後処理班が修理について市に打診しましたが、近日中に大々的な取り壊しがあるため現状のままで構わないとのコトです」
「…………」
「最後にディプレスが衝突したビルは小札さんの武装錬金で治せる程度の損傷です。こちらも人的被害はありません」
 街で起きた小規模な爆発も爆竹が炸裂した程度。ケガ人もなく修理費も些少。……とにかく幹部6人と交戦したのが嘘な
ほど街は無事だ。にも関わらず火渡は不機嫌そうだ。
「やはり心配ですか。戦士・千歳のコト」
 舌打ちしながら火渡は呟く。
「両目を潰されたようだが知ったこっちゃねえよ。あいつの不手際だろうが」

143 :永遠の扉:2014/06/29(日) 19:44:41.68 ID:n3E7Ndhj0.net
 だが皺の寄った苦痛の表情に毒島は気付く。

(もっと早く追跡組に合流できていれば……戦士・千歳を守れたのに……。そういう顔ですね)



 病室。

 両目を包帯で覆った千歳はベッドの上で根来に答える。
「後方への物資ならびに人員の運搬は可能よ。操作できる。私の武装錬金ですもの」
「そうか」
「戦闘は……少し訓練が必要ね。瞬間移動での撹乱ぐらいなら…………できるようにするわ」
「そうか」

 見舞いを終えた根来は病室を出て扉を閉じる。
「お。やっぱり来たか」。俺も見舞いだが様子はどうだ……そう聞きかけた剛太はギョっとした。



(イオイソゴ=キシャク──────────────)



 歩いて去っていく彼を見送りながら剛太は胸に手を当てた。呼吸は激しい。戦慄も収まらない。


(ア、アイツ、あんな顔もするのかよ)

(あんな、あんなブチ切れた表情……初めて見た)

(ブラボーと同じぐらい……怒ってるな)


 救出作戦直前、根来忍は…………消息を絶つ。
 その意図を理解したのは鳩尾無銘ただ1人。


 診察室前の長椅子。

「そんな…………」
 鐶もまた愕然としていた。隻腕の無銘。見ただけで泣きそうになった。
「泣くな。うっとうしい。我が自ら選んだコトだ」
「け! けど! 無銘くん、自分の腕でいろいろやるの楽しいって……言ってた…………じゃないですか……。それを……
自分で…………捨てるなんて…………捨てるなんて……」
 涙声になっているのに気付いて慌てて黙る。泣くなと言われたのに泣いている自分が恥ずかしかった。
(小札さんなら……尊重して…………励ませるのに…………私は……泣くだけ……で……無銘くんに何も……何も……
してあげられない…………です)
「んっ」
 ちょっと怒ったような声で無銘は蘇芳染めの手拭い──忍び六具の1つだ──を差し出した。浅黒い肌がツンとそっぽを
向いている辺り心証は悪いらしい。でもなんだかそれが無言の答えのような気がして、鐶はちょっとはにかんだ。
「あの…………私なんかで……良かったら…………使っていい……ですよ……?」
 そっと両手で彼の右手を包む。不自由だったら頼って欲しい、精一杯の真心に、小札にその役まで取られたらどうしよう
という不安を織り交ぜつつじっと見ると、無銘は少しだけ赤くなった。
「…………勝手にしろ」
 手で色々やるのが好きなのだ。だから鐶の「助ける」という提言は的外れといえば的外れだ。にも関わらず反論しないとこ
ろを見ると、無銘は無銘なりに整理がついているらしい。
「いいか。我が左腕を犠牲にしたのは、隙の無いイオイソゴに隙を作るためだ」
「はい…………。戦って分かりましたが…………あの人は…………とんでもなく……厄介…………です。頭を使った戦い
なら……多分……レティクルの中でも……1、2を争う……問題児……です」
 そうだ。右腕で膝を叩く無銘。左肩には包帯。再生はしていない。術がない。

144 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/29(日) 19:47:05.26 ID:n3E7Ndhj0.net
(だが……我の味を知れば、奴は必ず……食欲を催す」
「……秋水さん相手でも…………食欲出して…………しくじっていました……から…………」
「そうだ。相手の欲求につけこむのは忍びの基本中の基本。どうにか我が左腕をエサに…………奴の判断を狂わせる他
……道はない」

 無銘も根来も恩讐に目が曇っているのだ。イオイソゴにも同じ条件を課さねば……勝てない。

(隻腕なればタイ捨流の修練……半分ほどは無駄になるやも知れん。だがそうしてでもやる価値はある……。奴は必ず……
惑う。これぞ我が忍法……。演劇によって編み出した……”自らを削ってでも他者を利さんとする「正心」”よ)



「ビーフジャーキー……食べます?」
「……おうよ」

 とりあえず無銘は好物を貰った。鐶とのそういうやり取りは、忍びの苦界における数少ない安らぎだった。


 地下50階。

 戦士一同は帰参の際、根来の武装錬金にて除染を行っている。それはヴィクトリアも同じだ。
 どうもマレフィックアースの器たらぬ気配が濃厚だが、一度は攫われたかけた身、念のためまひろたちと同じ場所に移さ
れた。

「で、結局……パピヨンはどうなったの?」
 分からない。秋水は首を振るしかない。

「敵と何らかの交戦があったのは確かだ。銀成市に残る戦士達で調べてみようと思う。アジトはどこだ?」

 ヴィクトリアは嘆息しつつ、所在を教えた。
 研究内容はバレるし、パピヨンの不興も買うだろう。

 だが──…

(アイツ……体弱いもん。怒るでしょうけど、助けを向けなきゃ…………死んじゃうかも……知れないし)

 背に腹は変えられない。断蝶の思いで探索を依頼した。




 そして時間は巻き戻る。



 即興劇が繰り広げられていた頃、果たしてパピヨンの身に何が起こっていたのか?


以上ここまで。パピ書いて、締めくくったら幕間終わり。

145 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:30:45.70 ID:Ksw3mKJQ0.net
「あ……違和感の正体…………分かりました……。核鉄…………です……。イソゴさん焼かれたのに……核鉄残ってなかっ
たのが……不思議……でした」
「焼いても溶けんらしいし、ないのヘンじゃん」
「姉さんや無銘たちの前に現れたイオイソゴの本体。そちらが持っていたようだな」
 秋水は納得した。


 閑話休題。

【9月16日・劇開始1時間前】

「ここがパピヨンの研究室(ラボ)であるか」

 リヴォルハイン=ピエムエスシーズが歩を進めると、何かの薬品だろうか、白煙が裂かれパイプが覗いた。木の根のよ
うに張り巡らされたそれは大小さまざまのフラスコに続いている。
 その中で、最も真新しい物へつま先を向けた彼の前に、影が5つ現れた。闇の中から沸いたと見まごうばかりに静かに
現れたのは男女だ。エリート風の中年男性、顔付きも体格も暴力的な若い男、濃密な花粉の匂いを漂わす美女、ニタニタ
と笑うマッシュルームヘアーの青年、そして峻厳な雰囲気の男。
 服装も年齢のバラバラの彼らは、しかし敵意だけは一致させリヴォルハインを睨みすえた。
「創造主の留守を狙う……。迷い人じゃないな?」
「どこから来やがった。何が狙いだ?」
「殺しはしないわ。けど」
「ボコってポイ! ぐらい……しちゃうよオオオオオ〜〜?」
「命により……侵入者は排除する」

 一座を見渡したリヴォルハインが得意気に微笑したのを皮切りに──…

 巳田、猿渡、花房、蛙井、鷲尾。

 動物型ホムンクルスへと姿を変えたパピヨン麾下が一斉に飛びかかる!





「お腹鳴った! ちょっと待っててねオニギリあげるから」
 壊すつもりだった演劇部への感情が変わったのは、まひろの笑顔を見た瞬間だった。

(…………重ねるな。コイツは違う。あの男の代わりになれる者など存在しない)

 パピヨンは内心忌々しげに舌打ちした。


 カズキが月に消えてからこっち、彼はどうしようもなく苛ついていた。ヘドロとマグマを煮詰めたような黒く熱い激情が、今
にも黒色火薬という形で世界に降り注いでいきそうな気持ちをずっと抱えていた。夜、天空から街区を見下ろす。何も知ら
ない連中が、せせら笑いにしか聞こえない声を上げながらまったく代わり映えしない退屈な日常を満喫していた。それがパ
ピヨンには腹立たしかった。
(あの男が、武藤カズキが守ろうとしたのはこの程度の物なのか)
 民衆が自己犠牲に答え何か供出するコトは求めていない。そんな感情は、病魔に襲われてからこっち捨て去っている。
他者はどうせ何も返さない。無数の絶望の中でそう悟り……自分以外を有象無象と見下すようになった。だから、何も知ら
ない眼下の人間たちには期待しない。身を削り、カズキにその犠牲の一厘でも返済する道徳的な感動話などは一切期待
していない。
 不服だったのは……カズキが、自分との決着よりも「世界」なる有象無象の巣窟の守護を選んだコトだ。
 決着を条件に、パピヨンは彼の再人間化を約束した。にも関わらず……去られた。ヴィクターと共に、月へと。

 唯一名前を呼んだ男に裏切られた。失意と無念、特別視していたが故の激しい怒りに駆られたまま、パピヨンはしばらく
世界をさまよう。

146 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:31:16.75 ID:Ksw3mKJQ0.net
 雨上がりの夜だった。飲み会を終えたらしい若者達が街の一角で騒いでいた。ニアデスハピネスで飛んでいたパピヨンは
じっとそれを見下ろしていた。ネオンと電飾とビルの照明に彩られた鮮やかな夜景の中でじっと街を眺めていた。若者たちが
去った。時間が流れ人通りが途絶えた。欠けた月を映す水溜りに波紋が走った。風。空しい響きを奏でる風の中で、
「つまらん」
 吐き捨てるように言った。
「ここには何も無い。武藤カズキのいないこの世界など……」
 世界に溢れているのは、到底彼に比肩しうる物ではなかった。
 守られた人々は、死の危機も、存在を透明にされる黙殺も、能力で遥か劣る連中からの悪罵も、その哀惜と孤独に付け
込んだ甘い騙詐の裏切りも、絶望を覆す凄絶なエゴも、名前を呼ばれた喜びも、先達を見事降したカタルシスも……何も
持ってはいないのだ。カズキは月へ消えた。彼に何か返せとは言わない。犠牲にそぐうだけの進歩を遂げろとも言わない。
守られるべき人間たちなど……どうでもいいのだパピヨンは。死の恐怖に怯える自分へずっと何ももたらさなかった連中に、
救いなど何一つ与えなかった連中に、今さら何か期待するつもりは一切ない。民衆がどれほど辛辣な言葉をカズキに投げた
としても……嘲るだけだ。連中の本質を見抜けぬまま守ろうとしたカズキの愚かさも、自分では何もできない癖に大口を叩
く連中も、揃ってまとめて嘲け笑ってやるだけだ。
 重要なのは結局、羽撃(はばた)く機会を永遠に奪われた、その一点だけだ。彼はカズキと決着をつけて……脱皮したい。
醜いイモ虫から華麗なる蝶々(パピヨン)に。されど認める男は月へと消えた。進化と向上と変態の儀式、カズキとの甘く
激しい戦いを消してまで世界が選び取ったものはなんだ? つまらない街。つまらない人間。つまらない日常……。それだ
けだ。たったそれだけだ。空虚な世界を見るパピヨンが濁った歪曲の感情図をドス黒く沸騰させるのは、やっと訪れた華麗
なる転生の機会を奪われ絶望する自分の前で、臨死すら知らぬ平々凡々たる連中が、従前の通り何の発展もない生活を
楽しげに謳歌しているからだ。なに1つ己の手で勝ち取るコトができない連中が、守られて、ぬくぬくと。

 カズキを最も理解し、執着していると自負する己が彼から最高最後のプレゼントを贈られず。

 カズキなどまったく知らず、知ったとしても乏しい知性でしたり顔で「他の手段あったんじゃないの? 月に行くとか無駄
じゃね?」とせせら笑いそうな愚物どもが……平穏という、彼らにとってのみ最高の代物を保証されている。

 その構図が……どうしても許せなかった。

「こんな世界など……!!」

 激発を湛えた口調で戦慄き……右拳を見る。念ずれば黒死の蝶など幾らでも出るだろう。カズキとの決着があったれば
こそ抑えられていた破壊衝動が蘇る。「名前1つ呼ばない凍えた世界。蝶特大の篝火を焚こう」。そう叫んだのはいつだった
か。
(今ならばできる。どうせもう止める男もいない。俺を止められる者など…………)
 だが……気付く。眼下に広がる街を炎の海にし、有象無象どもを殺し尽くしたとして…………、一体何が残るというのか。
 世界はずっとパピヨンに何ももたらさなかった。ならば……思うさま破壊の限りを尽くしたとしても、望む物は結局…………
1つたりと与えないのではないか? 自分とカズキ以外は所詮つまらぬ雑事なのだ。雑事が燃焼ひとつするだけで価値ある
物に変ずるのか? しないだろう。炎1つで、殺戮1つで改悛しパピヨンの益になるなら苦労はしない。「次郎」「次郎」「次郎
サン」。殺される黒服の愚かな認識は死ぬまで蝶野攻爵に向かなかった。殺す程度では駄目なのだ。生かして、上回って、
華麗に羽撃かぬ限り、視線を注がせない限り…………安らぎはしないだろう。
 病魔を得てより5年間ずっと苦しみ続けてきた心も、疲れきった魂も……安らがない。

 つまるところ、欲しい物は自ら奪い取らなければならないのだ。
 世界にひしめく有象無象は、パピヨンから見れば無能すぎる。殺されてなお与えないのだ。
 ならば殺す以上の手段を捻出し、奪い取る。

 奪い取るにはどうすればいいか? 結論は出ている。上回り、華麗に羽撃く。
 考えられるうる限り、美しく……変態して!

「武藤……カズキ」

 真の意味で救いうる男の、自分を最高に変態させうる男を呼び、月を見る。街を見下すのをやめ……月を、見上げる。
 ただ……上を。

 これまでも、そしてこれからも。

147 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:31:47.43 ID:Ksw3mKJQ0.net
 少し羽撃いた彼は、それからしばらく決着のため全国を巡る。白い核鉄。カズキを元に戻す手段を求めて。
 時はちょうど戦士と音楽隊が争っている頃。


 ニュートンアップル女学院地下にいるであろうヴィクトリアを頼れば、製法など即座に分かっただろう。

 だが自負に溢れる男というのは、往々にしてまず独力でどうにかしようとする物だ。
 ゆえにまず、 あちこちで浮名を上げている共同体を毎日のように襲撃し、研究成果を奪い取った。
(のーみそにすら作れたんだ。この蝶・天才たる俺にできない筈がない!)
 だが殲滅する共同体のもたらす知識は……驚くほど拙い。白い核鉄はおろか植物型ホムンクルスの培養すら不完全とい
う有様だ。
(話にならん!)
 くわっと両目を濁らせて、煙立つ弱小共同体のアジトを後にするとパピヨンは。

 不本意ながら女学院へ。

(どうせ武藤カズキを月から戻す算段も整えなければならない。既に確立された手段なら奪う方が手っ取り早い!!)

 自意識の塊ゆえの不能率をやらかしたのが裏目に出た。

「髪を筒に通した女のコ? さあ。最近見ないけど」

 妖精さんと慕ってくる理事長の令嬢は笑顔で答えた。探しても探してもヴィクトリアはいない。(俺が探している時に何故
いない!)、くわっと両目を濁らせながら不機嫌全開であちこち聞きまわっているうちに……千歳や秋水の影に気付く。

(……銀成か!!)

 灯台何とやら。またもくわっと(略)怒っていると女学院ロビーのテレビが見慣れた光景を映した。


「というように、ココ銀成市だけが朝になっているというこの状況、各所の懸命な究明活動にもかかわらずいまだその原因
は判明しておりません」
 押倉、という名のリポーターが駅前から中継をしていた。
「なお、この不可思議な現象により銀成市経由のバス・鉄道は大幅にダイヤが乱れています」
 取り立てて特徴はないが一部の奥様たちには「カワイイ」とそこそこ好評な押倉さんは駅前から市街に歩を進めると、日
曜休業の本屋さんがシャッターを閉めたり、逆に夕方店じまいの床屋さんが慌ただしく開業準備に追われたりする様子を
つまびらかにリポートした。
「と、市民の方々が混乱する中、ダイヤの乱れにも関わらず、市街はこの不可思議な時間変動を一目見ようと駆けつけて
きた人々で溢れています」


「何があった?」
 テレビに食い入るよう見入っていた女生徒の群れに話しかけると「あ、妖精さん!」歓声と共に返事が飛んできた。
「なんかー、時間が進んでるようですよー」
「今日9月3日なのに、あっちは9月4日なんですって」
「フム」
 顎に手を当て思案顔をする。すっかり銀成からパピヨンに関心の移った女生徒たちは目をハートマークにしながら食事
の誘いをしてきたが……やんわりと断る。
「お誘いは嬉しいが、生憎急用ができてね。またの機会というコトで」
「ハイ!」
 声を聞きながら窓を開け、飛び立つ。「やはりここの生徒は蝶・見る目がある」。しばらく悦に浸ったが、頬をさっと引き締め
て加速、天空に刺さる錐と化した。
(どうやら何か起こっているらしいな。となると戦士どもも駆けつけて然るべき)
 ヴィクトリアが彼らの庇護もしくは監視下に置かれているのは容易に想像できた。秋水が……ごく僅かの間とはいえL・X・E
の同僚だった元信奉者が一枚噛んでいるとなると、戦団の日本支部に護送というコトはないだろう。
 雲の上を飛ぶ。辺りは夕方の茜色に染まっているが、成程たしかに銀成方面が異様な朝の明るさを帯びていた。
(ヴィクターの娘……戦士どもに探している旨伝えれば、勝手に向こうから来るだろう。探すのはもう飽きたしな)
 時間的にいえば探したのは半日程度なのだが、移り気で、無関心な事柄にはひたすら横着なパピヨンだ。飽きたと感じ
ればさっさと放棄する魅惑的な悪癖がある。

148 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:32:18.14 ID:Ksw3mKJQ0.net
 そして。

「生憎この会場(まち)は蝶・特大のかがり火に彩られる超人生誕祭が予約済みでね」

「まずは最も無礼な主催者様から御退場願おうか!」

 戦士と音楽隊、ムーンフェイスの三つ巴に乱入。月を撃滅し、ついでに「もう1つの調整体」を入手し──…

「まず探すべきは──…」

「この街に来たというヴィクターの娘だ!」

 戦士経由でまんまとヴィクトリアを呼び寄せた。

「お久しぶりの挨拶はここまで。悪いけどしばらく私のやりたい事に付き合ってもらうわよ」
「事情が事情だ。貴様は父親を人間に戻したい訳だ。戻しさえすれば少なくても再殺対象からは外れるからな」

 白い核鉄の精製が始まった。
 基盤(ベース)は三つ巴への乱入で手に入れた「もう1つの調整体」。バタフライの遺産。

 研究は順調だった。だが……時折どうしようもない不安に駆られた。

『例え白い核鉄が完成しても、カズキは帰って来ないのではないか』という不安が。

 信じてはいる。だが信じても裏切るのが世界だ。これまで健康も存在意義も奪い去った世界が、果たしてカズキを無事返
してくれるのだろうか。どれほど懸命に帰還のための手段を講じても、死という結果をもたらすのではないか……頭が良く、
形質が暗いからこそ悲観的な予想を描いてしまう。帰ってこなければパピヨンは永遠に羽撃けない。
 つまりカズキが月にいる限り、パピヨンはイモ虫なのだ。永遠に華麗なる変身を遂げられない。
 それでもまだ決着をつけたいという一念だけなら許容できた。死なれたら生き返らせればいい……己の死を克服し、白い
核鉄さえ作り上げるであろう自分なのだ、今さら人間の死という月並みすぎる課題など問題ではない。「死なれたら生き返
せる、どこへ行かれようと取り戻して人間にして決着をつける」。ただそれだけの解答を出せばいいだけだ。
 なのに……月を思い出すたび心はかき乱される。

 天才を自称できる頭脳があるからこそ…………なぜ乱れてしまうか薄々感づいてしまった。



 唯一名前を呼んでくれる男が、いなくなった。

 それが堪らなく……寂しいのだ。



 決着と向上。ただそれだけを追っている筈の自分が、少女のように月を見上げて寂しがっている。
 耐え難いコトだった。ただでさえカズキの喪失で苦しんでいるのに、その苦しみの源泉が、上昇志向ではなく、乙女のよ
うな情けない感傷に根ざしているという事実が、ますますパピヨンを不機嫌にする。男なのだ。骨ばった意識で喪失を克服
していくべきなのに、気付けば月を見て寂しげに黄昏ている。恥ずべきコトだ。気付くたび赤くなり首を振る。

 ヴィクトリアの首を絞めてしまったのはそういう時だ。
 喪失で揺らぎ、感傷を持て余し、ひたすら鬱屈している時に、作業をしくじり知ったような口を聞いた。
 そのうえ戦団が月に行きカズキ再殺を完遂するより先に身柄を取り戻し白い核鉄を埋め込むという時間的制約もあった。
 もたつきはあらゆる意味で許容できない。だから……激昂し、首を絞めた。
 ただの少女たるヴィクトリアにそういう狼藉を働くほど、パピヨンの中で何かが狂っているらしかった。

「時間がないんだ。貴様の下らん感傷で俺の手を止めるんじゃあない」

 抵抗されると思った。相手は100年引き篭もった輩なのだ。似たような経歴の蛙井同様、悪罵を吐き、自己弁護に終始し、
やがては離れていくのだろうと思った。
 だが……少女の翳んだ瞳が哀切に細くなった。悲しみとわずかな感銘を覚えたようだった。あろうコトか、パピヨンの手に
かけた両手さえ下げていた。

149 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:32:48.55 ID:Ksw3mKJQ0.net
 そして一瞬だが、パピヨンの瞳を見つめた。
 何かを理解したようだった。総て……とまでは行かないが、パピヨンの根幹を成す様々を理解したようだった。

 カズキ以外の相手にそうされたのは初めてだった。
 深い部分に触れられた……。驚くのも無理はないだろう。パピヨンは、存在さえ認識されずに生きてきたのだ。心の奥を
見られ、理解されるという経験などカズキを除けば皆無だ。

 首から手を離した瞬間、動揺が発作を引き起こした。
 大量に血を吐いたパピヨンを、首を絞めたパピヨンを、ヴィクトリアは嘲る訳でもなく……聞いた。

「……? アナタ、ホムンクルスになったのに病気はそのまま……なの?」
 どこか心配そうな響き。無性に腹が立った。
「うるさい!!!」
 叫んで研究室を飛び出した。

 ……留まりたく、なかったのだ。親身な処置を施されると古傷に触る。花房という蝶野家の資産目当ての家庭教師に、
パピヨンは一度誑かされている。豹変する前の彼女は、血を拭いたし薬だって代わりに取りに行った。それが愛情ではなく
財産のためと知ったのは、彼女がバラ型のホムンクルスになる少し前だ。
 同じコトをされれば、カズキ関連の鬱屈が、ヴィクトリア個人への猜疑心、同じ轍を踏まないという過剰なまでの防衛本能
と交じり合い、白い核鉄の共同研究に差し障るのは目に見えた。些細な感情論で大儀を見失うのは矜持にかけて出来ない。

 なのに。


「病気なのにまた力むから血を吐くのよ。まったく。アナタって本当よく怒るわね」
 吐血するたび、軽く文句を言いながら掃除するようになった。


「シーツぐらい干さないと健康に悪いでしょ」
 太陽の匂いのするシーツを敷き述べるようになった。


「何って……見ての通りただの掃除じゃない。埃ってコマメに取り除かないと喉を刺激するし……」
 三角巾を被り、ハタキ片手にキョトリとした。


「夕ご飯買いに行くけど、欲しい物あるなら言いなさいよ。つつっ、ついでに買ってきてあげるから」
 やや顔を赤くしながら買い物を具申した。


「え? ハンバーガーだけ……? あ、いえ。文句があるとかじゃなくて……でも、栄養が偏るでしょ? いつもアナタ血を吐
いてるからホウレンソウたっぷりのシチューがいいって……あ、ち、違うわよ。アナタに作ってあげたいとかそういうのじゃなくて、
単に私用に作るけど材料少なめに買うと却って高くつくし、でも沢山買ったら今度は余るから、その、その、捨てる位ならア
ナタにあげた方が経済的って…………。あ……。食べかけを押し付けるとかそういうのじゃなくて! あなたに分けてから
食べるし、滋養とか鉄分があるから、悪くないって、悪くないってちょっと思っただけで…………いやなら、別にいいわよ……」
 買い物のメニューにケチを付けてきた。


「なんだかんだで食べてるじゃない。ひょっとして……おいしかったり、する? 味見はしたつもりだけど……」
 シチューを5皿お代わりしただけでやや嬉しそうな上目遣いをした。




「ええい鬱陶しい!! 貴様は一体何様のつもりだ!」

「人間のころ余命幾許もないと宣言された俺にさえ看護師や医者どもはああまでしつこく関わらなかったぞ!! フザけるな!
100年来地下に籠ったヒキコモリ風情が俺を保護しようなど、思いあがりにも程があ──…」

 と怒鳴っても吐血しないほど、食事に掃除にと工夫を重ね……健康状態を改善した。

150 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:33:34.12 ID:Ksw3mKJQ0.net
 それがパピヨンにはたまらなく不愉快なのだ。
 花房のように騙そうとしている……などと疑うほど愚かではない。だがヴィクトリアの誠意を感じるたび、それを突っぱねて
いない自分が訳も分からず腹立たしいのだ。

 理由はよく分からない。嫌悪を催すというのではなく、内心の何か、かつては求めていたが今はまあどうでもいいと割り切っ
ている何事かが疼くのだ。傲慢な彼だから割り切ろうともしていた。下っ端のやっている事なのだからその成果の総ては
搾取してもいい、自分にはその権利がある。言い聞かせながらヴィクトリアの差し出す味も量も質もひどく良い料理を「搾取」
その一言で腹に収めるのだが、見守るように侍るヴィクトリアの表情! ひどく安心したような、物質的にはまったく損をして
いる筈なのに限りなく満たされている柔らかな微笑を見ると無性に腹が立つのだ。

 そういったヴィクトリアの存在を認めてしまえば今まで自分の縋ってきたモノが無に帰すような。
 ズルズルと生ぬるい方向へ引きずられ、ついには「カズキを救う」という大志を失ってしまうような。
 自分を支え続けてきた矜持が根底から崩壊してしまうような。

 やるせないもどかしさにパピヨンはずっとずっと苛立っていた。

「研究も軌道に乗ってきたし、私、少し働こうと思うの。研究資材はともかく、食費はけっこうかかるでしょ? それ位捻出
したいし──…」

(俺は、ヒモか……!!)

 腹が立った。資産など幾らでもあるのだ。一大テーマパークを作れる、火山や湿地帯コミの広大な土地でさえ資産のごく
ごく一部なのだ。なのに頼みもしないのに食費を稼ぎ、汗水たらしてまで、おいしい、パピヨンの健康によい料理を作ろうと
いうのだヴィクトリアは。

 彼はとうとう、決意した。

 ヴィクトリアとの対決を、決意した。

 彼女が世間話で「それなりに楽しい」と評していた演劇部を、めちゃくちゃに破壊したくなったのだ。
 壊してどういうメリットがあるかは不明だが、とにかくヴィクトリアにやられっ放しなのは気に入らないのである。

 彼女のやる色々を、素直に受け入れるのが、とにかく無性に気に入らなかったのだ。
 ならば白い核鉄の提携を解消し、追い出せばいいようなものなのに、出てけと怒鳴っても「はいはい」で流される。怒ろうが
不機嫌になろうが、困った弟を見るような目で軽く嘆息して、パピヨンの理性が最善と思う選択をするのだ。
 いつの間にやら妙なコトになった……。パピヨンは正直、姉さん女房のようなヴィクトリアをどう扱っていいか分からなくなった。
 初めてなのだ。打算も侮蔑もなく懐に入ってくる女性は。
 人間だった頃は、向上よりも躍進よりも生存よりも求めてやまなかった物がある……満たされない期間が長すぎて、不幸こそ
当然だったパピヨンにとって、生活に点る小さな暖かな火は、むしろ恐怖だった。

 実力行使で出入り禁止にすれば名状しがたい恐怖も消えるだろうが、いざそれを考えると、月を眺めカズキを思い出して
いる時の心痛が胸を穿ち切なくなる。花房の一件以来、パピヨンは女性不信だ。ヴィクトリアのような棘のある小生意気な
女など泣こうが怒ろうが知ったこっちゃないと思っている……筈、なのに、いざ自分の行動がそういう顔を導くと考えると、心
がひどく重くなった。

 カズキ以外では初めての理解者を自ら捨てようとしている……。

 そんなブレーキが提携解消にも追放にも及び、廃案に追い込む。
 という機微もまた気に入らないから、パピヨンはヴィクトリアの所属する演劇部に照準を定めた。

 要するに、八つ当たりである。

 そうして演劇部に赴いたのが9月10日。メイドカフェでは剛太とやる夫社長の珍騒動が起こっていた頃だ。
 さぁ潰すぞと意気込んでいたら、メイドカフェへ行く前のまひろとバッタリ逢った。初めての邂逅ではない。まだ人間だった
頃、自分を探しに来たカズキの傍でチョロチョロ動き回っていたのを思い出した。
(武藤の妹、か)
 失ったものを思い出してやや寂寥に沈んでいると、腹が鳴った。

151 :永遠の扉:2014/06/30(月) 23:34:06.21 ID:Ksw3mKJQ0.net
「お腹鳴った! ちょっと待っててねオニギリあげるから」
 壊すつもりだった演劇部への感情が変わったのは、まひろの笑顔を見た瞬間だった。

(…………重ねるな。コイツは違う。あの男の代わりになれる者など存在しない)

 パピヨンは内心忌々しげに舌打ちした。

 そういう経緯で潜り込んだ演劇部で、まひろがメイドカフェに向かった後、半日もしないうちに監督へ祭り上げられた。

 悪い気はしなかった。部員全員が自分を見ている。斗貴子でさえ敵意交じりだが視線を這わす。
 承認欲求が満たされる場所。己が美的感覚を最大限発揮できる場所。

 不安も鬱屈も、どう扱っていいか分からない少女に対する葛藤も、休憩がてらの部活をやるたび薄れていった。

 そしてヴィクトリアは……露骨に避けて飛んでいくパピヨンを…………ただならぬ哀切の表情で何時間も追いかけ回した。
 時々振り返っては目に入る彼女、パピヨン自身は「撒いたかどうか確認しているだけだ」と自らに言い聞かせる行為の
視界の下で当然のごとく全速力で追跡してくる彼女にチクリとした物を感じた。パピヨンも全速なのに……撒けない。愚かしい
心配に顔を歪めて涙を湛えて、(どうせシチューの味でも心配しているのだろう。的外れな)とパピヨンが見下すほどありふれた
少女の表情で追いすがってくるヴィクトリアに葛藤が大きくなる。

 結局は撒いたその日から、彼女の対応は少しだけ変わった。誰の入れ知恵かは分からないが、作業の途中、「やりやすいが
こういう配置にしたか?」というコトが極端に増えた。ヴィクトリアは無言で、積極的に関わってこないが、諦観も断絶もそこには
なかった。一歩引いたところで見守り、助けようとする態度が感じられた。
 けれどそこをハッキリと意識すると、本当にパピヨンは、ずっと大事にし続けてきたたった1つの椅子の登記をカズキから
ヴィクトリアへ移さざるを得なくなる。だから…………気付かない振りをした。

 監督代行を任せたのは、彼女の日常を壊そうとしたコトへの代価だ。
 優しさなどと認識したくはない。ただ……借りを作りたくないだけだ。

 そんなヴィクトリアが雑事をこなした……楽しい演劇部。

 その発表をパピヨンは、もちろん見に行くつもりだった。
 見なければ文句すらつけられないのだ。白い核鉄の研究は難事だからこそ節度ある息抜きも必要だ。


 観劇前に訪れた研究室を、パピヨンは無言で睨んでいた。

 死屍累々というべきだった。

 巳田、猿渡、花房、蛙井。最近ようやく復活させた手駒たちが、無残な姿で横たわっている。
 あちこちが溶け、腐り、惨たらしい断末魔の叫びに硬直したまま転がっている。

「創造主……私が引き受けます。お逃げを」

 息せきながらも中心を発する鷲尾もまた無数の疱瘡に蝕まれ……息絶えた。

「…………」

 一度は死んだ連中だ。ヴィクトリア経由で得たクローンの知識を動員すれば、幾らでもまた作れる。
 分かってはいる。
 分かってはいるのに……。


 巳田は作業のタイムスケジュールを組ませればなかなか見事なものだった。怠け者なだけに能率向上には敏感だ。
 猿渡は見た目どおり、力作業に長けている。200kgの配管を2つ3つ同時に運ぶ彼がどれほど手番を短縮したか。
 花房はパイプなどの細かい配置を引き受けたし、小娘と競い合って作る茶菓子の味は悪くなかった。
 蛙井はシステム制御に長けていた。それ以外はまったく役立たずだが、パソコンを使わせれば見事なものだった。
 鷲尾は取り立てて研究向きではないが、パピヨンの指示とあらばどんな雑事でも誠実かつ確実にこなした。

152 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/30(月) 23:34:45.19 ID:Ksw3mKJQ0.net
「なんだか……」

 急ににぎやかになってきたわね。忙しそうに彼らの食事を運ぶヴィクトリアはそう言って……笑った。
 毒のある笑いではない。心から安堵した笑いを。
 無くしたものが、孤独が、埋められているようだった。

 パピヨンは決して声高には認めたくないが──…

 雑多な喧騒を起こす手駒たちを、微笑むヴィクトリアと眺めているのはそれほど悪い気分でもなかった。
 彼女と根っこの部分では同じ想いを共有していて、だから鷲尾たちの人間時代を忘れて…………少しだけ。
 笑ったのだ。
 にぎやかになってきた空間で。1人ぼっちでなくなった研究室で。


 手駒は全滅した。
 侵入者の手によって、無残に、呆気なく。

 耐え難い不快感が燃え上がり全身を焼く。病熱が脳を蝕み目を濁らせる。


「何者かは知らないが、これだけのコトをやったんだ。生きて帰れると思うな……!!」
「『坤宅に捧ぐ済世輪菌(マレフィックサターン)』……リヴォルハイン=ピエムエスシーズ」

 2mを超える貴族服の男はゆっくりと振り返った。


「我が妻の意思と真なる救済のため……もう1つの調整体、貰い受ける!!」
「あの男を戻しうる唯一の手段! ハイそうですかと呉れてやる道理はない!!!」

 厖大な量の黒死の蝶がリヴォルハインに直撃し、研究室は震撼した。


 パピヨンvsリヴォルハイン……開始。

 時はまだ……即興劇が始まる前。相手劇団の台本模倣に部員一同が絶句していた頃…………。

以上ここまで。

153 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/06/30(月) 23:41:22.30 ID:Ksw3mKJQ0.net
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