星野よしおと羆の森

名無番長

アフリカ大陸出身の人が、日本に来て初めてライオンを見た。
そんなことを聞いたことがある。もちろん見たのは動物園でだ。
北海道に生息する野生のヒグマを実際に見たことがある日本人もそう多くはない。
知床など観光地化された場所で、ヒグマを見たよという人はそれなりの人数がいると思う。しかしそれは動物園で見たというのと変わりはないと思う。はじめからヒグマが見られるという場所へ行き、船の上、あるいは車の中から双眼鏡で眺めるのだから。
しかし星野よしおが野営する場所は、いつどこからヒグマが現れるかもわからない野生のヒグマの聖域だ。
あらゆる生き物がヒグマの捕食対象となりうる。常にヒグマの襲来に怯え、緊張状態にある場所なのだ。そんな場所で星野よしおはテントを張る。
奇しくも同じ“星野”姓を持つ写真家が、テレビ取材で訪れていたアラスカの地で、テレビスタッフと離れひとりテントを張り、寝ているところをヒグマに襲撃され命を落としたことを思い出す。
このおぞましい事件を星野よしおが知らないはずがない。
しかし、ヒグマがうろつく川沿いの森で星野よしおはテントを張るのだ。
男らしさをアピールしてるわけでもないし、勇気ある真のアウトドアマンを気取るわけでもない。
川の流れる森でひとりになれることが、ただただ星野よしおには嬉しいのだ。